1 :
Oっこ:
悪名高いけど、結構あたると思う。
A型は神経質っぽいし、BとかOはずぼらっぽい。
みんなはどう思いますか?
2 :
UVROM:1999/11/22(月) 01:07
血液型は、有る程度は民族的背景(アイヌ系・朝鮮系・ポリネシア系
・・・etc)を表しているので、性格が「家風という文化」として受け
継がれている・・・
という考えはどうでしょう?
#ただ、血液型(遺伝子のパターン)が性格に影響を与えるというのは
#一寸考えにくい
3 :
気がするだけだよ:1999/11/22(月) 03:30
他の血液型はどうなるの?
Rh型とかは?
4 :
B型人間:1999/11/22(月) 12:06
竹内久美子サンの「小さな悪魔の背中の窪み」という本を読んで
みられたら?確か文庫でも出ている。新潮だったか。血液型性格
論を新ダーウィン主義で説明しています。
このヒト、「一見学問的であるかのような嘘」を意識的に追求
しているらしいので、鵜呑みにしてはいけませんが。
5 :
名無しさん:1999/11/22(月) 15:15
A型は伝染病に弱いのできれい好きなのだと聞いたことがあります。
ちょっと説得力があって一時信じかけたけれど。。。
でも本当にそれが理由で全体としての性格の特徴が決まるなら、
たとえば鯨は生存のためにもっと用心深い性格になりそうですね。
6 :
ふふり:1999/11/22(月) 23:34
血液型信仰がここまで進むと、血液型性格診断を信じる親の影響も
バカに出来ないのではないでしょうか?
ピグマリオン効果とでもいうか・・・
7 :
名無しさん:1999/11/25(木) 13:46
>このヒト、「一見学問的であるかのような嘘」を意識的に追求
>しているらしいので、鵜呑みにしてはいけませんが。
あの人の書いてることの核心部分は全部うそ。といっても、
けなしてるわけじゃない。正しい学説をきちんと理解してるか
らこそ、もっともらしいうそがつけるってこと。いってみれば、
SFの一種みたいなもん。
8 :
>7:1999/11/25(木) 14:49
うそっていうより、証明できない仮説でどうかな。
9 :
名無しさん:1999/11/25(木) 15:49
>8
ウソって証明できる仮説
10 :
>7:1999/11/26(金) 16:50
SFは科学的思考法をふまえつつ嘘をつく。
竹内久美子は前提としている学説は正しいが、
そこからの考え方が非科学的もいいとこだ。
11 :
7:1999/11/26(金) 17:09
>竹内久美子は前提としている学説は正しいが、
> そこからの考え方が非科学的もいいとこだ。
たとえば、ドーキンスの学説(利己的な遺伝子とかに書かれてるやつ)を前提として、
獲得形質の遺伝することを証明しようとしてるとかそういうことですよね?もしそうだったら、
言葉の使い方が不適切でした。すいません。
12 :
そうかしら?:1999/11/26(金) 17:16
前提としている学説はもう取り繕いようないほどボロボロの
宗教化した屁理屈だが、そいつをさらにトンデモに発展させ
てエンタータインメントに仕立てている、と言うのが正しい
のでは?
13 :
7:1999/11/26(金) 17:46
>前提としている学説はもう取り繕いようないほどボロボロの
>宗教化した屁理屈だが、
そうなんですか、それは知らなかった。僕はきちんと生物を勉強したわけではないので、
そこまではわかりません(ドーキンスとかは、ある一つの仮説としては有効な考え方だと
思ってました)。
>そいつをさらにトンデモに発展させ
> てエンタータインメントに仕立てている、と言うのが正しい のでは?
これは僕もそう思います。ところで、書いてる本人はどうなんですかね?
