Scientist-PractitionerとかEvidence-baseとか
1 :
没個性化されたレス↓ :
03/09/05 12:54 思えば、この板の様々なスレで散発的に議論を呼んできたこの話題。 臨床家は研究者でなければならないとするScientist-Practitioner Modelが The Boulder Conferenceによって提唱されてから早や50余年、 臨床家と研究者の間に深まるのは絆ではなく溝ばかり。 21世紀の行動科学はどこへゆく?
2 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 12:55
あら、立ったのね。立て逃げもなんなので、ネタ振りしておく。 Scientist-Practitionerの役割は、以下の3つとされておりまする。 1.研究機関からの研究成果を自身の実践に活かす「消費者」たること 2.実証的手法を用いて自身の介入の成果を示し、説明責任を果たす「評価者」たること 3.自身の現場から得られたデータを引き出し、研究者集団に公表する「研究者」たること
3 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 12:57
心理学者がこのような役割を負う事のメリットはおおまかに以下の通り。 1.研究者が直接現場に関わることで真に重要な研究課題が見つかる 2.個々の実践活動を互いに関連付けることにより、有効な介入法に関する知見を蓄積できる 3.エビデンスベースドな測定法を採用することにより、介入が臨床的に効果的であること、 財政的に効率的であることを客観的に示せる。 4.3により、クライエントやその関係者、あるいは行政などの利害関係者に対する説明責任を果たせる。
4 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 13:01
しかし、現実はそう甘くはない。 実践家は研究をしていない。 ・多数の被験者を用いる群間比較の実験法を実践場面において用いるのは、 群間の等質性や外的妥当性の保証、被験者の確保などの面で無理がある。 ・倫理的配慮から、無作為割付や除去手続きが好ましくないケースも多い。 ・時間や金銭などのコストもかかる。 実践家は研究成果を消費していない。 ・集団に対して統計的に有意義と認められた介入が、特定の患者に対して 臨床的に有意義な効果をもたらすとは限らない ・現場の実際的な問題から、無作為抽出や無作為割付ができていない研究が多い ・無作為抽出や無作為割付ができた理想的な研究成果があったとしても、 実践家が扱うクライエント集団は母集団のうちの「偏ったサンプル群」であるため、 その集団に対しても当の研究成果が外的妥当性を持っているという保証はどこにも無い。
5 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 13:03
応用的問題に対して真に適切な科学的手法が無く、逆に扱う問題の選択が 既存の実験計画法によって制限されると言う自体を招いている。 統計や方法論は道具に過ぎないのに。 実践場面において伝統的な方法論の運用するにはどんな困難が伴うのか、 そして代替となる方法論はないのか、といった議論が無かったのが問題。 ゆるりと考えていきましょう。
がんばって育てろよ。 マジで、基礎・応用関係なくこれはみんなが考えないと、バブル後の 心理学はマジやばい。宇宙くらいヤバイ。 なんたって、俺様の就職がない。超ヤバイ。
エビ電話でアカポスの絶対量が増えるのか?
>>臨床家と研究者の間に深まるのは絆ではなく溝ばかり。 これは米国でもそうなんだけど、日本ではそもそも ボールダーモデルとかエビデンスベーストという言葉すら 知らない臨床家が大部分だから、日米で分けて論じないと だめだろうな。
9 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 21:43
そもそもどういったものをエビデンスって言うの?
10 :
没個性化されたレス↓ :03/09/05 21:49
11 :
没個性化されたレス↓ :03/09/06 03:03
>>7 絶対量は増えないけど、このままじゃ減りそう。
>>9 客観的指標と因果関係が肝だろうな。
前者は、操作的に定義された行動指標であったり、
妥当性が保証された心理テストだったりするだろう。
それによって、介入の効果の有無を確認できる。
現場実践ではこれだけでも十分だろう。
研究となると、因果関係の確認も必須となる。
本当にその介入が問題の改善を引き起こしたのか?
時間の経過など、他の要因が改善に関わっている可能性はないか?
それを確認する方法が、統計的手法だったり、シングルケースデザインだったりする。
しかし、それを実行する際の問題点は
>>4 に書かれている通り。
他にももっとあるだろ請けどな。
よおするに説明心理学のことだな
14 :
没個性化されたレス↓ :03/09/06 14:33
これ、行った人いる? テーマ:「エビデンスベースの臨床心理学: 1980年以降の世界と日本の動向」 日時:6月16日(月)13時から16時半 場所:日本学術会議講堂(地下鉄千代田線乃木坂駅下車)
>>13 敢えてディルタイの用語を用いているのは、否定的なニュアンスを込めての事なのだろうか。
なんたってディルタイだしな
で
>>11 エビ電話でアカポスの絶対量減少が食い止められるというなら
実証的な根拠を示してください
間違えちった。
>>19 は、そこのコテハンの人宛ね。
>>18 漏れの心的事実。
使えない臨床削って、実験系教員雇ってくれそうな気がしない?
