αマリヤ崇敬は確実に間違いであるω

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25ヌマツダ
三位一体神にならざるを得なかった背景(宝殿イエス教会 内藤 正俊 氏)
http://www1.odn.ne.jp/~cam21960/dootimo/dootimo.html

− 抜粋 −
古今東西、一度に大量改宗者が生まれたと言う場合、
無知文盲の大衆にどう福音を伝えるか。
過去の経験にもとずいて教えるしかない、
となれば偶像教徒には偶像をもって教え諭すしかない。
しかし三つ子の魂、百までの諺にあるようにナカナカ縁が切れないで、
本物を理解しないーーーーとなれば、
赤子ホルスを抱くエジプトの大地母神イシス礼拝していた庶民には、
ホルスに替えてイエスを、
イシスに代わって聖母マリヤを礼拝するんだと説く者も現れたろう。
それでそれが受けが良く、大勢力ともなれば、
総本山の大指導者も聖書にも伝統にも反するのでニガニガしくは思いながらも
無視は出来なくなる。
それがやがて体制ともなれば、こじつけでも「それは聖書に書いてある」と、
それなりの説明が出来なければならない。

マリヤや聖人崇拝そして教皇崇拝の理由は彼らの"取りなし"である。
神と人との仲介者である。
しかし本来この仕事はイエスの役目ではなかったのか?