ブッダ最後の教え真如苑涅槃経に生きる人びと

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62稚児大師

〃真言密教〃だと言って入信させ、〃涅槃経〃を説く。
般若心経は唱えるようだが、大日如来は特徴立って崇拝していない。
そしてどうも大日経、大日如来は一切黙殺のようだ?
そして奈良時代以前の〃聖徳太子〃を特徴立って崇拝する。
そして、在家のままで〃密教〃の修法ができる、と説く。

これは、どちらかと言えば明らかに、真言密教と言うよりも、鎌倉時代に
奈良仏教つまり聖徳太子に回帰した、浄土真宗に近いのではないだろうか?
従って、少なくとも密教ではない、と断言する正統真言僧も多いようだ。
通常、密教では出家もせずに在家のままで修法などできるわけが無い。
密教の修法は厳密且つ厳格すぎるほど厳格・緻密である。
大日経を修法する正当真言僧がいて、その僧にパラサイトした、
〃涅槃経同好会〃と言うのなら説明が付き、ある程度は理解はできる。

さらに、教祖の子供を拝むのは全く論外で理解の範囲外である。
信者の抜苦のために〃死んでくれた〃と真如苑信者は言う。
真言密教は自己の宇宙的根源からの霊力を大日如来より招請してもらい、
加持を受けるのが正当である。つまり縦割り的ピラミッド体ではなく、
個々のアラヤシキや個々の宇宙的パワーを地上の個人に取り入れる手法
が加持であり、シリアルなものではなく、本来はパラレルなものだ。


〃涅槃〃とは釈迦の滅時の状態を言う。従って涅槃尊とは釈迦が体を横たえ
、片手で自分の頭を支えた状態である。これは現世ではすでに力を持たずに
来世に行く姿である。