輪廻転生など有り得ない

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1名無しさん@1周年
世の新興宗教の多くは輪廻転生を説いているようだが、私は輪廻転生など
有り得ないと思っている。
あなたの人生も、そして私の人生もこれ一度きりなのだ。
そして、一度しかないからこそ、その生において有意義に生きるべきだと
私は思う。
考えてもみてほしい。例えばパソコンのハードディスクが火事で完全に溶
けてなくなったとしよう。
中身のデータも当然(バックアップを別途とっていない限り)消失する。
輪廻転生は肉体というハードがなくなっても魂というソフトは残るという
主張だが、そんなことは科学的に見ておかしい。
また、インドなんかでよくある生まれ変わりの話もよくよく調べてみれば
トリックであったりやらせや思い込み、どこかで聞いたことが潜在意識下
に残っていてそれが噴出したといった事例ばかりだ。
輪廻転生を説く宗教は迷妄を教え、来世に逃避させるという意味で罪悪だ
と私は思う。
2怒れる者:2000/06/02(金) 23:09
新興宗教やオカルト少女の転生観については、貴方のおっしゃる通りだと思います。前世
にすがって自殺してるんじゃ、話になりません。
しかし、仏教的な輪廻転生論は、あくまでもカルマの清算のための手段であり、「迷妄を教
え、来世に逃避させるという意味」は無いはずです。
また、ギリシャに始まりシュタイナーに結実する西洋的な転生観についても、迷妄に陥れよ
うとする趣旨など無い事は明白です。
確信犯的なものは別として、輪廻転生の教義が悪いのではなく、それを受けた側が都合よ
く解釈するのが悪いのであり、これは宗教学的というより、社会病理学的に解釈すべき問題
ではないかと思います。
3名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 00:42
>1
人間はパソコンではないよ。
4名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 02:27
>2
仏教のこと、あんまりご存じないみたいですね。
仏陀は輪廻転生を肯定してませんよ。

>1
私も否定派に一票(笑)。
5名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 02:48
どうでもいいけど面白いから
オレは肯定派に一票・・・べつに何の根拠もありません(笑)
6名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 02:53
ところが!
科学論の機関雑誌に(トンデモじゃないよ。ちゃんとした学会です)
「もちろん科学的に輪廻を肯定することができるはずはないが、
 科学上の手続きに則って輪廻を否定するのも実はそんなに簡単ではない」
という趣旨の論文が掲載されて「面白いこと研究している人もいるんだな」と思ったことがある

もちろん、その先生も輪廻なんてこれっぽっちも信じてはいないだろうけど
いわゆる超自然・オカルト・トンデモと科学ががっぷり四つになるのは実は案外難しい
のかな?と思った

い、いかん…マジレスしてしまった…
7無神論者:2000/06/03(土) 03:13
>2
4の書いているとおり、釈迦は輪廻転生を肯定していない。
(これは原始仏教の経典(訓訳)を読むとわかる)
まぁ、釈迦は肯定もしなければ、否定もしていないがね。

俺は、否定派に一票としておく(笑)
8>2:2000/06/03(土) 06:52
仏教のことではなくて、根本仏教とか原始仏教のことでしょう?
既成仏教では認めてますよ。
9訂正:2000/06/03(土) 06:55
失礼しました。
>2 ×
>4 ○
10我輩:2000/06/03(土) 07:17
 あるものはあるんだから仕方がないよ。
 まあ、一般に言われてるようなものは随分と怪しいものが多いけど、ちゃんと探せば簡単に否定しきれない事例があるのは事実だからね。
11怒れる者:2000/06/03(土) 23:30
>4、7さん
釈迦が転生を否定していたとは知りませんでした。ただ、そうなると解脱の意義は
どうなるのでしょうか。解脱は、転生の輪から脱却する事だと理解していますが、
釈迦が転生を否定しているならば、解脱の教義は空虚なものとなるのではないで
すか?
また、8さんがフォローして下さっていますが、既成仏教は転生を認めています。
原始仏教において転生が否定されるなら、これは、罪を犯さないように教導するた
めの方便なのでしょうか。
12叫素:2000/06/04(日) 00:50
仏教を語る人、空の理論をちゃんと理解してますか?
仏教的にみて、輪廻転生なんてあるわけないんです。
「我」さえ無知による迷妄でしょ。
「我」が無ければ、前世も来世もあるわけないでしょ。

仏教で輪廻転生が語られるのはただの喩え話です。
輪廻は「真理」でもなんでもなく、当時の「常識」です。
昔の仏教者はその蒙昧な「常識」を喩え話として用いて「真実」を語った。
そのあたりのことが分からないアホたれが、アホたれを騙して宗教やっとるんだ。
13怒れる者:2000/06/04(日) 02:03
>12さん
解説、ありがとうございます。仏教の事はよく分からんので、自分の分野の事を書きます。

1さんは、霊肉不可分論に立脚されておられますが、私は一応キリスト教徒なので、1さん
と同様の立場です。
キリスト教では、肉体が消滅したら一時的に存在も消失し、神によって新たな肉体が再構
築された暁には、再び存在を取り戻すと考えます。その意味で、霊魂とはデータであると
言って差し支えないでしょう。
本や遺伝子によって未来にデータを託す事は、部分的な転生と呼べるかもしれませんが、
狭い意味での転生は有り得ないというのが、ユダヤ、キリスト、イスラム教徒の一般的な考え
方です。
キリスト教の目で見ると、肉体と我を失ってなお存在し得るという空の論理は、気持ちは分
かるものの、受入れ難いものが有ります。
14名無しさん@1周年:2000/06/04(日) 02:44
死ねばわかります。
ーーーーーーーーーー終了ーーーーーーーー
15名無しさん@1周年:2000/06/04(日) 03:17
>仏教で輪廻転生がが語られるのはただの喩話です。
つまり嘘をついて信者をだましていたわけなのですね
こういう体質は今もかわらないというわけですか
信者なんてどうせ馬鹿なんだから本当のことなど
言ってもわかる訳が無いと。
近代においてこんな事は(輪廻否定ということ)常識の範疇
に入ってしまい、どんどん宗教離れが進んできたのです。
>「我」がなければ、前世も来世もあるわけないでしょ。
とするならば、とうぜん現世もあるわけがないということでしょ?
時間は、過去・現在・未来というように流動していて
いっときもとどまること無く変化しつづける、固定化された
「実在」というものは存在しえない、あるのはその流れ
による変化のみ、それが「空」ということ空虚が空と
いうことではないはず。
ということで、宇宙開闢いらい生命の流れ、生成と消滅の
繰り返しを輪廻ということで、そういう意味では
輪廻はありうる。
けれどもここでいう輪廻転生はつまり、太郎さんが死んで
また太郎さんとして蘇るってことでしょ?
そんなことはありえんでしょ死ぬってことは言葉をかえりゃ
大きく生命のあり方が変化するってことだから太郎さんは
変化して別のもんに輪廻(笑)してしまったわけだ。
>キリスト教の目で見ると、肉体と我を失ってなお存在し得るという空の論理は・・・云々。
つまり空とは存在そのものをいうのではなくて、存在のありかたを
言っているのでそういう意味ではキリスト教でも考えかた自体
は受け入れられると思うのですが。
16>12:2000/06/04(日) 04:41
霊も迷いの存在だったら?
17叫素:2000/06/04(日) 08:50
>15
おぬし、私の書き込みを良く読んでおりませぬな。

>つまり嘘をついて信者をだましていたわけなのですね

嘘を言って騙していたのではない。
わざわざ、「輪廻転生は存在する」と主張しなくても
みんな迷信として輪廻転生を信じておったわけだ。
その迷信を利用して「真実」を語ったわけなのだ。

「キツネは人を騙す」という(迷信としての)常識を利用して
さまざまなキツネの物語が形作られたのとちょうど同じだ。
それらの物語は、「キツネは人を騙す」ということを主張したくて
作られたのではない。
「キツネは人を騙す」という常識を利用して、人間的真実を語ったのだ。
輪廻の物語もそれと同様なのだ。

空に関するおぬしの記述は良く分からぬ。
私の主張のどの部分を否定したいのか、どういう主張をしたいのか。
おぬしは「輪廻」を否定したいのか?
「輪廻」を用いて語られる仏教思想を否定したいのか?
あるいは肯定したいのか?
おぬしの言っていることは大筋において正しいと私は思うが。

>16

私への問い掛けておられるようだが、いまいち質問の意味がわからぬ。
分かりやすく説明してくれ。
18名無しさん@1周年:2000/06/04(日) 09:57
>迷信を利用して「真実」を語ったわけなのだ。
こんな変なときかたをするから今だに輪廻転生はあるかとか
いう迷いがあるのです。
嘘をつくより悪どいです。
人をまどわす仏教
19叫素:2000/06/04(日) 10:10
>18
別に私は仏教の肩を持つわけではないが、私が言ったのはそういう意味ではないのです。
「迷信」はそのまま「常識」なわけです。
わかりますか?
星は「天球」に張り付いている。
これも「迷信=(昔の)常識」の類です。
わざわざ嘘を言ったわけではない。
当たり前の「事実」を述べただけなのだ。
分かりますか?

たしかに今の多くの仏教系宗教が「輪廻転生」の実在を説く。
それはたしかに
>嘘をつくより悪どいです。 人をまどわす仏教
といえるでしょう。
しかし、それは仏教の本質ではなく、仏教の本質が失われている
現代仏教の怠慢でしょう。
20>17:2000/06/04(日) 21:55
>みんな迷信として輪廻転生を信じておったわけだ。
>その迷信を利用して「真実」を語ったわけなのだ。
どの辺からそのような解釈になるのかお教え下さい。
輪廻転生を用いて人生を説いたと解釈できる文献をお教えいただければ幸いですが。
212再び:2000/06/05(月) 01:38
>ということで、宇宙開闢いらい生命の流れ、生成と消滅の
繰り返しを輪廻ということで、そういう意味では
>輪廻はありうる。

生命ってなに?
その生成と消失って?
普通、そういう表現っていうのは、親から子へ、子からその孫へ、
っていう流れとして使いませんか?

12さんが言ってるのは、そもそも、生まれたり死んだりする実体としての「自我」
がないのに、どうしてそのありもしない「自我」が生まれ変われるんだ?
ってことなのでは?
2221@2再びではなく4でした:2000/06/05(月) 01:44
ごめん間違った2ではなく4(笑)。
2321@2再びではなく4でした:2000/06/05(月) 01:54
ついでに>15さんに。

キリスト自身はエッセネ派に属し、生まれ変わりを信じていました(笑)。
24叫素:2000/06/05(月) 02:03
>20
>どの辺からそのような解釈になるのかお教え下さい。

解釈になるというか、私にはそのようにしか受け取れなかったのですが。
私は仏教の諸派についてはあまり知らず、仏教哲学を少々知っているだけ
なのですが、「輪廻転生」は「意識・無意識」など心理的諸事情の
比喩であることは明らかでしょう。

>輪廻転生を用いて人生を説いたと解釈できる文献をお教えいただければ幸いですが。

卑近なところで、「ダライ・ラマの仏教入門」。
この本の読み方は二つに一つ。
「わけの分からないことの羅列」と読むか「比喩に満ちた真実」と読むか。
25怒れる者:2000/06/05(月) 02:38
>23さん
>ついでに>15さんに。
>キリスト自身はエッセネ派に属し、生まれ変わりを信じていました(笑)。

初耳です。出典は何でしょう? 転生論は、当時のユダヤには入ってきていない
はずですが。
26輪廻転生を信じるか?:2000/06/05(月) 03:31



まあ、誰でも「死ぬ」という事はイヤですよね。
でも「無」に帰すという大前提を捻じ曲げてでも死して尚、存在し続けたい、
という理念から、宗教というものが生まれました。

宗教の存在とは死を恐れずに生きる為の知恵であり、想像の産物であるという事です。
ですから、死の間際、無と帰す恐怖に苦悩して死ぬか、偽りの希望を胸に死ぬか、
どちらを選ぶのも自由です。
2723:2000/06/05(月) 06:41
>初耳です。出典は何でしょう? 転生論は、当時のユダヤには入ってきていない
>はずですが。

死海文書かなにかになかったでしたっけ?
ともかく、初期キリスト教で転生論が認められていたのは有名な学術的事実。
もちろんキリストも容認していました。
時代が下って、教会に都合が悪かったのでそのような説は異端として
弾圧されたのです。

>輪廻転生を用いて人生を説いたと解釈できる文献をお教えいただければ幸いですが。

私は「般若心経」読むだけで十分だと思う。
あれを読んで意味がわかったら、
生まれ変わりなんて信じられようがない(笑)。
28名無しさん@1周年:2000/06/05(月) 07:13
>23
ユダヤ教の厭世的な小分派であるエッセネ派を、
初期キリスト教団とか、キリスト自身がずっと属していたとかいう説も
あることはあるけど、まだまだ信憑性に薄いでしょ。(トンデモと言う人も多いよ)
ただ、当時のユダヤ社会文化で輪廻転生という考え方が
土俗のものとして一般化していた、というのは、多いに考えられる。
出来れば、そういう社会史の研究成果を示してもらわないと、説得力無いな。
2927:2000/06/05(月) 07:32
>あることはあるけど、まだまだ信憑性に薄いでしょ。(トンデモと言う人も多いよ)

