1 :
神も仏も名無しさん :
2014/04/05(土) 09:23:03.01 ID:N1eonkS0
2 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 09:52:27.38 ID:Iw7rW3u9
また輪廻した
3 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 10:50:51.60 ID:k3ABB5Bq
チーンポクポク
4 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/05(土) 10:51:47.81 ID:2OegpkrA
>>1 乙です。
【天然自然と仏性について】
春真っ盛りですね。外に出て、風景を楽しんでみましょう。
そこには大きい樹と、その合間に小さい樹があるでしょう?
大きい樹は、太陽の光を充分に受けてスクスク育ってます。
小さな樹は、大きな樹の日蔭になり、生育環境が好ましくないのは一目瞭然でしょう?
で、ここで人はこう思うのであります。
「大きい樹と、小さい樹は、何かの因果で生育環境が違ったかもしれない」。と
人間の理性は常に条理(道理?でもいい)を求めます。
ですから人間社会においても、優秀な人、貧困の人、障碍者、いろいろいますが・・・
これはどうも条理に合わない。不条理と考えます。
この不条理を上手く解決してくれるのが業報輪廻転生論です。
(つづく)
5 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/05(土) 10:52:26.23 ID:2OegpkrA
(つづき) 天然自然に、大きな樹や小さな樹、また草花や小動物たち。 これらば上手くバランスがとれてて、その”在りよう”そのものを仏性というのです。 人間社会も同じです。天然自然なのですから、健康な人もいれば精神病に患って方もおりましょう? この状態を不条理と考えるか?仏性と考えるか? これで世界観がまるっきし変わってきます。 仏性に条理(道理?でもいい)はないのです。 これを仏法に求めても無駄ですね。 何故なら、仏教は条理を求める宗教ではないからです。 大事なのは、先ず疑団から進めないと法に辿り着けない。
6 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:00:54.64 ID:vomYFE8X
疑団とは、正直であるという事を疑うことかもなw ハッタリ教机教ではw
7 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:27:52.41 ID:5OVsR1a+
>>6 >疑団
疑団とは、仏道が哲学的には「懐疑主義」「経験主義的検証主義」=如理作意(中部2)であることの象徴的表現だ。
これと逆なのが、独断主義(独:Dogmatismus)だ。
絶対的な明証性をもつとされる基本的原理(ドグマ)を根底におき、そこから世界の構造を明らかにしようとする主義である。
ドグマとは元来宗教上「真理」と宣言された教義をいう。
その辺にころがっている「宗教」はみんなそうだ。
このスレにも仏道を、“「真理」を<悟る>”などとドグマチズム丸出しの独断的体験主義で断定する成りすましアホ如来がいるでしょw
オウム「真理」教のアサハラ・ショーコーもそうでしたw
こいつらは独断主義信仰宗教であって、仏道とは真逆だ。
8 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:32:46.05 ID:Iw7rW3u9
9 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:39:04.21 ID:5OVsR1a+
10 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:41:35.67 ID:P2cS8wGK
>>9 縁起って真(まこと)の理(ことわり)じゃないんだ?
じゃ嘘の理なんだね
11 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:45:57.52 ID:5OVsR1a+
12 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:48:28.89 ID:P2cS8wGK
>>11 サンジャヤ・ベーラッティプッタと一緒じゃんそれ
13 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:53:43.91 ID:5OVsR1a+
>>12 <縁起の直接現実の如く>と<縁起の間接現実一切外>を混ぜるな!危険。
<縁起の間接現実一切外>については、ブッダとサンジャヤは同じ境地にある。
経験的に検証不能領域(一切外)については断定→ドグマチズムに陥らず(無記)
14 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:56:22.32 ID:9IKFCf9t
>>7 教義から世界構造を明にするのが独断主義だと。
さすれば、疑団も同様になにかしらのドクマに対する疑だ。
根本に気付かれよ。
両者変わりあるまい。
アサハラ「真理」は、ドクマや疑団の範疇にない。
ただの抑圧への暴的反動。
15 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 11:57:27.44 ID:P2cS8wGK
>>13 じゃ、甚深微妙の法とは何が何に対してどう微妙なの?
16 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:04:38.23 ID:5OVsR1a+
>>14 >疑団も同様になにかしらのドクマに対する疑だ。
もちろんドクマに対する疑→検証不能→無記(無視)も含む。
仏道は信仰ではない。
これを如理作意(中部2)という。
縁起の知覚間接現実=因果関係の正確な検証によって妄想を排する。
仏道⇒仏法は「一切」法なのだから当然だ。
17 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:08:35.69 ID:P2cS8wGK
>>16 ひょっとして甚深微妙の法って知らないの?
18 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:10:32.73 ID:5OVsR1a+
>>15 >甚深微妙の法
ものごころついて以来の既成観念=自己観念による二項相対主義思考(間接現実)から脱却するのは
非常に難しいから。
19 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:12:05.37 ID:5OVsR1a+
20 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:14:16.93 ID:P2cS8wGK
>>18 そんな事で釈尊が七日間も説くべきか否かを悩んだと?
深くて微妙過ぎてて解り難い事がそれなの?
嘘だぁw
21 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:19:57.78 ID:P2cS8wGK
>>19 苦労してやっと悟り得たものを、なぜまた人に説かねばならないか。むさぼり・いかりに焼かれる人々に、
この法をさとることは容易でない。それは世のつねに逆らい、甚深微妙・精細にして知りがたく、
激情にとらわれた者や無明に覆われた者には悟りがたい。
どう甚深微妙で精細なのか宜しく
悟達してなければ解らない事だと思うよ
22 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:24:43.70 ID:5OVsR1a+
>>20 >そんな事で釈尊が七日間も説くべきか否かを悩んだと?
このブッダ成道後のこころ揺れ動く様相はもっとも好きなシーンだ。
作曲能力があれば、マタイ受難曲ならぬ「ブッダ成道曲」を書きたいぐらいだ。
もうちょっと深く感じてみてください。
23 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:29:22.47 ID:5OVsR1a+
>>21 >世のつねに逆らい、甚深微妙・精細にして知りがたく、
「思念の領域を超え」ているからです。
24 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:35:01.36 ID:P2cS8wGK
>>23 答えになってないでしょ?
甚深微妙・精細→思念の領域を超えてる
何が何に対して深くて、何が何に対して微妙で、何がどう精細なのさ
悟達してなきゃ解らない境地の事だよね
何かが何かに対して微妙だから説明し難いって釈尊は思った訳でしょ
25 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:40:15.05 ID:5OVsR1a+
>>24 ある意味、十分な応答になっています。
>何が何に対して深くて、何が何に対して微妙で、何がどう精細なのさ
この文章SVOCは思念の結果ですね。
思念の領域を超えていること(縁起の直接現実の如し)をどうしてことば(思念)で直示できましょうか?
26 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:42:47.69 ID:P2cS8wGK
>>23 ,25
あのね、この甚深微妙の問題は悟達の証拠でもあるんだよ
答えられない場合はそれを知らないって事で他者の解脱を否定出来ない事になるんだよ
君は認めないだろうけどね
ドグマティズムとか嘯いてる場合じゃない、それ以前の問題
27 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:44:59.81 ID:P2cS8wGK
>>25 確か君は「生と言えば生しかなく、滅と言えば滅しかない」も答えられなかったよね
28 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:51:56.14 ID:5OVsR1a+
>>26 >この甚深微妙の問題は“悟達”の証拠でもあるんだよ
それとて相対・対象化思考に他ならない。
「想い」(Sn.1072)に他ならない。
<覓心了不可得>(無門関41)
<心不可得>(金剛般若経18)
悟達なるものがありうるわけがない。
検証できるわけがない。
思念の領域を超えているんだからw
どうしても、おそらく誤解まみれだろうが、いうと<非悟達の悟達>が限界。
<悟達は悟達ではない。これを悟達と名づける。>
もちろん分からないでしょうがw
29 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:54:33.78 ID:5OVsR1a+
>>27 >「生と言えば生しかなく、滅と言えば滅しかない」
<生は生にあらず、滅は滅にあらず>
30 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:56:55.61 ID:P2cS8wGK
>>28 >いうと<非悟達の悟達>が限界。
ドグマじゃんw
釈尊は何にも悟ってないって言うんだね?
仏教否定する気なんだ君はwww
斬新だよねw
人に説ける訳無い、理解なんか出来る筈無いって釈尊が(悟りって言葉が嫌いなら)気付いた事
それを否定する気なんだ
君は瞑想も否定だよね、どうすんの?何が目的?
31 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 12:59:46.20 ID:P2cS8wGK
因みにサンジャヤ流のうなぎ論・不可知論は62見の詭弁に属す邪見です 釈尊の論はそこにもありません
32 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:12:59.16 ID:5OVsR1a+
>>30 >ドグマじゃんw
『どうしても、おそらく誤解まみれだろうが』『もちろん分からないでしょうがw』(
>>28 )
アホは無用。
それにしても、二項相対のアキメクラには何度提示しても無理だろうw
すべて既に応答済み。
だから判らないのは自己責任です。
見切って、捨置ずみ。
ドグマ主義者には仏法は文字通り<無理>です。
33 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:17:36.99 ID:5OVsR1a+
>>31 >サンジャヤ流のうなぎ論・不可知論は62見の詭弁に属す邪見です
『<縁起の間接現実一切外>については』(
>>13 )
あなたには<無理>です。
以下の応答は却下します。
34 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:21:18.62 ID:P2cS8wGK
>>32 >アキメクラ
仏法者はそんな言葉は使わない、三業も制御できないとは情けないね
しかも詭弁使いと来たら度し難い
>>33 あなたの許可は不要でしょ
あなたの様な詭弁論者は仏法者に非ずですし
おまけに断見も拗らせてて度し難い
35 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:23:49.58 ID:5OVsR1a+
36 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:27:40.28 ID:P2cS8wGK
>>35 いやいやいや、言葉自体汚いのは君の方でしょうw
自身の邪見も自覚してないんじゃないですか
自制出来ずに仏道が続くとは思えませんよ
信心信仰の類なら解らないでもないですけど
少なくともあなたのは修行の成果とは言えません
アキメクラとか年配者の方ですか?
37 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:30:11.70 ID:P2cS8wGK
>>35 南無阿弥陀仏の人とかじゃないでしょうね?
親鸞会とかの
38 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:44:05.06 ID:P2cS8wGK
この人は邪見を指摘されると凹むんですねw
39 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:44:53.76 ID:x90BXM7m
>南無阿弥陀仏の人とかじゃないでしょうね? 自称、座禅サークルのお一人だったと思いますけど。 (道元禅師への想いが親鸞聖人へのそれより格段に強いし。) 悟達者であれば数回も対話すれば読心通で分かるかと存じます。
40 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:48:53.78 ID:x90BXM7m
>この人は邪見を指摘されると凹むんですねw それはいつも自身で「邪見」という言葉を連発してきた縁でしょう。 「アホ」とかも。。 私などは何十回も言われまして、すっかり観じられない「空」になりました。
41 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:48:58.19 ID:P2cS8wGK
>>39 詭弁論者の心は読めません
心の中まで詭弁に満ちてるので書く文字列も曖昧すぎます
42 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:51:28.80 ID:x90BXM7m
>詭弁論者の心は読めません そうですか、貴方の読心通レベルでは無理ですか。 上位の3段階であれば読めるかも知れませんね。。
43 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 13:58:22.38 ID:P2cS8wGK
手かざしで読めないならそもそも無理です
44 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/05(土) 14:34:37.73 ID:2OegpkrA
>>5 のつづきです
>何故なら、仏教は条理を求める宗教ではないからです。
では仏教とは何か?このことについて講釈します。
例えば、馬を飼ってた人がいたとする。
ある日この馬が突然と姿を消してしまった。そして村人がこう言うのです。
「残念なことしたね。運が悪かったんだよ」。と
つまり村人はそう”判断”したのです。
@馬を飼ってた人は、運が悪いとか、運が良いとか判断しない。ただ馬がいなくなっただけ。
A村人は、悪運と判断する。
(つづく)
45 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/05(土) 14:35:24.57 ID:2OegpkrA
(つづき) 馬がいなくなって、数日経った頃、その馬が野生の馬を⒓頭も引き連れて帰ってきた。 そして村人はこう言うのです。 「ラッキーじゃないか。良かったね」。と つまり村人はそう”判断”したのです。 @馬を飼ってた人は、運が悪いとか、運が良いとか判断しない。ただ馬が⒔頭に増えただけ。 A村人は、幸運と判断する。 人は、自分の判断に従っているうちは、天然自然(仏性)に溶け込むことは無理なのです。 「絶対なる判断」というのは先ず無いのです。 私は@が理に適ってる。ということを言いたいのではありませんよ。 ただ「判断」について書いたのです。 これも疑団ですね。常に疑を自らに向けてそうらえ。
47 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 16:44:34.57 ID:57JIiKdn
創価者が裁かれる 判決の際 法廷にこだまする「 池 田 先 生 万 歳 !」破壊的。創価学会員。 この凶悪犯罪者の多数は一体どう説明するのでしょう。暗い影を隠ぺいするために芸能人を取り込んで広告塔とし自分達を美化し 自らを飾り立てる虚飾、と考えるのが妥当でしょう。創価はこの凶悪犯罪者についてはほっかむりして知らんふりして、説明責任も果 たしません。 (ナマポ創価員が多数、何らかの犯罪を行っているのは事実です) まさに無責任。慰謝料、損害賠償は払ったのか? 判決の際 池 田 万 歳 と連呼するは創価の本道本義を十分認識して遂行したといういい証拠であろう。 刑事裁判法廷での極悪犯罪者の主役であるお前ら、創価信者ということのようです。 ●金大根 →在日韓国人の強姦魔 連続児童虐待暴行殺人 6名の女児死亡 破壊的に強姦 (女児を破壊する破壊的カルト信者) ●李昇一 →在日韓国人 東京 テレビ「ガキの使い」関係者を名乗り少女140人を破壊的に強姦。破壊的強姦 創価学会員。(少女を破壊 する破壊的カルト信者) ●沈週一 →在日韓国人 鳥取 大阪 和歌山 9人を強姦。破壊的強姦 創価学会員。(破壊的カルト信者) ●張今朝 →在日韓国人 長野 「一緒に猫を探して」と小学校4年の女児を破壊的に強姦。破壊的 創価学会青年部所属。女子小学生を破壊 する破壊的カルト信者 ●ぺ・ソンテ →在日韓国人 横浜 女子小学生14人を強姦。破壊的レイプ魔。創価学会員。女子小学生を破壊する破壊的カルト信者 ●木村昌幸 →創価学会副支部長による強制猥褻事件 ●宋治悦 →在日韓国人 東京 ナイフで脅し手足を縛り下着で目隠しの上、主婦19人を破壊的に強姦。長岡哲次裁判長は「人間性を著しく 欠いた、まれにみる凶悪な犯行」として求刑通り無期懲役を言い渡した。被害女性たちは「口封じにひどい(強姦の最中の裸の) 写真を撮る。強姦した後も朝まで居座る」 創価学会員。人の女房を強姦するとは破壊的 (破壊的カルト信者) ●障害者女性妊娠事件(平成12年)岩手県の知的障害者施設、強姦レイプ犯は男性職員(創価学会副圏長)破壊的カルト信者 ●公明党江戸川区議の少女買春事件(平成12年)女子高生20数名を相手に買春しビデオに収めていた 破壊的カルト信者
48 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 17:03:09.21 ID:/dPTn0Dg
49 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 17:56:28.00 ID:32T4mt16
アキラメクラに読んでしまった すまん
死なない生き物はいない。 死ねば全て分かるでしょう。 輪廻があるのかないのか? 生きている間に分からねばならない理由などない。 短い一生が終われば、例外なく全ての人間が分かるのだからww
51 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 19:14:29.70 ID:9IKFCf9t
前仏教スレ94より
>957 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 06:50:12.02 ID:QG2V7fVh
>
>>941 >作家なき異陰相続は、作家なきゆえに可能である。アホはこれに引っ掛かる。
作家なきゆえに、相続が可能であり、アホが引っ掛かるのだな。
作家、原因が明確であったとしても果となって現れる。
複雑な因を我々が捉えるかどうか以前に果は歴然と貴殿として
あらわれている。
貴殿は、果に感情のぶれを持ち込んで勘違いしているな。
>時間がなければ運動が不可能、実を立てなければ運動が可能。
いや、時間が先にあるないではなく、時間を先に想定しなくとも
縁起、業、因果は、関係と言い換えるとし、
すなわち(現代用語・(^▽^♯;)時空である。
52 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 19:15:16.34 ID:9IKFCf9t
>今今今と言えば現在と思う厨房の読解力。 いや、現在と思うか思わない、ではなく、貴殿は今だろうが。 >無為法、般若ハラミツ多時照見で、苦の愚かさを止める直観知の縁起の観である。 苦の愚かさを止めるだな。 前スレで、この世はどなたかが言い切ったが無情である。 苦は愚かであるどころか、当然だ。 もし止めるとなれば、みな一斉に有情に到達することだ。 しかし、貴殿の無情と相対する有情ではない。
53 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 20:00:13.86 ID:0aMqSehO
これまで仏教って鎮護国家だの 仁王般若経だの立正安国論だの興禅護国論だの 国を守護すると主張してたけど、災厄、遷都、戦乱と歴史的に全く効果がなかったよね しかも書紀には崇仏論争があってためしに仏を拝ませたら疫病が流行ったとある これってもう邪教かハッタリかのどちらかでしかないじゃん やはり神道こそ正道と思うに至ったんだけど、どうよ?
>>53 仏教は基本的には個々人に対する教えですよ。
アショーカ王に対する教えというのは特殊なケースでそれが主であるという事ではない。
真理と悟れとか、解脱せよとか、輪廻から解放とか、色々あるようですが、基本的には慈悲ですね。
生きとし生けるもの全てに対して安穏であれと祈る姿勢が仏陀が示した教えでしょう。
瞑想で真理を悟れ〜等は方向違いもいいところ。○○瞑想がどうのこうの〜というのは阿呆というゆえんです。
55 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 21:00:17.04 ID:9IKFCf9t
伊勢白山道信者、並びに一度でも信じた者らよ。 いまだ大半がろくなことをしていないな、自覚なきようだが、貴殿らは。
56 :
○ :2014/04/05(土) 21:06:17.32 ID:x90BXM7m
>>50 >輪廻があるのかないのか?
>生きている間に分からねばならない理由などない。
釈尊は輪廻を説かれております。 でも、誘引方便だったのでしょうか?
空海、最澄、法然、親鸞、日蓮、道元らも輪廻を説かれております。 誘引方便だったのでしょうか?
宝くじは当たるのか当たらないのか?
生きている間に分からねばならない理由などないならば、買う必要はないでしょう。
禅で悟れるのか悟れないのか?
生きている間に分からねばならない理由などないならば、坐る必要はないでしょう。
>短い一生が終われば、例外なく全ての人間が分かるのだからww
折角、生まれてきましたのに、自らは何も探さずに一生を終えるということでしょう。
釈迦が輪廻を説くのではなく釈迦活躍当時のバラモン習慣に歯向かわず説教したのが あたかも輪廻肯定のように見えるだけで、事実上肯定も否定もしていないというのが事実。
>>54 まだ言ってんのかw
ハンドルのない車及びハンドル操作の技術・習得無しに自動車レースしてみろっつーの。
比喩表現のド下手のセブンさんの比喩では何が言いたいのか分かりませんww
>>51 > 前仏教スレ94より
>
> >957 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 06:50:12.02 ID:QG2V7fVh
> >
>>941 > >作家なき異陰相続は、作家なきゆえに可能である。アホはこれに引っ掛かる。
>
> 作家なきゆえに、相続が可能であり、アホが引っ掛かるのだな。
輪廻は無我だと成立しないけど、そこから有無を戯論し出す者がいる。
輪廻も無我も仏教の要素でこれを戯論し始めたら釈迦の真意を損なう。だからおバカだと言う。
>
> 作家、原因が明確であったとしても果となって現れる。
> 複雑な因を我々が捉えるかどうか以前に果は歴然と貴殿として
> あらわれている。
> 貴殿は、果に感情のぶれを持ち込んで勘違いしているな。
俺は、無我とは、我無しとは思っていない。果を現前明明白白に見れば我なしとは言えない。
その立脚点から考えると無我とは『無い』ことだと単純に言えない。それでは観念仏教になってしまう。
> >時間がなければ運動が不可能、実を立てなければ運動が可能。
> いや、時間が先にあるないではなく、時間を先に想定しなくとも
> 縁起、業、因果は、関係と言い換えるとし、
> すなわち(現代用語・(^▽^♯;)時空である。
たしか念相続においては刹那滅に、念が生滅しつつ同性質のものが持続せねば、
無我では次の運動に移れない。『無我の輪廻』理論が破綻をする。固定していれば変化が成立しない。
まあ、こういうのは理屈で、実際、実践者には問題にもならない(笑)
先達達が苦労して無我なのに輪廻を可能にするわけを先に答えとして用意してくれている。
これは、全てが確かな方の思想と言えるとは限らないが。
61 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 21:23:22.30 ID:9IKFCf9t
>>56 リーマンさん、座る必要がないとは、ちょっとおどけましたか。
そうだ座る必要などない、悟っているのなら。
小学校も中学校もいく必要はない。
悟っているのなら。
小学校、中学校は、洗脳を受けるためではなく
ひろく見聞を広めるヒントを得るためであり、後は自分だ。
座るとは、自分だ。
> >今今今と言えば現在と思う厨房の読解力。 > いや、現在と思うか思わない、ではなく、貴殿は今だろうが。 今今今と言えば、『ほら現在に執着している』という者がいる。それは違うと。 > > >無為法、般若ハラミツ多時照見で、苦の愚かさを止める直観知の縁起の観である。 > 苦の愚かさを止めるだな。 > 前スレで、この世はどなたかが言い切ったが無情である。 > 苦は愚かであるどころか、当然だ。 > もし止めるとなれば、みな一斉に有情に到達することだ。 > しかし、貴殿の無情と相対する有情ではない。 苦はエゴより強くなる。四諦はエゴの逓減に繋がるのは、徹底した考察はエゴも見破るからだ。 ・・・・・ 一切の無情の気持ちが分かれば、一切の無情が有情たちに法をもって話しかけるだろう。 一切無情との関係は神道の八百万の神への敬神に近い。
>>59 君がこれまで、譲歩して「必要である」と許容してきている諸が、
そのまま「行」や「瞑想」だということさ。
君が「行」や「瞑想」という名称・ラベルを忌避して使用しないでいるだけで、
実は、「行」や「瞑想」を肯定しているということさ。
下手な比喩でいくら説明しようとしても説明したことにはなりませんw
ああ、ちなみに、これまで数え切れないほどの人間とレスを交わしてきたが、
譬喩表現(そのもの)を理解できなかったのは3人だけだ。
机と隠居と、そして君だw
>>64 ちなみに、
君が敬意を表すパーピは、9割方理解で来てたようだがな。
パーピに理解できて君に理解できない理由は何だろうね? ┐(´ー`)┌
そもそも私は「必要である」なんて一言も言っていないw 忌避して使用しないではなく、そんなものに意味は無い〜というだけ。 唯一意味があるのが心を落ち着かせる意味。その意味の瞑想は大いに結構。 ○○瞑想〜というのは大いに駄目w 瞑想を肯定しているし、瞑想至上主義を否定しているのが私の姿勢ですよww
さてセブンの比喩を理解できている人間とできていない人間とどちらが多いのか?ww 私は圧倒的に出来ていない人間の方が多いであろうと思いますよ。
>>54 今やってるNHkスペシャル、何かの機会に見とけw
性別やホルモンの話から、オキシトシンの話題で、
女性はキスで213%増加(男性は16%)するらしい。
そして、ダンスや運動、或いは、大勢との活動、
大勢でなくとも人と人との交流・コミュニケーションがオキシトシンを増加させて、
細胞を活性化、新造させるらしいよ。
自閉症治療に試験的に試してるらしい。
そこで、例のノーベルの山中さんが何て言ったと思うw 感銘を受けたってよ。
「これは、《努力は裏切らない》ということだから」 だと。
「(遺伝子によって運命的に)決められているのでなく、
意志によって、(細胞を(身体・肉体を))変えていけるということだから」 と。
「努力、練習によって、修行によって」 と。
山中さん、馬鹿者だったみたいだねwww
努力により状況は変わるし、根本的に生き物は死ぬまで普通に生きれば良いだけとも言えるし、 あるいはまた、量子論的には努力は報われない事もある〜「努力は報われず正義は滅びる、されど 挑戦の日々〜」といった数学者の意見には大いに賛同するw セブンの下らない比喩には全く同意できない。
72 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 22:03:38.45 ID:/dPTn0Dg
まあ、このスレに書き込む輩は自殺する事はないでしょうから、それだけで十分かも。 自殺こそ最も忌むべき、避けるべき事ですからねえ。 武士の切腹も自殺であり、これも言語道断。形式美の犠牲になる必要なしなのに自殺するのが阿呆。 形式的に醜くとも逃げて生き抜くのが正しい。
74 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/05(土) 22:16:12.72 ID:V0uRoDVP
>>57 釈迦は積極的にハッキリと輪廻を肯定しております。
輪廻が仏教のすべてであり、あとは枝葉にすぎません。
てゆーか仏教とバラモン教を別けることは止めたほうがいいですよ。
二つとも同じです!俺が断定します。
仏陀とバラモンを分けなくて何が仏教なのか?w バラモン=仏陀なら仏教なんてどうでもよかろう。 コレ悟りかよ?とのコテハンですが、全く悟りではないし、そもそも「悟り」などはないし〜w 悟り志向、解脱志向が非悟り、非解脱で、志向せずに淡々と生きれば即悟り、即解脱なのだよwww
76 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 22:33:37.54 ID:/dPTn0Dg
>>75 > 非解脱で、志向せずに淡々と生きれば即悟り、即解脱なのだ
汝、 外道よ!去れ!
>>76 内道のつもりが果たしてそうか?w
自らを省みよww
78 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/05(土) 22:41:48.28 ID:V0uRoDVP
>>75 仏教って名前は変更したほうがいいですね。
「輪廻教」でいいですよ。このほうが本質を捉えています。
俺のコテハンは悟りを追い求めていた恥ずかしい過去の名残です。スルーしてください。
「悟り」なるモノはございません!
あなたの仰るとおり坦々と生きる。
悪いことせずに正しく生きれば、それが解脱であり悟りと呼んでいるだけでしょう。
人間として当たり前の道のことです。
79 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 22:48:12.41 ID:x/ZEBr7K
>釈迦は積極的にハッキリと輪廻を肯定しております 肯定することの弊害もあるのかな 研究者はブッダは肯定したといったのですか
>>78 人間の死体が焼かれて(または焼かれずとも)灰になり地球の土に戻り、
そこからまた色々な生物が育まれる〜から「輪廻」というのなら私は全くアナタに同意します。
しかし、個人の何がし(魂とかアラヤ識とか〜)かが死後も残り形を変え生まれ変わる〜という輪ならば
真っ向から反対します。
さて、あなたの輪廻観は前者か後者か?どちらでしょうか??w
×という輪ならば ○という輪廻ならば
82 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/05(土) 22:51:03.15 ID:V0uRoDVP
>>79-80 お、レスくれた。ウレピー
明日もバイトなんで寝ます。
じっくり考えてからお返事します。
んじゃおやすみ〜
>>71 だからw
君のそうした一連の発言内容こそが、
≪「行」「瞑想」が必須である≫という内容なんだがな・・。
84 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 23:02:48.94 ID:/dPTn0Dg
>>71 ちなみに、前回のNスペ人体は、神経細胞の話だったよ。
(脳の)神経細胞は、他の(身体の)細胞と違って代謝が行われないんだと。
更新及び複製・新造されないんだと。
その代わり、神経線維を太くしたり、(脂肪による)中継地点を増やすことで速度や強さを上げるらしい。
で、何によって、それが可能かと言えば、「反復経験(学習・練習)」だとさw
輪廻を肯定する人は胡散臭い宗教にスキを与えるね 在家さんを除く
≪「行」「瞑想」が必須である≫と決め付けているだけに過ぎないw そのようなモノが必須であるとどこで私が言いましたかな?w 自分の好きなように勝手解釈にも程がある〜という世界ですなw
>>87 貴方が必要だと発言したものが、
(貴方自身はそれに対して「行」という名称を付してはいませんがw)
「行」なんですよ。
「俺は日本人が嫌いなんだ」 「君の奥さん、日本人だよね」 「いや、○○な日本人が嫌いなんだよ」 「ただ“日本人”とだけ言われても判らないよね」 「そのくらい文脈で判断しろよ」 「判断できるほどの文脈無かったよね」 「一般的に“日本人”と言えば《○○な日本人》だろ」 「そう? 寧ろ《□□な日本人》の方が、一般的(マジョリティ)じゃないの?」 「いや、日本人と言えば○○な日本人だ」 「いや、日本人と言えば□□な日本人だ」 ・ ・ ・ 以下エンドレス。
慈悲に行は必要でしょうねえw しかしナニナニ瞑想〜やら○○瞑想〜やらの瞑想至上主義にはうんざりなのですよ。 瞑想至上主義は東南アジアに行け〜という感じですねえww そんなものに全く価値観を認めず、仏陀の教えでは慈悲に主に共感する〜という人間もいるということですよw
91 :
○○○ :2014/04/05(土) 23:37:43.57 ID:x90BXM7m
>>79 >研究者はブッダは肯定したといったのですか
1800年ほど前のインドの某研究者は、釈尊は断見者には輪廻を説き、
常見者には無常と無我を説かれたと解説されております。
その研究者は彼の著書の中で、中論の219か所(612偈)をコピペでなく
自由自在に異なる言葉で活用しております。
多分、あの時代に彼ほど中論を深く理解していた者はいなかったでしょうと
現代の仏教学者らも論文や著書でコメントしております。
自動車運転の教習所で、実車に乗車せず、教則本の学習だけで免許貰えるかね? *(それは、 ≪『教則本を読む・理解する』だけで運転技術が養われ、日日通常の乗車に耐え得るかどうか?≫ ということでもある。) 又、「ペーパードライバー」という言葉もあるが、免許証発行後、 実際の運転をしなかったとき、及び乗車頻度が極端に少なかったとき、 当人の運転技術は、(仮に教習所卒業時優秀だったとしても)、キープできるだろうか? 熟達して、ケーズバイケースの場面場面の状況で、適宜反応対応できるだろうか? *(それは、 ≪繰り返し経験・実践することによる習熟の要不要、 及び経験・実践を(反復)継続することによるレベルの持続の要不要、 及び衰えの防止・減速は発生しないのか?≫ ということでもある。) 「行」が不要だという考え方は、 ・教習所で実技が不要 というのと同じであり、 ・免許取得後、実際の運転が不要 というのと同じなのだけどね・・・。 もし、 実際にできていない人(…たとえば罵詈雑言が激しい人とか酒飲んでる人とかw)・実際に実践活用できていない人等の 『ペーパー仏教』を批判するなら、 それは、「行」が伴っていないこと、「行」を疎かにしていること、「行」を不要なものとして考えていること への批判と同質なのだがな・・・。 又、小乗(≒部派)大乗の対比は、「出家と大衆」という構図で語られることが多いが、 実はそれとは別に、 「(哲学的)思弁」への傾倒vs「行(肉体修養の併修)」の実践・活用 というムーブメントもあるんだけどね・・。 勿論、それが『小乗(部派)vs大乗』と被りはするけど、 日本の鎌倉仏教は、同じ大乗仏教内での「思弁(或いは祈祷・鎮護国家)vs行(或いは末端の民)」なわけで・・。
>>89 もう何をや言わんや〜の世界観ですなあw
まさに意味不明比喩の大披露ww
セブンさんよw もう下手な比喩はやめてズバッと直接に言えば? その方が万人の為ですよ〜w
>>94 だからw
君が、私との応答で肯定許容してきたものが、「行」だということです。
96 :
神も仏も名無しさん :2014/04/05(土) 23:50:40.05 ID:9IKFCf9t
>>70 そのまま遺伝するのでなく、
後天、つまり生きているうちに獲得し、深く性質に及ぼした気付きは
遺伝子になる。
(注・新たな悪しき性質も遺伝する)
これはすでに発見されている遺伝子学だ。
その話しと似ているのだが、コミュニケーション能力だが
訓練でオキシトシンを増加させる事ができるという臨床結果が出たね。
ならば、オキシトシンを減少させるのは自己防衛ではないかと考える。
TVで話されていたコミニュケーションとは赤子のようなまったき信頼だ。
イエスは処刑され、釈迦は無記だ。
両者とも非常に明朗で穢れなきコミニケーションの達人であったろうに。
みな一緒に別世界の有情にシフトしない限り
この世はオキシトシンを減少させるものが増加するであろう。
>>95 そもそも私がセブン相手に肯定許容してきたものって何でしょうか?ww
許容の覚えは無いが、行=生きている事で、行であるとわざわざ言う必要はない。
上座部の人は東南アジアに行け〜。
日本で上座部〜というのもあるかもしれないが少数派で多数派にはなれないでしょう。
葬式仏教も廃れる。
で、日本で残りうる仏教は個人的な仏典読者による仏教ですよ。
当初はサンガは無し〜、だが、同様の人間の集いが起こればそれがサンガになるでしょう。
98 :
○○ :2014/04/05(土) 23:59:22.77 ID:x90BXM7m
>>94 >もう下手な比喩はやめてズバッと直接に言えば?
直接言うには担保が必要です。経論の引用もその一つです。
ただし、経論の引用だと、異教の『経論引き童子』でもできます。
仏法者は経論を引いた後に自燈明にて如理作意して語るように心掛けます。
「十牛図」の上位段階者ほど平易な言葉で噛み砕いて語ることができるでしょう。
または譬え話(比喩)を方便で用います。
同じ経論を読んでも理解度が異なるので、理解のニュアンスを現すのには
譬え話(比喩)も有効かと思料します。
>>93 「俺は《行》を重要視しない」
「君が言ってるのは《行》だよね」
「いや、○○な行が嫌いなんだよ」
「ただ“行”とだけ言われても判らないよね」
「そのくらい文脈で判断しろよ」
「判断できるほどの文脈無かったよね」
「一般的に“行”と言えば《○○な行》だろ」
「そう? 寧ろ《□□な行》の方が、一般的(マジョリティ)じゃないの?」
「いや、行と言えば○○な行だ」
「いや、行と言えば□□な行だ」
・
・
・
以下エンドレス。
>>97 上座部だけが「行」を含んでいるとでも思ってんの?
禅宗はどうすんだ?真言は?天台も何かあったと思うが?
今は無き律宗は?お念仏各宗は?
全部既に「日本仏教」だぜ? 東南アジアに進出しろと?wwwww
十牛図に意味無し。 例え話は阿呆〜。 自灯明の自が阿呆だったらどうしましょう?ww 阿呆の例え話は、何も書いていない事であるみなすべき。 つまり、無視です。 セブンやら在家の比喩は無視するべきもので、まともに考えても時間の無駄w
>>100 日本にあるのは葬式仏教、檀家仏教だけでしょうw
>>97 >とわざわざ言う必要はない。
何? 口にするかしないかの話なの?w
親が子供に「早く寝なさい」とか、身体壊した友達に「お大事に・・」なんてのも、
≪わざわざ言う必要ない≫よね?w
>>102 中村元の本だけ読んでれば仏教はOKってことかw
お気楽仏教で羨ましいわ ┐(´ー`)┌
>>103 >親が子供に「早く寝なさい」とか、身体壊した友達に「お大事に・・」なんてのも、
>≪わざわざ言う必要ない≫よね?w
当たり前でしょうw
「私は今日、子供に早く寝なさいと言いました」〜と言う必要がどこにある?
