仏教議論スレッド101

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1神も仏も名無しさん
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仏教議論スレッド100
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2神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:04:13.80 ID:4RVcsLEn
次の議論を頑張って下さい。
脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
3神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:04:37.70 ID:i0HRB10m
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1400526297/997
NG設定してんのか?w
結局自分が視野狭窄なだけじゃん。 >>http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1400526297/972


>ならばお釈迦さんが間違っている
へー (-_-)

お釈迦さん個人を追いかけてるんじゃなかったんですか?


つーかな、(これはマジでの呆れ感だが)
あれだけ、後代の伝承でなく、お釈迦さん個人の、当時の教えを・・
と言っている人間が、幾つかの著名な逸話を知らず
(その真偽や意味合い、影が視野に入らず→現存資料と当時のお釈迦さんの考えとの比較さえなく)
伝承否定して、当時説かれた本当の教え追及とか・・w
笑わせんな。  (だから、君は中村信者のようだから、彼の仏伝くらいは読んでるかと思ったが・・)

マジで無知だったとはな・・・  



衆等羅拝 m(_ _)m  >>1
4神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:05:37.83 ID:CblarYNQ
いかなる言い訳をつけようが自殺には断固反対する。
自殺する人間はいかなる理由があろうと阿呆と断定する。
自殺を多少なりとも肯定する人間は阿呆。
阿呆呼ばわりするのはいかがなものか?って阿呆に阿呆と言うのになんのためらいがある?
5神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:10:50.76 ID:i0HRB10m
>>4
会葬の際、自殺者の遺族に「貴方の娘さんはアホでしたね」
とでも言うか?
言わずに、顔で悔やみ葉で悔やみ、心の中で「ああ、貴方の娘さんはアホだっただけなんですけどね・・・」かw


つか、
やっぱ、君は世間知らず苦労知らずだと思うよ。
あまりにも考え方も視線も上っ面過ぎる。
6神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:14:13.56 ID:4RVcsLEn
 
自殺を止めたけりゃここの連中を説得して下さい。
http://bbs.2ch2.net/suiside/
7神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:18:32.02 ID:CblarYNQ
持病の告白の他にもうひとつ言えば、上原美優はそれほど
好きなタレントでもなかったが自殺したのを聞いて種子島に
藤崎睦美の墓に花を添えに行った。

自殺するべからず、だが死んだのは残念である〜と。
私から見ればセブンの方が遥かに世間知らずで考え方も視線も上っ面過ぎるwww
8神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:20:31.41 ID:i0HRB10m
>>6
彼は止めようとしてるわけじゃないっしょw

ただ、想いを吐露してるだけなんだから。
「自殺という罪(行為)」と「自殺をする(選択する)人(性格、価値観)」を「責めて(…憎んで?)」いる形か・・。

世間には、罪を憎んで人を憎まずという言葉があるな、そういえば・・・。

さて、人を憎まずに済ますための理由はなんだろうかね・・。


>>7
父の姉の娘が(十数年前だが)自殺してるんでね。
他人事じゃないんよw
9神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:24:32.73 ID:4RVcsLEn
>>8

人から憎まれなければ、私も人を憎まない。
それだけさ。
10神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:29:39.67 ID:olz5TdDm
自殺が倫理的に良くない・推奨等以ての外だと言う事は当たり前の話
しかし、これを推し進めて自殺者を蔑むアホに、自殺を選んでしまう者に対する
抜苦与楽の術など微塵も無い

言うほど簡単ではない者は実在してる現実
本当に彼らのことを思えるなら馬鹿になど決して出来ない筈である
11神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 03:35:19.98 ID:CblarYNQ
釈迦、ゴータマが自殺を推奨した、推奨とまではいかずとも認めた〜なんてのは信じません。
2500年前の文献でしか認められない人間で、彼はこうであったと断定は出来ない。
自殺を認める人間であったかもしれないが、そうでなかったかもしれない。
固定概念で仏陀を捉える愚かさを自覚した方が良いw
12神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 03:48:37.54 ID:aPWr9CM1
お釈迦様はどのような死に方をしようと関係無いって
おっしゃってなかったけ?

自殺を否定しているのがキリスト教だったような・・。
13神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 03:57:34.13 ID:CblarYNQ
>>12
だから、そういうのを私は信じないのですよ。
文化仏教は糞、伝統、伝承の仏教も糞〜
人間ゴータマを想像するとき、ひとつの文献からこうである、と確定するのは阿呆。
全体からこのような人間であったであろうと想像するのが正しい。
14神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:00:55.41 ID:2b4unMMC
前スレッドより
>836
>はいはい。開祖の盲信ご苦労さん。

>現実をいくら突きつけても認められないのが妄想患者。人間社会に巨大
>な害悪をもたらす。中東の惨状を見よ。だから治療の対象にするのだ。


このお方、隠居さんと呼ばれている。

隠居さん、どうして最後に中東の話しを混ぜ込んだ。
君はね、工作員だ。
いや、犯罪者だ。

>841
>中東のイカレタ人たちと貴方の間にこそ何の違いもありませんよwww

とてもよい反論をしているが、イカレタはどうかな。

もっとしっかり、支配構造の国際情勢や、歴史を徹底して学び、
鳥瞰していなければ、隠居氏の策略に一部でも乗ってしまう。

一部でも乗らすこと、工作員にとってはそれでも大成功だ。

よいセンスを持っているのだから、いっそう励み、
いっそうしっかりして下さればありがたい。
15神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:09:20.75 ID:aPWr9CM1
>>13

口頭で説かれたものを、お弟子さんが書き残したのですよね。
それが今まで伝わっていて、それについて話をしているだけです。
想像と言われても書き残されている訳でして。
16神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:22:54.43 ID:CblarYNQ
>>15
仏典はお釈迦様の生の声の写しではない。
口伝で100〜200年伝えられて、その後ぼちぼち書き写された〜
つまり、お釈迦様の直の写しは無い、スッタニパーダやダンマパダが
それに近いと言われているだけ。
17神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:29:30.41 ID:x4q3LRbr
 
仏教議論スレッド100
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1400526297/947

947 ID:CblarYNQ
そのとおり 私は紐ですよ

で、病気で苦に陥ってそれで自殺するのを肯定する姿勢に反対の意思を表明する
私の持論は「自殺」は何の理由をつけようが阿呆という事
思い上がりでも結構

自殺に理由をつけて正当化する方が余程の思い上がりだ
18神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:30:12.20 ID:2b4unMMC
>>15

その書き残されている箇所は、自殺を勧めている訳かな。

>>12
>お釈迦様はどのような死に方をしようと関係無いって

それなら自殺について、直接言及しているわけではないね。
そして、関係が無いとは、何にとって関係がないのだ。
19神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:33:32.25 ID:aPWr9CM1
前スレ807さん、レスありがとうございます。

一元論というのは「一つの実体から現実が成り立っている」 

二元論は「背反する二つの原理や基本的要素から構成される、
      または二つからなる区分に分けられるとする概念のこと。」

wikiですからですが(汗

一元論は
信じる信じないでなく法則だと思います。
なので宗教の名を借りて法則を説いてるのではないかと。
ただ、そこに行き着かせてもらったのは仏教に触れる機会が
あったからで、それがなければ自分が煩悩の塊だということにも
気がつかなかったでしょう。
20神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:42:48.32 ID:aPWr9CM1
>>18
たまたま自殺について話題になっていて
自分はそのように聞いた覚えがあったと言っただけですよ。
21神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:48:12.10 ID:x4q3LRbr
 
>>17 に対して

紐(ひも)さんの場合は

どうして自殺に反対なのか? その理由は?
  _  _  _

例えば仮に、私の場合は

五蘊の仮和合の仮の状態なので
因と縁の縁起の働きに依存して

この現世においては「自殺を遂げる」

という死の形態が現れ(滅す)る場合もあるかもしれない
22神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 04:56:37.06 ID:x4q3LRbr
 
>>21 の補足

因(自分)と縁(まわりの環境とか)の縁起の働きに依存して …
23神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:14:24.91 ID:aPWr9CM1
>>21
横入り失礼します。

父が末期癌で延命治療をしてくれるなと、
その通りにして終えました。
それも自殺というなら自分もそうなれば望むでしょう。

苦しみから逃れたいのに逃れられないのは地獄ですよ。
これを自殺と言うなら・・
ほんとに複雑で自殺の定義も決められない。
死にたいのに(苦しみから逃れたいだけ)
死ねない苦しみって人間だけの悩みですね。
24神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:23:07.76 ID:2b4unMMC
>>19
調べて下さったのですね、ありがとうございます。

でね、私が言っている信じるは、
人間の、自覚できないかもしれないけれど
命と常にともにある法則です。
君が産道を通って生まれようとしたのも、おっぱいにしがみつくのも、
笑うのも泣くのも、目覚まし時計をAM6時に合わすのも、
バスが来るのを待つのも、
何から何まで気がつかなくとも、信じるが人の生命活動と直結しているでしょ。

その信じるのベクトルはどこからきたのか。

君を洗い、抱きしめしてくれた肉体の親がいるね。
でも、肉体の親はとてもありがたいのだけれど、互いに心許ないね。

人間の信じる性質の源泉の親元もある。
心を洗い、抱きしめ、乳をやる、表現は難しいのだけれど
崇高な親が、仏性、神性ですね。

信じると言う言葉に偏見があり、ベールがかかっていて、
信じるが人間の生命活動そのものであるということに
素直に気付けないかもしれません。
偶像崇拝とはまったく別の人間の基本的な精神活動なのですが・・

君は仏教に出会い、喜びに満ちているならなによりです。
25神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:34:56.08 ID:2b4unMMC
>>20
そうですか、いえね、お釈迦さまもイエスさまの言葉も、
伝えで残っているのですが、
何が言いたかったのかを全体で捉えずに、読解出来ず、
何の目的だか知りませんが、
自分の問題をすり替え、被せてよくいいがかりをつける方がいらっしゃいますよね。
君はそうでないのですが、少し誤解を与えるようではいけないかと思ったのです。
失礼しました。
26神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:49:03.55 ID:x4q3LRbr
 
> 死にたいのに(苦しみから逃れたいだけ)
> 死ねない苦しみって人間だけの悩みですね

私の場合は
強迫性障害・強迫神経症
(同じ行為を繰り返してしまう強迫行為と、同じ思考を繰り返してしまう強迫観念)
の傾向を持っていて、更に

http://blogs.yahoo.co.jp/houzankai2006/25067132.html
(大名の配置について
  どの大名と大名が相性が悪いか運命学で調べ上げ
  相性悪い大名同士隣り合うように配置して
  徳川家に先天的に敵対する運命にある大名は
  運気が衰える時期を見計らって、事を構えて取り潰した)

天台宗の天海の運命学とか(詳しい内容は、わからないけど)も肯定なので

死にたくないのに死が訪れる
死にたいのに死ぬことができない

自分自身の心の働きと
まわりの環境の働きとかに依存して

現れ(滅す)る場合もあるかもしれない
27神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:50:34.03 ID:hWYriD4W
>>1
28神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:51:57.20 ID:aPWr9CM1
>>24
そうですね。
自分は浄土真宗なのですがそこから聞いた話では
親様=仏 だと、よく言われます。
それと
仏教が物理や化学と直結していていることは間違いないでしょう。
だからと言って煩悩は消えません。
自分の声を他人に聞かせられませんから!(汗
29神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 05:56:55.32 ID:aPWr9CM1
>>25
聖書も同じくお弟子さんが残されたんじゃ?
記録した瞬間にそれは古いものになりますもんね。
30:2014/05/26(月) 06:32:45.80 ID:W+jGzYAh
自殺ではないですが、自殺と少し似たことがあります。
釈尊もイエスも「ある時期に、ある行為をすると、命を失う」ことをよくご存じでしたが、
それでもそれを敢えて回避しなかったとテキストベースでは読み取れます。

釈尊は80才で世を去ることを妙瞳という人に伝えており、チュンダの毒キノコを知っておられたようです。

イエスはユダによって十字架にかかることをよくご存じでした。
捕えられる数時間前にゲッセマネにて「父よ、この盃(十字架刑)を取り除いて下さい。」と懇願されました。(マルコ14:36)
31:2014/05/26(月) 06:38:32.95 ID:W+jGzYAh
自殺ではないですが、自殺と少し似たことがあります。
釈尊もイエスも「ある時期に、ある行為をすると、命を失う」ことをよくご存じでしたが、
それでもそれを敢えて回避しなかったとテキストベースでは読み取れます。

釈尊は80才で世を去ることを妙瞳という人に伝えており、チュンダの毒キノコを知っておられたようです。

イエスはユダによって十字架にかかることをよくご存じでした。
捕えられる数時間前にゲッセマネにて「父よ、この盃(十字架刑)を取り除いて下さい。」と懇願されました。(マルコ14:36)

>>29
>聖書も同じくお弟子さんが残されたんじゃ?

そうですね。マルコの福音書では、イエスが捕えられた時に着ていた亜麻布を捨てて裸で逃げ去った一人の若者が、恥ずかしく記載されております。
多分、筆記者のマルコ自身でしょう。
またヨハネの福音書では、「イエスに愛された弟子」と記載されております。
多分、ナルシストの筆記者でしょう。
32:2014/05/26(月) 06:46:32.55 ID:W+jGzYAh
>>30
>釈尊は80才で世を去ることを妙瞳という人に伝えており、チュンダの毒キノコを知っておられたようです。

釈尊「チュンダよ、残ったきのこ料理はそれを穴に埋めなさい。」
(参考:長部経典十六経「大般涅槃経」)

毒だと分かっていて敢えて食したということです。
33神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 06:55:16.95 ID:p4EEZbh/
死を忌避しないのはアラカン果のレベルだからね
お釈迦様と引き比べられるというのは誰にとってもフェアじゃないような気がするね
自殺を肯定するのも否定するのも各々が納得するべき経験が過去にあって
そういう考えが出てしまったのだから仕方ないんじゃないかと思うが
34神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 07:21:08.01 ID:+jcYIvCb
ポンコツ在家○の空想上の釈迦話はやめてくれw
35神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 07:26:19.62 ID:3GB81ER6
>>14
俺も凄く問題認識能力の高いいいセンスした人だと思ってる。
もったいないのは自身の能力に溺れているような所がある。
これはみんなにも言いたいのだが、
毎日なんらかの気づきを一つ以上得るクセをつけて欲しい。
それだけでも成長だし、自身の固定観念化も防げる。
気付きを掲示板に書き込むだけでも体得として刷り込まれる。
所謂、日記帳として使用してしまえばいいと思う。
36神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 07:49:18.94 ID:3GB81ER6
本当は昨日、瞑想について話を持っていきたかったが差別と自殺の話に
牽引されてしまったw人間性の向上は欠かすことができない。
この部分に関してはどんどん感情をぶつけていいと思う。
瞑想に対してはやっぱり必要かなぁと思う。
静かな場所があれば充分だし、行為も自分のハートに聞くだけ。
クセずけをしていけば、やがて無意識層に届くと思う。
自分のハートに聞く瞑想に決まった型などあるはずもなく、
全くの我流でいいと思う。
37「自」殺:2014/05/26(月) 07:56:48.64 ID:nRyESr/S
およそ存在(生死)は自分の意志ではない。
人は生前も死後も妄想以外に知らないのだ。
ならば、今の存在は自分の意志ではない。
存在は『曰く、不可解』(藤村 操)
藤村は華厳の滝に飛び込んだ。

しかし、この問いには<自己とは何か>という問いが抜けている。
絶対的なnow(即今),here(即処),own(即自)の問いがない。

「即」には存在自体がありえない。今・処・自は不立である。
時空際断の如く、である。

ならば、存在には意味・価値・実体はありえない。
苦しみは今・処・自に意味・価値・実体を与えていた自縛自縄の構造によるのである。

ならば絶対的なnow(即今),here(即処),own(即自)=あるがままを受けいれるしかない。

なんらの問題もなかったのである。

これが安心である。
38神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 08:10:18.09 ID:x4q3LRbr
 
明治36年(1903年)5月22日
一高生の藤村操がこの滝の近くにある樫の木を削り
「巖頭之感(がんとうのかん)」と題する遺書を残して投身自殺した

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1215120932
岩の上で思う

天地は何者にもとらわれず、何んと余裕があることか
今は昔の時代とは、何んと遠くはるかに離れていることか

五尺(1メートル50センチほど)の小さな体でその大きさを測ろうとする
ホレーショの哲学はなんら専門的でも権威のあるものでもない
宇宙の真相はただ一言で言うことが出来る、「不可解である」と
私はこの恨みを胸に持って思い煩い、ついに死ぬ事を決断した
すでにこうして岩の上に立つことになって
私の胸の中には何の不安があるだろうか、なにもないのだ
非常に大きな悲観は、非常に大きい楽観とおなじであることを、始めて知った
39神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 08:25:06.09 ID:3GB81ER6
基本的には、あるがままで問題ないというか、
人というのはあるがままの中で生きている。
しかし、あるがままに宗教を盲信していいことには絶対にならない。
これが、あるがままの否定である。
人は理と真実にかなう限りは、あるがままで問題は何もない。
40神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 08:42:43.21 ID:x4q3LRbr
 
縁起・空・無我の立場をとる思想で
心の流れ(心相続)に付随するものとされた

「(異蘊相続に依存して)前世からの業(ごう)がある」
という想いから離れることが出来なかった人の場合は

> 存在(生死)は(今現在の)自分の意志ではない
> 今の存在は(今現在の)自分の意志ではない
  _  _  _

無明の暗闇に覆われて
人はその者自身を未来の生へと
追いやることになる性質を持った
身体的な行為・言葉による行為・心による行為を行う(カルマを積む)

誤ったあり方を掴んで離すことが難しい・渇愛が、ある故に

> 人は生前も死後も妄想以外に知らないのだ
41神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 09:30:57.95 ID:3GB81ER6
>>38
923 苦痛を感じるときがあっても、修行者は決して悲嘆してはならない。
生存を貪り求めてはならない。
恐ろしいものに出会っても、慄(フル)えてはならない。

迅速のとこは参考になるよ。
42神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 09:35:15.84 ID:3GB81ER6
934 かれは、みずから勝ち、他にうち勝たれることがない。
他人から伝え聞いたのではなくて、みずから証する理法を見た。
それ故に、かの師の教えに従って、怠ることなく、
つねに礼拝して、従い学べ。

ちなみに、かの師とは釈迦でなく、自分のハートということ。
43カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 10:30:47.49 ID:av32cfxc
無我、無我、無我。縁起、縁起、縁起。無、無、無と、それしか知らん君らの末法仏教は、一元論というより
二元論とゼロだろ。君らは自他不二をたまに語るが、不二一元と基点のゼロの関係も悟らず意味もわからないで
伝承で伝えられていることを語っているに過ぎない。ゼロの領域は目覚めるから認識できるんだ熟睡時の
無の領域は目覚めるから認識できるのであって、目覚めなければそれは死である。君らはいくら座っても
明けの明星を見ることは無いだろう。ゼロに一が住まう。君らの大好きな「空」という漢字の成り立ちを教えてあげよう。
詳細は省くが、八の数字は復活を表す。それは創造の第一日でもある。工という字は工具や図工など、造るを
表すときに使われる。つまり、八と工の組み合わせは創造神を表している。ウ冠は住まいを表す。空(空っぽ)という
字にはゼロに創造神が住まうと言う意味がこめられているんだよ。末法仏教は本当に駄目だ。創造の秘密も
語れず、中途半端な安息日しか語れない。復活を知らない君らの教えは滅びの教え。忠実に守っていると
ゲヘナの火に焼かれるだろう。元々仏教自体が、悪人からヴェーダを守るために作られたものだから目的は
果たされているからいいんだろうけどね。仏典に書かれていることは間違っていないが、わかる人には致命的な
邪見を招くように意図的に書かれていることに気付く。さしづめ邪見の王様禅宗はその集大成だな。
44机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 10:34:53.40 ID:p4dD5Ib7
>死にたいのに(苦しみから逃れたいだけ)
> 死ねない苦しみって人間だけの悩みですね。

書き込みの部分だけ切り取ってレスポンスします。

人間が老衰してくると、先ず食べるのが困難になる。
つうか、食べ物を飲み込むことが出来なくなるほど弱ってくる。
こういう場合の対処法としまして
@一応は食べ物を口に入れるけど、後は自力で飲み込めなければ自然に任せる。
A鼻から管を差し込んで、食べ物を胃にいれる。この場合は管を自分で引っこ抜くこともあり現実的ではない。
B胃ろう、がある。これは殆ど無理に生かしてる状態。

家族の者が選択するのは、だいたい@が多いようです。
胃ろう、の場合は、これは家族の本心というのは先ず分かりません。
生かしておけば年金が入る。って考えることも出来ます。

人間が最期を迎えるというのは、結構大変なものです。
45カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 10:36:17.66 ID:av32cfxc
この道に進み、出家までしてタイだがミャンマーだかまで行って修行している禅宗の坊主が
ツイッター三昧で、口を開けば、日本人がー中国人がー朝鮮人がーとやっている。禅宗は禅宗の教えしか
知らない癖にこれぞゴータマさんの仏教だといいたがるので困ったもんだ。あの坊主、ここに来ないか。
ま、あの人じゃ法論を戦わすだけの力量はないだろうけどね。
46カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 10:39:26.87 ID:av32cfxc
民族意識の強い人。ナショナリズムに傾倒し、それを悔い改めない人は違う人だから諦めた方がいいよ。
ま、末法仏教は滅びを目指す宗教だから我々の汚いエゴイズムをそのままにしていいんだろうけど。
47神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 10:44:24.78 ID:7sw9scl8
>>16
伝聞だろうが直伝だろうが、問題なのはその中身である
中身がどっちにしろ実現可能で、言われた通りの効果をもたらす事は既に解っている
それが解らないのは門外で経典だけを読んで解った気になってる連中だけ
読んだだけでは実は何も解らないのが仏教
48神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 10:47:01.14 ID:7sw9scl8
>>45
日蓮の教えでは「禅定解脱三昧」が解り難いからお前らじゃ対論不可能だと思うよ
49カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:05:21.34 ID:av32cfxc
>>48
おやおや。お得意のごまかしですか。君らは詭弁を極限まで研ぎ澄ましているからな〜
まともに議論すれば勝てないので詭弁ではぐらかす。禅問答などくだらないんだよ。
50カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:07:44.33 ID:av32cfxc
>>48
で、正定を得られれば、それで涅槃静寂ですか?答えてみろよ。
51カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:09:57.78 ID:av32cfxc
>>48
>日蓮の教えでは「禅定解脱三昧」が解り難いからお前らじゃ対論不可能だと思うよ

こういうのは単に議論から逃げてる詭弁なんですよね。
52神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:10:04.62 ID:+jcYIvCb
せったんの亡霊に怯えるカラス、10年か・・・。
53カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:17:10.23 ID:av32cfxc
>>52
せったんって涅槃に行くにはどうすればいいかと聞けば、それは死んで死んで死にきることですなんて
眠たいこといって、俺が、僕は八正道だと思ってましたと言ったら、知ってるんなら初めから聞くなとと逆切れ
した盲人のことだろ。仏教徒はイエスの教えも知らずにキリスト教を批判している。末法仏教徒は、ゴータマさんの
教えすら理解していないけどな。
54神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:24:50.13 ID:+jcYIvCb
ザ、錯乱カラス伝説、カラスの怨念、修羅道。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1120775780/
坐禅と見性 第二十三章
308 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/07/10(日) 09:01:11 ID:9Q9XnRc7
>267
なんだよ

389 :せったん@myoejoe:2005/07/10(日) 16:35:24 ID:D477+L5F
鳥類学からすさんのいうことたいへん参考になりますよ、これ間違ったいい見本なんです、あわせてからす人間になるということを見る、まずはこんなふうに年寄っちゃいかんです。


せったん宣戦布告、カラスの絶える事が無い修羅道の怨念の始まり・・・・。
55神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:26:01.71 ID:+jcYIvCb
カラスは如何に詭弁を弄しても過去の2ちゃんに残る。
カラス・錯乱伝説・・・・。
56カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:32:03.07 ID:av32cfxc
>>54
間違ったいい見本は邪見の王様禅宗だろうがよ。そのせったんとかいう盲人は、善悪にとらわれない獣は
生まれながらに悟っているといったゴータマさんの教えを全く理解していない凡夫だ。獣はエゴのままに生きる。
エゴの命令に逆らいエゴを滅ぼすことが出来るのは言葉で思考できる「人」だけなんだよ。識別智である言葉は
人を殺したが、言葉による知恵こそが分裂した我々を再び一つにして我々を生かすだろう。君ら末法仏教徒には
関係ない話だろうけどな。
57神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:33:40.42 ID:+jcYIvCb
この頃は、俺は、せったんと遭遇していないが、
最近、せったんの過去レスで、せったんを採点、評価してみようと・・・。
見ていると、カラスが・・・・・・。
一年後か、せったんと遭遇したのは、その頃は、せったんをおちょくる腕前実力はなかったけどなw

ちなみに、カラスにレスしたのは初めてだなw。
58カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:36:00.01 ID:av32cfxc
久々にここに来たけど、宝珠さんはもういないの?なんか机がいるし(苦笑)
面子は大分変わったようだね。
59カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:37:42.36 ID:av32cfxc
>>57
せったんや一休などを悟っているなんて見る人の盲目度はかなり高いよ。あの人達ただの凡夫だから。
60神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:38:49.44 ID:x4q3LRbr
 
> ちなみに、かの師とは釈迦でなく、自分のハートということ

http://homepage3.nifty.com/hosai/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm
【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>
934
かれは、みずから勝ち、他にうち勝たれることがない
他人から伝え聞いたのではなくて、みずから証する理法を見た
それ故に、かの師(ブッタ)の教えに従って、怠ることなく、つねに礼拝して、従い学べ
 − このように師(ブッダ) はいわれた

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%88%E8%BF%A6
身体について…感覚について…心について…諸法について…
(それらを)観察し、熱心に、明確に理解し、よく気をつけていて、世界における欲と憂いを捨て去るべきである

みずからを灯明とし、みずからを依処として、法を灯明とし、法を依処として
四念処(四念住)の修行を実践するように「自灯明・法灯明」の教えを説いた

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%AB%A6
四諦(したい)
釈迦が悟りに至る道筋を説明するために
世俗の様相とそれを解決する方法論をまとめた「苦集滅道」の4つの真理(諦)のこと
61人間の探求:2014/05/26(月) 11:40:38.06 ID:TuWq0I0+
人生とは苦か楽か? 釈迦の悟りとは?

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi
62神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 11:47:26.47 ID:+jcYIvCb
盲目から解放されるには、カラスみたいに過去の怨念で狂う必要があるかもなw
63カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:55:32.27 ID:av32cfxc
>>42
>ちなみに、かの師とは釈迦でなく、自分のハートということ。

探す者は見出すまでやめてはならない。真摯に求める者は見出す。答えは全て自分自身が全て持っている。
なぜなら我々は彼自身なのだから。
64カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 11:57:30.57 ID:av32cfxc
>>62
煽るしか能のない者は無能と言うんだよ。ちゅうかせったんなんか興味ないし。
過去の怨念で狂ってるのはお前のほうじゃないの。
65カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:01:49.36 ID:av32cfxc
仏教の無我とは本来、自我による生存には我がものは何一つも無い。もしくは一切には自性(アートマン)は
無しという意味な。末法仏教の誤った無我思想に執着している限り君らには悟りは無い。せいぜいゼロを知るだけ。
ま、いつまでも無我、無我、無我と得意げに言ってればいいよ。
66神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:04:26.44 ID:+jcYIvCb
カラスの正体が優れているならという仮定の元に、
カラスの意見を肯定するならと仮定した結論を提示しただけだが?
67神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:06:41.96 ID:2WQ+gLYD
釈迦は、「一切皆苦」などと己の苦悩感を他に植え付け、生命を「無明」などとして
軽視しているのだから、自殺を勧めていると同じ。煩悩は、生きるために必須の心的
機能。生きていることの証(あかし)。排除すべき異物ではない。「無我」なら、
我(生命)がないということで、死んでも同じではないか。

来世を信じて自殺した、小学生の話があったね。自殺の増加は、釈迦の勘違いが原因で
あると考えても、間違いではない。

ありもしない来世概念が、最も有害。自爆テロリストたちは、来世を信じるからこそ、
喜んで人を殺し、己も死ぬことが出来るのである。釈迦は、そしてすべての宗教は、
今ここの自他の生命の尊さと喜びこそ、説くべきであったのである。
68カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:26:37.09 ID:av32cfxc
>>63
人が無と成りて、仏と書く。仏教徒が、キリスト教的な絶対者を連想する、「彼」という単語に躓くなら、
彼を「仏」と言い換えてもいい。
69神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:26:53.93 ID:+jcYIvCb
カラスには俺は偉い負けず嫌いの執念のアートマンが居そうだな。
70カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:27:59.46 ID:av32cfxc
>>69
だから今ここにいる。自我とはそういうものだ。
71神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:28:11.40 ID:+jcYIvCb
67カルト宗教生命教w北朝鮮日本支部長隠居の登場だw
72神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:43:16.52 ID:+jcYIvCb
やはりなw
盲目から解放されるには、カラスみたいに過去の怨念で狂う必要があるw
そして。カラスアートマンの完成w
73カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:45:11.91 ID:av32cfxc
般若心経なんかこの世は縁起でなる無自性な空だと言ってるだけだろ。あんなんで完結してしまうから
君らは半知半解なんだよ。そもそも般若心経など中国で生まれた偽経だしな。ゴータマの仏教を学びたければ
まず、スッタニパータだろ。
74神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:47:06.93 ID:+jcYIvCb
まず、カラス様の偉大さを崇める事でしょうw
75神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:52:06.79 ID:rG9Jsjnk
また馬鹿が偉そうにほえてるのか
76カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:52:37.96 ID:av32cfxc
>>72
おまえなんか勘違いしてるようだけどよ、せったんなんてどうでもいいんだよ。
邪見を振りまいている禅宗が気に食わないだけ。イエスもゴータマも当時邪見をばら撒いて
皆を迷わし自分が救われる道を閉ざすばかりか、他人までも救いの道を閉ざすファリサイ派や、
バラモンの司祭達を非難した。同じことをして何が悪い。あと君は煽るだけで議論の力量は無いことだけは
よくわかった。
77神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:54:18.82 ID:+jcYIvCb
いや、カラスの過去に蓄積されたアートマンは重要でしょうw
カラスの怨念アートマンを崇めると仏教を理解できるとみたw
78神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:54:55.59 ID:rG9Jsjnk
理解できないから気に食わないのね
79神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:56:02.22 ID:+jcYIvCb
邪見を振りまかない工夫。
それはカラスの過去の悪行アートマンを崇めることであると学んだw
80カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:56:31.94 ID:av32cfxc
>>72
>盲目から解放されるには、カラスみたいに過去の怨念で狂う必要がある

過去の怨念に狂ってるのはお前のほうじゃねぇの。禅宗は今まで俺にコテンパンに言われているからな。
反論はお前や>>75のようにただ煽るだけ。
81神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 12:59:03.46 ID:rG9Jsjnk
じゃあ禅の何が邪見か言ってみろよ
82カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 12:59:58.40 ID:av32cfxc
>>77
だからお前の言うアートマンの定義を言ってみろよ。俺はこの自我は自性なきアンアートマンだと繰り返し
言ってるんだけどな。俺を単純なアートマン論者と見てるならお前は盲人だ。ちゅうかどうみても意味もわからず
得意げに無我、無我、無我言ってる、典型的な末法仏教者だろうけどな。
83カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:01:14.11 ID:av32cfxc
>>81
まずお前らの涅槃とはなにか言ってみな。
84神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:02:16.27 ID:+jcYIvCb
カラスの様に詭弁が上手くなるアートマンが、邪見を振りまかない工夫、ゴーダマの佛教を学んでいる事なのか。
なるほど勉強になるなw

さすが、コテンパンできる無敵のカラス大先生w


カラス大先生の涅槃とは詭弁のプロになるアートマンであーーーーるw
85神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:06:31.49 ID:3GB81ER6
>>60
かれは、みずから勝ち、他にうち勝たれることがない
他人から伝え聞いたのではなくて、みずから証する理法を見た
それ故に、かの師(ブッタ)の教えに従って、怠ることなく、つねに礼拝して、従い学べ

(ブッタ)の補足が間違っているから、抜き出したんだ。
それ故にブッダの教えに従ってでは、他人から伝え聞いたのでなくに反する。
つまり、みずから証する理法を見た故にだから対象は自分ということになる。
86カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:07:40.31 ID:av32cfxc
私は自分が信奉する宗派を貶されたので頭にきた。物であれ、思考であれ、価値観であれ、この世のものすべての
ものに対する執着はエゴイズムを増強し繰り返し迷いの生存であるエゴを生み出すだろう。

>>84
な、こいつら煽るか揚げ足取るかしか出来ないんだよ。ま、君らはある意味しょうがないと思うけど。ま、、あれだ。
禅宗は駄目だ。全然駄目。駄目駄目だよ。君らの教えは皆を滅ぼす。
87神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:09:21.40 ID:+jcYIvCb
アートマンとはカラスの様に詭弁上手で上から目線になる事。

カラスの行為が悟ったアートマン故にw

ま、悟りとは当人の行為の現れだかららしいからなあw
カラスちゃん、揚げ足取りだなんて、被害妄想はいけないなあ。

ごめん、この被害妄想もカラス大先生涅槃アートマンだったよねw
88神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:11:09.03 ID:rG9Jsjnk
>>83
禅でいえばか?見性成仏だろ。
はい、次は君答えてくれたまえ。
89神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:11:12.44 ID:+jcYIvCb
確かに、禅宗はダメだwカラス大先生みたいに詭弁上手ではないし、被害妄想が不足しているよね。
カラス大先生のおっしゃる通りw
90カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:12:00.99 ID:av32cfxc
自分の心の闇を他人に転嫁する人は人格障害の典型な。彼等は無自覚にやっているゆえ悔い改めることを
しない。俺は今、悪を行っていることをよく自覚している。詭弁を駆使してごまかすのはどうみても君ら禅宗の人達
なんだけどな。
91神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:18:27.58 ID:+jcYIvCb
カラス大先生の行為はアートマン、涅槃、悟り、ゴーダマの仏教だから。
カラス大先生の行為を崇めようww
92神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:19:00.67 ID:av32cfxc
>>88
見性したらそれがゴールかよ。ゴータマさんは究極の境地に達した者は常に気をつけ
無量の慈しみの心、四無量心を持ち続けなければいけないと戒めているぞ。正定を得られればそれで
心の平安を得られるならこんな戒めもいらないわけだ。ちなみに禅宗の坊主ほど、医者から宣告され、いざ
死を目の前にすると取り乱し、回りの者に当り散らす人が多いそうだぞ。いくら意味もわからず
空、空、空と悟った気でいても、実際に死を目の前にして、自分が無に帰すことを想像すれば心の平安を
保てないのだろう。笑える話だ。生死などないのだ。中道だ!空だ!といくら得意げにいっても、
お前は時が来れば死ぬんだよ。
93机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 13:19:36.31 ID:p4dD5Ib7
>>26
>私の場合は 強迫性障害・強迫神経症
> (同じ行為を繰り返してしまう強迫行為と、同じ思考を繰り返してしまう強迫観念)

私は神経症をとくに研究してますが、神経症の特徴は
クダラナイと自覚があっても、クヨクヨ考えてしまう。
そのことを忘れたい、と思っても繰り返しそのことが頭に想起されてしまう。という病気です。

で、自殺がどうとか、自殺がこうとか、書き込みがありましたが、
えてしてこういう神経症の方は異常に自殺に関しては恐怖を感じます。

恐怖を感じるから、こういう方は殆ど自殺はないかと思いきや、
その恐怖をバネにして自殺をしてしまうことが多い。これは経験則です。

つまり感受性が非常に敏感でして、この敏感に自分が耐えられなくなる程に自分を追い込んでしまうのです。
こういう場合は、神経が鈍感になることが一番いいのですが、
その方法というのが私の専門分野なんです。

潔癖障害のある方が、「なんでそんなに潔癖なのか?」その原因を私が探りましたところ
それは、せんずりによる精子の拡散を気にしておったようです。
人それぞれに何らかの原因があります。その原因を突き止めることも大事になってきます。
94神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:21:02.10 ID:+jcYIvCb
何を妄想してるんですかね?
カラス大先生の行為を望むように書き込んであげているんですから、素直に喜んだらw?
カラス大先生の悪の行いのみはアートマン、悟り、涅槃、ゴーダマの仏教ですよw
95カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:22:20.60 ID:av32cfxc
>>92 は俺な.

>>91
だからいつ俺が単純なアートマン論を説いたと言ってるんだよ。君は理解力が無いね。
ちゅうか君のエゴが俺を単純なアートマン論者というレッテルを貼って君自身を盲目にしてるんだろうけど。
君は理解力無さすぎ。議論する相手に値しない。現にこの人煽ってるだけだしな。
96神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:26:52.47 ID:3GB81ER6
>>60
俺は四念処という言葉さえ全く頭になかったが、読んでみると重点の置きどころは
そんなもんかもしれんなぁと思う。法とは自然法だから余裕で有。

四諦に関してはこれはトータル的な道筋。で特にどうということはない。
肝心なのは苦(俺の場合は苦手や渇愛対象)の認識で、一定数量苦を滅すことが
できれば達成ということ。
経典が持たせるイメージの半分ぐらいの達成度で達成できてしまう。
だからガンバレ!と言いたい。無意識層の自分が苦と感じてることを見つけ出し
にくいが感覚に関することと認識すれば見つけれるものと思う。
97神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:28:28.98 ID:x4q3LRbr
 
> ゴータマの仏教を学びたければ、まず、スッタニパータだろ

http://homepage3.nifty.com/hosai/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm
【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>
872
名称と形態とに依って感官による接触が起る
諸々の所有欲は欲求を縁として起る
( - これに対して - )
欲求がないときには、<わかもの>という我執も存在しない
形態が消滅したときには<感官による接触>ははたらかない

http://www.ne.jp/asahi/sindaijou/ohta/kenkyu1/fl-shokibukyo/shoki-soujumetu.htm
(色受想行識の)受と想を滅させて

http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
無明滅 → 行滅 → 識滅させて

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BR/0095/BR00950L017.pdf
迷妄を性質として壊滅するもの
その〔ようなもの〕を離れることは
思弁の領域を離れた寂静なる境地であり
苦しみを性質とするものの滅尽であり
形成作用の寂滅であり

縁起したものを離れ

ブッダは
〔そこに〕来ることも説かず、行くことも、留まることも
死ぬことも、生まれることも〔説か〕ない
それこそが苦しみの終わりである
すべての苦しみから解放される
98神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:28:52.54 ID:+jcYIvCb
>ちなみに禅宗の坊主ほど、医者から宣告され、いざ
死を目の前にすると取り乱し、回りの者に当り散らす人が多いそうだぞ。いくら意味もわからず
空、空、空と悟った気でいても、


厳密に言うと禅宗の坊主はこんな事考えないけど。
カラス大先生の書き込みは間違いないのだからカラス大先生の空想は全て真実であーーる。
しんじなさあああーーーいいいいwww

カラス大先生は自信があるなら自信をもったらw空虚にw
煽っているだなんてwカラス大先生が全て正しいのだから、正しいという前提で書き込みしているだけですよw
カラス大先生アートマン煽りには負けますよ、カラス大先生涅槃wす・て・きw
99神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:31:45.70 ID:rG9Jsjnk
>>92
誰もゴールだなんていってない。阿羅漢といってもそれは二乗の教えに他ならない。
衆生を救う菩薩となって初めて如来となる。
何か書き込む気がなくなってきたわ
100カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:33:24.91 ID:av32cfxc
>>97
世を見出した者は体を見出した。だが世を知った者は一つの体はふさわしくない。
一つの魂に寄り掛かる体は惨めである。一つの体に寄り掛かりそれでしか存在できない魂はもっと惨めである。
101神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:34:30.87 ID:+jcYIvCb
だって、カラス大先生のアートマン涅槃は空想力が偉大ですから。空想が事実になりますから、
これぞ偉大なるカラス大先生のアートマン涅槃の力www
褒め称えるしかできないでしょうwww
102カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:43:51.32 ID:av32cfxc
>>99
ほう。涅槃はお前らのゴールじゃねぇの。俺は君らの涅槃とは何かと聞いた。>>83
そしたら君の回答が>>88だ。たく、何か書き込む気がなくなってきたわは、俺の台詞だ。

普通今生において自力で究極の境地に達した者のことを仏陀。
師の教えにより究極の境地に達した者を阿羅漢というんだよ。もちろん自我による生存が続く限り
まだ涅槃には至っていない。瞑想により正定を得ても、ただその境地を知っただけなんだよ。
油断して汚いエゴをそのままにしていると、また迷いの生存をを繰り返す。
103カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:47:03.51 ID:av32cfxc
>>101
あれだけ違いますよと教えてあげても俺を単純なアートマン論者というレッテルを貼って
議論に勝ったつもりでいる。ま、基地外ですわこの人。俺は其処は言葉で表現するなら基点のゼロですよと
言ってるんだよ。
104神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:47:18.41 ID:+jcYIvCb
やっぱり、カラス大先生の涅槃アートマンの偉大なる空想力でないと、
魂は惨めになりますよねw

カラス大先生の感情はいつも真実ですw
普通今生において自力で空想力究極の境地に達した者のことをカラス大先生ww。

汚いエゴから自由になるにはやはり、カラス大先生の空想力でしょうww
禅宗ではカラス大先生ほどの空想力は不可能だwww
105神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:48:47.56 ID:+jcYIvCb
カラス大先生に向かって議論だなんてw
カラス大先生の空想は事実なのですから、議論できませんよ。
禅宗ではカラス大先生の空想力は無理ですよwww
106カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:50:24.39 ID:av32cfxc
>>104
禅宗を貶されるとそんなに頭にくるか。俺はキリスト教徒だがキリスト教を貶されてもなんとも思わないぞ。
お前は人のこという前に、まず自分から感情を制しないとな。
107神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:50:54.29 ID:hWYriD4W
私は三昧を目指したい!
108神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:52:38.38 ID:rG9Jsjnk
>>102
円額と証文で達したものを阿羅漢というのだ
一条によって悟ったものを仏という
仏陀が悟っただけで終わっていたなら自分ひとりを救っただけだ
109神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:55:10.63 ID:3GB81ER6
>>107
日本人は仕事熱心だから三昧の境地はお手の物。
てか、仕事なんてめんどくさいものは三昧使わないとやってられない。
110カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 13:57:09.24 ID:av32cfxc
>>108
木に架けられた者は呪われる。
君、漢字で口と兄と書いて呪うという字になるんだ。何でだと思う?
そして示す偏と兄を合わせると祝うという字になる。何でだと思う?