確かに(笑)。
だから最初に書いたとき、文末に(笑)と付けた。
でも死海文書自体はその解釈にいろいろあるのは事実として
少なくともトンデモではないはず。

それにね、教会の公式見解そのまま鵜呑みにするのも
ある意味トンデモだからねえ(笑)。
3028:2000/06/05(月) 07:40
>教会の公式見解そのまま鵜呑みにするのも
>ある意味トンデモだからねえ(笑)。

そうそう。だから、社会史の研究成果を待つしかないね。
死海文書も発掘後の取り扱いの経緯から、
その全てが研究者の手に渡ってるのかどうか疑問があるし。
まあ、中世、近世を経て資料が教会によっていじられてる可能性が高いから、
研究者もたいへんだろうけどね。
31厭な子供:2000/06/05(月) 07:40
私は科学的には否定派ですが、
輪廻転生信じる事によって
なにかしら救いがある人が
いるのなら有りだと思います。
信心深い年寄りに(年寄りだから信心深いという訳ではない、あくまで喩え)
冷水ぶっかけてわざわざ
目を覚まさせる必要は無いと思う。
それこそ心臓麻痺でも起こすかも(藁

みんな宗教的な細かい事を色々
言っているけども難しく考え過ぎていませんか?
32名無しさん:2000/06/05(月) 08:01
「空」の概念も仏教諸派によって解釈は様々です。
現在も過去も未来も無いとする部派仏教だってありました。
しかし、ここでは輪廻転生の話をしているのだから仏教論にするのも
意味ないと思いますが。
33名無しさん@1周年:2000/06/05(月) 12:31
あるか、ないかと言われても、
結局、死ななきゃ分からないなら、
水掛け論が永遠に続くだけ。
34さとー:2000/06/05(月) 19:37
創価学会では、輪廻転生はあるが、霊魂はないらしい。
35叫素:2000/06/06(火) 07:41
>26
>ですから、死の間際、無と帰す恐怖に苦悩して死ぬか、偽りの希望を胸に死ぬか、
>どちらを選ぶのも自由です。

「無に帰す恐怖に苦悩する」ことが果たして正しいことだろうか?
仏教では、それを正しくないと説いている。
気休めではなく、理論的にね。

>31
>みんな宗教的な細かい事を色々
>言っているけども難しく考え過ぎていませんか?
考えられるうちに考えといたほうがいいと思うぞ。
答えを出せないにしても、こういうことを考えておくことは、いざという時
(自分や近親者の死を前にした時)、自分を支える力になるぞ。

>32
>「空」の概念も仏教諸派によって解釈は様々です。
説明の仕方のいろいろあるだけで、「空」そのものの理解に隔たりがあるという
わけではないのでは?
36名無しさん:2000/06/06(火) 08:18
>説明の仕方のいろいろあるだけで、「空」そのものの理解に隔たりがあるという
>わけではないのでは?
いいえ、「空」の理解に隔たりがあるのです。

37叫素>36:2000/06/06(火) 16:41
どのような理解の隔たりが?
38名無しさん:2000/06/07(水) 01:08
部派仏教ではニヒリズムに陥り、「空」とは空虚を意味するものとして捉えられ、
その究極は涅槃であり則ち死であるという解釈をした一派も存在しました。
それに対して大乗仏教では「空」は空虚ではなくむしろ宇宙間に満ちているもの
という捉えています。
大雑把にいうとこんな感じです。上記したように輪廻転生がテーマですので
仏教論議はあまりしたくありません。詳しくはご自分でお調べ下さい。
39我輩:2000/06/07(水) 04:17
 だからさ、仏教で何か言ってたとか、イエスさんが何か言ってたとかってのは、実際にあるかどうかというのとは別の問題じゃんか。

 あるかないか、の話をしてよ!
4029:2000/06/07(水) 04:59
>創価学会では、輪廻転生はあるが、霊魂はないらしい。

じゃあ、いったい「なにが」輪廻転生するわけ?

>あるかないか、の話をしてよ!

だからその話をしてるんじゃない?「ないんだよ」って。
仏教の話とかはその理由づけみたいなもの。
第一、もしも生まれ変わりがある、っていうなら、
「なにが」生まれ変わるのか、はっきりさせる必要がある。
霊魂だとか魂、それとも生命?
でも魂ってなに?生命ってなに?

こういう問いかけが意味があるのは、そこの部分を探求するからであり、
「死ねばわかる」という言い方は、
その意味で、こういう問題の本質を理解していない人の言い方だね。
死んでしまったら、自分の本質は何か?とか、それが永遠に続くのかとか、
そういうことも考えることが出来なくなってしまうと思うぞ(笑)。

肯定派の人たちが、本当には何にも追求しないまま、
ただ、人の言うことを信じ込んでるのをみると、
ちょっとは自分の頭つかって考えてみろ、とか、
本当に魂があるっていうなら、生きている今この瞬間にでも
自分の内側をのぞき込んで、その魂とやらにふれてごらん、って言いたい。

仏陀は瞑想などを通じて自分の内奥に迫り、その中心には、
少なくとも輪廻派が言うような魂のようなものも、
その転生もないことを見いだしたんだよ。
逝けり、逝けり、全き超えて逝けり、ってね(笑)。
41名無しさん@1周年:2000/06/07(水) 06:19
死ねばわかるっていうよりも死ななきゃわからないでしょ。
4240:2000/06/07(水) 07:43
>41
>死ねばわかるっていうよりも死ななきゃわからないでしょ。

いや、だからよく考えてほしいんだけど、
なにが生まれ変わるのか、ということに関して言うなら、
実は本当のところ
死んでも分からない、
っていうのが真実なんだよ。

なぜか、というのはまたの機会に説明します(笑)。
43名無しさん:2000/06/07(水) 08:27
お釈迦様が悟りを開いたとき自分の前世の全てを知ったんじゃなかったっけ?
44名無しさん@1周年:2000/06/07(水) 09:33
輪廻転生なんか有っても無くてもいいじゃない?
マターリいこうよ(´ー`)y--~~
45高橋元代表:2000/06/07(水) 11:23
輪廻転生がなきゃ、この不公平な世の中はせつめいつかんじゃろう。
なぁーんも悪いことしてないのに、なんでころされなきゃならんかった?

46諏訪神:2000/06/07(水) 11:58
今朝の井上被告判決の時のコメントで、歌手のイルカさん「私は輪廻転生を信じてるけど」
って言ってましたよ。チベット仏教や東南アジアの南伝仏教では輪廻転生は当たり前だし。
47>40:2000/06/07(水) 13:51
あんた、他の板でも言ってたけど
空は虚無のことで、釈迦がろうそくの火を消したから涅槃は無明
という、自分の解釈を”真実”ていわないでね
もし解釈だけでなく、自分の経験から言ってるのであれば、
せめて”宗教的真実”って言って

48りょう:2000/06/07(水) 14:26
死んだら1から出直しということもありえるし、なんでもありのこの世の中から考えるとあの世もなんでもありかなとおもうけど、
輪廻転生もあるともないともいえんよね。
あの世から考えるとこの世はいったいなんなんだ?何しにきてんだよ?来る意味あるんか?意味ないじゃん。
49名無しさん@1周年:2000/06/07(水) 14:56
文証は引けないけど、釈尊は初期の阿含経典で、「空」の哲学を構築した龍樹も自著で
「輪廻転生」を肯定している。
輪廻否定論者や因果(カルマ)の法則否定論者に聞きたいが、もし輪廻やカルマがない
ならば、何故、生まれた時から、人間は病弱であったり、健康であったり、やさしい両
親のもとに祝福されて生まれてくる子もいれば、どうしようもない親の元に虐待される
ために生まれてくる子のように差がはっきりあると思う?
そういうことは全くの偶然だと本当に思うのか?
もちろんその理由は俺にもわかるはずがないけど、何らかの理由と原因があってそうい
う差が起きていると考える方が、自然であり、合理的だとマジに思うぜ。

50りょう:2000/06/07(水) 16:08
一般的に病気は不幸だ。一般的に貧乏は、不幸だ。
宗教的に病気は幸いだ。宗教的に貧乏は幸いだ。
どっちだ?どっちでもないんだろうか?
仏教では比べるから苦しみが生まれるという教えがなかったかいな?わからんけど。
蚊をたたきつぶす俺は、何とも思わない。
俺は、やられたらくやしい。
恨みは、なかなか忘れない。昔のことも忘れない。
51おっぺけ:2000/06/07(水) 16:31
よくいわれるのが悩む暇があったら、体を動かせとか、座禅しろだとか、念仏称えろといわれる。内容にもよると思うが、悩むことはくだらんことか?
わからん。
とにかく悩み自体はくだらんことやろうけどそこから、どげんかなっていくところが、ぶざまな人間のすがたやろうかいな。
思いはもちこさんほうがいいと思う。
輪廻転生ということは、前の世の思いを持ち越すということにもなるのだろうか?
52叫素:2000/06/07(水) 16:35
実際のところ、世界は虚無だろう。
連綿とした物質の連鎖が存在するだけである。
それが空だろう。

しかし、良く誤解されるのは、世界が虚無であれば「虚無感を感じる」のが
必然であると捉えられている点である。
それは間違っている。
虚無において、虚無感という感情に必然的存在理由はない。
「虚無感」は虚無の一つの解釈に過ぎない。

虚無は自由である。
根本的な自由といえる。
その自由の視点から見ると、輪廻はこのようにも言えないか。

「輪廻転生は実在する。『私』が実在するというのと同じ意味で。」

空はかように自由なのだ。
どっちみち人は幻想に呪縛されて生きるのだ。
だったら、自分に都合の良い幻想に呪縛されることを選ぶのが懸命であるとも
言えるだろう。

話が仏教に偏ってしまっているが、それにはわけがあるだろう。
多くの前世来世などという存在を語る宗教は信じることを強要するだけである
のに対し、仏教は自ら考えることを助ける論理を与えるからである。
53三歩:2000/06/07(水) 17:44
(ワラ
5442:2000/06/08(木) 01:30
よく肯定派の人が、臨死体験とかを持ち出すよね?
自分の死にかけた体を外側から見ていた、っていう。
で、死んでいくとき、本当にそういう体験をするとして、
つまり自分の肉体が霊魂とかっていうのと別に存在するとして、
仮にもしもその通りだったとして、私なら結局
「その霊魂の寿命はいつまであるんだろう?」とか、
「その霊魂の内側にある自分の実体ってなんなんだろう?」
と思うだろうね。
つまり、そういうことが仮にあったとしても
新たな疑問が生まれるだけでなにも解決していない。

昔、まだ地球が丸くて引力をもっていて、宇宙にぽかんと浮いている、
っていうことが知られていなかった頃、
割と大まじめに、この大地は亀が支えてるだの、
いや、巨大なゾウが支えている、
だのということが信じられていた。
何が大地を支えているか、は別にして、
すべての物は、支えがなければ下に落ちる、
っていうのが当時の常識だったから、
当然、この大地も何かに支えられている、って信じられてきたよね?
で、ある人がふと気がついた。
「もしも大地が巨大な亀に支えられている、として、
その巨大な亀は何に支えられているんだろう?」

ま、生まれ変わりもそれと同じだね。
だから私みたいな疑問をもつ人間には、
たとえば神智学みたいなところでは、
肉体の次にエーテル体があって、
その次にアストラル体があって…っていう話をする。
でもそうやってタマネギの皮をむいていったら何がのこるんだよ!!(笑)。

>47
ん?あなたはリッチーさん?(笑)
いや、誰でもいいけど肯定派?否定派?
55教授:2000/06/08(木) 02:08



だからね、熱力学第二法則から言っても輪廻転生なんて無い訳。
熱いお湯をコップに入れてしばらく放っておくと冷めるでしょ、
その逆は無いって事。
この考えを突き詰めて行くと時間も空間も無い熱的死を迎える訳。
ご存知の通り惑星にも寿命というものがある。���
輪廻転生が可能ならば、地球の消滅後は何処に生まれ変わるのか?
まさか地球まで転生させるつもりなのだろうか?
もっと現実を直視したまえよ、諸君。
56叫素:2000/06/08(木) 02:17
55は熱力学を理解していない。
宇宙の膨張ということを無視すると、宇宙は熱くなっていくのだ。
なぜか?
熱力学第二法則、エントロピーの増大の法則にしたがって、
物質は乱雑な状態、すなわち温度が高い方向へ向かって運動するのだ。
そういうことと輪廻転生は関係なし。
科学の知識のあまりない人はこのような科学を装った文章に
影響されがちだが、この文章は間違っているので無視すべし。
57>56:2000/06/08(木) 03:34
うん。輪廻転生を論じるなら、むしろ魂の出所を論じるべきで
その先を話してもしょうがないでしょ。
ビッグバン説が正しいなら、全てが均質化してその後にまた新しい
世界を生み出す訳なんだから。輪廻転生が時間ってゆースケールを内包しない
言葉で有る以上、先を論じるのは無意味。それに、転生が地球上って
きまった訳でなし。

生命が無い状態から、果たして魂はどーやって生まれたのか?
これを考えた方が輪廻転生否定には繋がると思うよ。
それと、なによりも命の定義かな。
今の人間にゃ「生命体」も「人間」も定義できないんだから。

58輪廻転生があるのか無いのか:2000/06/08(木) 03:40
死にゃあ分るんだから、いまからガタガタ言うこともなかろう。
誰もが死ぬんだから、誰もが知ることが出来る事さ。
59名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 04:18
だからー輪廻転生はーー無いの!!!
Did you understand it?
60叫素>叫素:2000/06/08(木) 16:08
突っ込んでくれる人いないので、自分で突っ込んどきますが、
56の私の熱力学に関する文章は間違ってます。

ま、でも、熱力学で輪廻転生が否定されるわけではない、というところは
間違ってないと思いますが。

>生命が無い状態から、果たして魂はどーやって生まれたのか?
>これを考えた方が輪廻転生否定には繋がると思うよ。

ということは魂の存在を演繹的に否定しようというわけですか?