甘いか〜
未来予測に関する単なる空想を心的現実とは言いません
コピペ
802 :234じゃないが :03/09/06 22:32
こんなスレがあったのね。読んでみた。最初の方でロテさんが
「今では臨床もメタ分析とかやって効果を計ってます」と言って
たけど、メタ分析で「効果がある」というのは、かなり難しいだよ。
医学は知らないけど、心理学なんて「差がありませんでした」っていう
研究は、論文になりにくい。だから、「差があります」という結果ばかりが
蓄積されて、「差がない」という結果は闇の世界へ葬られがち。
「差があります」というバイアスがかかったデータをメタ分析して「けど、
エフェクトサイズは小さいから、あまり効果はないかも」という結果が出たら、
その結果は信頼性が高い。だって、元のデータが「効果有り=差有り」に偏って
いるのに、それと逆の結果がでたのだから。
逆に、メタ分析やって「〜の治療法には〜の効果があります」という結果が出ても、
公開されたデータが偏っている場合には、その偏りのせいかも知れない。いわゆる
出版バイアスという奴ですね。
これに対処するには、雑誌掲載の論文データではなく、研究者が集めた生データを、
バイアスなく集めて分析するしかない。けど、臨床心理では、この問題が扱われて
いないように見えるため、現状ではまだまだ「臨床は効果があります」という主張には
大きな疑問が残る。
ttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6593/thesis.pdf ↑臨床の効果研究における出版バイアスの問題は、学部生の卒論でさえ議論されている問題。
803 :234じゃないが :03/09/06 22:34 なんか、祭りが起こってるらしいから、このスレも今夜中に消える かも知れないけど、次スレあたりでロテさんからの現状報告を お聞きしたいです。効果研究そのものの妥当性について、現場の 意見をね。 806 :234じゃないが :03/09/06 22:44 結論から言えば、メタ分析による効果研究が意味を持つためには、 データを集める研究者の中で、「メタ分析の論理と、その妥当性を 脅かすバイアスに関する知識」が、まんべんなく共有されている ことが前提となる訳ですが、この点、現在の臨床心理界はどうなの でしょう? メタ分析をやって、信頼性の高い結果が得られるような、信頼性の 高いデータ集めが可能な人材は、どれだけ育っているのでしょうか? 直感的には、現在の臨床界とその教育体制は、まだその段階にまで至って ないようにも感じられますが。
>>21 このスレを読んで、実験系から見ても妥当な手法を臨床現場に提供してやろうという発想は出ないのか。
嘆かわしい。
>>25 その前に、現時点で存在している手法の効果を判定するための、
信頼性の高いデータを臨床系が提供できるようにならなければ、
基礎系から手法の提供なんてできないだろ。
だから溝なんだろ。 まあ、そんな発想があっても、ほぼ無理だとは思うが。
どうでもいいが、面接の場にビデオカメラやテープレコーダーを持ち込んで その過程を記録し公表する、という手法はロジャースが始めたそうだね
>>25 学費払うのがやっとの貧乏D2にそんなこと言われましても。
題目:"Fears, Phobias and Traumas: Empirically Derived Interventions and Outcomes” 「恐怖、恐怖症および心的外傷:実証に基づく介入と介入効果」 演者:Charles Richard Spates,Ph.D. Western Michigan 大学心理学部 臨床心理学主任教授 講演概要 米国におけるエビデンス・ベースの臨床心理学の発展に大きく 貢献してきたウェスタン・ミシガン大学の心理クリニックの活動内 容と臨床研究成果を紹介していただきます。クリニックでこれまで に実施された臨床研究の中から特に恐怖症、心的外傷後ストレス 反応、社会恐怖について、それぞれの理論的基盤、アセスメントと 介入方法および介入効果について講話されます。
>>29 の先生、ありがとうございます。配本の申請してみます。
35 :
没個性化されたレス↓ :03/09/08 01:02
36 :
没個性化されたレス↓ :03/09/08 01:13
EMDRの話しかなぁ
>>29 の題の"Scientist Practitioner"は何と訳されるのか。
「科学的な開業臨床心理士」か?
38 :
没個性化されたレス↓ :03/09/08 06:59
ロテ、出て来い!
↓ブルーマンデーにも関わらずロテちゃん颯爽と登場
.∧∧ まあエビでも食え ,.、,(゚Д゚ ) /i ;'`;、. :,.:∪`゙:゙:`''':,'.´ -‐i '、;:.: .、.:',.: .:: _;.;. :.‐'゙゙~  ̄ `` U U
あんた、そのAA好きだな
名前欄消し忘れました(鬱。
臨床好きが多そうなのに、なんでこのスレは盛り上がらないのか?
.∧∧ 臨床好きで、なおかつエビも好きというのは難しい。 ,.、,(゚Д゚ ) /i ;'`;、. :,.:∪`゙:゙:`''':,'.´ -‐i '、;:.: .、.:',.: .:: _;.;. :.‐'゙゙~  ̄ `` U U
>>45 ロテと家族計画。2人ともしばらく見ないね。
クソ猫に見つかりにくいスレタイなのが救い。
>>45 両方好きでないと本来だめだ、というのがこのスレの趣旨なんだよな。
臨床は好きだが海老は嫌い、という人の意見も聞いてみたいもんだ。
48 :
没個性化されたレス↓ :03/09/09 21:07
あ、漏れそうだw>臨床は好きだが海老は嫌い 海老は論文用だし〜
49 :
没個性化されたレス↓ :03/09/09 22:24
どなたかノークロスの研究報告を読んだ方、いらしゃいませんか?APAの第29部会のやつですが。どっかの雑誌に海外文献紹介で、載ってないかな?
えびふりゃー
52 :
没個性化されたレス↓ :03/09/14 01:32
Thの見立てって、効果研究や過程研究のなかで、どう扱われているのだろう? 効果を持つTh側の要因に挙がっているのかな。
臨床の基礎研究って出し物が日心であったらしいけど、閑古鳥が鳴いてたみたいね。
だから、行ってきてくれってこと。
59 :
没個性化されたレス↓ :03/10/04 01:05
厳密な実験計画法に則った群間比較法だけでなく、準実験法、単一被験体法の復権を。 統計的妥当性ではなく、社会的妥当性を示せる計測法の確立を。
保全しとくか
62 :
没個性化されたレス↓ :03/11/12 00:04
>社会的妥当性 そういうとこには、ほんとに疎いよねぇ。
沈みかかった船からは逃げ出すが吉 臨床なんてネタなんだよ。。 手遅れになる前に身の振り方考えた方がいいぞ。
伸びないねぇ
問題です。 病院Aの患者を実験群、病院Bの患者を統制群として、 ある心理療法の効果を検証することになりました。 しかし、それぞれの病院で10人の患者に対して事前に不安度を測定した結果、 病院Aの患者はそれぞれ10, 15, 20, 25, 30, 35, 40, 45, 50, 55、 病院Bの患者はそれぞれ35, 40, 45, 50, 55, 60, 65, 70, 75, 80と、平均値に違いがありました。 そこで、実験群と統制群で被験者を対応させ、両者で事前の平均値が等しくなるように、 病院Aからは不安度が35, 40, 45, 50, 55の5人の患者を実験群の被験者として、 病院Bからも同様に35, 40, 45, 50, 55の5人の患者を統制群の被験者としてピックアップしました。 被験者が少なすぎるということ以外に、 このようなグループに対して統計的検定を行なうことの問題点を指摘しなさい。
>>65 てか、この問題で最も欠けているのは病院Aと病院Bで何を比較するんだ?
心理療法の効果を不安尺度の絶対値でするのか変化でみるのか明らかでないしな。
統計学的な平均値云々以前の問題として、
患者の均一性(診断や年齢、性別、罹病期間などのデモグラフィックデータや他の治療法の併用の有無など)と、
不安尺度の妥当性(interrater varianceやintrarater variance)などがまずは前提になるな
ただ、こういうサンプリングの仕方は無作為抽出にならないんでないかい?
もし、施行前後の結果で相関があれば、治療前の不安尺度を共変数、独立変数を実験・統制の差、従属変数を施行後
の不安尺度として共分散分析(繰り返しのあるやつっていけたっけ?)かな?