正直、菩薩は尊敬するよ。俺だったら嫌だね。
111神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 13:59:12.95 ID:hWYriD4W
四無色定の境地は厳しいですかね...
112神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:00:40.78 ID:+jcYIvCb
カラス大先生、禅宗なんてwクソですよw
カラス大先生の空想を事実にするアートマン・力を褒め称えているだけですよw

さすがカラス大先生、空想は事実になります、恐れ入ります。
空想で感情を制するは難しいですw
113カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:01:12.36 ID:av32cfxc
なんかさ、禅宗の人は見性したっていう人がいたら見性できない人が妬みで叩くっていうよね。
悟り系スレみてもそう。アドヴァイダ系のスレでもそれっぽい人が書き込んだら叩いて追い出すのは
大体禅宗系の人。優秀な人を尊敬せず妬みの対象にしか出来ないひとは違う人。君らは終わっとる。
114神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:04:11.21 ID:+jcYIvCb
カラス大先生の空想力すごいですよねw
カラス大先生の行為と空想力を大肯定しているんですけどねw
妬みだなんて、空想力豊かですねw
カラス大先生の空想力を褒め称えているんですよw
115神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:08:03.13 ID:rG9Jsjnk
>>110
知るかボケ
ところで気味キリスト教徒なのか。博愛の精神が全く無いのにね。
116カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:08:35.83 ID:av32cfxc
>>112
空想はどうみても現実的にはくその役にも立たない言葉遊びで悟ったつもりになっている禅宗の人だろ。
おまえらがいくら空だ空だといったところで食わなきゃ腹は減るし、叩かれれば痛いし、病気にもなるし、時が来れば
死ぬんだよ。せいぜい現実的にはくその役にも立たない言葉遊びで悟ったつもりでいな。勝儀の話をいくら
無理矢理この二元世界に当てはめてもただの言葉遊び。それこそ妄想にしかならないんだよ。ま、お前は理解力
ないようだから教えてあげても無駄だと思うけどな。
117カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:11:21.63 ID:av32cfxc
>>115
ククク。君らに対して愛の無い俺のここでの言葉は、君らにとってやかましいシンバル。
早く悟れよアホ共。
118神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:14:04.39 ID:2b4unMMC
>>29
[そうですか、いえね、お釈迦さまもイエスさまの言葉も、
伝えで残っている・・・・]

と私は25で述べましたが、

君の
>>25
>聖書も同じくお弟子さんが残されたんじゃ?
>記録した瞬間にそれは古いものになりますもんね。

のレスがわからないのですが。

お弟子さんが残された(君)=伝え残っている(私)

でしょ???

・・・・・・・・・
それと、いきなり記録した瞬間に古くなると言う話しは
どういった脈略かな?

君の脈略は分からないのですが、取りあえず
その部分だけでいうと、私は記録イコール古いではないと考えます。
119神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:15:00.85 ID:+jcYIvCb
>その役にも立たない言葉遊びで悟ったつもりになっている禅宗の人だろ。
おまえらがいくら空だ空だといったところで

禅宗で、そんな話は聞いた事ないですね、さすが空想力豊かです、恐れ入りますw
カラス大先生の偉大な空想力は言葉遊びから自由になるんですねw勉強になりますwカラス大先生w

カラス大先生は正しいと認めて崇めて願望をお持ちのようですからw
ドラえもんの気持でカラス大先生の願望実現に協力して差し上げているのですよw

やはり、空想力が終わっている事、言葉遊びから回避できるんですよね。
カラス大先生の空想力の優秀な人ですから言葉遊びから自由で尊敬してますよw
120神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:15:28.28 ID:x4q3LRbr
 
心の流れ(心相続)に付随するものとされた
「(異蘊相続に依存して)前世からの業(ごう)がある」
という想いから離れることが出来なかった人の場合とか

そして更に
「(末那識・我愛は)睡眠中でも深層において働き続け
  根源的な心である阿頼耶識を対象として、それを自分であると考えて執着し続けている」
という想いから離れることが出来なかった人の場合とか

「無明薫習
  (輪廻を繰り返して)
  衆生は無始からの無明を持っている。真如に薫習し、その薫習によって妄心を生じる」
という想いから離れることが出来なかった人の場合などは

> (心に残る思い)を忘れたい、と思っても繰り返しそのことが頭に想起されてしまう
> 一つの魂に寄り掛かる体は惨めである。一つの体に寄り掛かりそれでしか存在できない魂はもっと惨めである

という想いが現れ(滅する)かもしれない

私(ID:x4q3LRbr)の場合は
同じ行為を繰り返してしまう強迫行為と
同じ思考を繰り返してしまう強迫観念の傾向が現れ(滅し)ていたりする
121カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:19:36.90 ID:av32cfxc
>>119
>禅宗で、そんな話は聞いた事ないですね、

ほう。禅宗は空を説かないんだな。おまえ嘘吐きだな。さすが詭弁を極限まで研ぎ澄ませている
禅宗に被れるだけのことはある。
122神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:21:24.06 ID:hWYriD4W
私は三昧を目指してます。
悟りはその後の境地にございます。
まずは、己の心と思考を客観的に見つめ、
モラルと関わる人達の気持ちを尊重しながら折り合いをつけつつ、
後悔のないようにその時どの時をしっかり見て感じながら判断していきたい所存です
その時その時の判断と行動の積み重ねによって人生が紡がれていくわけですからね...
とにかく三昧を目指しとうございます。
123神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:21:29.11 ID:+jcYIvCb
さすが、カラス大先生空想力豊かな返しで恐れ入りますw。

空想力で相手を詭弁にできるとはwさすがw
全知全能の空想力のカラス大先生ww
124カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:26:00.00 ID:av32cfxc
>>123
ここは集まりが悪い。ここに限らず禅宗かぶれの者が集う掲示板は押しなべて集まりが悪い。
一つ聞いてみよう。お前の涅槃とはなにか答えてみろ。決して答えないよこの人。禅宗はごまかしの
天才だもんな。相手を否定しても決して自分達の考えは言わない卑怯者の集まり。それが禅宗。
125神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:26:12.80 ID:rG9Jsjnk
カラス大先生に質問
心の貧しい者は幸いである、天の国はその人たちのものである
これはまさに禅の真髄を言っていると思うのですが
先生の意見を聞かせてください
126カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:28:23.63 ID:av32cfxc
>>125
心の貧しい者とは欲の無い人のことを言ってるんだよ。

禅宗の見解を聞かせてみろ。まさか、心の無い人とか言うんじゃないだろうな(苦笑)
127神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:29:22.17 ID:+jcYIvCb
だって、カラス大先生はご自身の空想の認識と空想の批判が絶対に正しいと思っているんでしょう?
そういう偉いお方にご意見してもねえw

カラス大先生は崇めて欲しいだけですし、そういう御仁には期待に応えて崇めてあげるだけでしょうw
128カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:39:51.58 ID:av32cfxc
>>127
な、こいつら他人を否定するばかりで決して自分の考えを言わないだろ。言ったらたちまち
論破されるものな。これいつも禅宗の人の手口。これだから禅宗は。
129神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:40:22.36 ID:rG9Jsjnk
>>126
さすが先生、しかしそれだと60点ですね。
禅的に答えれば心の中は塵一つなくあるのは清浄なる仏性のみといったとこでしょうか。
130神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:41:49.93 ID:+jcYIvCb
崇めて欲しいカラス大先生を崇めてあげる、これが・・・wwww
相手に応じて・・・・・www

>お前の涅槃とはなにか答えてみろ。

真面目に答えてやると、お前とか、涅槃とか、はあ?だなww
やっぱり、崇めて餓鬼のカラス大先生は崇めるに限るなあww
禅宗はごまかしの天才、卑怯者状態から自由になれるのは、カラス大先生の空想力でしょうねえww
131神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:43:31.78 ID:+jcYIvCb
>自分の考えを言わないだろ。

カラス大先生w空想力豊かだなw、
仏教は無我だったはずなんだがなw自分の考え言ったら,無我ではないはずだけどなw
132神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 14:53:02.73 ID:2b4unMMC
記録した瞬間に古くなる?


いつまでも、古くない
   ↓


七つの子
http://www.youtube.com/watch?v=KGMFylFBGgg
133カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:58:33.98 ID:av32cfxc
>>129
だから天の国は彼らのものであると言ってるんだよ。
欲の無い心を飛ばしていきなり心の中は塵一つなくあるのは清浄なる仏性のみといえば意味が通らないよな。
ま、ひとつ議論から逃げないで自分の考えを言えたのは褒めてあげよう。
その後に続く、悲しんでいる者は幸いである。彼等は慰められるであろうは、禅的には
どう解釈してるんだい。答えてみな。
134神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:02:53.99 ID:+jcYIvCb
113 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 14:01:12.36 ID:av32cfxc
なんかさ、禅宗の人は見性したっていう人がいたら見性できない人が妬みで叩くっていうよね。
悟り系スレみてもそう。アドヴァイダ系のスレでもそれっぽい人が書き込んだら叩いて追い出すのは
大体禅宗系の人。優秀な人を尊敬せず妬みの対象にしか出来ない


最後の
>優秀な人を尊敬せず妬みの対象にしか出来ない


カラス大先生の崇めて餓鬼精神がありありと・・・
崇めてあげますがなw偉大なカラス大先生の空想力に基づく認識と批判www


で余談だが、崇めて妄想の塊の人を自覚させる行為は、
禅の奥義の内での四つある内の一つ、ナントカだったよなw
135神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:05:46.35 ID:L2BOn7TV
>>126
> 心の貧しい者とは欲の無い人のことを言ってるんだよ。
>
> 禅宗の見解を聞かせてみろ。まさか、心の無い人とか言うんじゃないだろうな(苦笑)

横レス失礼。

全ては真新しい=地上の天国、では。所有するとそれは古くなる。
136カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 15:15:31.77 ID:av32cfxc
>>131
>仏教は無我だったはずなんだがなw自分の考え言ったら,無我ではないはずだけどなw

はい。詭弁がひとつ出ました。おまえのその意見もお前の考えの一つだろうが。
大体君らの無我思想は根本から間違っている、今の自我は実体の無い幻に過ぎないが、幻は今ここにあんだろうがよ。
こんな詭弁ばかり言って悟ったつもりでいる禅宗は本当に駄目だ。俺は禅宗の話をしてるんじゃなく、
ゴータマの仏教の話をしてるんだよ。何度もいうけど仏教の無我思想とは、自我による生存には何一つ我がものは無し。
もしくは、一切には自性(アートマン)は無しという教えな。君らのように何も無いという意味じゃないんだよ。
で、仏性があると無かい?キリスト教は命の宗教だぞ。君らのように安息日で完結しない。安息日で完結すればそれは
滅びだよ。
137神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:18:01.32 ID:x4q3LRbr
 
> 禅的に答えれば心の中は塵一つなくあるのは清浄なる仏性のみといったとこでしょうか

只管打坐(しかんたざ)とは?

http://www4.nhk.or.jp/kokoro/x/2014-06-01/31/16742/
6月 1日(日)
午前5時00分〜午前6時00分
こころの時代〜宗教・人生〜「導かれれば青空」

鎌倉・一法庵住職の山下良道さんは
日本とミャンマー、二つの異なる仏教の伝統に飛びこみ
坐禅と瞑想を学んだ。自らの苦しみからの解放を求めて歩んだ30年の軌跡とは

僧侶の山下良道さんは、14歳の時に抱え込んだ生きる苦しみを解く道を求めて仏教の道に入った
道元の只管打坐(しかんたざ)の坐禅を伝える兵庫県安泰寺で修行
その後、欧米での生活を経て、仏陀の教えの源流を求めた山下さんは
ミャンマーのテーラワーダ仏教のパオ森林僧院に入りめい想法を学んだ
自らの苦しみを見つめ
そこからの解放を実感をもって体験する道を求めた山下さんが、模索の果てに見いだしたものとは

一法庵 住職  山下良道

http://www.onedhamma.com/
14/5/25 「導かれれば青空」、そして「青空としてのわたし」
14/5/11 五歳だった頃の自分、そして父と母を抱きしめる
14/5/04 「私が幸せでありますように」という奇跡の言葉
14/4/29 日本の禅を全体の文脈のなかへ
14/4/27 「仏教3.0」が切り開く未来
14/4/25 第二回「アップデートする仏教」を体験しよう!
14/4/20 青空に対する不信を乗り越える
138神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:18:04.88 ID:rG9Jsjnk
>>133
さあ道なんでしょうか。私のような凡夫には答えられません。
しかし先生、禅もクリストの教えも結局は同じなんじゃないでしょうか?
139神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:18:12.95 ID:+jcYIvCb
>はい。詭弁がひとつ出ました。おまえのその意見もお前の考えの一つだろうが。

さすが、空想力豊かなカラス大先生ww
カラス大先生の世界では子供の頃のカラス大先生と今のカラス大先生は同じようですなw
10年も崇めて餓鬼を続けられる偉大な空想力で詭弁判定、素晴らしいww。
140神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:24:49.11 ID:L2BOn7TV
>>133
慈悲ある者は、自分もまた慈悲をみる。餓えの者は満腹を、
清い人はさらに清い者に見出だされ、義に渇く者は義に溢れる場所を知る。
これは禅機の対応と変わらない。イエスは禅者である。
141神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:25:46.87 ID:+jcYIvCb
>悟ったつもりでいる禅宗は本当に駄目だ。



禅宗では、そんな話は聞いたことが無いなw空想力が豊かですねえw
その空想力の豊かさで詭弁判定、実に素晴らしいwwカラス大先生ww
真面目に回答しても空想力で捻じ曲げが常ですからなあカラス大先生はw
空想力豊か過ぎて、議論、会話ならずw崇めるしかないというカラス大先生w

すまなかったw空想力捻じ曲げ知能のカラス大先生に真面目に回答した僕が悪かったw
許してくれえw偉大なる空想力のカラス大先生www
142カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 15:32:37.61 ID:av32cfxc
中論で、さんざん能書きたれておきながら私は何も説かなかったなんていう竜樹の能書きは典型的な詭弁な。
詭弁に傾倒してる奴なんざろくなもんじゃない。早い話詭弁なんざ単なる嘘吐きのテクニックに過ぎないからな。
仏教はね、ヴェーダを悪人から隔離するために出来た宗教なんだよ。悪人は汚いエゴにより元の教えを自分好み
に変えてしまうからね。原始仏典を読めばどう読んでもゴータマさんは業報輪廻転生を説いてるのに、説いていなかったことに
してしまうところなんざそのいいサンプルだ。彼等は詭弁を駆使する原発の御用学者となんら変わらない。
仏教は方便や待機説法など詭弁家が好む餌がふんだんに散りばめられている。意図的にそうしたんだろうけどね。
ゴータマさんは本物だと思うよ。だが彼自身は一切文献に自分の教えを残さなかった。なんか象徴的だな。
143神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:34:11.33 ID:+jcYIvCb
偉大なるカラス大先生は、空想に基づく認識と批判だけで
崇めて欲しいんだろうなあw。
空想まみれだからなあw
144机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 15:49:33.17 ID:p4dD5Ib7
>>120
>私(ID:x4q3LRbr)の場合は
>同じ行為を繰り返してしまう強迫行為と
>同じ思考を繰り返してしまう強迫観念の傾向が現れ(滅し)ていたりする

強迫障害・神経症の場合は、思春期もしくはそれ以前の時期に発症する場合が多い。
いわゆる「多感な時期」です。
この時期にかなりのストレスがあった場合に、最初は軽いノイローゼから発症する。
そしてこれを拗らすと強迫障害になりやすい。

この障害は非常に精神が傷つきやすい。よって何でもない事でも気になってしょうがない。
自分では馬鹿らしい、という自覚があるけど、自分に意に反してその事が何度も想起を繰り返す。
この場合は非常に重症です。

「同じ思考を繰り返す」というのは、頭にその記憶を溜めているからです。
私は「頭に溜めない療法」をしています。
何故、頭に溜まってしまうのか?それは貴殿の頭が情報で溢れかえっているからです。
何でも頭に詰め込むのが良い訳ではない。かしこ。
145神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:51:36.73 ID:2b4unMMC
>>134

>餓鬼精神がありありと・・・

どこがですか。私はまったくそう思わない。

それは、君自身の事だ、と思った。

鏡論と言うのがあるね、

人に言っている事は自分にいっており、それは鏡だと言う話し。

それは、君には適合する。

しかし、それは全てに適合しない。
146カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 15:54:13.12 ID:av32cfxc
>>140
そこは業報を説いているんですよ。悲しんでいる者は負の業の清算をしている。だから悲しまなくてもよい。
その清算が済めばあなたは慰められるという意味でしてね。業報を頑なに否定する一部の末法仏教徒には理解できない
ところでもあります。

>>143
心配しないでもお前のような違う人に崇拝してほしいなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。
147神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 15:59:45.44 ID:2b4unMMC
鏡論は、鏡論で何がいいたいかだ。

まず
この世の事を言い表すのに、自分も他者もないのだ。

しかし、その話しを悪用する者がいる、

そのことを勘違いと言うのか、自分の都合に利用して、
いいがりをつける。

鏡論も犯罪者が、わざと悪知恵で(知能が低くく、すり替えに利用するしかできない。
犯罪的な人格)悪印象操作するので、
意識をしっかり持て。

社会の問題は、全員の問題(反映)だというのと

個別的に 人格異常者が、変態な意見を述べた、行為をしたとして、

それに反論したからと言って

反論した個別者は、人格異常者を反映などしていない。

今最も新鮮な例でいうと、

飢餓精神がありありは、相手ではなく、言った自分の事だ。


見分けよ。

しっかりしましょう。
148記憶喪失した男:2014/05/26(月) 16:24:18.54 ID:cOLMzSc3
「ブッダがキリスト教では聖人に列されていた」海外の反応
http://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/7276118.html

今日学んだこと

ブッダの物語はキリスト教において「聖ヨサファトの伝説」として登場していて、イスラムでは「Budasafの伝説」として登場している。

<キリスト教におけるブッダ>
ギリシアのバルラームとヨサファトの伝説は、誤って7世紀から8世紀のダマスコのイオアンに帰されることもあるが、最初に記録されたのは11世紀のアトスのエウテュミオスによってであり、アラビア語版とグルジア語版を通じて究極的にはブッダの生涯に由来する。
王から僧になったヨアサフ(グルジア語で「ヨダサフ」、アラビア語で「ユーザハフ」あるいは「ブーザサハフ」)はその名をサンスクリットのボーディ・サットヴァに由来する。ボーディ・サットヴァとは、ブッダになる前のガウタマを示すのに伝統的に使われてきた言葉である。
バルラームとヨサファトは正教会暦に8月26日の聖人として列されており、ローマ・カトリックの殉教者の一覧にも11月27日に載っている。

バルラームとヨサファト
この結果,長く信仰の対象であった聖人の実在が否定されることも多い。
11月に祝日のあったバルラームとヨサファトの伝記は天正年間(1573‐92)に日本訳(《サントスの御作業》)もあるが,釈迦伝であることが19世紀に判明し,教会暦から省かれたのがその一例である。

《バルラームとヨサファト》
reddit.com/r/todayilearned/comments/25uy7p/til_the_buddhas_story_appears_in_christianity_as/
149神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 16:26:57.76 ID:L2BOn7TV
> そこは業報を説いているんですよ。悲しんでいる者は負の業の清算をしている。だから悲しまなくてもよい。
> その清算が済めばあなたは慰められるという意味でしてね。

業法?ww随分悠長な慰めだな。
如法において、諸々の徳は自らの宝である、無駄ではない、浮き世に欺かれるなと言っている。
イエスは余り時間的に遅れを取る様な言葉の施しはしないね。即時、即今の言い回しをしている。
150机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 16:37:19.26 ID:p4dD5Ib7
>>144のつづき
>何故、頭に溜まってしまうのか?それは貴殿の頭が情報で溢れかえっているからです。

どうしてそんなに情報が溢れるのでしょうか?これが病気です。
潜在的に、情報を忘れないように無意識的に記憶に留(とど)めようとするのです。
勿論、自分ではそのような自覚はないですが。

ゴミ屋敷の住人と同じ心理ですね。もしかしたら重要かもしれないから捨てられない。という心理です。
客観的に見ても、それは重要ではないことは自分でも自覚がある。
これが病気です。

強迫障害・強迫神経症は最終的に精神が疲弊してきます。
そして自己防衛的に本格的な精神病へと発展していく。
こうなると、自分が精神的にオカシイという自覚も喪失してきます。
何故かというと、そうすることによって自己を守るのです。

パーソナリティー障害と同じになります。精神病の自覚がないまま生きていくことになる。
こうなると生きていくことが不自由になります。非常に困難になりまね。
なんとかそうならない方法もあります。
151神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 16:46:53.95 ID:L2BOn7TV
>>147
仰る通り。言いがかりを鏡の裏に隠す人がいるよね。エゴ的に鏡論を都合よく適応させる等。
使い所を誤ると、理どころか暴力になる。注意が必要だよね。
鏡論は自分のエゴ隠しの為にある訳じゃない。
適用されるのは全く文脈に沿ってない事を言い始めたりした場合など特別な状況(※)ならあり得る、
そういう場合、内面の鏡じゃないかと疑う必要がある。

※ひどいスレだと特別でなく日常茶飯だったりw
152カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 17:11:34.57 ID:av32cfxc
>>149
悲しんでいる者は幸いである。彼等は慰められるであろうの山上の垂訓から

>慈悲ある者は、自分もまた慈悲をみる。餓えの者は満腹を、
>清い人はさらに清い者に見出だされ、義に渇く者は義に溢れる場所を知る。

と解釈するほうがどうみても苦しいだろ。
こういうのを曲解というんだよそれ以前に今悲しんでいる者がすぐさま癒されるているほうがおかしいだろうが。
無我の境地といいたいんだろうがそんなこと、二元世界の住人の我々にいくらいっても気休めにしか過ぎないんだよ。
君らがいくら無我、無我、無我といったところで棍棒でしばき回されたら痛みでのた打ち回るのと一緒でさ。
こんなんだから禅宗の涅槃は現実的にはくその役にも立たないただの言葉遊びだと言ってるんだよ。
イエスもゴータマさんと同じく業報については随分言っててね。人は自分の撒いた種は全て自分自身が刈り取ることになる。
これ即時的か?もっと突っ込んだ教えは、右の手のすることは左の手に知らせるな。善行を行うにしろ人知れず
行いなさい。そうすれば天に富を積むことになる。人に知れるようにやれば賞賛を受けることになる。そうすれば報いは
受けてしまっている。世俗に善い報いを求めて善を行うのではなく天に富を積みなさい。そこに我々の心はあるってね。
153カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 17:25:31.25 ID:av32cfxc
どうやら禅宗の無我思想を理解すると生死など無くなるそうだ。
そんなのただの言葉遊びの気休めにしかならないんだけどね。
この人達はどうやら我々の自我は、生もあれば死もる。苦あれば楽もある
二元世界の束縛から逃れられないことすら理解できないらしい。
一切皆苦でしかない生存の中で涅槃をこじつけるから、こんな現実的には糞の役にもたたない
言葉遊びになってしまう。
154神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 17:45:36.95 ID:2WQ+gLYD
>>153
>どうやら禅宗の無我思想を理解すると生死など無くなるそうだ。

よく判らんが、禅宗は大乗だから、無我や生死一如などないのでは
ないかな。

それらはあくまで、小乗における概念。

道元は、「仏道とは、己(我)に習うなり」とさえ、言っている。
155神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 17:59:47.21 ID:L2BOn7TV
>悲しんでいる者は幸いである。彼等は慰められるであろうの山上の垂訓から
>
>今悲しんでいる者がすぐさま癒されるているほうがおかしいだろうが。
>
> 無我の境地といいたいんだろうがそんなこと、二元世界の住人の我々にいくらいっても気休めにしか過ぎないんだよ。

新約と旧約の区別がつくかww?
喜び祝いこそ即時的だろう。
心貧しい者にはイエスという宝を
悲しむ者にはイエスという慰めを
柔和な者にはイエスという主を
義に餓え渇く者にはイエスという義を
諸々の袋小路(迷い)において、得る。

イエスは報いの道理を説いたのだろうが、福音という要点を見失うなら
それらの新約聖書の文字は読めなくなる。なぜイエスは神をアバ父よと言ったのか。
報いの道理も旧約次元なら(※)、再びパリサイやサドカイの様な者が現れる。
新約とは即時、即今だ。

※ただし、旧約そのものは正しい理解者には新約同然である
156神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:00:56.44 ID:7sw9scl8
>>50
正定に「得る」と言う現象は有り得ない
157机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 18:01:46.77 ID:p4dD5Ib7
>>154
>よく判らんが、禅宗は大乗だから、無我や生死一如などないのでは ないかな。

前スレッドに紐君の「咽頭摘出」の書き込みがあったけど、これはいわば相当覚悟しなければならないオペレーションだから、
こういう経験した人は、おそらくは「生死一如」というのを理屈ではなく体感として納得しているはずかと推測する。

私もこういう患者といろいろ接触する機会があったが、彼等は生死の間で生きている訳で
健康者には到底理解できない切羽詰まった生き方をしている。

だからこその死生観というのを彼等は持つようになり、
それがその後の生き方として定着していくんじゃないかな?

それはまさに禅の生き方に近い。
158神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:02:49.05 ID:7sw9scl8
>>153
「楽」とは何を以って楽と言うか答えてみ
159カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 18:05:50.86 ID:av32cfxc
だから二元世界の束縛で生きる我々の自我による生存の中、でいくら生死一如なんて言っても
単なる言葉遊びの妄想にしかならないと言ってるんだよ。
160神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:08:00.85 ID:6rc2U5kk
The Ten Commandments (2007 Full Movie HD) − 2:54:50
http://www.youtube.com/watch?v=vVmbXxWeimg
.The Odyssey 1997 .HQ Full Movie (Greek Sub) − 2:52:25
http://www.youtube.com/watch?v=n2Jg7b1d2wo
.Illuminati History Movie - Full Documentary - 2:11:51
http://www.youtube.com/watch?v=wTRhq9RDvWA
.Saint Peter (2005 Full Movie HD) - 3:17:09
http://www.youtube.com/watch?v=e437M3CiLOA
.Magadheera - 2:14:03
http://www.youtube.com/watch?v=dY4RWzzgivk&feature=fvwrel
161机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/26(月) 18:11:54.96 ID:p4dD5Ib7
>>159
人間というのは、人生のターミナルに近い状態だと、
仏とか神とか輪廻転生とかどうでもいいんだよ。
彼等は、今生きていることを実感することだけが精一杯になる。

そのときに彼等は悟るだろう。
それは仏でもなく神でもなく、それは「今」なのだ。
そして彼等はこう言うだろう
「生死一如とはこういうことなのか」。と
162カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 18:20:14.87 ID:av32cfxc
>>158
おまえ楽もわかんねぇの。アホですか?議論したければ質問ばかりじゃなく、まずお前の意見を言え。
君らは揚げ足取りと詭弁ばかりだ。

>>155
悲しみと喜びは即時的じゃないぞ。非喜即一なんて言葉遊びやっても仕方ない。
山上の垂訓は真理について語ったものだ。心貧しい者にはイエスという宝をなんてつまらん気休めを語ったもんじゃな
そこは業報を説いている。だからその後、裁くな。そうすれば裁かれないで済む。許せ。そうすれば許される。
あなた方は他人を計る計りで計り返されると続く。ま、わかる人だけわかればいい。
163神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:30:23.89 ID:x4q3LRbr
 
> 道元は、「仏道とは、己(我)に習うなり」とさえ、言っている

道元の思想構造
http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/bitstream/10083/3299/1/P128-132.pdf
仏道を習うということは、自己自身を習うということである
自分自身を習うということは、自分自身を忘れることである
自分自身を忘れるということは
すべての存在によって確かなものとしてあらしめられているということである
すべての存在によって確かなものとしてあらしめられているということは
自己の身も心をも
また自己と一つであるところの他者の身も心をも、解脱させるということである

仏道修行とは、自己の真相を見極めることである
仏教では「無自性」を主張し
あらゆるものに固定的な本質などないことを出発点としている
仏教的な考え方からすれば
「自己」という何か固定的なものがあるかのような考え
はあくまでも日常生活をおくるために仮構されたものであって
実はそのような固定的な自我もないし
さらに存在するものにはすべて固定的な本質などないのである

「自己を忘れる」ということは
固定的な自我があるという捉われから脱するということである
つまり、自己を追求して
(縁起・空・無自性・無我の観察などによって)
「自己とは実は固定的なものとしては存在しない」ということが分かる
164神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:30:33.04 ID:7sw9scl8
>>162
>おまえ楽もわかんねぇの。アホですか?議論したければ質問ばかりじゃなく、まずお前の意見を言え。

知りもしないで安易に「楽」を言い出したのはお前の方だ
お前は結局「楽」の実態が何かを知らないから「お前から言え」と切り返す
知ったかぶりの者は例外無くこの切り返しなのも良く見る光景だw
165カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 18:38:18.84 ID:av32cfxc
輪廻転生とかどうでもいいとなると四諦の真理がどっか言ってしまうな。
四諦の真理がどうでもいいとなると正見がどっかいってしまい、八正道が成立しなくなる。
八正道がなくなればゴータマの仏教じゃなくなるな。
おまえ、原始仏典読んだことねぇの。ここはゴータマの仏教を語る場であって
禅宗の派なしをする場じゃないことをお忘れなく。あとな時間の流れる現象世界に今なんてのはないの。
だから実体の無い幻でさ。時間なんてのは因果の縁起の法の最たるもので、縁起で成り立つ世界に実体は無い。
では今こことはどこあるでしょう?
166神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:43:05.59 ID:7sw9scl8
>>165
何故話をはぐらかすんだ?楽とは何の事か早く書け
お前が安易に言い出した事なのであり、それをはぐらかすのは詭弁であろう?
167神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:51:28.92 ID:7sw9scl8
>>165
楽も解説出来ない稚拙なオツムの癖に仏教云々を語るとは
臍で茶が沸く程滑稽なのでお止め頂きたく思う
168カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 18:53:02.20 ID:av32cfxc
連投規制が厳しくてすぐに書けん。
>>164
楽もわからんじゃ話にならんな。そんなこと小学生でも知ってるぞ。
俺はお前らの禅問答の土俵にはあがんねぇよ。文句があるなら何が楽なのかお前から言ってみな。
論破してあげるから。大体楽とは何か?なんて質問自体が下らない。どうせ気の持ちようで終わる話だろ、
あんたらの話。
169神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:55:53.51 ID:7sw9scl8
>>168
>文句があるなら何が楽なのかお前から言ってみな。

詭弁とはこう言う事も詭弁と言うんだよ
苦楽を言い出したのはお前の方だ
バカはそれを二項相対だとは知ってても
苦に対して何が楽か、楽とはそもそも何かを答えられない
お前はその典型であり、そう言うのを知ったかぶりと言うんだよ
170神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 18:58:25.94 ID:7sw9scl8
>>168
さあさあw
小学生でも知ってると嘯くそれを、お前の言葉で書いてみせろ
簡単なんだろ?www
171カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 19:01:53.80 ID:av32cfxc
>>169
アホか。何が楽なんて愚問過ぎて話しにならねぇんだよ。

で、早く、苦楽一如とか言って笑かしてくれよ。
172神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:12:01.47 ID:f6pQXp8I
楽は錯覚なんでしょう
173神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:14:54.22 ID:TWaYdeah
>>163
自己について、そんなに意識して、分別をやってはいけない、ということだろw。

自己を忘れる唯一の方法は、一切の宗教観念を去り、自己の生の声に従い、
自己をひたむきに生きることである。
174カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/26(月) 19:17:39.50 ID:av32cfxc
>>172
苦も錯覚。でも我々は自我を生み出す限りその錯覚から逃れられない。自我そのものも錯覚だからね。
この錯覚の生存において生死一如なんて教える人はアホです。生まれたものはいずれ必ず死ぬんですよ。
175神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:25:36.67 ID:x4q3LRbr
 
> 今ここはどこに、あるでしょう?

五蘊の仮和合の仮の状態であるからこそ
誤ったあり方を掴んで離すことが難しい・渇愛に依存して
「今ここに自分の我がある」という想いが現れ(滅し)ている

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/6299/repo1.htm
上座部である部派仏教徒の一部は
析色入空により、実体我の存在は否定するけれども

三科の分類である五蘊(色・受・想・行・識)
十二処(眼・耳・鼻・舌・身・意の六根処と色・声・香・味・触・法の六境処)
十八界(六根処と六境処のほかに眼・耳・鼻・舌・身・意の六識を加えたもの)
などの法は存在するという「我空法有」を主張し
そしてその法は現在だけでなく
過去にも未来にも三世にわたって常恒であるという
説一切有部の「三世実有法体恒有」の思想を展開させたのである

これに対し
大衆部は「現在実有過末無体」を唱えた
(五蘊・十二処などの法は)
現在の一刹那のみが実有であって、過去と未来は実有はないとするのである
176神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:29:31.96 ID:x4q3LRbr
 
>>175 に対して

五蘊の仮和合の仮の状態に依存して現れ(滅し)ているものなので
「実体我の存在」も含めて
五蘊・十二処などの法も
「現在の一刹那のみも実有ではない」とする

「現在の一刹那のみも実有ではない」それ故に
(概念的思考から生じてくる・心的に)
作り出されたものは空性によって消滅する
177神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:31:35.61 ID:L2BOn7TV
> 悲しみと喜びは即時的じゃないぞ。非喜即一なんて言葉遊びやっても仕方ない。

悲しみや喜びが即時的でない?何を言ってる。
それにイエスの登場を抜きにして、報いの道理も何もないだろう。
諸々の徳と天国の到来とそのつながりにおいて、禅対応をしているのだ。
理論理解のはずがないw
そもそも何を元にそれを理解するのだね。イエスだろう。
福音や新約の即時、即今とは天国の到来とイエスとに関わっている。
これが即時、即今の喜びと祝福に繋がらないはずがない。
178神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 19:43:03.83 ID:6rc2U5kk
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┃優先出│ワンアンドオンリー    ..[牡3]│57│横山典│(西)橋口弘│皐月賞   4┃○
┃優先出│ショウナンラグーン     [牡3]│57│吉田豊│(東)大久洋│青葉賞   1┃
┃優先出│ワールドインパクト      .[牡3]│57│内  田│(西)友道康│青葉賞   2┃○
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┃3200万│エキマエ               [牡3]│57│江田照│(東)中川公│兵庫CS  1┃
┃1950万│サウンズオブアース   ...[牡3]│57│藤岡佑│(西)藤岡健│京都新聞 2┃
┗━━━┷━━━━━━━━━━━━━┷━┷━━━┷━━━━━┷━━━━━┛
179輪廻は誘引でなかった根拠:2014/05/26(月) 20:36:44.31 ID:W+jGzYAh
【経緯】
『輪廻』は誘引方便だったと本スレでも度々言われてきました。
また龍樹「大智度論」巻一上『四悉壇』にて、釈尊は常見者には「諸行無常」、「諸法無我」を説かれ、
断見者には「輪廻」を説かれたとの解説を本スレでも幾度か紹介しました。

【考察】
常見者には「輪廻」を説かれ、断見者には「諸行無常」、「諸法無我」を説かれたのであれば誘引だったと
言えますが、実は真逆だったということです。おそらく対告衆に反発や拒絶が出たことでしょう。
因って断見者に誘引で「輪廻」を説かれたというのはロジカルでないことが分かります。

と他称「経論引き小僧」もこぴっと頭を使ってみます。
180輪廻は誘引でなかった根拠:2014/05/26(月) 20:47:59.32 ID:W+jGzYAh
>>165 カラスの唄氏
>輪廻転生とかどうでもいいとなると四諦の真理がどっか言ってしまうな。
>四諦の真理がどうでもいいとなると正見がどっかいってしまい、八正道が成立しなくなる。
>八正道がなくなればゴータマの仏教じゃなくなるな。

当時の外道の聖者達も輪廻や前世までは見えていたのでしょう。
そして釈尊のオンリーワンは「輪廻からの解脱」だったと私も思います。

本スレの住人のお一人が解脱を「智慧にて法を解して脱する」というような発言をされて
ましたが、的を得ているなと感じた次第です。

カラス氏は禅者を一切批判されている感がありますが、長部経典でも禅定の完成者から
阿羅漢が現れるそうですので、中には徳の高い方々もおられると思料します。
181神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 21:19:15.35 ID:15kOEfSr
楽は、欲求がかなったことにより、欲求(苦)という重荷を一時的に手放したことによる。
すべての有情の本質は欲求がないので苦はありません。
苦はここでも語られているように、現象(幻影)によるもの。
善と悪、高い低い、小さい大きい、美しい醜い、快不快などの分別による。
善人は悪人の師であり、悪人は善人の弟子である。
善は悪があっての善であり、悪は善があっての悪である。
182神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 21:20:20.18 ID:p4EEZbh/
死んで死んで死にきってのオリジナルは至道無難禅師な
主(エゴ)と 身と色(肉体の束縛)を断つことを繰り返し説いている


     無難禅師道歌

「おのが身にばかさるるをば知らずして、きつねたぬきをおそれぬるかな」
「主ありて見聞覚知する人は、いきちくしょうと是をいふなり」
「世の中の人はしらねど罪あらば、わが身をせむる我がこころかな」
「道といふ言葉にまよふ事なかれ、朝夕おのがなすわざとしれ」
「さとらねば仏の縁はきるるなり、一切経をよみつくすとも」
「生きながら畜生となるしるしには、坐禅の床に居られざりけり」
「身のとがは其しなしなにかはれとも、色とよくとをこんぽんとしれ」
「心にはたしかに入りし法の道を、いくたびけがすわが身なるらん」
「何事も修行とおもいする人は、身のくるしみは消えはつるなり」
「何もなき心を常にまもる人は、身のわざわいは消えはつるなり」
「身のとがをおのが心のしる時は、仏とならんしるべなりけり」
「本来の悟りのしるしあらわれて、身さえ残らず消えはてにけり」
「ひたすらに身は死にはてていき残る、ものをほとけと名はつけにけり」
「主なくて見聞覚知する人を、いき仏とは是をいふなり」
「身の業のつきはてぬれば何もなし、かりに仏というばかりなり
183神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 21:29:09.96 ID:p4EEZbh/
生死一如というのは聞いた事がないな
正法眼蔵 生死の後半部分

生というときには、 生よりほかにものなく滅というときは、滅のほかにものなし。
かるがゆゑに、生きたらば、 ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべし。
いとうことなかれ、ねがふことな かれ。
この生死は、すなはち仏の御いのちなり、これをいとひすてんとすれば、すなはち 仏の御いのちをうしなはんとするなり。
これにとどまりて、生死に著すれば、これも佛のい のちをうしなうなり。佛のありさまをとどむるなり。
いとうことなく、したうことなき、このときはじめて、佛のこころにいる。
ただし心をもてはかることなかれ、ことばをもていうことなか れ。
ただわが身をも心をも、はなちわすれて、佛のいへになげいれて、
佛のかたよりおこなわれて、
これにしたがひもてゆくときちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死 をはなれ佛となる。
たれの人か、こころにとどこほるべき。
 佛となるにいとやすきみちあり。
もろもろの悪をつくらず、生死に著するこころなく、一切衆生のためにあはれみ、
ふかくし て、かみをうやまひ、しもをあはれみ、よろづをいとうこころなく、
ねがふこころなくて、心に おもうことなく、うれうることなき、
これを佛となづく。またほかにたづぬることなかれ。
184神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 21:56:35.41 ID:x4q3LRbr
 
> カラス氏は禅者を一切批判されている感がありますが
> 長部経典でも禅定の完成者から阿羅漢が現れるそうですので …

カラスさんが批判してる、禅宗の人と
( - これに対して - )
止(サマタ禅定)観(ヴィパッサナー智慧)を実践する人は別ものであるような気がするけど
とりあえず

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron03a.htm
中論觀法品第十八
八聖道分(八正道)を修習して、我・我所を滅する因縁の故に、無我・無我所を得て、智慧を決定する
〔(色受想行識の)受と想を滅させる為の〕滅尽定を以って、第一と為し、終に、無余涅槃に帰する

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron04a.htm
中論觀四諦品第二十四
衆因縁より、生ずる法を、わたしは、即ち、是れは空だ!と説いた
何故ならば、衆縁が、具足、和合して、而も、物が生ずる
是の、物は、衆因縁に属するが故に、自性が無い
自性が無いが故に、空である
但だ、衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた

>>97 の続き
名称と形態とに依って感官による接触が起る
諸々の所有欲は欲求を縁として起る
( - これに対して - )
欲求がないときには、<わがもの>という我執も存在しない
形態が消滅したときには<感官による接触>ははたらかない
185神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:06:55.12 ID:p4EEZbh/
峰の色 谷の響きも 皆ながら
吾が釈迦牟尼の 声と姿と  道元禅師

ただ 我が身をも心をも 放ち忘れて投げ入れる仏の家とはこれ
186神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:07:38.35 ID:6rc2U5kk
ふたつの公案

無字の公案

新参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、有。

古参の修行僧、問う、門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
師、答える、無。

野狐の公案

修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法に落ちず(不落、ふらく)。

修業僧問う、悟後の人はおしゃか様のおさとりである因縁果の因果の法(しんり)に拘束されますか?
師、答える。因果の法くらまされず(不昧、ふまい)。

同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問い、答えている。
それは、何か!?
187:2014/05/26(月) 22:22:48.09 ID:W+jGzYAh
>>186
>同じ事をこの二つの公案は老婆親切にも姿を変えて、問い、答えている。
>それは、何か!?