馬鹿じゃねえの?ww
中村元先生は素晴らしい、セブンは阿呆。それだけww
>>105 いやいや違うだろw
さすがに驚愕したわ・・・・ (((;゚д゚)))
>「私は今日、子供に早く寝なさいと言いました」〜と言う必要が
カギ括弧くらいきちんと把握しろよ・・・ orz
違うだろ〜 いやいや違うがだろ〜 ってワンパターン杉ww 全く訂正する必要はありません。 なにか言えば難癖つけるセブンの性質の誇張になるだけですw
>>107 そうじゃなくてw
【第三者に向かって】
「私は、子供に『早く寝なさい』と言いました」
と言うのと、
【我が子に向かって】
「早く寝なさい」
と言うのと、
同じだと思ってんの? (((;゚д゚)))
>>107 君が、日本語文法及び表記を理解できない人間だというのが、よく解りました・・。 orz
110 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 00:28:19.47 ID:F3R9wk8e
順観・逆観をネットで調べたが、 順観を観(ヴィッパサナー)とし、逆観を止(サマタ)とするサイトを見ない。 目についたのは下記のような内容である。 ◎ 順観を苦集諦or流転門とし、逆観を苦滅諦or還滅門とする。 ◎ 順観はP→Q、その対偶Qでないなら→Pでないという逆観は同値である。 ◎ 逆観が先に開発され、順観は後に整理された。 おそらく、順観を観、逆観を止と区別する見方はないかもしれない。 なぜなら12支の縁起だから、そういった見方ができない。 六支にすれば、止観に関係することが見えてくる。
だから比喩が下手だと言っているw 両方に取れる意味というのが根本的に駄目なんですよ。 もう、比喩表現を止めた方が良いですよww
比喩表現すら出来ないセブンに日本語がなんたらかんたら言われても、アホかいな〜としか言えませんw
113 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 00:46:09.14 ID:F3R9wk8e
苦集諦(流転門)と苦滅諦(還滅門)は、苦集滅道の四諦を前半後半に 分割し、順観・逆観に割り当てたものである。 チベット仏教のゲルグも似たような解釈をしているようだ。 しかしこの見方には賛成できない。 四諦八正道は、順観の観(ビッパサナー)、観察(思考)において使う。 では逆観(サマタ)とは何か。六支で見れば明らか。 それは坐禅の経過であり、まさに滅尽定(想受滅)を暗示している。 12支縁起にするから、説一切有部の三世両重の珍説になったり、 順観・逆観の意義がわからなくなっている。
ビッパサナーだのサマタだの言うアナタが阿呆なだけww
115 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 01:02:04.23 ID:F3R9wk8e
竜樹でさえ、中論26.11で「無明の滅することは、知によって かの[十二因縁の]修習(連続的念想)からくる。)と説く。 無明が問題なのに、無明をそっちのけにする。 無明をそっちのけに十二因縁を繰り返し唱えても、 そこに三世両重をイメージしても、それはそういった信仰でしかない。 釈迦の「信仰はやめよ」という説法の真逆になってしまう。 十二支には求道者を混乱させるものがある。 こういったことが、色受想行識無明の六支縁起を勧める理由である。 四諦八正道はその順観において威力を発揮する。
>無明をそっちのけに十二因縁を繰り返し唱えても、 だれも唱えていないでしょうw 唱えているのは唱える本人だけ。 仏陀は唱えよとは一言も言っていないでしょう。 死ぬまで普通に生きればOKなんですよww あーだ、こーだ、と色々講釈垂れるのは阿呆で、まあ無料なら聞けば良いし 有料ならば聞くべきではない。自分で本を買って読むのはOKだが、他から 入れ知恵されるのは全てNGと思うべき。 セブンの様に下手な人間を誘い込もうする人間がいる。 注視する必要がある。
117 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 01:15:30.49 ID:F3R9wk8e
>>114 中村訳の岩波文庫で原始仏教を学んだので、
氏には感謝するし、氏が慈悲を強調することにも同意する。
しかし仏の教えは「止観」にあると思っている。
止観を明らかにし、止観を実践することが仏教ではないだろうか。
ただ慈悲を説くだけでは仏教にならない。
キリスト教になってしまう。
ここの住人はネットでしか会話できない人達だから 机さんや在家さん輪廻思想に洗脳されそう 生身の人間と向き合わないといけないよねえ 真剣に考えてるのは理解できるが
119 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 01:33:10.30 ID:F3R9wk8e
>>116 >だれも唱えていないでしょうw
そんなことはない。
竜樹を信じ、十二縁起を唱えている求道者も必ずいる。
>死ぬまで普通に生きればOKなんですよww
人生苦から、生きているのも嫌になっている人々が大勢いる。
生きるべきか死ぬべきかと悩んでいる人々にとって、
キミの話はくだらない。人生苦をどう解決するかを語ってほしい。
>>119 アンタの指摘こそ阿呆だよw
人生苦は全ての人間にあり、解決というより耐えるよりない。
龍樹の空はその通り、十二まで広げなくとも縁起、因縁もその通り。
で、生きるべきか死ぬべきかの答えは生きるべきで、自殺が最低なのですよ。
死ねばOKなら生まれてすぐ死ねば良い。
ジャイナ教等は徹底的な禁殺生で、理想は何も食べないから、生即死w
ジャイナ教と仏教が違っていて良かったねえw
121 :
六支縁起の提案 :2014/04/06(日) 01:56:56.19 ID:F3R9wk8e
>>120 >で、生きるべきか死ぬべきかの答えは生きるべきで、
>自殺が最低なのですよ。
>死ねばOKなら生まれてすぐ死ねば良い。
キミの考えは間違っている。
【死にたくない】のに、周囲から【死を迫られる】から苦しむ。
たとえば、嫌がらせ、悪意、暴力、生きるのがやっとの低賃金など。
苦しければ死ねでは、慈悲でもないし、答えにもならない 。
キミはそのギャップを無視している。オチ
122 :
代行 :2014/04/06(日) 02:06:55.98 ID:hQ/01gmA
>>111 (
>>112 )
いやいやw
あれは譬喩じゃねーだろwwww
文字通りの把握をすればいいんだよ。
>親が子供に「早く寝なさい」とか、身体壊した友達に「お大事に・・」なんてのも、
>≪わざわざ言う必要
この文章(表記)が、
>【第三者に向かって】 「私は、子供に『早く寝なさい』と言いました」 という発言
>【第三者に向かって】 「私は、友人に『お大事に』と言いました」 という発言
に見えるのか? と ┐(´ー`)┌
123 :
代行 :2014/04/06(日) 02:08:24.90 ID:hQ/01gmA
>>116 お前さぁ・・・ orz
そこでの 「>唱えてる」は、
《座右の銘として》《婆ちゃんの口癖として》《基本理念、根本則として》
運用されるもの
ということだろ。 さすがに「揚げ足取り」だという自覚は当然あるよな?
どこの誰が、実際に(鼻歌を口ずさむが如く、或いは、新興宗教勧誘者がお題目として叫ぶが如く)唱えてるんだよw
んと、在家に次いで最低だよ、お前は・・・ ( ゚听)、
在家以上最低なのがセブンなのですよww 「いやいやw」〜を頻発し何が言いたいのかまるで分からないw 何でスパッと言えないのか?性格がひん曲がっているとしか思えないw
生身。。。ゴクリ。。
126 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 03:25:21.43 ID:0CWRo5+i
ではそろそろ恒例の今スレ初解答を書きますか、今回は少し変形させて 先ず、釈尊は成道されて約七日間、自分だけで法楽されたそうです 甚深微妙なる法故、こんなのは誰に説いても理解など出来る訳無いと半ば諦めても居たそうです 甚深微妙とはどう言う事だったのでしょうか? 閻魔くんや机氏は法螺吹きの知ったかぶりなので遂に答える事が出来ませんでした 此岸と彼岸との差の事だったのです、この差は甚だ深いけど物凄く微妙な差しかないので、常人に説明しても むさぼり・いかりに焼かれる人々に、この法をさとることは容易でない、それは世のつねに逆らい、 激情にとらわれた者や無明に覆われた者には悟りがたい、故にこの法は甚深微妙・精細にして知り難いと結論され、 人に説くことを躊躇されたのです 後に釈尊はそれでも人の為に説く事を決心され、今の仏教がある訳です 最初にいきなり答えを示したのも釈尊ならではだと思います この世界は”無常””苦””無我””不浄”であると教えられています、この四つにはある共通点が存在します(わかれば1悟りです) 現実が無常苦無我不浄だから人は常楽我浄を夢見てしまう、これも前四つと常楽我浄とに共通点があります 悟った眼で見れば答えがモロ書きにしか見えません しかし、高位のバラモンすら「ああそうですか」程度で遂には理解できませんでした、だから仏教は残れた訳です もし、ここでバラモン以下、全ての人がすんなりこれだけで理解し悟れたら解脱は推奨されず、仏教も無かったのです この”微妙な差”を体得(身体で知る)事が悟りの骨格と成るのです 全ての緊縛を解き放つ鍵もこれに尽きます
127 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 03:34:59.18 ID:0CWRo5+i
少なくとも座禅瞑想を否定し修行を読書か何かの事と思ってる人には絶対に解らない事だと思います 絶対は大げさで、もし解り掛けた途端、それまでの自身のアイデンティティが脆くも瓦解するので 強烈な拒否反応と共に批判を始めるか、徹底スルーでシカトを決め込むでしょう
128 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 04:06:21.62 ID:0CWRo5+i
此岸と彼岸の甚だ深くて微妙な差とは”心”の事です 此岸と彼岸とは心一つの差しか無いので、常人にはその差が理解し難いのです 此岸はこの娑婆世界の事で、彼岸は涅槃の事です 故に、解脱は必須なのであり、解脱の対象も自ずと”心”と為るのです 解脱の方法は”智慧”を使う事です、”智慧”を獲得する方法は瞑想です 瞑想の効能は雑念を無くす事に尽き、雑念無き全思考領域が智慧の本体となるのです だから「智慧とは得られる訳ではない」となるのです、元々備わったエリアを掃除するだけですから もう一つ智慧の骨格となるのが”集中力”です、都合この二つ=智慧を使える様にする為に 座禅瞑想が必須と為るのです 娑婆世界の何たるかや涅槃の何たるかも前知識で知っとかなければ為らないので 座学も必須です、そしてそれらを挫折無く貫くために信念も必須です これによって信行学が調う筈です 心を智慧によって解脱した暁には自分はどこにどうなるのか? これまでは心に緊縛されていたのが凡夫の性なのであり、全ての苦悩は心が生み出していた 故にこころから解脱するのが最上となるのですが、その後の自分はどこに在るのか 解脱の暁は、心を使役する自分になるのです、心に縛られた自分と言う主従の鎖を 解脱によって主従の鎖を繋ぎ変え、自分が使役する心と変える訳です じゃ、その自分って何? 尤もな疑問でしょう その自分は”智慧そのもの”となるのです 自灯明の自は智慧の事です、法灯明はその自が観る全ての法界の事です この事により、解脱こそが自灯明法灯明の完成となる訳です 理解は出来ないと思いますが一応
129 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 04:24:49.70 ID:JMgNGS/y
補足 何故心から解脱が可能か? 元々無我ですから心=自我には実体など無かったのです それなのにその実体無き心に緊縛され翻弄させられていたのが 苦悩する我々の姿だったのです 釈尊が教え示された方法は、その実体無き心の緊縛を解き放つ為の 唯一無二の方法だった訳です
独善的な文章だな〜 個人の心情を述べただけだから、否定する筋合いのものではないけど 相互の共感を求めるのでもなく、確認できる地歩を固めようとする意思さえ感じないその態度に 思わず何がしたいのか意味が分からなくなって神経が衰弱しそうになるよ
131 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 04:56:41.44 ID:JMgNGS/y
頭で考えて理解できる事ではありませんからね 理解しようとするから拒絶感や憔悴感や各種混乱が襲う 張り合う見栄も出てくるかも知れません >むさぼり・いかりに焼かれる人々に、この法をさとることは容易でない、 >それは世のつねに逆らい、激情にとらわれた者や無明に覆われた者には悟りがたい いずれにしても全ては「考え様とした結果」です 独善に感じさせてるのも心の作用「保身に偏る自分」故です
132 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 05:12:59.32 ID:JMgNGS/y
因みに、 >確認できる地歩を固めようとする その必要は全く無いのです 何故なら仏法は既に釈尊によって説き示されてるのですから みんなそれをちゃんと行えば良いだけです それが自灯明法灯明の遺誡を守る唯一の方法です
133 :
○ :2014/04/06(日) 05:24:41.51 ID:Y8FX+X+X
前スレ
>>727 ○
>自称仏法者にとって「一在家以下」というのは最近2回目で大変な侮辱のようですが、
>あまり私の名前は使わないようにして欲しいものです。
>>123 >んと、在家に次いで最低だよ、お前は・・・ ( ゚听)、 ←3回目
>>124 >在家以上最低なのがセブンなのですよww ←4回目
私は慣れたので三毒は積みませんが、皆さんは悪口にて悪業を一つ積んだかも。。
134 :
○ :2014/04/06(日) 05:38:32.41 ID:Y8FX+X+X
>>128 >瞑想の効能は雑念を無くす事に尽き、雑念無き全思考領域が智慧の本体となるのです
> だから「智慧とは得られる訳ではない」となるのです、元々備わったエリアを掃除するだけですから
> もう一つ智慧の骨格となるのが”集中力”です、都合この二つ=智慧を使える様にする為に
>座禅瞑想が必須と為るのです
「在家未満」という仏法者向け侮辱慣用句の私ですが、とてもシンプルでロジカルだと思います。
ただ「元々備わったエリアを掃除するだけ」なので「座禅瞑想が必須」というのには少疑団ですが。。
私の知人でテニスプレーヤーがおり、ある体験を語っておりました。
あるシード選手との試合でまったく歯がたたず全てのセットを落として残り1セットで敗退と追い込まれました。
とその時です、相手の動きもボールも急に遅くなり、どこに球を打てば良いかもハッキリ見えたとのことです。
その状態で彼は奇跡的な逆転をしましたが、その体験は一度きりだとのことです。
と譬え話のような実話でしょうか。
135 :
○ :2014/04/06(日) 05:47:35.69 ID:Y8FX+X+X
>>132 >何故なら仏法は既に釈尊によって説き示されてるのですから
>みんなそれをちゃんと行えば良いだけです
『教』えを学んだら『信』じて八正道を実践する『行』にて解脱はなされると思います。
また、坐ること以外の七正道はクリスチャン、ムスリム、異教の中にも実践者がいるか
とも思料します。
困っている人達に「雑念無き」で接しているボランティアの中にもおられるでしょう。
136 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 06:07:04.70 ID:PXlPlMxb
ID:JMgNGS/yさん
>>130 の言っている事わかったか。
こういったいいがかりは、ネットでは頻繁にある。
35人のクラスで学級委員長や担任はクラス全体を視野に入れる。
視野に入れるという仕事を担当し荷う事、つまりその内容が未熟であるかどうかではなく、
日々挑戦しているな。
もし挑戦ではなく、彼らが立場に埋没することを目指しているのなら
疑義を起こそう。
そうだ130は、そういったことの見分けがつかないのだよ。
あれもこれも一緒。
たいへん己が粗雑であるから、見分けがつかない、厄介だな。
簡単に言えばいいがかりを付ける者は、
自分が満足するかどうかだけである。
己が満たされないと、独善だとか自己陶酔だとか、まことにえらそうに言ってのける
資質の持ち主だ。
どうしたもんだろうな(^^;)
137 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 06:09:45.96 ID:c/ddDwWn
また、ポンコツ在家○うんこプリプリですかw うんこは自宅でしてくださいw
138 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 06:16:19.48 ID:0CWRo5+i
私の今回の説も私の所感に過ぎませんから、否定したり疑団を持たれても問題ありません 但し、否定すると言う事はこの説は執らないと言う事なのであり、その他の説に因るとなる訳です それは私から見れば「解脱を捨てる」事に他ならず賛同できません 故に、私見を申せば釈尊龍樹各祖師等以外のその他の説を執る人の一切の論を私は否定します 否定する以上は否定したその論を二度と私は採用しないという意味になり 採用する必要が無い故に否定できるからです その他の人の私見論を執る人達は、解脱のとば口で「私の唱えた説」にぶち当たりもがいて 或いは悩乱し、或いは血を吐く程憤慨し、下手をすれば成道出来ないかも知れません 脅しの類では無い事実であり、回避策が無い訳でもありません 回避の方法はただ一つ、「そう言う考え方も或いは有るかもね」に逃げる事です 私にはもうその必要が無い為、みなさんの私見は一切否定します、 迷妄の惑はもう有りませんから 勿論、個人の意見は十分に尊重しますから そう言う意味での否定ではありません あくまでも採用の必要などないと言う否定に過ぎません 悪しからず
139 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 06:23:13.06 ID:2m6LkBJB
摩訶迦葉 禅 拈華微笑〜以心伝心〜 「我ら仏法の法蔵を説くといえとも、自ら志願なきことまたまた各のごとし」 迦葉は小乗の悟りである 煩悩の断滅さえ出来ればそれで満足しておりました 仏になりたいと云う志を持つ事がなかった訳である。 仏は少しづつ教えを説き 最終的に(清浄なる眼){一切衆生を救っても果報を求めない心} を手に入れる 迦葉は菩薩になったのである 迦葉は未来世で仏になったとき名は光明如来といい 国名は光徳国になるという
140 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 06:42:46.17 ID:c/ddDwWn
疑団で説明する馬鹿がいるとはw
141 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 07:14:51.89 ID:2m6LkBJB
コレ悟りかもさんのパクリですから
>>138 無批判に自分が釈尊竜樹に連なると思い込んでいるがその確証はどこにもない。
しかし、こう批判したところで、彼は誰にも共感を求めておらず、批判を受けつけもしていないのだろうから
彼へのあらゆる批判、共感の試みは無意味で、対話は不可能なのだろう。
さっきは、彼がここで文章を表明している意味が分からないと書き込んでしまったが
彼は自分の境地、世界観をたんたんと話すことでしか他人と関われないのか、
およそ自分が社会的存在であることを拒否しているのだろう。
しかし、彼は今自身の状態に満足しているようだし、他人に危害を加えるつもりはないようであるから
やはり別段否定するつもりはないと考える。
流れを乱してしまったようですまない。続けてくれ。
143 :
○ :2014/04/06(日) 07:55:31.33 ID:Y8FX+X+X
>>135 >困っている人達に「雑念無き」で接しているボランティアの中にもおられるでしょう。
菩薩の3つの資質の内で「功徳の蓄積」が寛容だと伺っております。
残りの2つは「智慧の完成」と「慈悲の完成」ですね。
144 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 07:57:37.34 ID:c/ddDwWn
霊の支配されている菩薩などいるかw ポンコツ在家wうんこブリブリw
145 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:17:19.82 ID:0CWRo5+i
146 :
○○○ :2014/04/06(日) 08:21:15.49 ID:Y8FX+X+X
>>128 悟達氏
>自灯明の自は智慧の事です、法灯明はその自が観る全ての法界の事です
>>130 >独善的な文章だな〜 個人の心情を述べただけだから、否定する筋合いのものではないけど
悟達氏の言っている内容は非常にロジカルで腑に落ちます。
ただロジカルだからといって本当だとの担保が無いだけでしょう。
こういう場合は譬えではなく現象界(日常生活、心理含む)での事例の提示が有効かと考えます。
通常はこのように見える現象界が、法界も視座に含めた智慧ではこう観じられるとかいった事例です。
多分、難しいでしょうが、そこが智慧の発動でしょう。
例)体内有害物を排泄する為には高熱が必要ですので、ウィルスと白血球との戦いを安易に薬で止めないように。
と私も智恵を使ってみます。
147 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:22:44.12 ID:c/ddDwWn
ま、思い込みだけで、現実喪失で仏教というのも問題だわな、在家も、そうだが、 浄霊云々の世界に居る奴が何を書き込んでも・・・・
148 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:24:22.52 ID:c/ddDwWn
ポンコツ在家の浄霊云々の世界の智慧なんか知りません、うんこブリブリはま光信者の前でやっておれw
149 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:25:07.59 ID:0CWRo5+i
>>143 功徳の蓄積は善業への励みに他なりません
智慧の完成は五蘊が調っている内は完成しません
慈悲の完成は一切衆生が悉く成道しなくては完成しません
150 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:27:14.65 ID:c/ddDwWn
ポンコツ在家の浄霊云々の世界で、幸福に酔っている奴に意見を言っても理解できるはずもなく・・・ 在家は、うんこブリブリしたいだけなんだがなあw
> 独善的な文章だな〜 独善的な心情かもしれないw 自分独りの不満が解消されるような。 慢性的な神経衰弱ゆえにw、批判出来ずにもはや野次しか飛ばせなくなり命が弱体化し、生来の病的な面が出てくる。 無論、否定する筋合いでないよ。全く確認出来る基盤固め無し。
152 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 08:28:13.10 ID:2m6LkBJB
世尊に妙音菩薩は何故 あれほど変幻自在に働き衆生を救う事が出来るのか?との問いに それは「現一切色身三昧」という三昧に入っているからだと答えたのである これを聞いていた衆生全てが 「現一切色身三昧」を手にいれたという この三昧 諸法無我に相反する色身の三昧である 色即是空的無我に達するのが 小乗の最終目標であるのに対して一度空に達した菩薩が 空即是色的 色身の三昧 をもって衆生を救うという事であろう。 「現一切色身三昧」の考察 複数人で一緒に悟るという只管打坐 身心脱落に似ており 色身=目は横に、鼻は縦についている に似ているのである
153 :
○○○ :2014/04/06(日) 08:37:29.68 ID:Y8FX+X+X
>>149 悟達氏
「入中論」にあった菩薩の3つの資質をより詳しく解説いただきまして有難うございます。
慈悲の完成は想定以上にバーが高いようですね。
「智慧の完成は五蘊が調っている内は完成しません」ですが「調っていない」 ならば完成するとは逆説的ですね。
154 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:46:24.80 ID:c/ddDwWn
在家はうんこブリブリで智慧の完成のつもりだろうw 当人オナニー幸福なんだしw 当人がオナニー幸福が無意味だと思わないと、何を指摘した処で・・・w
155 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 08:52:11.64 ID:0CWRo5+i
>>152 >現一切色身三昧
これは色身に於いて三昧の効力を現し様々な姿を現じて見せる、と言う意味になります
色んな姿に化けられる、と思わせる方便なのであり、実際は様々な方便を自在に説ける身を現じる、となります
只管打坐は複数人で行えますが、身心脱落は個人個人別々にしか起きません
大乗禅と言えども最後は個別になり密教的に為らざるを得ないのです
皆で食事をする事は可能でも、満腹感は個人個人に別でしか得られません
一人が満腹になったら残りの人が全員自動的に満腹になれる訳は無いのです
悟りはこれと同じです
>>153 仏教的に言う”完成”とは、大抵不要になる事を言います
つまり、使わなくても良くなる、という事です
156 :
○○○ :2014/04/06(日) 09:25:06.99 ID:Y8FX+X+X
>>155 >仏教的に言う”完成”とは、大抵不要になる事を言います
つまり、使わなくても良くなる、という事です
なるほど、ロジカルで腑に落ちます。
157 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 09:45:29.24 ID:QJH2toin
>>156 (アホ如来)
>遂に答える事が出来ませんでした
おまえはペンキ屋二代目のうえにウソつきだ。
一代はペンキ屋だったが、ウソはつかなかった。
しかしお前はウソツキ成りすまし如来だ。
不妄語戒に反する。
レス番を特定せよ。
すべて明確に答えている。
分からないのはお前がアホだからだ。
158 :
157 :2014/04/06(日) 09:46:59.82 ID:QJH2toin
159 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/06(日) 09:58:33.84 ID:Iw908OkY
>>128 >此岸はこの娑婆世界の事で、彼岸は涅槃の事です
此岸・彼岸については、私が
>>44 >>45 に書いておきました。
この案件にはいろいろと誤解があるようですので、私が分かり易いように少しづつ提示していきます。
>@馬を飼ってた人は、運が悪いとか、運が良いとか判断しない。ただ馬がいなくなっただけ。
>A村人は、悪運と判断する。
>@馬を飼ってた人は、運が悪いとか、運が良いとか判断しない。ただ馬が⒔頭に増えただけ。
>A村人は、幸運と判断する。
ここに書いてある@が彼岸の相、Aが此岸の相。
@が主客未分の相であります。
Aが世俗諦、分別の相であります。
人の迷いのキーワードは”判断”することにおいて迷いが生じる。
ならば”判断”について疑を向けねばなるまい。
十無記は、判断について沈黙を守ったのは、それは涅槃を提示しておるからなのです。
これで私の書いた趣旨を推察して頂けたら宜しいのですが・・・
分からんのなら、また提示する用意はある。ただし暇なときに。
160 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:09:13.38 ID:c/ddDwWn
ハッタリ10年に疑を向けず。 正直であると事に疑を向けていたのかな?w
161 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:10:22.23 ID:0CWRo5+i
>>157 18 名前:神も仏も名無しさん [] 投稿日:2014/04/05(土) 12:10:32.73 ID:5OVsR1a+
>> 15
>甚深微妙の法
ものごころついて以来の既成観念=自己観念による二項相対主義思考(間接現実)から脱却するのは
非常に難しいから。
何が何に対してどう深く微妙なのかを答えられていないでしょう?
脱却とかはその後の話なのであり、先ずはどれ程難しいレベルなのかを
AB比較して難しい話だ、と釈尊は思われた訳です
その比較内容を言いなさい、との問いに答えて上記となった訳で話になってません
162 :
157 :2014/04/06(日) 10:22:35.10 ID:QJH2toin
*
>>126 (ウソツキ不如来)
>最初にいきなり答えを示したのも釈尊ならではだと思います
>この世界は”無常””苦””無我””不浄”であると教えられています、
”不浄”?
その『いきなり』とかのテキストを明示せよ。
ちなみに、龍樹は浄も不浄も存在しないと明言している。曰く、
『浄に依存しないでは不浄は存在しない。不浄によって浄があると我われは説く。
ゆえに、浄そのものは存在しない』(中論23-10)
『不浄に依存しないでは浄は存在しない。浄によって不浄があると我われは説く。
ゆえに、不浄そのものも存在しない』(同上23-11)
>”不浄”であると教えられています、
これに対して、龍樹はこう云う、
『浄らかな物事が存在しないというならば、どうして貧欲が起こるであろうか(起こらない)。』(同上23-12前半)
しかし、貧欲に満ちているのである。
163 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:29:41.39 ID:c/ddDwWn
ま、その前に机も含め多くの御仁は、自己陶酔の無明に目を向けないという姿勢から 脱却が難しく、自己陶酔を繰り返す御仁が問題でしょうね・・・・
164 :
説似一物即不中 :2014/04/06(日) 10:30:10.83 ID:QJH2toin
>>161 (アホ不如来)
23 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 12:29:22.47 ID:5OVsR1a+
>>21 >世のつねに逆らい、甚深微妙・精細にして知りがたく、
「思念の領域を超え」ているからです。
23 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 12:29:22.47 ID:5OVsR1a+
>>21 >世のつねに逆らい、甚深微妙・精細にして知りがたく、
「思念の領域を超え」ているからです。
25 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 12:40:15.05 ID:5OVsR1a+
>>24 ある意味、十分な応答になっています。
>何が何に対して深くて、何が何に対して微妙で、何がどう精細なのさ
この文章SVOCは思念の結果ですね。
思念の領域を超えていること(縁起の直接現実の如し)をどうしてことば(思念)で直示できましょうか?
28 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 12:51:56.14 ID:5OVsR1a+
>>26 >この甚深微妙の問題は“悟達”の証拠でもあるんだよ
それとて相対・対象化思考に他ならない。
「想い」(Sn.1072)に他ならない。
<覓心了不可得>(無門関41)
<心不可得>(金剛般若経18)
悟達なるものがありうるわけがない。
検証できるわけがない。
思念の領域を超えているんだからw
どうしても、おそらく誤解まみれだろうが、いうと<非悟達の悟達>が限界。
<悟達は悟達ではない。これを悟達と名づける。>
もちろん分からないでしょうがw
165 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:30:56.38 ID:0CWRo5+i
>>162 あなたの言い分は「悟った側」の見え方なんですよ、だから提示の文は間違ってません
しかし、遠塵離垢を済ませてない凡夫のこの娑婆世界に於いて、それを鵜呑みに
この世界をそのまま涅槃視する事は現世涅槃論となり六十二見に掛かる邪見です
その中論での龍樹の対告衆は説一切有部なのであり、悟達出来てればそう観える話をしてるのです
あなたは中論を誤読しているに過ぎません
166 :
説似一物即不中 :2014/04/06(日) 10:37:11.46 ID:QJH2toin
>>165 (アホ不如来)
如理作意(中部2)の何たるか、実践仏道がまったく分かっていない。
菩提心門、一切門、般若門、還滅門と道程を提示したことが分かっていない。
テキストを明示せよ。
167 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:37:43.12 ID:0CWRo5+i
>>164 それは全部戯論に過ぎません
仏法は観念論ではありません
168 :
説似一物即不中 :2014/04/06(日) 10:39:01.83 ID:QJH2toin
169 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:42:23.36 ID:c/ddDwWn
164ハッタリ閻魔の禅講義w
170 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:43:36.60 ID:0CWRo5+i
テキストに悟り無し 一切の疑団は智慧に問え 解脱は己の身で呈すのみ、他を頼るべからず
171 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 10:44:06.84 ID:QJH2toin
<悟達は悟達ではない。これを悟達と名づける。> もちろん分からないでしょうがw あの南嶽懐譲が慧能から問われた「什麼物か恁麼に来たる」に、 8年かかってやっと出せたのが「説似一物即不中」だ。 ⇒「什麼物か恁麼に問ふ」
172 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 10:48:56.10 ID:QJH2toin
173 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 10:49:47.29 ID:2m6LkBJB
仏の教えの究極は(一相一味)であるが、衆生の能力に合わせた異なった説法をする事 (随宜の説法)を迦葉たちは良く理解し 仏は「諸仏世尊の随宜の説法は解り難く知り難ければなり」 と 経文にあるように この稀有な教えを理解した迦葉たちは偉い事だと仏は言われました
174 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:52:45.75 ID:0CWRo5+i
>>171 ”誰”と問われる程の者じゃ御座いません
175 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:55:58.23 ID:0CWRo5+i
>>172 ヨーニソマナシカーラに
菩提心門、一切門、般若門、還滅門は不要
これに執すれば実践になり得ない
176 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 10:56:57.23 ID:QJH2toin
177 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 10:59:13.75 ID:IX61Exzi
178 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 11:01:36.76 ID:QJH2toin
縁なき衆生かw
179 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 11:09:10.27 ID:0CWRo5+i
>>178 悟りへの縁が必要なのはあなた
私は既に不要、解脱は一度で完了する故に
おきばりやす
180 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 11:17:00.44 ID:QJH2toin
>>179 >私は既に不要、解脱は一度で完了する故に
『このスレにも仏道を、“「真理」を<悟る>”などとドグマチズム丸出しの独断的体験主義で断定する成りすましアホ如来がいるでしょw
オウム「真理」教のアサハラ・ショーコーもそうでしたw
こいつらは独断主義信仰宗教であって、仏道とは真逆だ。』(
>>7 )
アサハラ・センセも自称最終解脱者でしたなw
181 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 11:17:25.98 ID:c/ddDwWn
どっちもどっち、ハッタリw
182 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 11:31:11.99 ID:0CWRo5+i
ハッタリで解脱を宣言しても非難されるだけです どうせ信用などされる訳もありません 解脱を宣言して良い事など一つも無いのです 黙ってた方が得策なのは言うまでも無いでしょう しかし、文を書くに当たって解脱後の見解でなければ説明が付かないものも多数あり 宣言しておかないと面倒臭いので解脱を言ったまでです、それ以上も以下もありません アホ如来?結構じゃ有りませんか、如来は口が利けないと何度申しても理解出来ないんですから 前にも申しましたが、解脱は誰にでも可能です 涅槃の事実を知り、この世界の原理を知り、煩悩の仕組みと出所を極め、自我を使役すれば良いだけです 解して脱するので解脱なのであり、一切の迷妄から脱却出来れば成道となります この世界の原理を知らないのも無明であり迷妄に過ぎないのです これは私の我見ではありません 仏の教えを如実知見すれば解る事です
183 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 12:53:11.29 ID:QJH2toin
>>182 >涅槃の事実を知り、この世界の原理を知り、煩悩の仕組みと出所を極め、自我を使役すれば良いだけです
>解して脱するので解脱なのであり、一切の迷妄から脱却出来れば成道となります
>この世界の原理を知らないのも無明であり迷妄に過ぎないのです
この世界には『原理』があるらしいw
その原理に固執する⇒苦であるドグマチズムそのものです。
原理を作ったのはきっと<神>でしょうね?w
他の信仰宗教とことばが違うだけで『ドグマチズム丸出しの独断的体験主義で断定する成りすまし』(
>>7 )です。
カルト・マヒカリと同じです。
オウム真理教と同じです。
明確な反仏法です。
『仏の教えを如実知見すれば解る事です』→「神の教え=原理を如実知見すれば解る事です」w
混ぜるな!危険。
185 :
○ :2014/04/06(日) 13:17:19.47 ID:Y8FX+X+X
>>182 悟達氏
>解して脱するので解脱なのであり、一切の迷妄から脱却出来れば成道となります
解脱:解して脱する
ほー、これならば小学生でも分かります。
真如:真理の如き
師の教えと分かり易さでは同じようなレベルかと存じます。
理解するのを邪魔する雑念は禅定と集中で取り払い、予め経論を読んで縁を作っておく、
というプロセスはロジカルで現代人にも腑に落ちやすいでしょう。
>>183 >カルト・マヒカリと同じです。 オウム真理教と同じです。
>混ぜるな!危険。
おやおや言ってる本人がミキサーですか。
と禅師同士の激しい議論(一人は動、もう一人は静)の横でつぶやいてみます。
186 :
○ :2014/04/06(日) 13:33:23.27 ID:Y8FX+X+X
>>183 >この世界には『原理』があるらしいw
>その原理に固執する⇒苦であるドグマチズムそのものです。
「縁起の法」こそ第一義だと固執する多くの仏法者を見かけませんか。
(「空」も言葉で説明できれば世俗諦かも知れないと疑団を持った仏法者は対象外です。)
折角、龍樹菩薩が三法印(一切皆苦、諸行無常、諸法無我)ですら、常見者向けの各各人為悉壇に過ぎないと解説されておりますのに。
因みに断見者向けの各各人為悉壇は『輪廻』だったそうです。もしかしたら父親殺しの阿闍世王は断見に陥っていたのかも。
(死んだら終わりだと思っていなければ、父王殺しはできなかったかも、という含意)
と虎の威を借りる狐みたいで、失礼します。 喫茶乙(これからコーヒー飲みますの意)
187 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/06(日) 13:41:11.16 ID:Iw908OkY
>この世界の原理を知らないのも無明であり迷妄に過ぎないのです この世界に原理とか、その理由とか、その意味とか、これらがあるのか?と、 人は問うに違いない。 そうしたら、私はこのように応えるだろう。 「縁起であれば、その原理とか、その理由とか、その意味とか、一切は寂滅す」。と 縁起というのは刹那であります。 この刹那は無限でもあります。 そしてこれを文化に昇華させたのが茶道であります。 極限の狭い空間(茶室)において、そこは無限の宇宙を現出しているのであります。 井戸茶碗に君は宇宙を見ただろうか? 喫茶去
188 :
○ :2014/04/06(日) 13:49:59.27 ID:Y8FX+X+X
>>187 机氏
>井戸茶碗に君は宇宙を見ただろうか?