僕はあの人は当然それをわかって書いてるのだと思うのですが。
14 :
B型院生:1999/11/27(土) 15:28
某先生から聞いた話。
一般に血液型占いで言われている性格特徴と実際の血液型との
関連をみたところ、相関があったのはB型だけだったそうです。
血液型に限らず、占いの類で当たってる当たってないとか言うのは
そういうところに出ている性格特徴を読み込んでしまうことで、
本当はそういう性格じゃなくてもだんだんそれに近づいて行ってしまう、
あるいは自分で自分に勝手にラベルを貼ってしまうからだ、ということが
よく言われていますよね。
話を元に戻すとその先生曰く、B型の性格特徴というのは
どの占いをみても他の血液型と比べると大概ろくなことが
書かれていないので(お天気屋とか大雑把とか)、その分
インパクトが強く、それを読むB型人間は影響を受けやすい
のではないか、だから相関も出たんじゃないか、と。
15 :
名無しさん:1999/11/28(日) 15:06
ある本を読んで鵜呑みにした話。
血液型性格判断と、幾つかの心理学的性格判断を、
平行して行い、照らし合わせ、統計的に分析した結果、
心理テストにはバラツキはあっても、
ある程度の整合性が有ったのに対し、
血液型性格判断の結果は、
それらの心理テストとのか関わり薄かったらしい。
また血液自身の持っている多様な成分の中に、
性格に確実に影響する物は発見されていないらしい。
せいぜい血液中にある、
血小板MAO(モノアミン酸化酵素)なるものが、
どうにか関係しそうな可能性も無きにしもあらずかな?
と言う段階らしい。
結論、
血液型性格判断は実証性の薄い仮説の域を出ていない。
現在のそれは質の悪い宗教性まで帯びている。
注、
ここに書き添えた事実は、
どれも自分自身で検証した訳ではないので、
その信頼性についてはどうとも言えない。
(例えばどの心理テストを平行して行ったのか知らない)
が結論は実際私の信じる所だ。
あと私はいつも自分の血液型を言うたびに、
「お前は馬鹿か天才だな、でもはっきり言って馬鹿だな」
と正確に事実を見抜かれて困っている。
16 :
名無しさん:1999/11/29(月) 01:24
馬鹿か天才って言われる血液型って?AB?
17 :
名無しさん:1999/12/01(水) 14:25
ABです。
RHはプラスです。
RHがマイナスの人の性格ってどうなんだろう。
18 :
名無し君:1999/12/03(金) 17:52
ABO血液型が性格に何の関係があるって?
血液型はABO血液型だけかい?
19 :
茶K統:1999/12/03(金) 18:52
結局はラベリング理論だわな
20 :
バカの心理:1999/12/04(土) 01:37
科学的には根拠のない理論がこれほど一般的に行き渡っていることに
興味があります。欧米だと星座占いとかケッコウみんな気にするよね。
なぜだらう。?
21 :
UVROM:1999/12/04(土) 03:07
>科学的には根拠のない理論がこれほど一般的に行き渡っている
認知(知覚した環境を脳内にモデル化する)という処理に際して、
自分の頭で考えてモデル化するより、
「定説」に盲従した方が計算量が少ないから、
脳内の環境モデルと、実際の環境の齟齬が気にならない程度の知能の
人は、取りあえず楽な方の「定説」に従って現実世界を解釈する方
を選ぶのでは?
#私も学界の大御所先生達の「定説」を鵜呑みにしてるんで、人のことはいえませんが(^^;
22 :
血液型判断信仰者じゃないけど:1999/12/04(土) 03:52
科学的に現時点で説明されていないということと、
科学的でないということは違うと思います。
血液型判断に関しては、現在科学的に有力な説明が
されていないというだけで、将来的に関係するかもしれない
と思えるので、信じる人がいるのではないでしょうか。
こういう説をむやみに信じるのも良くないけれど、
血液型は全く意味なしと決めてかかるのもちょっと。。。
特に血液型(おそらく今後は遺伝子の解明も)の科学的な
説明を行おうとするときは、人種差別的な要因が見え隠れするので
最初から否定してかかる人が多いです。
こういう問題は感情的になりやすいです。
23 :
バカの心理:1999/12/04(土) 04:23
血液型認識におけるマッハの原理「認識において、ある血液型が特定の性格を
示すとき、その性格を決定するのは他の血液型の性格との相互関係においてのみ
である。単独で存在する性格には意味がない。」理論的に、この命題が意味する
点は血液型と性格の相互作用を論じる際に統計的アプローチを用いてはならないと
言うことである。反応選択性の概念を基本的なエレメントとして用いないということ
である。しかし、この考えはバカの心理が考えたことなので無視してください。
24 :
バカの心理:1999/12/04(土) 04:55
例)A型ですぼらなヒトの血液をA型で神経質なヒトに輸血した場合、
神経質なヒトがずぼらになったら、血液型性格診断を信じます。
性格を形成しているのは脳であることは間違いないので脳と血液型の