>58
>死にゃあ分るんだから、いまからガタガタ言うこともなかろう。
>誰もが死ぬんだから、誰もが知ることが出来る事さ。

ガタガタ言ってもしょうがないことをガタガタ言いたい奴がいるわけさ。
私のような(笑)
ま、そういう無駄な奴がいてもいいじゃないですか。
61名無しさん:2000/06/08(木) 20:31
ビッグバン?・・・・。
62名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 20:55
>話が仏教に偏ってしまっているが、それにはわけがあるだろう。
そりゃ仏教が輪廻転生をもっともイイねたとしてつかってるから
でしょう。
ちなみに私がもっとも輪廻転生をよく使ってるなぁと思う喩えは
「ポアだよ。ポア」 かな。
輪廻転生するんなら、非と殺したってたいしたことないもんね。
63無視論者:2000/06/09(金) 01:55
しばらく、このスレを読んでなくてよ。今読んでみた。
教授氏の後のレスに変な熱力学の法則が書いてあったので、
つっこんでやろうかと思ったが、後々読んでいくと、変な
熱力学の法則を書いた奴が自分で「間違ってました」と乗り
つっこみ?を入れてたんで止めた。
それから、考えてみたんだが、ある意味で物質的には輪廻転生
してんだよな。これが。

人を含めた生物は死ぬと、腐敗、分解され、土の一部を構成する
元素に還っていく。現在、日本で主流となっている火葬でも、
熱エネルギーや二酸化炭素、灰等として、還っていく。
空気中のに酸化炭素は、葉緑体を持った植物の栄養となる。
同様にして、アミノ酸から分解された窒素も再びアミノ酸など
として、植物の栄養となり、組織の一部となる。それが人や動物が
喰らう。人は動物も喰らう。そして、人の栄養となり、体の組織の
一部となる。
宇宙だってそうだ。核融合して、燃え尽きた星は、超新星爆発を
起こし、宇宙空間に鉄までの元素を放出する。それがまたの星となり、
輝き出す。
どうだ。(物質的に)輪廻転生してるじゃねぇか。(笑)
これらのことは宗教の話じゃないぜ。自然科学だぜ。これが現実。
64無視論者:2000/06/09(金) 01:59
(つづき)
で、宗教の話の方に戻るけどよ。
俺は魂も輪廻転生も信じちゃおらんし、否定する方だから、
言わしてもらうとだな。
おめぇら、輪廻転生がどうだ、こうだといってるよりも、もっと、
今の人生を大事に生きていく方がいいんじゃないのか?
輪廻転生はあるといって、信じている奴らは、総じて“死”に対して
怖がっている連中じゃねぇのか……と俺は思うぜ。
輪廻転生はないと信じて、否定している奴らも実際“死”に対しての
恐怖はあるのと違うか?
人間は、生まれて、老いて、中には病を患って、死ぬのは、当たり前だろ。
人間は、これらの当たり前のことに執着し、苦しむ。釈迦は、この当たり
前の事の本質に気付き、それに執着すべきではないと悟った。(これが、
釈迦の−−原始仏教で言う−−解脱だよ>11)
そして、人間は死ぬのは当たり前だから、死ぬまでの人生を物事(生老病死)
に執着して苦しんで生きていくことのないように説いた。当時、バラモン教
として土俗の宗教があり、それは輪廻転生を説いていたし、民衆も死ぬことに
対して恐怖心を抱いていた。その恐怖心である苦を取り除くために釈迦は
伝道したんだよ。
俺は、この原始仏教を一つの生き方の参考にしているので、死に対して怖がら
ないように努めているだけだ。
つーことで、死にたいする恐怖、裏を返せば生への執着がやれ魂だの、
やれ輪廻転生等と言って気にしているだけだと思うぜ。
65無視論者:2000/06/09(金) 02:01
(つづき)
初期の阿含経とか出ていたが、原始仏教の経典を除く経典
(今日の仏教の基礎となっている経典)らは、釈迦の説いたことを含め、
土俗の宗教であったバラモン教をも取り入れて書かれているんだよ。
いろんな仏や天や明王等は元はといえば今のヒンズー教の神なんだよ。
どっかの教団は象さん引いて花祭りなんかやっているが、象なんて出て
くるんはヒンズー教だしよ。
つーことで、輪廻転生の教義つーか概念があったバラモン教の一部を縫合
してるんだから、今の仏教に輪廻転生が出てきてもおかしくはないんだよ。
(釈迦の願いつーか教え−−そんな人智の及ばん事に執着(探求)するより
 今の人生を大切に生きろ−−が活かされていないので、釈迦はお嘆きに
なっているだろうと、俺は思うが(笑 )

そーいえば、誰かいいこと書いていたよな。
般若心経を読んで、その意味を理解できたら、輪廻転生なんか信じられなくなる
……と。般若心経を詳しく読んでいないので、何ともいえんが、その経典には
バラモン教から派生する輪廻転生の概念は入ってねぇんだろな。
66ショウ・ザマ:2000/06/09(金) 02:02
総ての魂はバイストンウェルに帰る
人はその記憶を記されこの世に生まれてきたにもかかわらず思い出せない性を持たされたから、、
今、ミ・フェラリオの語るつぎの物語を紹介しよう
67ミ・フェラリオ:2000/06/09(金) 02:11
紹介はしません。
68諏訪神:2000/06/09(金) 05:14
「般若心経」も仏滅後数百年たってできた経典だから、当然ヒンズー教の影響を
受けているはず。
五蘊皆空(ごうんかいくう)すなわち物質的身体を構成する要素は空であるが、
身体を含めてすべてのもの(万法)に遍満する霊的要素は不生不滅、不増不減である。
肉体は無常だが、霊的要素は常住にして、この霊的要素が輪廻転生の主体となる。
69名無しさん:2000/06/09(金) 08:12
あのねぇ。お経っていうのはみんな釈迦入寂後数百年を経て文章化されてんだよねぇ。
ってことはみんなヒンズーの影響下にあるんじゃないの?
釈迦の真の教えなんてあるのかい?「出定後語」の作者は「仏経数万巻あれどせも
釈迦の真説は数条のみ」って看破してるよ。江戸時代の人なのに現代よりも
理知的な人がいるのね。
70名無しさん:2000/06/09(金) 08:27
釈迦の教えは死後すぐには文章化されなかった。
口伝えにインド流謡曲のようにして伝えたそうな。
沢山覚えられないから、多くの人が覚えたらしい。
忘れたり知らなかったりするものは違う人から聞いて覚えてゆく。
こうして世代が変わる内に全然違う内容が折り込まれていったらしい。
アーナンダが晩年若い口承者に行き会い、謡曲を聴いたが
内容が違っているため、指摘すると「お前は老いぼれだから知らないのだ。」
と嘲笑ったという。アーナンダの晩年だからせいぜい数十年というところか、
たかだかそれだけの年数でもこのようなことが起こっているのだから、
数百年の後の文章化にどれだけの真説が残っていたかは推して知るべきだね。
7147:2000/06/09(金) 17:27
私は輪廻転生については、肯定も否定もしてないです
霊的存在は経験により信じることができます。

>52 叫素さん
>空はかように自由なのだ。
>どっちみち人は幻想に呪縛されて生きるのだ

ここでいう「空」とは般若心経による「空」ですか?
幻想に呪縛されてるなら自由じゃないのでは?

ここ、こうゆう人多いね
もしかして1人による自作自演
72名無しさん@1周年:2000/06/09(金) 21:12
輪廻転生があるなら一番最初の人間は誰の生まれ変わりですか?
それに人口がこんなに増加してるのにその人たちは何処から来たの?
73名無しさん@1周年:2000/06/09(金) 22:03
猿のうまれかわりです。
いろんな動物が人間に生まれ変わって人口が増え
絶滅する動物もでるのです。
人が人として生まれ変わるとはかぎらない
麻原などはきっとカルマによって
もう人間以下のなにかに生まれ変わることでしょう。
以上、何の根拠もないいいかげんな意見でした。
74>52:2000/06/10(土) 00:28
>空はかように自由なのだ。
どっちみち人は幻想に呪縛されて生きるのだ。
だったら、自分に都合の良い幻想に呪縛されることを選ぶのが懸命であるとも
言えるだろう。

だから、サリンを撒こうが、熱湯で茹で殺そうが自由だという論理的帰結が
生まれるわけだ。
倫理が発生しない自由な世界。いいねぇ「空」の自由な解釈って。

75名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 05:39
http://doumoto.hkidols.com/image/johnnys/img-box/img20000310054828.jpg
本当に輪廻転生なんてあるんだろうか?
この人もちゃんと転生出来たのだろうか?
7654:2000/06/10(土) 06:51
>71
>私は輪廻転生については、肯定も否定もしてないです
>霊的存在は経験により信じることができます。

経験?信じる?正気(笑)?
そういう経験自体を頭から否定はしないけど、
大事なのは経験とか体験でなく、「理解」なのでは?

ちなみに、49さんが、龍樹が輪廻転生を肯定していた、
と言っているので一言。
確かに「ミリンダ王の問い」とかを読むと、
ナーガールジュナは王の問いに対して、
輪廻転生はある、と答えている。
ただその一方で、霊魂の存在を認めるか?の問いかけに対しては、
「勝義として認めていません」(勝義の意味は辞書で調べてね)。
と、はっきりとその存在を否定しています(71さんの見解と正反対ですね(笑))。
もっとも、これは例のアラヤ識とかの八識を前提とした輪廻転生だろうから、
そもそもこのスレッドで言っているような輪廻ではないな。
実際、八識に関する理論も、よくよく検証すると、
究極的には何も転生していなかったと思うが。

まあ、どちらにしろ、他の人たちが指摘しているように、
そもそもこの手の仏典、経典類は、
歴史的な事実を描いているわけじゃないし、
それが真実かどうかは結局、
それを読む人の「理解」が真実かどうかに依存していると思いますけどね。

>ここ、こうゆう人多いね
>もしかして1人による自作自演

私の言っている空とか虚無の意味を全く理解していないようですね。
誰かさんの言ってる空は、他からもつっこみが入っている通り論外。
本人も言っているように、哲学として知っている、という程度。
一緒にしないでね(笑)。
77名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 08:13
>74
それをいっちゃあおしまいだよ。
7874:2000/06/10(土) 09:35
>76
唯識論ってのは仏教じゃな〜いなんて論もあるんでしょ。

>77
>それをいっちゃあおしまいだよ。
だってさ、それが仏教の本質じゃぁないの?


79神ちゃん:2000/06/10(土) 12:07
チベット仏教は「輪廻転生」を認めるけど、同時に「空」も説くよね。
だからどんな理論によるのか知らないけど、両立するんじゃないの?
80傍観者:2000/06/10(土) 13:10
そもそも。
輪廻転生とは魂の生まれ変わり・・が通説だよね?一般論では。
で、すると肉の身は単なる肉。
すると目に見えない「 魂 」(意識エネルギー)はある訳で。
輪廻を信じて、霊の存在を信じない。または霊は信じるけど輪廻は信じない。
どっちも矛盾してるじゃない?