21世紀風に言えば、一つの細胞に君は銀河を見ただろうか?
原子、電子レベルでも銀河でしょうから、クォークやニュートリノのレベルで見れば涅槃寂滅かも。。
貴殿はいつも落ち着いていて、お幸せでありんす。
189 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 13:59:15.66 ID:QJH2toin
>>185 (アホ在家)
>おやおや言ってる本人がミキサーですか。
アホにつける薬はない。
鳩山 由紀夫はなぜあそこまで売国アホなのか?
カルト・マヒカリだからだ。
190 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/06(日) 14:02:28.63 ID:Iw908OkY
>>188 >貴殿はいつも落ち着いていて、お幸せでありんす。
私は無限の中に生きておるんであります。
ですから一切、輪廻転生とか考えることもないのです。
浄土門においても、これらの境地に至ることは間違いないかと思います。
しかし貴殿は、あまりにも遠回りしすぎて、恐らくは仏縁にはもう少し時間が必要かもしれません。
阿弥陀如来は全ての人を救う。と、貴殿にアドバイスした方もおったでしょ?
やはり阿弥陀如来は見捨てないのですよ。
そのアドバイスした方が阿弥陀如来なんですからね。
阿弥陀如来は、いろいろなカタチで貴殿に接近してくるでしょう?
それに気づくかどうかは、貴殿次第でしょう。
191 :
什麼物か恁麼に問ふ :2014/04/06(日) 14:20:05.22 ID:QJH2toin
>>184 >前の五薀仮和合と別のものであるが前の五薀仮和合より生じたものである
>それ故に前の五薀仮和合の時の行為の報を受けるのである
>その行為によって他の新しい名称・形態が次の世に生まれ変わるのです
前段の「・不實而生(滅)・生已盡滅」を受けた文言なのに、
なにゆえ『前の五薀仮和合より▼生じた▼ものである 』と断定するのか?
なにゆえ、『▼次の世に生まれ変わる▼』と断定するのか?
『▼次の世に生まれ変わる▼』を如理作意(中部2)=時空因果関係を六処によって正確に検証したのか?
ナーガセーナのセリフを鵜呑みするのか?
疑団はないのか?
192 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 14:31:42.94 ID:2m6LkBJB
海外 これがヒンドゥー教の春祭りホーリーだ!巻き込まれたら大変だー(@_@;) 世界のお祭り紹介シリーズ。 3月最後はヒンドゥー教の春祭りホーリーを紹介。 このお祭りは春の訪れを祝って知らない人だろうが旅行者だろうが誰彼構わず 色粉や色水を塗りあうお祭りだそうです。 後片付けが大変そうだけどめちゃくちゃ楽しそう〜 //www.youtube.com/watch?v=Hh-o5g4tLVE&feature=youtu.be
193 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 15:00:17.68 ID:x9NEK5uj
>>191 >時空因果関係を六処によって正確に検証したのか?
その六処が正しい担保は?その正確性や検証に対する正しさの担保は何から得る?
経験か?それも良かろう、しかしそんなのは単なる帰納法にしか過ぎず
絶対命題の担保が担われていなければ正しさなど無いも同然の詭弁に過ぎない
君の根拠は何から得ているんだ?
何にせよ根拠を担保に求める事自体が意味無し。 経験?信仰?仏典?そんなものはどれも担保にはならんし担保そのものに意味が無い。 手かざしが己の道の人もいれば上座部の瞑想、伝統・伝承・文化こそという人もいる。 それぞれは己が勝手にはまっているだけで、誰も担保など持っていないでしょう。 担保を要求して担保が得られなければ何も信用しない〜という人間は元から何も信用しない人間に過ぎない。
195 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 15:31:22.75 ID:x9NEK5uj
>>194 そう言うのを詭弁論証と言うんですよ
それも邪見に過ぎない戯論です
うなぎ論法と言った方が解り易いですか
相手より優位に見せたい小心者が使う小細工です
相手より優位にいる必要なんてさらさらないw 相手より下で結構。 下ではあるがいじけないだけ。 下は下なりに腹にすえたものを持っているだけ。 詭弁ではなく事実でしょう。担保がなければ信じれない〜ww 阿呆そのものw
チベット死者の書なんて下らない本ですね。 死後の世界は死んでみなければ分からないのに、さも分かった様に綿密に紹介している。 それを知った人間は何故生きている人間に伝え得たのか? まさに矛盾w それと外遊時には専属の料理人を同行させて肉食しかしないダライラマw 転生というのも大嘘であることはバレバレ状態でダライラマの何を信じろと? 教学にすらならないのですよw
199 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 15:40:33.85 ID:x9NEK5uj
>>197 事実は根拠が無ければ事実にならない
しかし君は根拠なんて担保なんて意味が無いと言う
矛盾した考えは矛盾した言葉しか生まない
根拠の伴わない事実など有りはしないし有り得ない
それすら気付けない君がそもそも
>阿呆そのものw
200 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 15:43:00.32 ID:QJH2toin
>>193 >その六処が正しい担保は?その正確性や検証に対する正しさの担保は何から得る?
仏道の本懐は実存苦(三毒)の根本的超克だ。
仏法は『一切』(相応部35-23、「一切」四法印)のみを扱う。
仏道は菩提心凡夫のためのものだからである(悟達者は仏法を離れている)。
一切とは 存在一般であり、菩提心凡夫にとっての世界(方便)である。
一切外は検証不能の妄想であり問題にしない⇒無記。
菩提心凡夫にとって経験主義的検証が可能な内と外の六処をあげて、そのほかの「一切」は考えられないとする。
この一切を徹見してゆくことが如理作意(中部15)であり、
その二項相対思考の限界が【般若門】の関―縁起の直接現実の直覚=現観である。
その【一切門】での判断基準は、仏法は「現生的なる法」であることだ。
1.現に証せられるもの(現実に今ここで実証できるもの)であり、
2.時を隔てずして果報あるもの(時間をかけることなく瞬時に効果の現れるもの)であり、
3.来り見よというべきもの(ここに来て実際に見なさいと言えるもの)であり、
★ 4.よく涅槃に導くもの(苦の寂滅・心の平安に導いてくれるもの)であり、
5.知者がそれぞれに自ら知るべきもの(勝れた知者が、自分で知ることのできるもの)だ。
<相応部 35-70ウパヴァーナ>
上記を仏法上の経験主義的検証という。
縁起の間接現実=時空因果関係を六処によって正確に検証することで、迷妄の因となり反仏道の妄想戯論を排除する。
『絶対命題』というドグマは存在しない。
これが根拠だと示し得ても、その根拠が人によって根拠になったりならなかったり〜w 万人共通の根拠なんて無いですよ。 科学の世界では別でありうることですが、宗教の世界ではありえません。 科学の世界=実証の世界ですから、万人が検証可能なものでなければ科学的に認められた事にはなりません。 宗教の世界は非実証の世界ですから、100人100様でてんでばらばらでなんら問題ない世界です。 だから皆が好き勝手に言いたい放題でまとまらないw 科学の実証の世界の方が健全ですね。 まあ、私は私なりの宗教観は持っています。あなたのと違うだけですw
202 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 15:46:24.83 ID:x9NEK5uj
>>200 >悟達者は仏法を離れている
野狐乙、五百生いってらっしゃい気を付けてw
203 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:01:20.19 ID:QJH2toin
>>202 師は答えた、「ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有にもとづいて、その他のものを“捨て”、
★最上の<想いからの解脱>において解脱した人★、──かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」 (Sn.1072)
この【最上の<想いからの解脱>において解脱】ここにおいては、仏教などありもしないし、ダルマ(仏法)もありもしない。
★★★最上の<想いからの解脱>が仏法のゲシュタルトであり、
その<仏法のゲシュタルト崩壊>が涅槃であることを示唆している。
筏の喩えの法門である(金剛般若経6 中部22)。
もちろん、この悟達とは<不悟達の悟達>であることは当然だ。
『しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。』(道元 現成公案 冒頭)
『春は花夏ほととぎす秋は月 冬雪さえて 冷 ( すず ) しかりけり』(建撕記)と同趣旨。
入鄽垂手である。
204 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:06:17.37 ID:PXlPlMxb
>>200 >一切外は検証不能の妄想であり問題にしない⇒無記。
妄想ならば、釈尊も一喝して妄想だと言い切れるのだよ。
妄想だで済むのだ。
なぜだ、妄想の類に入れないか。
なぜだ、なぜ無記なのか。
検証不能な妄想は、貴殿の見解である。
もう一度言う。
妄想で済む。
なぜ無記なのだ。
言葉を操つらず、ですよ。
ID:ss7eimOB さんの場合は 〔『「万人が検証可能なもの」を認める』と言う宗教観を持ってる〕と言う事ですね? 『「万人が検証可能なもの」を認める』 と掴み捉えようとしている心の働きが現れ(滅し)ている 苦集滅道によって 無明滅 → 行滅 → 識滅させて 渇愛(タンハー)を滅させて 心解脱 - 心に貪著を離れる 慧解脱 - 無明を離れている と衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた
206 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:12:24.70 ID:x9NEK5uj
>>203 >しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。
悟前の所感
>春は花夏ほととぎす秋は月 冬雪さえて 冷 ( すず ) しかりけり
悟後の所感
君の様な生禅者には与り知らん事ですよ
207 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:15:06.10 ID:QJH2toin
>>203 仏法はドグマの体系ではなく、
実存苦の超克という実践仏道としての機能にのみ本懐があるからだ。
現にこのスレの連中やアホ先達たちの多くが業報輪廻転生論という妄想に迷っているではないかw
そのような迷いがあっては、般若門へ至れない。
208 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:16:19.15 ID:PXlPlMxb
>>205 まあ、そのへんだろうね。
しかしな、万人と言う言葉は怪しいのだよ。
多数決ぐらいにしておこうか。
そして多数決によって、イエスは処刑され、釈迦は無記なんだよ。
209 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:19:23.84 ID:QJH2toin
>>206 >の様な生禅者には与り知らん事ですよ
道元は、正法眼蔵 冒頭でいきなり仏道の極意を開示する。
<仏法のゲシュタルト>
『【縁起の現実】諸法の仏法なる時節、すなはち *諸法=現実(あるがまま)、仏法なる=縁起
・【分別:間接現実】迷悟あり、修業あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。
・【無分別:直接現実】万法ともにわれにあらざる時節、まどひなく“さとりなく”、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。
・【無分別の分別:還滅(間接)現実】★★仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。*返本還源
<仏法のゲシュタルト崩壊>
【あるがまま】しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。』(現成公案 冒頭)
縁なき衆生には<無理>
210 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:19:38.49 ID:x9NEK5uj
>>207 生禅が暴露されて未だ言う言葉が有るとはツラの皮が厚過ぎやしませんか?
先ずは私以外のみなさんに「ごめんなさい」が先でしょう
>>205 勝手に話を作るのはよろしくないでしょう。
万人が検証可能であるべきものは科学であり、宗教ではない。
私は私の宗教観をもっている〜
で、「何故〔『「万人が検証可能なもの」を認める』と言う宗教観を持ってる〕と言う事ですね?」となるのか??ww
科学と宗教が違うことくらいは心得ていますが、アナタは科学=宗教と捉えているのですか?
自分の言葉で語らなければ聞く価値の無い発言に陥りますよ。
アナタの持ってくる言葉は誰でも100も承知で分かりきった事ですから。
212 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:24:28.38 ID:x9NEK5uj
>>209 この世あらゆることを、仏法というものを学んだ上で説明しようとすると、
そこには迷いがあり、悟りがあり、生と滅があり、諸仏があり、衆生がある。
自分のものの見方、考え方を差しはさまずに、すべてのものがただあるだけのときは、
迷いや悟りは無く、諸仏、衆生の区別もなく、生と滅もない。
仏教というのは、もともと迷いから解脱したいという人の思惑から出て来たものだから、
生滅や迷悟を問題にし、なんとか生きているうちに仏になりたいと願うのである。
しかも悟りたいと念じながら、花を見れば愛惜に散ると見えるし、草は雑草としか思えない。
生禅の捻じ曲げ勝手解釈は如何がなものかと思います
213 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:25:25.03 ID:QJH2toin
>>210 だからお前はペンキ屋二代目というのさwww
でっちあげでしかアイデンティティを保てない。
214 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:27:00.03 ID:QJH2toin
>>212 捻じ曲げ勝手解釈は如何がなものかと思います
> 科学と宗教が違うことくらいは心得ています 「輪廻している」と検証する事が出来ないから だから ID:ss7eimOB さんの場合は 「輪廻を認めないっ!」 〔『「万人が検証可能なもの」を認める』と言う宗教観を持ってる〕 と言う事なんですよね?
216 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:32:02.84 ID:x9NEK5uj
>>213 仏は道理の外に仏法を説かず、道理を離れて仏法は有り得ない
>悟達者は仏法を離れている
仏法を離れると言うは縁起を離れ因果を離れる事
野狐禅には与り知らない事だったんでしょうね
>>215 正確には輪廻をあると断定する人間を認めない〜ですw
万人が検証可能であるべきは科学の世界で宗教ではない。と何度言えば分かりますかねえ?w
もしかしたら、分かりたくない〜自分の希望を書いてるだけでしょうww
下らないアナタの希望は誰も聞く耳持たないですよw
218 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:37:28.45 ID:QJH2toin
>>216 >仏法を離れると言うは縁起を離れ因果を離れる事
アホには無理。
筏の喩えの法門 :法さえ捨てよ
無執着⇒法に執着しては本懐は果せない。
219 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:39:59.05 ID:QJH2toin
>>216 無門関2を100年やったらどうですかw
あなたには無理ですが・・
220 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:40:28.44 ID:x9NEK5uj
>>217 >正確には輪廻をあると断定する人間を認めない〜ですw
あなたは両親の精子と卵子との受精によって産まれて来たんじゃないのですか?
顔横鼻縦の如くに物事をありのまま観るとはそう言う事を言うのであって
都合の良い部分だけを切り取ってみる事ではありません
>>220 で、それが輪廻と何の関係があるのですか?w
222 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:45:28.93 ID:x9NEK5uj
>>218 >筏の喩えの法門 :法さえ捨てよ
その法とは観念としての法であり、捨てなければ涅槃を如実知見出来ない
そのまま死ぬなら帰ってこないが、帰るつもりなら語る口を取り戻す
法は厳格に涅槃にも有効なのであり
生禅の君の与り知らん事でしょう
甚深微妙の法の意味すら解らなかった君が嘆かわしく思います
> 「輪廻をある」と断定する人間を認めない〜です 止(サマタ禅定)と観(ヴィパッサナー智慧)を検証する事が出来ないから だから ID:ss7eimOB さんの場合は (本当は実践するものだけど、とりあえずは) 教学として 止(サマタ禅定)と観(ヴィパッサナー智慧)の勉強を、するつもりもない 〔『「万人が検証可能なもの」を認める』と言う宗教観を持ってる〕 と言う事なんですよね?
224 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:47:13.62 ID:QJH2toin
>>220 >物事をありのまま観るとは
縁起の直接現実(あるがまま⇒
>>209 )を般若智直覚すること(般若心経:照見)。
『あなたは両親の精子と卵子との受精によって産まれて来たんじゃないのですか? 』
あほ過ぎるセリフだw
アホ如来は所詮ニセモノ成りすましでしかない。
225 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:48:52.98 ID:x9NEK5uj
>>221 精子は人間ですか?卵子は人間ですか?
精子があなたですか?卵子があなたですか?
我々は死んだら焼かれて骨と灰と気体に変じる筈ですが
骨があなたですか?灰があなたですか?気体はあなたですか?
輪廻転生の事実は厳格であり、必ず人になる訳では無いのです
次に何になるのかは、その時その場の業に因るのです
226 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:49:53.77 ID:QJH2toin
>>222 (二代目ペンキ屋)
>甚深微妙の法の意味
すべて既答済み。
227 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:52:58.32 ID:PXlPlMxb
ID:ss7eimOB >科学の実証の世界の方が健全ですね。 >まあ、私は私なりの宗教観は持っています。あなたのと違うだけですw そうか、検証可能かは、目にみえない世界では難儀であろう。 しかし貴殿は検証可能な宗教人であると宣言。 これはめずらしい、釈迦もイエスも現在の人類レベルでは、 表現できかねた事実を<貴殿は乗り越えた>のだね。 ID:ss7eimOBさん、皮肉で言っているのではない、貴殿の話しそのままに 言えば、そういうことだ。
>>225 輪廻転生は様々に解釈されており、定義が一つではない。
人が死んで大地に還り、そこから様々な生物がまた生まれる〜から輪廻という考えには賛同しますよw
しかし、個々人の魂なりアラヤ識なりが生前-死後と面々と続くのが輪廻という考えには全く同意できません。
であなたの輪廻観はどっちか?w
229 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:55:17.22 ID:x9NEK5uj
>>226 涅槃の事実を知らない君に検証は不可能
不可知論しか説けない以上未検証を既答と強弁しても無駄です
230 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:55:38.82 ID:QJH2toin
>>225 やはりアホ如来は間接現実から一歩たりとも抜けていない奴だw
>精子は人間ですか?卵子は人間ですか?
ことばです。
名称と形態:名色です。
精子・卵子は精子・卵子に非ず。これを精子・卵子と名づける。
231 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:56:28.09 ID:x9NEK5uj
>>228 >人が死んで大地に還り、そこから様々な生物がまた生まれる〜から輪廻という考えには賛同しますよw
もちろん、こっちです、事実ですから
>>227 >しかし貴殿は検証可能な宗教人であると宣言。
どこで宣下しましたか?
具体的に指し示して欲しいものです。
ちなみに、あなたの示した、
>科学の実証の世界の方が健全ですね。
>まあ、私は私なりの宗教観は持っています。あなたのと違うだけですw
は該当しませんよww
233 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 16:58:29.34 ID:x9NEK5uj
>>230 流石生禅は詭弁を良く使いますね
邪見のデパートですし、困ったものです
>>231 それを否定する人間はいないでしょうねえ。
輪廻転生肯定論者というのは個々人の魂なりアラヤ識が生前-死後と綿々と続くという定義ですからねえ。
私が否定するのはこっちの方です。というか前者を否定する人間はいませんよww
235 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:02:09.75 ID:QJH2toin
>>229 >不可知論しか説けない以上未検証を既答と強弁しても無駄です
実践仏道とは関係がない障害でしかない(中部63)といっている。
> 釈迦もイエスも現在の人類レベルでは > 表現できかねた事実を<貴殿は乗り越えた>のだね ID:ss7eimOB さんの場合は 「世俗を超える」と言う事を検証できないから だから 〔「世俗を超える」と断定する人を認めることは出来ない〕 と言う事であるらしい
237 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:09:38.77 ID:QJH2toin
>>233 成りすまし自称如来が暴露されて未だ言う言葉が有るとはツラの皮が厚過ぎやしませんか?
先ずは私以外のみなさんに「ごめんなさい」が先でしょう
238 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:10:02.06 ID:x9NEK5uj
>>234 業報輪廻転生もオカルト論者の論によって誤謬が蔓延してるに過ぎません
業とは行いや作用を言うのであり、決して生きてる内の個人的な行い如何が来世に貴賎の差別を生む訳では無いのです
人として生き、寿命が来たので死す、これが一種の業です
死んだので衛生面も考慮して火葬に焼かれる、これも一種の報です
焼かれた事がまた業でもあり、その報は「骨と灰と気体」なのです
そこから先は天文学的情報量と化して行くので割愛しますが
業報も正しく観れば何らオカルトの入り込む余地など無い訳です
世間一般やオウム的な業報論が間違っていると私は結論しています
カルマ落しとか論外の身勝手な邪義だと言えます
検証は科学の世界だと何度言っても分からないようですねえw 実証主義=科学世界で、宗教世界=非実証主義で100人100様だと・・w まあ、何度言っても分からない→結局、自分の信じたい事だけ信じるだけで捻じ曲げてでも自分の信じたい事だけ信じるという姿勢w それが好ましい姿勢とは思いませんがw
240 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:13:08.32 ID:0sjv+BDS
釈迦のナンセンスな七つの誤り。 「無我」→それを考えているのは、他ならぬ釈迦の「我」。 「非我」→「我に非ず」だから、比較の対象としての「我」の存在を前提とする。 「無」→人類は、その発生以来、対象の「有無」を、五感の知覚により「一義的に」判別する ことによってのみ生存を続けている。釈迦自身の生存も同じ。「有」としての布施が なければ、釈迦は生存できなかった。 「一切皆苦」→「苦楽」は相対概念。「苦あれば楽有り」「楽あれば苦有り」である。 衆生(生活者)はすべて悟っていること。釈迦は、「生存努力」という 「最大の修行」が足りなかった。明らかに釈迦の鬱病の症状以外の何物 でもない。 「無明」→「生命」が無明なら、釈迦の教えも無明の産物。 「輪廻転生」→死ねば、感覚器官も、思考器官も、記憶器官も腐敗するか灰になり、 その機能をすべて失う。仮に来世があったとしても、その来世をどう やって認識するのか。「記憶」が失われれば、「同一性」も失われる。 「脱煩悩」→煩悩は、状況に応じて生命(肉体)を維持するための不可欠な心的機能。 生きていることの証(あかし)。煩悩を失った肉体を「死体」と呼ぶ。
241 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:20:23.46 ID:x9NEK5uj
242 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:23:54.40 ID:QJH2toin
とにかく、
独断主義(Dogmatismus)と仏法=実践仏道とは相容れない⇒
>>7
243 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:25:36.28 ID:x9NEK5uj
生禅も論外 お話になりません
ID:ss7eimOB さんへの教訓 「自分の信じたい事だけ信じるだけで捻じ曲げてでも自分の信じたい事だけ信じるという姿勢」 それが好ましい姿勢とは思いません _ _ _ (これも本当は実践するものだけど、とりあえずは) 教学として 何の為に「縁起・空・無我を観察するのか?」の勉強を、おすす致します
245 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:44:23.44 ID:PXlPlMxb
>>232 (ID:ss7eimOB)
黙れ悪霊!
>>217 (ID:ss7eimOB)
>正確には輪廻をあると断定する人間を認めない〜ですw
断定する人間を認める認めないではなく、
貴殿が輪廻に対してこれこれであるから懐疑的であると言えばどうかな。
>万人が検証可能であるべきは科学の世界で宗教ではない。と何度言えば分かりますかねえ?w
>もしかしたら、分かりたくない〜自分の希望を書いてるだけでしょうww
検証不可能が宗教であるなら、ずる賢く立ち回るな! 悪霊。
>下らないアナタの希望は誰も聞く耳持たないですよw
君の希望か。悪霊君。
244 の訂正 何の為に「縁起・空・無我を観察するのか?」の勉強を、おすすめ致します
247 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:51:45.34 ID:QJH2toin
>>245 >黙れ悪霊!
ここ笑うシーンですよねw
ペンキ屋二代目の成りすまし如来は、相手に対して自分の都合のいい黒いペンキを塗って、その黒さを非難するw
行き詰まったらペンキを塗って逃げる政治主義丸出しの悪い癖だ。
まるで南朝鮮の慰安婦詐欺みたいだw
248 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 17:56:52.58 ID:QJH2toin
>>245 ペンキを塗っていないというなら、レス番を特定したら?
できなかったら、あんたアウトだよ。
もし仮に ID:ss7eimOB さんが 怨霊・悪霊・未成仏霊だったとしても 密教においては 仏が大悲・大智によって衆生に応じることを「加(加被)」 衆生がそれを受け入れることを「持(摂持)」と解釈し 因と縁の依存によって 双方が相応一致することで 死後の成仏をはじめとする各種の効果を成就させる _ _ _ 「空だから現れ滅する」と言う「縁起・空・無我の観察」かも
>>247 > >黙れ悪霊!
> ここ笑うシーンですよねw
> ペンキ屋二代目の成りすまし如来は、相手に対して自分の都合のいい黒いペンキを塗って、その黒さを非難するw
お前が成り済まし如来の黒ペンキを別の人間に、今塗ってんだろ。
アホブーメラン投稿乙w
251 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 18:19:37.04 ID:QJH2toin
>>250 お前のような“「真理」を<悟る>”などとドグマチズム丸出しの独断的体験主義で断定する奴を成りすましアホ如来という。
ドグマチズムは仏法ではない。
当然ドグマチストは如来に非ず。
ゆえに『成りすましアホ如来』は的確だ。
なんらのペンキ塗りではない。
ゆえに
252 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 18:22:58.49 ID:PXlPlMxb
>>248 レス番だと、なにをほざいていておる、おまんはアウチ。
いやー名無しってほんとにいいもんですよね、机君。
>>251 > お前のような“「真理」を<悟る>”などとドグマチズム丸出しの独断的体験主義で断定する奴を成りすましアホ如来という。
> ドグマチズムは仏法ではない。
> 当然ドグマチストは如来に非ず。
> ゆえに『成りすましアホ如来』は的確だ。
> なんらのペンキ塗りではない。
> ゆえに
vipperみたいな発狂をするな。
誰と間違ってる?その様な発言は一切しておらんw
ペンキにまみれ過ぎて判断力が低下、自分を見失ってるぞ、闇夜のカラス君www
254 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 18:54:22.55 ID:PXlPlMxb
いずれにせよ、仏教を語る諸君(自分も含め) いや〜〜名無しってほんといいもんですよね〜〜♪((^▽^♯;)
>>254 映画って本当にいいものですね。
byゴールデン洋楽劇場の水野晴朗
256 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/06(日) 19:16:47.30 ID:Iw908OkY
>>159 のつづきです。
>ならば”判断”について疑を向けねばなるまい。
私達は常に判断をしちょります。そう輪廻転生の是非とか、
そして私はこう思うのであります。
もしかしたら判断をしないことが大切なのか?と。
ただあるがままに素直に見ることが、今は大事なのかと。
どうして机はそのように言うか?では説明します。
判断をしますと、それで止まってしまうのです。
それで安定してしまい、内側の成長はやがて腐敗してくるのです。
判断して安定したい。それは既に止まっているのです。
不安定でいいのです。不安定とは、それは動いていることです。
そして不安定とは居心地がよくありません。でもそれを楽しむことができたら。
それは勇気にいることですが、瞬間瞬間の中で生きて、清冽な生の流れの中に身を置き続けましょう
そして、そのようなとき、
机龍之介が掲示板で書き連ねておったことを、人は思いだすかもしれません。
そしてこう言うのです
「机の書き込みは無駄ではなかった」。と
では、おやすみ。
257 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 19:31:57.72 ID:2m6LkBJB
法華経を読む時 マントラがお題目という イメージがありますが 実際は 陀羅尼 と呼ばれる部分 陀羅尼品がこれにあたります 最初は薬王菩薩 次は勇施菩薩 次は鬼子母神 の呪文と続きます これは 般若心経の「ギャテ・ギャテ・ハラギャテ・ハラソギャテ・ボジソワカ」 にあたる部分であり密教的にいうと 「陀羅尼は密教の人のために説くもの。 また顕教の心経も密教眼をもって見れば明らかに密経であると説き、 流通分の頌をもって結んでいる」という事らしいです。
258 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 20:14:02.12 ID:BAAhVg5u
>>246 >何の為に「縁起・空・無我を観察するのか?」の勉強を、おすすめ致します
釈迦の「縁起」「空」も、
>>240 で指摘した「無我」と同様、ナンセンスな誤り、
勘違いだから、学ぶ必要はない。
「縁起」→単なる因果関係。原始人でも、幼児でも知っていること。釈迦の「縁起
(因果関係)は、彼の忌むべき業報論を維持するための論理に過ぎない。
「空」→「世界を空と『観ぜよ』」。世界の実在を前提としている。「空」など
どこからも出てこない。
密教は仏教にあらず。(仏教文化であるとは認めますよw) そんなものを一々信じているから遅々として「教学」とやらが進まないのですよw 教学って、仏教は教学するものでしょうかねえ?w
260 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/06(日) 20:34:57.15 ID:2m6LkBJB
>>259 日蓮宗よりか マトモに法華経説明出来てるでしょ
261 :
「縁起の法」こそ仏教ドグマ :2014/04/06(日) 21:19:21.54 ID:Y8FX+X+X
>>258 >「縁起」→単なる因果関係。原始人でも、幼児でも知っていること
それは言い過ぎでしょう。
でも、現代人の常識、科学常識に従うのであれば「縁起の法」は「因果の法」のことです。
譬え話をしましょう。
Aさんは「幽霊を見たから、霊魂はある。」と言いました。
Bさんは「霊魂も輪廻もある筈はない。」と言いました
Cさんは「時間も運動もない。」と言いました。
問い)現代人が一番危ないと思うのは三人の中で誰でしょうか。
私は多分、Cさんが一番危ないと思われると考えます。
根拠は現代人の常識、科学常識に従うのであれば「縁起の法」は「因果の法」だからです。
実際に現実世界、現象世界ではほとんどが「因果の法」に準拠しております。
それでは「時間も運動もない」世界は無いかというと、確かにありますよ。
それは『言語論理世界』です。
私も8年前に「龍樹は言語論理世界で空を証明した。『机上空論』だ。」と仮設しました。
アインシュタインの相対性理論を持ち出して反論する人がおりますが、あれも仮設の一つであり
現代人の常識、科学常識において実証されたものではないからです。
「縁起の法」こそ仏教ドグマであり、第一義だと固執する多くの仏法者を見かけませんか。
彼らは「空」や「縁起」を得々と解説するでしょう。
言葉で説明できるのであれば世俗諦であり、第一義ではないということをその瞬間は忘れているようです。
262 :
「縁起の法」こそ仏教ドグマ :2014/04/06(日) 21:26:04.78 ID:Y8FX+X+X
>>261 私がそう言いますと、彼らの台詞は、「因果の法を言う者はカルトだ。オウムと同じだ。」とね。
この手法は「奴らは赤だ。」とシュプレヒコールする印象操作と似たようなものです。
263 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/06(日) 21:36:13.43 ID:tTSV2RCK
>>79 俺が研究者です。
>>80 前者でも後者でもございません。
我々の行為というのは、すべて記録されてるんですよ。
俺、コンピュータのことはど素人なんですけど、宇宙は巨大なパソコンだと思ってください。
自分の前世で検索したら、自分の前世の履歴がブァ〜ッと出るんですよ。
乱暴な見解ですいません。
あ、つまり何が言いたいのかと申しますと、この世は使い古されたベタな表現で恐縮ですコンピータが作り出した仮想現実、虚妄な世界にすぎないと。
悪因悪果、善因善果というプログラムというかルールで動いてるだけなんです。
まあその仕組みを「輪廻」と言っているだけなんですけどね。
一日中考えて、この程度の答えですいません。オナニーして寝ます。
264 :
名無し「空」は便利 :2014/04/06(日) 21:39:00.99 ID:Y8FX+X+X
さて、なんちゃって門透過者と自称悟達者との言争いはどこで止論となるのでしょうか。 前者は本スレで恥をかかされたと三毒の二番目で熱くなっているだけです。 後者は対機説法で回避できるのにわざわざ煽っているように観じられます。 住人の大半はスレを無駄遣いするなという思いと、火事と喧嘩は横で見るのは面白いとが あって傍観しているのでしょう。 通常は誰かがイエローカードを出すのですが、遅いですね。。
265 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 21:44:40.63 ID:Y8FX+X+X
>>263 >我々の行為というのは、すべて記録されてるんですよ。
> 俺、コンピュータのことはど素人なんですけど、宇宙は巨大なパソコンだと思ってください。
> 自分の前世で検索したら、自分の前世の履歴がブァ〜ッと出るんですよ。
そのコンセプトはエドガー・ケーシーの「アカシック・レコード」とそっくりですね。
霊魂が不生不滅でなくても、新たな脳に生じた意志が「アカシック・レコード」から前世記憶を読み出せます。
それを常住だと錯覚しているだけという仮設ですね。
>>263 善因善果、悪因悪果は極めて道徳的で、これに非を唱えるものではありませんが、
量子論では不確定性といって必ずしも予測どおりに事が運ばない事が知られております。
悪い事をやるだけやって自殺する人間と、良い事をして寿命を全うするのと何が違うのか分からない〜
と言えば非道徳的ではありますが、事実上そうなのですよ。
まあ、杓子定規にこれこれこうだからこうなる〜とはいかない〜というのが真実ですね。
267 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/06(日) 22:12:14.76 ID:tTSV2RCK
>>265 「アカシック・レコード」・・・さっそくググらせてもらいました。
う〜ん、これはキリスト教の予定説の焼き直しですね。
未来はすべて決められてそれが記憶されている。
我々はそれを引き出しているにすぎない、でしょ?
あくまでも未来は不確定ですよ。
しかし行い=行為(業)はしっかりと記憶される、のが仏教でいうアカシック・レコードです。
業=カルマにしたがって次の輪廻転生先が決まると。
>業=カルマにしたがって次の輪廻転生先が決まると。 信仰に過ぎず、過ぎなければ意味が無い。 私は鰯の頭を信じる〜というのと同じレベルw
269 :
大智度論「輪廻」 :2014/04/06(日) 22:26:19.49 ID:Y8FX+X+X
>>268 >業=カルマにしたがって次の輪廻転生先が決まると。
悟達氏他最近来られた方々に、龍樹の『輪廻』についての解説をコピペしておきます。
輪廻も無常というか、自由自在な感がします。
「大智度論」巻十六上『五道輪廻』
菩薩得天眼 観衆生輪転五道 迴旋其中。天中死人中生。人中死天中生。天中死生地獄中。地獄中死生天上。
天上死生餓鬼中。餓鬼中死還生天上。天上死生畜生中。畜生中死生天上。天上死還生天上 地獄餓鬼畜生亦如是。(中略)
欲界中死色界中生。色界中死欲界中生。欲界中死無色界中生。無色界中死欲界中生。欲界中死欲界中生。色界無色界亦如是。
活地獄中死K繩地獄中生。K繩地獄中死活地獄中生。活地獄中死還生活地獄中。(中略)
卵生中死胎生中生。胎生中死卵生中生。卵生中死還生卵生中。胎生濕生化生亦如是。 (中略)
菩薩見是 已生大悲心。我於衆生 為無所益。雖与世樂 樂極則苦。當以佛道涅槃常樂 益於一切。云何而益。
當懃大精進 乃得實智慧。得實智慧 知諸法實相。以餘波羅蜜助成 以益衆生。是為菩薩精進波羅蜜。
輪廻も無常で一定法則が無ければ、わざわざ「輪廻」などという必要もなくww
271 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/06(日) 22:51:28.29 ID:tTSV2RCK
>>266 量子論については、なにぶん高卒なもんで偉そうなことは言えませんが一言。
物質を極限まで分解していったら、物質は存在するのか存在しないのか「不確定」という解釈でよろしいでしょうか。
つまり、ぶっちゃけて言えば物質で構成されているこの世界宇宙は「虚妄」である、とゆーのが真理なんですよ。
2千年以上前のインド人たちはそれを悟ったんですよ。
科学者はそれを認めたくないから、あーだこーだと実験してるだけでしょ。
ただのアホです。
ミクロの世界は不確定ですが、マクロの我々が現実と呼ぶこの世界は確定されてますよね。
自殺したり病気で苦しむのが不確定ですか?