相関関係をこれからしらべます。血液型とニューロンの反応選択性とか、
血液型によるカリウムイオンの平衡電位差とか
25 :
名無しさん:1999/12/05(日) 17:35
>24
A型同士で輸血しても、、、
でも違う血液型だと死んじゃうか(笑)
26 :
king of fools:1999/12/06(月) 04:04
血液型以外にも体液の性質によって類型を求めた学者もいます。
そこで考えられるのは、このような類型確立というのが純粋に
学問的なものではなく、一つの枠組みを造る手段であることです。
人間関係というのが煩わしく、かつ必要なものであることから、
人々はそこに「公式」を持ち込もうとします。
21でUVROMさんが述べているように、血液型性格判断が正しいとか、
そういうことで受け容れられたわけでは無いと思います。
(実際、血液型性格判断は欧米での人種差別の理論的根拠を求めて捏造
されたものであることから、その有用性は甚だ疑問です。
その名残として、A型は好意的だがB要素を持つ血液型(A、AB)は否定的な
性格とされていることが多い。
コレは白人にB型が少なかったことの名残であるらしい)
人々は人間関係の対象をある枠組みに填めてしまうことで
煩わしさから逃れようとしているからこそ、この様な科学的根拠
等無いような理論を盲従してしまっているのだと思われます。
最近動物占いというのが予想以上にはやっているのを見て、
やはりそうなのだと思いました。
結局科学的根拠だとかそういうものは「ハク」に過ぎず、
これらの本質は人間関係を簡略化しようとする傾向の発現に過ぎない
と思います。
まあ、つまり血液型性格判断で科学的根拠の話をするのは
ナンセンスだろうと。
そういうことです。
ただ、血液型にしても動物占い(コレは実質性格の類型判断)にしても
コミュニケーションの道具にされているだけの様な気もします。
長文失礼デス。
27 :
関連link:1999/12/07(火) 08:11
28 :
バカの心理>27:1999/12/07(火) 15:02
わっはは!大変参考になりました。ありがとう。
結論:心理学において血液型性格判断は学問として最大のタブーである。
理由:心理学に根拠(統計以外の)を求められると、心理学は成立しない。
例:RTやバウムの科学的根拠を述べよ。→それは聞いてはならないこと。
脳の中のニューロンがどうした、こうしたよりも臨床的に役立つから。
私の結論:血液型性格診断は全面的に正しい、疑う余地なし。
理由:心理学を愛するから。
29 :
名無しさん:1999/12/11(土) 10:17
とんでも本、とんでも意見、心理学。
30 :
七資産:1999/12/12(日) 00:11
血液型占いは、遺伝による髪の毛や目の色で区別できない
日本人のために森鴎外が作ったもの。
(日本人はだれでも色素遺伝が大差ない)
だから欧米にはこのような占いなど無い。
また血液の型の判定はRH+-やMNなど100種類くらいある。
だから血液型占いもABOだけの分類でやるのは、ナンセンスなのだ。
31 :
>30:1999/12/14(火) 07:29
同感、まさに正論!
100点満点、花○、座布団5枚=10枚溜まったよ〜。
32 :
でも:1999/12/14(火) 07:49
ナンセンスと言われて何十年も血液型占いを信じている日本人ってなぜなんですか?
また、心理学者はことあるごとに否定意見を提出していますが、みんな
なんとなく血液型占いを信じる部分があります。これはなぜ?そいつらが
バカだからの一言では言いきれないのでは?もはや日本の文化、伝統なのでは?
33 :
神経生理学:1999/12/14(火) 08:20
脳には血液が流れていません。血液ー脳関門によりせき止められています。
身体の血液成分が脳に影響を与えることはありません。分子が大きいため
脳には入らない。よって血液が性格に与える影響はない。
34 :
バカの心理:1999/12/14(火) 10:49
心理学にナンセンスはナンセンスです。(わけわからん)そのナンセンス
のココロを追求する学問でしょう?例えば、社会的ひきこもりは身体的に
悪いところはなにもないから(科学的な原因は現時点でない)ナンセンスだ
では何も説明してません(ちょっと強引)。科学的な思考停止ではないでしょうか。
ちょっと挑戦的ですいません。悪気はありませんのでゆるしてね。
35 :
血液型による性格のちがい:1999/12/18(土) 18:48
日本における地域性による性格の違いと似ている。
両方とも当たらないときは「抜け道」を用意している。
36 :
名無しさん:1999/12/20(月) 00:19
>35
血液型は傾向としてしか述べられない(つまり他の要因も考えないと
全体的な性質は述べられない)と思うので、例外は存在すると思う。
地域性といったときでも、たとえばイタリア人は陽気だと言ったとき、
例外があるとは思うけれど、傾向としてはこういうものは
やっぱり存在し得るかもしれない。
(これは日本における地域性ではないけど)
抜け道=例外という意味ならば、用意して当然では?
