おれは30代後半のリーマン。年齢=彼女いない歴。そして真性童貞だ。
身長165cm。痩せ型(でも腹は出てる)。体毛が濃く前髪がかなり後退している。
恋愛はとっくの昔に諦めている。
会社がつぶれないかぎり現在と同じ生活が定年まで続くだろう。
定年後のことは考えたくもないが、きっと何も変わらないな。
会社に行く→公園に行く、に変わるくらいだろう。
こんなおれだが消防時代・厨房時代二年間までは普通だった。と思う。
無口でおとなしい性質だったが、友人、親友と呼べる友も数人いたし、
女の子とも普通に話をしていた。
だが、厨房時代後半に、おれのその無口でおとなしい性質を、
暗く陰鬱な性質に一変させる事件が起きた。
<続く>
厨房三年目、おれはクラスメートの女の子のことを死ぬほど好きになってしまった。
彼女に対する気持ちが強すぎて体調まで崩してしまったおれは
勇気をふりしぼって告白する決意をし、放課後に学校近くの公園に彼女を呼び出した。
心臓が張り裂けそうになって待っているおれの前に現れたのは
彼女とその友人たち四人だった。
彼女の友人のなかのひとりが言った。
「おまえ、身分をわけまえろYO」
おれ「ハア?」
「おまえキモチワリーんだYO」
「おまえ、青いんだYO」
「ギャハハー!!青い!青いー!」
「青い」というのは、おれの顔のことだ。
当時、もうすでに髭が濃くなっていて、毎日きれいに剃ってはいたが、
剃り跡がやけに青々しているのを、おれも気にしてはいた。
(もともと色白なので剃り跡が目立つのだ。)
<続く>
彼女の友人たちのおれに対する罵詈雑言は続いていた。
おれはブルブル震えていて、その震えもまた彼女等の嘲笑の的になった。
おれの好きな子の方を見ると、彼女も笑っていた。
不覚にも涙がこぼれてきた。
「こいつ泣いてるYOー!」
「ギャハハー!」
まったくこの年代の女ほど残酷な生き物はいない。
おれは工房になったが、偶然にも、この女どもも同じ高校に進学した。
そして、新しい環境でやり直そうとしたおれの前に立ちはだかり、
苛めてもよい対象との認識を皆に啓蒙した。
もう工房だから、酷い苛めはなかったが、
それでも、おれは一層陰鬱な性格になり、誰とも親しめなかった。
別の高校に進学した消厨からの親友が、変わらぬ友情を示してくれたのが唯一の救いだった。
<続く>
大学は地方の大学を選んだ。
知り合いのいない新天地で自分を変えようと思っていた。
アパートかマンションで一人暮らしをしたかったが、
家庭の財政上の理由から寮生活を強いられた。
寮には面白い風習があった。
新入生で童貞君は四回生が風俗に連れて行ってくれるのだ。
童貞か否かは自己申告制なので、非童貞の奴もタダマンができるという理由で参加する。
だから、ほぼ全員参加する。
だが、おれは断った。しかし、いくら「おれは童貞じゃない」と言い張っても
先輩等は認めてくれなかった。
「どこからどう見てもお前は童貞だ」と。
おれには誰にも言えない秘密があった。
包茎。しかも真性。そして、びっくりするほど小さい。
死ぬほどセックスしたいのに、そのコンプレックスのために躊躇せざるを得なかったのだ。
<続く>
そして当日。
「おい、おまえ等、今から行くからな。その前に全員、風呂入ってこい」
先輩の命令で新入生全員で風呂に入った。
寮はもちろん共同風呂だ。
包茎短小ティムポを他人に見られたくないおれは、いままで人のいないときを狙って入っていた。
当然その日は念入りにティムポを洗いたかったが、
隠すのに精いっぱいで、とてもじゃないがおざなりにしか洗えなかった。
真性包茎ティムポの洗い方は独特で、とても他人に見せられるものではないのだ。
ともかく、風呂から上がると車数台に分乗し、風俗店に到着した。
風俗店・・・とは言っても、そこはソープではなく、いわゆる赤線だった。
「ここでいいな?」
先輩がそう言った店というか家の玄関には、びっくりするほどきれいな女が笑って座っていた。