仏教とは、単純に言えば、一切は不確定で存在しない虚妄なんだから「苦しむなよ」(プゲラw)なんですよ。
つづく
272 :
大智度論「輪廻」 :2014/04/06(日) 22:58:33.84 ID:Y8FX+X+X
>>269 >悟達氏他最近来られた方々に、龍樹の『輪廻』についての解説をコピペしておきます。
世俗諦でも悟達者が読めば一義が分かるとのことですが、この解説で何か重要な箇所がございましたら
ご教示いただければ幸甚です。 なにぶん訳すだけやっとですので。
273 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/06(日) 22:59:10.11 ID:tTSV2RCK
>>266 つづき
>>まあ、杓子定規にこれこれこうだからこうなる〜とはいかない〜というのが真実ですね。
真実は二つあると思います。
我々は存在しない。我々は存在する。
これがミクロの世界では不確定ということですよね。(え?違う?違ってたらゴメン)
それがマクロの世界では生と死なんですよ。
物質の存在が不確定というのは、我々の生死も不確定というわけです。
しかし我々には生死が確定していると錯覚しているにすぎない。
ここで輪廻に無理やり繋ぎますが、輪廻とはつまり「不確定」という意味です。
我々の前世がブリやマグロ、ダニやミジンコ・・・なんでもいいんです。
何でもいい・・・つまり「不確定」だと。
・・・駄目だ。論理の辻褄があわねえ。出直す。おやすみー
274 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 23:19:01.82 ID:QJH2toin
>>269 >龍樹の『輪廻』についての解説
おまえが『龍樹の』を確認した根拠を明示せよ。
オカルト趣味で「飛んで火に入る夏のオカルト虫』を演じている姿は馬鹿ピエロ以外の何ものでもないのだがww
275 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 23:23:46.08 ID:QJH2toin
276 :
神も仏も名無しさん :2014/04/06(日) 23:30:13.70 ID:QJH2toin
>>272 >この解説で何か重要な箇所がございましたらご教示いただければ幸甚です。
妄想です。
277 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:00:41.40 ID:K4HVxs8z
>>264 >前者は本スレで恥をかかされたと
事実に反するペンキを塗られることは恥でもなんでもなくて、
濡れ衣だよ、捏造だよ、謀略だよ、真摯な態度ではないよといっているだけだよw
いわゆる下記の従軍慰安婦詐欺と同じ構造だ。
従軍慰安婦問題の真実は朝鮮戦争当時★韓国軍によって強制徴集された性奴隷★である。
★<朝鮮戦争での韓国軍強制従軍慰安婦問題>を大東亜戦争時の日本軍に濡れ衣を着せているのだ。
韓国軍強制従軍慰安婦の管理責任者が、現大統領パク・クネの父親である朴 正煕(パク・チョンヒ、박정희)である。
@従軍慰安婦とは、朝鮮戦争当時の韓国軍強制性奴隷であって、
米軍は献上物として性奴隷(セックススレイブ)を利用していた事実。
多数の客観的証拠が満載するほどある!
A大東亜解放戦争当時の日本軍にいたのは商売の追軍売春婦(プロ・アーミー・フォロアー)であって、
★韓国と米国は@の事実を隠蔽するために、自分たちの泥を日本軍に擦り付けて誤魔化そうとしている事実。
だから、河野談話をでっちあげて、すべての泥を日本軍になすりつけて濡れ衣を着せ、
歴史のかなたに隠蔽しようとしている謀略事実だ。
損得ではなく、日本の名誉毀損そのものである。
> 「空」など、どこからも出てこない
http://homepage3.nifty.com/hosai/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm 【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>
1026
無明が頭であると知れ
明知が
信仰と念いと精神統一と意欲と努力とに結びついて
頭を裂け落とさせるものである
1036
智慧と気をつけることと名称と形態とは、いかなる場合に消滅するのですか?
1037
識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、この名称と形態とが滅びる
1111
内面的にも外面的にも感覚的感受を喜ばない人
このようによく気をつけて行っている人、の識別作用が止滅するのである
1119
つねによく気をつけ 自我に固執する見解をうち破って 世界を空なりと観察せよ
279 :
大智度論「輪廻」 :2014/04/07(月) 00:17:33.77 ID:kWEwM1H6
>>275 >売国奴のアホ鳩山を出すだけのことはある。
> 下記のコピペに過ぎないのにw
>>277 >いわゆる下記の従軍慰安婦詐欺と同じ構造だ。
これらオーバー・リアクションから図星だったようですね。
尚、原文のコピペであり、訳文のコピペではない理由はお得意の如理作意はされなかったようですね。
278 の続き
> 「空」など、どこからも出てこない
http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/mulama.html 第十八章 自己と実在物の考察
4.
内的にであろうと外的にであろうと
「私」と「私のもの」という観点が消滅するとき
自己に固執する者は消滅する
これが消滅すると、誕生することも止まる
5.
行為〔カルマ〕と苦悩(煩悩)が消滅したところに涅槃がある
行為〔カルマ〕と苦悩は概念的思考から生じてくる
これは心的に作り出されたもの(戯論)に由来するのである
作り出されたものは空性によって消滅する
281 :
大智度論「輪廻」 :2014/04/07(月) 00:24:04.96 ID:kWEwM1H6
>>274 >おまえが『龍樹の』を確認した根拠を明示せよ。
過去スレで幾度も提示済みですがお忘れですか。
今年1月17日発行の石飛先生の論文「大智度論、作者はやっぱり龍樹だった」を読んで、そのロジックに共感し根拠としました。
282 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:25:42.34 ID:K4HVxs8z
>>278 だったら、なぜコピペ先を明示しなかったの?w
283 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:27:02.27 ID:4tcqVBws
>>278 >識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、
>この名称と形態とが滅びる
と、「名称と形態(識別作用)」で語る釈迦。
言語を以って言語を論じることの、このような矛盾を、西洋の言語学者は、
「木のストーブで木を燃やすようなもの」と言っている。
284 :
○ :2014/04/07(月) 00:29:07.36 ID:kWEwM1H6
>>278 >> 「空」など、どこからも出てこない
因みに「輪廻」は同じくスッタニパータでも10か所は確認でき、過去スレで
幾度か紹介済みです。
286 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:35:11.66 ID:qdZC2IGA
この人、議論して論破してるつもりなのかな・・?
287 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:39:19.25 ID:m+LGfLJG
>>228 :神も仏も名無しさん:2014/04/06(日) 16:54:13.22 ID:ss7eimOB
>225
>輪廻転生は様々に解釈されており、定義が一つではない。
>人が死んで大地に還り、そこから様々な生物がまた生まれる〜から輪廻という考えには賛同しますよw
>しかし、個々人の魂なりアラヤ識なりが生前-死後と面々と続くのが輪廻という考えには全く同意できません。
>であなたの輪廻観はどっちか?w
貴殿は、生物学の食物や生命連鎖を輪廻としているのだな。
宗教心もあるらしいが、おそらく、生きとし生けるもの
感謝しあい、大切にしよう。
このへんだろ。
輪廻観は、どっちだと聞いてきているな、そうだな、貴殿の輪廻観に、とくに反論するものはいないよ。
みな貴殿に同意しているぞ、嘘ではないほんとうだ。
提示された二つはあれかこれか、どちらであるかと相反させるような内容ではない、
貴殿だけが、むしろどちらかというと相反すると考えているのだよ。
これで納得してくれるか。
288 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:39:42.97 ID:K4HVxs8z
>>278 >空
★最上の<想いからの解脱>において解脱した人★、──かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」 (Sn.1072)
<「名称と形態(識別作用)」=「想い」>からの解脱 ⇒空(方便)
289 :
○ :2014/04/07(月) 00:40:24.00 ID:kWEwM1H6
>>282 >だったら、なぜコピペ先を明示しなかったの?w
スレ94で明示済みですので。
>>964 :○○:2014/04/05(土) 07:49:55.02 ID:x90BXM7m
>(参照:つばめ堂通信「大智度論入門」第二十六(下)三世の有無)
尚、長部経典を引用する際も毎回毎回、「春秋社、中村元監修」とは明記しておりません。
>みな貴殿に同意しているぞ、嘘ではないほんとうだ。 >貴殿だけが、むしろどちらかというと相反すると考えているのだよ。 何が言いたいのか全く分かりませんww
291 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:50:27.08 ID:4tcqVBws
>>288 ><「名称と形態(識別作用)」=「想い」>からの解脱 ⇒空(方便)
「名称と形態(識別作用)」は、共生のための道具。釈迦独りがいくら足掻いても、
共同体全員の同意がなければ、カスリもしないもの。
竜樹はそのことを理解していた。だからこそ、「世間の一切の慣習」を無条件の
前提とし、それに反することを何度も戒め、また、「世俗的なことに拠らなければ、
第一義は説示できない(即ち、世俗的なことから一歩も踏み出すことは出来ない)と
指摘したのである。
293 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 00:52:17.05 ID:UnFaojIk
順観において威力を発揮するのが「四諦八正道」だが、 この四諦八正道も誤解されている。 苦集滅道は原因結果の因果関係から苦滅すべきことを教えている。 「四諦」は苦滅が仏教の中心課題であることを宣言し、 その実践的方法論として「八正道」を示す。 ものごとの「因果関係」(原因・結果)はきわめて重要なのに、 現在の学校教育では意図的に教えない。なぜか? 考えない人間を作るためにw それゆえ、自分で因果関係を身につける以外にない。
チベット仏教は仏教にあらずw
295 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 00:58:41.76 ID:4tcqVBws
>>293 >現在の学校教育では意図的に教えない。なぜか?
科学(人文科学を含む)は、すべて因果関係の論理なの9だがw。
296 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 01:08:51.16 ID:4tcqVBws
「信仰」によって、因果関係は切断される。輪廻転生には、因果関係は存在しない。
297 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 01:12:58.72 ID:m+LGfLJG
>>290 言い直す。
まず、
>225
>輪廻転生は様々に解釈されており、定義が一つではない。
@>人が死んで大地に還り、そこから様々な生物がまた生まれる〜から輪廻という考えには賛同しますよw
>しかし、A個々人の魂なりアラヤ識なりが生前-死後と面々と続くのが輪廻という考えには全く同意できません。
>であなたの輪廻観はどっちか?w
上記はまず、何が述べられているのか解るか。
輪廻観を2種類に分けて問うているのだ。
ここまではいいかな。
この人は自分で設定した、2種類の内の一つに対して賛同しているのだよ。
ここまではいいかな。
で、ここからレス(返事)だ。
輪廻観はどちらだと聞いているのだが、
貴殿(この人)が賛同しているのは、生物生命循環、食物連鎖である。
それを輪廻だとしているのだが、それを間違っていると反論する者はいない。
この選択問題は、あらかじめ自分が賛同している考えを@とし
それに対してAを並立させているのだが、
@に賛同するかどうかとAは別。
298 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 01:14:40.36 ID:4tcqVBws
中論は、輪廻転生も因果関係も否定している。中論の空は、因果関係とは似て 非なる「相互依存性、相対性」である。
299 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 01:15:18.76 ID:UnFaojIk
次に「八正道」だが、これに対する誤解もひどいものがある。 求道者レベルでは「何が正しいか」わからない。 だから、いわゆる八正道はほとんど無意味なものでしかない。 求道者の前には、自分の善悪と、他人の善悪がある。 自分の善は見えないが、自分の悪はよく見える。周囲から歓迎されても 増長するだけ、否定されて初めてその原因を考える。→これが八正道 他人の「善」はよく見える。金と権力と女がそこにあるから。 しかし他人の悪は見えない。なぜなら自分もそれを目指しているから。 周囲から歓迎される人の中に悪を見つける。→これが八正道
>>297 一応2つだけ提示したけど、もっあるのかも知れず〜w
で、アナタの言いたい事がさっぱり分かりません。
301 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 01:20:46.77 ID:4tcqVBws
>>299 「善悪」とは、あくまで、共同体における共生のための技術概念だよ。
人が独りで生きているとしたら、そもそも、善悪とは一体何?ナンセンスで
ある。
302 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 01:24:55.20 ID:UnFaojIk
>>295 確かに文系も理系も、因果関係(原因結果)の世界である。
しかし、そんなにも重要な因果関係は、小中高大学のどこも
明示的に教えない。自分で気づくのに任せている。
なぜか。考えない人間を作るためだw
>>300 > 一応2つだけ提示したけど、もっあるのかも知れず〜w
> で、アナタの言いたい事がさっぱり分かりません。
頭が悪すぎるのでw消滅してよし。
304 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 01:36:42.62 ID:UnFaojIk
>>301 違うw そんなに単純なら宗教はいらない。今感じている苦は、
どこから生まれて来るのかを考えないわけにいかない。
それを考えることが「苦集滅道八正道」なのだが、
その使い方を
>>293 >>299 で具体的に示した。
305 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 01:43:12.72 ID:m+LGfLJG
>>300 二つだけでなく、もっとあるかもしれないのだね。
ということは、返事してくれたID:UNmrR+ic1氏は、
ss7eimOB氏(
>>228 )だ。
反応したID:UNmrR+ic1氏と、228が同一人物かどうか分からないから、
この人としたが、貴殿だけでよいね。
それとさっぱり分からないと言いつつ、二つを提示したと言っているから
さっぱりでもないのだね。
貴殿に関しては終了。
>>305 さっぱり分からないのはアナタの言いたい事w
輪廻観を2つ提示したのか、どうさっぱりではないのか?
全く意味不明ですねえ。
頭の良い人は悪い人に説明する義務がある〜w
説明せねば悪い人は相手が何を言わんとしているのか真意がつかめない〜。
輪廻を生物学的なもの、唯物的なものとして捉えてる奴らばかりだろ。 威風堂々としてればいいじゃないかw 盗人の巣窟では盗人は心地よし(でも釈迦が考察したのは自然科学じゃないからね)威風堂々と。 唯物論的仏教学が大流行? 何せ、スレ阿羅漢になれるし・・・。 でもそれって輪廻じゃなくて、単に変化じゃね?その度合いが
>>305 ただの投石、ピンポンダッシュのかもね。よく居がちな。
309 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 01:58:53.16 ID:UnFaojIk
順観と逆観の関係を、順観はP→Qだから、その対偶である QでないならPでないを同値とするのは佐倉哲氏。 かれはそれゆえ、順観・逆観を相依性(相関関係)の確認と把握する。 しかしこの考え方は間違っている。 相依性は、苦楽や善悪や長短などのように、今現在の関係をいう。 これに対して十二縁起は時間的に直線的な因果関係だ。 たとえば、花の種を蒔いたら花が咲く、というのが十二縁起である。 その対偶は必ずしも真ではない。 花が咲かないから花の種を蒔いていない、とは言えない。
>>306 日本語でOK
アホ過ぎる人に説明しても、さらにアホな答えしか返って来ない(306で証明済)ので
エネルギーを消耗するのみ。あるいはそういう悪質な行為を嗜む人間かもしれない。
311 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 02:07:03.40 ID:UnFaojIk
チベット仏教のように、四諦を二分割し順観・逆観に配置するのは、 根拠がない戯論、妄想の類であり、論外。 日本の仏教学界も似たようなもの、同じ穴のムジナかもね。 因果関係が身についてない人たちの悲しい結末。オチ
312 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:35:36.34 ID:/z4+BPNH
>>261 因果と縁起はにて異なる現象です
このたて分けを区別できない人は外道位だと思います
物事に因果は欠かせませんが、原因と結果だけ有っても実は何も起きないのです
ガソリンとライターだけ有っても火は点かないのです
ライターに着火してガソリンに引火(縁)させなければガソリンから炎は上がらないんです
これが縁起です、縁起は物事を発起させる条件の事です
この世界は全て悉く洩れ無くこの縁起によって成り立っています
縁起は因果を包摂します、故に因果も大事ですが、この世界では縁起の方が上位概念となる
重要な現象となるのです
313 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:40:45.87 ID:4tcqVBws
>>307 >輪廻を生物学的なもの、唯物的なものとして捉えてる奴らばかりだろ。
人間は生物だし、その肉体は物質だから、それ以外の要素はありえない。
そして、心は、状況に応じて肉体を維持するために、肉体から発する機能。
輪廻転生は(若しあるとすれば)、肉体の変化の典型。
314 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:46:55.60 ID:4tcqVBws
「苦」とは、究極的に考えれば、「最大の苦」としての「肉体の死」に至る ことの恐れである。「生老病」は、まさにそうではないか。
315 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:49:35.27 ID:/z4+BPNH
>>307 >でも釈迦が考察したのは自然科学じゃないからね
現観とはありのまま観る事
釈尊の時代に自然科学と言う学問体系自体が無かった筈
仏教がそれを考察しても何らおかしい事でもなく
仏法は道理を離れて法とはなり得ないのだから、自然に法を観る自体は何ら矛盾しない
最終的には形而上の問題に決着をつけた仏教だが
形而下の問題を疎かにして形而上への取り組みなど無意味になり
形而上の分類分析を行った故に形而下の問題の解決をも可能としたのも仏法なのだ
愚者には思儀し難いだろうけどね
316 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:53:49.30 ID:4tcqVBws
>>312 「縁」も「因」に包摂される。「果」を生じさせるものだからである。分離する
のは無意味。
317 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 02:55:09.15 ID:/z4+BPNH
>>314 生苦は生まれる苦の事、覚えてないだけで生まれた時は苦が伴っている
老苦は老いて行く苦である、病苦は病から起こる苦である
死に対する恐怖などは死苦としてちゃんとある
318 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:00:15.17 ID:nqJVjOox
>>316 因果が縁起に包摂されているのであり縁起は業報に包摂される
道理を無視した見解は無意味
テーリーガーターを読んで下され。 悟った尼僧が過去世を語る詩がある。 テーリーガーターは、釈尊が生きていらした頃に弟子入りされ、 悟った尼僧達の言葉をまとめたものです。 過去世を知ったという旨の表現が随所に出てくるし、 尼僧イシダーシーさんは、過去世そのものを語ってます。 モッガラーナ尊者は、ジャイナ教徒から暴行を受けた際、 過去世の業を語ってます。 どこまで本当のことか分からないですけどね。
320 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:04:14.60 ID:m+LGfLJG
>>310 すぐに見抜き、悪霊だと言ったのだが、
この悪霊と言うのは、無視すればよいのだが、
一応みんな無視する前に自然と取りあえず悪霊の話し(文)に目を通す。
ここの人達は鍛え上げているから影響は受けないと思うのだが、
何か打撃を受けて、いまは感情が定まらずブレまくっている様な人も読んでいる可能性がある。
みな思う存分討論して下されとおもうのだが、こういった書き込みは簡単に言えば馬鹿みたいだが
馬鹿に出来ないほどの影響力を持っているのだよ。
例えばブログのコメント欄でも、うかつなブログ主を見抜いてこういった輩(悪霊)が、
手練手管で幅を効かし、ついにブログ主のエネルギーもうまく奪い取るというのを
何度も見てきた。
一言で工作員、悪霊と私は言ってのけるのだが、その意味さえ分からず
そのくらいにブログ主も無明というのか、無意識(欲深)なのだ。
とにかく、気付いた時はあとの祭りで、
あの時独りで君が言っていた事が今頃分かったなどと言われても
なにも嬉しくない。
ここの人達の多くは影響を受けないほどには、しっかりされているとは思うのだが、
そこは卒業して、もはや自分のためではなく、このような悪霊を払いのけるほど、自らを低くする勇気を
もたぬなら、中途半端んなままで、
自分も後一歩のめざすところに到達できぬと断言できる。
君(
>>310 )よ、このスレでぬきんでているな。
321 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:33:41.62 ID:/z4+BPNH
>>319 生類へ転生した事実だけを淡々と語ってるだけですね「○○の子宮に入りました」
間は端折られてると看做せるし、そもそも因果を絡め縁起を説き業報を語る方便である事も見て取れます
これが語られた当時の背景は「輪廻転生」するのが当たり前で、輪廻しない後生など考えられなかった時代です
なので、この様な現代人が読めば荒唐無稽に見える輪廻論を用いて衆生引導した訳で
何ら不思議な話でもありません
釈尊の指南では、法輪を回す時はその時代・その地方・その風俗に合わせた
自分の言葉で語りなさい、と教えたそうです
なので、テーリーガーターも筏に過ぎず、今の考え方では理解し難い価値観等は参考程度に留めとくべきです
322 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:33:44.65 ID:4tcqVBws
>>320 悪霊の存在など信じるのは、子供か宗教患者だけw。まともな大人なら
笑い飛ばすw。心配ご無用。
323 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:38:43.76 ID:/z4+BPNH
>>322 地獄が実在している以上、悪霊が居ても何ら不思議も無いでしょう
我々は解脱出来なければ「奴隷」のままです
324 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:44:15.29 ID:m+LGfLJG
>>322 なら、精神疾患者、重度の精神疾患ならどうだ。
おまいのことなどを心配などしておらん。
アサハラは重度精神疾患者だ。
信者はどうかといえば、何らかの打撃でぶれていたのだ。
感応精神病者だ。
おまいはアサハラ。
325 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:50:22.63 ID:4tcqVBws
>>324 重度の精神疾患は、科学で客観的に認められているが、地獄や悪霊は
一切認められていないw。
326 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:52:28.35 ID:nqJVjOox
>>324 >アサハラは重度精神疾患者
これをあなたは認めるおつもりか?
認めてしまうと罪に問えないのが日本の現行法
私はそんなのは一切認める所存は無い
彼は明らかな一闡提であり外道であり法盗人であり
凶悪犯罪者以外の何者でも無い
断罪に処す以外に善果は無いと思います
327 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 03:58:32.58 ID:m+LGfLJG
>>525 重度の精神疾患は科学で認めらているのだな。
地獄や悪霊は科学で認められていない。
おまいに言われなくとも、いいのだよ、そんなレベルの話しなど。
おまいよりここの人達は数学、科学 生物 物理の成績は上だ。
328 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 04:10:20.35 ID:m+LGfLJG
>>326 なるほど、難しい問題だ。
しかし、凶悪犯罪者は、ほぼ間違いなく精神異常者であると考えて間違いないだろ
未成年者の罪に対して甘いのは、判断能力だな。
精神異常者も同様に、判断できたかどうかに掛ってくる訳だ。
未成年者も精神疾患者も最近は他の場面で判断できていたとなると
そう簡単には無罪にはならない。
329 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 04:34:01.15 ID:/z4+BPNH
>>328 問題はそこでは無いと思います
”誰”がその極刑執行の任に当たるのか、です
罪人の中でも極刑に値する御仁は身勝手故にそんな事はお構いなしでしょう
どんな理由があるにせよ、業として人を殺めなければならない
犯罪者ではないのに犯罪者と同次元の所業を仕事しなければならない
この世界は元々残酷なるが故に致し方の無い事とは言え悲しい話です
犯罪など奴隷の証拠です、心の緊縛に従った結果に過ぎません
理法は厳格ですから業報も確実で免れ得ません
唯一の奴隷解放の方法は解脱しかない、と私は考えます
330 :
行断 :2014/04/07(月) 05:21:09.97 ID:p4NvGLBa
昔、言ったろ? 中川泰秀は、なにか悟ったようなモンがあるって。 うーん、どうなんだろう。 ビルの上から、確認したような書き込みに感じた。 つまり、中川泰秀には伝令が渡っていて、まあ、黒幕がまこととは思わなかったけどな。 人間は、悪い方にも悟ったりするんだけど、オレはその境地を魔界と呼んでいる。 魔界とは、仏教で奈落とか地獄を表すんだけど、50代までニートを続ければ、立派な魔界だぜ。 そう考えれば、まことは魔界でなにかを悟っているのかもな。
331 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 06:19:27.05 ID:9mxHCC6G
もし、出家と言う制度が現代で認められ通用出来るなら その身分は乞食に相当し、民衆依存の扶養所帯にしか過ぎない なればその存続の鍵になるのは徹底した梵行以外に無く 範を示してこそ継続出来、それを可能としてこその比丘と為り得る 現代の日本に比丘は存在しない。多分東南アジアのそれも比丘ではない 屋根有る固定家屋に住まうのは比丘ではない それだけ厳しき波羅提木叉を一つも守ろうなどとは思わなかったオウムは ヒンドゥの面汚しの上に宗教の風上に置く事すら憚られる卑しき煩悩集団に過ぎない 残党も然りである
332 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 06:30:18.31 ID:p6Zjz0pO
322 :神も仏も名無しさん:2014/04/07(月) 03:33:44.65 ID:4tcqVBws
>>320 悪霊の存在など信じるのは、子供か宗教患者だけw。まともな大人なら
笑い飛ばすw。心配ご無用。
これはこれはッ北朝鮮日本支部の御隠居様ではあーりませんかw
宗教患者を強制収容所送りの計画中ですかw?
335 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/07(月) 07:15:43.66 ID:rnPTkEDA
龍樹と輪廻転生 //homepage1.nifty.com/manikana/essay/reincarnation3.html >彼らは、既に輪廻の行程は熟知しているはずである。この行程は、ブッダが十二支縁起説の 順観によって示していたのである。だから、『中論』はそこから脱する道の方に力点が 置かれることになる。こちらの道は、十二支縁起説の逆観にあてはまる。このため、 縁起のもつ「空」という性格が重視して説かれているのである
336 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 07:45:27.75 ID:A6/+vTfC
>>335 ある禅師に言わせれば、我々は単なる「糞袋」だそうだ
またある禅師に問えば本当は「己が誰なのか知らない」そうだ
解るだろうか? 迷いとは何か、迷っているのは心か?糞袋の方か?
糞袋の中に果たして心などあるのか、糞しか無いのではないのか
解るだろうか?
337 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 08:05:36.11 ID:K4HVxs8z
>>336 >我々は単なる「糞袋」だそうだ
存在(特に自己意識)に対する執着心を除くための方便だ。
現象に実体はない(非有非無のごとく)。
糞ということば(思念・想い)が現象しているだけだ。
実体なきモノ・コトに執着自体が成立しない。
なぜか?
執着は対象を捉える(=こころ)ことだが、
対象自体に実体はないからだ。
従って、こころは成立しない。
これを一切法無我という。
338 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 08:11:53.75 ID:K4HVxs8z
339 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 08:12:31.65 ID:A6/+vTfC
>>337 実体なきモノ・コトに執着自体が成立しないなら
何故君は2ちゃんに書き込んでるんだ?
それは執着では無いのかな?
実体が無いなら何故2ちゃんに書き込めてるんだ?
現象しているだけなら意思など働きようも無いだろ
矛盾してるよね君
340 :
338 :2014/04/07(月) 08:21:18.15 ID:K4HVxs8z
>>338 訂正
× ヴァルダルヤ論2
〇 ヴァイダルヤ論2
趣旨:「認識方法と認識対象は相互依存関係にあるから、自立的存在ではない」
それにしても『糞袋』とは実体があるような誤解を招く下手糞な方便だなw
341 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 08:34:32.19 ID:A6/+vTfC
>>340 君は認識方法を以ってして2ちゃんと言う対象を認識し書き込んでいる
認識は執着を生み、執着は認識を使い対象を捉える
認識は空性の存在なので実体は無く、執着も同じ
空なるが故に捉え所が本来ない筈の2ちゃんに君は執着して書き込んでいる
2ちゃんも縁起によって成り立つので、君の書き込みは君の意思と行為によって書き込まれ
君の意思の如何によらず勝手に君の書き込みが行われる事は無い
342 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 08:53:05.21 ID:A6/+vTfC
>>340 その論が認識に付いて論じている目的が何だか君には理解出来てるか?
空を論じる為だ、と思ってるなら大間違い、空も認識の一部に過ぎない
もっと別の事を形を変えて論じているんだよ
>>320 > 何か打撃を受けて、いまは感情が定まらずブレまくっている様な人も読んでいる可能性がある。
エネルギーのムダとは、投石側に言ったんだよw
> みな思う存分討論して下されとおもうのだが、こういった書き込みは簡単に言えば馬鹿みたいだが
> 馬鹿に出来ないほどの影響力を持っているのだよ。
印象に弱いのが大衆だからね。自分の頭で判断出来なくなる。
> そこは卒業して、もはや自分のためではなく、このような悪霊を払いのけるほど、自らを低くする勇気を
> もたぬなら、中途半端んなままで、
> 自分も後一歩のめざすところに到達できぬと断言できる。
優しさと払わないことは違うからね。なるほどだね。
> 君(
>>310 )よ、このスレでぬきんでているな。
え、いや、そんなw
大した人間じゃないよ。
>>328 > なるほど、難しい問題だ。
> しかし、凶悪犯罪者は、ほぼ間違いなく精神異常者であると考えて間違いないだろ
まあ、そうだろうね。
後は判断力の問題。
345 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:04:47.49 ID:mm4TIQpP
自画自賛ほど気持ちの悪いものは無い
346 :
ニセ悟りかも!?w :2014/04/07(月) 09:05:28.77 ID:rnPTkEDA
>>336 いるかいないか解らない禅師を出して あるかないか解らない逸話を話す
この雲をつかむ様な話をもって >335の話を否定したいのだろうけれども
>335の話は 己の話でもなく ある方の龍樹と輪廻の話である
どこを取ってどう納得せよというのだろうか
347 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:17:24.18 ID:p6Zjz0pO
>いるかいないか解らない禅師を出して あるかないか解らない逸話を話す この雲をつかむ様な話をもって 底が、このスレの最大の問題であろうな・・・
348 :
338 :2014/04/07(月) 09:21:38.92 ID:K4HVxs8z
>>337 >>341 >矛盾してるよね君
そうですよw
矛盾が当然です。
煩悩あるが故の実体なき知覚現実だから。
坐水月道場 修空華万行
お互いに、いい夢の如き修空華万行でありたいですね。
それにしてもこのところ規制がウザイなあ。
連続投稿ですか?バイバイ、だとw
ストレス原因になるなw
もうやめようかなあ。
確かに筏は向こう岸につけばいらない。 しかし、筏にも乗らず、こちらの岸で悟ったと勘違いしている危険はないだろうか?
筏とは言葉である
351 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:35:40.00 ID:jgKanMiM
>>326 >>アサハラは重度精神疾患者
麻原も、釈迦とイエスの狂気の感染による痛ましい犠牲者に過ぎない。
心神喪失により無罪。少なくとも、死刑の執行は法的に不可能。彼が釈迦と
イエスに嵌らなければ、腕の良い鍼灸師として社会に貢献していたはずだ。
罰せられるべきは、元凶の釈迦とイエスである。
>>327 >おまいよりここの人達は数学、科学 生物 物理の成績は上だ。
ほほう。地獄や悪霊が、数学、科学、生物、物理のどの教科書に書かれているか
挙げてみw。
352 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:37:39.74 ID:p6Zjz0pO
351,これはこれはッ北朝鮮日本支部の御隠居様ではあーりませんかw 宗教患者を強制収容所送りの計画中ですかw? 強制収容所送りで罰せられるべきだとw
353 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:45:29.12 ID:jgKanMiM
>>352 北朝鮮は、開祖マンセーの君ら宗教患者そのもの。
ウクライナ問題におけるユダヤ勢の動きを見ていると、ヒットラーの気持ちがよく判る。
宗教洗脳は、殺さない限り離脱できない、ということ。
354 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 09:54:53.79 ID:wyob+65X
>>349 悟りは此岸にしか無い
彼岸に悟りなど無い
人間が彼岸に行きっ放しになる事が一般的に死とされる
死んだ人間が蘇ったとされてるのが実しやかに伝記されてるのは有史以来
彼一人だけだ
>>321 輪廻転生があるかどうかについては私は有るとも無いとも言えません。
確証の無い事ですからね。
ただ、釈尊の教団では輪廻転生が語られていた記録として出しました。
サーリプッタ尊者と共に双璧を成していたモッガラーナ尊者までが、
ジャイナ教徒から暴行を受けた際に過去世のカルマを語った意図も当事者でなければ分からない。
そう言わなかった場を収められないと判断しての事かもしれないし。
356 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:02:12.08 ID:m+LGfLJG
>>351 悪霊くんらしい、書き込みじゃないか(^▽^♯)
二つの話しを用意して、@とA自分は@で君はどちらだと聞いたな。
また、同じことを繰り返しているぜ。
おまいより、みな理数分野で成績が上であることと、地獄や悪霊が教科書にかかれているかは
別だ。
ワンパターントリックするなよ。
そうとうな恨みがあるのだな、釈迦やイエスに。
おまいの性質が悪い(欲深い)から、現在のおまいである側面を飛ばすなよ。
おまいと話しているのだが、みな読んでいるから
悪霊が固着したおまいにわからなくとも、
おまいの為にではなく、
みなの為に非常に低レベルなおまいのトリックが顕かになる例えを次に述べる。
357 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:06:21.32 ID:wyob+65X
>>355 >確証の無い事ですからね。
君は死んだら骨と灰と気体になる事位は決定してるだろ
普通に死んだらね、何かの事件事故に巻き込まれて腐乱したらその限りじゃないだろうが
どっちみち蛆の養分、植物の養分、土中の虫への養分やらを経由してそれらの体の一部になるだろ
確証は無いだろうがそれは選択権としての確証が無いだけだ、まだ理解の範囲は飛び出してない自然の流れだ
358 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:22:32.09 ID:wyob+65X
君らは何か誤解してる様だ この世界、実は暗闇なんだよ、太陽や照明があるから一応明るくはなってるが それらの力の作用を一切失えば真っ暗闇なんだよ この世界、実は無音なんだよ、空気やらの振動を耳が拾ってるから音が聞こえてるだけで 空気が無きゃ伝播する振動も無いから無音なんだよ、太陽風の音が聞こえないのもそう言う事だ 匂いも同じだ、味と感覚と意思はまあ好きにしろ こいつらを身体で統制して識別してるのが認識だ、認識は対象が無きゃ成立できない しかし、認識の有無に因らず対象ってのは実は存在してる、唯識は無いとかほざいてるがな それは識の内側から見た見解だから認識出来なきゃ無いも同じってだけだ でも、そもそも事物に認識なんてありゃしないんだ この世界の殆どは無情で占めてて、僅かな有情が文句言ってるに過ぎないんだからな 太陽に情が有るか?月にはどうだ?多分宇宙の殆どの物質に情とか心なんか無いんだぜ だから「あれ」とか「これ」とか「そっち」とが「こっち」とかの分別もしてないし出来ない なんてなw
359 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:33:47.30 ID:m+LGfLJG
まず参考に闇という言葉の意味を調べると 1 光のささない状態。暗いこと。「―に包まれる」 2 闇夜。「文化五年の辰年のこんな―の晩に」〈漱石・夢十夜〉 3 思慮分別がつかないこと。「心の―」 4 知識がないこと。「母の言葉の放った光に我身を(めぐ)る―を破られ」〈二葉亭・浮雲 次に君が選択をせまった輪廻の意味 1 〘仏〙 〔梵 sasāra 流れる意〕 生あるものが死後,迷いの世界である三界・六道を次の世に向けて生と死とを繰り返すこと。 インド思想に広くみられる考えで,仏教の基本的な概念。生死(しようじ)。輪廻転生(りんねてんしよう)。流転(るてん)。 2 連歌・俳諧で,一巻中に同意・同想の語句や趣向が繰り返されるのを嫌っていう語。 3 ある一連の経過を経て生起する地学現象が,循環的に繰り返すと考えていう語。地形輪廻など。サイクル。 4 執着の深いこと。 「 −したる女かな/浄瑠璃・出世景清」 闇も輪廻もこのうちのどれを答えても間違いではない。 貴殿が輪廻を3、であると答えたとして、誰も反論しない。 輪廻は3も含んでいる事を知っているからだ。 意味内容に1から4まで含んでいるからだ。 それをバラバラにして問うとは、まことに滑稽であるばかりか 貴殿はトリックを使う相当なひねくれ(悪質)をかかえておる。 貴殿は統合失調症かもしれないが、どうか今一度釈迦やイエスのせいにするのではなく、 己を省みられよ。
360 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:38:11.53 ID:wyob+65X
誰と間違えてるんだ? 生命教とか? 私は一応仏弟子なんだがw
361 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 10:48:26.74 ID:m+LGfLJG
362 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 11:02:17.84 ID:AY6+r7v6
>>256 のつづきです
>それは勇気にいることですが、瞬間瞬間の中で生きて、清冽な生の流れの中に身を置き続けましょう
今、為した判断が絶対のものと思い込まないことです。
生は、存在は、天然自然は無常です。無常においての「絶対の判断」などあり得ないのです。
そしてこう思うのです。
「希望というのは真実ではない」。と
自分の手の内にない未来を、あなたはどう出来ると仰せですか?