人の生まれてくる数が何故多いのか。
それは魂が生まれ生きているのが地球だけじゃないのだから。
宇宙レベルで考えれば、初めから数(?)は同じ。
動物が人間に生まれ変わる。或いはひどい事をした人間が動物に生まれかわる。
それは生命の尊厳を無視した考えだね。
つまり、だから動物は畜生と呼ばれ殺しても食べてもいじめても当然な訳だ。
そもそも、何の為に生まれてくるか。
人間とか神とか宇宙とか何なのか、明確な答えのない現代に何でも断定してしまう意見のほうが狭い視野な考えですね。
発明とは想像の産物な訳で。
証拠の無い事=存在しないなら人類は何も生み出す事など出来ない。
始まりは何・・つまりそれは時間も空間も唯一絶対と信じて疑わない視点からの疑問な訳だ。
いろいろな事論議するのは大切だと思う。
しかし現実社会に帰って人間関係程度(とは思わないが敢えて)すらうまく出来ていないのに、まずやることがある筈じゃないのかな?
ここのスレが哲学的とは思えないので。
81叫素:2000/06/10(土) 22:35
くそーーー!
セブンイヤーズ・イン・チベットが見れねぇーーー!
テレビ壊れやがったーーー!

>71
>ここでいう「空」とは般若心経による「空」ですか?
>幻想に呪縛されてるなら自由じゃないのでは?

般若心経でも何でも空は空じゃないですか?
幻想の呪縛されるのが自由だと言ったつもりはないですが。
74へのレスとして後述します。

>ここ、こうゆう人多いね
>もしかして1人による自作自演

ここ、こうゆう人多いね。
すぐ自作自演と思っちゃう人。
なんちて。

>74
>だから、サリンを撒こうが、熱湯で茹で殺そうが自由だという論理的帰結が
>生まれるわけだ。
「論理的」にはそうかもしれませんね。
私が言ったのはそういうことではないですが。
>倫理が発生しない自由な世界。いいねぇ「空」の自由な解釈って。
空に倫理があるとお思いで?
空が人にやさしく地球にやさしいと?
それはちと考えが甘いですね。
空自体には何の倫理もやさしさもないでしょう。
人にやさしい思想を導きだすのも、人を殺戮する思想を導き出すのも
解釈者次第では?
勝義蹄においては善も悪もないでしょう。
それがあるのは世俗蹄であり、世俗蹄は勝義蹄においては蒙昧な幻想に過ぎない
わけで、しかし、普通に生きるために必要なものは世俗蹄であり、だから、
倫理という世俗蹄が必要となる、そんな感じでしょう。
たとえ「人を殺しても良い」ということが論理的に正しくても、
それは絶対に正しくない。
そういう世俗蹄が正しいことは明らかでしょう。

>76
>誰かさんの言ってる空は、他からもつっこみが入っている通り論外。
それって俺かい?
>本人も言っているように、哲学として知っている、という程度。
そうは言ってないから俺じゃないのかな・・・
>一緒にしないでね(笑)。
なんとなく、むかつく一言だが。
まあそれはいいとして。
以前の記事をたどって読んでみたら2なのですね。
いくつか投稿されているが、私とは交点がなかったようですね。
「勝義」という言葉、久しぶりに思い出しました。(笑
8274:2000/06/11(日) 00:38
>81
>それはちと考えが甘いですね。
>空自体には何の倫理もやさしさもないでしょう。
>甘いもなにも私ゃそんなこと言うとりませんが。
「空」は「空」「倫理」やなんかと何も関係ないでしょ。
74でいってるのは、具体的には「ミランダ王の問い」にある
例についてなんだけどね。
オウムの連中の「ポア」の根拠はそこでしょ(「もしAさんという人が
いて」だっけ)?

>それは絶対に正しくない。
>そういう世俗蹄が正しいことは明らかでしょう。
「世俗諦」が正しいのはあたりまえ、ただ「勝義」とやらを前にして
「正しさ」とは何を根拠に言うつもり?
私ゃあなた言うところの「輪廻」を喩えにした仏教の「教え」の根底には、
非常に危険なものがあると思ってるんだけどな。

8376:2000/06/11(日) 01:05
>以前の記事をたどって読んでみたら2なのですね。

2ではなく4だったと思います。

>いくつか投稿されているが、私とは交点がなかったようですね。

ないようです(笑)。
84名無しさん@1周年:2000/06/11(日) 04:49
74さんは根本的なところで誤解しているのでは。
倫理と無関係と言うよりは、更に徹底して、あらゆる思想・行為の価値を無化(相対化ではなく)するのが「空」。
息をしたり、物を食べたりと言うという事すら、言ってみれば甚だ余計な行為だと言えます。
そうした思想の持ち主が、何故「ポア」などという、非日常的な発想を実行に移すことがあるのでしょう?
8574:2000/06/11(日) 07:36
>84
輪廻転生という前提があれば、
>何故「ポア」などという、非日常的な発想を実行
できると思いますよ。
悪業を積む前に(自分も地獄に落ちてやるから)殺して
更生のチャンスを与えてやる。ってね。
オウムの場合は更に解脱した仏(と自称した人物)が
「やっておしまい」って命令したんでしょ。

本来の「空」というのは、輪廻なんてあってもなくても別にどうでも
いいんでしょうけど、「あらゆるものは「無」だなんていう立場に固執する」
人に対して、仏教はどういうの?という興味があります。

8674:2000/06/11(日) 07:47
要は世俗のことも倫理的なことも生命の営みのことも、
みんな「無価値だ」という発想をするのが仏教の本来の
あり方なんでしょ?
「だからどうなのか」と更にいうのが、「宗教として」の
仏教のあり方なんだと思うが、何かというと釈迦はこういって
るから、「空」はこうなんだからと、安易に逃げてやせんか?
ということでもあるけどね。
8747:2000/06/11(日) 18:03
>76
般若心経が正しいか、正しくないかは別として
明らかに、理解するには、仏の霊的な存在を信じることが前提となってるように読み
取れますが、それを否定もしないで、「空を正しく理解した」とか言われてもね、

確かに、あなたの言われる「空」の意味は私には理解できてませんが、すくなくても
宗教(八識)レベルのはなしではないってことですし、結局そうゆう宗教的な要素を
認めないで、仏教を理解するのが正しいと言いたいんでしょうか?
そうであれば、どんな解釈であれ、それは「絵に描いた餅」にすぎないとおもっていますが


自作自演じゃなくて、そういう人が複数いるってことは
その結論が(あまり、理解してないので、簡潔に教えてくれればありがたいんですが)
別に宗教的仏教を否定しなくても、だれにでも容易に到達できるものでしかないよう
な気がしますけど。あしからず

88名無しさん@1周年:2000/06/11(日) 22:30
あるなんて信じられない。
よく「前世の業(心の奥底で何を思っていたか。又、それによって
生じる行動)によって今世の運命が決まる」というけれどどうなんだろう。

でも、例えば同じ日本人でも宇多田ヒカルと、前に新聞で見た女性
(貧乏で両親とも重い病気になり、兄弟は交通事故にあい、自分も
病気になって看病が嫌になり両親を刺し殺した。)というのを
くらべるとやはりあるのかな?って思ってしまう今日この頃。

ほんと生まれた時の環境、才能、容姿、友人全てに恵まれてる人と、
逆になんでこんなに次々不幸なことが・・・っていう人。
これは単なる偶然なのか?と考えてしまう。
89名無しさん@1周年:2000/06/11(日) 22:41
>ほんと生まれた時の環境、才能、容姿、友人全てに恵まれてる人と、
>逆になんでこんなに次々不幸なことが・・・っていう人。
>これは単なる偶然なのか?と考えてしまう。

単なる偶然です。
というか、前世の云々とか、簡単に持ち出すのは、
今現時点で努力している人を馬鹿にすることになりゃしないか?
それとも「来世は安泰ですね、うらやましい」とでもいうの?
908:2000/06/12(月) 01:12
>76
般若心経が正しいか、正しくないかは別として
明らかに、理解するには、仏の霊的な存在を信じることが前提となってるように読み
取れますが、それを否定もしないで、「空を正しく理解した」とか言われてもね、

9183:2000/06/12(月) 01:33
#90は操作ミス

>76
般若心経が正しいか、正しくないかは別として
明らかに、理解するには、仏の霊的な存在を信じることが前提となってるように読み
取れますが、それを否定もしないで、「空を正しく理解した」とか言われてもね、

なんのことかさっぱりわからん。
仏の霊的な存在を信じることが前提?
仏の霊的な存在ってなに?
そんな話、したっけ?

>確かに、あなたの言われる「空」の意味は私には理解できてませんが、すくなくても
宗教(八識)レベルのはなしではないってことですし、結局そうゆう宗教的な要素を
認めないで、仏教を理解するのが正しいと言いたいんでしょうか?
>そうであれば、どんな解釈であれ、それは「絵に描いた餅」にすぎないとおもっていますが

ますますもって意味不明。
宗教的要素を認めないで仏教を理解するのが正しい?
でもって 「それは「絵に描いた餅」」??

>その結論が(あまり、理解してないので、簡潔に教えてくれればありがたいんですが)
別に宗教的仏教を否定しなくても、だれにでも容易に到達できるものでしかないよう
>な気がしますけど。あしからず

私もあなたに理解できるように説明してあげたいんだが、
これでは何を説明すればいいのかさえ分からないよ。
たぶん私が想像するに、あなたは敬虔な仏教徒で、
私がそれを否定しているので頭にきている、と
こういうことでしょうか(笑)?
それならまずはじめに、自分がどういう風に仏教を信仰しているのか、
ということくらいは最低説明してもらわないと。
それと、あなたは言葉の使い方の問題も分かっていない。
仏陀自身、いわゆる宗教を否定していたな。
と、こう書けば「宗教」という言葉の意味くらい分かるだろう?
いったいあなたはどんな仏教を信じているんだ?
悪いけど、これを読む限り、
ちょっとまともな議論は出来そうもないな。
92叫素:2000/06/12(月) 01:55
>86
>要は世俗のことも倫理的なことも生命の営みのことも、
>みんな「無価値だ」という発想をするのが仏教の本来の
>あり方なんでしょ?

そういう誤解は多いんですが、それは違います。
「無価値だ」というのは一つの価値観であり、仏教はそのような価値観を説きません。
「価値観」自体が蒙昧な幻想だと説いているのです。
わかります?
93名無しさん@1周年:2000/06/13(火) 03:16
不死鳥(フェニーーーーー)
94名無しさん@1周年:2000/06/13(火) 03:29
わたしはフェニーの血を飲んだので氏にましぇん
95名無しさん@1周年 :2000/06/13(火) 05:30
なんで人口増えるねん
96>89:2000/06/13(火) 08:04
この宇宙人生において偶然はないと観るのが仏教。
生まれつきの環境や性格などの差異は前世からの業(カルマ)
にあることは間違いないよん。
それにおぬしは「前世の云々とか、簡単に持ち出すのは、 今
現時点で努力している人を馬鹿にすることになりゃしないか?」
と申しておるが、馬鹿にするどころか、前世を云々するという
ことは、本来的には「今を精一杯、生きる」生き方を促すもの。
「不幸はすべて前世の業ですから・・・」といってあきらめさ
せて、努力を放棄させるような業論は仏教の考えではなく、外道。
97名無しさん@1周年:2000/06/13(火) 12:05
その前世の業をぶち壊す教えが仏教。
今を精一杯、生きる・・・?
なんで釈迦は王としての役目を放棄してしまったんだ
精一杯いきていないじゃないか
結局、自分の好きなように生きただけだと思うが
おかげで釈迦族滅亡・・・・。
9847:2000/06/13(火) 14:41
>91さん
>ちょっとまともな議論は出来そうもないな。

これについては、私も同意見ですね
私は宗教的背景に関係なく一般的な仏教解釈の範囲で話を進めているつもりでしたが
あなたの場合、↓のような、ご自分の解釈を、あたかも、一般的な既存の解釈である
かのように、説明もなしに いきなり論点の根拠としますからね

>仏陀は瞑想などを通じて自分の内奥に迫り、その中心には、
>少なくとも輪廻派が言うような魂のようなものも、
>その転生もないことを見いだしたんだよ。

>仏陀自身、いわゆる宗教を否定していたな

↑の事項は、どこかの文献を「理解」したものなのでしょうか?
もしくは、あなた自身が、釈迦と同レベルの悟りの境涯に達して
得たものなのでしょうか?