2回目の測定では、実験群の被験者のスコアは病院Aの平均値の方向、つまり低いほうに、 そして統制群の被験者のスコアは病院Bの平均値、つまり高いほうに回帰するわな。 両群で回帰する平均値が違うから、介入の効果が正確に出ない悪寒。
68 :
没個性化されたレス↓ :03/11/15 11:42
サンプルの不安度が35〜55に限られている。そのため、この介入研究の結果は、 不安度35〜55の被験者にしか、一般化できない。
>>69 過疎スレで話が盛り上がるならそれでよし。
それが気に食わなければなんかネタよこせ。
71 :
没個性化されたレス↓ :03/11/16 12:29
>>23 >心理学なんて「差がありませんでした」っていう
>研究は、論文になりにくい。だから、「差があります」という結果ばかりが
>蓄積されて、「差がない」という結果は闇の世界へ葬られがち。
そう?「心理療法は効果がない」という研究結果もあると思うんだがね。
そもそも解釈が恣意的になりがちなレビュー論文ではなく
数量的な方法を用いて文献レビューを行うのがメタ分析なわけだし。
中には例えば認知療法と力動的心理療法の効果の比較をした文献なんかも
その中には含まれているだろうし。
なので必ずしも「差があります」というバイアスがかかった
データ「だけ」を分析しているとは言えないんじゃないですかね。
>>24 >効果研究そのものの妥当性について、現場の意見をね。
おらぁ、効果研究はやってねぇし、文献をちょこちょこ読んだ程度の知識しかないので
その件に関してはノーコメント。
実感としては日常の臨床でそれなりの効果は得られているようなので
その結果も妥当なのかなぁという気もするが
俺の気のせいかもしれないわけだし。
>メタ分析をやって、信頼性の高い結果が得られるような、信頼性の
>高いデータ集めが可能な人材は、どれだけ育っているのでしょうか?
「データ集めをする研究者」ってのが
レビュアーなのかあるいは現場の治療者なのかはわからんが
後者を指すのだとしたら、そういう人材はまだそろってないんじゃない。
>>23 >>24 を書いた人間ではないが、ロテ職人氏から回答が・・。
書いたご当人、最近見かけないので、ロテ職人氏のこのレスを
読んでらっしゃらないのではないかな。
という事で、このスレ上げてしまっても良いですか?
(上げると、荒れたりすることもあるから、駄目?)
>>74 大したレスじゃないし別にageなくてもいいんだけど・・・
ま
>>23-24 を書いた人じゃなくとも、何かレスさえあれば話題が続くし
とりあえずこのままでいいんじゃないですか?
>>23-24 結局、これって統計上の第1種過誤(type I error)をいっているのに過ぎないと思うぞ。
完全に母集団をあらわすようなサンプルはどだい集められないし、たとえ、Type I Errorがでても
その確率が出る程度の有効性はあるわけだ。それなら、統計上の産物でない目の前のクライアントに
適応するっつーのがいいわけじゃないかな。
大体「治療法」にそんなに絶対的なものはないわけよ。これは薬物療法もしかり。
その限界を踏まえてどう応用していくかが臨床の場で必要になるんじゃないかな。
漏れにとってはEvidence-Basedって最低限の品質保証のような響きがあるんでねw。
>>75 遅いレスになりましたが、そうですね。
>>76 統計は全くの基礎から勉強中なんで気付いてませんでしたが(自爆)、
そうですね。
でも、今このスレでは、治療が絶対的なものであるべきだ
という話がされている訳ではないと思います。
例えば薬物療法は、心理療法や精神療法と比較すると、
「インチキ」等と批判される事は少ない気がします。
個人差があり、薬物療法も、絶対的な対症療法ではない筈なのですが。
癌やAIDS等は未だ根本的な治療法が見つかっていないが、
医師の行なう対症療法が、非科学的だとか占いと言われ責められる
という話もあまり聞きません。
単に私が知らないだけなのかもしれませんが。
医学は、色々な分野の最先端の技術を取り入れているから、
非医師である人の多くが、よく内容を知らないが故に、
医学を絶対視する傾向にあるというだけだと仰っているのでしょうか?
誤 絶対的な対症療法ではなく 正 絶対的な治療法ではないし、対症療法としても万人に 効果があるものではなく
>>77 >例えば薬物療法は、心理療法や精神療法と比較すると、
>「インチキ」等と批判される事は少ない気がします。
>個人差があり、薬物療法も、絶対的な対症療法ではない筈なのですが。
これは、基本的に薬物が動物実験などによりある程度のEBMがあるだけの話し。
精神科領域の薬物療法に関しては、薬力学とか詳しくなると結構突っ込み所があるんだよ。
ただ治験のデザインや結果に突っ込みをいれたり批判したりするのはそれ相応の知識が必要なだけだ。
何故か心理療法に関してはその知識のない所でとりざたされるので不思議なんだがね。
それと薬物療法は心理療法に比べれば短期間で効果判定がでるので分かりやすい所があるのでね。
ただ、向精神薬の台頭と限界はアメリカで境界例が話題になったころの話し。
現実の精神科領域ではどちらも重要だよ。
>>79 ふむふむ。成る程です。レス有難うございまつm(__)m。
>何故か心理療法に関してはその知識のない所でとりざたされるので不思議なん
だがね。
こういう側面は大いにあると思います。
とくに2ちゃんでは。
それは別としての質問ですが、
>>76 >漏れにとってはEvidence-Basedって最低限の品質保証のような響きがあるんで
ねw。
と仰るように、心理臨床について疑念を持つ人がいた時、その人を
安心させる説明をしようとした際に、「心理臨床の最低限の品質保証」として
呈示できるデータにはどのようなものがあるのでしょうか?
とても漠然とした質問になってしまいますたが、例えば、
>>60 に
>統計的妥当性ではなく、社会的妥当性を示せる計測法の確立を。
とあります。
統計的妥当性と社会的妥当性は特に必ず対立するものではないと
思いますので、この文の意味はよくは分からなかったのですが(自爆)、
EBM(Evidence based medicineというんですね、知らなかった←恥)
のような生理学的妥当性(?)を考える時とはまた違ったハードルが、
社会的妥当性を考える時に出てくる気がします。
ちょっと横道に逸れますが、社会的妥当性の話になると、
まずは勢い、哲学的な話に踏み込まざるを得ない気がするのですが・・。
上手く言えませんが、他の分野になりますが、「福祉とは何か?」
について考えると、福祉の指標として、
経済力のような【物理的条件】だけでなく、
「幸福」「欲望充足」といった【評価】に関わるもの、
個人の価値が反映される【評価】を回避する為に選択関数
(二項関係による表現)として「効用」という概念を用いたり、
試行錯誤しながらやっているようでして、残念ながら
まだ実際に役に立つ理論はできていないようです。
物理的条件であれば、GNPやGDP、市場購入データ等の蓄積は進んで
いるようですが。
結局、「福祉」について考える時のデータベースが未開発なのは、
データを入手するのが困難であるという問題以前に、
何が必要なデータかについての理論が弱い為であると言われています。
心理臨床では、「最低限の品質保証」の為に、どのようなデータが
蓄積されていっている/蓄積しようとしているのでしょうか?