あなたの幻想を破壊してください。でもこれは厳しいことかもしれません。
ですが勇気を持って受け入れてください。
代わりに壊されない何かが、きっと貴殿の内側で生まれるかもしれません。
(つづく)
363 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 11:03:09.83 ID:AY6+r7v6
(つづき) 「判断しない」こと。これを禅語では「無可無不可」といいます。 これは自分で決め付けない。ということです。 私はこの境地に至って、そして浄土門を連想したのであります。 浄土門の「阿弥陀如来に帰依」は、まさに自己判断の放棄であります。 自然法爾とは、まさのこれかと自分では解釈してます。 私は自力でしたので、ここまで到達するまで随分遠回りしました。 しかし他力念仏は、直ぐにでもココから始められます。 ※ 最後ですが、ひと言書きます。 私達は、子供の頃から「希望をもって生きる」ということを教育されました。 でも「希望」ということに誤魔化されてはなりません。 もう一度、自分に問うことから始めねばならんでしょう。
364 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 11:43:04.91 ID:m+LGfLJG
>>363 >「希望というのは真実ではない」。と
>自分の手の内にない未来を、あなたはどう出来ると仰せですか?
希望が観念であるうちは手の内にないと感じるのだ。
希望は机くんが今ここに書き込んだそれなんだよ。
子供の頃に教育されたと貴殿はいうが、そのような記憶ばかりに覆われているのか。
そうではない、子供頃、貴殿が今書き込んだように希望とともにその連続の瞬間があったはずだ。
もし、「希望」という教育を受けて傷ついたなら許してくれ。
許すとは、貴殿が明るく明朗に希望のごとく子供のごとく
命のリズムにあることだ。
365 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 12:04:45.23 ID:AY6+r7v6
>>364 >もし、「希望」という教育を受けて傷ついたなら許してくれ。
いや、そういう意味ではない。
希望をもつとは良いことなんだよ。だから教育でもそう学習するようになってる。
何故良いかというと、希望をもつことによって心が安定する。
だけど心が安定して、それだけの話なんだよ。
心の安定は、やがて腐敗するだろう。と私は書いたまでのこと。
何故、腐敗するのか。
それは偽物だからだよ。
だから、仏教が”行”というのであれば、そういった「心の安定」を捨てることも大事だと言ったんだよ。
自分を自ら「不安定」の中に置くことによって、何かが貴殿の心にスゥ〜〜っと入ってくるだろうよ。
という話なんだよ。
それは自分の認識に依らない、っていう意味での直覚というのなら、そういう意味になる。
禅とは、そういう、ひとつひとつが思議から離れたとこから入ってくるもんなんだよ。
何故入ってくるのかというと、
腐敗を破壊することによって、生の清冽な流れに身を置くことによって仏智が入ってくる。ってことさ。
366 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 12:47:26.59 ID:6dHYZ7RZ
ハッw 不毛な自己主張のお喋りだな机 流石10年のキャリアは伊達じゃない程の下らなさだよw 増上慢丸出しの生禅風情が禅を語るとか臍で茶が沸くから勘弁してくれww
367 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 13:35:31.48 ID:jgKanMiM
>>362 >瞬間瞬間の中で生きて、清冽な生の流れの中に身を置き続けましょう
それは、私が常に言ってることだが、しかし、宗教とは、大昔の開祖・教祖の
判断を絶対とするのだから、宗教に嵌るということは、その「己の清冽な生の流れ」を
破壊することではありませんか?
親鸞など持ってこなくても、「仏道とは、己に習うなり」「眼横鼻直」に尽きると
思います。
368 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 13:38:26.93 ID:AY6+r7v6
私の話が「下らない」という御仁がいたとする。 私は彼に、こう問うだろう? 「では、下る話とは何か?」。彼はこう応えるであろう、 「下る話は、輪廻転生でもって、次生にはリッチモンドな生活がしたい」。と で、私は再度問うのである。 「リッチモンドの生活して、その後はどうするのか?」。彼はこう応えるであろう 「私はその後、ゆっくり休みたい」。と 私はこう言おう、 「ゆっくり休むなら、今休めばよかろう」。と 彼は気づいたのだ、机龍之介の講釈が正しかったことを・・・
369 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 13:50:06.83 ID:AY6+r7v6
>>367 >親鸞など持ってこなくても、「仏道とは、己に習うなり」「眼横鼻直」に尽きると 思います。
人の心は定まりません。
心は過去にあったり、また未来にあったりします。
このことが「今」を見過ごしてしまい、これを無明などと言ったりします。
眼横鼻直というのは、見過ごしてしまいがちなことを、あえて「見過ごすべからず」。を示唆したものです。
自分が「今」にあることが、全てを解明・明白にする。というのが禅であります。
禅とは、これだけのことです。
これひとつのことを継承しておるのです。
370 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 13:52:28.18 ID:m+LGfLJG
ID:jgKanMiM氏
・・・・・・・・
>>353 :神も仏も名無しさん:2014/04/07(月) 09:45:29.12【 ID:jgKanMiM】
>
>>352 >北朝鮮は、開祖マンセーの君ら宗教患者そのもの。
>ウクライナ問題におけるユダヤ勢の動きを見ていると、ヒットラーの気持ちがよく判る。
>宗教洗脳は、殺さない限り離脱できない、ということ。
>>367 :神も仏も名無しさん:2014/04/07(月) 13:35:31.48 【ID:jgKanMiM】
>
>>362 >>瞬間瞬間の中で生きて、清冽な生の流れの中に身を置き続けましょう
>それは、私が常に言ってることだが、しかし、宗教とは、大昔の開祖・教祖の
>判断を絶対とするのだから、宗教に嵌るということは、その「己の清冽な生の流れ」を
>破壊することではありませんか?
>親鸞など持ってこなくても、「仏道とは、己に習うなり」「眼横鼻直」に尽きると
>思います。
・・・・・・・・
字数があるので続。
371 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 14:12:03.60 ID:m+LGfLJG
おまえは、北朝鮮だとか、よくここに書き込んでおるな。 仏教の話しを利用しながら、それを言いに来ている工作員だな。 手の施しようがないのだが、君の為ではなく、ここを読んでいるみなの為に 書こう。 半端な知識を振りかざすな! 悪霊。 悪霊はユダヤと印象操作して憚る事がないが、 おまえだ! おまえのような悪霊がイエスを殺し、釈迦を黙らせ 名もなき罪のない子供までもをも収容所に送り込むヒトラーだ。 ユダヤでなく、おまえだ。 なにが、ウクライナだ。 まったくのでたらめを印象操作するな悪霊。 おまえだ。
372 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 14:32:00.59 ID:m+LGfLJG
おまえ、どこの変態の教えに洗脳されているのだ。
工作員よ。
>>367 :神も仏も名無しさん:2014/04/07(月) 13:35:31.48 【ID:jgKanMiM】
>
>>362 >>瞬間瞬間の中で生きて、清冽な生の流れの中に身を置き続けましょう
>それは、私が常に言ってることだが、しかし、宗教とは、大昔の開祖・教祖の
>判断を絶対とするのだから、宗教に嵌るということは、その「己の清冽な生の流れ」を
>破壊することではありませんか?
大昔の開祖、教祖とはおまえが常々言っておる、釈迦やキリストだな。
釈迦やキリストの判断(教え)を絶対だは、おまえなのだよ。
あまえは洗脳されなくては自分の病気をどうにもこうにも致しかねるほど病んでいるのだ。
おまえはアサハラだ。悪霊だ。
お前以外は釈迦やイエスに出会っても絶対だとかそういった入り方はしないのだよ。
友人として挨拶するのだよ。
おまえの病気をして、変態トリックを流すな。
>親鸞など持ってこなくても、「仏道とは、己に習うなり」「眼横鼻直」に尽きると
>思います。
373 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 14:46:29.05 ID:m+LGfLJG
>親鸞など持ってこなくても、「仏道とは、己に習うなり」「に尽きると >思います。 もし、「眼横鼻直」が身についておれば、浅はかな知識を振り回し、 工作員、悪霊ごとくのふるまいはしないのだよ。 なにもかも、この悪霊は、言葉を表面で盗んではふりまわす兎だ。 重度の精神病疾患者をあなどってはならない。 ヒトラーのように アサハラのように 秋葉原のように もう虚無の果てにふんぞり返っている事実をしかとこのネッとでも 分かっておくことだ。 言葉巧みであるから、よくよく見抜け、だ。 この仏教スレにも入り込んで久しいではないか。
374 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 16:57:29.13 ID:hSj/Ixr/
特にキリスト教系のカルトは、「悪霊」という言葉に激しく反応する。イエスが、 イエスをよく知る人々から「悪霊憑き」と判断されていたことに対するトラウマが あるからだろう。
375 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:09:27.60 ID:m+LGfLJG
>>374 ほら、ごらん根も葉もない印象操作、作り話だ。
どこのカルト脳が2ちゃんに潜伏しているのだろうね。
以下↓
>>374 >特にキリスト教系のカルトは、「悪霊」という言葉に激しく反応する。イエスが、
>イエスをよく知る人々から「悪霊憑き」と判断されていたことに対するトラウマが
>あるからだろう。
376 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:13:06.58 ID:hSj/Ixr/
>>375 聖書にちゃんと書いてあるw。君がキリスト教系なら、聖書くらいよく読め。
>>373 輪廻は接触するもの全てである。アラヤシキは鉱物の成分比も含む。
>>374 > 特にキリスト教系のカルトは、「悪霊」という言葉に激しく反応する。イエスが、
> イエスをよく知る人々から「悪霊憑き」と判断されていたことに対するトラウマが
> あるからだろう。
悪霊という言葉に反応する仏教スレ住人が多い。
比喩さえも理解できないのが原因であるが、
仏教を理解する人間もまた、善の性質と悪の性質を有していることを欺瞞するがゆえにである。
真摯な仏教徒という自己欺瞞があるから各々の性質を顧みることがないのだ。
『ワルガキ』なら理解しやすいのだろうか?仏教カルトトラウマは(爆)
374はトラウマゆえに悪霊に反応かw
378 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:19:31.39 ID:m+LGfLJG
>>376 貼って解説せよ。
おまえを射抜く、解説返しをもちろん私はするが((^▽^♯)
射抜かれないよう、用心しながら解説してみろ。
379 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:23:14.88 ID:m+LGfLJG
>>376 おまえはキリスト教系なんだな。
聖書を熟読しているらしい。
いうこと、言う事、ことごとくみっともない奴だな。
>>376 > 聖書にちゃんと書いてあるw。君がキリスト教系なら、聖書くらいよく読め。
ただ仏典を理解できるできないでなく、
善の性質、悪の性質があって理解があることを知ることだなw
381 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 17:32:25.19 ID:AY6+r7v6
(つづき) >自分が「今」にあることが、全てを解明・明白にする。というのが禅であります。 では「今」とは何か?これについて説明します。 世の中の宗教というのは、信仰する者と信仰される者のという分割・二面性がありますが、禅はひとつだけです。 私だけ。です。 極論すれば、禅の関心は私の成長だけにあります。 禅は、在りよう、在りかた、実存そのものです。乱暴な言い方ですが、これが禅です。 「今」とは、ここに何も注釈のない天然自然のことです。 全ての境界線が消え、全ての分割・比較は意味をなさなくなります。 天然自然が自分の中に溶けこみ、自分が天然自然に溶け込んでしまっているからです。 これが私が言う 「刹那においての無限」ということになります。 「無限に生きる」とはこのことです。 ですから禅者は自由闊達です。 「今」とは、このように考えてください。また禅は理解することではないのです。 分からなかったら、分からないでいいのです。 ただ、誤解が非常に困るのです。
382 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:40:16.61 ID:6dHYZ7RZ
>>368 下らん
お前の嘘は最も下らない、虚栄心を満たす身勝手な嘘だからだ
383 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:45:35.35 ID:6dHYZ7RZ
>>381 お前はそんな事言ってるからバカなんだよ
分からないのも誤解なのであり、お前がくっちゃべっても
理解されてないなら徒労で無駄なんだよ
言い直しばっかするのも論者が生禅のバカ故だからだ
いまだに仏法とその他の宗教の違いも認識できてないバカが
禅を語るな野狐
384 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 17:50:38.76 ID:6dHYZ7RZ
>>381 お前のネタ分かったよ
苫米地なんちゃって仏教か
なるほどねwwwww
下らん
385 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 17:58:32.88 ID:AY6+r7v6
>>384 >苫米地なんちゃって仏教か
その人は知らない。
私のネタは白隠だよ。
白隠を調べていくと、大愚に近いものがある。つうか
禅は殆どが大愚であることが分かってきた。
これについて書いてある。
386 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 18:14:17.73 ID:qdZC2IGA
>>381 仏教的に「今」ということはどういうことでしょうか?
中道と「今」との関わりについて、仏教的な見地から説明してください。
>>365 わりと賛同する。
でも、一つだけ書いておく
その”行”は、現実に目を向けたものか、それとも現実から目を背けたものなのかということ。
反応と応答はちがう。
反応は自分に力がないためにそうせざるをえず、意思に反して大きな流れに巻き込まれてしまうことだ。
一方、応答は自分に力があり、自分の意思で選択すること。
もしその”行”をすることで、あなたが現実から目を背けているならば
それは自由ではなく、逆にとらわれているのだと思う
あなたと同じような論法を使っているが、その実は真逆だ。
この世のすべてを疑っても、そう疑っている自分は疑えない。
自分が何をしているか分からないと悩んで転々としていても、そう悩んでいる自分はずっと同じ場所に立っている。
あなたの言うようにこの世のあらゆる行、諸行は無常であるが
自分に御しきれない自分、反応によって生きることからの自由こそ、その中にあって
苦界と涅槃を分かつものではないかな
388 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 18:28:44.97 ID:AY6+r7v6
>>386 止行というのは、つまり日常という流れから隔離した非日常というのを追体験することなんだよ。
日常という流れから切断された一瞬、これを垣間見ることを見性などと言ったりする。
この一瞬を非日常と定義するならば、
「今」とはその一瞬のことだよ。非日常のことだ。
日常というのは、必ず目的意識がある。その目的意識の切断された瞬間を非日常と言っていい。
時制における中道であるならば、過去・未来に依らない現時しかないだろう?
現時そのものがある。と言ってる訳ではないよ。
「今」とは何か?の究極は無限である。と言いきってよい。
それ即ち中道。
野狐的「あるがまま」「自然」「眼横鼻直」は、
「惰性で流される」「欲望に随う」「抗う或いは改善・向上努力の放棄」(現状固守)
だからね・・。
>>387 「反応」(反射)と「応答」か。なるほど。
巧いこと言うねw
390 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 18:36:08.91 ID:gBGQSVGn
十二因縁の順観逆観には二系・四種の見方がある 流転門 順観 無明によって行生じ、行によって識生じ・・→・・有によって生生じ、生によって老死生じる(集諦) 逆観 老死は生生じれば縁起し、生は有生じれば縁起し・・→・・識は行生じれば縁起し、行は無明生じれば縁起す(苦諦) 還滅門 順観 無明滅すれば行滅し、行滅すれば識滅し・・→・・有滅すれば生滅し、生滅すれば老死滅す(道諦) 逆観 老死は生滅すれば縁滅し、生は有滅すれば縁滅し・・→・・識は行滅すれば縁滅し、行は無明滅すれば縁滅する(滅諦)
392 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 18:44:43.05 ID:AY6+r7v6
>>387 >もしその”行”をすることで、あなたが現実から目を背けているならば
> それは自由ではなく、逆にとらわれているのだと思う
いや、貴殿の言説とは全く真逆なのですよ。貴殿は気づいていないらしい。
「希望」ってのは現実逃避なのですよ。
現実から未来に夢を繋ぐのが「希望」ですから。それをよく分かってください。
だから希望は「夢」なんです。夢だから私は偽物と言ってるんです。
つまり未来の偽物に依っていたのでは、それは安定かもしれないけど腐敗する。ってことです。
ですから勇気を出して、未来に夢を求めないで、しっかり現実に生きろ。ってことです。
輪廻転生論も、つまりは未来に夢を繋ぐことです。
このことばかり考えてると現実が見えてこないのです。
仏教は現実を、正直に偽りなく自分が受容することが最も重要なのです。
393 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 18:54:04.08 ID:qdZC2IGA
>>388 >「今」とは何か?の究極は無限である。と言いきってよい。
>それ即ち中道。
「今」がなぜ無限なのでしょう?
また、なぜ、「無限」が「中道」なのでしょう?
具体的にお願いします。
394 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 18:56:41.09 ID:UnFaojIk
>>390 何を言ってるのかチンプンカンプンだよ。
それはチベット仏教だろうか。それとも日本の大乗なのか。
釈迦は凡夫相手に、そんなややこしいことを説くはずがないだろう。
仏教理解は常識的に考えるのが基本だと思う。
読み返して我ながら意味不明な文章だったかもしれないね 反応と応答の違いは自由があるかどうか、感情にとらわれず選択する心の力があるかどうか という前提がいるのと、 疑ってる自分が疑えない云々のところは言葉には原理的に真理を表現できないから 竜樹が示してみせたようにどんな理論も矛盾をさらけだしてしまう。 だからそれらも所詮、諸行無常。禅宗の言うように、不立文字。 言葉にとらわれてしまうのもいけないって言いたかった。 だから、希望とか、心の安定という言葉にとらわれてしまうのもいけないと。 で、反応と応答だが、心理学者の言葉らしいが 話は仏教の話の中で聞いただけ。 私自身、反応まみれの人生だから、他人にどうこう言うほどの者ではない
396 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 19:05:27.54 ID:AY6+r7v6
>>393 > 「今」がなぜ無限なのでしょう?
全ては今にしかないからです。
貴殿が空想すれば、死後の世界にだって行けるでしょ?
だから無限に世界は広がります。
これが世俗諦の説明ですが、これ以上ですと勝義諦です。
>また、なぜ、「無限」が「中道」なのでしょう?
対極が同義ですから中道ですね。
397 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 19:14:46.35 ID:gBGQSVGn
十二因縁の各プロセス 無明=様々な案件に対して解法と解答が得られず留保されてる悶々とした蟠りの集約、雑念はこれが引き金で起こる 行=業に応じた志向行為、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 識=志向行為の好きか嫌いか無関心、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 名色=物とか事とかとの具象化、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 六処=六根情報、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 触=六根情報の何たるかの識別、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 受=六根情報への所感、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 愛=これまでの情報を総じての渇愛が生じる、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 取=生じた渇愛に対する執着が生じる、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 有=生じた執着を引き金に自己存在性・優位性が強まる、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 生=承認願望などの激しい主張、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等 老死=無常・一過性からくる希少感から機会性への激しい拘り、雑念の影響も受ける・脅迫感先入観等
398 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/07(月) 19:36:34.38 ID:AY6+r7v6
>>395 >疑ってる自分が疑えない云々のところは言葉には原理的に真理を表現できないから
いや、そうじゃなくて、貴殿の文章は解離性同一性障害がよく書く文章なのですよ。
私は慣れてますから、そんなに深くは考えないのですが、
自分と、もう一人の自分がいる、ってのが特徴です。
文章で大体のことは分かります。一応はプロですからw
では、おやすみ。
399 :
六支縁起の提案 :2014/04/07(月) 19:59:37.10 ID:UnFaojIk
六支縁起の「順観」は、@色A受B想C行D識E無明であり、 そのプロセスは次のようになる。 色(身体)という種を蒔けば、受という花が咲く。 受という種を蒔けば、想という花が咲く。 想という種を蒔けば、行(行動)という花が咲く。 行という種を蒔けば、識=「苦」という花が咲き、やがて満開になる。 識=「苦」という種を蒔けば、無明の闇はますます深くなる。 どうしたら無明から卒業できるのか。自分の何かが悪いから無明が生じる。 それを探求するのが四諦八正道ということになる。
400 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 20:18:01.24 ID:gBGQSVGn
>>399 無明の卒業は仏道を以てしても死ぬまで無い
当座の不明保留は死ぬまで起こり得るのが当たり前
401 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 20:21:09.04 ID:gBGQSVGn
悟れば解消出来る無明はそれまでの無明 それからの無明をみんな無視しすぎ
402 :
小林正明 :2014/04/07(月) 20:21:54.98 ID:y5KKjeu4
大指導霊様から机龍之介氏へメッセージが来ていますので、勝手ながら 述べさせていただきます。 机龍之介氏も鬼和尚と同じような心境で、六次元光明界の上段階です。 机龍之介氏は、日頃の精進により以前より、心の霧が晴れて心境を上げ られています。 菩薩の登竜門の手前の阿羅漢向の状態であり、ある意味鬼和尚と似た課題 を持っています。 利他の精神が少しだけで、自分の救済のことだけを考えることが多く、良く 見せようと自らを飾ることに喜びを見出しているのが課題であります。 自らのことよりも、周りの縁ある方々に無償の見返りを求めない愛の実践 としての利他の精神に重きをおいて精進をなさると、人助けの菩薩の境涯 にたどり着くことが可能となります。 将来のいつの日か阿羅漢果の悟りを開くことになります。
403 :
○ :2014/04/07(月) 20:55:16.84 ID:kWEwM1H6
>>377 >悪霊という言葉に反応する仏教スレ住人が多い。
>比喩さえも理解できないのが原因であるが
貴方は知らないのも無理はないですが、21世紀の現代でもエクソシスト達が活動中です。
数百人はいる全員、ヴァチカン公認の牧師のようですね。
精神医学の講座も受講済みで、通常の精神病と悪霊憑き(憑依霊)を見分けるマニュアルも
あるようです。
神道でも瞑想中に憑依されないように昔は審神者(さにわ)が横で見張っていたものです。
とスレ違いなので止めておきます。
イタチの霊が狐と狸をお認めだw
405 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/07(月) 22:00:09.30 ID:/BptEKdh
>>403 『ザ・ライト -エクソシストの真実-』って映画は面白かったな。
精神病と悪霊憑きは区別できないんじゃないかな。
精神病は悪霊の仕業にちがいない!
406 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 22:17:15.22 ID:K4HVxs8z
>>396 >全ては今にしかないからです
机さん、大事なあとの置き土産を置き忘れているw
『そして、<今>は存在しない』
『全て』=一切の今は存在しない。
存在は存在しない。
一切皆空の如し。
合掌
馬鹿朕の 来とえ糞死すと
408 :
○ :2014/04/07(月) 22:26:11.29 ID:kWEwM1H6
>>405 >『ザ・ライト -エクソシストの真実-』って映画は面白かったな。
> 精神病と悪霊憑きは区別できないんじゃないかな。
あれー、映画の中で見分け方を分かり易く説明しておりましたが。
精神病で突然異国の古い言葉を話し出しますか?
精神病で黒い袋の中身を言い当てることができますか?
精神病で離れた所の物体を移動できますか?
精神病で次々に予知が当たりますか?
「精神病と悪霊憑きは区別できないんじゃないかな。」とうっかり言うと
意図的に言ったように聞こえますから要注意でしょう。
狸の幻術の話とか狐の嫁入りとか
410 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 22:33:36.31 ID:K4HVxs8z
飛んで火に入るオカルト虫
411 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/07(月) 22:45:46.73 ID:/BptEKdh
>>408 >>あれー、映画の中で見分け方を分かり易く説明しておりましたが。
そうだったっけ。
忘れたんでもう一回観直してみる。
おやすみー南無妙法蓮華経悪霊退散!
412 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 22:57:01.54 ID:gBGQSVGn
>>406 龍樹が議論した存在に付いての論とは
眼 が捉えた像と言う存在の実存性を論じている
その像は”今”眼の中で一時的に縁によって”映って”いるだけ
なので、眼の中に現象してはいても実なる存在はそもそも無い、と言っている
対境としての像のソースたる被写体も空ではあるが、眼中の像とは違い「実存」を持っている
無いのはあくまでも実体の方なので触る見る嗅ぐ舐める聞いてみることが出来る
実像と実態物との区別が出来ないのは中道に反する
413 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 23:19:07.02 ID:WGwBrKGT
414 :
小林正明 :2014/04/07(月) 23:28:15.42 ID:y5KKjeu4
>>404 >イタチの霊が狐と狸をお認めだw
霊視して観ると、誠に勝手ながらあなた様には、左肩に狐の霊が憑依し、
左脇腹には、イタチの霊が憑依しています。
あなた様に憑いている動物霊が狸とお認めになったという内容の記載で
宜しいでしょうか?
415 :
縁起はドグマ? :2014/04/07(月) 23:31:02.30 ID:kWEwM1H6
前日ドグマを批判している住人がおりました。 横レスで仏教のオンリーワン・ドグマは「縁起の法」だと思うと書きました。 根拠は科学常識では「因果の法」であり、相対性理論は検証できない一仮説ですし、 「八不(時間と運動の否定)」は言語論理世界でしか成り立たない「机上空論」だからです。 レスが無いということは、所謂「無記」ということでしょうか。 勿論、もし「縁起の法(空)」を得々と語り出したら、それはそれで第一義でなくなりますので ジレンマでしょう。 公案「縁起の法はドグマだと問われたら如何に?」 と悟達氏と机氏はうまく回答しそうです、と予想します。
416 :
神も仏も名無しさん :2014/04/07(月) 23:44:16.95 ID:gBGQSVGn
>>415 独善と言う意味に於いてはどうかと思いますが
教条として絶対であり、現実の事実としても「縁起の法」で正しいと思います
”彼”なら「言葉に過ぎない・非有非無云々」と言うんでしょうが
縁起する現象としての法が存在していなければ我々は眼で事物を見る事すら出来ません
「視覚にて事物を見取る」も縁起する現象故の事象なのですから
417 :
縁起はドグマ! :2014/04/07(月) 23:48:34.75 ID:kWEwM1H6
>>416 私も同じような回答を用意しておりました。
ドグマという言葉も空性であり『独善』と『教義・教理』という意味があります。
仏の教えという意味であれば、当然「縁起の法はドグマ」で宜しいかと存じます。
418 :
○ :2014/04/07(月) 23:57:09.78 ID:kWEwM1H6
>>414 >霊視して観ると、誠に勝手ながらあなた様には、左肩に狐の霊が憑依し、
>左脇腹には、イタチの霊が憑依しています。
そういうあなた様には、何の霊がおかかりですか?
強い霊が憑依すると霊能力が出てくるのはよーくご存じでしょう。
30年以上前に世間では少し有名だった霊能力者が私に語ってくれました。
「霊能力者というものは普通の人よりも多くが見えるだけに、かえって自分の
見た物に固執してしまう。それに八割は正気を保てなくなるし。」と。
ここでお話は終わりです。
419 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 00:00:22.58 ID:raqf9w7p
多分彼はそれとは知らずに唯識の考え方を拗らせてしまったのだろうと思います 唯識は意や心の処遇を徹底的に研究した仏教会派の一学部に過ぎず 捉えどころの無い心を研究してる故に非常に難解で、インテリ志向者の格好の自慢ネタになり得ます 仏教・仏道の本道に立ち返ってみれば、趣意「執着を捨てろ・心を離れろ」と再三にわたって教えているので 唯識は本道から外れていて、解脱には不要な要件となります 完全に要らない訳では無く、余暇があるなら参考程度に、鉢巻締めて勉強したいなら 先ず解脱してからと言う事です 自慢の為に興味本位で唯識に入ると絶対迷って解脱できません 心を研究するのは後で十分間に合うのです、毒矢の例え故に
420 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:09:12.38 ID:G/M9394k
>>419 「人間にとって、物の存在はその認識による」という、唯識の基本的思想は、
何人も反論不能である。チベット仏教などが唯識に反対するのは、単に釈迦の
「無我」「無」という誤った前提に合致させたいがため。何らの根拠も無い、
開祖の見解の盲信に過ぎない。
西洋哲学でも、最近は唯識が見直されているそうだ。
421 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:17:03.30 ID:I0u2K1Rh
,,-''ヽ、 .,,-''" \ _,-'" \ /\ 早稲田大 \ __ //\\ 先進理工 \ /|[]::::::|_ / \/\\ / ./| ̄ ̄ ̄ ̄ //\ \/ \ // ___ | |:::「「「「「「 / \/\ /\\ /:::/ ./| |__ _..| |:::LLLLL//\ \/ \/\\/::::::/ / | ロ .|lllllllllllll / llll| |:::「「「「 / \/\ /\ .\/ ./::::::::/ / ./ .| |lllllllllllll llll| |:::LLL.//\ \/ \/\ /::::::::/ . | / .| ロ .|lllllllllllll llll| |:::「「「/ \/\ /\ \/ /::::::::/ | ||/ ..| |lllllllllllll llll| |:::LL//\ \/ \/\ ./::::::::/ ..| ||/ ..| | |:::「./ .\/\ゴゴゴゴゴ〜〜::/⌒ヽ、 .| ||/ ..| | |:::l//\ \/ \/\_, -― 、 ''"⌒ヽ,_ _____ (⌒ヽ、_,ノ⌒Y" Y ∧_∧ / (⌒ヽー゙ ....::( ..::....... .__人.....::(Д` )< ぼうや、ここは危ないわよ! _ノ⌒ヽ Y⌒ヽ;;:::::ウエーンコワイヨママー/ ヽ \早くこっちへ来るのよ! ___( ゙ ....:::..... Y" ∧_∧ // / | // ll__ヽ_::::::::::::::::::::::::::::::ヽ....( ´A`)/// /L__つ 「 ヽO≡≡O:::::::::::::::::::::::::::::::::::/ つ _(_ノ ( V ゙u─―u-――-u 人 Y /\ \
422 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:19:28.80 ID:X4UtJEC3
六つ穴の開いた小箱の中から猿がいくらキーキー喚いてても 地球は太陽の周りを回っているし、我々は縁起によって人間に生まれて来た 釈尊が言おうが言うまいが事実は事実 唯識ではそれが理解出来ない
423 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:33:53.18 ID:G/M9394k
>>422 >地球は太陽の周りを回っているし
何時から回っているのか?それが証明できない以上、「認識の辞典」で存在する
言わざるを得ないだろう。
また、人間と他の種属の動物とでは、認識の範囲(即ち世界)が異なって
いることを忘れてはならない。即ち、人間にとっての世界と他の種属の動物の
世界とは異なっているのである。人間にとっての世界とは、人間の認識対象の
世界に過ぎないのである。
なお、唯識が無意識(阿頼耶識)を論じるのはおかしい。無意識を意識すれば、
それはもはや無意識ではなくなる。
「無我」を考えているのは、釈迦の「我」だから、初歩的な論理矛盾。
424 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:36:57.88 ID:G/M9394k
>>423 の訂正
×「認識の辞典」
○「認識の時点」
425 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:39:24.76 ID:G/M9394k
>>422 すべての人間が同時に死亡したと仮定した場合、この世界は存在するか。
その存在は、誰がどうやって証明するのか。
426 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:47:50.70 ID:X4UtJEC3
>>423 >何時から回っているのか?それが証明できない以上、「認識の辞典」で存在する
それを認識しようと頑張るから唯識は無限回廊に陥って出て来れなくなる
縁起は無常且つ無情である事をお忘れなく
故に、目は無情であり耳も無情であり鼻も無情であり舌も無情であり感覚も無情であり意思も無情なのである
無情を過ぎて行があり識が起こる、唯識はその識部を考察してるに過ぎない
識は無情の軍勢に依存し成り立っている、その主観を識に求める為に無限の矛盾を晴らせず
無明を生み続ける
427 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:48:44.50 ID:X4UtJEC3
428 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 01:54:45.20 ID:G/M9394k
「阿頼耶識」は、「生命」と解すべきである。生命を以って生命を対象化(理解)する ことは不可能。対象化(理解)主体と対象化(理解)の客体とが同一だから、その対象化 (理解)の「正しさ」の担保は「皆無」である。人間の生命は、人間が対象化できない 唯一の存在。対象化できるのは、認識可能な「生命現象」のみ
429 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:00:23.22 ID:X4UtJEC3
>>428 涅槃には阿頼耶識も無い
井戸茶碗に阿頼耶識が無い如く
430 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:04:42.29 ID:G/M9394k
>>426 釈迦の「諸行無常」も、同様に初歩的論理矛盾。「無常」は「常」なる存在を前提
とする。常に無常の存在は、その無常の状態が常である。「行く者は行かず」。
「行かない」という状態があって、初めて「行く」という概念が生じる。「相対的
であらざるものはない」(中論)。
スッタニパータを読んで思ったこと。 日本で仏教を論ずる人達は、漢字に囚われ踊らされている人が多いのではないかと思った。
432 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:22:26.13 ID:G/M9394k
前レスでも挙げた釈迦の無数の初歩的論理矛盾、勘違いこそ、「無明」と呼ぶべきもの。 生存努力という「選択不能な大修行」によって悟っている衆生(生活者)は、「無明」 ではない。人間のすべての価値は、その生存努力から「のみ」生じる。生存本能(生命)が、 人間のみでなく、すべての生きとし生けるものの「究極の本質」「最上位次元」だから である。 輪廻転生概念も、科学について無知蒙昧だった古代人の生存本能(死にたくない欲求) から発生したものと推測できる。人類の発生以来から現在に至るまで、人間のすべての 努力は、この生存本能に基づく「死を避け、より長く生きる」目的のためになされている。 例外は「皆無」である。
433 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:23:35.09 ID:X4UtJEC3
>>430 去来の考察とは三世をどう解釈するかの論である
行く行かない以前に先ず、「行く」と言う行為と概念との考察が為され
行くと言う動作と行くと言う概念は同時に認識できないと言う龍樹の見解となる
行く動作中は概念上「行っている」のであり、厳密には「行く」では無くなっている、と言う見解でもある
これらの見解は戯論なので敢えて議論して見せただけであり
故に「相対的であらざるものはない」が世間の認識であるだけだと結論しているのだ
涅槃には無用の戯論に過ぎない事は言うまでも無い
因みに君の考察した
>常に無常の存在は、その無常の状態が常である
は個々の無常事物の集合と言う見地から観るならその通りなのである
故に、遠塵離垢を一風呂浴びて済ませたものの眼(法眼)には
この世界が常楽我浄であったと真に観えるのだ
まだ観えない人達は、仕方ないので信じるしかなく、現実としては「無常・苦・無我・不浄」を
如実に見て梵行に励むより他に道はないのである
434 :
安堂 :2014/04/08(火) 02:27:00.32 ID:3cGTAuXe
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝します。 よって、後日お相手致しましょう・・・。
435 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:33:38.37 ID:G/M9394k
>>428 >涅槃に証明やらの戯論は無い
具象物に還元(照合)できない言語(記号)を、「戯論」と呼ぶ.荘子もその趣旨を
述べている。
釈迦の「教え」は、「初歩的論理矛盾、勘違い、戯論」の塊。Snだけからでも
明らか。
436 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:38:19.81 ID:X4UtJEC3
>>435 龍樹尊者はその「初歩的論理矛盾」なる教えから悟って論を展開されている
対機説法は総論に纏めれば矛盾するのは当たり前で、アーナンダ尊者がそれを身を以って証明している
釈尊は道と扉を個々に教えたに過ぎず、迷うのは受けての問題なのである
唯識齧っててそこに迷うとは笑止の極み
437 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 02:53:10.49 ID:G/M9394k
>>436 釈迦が、「生存努力」という「選択不能な大修行」をやらなかったため、
悟れなかっただけの、簡単なお話w。
「一切皆苦」なら、人類はとっくに消滅しているw。
圧倒的多数の生活者たちは、釈迦の教えなど本気に問題にせず、只管生存努力
を続けて来た。巨大な仏像、寺院建築、岩窟寺院などは、専ら生活者が生計の
資を得るための「手段」。現代で言えば「公共事業」。これが人類の歴史。
人類が宗教で生きてきたなどと考えるのは、大間違い。生存は、宗教にはるかに
優先した。
438 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 03:08:04.29 ID:X4UtJEC3
>>437 >巨大な仏像、寺院建築、岩窟寺院などは、専ら生活者が生計の資を得るための「手段」
その手段を釈尊は用いていないのも事実
そして、君が私に反論するのも「一切皆苦」故に論破したい衝動に駆られている
論敗するのは苦の一つだから退けようと必死になってる訳ですよ
これが解らない以上、いくら釈尊を否定批判してもお話になりません
439 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 05:48:13.36 ID:a5Yu0pRv
>>437 >人類が宗教で生きてきたなどと考えるのは、大間違い。生存は、宗教にはるかに
>優先した。
宗教で、ではなく人類の生存にとって宗教は必然的に現れたのだ。
宗教をとってつけたように感じている君は、むしろ生存から分裂していて
言葉を知らないのではないか。
貴殿は、宗教がわれわれを苦しめていると解釈してきたな。
その解釈のことはじめに思い込みと錯誤があるのだよ。(言葉をしらない)
もとより人類の性質が宗教を生じせしめたのであって、
何か外から押し付けられたものではないのだよ。
貴殿の苦は宗教がもたらしたものではなく、
>迷うのは受けての問題なのである(
>>436 )
もっと素直になってごらん。
喜怒哀楽や倫理、信頼は、人類に備わった性質であり
宗教という得体の知れないモノが
なにか無関係にとってつけたように外からやってきたものではない。
われわれは肉体があるので、うまくさばけず、それらが苦となって押し寄せるので
宗教のせいにしてしまいたいような錯誤に陥るのだよ。
貴殿の生存そのものが宗教なのだよ、人類とはそういう生き物なのだよ。
宗教を憎むのは、貴殿が宗教にあるからだ。
しかし、貴殿が、というかみなが幸福感がないとすれば、
宗教に問題があるのではなく、貴殿や貴殿が住む社会のレベルが未熟なのだよ。
机君には通じなかったようだが、希望も宗教と同じで外から発生するものではなく
己から発生する時、観念分離は起きない。
> 唯識は意や心の処遇を徹底的に研究した仏教会派の一学部に過ぎず > > 先ず解脱してからと言う事です > > 心を研究するのは後で十分間に合うのです、毒矢の例え故に 唯識は、唯識の境地に応じた知恵を瞑想から体系化したもの(後の細かい整理は別にして)。 中道は、我が無いも有るも反する。執着無きが無我であり、無い無い尽くしが無我なのではない。 無い無い尽くしに対し、無ではないものとして唯識はある。 無我でありながら意識の存続を可能ならしめる念相続は、霊魂のミクロでの存在形態を明らかに している。霊魂と耳にし、冷笑するアホ仏教徒は単に己の中で霊魂の定義を凡情で定義しているにすぎない。 つまり彼・彼女らの霊魂に関する知識はそのまま自らの実存(個の有り様)をさらしているのだ。 マクロ(見せかけ、見え方)とミクロ(実際、思慮分別でない知恵で見た見方)の有り様の違いを知らないゆえに。 実存的に唯識という通過点を抜きにして、無明から世界の始まることを知るのは不可能である。 (これはバカ隠居ごときには分からない)
441 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 06:31:50.38 ID:X4UtJEC3
>>440 >唯識は、唯識の境地に応じた知恵を瞑想から体系化したもの(後の細かい整理は別にして)
その知恵も所詮は単なる普通の思考に毛が生えた程度です
迷うばかりで通過儀礼にも当たらないでしょう
>執着無きが無我であり、無い無い尽くしが無我なのではない。
それは中道とは言えませんし中観を言い得ていません
無我の境地とは非有非無の如き、と言う事です
それと、大川さんの教義みたいのは間に合ってますよ
442 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 06:39:55.03 ID:LhPRRduN
>唯識は、唯識の境地に応じた知恵を瞑想から体系化したもの(後の細かい整理は別にして)。 小乗仏教と竜樹の総合らしいぜ。 441は乱暴に批判したいだけなんだろうなあ・・と言うのは理解できるな。 >執着無きが無我であり、無い無い尽くしが無我なのではない。 それは中道とは言えませんし中観を言い得ていません は、ここまでは正解でしょうけれども、これ以降が、整理ができていないだろうなあw >無我の境地とは非有非無の如き、と言う事です
443 :
○ :2014/04/08(火) 06:50:56.55 ID:0fXeWN0P
>>430 多分、他称ご隠居氏
>釈迦の「諸行無常」も、同様に初歩的論理矛盾。「無常」は「常」なる存在を前提
>>437 >「一切皆苦」なら、人類はとっくに消滅しているw。
前スレでも、前々々々スレでも、前々々々々々スレでもお話しました。
「一切皆苦」も「諸行無常」も常見者を涅槃へ導くための誘引とのことです。(各各人為悉壇)
Aさん(常見者)への処方箋にて出されたお薬を、Bさん(断見者、非常見者)が勝手に服用して
「効かないじゃないか。」と騒いでいるのを自称医師はどう観じますか。
とセブン氏を真似て譬えてみます。
444 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 06:51:50.70 ID:X4UtJEC3
>>442 整理出来て無いのはあなたでしょう
だから理解出来ないのです
中道・中観の見地とは
仮観=現象界とそれに纏わる心を制することから悟れると思ってる
空観=全ての事物事象には実体が無い、存在はもともと存在しないと観じれば悟れると思っている
この上記両極に偏らないばかりか、それ以外の見地を見出す事によって
不生不滅 不常不断 不一不異 不去不来の意味する真実を悟るのが中観なんですよ
この八不に照らしても、唯識は当たらず空観程度となります
>>441 >
>>440 > その知恵も所詮は単なる普通の思考に毛が生えた程度です
知恵である。知識ではない。
通 過 点 の意味を分かってるのかい?