二階に通され待っていると、さっきの女が入ってきた。
近くで見ても、きれいで、そして驚くほど若かった。
しかし、その若さは、おれを少しだけ不安にした。
<続く>
女は笑顔とは裏腹に事務的に事を進めていった。
当時そのあたりの店は、生尺→生本番が基本だったようだ。
「服脱いでそこに横になって」
女の言う通りに服を脱ぎ仰向けに寝た。女も裸になり、69の体勢になったとき、
「あら!」と女が言った。
きっとおれのティムポを見てそう言ったんだ。
そう思うと全身が熱くなり、初めて目前に見るマムコも何が何やら、
さっきまでの性的興奮がサーッとひき、
恥ずかしさとわけのわからぬ憤りの興奮に変わってゆくのを自覚した。
ティムポがみるみるしぼんでいった。(といっても大きさはあまり変わらない(涙)
女がおれのしおしおティムポを口に含んだ。
しおれたティムポは二度と起き上がることはなかったが、
女は執拗に舐め、吸い、キンタマを指で転がした。
だが、突然、
「う」という声とともに舐めるのをやめた女は、
「ちょっとごめん」と言うなり部屋を出て行った。
<続く>
しばらく経って、店に入るとき先輩が話をしていた婆が部屋に入ってきた。
婆の話では、女は急に体調を崩し、今日はもう上がるとのこと。
他の女もふさがっているので、悪いが○○という近くの店に行ってくれ。
話は通してあるから、とのことだった。
多分、女は888が言う通り吐いていたのだろう。
ちゃんと洗っていない真性包茎ティムポの臭さは凄まじいからな。
店を出たおれは婆の言う店に行く気にはならなかったので、
あらかじめ決めていた集合場所に向かった。
先輩たちと新入生数人がもうすでに待っていた。
先輩が笑いながら「どうだ?気持ちよかったか?」と聞いてきた。
「はい。ありがとうございました」と、おれは応えた。
この赤線での出来事が、寮のみんなにばれるんじゃなかろうか、と
(先輩たちの中にはこの店の常連もいたので)ずいぶんひやひやしたが、杞憂だった。
女が黙っていてくれたのか、婆が女に口止めしたのか、
先輩たちが知っていて黙っててくれたのか、
今となっては確かめるすべもないが・・・。
<続く>
その後の大学生活はわりと快適に過ごせた。
あれほど嫌だった髭も大学生ともなれば、薄かろうが濃かろうが誰も気にはしない。
最初は嫌だった寮生活も、慣れれば良いものに思えてきた。
同じ釜の飯を食えば自然と仲間意識が芽生える。
寮の中に友達がたくさんできた。
先輩にも可愛がってもらった。
それらのつながりで大学のなかでも友達が増えた。
だが、やはり、女はダメだった。
いつのまにか、普通に喋ることさえできなくなっていた。
合コンも2、3回行ったが、どうしても女とはうまく喋れないので、
おれの周りだけ盛り下ってしまう。
みんなの迷惑になるような気がして、合コンの誘いがあっても断るようにした。
大学で好きな女も何人かできた。
でも自分の気持ちが盛り上がる前に諦めるという癖がついていた。
あの厨房の時の出来事がトラウマとなり、
「片思い」さえ途中で勝手にブレーキをかけてしまう自分がいた。
<続く>
「このままでいいはずはない」
おれは努力することにした。
とにかく出来ることから始めよう。
まずバイト代と仕送りの中からこつこつ貯金をし、
包茎手術を受けた。
術前に医者が言っていた通り、包茎は治ったがティムポが大きくなることはなかった。
でも、ひとまず真性包茎というコンプレックスは消えた。
ティムポが小さいのは、これはもうどうしようもない。
生殖能力がないのではないのだから、恥ずかしがる必要はない。
寮の風呂に堂々と前を隠さず入るようにした。
「おまえのティムポ小さいなー」先輩が言った。
「小さすぎるー」同じ学年の奴が言った。
「・・・・・・」後輩は何も言わなかった。
おれは、爽やかな気分だった。
みんなの言葉に悪意は微塵も含まれていなかった。
堂々と風呂に入るということはなんとすばらしいことか!