・・という質問になります。
漠然としていてすみません。
>>79 >これは、基本的に薬物が動物実験などによりある程度のEBMがあるだけの話し。
ってのは「evidenceがあるだけの話」とした方が良いかと。
細かいツッコミスマソ>Reverie ◆MUxLMQ9bWk
>>80 「エビデンス」「心理療法」「メタ分析」でググってみたら
これが第一候補だった↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453556177X/249-0314122-2577974 Amazon.co.jp: 本: エビデンス臨床心理学―認知行動理論の最前線
日本でEvidence Basedな心理療法というと、やはり丹野先生が一番最初に出てくるでしょうし
「効果が分かりやすい、目に見えやすい」認知行動療法が取り上げられることが多いでしょう。
で「効果が分かりやすい、目に見えやすい」という理由でevidence basedが馴染みやすいというのは
Reverie氏も言っているように薬物療法も同様である、と。
>>80 >>82 を踏まえると
「認知行動療法が効果があることは分かった、じゃあ力動的心理療法はどうよ?」
ということになるかと思うのですが・・・
・・・で、誰が臨床うまいの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1011429091/195- の195以降などが参考になるかと。
あと、私がよく挙げるEvidence Basedな効果研究
Shapiro, D. A. & Shapiro, D. 1982 Meta-analysis of comparative therapy outcome studies: A
replication and refinement. Psychological Bulletin, 92, 581-604.
でも力動的療法やヒューマニスティック療法はある程度の効果があることが示されています。
>>80 で、上記の文献では治療技法ごとの効果では確かに差が見られたのですが
そもそも行動療法などは治療的変化を鋭敏に反映しやすい指標を使うということもあり
効果量を数値で比較するということは出来ないと思うのですよ。
ただ、少なくとも「力動的心理療法はある程度の効果がある」
ということだけは言えると思われ。
>>80 >何故か心理療法に関してはその知識のない所でとりざたされるので不思議なん
>だがね。
ってのに関しては結局
個人的な経験のみから批判しようとしているからなのではないかと。
そもそも個人の経験だったり感覚だったりといったもののみを基準にした判断というのが
いかにあてにならないものであるかということは
社会心理学ではさんざん研究されていることであるわけで。
そのための統計的妥当性なんだけど
批判(というか非難)するためにここに来ている人には
そういう話をするだけ無駄なのよね。
>>81 えーと、社会的妥当性という言葉はなじみがなかったので調べてみたんですが
主に法学分野で使われる用語のようで・・・
手元にある心理学関係の辞典でもあまり載っていなかったので
ネットで検索したところ、
>>60 の文脈にあるような
行動分析学の分野では使われる用語みたいです。
有り体に言えばその定義は「実際に役に立つかどうか」ということみたいです。
となると
>統計的妥当性と社会的妥当性は特に必ず対立するものではないと思いますので
というのも正にその通りであり、『心理臨○学研究』などで垂れ流されている
感想文並の症例研究(と称されるもの)でも、「社会的妥当性は示された」と言えるのではないでしょうか。
そもそも一事例研究でも時系列分析だったり、ランダマイゼーション検定だったりの
統計手法は使われているわけで・・・
>>81 ちなみにEBMってのは必ずしも生理学的妥当性のみを示すための物ではないですよ。
そもそもEBMが始まったのは心理療法の効果研究を受けてですから。
>社会的妥当性の話になると、
>まずは勢い、哲学的な話に踏み込まざるを得ない気がするのですが・・。
そんな難しい話ですかね?
単に治療効果を測定する評価尺度を何にするかという問題だと思うのですが。
問題となるのは恐らく認知行動療法が馴染まないであろう
人格障害などになるのでしょうが、そうなるとむしろ「時間がかかる」とか
そういった要因が今度は出てくるわけで。
で、薬物療法なんかも平行してやっているでしょうから
純粋に「心理療法のみの効果」ってのを取り出すのも難しいでしょうし。
逆に質問したいのですが
>>81 で74氏が挙げた
福祉の分野での話ですが、なぜその試みが上手くいっていないのでしょうか?
というか、私の理解力が足りないのだと思いますが
>>81 の記述からは何が問題になっているのかすら分かりません。
「福祉とは何か?」という定義を統計的側面から行うという試みなのでしょうか?
>>81 >心理臨床では、「最低限の品質保証」の為に、どのようなデータが
>蓄積されていっている/蓄積しようとしているのでしょうか?
我が国においては、前述のように認知行動療法などを用いたデータは蓄積されていますが
力動的心理療法などに関してはその試みはまだまだ始まっていないと思います
(私が知らないどこかで行われているのかもしれませんが
少なくとも私は知りません。知っている人がいたら情報プリーズ)。
それに関してはこれからの課題だと思いますが
やはりEvidence Basedってのは力動的心理療法には馴染みにくいんじゃないかなぁ・・・
ただ海外ではそうしたデータは蓄積されていて
>>83 で述べたような結果は出ているわけです。
Reverie氏も
>>79 で
>大体「治療法」にそんなに絶対的なものはないわけよ。これは薬物療法もしかり。
>その限界を踏まえてどう応用していくかが臨床の場で必要になるんじゃないかな。
と言っていますが、正にその通りであり
自分の(あるいは自分の周りの人の)心理療法がうまくいっていないからと言って
心理療法そのものを否定するというは、お門違いな話なのですよね。
ヘボい治療者も当然いるわけですが
だからといって「心理療法はヘボい」という訳でもありません。
最低限の品質保証という意味では
現在蓄積されている知見(それが海外のものであっても)で十分だと思うんですが
どうでしょうかね?
(こーんなこと言ってたりしたらまた叩かれる悪寒)
ある程度以上の熟練した技術者がそろわないと、統計出してもその統計の データ自体が信用できない。 極端な事を言ってしまえばリスがやった精神分析と浦島さんがやった精神分析では 結果が一緒であるはずがない。これだけ技術者の技量にバラツキがあってはまともな データは出しようがないと思う。 今、日本の心理業界で必要な事はデータを出すことより、分析系でも認知行動療法系でも 良いからとにかく熟練した技術者を育てることの方が急務だと思う。 >最低限の品質保証という意味では >現在蓄積されている知見(それが海外のものであっても)で十分だと思うんですが 海外でとりあえず効果があると言うデータ出てるなら、それを一応は信用しておいて 日本ではデータを出すより熟練技術者の養成に力を入れるべきだと思う。 データはそれからだ。
>>91 >海外でとりあえず効果があると言うデータ出てるなら、それを一応は信用しておいて
>日本ではデータを出すより熟練技術者の養成に力を入れるべきだと思う。
ってのには禿しく同意。
スーパーヴァイズ制度などの問題も関連するけど
若い世代の心理療法家で
精神分析的・力動的心理療法を使える人を育てるというのは
急務なんじゃないかなと思う。
実際にはかなり時間がかかる話だろうけど。
ま、自分もその若い世代の人間なわけだが。
あ、そうなるとスレ違いな話になるか・・・ 実際に熟練した臨床家はいるわけだから データ収集は不可能じゃないと思うんだけどなぁ・・・
>>93 年をとっているだけ、あるいは経験年数が長いだけでは熟練した技術者だと言える
わけではないので、熟練した技術者のみのデータを集めるというのが、存外難しいと
思う。
>>ロテ職人氏
レスどうもです。
>>90 >>80-81 のレスの趣旨は、「効果のソース出せゴルァ!」って話じゃ
ないですよ。
効果があるとされているのはReverie氏のレスから伺えたので、
実際にどのようなデータがあるのかな?どのような指標を使ってるのかな?