> 迷うばかりで通過儀礼にも当たらないでしょう
二度言うが、唯識は境地である。唯識抜きに釈迦の教説の無明から始まる世界展開を知るのは
幼稚園の広場から大学のキャンパスに行く様なもんだ。
ちょうどお前の様な観念論と仏教の区別もつかない仏教を大量生産する。
> それは中道とは言えませんし中観を言い得ていません
中道とはエゴに基づく二辺、エゴと反動の空虚を離れることです(快楽と苦行など)。
形骸化している観念仏教はエゴから来た反動形成でしかないのです。
その証拠に己の実存状況を見なさい。高尚なことを言っても実存は動物並みです。
お願いですから慇懃にアホを撒き散らさないで下さいw
仏教の考えは表面的に見れば現代に生まれさえすれば、誰でも理解できるんですよ(知的には)。
科学万能主義に毛がはえたw程度ですからね。だがそれは、学生好みの中二病なんだよ。
仏教じゃない。
> 無我の境地とは非有非無の如き、と言う事です
非有非無とか実体験で述べないなら中二病ですw
ただのアホです。
> それと、大川さんの教義みたいのは間に合ってますよ
へえ、自宅にあるんですか?そういうのが。こりゃ大変w
446 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 06:59:41.57 ID:LhPRRduN
>無我の境地 の扱いで、すでに失敗しているなあw444は。 >唯識は当たらず空観程度となります 唯識の批判する場合、そういう批判はありえません。
447 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:02:28.76 ID:LhPRRduN
>ちょうどお前の様な観念論と仏教の区別もつかない仏教を大量生産する。 444は仏教の基本教理、空と仮すら解っていないでしょうね。 > 無我の境地とは非有非無の如き、と言う事です >唯識は当たらず空観程度となります 教理学知識ができていない上であいまいな批判しているからなあw 批判は基本、精密な教義の調査による検証が必要・・・
448 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:14:48.85 ID:0hu6Wrly
>>415 >>416 >仏教のオンリーワン・ドグマは「縁起の法」だと思うと書きました。
>教条として絶対であり、現実の事実としても「縁起の法」で正しいと思います
金剛般若経七参照。
愚人には、所詮<無理>。
449 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:20:10.82 ID:X4UtJEC3
>>445 >知恵である。知識ではない。
仏法に必要なのは知恵では無く”智慧”です
似て異なるものなのでお間違いなく
>唯識抜きに釈迦の教説の無明から始まる世界展開を知るのは
釈尊の教えられた境地はそれをも離れた境地を悟る事ですよ
その見地に立てば無明も小物です
>>447 八不の意味するものは何か?
それが如実に解れば悟りです
450 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:33:19.41 ID:X4UtJEC3
>>448 金剛不壊の般若(破壊不能のダイヤモンド硬度の智慧)が何の事か解らない人が
般若経を宣揚しても説得力無いですよ
451 :
448 :2014/04/08(火) 07:33:21.98 ID:0hu6Wrly
>>415 >>416 趙州録397
『問、如何是祖師的的意。
師、涕唾。
云、其中事如何。
師、又唾地。』
笑うしかないほど明白だ
452 :
448 :2014/04/08(火) 07:36:10.73 ID:0hu6Wrly
>>450 >金剛不壊の般若(破壊不能のダイヤモンド硬度の智慧)が何の事か解らない
解るわけがないw
⇒『師、涕唾』(
>>451 )
453 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:40:46.20 ID:X4UtJEC3
>>452 不可知論は邪見です、仏法ではありません
454 :
○ :2014/04/08(火) 07:41:28.93 ID:0fXeWN0P
>>436 >対機説法は総論に纏めれば矛盾するのは当たり前で、アーナンダ尊者がそれを身を以って証明している
>釈尊は道と扉を個々に教えたに過ぎず、迷うのは受けての問題なのである
貴殿の認識には全く同感です。
現代でもヒトゲノムの個人差がある以上は誰にでも効く薬はないでしょう。
また医師も症状を見て、3つの仮説が脳裏に浮かび、その中の一つを短時間で回答するので
ヒット率が6割以上は良い方だとある医師が話しておりました。
>それと、大川さんの教義みたいのは間に合ってますよ
本名は中川さんですね。
455 :
448 :2014/04/08(火) 07:43:53.27 ID:0hu6Wrly
456 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:44:55.44 ID:X4UtJEC3
>>455 おい中国人、漢文読めないから平文の日本語に直してくれ
と言う声が聞こえます
457 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 07:51:56.09 ID:hjE1EozH
困ったときの語録コピペって感が否めないですね 釈尊はその時代・その地方・その風俗に合わせて 自分の言葉で法輪を回せと言われた筈なのに
458 :
448 :2014/04/08(火) 07:54:47.34 ID:0hu6Wrly
趙州録397 # 問う、ギリギリの祖師の想いとはなんですか。 師は、つばきを吐かれた。 云う、その本意はなんでしょうか。 師は、また地面につばきを吐かれた。
459 :
448 :2014/04/08(火) 07:56:30.96 ID:0hu6Wrly
460 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 08:00:32.26 ID:YFEgXG/G
>>402 小林どの
> 自らのことよりも、周りの縁ある方々に無償の見返りを求めない愛の実践
>としての利他の精神に重きをおいて精進をなさると、人助けの菩薩の境涯
>にたどり着くことが可能となります。
人助けの菩薩。というのが私はどうもわかりませんね。
そもそも菩薩というのは「人を助ける」とか思うものなんでしょうか?
私は常にそのことを疑問にもっておったのです。
私は、白隠とか一休は菩薩かと思うのでありますが・・・
もしも私が女であったならば、これ等の菩薩とは所帯持つことはマッピラですね。
結婚はしたくないけど、そういったことに関わることがないのでしたら、
私は菩薩として頗る尊敬しておる。ということです。
菩薩というのは、”生き方が菩薩”なのでありまして、
菩薩自身は「人助け」など殆ど思ってないかと思料します。
461 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:03:21.36 ID:X4UtJEC3
>>458 その文意のままに固執すればそれが空観です
あなたのままなら人に法を説く事が出来ないままです
その語録も解らせる為に文にしたためられてる事をあなたは既にお忘れです
462 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:08:12.55 ID:LhPRRduN
448ハッタリ禅、仏教議論で禅を使うこと自体が、まずハッタリw
463 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:09:40.18 ID:LhPRRduN
453 :神も仏も名無しさん:2014/04/08(火) 07:40:46.20 ID:X4UtJEC3
>>452 不可知論は邪見です、仏法ではありません
ま、言い過ぎだが、
中途半端なハッタリ禅は批判されるべき対象であるなw
464 :
448 :2014/04/08(火) 08:10:49.40 ID:0hu6Wrly
>>461 >>462 『帝又問 如何是聖諦第一義
師曰 廓然無聖
帝曰 對朕者誰
師曰 不識
帝不領悟
★ 師知機不契』(『景コ傳燈錄 第三巻より)
465 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:12:16.44 ID:LhPRRduN
448と453の半端者同志の議論、不毛ww
466 :
448 :2014/04/08(火) 08:12:30.44 ID:0hu6Wrly
467 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:12:54.73 ID:PG9OF3jC
>>463 言い過ぎではなくどストライクに邪見ですよ
どっち付かずの答えしか出せない不可知論は六十二見にモロ掛かってます
て言うより彼の場合、不昧因果すら知らなかった生禅です
悟後の人は仏法を離れてると仰ってました
468 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 08:16:56.16 ID:YFEgXG/G
>>406 >『そして、<今>は存在しない』 『全て』=一切の今は存在しない。 存在は存在しない。
ええそうです。勝義諦ならそうなります。私は世俗諦でのみ解答して、勝義諦は省略しました。
>>439 > 机君には通じなかったようだが、希望も宗教と同じで外から発生するものではなく
>己から発生する時、観念分離は起きない。
いやいや、私は当該スレッドにおきまして、輪廻転生論が論題の中心になっておるようでしたので
あえて「希望」という名において、この輪廻転生論を論考する切っ掛けを示したのであります。
希望も輪廻転生論も、いうなれば方向性は同じなのですよ。
ただこれだけでは、それで終了。つまり止まってしまいまして・・・あとは腐敗するだけ。と言ったまでのこと。
生(なま)の瞬間瞬間に自らを置かねば、全ては腐敗してしまうのです。
これが「今に生きる」ということです。
そうです、川の流れのように清冽に。です。
469 :
448 :2014/04/08(火) 08:20:58.07 ID:0hu6Wrly
>>467 明確に応えている。
>不昧因果
己は因果そのままであるからこそ、無意味な原因と結果、因果の有、すべては因果の流れなのである。
野狐にも身を堕すし、黄檗のように横面を引っ叩く。
決して大修行したからとて因果から離れるわけではない。
あるがまま(縁起の直接現実)なのだ。言葉を発したら即離れてしまう。
不昧因果も不落因果も、因果そのままであるから因果を昧(くらま)しえないし、因果に落ちることもありえない。
野狐と解釈し、脱することを願うことこと自体が因果に固執する姿だ。
逆に、真に<不落因果=不昧因果>←無意味と体得できているならば、野狐の身そのままで意に介さないであろう。
そんなことは意に介さずして、そのままで脱然として、自由気儘に生きればいいのである。
>悟後の人
悟り、それ自体はありえない。
既応済み。
470 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:27:42.65 ID:LhPRRduN
467 :神も仏も名無しさん:2014/04/08(火) 08:12:54.73 ID:PG9OF3jC
>>463 言い過ぎではなくどストライクに邪見ですよ
どっち付かずの答えしか出せない不可知論は六十二見にモロ掛かってます
て言うより彼の場合、不昧因果すら知らなかった生禅です
悟後の人は仏法を離れてると仰ってました
そういう意味なら、おっしゃる通り・・・
471 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:29:47.90 ID:fi9AW94X
ボクシング2chはまこと独りだけwwwwwwwwwwww 自演祭りwwwwwwwww
472 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:29:58.76 ID:Kx1D2qPV
>>439 > 宗教で、ではなく人類の生存にとって宗教は必然的に現れたのだ。
> 宗教をとってつけたように感じている君は、むしろ生存から分裂していて
> 言葉を知らないのではないか。
宗教は日常から分離しないからね。生存=宗教と言っても誇張でない。
生存が歪であれば宗教は何か真面目くさった道徳の延長上のものでないかと思うだろうね。
逆に言えば宗教観で生存の状態が分かるとも言える。よほど分離した人生を送ってない限り
「宗教が私たちを苦しめている」等とは見ないのでは。
> 貴殿の生存そのものが宗教なのだよ、人類とはそういう生き物なのだよ。
宗教は外来に見えるが宗教性そのものははじめから私たちの中にある。
> 机君には通じなかったようだが、希望も宗教と同じで外から発生するものではなく
> 己から発生する時、観念分離は起きない。
希望が内から発生するとは全くその通りだよ。
473 :
448 :2014/04/08(火) 08:30:55.95 ID:0hu6Wrly
>>467 >不可知論は六十二見にモロ掛かってます
『どっち付かずの答えしか出せない』←二項相対論の範疇でしかないからだ。
ところでスッタニパータ538では63種、梵網経では62種の異説をあげるが、
梵網経が異説ではないとした1種とはなにか?
これを探ると仕掛けが見えてくるw
宿題にしておこう。
474 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:31:49.90 ID:PG9OF3jC
>>469 野狐に身を落とした爺さんは「悟った人」を詐称していたんですよ
で、悟後の人は因果に落ちないと知ったかぶったから妖怪の身になったって御伽噺です
あなたは「
>>200 悟達者は仏法を離れている」と明確に生禅ぶりを提示しています
仏法は道理の異名なので道理を離れて仏法は有り得ません
人と言う存在も道理で成り立っています
悟達しようが人は人です
475 :
448 :2014/04/08(火) 08:34:21.49 ID:0hu6Wrly
476 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:35:55.57 ID:PG9OF3jC
評せよって・・・ 自灯明法灯明の欠片すら持ち合わせていないとは嘆かわしい限り
477 :
448 :2014/04/08(火) 08:40:21.26 ID:0hu6Wrly
>>474 筏の喩えの法門(金剛般若経6、中部22)が直覚で来ていないだけだよ。
法にさえ執着するな! これがもっとも魅かれる凄みなのさ。
しょせん、ドグマチストは「神」を捨てられぬw
478 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 08:46:27.47 ID:hjE1EozH
>>477 だからそれが既に生禅なんですよ
筏に乗ってあっちへ行ったら帰ってこないんですか?
釈尊は帰ってきたから教えを説いてくれたんですよ?
各祖師たちもあっちへ修行で行かれてもちゃんと帰ってきてます
筏も結構ですけど、帰りの便の心配もそろそろ必要ですよ
一度行って帰ってきたら、次こそ片道切符だけですけどね
理論というのは、難しいな 理論は一定の形式をつくることだが、形をつくれば、それにとらわれる人が出てくる。 しかし、形はあくまで形なのであり、もっとも大事なのはその中身に説かれていることだ。 なのに中身を理解しないのであれば、形は骸となり、理論を立てた意味が失われてしまう。 形には万人に意味を通じさせる利益があるが、万人のまさにその時の用に適しているとは限らない。 というのも、形は、外形的な特徴、尖っていたり、丸まっていたりする性質があるが、 それらに適合しない形をもつ現象は必ずあるもので、形はその特質上必ず不適合な事態を生じるから。 抽象的になりすぎたかもしれない。 仏教は絵に書いた餅ではなく、食べれる餅。 我々はそれを現実に適応できるということだ。 勝他のためにその理論があるわけではない。
480 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 09:02:55.17 ID:1fclkPfe
御託はいいから さっさと悟りでもなんでも開いて世の中救えよって思う。
481 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 09:04:55.02 ID:WZ9WeDS+
仏教に「教理」と言う仮設の名称は存在するが 仏法に教理は元々無い 智慧も悟りも涅槃も如来すらも、全部0(ゼロ)だから この0なるものを自在に方便して語ったのが釈尊の法輪 0なるものが何かが解ったら今度は我々がその法輪を 釈尊に代わって回さなきゃならない そんだけの話 解れば大した事ない、元々0なんだから
たとえば、日本人は他人にものを頼むということが苦手なことが多いと思う。 ものを頼まないということが悪いのではないが、自分の意思でものを頼むことができないという状況に 追い込まれているというのは非常に悪いことだ。 社会のせいだとか、因習のせいだとか、国家のせいだとか一応の理屈はつけることができる。 だが、もっとも核心にある問題は私たちの心だ。 彼らの多くは、自分の力では相手を動かせないとか、過去に同じことをしたが拒否され自分は立ちいかなくなったとか どうせお願いしても拒否されるだけだろうとか、そのような状況ではないという判断からそのような行動をとっていると思う だから、頑張れとか、勇気を出してとか励まされても、また覇気がない、草食化しているとバカにされたところで 彼らは理解してくれないと思うだけだろう。 しかし、一方で、他人良心の呵責なく自然に頼みごとができる人もいる。 なぜ、なぜだろうか?彼らには力があるからだ。 力とは何か?権力か、人徳か、名声か、美貌か、傷つかないという精神力か、人心操作のテクニックか 無知ゆえの突進力(勇気)か、処世術か。人はそのようにだいたい考えると思う。 まあ、そのようなこともあると思う。しかし、そのような魅力的な方法やテクニックを駆使できると確信している心 力に満ちあふれた心こそ、問題の核心であると思う。 人は心に力が充満すればなんでもできると思える。 だが、たいてい人生においてそのような時期はあまりない。 だから、どうすればそのようになれるか夢想し、大金持ちになればだとか、テクニックを手に入れられればとか 果ては、来世に行けばとか未来に期待するのだろう。 しかし、多くの場合、来世は知らないが、金持ちも幸せではないし、テクニックを持っている人も悩んでいるものだ。 仏教者とて悩んでいる。私も同じようなものだ。釈尊いわく、この世の一切は皆苦しみだというのは真実なのだろう。 しかし、仏教はその心を見直すための方法を直截に説いている。 我々は涅槃に行くまでは力及ばずながらもそれに対処できるということを理解してもらいたい。 そして、現実に目を向けて欲しいと思う。
483 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 09:24:18.85 ID:A6xTfnJH
>>482 >そして、現実に目を向けて欲しいと思う。
涅槃は一般解釈で死んだら行くとこと看做されてもいるけど
現実に実在し、死ななくても確認できる事実です
ちょっとだけ確認に難儀するってだけですよ
現実に目を向けてください
484 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/08(火) 09:31:34.11 ID:sANYaOUc
>御託はいいから >さっさと悟りでもなんでも開いて世の中救えよって思う。 wwwwww >御託はいいから ・・・・・・ うん、まさにその通りw >さっさと悟りでもなんでも開いて世の中救えよって思う。 ・・・・・・・覚者さんでも、「世の中、救う」ことはできんでしょww 仏教ってのは、あくまでも、「個人の心的救済の範疇」に留まるものだと 思うけどw (まあ、それで我慢できないバカが、スーパーマン化するんだだろうけどww)
>>483 現実に目を向けろという表現を抽象的に使ってしまっているのは理解している。
現実ってなんだよwって話になるからね
何を言わんとしているかというと
たとえば、壁(とあなたが感じている事象)を壊すことでもいいよ
いや、壊すのための一歩かな
あなたがここでなんらかの動きをしているということはなんらかの壁に対して一歩足を踏み出しているわけだが
さらなる一歩のための、と言おうか、まあ力かな
別にそれは社会を変えるということと同義じゃないよ
社会を変える変えないに関係なく、あなたを変えるを力。
486 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 10:31:54.24 ID:S6iF/dRv
>>485 こう言う考え方がある
あなたの言う事や理屈やあなたの取る姿勢や思想など、わざわざ提言してくれた一切を
私は全部拒否し否定する、何故なら私はあなたの提言を
否定しても間違う事が無く失敗しないから
もし、私に思想的間違い(軽微なタイポなどは勘弁して)などが今後解れば
私はあなたの論が正しくても二度と取る事が出来ない事をも意味する訳で
本来なら全否定など以ての外なのだが、否定しても困らないので全否定全拒否となる
二度と他の案や論を用いる事が無いのだから
「私は別に構いませんよ」とあなたは慈悲深く仰るかもしれない
しかし、否定させてしまったら重大な問題となる案や論や説を知っていたら、
そんな慈悲は果たして効果あるだろうか?
無責任極まりない事になるやもしれない
487 :
小林正明 :2014/04/08(火) 10:32:05.80 ID:7adXNvSh
>>460 >人助けの菩薩。というのが私はどうもわかりませんね。
>そもそも菩薩というのは「人を助ける」とか思うものなんでしょうか?
> 私は常にそのことを疑問にもっておったのです。
私も以前に疑問に思っていた一人でありました。
人助けは菩薩の使命でありますが、そこに爽やかな風が吹いている心境でなければ
なりません。
褒めてほしくて、砂塵を巻き上げるような心境で「人助けをしています」と自分を飾
る道具にしているのは、菩薩の人助けではありません。
菩薩になる前は、自分の救済が主眼になって、自分のことしか考えない時間が大半で
あろうと思います。
利他の精神を持って、心を統御し維持継続して行く中に、ニセモノの自分に気づき、
ニセモノの自分を捨てて行くことで、仏に限りなく近づきたいという高次なる悟りへ
の憧れが出てまいります。
ただ、一人悟りで自己完結しては、利他への目覚めがないので、菩薩の登竜門に到る
ことはできないのであります。
高次なる悟りには、利他の精神の高次なる使命の自己責任が生じてまいります。
その自他一体からくる利他の精神が無い間は、一人悟りの心境を良しとしている
間は、菩薩の登竜門に入いることはないのであります。
自他一体からくる利他の精神の実践は、居ながらにして無私の見返りを求めない
ギブ&ギブの精神で、他の人の幸福を祈念することが利他の精神の実践の始まりで
あります。
488 :
小林正明 :2014/04/08(火) 10:34:23.57 ID:7adXNvSh
>>487 (続く)
利他の精神の実践のなかに、苦しい心があるのは、ニセモノの自分であることを
知ることで、心を透明にする精進の課題が見えてまいります。
それを一つ一つクリアして、菩薩の透明な無我なる心境となってまいります。
> 私は、白隠とか一休は菩薩かと思うのでありますが・・・
白隠禅師は、大指導霊様が述べるには、机龍之介氏と似た心境で、菩薩の登竜門に
入っていないとのことです。
白隠禅師と似たもの同志で気心が合うと思います。
アニメに出るとんちの一休さんは良いけど、一休禅師は下で反省中とのことです。
>もしも私が女であったならば、これ等の菩薩とは所帯持つことはマッピラですね。
> 結婚はしたくないけど、そういったことに関わることがないのでしたら、
> 私は菩薩として頗る尊敬しておる。ということです。
生活のリズムが違うかも知れませんね。
> 菩薩というのは、”生き方が菩薩”なのでありまして、
> 菩薩自身は「人助け」など殆ど思ってないかと思料します。
生き方が人助け菩薩ですね。
> 菩薩自身は「人助け」など殆ど思ってないかと思料します。
人助けが生き甲斐であり、自他一体の悦びであり、そこに神仏に光の欠片
を発見する自他一体の悦びであり、菩薩の信仰生活の姿となってくるもの
と思います。
仏教で言えば、信かもしれないね 偉い人に聞かないと分からんけど
>>486 抽象的で捉えづらいですが。。お返事を。
確かに、その人が否定しても私は別に困らないですね。
その人がそう選択している以上、私は彼を止められないです。
また、その人がそう信じることをし続ければたいへんな惨事になる、と私が知っていれば
もちろん止めますよ。物理的にまさに殺人をしようとしているのであれば、強制的に止めます。
それが彼の選択であったとしても、止めるのが私の選択ですので。
彼が殺人を決断している状況であれば、なぜ殺人をせざるをえないと思ったか
彼の精神が落とし穴にはまりこんでしまった状況を問いつつ、その壁を壊す方に説得の力を傾けますね。
彼が嗜好のために殺人をしているのであれば、倫理というものを理解できる頭があれば
適応できないと思っているその心を抑える力があなたにはあると説きます。
まあ、そんなに明確に未来が予見できることをする人は周りにそうそうないですがね
不明瞭だが、私はたいへんなことになると思っているのであれば
説得はしますが、止める理由はないです。
491 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 11:10:15.60 ID:S6iF/dRv
>>490 現実を見ろ、とはつまりそのあなたの書き込み傾向の事を言うんです
あなたは例え話を二人称以上で展開し、他者の問題をあなたが何とかする体を考える
まるであなたが問題を起こさないかの如きに、第三者の咎を対処する方を無意識に選んでいる
彼も殺人も倫理も関係ない、あなたの内面について私を例に言ったまでの話
これで解るのは、あなたは自分が見えていないと言う事です
見ようともしてないのかも知れません
問題解決に至るには程遠い話ですが、岐路はここからだと思います
>>491 私自身のことは書いてある通り、周りをどうこう言うほど立派なものではありませんよw
あなたが私の言動に畏怖してしまい、それで自身の自由が侵害されてしまったと感じたとしたら申し訳ない。
私はそのようなことを意図して書いたつもりはなかった。
まず整理したいのですが、
ここは仏教スレです。仏教の話が続けられていました。
ですが、ここでは仏教を現実世界から精神世界へと逃避するための道具であるかのような言説が
まかり通っており、内容を議論するよりも、議論の形にこだわり相手の論の揚げ足とりをして
自尊心を保つような状況であったように思います。
私には、それが仏教を形だけの論に貶めて、けろんにふけり
世間一般の人の実用から遠ざけるかのように映ったのですよ。
だから、私は仏教愛護の精神から以上のことを書いたまでです。
確かに私は周りに自慢できるほど立派な人物ではありませんよ。
しかし、仏教のためには、私でも他山の石として、役立てることはできると思っています。
あたなも私を糧としてあなたを役立ててください。
私はあなたを見て、そうさせていただきますので。
自由自在とは禅宗の言葉であるそうです。 他にも似たような言葉に融通無碍という言葉があります。 私は別に、それを幽体離脱して物理法則から免れて飛び回れるという意味にはとっていません。 現実では不自由でも、心の世界ではなんでもできるという意味にも。 自由であるということは、選択できるということだと思います。 そのための力は心にあり、仏教は習慣からくる思考の患いに陥ることなく、選択できる力があると 説いているのだと思いますよ、すみませんこれで失礼します。
494 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 11:48:42.73 ID:YFEgXG/G
>>488 貴殿の書き込み読んで、私はいろいろ書こうかと思っておったのですが・・・
>白隠禅師は、大指導霊様が述べるには、机龍之介氏と似た心境で、菩薩の登竜門に
>入っていないとのことです。
これを読んで、私は少し安心しました。
私も菩薩の登竜門は真っ平御免です。
>人助けが生き甲斐であり、自他一体の悦びであり、そこに神仏に光の欠片
>を発見する自他一体の悦びであり、菩薩の信仰生活の姿となってくるもの
> と思います。
天然自然(仏性)に、既に矛盾がない。というのに、
何故に人を助けて、それが生き甲斐になるのか?
もしそうならば、その菩薩は全くのインチキです。
インチキ菩薩にはなりたくないですね。
495 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 11:55:39.88 ID:a5Yu0pRv
>>491 >そんな慈悲は果たして効果あるだろうか?
ああ、そこにひっかかているのだね。
>>343 >優しさと払わないことは違うからね。なるほどだね。
君はえらい!
さてID:S6iF/dRv氏
そうか、君は偽善を問題にしているのだね。
必ずぶち当る箇所なのだが、
君自身が瑞々しければ、(表現すればダサイのかもしれないが、
そこは素直に、よく宗教では自分を常に捨てているとかいうのかな)
他者も見えるよ。
偽善者とそうでない人が見分けられる。
腐ったリンゴと瑞々しいリンゴの見かけは同じかもしれないが、
中身を見通す視力は、君が腐らない事なんだ。
君が瑞々しければ見抜けるんだよ。
496 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 12:05:07.67 ID:VVEi1DQK
>>396 机さん
>全ては今にしかないからです。
> 貴殿が空想すれば、死後の世界にだって行けるでしょ?
空想してあの世に行ってる時は、「今」じゃないような気がするんですけど、
いかがでしょう?
>対極が同義ですから中道ですね
この意味が今一つ分かりません。
対極が同義とは、「何の対極が、どのような意味で同義」なのですか?
497 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 12:07:15.61 ID:S6iF/dRv
>>492 先にも申した通り、あなたの論や助言を私は必要としていません
寧ろ完全拒否出来る立場であると申し上げた通りです
そして拒否し用いないと言った以上、訂正を用いて
あなたの助言に還る事も有り得ないのです
それはあなたが劣っているからではありません
私が勝っているからでもありません
元より勝劣もありません
>>493 自由の為の力は心に存在しません
心には実体が無いので有り様がないからです
ありそうな気がするのは希望的妄想に過ぎません
我々は心を御しきれないままなら奴隷とも言える身なのです
498 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 12:42:36.45 ID:YFEgXG/G
>>496 > 空想してあの世に行ってる時は、「今」じゃないような気がするんですけど、
>いかがでしょう?
過去も現時も未来も、今の縁起でしかない。これを「縁起の現観」という。
ですから瞬間は即無限となる。無限は今においてある。
> 対極が同義とは、「何の対極が、どのような意味で同義」なのですか?
究極の瞬間は、究極の無限である。
禅者はここを透過することにおいて、究極の寂滅における中道を悟る。
即今即所はこれなり。
499 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 12:45:35.71 ID:a5Yu0pRv
>>497 君の目は弱り果て、腐敗しはじめている。
偽善を問題にするのはよいのだが、
その問題にしている本人である君は弱り果てている。
君の虚無のいい訳を仏教してくれるのだね。
なら、仏教は君を生き生きとよみがえらせる教えではなく、
見境なくよしよしという、君が問題にしてる偽善に君が自ら仕立て上げているのだ。
(君の書き込みは仏教を用いてまさに観念分離だ。)
それは仏教のせいではなく、君が仏教を己のレベルに引き下げているのだよ。
君はね、混乱している。
もう一度言う。
君が瑞々しくあれば、すべて解決する。
500 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:00:46.09 ID:S6iF/dRv
>>499 仏法にレベルなどありませんよ
本来0である仏法をあれこれ方便して教えたのが仏教なのだし
目が弱る/弱らないも、腐敗する/腐敗しないもあなたが感じた分別
仏法ではその分別に意味は無いと言えます
私に混乱は今のところありません
寧ろ混乱しているのはあなたの方だ
相当無理をしている、立ち居地が全く違う見地を無理して見出そうと懸命に見える
仏法は虚無ではありません、故に言い訳の余地などもありません
瑞々しければ解決するなら仏法も修行も不要となります
そうではないから仏教はあり続けてる訳で
あなたは肝心なところを見過ごしているか、見ようとしていない
若しくは見るべきことすら気付いてない
501 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:01:41.45 ID:VVEi1DQK
>>498 机さん
>過去も現時も未来も、今の縁起でしかない。これを「縁起の現観」という
つまり、「空想してあの世に行ってる時」は、今じゃなくても、
今の縁起なわけだから、今と同じってことですか?
>ですから瞬間は即無限となる。無限は今においてある。
どのような過去や未来でも、今から外れた想いがあったとしても、
それは今の縁起なわけだから、今と同義である・・・・
そして、どのような過去や未来に想念が奪われても、それは今にいることであって、
そしてそこには無限がある・・・ ってことですかね?
> 究極の瞬間は、究極の無限である。
究極の瞬間が、なぜ無限になるのでしょうか?
ここの部分を具体的に知りたいです。
>究極の寂滅における中道を悟る。
ここでいう中道とは、どういう意味でしょう?
机さんの考える中道とは、具体的にはどういうものですか?