9947:2000/06/13(火) 14:53
つまり、私の言っている宗教というのは、一般的な意味の宗教であって
あなたの、言う「一般的でない釈迦が否定した宗教」であるはずないじ
ゃないですか
「釈迦が宗教を否定した」これがおかしいというと
「ここでいう宗教とはそういう意味じゃない」
って、言うんでしょうけど
10047:2000/06/13(火) 15:10
これだと、また誤解されると困るのでここでいう宗教とは「正法を絶
対的な価値観として信じる事、もしくはそれに向かう方向」とします
10147:2000/06/13(火) 16:16
一般的な仏教解釈から言えば、
涅槃心経にかかれているのは、六波羅蜜を修して、仏の智慧「空」を得ることが出来
できますよってことでしょ
少なくても、あなたが独自の方法で常住の仏を観念しないで、得た「空」というものは
それが正しいどうかは別として、般若心経の解釈とは明らかに矛盾しているので
仏を信じる事が出来ないのなら、般若心経は否定するべきであって
それを持ち出してきて、「般若心経を正しく理解すれば」うんぬんとはいえないでしょ
一般的な仏教解釈が間違っていて、こっちの方法が正しいというのがあなたの理論
なんでしょうけど、だったらそれはそれで、それを、明記すべきではないのかな
10247:2000/06/13(火) 16:20
涅槃心経にかかれているのは=>般若心経のまちがいでし
103無視されちゃったよ:2000/06/13(火) 23:56
95じゃないけど
輪廻転生があったらなんで人口が増えるの?
なんでー!?
納得いくレスがついたら納得するから!ねー!
104名無しさん@1周年 :2000/06/14(水) 00:02
神様が人間の魂を作っているからなんだよ
足りなくなったら補充しているのさ。
これで納得?
105103:2000/06/14(水) 00:05
とりあえずわかりました。
ふ〜ん補充してるのか〜
106104:2000/06/14(水) 00:14
>103
断っておくけど、俺はべつに学者でもなんでもないからね?
輪廻転生があるならこれしか思いつかなかっただけ・・・
一応・・ね
107無心論者:2000/06/14(水) 00:14
>104
紙もほっとけも信じない人には説得力ないよ。
108103:2000/06/14(水) 00:24
ぼくはいいですよ
説得力なんて求めてないし(笑)
ただ宗教やってる人はこの問いにどう返すのかな?
104さんレスありがとね〜
10991:2000/06/14(水) 01:52
>47

私は宗教的背景に関係なく一般的な仏教解釈の範囲で話を進めているつもりでしたが

11091:2000/06/14(水) 02:10
#109は操作ミス

>47 私は宗教的背景に関係なく一般的な仏教解釈の範囲で話を進めているつもりでしたが

一般的な仏教解釈の範囲?あのねえ、そういうのって結局、教団によって
ちがうじゃないのか?キミのその解釈が正しいと思ってるのは
少なくともこのスレッドじゃ少数派みたいだぞ(笑)。

>きごうあなたの場合、↓のような、ご自分の解釈を、あたかも、一般的な既存の解釈である
>かのように、説明もなしに いきなり論点の根拠としますからね

?はて、いつ私が「これが一般的解釈」だなんて言った?
私は私の知っている真実を言ったまでだ。

>もしくは、あなた自身が、釈迦と同レベルの悟りの境涯に達して
>得たものなのでしょうか?

釈迦と同レベルの悟りの境涯?
何度も言うように私は私の理解を言ってるだけだ。
どうもキミは思いこみが激しいようだな。
それに本当に物を知らない。
そもそも釈迦は、自分自身の悟りの境涯もしくは涅槃の境地について、
具体にこれこれこういうものだ、とは一言も言ってないはずだぞ。
なぜか分かるか?
ウィトゲンシュタインじゃないが、
語れ得ないことに関しては、人は沈黙するしかないんだよ。

>つまり、私の言っている宗教というのは、一般的な意味の宗教であって
あなたの、言う「一般的でない釈迦が否定した宗教」であるはずないじ
>ゃないですか

キミはいったいどうやったらそこまで人の話を曲解出来るんだ?
私がいつ、一般的でない釈迦が否定した宗教について語った?
むしろ私は、キミが言っているその「一般的宗教」とやらを否定しているんだがな。
11191:2000/06/14(水) 02:41
>これだと、また誤解されると困るのでここでいう宗教とは「正法を絶
>対的な価値観として信じる事、もしくはそれに向かう方向」とします

ぎゃははっ、腹がよじれる(笑)。ギャグはやめてくれ。
それがキミが言う「一般的宗教」とやらの定義か?
そもそも「正法」ってなんだ?
「絶対的価値を信じる」こと、それ自体が正法に反してるということがなぜ分からない?

>あなたが独自の方法で常住の仏を観念しないで、得た「空」というものは
>それが正しいどうかは別として、

ちょっと待て!
「常住の仏を観念しないで」ってなんだ?
「得た「空」というものは」ってなんだ?
「空」は得るものじゃないと思うぞ。それに私は「空を得た」とは言ってないし…。
まあ、それは言葉の問題だからいいとして、
常住の仏っていうのは聞き捨てならないな。
ということはアレだ、キミはその「常住の仏」とやらを観念しないと「空」を得られない、
と、こう信じてるってことか?
なぜだ?
そんなアホなこと、どこの教団の誰に教わったんだ?
自分で考えたんじゃないんだろう?
少なくとも私はそんな話は初耳だ。
そもそも般若心経のどこにそんなことが書いてあるんだ?
キミ、本当に般若心経読んだことあるのか?

>仏を信じる事が出来ないのなら、般若心経は否定するべきであって

だんだん冗談抜きでキミのことが心配になってきたよ。
キリスト教徒が「神を信じないと地獄に堕ちる」と教わった、とか言うならまだ
話は分かるけど、仮にもキミが、もし本当に仏教徒なら、「仏」を信じることと、
「信心を持つこと」とは、根本的に意味が違う、ということぐらい分かりそうなことなんだが…。

キミが信じてるのがよく分からないんだが、もしかして草か学会?それとも他のカルト?
112傍観者:2000/06/14(水) 22:34
103>取りあえずレス全部読みましょう。私は書いてる。何故人口増えるか。
(もちろん想像出来る範疇の空想の世界だが)
113103:2000/06/15(木) 00:22
なるほど〜人間以外にもなる可能性があるんだな〜・・・
つまりこの論だと地球の生命量(広義で)は一定ということかぁ・・
ありがとう&ごめんなさい!
>112
114名無しさん@1周年:2000/06/15(木) 04:23
なんか47の信じている仏教って幸福の科学っぽい(笑)
11547:2000/06/16(金) 16:12
>「絶対的価値を信じる」こと、それ自体が正法に反してるということがなぜ分からない?

だから、一般の人がそうゆう認識をもっていて、宗教という言葉をつかってるんですか?

それを説明もなく文章中に使うので、ひとりよがりで、まともに議論にならないといってるんだけなんですけどね
なんか、ほんと疲れるね、この人
116しょうこう:2000/06/16(金) 16:35
般若心経』では、六処、つまり眼・耳・鼻・口それから触覚・意識と
いうのは空(くう)であると説いています。
空であるとは何かというと、実態がないと。
実態がないとはどういうことかというと、今までの情報によってそれを判断しているだけであって、
それ以外の何物でもないんだよというのがその意味合いなわけです。
そこからもう一歩進めて、空は空でOKなんだけれど、その空というゼロの状態ではなく、
プラスの状態をいい状態であるとわたしたちはいっているわけです。
つまり、その対象の本当の成長を願う心というか。
しかもそれは見返りを求めない心、その状態をもって、心のけがれなき状態といっているわけです。

Q.色即の即はイコールの空で、「空即是色」の即はイコールとはまた
違うということですか。

A.「色即是空」はOKです。
「空即是色」もOKです、これは。
しかしそれは修行の途中の段階であると。
それは、オウム真理教ではマハー・ムドラー、つまり心の静止の状態を体験するわけですが、
そこをもって「色即是空、空即是色」という言葉としているわけです。
そこからは逆に空に綺麗な色づけをすると。
その色づけとは何かというと、すべての衆生の本当に幸福、発展を願うということを求めるための、
俗にいうところの大乗の種子を植えつけていくわけです。
その成長過程をもって、心のけがれなき、ボーディサットヴァ、到達真智運命魂の状態というふうに説いているわけです。 
117111:2000/06/16(金) 22:05
>だから、一般の人がそうゆう認識をもっていて、宗教という言葉をつかってるんですか?

やれやれ…
だからなんでそこで「一般の人」が出てくるんだ?
何度も何度も言うようだが、だれも一般の人の話なんかしていないだろう?
一般の人が信じてる、だから自分も信じてる、だから正しい、とでも言うつもりか?

それより「常住の仏」の件はどうなったの?
それが一般的宗教の解釈で、みんなそれを信じてるとでもいうのか(笑)?
悪いことは言わないから、般若心経くらい、
ちゃんと仏教学者が現代語訳にしたものを読んでごらん。
自分の仏教知識がいかに間違っているかわかるから。
118名無しさん@1周年:2000/06/17(土) 17:48
輪廻転生など有り得ない
119ちゅうかん:2000/06/17(土) 19:45
途中で誰かが言っていたと思うけど、ナーガールジュナ(中観派)は勝義諦では
実在しないとしている輪廻をなぜ世俗諦では認めているのか、その理由をどなたか
説明してもらえませんか?僕は中間派の考え方でこの部分が理解できません。別に
認めなくても不可知論の立場でいいような気がするが・・・。


 
120117:2000/06/18(日) 01:54
>途中で誰かが言っていたと思うけど、ナーガールジュナ(中観派)は勝義諦では
>実在しないとしている輪廻をなぜ世俗諦では認めているのか、その理由を…

一応私が言い出したことなので…。

これに関しては、そもそもナーガルジュナの場合は、
「輪廻転生」という言葉の定義の仕方自体に特殊なものがあるからです。
そしてその根底には、例の「唯識論」がある。
たとえば彼は、はっきりと霊魂の存在を否定しています。
それなら当然、我々の常識で考えるなら、
じゃあいったい「何が」生まれ変わっているのか?
という疑問が出てくるはずです。
確固とした「個としての魂の実在」を前提にして、
それが姿形を変えながら生まれ変わることが「輪廻転生」の定義なら、
必然的にその核となる霊魂がなければならない。
ところがナーガルジュナはその霊魂の存在をあっさり否定しているんです。
これではいくら考えても輪廻転生など成り立つ訳がない。
なぜ彼は霊魂の存在を否定したのに輪廻転生を肯定したのか?

ここで唯識論が出てくるんですね。
唯識論によれば、誤解を恐れず、話を思いっきり単純化しますと、
あらゆる意識は、結局一つのものに収斂していく、となる。
つまり、この世に「大海」がただ一つしかないように、
個々の人々の意識というのは、
実際には確たる魂を持つような形で存在していない。
人の一生など、その大海の表面に現れては消える「波」みたいなもので、
波が大海から離れて存在出来ないように、個々の魂の人生などというのも、
本当には存在していない。
ただ唯一の「大海…アラヤ識」だけが存在している。
とまあ、大ざっぱに言ってしまえばこういうことを言っているんです。

ですから早い話、彼も、いわゆる我々がここで言っているような輪廻転生は、
彼なりの特殊な言い回しで、はっきりと否定している、とこう解釈して良いでしょう。
121私見ですが。:2000/06/18(日) 16:06
源は一つって事では同じ考えです>120
エドガーケイシー系の本では人間の始まりまでリーディングしている時があります。
遙かなる昔(これは地球上と言う意味ではなく)人間は(これも今いる人類って意味でもなく)一人が多数に細胞分裂の様な事が出来たと書いてありました。
それが出来なくなって、現在のSEXして受精して魂の器を生み出し、その中に魂が入る。
様になったらしい。
進化と言うより後退してる訳だ。
こんな難しい話しをひとくくりにしたり、ひとまとめにしたり、結論付けする事に無理があると思うのだけど。
122名無しさん@1周年:2000/06/18(日) 20:27
輪廻転生があるかどうかはべつにして、
ダライラマが世界中で聖者として迎えられているという事実は、あります。
これは、転生否定のかたがたは
どうおかんがえですか?

123ちゅうかん:2000/06/18(日) 21:25
>120さん
僕はてっきり中観派の人達は、唯識論と対立していると思い込んでいました。
確かに2つの考え方をまとめると、一応話の筋は通りますね。
僕は何で対立してると思い込んじゃったんだろう?(笑)

>122さん
ダライラマは確かに輪廻転生の思想を持っており、その重要性を説きます。
しかし、彼が世界に認められたのは非暴力の思想と実践によるものなので
輪廻思想云々は関係無いように思われます。
ちなみに僕の知っている限りでは、ダライラマは前世の記憶を語ったことは
無いようです。(著書2冊読んだだけ!)

僕に関してはもともと輪廻のような非科学的な思想は大嫌いだったのですが、
ダライラマの本を読んだことにより(2冊!)最近は来世も視野に入れた気の
長い人生観も良いなとか思い始めてます。

あれ?転生否定してない!