と、詳しそうな方に聞いてみたかったのですが。
聞いてみたかった理由は、
1)実際に適用(応用)されている理論構築の方法論を
聞いてみたかったから
2)心理療法に疑念を持つ人を安心させる為に、
効果について、どのような説明しているのか知りたかったから
※批判の為に批判をしている人を説得しろという話でありません。
そういうのは、ここでは度外視してます。
>>85 ところで、
>>81-82 でおっしゃっているのは
認知行動療法の効果 → 測定しやすい
薬物療法の効果 → 測定しやすい
力動論的心理療法の効果 → 測定しづらい
という事でしょうか?
(続く)
>>84 >で、上記の文献では治療技法ごとの効果では確かに差が見られたのですが
>そもそも行動療法などは治療的変化を鋭敏に反映しやすい指標を使うということもあり
>効果量を数値で比較するということは出来ないと思うのですよ。
これは、どの療法が最も効果的かを判断する為に、例えば効果量を数値で表して
比較できれば良いが、実際には不可能である、という話ですか?
色々ある心理療法を横並びにさせて効果の比較するような評価尺度はないという意味でしょうか?
>ただ、少なくとも「力動的心理療法はある程度の効果がある」
>ということだけは言えると思われ。
と言えるのは、治療群と療法を受けなかった統制郡に分け、
有意差が出たというような測定をしたのでしょうか?
ここで一から具体的に伺うというのは、やっぱり虫の良い話ですよね(苦笑。
参考文献、著者名、スレ等情報どうもです。
「・・・で、誰が臨床うまいの?」のスレは最近読みました。
いきなり読んで分かるもんなのか分かりませんので、
本を漁る前に、まずはぐぐったりしてあたりをつけて見ることにします・・。
>>87 >ちなみにEBMってのは必ずしも生理学的妥当性のみを示すための物ではないですよ。
そうですね。
EBMについて色々ぐぐってみたら、仰る通りのようでした。
(続く)
>
>>82 レスを書いた後、EBMについて色々ぐぐってみましたが、
色々な意味があるんですね。
>そもそもEBMが始まったのは心理療法の効果研究を受けてですから。
というのは、知りませんでした。
つーか、EBM自体も知りませんでしたが(自爆)。
とりあえず"Evidence based"というのは、
臨床場面に基礎的研究を役立てたり、逆に臨床から
基礎的研究へフィードバックしたりしながら、
『臨床判断をする際、最適解を選択を可能とする為のシステム』作りの試み
って感じで大雑把に理解しますたが、大丈夫でしょうか?
大まかには、
(1)「治療法は有用性があるのか?」 → 効果の測定
(2)「各臨床場面での適応可能な選択肢は何か?」 → データベースの開発・蓄積・整備 → 必要なデータとは何か?
(3)「その選択肢の中で、最適解は何か?」 → 患者の視点も考慮した選択の検討
(但し、1〜3は独立ではなく、それぞれ密接に関連しあっている)
って感じで、
>>79 (Reverie氏)のお話の「動物での実験」という言葉から連想したのは
薬物の臨床検査でしたので、「効果の測定」の話になるのでしょうか。
(続く)
>>86 「社会的妥当性」については、私の場合(
>>77-78 )では適当に
# 操作的に定義された指標は、調査したい対象(構成概念)を適切に反映しているか?
というそれだけの意味で使っていました。
私がたまたま気になっていたのが「福祉」という構成概念で、
社会一般で使われているような受け入れられやすそうな定義は
何かと考えていたので、「【社会的】妥当性」という言葉を
簡単に使ってしまいました。すみません。
言葉を改めた方がいいのかもしれません。
ちなみに、行動分析学の用法を調べたところ、
「介入プログラムの目的・手続き・結果がクライアントと
行動分析家を含む社会にとって受け入れられること」
とあり、介入プログラムが目標として設定する標的行動を
説明する文脈で使われていました。
(続く)
>>86 >感想文並の症例研究(と称されるもの)でも、「社会的妥当性は示された」と言えるのではないでしょうか。
>そもそも一事例研究でも時系列分析だったり、ランダマイゼーション検定だったりの
>統計手法は使われているわけで・・・
そのような症例研究というのを読んだことがないですし、
ランダイマイゼーション検定というのも何か知らないので
そのような症例報告により「(心理療法の?)「社会的妥当性は示されたと言える」
と仰る事のが意味がよく分かりませんですた・・できましたら
も少し御説明プリーズです。
>「効果が分かりやすい、目に見えやすい」
というのは、操作的定義を与えやすいもの、つまり測定可能な
現象を治療目標にしているという事でしょうか?
例えば、「ある問題行動の消去」が治療目標であれば
問題行動の生起頻度を測定すれば、
治療効果がはっきりさせ易いように思いますけれども、
そういう話なのかなあ・・?
(続く)
>>87 >>社会的妥当性の話になると、
>>まずは勢い、哲学的な話に踏み込まざるを得ない気がするのですが・・。
>そんな難しい話ですかね?
>単に治療効果を測定する評価尺度を何にするかという問題だと思うのですが。
「哲学的」=「難しい」って事ではないですよね。
ひとつの概念に厳密な定義を与えようとしたり、その妥当性を
考える行為が哲学的な作業に思えたんですが、適当に使って
言葉だったので、「哲学的」というのは忘れて頂ければ幸い。
「効果が分かりやすくなく、目に見えにくい」場合や、
評価対象が直接測定不可能な(測定値が存在しないような)
構成概念である場合は、治療効果を測定する評価尺度の設定が
難しいように思ったのですが。
そうでもないのですか?