502 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 13:25:51.26 ID:YFEgXG/G
>>501 >つまり、「空想してあの世に行ってる時」は、今じゃなくても、
「今じゃなくても」じゃなくて、今なんだよ。貴殿はここのところが分かってない。
今を離れて何がある?小1時間問いたい。
>究極の瞬間が、なぜ無限になるのでしょうか?
>ここの部分を具体的に知りたいです。
境界のない、思慮分別から離れると、仏性に自身が溶け込む。
つまり仏性と自身の境界がなければ、それは無限の境地なんじゃないの。
これはアートマンとかブラフマンとかの意味じゃないよ。
もっと現実的な天然自然(仏性)のことだ。
>机さんの考える中道とは、具体的にはどういうものですか?
実際は、究極的瞬間というのも、究極的無限というのも無いのですよ。世俗諦ですからね。
そういった一切の戯論が寂滅すれば、究極そのものの寂滅ですから、中道になります。
503 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:32:14.46 ID:LxgVEhdD
>>502 >仏性に自身が溶け込む。
ダウト
>つまり仏性と自身の境界がなければ、それは無限の境地なんじゃないの
ダウト2
>もっと現実的な天然自然(仏性)のことだ
ダウト3
>そういった一切の戯論が寂滅すれば、究極そのものの寂滅ですから、中道になります。
確認方法を宜しく
インチキ語れば生禅ですよ
504 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 13:38:00.22 ID:YFEgXG/G
>>503 お前はね卑怯だよ。
説明を求められれば世俗諦で書き込みしなければならない。
世俗諦なら誰だって突っ込みできるんだよ。
私だってそのくらいは出来る。
ようは、私の書き込みを批判したいなら、どこそこが間違ってる、とか
書いてみたらいいんじゃないか?
505 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:38:05.59 ID:CODT9MbG
>>439 >宗教で、ではなく人類の生存にとって宗教は必然的に現れたのだ。
>宗教をとってつけたように感じている君は、むしろ生存から分裂していて
>言葉を知らないのではないか。
君は、「自然宗教」と「創唱宗教」との区別が全く出来ていない。
自然宗教は、文明の利器など何一つなく、厳しい自然との闘いの中で日々生存
努力を続ける古代人たちの生存の「手段の一つ」として発生した。生存のための、
彼等なりの精一杯の「現実性・合理性・科学性」の表れであり、現在の科学に
相当するものだった。一方、創唱宗教は、「例外なく」開祖の精神障害から発生し、
その症状としての「観念の遊戯」故に、現実から遊離してそれを観念化、抽象化、
精神化し、生存との関係を断ち切ってしまったのである。即ち、本来的に生存の
「手段」として発生した自然宗教を、生存の「目的」とするという倒錯に陥った
のである。その「開祖の精神障害」が集団的に一大感染したのが(「感応精神病」)
創唱宗教である。
史上そして現在も、生存に無関係な大殺戮、大紛争は、すべて創唱宗教を原因と
して発生しているという事実を直視されたし。「肉体(生命)を忘却した精神性
の狂気」である。ヒューム、フロイト、ニーチェなどが、こぞって指摘している
こと。
506 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:42:55.63 ID:LxgVEhdD
>>504 先ず、仏性の意味が間違っている
そして一切衆生悉有仏性を認める為の要件を君は欠いている
どうやって中道を確認するか開陳宜しく
507 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 13:47:53.38 ID:YFEgXG/G
>>506 >どうやって中道を確認するか開陳宜しく
なにが「開陳宜しく」だよ。
お前が全部説明しろよ。で
>先ず、仏性の意味が間違っている
> そして一切衆生悉有仏性を認める為の要件を君は欠いている
これも全部お前が説明してら良いんじゃないか?
後は、お前に任せるから。宜しく。
508 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:50:14.15 ID:VVEi1DQK
>>502 机さん
>「今じゃなくても」じゃなくて、今なんだよ。貴殿はここのところが分かってない。
>今を離れて何がある?小1時間問いたい。
「空想してあの世に行ってる時」が、今なのでしょうか?
では例えば、コーヒーカップを手に持って飲んでいるとします。
コーヒーを飲みながら、「あの世に行く空想をしていた」とします。
どちらが今なのでしょう・・・?
空想している状態が、今にいるということですか?
それとも、今ここにコーヒーを飲んでいる状態が、まさに今なのですか?
>境界のない、思慮分別から離れると、仏性に自身が溶け込む。
もう一度お聞きしたいのですが、「あの世に行く空想をしている」 というのは、
誰があの世に行き、誰がその空想をしているのでしょう?
そしてその時無限を味わっているのは、誰でしょう。
無限の境地についての見解は、おおむね納得しました。
ただ、自己の存在がどの部分で溶け込むか、溶け込まないか、という部分で、
今一つ分からないことがあります。
>究極そのものの寂滅ですから、中道になります。
なぜ究極そのものの寂滅が、中道ということになるのでしょう?
中道とは、「中の道」と書きます。
この字の意味と、究極の寂滅が同義ということは、どういうことでしょうか?
中の道という字の意義を、教えてください。
509 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 13:51:47.74 ID:BjnU4kCX
>>507 説明できない癖に禅を語ってた訳だな
流石嘘吐き10年のベテラン選手は違うw
直ぐ逃げるし
510 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:02:12.76 ID:rf+Dqs3Q
えーつぎはー、中の道、中の道に止まりまーす 中つ国へお越しの方はこちらで宗派換えでーす 尚、中の道を出ますと、尼連禅河にて沐浴とお粥配給待ちとなります
511 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:03:55.06 ID:CODT9MbG
創唱宗教が「肉体(生命)を忘却した精神性の狂気」であることは、このスレ からだけでも、如実に証明されているな。 心(精神)とは、あくまで肉体から発し、状況に応じて肉体を維持するための 機能。「心のために心を使う」のは、心の「目的外使用、濫用」「心のオナニー」 であることを自覚されたし。 創唱宗教とは、まさに「不潔な、心のオナニー場」。
512 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 14:06:42.18 ID:YFEgXG/G
>>508 >どちらが今なのでしょう・・・?
どちらも今です。過去も未来も現時においてしか縁起しない。
今を離れることは無いです。
> 誰があの世に行き、誰がその空想をしているのでしょう?
>そしてその時無限を味わっているのは、誰でしょう。
縁起ですから、それは認識だけです。その主体は無自性ですから、あえて「主体が誰」と認識するのも縁起です。
> 中の道という字の意義を、教えてください。
中道の意義について開陳申しあげます。
つまり究極そのものは無いのです。つうか、そのものの意義が無いのが勝義諦です。
そのものの意義が無いのであれば、その両極に非ず。を中道と申すなり。
513 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:06:47.78 ID:k2oSI1EO
汚い表現
514 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:08:12.38 ID:a5Yu0pRv
>>500 謝罪から覚えよ。
君が人と話しているのをみて、かなり性格が歪んでしまっている人だとおもったのだが、
相手にしている人が気の毒でのう。
もう一度読み直しなさい。
仏教にレベルがあるなどと書いていない。
君と、君を相手にした人にはレベルの差があると言っているのだ。
話しをまたこのように自分のレベルに下げるなと言っているのだが、
頭が悪いのではなく、性格が悪いのだよ、君は。
君は傲慢なんだよ。
みなに謝罪せよ。 えらそうな事を言う前に。
君が瑞々しければというのは、仏教うんぬんより前の
状態だ。
生まれなおさなければという意味だ。
やはり、無駄だったな。君はもはや犯罪者のようだのう。
自省せよ。
君は謝罪からだ。 そして百年後 仏教の話しでもすればよい。
515 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:12:36.31 ID:rf+Dqs3Q
>>514 君の感覚自体変だよ
何故憤慨する必要があるんだ?
病気か?
516 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:21:05.33 ID:a5Yu0pRv
>>515 憤慨だと。中身ナッシングの印象操作。
得意だな、そう言った事だけには巧みだな、チンピラは。
ろくでもないな、君は。
いいから、謝罪せよ。
甘茶飲みたい
518 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:31:18.95 ID:k2oSI1EO
仏法者は謝罪させないだろ 悪口罵詈は想定内でお見通しなんだから
519 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 14:40:35.97 ID:J/5q9pxm
生禅は七慢を克服してないから直ぐ怒るすぐ謝罪要求、しかも偉く振舞いたい
520 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:14:02.21 ID:a5Yu0pRv
>>518 爆笑。
そうやって、仏教を自分の都合や、
犯罪のいい訳に落とすな、と言っているのだ。
仏教は、迷惑だと言っているぞ。
ここは、出家者達を隔離させてくらしているのではないだろう。
そういうくらしの隔離のルールがあるはずだ。
ここなどは、隔離されていないものの、まあ悪口罵詈というのも愛嬌うちが暗黙の心得ルールだ。
仏教を逆手にとるな。
521 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:18:31.80 ID:s+3G0V5f
ところで犯罪とか決め付けてるけど具体的には何の犯罪?
522 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:27:28.27 ID:a5Yu0pRv
それと、 >仏教にレベルがあるなどと書いていない。 であるのに、こ奴は、訂正もせず作り話を続ける。 悪口とかそういう問題ではないだろう。 ただの犯罪者は、いくらなんでも仏教でも採用されない。 そして、 ほらな、こういうことを指摘すると、さらにチンピラは仏教を利用する。 怒るとか以前だ。 みなに、仏教に謝罪せよ。
523 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:29:20.92 ID:s+3G0V5f
何の犯罪者なのよw
524 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:34:00.62 ID:s+3G0V5f
謝罪謝罪の原因はこれか
210 名前:神も仏も名無しさん [] 投稿日:2014/04/06(日) 16:19:38.49 ID:x9NEK5uj [6/17]
>>207 生禅が暴露されて未だ言う言葉が有るとはツラの皮が厚過ぎやしませんか?
先ずは私以外のみなさんに「ごめんなさい」が先でしょう
で、言い返せなくなって
237 名前:神も仏も名無しさん [] 投稿日:2014/04/06(日) 17:09:38.77 ID:QJH2toin [27/34]
>>233 成りすまし自称如来が暴露されて未だ言う言葉が有るとはツラの皮が厚過ぎやしませんか?
先ずは私以外のみなさんに「ごめんなさい」が先でしょう
生禅必死過ぎwww
525 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:42:28.41 ID:a5Yu0pRv
>>523 過ちの事だ。
勝手な作り話をし、それを指摘されても、
相手が言った事や自分が言った事を確認もせず、
話しをすり替え、相手が悪い様な印象操作までし、
挙句の果てに、仏教まで利用する。
過ちだ。
謝罪せよ。
>>516 誰彼構わず噛み付く狂犬かよw
今、自分が誰と応答しているか(対論相手は誰か)くらい、
ID見て確認しとけ。
527 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:47:44.47 ID:a5Yu0pRv
>>526 いや、IDではない。共通基盤がある方々オールだ。
528 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:50:18.54 ID:cAjeldiK
529 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:53:58.46 ID:cAjeldiK
>>527 で?
生禅の落とし前はどうする気?
如来がアホとかなんとか抜かしてたのは不問にしろってご都合主義通す?
悟達者は仏法を離れてるとか知ったか扱いてたのも知らん顔する気?
530 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 15:58:46.39 ID:a5Yu0pRv
531 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:01:39.65 ID:cAjeldiK
そこ、とぼけ方間違えてると思うw 自分じゃないって言わなきゃハッキリ そのとぼけ方じゃバレバレwww
532 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:05:02.11 ID:a5Yu0pRv
>>531 なんの話しか分からないから、うん?といった。
>>527 日本人は(日本人であるという共通基盤故に)謝罪しろー
ってか?w ┐(´ー`)┌
534 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:26:31.53 ID:a5Yu0pRv
いや〜〜名無しってほんとにいいもんですよね(^▽^♯)
>>533 君も何を言っているのか うん?
だんだん面倒になってきた、君も面倒になったきただろ(爆笑)
ところで、みんなお花見に行ったかい。
恋人や家族・・・
桜色、やさしくて綺麗だね。
「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」
とか梶井基次郎ばりに独り眺めている人もいるのかな^^
535 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:31:04.77 ID:cAjeldiK
謝罪要求と謝罪執行 我執を制してるのは果してどちらか
536 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:33:24.43 ID:cAjeldiK
あ、ちなみにボク、当事者じゃ無い 謝ってみただけの人wwwwwww
>>534 面倒も何も、このレス含めて本日3レスしかしてねーよw
このところ、悟りスレに侵食されてるからROM専で野次茶々入れするだけだし。
538 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 16:39:39.03 ID:a5Yu0pRv
539 :
小林正明 :2014/04/08(火) 16:53:35.56 ID:7adXNvSh
>>494 >これを読んで、私は少し安心しました。
>私も菩薩の登竜門は真っ平御免です。
現状の心境が最善と思っておられることになります。
ちなみに、大指導霊様によれば、机机龍之介氏は白隠禅師の生まれ変わりで、
狭義的に魂の兄弟であります。
>天然自然(仏性)に、既に矛盾がない。というのに、
> 何故に人を助けて、それが生き甲斐になるのか?
六次元光明界の心境は仏道修行は趣味の域からでることができません。
阿羅漢果の悟りはプロの宗教家としての菩薩の心境あります。
阿羅漢果の悟りから真の意味の自灯明としての仏性顕現の自律した姿と
なるからであります。
>もしそうならば、その菩薩は全くのインチキです。
>インチキ菩薩にはなりたくないですね。
仏性顕現の自律した許す愛のプロの姿は、菩薩からでありますから、インチキ
菩薩に感じるのは、まだプロの菩薩の手前の趣味人の域から抜け出せない心境
で良しとしている御仁ということでありましょう。
540 :
小林正明 :2014/04/08(火) 17:06:18.36 ID:7adXNvSh
>>539 訂正します。失礼しました。
× 机机龍之介氏は白隠禅師の生まれ変わりで、
○ 机龍之介氏は白隠禅師の生まれ変わりで、
541 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 17:15:21.28 ID:3thYbrkA
「謝罪」「謝罪」と、どこかの国と全く同じ。「仏教も韓国起源ニダ」かw。
542 :
六支縁起の提案 :2014/04/08(火) 17:36:49.17 ID:G/uY3jiv
>>400-401 >無明の卒業は仏道を以てしても死ぬまで無い
そうではないのだ。神や霊魂を体験したら天地がひっくり返る。
それは体験的事実だから、二度と後戻りできない。
>悟れば解消出来る無明はそれまでの無明
>それからの無明をみんな無視しすぎ
悟っても身体的なハンディがあるから、間違えることはあるだろう。
しかし、悟後の過ちは、善意であったことで赦される。
543 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 17:57:21.80 ID:a5Yu0pRv
>>505 その宗教の話しは、
闇や輪廻の意味が1から4まであるとして
君は3だと主張しているのと同等なのだ。
さらに創唱とは、いままで誰も言わなかった事を先がけて言い表したという意味だ。
哲学者や心理学者にもそういう方はいるかもしれんな。
例えば、。ヒューム、フロイト、ニーチェなど(爆笑)
つまりな、どの宗教のせいでもないのだよ。
君が馬鹿なら、君が信仰している宗教も、釈迦やイエスも
引き下げてしまうのだよ。
我々が馬鹿なら、どんな宗教をもってきても
宗教がキチガイに刃ものになるのだ。
創傷とは
アニミズムだけでこと足りないのは科学を用いる君なら理解できるだろ。
相称と
544 :
六支縁起の提案 :2014/04/08(火) 17:58:56.17 ID:G/uY3jiv
>>430 >釈迦の「諸行無常」も、同様に初歩的論理矛盾。
>「無常」は「常」なる存在を前提とする。常に無常の存在は、
>その無常の状態が常である。
御隠居の発想は鋭いが、根本的にズレている感じがある(^^)
このスレで、時間認識は自性を前提にしている、という指摘があった。
それと似たような指摘であり、同意できるものがある。
しかしそうだとすれば、自性を認める墓穴を掘っていないだろうか。
常を認めるのは、持論に反し、神や霊魂を認めるに等しい。
>>420 >>428 → 唯識を誤解している
545 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 18:00:35.54 ID:a5Yu0pRv
すまない、543の以下は削除だ。 続けて書こうと思ったが、やめて削除しそこなった。 創傷とは アニミズムだけでこと足りないのは科学を用いる君なら理解できるだろ。 相称と
546 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 18:04:25.75 ID:VVEi1DQK
>>512 机さん
>どちらも今です。過去も未来も現時においてしか縁起しない。
>今を離れることは無いです。
>縁起ですから、それは認識だけです。その主体は無自性ですから、あえて「主体が誰」と認識するのも縁起です
ということは、どのような妄想をしていても、何を考えていようとも、
凡夫がそのまま日常を送ろうとも、それは即ち「今」であり、「無限」の状態である
ということでしょうか?
そうなると、凡夫はそのままの状態でよい、ということでしょうか・・。
何も修行しなくても、そのまま日常の生活を送っていれば、「今」にいることになり、
そして「今」にいることは、「無限」の状態であり、なぜ無限かと言えば、
それは仏性に溶け込んでいるからだ、ということになります。
つまり、凡夫はそのまま仏性に溶け込んでいて、悟っていて、今におる、
ということになります。
机さんの考えは、これでいいのでしょうか・・・?
>つまり究極そのものは無いのです
両極が存在しないのなら、その真ん中も存在しないように思うのですが、
なぜ、両極が存在しないのに、「中の道」というのでしょうか?
もし、存在しないのならば、「無」で済むと思います。
これについてはいかがでしょうか・・・?
547 :
六支縁起の提案 :2014/04/08(火) 18:49:37.95 ID:G/uY3jiv
>>420 >「人間にとって、物の存在はその認識による」という、
>唯識の基本的思想は、 何人も反論不能である。
その逆、すべての事物は心が作りだした表象にすぎない。
>>428 >「阿頼耶識」は、生命と解すべきである。
違う。アラヤ識は無明の正体であり、すでに死んでいる業識である。
死んでいるから何も発信しない。ゆえに無覆無記。
マナ識がこれに執着することで無明の闇がその人間に漂い始める。
548 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/08(火) 19:07:05.77 ID:ag+sS54S
549 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 19:31:16.32 ID:3thYbrkA
>>543 創唱宗教とは、宗教学の用語で、生存努力から発生した「自然宗教」に対し、
「開祖宗教、啓示宗教、世界宗教」の意味。
自然宗教の起源はアニミズムであるというのが定説だが、それはまた、現代の
科学の起源でもある。自然現象を起こす不可知の存在に感謝し、あるいは憎悪
するのがアニミズムだが、その不可知な存在の解明努力から始まったのが科学。
創唱宗教と科学(哲学などの人文科学を含む)との相違は、前者における精神
医学的要素の存在にある。なお、ニーチェは、発病後は、作品を発表してはいない。
>>544 (物理的)時間の認識は、突き詰めれば、「自然の変化の認識」である。日時計、
水時計、天体の動き、昼夜や四季の変化、水晶原子の変化による時間の認識を
想起されたし。
「心理的時間」は、単なる心理現象であり、百人百様。物理的時間とは、似て
非なるもの。
如何なる認識も思考も「生命」の作用。死者には全く不可能。生命は、生命を
以って対象化不能な唯一の存在である点で、宗教のいう神や霊魂とは本質的に
異なる。後者の対象化の主体も「生命」であり、生命の機能の産物に過ぎない。
古代人は、霊魂とは「生命」であることを正しく認識していたが、創唱宗教に
至って、それを対象化してしまった。
>>524 > 謝罪謝罪の原因はこれか
生禅生禅と誰でも批判対象者に見える病気かな?
生臭過ぎないか?お前
551 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 20:05:56.92 ID:3thYbrkA
>>547 >その逆、すべての事物は心が作りだした表象にすぎない。
それは西洋哲学の唯心論。カントの「物自体」の如し。唯識とは本質的に
異なる。
>違う。アラヤ識は無明の正体であり、すでに死んでいる業識である。
阿頼耶識は、死んでいるどころか、刹那的に変動しながら持続する。まさに
生命そのもの。
552 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 20:08:07.81 ID:s2rQe6wo
>>543 > さらに創唱とは、いままで誰も言わなかった事を先がけて言い表したという意味だ。
そうそう。
宗教と宗教性を判別出来ない輩が多くてウザイが(笑)
宗教を提唱した開祖は、宗教性の発現が抜きん出ているんだと思うよ。
それ以前の宗教は、内面における畏敬などの共通の基盤だね。
以前と以後、それらは個の内面においては感受の差異でしかない。
それが抜きん出ていると観念は過剰(笑)せず通常(古い)を越えた(新しい)道理を言うだろうね。
道理は、教義がはじめにある訳でなく、宗教性の資質があれば個々の対応、とその場その場で
わんさか湧くから(生の対応)
…バカから見たら観念過剰(笑)に見えるかもしれないけど。
観念でも何でもない、さまざま状況に対応した道理を述べるだけの話。
これを理解できない者は道理内容より表層(教義、観念)を見るからね。騒ぐのかもしれない。
> 哲学者や心理学者にもそういう方はいるかもしれんな。
> 例えば、。ヒューム、フロイト、ニーチェなど(爆笑)
> つまりな、どの宗教のせいでもないのだよ。
> 君が馬鹿なら、君が信仰している宗教も、釈迦やイエスも
> 引き下げてしまうのだよ。
良いこと言う。隠居の(中の)釈迦はバカだ。隠居のイエスはアホだ。
なぜか?それは、隠居がバカでアホだからだ。
『豚の目には一切が豚に見える(ツァラトゥストラ)Byニーチェ(笑)』
553 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 20:12:48.24 ID:a5Yu0pRv
>>549 >創唱宗教(そうしょうしゅうきょう)とは、
>宗教をその発生形態で分類するとき、
>特別な一人 (またはグループ)の創唱者によって提唱された宗教のこと。
>日本の神道のように民間 の習俗的な意識から自然発生的に生まれてきた自然宗教に対して用いられる。
創唱宗教は先に述べた様に誰も唱えたことがないことをある一人の人物が
言い表した、と言う意味ではその人を開祖と呼称するであろう。
人が唱えと言う事で啓示だとか、その広がり具合で世界とか
呼ばれるのだ。
しかし自然宗教は生存努力から発生しと君は別物のように言うが、
人がこうだろうと思いついたり、直感したのであるから
宗教というモノは、どこまでも人がなんらか世界をあくまでも読みこんでいるのだよ。
ちなみにアニミズムとは、動植物のみならず無生物にもそれ自身の霊魂(アニマ)が宿っており、
諸現象はその働きによるとする世界観、だ。
君の思い入れはあるのかもしれないが、自然宗教、イコール生存努力とは無関係だ。
創唱宗教は、むしろ人々が勝手気ままに欲深くなることに
対してのブレーキではないのか。そのブレーキの話しを耳ある者以外聞けないとしても。
554 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/08(火) 20:15:42.75 ID:YFEgXG/G
>>546 > 凡夫がそのまま日常を送ろうとも、それは即ち「今」であり、「無限」の状態である
> ということでしょうか?
それはあなた、勝義諦も世俗諦もチャンポンでしょう(笑
二相は混ぜると危険です。
> 机さんの考えは、これでいいのでしょうか・・・?
いや違います。私は勝義諦を世俗諦にて説明した訳で、それを簡単に解釈されても意味不明になります。
>両極が存在しないのなら、その真ん中も存在しないように思うのですが、
>なぜ、両極が存在しないのに、「中の道」というのでしょうか?
釈尊が中道を悟ったのは、竪琴の弦の張り具合において、ちょうど張りの良い按配が真ん中が良い。で中道ですね。
森羅万象において思念を膨らませてください。きっと貴殿も中道の意が解せるやにおもいます。
555 :
○ :2014/04/08(火) 20:21:22.41 ID:0fXeWN0P
「十牛図」のA段階の人がB段階の人に「生禅」言ったら、 B段階の人がA段階の人に「お前こそ野狐禅」と言い返した。 このまま終わると禅者はアホだで終わってしまうかも。
>>549 >生存努力から発生した「自然宗教」
宗教学、哲学、思想史一般、
或いは田舎町の書店にも並ぶような辞書の一般的語義として、
―それは、世間一般で、多数派として、或る言葉の語義として流布し、日日利用され受け止められる語義として、ということだが―
『自然宗教は、生存努力から発生した』としているものが、一つでもあるなら、提示してみ?w
ああ、 欲望に従う→(自己の想いを遂げる)→自己の生存・保身に寄与する という意味なら、確かにその通りかもしれん。 災害時の略奪とかw あれこそ正に生存努力の発露だわなwwwww
558 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 20:44:01.33 ID:s2rQe6wo
> 人がこうだろうと思いついたり、直感したのであるから > 宗教というモノは、どこまでも人がなんらか世界をあくまでも読みこんでいるのだよ。 そう、連続性があるというのが正解。同じ人間だからね。 『人間』という視点があれば差異は根本的にないことが分かる。 これは少し難しいかもしれない。発信元に差異はないということと表れに差異があるということ。 根本的には同じであるに関わらず革命的であること。 > 創唱宗教は、むしろ人々が勝手気ままに欲深くなることに > 対してのブレーキではないのか。そのブレーキの話しを耳ある者以外聞けないとしても。 ブレーキだろうね。感受性が強いと意識がしっかりしているとそうでない者よりさまざまなものがみえる。 だから新規の為の新規でない。見直そうじゃないかということ。 ブレーキの手段として新しいのは、新しさ自体でなく、開祖の激しさ。 悪習への疑問が昇華されたものと言える。
559 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 20:56:57.50 ID:3thYbrkA
>>556 文明の利器など何一つなく、過酷な自然と闘いながら「生きる」ことが、いかに
難儀なものであるかは、ちょっと想像力を働かせれば判ること。そんな古代人たちが、
寝そべって「この世界は誰が作ったのか」などと考える余裕があったと思うか。
そんなことしてれば、忽ち飢え死にするか、野獣に襲われて殺されてしまう。
宗教学の最古典であるヒュームの「宗教の自然史」を読み、さらに現代人としての
自分の知識と知恵で考えれば、背景的には十分に理解可能。
ヒュームは、「古代人は、生存を助け、あるいは妨げる自然現象を引き起こす
不可知な力を「神々」として感謝しあるいは憎悪したが、憎悪する神々のほうが
はるかに多かった」「自然宗教によって流された血は、創唱宗教によるそれ
よりも遥かに少なかった」と言っている。
クリスチャン達が、現在でもヒュームのこの書に猛反対しているのは、余りにも
当然のことw。
>>559 だから、災害時や戦時に略奪強奪をしてもよい。
それは寧ろ「強者が生き残る」という生存の根本原則に忠実故に、
最高の善なる行為ということか。
さすが生命教w
>>559 こないだNHKでやってた「病の起源」でも見てきたら?w
562 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:15:24.72 ID:3thYbrkA
>>553 現代では、不特定多数人の平均からかけ離れた言動をする者を、「精神病者」
として治療の対象とする。精神病者は、他の病気と同様、何時の時代でも、
どこの地域でも、少数ながら発生する。精神医学が無かった時代には、希少な
存在として、かえって珍重されただけ。イエスも、イエスを身近に良く知る家族、
郷里の人々、仲間のユダヤ教徒たちは気違いと判断していた。聖書にもちゃんと
書かれている。現代なら、救急車呼ばれて、即、精神病院に強制入院のケースw。
563 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:22:42.22 ID:s2rQe6wo
>>559 > そんなことしてれば、忽ち飢え死にするか、野獣に襲われて殺されてしまう。
飯と次の狩猟までの合間に踊り狂ったろうさ。踊る余裕もない古代人なんているのかい?
踊りは死(畏怖)も含んだろうさ。
> 宗教学の最古典であるヒュームの「宗教の自然史」を読み、さらに現代人としての
> 自分の知識と知恵で考えれば、背景的には十分に理解可能。
>
> ヒュームは、「古代人は、生存を助け、あるいは妨げる自然現象を引き起こす
畏敬、畏怖は人の資質によって違うわな。命が懸かってようと個人個人(資質)であることは同じ。
無下に総括しても内面性に着目という肝心なところを見落とす。
> 不可知な力を「神々」として感謝しあるいは憎悪したが、憎悪する神々のほうが
> はるかに多かった」「自然宗教によって流された血は、創唱宗教によるそれ
> よりも遥かに少なかった」と言っている。
血が流されているから、開祖達は呼び掛けたわけだが?
呼び掛けが、エゴの剣を取る連中の責任まで担うべきとはどういう了見だね?
桶屋を儲けさせたのは風かい?
原因と結果の線引きをまともに出来ないようでは困るな(笑)
564 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:30:19.00 ID:3thYbrkA
>>557 >災害時の略奪とかw あれこそ正に生存努力の発露だわなwwwww
それによって、一方では生命を救われる人もいるのだから。少なくとも、
生存に無関係に、架空の神や根拠皆無な宗教観念により大量殺戮を行なう
ことより100倍もマシ。刑法における、「正当防衛」や「緊急避難」の
規定を想起せよ。
宗教者の心理は、戦争によって殺された人々のことはすっかり忘れて、職業的
売春婦ばかりに同情する某プロテスタント国の女大統領の心理状態と全く同じ。
565 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:39:33.13 ID:a5Yu0pRv
ID:3thYbrkAは、 また、北朝鮮とか、言いだしそうだな(笑) 先の戦争において我が国の洗脳を荷った、国家神道の生き残りか、 どこぞのカルト工作員なんだ。 (古神道とかではないよ、この人は、恥ずかしい限りだね(^▽^♯))
566 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:45:11.81 ID:3thYbrkA
>>563 >血が流されているから、開祖達は呼び掛けたわけだが?
そうやって、開祖だけは絶対に批判できないいのが、まさに「宗教の病理」。
キリスト教の殉教者は、架空の神や親でもない大昔の赤の他人の開祖を 「殺さ
れても」棄てることが出来なかった。踏み絵は、宗教信者のこの「異常心理」
を応用した、日本人の優れた発明である。
精神病は、患者に接触する者に感染することを、忘れてはならない(「感応精
神病」)。まだワクチンも治療薬も未開発であるので、通常の精神病より遥かに
怖ろしい。
567 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/08(火) 21:47:50.61 ID:ag+sS54S
>>565 北朝鮮は大日本帝国の末裔というか正統な継承国家ですよ。
キムさんは天皇制のコピーです。
南無妙法蓮華経
568 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 21:51:30.13 ID:3thYbrkA
569 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 22:10:10.62 ID:a5Yu0pRv
>>567 いつもなかなか笑わせてくれて、かわいいな。
>>566 君は、
>過酷な自然と闘いながら「生きる」ことが、いかに
>難儀なものであるかは、ちょっと想像力を働かせれば判ること。
と言っているな。ほんとうに想像力と普通の教養があれば、
「踏み絵」をそんなふうに語れなのだよ。
君は言葉の盗人だな。
少しは勉強し直せ、そして異常な性格も治せ。
私は26人聖人の事を現場を訪ね調べ上げたのだが、
らい病者(その当時誤解され伝染すると差別されていた病気)や貧困にある者を命がけで助けた人たちだ。
その場所は、減殺の京都市の四条堀川あたりだ。
君に出来るか。
彼らは、愛しぬいただけであるのに、耳や鼻を削ぎ落され、都をひずりまわされ、
息も絶え絶えの子供も含め、長崎まで送られ、十字架上で処刑された。
二度と「踏み絵」などと安易な言葉を吐くな。
君のような者は、宗教以前に、学ぶべき事があるのではないか。
570 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 22:10:22.42 ID:VVEi1DQK
>>554 >二相は混ぜると危険です。
あなたは最初、「今、空想であの世をイメージすれば、すぐにでも行ける、無限につながれる」と
おっしゃっていました。
イメージするのは悟った私ではなく、今ここにいる凡夫の私です。
「悟りを開いた後にイメージする」とは言いませんでした。
もし、悟りを開いた後に・・・ ということなら、勝義諦オンリーでしょう。
もし、凡夫の私に言われたのなら、世俗諦オンリーでしょう。
ところがあなたは、凡夫の私に対して、「今、無限(あの世とかどこでも) をイメージできる」といい、
なぜ無限かと問うと、「仏性に溶け込んでいるからだ」 と返答がありました。
イメージするときは私は、凡夫で、これは世俗諦で、無限につながって仏性と溶け込んだ時の私は、
悟った私で、これは勝義諦で、まさに、チャンポン、混ぜるな危険状態になっているような気がするのですが、
ここで一つ明確にしたいのですが、私に、「あの世を空想でイメージしてください、それが今です、どこへでも行けます」
みたいに言ったとき、これは凡夫の私に言ったのですか?
それとも、悟った私に言ったのですか?
もし凡夫の私に言ったのなら、「凡夫でも今(無限)に繋がれる、仏性と溶け込んでいる」 ということになりますし、
もし悟った私に言ったのなら、凡夫の私がイメージするところのあの世、無限、今、ということではないことになります。
凡夫の私にはイメージ出来ないということになります。
この二相の住み分けが、今一つ分かりにくいです。
この辺のことを、ご教授下さい。
>釈尊が中道を悟ったのは、竪琴の弦の張り具合において、ちょうど張りの良い按配が真ん中が良い。で中道ですね。
これはネットで調べても中々出てこないのですが、
経典か何かに出典があるのでしょうか・・・・?
もしあるのなら、その出所を教えて下さい。
>>567 世の中の流血事案の理由を、君はデータとして把握してるのかい?w
世間に溢れる非人道的事件は、(たとえば実子乳幼児の放置虐待事件等)、
宗教関係ない―寧ろ、宗教的素養が欠けているからこそ起きる―事案じゃないかねぇ・・。
個人の欲求や都合を(生存・権利・充足・子孫繁栄の発露として)最優先させる傾向こそが、
現代社会の病理なんじゃないかねぇ・・。
だから、個人の権利・尊厳至上で公が蔑ろにされる思想に嫌悪感を抱くし、
今のところ、それが左vs右になってる図式しかないしね・・。
個人的には、左連中は公が見えてない愚民だと感じてるけど。
で、隠居の「生存欲・個体生命の護持・種族保存マンセー」は、
まさしく、左連中御用達の個人尊重以外の何ものでもない。
隠居は、共同体の云々というが、「あるがまま」ってのは、トラックを一周した後でない限り、
公無視の欲望肯定にしかならんのよね・・。
572 :
○ :2014/04/08(火) 22:34:57.09 ID:0fXeWN0P
>>569 >彼らは、愛しぬいただけであるのに、耳や鼻を削ぎ落され、都をひずりまわされ、
>息も絶え絶えの子供も含め、長崎まで送られ、十字架上で処刑された。
キリスト教史を見ると大勢が殉教しております。
見世物になり獣に食い殺されたクリスチャン女性とか、壮絶な話は多いようです。
でもイエスはゲッセマネにて「この盃(十字架刑)を取り除いて下さい。」と父神に悶えながら懇願しました。
神の独り子であっても肉身を持ったから無残な十字架刑が怖いのでしょうか。(マルコの福音書14.36)
私は十字架での死よりももっと耐え難い事情があったのだと仮設しておりました。
奇しくもコーランを読むと一つの検証がなされております。
と公案ではないですが、無記のままお話はこれで終わります。
573 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 22:40:48.90 ID:a5Yu0pRv
>>567 ごめんな分かり難かったなら、よい意味で私は笑ったのだ。
朝鮮半島と日本はだれがどう言おうと近過ぎる。
人々の流入、流出がなかったと考える方がおかしいな。
一言で言うと、困った事だね。
574 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/08(火) 22:41:37.27 ID:ag+sS54S
>>566 「踏み絵」は日本人の宗教音痴の典型ですよ。
本物のクリスチャンならば踏み絵なんて躊躇せずに平気で踏めます。
只の「絵」にすぎないんですから。
そもそもキリスト教は偶像崇拝を禁止しているんですよ。
だから踏み絵を踏めないキリシタンは本物のキリシタンでは無い。
反対に踏み絵に効果があり意味があると思う日本人の「異常心理」のほうが問題です。
例えば事件や事故の被害者の遺族が遺影を裁判所に持ち込むでしょう。
遺影は現代の踏み絵ですよ。
つづく
575 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 22:46:43.77 ID:a5Yu0pRv
>>572 >でもイエスはゲッセマネにて「この盃(十字架刑)を取り除いて下さい。」と父神に悶えながら懇願しました。
>神の独り子であっても肉身を持ったから無残な十字架刑が怖いのでしょうか。(マルコの福音書14.36)
↑
この話に関しては、どういうことか話したのだが、ここは私もそうだが、
見落とすのも仕方がないほど、早いよね。
576 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/08(火) 23:00:50.41 ID:ag+sS54S
>>566 つづき
裁判所に遺影を持ち込むのは暗に加害者に遺影を踏めと脅してるんですよ。
加害者に対するプレッシャーです。
最近もレスリングの選手の父親が亡くなってその「遺影(踏み絵)」を世界大会に持ち込んだでしょう。
プレッシャーと同情で物事を動かそうとする日本人の「知恵(異常心理)」です。
ユダヤ教キリスト教イスラム教がなぜ偶像崇拝・・・踏み絵を禁止にしたのか。
日本人のような呪術的踏み絵的偶像崇拝・・・まさに異常心理を排除するための知恵です。
遺影のような非合理的な踏み絵に物事を左右させないための合理的発想です。
日本人はまだまだ異常心理の未開人ですよ。ご隠居!