多分、貴方の答えとは異なるでしょうが、「四悉壇」だと思います。
釈尊が「四悉壇」の実践者であれば、龍樹も「四悉壇」の実践者だったと思われます。
そして先達の多くも対機説法をされたことと思料します。

問いが同じであっても、対告衆が異なれば、自ずと答えも異なって参ります。

よくご紹介する事例では、修行完成者の成果は?という問いに対して、阿闍世王と、
法盗人スシーマとでは答えは真逆でした。
188神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:32:19.10 ID:3GB81ER6
ラマナ・マハルシは「私は誰か?」という問いかけによる
実践的な真我の探求(アートマ・ヴィチャーラ)を推奨した。
例えば、これで達成してしまう人もいる。ホンマかいなと思ってしまう。

真我を私は無限に近い有限と形容し、ある人は永遠のおしゃべりと形容する。
アートマンを想像する時、我の中の欠片のようなものと思う人が多いと思う。
しかし、実際はその逆。アートマンが私そのものであり、
我はちっぽけな泡のような存在でしかないのだ。
涅槃中にそれは確認できる。
泡のような、ちっぽけな我が心地よく真我に取り込まれ消えてていくのを。

しかし、あくまでも我や真我及び涅槃というのは言葉であり形容であり事実ではない。
事実は、肉体の現象に過ぎない。そして肉体でさえも言葉に過ぎない。
リアリティという表現が精一杯かもしれない。
189神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:45:19.98 ID:2dNipdbH
昨日はお騒がせしました。
やはりグローバルの流れは抑え難いのかなと思う次第。
その方が楽だから

ところで、私、個人的に言葉を羅列するのは無粋と思っているのですが
基本的に、自己満足で書き連ねています。
もちろん、仏教を信じていますので、それに即したというかなるべく汚さないように言動に
注意をしているつもりではありますが
私の意見即仏教とは受け取らないでほしいですね。仏教は個人救済としてあるので
社会問題に言及するのは少しちがうと思いますし
言葉にすると仏教はそのまま伝わらない部分が出てくるものだと思いますから。
大乗は限りなく無理ゲーに近いのだと思います。

あと、私、別段キリスト教を否定はしてませんよ
幼稚園はキリスト教系だったし、聖書も卒園のときもらいましたし
普通の人より身近にいたから愛着もあるのだと思います。まあ、聖書はマスコット的存在として棚に置いたきりでしたけどね。
小説も読めなかった当時、聖書にいどむほど賢くなかったので。
キリスト教に文句を言いたいことはありますが、すでにだいたい書きましたし
そもそも詳しく知らないから否定する筋合いでもないしょう。

ただ、キリスト教と仏教を同じように扱うのは嫌ですね。
そりゃ東西交流しているので被る部分はあるでしょうし、所詮、凡人が辿り着くところに大仰しく騒ぐほどの大差はないでしょう
(まあ、キリスト教知らないのでなんとも言えませんが。あくまで自分が真宗であることを加味しての発言です。)
でも、同じように扱うのは、キリスト教にとっても仏教にとっても失礼なんじゃないですか。
私がグローバルが嫌いなのと同じ背景があるのかもしれませんが、だいたいそんな感じですわ。
190神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:47:44.66 ID:7sw9scl8
>>179
>輪廻は誘引でなかった根拠

却下
輪廻も無常も仏法畢竟に於いては方便に過ぎず、目的地と定めるのはあくまでも出世間になり
輪廻も無常も釣り針に付ける餌に過ぎない
191神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 22:59:04.91 ID:2dNipdbH
あと、さんざん書き込んどいてなんですが
仏教はどちらかというと、書いて自己の隠れた原因を探り出そうというスタンスではないと思います。
ブレインストーミング、自分の脳内に生起してくる考えを羅列していく作業のことと捉えていますが
これは確かに便利ですね。自分の長所を書けと言われて、2、3行で止まって全然出て来ないときとかw
テキトー書きまくって、こいつの長所とは何かと客観的に見て、書いたりできますw
他人の長所は見つけやすい方なんで。

でも、仏教はそうして新しく世界を分節化して固定化したり、さらに書き換えたりって方向には向かってないように
思うんですよね。思考が浮かんできて、色あせてくると、焦って次の思考へって方向じゃなく
だんだんと思考を寂滅させていく方向性をもっていると思うので。
仏教は脱構築を嫌う側面があるのだと思います。一つの構築に縛られないという面はあるのはもちろんですが。
そういう意味でも、私がここで書き連ねていることが仏教の教えに忠実であるとは言えないと思いますね。
竜樹大士がおっしゃているように戯論は寂滅させるべきなんでしょうね。
192神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:02:58.68 ID:tHngkBw7
机龍之介さん
頭がいいのは理解できるが
あなた 仏を信じてる我々にアドバイスを
洗脳されてる御浄土信じます
そんなもん死んだらわかるが
結局我々が今出現した意味はなんだろう
苦しむため 進化一環 一万年後はどうなってるだろ
@酔っ払いちゅ
193神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:06:57.36 ID:7sw9scl8
>>192
庭前の柏樹子、つまり縁起以外に理由など無い
見方を変えるなら「業報ありて而も作者無し」
194神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:14:01.45 ID:p4EEZbh/
>>191
ご存分にどうぞ
ノートでもパソコンでも山や谷でも同じ
遠さじゃないんです
心を身体から出すのは
195神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:18:25.28 ID:3GB81ER6
そして、涅槃の後、一晩ねんねした後、解脱が起こります。
或は、涅槃直後から解脱は始まるかもしれませんが、
明確に解るのは起きてからです。
涅槃はもしかしたら気付かないケースも有りえます。
しかし、解脱だけは気付かないというのは無いです。

事実はこれだけ。ほんの2,3日で終わりです。
体験したために起こる正定が残るくらいのもんです。
196神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:20:52.05 ID:/9CTqjuU
>>183
>生死一如というのは聞いた事がないな
>正法眼蔵 生死の後半部分

「生死一如」「永遠の生命」「輪廻転生」など、「生死を重ね合わせること」が
宗教の諸悪の根源。宗教の開祖たちの倒錯と信者による誤解。このことが、宗教に
よる大殺戮の原因。

道元さんは、すべての語り尽くしているではないか。見事である。

生死には、巨大な隔絶がある。死とは、生時における思考・感覚が一切通用しない
世界。生を以って死後を語ること勿れ。全くのナンセンスではないか。
197神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:30:12.34 ID:7sw9scl8
人が人の思いに執着している限り度し難く、人である限り度し難い
198神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:30:52.53 ID:2dNipdbH
>>194
ありがとう。
でも、今日はこれくらいにしておくよ
今日はイレギュラーだから
199神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:33:04.33 ID:/9CTqjuU
「生死の世界」とは、「生も死もある現実世界」の意味。「生死が重なり合った
ゾンビの世界」などではない。

この言葉が、無数の仏教徒たちの大いなる誤解の原因となっている。
200神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:42:05.79 ID:/9CTqjuU
>>189
にしてつさんか?そうであれば、やはりキリスト教系ではないか。私が初めから
見破った通り。
201神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:43:04.66 ID:7sw9scl8
生死は人か考える概念に過ぎず、実態としてそんなものは何処にも無い
単に自分と言う感覚も含めて、オギャアと生まれた瞬間からポックリ死ぬまでを生死と決めて言ってるに過ぎない
生死が一如なのではない、どちらも概念に過ぎず実体が無いと言うだけ
我執にとらわれ続けてる者にはどうしてもこれが理解出来ない

その癖賢いフリだけはしたがるから困る
202神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:43:05.79 ID:BjekpfKz
最近読んだ本 時間とは
過去は戻らない未来はあるかわからない
今 今がこれ永遠の時間 
203神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:46:49.76 ID:4epy/uZG
今も無いかも知れんだろ
五蘊皆空なんだしそもそも有ると呼べる程の実体も無い
204神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:51:02.83 ID:/9CTqjuU
>>201
>生死が一如なのではない、どちらも概念に過ぎず実体が無いと言うだけ

生命現象を現す肉体(生)と、そうでない死体(死)とは、五感で知覚できる
から、概念ではなく、明らかな実体。それを否定する君は、釈迦の「無我」「無」
という戯論に執着しているだけ。
205神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 23:56:17.02 ID:2b4unMMC
>>189-191

う〜ん、ひょっとして29さんかなと思ったよ。

なぜって、仏教で救われたのなら良かったネ、なのに
話しにキリスト教批判めいたことをいつも入れるじゃない。

違うお方かもしれないしそれは、いいことに致しましょう。

では、改めてましてにしましょう。

例えば、救いを求めて縁ができた宗教は、理解しているのではなく救いに対処療法と
として、役立てばよいのです。

腹痛の原因ではなく、腹痛を止める薬を処方してもらえばいいのです。
取りあえずの緊急事態に対処療法はとてもありがたい。

けれど、そこからは自分で回復しなくてはならないし、
対処療法で助けてもらったありがたい薬と徐々に遠ざかり、
自分自身が新生していくのだよね。
これは厳しく思えても、どうしても自分がこえて自分が元気に
ならなければ、どうしようもない。

けれど、そこで登場するのが仏様だ、対処療法ではない
君と手をつないで友人のように泣いたり笑ったりを一緒にして下さる。
ほんとだよ。
206神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:01:13.05 ID:ZrswXkbF
まったりと救いを求めたり、人間ってなんだろうと考えると、案外そういう方には
仏や神にすぐに出会える。
喜びの感情が勝っている時、出会いが横道に逸れないからかもしれないね。

そうではなく
追い詰められて救いを求める時、視野狭窄になっており、
ノリで誰かと結婚したと同じような使い方を宗教にしていないかな。

一時的に、新婚旅行で幸福気分はやはり対処療法なんだ。

君が仏教にほんとに出会い幸福になったなら、

キリスト教にも出会えるんだ。


そういうものだ。
207神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:04:51.20 ID:c/dAaTwE
>>204
また姑息な言い方をw

>生命現象を現す肉体(生)と、そうでない死体(死)と
普通の言い方は、(後分の「そうでない」という受け方からすれば)、
 ≪生命現象を現す【肉体】(生)と、そうでない【肉体】(死)≫とならねばならんのじゃねーか?w

でなきゃわざわざ、『>生命現象を現す』などという重箱を重ねるが如き、
(貴方がvohAra談義の際にいつも言う、言語習慣などと二重に言う必要はない、のようにw)、
無駄な言い方でしょう?w
貴方ははなから、肉体を生命あるものと定義し、死体を生命なきものと定義しているのだから
 ≪ 肉体(生)と、死体(死)とは、五感で云々 ≫ でよいわけです。
なぜ、わざわざ複雑なハイブリッドな言い方になさったので?w
208神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:17:57.02 ID:6fRkh2g3
生老病死が苦でなくなるだけで、あるに決まってるでしょう。
209神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:29:43.51 ID:ZrswXkbF
>>208
そうだね、あるね。

でも「生老病死」が苦でなくなった時、

「生老病死」という表現も変わらないかな、

一般社会ではその言葉は使わなくては便宜所困るとしても、

君の実存で変わるでしょ。
210神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:33:42.97 ID:c/dAaTwE
>>207
いや、強調したかった、ということで通るか・・・。
さすがに難癖だなw 忘れてくれww  >>204
211神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:43:45.62 ID:DH56/rCP
胡散臭い長文は無視
明らかに変な宗教な信者
このような掲示板はだれでも書き込める

2チャン創業者
ウソ見抜かないと
ネット依存の今難しい
怖い世界
212神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 00:55:20.99 ID:ZrswXkbF
>>211
確かに変な宗教信者が2チャンで書き込んでいるだろうね。

けれど追い詰めて、

社会に加害するような事件を起こされては困るので、

どうしたらよいかな。
213神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:10:53.77 ID:cpCZpo9w
>>204
>生命現象を現す肉体(生)と、そうでない死体(死)とは、五感で知覚できる

生命現象とは何か?
と言うより、お前は生命の所在を明らかに出来もしないで安易に生命やらの実在を説く
実在してる筈なのに滅する時点で矛盾すると言う事実すら気付かない愚か者である
もし、お前が道元師を擁護するものなら、道元師はお前の様な断見論者ではない
薪と灰の論説の通り、ちゃんと輪廻を解説している
そこに生命やらのまやかしは介入の余地など微塵も無い
214神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:12:44.54 ID:5XajxNHy
やっぱ肉親の死で初めて魂とか生きるて考えるのかな
わからん
机師匠に聞いて
215神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:15:10.73 ID:ZrswXkbF
>>21

隠居氏と同じ悪印象操作のベテランだな(笑)

>胡散臭い長文は無視
>明らかに変な宗教な信者

いつも そうなんだが、文章構成に気を付けてほしい。
この一行目は長文に対して無視だといっている。
内容ではなくな。

そして、二行目は、一行目で自分が印象付けに言った事に対して、

脈略なくまったく説明になっていない、いいがかりをつけているだろう。

変態政治宗教カルトの
悪印象操作の典型の表現パターンが使われている。
216神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:22:09.42 ID:+w1/8pRV
>>207
人間にとって、五感で知覚できない対象は、非実在、空想、妄想であり、
問題にするに及ばない。「生命現象」は、五感で知覚できるから、実在
である。

「そうでない」と言っただけでは、「何がそうではないか」と、実在判別
能力が破壊された君達宗教患者が誤解するといけないから、あえて「死体」
と強調しただけ。重要な概念を反復するのは、おかしなことではない。

君は、それほど批判ができるのなら、釈迦やイエスの言葉を少しは批判してみ。
これほど突っ込みどころ満載の言葉はないだろw。それが一切できない
のが、まさに宗教の最大の病理なのである。
217神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:22:17.14 ID:ZrswXkbF
訂正>21→>>211

ごめんなさい。


この手のトリック表現は、どこまでも注意深くあってほしい。

カルト批判しているように見えるが、自分達がそうなんだ。

そしてそれを、彼ら彼女らが書く文章で見分けてほしい。

落ち着いて、脈略を何度も読めば見分けられる。

どうかたのむ。
218神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 01:43:06.39 ID:ZrswXkbF
>>216 = ID:+w1/8pRV
>>207
>人間にとって、五感で知覚できない対象は、非実在、空想、妄想であり、
>問題にするに及ばない。「生命現象」は、五感で知覚できるから、実在
>である。

あのね、申し訳ございませんが、私が知覚できますが。

君が犯罪者であると。
臭覚を使いました(爆笑)

>「そうでない」と言っただけでは、「何がそうではないか」と、実在判別
>能力が破壊された君達宗教患者が誤解するといけないから、あえて「死体」
>と強調しただけ。重要な概念を反復するのは、おかしなことではない。

君の概念は犯罪者の概念なのだから反復するな。

>君は、それほど批判ができるのなら、釈迦やイエスの言葉を少しは批判してみ。
>これほど突っ込みどころ満載の言葉はないだろw。それが一切できない
>のが、まさに宗教の最大の病理なのである。

隠居氏だね。

釈迦やイエスの言葉を批判してみろと、君は今までにも何回も言っているね。

少しでも読解しようならわかるが、悪口ありきでせまる君は、

釈迦やイエスが邪魔でたまらない。

どこの犯罪変態カルトだ、隠居さん。
219神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 02:27:12.67 ID:+w1/8pRV
>>213
>薪と灰の論説の通り、ちゃんと輪廻を解説している

君は正法眼蔵を読んでいない。道元は、輪廻を完全に否定している。

「かの薪、灰となりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人の死ぬ
るのち、さらに生とならず」。
220神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 02:48:11.70 ID:+w1/8pRV
>>213
>そこに生命やらのまやかしは介入の余地など微塵も無い

正法眼蔵をまともに読め。丸ごと「生命教」ではないか。
221神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:04:11.95 ID:+w1/8pRV
>>213

「しるべし、自己に無量の法あるなかに、生あり、死あり。しづかに思量すべし、
いまこの生、および生と同生せるところの衆法は、生にともなりとやせん、生に
ともならずとやせん。一時一法としても、生にともならざることなし。一事一心
としても、生にともなざるなし」(正法眼蔵)。
222神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:10:16.32 ID:6fRkh2g3
無量の法に執着したら我があるから解脱しないはずなんだけどなあ。
って、妄想、妄想、
223神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:31:25.36 ID:+w1/8pRV
>222
「もし人。生死のほかにほとけをもとむれば、ながえを北にして越にむかひ、
おもてを南にして北斗をみんとするがごとし。いよいよ生死の因をあつめて、
さらに解脱のみちをうしなへり。ただ生死すなはち涅槃とこころへて、生死
とていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし。このときはじめて生死
をはなるる分あり」(正法眼蔵)。

釈迦とは、全く違うなw、
224神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:37:16.14 ID:6fRkh2g3
いや感動した!
釈迦と同じやけど、表現が違うだけやね。
225神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:42:25.50 ID:WMbQOaB0
>>118
口頭で述べられた事を文章に残してくださったお弟子さんには大変な苦労が
あったと思いますし、
真理は伝わっていると思います。

一般的にはそういうものだと記録した瞬間にその記録は古いものになる
そう思ったのは
先日聴講させてもらった講座の布教師さんが
世間話や日本の先史を絡めて仏教を語られていた事に
憤慨しまして、こちらのスレに・・。
古くなるというより個人の思いと仏教を一緒こして間違った事を
信徒さんに言うなと。

説明が足らなくてすみませんでした。
226神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:44:23.84 ID:+w1/8pRV
>>224
>釈迦と同じやけど、表現が違うだけやね。

また「生死のほかに仏を求めている」w。それでは解脱できない。
227神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:48:19.53 ID:+w1/8pRV
>>223
>ただ生死すなはち涅槃とこころへて、生死
>とていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし

釈迦は、「生死を厭い、涅槃を求めた」。だから悟れなかったのである。
228神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:50:15.92 ID:6fRkh2g3
生死の中に入りきらないといけないってこと?
229神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 04:00:02.10 ID:6fRkh2g3
涅槃に生死も展開しているとして、ここに我がいるという苦は、無常によって崩壊させられるが、涅槃に我を求めては解脱しないってことかな?
230神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 04:20:27.75 ID:rbwH+6AH
>>228
生死の外に出られるのならオレは出たいよw
231神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 04:24:43.05 ID:WMbQOaB0
>>229
涅槃とかこだわってたら、無理ですよね、解脱も悟りも。
てか、煩悩ってどうやっても消えないです。
動物の方がよほど正直ですよね。
生存本能だけ。

でもどうして自分が人間に生まれたのか、虫でもなんでもよかったのに。
そこが不思議です。
232:2014/05/27(火) 04:47:22.46 ID:VaQ7uFT3
>>190
>却下
>輪廻も無常も仏法畢竟に於いては方便に過ぎず、目的地と定めるのはあくまでも出世間になり
↑第一義悉壇ではないそうですので、貴兄の理解の通りかも知れません。

>輪廻も無常も釣り針に付ける餌に過ぎない
↑断見者に『輪廻』、常見者に『無常』、『無我』は餌としては疑団です。
233神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 04:48:49.20 ID:6fRkh2g3
生死の外に出るのは、身、口、心が我ではない、自然現象界と知ることだ。
けれど、これが無量の法を顕現させる。
すると我は、体からは離れても、こちらに生きてしまうようになる。
主体が、消滅しない限り、涅槃において生きているので再生してしまう。
色界だけでなく、無意識界ですら消滅しないと。
だから仏陀も道元も、涅槃は即無常の生死で、ここにおいて在るが、ゆえに滅すると言った。
うーん、もはや、妄想すぎて、ごめんなさいw
234:2014/05/27(火) 04:52:30.22 ID:VaQ7uFT3
>>196
>道元さんは、すべての語り尽くしているではないか。見事である。

まったくそうですね。折々に三時業を説かれており、見事です。

「宝慶記」☆道元、20代
仏法、若し長沙の道の如くんば、何ぞ諸仏の出世・祖師の西来有らんや。
堂頭和尚老師大禅師示して曰く『長沙の道、終に不是なり。長沙、未だ三時業を明らめざるなり』と。

「正法眼蔵随聞記」☆道元、30代
また冥機冥応、顕機顕応等の四句有る事を思フベシ。また現生後報等の三時業の事も有り。此等の道理能々学スベキなり。

「行持(下)」 ☆道元、43才
この黒業は今日の業力のみにあらず、宿生の悪業力なり。
今生ついに如来の真訣をきかず、如来の正法をみず、如来の面授にてらされず、如来の佛心を使用せず、諸佛の家風をきかざる、かなしむべき一生ならん。

「仏道」 ☆道元、44才
多生の値遇奉覲(ちぐうぶごん)をちぎるべし、これをもて多生の見仏聞法をねがふべし。

「正法眼蔵」十二巻本第八 ☆道元、晩年
善悪の報いには、次のどれかに当てはまる三つの決まりがある。これを三時という。
235神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 05:00:45.61 ID:WMbQOaB0
>>234

>三つの決まりがある

なんなのでしょうか?
236:2014/05/27(火) 05:04:23.27 ID:VaQ7uFT3
>>233
>主体が、消滅しない限り、涅槃において生きているので再生してしまう。

もし主体が消滅しなくても、智慧にて法を解して脱していれば再生しないそうです(本スレ住人の一見解)。

また智慧にて法を解していながら輪廻を選ぶのが菩薩達でしょう。
石飛「一切智もまた衆生済度の為にある」は至言だと思いました。

なぜ、執着のない如来も菩薩も「衆生済度」にだけは拘るのか、如理作意の対象でしょう。
237神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 05:39:07.94 ID:WMbQOaB0
>>236

>執着のない如来も菩薩様

ちょっと意味がわからない。
あなたは仏教徒さんじゃないの?
238:2014/05/27(火) 05:42:41.48 ID:VaQ7uFT3
>>235 ※省略して済みませんでした。

「正法眼蔵」十二巻本第八 ☆道元、晩年
善悪の報いには、次のどれかに当てはまる三つの決まりがある。これを三時という。
 一つには、「順現報受」… 現世において報いがある場合。
 二つには、「順次生受」… 来世において報いがある場合。
 三つには、「順後次受」… 第三世において報いがある場合。
仏祖の道を修習(しゅじゅう)するには、其の最初よりこの三時の業報の理を効い験らむるなり、爾あらざれば多く錯りて邪見に堕つるなり。
但邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く。当に知るべし。

20代に師(堂頭和尚老師大禅師)から聞いた「三時業」を、道元禅師は晩年に残しましたが、30代、40代でも度々説かれております。
特に「三時の業報の理を効い験らむるならざれば、邪見に堕ち、悪道に堕ちて長時の苦を受く」との説法は近代仏教学者らは知らずや。
勿論、彼らは知っていて「道元も耄碌して虚言をはいた」と嘲笑していたのかも。
逆に道元禅師は将来仏祖の説かれた三時業(輪廻)を否定して衆生を邪見、悪道に堕とす輩が現れることを予見して警鐘されたとも読めます。
239神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 05:50:48.74 ID:WMbQOaB0
>>238
現世と来世は一つですよ。
悪道、警鐘、
そういう脅しがカルト宗教の得意な技です。
あなたは何宗ですか?
24037 『自』殺:2014/05/27(火) 05:58:17.37 ID:1Rc7Ysas
>>238
>「三時業」を、道元禅師は晩年に残しましたが、30代、40代でも度々説かれております。

アホ!

およそ存在(生死)は自分の意志ではない。
人は生前も死後も妄想以外に知らないのだ。
ならば、今の存在は自分の意志ではない。
存在は『曰く、不可解』(藤村 操)
藤村は華厳の滝に飛び込んだ。
存在という矛盾に自分の意志を問うた。

しかし、この問いには<自己とは何か>という問いが抜けている。*道元は現成公案で問うている。
絶対的なjust now(即今), just here(即処), just own(即自)の問いがない。

「即」(just)には存在自体がありえない。*存在という矛盾は相殺されている
今・処・自は不立である。 時空際断の如く、である。*三時はありえない。
ならば、存在には意味・価値・実体はありえない。
苦しみは今・処・自に意味・価値・実体を与えていた自縄自縛の構造によるのである。

ならば絶対的なnot now(非今),not here(非処),not own(非自)⇒あるがままを直覚するしかない。
*非今・非処・非自の如く(勝義)→即今・即処・即自(還滅)

なんらの問題も矛盾もなかったのである。

これが安心である。
241神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:14:42.01 ID:GX3jOpDH
240くさーーい
242神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:20:50.02 ID:VfXLurOj
道元は懐奘に、年老いた親を見捨てるように説得している。
眼横鼻直もそうだが、こういったエピソードからも、
道元が悟っていないことを知る。
 
道元は求道者レベルでしかなく、
かれの言葉が切り札にならないことを肝に銘じよう。
道元を手本に、悟りを自分のサイズに矮小化してはならない。
気づかないうちに、増長と慢心を育てるばかりである。
24337 『自』殺:2014/05/27(火) 06:28:08.30 ID:1Rc7Ysas
>>242

却下

愚人は自分にあわせて人を見る。
244神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:30:34.18 ID:GX3jOpDH
243の説明がポンコツだから242の感想が出るともいえるなw
245神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:32:45.88 ID:WMbQOaB0
煩悩というのはどうしても消えませんね。
親になって益々煩悩出しまくり。
そして、子より自分が一番大事だとも気づきました。
これが人間、動植物と同じ。
仏教に触れてそれを気づかせてもらっただけでも有難い。
心の闇を知らない人間の語る言葉は実に薄い。
お釈迦様に見抜かれていたようです。
246:2014/05/27(火) 06:36:17.35 ID:VaQ7uFT3
>>239
>現世と来世は一つですよ。

答えて曰く、諸仏には、二種の説法有りて、先には、諸法を分別し、後には、畢竟空を説きたまえり。
若し、『三世の諸法に、通達して無礙なり。』と説けば、是れ分別して説きたまい、
若し、『三世は一相にして、無相なり。』と説けば、是れ畢竟じて空なるを説きたまえり。
(中略)
復た次ぎに、仏には、二種の道有り。
一には福徳の道なり。有る人は、仏の十力、四無所畏、四無礙智の十八不共法等を聞いて、恭敬、信楽心を生ず。
二には智慧の道なり。有る人は、『諸法は、因縁和合の生の故に、自性有ること無し。』と説くを聞いて、便ち諸法を捨離し、空中に於いても、心著せず。
(参照:つばめ堂通信「大智度論入門」第二十六(下)三世の有無)

>あなたは何宗ですか?

元浄土宗で今は異教ですが、浄土真宗の祖母の遺稿「浄土への道標」を昨年再出版しました。
247神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:40:54.74 ID:s5Yoghfn
>>242
>道元は懐奘に、年老いた親を見捨てるように説得している。

していない
248神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:42:50.22 ID:VfXLurOj
只管打坐。これが道元のスタイルだが、
その意味を読み解けば、道元が生涯修行の求道者だったことである。
凡夫道元と言われても仕方がないだろう。
 
坐禅もせずに道元を引用する人もいる。
道元を引用するなら、まず坐禅に打ち込み、しかる後に引用せよ。
そうでなければ坐禅の意味すらわからない。
 
坐禅のために坐禅があるのではない。
悟るために坐禅があるのだ。手段を目的にするのは転倒である。
坐禅それ自体は、不自然な行為であると自覚すべし。
249神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:47:49.46 ID:VfXLurOj
>>247
懐奘の『正法眼蔵随聞記』を一読すべし
250神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 06:56:16.33 ID:WMbQOaB0
>>246
元、浄土真宗、そうですか。
異教に改宗される訳もおありでしょう。

福徳とありますが現世利益ですね。
自分のコメでも書きましたが浄土真宗の師も
本願寺も乱れています。
それがきっかけでこのスレに来ました。

祖母様がそのようにまでとは。ご立派ではないですか。

でもあなたも私もそれを知ったから仏教、いえ
自分はカルトではなく真実をもっと知りたいと思ったのですが
あなたが選んだ異教?があなたの為になればいいですね。
251神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:10:24.96 ID:GX3jOpDH
ポンコツ宗の○在家、消えてちょうだいw。
お前の陶酔デタラメ汚染話は空虚過ぎるw
252神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:12:02.34 ID:GX3jOpDH
>坐禅もせずに道元を引用する人もいる。
道元を引用するなら、まず坐禅に打ち込み、しかる後に引用せよ。
そうでなければ坐禅の意味すらわからない。
 

いいこというじゃんw
ほんと、空想の禅を語り、空想の禅を批判する鳥類と
馬鹿が多すぎだからなあw
253神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:13:30.23 ID:s5Yoghfn
>>249
懐奘は以前に道元から聞いた言葉

「示云(じにいわ)く 孝順(こうじゅん)は尤(もっと)も用(もち)いる所也。
但し その孝順に在家出家(ざいけしゅっけ)の別あり
 在家は孝経等の説を守りて 生(しょう)をつかえ、死(し)につかふること世人皆知(せじんみなしれ)り 
出家は恩を捨て無為(むい)に入りて 無為の家の作法は 恩を一人に限らず 
一切衆生斉(いっさいしゅうじょうひと)しく父母の恩の如く深しと思うて 
作(な)す所の善根(ぜんこん)を法界(ほっかい)にめぐらす。… 日々の行道時々(ぎょうどうじじ)の参学 
只(ただ) 仏道に随順(ずいじゅん)しもてゆかば 其(そ)れ真実(まこと)の孝道とする也(なり)」

を守ったのであり 道元が会いに行くなとさとしたわけではない
道元は
孝順(こうじゅん)は尤(もっと)も用(もち)いる所
ただし出家はその性質が違いますよ と言っている
254:2014/05/27(火) 07:20:00.04 ID:VaQ7uFT3
>>250
>祖母様がそのようにまでとは。ご立派ではないですか。

有り難うございます。
グーグルで「浄土への道標」と入力し検索いただければ遺稿のダイジェスト版は読めます。

仏様方のピチピチとしたご活動から、真宗の方々も何かを思い出されるかも。。
尚、ある真宗の住職からは「大変、驚きました。」とコメントを頂戴しております。
255神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:20:45.61 ID:s5Yoghfn
>>248
坐禅のために坐禅があります
あなたは座ったことがないとわかります
256神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:21:12.31 ID:FWg2QTN1
すべては縁起による幻想だ
凡人には幻想トリックは見抜けない
257神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:28:22.46 ID:s5Yoghfn
>>248
自分が凡夫でないとして仏道から離れた行いをするのが凡夫です
258神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:32:37.66 ID:GX3jOpDH
>坐禅のために坐禅があるのではない。
悟るために坐禅があるのだ。手段を目的にするのは転倒である。
坐禅それ自体は、不自然な行為であると自覚すべし。


ここは空想だなあ。
空想佛教の○在家とかw空想家の書き込み祭りが激しいなあw
259神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:34:17.21 ID:S5DpNP6u
 
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
業報有るも而かも作者無し。此の陰滅し已らば異陰相續す

http://harato.kita-9.com/digest3.html
言葉では表現できない事柄を現時点で原因が解らないからと言って適当な理由づけをせず
『業報(現実の現象)有りて、而も作者無し(原因はつかめない)』
結果は歴然としているが原因はよく解らないとする
そして「是なければ是なし」と観る眼をも一緒に持たねばならない

第二は
「俗数法〔世俗諦・世間的な真理〕とは、此れ有るが故に彼あり、此れ起きるが故に彼起きる」
と「此れ」を「彼」に置き換えて理論化することを「俗数法」といわれる

「『業報有りて、而も作者無し』この陰滅し已わって、異陰相続す」
結果は見えているのだが原因は分からない
この無常のようなものは完全に無くなったと思っていたものが
何時の間にか異なる形で無常は続いている
長期の因果をよく観察せずに、現在の整合性だけで判断し
よく分からないような人の運命や無常に適当な理由づけをするのは「第一義」とされていない

http://www.homyou.hello-work.jp/ron3.html
現在の五薀仮和合が離散すると、五薀仮和合の仮我が生じる
前の五薀仮和合と別のものであるが前の五薀仮和合より生じたものである
それ故に前の五薀仮和合の時の行為の報を受けるのである
260にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 07:38:19.14 ID:YzidzZ8X
>>200
違いますよ。昨日・一昨日と所用が続き久々に今>>1から読んでるとこです。
261神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 07:40:16.74 ID:WMbQOaB0
>>257
千日回峰行を行った方も煩悩は消えないとおっしゃってます。
チベットでもっと過酷な修行をされた若い僧も
煩悩は消えなかったと。
おいそれと修行で我が身を知る行いは出来ませんが
それを成しとげた方の語る言葉は有難いものです。
262カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 07:59:16.15 ID:56nIeFHU
>>252
ただ只管打坐に打ち込んでりゃいいってか。これだから禅宗は駄目なんだよ。
八正道の正定は、一番後にくる。その前に正見からはじまり、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念
と続くわけだ。あのよ、重要なのはまず真理を正しく理解し、正しい生活を送り負の業を滅ぼすこと。
これに尽きるんだよ。それをしないでいくら座ったところで正定は得られない。出家制度は
負の業を積まないという面ではいいシステムで在家より正定は得られやすい環境にいるが、いくら出家
したところで汚いエゴをそのままにしている者はいくら座っても正定は得られないんだよ。
ま、君らじゃのっけからくる正見すら得られていないので、何が正しく何が正しくないか。何が善で、何が悪かも
わかっていないようだけどな。アホはただ座ってればいいと思ってやがる。
263神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:01:26.36 ID:VfXLurOj
>>253
道元賛美者はしばしば、そういった古文をそのままを引用する。
しかし今の時代、古文をすらすら読めるような人はそんなに多くない。
相手に配慮しない「ひとりよがり」はよくないと思う。
 
その「ひとりよがり」が、>>253の引用、同書三ノ十六父母の報恩等の事
にも色濃く出ている。出家も在家も人間としての義務は同じなのに、
出家を理由に親を見捨ててもよいという。道元の詭弁である。
 
それから自分がイメージした個所は、同書六ノ十三先師全和尚入宗
せんとせし時。禅宗は六祖慧能の時から、親を見捨てるのが教えなのか。
そんな教えは邪見であり、世の中を地獄にする。
264神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:05:50.47 ID:S5DpNP6u
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B9%E6%B4%9E%E5%AE%97
「正伝の仏法」を伝統とし
「南無釈迦牟尼仏」として釈迦を本尊と仰ぎ
「即心是仏」の心をもって、主に坐禅により働きかける

曹洞宗の坐禅は中国禅の伝統と異なり
「修証一如」(無限の修行こそが成仏である)という
道元の主張に基づいて
「只管打坐(しかんたざ)」(ひたすら坐禅すること)

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/%E5%8F%AA%E7%AE%A1%E6%89%93%E5%9D%90/m0u/
只管打坐(しかんたざ)
余念を交えず、ただひたすら座禅すること
「只管」はひたすら、ただ一筋に一つのことに専念すること
「打坐」は座ること、座禅をすること

http://kotobank.jp/word/%E5%8F%AA%E7%AE%A1%E6%89%93%E5%9D%90
只管打坐(ひたすら座禅すること)
本証妙修(本来悟っているものの座禅)
修証一等(修行と悟りを区別しないこと)
行持道環(修行者と仏とが座禅を通じて一体となること)

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1483660814
道元が「正法眼蔵」の第六十で
「三十七菩提分法、即ち仏祖の眼晴鼻穴、皮肉骨髄、手足面目なり。
  仏祖一枚、これを三十七菩提分法と参学しきたれり」
265カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 08:05:55.18 ID:56nIeFHU
アホは無我だから得るという表現はおかしいといってるようだが
末法仏教徒の皆さんは、いくら座っても正定は得られないよ。君らは一番大事なものが抜けているんだよ。
ヨーガの聖者と君らじゃ同じ瞑想をするにしても決定的な違いがあるんだ。それはグノーシスにおける
認識を得る手段と比較してもそう。気の毒だけど末法仏教の呪縛から逃れない限り君ら末法仏教徒の救いは
無いよ。
266カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 08:19:54.03 ID:56nIeFHU
>>263
本当そう。本当に賢い人は難しい話でも誰にでもわかる簡単な言葉で話すものだ。
そういや昔、原始佛教というスレで得意げに漢文載せて悦に入っているアホもいた。
267カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 08:25:51.00 ID:56nIeFHU
>>263
出家を理由に親を見捨てるなんてのは八正道に反するわな。
道元なんてなんもわかっちゃいないんだろ。
268神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:33:59.83 ID:WMbQOaB0
>>265
本当に、この世の終わりに助かるのはあなただ!と
いうカルトは世界中に蔓延してます。
アメちゃん映画など毎年地球を滅ぼそうとしたりでしたね。
269にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 08:48:54.14 ID:YzidzZ8X
親を捨てるとか自殺とか、子捨てにしろ殺人にしろ、それが「良くない」というのはたまたま所属する社会の規範であって、
言ってみれば我々の刷り込み(経験)と合意(ルール付け)という後験的なものでしかなく「形而上的・先験的な『善悪』」ではない。
ただその時々に形而下的に変わる様々な価値観が、たまたま今はそのような姿を表しているに過ぎない。
『善悪』というより、現状に於ける適切性(もっと言えば単なる便宜性)の問題に過ぎない。
270神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:49:18.91 ID:fjZjrioP
この世は幻覚であり
幻覚に翻弄されてる者はシャブ中毒と似たようなもの
早く幻覚から解脱しよう
271神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:49:24.11 ID:VfXLurOj
改善の動きもあるが、坊主は昔から漢文の経を棒読みしている。
さも有り難いかのようにふんぞり返り、善良な庶民をだましてきた。
支那人の死者なら多少わかるかもしれないが。
 
古文を直に引用する人も、坊主と似たような精神構造なのだろう。
現代文でも理解困難なのに、古文や漢文や特殊な用語をまき散らす。 
議論ではなく、相手を煙に巻こうとする。
 
自分の未熟さを隠そうとするズルサだね。
宗教を語る資格なし。
272神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:56:07.60 ID:VfXLurOj
>>269
そういう発言は控えた方がいい。
日本だけでなく、世界中の大多数が、キミのように思ってない。
273神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 08:58:13.11 ID:zGhjjtbz
その親の状態にもよりますね。年老いても自分のことは自分でできるなら
わざわざ、依存関係を続ける意味がない。
また息子も親に対する愛着があるなら、まずそれを離れるのが自然な流れですね。
274にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 08:59:33.70 ID:YzidzZ8X
>>269続き。
だから、道元が親を捨てたかどうか知らないが(そんな些末事に興味ない)、そんなことと道元が涅槃寂静に至ったかどうかとは関係ない。
親を捨てたり妻帯したり肉食飲酒したから涅槃寂静に至らないなんてことはない。
ただただ、そういう世俗事を善悪付けることに煩わされること(煩わしいと思うこと)が無ければ、それが本来の涅槃寂静だろう。
そこに至る哲学理論あるいは科学的理論が本来の仏教であって、論理的なオツムさえ持っていれば至るのが涅槃であり、
それがわからないのであれば、どうしても善悪という価値観から離れられないなら、もう世俗事に関わらなきゃいいじゃん、という二次的な教えが戒律じゃないだろうか。
つまり戒律というのはバカのための方便じゃないかね。
275カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:00:01.96 ID:56nIeFHU
>>268
我々は本当の自分自身を取り戻さない限り業に従い輪廻転生を繰り返す。
仏教の無我思想とは本来、死ねば全てを失う私と貴方を分かつ今の自我による生存には何一つ我がものは無し。
もしくは一切には自性(アートマン)は無しという意味な。無我無我といっても現に幻であれ君の自我は今あるじゃないか。
君らは、君らの無我思想は根本からん間違っていることを君らは学ばなければいけない。で、実際に今の宇宙は
永遠に続くわけではない。生まれたものは滅するのが定め。宇宙が滅したとき行き場の失った業はどうなると思う?
本当の自分と言えば末法仏教徒は躓くと思うが、真我と呼ばれているものも自性はない。君らは根本的に思い違いをしている。
276神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:00:07.52 ID:GX3jOpDH
空想批判痴呆のカラスがんばっているなあw

基本、あいつは脳内空想で一人相撲オナニーで僕ちゃんハッピー状態だからなあw
277カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:02:13.91 ID:56nIeFHU
>>269
邪見の見本です。我々は本当は一つだ。この真理を知れば何が善で何が悪かを理解するだろう。
年老いた親を見捨てちゃ駄目なんだよ。
278神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:03:21.41 ID:GX3jOpDH
カラスは脳内空想で批判の輪廻して喜んでいるのは良く理解できるなw
カラスの見るヨーガの聖者とは、恐らく脳内空想のプロの事だろうw
カラスのいうアホから自由に解放される為には、
ただ、脳内空想で批判する修業が必要な様だなw
279にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:03:42.38 ID:YzidzZ8X
>>272
だから、世間の大多数がそう思ってるかどうかというのは、今の世界の現状に対する処世術の問題の域を出ないのであって、
そこに本質的な『善悪』があるわけじゃない。
現代社会に適応したければ、現代社会に恭順したらいいし、迎合したくなければ不便を被るという程度のものでしかない。
280神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:06:26.71 ID:WMbQOaB0
>>275

>宇宙が滅したとき

それはどう状況でしょう?
それが末法論使いのカルトの方便ですよね。
281カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:07:50.82 ID:56nIeFHU
>>276
禅宗を貶されたらそんなに頭に来るか。俺はキリスト教徒であが、キリスト教を貶されてもなんとも思わないぞ。
なんにせよ執着は我々の心にエゴイズムを生み出す。エゴイズムは繰り返しエゴを生み出し、繰り返し我々を殺すだろう。
この世は神の似像。この世のもの一切に執着してはならない。なぜならそれらの執着は貴方の心にエゴイズムを生み出すからだ。
ま、お前に言っても猫に小判だろうけどな。
282にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:07:55.75 ID:YzidzZ8X
>>277
【本来ひとつ⇒捨てちゃいかん】という命題の真である理由は?
283神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:07:56.25 ID:zGhjjtbz
無我というのは個我(エゴ)がないという意味なら、わかりますけどもね。
無我になったら、エゴによる欲望はないわけですから苦もない。
ただ、それを心の底から体験した人は少ないだけでしょう。
284神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:08:33.17 ID:VfXLurOj
>>273
もちろん、年老いて、自分の世話が困難になった親の話。
育ててもらった恩があるのに、年老いたらやっかい扱いで見捨てる?
親の恩に報いるのが子の務めでしょう。
借りたものは返す 〜 これが人間社会の掟(ルール)です。
285神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:08:50.49 ID:cpdfvucg
親孝行するにも親が幻覚と知りつつ孝行することだな
実体と勘違いして孝行すると介護疲れとか苦しむことになる
286カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:09:41.62 ID:56nIeFHU
>>280
今の宇宙は永遠に続くと思ってんの?なら生じたものは滅する仏陀の法を無視することになるね。
287神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:10:49.44 ID:GX3jOpDH
邪見の見本から解放される法、
それはカラス大先生の如く脳内空想で批判する能力を向上させる事であーーーるw
288カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:11:37.91 ID:56nIeFHU
>>282
捨てるのは私と貴方を分かつエゴだろ。
289にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:15:52.08 ID:YzidzZ8X
>>283
エゴイストだって独立してエゴイストなわけじゃなく、どんなに勝手に振る舞っても縁起の内に規定された必然的な現象に過ぎない。
猿がどんなに好き放題してるつもりでも、それは言わば釈迦の掌の上なんだよ。
形而上的な善悪とか、あるといえない。そんな価値観は全て形而下の現実によってその時々に膨れてはハジケル泡のような様相の一時の姿でしかない。
現実に先立ってある価値観なんてものはあると言えない。
290神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:16:21.43 ID:zGhjjtbz
>>284
そうですね。ただいろんなケースがありますね。
私の親は包丁を持ち出すような親なんですよね。そういう親の場合もあるわけです。
なんにせよ、先のことは思い悩むことはありません。
そのときがきたら、そのときの流れでいいと思います。
291神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:16:59.13 ID:BSrPo2G2
>>241
>>244
>>251
>>252
>>258

指摘以上に自己紹介が乙だな。スルーしたくなるww
292カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:19:27.49 ID:56nIeFHU
>>289
人には自由意志が与えられている。獣はエゴのまま生きる。エゴの命令に背きエゴを滅ぼすことが出来るのは
言葉で思考できる「人」だけなんだよ。我々は本当は一つだ。この真理を知れば他者に対してどう振舞えばいいか賢い人なら
理解する。だがエゴを愛する人はこの教えを頑なに否定する。
293神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:24:13.86 ID:WMbQOaB0
>>286
はて?
仏法以前に科学的に物質が滅するという概念はないのですが
滅するというのはどういう状態をおっしゃってるのですか?
294神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:24:24.02 ID:GX3jOpDH
291の幼稚な返し上手いなあ参りましたw

281 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:07:50.82 ID:56nIeFHU
>>276
禅宗を貶されたらそんなに頭に来るか



ほんとカラスは脳内空想が好きだなあw
その後の文章も脳内空想を大量生産しているしなあ。
禅宗なんて、クソだと書き込んだはずだがな。
ま、一応カラス大先生のサイコパスな脳内空想から自由になる様に教育指導しているんだよ
ありがたい機会を提供しているんだ、感謝ぐらいして欲しいものだなw
295にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:24:58.72 ID:YzidzZ8X
>>288
はは、ミクロ的に見て親を捨てる、ということと、それがマクロ的には捨てるも捨てないもない、ということは視点の違いです。
親を捨てたらいかん、とか自殺はいかん、とかの「捨てる・殺す」言うのはミクロ視点で、今のスレの流れはこのミクロ視点。
マクロ的には捨てるも捨てないもないよ。親の死も私の死もあなたの死も、物理現象として繋がってる大宇宙の様相が刻々と変化する一時的な姿でしかないから。
だから、科学的大局的には捨てるも捨てないも無い、ということと、実存的小局的視点からは捨てる捨てないの別が生じることは両立する。
その上で、大局的には捨てる捨てないに区別の意味がないし、小局的には処世術の適切か否かはあるにせよ『善悪』はあると言えない、ということ。
296カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:28:10.37 ID:56nIeFHU
>>293
また言葉遊びで絡んできやがる。滅するということは滅するだよ。文句があるんならまずお前の意見を言ってみな。
どうせすぐ論破されるのがわかっているから決して自分の意見を言わないもんな。おまえらいつもの手口だ。
で、おまえビックバンを否定するわけ?
297にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:29:01.62 ID:YzidzZ8X
>>284
それは単に処世術であって、「形而上的・先験的な『善悪』」ではないよね。
298カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:29:54.85 ID:56nIeFHU
>>295
な、禅思想に被れるとこういう善悪の判断もつかなくなる。だから俺は禅宗を批判するんだよ!
299神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:31:43.60 ID:WMbQOaB0
>>296
つまり、ビッグバンで物質も消滅するということで
よろしいですか?
300神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:32:51.69 ID:BpX4hO0q
にしてつ
お前は本当に最低な人間だわ
301神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:32:59.33 ID:zGhjjtbz
善と悪は、たがいに依存している。
善がなければ、悪もない。善人は悪人の親であり、悪人は善人の子供です。
302カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:36:09.12 ID:56nIeFHU
>>299
君はアホか?わざとやってるんなら君の心は相当邪悪だな。
ビックバンにより宇宙は生起した。生起したものは滅びるのが定め。それが仏法だ。
文句があるならお前の意見を言えよ。論破されるから怖くて言えないんだろうけど。
まさか消滅一如なんて笑かしてくれるわけ?
303神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:39:15.04 ID:GX3jOpDH
ま、カラス大先生の脳内空想認知、知識に反するものはすべて、詭弁、言葉遊びと判定される。
空想と事実の区別が偉大なカラス大先生の脳では判別不可能と思われる。
また不要なのでしょうw空想で批判して幸せなんでしょう。カラス・オナニーの幸福みたいなw
304神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:39:15.22 ID:oT5UiT9O
大念処経(マハーサティーパッターナ・スッタ)を読みたい。
305にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:39:26.44 ID:YzidzZ8X
>>292
> 人には自由意志が与えられている。

ミクロ的にはそう見える。なぜなら縁起の全てを認識できるほどの認識能力が人間に無いから。
マクロ的には意志も必然に規定されている。なぜなら意志が生じるのも後験的な現象だから。

>獣はエゴのまま生きる。

獣の行動も人間の行動も形而下条件に規定されている。

>エゴの命令に背きエゴを滅ぼすことが出来るのは

エゴに背くとか滅ぼすとかも規定されてる、それが無我。無我はマクロ視点。

>我々は本当は一つだ。この真理を知れば

違うんだよ。
既にひとつ、なんだよ。だから、

>他者に対してどう振舞えばいいか

振る舞いってのもマクロ的には予め規定されてる。そこに自由があると思うのはミクロ視点の実存主義。
306神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:40:47.02 ID:S5DpNP6u
 
>>248 ID:VfXLurOj さんへ

道元禅師は
「正法眼蔵」の第六十で
「三十七菩提分法、即ち仏祖の眼晴鼻穴、皮肉骨髄、手足面目なり
  仏祖一枚、これを三十七菩提分法と参学しきたれり」

と言ってるみたいだけど

ID:VfXLurOj さんは
四念処とか
(三十七道品の)五根とか
八正道とかの実践をしてますか?