<続く>
次に何が出来るだろう?
何か出来ることはないか?
コンプレックスをひとつ克服したおれは次を探した。
やはりルックスか。
ルックスが良くなれば女の方から声をかけてくるはず
→喋れないおれでも女の方から喋りかけてくる回数が増えれば、
そのうち普通に喋れるようになるかも
顔や体型は変えられないにしても服装なら何とかなる。
思えばおれはファッションに無頓着すぎた。
おれは寮のなかで最もおしゃれと思われる先輩の部屋を訪ねた。
そして恥を忍んで女性恐怖症であることを打ち明け、
ファッションについてのアドバイスを乞うた。
先輩はいらなくなった服をくれ、いろんな店の名前と場所を教えてくれた。
そして、「髭を伸ばせ。髪を短く切れ」とアドバイスをくれた。
三回生になっていたおれは、もう、額がかなり上がっていた。
で、その禿げ上がり気味の額を隠すように髪を伸ばしていた。
「それがダメなんだ!」と先輩は言った。
「コンプレックスを隠そうとすればするほどコンプレックスは肥大していくんだ!」
<続く>
髭を伸ばし髪を短くしたおれは鏡を覗いた。
自身あり気な男に見えた。
先輩は正しかった。
が、時代が悪かった。
当時、DCブランド全盛期。当然、先輩にもらった服も全てDCブランド。
全くおれには似合わなかった。と、いまになって思う。
(その時はそうは思わなかった。)
おれはその服装で大学に行った。
ゼミの女の子が話しかけてきた。
いきなり作戦成功かー!!
「なんか無理してるーって感じー」
その言葉に悪意は感じられなかった、だが、、、へこんだ。
<続く>
先輩には悪いと思ったが、DCブランドの服を着るのはやめた。
四回生になっていた。
相変わらず女とは普通に喋れない。
緊張してヘドモドして、相手の目さえまともに直視できない。
そのみっともなさは自分自身でも情けなく、
ますます女を避けるようになり、ゼミも女の少ないところに無理矢理移った。
結局、努力も糞もなく、女とまともに会話もできぬまま、卒業、そして就職した。
おれにしてはまあまあと思われる企業に就職できた。まあ時代が時代だったけど。
おれは環境が変わると心が弾む。
何か変われるんじゃないか、と、いつも勘違いしてしまう。
社会人になったおれは、あるはずのない期待に胸を膨らませていた。
<続く>
社会人になったおれは、あてのない期待に胸を膨らませていた。
そして、ちっぽけな努力を決意した。
それは、ひとことで言えば「身だしなみに気をつけよう!」ってことだ。
センスのないおれにおしゃれは無理だ。
また、おしゃれしても似合わないことは実践済みだ。
だが、清潔にすることはちょっとした努力でできる。
Yシャツを毎日とりかえること。
Yシャツはクリーニングに出すか自分でアイロン掛けをし、いつもパリッとさせておく。
スーツも安物でいいから数を揃え、毎日同じスーツを着ない。
ズボンの折り目もパリッとさせておく。
靴も最低二足は揃え、かわるがわる履く。そしていつも磨いておく。
風呂に毎日入り下着は必ず取り換える。
朝晩必ず歯磨きし鼻毛の処理もきちんとする。
月に一度は散髪に行く。
<続く>
これらの決まりごとを自分に課し、実践した。
ちなみに、これはいまもそうしている。
効果のほどは、わからん。
というのも、女子社員から「神経質そう」とか
「とっちゃん坊や」などと言われることがたまにあるからだ。
自分としては、努力しようのない部分(容貌)で、
相手に不快感を与えるのを少しでも緩衝するためにそうしているのだが、
裏目に出ているのかもしれない。
ともあれ、出社初日だ。
今日から二週間は本社で研修だ。
研修が行われる広い会議室には長机が並べられ、長机には名前の書かれた紙が貼られていた。
どういう順番なのかわからなかったが、おれの席はいちばん後ろのはしっこ、