>>12 の
>前者(客観的指標)は、操作的に定義された行動指標であったり、
>妥当性が保証された心理テストだったりするだろう。
>それによって、介入の効果の有無を確認できる。
>現場実践ではこれだけでも十分だろう。
というように、「心理臨床では、評価尺度がある程度揃っているよ」
という話ならば、理解できるんですが・・。
(続く)
けど、今日はもうギブアップ・・携帯からの書き込みは
もどかしいです。
質問にも未だ答えていないので、たぶんまた明日にでも。
よろしくでつ。
いつのまにかえらくスレが伸びてるな
>>80 力動的なアプローチの結果はJF Masterson「青年期境界例の精神療法」にDSMのGAFスコアによる追跡研究がある。
これで大体60%弱が改善している所をみると「技法を習熟すれば」6割が社会機能が向上することになるはずだな。
60%をどう評価するかだが、「必ず治る」といわれるうつ病の抗うつ薬による治療が70%という事を付け加えておこう。
あとはAPA(アメリカ精神医学会)のBoderline Personality Disorderのガイドラインでも力動的な精神療法の結果が出てたはず。
それとうつ病に対する認知療法の報告は腐るほどあるよ。
>>82 スマソ。EBMじゃなくてEvidenceだな。
>>90 そうそう、だから「理論」や「標準的技法」としての心理療法の有効性は既に証明されているといってもいいんじゃないかな。
要は「運用」の問題だろう。不完全な運用を例に出してその理論体系をどうこういうのは十分条件と必要条件の逆転だな。
#それと特定の治療法の有効性の研究で最も難しいのが対象のコントロール。特に人格障害はκ係数(診断一致率)も未だ低いし、
#なんせどういう生い立ちで育ってきたかなどというのを揃える事なぞ事実上不可能だしね。
なんか臨床消去を受けてる悪寒もしますが(爆)、質問が残ってるんで
とりあえずカキコ。
>>88 一応経済学の分野になります。
福祉の指標を、それまで経済学が持っていた概念だけで
説明しようとしていたが、それだと不適切であったのが
問題だったとゆー話です。
全然分からないと言われますたので、スレ違いだから
ざっと端折って説明しますと、厚生や生活水準の指針として
「実質所得」の評価を用いたり、個人の福祉と優位を判定
する為に効用水準(選択や幸福あるいは欲望充足の程度)を使ったりして
既存の概念を福祉の指標としていました。
でも前者のアプローチだと、例えば財として、他の人にとっては
十分過ぎるほどの食物を所有していても、例えばある人が
栄養摂取を困難にするような寄生虫性の病を持っていれば、
栄養不良に苦しむかもしれない。
人の福祉について判断する為には、人の機能についても
考えないといけない。
で、後者の効用アプローチだと、個人の評価体系に全面的基礎
を置く事になるが、例えば、食物が不足して栄養不良であり
家もなく病にかかっている人でも、僅かな施しに喜びを感じる
習性を身につけていれば、幸福や欲望充足の次元では高い位置に
いる事が可能である。
でも、このような習性は厳しい現実への妥協から身について
しまっただけかもしれない。
(続く)
(続き) てな訳で、福祉の指標としてはどちらにもそれぞれ 問題があるので、人が達成し得る機能の自由度に着目し、 潜在能力アプローチが提唱されますた。 具体的には、xi=個人が所有する財のベクトル、 c()=財ベクトルを特性ベクトルに変換する関数、 fi()=個人iの利用関数、 Fi=個人iが実際に選択可能な利用関数fiの集合、 hi=個人iが達成する機能に関連づけられた幸福関数 として、福祉の潜在能力の評価関数を設定する試みです。 福祉水準を検討しようとするとき、各国の栄養失調など に関する比較データが少ない等データべースが未開発なんですが、 それは入手が不可能な訳ではなく、福祉水準の理論が弱いからだろう ってな訳で。 上手くいってないというのは、実際の政策に影響を及ぼす等 実践的な成果に繋がっていない点です。 何故かというと、よくは知りませんが、どうやら単に、 あまり流行ってない(苦笑)せいのようですわ。この分野の功労者が最大の批判者になったりして、 批判、再構成してたりたりしてます。
>91=94?さん
>>91 >ある程度以上の熟練した技術者がそろわないと、統計出してもその統計の
>データ自体が信用できない。
>94
>熟練した技術者のみのデータを集めるというのが、存外難しいと思う。
91さんは何を調査対象とした統計データを想定されているんでしょうか。
もし、心理療法として行なわれる【サービスや治療】の「品質保障」
としてならば、熟練した技術者を恣意的に集めてサンプルと
するのはまずいですよね。
(>日本ではデータを出すより熟練技術者の養成に力を入れるべきだ
という意見は別として。)
もし、心理療法それ自体の「品質保障」ならば、「心理療法が
適切なやり方で行われる場合」のみをサンプリングすればいいですが、
こっちの話のみをされている訳ですね?
心理学とは全く無縁の輩が「カウンセリング」を行ったりしている事も
あると聞きますんで、こういうのまで含めては如何なものかとは思うけれども、この場合でも
>熟練した技術者のみのデータを集める
というのは、操作的定義はどーするのかなあ?と。
「ケースの成功率がある一定以上の者」なんて設定する訳には
いかんけど、
「《技術を正しく使える技術者》と認定された者」とか
「《○○の有資格者》による心理療法のデータ」とか、
くらいの設定になるのかな。
>>101 >不完全な運用の例を出して理論体系をどうこういう
このスレでは、そんな混同は誰もしていないと思いますが。
このスレはそういう話題をするところなんですかね。
EBMでくぐると、色々建設的な話がされとりましたが。
Evidence-basedというのは、最適な臨床判断を下す為のシステムデザインの話にもなってますよね。
運用面の改善の話に。
同時に、各治療法の効果についての検証もある。適切な一つの症状に複数の治療法がある場合、比較するのは
難しいとありますた。
で、比較する為には、まずは正しい診断がされてないといけないって
事で、サマリーROC曲線を使って診断が適切か否かを
判断するとか統計的手法が紹介されとりました。
だからって、治療法の効果と運用面の話の二つをごっちゃにして考えてる
訳でもないでしょうに。
なんか、このスレの最近の展開だと、Evidence-basedといえば
「心理療法に効果はあるか」ってゆー大雑把な話の事だと
思ってらっさるよーな印象を受けますですヨ。
ま、なんかもーどーでもいーけど(w
>>102 臨床消去なんてことはなく、単に忙しくてレスできんのよ。
ちょっと待っておくんなまし。
107 :
没個性化されたレス↓ :04/02/27 10:44
age
遅レスですが、社会的妥当性(の検討)は行動療法を行ううえで欠かせないもののひとつに挙げられると思います。
>>104 > >熟練した技術者のみのデータを集める
> というのは、操作的定義はどーするのかなあ?と。
その療法が適切に行われているか(手続きやその療法に不可欠な要素)を基準にすることもありますね。
>>ロテ職人さん
>問題となるのは恐らく認知行動療法が馴染まないであろう
>人格障害など
レスの内容とは関係ないのですが、BPDに対するDBTについて確か
APA(心理のほう)が「たぶん効果がある」と認めていたと思います。
>>106 お忙しい所すみません。
時間のある時にリアルで差し障りない程度にお返事下ちぃ。
私の質問はロテ職人氏のレスを理解する為の確認ですたが
本当は自分で教えてもらった参考文献調べれなきゃいけない所なんで。
>>101 よく見たら私宛てにレスもらってたんですね。
ソース出せゴルァ!という話をではなかったのですが、一応お礼を。
研究の紹介有難うございました。
>>108 なるほど。
「社会的妥当性」という言葉を、かなり強引に
自分の関心事にひきつけて考えてたようですわ・・(汗。
>>60 氏が「社会的妥当性を示せる測定法」を求めているのは、
単に心理療法の効果の有無を判定するだけでなく、
介入結果の評価尺度があれば良いという話で、その評価尺度には
「社会的妥当性」が利用されるべし・・・という意味
だったのでせうか?