ちなみに
私(ID:x4q3LRbr - ID:S5DpNP6u)は
実践したことないけど
自在力・神通力を得るための
四如意足(四神足)に興味があります
307神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:41:00.06 ID:WMbQOaB0
>>302
すみませんがビッグバンってなんなのですか?
ビッグバンも物質の活動によって起きたとしかわかりません。
わからないからさっきから質問しているのですが?
308神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:42:48.81 ID:GX3jOpDH
カラス大先生の空想の認識は事実と空想の区別なしに
善悪、詭弁、言葉遊び、の判定と批判が可能である。

なかなかの大物ですなあw
309にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:43:18.30 ID:YzidzZ8X
>>296>>302
ビッグバンは滅することじゃないよ。
ビッグバン以前はどうだったか今の科学でわからないだけ。
論理的に推論するなら、ビッグバン以前がどうであれ、ビッグバン自体も巨大な円環の一点に過ぎない。
310神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:47:33.07 ID:S5DpNP6u
311神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:50:18.04 ID:WMbQOaB0
>>309
宇宙外のことも解明できずに地球も宇宙のチリになるのでしょうけど
有る物が消えない事は確かでしょうね。
有る事さえ不思議としか言いようがありません。
312神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:50:26.16 ID:oT5UiT9O
>>310
ありがとうございます!
感謝!!
313にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 09:52:47.69 ID:YzidzZ8X
>>300
あなたにとって「最低最悪」だとして、そんな些末事に煩わされることもない。
私は親を捨てたくないけど、それはミクロ的には単に、私が親の面倒を見たいというだけの私の個人的価値観に過ぎないし、規範として捨てちゃいかんとかが直接の理由じゃない。
そしてマクロ的には、私が親を捨てたくないと思う私の価値観は、たまたま縁起でそうなってるだけで(縁起の一部に社会規範も含まれるにせよ)、
どうにせよ「形而上的・先験的な『善悪』」じゃない。あくまで個人的・恣意的・実存的な選択、かつ同時に、宇宙的・必然的・科学的な原因により、そう規定されてるに過ぎない。
314カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:52:48.65 ID:56nIeFHU
一切には時間が流れる。因果の縁起の法が支配してるからだ。生死一如だとか消滅一如とか言ってる御仁がいれば
因果の縁起の法。時間の流れを全く無視した邪見である。

>>305
ほう。エゴを持つ我々は既に一つとな。だから我々は本来そのままでいいとな。マクロ視点でみれば無我だから年老いた親を見捨てても
いいとな。邪見の見本です。賢い人は決してこのような見解を取らないように。こういう人はなんだかんだ言ってエゴを愛してるんですよ。
これだから禅宗は。誤った無我思想にどっぷりつかるとゴータマが説いた四無量心も、善を成し、悪を成してはならないという教えも
どっかにいってしまうわけです。
315神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 09:53:21.16 ID:GX3jOpDH
>獣の行動も人間の行動も形而下条件に規定されている。



ホント、にしてつは、古い法則思考の持ち主だなw
やはり文化は法則で説明できるという思考の持ち主だな。
316カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 09:59:19.48 ID:56nIeFHU
>>307
ビックバン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3
君は、まとはまともに会話の成立しない人だと言うのはよくわかった。
詭弁というのは要は嘘吐きだからな。末法仏教は君らのような悪人からヴェーダを守るために作られたものだから
目的は達成しているのだろう。

>>309
いつビックバン自体を滅すると言ったんだ?生じたものは滅するのが定め。それはこの宇宙も同じことだと言ってるんだよ。
317神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:01:45.39 ID:BpX4hO0q
>>313
ああ、そういうことですか。失礼しました。
しかしながら子が親を慕うというのは生まれながらにして持っている概念で
後天的に得るもではなく人が善を重んじるのと同様天理です。
318カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/27(火) 10:02:35.01 ID:56nIeFHU
>>313
素晴らしい。この人は、禅思想に被れると当たり前の善悪の判断すら出来ないといういいサンプルです。
こういう人は、エゴを愛しているので禅思想を利用してエゴのまま生きたいのを正当化したいだけなんですけどね。
319神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:06:49.01 ID:oT5UiT9O
    10時になりましたね。みなさん、お茶でも飲みましょう…

旦 旦 旦 旦  旦       旦 旦 旦 旦 旦旦
 旦 旦 旦 旦旦 旦      旦旦 旦 旦旦  旦
旦 旦 旦 旦 旦 旦. ∧_∧ 旦 旦旦 旦 旦 旦
旦 旦 旦 旦 旦 旦 (´・ω・`) 旦 旦 旦 旦 旦 旦
旦 旦 旦 旦 旦 旦.  (o旦o ) 旦 旦 旦 旦 旦 旦
旦  旦 旦 旦 旦 旦. `u―u'  旦 旦 旦旦 旦 旦旦
320神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:08:34.29 ID:WMbQOaB0
>>316
wikiならいつでも見れますよ。ただ、そこまでで
宇宙の外側もわからない。
ブラックホールもこの宇宙内のことですし
消滅というのもあなたの仮説ですよね?

>>319
ごちですw
また明日。
321神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:19:34.25 ID:cpCZpo9w
ID:+w1/8pRV

輪廻は生死を離れてる
322にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 10:20:12.78 ID:YzidzZ8X
>>314
>生死一如だとか消滅一如とか言ってる御仁がいれば
> 因果の縁起の法。時間の流れを全く無視した邪見である。

生死も生滅も、私も他人も、マクロ的には繋がってるという意味で一如。
生滅というのも、質量やエネルギー保存の法則みたいなもの。
その時々の様態は生滅するが、生滅するのは様態だけでマクロ的には何も足さない何も引かない、と。
私もあなたも、巨大な泥団子の一部を摘まんで俺だオマエだ言うだけで、団子の一部にしか過ぎないよ。摘まんだとこを元に戻しても団子は団子。それが生滅一如。個人の生死も団子の様態の変化に過ぎない。
323にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 10:24:14.86 ID:YzidzZ8X
>>315
前スレからレッテル貼りばかりしてる人?
反論あるなら論理的にどうぞ。
論理的に反論無いのに文句付けたいだけならご勝手に。いずれであるかは実際の論理的反論の有無で判断させてもらいます。
324神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:27:05.44 ID:GX3jOpDH
他人の感想文の追及は得意だが、
自分の逃げの言い分は許されるというにしてつ、

にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されている。wwwww


カラスの邪見の定義は難しいなあw
カラスの脳内空想に反するものは全て邪見だからなあと いう形而下条件に規定されている。wwwww
325神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:28:42.37 ID:cpCZpo9w
>>322
生滅は生死を離れてて而も生滅に非ず
生と言えば生しかなく、滅と言えば滅しかない
それが生滅の事実であり、因果の実際でもある
326神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:29:24.69 ID:GX3jOpDH
にしてつは

>前スレからレッテル貼りばかりしてる人?
>論理的に反論無いのに文句付けたいだけ

この、にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものに反していると結論づけられている。wwwww
327にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 10:36:43.64 ID:YzidzZ8X
>>324
> 自分の逃げの言い分は許されるというにしてつ、

どれが逃げ?

> にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されている。wwwww

私の思考は絶対正しいの?形而下条件にそう規定されてるの?
じゃあ反論しなきゃいいじゃんww
正しくないと思うから反論するんでしょ?先のようなはぐらかしは要らないから、どこに誤謬があるかきちんと指摘してごらん?
きちんとした反論があるのか、単に文句付けたいだけなのか、指摘の有無で判断させてもらいます。
328神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:40:52.57 ID:cpCZpo9w
>>327
>正しくないと思うから反論するんでしょ?

仏教は観念論ではないのでお前のその思いの中に正答は絶対に無い
329にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 10:43:19.25 ID:YzidzZ8X
>>328
仏教があるのか、観念論か否かでなく、私の書き込みに反論があるならきちんと反論してくれ、と言っている。
330神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:44:16.33 ID:cpCZpo9w
331神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:45:12.18 ID:GX3jOpDH
ははははは、
にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものの上で判断と書き込みされている。wwwww


にしてつの思考回路の異常さ、誤謬の特徴を指摘しているんじゃんw
332にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 10:48:23.97 ID:YzidzZ8X
>>329訂正。
仏教が観念論か否かでなく、私の書き込みに反論があるならきちんと反論してくれ、と言っている。
333神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:49:45.41 ID:ZrswXkbF
>>225 :神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 03:42:25.50 ID:WMbQOaB0
>>118
>口頭で述べられた事を文章に残してくださったお弟子さんには大変な苦労が
>あったと思いますし、
>真理は伝わっていると思います。

>一般的にはそういうものだと記録した瞬間にその記録は古いものになる
>そう思ったのは
>先日聴講させてもらった講座の布教師さんが
>世間話や日本の先史を絡めて仏教を語られていた事に
>憤慨しまして、こちらのスレに・・。
>古くなるというより個人の思いと仏教を一緒こして間違った事を
>信徒さんに言うなと。

個人の思いという点がいかなるものであったのか、
話しの具体内容がわからないので、なんとも言い難いのですが。

講座は、浄土真宗ですか?

具体的に主語を明確にしないとわかりにくいですが、悩みにあってそれが出来にくいのかもしれませんね。
あるショック状態では、まだ明確にすることに、おそれを感じたりも
あるでしょうから、ご自分で戸惑っておられのかもしれませんね。
傷つくのを恐れていらっしゃる方は多いと思います。

でも、みな大人ですから傷つくなんてありません。
むしろ傷つける事はあっても。
何故かと言いますと、子供は一方的な環境にいます。
しかし大人は選択のなかにいます。

ここで書き込みをしながら、整理出来たらよいですね。
334神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 10:53:29.11 ID:GX3jOpDH
>形而下条件に規定されたもの


これ自体が誤謬なんだけどね。
人間の思考自体が、最初から形而下条件に規定されたものではあり得ない。
こう規定できるのは生命機関の法則、物理の法則ぐらいのものだな。
335にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:02:52.25 ID:YzidzZ8X
>>330
生は生、滅は滅
これはミクロ視点。
おなじことが視点を変えマクロに見れば生滅という一体になる。
色⇔空の構造と同じ。
どちらが正しいとかでなく、視点により見え方が違うだけ。
336神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:03:24.94 ID:cpCZpo9w
この世界は縁起を離れたものなど一つとして存在し得ない
故に、人の思考も人の肉体に依存し縁起して成り立っている
肉体が無ければ思考も有り得ないのは自明の理だが、思考が失せてて肉体だけある状態は有り得る
そんな状態は生命機関とやらの法則も役に立たん
337にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:06:31.61 ID:YzidzZ8X
GX3jOpDHをID抽出したら決め付けばかりで論理的な発言が皆無だった。
確かここは議論スレだったよなあwww
338神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:07:21.04 ID:cpCZpo9w
>>335
>どちらが正しいとかでなく、視点により見え方が違うだけ。

全然違う
そもそも生滅も人が考え出した概念に過ぎず
生も滅も元々区別が無いのである
肉現にはそれが見えず、始まりと終わりにしか見えないし解らない
道元師はその事実を薪と灰の例えで解説している
薪が灰に化けるのではない、薪は薪の有り様なのであり
灰は灰として、薪と火の縁によって生じた、と教えている
生しかなく滅しかないのもそう言う事で、門外のお前には
理解し難くて当たり前なのである
339神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:07:45.02 ID:GX3jOpDH
337 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:06:31.61 ID:YzidzZ8X
GX3jOpDHをID抽出したら決め付けばかりで論理的な発言が皆無だった。


と上記の、にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものの上で判断と書き込みされている。wwwww
340神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:09:49.54 ID:GX3jOpDH
わかっているぞwにしてつ、
お前の思考回路は基本的に、
にしてつの書き込みは、「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものの上で判断と書き込みされている。wwwww

以外に選択肢は、最初からない事を、吟味する余裕すら無い事をw
341人間の探求:2014/05/27(火) 11:14:02.45 ID:AVZXHIQZ
百獣の王ライオンも、生老病死から逃れることはできません。

現代の仏陀「中杉弘のブログ」

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

「中杉弘の徒然日記」

http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi
342にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:17:23.03 ID:YzidzZ8X
>>338
> そもそも生滅も人が考え出した概念に過ぎず
> 生も滅も元々区別が無いのである

そういってる。ミクロ視点で、全体から人や魚や生や死や善や悪を切り取ればそこに区別が生じるし、
その区別を離れたマクロな視点では表層の様態が変わるだけで区別は無い。

> 道元師はその事実を薪と灰の例えで解説している
> 薪が灰に化けるのではない、薪は薪の有り様なのであり
> 灰は灰として、薪と火の縁によって生じた、と教えている

薪と灰の区別はミクロ視点。分別とはそういうミクロ視点において生じる。

> 生しかなく滅しかないのもそう言う事で、門外のお前には
理解し難くて当たり前なのである

生しかなく滅しかないのはミクロ視点。マクロ的には変化があるだけだ。しかもその変化は循環する。それが輪廻でーす。

はは。門外漢に理解しがたいなんてのは単に神秘主義者の発想。
道理であれば門の内外は関係ない。
門の内側でしか通用しないのは非科学的なことを前提にしたものだけだ。
343にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:23:06.23 ID:YzidzZ8X
>>339
ID:GX3jOpDHよ、事実の指摘が悔しかったかな?
議論スレで論理的な反論を展開できないなら黙ってれば?
まあ以後は論理的反論が出るまで、議論に無駄なのはスルーしますよ。
344にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:27:36.20 ID:YzidzZ8X
>>338
蛇足と思うが一応>>335を補足すると
色⇔空とミクロ⇔マクロが同じ構造ということね。
「生」「滅」⇔「生滅」
という構造が。
345神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:28:18.69 ID:ZrswXkbF
333の補足です。

子供と大人の違いを述べましたが、
それは分かり易くするための譬えです。

一方的な環境では、傷つきます。

選択したとしても、確かにまったく傷つかないとは言い難いですが
自己責任も同時に生じているのです。

騙されると言う時、私は小さい子やお年寄りに一番に適応したいと考えます。

100メートルを君は9秒で走る事ができても、

小さい子やお年寄りは、一時間要するかもしれません。
その、のろさに対して、弱点を一方的に詐欺するのは犯罪です。

一方的、の定義は難しいです。

が、子供でもお年寄りでも、成人男女でも一方的な環境に押し込むのが暴力です。

個々人の選択、自己責任、社会制度など、それらの関係をそういった視点から

落ち着いて見直すと明解になっていきます。
346神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:31:20.25 ID:GX3jOpDH
にしてつにとっての「論理的な発言」とは、
「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものの上で判断に合致するものが、これに該当すると判定される。

にしてつの中で閉じた、検討能力、分析能力の無い思考回路に適合するのが、にしてつにととっての「論理的な発言」

343 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 11:23:06.23 ID:YzidzZ8X
>>339
ID:GX3jOpDHよ、事実の指摘が悔しかったかな?


と上記の、にしてつの書き込みは、にしてつの空想である「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものという空想基準の上で判断と書き込みされている

にしてつにとっての「事実」とは、
にしてつの空想である「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものという空想基準に適合しているという意味である。
にしてつはにしてつの空想である「にしてつ」の思考は絶対正しいという形而下条件に規定されたものという空想基準が絶対なので
「論理的反論」に該当する他者の反論は存在しない、虚勢のポーズであると思われる。
347神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 11:51:29.07 ID:1Rc7Ysas
>>335
>生は生、滅は滅
>これはミクロ視点。
>おなじことが視点を変えマクロに見れば生滅という一体になる。

『生』や『滅』ということばが幻のごとく現象しているにすぎない。
仏法には、マクロもミクロも方便でしかない。
視点などありえないのである。
348机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/27(火) 11:51:51.96 ID:8ACtb4B+
>>192
>机龍之介さん、 あなた 仏を信じてる我々にアドバイスを
>洗脳されてる御浄土信じます

人間というのは、生死が切羽詰まった状態だと真剣に考えられる。
例えばターミナルケア状態だとか、それに近い状況だね。いつ自分が死んでもオカシクない状態。
そして周囲の患者とかもバタバタ死んでいく状態ならなお真剣になれる。

そういう時は、人間というのは来世の事は殆ど考えない。
何故かというと、もうそういう余裕はないのだ。

そして人間というのは、今ある状態が非常に貴重に思えてくる。
なおかつ「生きることの儚(はかな)さ」を知るようになる。
これがつまり「生死の間で生きる」ということになる。
こういう状態がリアルにおいて、禅における見性と近い接点だと思う。
見性とは、自らの性を見る、ということです。

> そんなもん死んだらわかるが

死んでから分かろうが、どうだろうが、そういう状況の時点では一切が関心なくなるとおもう。
349机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/27(火) 11:53:13.25 ID:8ACtb4B+
>>214
>やっぱ肉親の死で初めて魂とか生きるて考えるのかな わからん 机師匠に聞いて

肉親の死は、後に残された人の心のケア、という意味で供養しますが、
供養ですから「魂が生きている」ことを前提としますね。

そう考えた方が、後に残された人は心が楽なんじゃないですかね。
楽であるなら、魂が生きていると考えても、それは後に残された人にとっては良いことじゃないですかね。
そういうことを経験的に経て人は文化を作りあげてきた訳ですから、
魂の是非を問うこと自体が野暮ということになる。
ようするに、自分の都合の良いように解釈するのが人間ですけど、
法は、人間の都合には依らない、というのも法たる所以ですから、世俗。勝義の二諦で解釈したら良いかとおもう。
350にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 12:01:27.03 ID:YzidzZ8X
>>347
だから、視点の違いにより見え方は変わるが、一つの視点に固執することから離れると、それらが両立することを理解するに至るわけです。
351神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 12:06:14.18 ID:GX3jOpDH
心配するな机は2ちゃんで嘘を塗り重ねた悪業で地獄で閻魔さんに舌抜かれるんだよw
352神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 12:06:14.57 ID:1Rc7Ysas
>>350
>一つの視点に固執することから離れると、それらが両立することを理解するに至るわけです。

一つの視点に固執することから離れると、それらが両立することを理解するに至らないわけです。
353神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 12:47:42.63 ID:/TiilgLI
風呂の中の熱い部分と、ぬるい部分があって、いくら風呂の中で熱い部分とぬるい部分は「無」、
「無い無い」やったって、所詮は風呂の中なんだよ。

現象世界で「無」と言ってる限り、それもまた現象世界の出来事で、現象世界から出ることは出来ない。
唯一、現象世界から出るには、有る無いの世界から、一歩出るってこと。
「有る」も「無い」も、「有る無い」が無いも、現象世界から出ることは出来ない。
唯一現象世界から出られるのは、「空」という概念だけ。
354神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:07:43.21 ID:VbRLmZYj
>>338
>灰は灰として、薪と火の縁によって生じた、と教えている
>生しかなく滅しかないのもそう

「縁」のことなど一切言っていない。薪は薪、灰は灰として見よ、と言ってる。
「前後ありといえども、前後際断せり」である。これは釈迦の縁起の否定である。

一旦、釈迦に洗脳された者は、中論、道元の理解は絶対に不可能。両者の思想は、
対極的。前者は、病的な妄想。後者は、冷徹な知性と現実主義である。
355神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:08:28.33 ID:S5DpNP6u
 
生死の転
http://www.eonet.ne.jp/~sansuian/dogen/dog10.html
薪は薪の法位に住して、さきありのちあり
前後ありといへども、前後際断せり
灰は灰の法位にありて、のちありさきあり

仏教は
一般に仏陀(目覚めた人)の説いた教え、また自ら仏陀に成るための教えによって
悟りに至る道筋を説明するために
世俗の様相とそれを解決する方法論をまとめた
苦集滅道の修行などにより
輪廻からの解脱を目指すこととしている

無自性・空には、因縁仮和合の論理がある
原始仏典の縁起説
順観(苦の原因)無明 → 行 → 識
逆観(苦の滅)  無明滅 → 行滅 → 識滅
356神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:16:00.58 ID:VbRLmZYj
>>353
>唯一現象世界から出られるのは、「空」という概念だけ。

それは釈迦の空。中論の空は現象世界そのもの。人間は現象世界だけでしか
生存できない。釈迦がいくら足掻いても、現象世界から抜け出すことは出来
なかった。食中毒ごときで簡単に死んだではないかw。
357神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:24:21.72 ID:VbRLmZYj
>>355
>苦集滅道の修行などにより
>輪廻からの解脱を目指すこととしている

それは小乗仏教。オウムの仏教。大乗仏教は、小乗とは全く異なる、別の仏教
である。日本の仏教は大乗仏教。小乗は無関係。小乗を持ち込むことは遠慮
されたし。日本のROM者を誤導する危険がある。
358神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:31:08.93 ID:c/dAaTwE
>>354
君が大好きな、「駒沢の」「道元研究者」(この際、院生でもいいぞw)で
『道元は釈尊(の縁起)を否定した』
という意見の人間を、たった一人でもいいから挙げてみ?w
359神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:34:53.28 ID:VbRLmZYj
>にしてつさんへ

貴方が好きな、影響を受けた、又は私淑する、西洋哲学者の名前を挙げて下さい。

西洋哲学にも、いろいろありますね。
360神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:36:07.68 ID:c/dAaTwE
>>354
ああ、ちなみに、
君が最も信奉心酔して止まない中村君や平川・三枝君たちは、
たしか、駒沢(道元)の系譜でなく、東大印哲の系譜じゃなかったかな?www
361神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:43:09.97 ID:VbRLmZYj
>>358
道元さんの大学なのに、寺和田などの影響を大きく受けた駒大の学生
が、信用できる訳が無いw。

「薪と灰」の例では、縁起(因果関係)など否定していることは明らか
だろ。「前後際断」は、釈迦の縁起の真正面からの否定ではないか。
他にも例は多数あり。中論は、その第一章で、釈迦の縁起や「無我」
「無」を、明示的に否定している。
362神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:45:11.86 ID:koFL8xN3
>>354
一切皆空なれば、縁起に依らない現象は有り得ない
薪は自力のみで灰に為ることは有り得ない
無視した時点でそれはオカルト以外の何物でも無い
363神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:52:55.24 ID:VbRLmZYj
>>362
釈迦の縁起(因果関係)なら、原始人でも幼児でも知っていること。「火に手を
近づければ火傷する」w。いい大人が、わざわざ教えることでも、教えられること
でもないw。馬鹿か、と言われるぞw。
364神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 14:58:14.19 ID:koFL8xN3
>>363
真光の手かざしならいいのか?
365神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 15:07:29.95 ID:uZz2LsTj
五感で認知されるものが形而下
五感で認知出来ないものが形而上
と断見するのは典型的な見損ないである
極論すれば・・・いや極論するしかなく
極論のみでしか真実は語れ無いから言う

五感で認知されるもののみが真実ならば一切の無は無くなる
それは妄想ですらも真実として内包する何故ならば妄想とは
五感で認知され有るものだからだ(マトリックスの世界は形而上として真実である)

あなた方があの山に動けと命ずればあの山は動くだろう
あなた方に言っておくが頭の中で姦淫を犯したる者は既に姦淫を犯したのである

これらを理解出来ないのは五感を耳口鼻舌身と形而下で断見しているからであり
五感はどこで捉えているか?を思慮しないからだ
捉え所が明らかならば非顕現の現象すら真実となる
何故ならば世界は己の認知に依って構成されるからだ

これがエデンの林檎、一切皆苦、善悪の分別の大誤を作り出す大元です
故に他者性とはそれそのもが神との対峙なのです
366にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 15:10:10.07 ID:YzidzZ8X
>>352
理解という言葉が気に入らなければ悟る、でもいい。
367神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 15:11:25.20 ID:c/dAaTwE
>>361
じゃあ、駒沢以外でもいいぞw

この地球上全世界の道元研究者の中で、
『道元は釈尊(の縁起)を否定した』
という意見の人間を、君以外でw、たった一人でもいいから挙げてみ?w
368にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 15:16:49.39 ID:YzidzZ8X
>>353
> 現象世界で「無」と言ってる限り、それもまた現象世界の出来事で、現象世界から出ることは出来ない。

そりゃそうです。形而下の世界のことを述べてるんですよ、釈迦は。

> 唯一、現象世界から出るには、有る無いの世界から、一歩出るってこと。

外に出るも何もない。内側だけ。その外側のことは論じられないということを前提にした、内側のみの考察。

> 唯一現象世界から出られるのは、「空」という概念だけ。

空は、そんな超能力みたいなことじゃなくて、形而下世界の論理的考察から得られる形而下世界の構造であって、世界の外側のはなしなんかじゃありませんよ。
369神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 15:20:41.27 ID:S5DpNP6u
 
> 火に手を近づければ火傷する

http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B
チベット・ゲルク派

中観自立派は
「火を火たらしめている本質的な要素は、熱さや燃焼作用である。それは、火自体の側にある固有の要素だ」
という自相を、世俗の次元では承認します
熱さや燃焼作用が火の自相として認められる・・・ということです
これは、私たちの常識的な考え方に近い立場でしょう

( - これに対して - )
中観帰謬派は、そのような自相を、世俗の次元でも否定します

>>355 の続き
http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/mulama.html
第二十七章 見解(邪見)の考察
3.意訳
「私は(この現世においての)過去に存在していた」と言うことは妥当ではない
(この現世においての)過去に存在していたものは
その者(今現在の私)と同一ではないからである

それ故に
前後ありといへども、前後際断せり
みたいな?
370にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 15:23:49.89 ID:YzidzZ8X
>>354
>両者の思想は、
> 対極的。前者は、病的な妄想。後者は、冷徹な知性と現実主義である。

同じことをマクロで見るかミクロで見るかに過ぎないので排反ではない。
371神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 15:51:13.88 ID:r45E2ho3
マクロとミクロに違いはないのだよ。
現実と涅槃にも違いはないのだよ。
個我と無我にも違いはないのだよ。
生と死にも違いはないのだよ。
何もかも一切が、無と有を行ったり来たりしているだけなのだよ。
372にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 15:58:45.35 ID:YzidzZ8X
形而上・形而下について。
形而上とは現実から離れていること。現実の条件に規定されない存在。意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上。
形而下というのは要するに現実のこと。意識や概念も、現実の条件に規定されるものならば、形而下の意識や概念である。
373神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 16:18:55.80 ID:uZz2LsTj
現実の条件とはその場の規定で様変わりするから空の様なものである
簡単に言えば物理法則の大部分は地球の力場に条件付けられるが
それはあくまで地球上のだけのことである
条件を操作しコントロールするのは意思であり意識です

意思や意識は現実か?形而下に支配されるも支配するのも意思や意識である
故に形而下は形而上の影響を受け得るものである
374にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 16:20:47.64 ID:YzidzZ8X
>>359
いっぱいあるが、影響受けたのを思い付くまま適当に並べると、カント、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン、ソシュール、デリダ、ドゥルーズ、サルトル、ハイデガー、バルト、ラカン、フーコー、とかかなー。
375にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 16:42:50.39 ID:YzidzZ8X
>>373
> 条件を操作しコントロールするのは意思であり意識です

その意思や意識も形而下の諸条件に規定された形而下のものでしかない。

> 意思や意識は現実か?形而下に支配されるも支配するのも意思や意識である

形而下の条件に規定されるならば、形而下のものであり形而上ではない。

> 故に形而下は形而上の影響を受け得るものである

故にその形而上は形而上ではない。

今スレの中身に即して言うなら、自殺や親殺しが悪だというのは、現実の条件にかかわりなく形而上にある普遍の『善悪』基準により悪なのではなく、
その時々に形而下において変化する社会的な規範、つまり処世の便宜性のようなものに照らして不適切という程度でしかない。
376神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:09:13.21 ID:bB3j2fr7
正法眼蔵随聞記 六ノ十三 先師明全和尚入宋せんとせし時
 
禅師の御教示は次のようであった。他人を救う行いも、自分の悟りの
ための修行も、いずれにしても、すぐれた方をとり、劣っている方を
捨てるのが、菩薩たるものの善行なのだ。老病の者の看護をし貧しい中で
苦労して孝養をつくすのは、この世にあって、しばしの間、誤った
迷いの愛情によって喜ぶだけにすぎないのだ。むしろ、そういうものに
背を向けて、悟りの道を修行するのは、たとえ、つらい思いは残っても、
やがては輪廻の迷いから解脱する縁ともなるであろう。このことを、
よくよく考えよ、よく考えよ。(山崎正一現代語訳)
 
* 道元は非情にも「親を捨てよ」と説いている。
377にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 17:09:44.53 ID:YzidzZ8X
形而上などと言ってみても、結局それは形而下のものにそう名を付けただけで本当の意味での『形而上』があることにはならない。
ウチの犬に神と名を付けても本当の意味での『神』が居ることにならないのと同じ。
378神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:17:50.02 ID:ZrswXkbF
>>373
そうです、人間は形而上しかないと言ってしまえるほどです。
表現としていささか極端なのですが、
それほど形而上が形而下に影響を与えています。
私は循環している言いましたが、眠って(形而下)朝起きて活動(形而上)する循環です。


又他の表現でのイメージとしては、一本の樹があるとします。
根をはってこそ樹があります。
たくさんの花が咲きます。人間の場合もう色とりどりの花がいっぱい咲いています。
「もうひと花 咲かそう」です。

形而下が形而上を規定していると言う時、
マルクスのように、生命維持活動の根幹のお金が人間性を疎外するなら
何をしているのかわからない、なんとかならないか、になる訳です。
その根幹が異様であれば、美しい花を咲かすことが出来ないではないか、
困った、どうすればよいであろう。

形而下のあり様が形而上を規定している、その通りです。
が、それを考える事が出来る=おかしいと感じた矛盾を
解決しようとする、とっても形而上的な生き物です。

宗教は、まるごとそんな人間だからこその、形而上そのものです。光です。

それぞれのきらきらした美しい花を咲かそう、もうひと花咲かそう。

大きな花でも 小さな花でも、きらきらと。
379神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:20:27.90 ID:BpX4hO0q
>>375
善悪の基準は形而上なのか?意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上という言葉に矛盾してないか?
自殺や親殺しが悪か悪で無いかは動機や状況によって判断されるものであり
時代によって変化する社会的規範など関係ない。
要するに貴様は人間の本質を全く理解できていない。
380神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:25:34.63 ID:bB3j2fr7
道元がこういった考えの持ち主だとすれば、
自利を選んで利他を捨てるのだから、大乗の「菩薩道」が成立しない。

臨済義玄も、仏に逢うては仏を殺せ、父母に逢うては父母を殺せ、
などと物騒なことを言っているらしい。
 
だいたい六祖慧能からして老母を見捨てている。
381神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:33:08.39 ID:+BVT9Alk
>>367
>『道元は釈尊(の縁起)を否定した』

「中論は、釈迦の縁起に全く新しい意味を与え、それを換骨奪胎した」(中村、三枝)。
「釈迦と中論との相違は、世界宗教史上稀有のもの」(殆どの西洋仏教学者)。

これは「釈迦の縁起の否定」以外の何物でもない。道元は、中論の直系。

釈迦が「前後ありといえども、前後際断せり」などと言えますか?wそれでは、
彼の「業報論」も「解脱」も吹っ飛んでしまうw。「生死を厭わず、涅槃を求めず」
についても同様。
382神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:48:41.64 ID:BpX4hO0q
>>380
道元禅師は恐ろしく己に厳しい人だから常人の物差しでは計れない。
六祖は母が一生食えるだけの金を手にすることが出来た。
臨在のは三昧における魔境の話。何物にも囚われるなって事。
383神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:49:06.54 ID:ZrswXkbF
親を捨てるとは実際何を指摘しているのか考えて見ましょう。

いろんな角度で考えて見て下さい。

親の職業を継ぎたくない、これは親を捨てたのでしょうか。

バービマン氏の話しのように、差別構造の中で田舎のしきたり従い
自分も差別者となりその構造を強固にすることに加担し続ける。
親が住む、その田舎から脱出する。
その村を変える事までは、その時は出来なくともその時、
少なくともその差別構造を食べる事を引き換えにして、加担することを辞める。

親を捨てたのでしょうか。

今は大家族は少なくなりました。
核家族、君は親を捨てたのでしょうか。
384神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 17:54:14.47 ID:ZrswXkbF
親を捨てるとは、楢山節考(ならやまぶしこう)のように、生活苦で
食いぶちを一人でも家族から減らすのにお山に捨てる。
子供が捨てるのではなく、
もはや親が捨ててくれというのだ、受け入れるのだ。

その極限のような貧しさも、捨てるに関して、
自然災害だけかもたらしたものか、
見抜くことです。

兄も妹も、独立して親と一緒に住んでいない。

自分だけ親元を離れていないが、主夫も主婦もせずぶらぶらしている。

どうなのだろう、一緒にいることが、そんなぶらぶらでも、親にとって嬉しいのなら
お互いを捨ててはいない。

兄や妹も親とは一緒にいないが、親は嬉しい。
お互いに捨ててはいない。

一番この出家について考えなければならないのは、
家族が物質を手に入れる為に無明である時、
それに加担できないといった事と関係するだろう。

親や家族を憎んで、離れるのではないだろう。

表現として親を捨てるというのは、自分に向けている悲しくも厳しい言葉だ。

親を捨てると言うのは、どういう意味か、何を表現しているのか
もっともっと考えようではないか。
385神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 18:04:39.51 ID:c/dAaTwE
>>381
否定ではないよねぇ・・w

その言い方・言い回し以外の場所で、具体的な発言があったら引用してみ。
否定ではなく、土台、礎、基礎、基本、骨格、核、原案・原義、etc.etc.である場合を
検証して却下しなきゃならんw

さあ、よろしく ノシ
386神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 18:24:02.78 ID:/TiilgLI
>>356
>>368
二元論から離れるというのは、どういうことかというと、
今ここにある現状そのままに、思考分別を加えない、二元論に捉われない、ということ。
現象的な二元的なものが、無になるんじゃなくて(それでは現象的に消去したことになって、マジックに過ぎない)、
現象的なものがあっても、捉われない、ってこと。

たとえば、身体障害者の人がいるとして、中には今ここの現状を受け入れて、有意義に暮らしている人もいる。
そういう人は、身体の障害「有る無し」に捉われていないわけ。
有っても捉われていない。
これの究極的には、「生死を離れる」、ってこと。
「生死一如」ってのは、おそらく、捉われない境地からすれば、「障害が有る」も、「障害が無い」も、
今ここを受け入れてる人にとってみれば、「平等」、ありのままにおいて「同等(一如)」ってことでしょ。
生死の世界が無いわけじゃないが、自性をもって有るわけじゃない。
捉われから離れた人にとってみれば、二元的なものは覚知出来ない。
これが空の本当の意味。

生まれつき両手脚がない男性
http://www.youtube.com/watch?v=vbX_5oetdt4
387神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 18:28:24.20 ID:bB3j2fr7
>>382
道元の場合は、幼少にして親と別れるという不幸があった。
その後、寺院で育てられるから、自己に厳しいという生き方も、
親の介護に実感がわかないという事情も理解できる。
それにしてもだ、道元は「菩薩道」を理解していないと思う。
 
臨済義玄の場合が「魔境」であればなおさら、仏を殺せ、父母を殺せ、
などと言ってはならないし、考えてもならない。
そういった非情さでは成道しない。
 
慧能が得た大金とは、五祖弘忍から法を受け継いだ後ではないか?
修行の道に入った時、気持ちの上で老母を見捨てている。 
388神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 18:41:44.76 ID:bB3j2fr7
>>383-384
あまり難しく考えない方がいい。老親が生活が困難になったら、
だれかが介護しなければならない。認知症だろうが寝たきりだろうが、
自分を犠牲に、できるかぎりのことをする。それだけのことだ。
それこそが「菩薩道」であり、悟りの修行だと思えばいい。
389神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 18:58:43.68 ID:DD6Td8fz
>>284
私は親から「恩は子に返すもの。親は見捨てて良い」と教わりました。
390神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:04:24.05 ID:bB3j2fr7
道元が釈迦を否定したかどうかだって?
 