皆二人ずつ座っているのに、おれだけひとりだった。
指導官が入ってきた。
新入社員は皆着席していたのだが、
ひとりだけ自分の名前を探してうろうろしている女の子がいた。
手違いで彼女の席が漏れていた。指導官は彼女に、空いているおれの隣に座るよう言った。
運命の出会い(?)だった。
<続く>
彼女の名前はA子としておく。
A子とおれは隣り合わせの席で二週間研修を受けた。
夢のような二週間だった。
A子は短大卒なのでおれより二つ年下。少しだけ子供っぽい、よく喋る明るい子だった。
A子はおれにもよく話しかけてきた。
例によって、おれが、へどもど、おっかなびっくり受け答えすると
くすくす笑った。
そして、さらにいろいろ話かけてきて、
おろおろしながら受け答えするおれを見て、また笑った。
そんなことは初めての経験だった。
A子の表情から軽蔑感だとか悪意だとか、
そういう、おれに対する侮蔑的感情は、どうしても読み取ることが出来なかった。
おれはただ、その無邪気な笑顔に、心が溶けて吸い込まれていくのを感じるだけだった。
研修が終わるころには、おれはすっかり恋に落ちていた。
大学時代、片思いさえままならなかったのが嘘のようだった。
<続く>
研修最終日に配属が知らされる。
なんと!おれはA子と同じ支社へ配属されることになった。
(A子は短大卒なので始めからそこに行くことは決まっている)
おれは、心の中で神に感謝を捧げた。
そして、いままで神を呪ってばかりいたことを懺悔した。
「これからもよろしく」A子が笑いながら言った。
「ど、どうも」
あぁ!こんなときにもっと気の利いたセリフが言えたなら!
瞬時に激しく後悔したが、A子はさも可笑しそうに声を出して笑っていた。
おれは、心が、何か温かなもので満たされていくのを感じた。
支社では、A子は営業事務、おれは総務、
フロアが違うので喋る機会はほとんどなかったが、
営業に配属になった同期の男たちが音頭をとり、月一のペースで同期会が開かれた。
それは飲み会だったりバーベQだったりドライブだったりe.t.c.
<続く>
月一の同期会。
おれには声が掛からないのじゃないかと思っていたが、ちゃんと毎回誘ってくれた。
その頃のおれは、その同期会だけを楽しみに、毎日を過ごしていた。
同期会のメンバーは男4人、女4人の合計8人。
男たちはみんな気のいい奴ばかりですぐに打ち解けることが出来た。
女の子とは相変わらずうまくは喋れなかったが、
みんな、そんなやつがひとりくらいいてもいいだろうというような感じで、
気にしている様子はなかった。
A子はいつでも気をつかってくれ、おれに構い、おれを笑わせ、おれを笑った。
<続く>
夏が過ぎていた。
おれのA子に対する思いは日に日に増大し、溢れ出る思いを持て余すようになった。
残業して、フロアに誰もいなくなった隙にA子の履歴書をコピーし、家に持ち帰った。
そして、履歴書に記された彼女の筆跡を飽くことなく眺め、
オナニーし(文字でオナニーしたことのある男はそうざらにいないだろう)、住所を地図で調べた。
休日に電車を乗り継ぎ、彼女の住んでいる町に行って、彼女の家を見つけ、
ドキドキしながら家の前を通りすぎ、彼女が毎日利用している駅のあたりをぶらぶら歩いた。
(その頃ストーカーという言葉は無かった。)
同期会の時に撮った写真のなかで、おれとA子のツーショットの写真を定期券の中に忍ばせた。
そして、たびたびそれを取り出しては、ぼんやり眺めた。
写真の中には眩しい笑顔を浮かべた彼女がいる。
その横にはラクダのような間の抜けた男の顔が。
とてもじゃないが、つり合わないな。
そう考えると、ため息が出る。
彼女の話から、彼女は恋愛経験豊富とはいかないまでも、
そこそこの、年相応の恋愛はしてきてるようだ。
では、おれはどうだ?
