親鸞仏教を見直そう。

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445名無しさん@1周年
>大無量寿経が大乗経典の頂点に立つ最高の真実経であるという
>紛れもない証拠だ。
>親鸞はそういう視点でこの経典を引用している。
>そう考えていいだろう。

違うのでは?
阿難は釈尊に毎日のように会っていたが
「光顔巍々」とされている釈尊に
「今まで気がつかなかった」
見ているようで見ていなかった。
感動を持ってであっていなかった。

ここにおよんで阿難は釈尊に感動を持ってであった。
という、「感動」と「出会い」あらわしているのが、
ここであると考えれます。