大乗と上座部はまるで別人のような観がある。
道元は禅宗だが、大乗の法華経と般若心経を基本経典にしている。
本人は無自覚でも、そういう意味では、
釈迦を根本帝に否定していると言ってもいいかもしれない。
 
御隠居が指摘するように、釈迦は時空裁断など思いもつかなかった。
この言葉は、道元と釈迦が異質であることの決定的証拠だね。
道元は「中論」系統の人だよね
391神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:09:39.50 ID:s5Yoghfn
>>376
先師明全って臨済宗栄西の弟子で同じく弟子の道元の兄弟子な
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E5%85%A8
つまり道元が中国へ行った時の引率者というわけだ
その明全の前の師匠 比叡山の明融阿闍梨が高齢で病気になって
死にそうだったんだよ日本出立の直前に
で その文章はこういう意味になるんだよ
正法眼蔵随聞記 六ノ十三 先師明全和尚入宋せんとせし時
 
(明全)禅師の御教示は次のようであった。他人を救う行いも、自分の悟りの
ための修行も、いずれにしても、すぐれた方をとり、劣っている方を
捨てるのが、菩薩たるものの善行なのだ。老病の者(明融)の看護をし貧しい中で
苦労して孝養をつくすのは、この世にあって、しばしの間、誤った
迷いの愛情によって喜ぶだけにすぎないのだ。むしろ、そういうものに
背を向けて、悟りの道を修行するのは、たとえ、つらい思いは残っても、
やがては輪廻の迷いから解脱する縁ともなるであろう。このことを、
よくよく考えよ、よく考えよ。(山崎正一現代語訳)
と言って迷いを振り切って宋へ出立した
 
>* 道元は非情にも「親を捨てよ」と説いている。
↑なかなか巧妙な嘘なので驚いたよ
392神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:20:30.26 ID:s5Yoghfn
詳細は以下のリンクより
http://seesaawiki.jp/w/turatura/lite/d/%cc%c0%c1%b4
393神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:29:38.17 ID:bB3j2fr7
>>389
それはまちがった考えだ。親が老いて生活が困難になれば、
だれかが世話をし、介護せざるを得ない。
日本だけでなく、どこの国でも、老親を放置することは許されない。
 
「恩は子に返すもの。親は見捨てて良い」
これでは、自分のことしか考えない、恩知らずな人間が増えるばかり。
親も子供をあてにせず、自分の老後のために準備することになる。
親も子も自分の損得しか考えなくなる。
そういう親子関係や人間関係の方が暮らしやすいのかどうか。
394神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:40:31.05 ID:s5Yoghfn
親鸞が父母のために念仏をしなかったは、当時の出家者の常識
http://kogeisha-angle.blog.so-net.ne.jp/2008-07-11
395神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:42:50.92 ID:bB3j2fr7
>>391
>(明全)禅師の御教示は次のようであった。
>老病の者(明融)の看護をし貧しい中で
 
このカッコ書きの部分はキミが補足したのだろうが、間違っているね。
正しくは最初が(道元)、次のカッコの中は特に誰それと限定されていない。
正法眼蔵随聞記、六の十三の全体を読めば明らかになる。
396神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:43:33.68 ID:ZrswXkbF
>>388
少しも難しく考えているつもりはありません。
何か、親を捨てるという言葉のよくない印象だけが一人歩きしていると
思ったからです。

その介護ですが、自分を犠牲にしてと仰る気持ちは分かるのですが、
認知症や寝たきりでは、本人はそれこそ生命維持活動でぎりぎり精一杯で
全体の判断力はありませんね。
ですから相手は犠牲とかの言葉はそこにはありません。

自分が介護したい、というのは、相手がもう判断力がない、
そこまで来ると自分側の問題です。
そしてその時、どのように経済収入を得て介護するのでしょう。

私は介護する人々の苦労は分かっているつもりなのですが、
そう言った場面で犠牲という言葉を使うのはどうかと思うのです。
397神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:44:47.11 ID:s5Yoghfn
>>395
無駄だ
原文が>>392にある
嘘の上に嘘を重ねるのはよしなさい
398神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:47:53.68 ID:ZrswXkbF
家族はみなそれぞれの役割分担を荷っています。

「お前の為に俺は犠牲になっているとか、子供の為に犠牲になっているとか」

そのような一方的な被害者であるごとくは、醜いと考えます。

お互い様ですし、介護も選択できたから選択したのです。
それは、君の経済力や優しさや全ての条件下です。

犠牲ではなく、お前や子供がどれほど自分の命を支えているのか、
共にあり、、、そこまで気付けなくては。

介護出来ない事情は単純ではありません。住宅事情や子供を養育し自分達の生活で
かつかつ、親を捨てたのではないのです。

しかし、君が言いたい事は、犠牲と言う言葉は、お互いさまであり
支え合う喜びがわからない、一方的な関係の時、それは暴力のように
君の肩にのしかかる。

それは、理解しえない苦しみから、犠牲という言葉が出たのではないかと。
ごめんね、ほんとにご苦労様。私は少しは分かるつもりだ。
だから、犠牲などと苦しまないでほしい。私も同じだ。

そして菩薩行だね。
人の苦しみはわかっても、自分が犠牲を払ったとか、
苦労したとかそんな話しも、自分の為にではなく、
他者の為に使えるような、菩薩になりたいね。

そして、今やはり親を捨てるの話しが、一つの見方だけに固執されては
「親を捨てるとは」何が言いたいのか、見えなくなります。
399神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:49:32.79 ID:S5DpNP6u
 
> 釈迦が「前後ありといえども、前後際断せり」などと言えますか?
> それでは、彼の「業報論」も「解脱」も吹っ飛んでしまう

http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
漢訳 第一義空經

無明 → 行 → 識

世俗においては「前後あり」という想いが
現れ(滅し)ている場合もあるかもしれないけど

世俗から解脱する為に
(色受想行識の)受と想を滅させて
「前後あり」という想いも滅させて

無明滅 → 行滅 → 識滅させて

縁起したものを離れ
「前後際断」という境地に至り

ブッダは
〔そこに〕来ることも説かず、行くことも、留まることも
死ぬことも、生まれることも〔説か〕ない
それこそが苦しみの終わりである
400神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 19:55:55.17 ID:bB3j2fr7
>無駄だ 原文が>>392にある 嘘の上に嘘を重ねるのはよしなさい >>397
 
キミが示したサイトには全文が載ってないじゃないか
>>376 で書き込んだ部分さえ載ってない
いい加減な奴だなw    
401神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 20:01:13.01 ID:DD6Td8fz
>>393
優先順位と心構えの問題ですよ

あなたは「育てた恩を返せ」と親に迫られてきたのでしょうね。
402神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 20:08:19.77 ID:bB3j2fr7
手元に『正法眼蔵随聞記』がある
 
キミがウソをついても通用しないよw >>397
403神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 20:38:54.74 ID:BSrPo2G2
>>318
あなたの言う禅思想ってなんだろうね。

後、山上の垂訓=業法の理にこだわっているようだが、あなたの内容は誤謬を含んでいる。
例えば、業法が解消されるのと罪の許しの違いが分かるだろうか?
罪の許しとは業の解消とは観点が違っていて光側に一瞬(理解)で立つことになる。
404神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 21:29:20.04 ID:koFL8xN3
>>342
>道理であれば門の内外は関係ない。

では、どの様にして道理を知るのか具体的に示してみよ
論理的な考察によって経験的事象を考えて確知するだけなら
それが正しいと言える根拠を示せ
これは、自身が狂って居ない事を具体的に証明する事にも匹敵する難易度が伴う訳だが
お前にそれが出来るかな?

お前は、物事の真実とは、第三者に明示できるものなど実は存在して居ない事を解ってない
五感に受けてる情報が、真に正しい事だと何を以って証明できようか
感じたから正しい、と決め付けてる時点でお前こそが神秘主義そのものと言わざるを得ないと言うのにだ
405神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 21:37:11.39 ID:+BVT9Alk
仏教には、「家族を大切にせよ」という教えはないのか。釈迦には、さすがに
それは言えなかったのだろうw。家族は、人間の生存のための最重要基本単位。
家族も大切にしないで、「人類への慈悲」もなかろう。

イエスは、家族を大切にどころか、「俺を信じるためには、親も子も捨てよ」
とさえ公言している。人間界から追放すべき最悪・最大のカルトである。

百獣の王ライオンでさえも家族には優しい。子供達に獲物を分け与えている。
どんなに温厚な動物でも、子を奪われようとすると、激しく襲い掛かる。

イエスや釈迦は、「獣にも劣る存在」。宗教者は、そんな開祖ではなく、
むしろ野生動物から学ぶべきである。
406神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 21:44:28.95 ID:bB3j2fr7
>>396 >>398 >>401
具体的に考えた方がいい。家があり、そこに夫婦と子供と親がいる。
そこの家で、家族全員が幸せに暮らすにはどうしたらいいか、
という問題だ。夫婦がすべてではない。
 
子育ての時には親の協力もあてにできる。
親の介護をする頃は子供も大きくなり、子供の協力もあてにできる。
そうやって家族全員が順繰りに支え合うことが理想だね。
 
さまざまなパターンがあるだろうが、家族は基本、子育てと親の介護の
両方を見通して生活設計すべきだろう。家の中に、家族の中に、
順繰りに「人間の一生」を包み込むような関係がほしい。 
407神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 21:52:52.77 ID:c/dAaTwE
六方礼経すら知らないんだもんなぁ・・w  >>405
408神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 21:53:13.06 ID:bB3j2fr7
>>405
教育勅語を手直し、家族で毎日毎朝唱えるのもいいかもしれない。
409神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:02:41.30 ID:+BVT9Alk
家族の一員が宗教に嵌ると、家庭の崩壊は不可避。肉親より、赤の他人の
開祖のほうが大切、という倒錯が生じるためである。

また、宗教は、人間の生存に最も不可欠な、対象の「有無、実在・非実在、
現実・非現実」の判断を、宗教観念により狂わせてしまう。

全ての宗教を解体して、生物としての人間の究極・最高次元の資質で
ある「生命(生存本能、肉体)」に立ち帰ることこそ、現代人が次世代
に負う、喫緊の責務である。
410神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:03:32.78 ID:bB3j2fr7
儒教とか朱子学も教養として必要かもしれない。
二宮金次郎像が薪を背負って読んでいるのは『大学』らしい。
大学と言えば、修身、斉家、治国、平天下
411神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:13:24.39 ID:c/dAaTwE
日本の道徳衰退は、
西洋的個人主義&戦後教育と高度成長が主因だろが・・。
どいつもこいつも・・・ ┐(-_-)┌
412神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:16:43.34 ID:bB3j2fr7
>>409
「生命」はいいが、そのカッコ書き、生存本能と肉体が魅力ない。
生きて行くために、それらが必要なことは認めるが、
過ぎたるは及ばざるが如し、みたいな性格を合わせ持っている。
 
命をかけたいというような精神性、崇高性を欠いている。
413神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:20:42.04 ID:bB3j2fr7
>>411
東京裁判や、アメリカの占領政策だよ。
414コレ悟りかよ!?w:2014/05/27(火) 22:26:02.46 ID:6wnSQWSU
>>409
家族も宗教ですよ。
ご隠居、残念ながら人間に生存本能は無いです。
本能の代わりが宗教です。
415にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 22:28:41.58 ID:YzidzZ8X
>>379
> 善悪の基準は形而上なのか?

いや、形而上の基準なんてものはあると言えない、といっています。

>意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上という言葉に矛盾してないか?

現実の影響を受けずに究極の「神」なり「真・善・美」なりが存在する、というのが形而上でしょう。そして形而下の我々は先験的に存在するそれを何とかして知るべきだ、というのが形而上学。


> 自殺や親殺しが悪か悪で無いかは動機や状況によって判断されるものであり

そう。善悪は形而下の条件に規定される。つまり我々の善悪は形而上によるものではなく形而下のものに過ぎない。

> 時代によって変化する社会的規範など関係ない。

確かに時代とだけいうと語弊があるね。
つまり善悪などの基準は、時代性や文化的背景、物理的条件、観察者の主観などのさまざまな形而下の条件によって時々に変化する価値観に過ぎない、ってこと。
416神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:36:53.45 ID:+BVT9Alk
>>412
「生命=生存本能=生命現象を現す肉体」であることを、理解しよう。

「生命そのもの」は、人間が対象化できない唯一無二の存在。

大昔の赤の他人の開祖のために集団的大殺戮を行なう宗教の精神性の、一体
どこが崇高なのか。狂っているといわざるを得ない。

ローマ教皇は、今回の異宗教との対話で「過去に支配されるな」言ったが、
2000以上も、「過去に支配」され続けているのが宗教。過去に支配されない
ためには、宗教解体以外には、方法はなかろう。

比叡山での国際宗教会議で、各宗教の代表者は、それぞれ「己の神」に祈ったが、
「己の神」に祈れば祈るほど、宗教対立が激化することに、彼等は思い至って
いない。
417コレ悟りかよ!?w:2014/05/27(火) 22:44:05.93 ID:6wnSQWSU
>>416
人間は狂った猿なのです。
猿が統合失調症を発症させたのが人類の起源です。
狂った猿=人類の妄想が宗教です。
キリスト教やイスラム教や仏教という妄想を解体させても、新しい妄想に代わるだけです。
生命教も妄想に他ありません。
418神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 22:44:31.80 ID:bB3j2fr7
西洋的個人主義は、明治以来から進行している。
戦後教育は、アメリカの占領政策によって方向付けされている。
高度成長が日本人を堕落させたのはあるね。
 
日本人をどう立て直すかが焦眉の課題になっている。
そのためなら死ねるような大義を発見できるかどうかが鍵になる。
生命(生存本能、肉体)だと、命あっての物だね、になって、
勇気が湧いてこないような気がする。
419にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 22:53:13.88 ID:YzidzZ8X
>>386
> 二元論から離れるというのは、どういうことかというと、
> 今ここにある現状そのままに、思考分別を加えない、二元論に捉われない、ということ。

そういってます。つまりマクロ的な存在認識がそれだ、と。

> 現象的な二元的なものが、無になるんじゃなくて(それでは現象的に消去したことになって、マジックに過ぎない)、
> 現象的なものがあっても、捉われない、ってこと。

物事の認識は差違による。ビールも発泡酒も差違を見ない人には同じこと。
逆にモルツとドライの差を見る人には同じビールですら違うものである。
ベジタリアンには牛肉も豚肉も大差無いし、アンガス牛と乳牛の差を重要視する人もいる。
個別性というのは差違によって認識される(意味付けられる)。
人間と犬猫もそうだし、私と私以外もそう。
この、個別性は差違によって認識される(意味付けられる)、というのは、一切は分別によって生じる、ということ。
世界から「人間」を切り取って意味付けたり、「私」を切り出して意味付けたりする、そうやって認識が生じる。これが空即是色。
つまり、逆に分別をしなければ、差違を見なければ、無分別なら、全ては一体の世界。これが色即是空。主体が恣意的な何らかの意味付けを排除してただあるがままを受け入れるなら、個別性というものは解消される、ということ。

世界を細分化するミクロ的な見方により、世界を差違によって細分化して意味付けることで、個別性が生じる。
世界を区別のない総体という丸のまま受け入れるマクロな見方では、個別性が生じない。

これは同じ世界に対する視点の違いに過ぎない。
420にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 23:06:36.06 ID:YzidzZ8X
>>404
> それが正しいと言える根拠を示せ

その前にあなたの言う「正しい」とはどういう意味か教えてくださいな。
でないと回答しようがない。
421神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:10:45.83 ID:c/dAaTwE
>>416-418
生命を第一に据えたからこそ、
勧告客船の乗員は、自分の生命を優先したんだろうな。

実に立派な生命教信者だw
ウソかホントか
乗員の台詞に「(自分が)生きなければならないと思った」という台詞があったとか無かったとか・・
422神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:11:28.80 ID:ZrswXkbF
>>406-408

そうだね、具体的に考えれば、まず田舎から都会に出て、
今なら、海外赴任もあるね。
さて、その話しは同じ村落共同体から出ないで、一生涯を過ごすなら
何世代でも、子育て介護はバラバラにならずであろう。

しかし、現状ではいくら教育勅語で縛ろうとしても、
そして、そんな道徳の時間を無駄に設けても、
現状把握がないところでは、子供や家族を追い詰めるだけで
社会が元気にはならない。
だいたい、とても離婚している夫婦が多く、子供がいれば一方的に
それを負担している場合も多いと言うのに。

それを具体と言うのではないかな。
423にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/27(火) 23:15:50.07 ID:YzidzZ8X
>>416
生命というのも「生命/非生命」という差違を見るから認識される(意味付けられる)に過ぎない。
例えば駅前の雑踏の個々人なんてのは石塊か粗大ごみのガラクタと同じ障害物に過ぎないかもしれないし、カビも埃も一緒に掃除する。
424神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:45:35.39 ID:ZrswXkbF
>>405
イエスや釈迦が家族を大切にしなかったという話し。

それ隠居さん、いつもの事ながら違いますよ(笑)

あのね、家族は社会の最小単位でしょ。
ですからその社会の価値観に家族は縛られて生活する。
どんなに間違った社会でもそれを受け入れなくては家族の生活は
保障されない。

食べる為には、魂を売る。
けれど、それは誰に売っているのかというと、その社会構造により
欲望を満たしている者達に売っているのだ。

イエスが生きた頃、イエスはその社会構造を認める事ができたのかな。
釈迦が生きた頃、釈迦はその社会構造を認める事ができたのかな。

家族と過ごす事より、大変な事に挑戦メッセージされたのではないのか。
誰が嬉しくてだよ、まったく。

怠惰で、欲望をほしいままにして、セックスして子供ができてもほったらかしの
君とはまったくもうまったく違う。
自分が反省する代わりに、筋が違う釈迦やイエスに責任転嫁するとは、
なんと罪深いのか。

お話にならんわ。
425神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:48:25.58 ID:/TiilgLI
>>419
「一歩出る」とか、「現象世界の外に出る」っていうのは、現象世界の外になんらかの世界があるってことじゃなくて、
精神的概念の言葉として、ってこと。
なので、あなたと言ってることは同じだね。  中道が、現象世界での中間を現さないのと同じ。

あと、ちょっと引っかかるのは、「差異を見ない」ってこと。
差異を見ないってことは、たとえば、「お茶」を飲む時も、「水」を飲む時も、
どちらも同じ味になる、ってことになりかねない。
これだと、現象世界上で、「お茶という性質」と、「水という性質」を、「無」にする、ってことになりかねない。
こうなると、よく仏教をかじった人が勘違いする、「完全無」に近い状態になるよね。
しかもこの「完全無」は、現象世界上のものを、現象世界的に消し去ったもので、単なるマジックになってしまう。

中道というのは、「お茶」を飲む時は「お茶」を感じきり(成りきり)、「水」を飲む時は「水」を感じきる(成りきる)、
ということだと思う。
ありのままの「今ここ」と、抵抗なく一体化している状態。
「差異がない」というのは、単純に、「AとBの差異がない」、ということじゃなくて、
「Aと自分との一体化に、差異がない」「Bと自分との一体化に、差異がない」ってことだと思う。
ありのままの事象において、自分との差異がなければ、主体と客体が無くなって(一体化して)、
すべての物が「平等」になるってことじゃないかな。
ここら辺のことは、まだよく分からないけど、「主体と客体が無くなること」が、二元的なものを平等にし、
二元論から離れることになるんじゃないかな〜、と思う。
「ABの差異を見ない」というのは、まだ、平等に見ている何か(思考分別)(主体)が存在しているような気がする。
426神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:50:22.83 ID:zMacu1SX
>>416
何の効果も無いオカルト真光は許せるのか?
427神も仏も名無しさん:2014/05/27(火) 23:55:57.56 ID:ZrswXkbF
隠居氏は、自分達の欲望を満たす社会構造の維持を願っている。

悪質な政治宗教カルトだ。

釈迦やイエスを理解できる人々が本当に増えたら、

君たちは困るのだよ。彼らは精神のまばゆい輝きがぬきんでていたからだ。

つまり2000年の時を超え、どれほど貶められても死なない彼らを

そのように、殺害し続ける。
428神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 00:16:08.69 ID:MZCLMczl
>>425
大賛成!
正にそのとき主体がいないのだから差違が滅するってことですよね。
抵抗をやめて受け入れているから、無常が我を取り去って清浄とする。
429にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 00:34:27.96 ID:QZ6vQZnl
>>425
> 「一歩出る」とか、「現象世界の外に出る」っていうのは、現象世界の外になんらかの世界があるってことじゃなくて、

「『形而上』なんてものは形而下の概念をそう名付けただけのものであって、それ自体が形而下のものである」という意味で現象界の外に世界があるってことじゃないという意味なら

> なので、あなたと言ってることは同じだね。

多分そう。

> 差異を見ないってことは、たとえば、「お茶」を飲む時も、「水」を飲む時も、
> どちらも同じ味になる、ってことになりかねない。
> これだと、現象世界上で、「お茶という性質」と、「水という性質」を、「無」にする、ってことになりかねない。

例えば「水」と言うとき、その「水」とは何ですか?

> 中道というのは、「お茶」を飲む時は「お茶」を感じきり(成りきり)、「水」を飲む時は「水」を感じきる(成りきる)、

逆で、お茶を飲むと思えばお茶。飲み物を飲むと思えば飲み物。
水と思うかどうか知らないが、もしお茶を知らなかったら不純な水と思うかもしれん。そんなことだよ。
430にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 00:35:29.92 ID:QZ6vQZnl
>>425
続きです。
> ありのままの「今ここ」と、抵抗なく一体化している状態。

ありのまま、とは対象に何らの意味付けも施さないこと。意味付けは差違によって生じるので、
ありのまま、とは差違を見ないこと。マクロの総体として一体ということ。その意味で「抵抗なく一体化」なら同じ意味。

> 「差異がない」というのは、単純に、「AとBの差異がない」、ということじゃなくて、
> 「Aと自分との一体化に、差異がない」「Bと自分との一体化に、差異がない」ってことだと思う。

いや、AとBの差がないんじゃなくて、「AとA以外の差がない」。

> 「ABの差異を見ない」というのは、まだ、平等に見ている何か(思考分別)(主体)が存在しているような気がする。

ABの差がないのではなく、AとA以外(自分もBも含めて)の差がない。何の差も無い。一体なの。
431神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 00:53:40.21 ID:CxoVsGYA
>>425
「今ここ」も分別に過ぎない、故に「今ここ」に成り切った時にはその分別も無くなる
しかし実際にその状態になる訳ではないのが仏教なのであり
それは事に因って起こる智慧によって為し得る
その智慧は仏道でしか為し得ず、哲学問答では得るものも無く
為し得ることも有り得ない
432神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 00:58:21.72 ID:CxoVsGYA
>>430
ミクロだマクロだの戯論も分別に過ぎない
お前の能書きも結局仏教を舐めて軽んじてるに過ぎない
意味付けは差異にによって生じてるのではない
意味付けも差異も自我にを基点とする分別によって起こっているに過ぎない
お前は仏教の無我が真光在家と同じで解ってない
だから能書き三昧に終始して戯論に溺れ続ける
433神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:13:51.79 ID:vSoikXO8
>>424
>イエスが生きた頃、イエスはその社会構造を認める事ができたのかな。
>釈迦が生きた頃、釈迦はその社会構造を認める事ができたのかな

認めなければ、彼等はそもそも生きられない。生きられなければ、仏教も
キリスト教も存在し得ない。

人は、社会が作り出す「パンが無ければ生きられない」のである。
434にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 01:28:53.75 ID:QZ6vQZnl
>>432
> ミクロだマクロだの戯論も分別に過ぎない

ミクロとマクロは分別ではない。同時に成立している。これが色⇔空だ。色⇒空でもなく空⇒色でもなく色⇔空であるってことはそういうこと。これがわからないと涅槃寂静は無理でーす。
マクロにおいて分別が無いということとは別の話。

> 意味付けは差異にによって生じてるのではない

差違によって意味付けることで意味(認識)が生じると言えばいいか?

> 意味付けも差異も自我にを基点とする分別によって起こっているに過ぎない

分別が差違によって意味付けることでないなら説明を。

> お前は仏教の無我が真光在家と同じで解ってない
> だから能書き三昧に終始して戯論に溺れ続ける

誤謬の指摘無しにはレッテル貼りでしかない。議論(議論スレ)においてレッテル貼りは詭弁。
435神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:36:15.24 ID:mOgMez9d
Barbarian Queen - 1:10:32
http://www.youtube.com/watch?v=GjhugEaHzYU
Barbarian Queen 2 The Empress Strikes Back - 1:19:17
http://www.youtube.com/watch?v=FBFH9qwibhk
436神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:37:01.25 ID:vSoikXO8
>>421
>生命を第一に据えたからこそ、
>勧告客船の乗員は、自分の生命を優先したんだろうな。

生存本能は、必ず、他者の生存本能も自覚する。他者がいなければ、己の生存が
維持できないことを、これも本能として知っているからである。他者への思いやりは、
生存本能からのみ生じる。

船長が乗客の生命を配慮しなかったのは、彼の生存本能が、恐らくは宗教によって
破壊されていたからである。

現在逃げている船会社の社長はクリスチャン。日本の援助の申し出を断り、乗客を
見殺しした女大統領も、クリスチャン。韓国の現在の狂乱状態は、そのプロテスタント化
の結果である。

船長もクリスチャンであることは、間違いないだろう。宗教観念によって生存本能を
破壊されない限り、あのような行動は不可能である。
437神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:47:54.99 ID:CxoVsGYA
>>434
何言ってんだお前

>ミクロとマクロは分別ではない。

と否定した時点でそれが分別なんだよ
おれは今、分別を以っての上でお前へ反論を書いている
この世界ではあらゆる認識は全て洩れなく分別である
それが解らないなら、文字通りお前こそ「涅槃寂静は無理でーす」w

浅いんだよお前の御託は
438神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:58:21.96 ID:+Wb53ynK
>>433

社会構造と言うのは、
人間が大自然の中で産み落とされてそのままではなく、
人間が仕組みを作り上げる、人間の場合それを社会というのだ。
カースト制のようにね。
幕府なり、政府なりが、構想した構造をさすのだ。

ほんとに言葉のトリックだけは一人前だね。
ますます 君が悪質政治宗教カルトだと
ばればれな自己紹介しているのだね(笑)

パンがなければ生きられない事と、

社会構造が卑しいことは、全く違う。
439神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 01:58:50.89 ID:CxoVsGYA
>>436
>船長が乗客の生命を配慮しなかったのは、彼の生存本能が、恐らくは宗教によって
>破壊されていたからである。

ほう、本能とやらはそんなに弱っちいもんなのかねw
生きながらにして壊れると言う事は形あるものなのかな?
お前が有ると豪語したいそれは、或いは宗教で脆くも壊され、或いは病気で壊され
大変だなw
440神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:01:54.18 ID:CxoVsGYA
>>436
あ、あとな
かの国の例の船長、生存本能とやらを有ると仮定したなら
彼はちゃんとそれに従って「自分だけは助かりたいから船を捨て速攻で逃げた」んだろ

お前の論も矛盾だらけで斬新過ぎるよw
441にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 02:05:32.95 ID:QZ6vQZnl
>>437
>ミクロとマクロは分別ではない。

> と否定した時点でそれが分別なんだよ

なにいってんの?ミクロとマクロの別は分別ではない。マクロにおいて分別が無いというだけなんだよwww
ミクロにおいては分別はあり得るんだよ。そして、マクロとミクロはどちらも成立するんだよ。
なぜ色即是空と言うだけでなく空即是色と言うのか考えてみなさいな。

> この世界ではあらゆる認識は全て洩れなく分別である

そう。認識とは差違によって意味付けることだから分別。それはいい。
でもね、無分別と分別のどちらも成立することがわからないようだから、涅槃寂静は無理でーすwと言ってる。
それこそ浅いんだよお前の御託はw
442神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:14:43.33 ID:CxoVsGYA
>>441
>ミクロとマクロの別は分別ではない。マクロにおいて分別が無いというだけなんだよwww
>ミクロにおいては分別はあり得るんだよ。そして、マクロとミクロはどちらも成立するんだよ。

「それはある・それはない」と立て分ける事が全て分別である、例外は無い

>なぜ色即是空と言うだけでなく空即是色と言うのか考えてみなさいな。

色を成立せしめるには空と言う事実が不可避なのであり、空と言う事実なればこそ色が成立できるのである
と言う意味なんだがそれが何か?

因みに
「但だ衆生を引導せんが為の故に仮名(の空)を以って説くのみ。」(中論観四諦品)

と言う訳で、空と言うのは仮に言ってる用語に過ぎず仮の概念に過ぎない
その実体はレンマで分別できない出世間の視点を言っている
お前には解らん事だ、お前は自分が解らんものは全て神秘主義と言い放つだろうがなw
443神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:16:05.71 ID:vSoikXO8
>>439
>ほう、本能とやらはそんなに弱っちいもんなのかねw

宗教という「肉体を忘れた精神性の狂気」が、それほど強力だということ。
健康な人間でも、病気にはなる。優れた臨床精神医学者であったフロイトは、
「精神性は、特に伝播する」「ユダヤ・キリスト教は、精神病の症状以外の
何物でもない」と断言している。
444にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 02:17:21.94 ID:QZ6vQZnl
ID:CxoVsGYA、戯論とは要するに詭弁のことだよ。
言語階層説ってわかるか?タルスキだったか誰かが言ってたけど、言語階層を意図的に混同して
(不注意かもしれんが、それだとしたらあなたはただのバカだ)
あたかも矛盾が生じているようなことをいうが、それは詭弁に過ぎない。
蛙みたいにケロンケロン言う前に己の戯論を何とかした方がいい。
445神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:20:13.58 ID:CxoVsGYA
>>444
>戯論とは要するに詭弁のことだよ。

戯論とはあらゆる言語を用いた論説全て、会話すべての事だ
仏教のイロハも知らんその程度で良くここ数日ここでバカを晒し続けて居られたと感心するw
446にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 02:28:25.37 ID:QZ6vQZnl
>>442
> 色を成立せしめるには空と言う事実が不可避なのであり、空と言う事実なればこそ色が成立できるのである
> と言う意味なんだがそれが何か?

だから色⇒空でなくて色⇔空なんだよ。


> 「但だ衆生を引導せんが為の故に仮名(の空)を以って説くのみ。」(中論観四諦品)

> と言う訳で、空と言うのは仮に言ってる用語に過ぎず仮の概念に過ぎない

空においては空かそうでないかも無いからね。それはマクロの中ではそれがマクロという別が無いというだけ。
それと並んでミクロが成立することを阻害しない。そんなこともわからずによくこういう↓セリフが吐けるなあwww無分別ってかただの無節操だよそれは。

> お前には解らん事だ、お前は自分が解らんものは全て神秘主義と言い放つだろうがなw

虚勢なのか逃げの一手なのか。いずれにせよお呼びじゃないよ神秘主義者さんは。自分で理解してないから中途半端なところで神秘主義に逃げる、その自覚があるからハッタリかましつつ逃げの一手。違う?
447神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:32:27.34 ID:CxoVsGYA
>>446
んじゃお前にとって仏教は神秘主義で良いよ
お前は根本を解ってないから神秘に見えてしまい
それを否定したいがために理論で理解を得たい・賢いと言われたいのだろうしw

仏教のベクトルと言うのは、畢竟に於いて全て逆だ逆
これが解らんうちはお前の論は寝言の域を出ることが無い

大体、行も無くどうやって理を解する事が出来るのか不思議だよ全くw
448神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:41:08.37 ID:+Wb53ynK
>>443

君はいつもそうやってどこかで聞きかじったような話しを
しかも自分の都合に捻じ曲げて、悪印象操作をするよね。

フロイトの中心課題はそこではないし、以前にも話したが、
ユダヤ・キリスト教ではなく、君のような宗教を利用した
教会の闇で、抑圧を抱えた人々の無意識の不安の解放を考えたのだよ。
すり替えるな。

それは、特に教会に向けてだけの研究をしたのではない。

フロイトはナチスに自分の子供を4人も虐殺されているのだ。
やはり宗教を利用する人間の闇、不安からスケープゴートを考え出す
人間の闇、それを社会構造にまで仕立て上げる、欲望深い人間の闇
それらを解き明かし、解放しようとしたのだ。

君はフロイトに一度、診てもらいなさい(笑)
449にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 02:45:35.38 ID:QZ6vQZnl
>>445
本当に浅いところでしか用語の意味を理解していないんだな。
なぜあらゆる言説が戯論になるのかわかってる?
どの段階でそうなるかわかってる?
450神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:51:36.43 ID:vSoikXO8
>>448
>フロイトはナチスに自分の子供を4人も虐殺されているのだ

子供ではなく姉妹。

ユダヤ・キリスト教に特化した、彼の「モーセと一神教」を読まれたし。
451神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 02:57:42.81 ID:CxoVsGYA
>>449
「思惟して本住を推求するに、眼等に於いて先に無く、今も後も亦た無し。
若し三世に無ければ、即ち是れ無生、寂滅にして、応に難ずること有るべからず。
若し本住無ければ、云何が眼等有らん。是の如き問答、戯論は則ち滅せん。
戯論滅するが故に諸法は則ち空なり。」(中論観本住品)

「ニルヴァーナとは一切を認め知ること(有所得)が滅し、戯論が滅して、めでたい境地である。
いかなる教えも、どこおいてでも、誰のためにも、ブッダは説かなかったのである。」(中論観涅槃品)

涅槃は一切の戯論が滅するのである、例外は無い
452にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 02:59:50.61 ID:QZ6vQZnl
>>447
> んじゃお前にとって仏教は神秘主義で良いよ

そういう悔し紛れの言い回しはみともないよ。
私にとって、でなく科学的に神秘主義。神秘主義でいいかどうかあなたが決めることじゃなく非科学的なら神秘主義。
そして、ここが一番肝心だが、神秘主義なのは仏教じゃなくあなたが神秘主義者なだけwww

> お前は根本を解ってないから神秘に見えてしまい
> それを否定したいがために理論で理解を得たい・賢いと言われたいのだろうしw

あなたが理論で理解できないのを誤魔化すために仏教を神秘主義に貶めようとしているようにしか見えない。

>大体、行も無くどうやって理を解する事が出来るのか不思議だよ全くw

神秘主義者丸出しだな。理を解するに特別な行は要らない。
453にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 03:03:41.19 ID:QZ6vQZnl
>>451
他人の丸写しで分かった振りするんじゃなくてあなたの言葉で言ってみて?戯論とは何か。どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、それはどういう過程を辿りどの段階でそうなるのか。
じゃ、お願い。
454神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:04:13.98 ID:+Wb53ynK
>>449
西村さん。

君の話しがどこでカルト生命教と一致してしまうのかわかるかな。

君は神秘主義に焦点をもって行きやっつけちまえと思っている。
しかしそこが落とし穴なんだよ。
見破れていない。

君の形而下論や隠居氏の生命教は、

アホでも語れることだ。
そんなものを振り回して、どうするのだ。
アホでも語れるから、もっとも巨大なカルトに吸引される窓口となるのだよ。

ナチスは、人々の恐慌不安を誘導した。
これは、形而下生命教なんだよ。

神秘主義が利用されたとしても、そこではない。

食べることだけに視野狭窄したなら、簡単に誘導される。
落ち着きがないアホがなにに誘導され易いか、結局
大量虐殺の根本は、自分が生きる為には形而下生命教ではないか。

西村さんしっかりしなさい。
455神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:06:16.69 ID:CxoVsGYA
>>452
仏教に理論は色々あるが、そのどれも一切が戯論である
それを解らんお前が悪い

仏教は理論でどうこうしろと釈尊は教えていない
それを何とか字面で解ったフリしたがっているのがお前に過ぎない
何が足りないのか自己分析しろ
何を以って仏教とならしめるのか、それも解らん様ならお前は向いてない
仏教は学問ではない
456神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:09:28.87 ID:CxoVsGYA
>>453
お前のその書き込みも、俺のこの書き込みも戯論だ、例外は無い
そして、仏教の目的は戯論を脱して悟る事だ
戯論は我執にて起こる、例外は無い
457神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:15:00.34 ID:+Wb53ynK
>>450

私の資料では、フロイトは6人の子供のうち4人が虐殺されたとあるが、
主語があいまいなので、その4人とは姉妹のことか?

どちらにせよ、ナチス、そのような状況下で人々の闇を見たのだろう。
458神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 04:38:53.60 ID:rqPVVMYo
 
> 理を解するに特別な行は要らない

般若経の解説
http://www.dia.janis.or.jp/~soga/subindex.html
例えば仮に
私(ID:x4q3LRbr - ID:S5DpNP6u)は
永遠ばかりを探してきた
凝り固まり、ありのままに変化を見ることに慣れていない
縁起を、空を、無我を見ることがうまくない

私(ID:x4q3LRbr - ID:S5DpNP6u)には
縁起・空・無我を観察さつする為の練習が必要だ

無明の停止は
止(サマタ禅定)と観(ヴィパッサナー智慧)を通して生じるのである

悟りに至る道筋を説明するために
世俗の様相とそれを解決する方法論をまとめた
苦集滅道などによって

解脱すれば仏だということに
気づくまでは、気づくことは難しい
459神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:04:34.91 ID:P0jlgzlT
「難しい」
あなたは、難しく考えている。
その考えを止めてごらん。
静かになるでしょう。
それが基礎の基礎です。
460神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:13:33.39 ID:EpzGiat9
無我=無自性=自然現象=空
非我=真我=無自性
縁起=物質の運動。現象。

こういうことだよ。カラスさんの見解で正しい。
461神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:16:42.89 ID:cIlvlVj7
形而上・形而下について。
形而上とは現実から離れていること。現実の条件に規定されない存在。意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上。
形而下というのは要するに現実のこと。意識や概念も、現実の条件に規定されるものならば、形而下の意識や概念である。



こういう空想に支配され垂れ流す、にしてつ、哀れさを感じるなあ。
462神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:19:04.98 ID:cIlvlVj7
454 :神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:04:13.98 ID:+Wb53ynK
>>449
西村さん。

君の話しがどこでカルト生命教と一致してしまうのかわかるかな。





ストライク!!!です、同感。
空想哲学ですなw。
463にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 05:37:16.94 ID:QZ6vQZnl
>>456
質問の答えになっていないよ。
戯論とは何か。どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか。
テキスト丸写しで誤魔化さずにあなたの言葉で言ってみて。
回答お願いちゃん^^
464神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:38:07.79 ID:EpzGiat9
涅槃とは安寧の境地を指すのだが、今となっては
なんのこっちゃほとんどわからん。
ただ、安寧という言葉がある限り体験者は涅槃に到達したと思われる。
寂静と安寧の違いはイメージ上の温度差にある。寂でなければ静でもない。
諦め感も確かにあった。自然という運命に身を任す状態といっていい。
あとは満足感。これは不満足を取り除いた境地で間違いない。
解脱時にそれはさらに強くなる。

つまり何が言いたいかというと人間というのは忘却という便利な機能を
有している。忘却により不満足という苦は取り除くことができる。
煩悩を滅却できないと嘆く人がいたが、決してそんなことはない。
465神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:51:32.44 ID:EpzGiat9
無我・非我=無自性=自然現象=空=真我=仏

つまり仏教とは釈迦の教えを指すのではなく、真我の教え。
全人類が有している普遍性のある教えと思っていい。
466神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:53:18.50 ID:P0jlgzlT
忘却は智慧ですね。
諦め感とは、期待を滅した状態。
これも智慧です。
467神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 05:57:12.64 ID:EpzGiat9
戯論というのは頭の中のおしゃべりです。
頭の中のおしゃべりが苦なら止めることももちろんできるが、
苦でないなら、しゃべり倒していい。俺はその手法を取った。
しゃべり倒せば疲れて自然に戯論は滅する。そのリピートでいい。
468神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 06:05:13.35 ID:cIlvlVj7
>戯論とは何か。どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか。
テキスト丸写しで誤魔化さずにあなたの言葉で言ってみて。
回答お願いちゃん

代弁すると何度言うが、まず、
>形而上とは現実から離れていること。現実の条件に規定されない存在。意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上。
形而下というのは要するに現実のこと。意識や概念も、現実の条件に規定されるものならば、形而下の意識や概念である。


は人間の思考回路を対象する場合、両方ともありえない。
469にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 06:24:50.16 ID:QZ6vQZnl
>>468
では、形而上・形而下とは?
470神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 06:32:25.47 ID:cIlvlVj7
お前の書いた文章をコピペしたんだ、とぼけるな!!

根本の姿勢が間違っているな、誠意ゼロだな、君は。
471にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 06:48:05.55 ID:QZ6vQZnl
>>470
まず>>468については、戯論とは何か、どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのかという問いの回答になっていない。 回答を。

それから>>470について。とぼける、ってどういうこと?こちらの主張をきちんと理解している?
私は一般的な形而上・形而下の定義を提示しただけだよ。
第一に、そこに反論があるかどうか聞こう。
そして私は、そこに対して実はそんなものは存在しない、って言ってる。
全て(形而上だと思ってるのも)形而下オンリーで、形而上というのは形而下の概念に過ぎない、と言ってる。
形而上という能記が指すところの所記にレフェランは無い、と。
第二に、これに反論があるかどうかを聞こう。
じゃあ回答お願い。
472神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 06:53:32.22 ID:cIlvlVj7
人間の脳の思考システムと動物の脳の思考システムが同じだと思っているようだね、君は。

形而上・形而下の定義から垣間見える。
君の脳じゃ職人の技も、形而上・形而下の定義できるんだろうねえ。
473:2014/05/28(水) 06:56:14.10 ID:82dAIx6x
>>426
>何の効果も無いオカルト真光は許せるのか?

疑団:何も効果が無ければ100カ国に主に口コミで広がり100万人以上が手かざしをしようか。
474神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 06:56:42.34 ID:cIlvlVj7
職人の技に関して、その職人に君の戯論の形而上・形而下の定義で語ってみたら?

確実に、「なにタワゴトいっているんだ?」
と言われるだろう。
職人の技は存在でもなければ、概念や、規定するものではない。

ポランニ―兄弟のどっちだったけw「暗黙知の次元」はw
475神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 07:08:24.48 ID:mGWPHWYW
>>366(にしてつ)
>理解という言葉が気に入らなければ悟る、でもいい。

よくない。
分別対象化思考(想い)そのものの放棄・解脱がブッダのコペルニクス的転回だったのだから。
曰く、『ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有にもとづいて、その他のものを捨て、
最上の<想いからの解脱>において解脱した人、──かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。』(Sn.1072)

ゆえに、理解も悟りも、仏法ではありえない。

>>471
>戯論とは何か、どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか

横槍だが、
広義で、分別対象化思考(想い)を戯論という。
相対分別対象化思考による一方への固執(我執着)が<集>(四諦の苦しみの原因)である。

>全て(形而上だと思ってるのも)形而下オンリーで、形而上というのは形而下の概念に過ぎない、と言ってる。

これとて分別対象化思考(想い)でしかない。
476にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 07:11:14.27 ID:QZ6vQZnl
>>474
> 職人の技に関して、その職人に君の戯論の形而上・形而下の定義で語ってみたら?