恋愛経験どころか、気軽に声をかけてくれるA子とすらまともに話も出来ない。
そして童貞。おまけにティムポは極小サイズ。
なーんにも良いところの無い駄目な男。
諦めるしかないか・・・。
<続く>
「待て!」と、頭の中で声が聞こえた。
「おまえに何度もチャンスが巡ってくると思っているのか?
いままでA子のようにおまえに話しかけてくれる子がいたか?
これはチャンスじゃないのか?
千万一隅のチャンスじゃないのか?
ああ。そりゃあ、ふられるよ。ふられるに決まってる。
だが、それがどうした!
おまえは変わりたいんだろう。
考えるばかりで何一つ行動に移そうとしないじゃないか。
トラウマ?おまえはいつまで厨房時代を引きずれば気が済むんだ?
努力してるだと!
身だしなみ?
そんなことは誰もがしていることなんだよ。
童貞なんていつでも捨てられる機会があっただろう!
そうだよ。風俗に行きゃあいいんだよ。
それがなんだ!たった一度、立たなかっただけで、びびりやがって!
いいか!本当に変わりたいなら、彼女に当たって砕けてこい!
そうだよ。ふられてくるんだよ。
だが、それでおまえは変わることができるんだ!」
<続く>
おれはA子に告白する決意を固めた。
トラウマを払拭するよい機会だと考えるようにした。
万が一にもうまくいくなんてことは思わなかった。
おれは恋に恋をしているだけだったから。
それは自覚していたつもりだ。
A子には悪いが彼女の気持ちを思いやる余裕は持ち合わせてなかった。
告白してふられる。だが、彼女のことだ。
おれを傷つけるようなことは言わないだろう。
そして、おれはトラウマから解放される。
楽しみにしている月一の同期会への参加も出来なくなるだろう。
だけど、それでいいじゃないか。変わることが出来るんだから。
そう考えるようにした。
<続く>
でも実際どうだったろう?
支離滅裂だが、おれの頭の中はA子でいっぱいで、
毎日苦しくて、その恋(といっても片思い)の苦しみから解放されたかっただけかもしれない。
決意は固めたものの、告白するチャンスがなかなか訪れてはくれなかった。
できれば電話などではなく、直接二人きりで会って告白したかった。
それも自然なカタチで。
だが、社内で顔を会わせることはほとんどないし、同期会ではなかなか二人きりにならない。
きっと恋愛経験豊富な奴ならこんなことに悩むこともないのだろう。
なすすべなく、おれは、ただ悶々としながらその機会を待っていた。
そんなある日。
たまたま、おれひとりで昼食をとることになった。
(いつもは同じ部署のひとたちと食べに行く)
おれは、隣のビルにある、食堂へ行った。
そこは、ある団体の職員用食堂なのだが、一般にも開放していて、
メニューが豊富なのと、安いのとで、おれの会社の社員もよく利用していた。
もちろんA子たちもよく行っていた。
だだっ広いだけの、何の変哲もない社員食堂といった感じのところではあるが、
広い分、他の店が混みあってる時間帯でも、そこに行けば必ず座れるので、みんな重宝していた。
<続く>
おれはカウンターでうどんと丼のセットを受け取ると、
空いているテーブルを目指し歩き出した。
ふと気がつくと、その空いているテーブルの隣のテーブルに、
A子の他、同期会のメンバーの女の子たちが座っていた。
誰かが、おれに気がついて声を掛けてくれるだろう、と思っていたのだが、
いくら近づいて行っても、彼女等はお喋りに夢中で誰も気づいてくれない。
おれから声をかけるのも気が引けて、とうとうおれは席に着いてしまった。
女 女
「 ̄ ̄ ̄|
|___」
女 A
○ オレ
「 ̄ ̄ ̄|
|___」
○ ○
↑これで位置関係がわかるだろうか・・・。ずれなければいいが。
<続く>
おれとA子は背中合わせで座っている。
○のところは空席で、反対側に座れば誰かに気づいてもらえるはずなのに、
なぜかこの席に座ってしまった。
彼女等の喋る内容がはっきり聞こえてくる。
おれはドキドキしてきた。
他の席に移ろうか?いや、それも変だ。ああ、どうしよう?
