338 :
前スレ亭ごじゅういち:
「さいころ」「北国」「温野菜」
えー、ようこそのお越しでございまして。さっきも楽屋のテレビで見ておったんでございますが、
惜しかったですなぁ、貴乃花。まだあないに強いとは思いませんでしたな。千秋楽で横綱同士の
相星決戦やて。思えば表彰に来た総理大臣に「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」と言わせた
のがもう一年以上前でございますからな。それ以来の千秋楽結びの決戦。もうこら今ごろは、
勧進元である相撲協会は大喜びですな。相撲と申しますと今でこそ日本相撲協会というところに
日本中の力士が集まってございますが…、まぁ、昨今では日本中はおろか世界中から集まってると
言えんこともないようでございますが、昔はと申しますと一つではなかったんで。もちろん江戸の
相撲が一番盛んやったそうですが、京、大坂にもそれに負けんぐらいの相撲があったんでございます。
それに負けんどころか、元々は大坂の相撲の方が人気でも実力でも上やったんでございますが、
お大名が集まる江戸に今でいうスポンサーが段々集中してしもたんですな。江戸時代も後期になりますと
借金に困った親方が部屋の権利を博打打ちに渡してしもたり、というようなことが少のうなかった。
こうなりますと、実力のある力士は江戸へ江戸へと移って行ってしまいまして、形だけは何とか大正時代
まで続いてた大坂相撲も、今は親方の名前がいくつか残ってるだけというようなことでございまして。
今日申し上げますこのお噺は、頃は幕末。大坂に七ツ海又三郎という力士がございました。怪力無双の
豪傑で、放っといても大関間違いなしと言われたこの七ツ海も、小結まで昇進したところで
例に漏れず大坂相撲に愛想をつかしまして、江戸に鞍替え。ここでもやはり放っといても大関間違い
なしと言われますが、江戸の相撲に打ち解ける様子がない。江戸に来てからというもの誰が相手でも
心を許して話をすることがございません。何を考えてるのかわからんもんですから、最初は大勢あった
ご贔屓の衆も次第に離れてしまいまして、その後すぐに姿を消してしまいます。七ツ海が江戸から
姿を消したのが先か、江戸の相撲好きが七ツ海の名前を忘れたのが先か、それさえも誰も憶えてない
というのがもっぱらの評判で。て、こんな話、どうやったら評判になるんか皆目わからんのですが…。
339 :
ごじゅういち:02/09/23 05:30
さて、前置きが長なりましたがここからが本題で。この七ツ海が江戸から姿を消しましてから
三年の歳月が流れたある日のことでございます。大坂相撲に蛸壺部屋という小さい部屋がございまして、
ここの親方もまたおんなじように借金にあえいでおりました。
蛸壺親方「困ったわい。どないしたもんじゃろな。このままではわしの部屋は立ち行かん。
かと言うて、ほかの所と同じように博打打ちのような輩に部屋を渡すのは耐えがたい。
ホンマにどうしたもんか…」
力士A「親方ぁ、腹が減りましたぁ」
蛸「そういうことはわしに言うてもどうにもならんといつも言うてるじゃろ。ちゃんこ番はどうした?」
A「はい。ちゃんこの中身をどうするか算段してくる、と言うて出てってから今日で二日目で」
蛸「そうか…。すまなんだ。お前らには苦労ばかりかけてホンマにすまん」
A「お、親方…。何もそんなつもりで言うたわけでは」
力士B「ただいま」
A「兄弟子ぃ。心配しましたで」
B「いやぁ、すまんすまん。なかなか材料が揃わんもんやさかいな。心配させたな」
蛸「それはえぇが、これがちゃんこの中身か?」
B「そうですが、何か?」
蛸「どうでもえぇけどその口調やめてくれんか。どうも煽られてるような気がして仕方がない。
B「そんなことが気になるのは親方だけという罠」
蛸「しまいにどつくぞ」
B「親方、必死ですな」
蛸「やめいと言うのに! ホンマに張り手かますで。それにしてもこれ、菜っ葉の屑ばっかしやないか」
B「親方、そのうちにはどこの部屋もうちの真似をし始めるに違いありません。これからは