37 :
名無しさん:1999/12/22(水) 04:47
血液型と天気予報って、ただの統計学じゃないの?
ムリヤリ当てはめればなんとかなるってやつ。
38 :
名無しさん:1999/12/22(水) 08:29
統計はムリヤリ当てはめるのとちゃうよ〜(TT)
39 :
名無しさん:1999/12/24(金) 12:42
地域性っていうのはあるよ。
その土地における歴史的変遷がそういうのを生み出していくのだ。
ヨーロッパ、中東、アジア、アフリカ、みんな違うでしょ。
文化から派生していくものなのよ。
でも血液型とか星占いっていうのはそういう根拠が何もないわな。
それに人ていうのは目に付くとこだけを追っていく傾向があるしね。
あたりはずれの確率が半々でも、あたったほうだけが強く印象に残る。
だいたい日本人はA型が民族的におおいの。
Aは几帳面と言う事になっていると思うけど、日本人は欧米人に比べるとそういうところがある。
でも日本人はもともと全体主義的なところ、しつけに厳しいところがあるのでそうみえるのね。
血液型による性格というものがあったとしても、そういう風にいろんな要因がかさなる中で、はたして血液型による性格変化というものを抽出し得るのか?
それは後天的な人間性と厳密に分けられるのか?その点でも疑問がある。
世界に流布されている根拠のない学説なんて数え切れないほどあるからね。
占星術も宏観現象も血液型もフリーメイソンなんてのもみんな同じだね。
もちろん科学的な検証によって正しいと裏付けられる事もあるけど。
全ての人間が正しい知識を見につけようとしているわけじゃないからね。
また、一般論に戻ってしまった。
41 :
うーん:1999/12/25(土) 02:55
たしかに一般論では議論がぐるぐる回ってる感じ
もっと具体的な資料をもとにした議論でもしないと
実りが少ないかも
血液型性格判断は相当強固な社会システムの1つの要因ということ。
簡単に崩せない。(科学的に根拠があろうがなかろうが、存在する
システムということ)by社会心理学(社会学のほう)
43 :
名無しさん:1999/12/26(日) 05:22
44 :
つまり:1999/12/26(日) 06:03
信仰心の問題であって科学的根拠は通用しないということですな。
ただ、宗教とちがって血液型診断は行きすぎても、あまり実害は少ない
と言うこと。信じるものは救われると一緒。現代の主流心理学でわ
相手にしない領域ですな。
45 :
さあいこかー:1999/12/26(日) 07:12
私が少し前に大阪の電話帳で調べて編集した「開き直った姓の例・・・」が意外に反響(?)が有ったので驚いています。どこかの掲示板に書いたのをここの管理人さん
にこっちに持ってきてもらったのですが、あれはこの姓ならかなりの確率で(中には確実に)Kだという姓を列挙しました。ここではっきり言っておきます。リストアップ
された姓よりもその他に孤狸庵人口の多い姓は有ります。地域差もあるので例えば東大阪では「宮本」ってかなりの確率でKです。広島でなら「木村」にKが多い・・・って
いう風にです。全国的に「山本」「中村」「東」「南」にKは多いです。「英山」さんなんてモロですが、きっと「山本」姓を
名乗るKの方がはるかに人数は多い。きっと「鈴木」やら「田中」にも多いでしょう。先ほど出ていた「安藤」もそれなりに全体的に多い姓ですから、2割がKだとしても
相当な数ですね。あとB(日本人)についてはその土地土地で大きく変わってきます。誰かの言う「杉浦」「松浦」なんて好例で
す。伊賀上野で「森岡」ってBに多いです。何でもない土地もあるわけです。まあ地域特有のB姓も有るには有るけど・・・。
奈良県で「置本」「北田」「松嶋」「加護」「高間」「松谷」っちゅう人と逢うと私は気を遣いますよ。大阪市内で「芳野」「東本」「赤井」「北井」「萬田」
というのも緊迫感有ります。挙げれば結構出てきますが、Bは苗字では掴みにくいのは事実。姓に色名(黒等)がつくのはBという人もいるし、難しい。
つまんないな
47 :
性格識別能力:2000/01/23(日) 17:36
血液型性格判断に否定的な人は「性格おんち」が多い。
A型の人々とB型の人をグループ分けして比較した場合人並みの
「性格識別能力」があればその違いははっきり判るものである。
判らないのは人並み以下の性格識別能力しか持っていないと
考えざるを得ない。血液型性格判断に否定的なあなたは思い当たる
節があるのではないか?