> 職人の技は存在でもなければ、概念や、規定するものではない。

職人の技、というのは何かを為す行為能力を言ってるの?
行為能力は形而下の条件に規定されているよね。
寿司職人の技は、まず伝統という形而下条件に規定され、職人の育成環境という形而下条件に規定され、体調や材料や様々な形而下条件に規定されているよね?
逆にどういう職人の技が形而下に規定されていない?
477:2014/05/28(水) 07:12:43.32 ID:82dAIx6x
>>472
>人間の脳の思考システムと動物の脳の思考システムが同じだと思っているようだね、君は。

横レスですが、人間の細胞も単細胞生物も細胞分裂を行っており、1つの細胞は1つの先端工場に匹敵するほど偉大です。
また霊魂の有無は横においておいても、遺伝子(ゲノム)上で数%しか違いが無くても、その数%が脳神経に関わるものであればシナプス結合の複雑を生じたのが人間でしょう。
478戯論と机上空論:2014/05/28(水) 07:20:48.86 ID:82dAIx6x
本スレをROMしていてよく思うことですが、戯論と机上空論との差があまり意識されていないようです。

我執、思いつきや妄想から生じる戯論はすぐに論理矛盾が生じて住人各位から突っ込まれます。
しかし言語論理世界での机上空論は論理矛盾が少ないので是認されてしまうことも多いようです。

帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論ですが、気付かれないようです。
479神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 07:40:37.90 ID:mGWPHWYW
>>478
>帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論ですが

意味不明
480にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 07:46:50.89 ID:QZ6vQZnl
>>475
> 分別対象化思考(想い)そのものの放棄・解脱がブッダのコペルニクス的転回だったのだから。

無分別は空、だけど空⇔色なんだよ。空⇔色と色⇒空とは違うよ。


>理解も悟りも、仏法ではありえない。

違う。私が彼に「戯論とは何か、どういうメカニズムでどういう過程を辿りどの段階で一切が戯論になるのか 」という問いを投げかけているのはそのことでもある。
彼は回答をはぐらかしているけれどね(笑)。
481写真とベン図:2014/05/28(水) 07:46:58.36 ID:82dAIx6x
ベン図(ヴェン図、Venn diagram)とは、複数の集合の関係や、集合の範囲を視覚的に図式化したものである。(Wiki)

例えば『四句分別』は言葉では難解ですが、ベン図だと一目瞭然です。

譬え話ですが、心霊写真を馬鹿にしたある男がベン図『四句分別』を有難がって後生大事にしておりました。
そこに小中学生がやって来て、心霊写真を見て「おー!」と騒ぎ、ベン図を見て「だからどうよ?」との反応。
アホなのは小中学生の方でしょうか。
482神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 08:07:10.22 ID:mGWPHWYW
>>480
>無分別は空、だけど空⇔色なんだよ。空⇔色と色⇒空とは違うよ。

これとて(還滅された)戯論でしかない。
無分別は分別が無い、しない、ということではなく、←これは分別を対象とする『想い』だ
分別そのものが不立(のような様相)の示唆だ。

>違う。

語りえぬことには、沈黙しなければならない。
説似一物即不中
483カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 09:06:48.48 ID://2sTyqR
安息日しか知らないくせに自分の仏教は特別だと勘違いしている盲人の末法仏教の皆さん、おはよう。
いやぁ、生滅一如だの善悪一如だのと誤った禅思想に被れると宇宙の始まりと言うのがよくわからんのですとか
親を見捨ててもかまわないとか当たり前の善悪の判断もつかなくといういいサンプルがここにはいますね。
宇宙の始まりというのがよくわからんと言うのも詭弁のひとつだ。詭弁を語るってことは早い話嘘吐きだからな。
善悪一如なんて寝言を言って開き直って悪を行うなんてのは単に悪人の開き直りの詭弁な。
いやぁ仏教はヴェーダを悪人から守るために出来たというが、まんまその通りなんで笑える。悪人にかかれば
元の教えをどんどん自分達のエゴの好むまま捻じ曲げて、違う教えにしてしまうからな。原始仏典を読んで
ゴータマは業報輪廻転生を説いていなかったことにしてしまえるんだから恐れ入る。ゴータマが業報輪廻転生
を説いたか説いていなかったなんて論争になること自体おかしい。この悪人達は原発の御用学者と同じ人種です。
まぁキチガイですわ。
484カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 09:28:11.16 ID://2sTyqR
>>403
あんたひょっとしてキリスト教徒?イエスが来たから、イエスを信じれば今泣いている人は癒されるってか。
イエスを信じるんなら今までエゴ中心に生きてきた自分を悔い改めなきゃな。たいがい今のキリスト教徒も終わっとる。
儀式に過ぎない口先だけの信仰告白の洗礼式や、儀式に過ぎないミサで、最後の晩餐の本当の意味もわからず
聖体拝領と称して安っぽいウエハース食ってりゃ救われるなんて言ってるほうがよっぽど誤謬だ。そんなんで
救われるわけないだろ!イエスは自分達の罪の身代わりになって死んでくれただと?だから自分達は罪を犯しても
イエスを信じていたら救われるだと?なにが

>『罪の許しとは業の解消とは観点が違っていて光側に一瞬(理解)で立つことになる。だ。

人は自分の成した業は全て自分自身が摘み取ることになるんだよ。イエスもそう教えている。それは三世に渡っててもだ。
終わりの日はすぐにやってくる。我々の寿命なんて短いものだ。そして自分の成した業により裁かれる。人は業に従い輪廻転生
している。業報輪廻を繰り返す死を第一の死という。そうしていずれ世の終わりがやってくる。生じたものは滅するのが定め。
それはこの宇宙も同じこと。それまでに悔い改めず業を滅ぼさず本当の自分自身を取り戻さない者は、第二の死を迎える。
本当の滅びだ。そうなれば全ては手遅れである。
485神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 09:29:07.55 ID:untkcbww
原始仏典をどう読むかも人それぞれであり、己の読み方が100%正しいと言う方が阿呆。
私から見れば、原始仏典を読んでゴータマが業報輪廻転生を説いた〜と読む方がキチガイですわw
ゴータマの言う「法」とは人としてのあり方であり、具体的方法としては八正道であり、他者に頼らず
己=法に頼れというゴータマの教えこそが重要な部分で、ゴータマ自身にすら頼るなと言う事を言っている
のは間違いない。これは隠居氏も言う所であり(開祖である釈迦やイエスに頼るのは阿呆→開祖批判は
若干エスカレートし過ぎ)私が隠居氏を70%支持するゆえんである。
486カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 09:42:04.79 ID://2sTyqR
父の徴とはなにか。それは運動と休息である。

>>403
別に、あんたに同意したいただかなくとも結構だよ。ここからは聞く耳のある人に聞かせよう。
今泣いている人は幸いである、あなた方は癒されるの山上の垂訓は業報のことを教えているので間違いないよ。
そのあと右の頬を打たれたら左の頬を差し出してやれと、あなた方のエゴイズムを滅ぼしなさいと続き、
裁くな。そうすれば裁かれなくてすむ。許せ。そうすれば許される。あなた方は他人を計る計りで計り返されると、
もろ、業報の教えと繋がるわけだ。山上の垂訓を代表するイエスの教えは、不二一元を説く、アドヴァイタを学んで
いる人なら理解しやすいだろ。ヨハネ伝などまんまそれだし。真理を求める者なら仏教一つに拘るな。
むしろ仏教など後回しにして、アドヴァイダあたりを学んだほうが迷いは少ない。不二一元の境地と、安息日の関係を知れば
仏教との整合性も理解するだろう。そして今の教会の教える御伽噺ではなく、最後の晩餐と復活の本当の意味を知れば
創造の秘密と、永遠の命を知るだろう。
487神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 09:43:11.94 ID:hZWnJW84
経読みの経知らずと申しまして
難解な経をどんなに上手く読めましても
また解釈論をひけらかし他人を言いくるめても
そのご仁が幸せでなければ何の意味もない
ということです。難しい話をして現実逃避して
自己対峙から逃避していては何もなりません。
つまり普通の生活ができていることが大切。
経読みの経知らずは幼い子供にも負けているのです。
そういった自覚はございますか?
488神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 09:46:36.88 ID:P0jlgzlT
本当の滅びとか、妄想もほどほどに。。
489神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 09:50:09.52 ID:hZWnJW84
仏教・キリスト教と争っていらっしゃいますが
そもそも幸福論同士が争うというのはどういうことでしょうか?
ともすると伝承など非科学的要素が多い宗教。
論争するのでしたら、心理学という科学的体系的学問と照らし合わせてみてはいかがでしょうか?
心理学に耐えうる宗教 ボロが露わになる宗教 むしろ心理学を悪用しまくってできている自称宗教というネットワークビジネス
いろいろございますが、21世紀の現代 科学的に耐えうる議論を 宗教者を自負する方にはお願いしたいものです。
心理学に耐えうる自身がおありなら、宗教論議に逃避する必要すらございませんけどね。
490机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/28(水) 09:51:14.71 ID:fnhqhobm
>>483
>ゴータマは業報輪廻転生を説いていなかったことにしてしまえるんだから恐れ入る。

この書き込みについて少々の講釈をします。
実は業報輪廻転生についての是非は殆ど意味がない。
どうしてかと言うと、その有無において人生の意味とか価値というのが変わる訳ではないからです。
禅では不落因果という。

問題なのは、輪廻転生の是非において、人生観がまるっきし違ってしまう。という捉え方です。
これは私が一代氏と論争した記録がたしか残ってるかとおもいます。

一代氏は、もし輪廻転生がないなら自殺した方がまし。って考えだったかとおもう。
これは勿論極論ですけどね。

輪廻転生を考える場合、その是非が重要かどうか?原点に返る必要がある。
仏教では殆ど無意味、と捉えておるようですね。
むしろそういう邪念こそ迷い、としておるようです。
つまり邪念なんですね、輪廻転生観念というのは・・・
491カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 09:53:28.12 ID://2sTyqR
原発の御用学者と同じ詭弁(嘘)を愛するキチガイがなんか言ってるようだが、この人達は気の毒だが救いようが無い。

今のキリスト教徒は現代のファリサイ派だ。彼等はとても頑固で、儀式に過ぎない洗礼や、告解して、ミサで聖体拝領を受けてれば
もう自分は救われていると、イエスの教えとは全く違う教会の教えを信奉し、イエスは自分達の罪の身代わりに死んでくれたと
まことの都合のいい解釈で悔い改めようとしない。今の時代イエスが再臨しても彼の言葉を最も聞かないのが今のキリスト教徒だろ。
大体よ、相手が神父だろうが、赤の他人に罪の告白をしただけで罪が許されるわけないだろ!人は自分が撒いた種は自分自身が
摘み取らなきゃいけないんだよ。
492カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 10:00:59.67 ID://2sTyqR
>>488
二元世界の住人の我々に、生滅一如だとか、善悪一如だとか抜かしてるほうがよっぽど妄想だと思うよ。

>>386
いくら千の御託を並べようが君らの涅槃とはただの気の持ちようで終わりかよ。唯物末法仏教じゃそうなるしかないもんな。
そんな涅槃なら仏教より優秀なカウンセラーにかかるほうがよっぽどいいと思うよ。もっと手っ取り早くするなら金貯めて、一生分の薬
確保して、薬決めればいい。そうすれば君らの涅槃静寂だろ。ばかばかしい。
493机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/28(水) 10:12:16.65 ID:fnhqhobm
>>491
>今の時代イエスが再臨しても彼の言葉を最も聞かないのが今のキリスト教徒だろ。

1960年代の後半にメシヤが再臨した、というので使徒が開拓伝導していた時期があって、私はその件については詳しい。

> 大体よ、相手が神父だろうが、赤の他人に罪の告白をしただけで罪が許されるわけないだろ!人は自分が撒いた種は自分自身が
>摘み取らなきゃいけないんだよ。

分かります。原罪がありますからね。それをトクトク聞かせるから、どうにかしないといけない、ってんで伝道するようになる。
そしてしまいには家出なんかして、当時親が心配して朝日新聞の社説に載ったことがあった。
しかしその頃に開拓伝道していた信者達は殆ど退転しておるようです。

人間というのは、30とか40くらいになると分別がつくようになって自然と退転するようです。
在家氏は40とか50歳くらいだと思うけど、この年代まで残ってるのは稀です。
つうか、この年代ですと、殆んどはマイコンは解けているのが普通かと?
494神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 10:14:54.26 ID:P0jlgzlT
善の背景には、悪への恐れがあります。
495カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 10:18:29.18 ID://2sTyqR
>>490
>輪廻転生を考える場合、その是非が重要かどうか?原点に返る必要がある。
>仏教では殆ど無意味、と捉えておるようですね。

それは四諦の真理を全く無視した禅宗もどきのお宅と、お宅のお仲間の仏教だけだろ。
二元世界の住人のエゴに生滅一如だとか、善悪一如だとか、無理やり真我の領域を当てはめるから、
現実的には糞の役にも立たない言葉遊びしかならないんだよ。そんな現実的には糞の役にも立たない邪見を
ばら撒いている禅もどきの君らは、本当に駄目な人達だと思うよ。

何度も言うけど真我といえども自性は無しな。仏法に何も反しない。見る者は見られるものと対であり単独では成立せず。
また彼も生じたものだから滅する定め。ただ、我々の自我とは決定的な違いがある。我々は彼の被造物というより、彼が分裂して
我々になったと言ったほうがいいと思う。君らには関係ない話だと思うがね。若干聞く耳のある人がいるようなので
真理について数レスに及んで書き込んだ。少しでも聞く耳のある人の知恵の足しになればいいと思う。
496神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 10:25:33.21 ID:P0jlgzlT
そもそも真我(仏性)は生じたものではないから滅することもない。
これがインド哲学の大前提だよね。
497神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 10:35:10.48 ID:P0jlgzlT
真我は分裂しない。
498机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/28(水) 10:35:51.58 ID:fnhqhobm
>>495
>真理について数レスに及んで書き込んだ。少しでも聞く耳のある人の知恵の足しになればいいと思う。

真理については、私は当時ずいぶんに研究済ですね。
まず、陰陽思想のパクリを創造原理としたようです。
そうして数式のマジックを応用して復帰原理と展開するやり方は、数式に弱い人の心理を上手く突いている。
研究すれば分かります。
ただ客観的な考察は理性がないと無理ですが。

昔、「40代」というコテがいまして、このコテは中年にして幹部までのしあがった人物ですが、
2ちゃんに教団内部のことを赤裸々に書いてましたね。
信者が性奴隷になっていくさまは、まさに気持ちが悪くなる程えげつない内容です。
相手が朝鮮人ですから。

その教団は、アメリカの寿司市場のシェアをほぼ独占(寿司ネタの卸)して結構儲けておるようです。
献金・献身はそういうとこで利用されます。
どうか利用されないよう気を付けてください。
499神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 10:41:02.23 ID:mGWPHWYW
>>496
>真我(仏性)

検証不能の妄想でしかなく、無記(⇒無視)が仏法の大前提だよね。
500カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2014/05/28(水) 10:51:09.84 ID://2sTyqR
>>496
人が無と成りて、仏となる。真我と仏は一つだけど違う。子は父を必要とするが、父は子を必要としないようにね。
わかる人がわかればいい。

一即多。多即一。真我の領域だ。これを我々の自我に当てはめたら糞の役にも立たないただの言葉遊びの妄想になる。
イエスはヨーガの成就者だよ。水の上を歩いたという伝承など本当か嘘かは別にしてまんまそうだ。
ヨーガの成就者と言えば、ゴータマもね。ヒンドゥは真我を重点的に説き安息日が抜けている。仏教は安息日しか説かず
真我が抜けている。ゆえに仏教は滅びの教えになってしまっている。聖書は、真我(独り息子=キリスト)と
安息日(天の父=仏)と数字の7の永遠のサイクルと、復活を説きわかりにくいが報輪廻転生も説く、最も重要な教えが
書かれているが、肝心なことは全て難解な喩えで書かれているので読み解く者がほとんどいなく、今の教会が教えるキリスト教は、
単なる御伽噺になっている。不義の今の時代には真理は明かされないが、ちゃんと次の時代が用意されている。
その時代に真理は明かされ多くの人は救われる。その時代の恩恵に預かれる者は幸いだ。ま、とあるところで
禅宗の坊主で癇に障った人がいたので禅宗の奴をおちょくってやろうとここにきた。中途半端な安息日しか語れない
末法仏教者が生意気なことを言う。俺はこれでもジニャーナヨーガはそこそこいい線言っててね。君らがなんと言おうと俺がここで
書いたことは間違っていない。議論争論は自分自身をを滅ぼす。これ以上君らの教師になるつもりもないし、
聞く耳の無い人に聞かせても時間の無駄だし。あとはお好きにどうぞ。早く悟れよアホ共。じゃぁね〜
501一切法無我:2014/05/28(水) 10:57:22.53 ID:mGWPHWYW
>>495
>真我といえども自性は無しな。仏法に何も反しない。

オバカラスは相変わらずだなw

真我なるものの存在を経験的に検証(相応部35-23)して立証してごらん。
経験的検証不能なモノ・コトは実践仏道においては無視(無記)する。
迷妄ガラクタ観念でしかない。

真我なるものに個別的検証(→非我)を重ねた結果、<一切法無我>が四法印の一つとして
仏法のメルクマールとして確立している。

上記に反する命題を主張するなら、経験的に真我なるものを立証しなければならない。
502一切法無我:2014/05/28(水) 11:04:52.98 ID:mGWPHWYW
>>500
>君らがなんと言おうと俺がここで書いたことは間違っていない。

単なる一切外事項の『信仰』であって、誰も止めやしない。

仏法は信仰にあらず、
仏法・実践仏道ではない、といっている。
503パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/28(水) 11:08:04.53 ID:Xl7Xx5wk
カラスの唄

カラス科      アホカラス属

《特徴》  カラス科の鳥類は一般に知能が高いが、このアホカラスのみは
      例外的に極めて知能が劣る。

《習性》  非常に攻撃的。あらゆるものに噛みついて回るが、直ぐに撃退されて   
      逃走するのが常。

《その他の特性》  鳴き声が特徴的。
         「詭弁、詭弁」 とよく鳴くので、別名、「詭弁鳥」とも
          呼ばれる。
      興奮すると、 「ウダーナ、ウダーナ」  または
      「ルシファー、ルシファー」 と鳴くこともある。

   宗教板に生息する有名な害鳥の一種なので、皆さん、見つけ次第、駆除を
   お願いしますwww
504神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 11:14:20.78 ID:KbQm/QpV
>>501
>真我なるものに個別的検証(→非我)を重ねた結果、<一切法無我>が四法印の一つとして
>仏法のメルクマールとして確立している。

そう考えているのが、釈迦の真我だろw。釈迦仏教は、釈迦の勘違い、
幼稚で滑稽な初歩的論理矛盾から出発している。

釈迦のその誤りを是正したのが、中論に始まる大乗仏教である。日本の
仏教は大乗仏教。小乗を持ち込んではならない。
505パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/28(水) 11:18:57.92 ID:Xl7Xx5wk
>釈迦のその誤りを是正したのが、中論に始まる大乗仏教である。日本の
>仏教は大乗仏教。小乗を持ち込んではならない。

wwwwwwwwww
日本の仏教w   なら、隠居w

⑴ 浄土宗、 真宗  などの念仏系は?
⑵ 真言宗などの密教系は?
⑶ 日蓮系は?
⑷ 禅宗のなかでも、特に「白隠」は ?

これらも、「日本の大乗仏教」なんだが、お前は認めるのかよ? 隠居ww
506一切法無我:2014/05/28(水) 11:31:51.09 ID:mGWPHWYW
>>504
>そう考えているのが、釈迦の真我だろw

未検証の勝手な妄想・主張でしかない。

妄想観念論(オバカラス)も妄想唯物論(隠居)もともに仏法に非ず。
507神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 11:51:54.69 ID:KbQm/QpV
>>505
浄土真宗でさえ、中論の空を基盤としていると、本には書いてあるw。

>>506
己の真我を、己の真我で論証できると思うほうが馬鹿。論証主体と対象が同一で、
どうやってその論証の正しさが保証されるか。選手が審判を兼ねているようなものw。

釈迦の無我は、手で顔を隠して、「いない、いない、ばー」と言ってるのと同じw。
508にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 11:55:55.52 ID:QZ6vQZnl
>>482
> これとて(還滅された)戯論でしかない。
> 無分別は分別が無い、しない、ということではなく、←これは分別を対象とする『想い』だ
> 分別そのものが不立(のような様相)の示唆だ。

そうだよ。そうなんだけど、それは結果論。仏法は方法論だ

> 語りえぬことには、沈黙しなければならない。

そう。だから仏法は科学的方法論に徹する。
509にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 12:17:39.18 ID:QZ6vQZnl
>>508捕捉
だから「戯論とは何か、どういうメカニズムでどういう過程を辿りどの段階で一切が戯論になるのか 」という問いを投げかけている。方法論と結果論を混同している人がいたからね。
結果論として生じることを方法論に持ち込んで方法論自体を否定する詭弁を弄する人が。
510神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 12:37:38.55 ID:YqKiC5AE
>>503
ビルマの竪琴で中井貴一演じる上座仏教僧の肩に乗るオウムは何と鳴いたんだ?
ショコショコショーコーとかw
元オウム信者の多くが真実を求めてテーラワーダへと流れる暗示であったか
511神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 12:56:45.57 ID:qKd2FsMp
>>507 >本には書いてある


wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
512神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 13:35:30.65 ID:VutOnXBA
>>463
答えになって居ないのではない
お前が理解出来ないだけに過ぎない
お前はこの世界を如実に知見する術(すべ)を知らない
仏教では「一切行苦」と教える、それは何故か?
何故にして一切が苦と言うのか?
苦たらしめるものとは何のことか?
そもそも苦とはどうしてあるのか?

俺の言説もお前の言説も戯論足らしめる理由やメカニズムも
全てここに帰結する

それが解らないお前は仏教を軽んじ、分かったフリをしてる知ったかぶりに過ぎない
513神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 13:44:02.21 ID:VutOnXBA
>>507
真我はあるのではない、ないのである
無我とは、我なる存在を如何なる形・どこの場所からも見出すことが出来ない
そもそも我というもの・事が存在して居ない事を無我と言っている
つまり、我と呼べるものなど何も無いのだ
それが分かった時始めて、真我の本当の意味が分かる
その”分かる”状態の事を「遠塵離垢の法眼」と言う
そして、そこで”分かる”とは認識の事ではない、如実知見そのものである
如実知見は人間の思考や認識や想い一切を離れている
想った時点でそれは如実知見とは為り得ない

故に、想いを離れなければ真我の実際は分からない事になる
514にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 13:46:34.55 ID:QZ6vQZnl
>>512
> 答えになって居ないのではない
> お前が理解出来ないだけに過ぎない

違うね。私はメカニズムも過程も理解しているからあなたの回答が回答になっていないことが分かっている。はぐらかすなよ。


> 俺の言説もお前の言説も戯論足らしめる理由やメカニズムも
> 全てここに帰結する

あなたが分かったフリをしてる知ったかぶりじゃなければ、どう帰結するのか論理的にきちんと説明してみな。
じゃ、回答待ってまーす。
515神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 13:53:18.33 ID:VutOnXBA
>>514
では、どうやってそれを知る事が出来る?
その方法を具体的に述べてみせよ
516神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 13:55:47.92 ID:VutOnXBA
>>514
どうした?知ったかぶり
知ってるのだろう?即答せよ
517神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:01:05.08 ID:VutOnXBA
>>514
にしてつ、お前はこう思ってる筈だ
俺は何の法や理論に因って反論してきてるのか全然解らない
それはフェアじゃないから、何を論拠として反論してるのか言わせようと
そうすれば論破も容易いだろうと

無駄だ
仏法者に論拠など存在しない
故にそれを望むお前は仏法者では無いと言う事だ

お前は外道の論を以って似非仏法を展開してるに過ぎない
518にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 14:02:05.24 ID:QZ6vQZnl
>>515-516
質問に質問で返すなよwww
こちらが質問をしているんだ。はぐらかさずに答えてくれないか?
君が答えたら私も答えよう。それが順序だ。
じゃ、お願い^^
519神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:09:13.41 ID:VutOnXBA
>>518
>君が答えたら私も答えよう。それが順序だ。

論に詰まったものは皆それを言って逃げる
お前は知っている筈なのだろう?
知っている事を書けば良いだけだ

因みに、仏法畢竟の見地は知る事など出来ない、それが答えだ
何故ならそれは「存在しない」からであり、存在しないものを知る事など出来ないのだ
それが答えだと体感した時こそが悟りなのであり、それが解脱の根幹となる

説けるものなど最初から無い。それが仏法だと知らんものは皆理屈を説きたがる
お前もその一人に過ぎない、それは愚かな行為なのだ

戯論は想いによって起こり、行為に依存して発して効力を為す
戯論に善悪の区別は無い、言説一切は区別無く戯論なのであり矛盾を秘める
仏は矛盾を用いて無矛盾を教えたに過ぎない、それも戯論故に
仏は戯論を敢えて用いて衆生済度を行ったに過ぎない
520神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:17:49.56 ID:n4XHf7Hm
> あんたひょっとしてキリスト教徒?イエスが来たから、イエスを信じれば今泣いている人は癒されるってか。

イエスを信じる精神質ならば、泣かない訳だが?

> イエスを信じるんなら今までエゴ中心に生きてきた自分を悔い改めなきゃな。たいがい今のキリスト教徒も終わっとる。

イエスを信じる時点でエゴ中心ではない。理解(光側に立つ)とは悔い改めとある意味同じだ。

> 儀式に過ぎない口先だけの信仰告白の洗礼式や、儀式に過ぎないミサで、最後の晩餐の本当の意味もわからず

知らんよ。それは間違っていると思うがな。

> 救われるわけないだろ!イエスは自分達の罪の身代わりになって死んでくれただと?だから自分達は罪を犯しても

身代りというのは少し違う。
旧約の意味を知らせに来た(福音、旧約は新約)という目的もある。
大衆根性の行き着く先を示したという目的もある。カルト根性(悪)を喝破したという目的はもちろん。
身代りというのは『あなたたちは闇側だという認識(稲妻)を食らわせた』という意味ではそうだろう。
その稲妻で死んだのだ。強烈な善の痛打だろう。

> イエスを信じていたら救われるだと?なにが

信とは理解力に欠ける訳ではないので、そう言っている人たちが何か
業法(仏教的なものとは限らず、宗教的な、行為と魂、主体の清汚への傾向)
やら宗教的な諸々を全く理解出来ないとかいうなら別で、同じ言葉でも違う事を言っている可能性があるな。
521神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:20:00.93 ID:n4XHf7Hm
> 人は自分の成した業は全て自分自身が摘み取ることになるんだよ。イエスもそう教えている。それは三世に渡っててもだ。

終末論だろう?否定しない。
信じれば救われる』とは横軸(業法論)でなく縦軸の事を言ってる。
どっちかって言うと、禅などに近い。

・・・・・

しっかし、複数で単数に挑みかかられてあんたも大変であるなw
表現方法を変えないと、レスが多すぎていくつ手があっても足らない(タコみたく)。
まともな根性の者だけ相手して後は捨て置けば如何?w
522神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:22:42.86 ID:VutOnXBA
仏教議論スレでイエスを語りたがる奴にまともな奴は居ない
523にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 14:27:10.72 ID:QZ6vQZnl
>>517
> にしてつ、お前はこう思ってる筈だ

いや、そういうレッテル貼りは要らないから。

> 仏法者に論拠など存在しない
あなたは仏法の徒を舐めてるのか?
ただの神秘主義者の化けの皮が剥がれたな。仏法は科学的方法論だよ。神秘主義者のあなたには仏法は縁が無かったんだな。
「諸行無常」「諸法無我」「一切皆苦」「涅槃寂静」これは全て言説を以て解説できる。
「分別/無分別」「色⇔空」についても全て解説できる。
「悟り」「解脱」も、「輪廻」も。
オツム足りない人は神秘主義に逃げて、字面だけ唱えて分かった振りをする羽目になる。まさに誰か書いてたが「経読みの経知らず」だ。

> お前は外道の論を以って似非仏法を展開してるに過ぎない

これも使い古されたレッテル貼り。逃げずに回答してみたまえ。
524神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 14:43:08.17 ID:VutOnXBA
>>523
>解説できる

解説して何になる?釈尊はそれをしろと教えたか?
涅槃へ至る道筋は解説の事だったか?
仏道は科学的方法論でもない、もとより科学ですらない
仏道は仏法を究る為にあり、究めるとそこには何も残らない
これを神秘主義だと思うなら、お前は畢竟とは何かが解ってない証拠だ
その証拠たるべきものは、まだまだ残っているからだ

仏法は解説など出来はしない
思い上がりもいい加減にしたほうが良い
525神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:00:04.30 ID:VutOnXBA
>>523
お前の間違いの根幹を直で指摘してやろう

お前は自分の論に賛同を得たいと所望している
だから俺に食って掛かる訳だ

賛同など不要であろう?それが何の役に立つと言うのだ
賛同を欲する事は仏法から遠ざかる事に他ならない
何故ならそれは「想い」に他ならず矛盾しているからだ
自然は欲する事をしないし、自然に矛盾は存在しない
矛盾は想いが自由故に縁起して起こす、その自由も肉体に依存し
あらゆる縁起に依存して、自発できない
にも関わらず、この世界に矛盾など存在しない、想いを除けばな

それが解らないお前という想いがそもそもエラーなのであり間違いの根幹なのである
気付けないのも間違っているからである

お前は、この世界が本当は真っ暗闇である事実を認めようとしない愚か者だ
我々は常に縁起の中に生き、縁起を根幹にして色々を確知できている
しかし我々の普段はその根幹を意識したりしない
お前はそれも見逃しているのである
526神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:08:01.27 ID:qKd2FsMp
>>523
「解説できる」ということと「わかる」(頷く)ということは別と思うよ。
527にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:22:30.17 ID:QZ6vQZnl
>>519
> 論に詰まったものは皆それを言って逃げる

論に詰まって逃げてるのはあなたでしょう。あなたが答えたら私も答えるといっている。なぜあなたは答えない?

> お前は知っている筈なのだろう?
> 知っている事を書けば良いだけだ

あなたは知らないから答えないの?

> 因みに、仏法畢竟の見地は知る事など出来ない、それが答えだ

はは、それは論理誤謬と指摘済み。方法論と結果論を混同している。

> 何故ならそれは「存在しない」からであり、存在しないものを知る事など出来ないのだ

同上。方法論と結果論を混同。

> 説けるものなど最初から無い。それが仏法だと知らんものは皆理屈を説きたがる

同上。方法論と結果論を混同。

> 戯論に善悪の区別は無い、

善悪wwwピントぼけすぎwww

> 仏は矛盾を用いて無矛盾を教えたに過ぎない、

間違い。方法論と結果論を混同している。つまりあなたの回答は詭弁。詭弁ゆえに解答になってない。はいやり直し。では解答待ってます。
しかし連投規制厳しいなw
528にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:25:12.14 ID:QZ6vQZnl
>>524
> 解説して何になる?釈尊はそれをしろと教えたか?

何になるとか、しろと言ったとか私は言ってないよ。ただ可能であると言ってる。話をすり替えないでね。

> 涅槃へ至る道筋は解説の事だったか?

これもすり替え。道筋イコール解説などと言ってないよ。

> 仏道は科学的方法論でもない、もとより科学ですらない

科学的方法論だよ。科学的方法論の条件を満たしてるから。

> 仏道は仏法を究る為にあり、究めるとそこには何も残らない

方法論と結果論を混同している。

> これを神秘主義だと思うなら、お前は畢竟とは何かが解ってない証拠だ

あなたに論理誤謬がある、ということをあなたが理解できないままに妄信しているからあなたを神秘主義者だと言ってる。仏法を指して神秘主義と言ってるんじゃないよ。

> 仏法は解説など出来はしない
あなたにできないからといって、そう思い上がるのもいい加減にしたほうが良い 。
あなたが理解できないからといって、仏法が科学的方法論でないことにならない。仏法が非科学的な神秘主義的迷信だと決めつけるのはいかがなものか。
529神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:26:11.45 ID:VutOnXBA
>>527
何を答えろと?
俺は何も知らんぞ?w
530にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:30:32.73 ID:QZ6vQZnl
>>525
> お前は自分の論に賛同を得たいと所望している
> だから俺に食って掛かる訳だ

あなたが>>431で私に食ってかかってきたんでは?
違いますか?
その前のID:/TiilgLIはあなたじゃないよね?
つまり、
あ な た が
「自分の論に賛同を得たいと所望している」
という表明ですね。
531神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:31:24.97 ID:VutOnXBA
>>528
まあ落ち着けw
仏法には示せるもの等最初から何も無い
故に知る事など出来ない
知ろうと必死な様を展開するお前はそれ未満と言う事だ

知る事など出来ないのに何を答えろと言うのかw

お前は何の行為を以って仏道を行っているんだ?或いは元より行って居ないのか
532神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:32:27.32 ID:VutOnXBA
>>530
>違いますか?

違う
お前の間違いを指摘したに過ぎない
それに憤慨したお前が悪い
533にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:35:00.65 ID:QZ6vQZnl
>>529
何も知らないやつの大見得切ったのがコレwww

512 神も仏も名無しさん 2014/05/28(水) 13:35:30.65 ID:VutOnXBA
>>463
答えになって居ないのではない
お前が理解出来ないだけに過ぎない
お前はこの世界を如実に知見する術(すべ)を知らない
仏教では「一切行苦」と教える、それは何故か?
何故にして一切が苦と言うのか?
苦たらしめるものとは何のことか?
そもそも苦とはどうしてあるのか?

俺の言説もお前の言説も戯論足らしめる理由やメカニズムも
全てここに帰結する

それが解らないお前は仏教を軽んじ、分かったフリをしてる知ったかぶりに過ぎない
534神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:37:04.43 ID:VutOnXBA
>>533
相当悔しかったんだなw
お前はその無駄なプライドを克服する事が仏法以前の問題だ
帰謬論証すら出来ない様ではお里が知れるぞ?w
535にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:39:31.72 ID:QZ6vQZnl
>>531
> 仏法には示せるもの等最初から何も無い
> 故に知る事など出来ない

典型的な神秘主義者的誤解による仏法の迷信化だな。
あなたが理解できないからといって、仏法が理解を拒んでいるのではない。あなたの能力の問題だ。
536神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:41:54.45 ID:1t8/F/TZ
>>535
そうか

なら知っていると豪語するお前が答えねばならん訳だw
さあ答えろ

悟りとは何か?
涅槃とは何か?
智慧とは何か?
解脱の方法とは何か?

答えてみせよ
537にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:44:33.88 ID:QZ6vQZnl
>>534
的外れなことを言ってるから誤謬を指摘したまで。
それを悔しい云々プライド云々に関係付けるのは
あ な た が
そこに関係性を見ているから。
つまり
あ な た が
指摘を受けて悔しがり、プライドを損なわれたと感じているのだろうね。
538神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:46:30.55 ID:1t8/F/TZ
>>537
おい、逃げるなよ、明確に即答しろ
539神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:48:23.12 ID:1t8/F/TZ
>>537
意趣返しは馬鹿のやる事だ
お前は馬鹿ではないのだろう?
早く答えよ
540神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 15:57:38.07 ID:1t8/F/TZ
仏道は体得する行為だった筈だ
答えを求められてお座なりに答えをググる事は仏道とは言えない
解ってないからググるのであり、それは自分の見解とは言わない
そんなので答えても無価値である事は自身が論証した筈である

よって、即答出来なかった時点でID:QZ6vQZnlは知ったかぶり決定で止論に至る
541にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 15:59:55.34 ID:QZ6vQZnl
>>536-540
ID変えたの?別人?
煽ってきた本人が「意趣返しすんな」と言うとしたら滑稽だから聞いてるんだけど。

本題については、まあ長くなるからポツポツ書いていく。
途中で茶々が入らない限り、書いていこうと思うよ。
542にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 16:06:37.39 ID:QZ6vQZnl
>>540
ググってナントカだとか、即答できなきゃナントカだとか、そういう一々用地なレッテル貼りはいいからwww
あと>>532
私の誤りというのが示されていないんだが、論拠を示さない決めつけならレッテル貼りにすぎない。誤りというのを指摘するかい?それともその発言は無かったことにするかい?
ここまでの諸々をきちんと整理して片付いてから次に進みたいんだ。
543神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 16:11:41.12 ID:1t8/F/TZ
議論する自体が既に仏教では無い
それが解らんなら最早仏法者とも言えない
544にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 16:13:45.11 ID:QZ6vQZnl
>>543
>>541>>542に回答を。
545神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 16:19:55.34 ID:mOgMez9d
     無難禅師道歌

「おのが身にばかさるるをば知らずして、きつねたぬきを恐れぬるかな」

「主ありて見聞覚知する人は、いきちくしょうと是をい云ふなり」

「世の中の人は知らねど罪あらば、わが身を責むる我がこころかな」

「道と云ふ言葉に迷ふ事なかれ、朝夕おのがなすわざと知れ」

「さとらねば仏の縁は切るるなり、一切経を読み尽くすとも」

「生きながら畜生となるしるしには、坐禅の床に居られざりけり」

「身のとがは其しなしなにかはれとも、色と欲とを根本と知れ」

「心にはたしかに入りし法の道を、いくたび汚すわが身なるらん」

「何事も修行と思いする人は、身の苦しみは消えはつるなり」

「何もなき心を常にまもる人は、身のわざわいは消えはつるなり」

「身のとがをおのが心のしる時は、仏と成らんしるべなりけり」

「本来の悟りのしるしあらわれて、身さえ残らず消え果てにけり」

「ひたすらに身は死にはてていき残るものをほとけと名はつけにけり」

「主なくて見聞覚知する人を、いき仏とは是を云ふなり」

「身の業のつきはてぬれば何もなし、かりに仏と云うばかりなり
546神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 16:32:29.83 ID:nnJMFCXT
∧_∧
( ´・ω・) みなさん、お茶が入りましたよ・・・・。
( つ旦O
と_)_) 旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦旦
547神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 16:58:00.82 ID:/3SuFoXp
にしてつ=西哲=西洋哲学って意味なんだよな

仏教は西洋哲学で理解など出来ないよ
一個一個の用語を解説する事は出来てもそれは仏教の目的ではない
用語の意味が解ったからと言ってもそれは悟りではない
西洋哲学には仏教の根幹が無いから、知ったかは出来ても完全にはならない

そもそもにしてつは仏教徒なのか?
違うなら恥をかくだけだと思うよ
548にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/28(水) 17:10:04.31 ID:QZ6vQZnl
>>547
西日本鉄工所です。
仏法は科学的方法論だから理解できるよ。
549神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 17:23:15.09 ID:rqPVVMYo
 
(中観帰謬)帰謬法
http://diary.kashima-hariq.com/2012/12/post-77.html

「色蘊はあなたか?」「受蘊はあなたか?」「想蘊はあなたか?」「行蘊はあなたか?」「識蘊はあなたか?」
と、問うていくとすべて「違う」と答えざるを得ないだろう

こうやって問い詰めていくと
「(「他に依存しない」とされている)アートマンは存在しない」「(他に依存し変化してゆく)一切皆空」となっていく

「アートマンは実在しない」というのは中観派をはじめとする仏教の大多数の流派の共通理解事項で
こういうのを無我と呼ぶが
「お釈迦さまはアートマンと五蘊が結びついた自我は否定したけど
  認識主体たるアートマンの実在そのものについては言及していないので無我ではなくて非我と考えるべきだ」
と主張する人たちもいる

「アートマンと五蘊が結びついた自我なるものは存在しない」というのはすべての仏教徒の共通理解だ
これを証明するのに
背理法ではなく
直接的に「無我とか・非我とかはこうだ」と証明しようとしても神学論争に陥ってしまう
550神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 17:52:09.45 ID:rqPVVMYo
 
 ↓ 宝珠さんと似たような(神智学とかの)人かも

http://diary.kashima-hariq.com/2012/12/post-77.html
コメント(1)
… その我も一定のレベルで消滅する、それはブラフマンの中で消滅する
ブラフマンと一体になった時に、個我は消滅する
悟りの最終段階では、我、個我は消滅し
ブラフマンと一体化する、それを宇宙意識になる、と言う人もいる

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE
プルシャは
プラクリティから様々な原理が展開してゆくことを観察するのみで
プルシャは変化することがない、とする
人はプラクリティから展開した理性、自我意識などを主体であると思い込む錯覚に陥っているが
本来の自我であるプルシャに目覚めることで解脱が果たされるとしている
サーンキヤ学派はヨーガ学派と対になり、ヨーガを理論面から基礎付ける役割を果たしている

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98
世親は「唯識二十論」で
「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方
言い表すことのできない → 実体がある ← とした

http://d.hatena.ne.jp/hotokenomichi2008/20091011/1255250353
有相唯識派 - 阿頼耶識は実有なるものとする派です
無相唯識派 - 阿頼耶識も縁起なるものとして空とし、その実体・自性を否定する派です
551神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 17:52:13.29 ID:/3SuFoXp
>>548
では君は仏法の大意とは何だと思う?
552神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 17:53:22.73 ID:qKd2FsMp
>>548
科学的方法論からは、実感(頷き)と慈悲が生じてこないのさw
553神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 17:55:18.82 ID:Of8Er84n
>>549
>「アートマンと五蘊が結びついた自我なるものは存在しない」というのはす
>べての仏教徒の共通理解だ

死者には五蘊は生じず、また「非我(我に非ず)」では、比較の対象としての
「我」の存在を前提とするのだから、到底無理な話。
554神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 18:17:06.51 ID:rqPVVMYo
 
> 死者には五蘊は生じず

http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
此の陰滅し已らば異陰相續す

http://www.daitouryu.com/iyashi/voice/voice03.html
我愛を滅させることが出来なかった場合は
この現世において
肉体を捨て己(おわ)っても
異蘊相続して
又、次の、この世の生に戻り来る

http://reigaku.jugem.jp/?eid=424
我愛と、戯論(けろん)と、善悪業によって
中有身が形成される
その中有身が次に生まれる処を求めて母胎に入り
又、次の、この世の生に戻り来る
555神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 18:27:37.74 ID:qKd2FsMp


>>553
>死者には五蘊(―正確には四蘊―)は生じず

何当たり前のこと言ってんだ?w
寧ろ、五蘊(―正確には四蘊―)の消失した状態(の人)を死者と呼ぶんじゃねーかw
ありえない順序逆転をして得意がってんじゃねーよwww
556神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 18:40:29.55 ID:Of8Er84n
釈迦は、「無我」「非我」と、我に拘る「自意識過剰」「自己肥大」。いくら
「我」を否定しようとしても、否定するのは「釈迦の我」だから、かえって我
を肯定していることになる。

釈迦が、我をどうしても否定したいのなら、「我を精一杯生きて、我を忘れる
(忘我)」以外には、方法はない。

中論は「無我」や「無」など、アホなことは一切言ってはいない。
557神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 19:01:38.30 ID:Dk+SUC01
>>556
釈迦は「一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)を説く。
我は事物とは異なるものだと言っているだけ。
これなら何も矛盾しないし、アホでもないだろう。
  
残念だが、竜樹こそが我をもって無我を説いている。
中論18−1、2を参照
558神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 19:32:10.51 ID:rqPVVMYo
 
http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/mulama.html
第十八章 自己と実在物の考察
1.
もし自己が集合体(〔五〕蘊)であるのなら
生起や消滅(という特性)を持っているはずである
もしそれが集合体ではないのなら
集合体の性質を持ってはいないはずである
2.
もし自己というものがなかったら
自己の(特性)はどこに存在するのだろうか
自己とそれに属するものとの平安(寂滅)によって
人は「私」と「私のもの」とに基づいて固執する(掴む)ことをやめるのである
  _  _  _

「私」と「私のもの」とに基づいて固執する(掴む)ことをやめて
最終的には
世俗に、とらわれている想いを滅させて解脱せよ

龍樹としては ↑ こんな感じかも
559神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 19:38:50.03 ID:Of8Er84n
>>557
>釈迦は「一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)を説く。
>我は事物とは異なるものだと言っているだけ。

「『我』ならざるもの」「『我』は事物とは異なるもの」では、釈迦は「我」
という比較の基準を前提としているね。さもなけれは、釈迦は一体何と比較し
て、「ならざる」「ことなる」と言っているのかw。

中論は、その第一章で、そもそも「無」という概念を否定している。
560神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 19:47:09.26 ID:rqPVVMYo
 
> 中論は、その第一章で、そもそも「無」という概念を否定している

概念が、ある・ない、という「想い」を滅させて、そして

世俗に、とらわれている「想い」を滅させて解脱せよ

龍樹としては ↑ こんな感じかも
561神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:00:27.37 ID:Of8Er84n
中論18:3、18:4では、「わがものの観念をはなれるひとは『存在しない』。
「想いを滅したら『死ぬ』」と言っている。「生きている限り」、「想いを滅する」
ことは出来ない訳だw。

これはやはり、中論が正しいw。
562神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:07:23.42 ID:Dk+SUC01
>>422
>さて、その話しは同じ村落共同体から出ないで、一生涯を過ごすなら
>何世代でも、子育て介護はバラバラにならずであろう。
 
実際にはさまざまな家族があり、簡単には一括りにできない。
しかし、社会や国家の存続から考えれば、あるべき家族の姿はかなり
絞られてくる。自立し、再生産が可能でなければならない。
そのためには、家族の中で「人間の一生」を包み込めるべきである。
 
都市化の進展で困難になってきたケースだが、再生産を前提にしたら、
努力目標だったとしても、譲れないモデルケースになる。
ただ、保育所や老人ホームとの比較もあるね。
563神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:13:39.55 ID:9INGksAJ
チュンダよ、私が死んでいくのはお前のせいではない。
私が死んでいくのは、私がこの世に生まれたからである。
 
564神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:18:35.08 ID:Dk+SUC01
>>559
>釈迦は「我」という比較の基準を前提としているね。さもなけれは、
>釈迦は一体何と比較して、「ならざる」「ことなる」と言っているのかw。
 
釈迦は「真実の我」アートマンを体験しているから、それと比較し、
この世の事物は我ならざるものだと、明確に断言する。
その意味で、我を「空」にする竜樹は、釈迦を否定していることになる。
まさに釈迦の換骨奪胎である。
565神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:23:34.94 ID:rqPVVMYo
 
3.
「私」とか「私のもの」というやり方でとらえない者は
その者が存在していないのである
「私」とか「私のもの」というやり方でとらえない者は
彼(その者)は知覚しないのである
4.
内的にであろうと外的にであろうと
「私」と「私のもの」という観点が消滅するとき
自己に固執する者(取著)は消滅する
これが消滅すると、誕生することも止まる