124>117:2000/06/18(日) 23:18
そのあらゆる意識がしゅうれんしてゆく一つの「大海」が、
アートマン即ブラフマンのことで、これはインドで輪廻の主体
と考えられているわけですから、結局仏教は霊魂と輪廻を肯定
しているわけですよ。
125叫素:2000/06/19(月) 01:36
>119
>別に認めなくても不可知論の立場でいいような気がするが・・・。

不可知論を突き詰めると、精神病的様相を呈してくるような気がします。
世俗蹄ということで勝義蹄に反することが言われるのはそういうことでは
ないでしょうか。
「私」の存在を日々の生活で否定する必要はないように、輪廻転生という
素朴な感覚をあえて否定する必要はないというような、現実的な思考が
輪廻転生を肯定する世俗蹄にはあるような気がします。
あくまで、私見ですが。
12647:2000/06/20(火) 17:14
何故一般的な解釈にこだわるかというと
あなたは「釈迦は宗教(性)を否定した」と言っていたので
そうすると、これは、あなたの言っていることと矛盾しますよね

般若心経が「常住の如来」を信ずる事を前提としているというのは
出だしの主文に、「五蘊はみな空なりと照見され」とありますが
これは「観世音菩薩が般若波羅密を深く行じたとき」と限定されます
多分まえに、あなたが「やり方」が書いてないから危険だみたいなこ
と言っていたような気がするけど。つまり、これがその「やり方」な
んですよ
つまりそのような「やり方」で認識した仏の認識(智慧)以外はみな
空だといっているわけです。そして、最後に、密教でゆう呪(しゅ)
が重要でそれによって一切の苦が取り除かれるのだと説いて、
呪をあげています。これも、「方法」の説明ともいえますね、
つまり密教でいえば、波羅密を修するときは「常住の如来」を観念し
ながらってことになりますから
127120:2000/06/21(水) 00:54
>47
また出てきたの?しかも何にもわかってないじゃない…。

>あなたは「釈迦は宗教(性)を否定した」と言っていたので

言ってません!!
「宗教」と「宗教性」は厳密に分けられるべき言葉ですよ。
そういうこと言ってるから、人の話聞いてない、
議論にならないって言ってるんでしょう?
自分勝手に作るなよ。

>多分まえに、あなたが「やり方」が書いてないから危険だみたいなこ
と言っていたような気がするけど。つまり、これがその「やり方」な
>んですよ

だから言ってないって。
「やり方」なんて無いんだよ。
空を認識する「方法」なんてない。

あのね、キミが読解力なくて、せっかく般若心経を読んでも
その意味が分からない
電波君だってことはこれでよ〜くわかったけど、
人の言ってることを全く別のことと取り違えて言うのはやめてくれ。
迷惑だよ。
128127:2000/06/21(水) 03:00
ついでだから

>121さん
>源は一つって事では同じ考えです>120
>エドガーケイシー系の本では人間の始まりまでリーディングしている時があります。

えー、すみません。私は大ざっぱに唯識論の説明をしただけで、
私自身の捉え方はこれとはまた微妙に違っていたりします。
また、エドガーケイシーに関しては、やはり例のリーディングは
かなりトンデモだ、と認識しています。
リーディング自体は、昔、それなりに周りで流行っていたので
小学生の頃から内容は知ってはいますが、
何年か前、彼のお孫さんか誰かが来日したことがあり、
そのときそのお孫さんが、
彼のリーディングの、特に予言などに関する部分は
言われているほど当たっていないということを率直に認める発言をした、
と聞いたことがあります。
どちらにしろ、私的にはあまり興味のないことですが。

>124
そのあらゆる意識がしゅうれんしてゆく一つの「大海」が、
アートマン即ブラフマンのことで、これはインドで輪廻の主体
と考えられているわけですから、結局仏教は霊魂と輪廻を肯定
>しているわけですよ。

すみませんがこれも全く違うと思います。
アートマン=ブラフマンのような素朴で荒っぽい説明の仕方では
真実をうまく描写出来ないうえ、誤解の生じるのが避けられないので
仏陀はこのような説明をしなかったのでしょう。
唯識論も同じで、現象世界を描写するには非常に荒っぽいところがあり、
たとえば、私は話の成り行き上「あらゆる意識は…」と書きましたが、
実際には唯識論では、意識だけでなく、物質も含めてあらゆる事象がアラヤ識だ、
といってるわけで、それがあなたが考えるような物質対精神みたいな意味での
(そういう文脈ですよね?)霊魂に置き換わるようなものではないのは明らかだと思います。
だからこそ、後に空観が発達したんだと思いますよ。

私自身は、じゃあ、この先に何があるのか?というのは
いくらでも議論は出来るのですが、誰かさんのご指摘通り、
ここまで話が進むと、さすがにあまり建設的ではないというかなんというか…
電波君も訪れるようになっちゃったし、そろそろ筆を置きます(笑)。

でも最後に、そこまで承知していて
(肯定派の人が言い出しそうなことを言っておいて)
それでも輪廻転生を否定するその本当の理由を書いておきます。
129127:2000/06/21(水) 03:02
ある南インドの神秘家の臨終間際のお話です。
彼はヒンドゥーの伝統から出てきた人ですが
特に何かの宗派を起こしたというのではなく、
ただ、何年も独りで瞑想をして、
真我を見いだした人として知られていました。
彼が病床でまさに死んでいこうというとき、
ある弟子の一人が彼の枕元でこう質問したそうです。
「あなた(の魂)は死んだあとどこに行くのでしょうか?」
たぶんそのお弟子さんは、自分の師は宗教的な真理を究めた人だから
天国に行くのかもしれない、とか、
輪廻の輪から外れるはずの人だから、もしそうだとしたら
涅槃の境地はどのようなものなのだろう、とか
そのようなことを想定して質問したのでしょう。
ところがこれに対する師の答えは弟子の期待を完全に裏切るものでした。

「いったい、どこに行けるというのかね?」

…どうです?
そのお弟子さんがこの答えの本当の意味を、どこまで正確に理解したのかは不明です。
でも、私は、これほど簡潔に美しく、
輪廻転生を否定した答えを他に知りません。
つまり彼はこう言っているんです。

「ここ」以外の他に、いったいどんな行くべき場所があるのか?
「いま」以外の他に、いったいどんな生きるべき時間があるのか?と。

輪廻について考えると、ついつい私たちは
過去、現在、未来という文脈でものを考えてしまいます。
しかし実際に存在しているのは「現在」のみです。
過去も未来も人のこころの中にしか存在しません。
過去は姿を変えて「いま」の中に存在しているし、
未来も形を変えた「現在」以外の何ものでもありません。
現代物理学でも、時間と空間が別々に存在している訳ではなく、
普段の生活の中でとらえられているような「時間の流れ」
が、結局は幻想にすぎないということを言っていたと思います。
また、仏陀もこのような現象世界をさして
「諸行無常」といっていたわけで、
よく考えて見れば魂どころか、この肉体でさえ
「個」として世界から孤立して存在している訳でもありません。

人によって感じた方は違うと思いますが、
私はこのような転生を否定するリアリズムの中にこそ、
ある種の本当の宗教性とその美しさを感じるのですよ。
                  
                     ―OK?
130名無しさん@1周年:2000/06/23(金) 18:07
>128、129

これもまさにアートマン=ブラフマンの考え方そのものだと思いますが。
アートマン=ブラフマンというのは、結局自己が世界で、世界が自己だと
いうことなので「意識だけでなく、物質も含めてあらゆる事象がアラヤ識だ」
ということと中身は同じだと思います。

たとえば、ぐるっと巻いた紙の中心に、一つの火があって光を放ち、その紙の
表面にいろいろな影絵をクルクルと映し出している。映し出された影絵は、
一見バラバラに見える世界の現象であり、個々の個人であるが、その実
それらはマーヤー(幻想)であり、本体は一つ、中心の光に他ならない、とも。

例えば、円形の部屋が中心からいくつにも仕切られており、あなたはひとつ
ひとつの部屋を順番に訪ね、ぐるっと一周してこなければならない。それぞれ
の部屋は「王の間」であったり「商人の間」であったり「奴隷の間」であったり
して、部屋にいる限りはその間の役割を演じなければならない。しかし
時に王、時に奴隷であるも、それは結局たった一つの自己である。

129のインド神秘家の言葉「いったい、どこへ行けるというのかね?」は、
輪廻転生と全然矛盾しない。ブラフマン(世界)は輪廻の総体であり、すべての輪廻転生は、
アートマン(自己)である。だったら、いったい、どこへ行けるというのかね?ということです。
ご理解いただけるでしょうか。
131129:2000/06/26(月) 15:10
>130
>それらはマーヤー(幻想)であり、本体は一つ、中心の光に他ならない、とも。

つまり、マーヤー(幻想)なら存在しない、ということで、
だから、生まれ変わりは存在しない、ということなんです。
目覚めた人というのは、このマーヤーに対して目覚めた、ということで、
だからもう生まれ変わらない、といわれるんです。
つまり最初から幻想としての生まれ変わりしかないんですよ。
輪廻転生を繰り返して、その末に解脱がある、という訳じゃない。
もし輪廻があるなら、そしてその論拠となっているカルマがあるなら、
それなら、カルマには実は悪いカルマだけではなしに
善いカルマもあるのだから、
悪いカルマを積んだ人は来世で地獄のような人生、
善いカルマを積んだ人は来世で天国のような人生、ということになり、
どっちにしろ永遠に輪廻から抜け出ることが出来なくなってしまいます。

ついでに…
128で空観が唯識論の後に発達したように書きましたが
歴史的にはもちろん唯識論のほうが後に発達しています。
私が前提としている空は禅仏教的というか、
けっこういい加減な私独自の空です(笑)。念のため。
132通りすがり:2000/06/26(月) 15:58
「来世(死後の世界)はない」というのが真実だとしても、
「来世はない」ことは絶対に分からない!

「来世(死後の世界)はない」と思う人・考える人・信ずる人はいても、
分かっている人・分かる人は一人もいないよ。

もし「来世(死後の世界)はある」というのが真実だとすれば、
死ねば「来世はある(あった)」ことが分かる。


原因に応じた報いが必ずある。これを信じられない人は不幸。

133名無しさん@1周年:2000/06/26(月) 17:02
3年ほどまえ、宅配のパンで食中毒のような状態になり、そのメーカーに苦情を言ったら5万円程見舞い金をもらった。
脅したわけではないが、その時はもうけたと思った。
その1年後ぐらいに自動車の交差点のバイクとの軽い事故でやはり5万円ほど相手に払った。
このことは、自分にとっていい経験になったと思っている。
お金もぐるぐる輪廻しているんですね。
134電波子:2000/06/27(火) 22:32
輪廻。
つまり、輪廻の環を抜け出し本来の現世を意味を持って生まれる。
輪廻転生は本来は「 カルマの精算 」ではなかった筈。
人類のすべてが負のカルマの精算を終えた時、自由意志で目的を持って生まれる事が出来る。
この世はまたとない勉強の場らしいので。
あの世は意識が開かれている為修行にも勉強にもならないらしい。

そして人は何処に行く?
一なる物から分離して進化する為、気の遠くなる旅に出た。
やがて遠い未来一なる物へと同化する。
元は一つ・・・・。
135名無しさん@1周年:2000/06/27(火) 23:39
1さんの「輪廻転生はあり得ない」といいきるのは乱暴だが、その思想
は的を得ている。カルマの清算としての来世など考えない方が良い。

「輪廻」とは「輪廻転生」だけを指す言葉ではない。例えば、親が子
に暴力を振るうと、その子供が親になった時また子供に暴力を振るう
ようになる。この様な悪循環を指す。
この輪廻を食い止める為には「この悪循環をとめるには今しかない」と
考え、勇気を持って問題に立ち向かうしかない。「次がある」などと
考えては必ず失敗する。

つまり輪廻転生を抜け出すには人生はこれ切りだと考える事が重要で
ある。
輪廻転生を否定する人でもただ一つの人生を確実なものにする為には
この一瞬一瞬を悔いの無いように生き、いつか訪れる死の瞬間に「自分
の人生は幸せだった」と満足して逝く事が自分の人生を永遠に価値の
あるモノにする事ができる。

真言密教の「命の根本」と呼ばれる哲学だ。
136名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 00:43
あのー、輪廻しないのであれば、ダライラマは1世で終わりで、
13世も14世も無いのでは?
先代ダライラマが死去された後、次代ダライラマ探し&選考会
が開かれます(国家事業)。
判断材料となるのは、候補者が先代の所有物を言い当てられる
かにかかっています。
「これは私が使っていた、これは使っていない」と逐一言い当
てられなければ、次期ダライラマとして認知はされてもらえない。
これで現在に至っているのだから、輪廻はやはりあると思うのだが。
137135:2000/06/28(水) 13:24
136さんの主張は事実確認をすれば有力な証拠になります。

西洋の弁証唯物論を凹ましてやりたいのですが、事実確認ができれば
唯物論に大きな穴を開けてやる事ができ、性善説を有利に展開できるんですが
ね。
138名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 22:43
はじめまして
ざーーーーと見させていただきました
私は輪廻を信じます。そして信じない人は寿命をまっとうした後に・・・

世の中に偶然というものは無く全て必然によって動いています
目に見えぬ世界を信じない人に限って偶然だ奇遇だという言葉を使っています
科学の限界をもうすぐ・・・・
科学で証明できないことがまだまだ沢山ある様に
目に見えぬ奇跡の世界も現す事が難しいのです
もし目に見えぬ世界を見る事が出来たなら・・・・
全ての輪廻の因縁を解消することができると思います
そうすれば、本当の平和なる世になるでしょう
今の時点では水掛け論です・・・
あと・・・すこしです
今はお互いの意見を尊重していきたいと思います
139名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 22:45
マジで輪廻なんか信じてる人ってオカルトの逝かれた奴ばっかじゃん
140名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 22:52
輪廻の因縁かあ..
良い逃げ道考えたもんだ
141通りすがり2:2000/06/28(水) 23:05

「輪廻転生はない」ということが、真実であるとしても、
「輪廻転生はない」というのは、どんなことをしても、絶対に証明することは出来ない!
絶対に知ることは出来ない!