せっかく下がったのに・・・
A型にふさわしい人々とB型にふさわしい人々を集めりゃそうなる。
肯定派は概してこういうことをやっている。
A型にふさわしくない人々とB型にふさわしくない人々を集めりゃそうはならんわな。
そういう「ふさわしくない」人々だっていっぱいいるだろうに。
だいいち、実際に無作為に両者を集めて比較してもそうはならなかったわけ。
それだけの話。
そもそも肯定派は、血液型だけが性格の決定要因であるかのような論調になる。
おかしな話だ。
A型の父親とB型の母親の子供がO型だとして、父親(または母親)の性格に似ているってことの方がはるかに当たり前だと思うが。
49 :
洗脳:2000/02/01(火) 12:18
大雑把ではありますが・・・
血液型自体には性格を左右するような因子はありません。
性格とは育ってきた環境(地域性、家族内でのその人の位置、親の
教育etc)によって形成されます。これは多くの方はご存知だと思います。
なぜ血液型性格判断が当たってるような気になるのかといえば
血液型性格判断がその環境の一部となっているからです。つまり
小さいときに血液型性格判断を知り 自分は何型だからという
意識が生まれ それに近い行動をとるようになります。
一種の洗脳と言えるでしょう。
だから肯定派の人は否定派の人より血液型性格判断に近い性格と
なります。人によっては血液型がではなく、血液型性格判断が
性格形成の一因となっているのです。
・・・いかがでしょう?
50 :
名無しさん:2000/06/17(土) 12:05
そもそも性格ってなんなの?
51 :
反ポストモダン:2000/06/17(土) 14:54
↑同感。
「パーソナリティの分類」をする際に
どういった変数を設定するか、どこに区別を置くのか
という問題は常につきまとうは思います。
「性格分類のモデル」は社会的構築物であり、
それぞれの文化や地域や時代に特有なものである、
という主張は、その穏健な解釈においては妥当であるかと思います。
さて、洗脳様の49の発言による仮説ですが。。。
ある人のパーソナリティ形成に影響する(であろう)
多数の変数の中でも
「人々が血液型とパーソナリティの関連についてのある種の信念をもっていること」
が、ある人のパーソナリティ形成に
特に大きな影響を及ぼしたとする具体的な根拠がないかぎり
多くの人々の日常的な経験からして受け入れがたい仮説でしょう。
あるいは、
具体的にはどのようなかたちにおいて
「人々の性格と血液型の関連についての信念」が日常生活の中で
具体的に顕れ、人々のパーソナリティ形成に影響している!という
より詳細な「ストーリー」を仮説として提示しなければ
説得力の弱い主張でしょう。
具体的な研究があるならば教えていただきたく思います。
以上、PNのわりには穏健な反ポストモダンでした。
52 :
qw:2000/06/17(土) 15:07
>51
穏健だな。せっかくだから、性格なんて存在しない。
といって欲しかった。
53 :
反ポストモダン:2000/06/17(土) 18:10
↑いや、一応、反ポストモダンですので(笑)
あ、PNじゃなくてHNだった。
54 :
qw:2000/06/17(土) 19:14
>反ポスト
Mischelらの一貫性論争は決着がついたんですか?
結局、「性格」は内的な一貫したものなんですか?
教えてちょうだい。
55 :
加運セラー:2000/06/19(月) 05:47
竹内久美子はダメ!
自分に都合の悪い資料だけ出典を隠して「ある本」なんて言ってるの (^^;)。
これだけでもう、インチキじゃないですか?