(でも、今までも、「介入前と後で変化があっただけで効果あり」
とされる事があったかどうかは分かりませんが。)
ちなみに、とある入門書には、介入結果の評価としての社会的妥当性を検討する方法は
(1)社会的比較: 他の「普通の」人の行動(標準レベル)との比較
(2)専門家の主観的評価: クライエントに近い人間の、
主観的評価をもとに介入プログラムの成否を判断する
とありました。
とりあえず社会的妥当性に関する補足だけ。
基本的な定義は74氏の
> 「介入プログラムの目的・手続き・結果がクライアントと
> 行動分析家を含む社会にとって受け入れられること」
これで正しいです。
> 単に心理療法の効果の有無を判定するだけでなく、
> 介入結果の評価尺度があれば良いという話で、その評価尺度には
> 「社会的妥当性」が利用されるべし・・・という意味だったのでせうか?
おそらくそういうことだと思います。要は、客観的・絶対的な指標で改善が示されても、
当の本人達が納得していなければ意味がありません。そこで必要なのが、
主観的・相対的な指標を測る社会的妥当性の概念というわけです。
社会的妥当性の指標は
>>109 で挙げられているとおり、社会的比較法と
主観的評価法があります。これらと実証的指標の相関が高いほど、
実証的指標、主観的指標、いずれの妥当性も保障されることになります。
評価者たちに客観的な効果を確認できる手掛かりや知識がなければ、
当然相関は出ません。つまり、社会的妥当性の概念は、
学問の実践と現実社会との間を橋渡しする役割を担っているわけです。
ただし、これらは当然ながらあくまで補助的に用いられるべき指標であって、
客観的指標の代理になるべきものではありません。
んで、74氏の定義通り、社会的妥当性は次の3つに分かれます。 1)目標の社会的妥当性(当人達が望むものか?) 2)介入手続きの社会的妥当性(当人達に受け入れられるものか?) 3)介入効果の社会的妥当性(当人達は満足しているか?) 1には(a)社会的比較法、(b)主観的評価法に加え、(c)実験的決定法もあります。 実験的決定法とは、いくつかの異なる条件下で実際に介入を行い、当人にとって difficultでもeasyでもない、challenging but attainableな目標を設定するものです。 社会的比較法では、比較対象が適切かどうかを考慮する必要があります。 (低すぎないか?高すぎないか?比較対象にも改善の余地はあるか? クライエントは比較対象よりもよくなれる可能性はないか? デモグラフィック要因は対応しているか?など) 2に関して最も信頼できる指標は、中途離脱率です。 つまり、過去にその手続きを最後まで続けられたクライエントがどれだけいたかです。 クライエントが言葉を話せない発達障害者などの場合は、複数の介入手続きを 経験させ、その後、選好アセスメントとよばれる手続きを行ない、本人がどの 介入法を最も好むかを、選択行動という客観的指標で判断することもできます。 その結果、非効率的な手続きが好まれる場合もありますが、 結果的にはそれを選んだほうが効率的・効果的であることも多々あります。 3は上で書いたとおりです。
>>81 の
> 統計的妥当性と社会的妥当性は特に必ず対立するものではないと
というのはその通りです。しかし、それが対立するケース、
すなわち第一種の過誤と第二種の過誤を防ごうという意味だと思います。
第一種の過誤は上でもいろいろ触れられているので省きますが、
第二種の過誤は、統計的検定を行なうのに十分な数の被験者やデータセットが
得られない(=検出力が限りなく低い)行動療法の効果測定の場合は、
特に重要になります。ですから
>>86 > そもそも一事例研究でも時系列分析だったり、ランダマイゼーション検定だったりの
> 統計手法は使われているわけで・・・
記述統計的な時系列分析は確かによく行ないますが、
推測統計的な分析は実際にはほとんど行なわれません。
>>110-112 丁寧なご説明ありがとうです。
治療目標、介入手続き、介入結果の検討や評価に
社会的妥当性も利用するのは、行動療法だけなのでしょうか?
それとも他の療法でも利用されているのかな?
>>112 第二種の過誤というのは、帰無仮説が偽にも関わらず受容しちゃう
(ある療法の効果測定で、有効であるにも関わらず、効果無しと
してしまう誤りを犯す)という事ですね。
うーん。。
ちょっと気になったんですが、RCT(無作為割り付け群間比較法・・名称うろ覚え)という
統計の手法がエビデンスとして最も強いとの事ですが、
これってどういう経緯でそういう事に決まったんでしょうか?
統計幼稚園児なのでよく分かりませぬ(爆)。
他にも色々疑問が湧いてきたのですが、ある疾病に対し、
ある療法の効果が有ったか無かったか、1か0に単純化して
集計されるのでしょうか。
他にも、、疾病全体を測るか、症状に限定しているのか
その辺りも気になりましすが、個別に各研究をあたって
いくしかないのかなあ・・。
「社会的妥当性」に関してご説明ありがとうございました>all
行動分析学では重要な概念なのですね。知りませんですた。
>>99 自分の
>>86 では社会的妥当性に関して、その意味を誤解して用いていたので
>>86 は無かったことにしてくだちい。
>>102-103 74氏の一連のレスを私自身が本当に理解出来ているかは別に
今現在の理解でのレスということで・・・
ここで言うところの「福祉水準の理論が弱い」ってのは実は
「力動的精神療法での成果は見えにくい」ってのと似ているのではないかと思ったりして・・・
どうなんでしょ?
>>105 >Evidence-basedというのは、最適な臨床判断を下す為のシステムデザインの話にもなってますよね。
>運用面の改善の話に。
>なんか、このスレの最近の展開だと、Evidence-basedといえば
>「心理療法に効果はあるか」ってゆー大雑把な話の事だと
>思ってらっさるよーな印象を受けますですヨ。
んーと、まずは心理療法の効果が明確にならないとevidenceとしての蓄積は不可能ですよね?
