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164鉄拳後談
昔話その17・国鉄の直轄工事

 公団が発足すると国鉄の工事部門の一部は公団に移管され、その精鋭も一緒に
移ってきました。そうなると本来は国鉄本体がすべき工事でも、技術力から直接行
うこともままならなくなり、本当は違法でもアドバイス的な参加はありました。
 当時の北海道では函館本線の電化工事がたけなわでした。が、クロフォード時
代の技術で掘られたトンネルや架けられた橋梁は電化に適さず、やり直しの嵐で
でした。そのため、本来は小樽-永山だった電化計画は旭川止まりとなりました。
まっ、今では北旭川まで延伸するようで、40年来の計画達成です。
 電化計画は他にも、函館-長万部-東室蘭,室蘭-苫小牧-苗穂(当時),沼ノ端-岩
見沢の各区間であり、複線化との同時実施での困難性やその後の輸送形態の変化
により、完了したのは白石-室蘭でした。実際に岩見沢方で調査を行ったので、時
代が時代なら岩見沢-沼ノ端にワンマン型の電車が疾走していたことでしょう。
 千歳線電化と同時に千歳空港駅の開業があり、同時に石勝線も開通する予定で
したが、1年遅れとなりました。本来なら、同時開業でムードを盛り上げる、と考
えるのが、滝川市-南富良野町沿線の石勝線開通の盛り上がりを警戒する動きもあ
り、工期を調整するという事態に至ってます。これは当時は難工事による遅滞とさ
れております。