生理学上何の根拠も無く、無茶な統計でつくろってばかりの血液型性格
判断を何故人は信じるか。まず信じたいという動機がある。対人関係
においてこんなに簡単な判断基準が有れば楽でしょうがない。次に錯覚
がある。俺はこれを中心原因に思う。例を挙げよう。
・自分の興味関心のあるものに没頭する ・ウチとソトのけじめが薄い
・感情の現れ方がストレート ・表情がよく動く
・野心や利害にはやや関心が薄い ・束縛嫌うマイペース
・行動が型にはまらぬ ・考え方型にはまらぬ
・照れ性とヒネる表現 ・差別なく心を開放
・周囲にとらわれない ・慣習ルール気にせぬ
・行動移行が早い ・判断は正確さを重視
・実用的具体的思考性 ・興味多方面で集中性
・過去にややこだわる ・将来には楽観的態度
・感情の振幅が大きい ・神経の傷は完全回復
・脱家庭的傾向がある ・興味関心重点の人生
B型の特徴だそうだ。読んで見て当てはまると思われた方も多いだろう。
当たり前である。誰にでも当てはまるからだ。また全部当てはまらなく
とも、一部当てはまるだけで「あたるやん」とか思う物である。占い師
などが良くやる手で、まず誰にでも当てはまる事から言う。「貴方は男
ですね」見りゃ分かる。「貴方には悩みがありますね」誰にでもある。
しかし見破られたいと思う人は、「この人分かってる」と思うのである。
以上意味の無い長レスであるが、サゲ機能の実験でもある。上がんなよ。
>生理学上何の根拠も無く、無茶な統計でつくろってばかりの血液型性格
>判断を何故人は信じるか。まず信じたいという動機がある。対人関係
>においてこんなに簡単な判断基準が有れば楽でしょうがない。次に錯覚
>がある。俺はこれを中心原因に思う。例を挙げよう。
>・自分の興味関心のあるものに没頭する ・ウチとソトのけじめが薄い
>・感情の現れ方がストレート ・表情がよく動く
>・野心や利害にはやや関心が薄い ・束縛嫌うマイペース
>・行動が型にはまらぬ ・考え方型にはまらぬ
>・照れ性とヒネる表現 ・差別なく心を開放
>・周囲にとらわれない ・慣習ルール気にせぬ
>・行動移行が早い ・判断は正確さを重視
>・実用的具体的思考性 ・興味多方面で集中性
>・過去にややこだわる ・将来には楽観的態度
>・感情の振幅が大きい ・神経の傷は完全回復
>・脱家庭的傾向がある ・興味関心重点の人生
>B型の特徴だそうだ。読んで見て当てはまると思われた方も多いだろう。
>当たり前である。誰にでも当てはまるからだ。また全部当てはまらなく
>とも、一部当てはまるだけで「あたるやん」とか思う物である。占い師
>などが良くやる手で、まず誰にでも当てはまる事から言う。「貴方は男
>ですね」見りゃ分かる。「貴方には悩みがありますね」誰にでもある。
>しかし見破られたいと思う人は、「この人分かってる」と思うのである。
>以上意味の無い長レスであるが、サゲ機能の実験でもある。上がんなよ。
同感
58 :
しろうとA:2000/06/19(月) 13:46
性格と血液型って、結局、相関あるんですか?
例えば
ランダムに抽出された人がランダムに抽出された人と
短い会話をし、その後で相手の人格について評定する。
それで、「評定した人の血液型」と「相手の性格の評価の仕方」
あるいは「評定された人の血液型」と「評定された性格」に
何らかの相関がある場合、その具体的なメカニズムを云々する前に、
「どういうわけかわからんがとにかくそれらには相関がある」ことを
認める必要があるのでは?
社会構築主義の立場をとろうがとるまいが、
ここまでは認める必要があるはずだ。
その相関にどんな意味があるのか(あるいはないのか)
についての分析は改めて必要ではあるだろうが。
例えば49洗脳様のような主張をされる場合には
「ある文化においては、
血液型とその文化内における性格分類には相関がない
ことが示された」
→
血液型と性格分類の相関は、
社会的構築物である我々の文化によるものだ!
というように主張すれば説得力があるのでは?
逆に様々な文化において
その文化内における性格分類と血液型が相関するならば
なぜ相関するのかについてその仕組みを詳しく考える必要があるでしょう。
上げんなよ。
私も素人に毛も生えないような者なので、おおざっぱに書いて説明は
もっと専門的にしている人にまわします。
本当に一度の偶然で相関を認められると思いますか?
しかも根拠になるのは素人のお互いの印象で?
それより厳密な方法で繰り返し調査しても、ステレオタイプなどをク
リヤしなければいけません。何より、性格は変化するのに、血液型は
変化しない。
もっと細かい事は、貴方が只の信じたい人でなければ、ここのレス読
んできゃわかります。
はいサゲ機能。上がんなよ。
60 :
名無しさん:2000/06/19(月) 15:16
↑でも、心理学では
「基本的には」58の言うような方法しかないのでは?
偶然云々を言い出すなら統計なんて無意味だぜ?
有意水準満たしてても「偶然だ!」っていえばいいんだから。
別に性格と血液型の関連について主張する気はないが、
衰政務誌氏の59の発言は伝統的な心理学に疑問あり!という宣言なのかな?