『意外とあっさり』が決め手の温野菜ちゃんこが流行ります。(パチパチパチ)
蛸「流行るかそんなもん!」
B「冗談でございます。親方、心配は無用。後は我々が田舎から持ち寄ったもんが貯めてあります。
それにこの、菜っ葉の屑を足せば、どうにかちゃんこに見えるもんができるやろうと」
蛸「そうか、そんな心配までお前らがしてくれとったんか。重ね重ねすまん…」
340 :
ごじゅういち:02/09/23 05:32
此花親方「親方ぁ、蛸壺親方はおるかのう」
蛸「これはこれは此花親方でございますかいな。ご無沙汰を致しております」
此「いやいや、無沙汰は互いじゃ。それよりな親方、弟子を一人預かってもらえんじゃろかな?」
蛸「弟子を? 親方の部屋からわしの部屋に? ははぁ、そのご様子ではなんぞ、訳ありですな」
此「わかるか。なら、話をせな仕方ないな。実はな、わしの一門の中の弟子がやっとる部屋が
また一つ…コレでな」(顔に傷の仕草)
蛸「コレと言いますと?」
此「皆まで言わしないな、コレにコレじゃがな」(顔に傷の仕草、押し潰す仕草)
蛸「はぁ、どこも同じでございますなぁ。しかし、お恥ずかしい話ながら、うちの部屋も
似たようなもんで。もう時間の問題ですわ」
此「うん、噂には聞いてる」
蛸「で、何でございますな。そのコレにコレの部屋の力士をうちでお預かりしたらよろしいんで?」
此「いや、それはうちの一門で何とかなるのじゃ。実はな、今度のコレの旦那の持ってる賭場でな、
どうにもこうにも首が回らんようになったのが一人おってな。何を思たかそのコレの旦那、
面白がってその男を相撲取りにさせようと考えよったんじゃ」
蛸「なるほど、ようありそうな話…ではございませんな、これは」
此「あぁ、わしもこんな話は今までかつて聞いたことがないわい。しかしな、まんざら悪い話でも
ないようにわしは思うとるぞ」
蛸「と言いますと?」
此「その男というのが、ただ者やないのじゃ」
蛸「化け物で?」
此「違うがな。賭場で首が回らんようになったというてもこの男、根っからの博打打ちやありゃせん。
元は船場のそこそこの家の若旦那でな。極道が過ぎて家を放り出されよったのじゃ。となると、
いくら放り出した倅とは言え、この話が二親のもとへ聞こえていってみぃ。相撲なぞ務まるはずも
なかろうにさぞ苦しんでるやろう、と心配の一つもするじゃろう。そうなったら今度は親方、
あんたの腕次第じゃ。息子さんを一人前の相撲取りにして見せましょうとか言うて贔屓の一人に
してしもても、倅は返すさかいなんぼかよこせと揺すっても、どないにしてもわしゃ何も言わん」
341 :
ごじゅういち:02/09/23 05:33
蛸「なるほど。そういうお話ですかいな。しかしそれでは後が怖いやおまへんか。コレでっしゃろ?」
此「さ、そこじゃ。せやさかいわしもこの計略を思いついてはみたものの、一門の中でやるわけには
いかなんだのじゃ。しがらみが多すぎるさかいな。しかしな蛸壺、考えてみ。相手は任侠じゃ。
『此花の所とうちとでは一門が違います。それでは筋が通りません』とか何とか言うといたら
どないかなるような気もするがな」
蛸「そんな簡単な話やおまへんやろ」
此「近いうちにコレの旦那の所から連れてくる話になってるさかいな。確かな、火事場の又兵衛
とかいう、えろぅ図体の大きなお兄ぃさんが仲介じゃそうな。あ、そうじゃこれを
言うとかにゃならん。その若旦那にはな、相撲部屋へ放り込むという話は知らせてないんでな。
はじめは相撲部屋やということを気付かれんようにしとくようにな。ほな後は頼んだで」
蛸「あ、ちょっと親方…。行ってしもた。何じゃこりゃ。言いたいことを好き勝手にしゃべって
いきよったな。えぇ? 相撲部屋と気付かれんように? 無茶言うたらどんならんで。
表に看板が掛かってるがな。中へ入ったら土俵があるんやがな。これで相撲と気が付かんだら
アホやがな。ええい、もうなるようになりやがれ」
こんな無茶な話もありませんな、ですがそもそもこの蛸壺、借金で明日は我が身も危ないという立場で
ほとんどヤケクソになったと見えまして、腹を括ってその男が来るのを待つことに致しました。
