「彷彿とさせる」の中の「と」

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1じゃく
「彷佛させる」でいいのに、どうして「と」を入れたがるの。
この「と」はどんな役割なんですか?

(「と」を聞くと、個人的には「馬鹿っぽい」と思ってしまいます)
2名無しさん:2000/02/11(金) 05:07
気になったのでちょっと調べてみたんですが、「彷彿」はいわゆる
タリ活用形容動詞としての用い方と、サ行変格活用動詞としての用
い方との両方が可能のようですね。『広辞苑第五版』の彷彿(髣髴)
の項には「故人に彷彿たり」「旧時を彷彿させる」「過去が彷彿と
してよみがえる」の3例が載っています。「たり」はもともと「と
あり」が音便化して縮まった語なので、モードによっては先祖還り
的に「と」が出てくるんでしょう(「たり」の中止法は「として」)。
けれどもそれはあくまでもタリ活用形容動詞として用いた場合の話
であって、サ行変格活用動詞として用いる場合はこの「と」は必要
ないですね。「彷彿とさせる」の「と」は「タリ活用形容動詞」と
「サ行変格活用動詞」とを混同した結果だと思うのですが....どん
なもんでしょ。国文法に詳しい方、フォローをお願いします。
(ワタシはズブの素人です。上の記述に間違いがあってもあまり突
っ込まないでネ)
3元予備校古文漢文教師:2000/02/12(土) 21:38
中途半端な専門家ですいません(笑)。2さんの書き込みでは「彷彿と」
はタリ活用形容動詞の先祖がえり、という言い方ですが、ズバリ「タリ
活用形容動詞連用形」でいいと思います。ただし現代語の中の古典語的
表現、ということですが。まず古典語の話からすると、タリ活用の形容
動詞は特に漢文的文体で漢語の語幹とともによく現れますね。形容動詞
ですから様子や感覚を表わす、意味的には形容詞の活用語です。語幹に
用いられる漢語にも傾向があって、1)「陶然」「惚焉」「突如」のよ
うな漢語の中で様態形容詞的述語をつくる「然」「焉」「如」(現代日
本語の「〜ぽい」「〜みたいだ」に相当)の付くもの、2)一字一字の
意味はあまり重要ではない、擬音語・擬態語の類(「連綿」「馥郁」
「渾沌」のような韻を踏む2字語(畳韻語)や、「怜悧」「参差」のよ
うな頭韻を踏む2字語(双声語))など、あと3)としてその他の形容
詞的単語が挙げられま名無しさん
4名無しさん:2000/02/14(月) 20:27
test
5名無しさん:2000/02/14(月) 20:47
てすと
62>3:2000/02/15(火) 05:40
いよいよ専門家のご登場! とワクワクしながら3を読み進んだら、
途中で切れてる…(泪)。これも例の2ch.netのアクシデントの影響で
しょうか。続きが読みた〜い。
よろしくお願いいたします。
7名無しさん:2000/02/15(火) 14:40
>2
>「彷彿」はいわゆる
>タリ活用形容動詞としての用い方と、サ行変格活用動詞としての用
>い方との両方が可能のようですね。

なるほどなるほど。あとかんけーないかもしれないけどサ行変格活用動詞
の用法ですが、「彷彿する」という形で用いることはほとんどなく、
「彷彿させる」という受身形で使用するのがこの語の場合大部分を占める
のではないでしょうか。この受身偏重の使用が「彷彿+する」のサ行動詞
としての一体感を希薄にしているのでは……単なる今思いついて書いたこと
ですが。
83です。:2000/02/16(水) 00:03
切れるちょっと前のところから続きを書きます。

3)としてその他の形容詞的単語が挙げられます。「彷彿」は2)
のうちの「双声語」すなわち頭韻を踏む擬態語または感覚表現に
相当します。現代の北京語でもfang3fu2で頭韻を踏んでいます。
現代日本語はサ変動詞化や形容動詞化など、外来語幹を取り入れて
用言化する造語法が発達している反面、外来語幹そのものには品詞
や文法機能を特定できる情報がないため、「他動詞と自動詞」「動
詞と名詞と形容詞」の間に「揺れ」が生じやすいのです。「プライ
バシー/プライベートの侵害だ」「リアリティー/リアルを感じる」
「家庭が崩壊する/家庭を崩壊する」といった揺れ(または一方は
誤用)を観察することができます。(いったん切ります。以下続く)
93です。8の続き。:2000/02/16(水) 00:24
漢語系語幹の場合、使用に当たって記憶が曖昧なときは、構成する
漢字がどう訓読されるかによって自動詞か他動詞か形容動詞かが判
断されるのだと思いますが、たとえば「崩壊」は「くずす」「くず
れる」「こわす」「こわれる」のように自他両方の訓読が可能なの
で、揺れが生じやすくなるのでしょう(もっといい例がありそうで
すが)。
しかし「彷彿」のはそのような訓読の情報自体がありません。このような
ときはなおさら揺れが生じやすくなると思われます。規範的・伝統的には、
3で書いたようにタリ活用の形容動詞の連用形+サ変の補助動詞によって
作られる状態動詞の一種でしょう。他の例として、「森閑とした空間」
「超然とした態度」「突如として消える」などが挙げられますが、同時に
この類の語は、時として「悠然と立ち去る」のように、「する」なしで連
用修飾することもあるようです。
そんなわけで私は1さんとは逆に、「彷彿する」の例を見るたびに、
「ああ、無理して難しい言葉使ってるなぁ、なんか哀れだな」と思っていた
のですが、2さんのご指摘でサ変の例もけっこう定着しているようなので、
いまは両方アリなんだ、と認識を新たにしたところです。
103です。(蛇足?):2000/02/16(水) 00:31
なぜそう思うのかというと、辞書というのは時代による言語の変化を
取り入れつつもけっこう規範意識も重視していて、たとえば他のス
レッドの主題にもなった「すべからく」などは、ざっと見たところで
はどの辞書もまだ「すべて」の意味の語釈を載せていません。その点は
辞書編纂者も譲れないと思ったのでしょう。「彷彿」はそうではないの
だから、いまは両方アリなのだな、と思った次第です。
11早起きおじさん
漢文では「相彷彿」なんて言い方があって、
「似ている」の意味ですが
訓読としては「あひ髣髴す」と読みたくなります。
「相」がつくと動詞っぽいから。
でも原語ではそうやって区別しなくてもいいようですが。