しかし、もし「輪廻転生はある」のならば、そのことを証明することが出来るかもしれない。
知ることが出来るかもしれない。

絶対に証明することは出来ないことをあれこれと思考・議論などして、
全く無駄・無意味な時間を過ごすより、
知ることが出来るかもしれないことを思考・議論するほうがいいんじゃないの?


本当は、「輪廻転生はある」のは、明らかなんだけどねぇ・・・・・
目が無い人には、光は分からない。
耳が無い人には、音は分からない。
真実を知る智慧が無い人には、真実が分からない。

そして、「輪廻転生」を超越(解脱)した世界・境界[きょうがい]が存在することが分からない。

「輪廻転生」は迷いの世界のことだから、
「輪廻転生」を超越(解脱)しなければ、真の幸福は有り得ない。


(ついでに)

「この一瞬一瞬を悔いの無いように生きる」にはどうすれば良いのか”正しく”分からなければ、
「この一瞬一瞬を悔いの無いように生きる」ことは出来ない。
今、良いと思うことも後で良くないことになってしまってはダメだ。

本当の幸福にならなければ、「いつか訪れる死の瞬間」には、後悔しかない。

本当の幸福にならなければ、
『いつか訪れる死の瞬間に「自分の人生は幸せだった」と満足して逝く事』は有り得ない!

142135:2000/06/28(水) 23:19
私は輪廻転生はあると考えている。その上で、仏教の思想に興味の無い人まで輪廻
転生を信じるのはまずいと考えている。

「不死販売株式会社」というSF小説では来世の存在が科学的に証明され、それ故
毎日何万と言う人が転生を願って自殺したという話しだ。これはオーバーだが、
その傾向はある。

本当に輪廻転生の恐ろしさを思い知らされればそれは逆に命の大切さ、魂の尊さ
に繋がるわけだが、全ての人に仏教を押し付けるわけにはいかない。
143135:2000/06/28(水) 23:29
ひょっとして私は否定派に見えたかも…
144名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 23:46
ふつう自殺すると、そのときの否定的な波動によって悪いところ、たとえば地獄のどこか
転生してしまうというので、自殺が戒められてきたんじゃないかな。

はんたいに、唯物論的に考えて、精一杯生きても、自殺しても、どうせ死んだらはいオシマイ、
と思えば先のことを考えないメチャクチャな生き方になって、刹那的な欲望に身を任せないだろうか?
そうして殺人やレイプもおそれない人間がでてくるというわけだ。
145名無しさん@1周年:2000/06/28(水) 23:51
輪廻転生はあるよ。俺があるといったらあるんだよ。
あんたが無い、といったら、あんたにとっては無いんだよ。
こんな単純なことに、屁理屈こねて噛み付いてんじゃねえ。
来世に逃避?そりゃ輪廻転生の存在とは無関係だろうが。
来世があろうが無かろうが、現世は一度きり。
何度目の人生だろうと、あと何回人生があろうと、今を精一杯生きる。
それ以外になにがあるっちゅーねん。
146はーい。先生!!:2000/06/29(木) 03:07
私も輪廻転生はあるとおもっています。

「そんなものは無い!!」と信じてる人達はそれでいいんだけど、
あったほうがなんか面白そうじゃない。過去の自分の悪いとこも
良いとこも覚えてたら次に生まれた時の教科書代わりになりそうだし。
ま、覚えてないなら覚えてないでその時その時の人生を頑張って
納得できるように生きてけば良いと思うよ。

そんなに固く考えないで、冒険な考え方をした方が面白いと思うよ?
だって、そう言うものをあるって思ったほうがだんぜん面白いもん。
「この世はでっかい宝島」
いっぱい人生あって、いっぱいいろんな生き方出来たらその方が
生を楽しめて良いと思うんだけど。
私はまだまだいっぱいやってみたいことあるけれど、今生きてるだけじゃ
やりきれない事でパンク状態なのさ。だから、もしも次に産まれたら
やりきれなかった事いっぱやるんだーって考えてんの。

おカタイ考え方しないで、≫145さんみたいな考え方で良いと思うよ。
単純で良いんだよ。こういうことはさ。
147名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 14:55
輪廻なんて考えがあるから悪がはびこるんじゃない?
148>147:2000/06/29(木) 14:59
ダライラマは悪の権化か?
149名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 15:20
悪いことしてもまた生まれ変われるから良いんだも−ん♪
人間疲れたから次は猫がいいな♪
隣のKは天理教徒だから来世はかえるだぞ♪
輪廻は悪口にも使えるから超便利!
近藤サトの来世を予想しようよ!
150135:2000/06/29(木) 15:30
日本じゃ輪廻が否定する奴が出て来るようになってから悪が
はびこってる。
151名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 15:39
152名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 15:47
輪廻を本気で信じてる奴の気が知れない
妄想って病気なんだぞ−
153>152:2000/06/29(木) 16:12
死刑判決受けた林被告も輪廻だけが頼りなんだよ
154>152:2000/06/29(木) 16:27
それじゃインドやチベットや東南アジアの人達はみんな病気か!
きみ日本から出たことないでしょ?
155152:2000/06/29(木) 16:30
心の底から信じている人間がいたら教えてくれ
156名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/06/29(木) 16:35
>悪いことしてもまた生まれ変われるから良いんだも−ん♪
生まれ変わってまた罪人として苦しむわけだ。
心は永遠にすくわれず・・・
157名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 17:10
あなたの前世はなんですか?
158名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 17:17
つーかよ 輪廻転生てのはよ
例えば動物が氏んで その死体を虫がくったり
腐った死体がつちになったり それを植物が吸い取ったり
死体をくった虫を動物が食って また動物が氏んでって
そういう循環のことを言ってるんじゃねえのか?
別に魂がどうのじゃなくてさ。
159名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 17:34
それは「食物連鎖」なのでないかい?
160名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 21:35
私の前世は巫女です
161名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 21:55
>154
全く同感。世界の貧しい国々旅してごらんよ。
「有意義にいきるウンヌン…」なんて言ってられない所がいっぱいあるわけ。
人間ってこんなに簡単に死んじゃうんだって感じるよ。俺は感じた。
生まれてきても物心つく前に死んじゃう子達や
想像を絶して不幸な人達目の当たりにしてるとさ、
輪廻転生するから…って考えないとやってられないと思うよ。
「全く意味のないこの人生が1回っきりのもの」なんて考えるのいやじゃない?
輪廻転生ってある段階の社会にあっては生まれるべくして生まれた概念だと思うけど。


162名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 22:52
↑で、アンタは信じてないわけな。
163名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 23:57
輪廻信じなきゃやってけないならどうしてカ−ストとか身分制度あんの?
164158>159:2000/06/30(金) 08:44
すまん。ちょっと説明の仕方が悪かった。
つまり自分のからだが他の生き物の体の一部になるってことが言いたかったんだよ。
例えば自分の死体を他の動物が食えば自分の肉はその動物の体の一部になるわけだろ。
腐って土になって樹に吸い取られれば自分の体は樹の一部になるわけだよな。
だから氏んでも自分の体は他のたくさんの生き物になっていくってこと。
人間が氏んだあと丸ごと別の人間になるなんてことは
ちょっとおかしいんじゃねエかってことだよ。
165名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 09:49
>161
ちょっと違うな。人間の人生の善し悪しは、どのくらい長く生きたか?
とは無関係だよ。6歳で死んで、世界中に衝撃を与えた少女だっている。
もちろん、森首相のようなのー味噌がメルトダウン気味な人間には、
なんの影響もなかっただろうけど。(例の絵本を書いた女の子)
輪廻転生が存在するかどうか?なんて事に執着している時点で
「お前って何のために生きてるの?」と聞きたくなってしまう(ワラ
どっちでもいいんだよ。信じる人にとっては存在するし、信じない
人にとっては存在しない。それだけ。
大切なことは「で、どう生きるのか」でしょ。
166>323:2000/06/30(金) 11:40
>「お前って何のために生きてるの?」
来世を逃げでなくて現実としてとらえることで来世につながる
立派な生き方をすればいいんじゃないかな。
現世でやり残したことは、来世でも宿題だということ
裏をかえせば今ズルして現世で得したと思っていても、きちっと来世で
精算されてしまうということ。
これが生きることへの誠実な責任感につながるんじゃないかな。
167>323じゃねえ165だ:2000/06/30(金) 11:51
「で、どう生きるのか」が問題なんだよね
現世のみだとどうしてもただ「自由」になっちゃうんだよね
歯止めがきかない。核のスイッチだって押せちゃう。その核を押した
世界でもう一度自分が生きなきゃならないとしたら・・・
間違いを犯したヒトはもう何も償う手段がないとしたら・・・
立派な人もいるけどさ。
168通りすがりの学生:2000/06/30(金) 13:14
>164
同感だね。
魂がどうたらこうたらっていうより、物質が循環してるってことだね。
人間も(多分)物質の集合体にすぎないからね。
169あはは。:2000/07/01(土) 02:10
>146です。
>164さん。そうか、そういう考え方もありね。それはそれで私は好きだなあ。
「私は死んで大地になる。」 うん。そういうのも好き。
輪廻も好きなんだけどね。不思議な事は科学で立証されることでも、そうでない
立証できないものも大好き。どんな方法でも自分が回帰してくこと、とか、
そういうのが面白くて好き。ドリーマーでごめんね。
ま、みんなそんなに目くじら立てて考えなくても信じる人は信じて、そうでない人は
それなりに。ただ、あまり宗教的な事を言い出すと白い目で見られる事もあるし
なかには悪い事をし出す人もいる。それは気を付けないと。
170名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 05:32
自分は生まれ方がウォークインだったので、霊として
の自分も当然あるし、死後もそれは肉体と一緒に滅び
たりしないと信じてる。
霊として不滅なら再度の転生も可能だと思います。
ただ死んだらどうなるのか、肉体的外傷を負って死ん
だ場合はどうなるのか等々・・それはやっぱりよくわ
かりません。考えると不可解なものですね。いろいろと。
171名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 11:23
>168、169
賛同ありがトさん

> 私は死んで大地になる
まあ今の日本は火葬からそうも逝かないけどね。
昔死体を解体して鳥に喰わせる
チベットだかの鳥葬の写真見たことがあって
そん時は気色悪かったけど今考えりゃそっちの方が
よほど役に立ってるわけだよな。煙にしちまうよりかは。
172電波子:2000/07/01(土) 22:10
輪廻を信じる人=死んでもう一度このつまらない人生をやり直そう。或いは悪人として死んでもまた来世でやり直せばいいさ。
なーんて思ってる訳もなく。
輪廻を信じない人=この人生は一回きりだから面白おかしく好き勝手に生きよう。核のボタンは押しても自分に関係ないんだからいーんだもんねーと思ってる訳でもなく。
信じる人、信じない人、同じ主張をしている人もいる。
今を真剣に生きるってのはしごく当たり前の事ですな。

私は電波子なので100%輪廻信じてるけど。
173名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 19:55
一度ダライラマのそばによって
彼のオーラをあびてみたい。
その昔イエスキリストに触れただけで
病人が癒されたそうじゃないですか?
それは、凡人にとってはただごとじゃないですよ。
やはり何十回?も輪廻していると考えたほうが、なっとくするんだけど。
凡人にとってはね。
174滑稽蜘蛛:2000/07/02(日) 20:12
輪廻転生..
ヒトって、いつかは例外無く死ぬもんなぁ..
死ぬってどんなんだろ..
でも、”死”って生きてるうちは経験しないもんだし、
なんか怖いよな...やっぱ。
そっか..オレッチも輪廻転生とか信じて、ある意味死に対して
ちょっと安心感でも持とうかしらん。