でまあ心理療法の効果研究ってのは1952年のアイゼンクの精神分析批判から始まってて
1977年のSmith & Glassによるメタ分析という手法の考案と、その後のShapiroらなどの研究によって
ある程度の効果があることが認められました。
で、そのメタ分析の手法が元となりevidence-based medicineという考え方が生まれ
コクラン・ライブラリーというデータベースが構築され
そこで各疾患についての系統的なレビューが行われた結果
>>105 にあるような「最適な臨床判断を下すためのシステムデザイン」に繋がるわけです。
心理臨床の分野ではまだそこまではいってないのですよね。
それは前に述べたような「何を持って効果があったとするか」
といったような問題と密接に関連しています。
なんか消化不良ですが、こんな感じでデスマーチ中につき失礼します。
>>114 ええと。
微妙に違う予感もしますが(汗。
「福祉水準の理論の弱さがそのデータベース未開発の一因である」
という話は、「福祉水準を測る為の指標について何が妥当か
はっきりしたコンセンサスがない段階では、
なんのデータを集めるべきか明確ではないし、データ収集を推し進める
パワーもないだろう」という意味で引き合いに出しました。
力動論的心理療法に限らず、多様な心理療法の効果をそれぞれ
統計的手法で測る際に、妥当とされる効果の指標や統計的手法に
ついてコンセンサスはあるのだろうか?
という素朴な疑問に端を発してますた。
その定規ではちゃんと測れないと思っていたり
その定規を用いた理論に魅力を感じなかったり説得力が
なかったりした場合は、その定規で測るのを目的にしたデータ収集に協力しようって
いう積極的な気持ちはあまり湧かないだろなあって感じの意味です。
実際のところ、心理臨床ではどうなっているのか知りません
でしたので、意見を色々聞けるよう質問を投じてみたのですた。
でも、私が思っていたよりずっと、今ある統計的手法が 妥当なものと受け入れられているという印象を得ました。 最近のこのスレの書き込みからは。 認知行動療法の研究も腐る程あるそうですし、精神分析による うつ病の治療率は60%、薬物療法によるうつ病の治療率は70% とご紹介頂いたので。 ただ、「うつ病という疾病に対する薬物療法の治療率」といっても 色んな薬もあるでしょうから一概には言えない気もするんですが、 個別に気になる所はここで質問するより、紹介して頂いた文献を 自分であたってみた方が急がば回れの近道みたいな 気がしてきました。
>>118 の「治療率」は「改善率」へ訂正、
「薬物療法」は「抗うつ薬」へ訂正です。
つい大雑把な話に見えたのは、私が心理臨床に詳しくない故
もあるんでしょうかね?
心理臨床家同士ならば、即分かりあえる情報のやり取りが
あるのかな・・。
抗うつ薬といえば最も基本的なimipramineの効果のことだらう
とかなんとか。
と、あれこれ考えているうちに気付いた鴨(?)しれません。
抗うつ薬によるうつ病の改善率は、特定の薬による効果を
測定したデータによるものではなく、うつ病の患者さんを
薬物療法(この場合、抗うつ薬投与)の治療群とプラセボ投与の
対照群にランダムに分けて改善率をそれぞれ測定する。
それで、(前者の改善率)−(後者の改善率)を計算したものを
抗うつ薬によるうつ病の改善率としているのでしょうかね?
私も消化不良気味ですが、消化不良かつ
ぐたぐたで、質問の意図を上手く伝えられんまま不完全燃焼気味
ですが、今日からデスマちっくアゲインな悪寒につき、
これ位にしておきます・・。
120 :
没個性化されたレス↓ :04/06/14 23:45
hozen
121 :
没個性化されたレス↓ :04/08/08 12:44
age
122 :
没個性化されたレス↓ :04/11/25 08:02:16
保全あげ。
123 :
没個性化されたレス↓ :05/02/07 12:58:47
暦の上では春ですがあげ。
124 :
没個性化されたレス↓ :05/03/17 07:54:49
こういう良質なスレが 人知れず埋もれていくのはもったいない。
かなり昔のスレだなオイ
126 :
没個性化されたレス↓ :2005/05/15(日) 10:42:33
保全あげ。
127 :
:2005/05/15(日) 10:45:53
128 :
没個性化されたレス↓ :2005/06/30(木) 23:39:08
このスレの時代のロテ職人は ブログのロテ職人よりずっと硬派だな。
>>128 そうだね。この時のロテ職人氏は(良い意味で)若いなーと思ったよ。
このスレで質問してから、私自身は臨床心理学について
興味を失ってしまったのですが、
この情報を知りつつ臨床心理学者を自称するロテ職人が
臨床心理学を理屈ではないところで信じていることが分かりました。
彼が信じていることについて、(私自身は臨床心理学の
未来や学問的基礎について信じることが出来なくなって
しまったので微妙な気持ちもありますが)
信じていない人が臨床心理学をやっているのではないことが
分かり、なんだか少し心安らかに思った記憶があります。
上のレスでは雑談調になってしまいすまんので、ひとこと。
エビデンス・ベースドでの検証もしくは確証が出来ないならば、
一般的な意味での科学足りえないことになってしまうんだけど、
心理療法の有効性を信じているんですよね?
どうして信じているのかな?
エビデンスがないのに信じるってことは、たとえば身近な例であっても
なにか効果を実感する体験があったりしたのだろうか?
>>90 >自分の(あるいは自分の周りの人の)心理療法がうまくいっていないからと言って
>心理療法そのものを否定するというは、お門違いな話なのですよね。
エビデンスがないうちは、身近な例からそのように思ってしまっても
仕方がないのではないのかな・・・。
>現在蓄積されている知見(それが海外のものであっても)で
ってあるけど、海外のデータでも、効果があるもの、ないもの
それぞれ出てる訳で、ロテ職人氏やReverie氏がほんとうに
エビデンスから心理療法の有効性を確信するに至ったとは
このスレを読む限りでは考えにくかったのです。
ということで、今更ながらだけど、心理療法の有効性を信じてるのは
何故か、冷やかしではなく、本音のところを聞いてみたかったなあ。
131 :
没個性化されたレス↓ :2005/07/12(火) 17:32:23
上げないと誰も答えないよ。
132 :
没個性化されたレス↓ :2005/08/27(土) 00:33:55
風俗やっている子が言ってた. 長すぎるのは痛いだけだって.
133 :
没個性化されたレス↓ :2005/10/11(火) 20:09:01
長すぎるのは痛いだけよ
135 :
没個性化されたレス↓ :2005/12/25(日) 06:32:20
痛い
>>130 あんたヒルガードくらい読んだのか?
読んだ上で言ってるんならいいけどさ。