逡巡しながらも、おれは飯を口に運んだ。まさに砂を噛むような感じだった。
悪い予感がした。そしてそれは的中した。
彼女等の話題が同期会のメンバーの話に移ったのだ。
「どうでもいいけどさー、なんであいつメンバーにはいってるの?」
「しょうがないよ。男の子たちが呼ぶんだもん」
「あいつもあいつだよ。何で参加するかなー」
「そりゃAちゃん目当てに決まってるじゃん」
A子「やめてよー」
おれは、いたたまれなくなって、席を立とうとした。
だが、立てなかった。ブルブル震えてきた。
<続く>
「でも、B君(同期会のメンバー)も人が悪いよね」
「そうそう。Aちゃんと付きあってること言ってあげればいいのにねー」
「それだったら、みんな悪いじゃん。別にB君じゃなくても誰かが言えばいいんだから」
「そりゃそうだー」
「キャハハー」
A子「あのね。ちゃんと見たわけじゃないんだけどね・・・」
「なになにー?」
A子「この前の日曜日に、うちの近所であいつを見たのよー」
「なにそれー。どーゆーこと?」
A子「車の中からだったから、私ははっきり顔を見たわけじゃないんだけど」
A子「B君がね、絶対あいつだったーって」
「あいつ家どこよ?」
「確か○○のはず」
「だったら全然関係ない場所じゃん」
「うわっ。キモチワルー」
<続く>
おれは胃が突き上げられるのを感じた。
次の瞬間、たった今食べたばかりのものをテーブルの上に吐き戻していた。
彼女等がおれの存在に気がついた気配がした。
逃げよう。
とにかくこの場から立ち去ろう。
おれは立ち上がった。
が、大きくよろめいた。
A子と目が合った。
彼女の顔は恐怖でひきつっていた。
おれは息が出来なくなった。
目の前が少し暗くなった。
倒れそうだった。
手を泳がせ、何かに掴まろうとした。
彼女の肩に手が触れたその瞬間、
彼女は悲鳴を上げ、おれの腕を振り払った。
おれは意識を失い、倒れた。
テーブルに頭をぶつけたのは覚えている。
気がついたのは救急車の中だった。
涙がとめどもなく流れてきた。
「どこが痛みますか?」
救急隊員が何度もそう聞いてきた。
<続く>
それからすぐ、おれは会社を辞めた。
別の会社に就職し、そこの上司にソープに連れて行かれた。
やはり立たなくて出来なかった。
三十半ばで、また恋(片思い)をした。
これについては、機会があれば、また書きたいと思うが、
いまはまだ書く気になれない。
ただ、年齢に比例して失恋の打撃が大きくなる、いうことはわかった。
恋愛はとっくの昔に諦めている、と、一番最初に書いた。
諦めてはいるのだが、
もちろん、諦めてはいるが、ほんの幽かな期待さえもない、といえば嘘になる。
パンドラの箱ではないが、希望がないと生きて行けぬ。
諦めと希望。この二つが同居しているのは矛盾だろうか。
希望とは夢。決して叶わぬ夢。
最後に
おれの稚拙な書き込みを待っていてくれたひとたち、どうもありがとう。
最近見つけて心に染み入った左千夫の歌を贈ります。
海やまの 鳥けものすら 子を生みて
みな生きの世を たのしむものを
<了>