マリヤ崇敬は・・(2)

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256ヌマツダ
私の個人的考えですが、
聖人と言えども死者であるから主を賛美することはない。
黙示録の裁きの座に現れる時まで沈黙の国にいる。まだ第二の死ではない。
聖人への執り成しの祈りは、死人に伺いを立てる事に他ならないですよ。
ラテン語で唱えるのは、呪文を唱える事ですよ。
日本で呪文を唱えるって言うと、真言宗・天台宗・禅宗の陀羅尼(だらに)ですよね。
日本訛りですが陀羅尼は梵語(サンスクリット語)ですから、呪文唱えって外国語唱えなんです。
ルルドやファティマのマリヤに会ったと言うのは、一種の霊媒ですよ。
守護聖人や遺影を持つ崇敬は、旧約のテラフィムを持つ崇敬と同じですよ。
そうするとどうなりますか?
以下の聖句を参考にすると、神への愛に反する事になる。
私は未信徒ですが、クリスチャンの有るべき姿を考えるとプロテスタントの見方が正統に見えます。

申命記:18:11
呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。
レビ記:19:31
あなたがたは霊媒や口寄せに心を移してはならない。彼らを求めて、彼らに汚されてはならない。
わたしはあなたがたの神、主である。

イザヤ書 :19: 3
エジプトの霊はその中で衰える。わたしがその計画をかき乱す。
彼らは偽りの神々や死霊、霊媒や口寄せに伺いを立てる。
列王記第2 :23:24
さらにヨシヤは、霊媒、口寄せ、テラフィム(先祖崇拝に使った家の守護神)、偶像、それに、
ユダの地とエルサレムに見られるすべての忌むべき物も除き去った。これは、
祭司ヒルキヤが主の宮で見つけた書物にしるされている律法のことばを実行するためであった。

イザヤ書 : 8:19
人々があなたがたに、「霊媒や、さえずり、ささやく口寄せに尋ねよ。」と言うとき、
民は自分の神に尋ねなければならない。
生きている者のために、死人に伺いを立てなければならないのか。
詩編 115:17 【新改訳】
死人は主をほめたたえることがない。沈黙へ下る者もそうだ。
詩編 115:17 【新共同訳】
主を賛美するのは死者ではない、沈黙の国へ去った人々ではない。