所は変わりまして、とある賭場の表口。今日も今日とて有り金を全部巻き上げられてしまいました
件の若旦那。帰る場所があるわけでもなし、かと言うて中でもう一回ひと勝負するにも一文なし。
ただあてもないまま何の気なしに玄関から賭場の中のほうをぼんやりと眺めておりますところへ…
342 :
ごじゅういち:02/09/23 05:34
又兵衛「もし、作ぼん、作ぼんやおまへんか」
作治郎「おぉ、又はんかいな」
又「こんな所で何したはりまんのや。ははぁん、作ぼん、また負けなはったな。えぇ加減にしとかな
あきまへんで、あんたは博打には向いてない。悪いことは言わん。ここらで足洗いなはれ」
作「それがな、もう遅いねん。うちをな、追い出されたんや」
又「ほう、そらまたどういうような?」
作「さっきな、またコソッとおかんに泣き付いて、なんぼか金をせびったろと思てうちへ帰ってみたら
拍子の悪いことにオヤジが出てきてな『極道息子のわがままに耐えて頑張ってきたが、もう我慢が
ならん!勘当した!』やて」
又「そらあきまへんで、作ぼん。もうあんたとわしの仲も今日限りでんな」
作「そんなこと言わんといてぇな」
又「あんたなぁ、この賭場であんたのような人がなんで仲間に入れてもらえてるかわかってるか?
あのお家があってのことでっせ。わしらがなんぼ金巻き上げても、わしら相手にどれだけ借金
こしらえても、いずれはお家から出してもらえるじゃろうという、いわば信用みたいなもんが
あるさかいに置いてもろてるわけだ。その後ろ盾がのうなったらもう、あんたは用無しや」
作「そんなこと言うてもなぁ、又はん。わいはこの勝負の世界が好きでしょうがないなんや」
又「ろくに勝ったこともないのに、なんでそないに」
作「さいころの目一つで勝った負けだが決まる。(パチパチパチ)『勝負!』という声が聞こえてくる。
こんな男らしい世界はないやおまへんか。こればっかりは、もうやめとうてもやめられんなぁ」
343 :
ごじゅういち:02/09/23 05:35
又「OK! わしに任せときなはれ」
作「桶? 桶がどないぞ…」
又「いかんいかん。また異人の口癖が出てしもうたわい」
作「何でんねん、その異人の…」
又「シャラップ! 七つの海を知らんようなもんにはわからんで当然のこっちゃ」
作「海ならぎょうさん知ってるがな。須磨に白浜に和歌ノ浦…」
又「……あぁ、えらいえらい。作ぼんは物知りじゃ物知りじゃ。しかし、そんなに勝負事が好きだっか。
ほたら、えぇ話があるんやがなぁ…」
作「何でんねん、そのえぇ話て」
又「さいころ一つというわけやないが、勝った負けたが全ての世界で、男らしいことこの上ない
そんな商売がありまんのや。作ぼん、あんたがその気ぃなら、世話せんこともないが」
作「どんな商売で?」
又「それをここで教えて、連れてく前から尻ごみされても困るんでな、詳しい話はまだやめとこ」
作「尻ごみ…。そんな危ない商売なんか?」
又「そら穏やかでのんびりした商売とは言えんが、男にしかでけん、勝つか負けるかの世界。
そのことだけはこのわしが請け合う。今はそこまでしか言えまへんな」
作「又はん、わい、やる。うちからも賭場からも追い出された以上、わい、やる」
又「よっしゃ。そんなら明日の朝わしの所に来なはれ。その後のことは一切任せてもらいまっさかいな」
さぁ、何にも知らんこの作治郎。どこで何をさせられるかもわからんまま、火事場の又兵衛の口車に
まんまと乗せられまして、連れてこられましたのが蛸壺部屋で。ところが、相撲部屋とは気付かれん
ようにというのが申し合わせやったにもかかわらず、部屋では朝稽古終わりの時分どき。ちゃんこ鍋の
ダシの匂いがプンプンしておりまして、それを取り囲むのはいかに弱小部屋の連中とはいえ大坂相撲の
相撲取り。もう誰が見ても相撲部屋であることは明らかでございます。
344 :
ごじゅういち:02/09/23 05:36
蛸「いやいや、今日もこうしてお前らのおってくれたおかげでちゃんこを食べることができる。
ことにこの頃、中身の具はともかくダシだけはえぇのが出てるやないか。これは誰のおかげかな?