「輪廻している」
と掴み捉えようとしている「想い」を滅させて

〔世俗として「生きている限り」、「想いを滅する」ことは出来ない〕
と掴み捉えようとしている「想い」を滅させて

5.
行為〔カルマ〕と苦悩(煩悩)が消滅したところに涅槃がある
行為〔カルマ〕と苦悩は概念的思考から生じてくる
これは心的に作り出されたもの(戯論)に由来するのである
作り出されたものは空性によって消滅する

それ故に
心的に作り出されたもの(戯論)から解脱せよ
566写真とベン図:2014/05/28(水) 20:24:09.54 ID:82dAIx6x
>>479
>>帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論ですが
>
>意味不明

Aさんが「去る者は去る」と言いました。
Bさんは「去る者は去る」は言語論理上では間違いであり「去る者は去らず」と言いました。
更にBさんは「私には主張はない」と言いました。

確かにBさんは帰謬法にて相手の間違いを指摘しただけです。

後にCさんは「Bさんは偉大だ。運動の無いことを証明した」と称賛しました。

以上、帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論で、称賛するのは如何というお題です。

>>481
>例えば『四句分別』は言葉では難解ですが、ベン図だと一目瞭然です。

お後は無記で宜しいかと存じます。
567神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 20:31:54.35 ID:Dk+SUC01
>>561
竜樹に想受滅の体験はなく、当該箇所は想像で書いている。
悟りには、精神的に死ぬことが必要だが、肉体的に死ぬ必要はない。
釈迦を始め、ブッダたちはそうやって悟りを開く。
 
死ななければ悟れないという話は、悟り体験のなさを物語るだけだ。
568写真とベン図:2014/05/28(水) 20:50:19.51 ID:82dAIx6x
>>566
>心的に作り出されたもの(戯論)から解脱せよ

八雲のお話の中に、大きな象に乗ってやって来られた仏様に猟師が矢を放ったというのがありました。

智慧にて解して脱した良い譬えだと思います。
569神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:08:28.99 ID:rqPVVMYo
 
龍樹も、四如意足(四神足)とか、想受滅(滅尽定)などを実践してたかも

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%A8%B9
龍樹は
南インドのビダルバの出身のバラモンと伝えられ、幼い頃から多くの学問に通じた
小乗の仏典をわずか 90 日で読破した
神通力を以って神々と悪魔(阿修羅)の戦闘の様子を王に見せた

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron03a.htm
中論觀法品第十八
八聖道分を修習して、我・我所を滅する因縁の故に、無我・無我所を得て、智慧を決定する
(色受想行識の、受と想を滅させる為の)
滅尽定を以って、第一と為し、終に、無余涅槃に帰する

http://www.ne.jp/asahi/sindaijou/ohta/kenkyu1/fl-shokibukyo/shoki-soujumetu.htm
(D)四禅にもとどまらず、四処にもとどまらず、非想非非想処も超えて、想受滅を成就する
(C)は、想受滅においては
諸根(眼耳など)の働きはあるが、心作用のうち受、想、行が滅している

http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
無明滅 → 行滅 → 識滅させて

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BR/0095/BR00950L017.pdf
縁起したものを離れることがある
570神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:10:26.03 ID:nnJMFCXT
1であって1に非ず。
2である。
2であって3であり、1でもある。
571神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:13:02.09 ID:Dk+SUC01
>>562 のつづき
夫婦を中心とした家族では通常、男が経済の中心になるから、
男尊女卑になってしまう背景が存在している。この経済の問題は、
子供たちのうちで、だれが親の世話をするかも決めてしまう。
 
順当なら長男である。ここから女性差別の由来もわかる。
女の子はいずれ家族から離れ、他人の家に去ってしまうのである。
親にすれば、女の子を育てるのは無駄骨にすぎない。
 
インドやイスラムや支那や朝鮮の女性差別はひどい。
日本はまだましな方である。
572神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:44:18.91 ID:P0jlgzlT
>>563
当たり前だけど、さすがは仏陀シャカムニ。
573神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:44:30.43 ID:Of8Er84n
>>567
>悟りには、精神的に死ぬことが必要だが、肉体的に死ぬ必要はない。

精神は、専ら肉体から発し、肉体と生死を共にするものだから、「精神
的だけの死」などありえない。

人を殺して、「俺は精神的には殺していない」などいう奴は、サイコパス
だ。どこにも通用しない。「世間の一切の慣習」に反する。中論が、
厳しく戒めていること。
574神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 21:58:12.05 ID:rqPVVMYo
 
> 悟りには、精神的に死ぬことが必要だが、肉体的に死ぬ必要はない

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%85%E6%A7%83
「人間の本能から起こる精神の迷いがなくなった状態」という意味で涅槃寂静といわれる

有余涅槃は
釈迦が三十五歳で成道して八十歳で入滅するまでの間の「さとり」の姿を言う

無余涅槃は八十歳で入滅した後の「さとり」の姿とみるのである
この場合の、「余」とは「身体」のこととみて、身体のある間の「さとり」、身体のなくなった「さとり」とわける

有余涅槃・無余涅槃の「余」は
「生命として燃えるべき薪」「存在としてよりかかるべきもの」を意味する
仏弟子たちは有余無余を、釈迦の生涯の上に見た
釈迦の入滅こそ、輪廻転生の苦からの完全な解脱であると、仏弟子たちは見たのである

灰身滅智(けしんめっち)とは、身は焼かれて灰となり、智の滅した状態をいう
身心都滅(しんしんとめつ)とは、肉体も精神も一切が無に帰したすがたをいう
575神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 22:08:25.21 ID:rqPVVMYo
 
> 「世間の一切の慣習」に反する

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%AD%A3%E9%81%93

われわれが身心のいっさいについて無常の事実を知り
自分の心身を厭う思を起こし
心身のうえに起こす喜や貪の心を価値のないものと斥けることが「正見」である

このように現実を厭うことは
人間の普通の世俗的感覚を否定するものに見えるが
その世俗性の否定によって、結果として

真実の認識(如実知見)に至るための必要条件が達せられるのである
正見は「四諦の智」といわれる

この正見は
正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の七種の正道によって実現される
576神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 22:29:54.52 ID:EpzGiat9
http://www.youtube.com/watch?v=tJABUHEHb9M

この人が所謂、典型的阿羅漢の姿です。注目する所は立っている時の
姿勢です。外見から真似るのは手っ取り早い手法です。
パワフルな印象を受けるのも阿羅漢の特徴。正解は寂静でなくパワフルです。
波動がどうのはどうでもいいことですが、かなり精査された感じです。
後半3分ぐらいは、ほぼ釈迦仏教です。参考にしていいと思います。
中道、中観とは自由のことだと思っていたら、他の動画でこの人が自由、自由と
言っていました。
577プラトーンの脚注:2014/05/28(水) 22:44:39.52 ID:gTHiSI6/
>>573
>精神は、専ら肉体から発し、肉体と生死を共にするものだから、「精神
>的だけの死」などありえない。
 
精神が肉体から発し、という証明はできますか?
それができないなら、もう少し慎重な発言をしてほしい。
主張するだけなら、何でも主張できる。
 
578神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:01:50.24 ID:EpzGiat9
勇気とは、見方を変えれば「精神的な死」です。
難しく考えないほうがいいです。
仏教における死とは全てそんな感じです。
579プラトーンの脚注:2014/05/28(水) 23:04:40.42 ID:gTHiSI6/
ヨハネ福音書3−3
イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。
人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
 
これは止観の観に相当する神秘体験を語っている。新たに生まれるとは、
古い精神が死に、新しい精神が生まれることを意味している。
これが順観の悟り、神との出会いである。念のために書くが、
この話は神秘体験という事実の描写だから、宗教とは無関係である。
580神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:14:24.00 ID:nnJMFCXT
心の皿が割れて砕け散る経験をした方はいますかね。
581神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:19:45.82 ID:Kcx8eZHb
最近見かけないね
神智学の先生
遊んだろと思ったのに
在家先生は潜んでるが
582プラトーンの脚注:2014/05/28(水) 23:22:07.42 ID:gTHiSI6/
十牛図の第10図に入鄽垂手(にってんすいしゅ) がある。
 
布袋腹のハゲ老人が若い人を相手に話をしている。
この第10図は、アテネの若者を相手に議論したソクラテスを思わせる。
アテネの神を冒涜し、若者に悪影響を与えているかどで訴えられ、
死刑に処せられるが、その経緯はイエスとダブル。
プラトーンはショックを受け、アテネから脱出、12年間放浪する。 
583神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:31:58.17 ID:EpzGiat9
>>580
エックハルト・トールですね。
仏教のそれとは種類が異なる気がします。
我が飲み込まれて溶けるように消えてくはずです。
飲み込むのは真我です。
584神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:32:08.72 ID:Q2t3+LnG
男女平等論を唱えたのが福沢諭吉だったな

それ以前は女は性の奴隷だった

仏教は男尊女卑

キリスト教は男女平等

男にとっては仏教がいいかもな
585神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 23:41:33.33 ID:nnJMFCXT
>>583
レスサンクス!
ググッてみます。
586隠居宛というよりも、ROM者(紐君含)へ向けて:2014/05/28(水) 23:52:20.66 ID:qKd2FsMp
>>556
>「釈迦の我」

ここが顛倒妄想なわけです。(“仏教的”にはw)
我見の定番フレーズ3パターン忘れましたか?

何か真の、(本当は大富豪の息子だった、みたいなw)、
(或いは神智学やマヒカリやキ教異端で言う真我とか)、
隠されていた本当の自分なんてものがどこかにある、という考え方が誤りなわけです。

>「我」を否定しようとしても、否定するのは「釈迦の我」だから
そこは、
≪ 【 >「釈迦の我」 が否定する】のではなく、【「釈迦」が否定する】 ≫
のです。
多くの人は、単なる言い回しの違いだと言うかもしれません。
しかし違います。考え方として、視線のとり方として等閑視できません。
また、このニュアンスの微妙さを感受観察することなしに、お釈迦さんが何を見たのかを窺うことはできません。
様々な条件によって、「釈迦」と呼ばれる存在が生じているのです。
条件が変化すれば、その変化の程度・内容・種類或いは数によって、
変化し(成長し・老い)、或いはまた滅して(死して)もいきましょう。

サッカーやら野球やら、セックスやら食事やら、肯定やら否定やら諸々、今、何事かをしている某氏がいたとして、
それは、五蘊仮和合してそこに生じている(生きている)、
周囲から某氏と名付けられ・呼ばれ・認識されている、
そのような或る事象がそこに現れている(結実している)わけです。
無我だろうが非我だろうが変わりません。
まさに、ある条件によって「今ココ」に生じている、○○と呼ばれ、また自覚する或る法(生ける者)が生じているだけです。

「諸法が縁起する」と言うとき、仏教が「一切は縁起する」と言うとき、
それは、自身が縁起している、縁起する存在(諸法)だということなのです。
だから、一切行無常一切法無我なのです。
587神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:02:39.99 ID:nnJMFCXT
万華鏡クルクル
588神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:12:34.58 ID:KSumzDif
ダニアの章もまた修行法です。
雨とは即ち苦です。
普通の人は雨が降ってもいいように、あれやこれやして苦を
避けようとします。
しかし無所有の人なら雨ぐらい、なんら気になるものではありません。
無所有とは、あくまで精神的無所有で充分です。
物質的事物に頓着しないことが無所有です。
589神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:16:17.38 ID:jgRTVhz5
>>586
いくら一生懸命へ理屈を捏ねてみても、釈迦の「無我」「無」が、小学生にでも
笑われる幼稚で滑稽な論理矛盾、勘違いである事実は、変わらないよw。

人類は、その発生以来、五感の知覚によって「有無」を一義的に区別することに
より、懸命に「己の我(生命)」を生きてきたのである。人間は、「有」に100%
依存しなければ一瞬も生きられないし、己の我を認めなければ、他我も認められない
から、共生は不可能である。

そもそも「無我」なら、いかに悪事を働いても、己は責任を問われない。事実、無我
を利用して悪事を働く人間もいた。

開祖の誤りが絶対に認められないのが、宗教の最大の病理、諸悪の根源であることを
自覚せよ。
590神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:19:53.51 ID:ZcBHkRIA
>>586
じゃあ世界は全部監獄ってことで、なにもかも一切、抵抗せずに死にきる方向へ向かい、ただ流れを流れとして感じるのみ。
591神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:29:58.02 ID:KSumzDif
>>589
物質が和合した形の我は実はあります。
心の皿が砕けた人も同じことを思うかもしれません。
しかし物質が和合した形の我を否定することにより、
それと違う物(別の我)が現れるとでも思ってください。
何故それを視覚でとらえることができるかとか、
そんなことは解りません。現象としてあることが解るぐらいです。
592神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:43:43.25 ID:qPrX1z5J
ウパニシャッドより

真正な諸欲望は虚偽によって覆われている。
しかし、すべてそこ(心臓内の空間)に行けば見出される。
真正な諸欲望は虚偽によって覆われながらも、そこに存在するからである。
593神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:46:20.11 ID:jgRTVhz5
>>575
>その世俗性の否定によって、結果として
>真実の認識(如実知見)に至るための必要条件が達せられるのである

その「真実」の根拠は、一体何か?釈迦の狂った脳内での観念に過ぎない
ではないか。人間界は徹頭徹尾「生存共同体」だから、生存から遊離した、
しかも1個人の脳内観念は、真実とは言わない。

あくまで、釈迦の思い上がった、我のみ良しの独善性、人間軽視、人間差別に
過ぎない。反吐を催す醜悪な人格である。何が八正道か。

大乗は、真如としての衆生心を認め、一切衆生悉有仏性により、釈迦の人格の
欠陥を正したのである。
594神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:50:43.68 ID:KSumzDif
故に真我と呼ばれるものも、当然のことながら
物質が和合した形です。
故に形あるもの死とともに壊れます。
595神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:54:47.09 ID:jgRTVhz5
>>591
>しかし物質が和合した形の我を否定することにより、

その否定しているのは、一体誰?己の我(生命)以外にはないではないか。
死者には、否定は不可能。我を以って我を否定すればするほど、実は我を
肯定していることに気付け。否定も、我の機能だからである。
596神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 00:58:36.80 ID:cYy2qMWc
>>576
悪いがそれはただの自己啓発に過ぎんよ
存在を幾ら説明しようとも、それは説明の域を出る事が無い
結局説明しきれないから波動だソースエナジーだと胡散臭いものに逃げてる
自己啓発なんて所詮その程度だ、金出さなきゃ方法すら教えないんだし詐欺みたいなもんだ
597神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:01:15.22 ID:cYy2qMWc
>>595
我なんか無いよどこにも
有ると言い張りたいのは寧ろ真光在家だろ
無いとあれの信奉する教義が済崩しになっちまうからな

お前が在家なのはもうバレてるから
598神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:04:29.89 ID:KSumzDif
>>595
即ち、そういうことです。
物質的事物に頓着しないことが無所有であり、
結果的には差別的凸凹が少ない状態になり、
生命というものが平等ということを意識するようになります。
故により動物を愛するようになるとか自分を持ち上げられるのを
嫌う性格に自動的になります。
599神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:09:06.63 ID:jgRTVhz5
>>597
>我なんか無いよどこにも

ならば、どんな悪事を働いても、我が罰せられることはないな。罰せられて
いるのは、一体誰なの?

我は、悪事やり放題ではないか。
600神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:11:29.19 ID:KSumzDif
>>596
説明しようにもできないんですよ。
何故自分がこうなったかも自分に導かれての集積的なものです。
これは各個人が歩んできたものにより必ず異なります。
私は彼女に共通点を見出しました。
言ってることはなんら否定できるものでもありません。
自己啓発の面もあると思いますが、本質的にはそんなものではないです。
601神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:13:26.29 ID:at/CWSJH
>>599
マジで頭悪いなw

我があろうとなかろうと、
悪事を行なうのは某氏(たとえば鈴木さん)なわけで、「《我》が行なう」わけではないw
同様に、
罰せられるのも某氏(たとえば鈴木さん)であり、「《我》が罰せられる」わけではないのだよ(´∀`)b
602神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:14:52.56 ID:tGDLb8k2
>>599
われじゃ無いぞ?
が と言うものが無いと言っているんだぞ?
我(が)とは私を本体的な実感と感じているその感覚の事だ
私という心の本体的なものなど何処にも無いと言う事が無我という意味だ

その我(が)と言う本体的なもの、つまり心という物体は肉体の中のどこを探しても実体が無い
無いと否定してるのは肉体による思考と言う作用だ、有る無しの判断は結局思考に過ぎず
その思考は心などの実感まで実体視して「有る」と豪語し始める
実は存在して居ないのにだ
603神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:19:32.11 ID:tGDLb8k2
>>600
まあ、自己啓発でも良いけど程ほどにしとけ
ただ、仏教は本質論ではないので、確実性の意味じゃ仏教の方が楽だと言っておく
自己啓発は、一に才能、二に資本が必要だ
仏教は教団に依存しなきゃ金も掛からん(ネット代や本代位は掛かるか)
604神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:20:52.87 ID:jgRTVhz5
>>601
ならば、人を殺したら、器物損壊罪ではなく、殺人罪になるのは何故かを説明せよ。

本当に、開祖に対する狂気の盲信は、いい加減にせーよ。君達宗教者は、開祖の
操り人形。君たちが小学生時代には十分に持っていた知性(批判力)は、一体
どこに忘れて来たのか。
605神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:23:01.28 ID:tGDLb8k2
>>604
お前は何故真光の話から逃げるんだ?
釈迦を否定する前にオカルト真光を否定しなきゃお前も社会悪だろ
606一切法無我:2014/05/29(木) 01:26:28.49 ID:0LZdQBLo
>>566
>以上、帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論で、称賛するのは如何

全面却下

帰謬法が縁ではいかなる「産物」も起こらず、
起こった「産物」なるものは勝手な妄想であり
妄想はあるがままではありえず、
あるがままを観じることは机上空論ではありえない。

ゆえに上記命題は支離滅裂のパンク命題である。
607神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:26:53.80 ID:nH5oItii
>>605
真光もオウムも、釈迦とイエスの狂気の感染の、痛ましい犠牲者。
元凶である釈迦とイエスをと叩かなければ無意味。
608神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:29:15.07 ID:KSumzDif
>>603
そこに到達しなきゃ私の言う事は絶対理解できないと思います。
今のところラマナ・マハルシ、パパジ、ガンガジ、ヒックスの4人は
間違いないと思います。
609一切法無我:2014/05/29(木) 01:53:20.96 ID:0LZdQBLo
>>566
初学者のために、アホを俎上にしての敷衍
>「去る者は去らず」
>運動の無いことを証明した

去る者(仮観)は去る者ではない(空観)。これを去る者と名づける(中観)。

勝義は、運動の有⇔無という二項相対対象化思考(世俗諦)ではないことを示唆しているだけだよ。
お分かりにはならないでしょうが。

いつまでも、いつまでも、恥ずかしげもなく誤解誤謬を振り回している態度は見苦しいピエロですよ
610神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:57:07.70 ID:tGDLb8k2
>>608
仏教で言う所の究極点の様なものは理解の範疇に入らないんだけどな
自己啓発はそれ以前の「想い」の上で色々語ってるんで結局机上論にしかなってない
正しいか正しくないかではなく、そうなる為の一様のメソッドが確立されてない
出来る出来ると掛け声だけなら誰でも言えるんだよ

>>607
釈迦とイエスを真光とオウムと同列に語ってる時点でダメだな
611神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 01:57:17.59 ID:qPrX1z5J
寂静ってシンクロ空間だと思いまふ
612一切法無我:2014/05/29(木) 02:08:18.67 ID:0LZdQBLo
>>599
>罰せられているのは、一体誰なの?

縁起仮設された名称と形態としての「(日常)自我」です。

なんども書いたのですが我には三種を観念できます。
(1)(日常)自我
(2)菩提心自己
(3)超越我(アートマン、プルシャなど)

一切法無我の問題は(3)です。
実践仏道で問われるのは(2)です。

混同しないように注意しませう。
613神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 02:40:14.18 ID:YQnyyOPX
>>612
三重人格。精神科行け。
614一切法無我:2014/05/29(木) 02:48:41.75 ID:0LZdQBLo
>>613
仏法が実践仏道として具体化されなければならない以上、
概念の機能的把握は必然です。

一切法外有我はまったくナンセンスです。

アホには仏道は文字通り<無理>ですから、
あきらめた方がいい。
615神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 03:23:37.72 ID:XjDRO/7K
>>333
レス有難うございます。

自分は祖父母も両親も熱心な浄土真宗の門徒という
環境で育った者です。
ちゃんと勉強したことはありませんが、本を読んだり
法話を聴く機会もあり、いいお話を聴かせてもらい
浄土真宗で良かったと思っています。

勘違いさせて申し訳ないですが、自分は社会人になる子を
持つ親です(汗:

本願寺の状況も、こちら地方の別院も、そして布教師の資質といいますか
門徒さん達に、自分の思想を絡めていい加減な事を言う、
本当に腹が立ちます。
616神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 03:41:57.99 ID:KSumzDif
自分というものをポーンと放り投げれば、ある程度は
怖いものなしです。抗えば、そこで終わりです。
頭の中で何度かパンと破裂音がして、もしかして脳梗塞というやつ?
とか思いながら寝て夢を見ました。映像は明らかに偽ですが、
もう感覚というのが半端ない。神秘体験の域でいいような気さえしてきます。
まだまだ先がありそう…かなりおもろいことになってます…
617神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 03:45:45.72 ID:XjDRO/7K
>>548
自分のようなアフォな頭でも科学と仏教は
切り離せないと思います。

天女の羽衣が岩をなでて岩が無くなるくらいの時間とか、もうね。
想像も出来ない天文学的な時間でしょう。

宇宙物理学者の観山正見氏という方の講演が
こちら地元で9月にあると母に聞いたので行ってみようと思います。
618神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 03:58:25.26 ID:KSumzDif
>>610
メソッドは釈迦により確立されています。
自分の良心、正しさ、現実に従い、内なる自分の言う事に従うだけです。
何故か現実というものは心が反映してきます。ここが最も不可解な点です。
所謂、シンクロニシティというやつです。
そういうものを感じてくると解脱まで一直線です。
619神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 04:05:58.62 ID:XjDRO/7K
>>618
お伺いします。
自はの良心など無いのですが
良心とは何なんでしょうか?
620神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 04:08:19.71 ID:KSumzDif
科学とか全く関係ありません。
地球が丸いとかいっても、そんな実感あるわけありません。関係ないです。
関係が濃厚なのは自分の現実。自分の身の周りの環境というものです。
621神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 05:09:58.67 ID:XjDRO/7K
テスト
622神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 06:18:48.26 ID:XjDRO/7K
>>620
そうですか。
自身で解決されてるならうらやましいです。
623神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 07:01:29.11 ID:VikWho3H
すべて幻だからすべて否定するしかない
肯定できるものなど何一つない
624神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 07:12:18.43 ID:XjDRO/7K
>>623
そういう見地になって初めてわかるのでしょう。
我が身を振り返れば我執のみで生きていて
畜生と同じかそれ以下。
625:2014/05/29(木) 07:30:29.07 ID:ojD7AOz2
>>609 一切法無我
>勝義は、運動の有⇔無という二項相対対象化思考(世俗諦)ではないことを示唆しているだけだよ。
お分かりにはならないでしょうが。

>>614
>アホには仏道は文字通り<無理>ですから、あきらめた方がいい。

勝義は、アホ(賢者)⇔愚者という二項相対対象化思考(世俗諦)ではないことを示唆しているだけだよ。

と自身の言葉が縁起します。 まだお分かりにはならないでしょうが。
626:2014/05/29(木) 07:33:36.88 ID:ojD7AOz2
>>625
元 勝義は、アホ(賢者)⇔愚者という二項相対対象化思考(世俗諦)ではないことを示唆しているだけだよ。
改 勝義は、アホ(愚者)⇔賢者という二項相対対象化思考(世俗諦)ではないことを示唆しているだけだよ。

まあ、自称賢者はアホかも知れないので、訂正する必要もないかも。
627神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 07:34:19.66 ID:1o5hnmzI
ポンコツ騒乱○在家、空虚な知識は止めろ、
このスレで、君の書き込みを賛同、参考にするものはいない。
オナニーやめてくれw
628神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:07:18.27 ID:MNjC/X17
>>548

西村さんあらため、
西日本鉄工所さん(笑)

>仏法は科学的方法論だから理解できるよ。

そこんところを言いたかったのだね。

そうか、良かったじゃないか。

でね、君にとって仏教は科学なんだね。
科学と言うよりも科学的な思考を用いても納得できるのだと思う。

でもね、それだけじゃないと感じている人もいる訳だよね。

なぜ、今も釈迦やイエスがいいがかりをつけられ、利用され続けても、
死なないのかと言えば、ひとえにカッコイイからなんだ。
科学をもって来ても、文学をもってきても、神秘をもってきて
OKなんだ。

それはね、簡単に出来る様で出来ないね。

君が仏教科学を打ち立てたとして、それは評価できてもある角度という
意味でだ。

天上天下唯我独尊って、赤ちゃんが言った。
赤ちゃん釈迦が言ったかどうかわからないよね。

そう言う事ではなく、
また偶像的に私は信じるというよりも、あり得る、それが解るのだ。
629神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:10:49.66 ID:pJdgOPsr
 
> ポンコツ騒乱○在家、空虚な知識は止めろ
> このスレで、君の書き込みを賛同、参考にするものはいない

>>626 ○ ID:ojD7AOz2 さんの場合
輪廻から
解脱したいのか?
解脱したくないのか?
が、わからない

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E6%95%99
バラモン教
人々は悲惨な状態に生まれ変わる事に不安を抱き、無限に続く輪廻の運命から抜け出す解脱の道を求める

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99
ヒンドゥー教
遊行期 - 林住期を終えると住まいを捨てて遍歴行者となって放浪し、(輪廻からの)解脱を目指す

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE
サーンキヤ学派
本来の自我であるプルシャに目覚めることで解脱が果たされる
(輪廻からの解脱を目指す)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%91%9C%E4%BC%BD%E8%A1%8C%E5%94%AF%E8%AD%98%E5%AD%A6%E6%B4%BE
瑜伽行唯識(ゆがぎょうゆいしき)
瑜伽(ヨーガ)の実践の中に唯識の体験を得て教理にまとめ
(「仮設としての」という意味で)とりあえず心(識)は仮に存在すると考え
深層意識の阿頼耶識が
自分の意識も
外界にあると認識されるものも生み出している(唯識無境)と考え
阿羅耶識もまた空である(境識倶泯)として
最終的には、輪廻からの解脱を目指す
630神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:15:42.99 ID:3iHH0YHD
>>610
>釈迦とイエスを真光とオウムと同列に語ってる時点でダメだな

開祖・教祖の盲信という「原理的」には全く同じ。一体どこが違うのか。麻原が
処刑されれば、信者にとっては間違いなくキリストになる。殺した人間の数は、
キリスト教のほうが数十桁多い。オウムなど、可愛いもの。
631神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:24:48.86 ID:MNjC/X17
>>630
信者にとっては、そうかも知れないが、
そこが、君のカルト脳を現わしているのだよ。

オウムや統一教会の件で相談受けていた弁護士一家がオウムに殺されたよね。
そしてサリンを用いて、殺害をさらに拡大したよね。

どこが同じなんだ。 いいかげんにしたまえよ。
632神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:31:21.98 ID:3TSnIDRy
1000年前2000年前にも麻原みたいなカルトはゴマンといたわけだが
結局残りつづけてきたのは釈迦でありイエスキリストだった
カルトの99%は淘汰されていく運命
633机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 09:34:00.63 ID:EenAXmpw
>>629
>最終的には、輪廻からの解脱を目指す

最終的に解脱を目指すどころか、知識でアタマがパンパンになって脱落していく場合が多いです。
この脱落ってのは、いわゆる病気なんですが・・・

知識をアタマに詰め込むのも、これは病気である場合が多い。
自分では馬鹿馬鹿しいという自覚がある。
あっても、知識をアタマに詰め込まなければならない。という強迫観念で自分を追い立ててしまう。

知識がパンパンなので、もはや自分で考えるという余裕さえなくなる。
神経症の病識に間違いありません。

私は、神経症とパーソナリティー障害を専門にしています。
634神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:39:17.13 ID:1o5hnmzI
隠居は北朝鮮左翼思想育ちw、
隠居はインキョ・キリストの空想生命教が無敵だと思っているなあw
635神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:41:01.71 ID:3iHH0YHD
>>632
>カルトの99%は淘汰されていく運命

つまり、釈迦とイエスは、選り抜かれた最強・最悪のカルトということ。
開祖の狂気の程度が極端に大きかったことによる。麻原の比ではない。
636神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:45:28.96 ID:1o5hnmzI
北朝鮮育ちのインキョが一番狂気ですね。
狂人は世界を悪と見て無差別殺人やテロするらしいですからね。
637神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 09:46:21.79 ID:MNjC/X17
>>629
>輪廻から
>解脱したいのか?
>解脱したくないのか?
>が、わからない

そうなんだよ。

輪廻から脱出するというのは、最上級者部門になるよ。
これは、無記なんだ。
なぜかというと、霊的な事柄はぎりぎり言葉に出来る事があるし、
自分の霊力を最大限発揮するできるようになれば、理解に及ぶのだけれど、
どうしてもギリギリの表現しか許されないのだ。

言うのは簡単なんだけど、言えない。
これを説明するのも誤解が多いだろうが、
美しすぎるから、物質世界で表現するにはかなり困難とでもいったらよいか。
直接表現の可能性を探っても一向に構わないとは思う。
いやむしろ、我々はそれをしている。

科学であろうと、文学であろうと、絵画であろうと、音楽であろうと。
638にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 09:48:34.30 ID:PszQqWJM
>>628
> でね、君にとって仏教は科学なんだね。

科学というのは、ある特定の性質を持ったものを我々が科学と定義付けるところのもので、その特定の性質を備えているという条件を満たせば科学だからね。

> 科学をもって来ても、文学をもってきても、神秘をもってきて
> OKなんだ。

そりゃもちろん、勝手ではある。その上で、

> また偶像的に私は信じるというよりも、あり得る、

偶像的に信ずるのも勝手だけど、それは非科学的・迷信的・妄信的だ、と言ってるにすぎない。
非科学的・迷信的・妄信的であってイカンとは私は言ってないよ。そりゃ人それぞれの勝手だもの。
639にして、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 09:58:42.52 ID:1o5hnmzI
>職人の技、というのは何かを為す行為能力を言ってるの?
行為能力は形而下の条件に規定されているよね。
寿司職人の技は、まず伝統という形而下条件に規定され、職人の育成環境という形而下条件に規定され、体調や材料や様々な形而下条件に規定されているよね?



ポンコツ哲学者にしてつよ、
この理解で職人の技を習得できた、体感できたとでも思っているのかな?
君の空想、妄想でしょう?空想で大哲学者気取りの自己陶酔くんw
640神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:01:31.03 ID:MNjC/X17
>>638
勝手だよね。

でもね、科学も常に更新されている。

科学的な思考方法はよいのだが、それは君の仏教理解としての範囲だ。

であるから、そこから、他の方法に対して

非科学的、迷信、妄信と言うのを傲慢だと言っているのだ。

その角度であると言う事なのだから、偉そうにするなだ。

科学者なら宗教を非科学的だ、妄信だとかえって言わない。

君も三流科学者になるなよ。
641にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 10:03:38.70 ID:1o5hnmzI
にしてつは空想の概念の哲学だけで、人間の全てを解ったつもりでいるおめでたクンw
人間に関して基本無知と思っていい。
642にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:12:17.91 ID:PszQqWJM
>>639
こちらからの質問
「形而下に規定されない職人の技って何があるの?」
には答えられないの?
643神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:14:24.22 ID:XjDRO/7K
科学が更新されているのだから偶像も有りなのか?

てか何か更新されてるんですかね?
りんごが地上から消えた!とか?

>また偶像的に私は信じるというよりも、あり得る、それが解るのだ。

ちょっと、何言ってるかわからないです。
644神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:15:12.29 ID:3iHH0YHD
>>636
1個人の開祖の前に、皆がこぞって跪く宗教の姿は、北朝鮮と全く同じ。

殺した人間の数は、宗教のほうが桁違いに大きい。

北朝鮮からの帰国者の洗脳は、簡単に抜けたね。しかし宗教による洗脳は、
2000年以上も抜けない。開祖の狂気の程度と感染力が、それほど
大きかったということである。
645にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 10:16:07.68 ID:1o5hnmzI
にしてつは、職人が職人の技を習得する際、形而下に規定しながら、やっていると思うのか?

にしてつの空想哲学じゃ、
イチローはピッチャーの球を形而下に規定しながらバットを振ればヒットが打てると空想しているだろうなあww
空想で大哲学者気取りのにしてつ、人間に関して全くの無知w
裸の王様www
646神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:19:14.42 ID:pJdgOPsr
 
> 霊的な事柄はぎりぎり言葉に …

私(ID:x4q3LRbr - ID:S5DpNP6u - ID:rqPVVMYo - ID:pJdgOPsr)は
霊にも興味があります

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6
超心理学
既知の自然の法則では説明できない現象
いわゆる超能力や超常現象の存在の有無や、その仕組みを研究する学問
臨死体験や体外離脱、前世記憶、心霊現象をも研究対象に含む場合もある

進路として
大部分の科学者は、超常現象に関する研究は、(研究者として)実りが無いと見なしている
将来の教授のポジションや終身在職権を狙っている学者が
超常現象の研究を行うことでそれを得るというようなことは非常に困難である

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%97%87
神経症
主に統合失調症や躁うつ病などよりも軽症であり
病因が器質的なものによらない精神疾患のことをさす
軽度のパニック障害や強迫性障害などがこれにあたる

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3
パーソナリティ障害
一般的な成人に比べて極端な考えや行為を行ったりして
結果として社会への適応を著しく困難にしていたり
症状によって本人が苦しんでいるような状態に陥っている人を言う
647にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:21:20.07 ID:PszQqWJM
>>640
> であるから、そこから、他の方法に対して
> 非科学的、迷信、妄信と言うのを傲慢だと言っているのだ。

え?科学的でない方法を取るのは勝手だよ。
その上で、科学的でないというのは非科学的ということ、科学的に非ずが非科学的だから。何か間違いある?
一般に科学的でないことを信ずることを迷信とか妄信と言うよね、つまり非科学的は迷信的・妄信的でしょう。傲慢もへったくれもないじゃない。何か間違いありますか?

> その角度であると言う事なのだから、偉そうにするなだ。

偉そうも何もない。ただそのままを言ってる。
648インキョ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 10:23:03.76 ID:1o5hnmzI
644 :神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:15:12.29 ID:3iHH0YHD
>>636
1個人の開祖の前に、皆がこぞって跪く宗教の姿は、北朝鮮と全く同じ。



ははは、サイコパスな思考が自覚できないか?
自分の書き込んだ文章の異常性を自覚できないからサイコパスなんだろうなあ、インキョw
649にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:28:28.44 ID:PszQqWJM
>>641
レッテル貼り出ましたwww
>>645
イチローのバッティングは形而下に規定されているよね。バットという条件、バッティングされるボールの条件、振るのがイチローという条件エトセトラ、エトセトラ。
イチローのバッティングも形而下を規定するよね。ボールを叩いたら形而下のボールの軌道の規定要因になるよね。

で、形而下に規定されたり形而下を規定しない職人の技ってなに?
650神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:30:27.14 ID:3iHH0YHD
科学も宗教も、同じく人間の生命の営み。

古代人の宗教は、生存の「手段」の一つとして発生したことを、忘れては
ならない。彼等なりの、生存のための精一杯の「現実性・合理性・科学性」
の表れであった。現代の科学に相当するものであった。古代人は、生存の
手段である宗教を、生存の「目的」とするという「倒錯」には陥っていなかった。
如何なる宗教の奇跡も及ばない、科学の驚異的発達により、現代では、
宗教の役割はもはや終了したのである。
651にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:36:13.40 ID:PszQqWJM
>>641>>645(ID:1o5hnmzI)は昨日のID:VutOnXBA =ID:1t8/F/TZかなー?www
652神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:36:29.24 ID:1o5hnmzI
>イチローのバッティングは形而下に規定されているよね。バットという条件、バッティングされるボールの条件、振るのがイチローという条件エトセトラ、エトセトラ。
イチローのバッティングも形而下を規定するよね。ボールを叩いたら形而下のボールの軌道の規定要因になるよね。




空想哲学者にしてつのこの意見を取り入れれば、イチロー並みに大リーガーで活躍できるそうですw
さすが、ポンコツw
653机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 10:37:04.30 ID:EenAXmpw
>>646
>神経症、パーソナリティ障害

ええそうです。そこに書かれている通りです。
私はそういって病識を専門に研究しておる者です。何かあったら私に相談してください。
今まで多くの方を救済してきました。

知識でアタマがパンパンになっているが、自分では整理がつかない。
整理がつかないから、また知識を詰め込む、という悪循環を起こすのです。
そこから解脱できない。先にあるのは人生脱落のみです。

自分では脱落してしまう、という強迫観念があり、ここから抜け出したい。
これが解脱、と勘違いしてしまいますが、それは解脱とは違う。

違うけど、自分はそう思い込むことによって、その場は救われたような気がする。
これを延々と続ける。そしてそれは終わりがない。非常にシビアです。

生きるということは、こんなにもシビアなのか?
いやいや、まだ諦めることはない。心の闇を少しづつ光明が射す道はあり。
期待してもいいです。ただ望みがあるのなら、その方法はある。
654にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 10:37:58.87 ID:1o5hnmzI
知ったかぶりの空想大哲学者、今日大妄想で笑かしてくれるw
空想豊かだねえw
655にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:40:22.81 ID:PszQqWJM
>>652
> 空想哲学者にしてつのこの意見を取り入れれば、イチロー並みに大リーガーで活躍できるそうですw

発言の捏造、曲解は詭弁wwwさすが、ポンコツw今日も詭弁に逃げるのかwww
656神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:42:52.22 ID:3iHH0YHD
>>648
釈迦とイエスが、サイコパスの典型。「肉体を忘れた精神性」という
狂気である。

五感で知覚した対象が「無」という釈迦。殺した人間に「永遠の生命
がある」というイエス。サイコパス以外の何者でもないではないか。
657神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:46:40.80 ID:MNjC/X17
>>647

うん、そう非科学的だねって言うのは、そのまま言ったでよいのだが、

君は、表現において平等に扱っていないね。

そこが三流なんだよ。

科学は更新され、生命を把握するに至っていない、

神秘を解明すべくだ。

そして、科学的な方法を私は否定しない。

しかし、その神秘に同じベクトルを向けている、

他の方法もある。


科学的な手法は大事であるとしても、科学的な手法が完璧で現実的なら

とっくに、宗教は無くなっているはずだ。

つまり、科学も宗教だということ。

神秘を捉えようとしている、同じ地平だ。

君がそれを選んだことは分かるが、三流になるから、

君は、隠居カルトやアホと質が合うのだよ。
658神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 10:56:48.78 ID:1o5hnmzI
655 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:40:22.81 ID:PszQqWJM
>>652
> 空想哲学者にしてつのこの意見を取り入れれば、イチロー並みに大リーガーで活躍できるそうですw

発言の捏造、曲解は詭弁wwwさすが、ポンコツw今日も詭弁に逃げるのかwww



どこがねつ造ですか?詭弁なんですかね?
君が、形而下を規定するなんていうが、
プロ野球選手の技術の説明で、
にしてつの言うような解説、説明を聞いた事はありませんが?
にしてつの方が詭弁じゃないのですかね?
にしてつは負けず嫌いな空想大哲学者気取りの自己陶酔なのは良く解りますが。
659にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 10:57:50.96 ID:PszQqWJM
>>657
> 君は、表現において平等に扱っていないね。

どういうこと?
660神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:24:38.00 ID:at/CWSJH
しかし、大王が西鉄にこれほど絡むとは思わなかったなw
何が琴線に触れたんだろう?w (´・ω・`)
661神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:28:17.41 ID:pJdgOPsr
 
> 心の闇を少しづつ光明が射す道はあり

例えば仮に
私(ID:pJdgOPsr)の場合は

http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/mulama.html
第二十六章 十二の鎖の環(十二因縁/十二縁起)の考察
1.
無明の暗闇に覆われて
人はその者自身を未来の生へと
追いやることになる性質を持った
身体的な行為・言葉による行為・心による行為を行う(カルマを積む)

11.
無明の停止は
止(サマタ禅定)と観(ヴィパッサナー智慧)を通して生じるのである

6.
「苦集滅道によって
  世俗に、とらわれている ・ 想い ・ を滅させて
  縁起したものを離れることが
  それこそが苦しみの終わりである
  すべての苦しみから解放される」

と渇愛によって
掴み捉えようとしている ・ 想い ・ が現れ(滅し)ている
662神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:33:57.08 ID:1o5hnmzI
660 :神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:24:38.00 ID:at/CWSJH
しかし、大王が西鉄にこれほど絡むとは思わなかったなw
何が琴線に触れたんだろう?w (´・ω・`)


いや、俺は若い時に、ソシュール、マイケル・ポランニ―暗黙知の次元
http://www.amazon.co.jp/%E6%9A%97%E9%BB%99%E7%9F%A5%E3%81%AE%E6%AC%A1%E5%85%83-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BC/dp/4480088164
とか、西欧哲学には詳しい方だから、
にしてつの幼稚な哲学をみるとwww
663神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:34:59.61 ID:1o5hnmzI
マイケル・ポランニ―暗黙知の次元
職人の技とのテーマがったのようなw
664神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 11:47:20.68 ID:MNjC/X17
西日本鉄工所さん

超簡単に言えば、教養の範囲が偏っている。

君の形而下の委縮を問題にしなされ(爆笑)

その偏りから変態やアホと同質になる。

(専門家になる事と、偏るのは違う)
665神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 12:05:44.90 ID:1o5hnmzI
後に、こういう哲学的趣味に近い反しない佛教流派が主に興味をもったな、
馬と闘いにならん理由も案外wwww

本来のこういう志向性と矛盾した神秘主義の扉がww途中で開くwま重んじる気はゼロなんだがなw
一応は、この元の志向性が強い方?wのつもりなんだがなw
666神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 12:22:32.05 ID:MNjC/X17
私は科学的態度というのが、割合好きな方だ。大事な事だと思っている。

科学的な思考法と言うのは、算数の問題集をたくさんすれば養われるとは
どうてい思えない。
今の日本の学校教育では、問題集での算数学習はたくさんしているはずだが、
どうだろうね。

以前シュタイナーが子供の教育の仕方について実践的に考えたと言ったが、
霊学者の側面をもつシュタイナーだが、
とても子供(人間)を的確にとられているのではないかな。

科学的態度とは、そういうことではないか。

神秘だからだめだとか、霊学だからだめとか そういうことではないでしょう。
667神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 12:37:00.17 ID:bhezfosW
NHKの超常現象の番組でやっていたでしょう。
幽霊がいるのか否か?あらゆる観測機材を使用して観察する。
ねずみの実験でも分かったように、ある条件化では背骨あたりの体温が下がり、
いわゆる、背筋が寒い思いをするという状況は再現された。
これが科学的態度。実証で再現、検証して仮説が正しいか否か確認する。
実証不可、検証不可の仮説は実証、再現、検証されるまで仮説に留まる。
STAP細胞も実証されたとはいえないから仮説止まりの状態。

実証を小ばかにして、あるにちがいない〜と信じ込むのがオカルト主義。
実証を小ばかにはしないが、あるかもしれない〜あってもおかしくない〜というのが神秘主義。
668神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 12:43:07.11 ID:1o5hnmzI
>実証を小ばかにして、あるにちがいない〜と信じ込むのがオカルト主義。
実証を小ばかにはしないが、あるかもしれない〜あってもおかしくない〜というのが神秘主義。


そういう合理主義思考が俺の脳は強いなw
反面、意味不明な神秘主義空間をマニア的に関心があるなあww
669神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 12:49:17.92 ID:MNjC/X17
>>667

>実証を小ばかにして、あるにちがいない〜と信じ込むのがオカルト主義。

実証を小ばかなどできないはず。しかしある条件下というのがあるね。
しかし、西洋医学のオペでも失敗が多いのは、
同じ条件下に置いているはずなんだが、ものすごく個別性がある
ということだね。
難しいね。

>実証を小ばかにはしないが、あるかもしれない〜あってもおかしくない〜というのが神秘主義。

オカルトと神秘主義をどこらへんで境目して定義しているのか知らないが、

あるかもしれない、あってもおかしくない

というより、可能性を否定しない方が、科学的な態度ではないかな。
670神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 13:05:51.07 ID:bhezfosW
科学:実証(再現できるか検証する)できるか否かが前提で、出来なければただの仮説とまり〜
オカルト、神秘主義:ともに実証なんて前提にしない。
オカルト:実証不可能な事もあるにちがいない。
神秘主義:実証不可能な事もあるかもしれない。

人によってはオカルト=神秘主義であるが、上記のように分ける場合もある。
実証を前提をしない点が科学とは180度異なる態度。
671神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 13:22:26.36 ID:MNjC/X17
オウムはカルトだね。

サリンを科学(化学)実験でつくりあげていたようだが、
算数の問題集であり、分裂している。
放射能を浴びて遺伝子が進化するとか、原発事故を擁護し、
すでに、実証で解っている事であるのに、人の苦しみを
嘲笑う様な事が平気なのは、小ばかを通り越した、
異常者である。
可能性を肯定、否定ではないので、混同してトリックにひっかからないように。

そのような事は言う者は、どこのカルト集団政治宗教に所属しているか
だけでなく、どこにも所属していなくともカルト脳の目には見えない集団に
所属している。

感応性精神病の話しがよくここで出るが、ある目に見えやすい集団ではなく、
人は、同質性という目には見えなくともどこかの集団に所属している場合がある。

そこから推測すればなんらかの精神レベルの集団が
目に見えにくくともあるから、次元の高低という言いかたで表現がされるのです。

宗教批判が流行りのような昨今、
見えにくいこちらのカルト脳に気をつけなくてはならないと考える。
672机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 13:57:11.93 ID:EenAXmpw
>>661
臨済禅では修行者に対して公案を課し、疑団の只中に陥れます。
この理由としましては、人工的に神経症の状態を体験させて、悩みの渦中を経由させる効果を狙ったものですが、
かたや神経症の場合は、師家より公案を頂くまでもなく、既に公案の渦中にいると考えてよござんす。

道元の現成公案というのは、現成そのままが公案、ということですから。健常者でも同じです。

で、神経症においての「悩む力」というのは、これは半端でないくらいの壮絶なものです。
実はこの「悩む力」というのをバネにして快癒する方向にもってくのが私の療法なんですが、
この療法は昔からあるものを、私が体系的に纏めたものです。

実際は「悩む力」はあっても、その「悩む対象」ってものも半端でないくらいに混沌としてますから、
これは殆ど地獄の苦しみといってもいいくらいです。
で実は、結局この「悩む対象」ってのを減らせば、それだけ精神的な負担がなくなる。ってことですよね。
合理的に考えれば良いわけです。
合理的に考えられないのが、いわゆるビョーキなんです。

私の療法というのは、アタマの中の情報を削除するやり方です。
これをやると一気に回復しますね。原理的にはパソコンと同じです。
673神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 14:07:24.48 ID:1o5hnmzI
隠居は見えにくいカルトの協力工作員、
日本の治安を悪化させる北朝鮮の工作員w


672 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 13:57:11.93 ID:EenAXmpw
>>661
臨済禅では修行者に対して公案を課し、疑団の只中に陥れます。



机は禅以前に、嘘の上に嘘を塗り重ねる机を疑うべきだw
674机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 14:25:42.46 ID:EenAXmpw
>>661
>と渇愛によって 掴み捉えようとしている ・ 想い ・ が現れ(滅し)ている

渇愛がどうとか、こうとかは私には分かりませけど、
実は渇愛というよりも、パソコンで言ったらハードディスクが満杯の状態なんですよ。
(セブン氏のように上手く譬えはできないですがね)

私はこういう疾患患者を随分みてきました。
これは、「捨てるのが勿体ない」とか、ゴミ屋敷の住人と同じ心理なんですね。

忘れることができない。→これが神経症
譬えていうと、ゴミ屋敷の住人が、勿体なくて捨てられない。これと一緒ですね。

私の譬えは通じたでしょうか?
私の療法というのは、忘れるスキル、捨て去るスキル、このスキルを伸ばすことですね。
675神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 14:27:42.50 ID:1o5hnmzI
私の療法というのは、嘘の塗り重ね行為を忘れるスキル、反省捨て去るスキル、このスキルを伸ばすことですね。


でよろしいか?机?
676机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 14:42:08.27 ID:EenAXmpw
>>675
私の療法というのは、むやみに掲示板に書き込むことはできない。
何故かというと、この療法は、おそらくは精神疾患患者は誰でもが一回や二回くらいは、この療法を経験しただろう?