今の心理学の方法論を踏襲しないなら、
より主観主義的なアプローチしかないんだぜ?
それともパーソナリティという概念は不適切という主張なのか?
61 :
60:2000/06/19(月) 15:23
もっとも58の話は
「相関があったなら」という仮定の上での話だが。。。
統計全てに疑問を投げかけれるほど知識実践がある訳じゃありません。
しかし伝統的心理学には疑問はあります。その点58、59さんには
痛い所をつかれた。統計とは理論を補助する物に思います。統計で
相関が見えたから理論組み立てよっか、じゃガキの遊びでしょ。血液
型性格判断はその傾向が強いから毛嫌いしてます。迷信があって、
理論的におかしくて、統計とったらはっきり否定できなくって、どう
しよっかじゃ情けない。理論の無い所に統計無し。統計は独立して
説得力を持たない。どれだけ技術的に高度でも統計はマジックを含む。
今はそう信じてます。もちろん勉強途中なのでいつでも変りますが。
さあサゲサゲ。血液型性格判断を支持しない人はきっちり下げなきゃ。
性格には一貫性はない。
だから、「性格」という言葉は存在しない。
64 :
名無しさん:2000/06/19(月) 23:10
衰政務誌さん、55番のリンクを読まれましたか?
私はまだ途中ですが、「しろうと」と「学者」の議論と言うことで
関係ないところを読み飛ばして読んでいけば
かなりよい知的刺激を得ることができると思っている。
従って、このスレッドを残しておくメリットは
(ある程度)あると考える。
ところで
あなたの対応は感情的だし論点は分散し議論は精密性に欠けている。
例えば58氏の議論は、
「性格」と「ある人の別の人の性格についての認識」を
区別して議論しているし、
彼(彼女?)の発言は、総合的に見て
「性格と血液型について関連が認められる」
という主張とは受け取りがたい。
また、
「理論のないところに統計なし」とおっしゃるが、
ほとんどすべての理論は
帰納と演繹を繰り返すことによって発展している。
無論、(マクロ)変数の設定については
常に主観が混じることになるだろうが、
それでも統計によって変数間になんらかの強固な相関がみられるなら
その事実の意味するところ(ときには無意味だろう)を
分析して理論化していく必要性はあるだろう。
いかがなものか?
65 :
名無しさん:2000/06/20(火) 05:50
話は変わるけど「パーソナリティ」という概念の妥当性は
具体的にどんな内的特性を設定するかでかわってくるのかな?と思った。
例えばPM理論とかはどうだろう?
状況(や文化)に対してかなり一貫してみられる心理傾向じゃないかなぁ?
66 :
名無しさん:2000/06/20(火) 15:06
観察の理論負荷性なんて話をするのにはあなたはまだ
勉強が足りないぞ > 理論のないところに統計なし
64さん。
http://www.obihiro.ac.jp/~psychology/abofan.html 此処の事ですね。リンクしてたのは他のスレッドに思いましたが。
まだ私も四分の一ほどしか読んでませんが、確かに面白いですね。
そこで気づいたのは貴方の批判はあそこでの、学者の素人に対する
批判にそっくりですね。私は同じ轍を踏んでしまっているらしい。
58さんの言は、性格と血液型に何らかの相関がある事を前提にして
進んでいってます。主張していなかったら全て意味無しになってしま
う。そして統計そのもの是非は置いておいて、あの方法で相関を認め
れる訳が無いのははっきりしている。「性格」と「ある人の別の人の
性格についての認識」の区別がなんの役に立つの?統計取る基準に「別
の人の性格についての認識」なんか当てにしていいの?それじゃいいか
げんだから性格テストして、でもそのテストさえいいかげんだと批判
されているのが現状なんじゃないの?
貴方の言っていたのは上記のサイトですよね?自信無くなってきた。
私は統計と理論はまったく別の物に思います。統計の相関が虚実だっ
たらどうします?理論が帰納と演繹だからって、統計から帰納のみで
理論を作っていい訳にならないでしょう。そもそも理論が無いのに
何故統計を取るんですか?暇つぶし?血液型の場合は信じたいからで
しょうね。
いかがといわれたから答えただけで、議論にはならないと思います。
なぜって論点見えないから。あと62で私が答えたのは60、61
さんだった。59さんなら自己レスやん。ではサゲ。
あら書き込んだら66さんに痛い事いわれてる。もっともです。
勉強します。でも暇なんで未熟なままの偉そうな長レスを勘弁し
てください。「観察の理論負荷性」なんて言葉あるんですね。なんか
定説でもあれば教えてくれませんか。サゲてばっかでここばっかに
レスしてら、俺。
69 :
64:2000/06/20(火) 17:13
>衰政務誌様
は!確かに別のスレッドだ!>リンク先
私のカキコも正確さを欠いていたようだ。申し訳ない。
>そもそも理論が無いのに
>何故統計を取るんですか?暇つぶし?血液型の場合は信じたいからで
>しょうね。
失礼ながら、あなたは心理学の論文を読まれる方か?
