前にポストモダン思想について一定の評価をしたが、ある面では大変
不満を持っている。というか、根本的な錯誤をしている部分もあると
感じる。ポストモダンでは「差異」を前面に出す。これはソシュールから
来ているものだが、差異ということを、伝統的なイデアリズムを否定する
ために用いているような気がする。やはりその点が、「反プラトン」なの
である。差異という根本概念から存在を考えようとする姿勢はわかるが、
このパラダイムでは結局「イデー」ということがいつまでもわからない
のではないかと思う。
しかし、「アンチ現代思想」というようなテーマ設定はしない。神秘学の
立場は、決して「アンチ」という立場に自分をおかないのである。
何ものかを否定することによってはじめて存立する立場などは、
つまらないものである。
そういう差異の思想的パラダイムと、神秘学的地平を結ぼうとしたのが
中沢新一だが、私は、それほど成功したとは思っていない(一定の
成果はあったと認めるが)。彼自身も最近では、フランス現代思想と
交差させるということには興味を失っていると思われる(最近読んで
いないから詳しく知らないが)。