この療法を考えたのは、有名な博士でして、この博士のおかげで無数の患者が救われた。
勿論、この療法の恩恵に浴すにはそれなりの金品がいるだろう。
そういう療法を私が簡単に掲示板には書けないのだ、

だけど、業務独占情報に付帯する事項、くらいの範囲なら情報をヒントくらい書ける。って話だ。

まあ、禅宗に譬えるなら(譬えは下手です)、室内は掲示板には書けない。ということと類似するかね?
これもある意味においては業務独占の範疇なんだろうし。
677にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 14:45:48.66 ID:PszQqWJM
>>658
> どこがねつ造ですか?詭弁なんですかね?

私が言ってないことを、私が言ったとするところが捏造。

> 君が、形而下を規定するなんていうが、

実際に形而下に規定され、形而下を規定していることは示したよね。

> プロ野球選手の技術の説明で、
> にしてつの言うような解説、説明を聞いた事はありませんが?

例えば、バッターボックスにどのように立ち、重心はどうで踏み込みはどうで腰の回転は、肩の入れ方は、などというのは全て形而下に対する技術論。
だけど、あなたがイチロー本人でなく、本人と同じ形而下条件を持っているわけではない。それも形而下に規定されてるということ。

技術論を取り入れてもイチローと同じように大リーグで活躍出来るなんて言ってない。ここまで説明しなきゃわからないのかね。あなたがしているのは下らない言いがかり。
678にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 14:53:02.26 ID:PszQqWJM
>>666
> 神秘だからだめだとか、霊学だからだめとか そういうことではないでしょう。

誤解してますね。
神秘主義だからダメだなどと私が言いましたか?良いもダメもない、科学的は科学的、非科学的は非科学的、と言ってる。
非科学的は神秘主義的で迷信的妄信的だと言ってるだけ。私は良し悪しのことなど語ってない。
迷信だって信じたければ勝手にしたらいい。ただ、だからといって迷信が科学にはならない。科学的は科学的、非科学的は非科学的。
そう言っています。
679にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 14:58:47.94 ID:PszQqWJM
>>672
考案の話で思い出したけど、以前たずねた隻手の音の考案、再考するに以前私が述べた解釈でやはり良いような気がするんですが。
いかがなもんでしょうか。
680神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 14:59:43.31 ID:1o5hnmzI
677 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 14:45:48.66 ID:PszQqWJM
>>658
> どこがねつ造ですか?詭弁なんですかね?

私が言ってないことを、私が言ったとするところが捏造。





僕ちゃん負けたくない反論かw
空虚空想哲学者にしてつはホントポンコツ僕ちゃんだなw
681記憶喪失した男:2014/05/29(木) 15:01:02.83 ID:73iURSwr
藤原氏の遺伝型が、(縄文系の天皇家とは異なる)弥生系の渡来人だと確定。

日本の歴史が面白くなってきた。

ちなみに、釈尊はR1aでゲルマン民族に近いそうだお。
682神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:06:52.21 ID:ZcBHkRIA
お釈迦様ドイツ人だったのかなあ
683机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 15:08:03.25 ID:EenAXmpw
>>679
>再考するに以前私が述べた解釈でやはり良いような気がするんですが。

そうですか。私はよく覚えていないのですが、どんな解釈なんでしょうか?
隻手の音声は簡単な公案せすけど、
簡単か?簡単じゃないか?は人それぞれ。
さて、貴殿は隻手にて何と聞こえ申したのでしょうか?
私は是非、うかがいたいですね。
684記憶喪失した男:2014/05/29(木) 15:08:35.28 ID:73iURSwr
インド=ヨーロッパ語族のアーリア人だからね。
685神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:14:59.39 ID:MNjC/X17
>>677
西日本鉄工所さん。

全部、形而下であるとするのであれば、形而下という言葉を用いるのは
どうかな。
今日から君も自分の考えは生命教と言え(爆笑)

つまりね、
そこにみんな君の主張することに対しての疑問のひとつがあるのではないかな。

私はそんなこと=全部形而下はアホでも言える、と言うのは、
わざわざ、哲学で形而上(形而下)という言葉の表現が出てこないでしょ、と言っているのだよ。

ほんまにアホちゃうか。
形而上下の話しをするなら、その言葉の上に乗っかって
君は話しをしている自覚がないところが、なんとかならないかだよ。

龍樹でも道元でも良いのだが、釈迦に乗っかっている自覚なく、

大乗がお気に入りだとしても、釈迦の否定というのは

もうキチガイだと、どうして解らない。
686にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 15:17:21.87 ID:PszQqWJM
>>680
相変わらずレッテル貼りで逃げてばかりwww

形而下の条件に規定されず、形而下の規定条件にならない職人の技術って例えば何?

この質問からまーた逃げるのかな?
687机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 15:20:10.57 ID:EenAXmpw
【隻手の音声の公案】

このヒントとしまして、私は>>674に書いておきました。
>私の療法というのは、忘れるスキル、捨て去るスキル、このスキルを伸ばすことですね。

公案というのは、忘れることです。
前後裁断セリ、つうことですから。

忘れる、というのは公案の基本ですし、また精神疾患療法の基本でもあります。
ちなみに、神経症というのは、忘れることができない。
自分では忘れようと努力する。しかし努力すればするほど、想念が出てくる。
非常に苦しい疾患です。
688にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 15:23:27.95 ID:1o5hnmzI
>技術論を取り入れてもイチローと同じように大リーグで活躍出来るなんて言ってない。ここまで説明しなきゃわからないのかね。あなたがしているのは下らない言いがかり。



プロ野球の技術ー職人の技は。 形而下を規定するを規定するなんていう話で提示できていないじゃんw
形而下を規定するだけで人間を理解したつもりの間抜けさを指摘しているんが、
にしてつは頭が悪いなw
スレタイのテーマは、形而下、形而上なんていう範疇から漏れ出た部分、
仏教と同じ要素の次元で、職人の技の部分で議論しているんだが。
にしてつの定義空想の欠落部分が自覚できないようだなW
689にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 15:25:35.00 ID:PszQqWJM
>>683
「形而上の存在は主張できない」って解釈です。
「形而上の存在を前提した論は無意味」とか「無記」ってことかと。
690神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:26:10.73 ID:MNjC/X17
>>678
>非科学的は神秘主義的で迷信的妄信的だと言ってるだけ。

私は神秘主義が迷信的妄信的だと考えていない。

原発擁護は迷信的で妄信的だ。

そして、迷信的、妄信的というのは、君はよい評価として使っていないはずだ。

私は、その言葉を用いる時はそうだ。

たんに、AはBではない。 Aは非Aだと言っていないだろ。

言葉のトリックと悪印象操作を操る 嘘つきなんだね、君は。
691にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 15:28:00.58 ID:1o5hnmzI
机は嘘に嘘の塗り重ねは常時でしょう、裁断どころか、嘘の上の嘘の塗り重ね祭壇だろw


にしてつは、隠居並みの概念言語提示可能妄想だろうな。
言語概念以外の人間の脳の情報活動部分が理解できぬトンマだろう、
にしてつは全部、言語概念で理解、解決できるという空想妄想。
隠居は、生命で全部解決できるという空想妄想w
692宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk :2014/05/29(木) 15:30:51.48 ID:mboIPXNo
>>667>>670
NHKスペシャル
『超常現象科学者たちの挑戦』
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0322/
のことでしたら、私もシッカリと見ました。
これはとても良い出来の番組だったと思います。

まっ、最先端の科学とはいってもこの私にとっては別に何も新しい話しでは無かったし、
正直、30年も以前からとっくに知ってる内容ばかりなのでした。
そして、要するにこれはあなたの言う通り、私自身の採るスタンスとしては、
「科学的な実証などは前提にしないし、科学では実証不可能な領域(部分)もある」ということ。
まして私には、それらは“判りきってること”ばかりなので科学による検証などは不要な事柄です。
(よって、私個人はこういう分野の深追いは辞めたのです。
尚、このことは社会的に不要な研究という意味ではなく、むしろ必要不可欠と見なしています)。
けれども、ここに巣食う仏教を誤解した唯物論者たちにはホント強くお薦めできる分野だと思います。
まさに必須、有益カテゴリでしょうね。

この番組内でもやったように、
人間の精神(思念)は粒子に影響を及ぼすということ。
あのアホ大槻教授ですら、TV番組/超常現象バトルでそのことは認めた。
彼は、それはあくまでも素粒子レベルの話に過ぎないなどとこのことを濁したけれども、
これは、人間の思念が物質領域に影響を与えることが科学的事実として確認できたということです。
当然、もっと強大で純化した思念エネルギーならば、もっと大きな効果を発揮することは明白。
つまり、レベルの高いヨーギや、更にはすべてを完成された一切智者ならば、尚更のこと。
693にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 15:31:33.87 ID:PszQqWJM
>>685
> 全部、形而下であるとするのであれば、形而下という言葉を用いるのは
> どうかな。

一般に形而上・形而下という言葉が用いられている事実について、しかし形而上というものはあると言えない、ということ。
言われているならば、無条件にそれがある、とするのは迷信的態度。
「あなたに狐の霊がとりついてます」と言われて無条件に信じてカルトに駆け込むような態度。
694にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 15:33:30.71 ID:PszQqWJM
>>685
> 大乗がお気に入りだとしても、釈迦の否定というのは

私が釈迦の否定なんかしたっけ?
695神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:38:48.52 ID:olXYKad0
じゃあ素粒子に影響を与えている、人間、こそが形而上だね、笑
閃きとか、心の虚空とか、眠り、夢見、目覚めに共通する、個人的存在。
を、形而下とするのは、まあ、理解できない者は、なんでもオカルトだ。
無常を観じていたら、どうなるのだろう。
逆に、すべては、形而上、つまり、オカルトであり、カオスだと言うかもしれない、笑
一時しか、存在しないものを、永遠の無常を、存在させているのが、人間=真我でしょう。
と、妄想、すいません。
696机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 15:39:04.89 ID:EenAXmpw
>>689
そうでしたか。なるほど。私はそんなに難しく考えたことはないですね。
そもそも修行僧が「形而上」とかの概念が分かるのでしょうか?そこが疑問です。

隻手の音声というのは非常に簡単な公案で、アタマがシンプルな方が解釈できる公案かとおもいます。
というか、公案というのはアタマがシンプルな方が良いかと思います。

先ず白隠は両手で音を出す。それから隻手の音ですね。隻手だから音は出ない。
白隠が、音が出ない音を発してるのは事実ですから、その事実だけを受け止めれば良いかと思います。
そしてら「無音の音」は、無音だけど聞こえるんじゃないですか?
この場合は、音が出るか、音が出ないかは関係ない。無音であるのは事実であるのだから、事実だけ受け止めれば良いかと思う。
697神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:48:22.75 ID:olXYKad0
認識できる範囲だけが世界だと思うのは、どうだろう。
眠って朝起きてくる、意識不明から回復する、泥酔で記憶喪失して気が付く。
事故の瞬間に一瞬記憶が飛ぶ、これらの瞬間に認識はない。
誰が、個人に帰ってくると言うのだろう。
この記憶喪失状態から、誰が、形而下を形成しているのだろう。
698にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 15:48:24.57 ID:1o5hnmzI
にしてつは僕ちゃん偉大な哲学者悪霊にトリツカレテいるかもなw

ドラマ「にしてつのセックス」
にしてつは形而下に規定したちンこを勃起させて、形而下に規定した相手のおめこに挿入した。
にしてつは形而下に規定した快感を感じたw

形而下に規定しながらセックスをする、にしてつ、なのでしたw
ゴルゴを超えた真逆のキモい世界だな


宝珠のオナニー知識不要、消えろw
699机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 15:53:57.35 ID:EenAXmpw
>>510に「ビルマの竪琴」についてのコメントがありますので、
それに関連した書き込みをします。

>上座仏教僧の肩に乗るオウムは何と鳴いたんだ?

そういえばオウムがいましたね。あれは何の象徴だったのでしょう?私には分かりません。
私が印象に残ってるのは、竪琴ですかね。竪琴ってのは釈尊が悟るツールだったような記憶があります。

また印象が残ってるのは、水島に連れ添うようにいた子供ですね。
兵隊の「羽生の宿」のコーラスと見事にマッチングした印象でした。
子役ってのは、よく反戦のメッセージとして使われるんじゃないですか?

映画「禁じられた遊び」は子役がメーンの映画ですけど、
あの映画は反戦の色が非常に濃いですね。これは人それぞれの印象ですが・・・
ナルシソ・イエペスのギターが哀愁が漂ってよかったです。
700神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 15:57:21.62 ID:jnZjbq/6
公案をなぞなぞかなんかと勘違いしてる馬鹿が二名ほどいるみたいですね
701にしてつ、お仕置きタイムw:2014/05/29(木) 15:59:00.63 ID:1o5hnmzI
机は無音の音どころか、
嘘八百の音じゃねえのかw?
702にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 16:08:15.69 ID:PszQqWJM
>>688
> プロ野球の技術ー職人の技は。 形而下を規定するを規定するなんていう話で提示できていないじゃんw

野球の技術は形而下に規定されている、というのはバットだボールだ打者の資質だ、といった形而下条件に縛られているよね。
また形而下において振られるバットの動きや、当てたボールの動き、摩耗損傷など、形而下の様々を規定するよね。

で、形而下条件に規定されず、形而下条件を規定しない職人の技ってなに?

この質問からまた逃げ回るの?ん?
703机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 16:10:02.64 ID:EenAXmpw
>>700
公案をなぞなぞと勘違いしておる御仁はいないだろ?
ちなみに公案となぞなぞの違いを改めて列挙してみる。

@なぞなぞは答えがちゃんと用意されてる。
A公案は答えはない。
この違いだ。
704神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 16:11:52.58 ID:at/CWSJH
>>703
君と西武鉄道の人だと思うよw  >なぞなぞと勘違いしておる御仁
705神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 16:14:50.39 ID:MNjC/X17
>>693-694

うん、だから言葉というのは、実態そのものではない。
そう表現なんだよ。

しかしその言葉をもっともっと豊かにせよ、貧困にするでない。

君の釈迦はいいのだけれど、小さく押し込めると、
カルト生命教のように、チンピラになる。 しっかりせよ。

スフィンクスは、首から下はライオンか何か動物だよね。
首から上は人間だ。
これが、形而下、形而上だ。

君の形而下が お元気でありますように

かしこみかしこみ申す (←まおす)といってネ☆願わくば(笑)
706机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 16:21:08.18 ID:EenAXmpw
>>704
私を叩いている御仁というのは、日蓮正宗とキリスト教関係と、その他のカルト教団だよ。

とくに日蓮関係は粘着している。
日蓮正宗の昭和30年40年代の頃のことを少し紹介しちゃる。
その頃の日蓮正宗は、「宇宙大明神」を拝んでいたんだよ。
その後、これはまずいってんで、この大明神は消えたがな。

そういう宗教で、世間でも社会問題になるくらいに地域社会では迷惑していた。
例えば、深夜に大勢で家に詰め寄り、過去帳とか神棚とか燃やしたたり。
それが映画館のニュースにもなったりしていた。
そういう教団なんだよ。正宗ってのは。

あと、池田先生のことも調べた方が良いよ、詳しいことは書かないけど。
707にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 16:24:53.47 ID:PszQqWJM
>>690
> 私は神秘主義が迷信的妄信的だと考えていない。


> 原発擁護は迷信的で妄信的だ。

原発擁護の迷信性は「安全神話」と言われるように、「原発事故は起こらない」(安倍)とか「放射能は身体に悪影響を与えない」という事実非科学的断定にある。

科学的には、過去の地震から帰納的に「地震は起こりうる」「ある期間においては起きていないが、反証可能性すなわち地震が起きる可能性は否定できない」だよ。
様々なデータから帰納的に「身体に悪影響を与えうる」でしょ。
どういう程度の放射能がどういう対象にどういう影響を与えるか、という精査はこれからの課題だけど、「放射能は悪影響を与えない」というのは非科学的迷信的な断定。

> そして、迷信的、妄信的というのは、君はよい評価として使っていないはずだ。
> たんに、AはBではない。 Aは非Aだと言っていないだろ。

非科学的なことを一般的に迷信的妄信的と言わないかな?Aは非AでありBであるという構造。

> 言葉のトリックと悪印象操作を操る 嘘つきなんだね、君は。

悪印象を感じるのは受け手の問題です。もちろんそう感じることを妨げるつもりはないけどね。
708神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 16:27:08.70 ID:jnZjbq/6
>>706
いやはや、恐るべき厚顔無恥
709神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 16:27:09.91 ID:jp4aOiaM
>>705
真光教なら正しいのか?
710机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 16:35:01.79 ID:EenAXmpw
>>708
いや、私は事実のことしか書かないんだよ。
30年代40年代の正宗は、まだ民衆にカルトという概念はなく、
ただ迷惑なので、ほとほと困っていたのは事実。とくに教育関係。

生徒・学生は、正宗が深夜まで押し掛けるので、眠れないし
睡眠不足は、学校で居眠りすることになって、教師を困らせた。
それで、反正宗の機運が高まってきた。

水平社関係は、問題なければ動かない。そのてんは良いんだが、
正宗だけはそうはいかない。
これだけ違うんだよ。
711にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 16:35:24.80 ID:PszQqWJM
>>696
> そもそも修行僧が「形而上」とかの概念が分かるのでしょうか?

坊主が「形而上」という言葉を知らないかもしれないけれど、現実を離れた世界の存在を妄想しかねませんよ。

両手の音は実証的です。隻手の音は実証的でない。
「どう聞こえるか」と問われて答えに窮する。
実証的でないものは無記だ、という極めてシンプルかつ科学的な態度。そう解釈しています。
712にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 16:44:00.44 ID:PszQqWJM
>>698
壊れちゃったの?壊れるのは構わないけど

形而下条件に規定されず、形而下条件を規定しない職人の技ってなに?

という問いからは逃げるのかな^^
713神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 16:51:50.49 ID:MNjC/X17
>>707
>非科学的なことを一般的に迷信的妄信的と言わないかな?Aは非AでありBであるという構造。

君がその言葉を使う時、ただ、Aは非Aであると言っているかと尋ねた。
一般的にどうこうは今、尋ねていない、君に聞いている。

それを一般的という言葉を用いて、もう誤魔化したよ。
714机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 16:52:45.19 ID:EenAXmpw
>>711
>両手の音は実証的です。隻手の音は実証的でない。

これは西洋哲独特の考え方ですね。
音という対象化されたものへの分析です。
この分析を延々にやってきたのが西洋哲の歴史でもあった訳です。

私は長年仏道を歩んできましたから、貴殿のような書き込みは、ある種郷愁を感じます。
ノスタルジーとでも言うのでしょうか?
私にも貴殿と同じような考えもあったのです。

音は実証できますか?私は音は実証不可だとおもいます。
つうか、あらゆる万物は実証できない。というのが印哲の立場です。

つまり、万物と自己(主体)はそもそも対象不可、が印哲でありますから。
西洋哲と印哲は、水と油のようなものでしたけして混じり合うことはない。
というのがコンセンサスであります。

近年、石飛道子が印哲から論理学の観点で、どこまで西洋論理に近づけるか?
というのを実験的にやってますが、あれが限度ですね。
715にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 17:00:36.93 ID:PszQqWJM
それにしても、レッテル貼りと議論からの逃亡しかしない人間が何故議論スレに粘着してるのだろう。
716神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 17:07:13.63 ID:MNjC/X17
>>715
自分のことではないのか、それは。

言葉をトリックしながら、誤魔化して、逃亡しているではないか。
717神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 17:07:19.93 ID:jnZjbq/6
公案って言うのは人間の持ってる常識とか固定観念を徹底的に破壊するものです
両手を合わすと音が出る、片手では音が出ない、だから無記・・・
小学生でももうちょっとマシな答えをするだろうね
718にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 17:11:49.59 ID:PszQqWJM
>>713
> 君がその言葉を使う時、ただ、Aは非Aであると言っているかと尋ねた。

だからAは非AでありBである、と言ってる、と答えたよ。
>>716
>>698のことです。
719机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 17:17:14.13 ID:EenAXmpw
>>717
>両手を合わすと音が出る、片手では音が出ない、だから無記・・・

「だから無記」と分別するのが公案ではない。
なぞなぞ程度の書き込みはしなくていいから。
720神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 17:18:11.90 ID:bhezfosW
>>692
>人間の精神(思念)は粒子に影響を及ぼすということ。

これまた科学的には仮説でしかありえません。
再現性が100%得られるというわけではありません。
「ホコタテ」番組でどのようなスプーンでも絶対念力で曲げるというユリゲラと、
念力はおろか人間の肉体的(精神含めた)な力では絶対曲がらないスプーンを
作るメーカーの対決ではユリゲラは負けた。実際に曲がらなかったw

素粒子が原因で〜というのは仮説であり、実証されたわけではない。
何度も言うように実証が科学の大前提。実証の無い世界はオカルト。
宝珠がオカルト住人であるのは承知しておりますよ。

私は科学で実証されない世界もあるかもしれない〜という神秘主義の部分もある程度ですw
科学70%:神秘主義30%で100%オカルトの宝珠とは共有できる価値はありません。
721にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 17:20:10.72 ID:PszQqWJM
>>714
> これは西洋哲独特の考え方ですね。

西洋哲学というか、科学ですね。
近代以前の西洋哲学は非科学的神秘主義的でした。近代以降、急速に科学的な方向にシフトして「現代西洋哲学」に至るわけですが、
仏教は、そのはるか以前に既に科学的思考を方法論にしていたと思います。
他方で、(他国のことはよく知りませんが、少なくとも日本には)仏教の徒を称しながら仏教を神秘主義化している人が多数いるようで、この逆行性は面白いと思います。
722にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 17:34:38.17 ID:PszQqWJM
>>717
> 公案って言うのは人間の持ってる常識とか固定観念を徹底的に破壊するものです

公案にそういう機能があることは否定しませんよ。
人間の常識や固定観念というのは慣習・因習に縛られており、多分に非科学的・迷信的なものを含んでいたりします。
そういった縛りを破壊して純粋に科学的方法論に徹する契機になるものだという意味で。
純粋に科学的方法論に徹する、というのは、例えば「親を捨てるのは悪である」というような「常識」を破壊する、というようなことでもあります。
小学生でももう少しマシならあなたはどのくらいですかね。
723神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 17:35:14.69 ID:MNjC/X17
>>709
>真光教なら正しいのか?

なら、が解り難いのですが(笑)

私は手かざしと言うのは、基本、外氣功 内氣功と共通する部分があると
思っているのですが、
白隠禅師の軟酥の法も、似ていると思っています。
白隠は、20代の頃 熱心で心身を病むのですが、
ここで神秘登場(笑)
白幽という道人に 健康法を教わったらしい。

私は、手かざしというのは、身体回復能力と無関係ではないと考えている。

しかし、氣功のように、独立した部門で大切にされればよいし

もし宗教的な話しが混じるとしても、

とても人を愛し、大事にし、の表現の中の一つとして大事にされなければならないと言う意味です。

手かざし宗教として、おどりでると言う事は、軸ズレで人を馬鹿にしているように思うのです。

やはり、表現や健康法として一部を荷ってこそではないかと。
724机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 17:42:49.60 ID:EenAXmpw
>>721
>近代以降、急速に科学的な方向にシフトして「現代西洋哲学」に至るわけですが、

先端の哲学は常に科学的ではあります。

1970以降になりますと、ドイツ観念論が衰退してきまして、マルクス論が台頭してきます。
当時においては、マルクス論は科学的唯物論であったのです。

科学的でありますから、民衆はよもや間違いはないだろうと。だれでも思ったのです。
そしたら唯物史観がまるっきしの、大外れでしたね。
科学的であっても、やはり推論であったのです。

マルクスは、プロレタリアとブルジュアジーの二極に世界は別れる。と予言したのですが、
そうじゃなくて、世界は債権国と債務国という、国家間で貧富の差が拡大することになったのです。
これはマルクスも予想してなかったことです。

そんなわけで、民衆は科学的哲学というのは、そもそも在り得ないことだ。と分かってきたのです。
つうか、それきし西洋哲学は民衆に信頼を失ってしまったのです。
今は細々と西洋哲学を発展させてると思いますが、もう民衆は「科学的」には騙されないかと思いますね。
いや、そう信じるのは自由ですけど。
725神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 17:47:57.89 ID:jnZjbq/6
>>722
親を捨てることは悪であるという常識を捨てることは社会秩序を破壊する事に繋がりますから
そのようなものを認めるわけにはいきません
僕の言う常識とは形而下以外認めないことや自分というものが独立した存在であるという事などです
726神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 18:01:37.39 ID:LPqjAdDE
寧ろ逆に優秀だろ
他に別に優良だろ
当然正反対に優雅だろ
727神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 18:02:01.68 ID:sgiByP2S
実際、知っていることと出来ることとが違うのは、知の在り方が一様ではないということだろう。

なればこそ、哲学の実践という言葉が古代ギリシャからあったのだ。

こんな区別もつかないようでは世間知らずどころか、ちゃんと生きているか?と思う。
728神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 18:15:52.67 ID:jnZjbq/6
じゃあ僕帰りますんで(仕事の合間しか2ちゃんをやらない)
729にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 18:22:23.49 ID:PszQqWJM
>>724
> 当時においては、マルクス論は科学的唯物論であったのです。

マルクス主義は、帰納的に、科学的な仮説を提示したかのように誤解されがちですが、
「共産主義により階級対立が解消される」という推論に論理誤謬があって、それは既にバクーニンらによって指摘されていました。
ところが、インターナショナルでの派閥争いのどさくさでマルクス主義を公理(=反証可能性の無い真)であるとドグマ化してしまったので、科学から離れて迷信化したわけです。

> 科学的でありますから、民衆はよもや間違いはないだろうと。だれでも思ったのです。

科学的に考えない民衆は妄信したわけです。

> 科学的であっても、やはり推論であったのです。

いや、マルクス主義はむしろ科学的推論を離れて、公理・真理とドグマ化したわけです。つまりマルクス主義は科学ではなく信仰だった。
730机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 18:43:50.00 ID:EenAXmpw
>>729
>科学的に考えない民衆は妄信したわけです。

科学的ってのは、つまり弁証法な訳ですから、
その時点では正論なんですけど、正論というのは、次に正論を導き出す為の叩き台な訳ですよ。
弁証法というのはそういうものですから。

だから時代が変われば、昔の哲学は正論じゃなくなるんですね。
そういうのが西洋哲ですから。
つまり西洋哲というのは結論は出ないんですよ。それは宿命的なものです。
そういう学問なんですからね。

ちなみに印哲というのも結論は出ないのです。
しかし「結論が出ない」という意味合いが全然違いますがね。

そのことを貴殿は分かっておるのですか?
貴殿が「科学的」と書いているのは、それで全てが決着ついたと勘違いしてるんじゃないですか?
私は西洋哲、印哲に限らず、哲学ってジャンルは、そもそも決着がつけようが無いと思ってます。
731机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 18:57:45.15 ID:EenAXmpw
>>729
>マルクス主義を公理(=反証可能性の無い真)であるとドグマ化してしまったので、科学から離れて迷信化したわけです。

公理というか、哲学というのは基本は人間のアタマで考える学問な訳ですから、
アタマで考えるなら、全ては「観念の領域」とも言える訳です。

観念で何処まで本質?に迫れるか、というのがドイツ観念論な訳です。
で、ここで観念の限界を改めて認識してしまったのが、ドイツ観念論の結果であります。
だから一応はここで西洋哲の限界を認めてしまったことになる。

唯物論も、つまり人間の観念の領域ですから、唯物論も観念論である。とも言える。
つまり矛盾はいくらでも指摘することが出来る訳です。
こんな訳で西洋哲は衰退したのです。
732神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 19:21:15.48 ID:at/CWSJH
>>721
>既に科学的思考を方法論に
アプローチの手法が近似しているだけで、
けっして「イコール科学」ではないよね?w そこんとこ“解”る?

>少なくとも日本には)仏教の徒を称しながら仏教を神秘主義化している人が多数いるようで、


どこを見てるんだよw
日本の仏教は(仏教徒(僧侶、信者、学者等))は、寧ろ、君の方向性に彩られており、
心ある少数は、そうした日本仏教を嘆いているというのにwww

君、実際の仏教界(学界、寺院界どちらにしても)を知らないだろwww
今の日本仏教は、まさに、君のスタンスと瓜二つな「理論のみ仏教」だよ。
733神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 19:30:08.19 ID:Ah8rkKvv
>>724
マルクス主義は、唯物論を自称するが、実は、ギリシャ哲学、キリスト教に
由来する、ヘーゲル直系のドイツ観念論。その「下部構造」には、「上部構造」
であるはずの「価値観」が、たっぷりと含まれている。

マルクス主義は、現実にはありえない「共産主義ユートピア(神の国)」という
「観念信仰」の宗教の一種。一般に「擬似宗教」と呼ばれる。

宗教だからこそ、良心の呵責なく、あれほどの大殺戮が可能となったのである。
その意味で、マルクス主義とキリスト教とは、双子の兄弟。

共産主義による犠牲者は、10億人と言われている。これに対し、ナチスの
被害者は4500万人(「共産主義黒書」による)。キリスト教の犠牲者は、
何十億人か。
734机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/29(木) 19:55:08.64 ID:EenAXmpw
>>733
>マルクス主義は、現実にはありえない「共産主義ユートピア(神の国)」という

原始共産主義社会を、近代化したものをユートピアとしたのでしょう?
それがマルクスの歴史観でしたから。世界は螺旋状に発展する。とか
だからモチーフは原始共産主義社会ですよ。

仏教のサンガも、社会形態とすると原始共産主義社会ですから。

統一教会も、オウムも、先ず教団を立ち上げるのは原始共産主義社会です。
こういう社会は、信者同士の一体感を構築するには非常に良いです。
ユートピアという観点だけならね。

しかし現実的に考えると非常に都合の悪いことも出てきてしまう。
ユートピアとはそんなもんですね。

では寝ます。おやすみ。
735最近思うこと:2014/05/29(木) 20:05:15.71 ID:ojD7AOz2
【ある住人のジレンマ】
・彼の口癖は、二項分別はアホである。
・対論相手がアホなので「アホ」と言いたい。
・でも「アホ」と言ったら、アホと非アホとの分別になる。
・「アホ」という言葉が縁起して自分に返ってくる。

【別の住人のスレ無駄遣い】
ある人が書き込むと「ポンコツ、止めれろ。」と根拠を示さず条件反射してスレを一つ浪費する。
736にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 22:08:15.85 ID:PszQqWJM
>>730
>その時点では正論なんですけど、正論というのは、次に正論を導き出す為の叩き台な訳ですよ。
>だから時代が変われば、昔の哲学は正論じゃなくなるんですね。

科学というのは実証主義です。実証主では検証の積み重ねなわけですが、全称命題について全検証は困難ですよね。従って、反証可能性という観点から、反証主義の立場がとられます。
反証主義は可謬主義であり、それが実証主義であり科学なわけです。


> そういうのが西洋哲ですから。

西洋哲学が反証を公理からの演繹だったのは過去の話です。

イデアだったり、エイドスだったり、我思うゆえにだったり、ヘーゲル弁証法だったり、唯物弁証法だったり、人間中心主義だったり、それらは非科学風だったにせよ科学風だったにせよ
反証主義でなく公理を前提にしたドグマ主義というか、信仰だったのですよ。
ある公理で行き詰まると次の公理にすげ替える、これを延々やってきました。
その意味では例の生命教もこの系譜です。

ところが現代西洋哲学は科学的な方向に転換しました。
先に述べたように、科学は反証主義であり可謬主義ですから、「現時点で確からしい仮説」を提示するにすぎません。従って、

> 貴殿が「科学的」と書いているのは、それで全てが決着ついたと勘違いしてるんじゃないですか?

は的外れ。科学とは最終的な決着がつくことを前提にしていないからです。
あくまで実証主義的に現時点で合理的な仮説ということです。
737にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/29(木) 22:12:54.34 ID:PszQqWJM
>>731
あなたのいう観念論の行き詰まりというのは要するに「信仰の行き詰まり」ということになりますよね。
信仰から科学へ、というのが現代西洋哲学へのターニングポイントなわけです。
738神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 22:26:40.13 ID:MNjC/X17
ユートピアは、〇〇教、〇〇主義ではない。

そのユートピアの質的内実なんだよ。

悪質であれば、何をしても悪質なものしか生じない。

国家もそうであろう。

そういったすり替え、己の悪質から生じた事を省みずに

ユートピアがまるで何か悪さをしたような、話しをするな。

君らが、汚らしいから何をしても汚らしくなるのだ。

私は、君らは、今はどうか知らながどこかのカルト宗教出身者だと

考えている。

私に言われても知らんがな(笑)

もしカルトに騙されるような、
同じような傾向をもつ人を心配しているとか、

何か自分にできることはないかと優しい気持ちで思っているとしても、

はっきり言って、それは君自身が先に生まれ変わらなければ難しい。
739最近思うこと:2014/05/29(木) 22:31:14.70 ID:ojD7AOz2
>>737
>信仰から科学へ、というのが現代西洋哲学へのターニングポイントなわけです。

科学の進歩によって、1つの細胞の分裂のプロセスから、1つの細胞が1つの工場に匹敵する
ソフト(智恵)とハード(ナノマシーン群)からなることが分かって参りました。

人体のことが分かったように錯覚していただけであり、更に『念』で物質に影響を与えることも
分かって参りました。換言しますと『念』は脳の外でも活動し得るということです。

宗教と科学とが収斂するターニングポイントなわけです。
740神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 22:34:23.45 ID:MNjC/X17
カルト脳傾向と言うのは、そのカルトから脱出しても、

考え方自体は、根本的に治っていないばあい(新生していない)、

解釈に、ちょっとしたすみずみで歪みがでるのはないかな。



カルトにはまる。
遺伝なのか環境なのか、両者の相乗作用か知らないが。

カルトから離れても、
その後もどうおかしいかというと、反動やあるいは恨みから物事を

解釈する。

で、そういう人物が、例えば何千人か何億人か知らないが、

その性質が、【ものごとが解らない故に、】

自他を殺戮するのだよ、

それが、いまだに解らない。

君らのそのループ輪廻は迷惑だから辞めてくれ。いい加減辞めろだ。
741最近思うこと:2014/05/29(木) 22:45:30.98 ID:ojD7AOz2
>>740
>自他を殺戮するのだよ、それが、いまだに解らない。
>君らのそのループ輪廻は迷惑だから辞めてくれ。いい加減辞めろだ。

先日、世界の統計を紹介しました。
輪廻を信じている人が多い国は自殺が少ないということです。

方便でも「輪廻はある」と信じていた方が宜しいかも。
勿論、原始仏典を読んで釈尊の説かれるままに「輪廻はある」と信じていても宜しいでしょう。
742神も仏も名無しさん:2014/05/29(木) 22:53:45.99 ID:MNjC/X17
>>741

カルトに嵌ったと言う事は、認識レベルがそこにあったということだろう。
見抜けなかったのは、そういうことだろう。

そこから脱出するのは、ただカルト宗教を辞めましたではない。

新生しなくてはならないという意味がわかるかな。


そうでなければ、
現世でも同じ質レベルを繰り返すことを ループ輪廻と言ったのであって、

君の話しはまた別である。
743にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/30(金) 00:21:04.45 ID:RmuxmYCV
>>732
仏法は科学的方法論だと言っています。イコールとは言ってないと記憶してますが、なぜなら仏教が科学であっても科学が仏教であるという方向にはならないから。
仏法は科学的で、仏教は科学だ、としか言ってないと思う。

ある条件を備えたものを科学的という言葉で呼ぶわけです。
仏教が科学的であるかどうかは、仏教が科学的と呼ばれるための条件を備えているかどうかです。
私の言う科学的というのは実証主義的という意味ですが、あなたが違う意味で科学的という言葉を解釈しているなら是非その解釈をお聞かせください。
744神も仏も名無しさん:2014/05/30(金) 00:28:56.57 ID:ZKabfx2J
>>743
君に是非、涅槃を科学的に説明して戴きたい
科学的に理解出来てるんですよね?
どうか凡愚の為にお願いします
745神も仏も名無しさん:2014/05/30(金) 00:30:35.58 ID:udLVFHYf
>>736
>ところが現代西洋哲学は科学的な方向に転換しました。

殆どの西洋哲学者は、キリスト教の影響を受けている。キリスト教は、他の
創唱宗教と同様、反証可能性のないものの典型だが、その両者の関係はどうか?

「科学的」の基盤は何か?現実界(物質界)だから、「五感で知覚できる世界」
に限定されると思うが。

人間主義を否定しているようだが、科学もすべて「人間の営み」だから、人間を
否定したら、科学の基盤が崩壊すると思うが、どうか。
746神も仏も名無しさん:2014/05/30(金) 00:34:24.80 ID:WfWvXmKC
>>745
科学の基盤が崩れるのは人間として大いに困ると思うが
この世界は人間が支配している訳でも人間が作った訳でもない
故に人間主義などは身勝手な酔狂であり、それが為に争いも絶えない
争いが絶えないのは何も宗教ばかりの所為でもない
747神も仏も名無しさん:2014/05/30(金) 00:38:16.58 ID:udLVFHYf
>>736
人間の思考は、思考の基盤次第で百人百様だから、何を思考するかの
前に、何を基盤として思考するかを思考して決定しなければ、思考は
無意味となる。

西洋哲学の「思考の基盤」とは、一体何なのか?
748神も仏も名無しさん
利権争いというものもありますらかね。