死んだら無なのにね...恐らく
175名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 20:41
本能(食欲性欲)はDNAにインプットされていると思うんですけど、そうすると
ぶっきょうでいうところの「宿業」
といわれるものも、DNAの中にインプットされているという説がありますが、
それが事実とすれば輪廻ということも
考えられてくると思います。
そして、遺伝子操作によって
「宿業」を宿業でなくすることも可能かと
しろうと考えですが、
意見ちょうだい!
ぼくは、純粋に仏教を信仰したいと思う男です。
176名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 20:41
輪廻があるかないか知らないが、前世のことを覚えてはいないんだから、それを語ることに意味があるとは思えない。
「前世を記憶している子供たち」やら「前世療法」のことなどは言わんでくれ。少なくとも私やあなたは記憶していないのだから。
177名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/03(月) 12:28
↑有ると考えることで心が豊かになればいいんだよ
そこが一番重要なんだよ。
178カトリカン:2000/07/03(月) 12:30
>177
そうよね(^_-)b
179名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 06:14
六道は苦界だってこと分かって輪廻を望んでいるのかね。
仏教の救いは涅槃寂静にあるんじゃねーの?
180名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 07:38
輪廻転生がいやな理由
1,インドの輪廻思想は人間に生まれ変わるとは限らない
2,人間に生まれ変わるとして、今の自分と同じ性格、能力、容姿だったらいやだ。同じ人生を繰り返したくない。生まれ変わるのだったら、別な人間になりたい。しかし別な人間になるんだったら、生まれ変わりとは言わないだろう
177や178は幸せな人だと思う
181177です。:2000/07/04(火) 14:23
>177や178は幸せな人だと思う
これは嫌みでよいのかな(笑)
インド哲学はよくしらんです。すんません。
同じ人生を繰り返さないために、現世で生きてるとしたら?
別な人間になれないからこそ輪廻に意味があるのでは?
ほんとにそう思えたとしたら、その人は幸せだと思う。
殺人なんてしてる暇ないんだよね。自分に責任を持たなくちゃならない
逃げ場はないんだよね。とてもきついんだけど、本気で生きるってそう
いうことであって欲しいと思う。
182177です。:2000/07/04(火) 14:28
続き。
本当の幸せにちかずくために輪廻があるとすれば。
こんなに幸せなことは無いんじゃないかな。

オレ教祖になれる?(笑)
183名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 03:12
>オレ教祖になれる?(笑)

なれない(笑)
184名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 03:35
すくなくともインドの輪廻思想では、何百回、何千回生まれ変わっても、
人間に生まれることすら難しいんだよね。つまりほとんどの生き物はそのカルマのせいで
地獄・餓鬼・動物のいずれかの世界生まれてしまい、人間や神々(天人)にはなれないと。
仏教では、人間に生まれることの難しさを、「浮木の亀」という喩えで説きます。それによると、
何十年と海の底に住んでいた盲目の亀が、たまたま海面に上がってきて、その時プカプカと
浮いていた流木にできた穴に顔を突っ込んでしまうと。人間に生まれる確率は、それぐらい低いと
いうことらしいです。というわけで輪廻はきびしい。
お気楽輪廻を唱えるなら、その証拠がほしいよね。


ましてや解脱なんて、何十億人に一人であることか。
185名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 04:24
一つのロウソクあって、次のロウソクに火を灯し、そのロウソクの火また次のロウソクに火を灯す。

かくの如く連綿と相続して、最初のロウソクの火と最後のロウソクの火を比べるに、同じとも言えず

異なるとも言えず。これすなわち仏法における輪廻再生の義也。生死流転の苦ありといえども、外道の説く霊魂あること無し。
186名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 04:31
輪廻転生なんかあるわけないじゃん。
人の魂は永遠にひとつなんぞよ。
187名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 11:16
仏教はよくしらんが、本質的には177と同じこといってんじゃないの?
人間に生まれ変わらないというだけで。やっぱり魂はその人そのものなんでしょ?
186も同じだと思うんだけど。
これちゃんと考えるとお気楽じゃないんだけどなぁ。
188名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 21:27
>177
 本当の幸せにちかずくために輪廻があるとすれば。
 こんなに幸せなことは無いんじゃないかな
前世を覚えているなら本当の幸せに近づくこともできよう。しかしまるっきり覚えていないのだから、最初からやり直し。
あなたに子供がいるか知らないが、子供に自分の経験を伝えようと親はする。しかし、ほとんど不可能。考えてみれば私も親の言うことなど聞かなかった。
輪廻を繰り返すごとに人間は成長するなどと「前世療法」などに書いてあるが、そんなにうまくいかないことは、人間の歴史を見ればよく分かるだろう。
科学技術などは積み重ねによって進歩するが、人間性や人格といったことはそうはいかないとは思いませんか。
いや人間性も進歩すると言われるなら、幸せとは言いませんが楽観的な人だと思います。
189電波子:2000/07/08(土) 16:10
1.人間は動物には生まれ変わらないそうです。永遠に。
2.魂は永遠>だから輪廻はあるんじゃないの?>186
つまり肉体という衣を変えて同じ魂が修行のため、或いは魂の進化の為、あるいはある目的を持って永遠に生まれ変わる。
私としては、最終地点はすべての魂の一なる物への同一化。
それは宇宙やら神やら。
3.やがて(今も少数であるが存在する)前世を覚えたまま生まれ変わる魂も増えて行くらしい。
忘却は愛ですよ。
忘れない事に耐えられる進化した魂が前世を覚えて生まれて来る。
そして地球に生まれる必要のなくなった魂はもっと進化した魂のいる天体に移動して行く。
何でも地球は「 幼稚園 」程度らしく。
青い地球とはよく言ったもんだ。

190名無しさん@2周年:2000/07/09(日) 00:26
動物は人間に生まれ変わる?
191う〜ん・・・。:2000/07/09(日) 03:52
さあ・・・。それは無いって誰か言ってたな。逆に、人間が動物に
生まれ変わるって言ってた。
192名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 05:12
>189
ここよりは、「進化した場」に私はいましたけど、もの事
がずっと楽に感覚的に出来て不自由しない感じです。
ここの方が何事もずっと困難で私なんかは呑み込みが遅い
方ですがなんとかくたびれもしながらやっているという感
じです。
こういう所から出発して次の段階に進んだ魂は素晴らしく
羨ましい限りです。
元々進化した場にいる魂はそこだから上手くやってるけど、
ここではヘタれる可能性もあります。
「幼稚園」なんてとんでもない、誇りに思っていいと思い
ます。
193電波子:2000/07/09(日) 06:48
>192
分かる気がします。(半分ジョークだとしても)
あの世という所は、思えば即形になる。意識が100%開いているため無駄な悪循環はない。
しかしだから何の進化(魂)もなしえない。
平和で友好的な世界にとどまっていてもね。
地球人はそんな意味で無謀な冒険家でしょうね。

私はサタンですら意味あって地獄に堕ちていると思うのです。

190>動物になった幽霊を見たと言う人はいないと思うのですが。
もし、人間が動物に生まれ変わるとしたらそれは何故?
悪い事をしたから?
だったら動物はすべて罪深き人の生まれ変わりになってしまう。
殺しても、虐待しても当たり前になってしまう。
そして人間様が一番偉いと言う結論に・・。

元は一つと思っているので、動物も植物も人間もすべて遠い未来一つに結ばれると考えるのだが。
194名無しさん@1周年:2000/07/24(月) 23:46
世の新興宗教の多くは輪廻転生を説いているようだが、私は輪廻転生など
有り得ないと思っている。
あなたの人生も、そして私の人生もこれ一度きりなのだ。
そして、一度しかないからこそ、その生において有意義に生きるべきだと
私は思う。
考えてもみてほしい。例えばパソコンのハードディスクが火事で完全に溶
けてなくなったとしよう。
中身のデータも当然(バックアップを別途とっていない限り)消失する。
輪廻転生は肉体というハードがなくなっても魂というソフトは残るという
主張だが、そんなことは科学的に見ておかしい。
また、インドなんかでよくある生まれ変わりの話もよくよく調べてみれば
トリックであったりやらせや思い込み、どこかで聞いたことが潜在意識下
に残っていてそれが噴出したといった事例ばかりだ。
輪廻転生を説く宗教は迷妄を教え、来世に逃避させるという意味で罪悪だ
と私は思う。
195名無しさん@1周年:2000/07/24(月) 23:56
肉体は滅びても、人間の魂は永遠に生きつづけます。
しかし生まれ変わることはありません。
これマジです。

196kotarou:2000/07/25(火) 10:47
「私の前世について」
 これからお話する事は、私が、祟りの霊を呼び出して聞いたお話です。
「ねえ,私,藤崎宏太郎の、前世って、何だったんでしょうか。」
「貴方のですか。」
「そう,大物政治家とか,大科学者だったんではと,日頃思っているんですよ。」
「貴方の前世は,犬だったんですよ。」
「え,犬,ただの犬、幕府の犬とかの犬でなく,ただの犬ですか。」
「そう,生前,とても良い事をして、その褒美で、人に生まれ変わったんですよ。」
「な-んだ,無名どころか,日本語もろくに喋れない犬ですか。」
「そう,昭和8年に,アメリカのペンシルバニア州のジョーンズ村の
 ヘンリーと言う名の犬だったんです。
 台風で,大洪水の折,3名の子供が,溺れていたのを,助けて、
 3人目を救助した時に,力尽きて、自ら溺れ死んだのです。」
「ところで,犬の前は,何だったんですか。」
「フォスターです。」
「ポスターでなく,フォスターですか。」
「そう、アメリカのフォークソングライターと言うか、
有名な音楽家ですね。」
「そんな、有名な音楽家が,何で,犬なんかになったんですか。」
「ホモだったからです。」
「そう言えば,ホモの犬って,聞かないものね。ただメスとやりまくるだけだものね。」
「ところで,その前は」
「日本ですね,江戸時代の」
「ほう,今度は,日本ですか。」
「そう,さる藩の殿様です。」
「出た,それでこそ,僕だ。」
「さる大きな藩の大名ですな。」
「そんな大きな藩の殿様の大切な仕事は,なんだと思います。」
「それは,世継ぎを生む事でしょう。」
「そう,では,自らの子種の無い殿様の一生は、どんなに悲惨か想像出来ますか。」
「とにかく女という,女に,手を出して、やりまくりました。
 そして,終いには,人妻までも,出来れば,種違いででも,子供が出来ればいいと。」
「そこまで聞けば,彼が,女を見るのもイヤ、ホモになったのも理解できます。」
さらに、数週間後、第四の前世について聞く。
「貴方は、秀吉の朝鮮の役における、朝鮮の側の英雄だったのですよ。」
「えっ、朝鮮人だったのですか。」
「そう、しかも、軍略に秀で、武人だつたのです。」
「その結果、名だたる武将も含めて、多くの日本人を、殺しょうした訳です。」
「処で、戦争で、人を殺しても、殺生の罪になるのですか。」
「当然」
「祖国防衛戦争ででもですか。」
「然り」
「じゃあ、ただ殺されるのを、待っていたら良かった訳?」
「それも、まずいでしょうね。」
「同胞の、守られる側の恨みをかうでしょうから。」
197名無し:2000/08/09(水) 21:26
;

198名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/08/10(木) 10:51
>輪廻転生は肉体というハードがなくなっても魂というソフトは残るという
>主張だが、そんなことは科学的に見ておかしい。

ってどうなんだろう。どこら辺が科学的なんだ。この人の言ってること。
何か科学的を履き違えてる気がするんだけど。
では科学的に問いたいのですが、自意識とは何なのでしょうか?
199怒れる者:2000/08/10(木) 12:54
人間とはファームウェアであるというのが、井上円了や最近のコンピュータ学者の説です。
つまり、ハードである脳やDNAに焼き込まれた配線図こそが、意識や魂の正体であるという説。

井上円了の面白いのは、ハードを正確に再生できれば、それは復活と同義であると考えた事で、
これはユダヤ教の復活観と同じであります。

私はキリスト教徒なので、どこかに記憶のバックアップがしてあって、終末の後には、新型の肉体に
インストールしてくれるんではないかと信じております。いわゆる輪廻は信じていません。
200名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/08/10(木) 14:44
>199
あのーぜんぜん科学的じゃないと思うんですけど。
>ハードである脳やDNAに焼き込まれた配線図こそが、意識や魂の正体であるという説。
DNAがなぜプログラム的な要素から成り立っているのか?
っていうのはすごく宗教的だと思う。結局そこに答えはないでしょ?

201kotarou:2000/08/10(木) 16:11
198 名前: 名無しさん@そうだ選挙にいこう 様
「自意識とは何なのでしょうか?」
動物例えば、お魚にも有ると思いますか?
202怒れる者
>199
何をおっしゃりたいのか、意味が良く分かりません。
DNAは誰かがプログラミングしたという事を述べたいのでしょうか?
そう仮定してレスを書くならば、私はキリスト教徒だと申し上げたはずです。
私は進化論を否定しませんが、いわば生物のBIOSにあたる部分は、神がプログラミング
したにちがいないと信じています。