例えば「認知的不協和」「PM理論」「対応性バイアス」「単純接触効果」など
(現在におけるこれらの理論の妥当性はともかくとしても)
これらも含めてほとんどの理論の最初の段階の作業仮説などロクな根拠はない。
敢えて言うなら、研究者が信じたかったから、
本当かどうか確かめたかったから(そして理論を洗練させたかったから)
マクロ変数を(ある」意味主観的に)設定し(実験などをして)統計を取るわけだ。
心理学における実証手続きに関して疑念がもたれるのは
はっきり言って尤もなことだ(「観察の理論負荷性」とかね)。
しかし、大切なことは心理学における実証手続きを
ナンセンスとして退けることではなく、
実験や統計の結果を過度に評価したりせず
本当に意味するところは何かを考えることだ
(理論的考察・・・この段階でも客観的とは言い難いだろう)。
また、58氏の件だが
>何らかの相関がある場合
と書いてあるから、条件付きでの話であることは自覚しているだろう。
この段階で相関が確認できないなら彼(彼女?)も何も言うまい。
さらに統計に相関が見られたとしてもその事実と、
それにどういう意味があるかについてを区別して議論している。
58を要約するなら、
『「評定された人の血液型」と「評定された性格」に相関が認められる場合
それが何を意味するのか改めて検討する必要がある』というある意味自明な発言だろう。
さらに、その後「社会構築主義」に言及しているところを見ると
「パーソナリティと血液型の直接的関係」を主張しているとは読みとりがたい。
「社会構築主義」はリンク先にも出てくるが「観察の理論負荷性」とも関連の深い用語だ。
70 :
64:2000/06/20(火) 17:14
いずれにせよ、衰政務誌氏においては
伝統的心理学をどういう「カド」で責めているのかが
(そして、どうするべきだと思っているのか)
不明瞭なので、こちらとしても対応が難しいと考えている。
心理学の方法論については、
社会構築主義が先頭に立っていろいろと非難しているが
(そしてその批判は厳密な意味においては正しいだろうが。。。)
誰も「じゃあ、心理学の発展のためにどうしたらよいのか」について
提案できていないのも現状なのだ。
64さん。
伝統的心理学には疑問を呈しているだけで、責めてるつもりはありま
せん。もちろん代案もありません。私は当初から一貫して、ただ血液
型性格判断を責めている、少なくともそのつもりです。理論の最初の
段階でロクな根拠はなくとも、理論からならいいんです。血液型性格
判断は理論から始りましたか?私はそうではなかったと思います。
『「評定された人の血液型」と「評定された性格」に相関が認められ
る場合それが何を意味するのか改めて検討する必要がある』について
は私なりの稚拙な検討が56に書いてあります。錯覚に過ぎないと思
っています。「実験や統計の結果を過度に評価したりせず、本当に意
味するところは何かを考えることだ」にはほぼ100%同意できますね。
最近の論文に関しては耳が痛いばっかりで、読んでいると言いきれま
せん。恥かしいかなもっと基礎的な事を独学で固めている状態で。早
く学校で専門的な事がしたいですわ。て事で血液sage。
72 :
名無しさん:2000/06/20(火) 18:44
73 :
64、69:2000/06/20(火) 18:50
いずれ、私も暇人だな。
議論を終わらせることについては同意した。
ただ、心理学には
人格特性について定性的な分類を行うための
方法が(一応)あるとは言っておきます(例えば「林の数量化3類」)。
パーソナリティの研究について
もう少し勉強なさった方がよいでしょう。
74 :
B型:2000/06/21(水) 04:15
私はB型です。B型は遊牧放牧民族の血らしいです。
確かに、じっとしているのが苦手です。
74,頭わるすぎ.
76 :
モナ〜:
∧ ∧ Λ_Λ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(゜Д゜;) (´∀` ) < B型の人は馬に乗って
\─<_〆 ) /| \ モンゴルへ行こう♪
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