ん? あぁ、お前らか。ありがとう、ありがとう」
B「親方、こいつら兄弟の田舎で取れる昆布は上物でっせ」
蛸「そうじゃなぁ。弟子入りしてきた時には田舎も遠いさかい、入門を許したもんかどうか悩んだが、
今日ほど北国育ちの弟子を取っといてよかったと思たことはないぞ」(パチパチパチ)
B「ほれ、親方も喜んでるがな、何とか言わんかいな」
力士C「よかったわ次郎作ちゃん。親方も喜んでくれてるわ次郎作ちゃん」
力士D「わかったでそうパシパシ叩くな。わしは相撲取りには珍しい体の弱いことで評判なんじゃ。
あ、親方。ここで笑わんともう笑うとこないから」
蛸「どうでもえぇが、お前らの大坂ことばには、どうも未だに違和感をおぼえるな」
又「邪魔するで」
蛸「おや?どなたかおいでたな。どうぞ。お入りなされ」
又「わしはのう、火事場の又兵衛というもんじゃが、蛸壺はどこじゃ?」
蛸「火事場の又…はいはい。お越しになるとは聞いてたが、えらい急なこって」
又「聞いてたが? そんならこのザマは何じゃ。相撲部屋であることは隠しとくようにという話も
知らんとは言わさんぞ」
蛸「いつおいでになるやわからんのに、そんな無茶言われても」
又「えぇわい。どの道いつかは知れるこっちゃ。おい、作ぼん、入っといで」
作「お邪魔致します」
又「蛸壺、話は聞いてるな。これが預かってもらいたいという男じゃ。どうや、作ぼん。
これでわかったな。あんたが今日からする商売が。見てみぃ、そこで今日からみっちりと
しごいてもらえ」
作「わぁ、大きな土間やな」
又「土間? アホも休み休みぬかせ。まだわからんか。えぇからこっちへ来い。そこへしゃがめ。
ここでお前がそうやってしゃがんで、わしがこっちでこうやってしゃがんで、それからこうやって
お互い両手を地ベタに付いて…」
345 :
ごじゅういち:02/09/23 05:38
蛸「ちょっと待った! その仕切りの時の姿はもしや…。客人、あんた又兵衛はんとおっしゃったが、
もう一ぺん、よう顔を見せとくなはれ」
又「おう、蛸壺のう。こんな顔、穴が開いても構やせん。よう見てくれ。さぁ」
蛸「………はっ、な、七ツ海関! お懐かしゅうございます!」
(鳴り物)
又「気がついたか、蛸壺のう。いかにもわしはその七ツ海じゃ。十五でこの世界に飛び込んで、
末は大関と持てはやされたが、見るに見かねる勧進元の有様。それなら江戸でと身を転じ、
精進するも水に合わず、伝え聞いたる横浜の、異人の船に身を潜め、旅に出たのが三年前。
万国巡り遊山して、帰ってみても大坂の、相撲のことが気に掛かり、戻ってみても相変わらず、
昔とたがわぬ有様で、さてこれからはこのわしが、蛸壺乗っ取り(チョーン)
大坂相撲復興に一旗揚げて見せよう」
蛸「七ツ海関が大坂相撲に戻ってきてくれた。皆がこの日をどれだけ待ってたことか。
お前らもよう聞いてくれ。わしはこの部屋をそっくり七ツ海関に譲るさかいな。これからは
お前らの師匠はこの七ツ海関じゃ。よう鍛えてもらうように」
力士衆「ごっつぁんです!」
A「親方ぁ、なんやごっつぅ気合いが入りまんなぁ。そしたら余計に、腹が減りましたぁ」
さてこれから、大坂相撲復興のための七ツ海の奮闘が始まるわけでございますが、
後半は次の席ということで、今晩はこの辺で。
ドンドン