遅レススマソ。
細かいレスは日を改めてさせてもらうが、ちょっとだけ。
恋のかけひきは釣りに似ている。
狙いのものを確実に釣り上げるためには、本当に色んな準備を必要とする。
狙いのものによって釣り竿や針を考慮するのは勿論、どんな餌を使うのか?
行く場所は?時間は?格好はこれでいいか?などなど、数え上げればきりがない。
海なり川なりに行っても、投げ込むポイントを逃せばまるでかからない。
実際に針に獲物がかかっても、竿を上げるのが早ければ逃してしまうし、
遅ければ餌をとられただけで終わってしまう。
といって無理に釣り上げようとすれば、魚を傷つけてしまうかもしれない。
たまに適当に放り込んで大物をゲットするような運のいいヤツもいるが、
それを期待して釣りをやるようなのは厨房レベルのドリーマー。
魚だってバカじゃない。
そんなヤシに限って、釣ったはいいけどまともに上げれずに大騒ぎして、
アタフタしてるうちに逃がしてしまったり、処理に困って結局は海に戻すなんて
間抜けな事になる。保存の準備がおざなりで、家に帰る頃にはイヤな臭いがなんてのも。
自分が何をしたいのかくらいわかってないと、いろんなものが無駄になる。
>>435の続き
これが釣堀ならそんな気持ちでもいい。
これは遊び半分の合コンやナンパに近いんで、深く考えずに数をこなせば
それなりの成果も出る。ちゃんとやってればそのうち魚にも慣れてくるしな。
確実にと思うのであれば、事前に釣り上げたい対象について学び、準備をすべき。
どこにいるのか?いつなら狙い目か?何を好むのか?
自分の持ち物は?足りないものはあるか?協力者は必要か?
そもそも他のヤツに釣られてしまってはいないか?
こうした準備をすることで、勝率は増してくる。
だがやはり、実際の場において気をつけるべきことも数多い。
餌をケチるのは逆にもったいないし、かといって露骨にまくのも逆効果。
狙いのもの以外ばかりが寄ってくる。来たら来たでちゃんと「浮き」の動きを
見ておかないと、ホントに来てるかどうかわからない。
その上で食いつき具合を計り、針を飲み込んだタイミングで引き上げる必要がある。
ここで重要なのは、餌を突付いてるだけのときにやると警戒されてしまう点に
注意するのと、一気に釣り上げるタイミングを逃さない事。
一見相反するようだけど、これは数をこなし魚のことを知れば知るほど容易になる。
何度もポイントへのアタックを繰り返すうちに確実に分かってくるし、チャンスも増える。
ただ、釣りの常道として当然ながら大抵の場合時間はどうしてもかかる。
場面場面で何度も投げ込んだり、食いつくまで待ちに入ったりと多少の我慢は強いられる。
なかなか針にかからないからって変な騒ぎ方をすれば魚は逃げるし、周囲の人にだって迷惑だ。
だが多くの場合焦れば焦るほど結果は反比例するので、我慢できない奴は成果を出すまでつらい。
>>436の続き
なかなか魚がかからないから、とまともに竿をふらないのは短慮がすぎる。
いつか魚がかかるだろ、と竿を置きっぱなしなのは考えがなさすぎる。
魚と良く目が合う、と喜んでるのは大抵自分が自分の方がその魚を見すぎている。
何度も餌ばかりもっていかれた、と恨み言をいうのは分別が無さすぎる。
逃した魚は大きかった、と愚痴ってばかりなのは未練がすぎる。
こんなに釣りたいのに何で釣られてくれないんだ、と騒ぐのは器量が小さすぎる。
釣った魚には餌をやらない、と手を抜くと結局大魚は手元をすぎていく。
釣りは遊びでキャッチ&リリース、と言ってるのは相手を軽く見すぎている。
釣った魚を食べれれば満足、と食い散らかすばかりなのはその先を知らなさすぎる。
釣りは趣味じゃない、と諦めにも似たポーズでごまかすのは自分を軽く見すぎている。
釣る前にあの魚はきっとこうだ、と知ったつもりでいるのは見るべきものを見すごしている。
針の傷みを考えた事もない、と扱いに注意しないのは想像力がなさすぎる。
傷つくのも傷つけるのもいや、と二の足を踏むのは臆病がすぎる。
魚釣りにだってこんなに気をつかうんだ。人間なら尚更だろう。
自分の気持ちで一杯になって相手の事を考えられなくなるのが恋ではあるが、
そればかりでは、愛がなさすぎる。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」by 孔子