577 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 23:06:46.23 ID:a5Yu0pRv
>>574 これ悟くん、私は「踏み絵」の事を安易に述べる事を諫めた。
というのは、天草の一揆も食わず飲まずで苦しめられていた農民一揆だと
検証されている。
生存努力といえども、自然状態を越えて、つまり天災ではなく【人災】になっておるわけだ。
もちろん君がいうように踏み絵など踏んでしまえと簡単に言う事は出来るのだが、
もう、人災によってほぼ殺されている人たちなのだよ
最後のふりしぼった涙が一揆なのだよ。
そこで踏み絵を踏むか踏まないか、もうどちらを選んでも半ば殺されている人達が
せまられているわけだ。
踏んだ人はわずかの期間、助かったにすぎない位の差だ。
そして、踏まなかった人は、今も生きて踏んだ人達や、私たちとともにいるのだよ。
わずかな差であるのだが・・・
なので「踏み絵」の事を乱暴に扱うなと言ったのだよ。
578 :
○ :2014/04/08(火) 23:25:23.70 ID:0fXeWN0P
>>575 >この話に関しては、どういうことか話したのだが、ここは私もそうだが、
>見落とすのも仕方がないほど、早いよね。
文章がよく分かりませんので済みません。
579 :
○ :2014/04/08(火) 23:30:11.03 ID:0fXeWN0P
ブッダが心変わりしたのが2回。 スジャータと梵天勧請の時。 三位一体のイエスが父神と見解の相違も2回以上。 ゲッセマネでの懇願と「レマレマサバクタニ」と叫んだ時。 皆なんでだろ?と疑団を持たないのも不思議ですね。 縁起であれば、これらの出来事が起こった縁があるはずです。
>>579 スジャータの献粥の際の心変わりって何?
581 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 23:34:52.06 ID:a5Yu0pRv
>>578 それほど遠くない、以前にほぼこの件についてを、私は話した(説明)のだよ。
けれどここは、一日目を通さないともう分からなくなるぐらいのスピードで
進むので、見落とす場合があるねと言ったのだ。
582 :
○ :2014/04/08(火) 23:45:10.30 ID:0fXeWN0P
>>580 >スジャータの献粥の際の心変わりって何?
断食苦行と瞑想の最中で最初は断ったと聞いた記憶がありますので。
確か中村元先生の談話だったと思いますが。。
583 :
神も仏も名無しさん :2014/04/08(火) 23:47:27.55 ID:nYhPDbJa
>>577 >というのは、天草の一揆も食わず飲まずで苦しめられていた農民一揆だと
>検証されている。
今までの教科書の公式的史観ではそうだが、最近の研究によれば、事実は異なる。
事実は、キリシタンによる神社仏閣の破壊や神官僧侶の殺害である。異教を認め
ないキリシタンにとっては、当然予想されること。
島原の乱で、何度も矢文を送って和解をよびかけたのは、専ら幕府側だが、イエスで
狂わされたキリシタンたちは、どうしても和解に応じることが出来ず、老若男女
殆ど皆殺しにされた。ずらりと並んだ子供達の遺体を見て、戦い慣れた武士達さえ
眼を背けている当時の絵が残されている。
親の宗教エゴの犠牲となった子供達が哀れである。その親たちもまた、イエスの
悲惨な犠牲者なのである。
重税や領主の横暴は、程度の差はあれ、全国どこにでもあったはず。何故天草
だけかを見る必要がある。
島原の乱を契機として鎖国し、キリシタンを追放したことにより、日本は、
世界史上稀な、徳川260年の平和と文化を確立することが出来たので
ある。
江戸時代の日本人の民度と文化に、幕末から明治初期にかけて来日した西洋人
たちがどれほど驚嘆したかは、渡辺京二著の「逝きし世の面影」(平凡社)
に詳しい。日本人が日本を知るための必読の名著である。
キリスト教を許容した開国後の日本の惨状は、今更言うまでのない。
584 :
○ :2014/04/08(火) 23:48:58.24 ID:0fXeWN0P
>>581 >けれどここは、一日目を通さないともう分からなくなるぐらいのスピードで
>進むので、見落とす場合があるねと言ったのだ。
そうかも知れませんね。
私も誰かと熱くやりとりしている時は、名無しさん達の結構大切な話を見落としますので。
585 :
○ :2014/04/09(水) 00:01:03.28 ID:0fXeWN0P
>>581 >それほど遠くない、以前にほぼこの件についてを、私は話した(説明)のだよ。
済みませんが、再掲いただきたく。
>>582 それは、スジャータ因の心変わりじゃないだろw
別の因・縁が熟していないときに断わり、
その因・縁が熟した時節に
(自身で苦行に終止符を打ったタイミングだった故に)
粥の供養を受け入れたってことでしょ。
別に「心変わり」でもなんでもない。
ちなみに、もし、お釈迦さんの心変わりのタイミングを抽出しようとするなら、
「梵天勧請」「義母の出家の許諾」「瑠璃王進撃の許容」「二大弟子の先立ち」
あたりだろ。
587 :
○ :2014/04/09(水) 00:15:42.50 ID:1RCqSGMm
>>586 >ちなみに、もし、お釈迦さんの心変わりのタイミングを抽出しようとするなら、
>「梵天勧請」「義母の出家の許諾」「瑠璃王進撃の許容」「二大弟子の先立ち」
>あたりだろ。
すぐ例示できるなんて素晴らしいです。 僧侶の方かも。。
588 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 00:24:25.28 ID:gTOFPVCY
>>583 (ID:nYhPDbJa)
君は、国家神道 戦前変態右翼の洗脳されていることは分かった。
>事実は、キリシタンによる神社仏閣の破壊や神官僧侶の殺害である。異教を認め
>ないキリシタンにとっては、当然予想されること。
私が話しているのは、苦しめられていた農民、民衆だ。
君は 話しをすり替えているのだ。
貧しいのにさらに年貢を厳しく取られる農民はいなかったかどうか
まず答えなさい。
589 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 00:27:53.45 ID:gTOFPVCY
>島原の乱で、何度も矢文を送って和解をよびかけたのは、専ら幕府側だが、イエスで >狂わされたキリシタンたちは、どうしても和解に応じることが出来ず、老若男女 >殆ど皆殺しにされた。ずらりと並んだ子供達の遺体を見て、戦い慣れた武士達さえ >眼を背けている当時の絵が残されている。 何を言っている。 騙され続けて、最後の涙が一揆だ。 年貢を過酷に取り上げ、米を巻き上げている側の報告を 流布するとは。 そうだろう、巻き上げる立場の者の報告を真実にするとは。 もはやそのような事は、現代では、通用しない。 犯罪心理学においても見破られている(爆笑) 君の科学はトリックだな。 君はまことに悪霊で、工作員で、どうしようもないな。 おまえとおまえの仲間が、その子供らを殺して ずらりとならべ、恐くて目をそむけたのだよ。 >徳川260年の平和と文化を確立することが出来たので >ある。 そうかそうか、士農工商穢多非人な。 インドのカースト制か。 私はね日本人の良いところと弱点をそれなりに把握しているつもりだ。 君は洗脳されずに広く教養を求める事です。
出家(アノーマー河渡河) 瞑想(ウッダカ、アーラーマ仙師事) 苦行 五比丘教化 舎利弗目連加入 サンガ肥大 尼僧許可 (ダイバダッタ拒絶) 二大弟子先逝 チュンダ供養 入滅 分骨 お釈迦さんの事跡を拾うなら↑こんな感じだろ。
592 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 01:09:57.36 ID:Imt3JLdz
>>589 >君は洗脳されずに広く教養を求める事です。
イエスで、そして釈迦でも簡単に洗脳された人間が、何を言うのやらw。
教養を求めるのなら、高校の教科書程度ではなく、最新の研究書も読めよ。
君のは、典型的な左翼史観。左翼は、キリスト教の直系。
江戸時代の人々には、階級意識など無かった。「キリスト教でも仏教でもなく」
人間として精一杯生きていた。宗教など問題外。武士も、経済力のある町人
には、頭が上がらなかった。
キリスト教を追放した結果としての徳川260年の平和と文化が、キリスト教
国の一国ででもあったかね。欧米の歴史と現状は、キリスト教を初めとする
一神教間の宗派間の絶え間ない殺し合いの歴史ではないか。
リンカーンは、奴隷制度廃止のために、60万人以上の米国人を死に至らしめた。
狂気以外の何物でもない。
宗教戦争については、少なくとも岩波キリスト教辞典の同項目くらいは一読
されたし。
日本の歴史には珍しい戦国時代と明治維新における無意味な大殺戮は、いずれも
イエスの思想の影響である。
スジャータの乳粥を食べた頃はまだ悟りをひらいてないよね。 その後に修行方法を見直し、その後悟ったんだよね。
信長は偉いね 洗脳されず仏教徒を虐殺した
595 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 02:01:04.90 ID:h43PQ1/Z
少なくとも仏教は本家が一度は滅びてる キリスト教もイスラム教もユダヤ教も聖戦と称して戦争を起こすが 仏教はその教えに徹してる限り基本的に「なすがまま」だ、だから本家は滅びてる 良く日本の僧兵とかを引き合いに出す奴がいるが、あれは荘園を持ち堕落した 袈裟や法衣をコスプレした侍と貴族崩れが正体で食法餓鬼の成れの果てだ 鎌倉仏教の有名祖師たちは、大抵叡山に何らか絡んでいても離山している 叡山が鎌倉時代には既に腐敗堕落していたからだ
ちょっとオカルト的になって申し訳ないけど、 スジャータの話って、大きな暗喩に思えるんだよな スジャータってのは実はサラスバティのことで、スジャータが灌ぐ乳粥っていうのは、ミルク=弥勒で、 世界が終末になると、仏教が廃れて、本当の教えが無くなって、ガリガリになる。 そこに宇宙の母、サラスバティーが現れて、弥勒を廃れた仏教にそそぐ・・・ そうすると、仏教は蘇って復活し、大きな悟りを得る・・・ 沖縄では弥勒のことを、ミルクっていうんだよね。 あと、ゴーダマって「最上の牛」って意味で、日本にもスサノウとか武塔神とかあるけど、これらは牛頭天王と同じで、 オカルトでは終末に現れるトドメの神と言われるけど、これは牛神と言われてるんだよね。 ちなみに、スジャータは牛飼いの娘だよね。 ミトラ神も、牛の神という説もあるような・・・ それから、これから新時代、アクエリアスの時代に入ったっていうけど、 サラスバティは水の神様なんだよね。 しかも、ブラフマーの奥さんになった神。 宇宙聖母、すべての生みの母、と呼べるような存在なんだけど、 確か映画のワンシーンで、ネーランジャラー川に半分水につかりながら、牛を引き連れてスジャータが現れるシーンがあるんだよね。 そしてお釈迦様に乳粥を与える・・・。 弥勒も元はインドでは、半跏思惟ではなくて、水瓶を持つ像だったんだよね。 聖書に、キリストが、「水瓶を持つ男についていけ」 っていうシーンがあるんだけど、 これが「二階の広間、(新しい悟りの世界)に案内するもの」って感じなんだけど、 これが弥勒の水瓶とイメージが重なるんだよね。 このスジャータの物語は、ネーランジャラー川(アクエリアス時代を象徴する)から現れたサラスバティ(宇宙母神)が、 廃れた仏教に弥勒を灌ぎ、新しい悟りの世界を完成させる・・・・ こういう暗喩のような気がする。
597 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 02:12:22.08 ID:h43PQ1/Z
ダヴィンチコードじゃねーがら
598 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 02:38:59.98 ID:h43PQ1/Z
法眼をして観渡すと宗教を支える原動力も自ずと観える 人が宗教を支える原動力となるのは、無宗教な人でも持ち合わせてる 自己同一性となる、だから無下に扱って否定の極みを尽くし切ると 詰問された側は憔悴の末に絶望克服の生存本能から怒って詰問者等に攻撃を始め 虐殺を繰り返すか、狂って自己を殺す 釈尊は多分これが判ってたから自在な方便を用いて無知な外道を論破したりせず、聴く耳を持たせ 可能な限り段階を踏んで法を説いて行った、それが結局八万法蔵に至った本源ともなる しかし自己同一性などは、仏法の極みに於いて不要となるので踏み込むのは至難となる つまり、不要に至れるまでが大変なのであり、それが悟りと言う境地として表現される 故に、仏説を望むと大抵の形が、釈尊が(どうか?)と示し、(その通りです)と本人に承認させる形になっている これは納得させずに法を説く事を間違いだと解ってた釈尊ならではの説き方だと言え その目的はやはり悟りを目指すための方便として段階を踏ませてると解る 結論として言うなら、自己同一性を排せばそれは仏法の言う”無分別”の境となるからだ
599 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 03:01:54.73 ID:Imt3JLdz
>>594 信長は、キリシタンの影響を受けていた可能性が極めて大きい。彼の家族や
親類には、多数のキリシタンがいる。
信長にキリシタンの影響がなければ、あれほど冷酷な大虐殺は出来なかったはず。
600 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 03:17:58.68 ID:h43PQ1/Z
段階を踏んで徐々に核心に迫る法の説き方が可能なのは少数以下の個人に対してだけである だから釈尊の時代は対機説法だったと解り、パーリ三蔵もその形を大抵踏んでいる この方法だと少数精鋭を育てるには都合が良いが、段階を踏んでいる以上、輪の外に居る者には 不平が起こる、個人間や少数間に差が出来るのは否めないので、宥めるのは大変だっただろうと思われる それでも完全な方法などある訳も無いので、やはりと言うか当然と言うか、後に仏教は分裂を起こす 聞法の次第に差が出来、理解度に差が出来、自己同一性克服までに至れてない自尊心高きものが 先導などをして先達などに法論を仕掛け至ったのだろう、下克上などどの時代どの習俗でも有り得る話 結果生じたのが大乗勃興である、大乗の説く教えは画期的で、対機説法的マイノリティな流れを排した 聞法した者は画一的に知る事・理解する事を可能とした、経典の進化としては順当な流れだと思われる しかし、大乗の思想に欠点が無い訳ではなく、経や論が優れてても、問法する側は人間と言う面が忘れがちで 生産能率学でもしばしば問題となる「人に於ける知力と力量と疲労」に於いての個人差的不確定要素の 排除が、能率では交代要員で担えても、仏教教義では不可能なので問題となる 所謂「落ちこぼれ」をどうするか?である、考え出された苦肉の策は 「見性や解脱を目的にするのは止めましょう」と言う方便である 落ちこぼれはこれのお陰で焦る必要も嫉妬する必要も無くなった、かに見えた これが定着し今に至って一番問題になるのは、「方便であった事を誰も知らない」時代に至ってる事である 仏教最大の効能は「煩悩克服」であり、これが可能なのは解脱後なのである 解脱前の煩悩抑止は抑止なのであり、手を放せば煩悩炸裂なのである、釈尊はそれを教えていない 現時点での大乗はこの煩悩抑止程度を一生やれと推奨している 故に解脱者を冷遇し嫉妬し耳を貸さない 仏意に反する所業は残念ながら冷徹に遂行される、縁起は絶対であり業報は確実だからである
601 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 03:21:00.35 ID:oHhfH056
おひさしぶりです。 懐かしいですとても。 すみません
602 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 05:20:52.38 ID:h43PQ1/Z
解脱の具体的な方法をやっと纏まったので説こうと思う 先ず、基本形は座禅瞑想である、題目や念仏や真言でも構わないと思うが これらは無心にはなれるがサマディ(三昧)が高まり難いと思うので静かに座禅瞑想を基本と考える 最初の段階は雑念の徹底排除である、雑念が禅定を邪魔する大きな要因でもあり これを容易に何度でもこなせる様になれば身心脱落となる 次に身心脱落が習得出来たらその状態を可能な限り長時間持続させる訓練になる 身心脱落に至れても、まだまだ僅かな雑念は飛び交っているので綱渡り状態と言え ちょっと気をとられると身心脱落は解けてしまう、早い話が無心の我慢比べである、どんだけ無心で居られるかである 雑念によって何かの想起が起こってしまうなら自分の鼻の穴を注意して息を吸い込む事を念じ 同じく息を吐き出す事を念じ、吸うことと吐く事を意識し鼻の穴に空気が出入している様を感じて 無駄な想起を駆逐する、強く意識を呼吸に向けると想起は消える(思考が意識に乗っ取られる) しばらく繰り返すと身心脱落に戻る、解けてしまったらまた呼吸意識を繰り返す これに為れて容易に身心脱落に至れる様になると倶解脱となり、禅定を邪魔する雑念を意識的に排除する技術を会得する 普段の生活上でも、呼吸を意識し雑念を鎮められる様になれる、ここまでで第一段階 一段が容易になれて会得できたらここまでの過程で実は智慧が得られている この使い方が解ればそれが慧解脱となる、使い方の前に智慧の正体がここで解る筈である 実は自分の脳の思考領域こそが智慧の正体なのである、般若の智慧もこれである(遍智も同じ) ただ思考とすれば我執に塗れているので智慧では無く、それは知恵となり疲労を伴う 座禅を行い雑念を払い思考領域を全開にさせる事で、本来の脳の演算領域全てを 思考対象に全部向ける事が出来、信じられない思考力を発揮するのである この間、一切の雑念が入らない為、疲労を伴わない 宇宙の実態や仏教の真髄、涅槃の真実や煩悩の滅尽方法もこれで解る 逆に言うと普通の思考では雑念で演算が阻害され考えてられないのである 読書や思惟で知ろうとしてた連中はある意味鋭かったと言わざるを得ず、残念ながらそれでは後一歩及ばなかったと言う事なのである 行が大事な理由も上記の通り、智慧の為である、ニミッタも不要である
603 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 05:38:02.34 ID:h43PQ1/Z
自分の普段の思考と、禅定から得られた智慧による思考とは何が違うのか? それは雑念の有無と強烈な集中力と疲労感である、前者は頑張って考えるので疲労が伴い 考えを邪魔する雑念も野放しなので結局思考力の2〜3割程度を最大にして考えてるのである それでは疲れてしまって思考も散漫になり答えは中々得られない サマディから得た智慧の思考は雑念が無く強烈な集中力で「それ」だけを考えるので疲れない 雑念も無い為思考全域が即物的に「それ」だけを思考する、ブレがないので苦悩も無い 自分の時は涅槃の演繹だったと思う、これが全ての突破口だった 知らないうちに涅槃の事を演繹し、答えを探して二・三日でガーンと来た じゃ座禅なんかしなくても涅槃を演繹すればいいじゃん、って思うだろうがそうではない ガーンと涅槃が解った時、全ての事がバーっと解るのである、嫌応無く答えが一気に押し寄せてくるのである 普通の思考では涅槃が片付いたら次に移行してウーンウーンと始める訳だが 智慧の場合は違うのである、関連する項目が一気に責めて来る、好むと好まざるに因らず来るのだ みんな体験談はうそ臭くて嫌いだろうからやってみるといい 本当に、比丘のカッコした連中が言ってた事が嘘になるから 出家が必須なのはそう言う人も居るってだけで、全員じゃないって解る 多分大多数の人が家で出来る みんな解脱してくれ、結果世の為になるから 自慢の為に始めたって良い、悟っちまえばその慢心も消えるから
604 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 06:04:38.08 ID:h43PQ1/Z
智慧を得て(表現は変だが)思考する時のサマディは 座禅のままでも座禅を解いて思惟しても効果は残る、鐘の音の様に余韻として残るから 姿勢の如何はあまり考えなくてもいい、だから座禅瞑想してサマディ高めたまま ちょっと買い物に出かけ、「ほー今日は野菜が特売か、どれどれキャベツを・・・ ガーン!」も有り得る この時見たもの、聞いたもの、嗅いだもの、触れたもの、何かは知らんが どこかのどれかが引き金になり、良い意味での雑念としてキャベツを取る動作以外の思考で 重大な答えを悟るのである、先日まで解らなかった部分の紙一重をキャベツ取る時に受け取るのである 有り得る一例としての仮設なので、実際は家にいて来るのだろうと思う 自分の場合は涅槃の演繹中に、参考として考えた輪廻との矛盾のすり合わせが大きな切欠だったと思う 涅槃すれば輪廻せず、涅槃しなければ輪廻する、輪廻は自然現象なのか 涅槃は実在してて現実なのか、釈尊は人間だった筈なのに、涅槃すれば輪廻せずを説いている 輪廻が自然現象なら釈尊でも止められる筈も無い、止めたら道理に反し仏法に反する 涅槃が事実なら、無の極地の如き表現の涅槃に釈尊が行ったかして帰れる術がある筈がない 行ってないなら知る由も無い、知らないなら釈尊は涅槃を語れない、行ってないのに知る方法でも有るのか こんな感じだったと思う これを思考だけではなく、肉眼や耳や鼻から得られる情報も加味して考えたのである 縁起の現観を言った御仁が居たが、肉眼に見えてるものからそれは起こることは確認できた 仏法の極意は0を極める事であると思う、何も得られず何も失わない、元々0である事実が仏法なのである 悟りも解脱も結局得たのは0の真実である、つまり何も得ていないとなるし失っても居ない事になる 涅槃も0である、1や-1は人の概念となる、人が人である限り度し難いのもこの為なのである
605 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 06:34:23.64 ID:h43PQ1/Z
コップの例えを出した事を思い出して欲しい コップ自身は他の事物を認識する事は出来ないし、自分がコップである事すら解らない 我々は何で他の事物を認識できるのか? 自分が人間と言う種類の生き物だと何で理解できるのか? コップと自分とぶっちゃけ何が違うのか? 甚深微妙の法は人は悟り難し、と釈尊は思われて人に説く事を躊躇された 甚だ深くてそれだけ微妙な法、物凄く微妙で解り難い法、つまり道理とは何か 微妙と言うからには甲乙で比較して微妙と言ってる訳で、何と何を比べて微妙なのか それの一端が上記の「コップと自分との違い」なのであり 早い話が「肉眼に見えてる世界と涅槃との違い」の事だったのだ 解るだろうか? これが悟りの一端と言う事が 私を信じる必要は無い、釈尊の教えた理法を自灯明法灯明すれば良い
606 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/09(水) 07:43:54.62 ID:v6QYcdga
>>570 >ここで一つ明確にしたいのですが、私に、「あの世を空想でイメージしてください、それが今です、どこへでも行けます」
>みたいに言ったとき、これは凡夫の私に言ったのですか?
>それとも、悟った私に言ったのですか?
悟りの境地を説明しても、それは矛盾が出てしまうのです。
ですから禅の基本は不立文字です。つまり文字(もんじ)を立てず、です。
文字にした途端にそれは矛盾となる所以です。
勝義諦は非矛盾です。世俗諦は矛盾です。
例えば、良寛は「大愚」、一休は「狂気の悟り」とか言われます。
これ等の禅師の境涯をどう説明するか?ったって、そもそもこれ等は世俗価値観から全く離れているもんを、
世俗価値観で理解せよ。ってのがそもそも無理な話になるのと同じです。
で、閻魔氏が良いことを言った。センスなのですよ。
「センス」ってのは上手い言葉ですね。
勝義諦を世俗諦で解釈するのは、やはりセンスってのが大事かと思います。
結局、文字列をストレートに読み込んでも、それは全く意味不明です。
何故なら禅者は、説明は最初から文字(もんじ)を立ててないのですから。
つまり、センスってのは、暗に文字の行間を読み取れってことを示唆したものです。
で、私もまた暇なときでも、これ等の論題について説明をしますよ。
607 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 07:54:22.05 ID:AcbIgyJs
大愚を悟りだと表現した先達は、一切に”知る”動作が皆無の無知=愚かな世界を言い得ている 狂気の悟りだと表現した先達は、狂った様に分別を失い切った世界を言い得ている 双方涅槃を悟った事を言っている
608 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 08:00:59.45 ID:AcbIgyJs
肉眼で見えてるこの世界は有情非情が混在し共存している世界 涅槃は戯論が滅した世界、戯論は有情が生み出す、それが無い世界=非情しか居ない世界の事 涅槃がめでたき安心の世界なのも、戯論が存在しないからで、煩悩も戯論と同類
609 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 08:03:10.20 ID:gTOFPVCY
士農工商穢多非人というのは、互いを差別し合うように 目くらましでできている。 カーストもそうなんだが、特権にふんぞり返るモノ達が考えた よくできた制度だな。 そして今も被差別部落の問題が残っているのは、なによりの証拠だ。 直視しない事で、綺麗事だけ、原発の問題でも同じあり様だ。 奴隷廃止制度でどれだけの人が死んだかを書いているが、 奴隷にしておきたい人達と、命がけで揉めることなど分かっておろうが。 戦時ではなく普段から日常的に奴隷はどれぐらい殺され卑しねられていたんだろうね。 そして、公民権を訴えたキング牧師も暗殺されたのだが、 みな同じ宗教だよ。 信長の話しが出ていたが、信長だけが戦争をしたのか? キリシタンではない武将は日本の歴史上でも戦争はしなかったのか。 馬鹿馬鹿しい話しをするな。 先の戦争でどれぐらいの人が犠牲となった 日本人の中のキリシタンが起こした戦争だったのか。 自己都合で作話すると、一時の目くらましにはなっても まるっきり通用しない。 全体が見えないような、手前勝手な捏造の歴史では情けないではないか。
610 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 08:06:14.49 ID:AcbIgyJs
有情の一種である人間から”心”を離れさせたら、人間すら非情の存在 この世界の殆どのものは非情である これで涅槃がどこにあり、死ぬ以外にどうすれば涅槃を知れるかが解る筈
611 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 08:06:56.74 ID:gTOFPVCY
なので言っているのだ。 つまりな、どの宗教のせいでもないのだよ。 君が馬鹿なら、君が信仰している宗教も、釈迦やイエスも 引き下げてしまうのだよ。 我々が馬鹿なら、どんな宗教をもってきても 宗教がキチガイに刃ものになるのだ。 キチガイに刃ものとは、君のように自己都合の解釈で歴史も見るのだよ。 チンピラ右翼は、まっすぐに考える事に、忍耐することができず、誤魔化しを生きる、 そんなものはお見通しだ。 こんな事をいうのもなんだが、本物の右翼は違うぞ、教養がまるで違う。 君などはアイデンティティをチンピラレベルで保つ、洗脳のお手本だ。
612 :
○ :2014/04/09(水) 08:34:51.98 ID:1RCqSGMm
>>604 >輪廻が自然現象なら釈尊でも止められる筈も無い、止めたら道理に反し仏法に反する
>涅槃が事実なら、無の極地の如き表現の涅槃に釈尊が行ったかして帰れる術がある筈がない
臨死体験者が綺麗な世界に行っている時に「お母さん」と呼ぶ声が聞こえたとよく聞きます。
何らかの縁があれば帰ってこれるし、無ければ帰ってこれない、縁起の法。
釈尊も誰かに呼ばれたのかも。 衆生か梵天か、誰かに。。
613 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 09:07:16.81 ID:AcbIgyJs
>>612 声が聞こえたなら死んでない
臨死は死に臨してるだけでまだ死んでない
蘇生術を行っている段階もまだ死んでない
仮死状態でも死んでない、放っておいたら死んでしまうけど、まだ死んでない
これだと自力ではとば口から戻れないかもしれない、でもまだ死んでない
614 :
センス :2014/04/09(水) 09:24:32.39 ID:rxX3xado
問題 たとえば、未知の宇宙人のことばで、 ★ と 0 があり、 一方は「ギギギ・・」、他方は「ウ〜ン・・」の場合、どちらがどちらなのか。 世界でほとんどの人が★が「ギギギ・・」、0が「ウ〜ン・・」だと応える。 議論を見ていれば、このスレの住人もほとんどが同じはずだということが分かる。 さて本当に仏法センスのある人ならどうか?
615 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 09:41:28.56 ID:/h+p8SEx
それこそ一切外無視対象
616 :
センス :2014/04/09(水) 09:57:58.90 ID:rxX3xado
617 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 09:59:38.26 ID:/h+p8SEx
因みに涅槃は一切内 心を仮設で外した人体は六根自体に意思は無い 実は六つの感官は自我とは別に非情として機能し有情へ認識を促している 人は精子・卵子と言う非情より情を生じて生まれて来る 涅槃は悟るのでもあるが、実は思い出すべき事なのである 我々は涅槃より人として情を持って生まれ、役が終えたら情を捨てて涅槃へ帰るのである
618 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:03:27.61 ID:/h+p8SEx
>>616 >未知の宇宙人のことばで、
心象操作を施してある、それはナンセンス以前の問題
619 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:05:09.00 ID:FxIgU1VX
おまえら頭悪すぎ
620 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:07:32.32 ID:/h+p8SEx
大愚っすからw
621 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:09:56.15 ID:FxIgU1VX
はあ?
622 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:12:22.64 ID:FxIgU1VX
小物しかおらんが?
623 :
センス :2014/04/09(水) 10:19:12.10 ID:rxX3xado
>>617 >我々は涅槃より人として情を持って生まれ、役が終えたら情を捨てて涅槃へ帰るのである
<ブーバ/キキ効果>を一切外無視対象 などとずっこける成りすまし如来は、
二項相対俗物だということが分かるw
『真理を悟る』のほら吹き如来はナンセンス(仏法のセンスがない)である。
上記はシャンカラ的不二一元論の超劣化センスでしかない。
涅槃とはブラフマンの言いかえでしかないのだ。
ブラフマンが一切内とはハチャメチャですw
>役が終えたら
「カーストの義務」を果せ!とでもいうのかw
624 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:24:41.61 ID:WnEierKM
>>623 >ブーバ/キキ
根拠は明らかにされてない
それなのに鵜呑みにするのはオカルト
>涅槃とはブラフマンの言いかえでしかないのだ。
君は閻魔じゃないのか
涅槃がブラフマンとは仏教の見解ではないよね
閻魔ならそんな事は流石に言わなかった筈
625 :
センス :2014/04/09(水) 10:31:29.54 ID:rxX3xado
>>624 >涅槃がブラフマンとは仏教の見解ではないよね
イエス。
成りすまし如来殿の見解だ。
626 :
センス :2014/04/09(水) 10:37:16.59 ID:rxX3xado
>>624 >根拠は明らかにされてない
心理学的に経験的に検証済みといっている。
『ブーバ/キキ効果とは心理学で、言語音と図形の視覚的印象との連想について一般的に見られる関係をいう。
・・・
98%ほどの大多数の人は「曲線図形がブーバで、ギザギザ図形がキキだ」と答える。
しかもこの結果は被験者の母語にはほとんど関係がなく、また大人と幼児でもほとんど変わらないとされる。』
(wiki引用)
627 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:40:18.20 ID:WnEierKM
>>625 >成りすまし如来殿の見解だ。
それは誰?
>>626 それは状況証拠なのであり物的根拠ではない
628 :
センス :2014/04/09(水) 10:43:25.76 ID:rxX3xado
要するに言いたかったことは、 仏法センスとはものごころついて以来の既成観念を捨てられる人をいう。 Sn.1050〜の無執着を実現する「現生的なる法」(同1053・1066)である。 沐浴を済ませた人(Sn.517~)である。 ブーバ/キキ効果はものごころついて以来形成された既成センスを突いたものだ。
629 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 10:48:33.49 ID:WnEierKM
>>628 既成観念とやらを捨てられたら涅槃がブラフマンであるって見解になるのかな?
630 :
センス :2014/04/09(水) 10:57:16.49 ID:rxX3xado
>>926 ならない。
仏法は一切法だからだ。
ブラフマンも経験的検証不能の形而上的観念でしかなく、
間接現実一切外の無記。
空海の大日如来もおなじ。
信仰するなら勝手にどうぞ。
631 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:03:50.11 ID:WnEierKM
>>630 >涅槃とはブラフマンの言いかえでしかないのだ。
>>623 自分でいってんじゃん、書き間違えたの?
>間接現実一切外の無記。
じゃ何で釈尊は涅槃を説いたの?
いよいよ君の宗旨は仏教じゃ無い気がしてきたよ
632 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:08:50.16 ID:WnEierKM
因みに涅槃はブラフマンの言い換えではありません ニルバーナとブラフマンは明らかに別の事です 少なくとも釈尊の見解ではこの通りです ブラフマンを否定したのが釈尊ですから
633 :
センス :2014/04/09(水) 11:09:29.04 ID:rxX3xado
>>631 >自分でいってんじゃん、書き間違えたの?
成りすまし如来の見解だ。
小生の見解ではない。
>涅槃
ブッダの本懐は実存苦の根本的超克。
その本懐が「こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)」(相応部35-23)
634 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:09:53.73 ID:264ryuT1
閻魔は単なる自己陶酔だけじゃねw
635 :
センス :2014/04/09(水) 11:12:34.04 ID:rxX3xado
>>632 >因みに涅槃はブラフマンの言い換えではありません
当然だ。
仏法は不二一元論ではない。
636 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:13:16.19 ID:WnEierKM
>>633 ああ、解った解ったw
>宇宙の根本原理。
これをブラフマンって結論してると思い込んだんだね、やっと解ったよ
違うよ、宇宙の根本原理はブラフマンじゃなく「縁起する現象」
全ての事物事象は悉く、一つの洩れなく縁起して現象する
これが私の見解、勝手論でもいいけどね
637 :
センス :2014/04/09(水) 11:17:02.74 ID:rxX3xado
638 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:17:49.60 ID:WnEierKM
>>637 何か間違ってる?間違ってないでしょうw
639 :
センス :2014/04/09(水) 11:22:58.75 ID:rxX3xado
>>636 >宇宙の根本原理はブラフマンじゃなく「縁起する現象」
仏法に根本原理とは笑わせる。
まったくダメじゃんw
それこそ仏法センスがない奴だ。
『師亦唾地』(趙州録397)
640 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:26:11.12 ID:e0LgKBGp
>>639 昔の言葉をそのままひっくり返してても今の人には理解出来ないよ
釈尊も「自分の言葉で語りなさい」って教えたでしょう
自分の言葉って今の言葉でしょう
経典とか語録とか指差して「ホラホラ、書いてあるでしょ」ってやっても
それは転法輪じゃないと思うよ
641 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:28:12.67 ID:e0LgKBGp
あとね、仏法に基本的タブーは無いから
642 :
センス :2014/04/09(水) 11:29:34.92 ID:rxX3xado
>>640 昔も今も、理解できないものは理解できない。
だから、昔も今も無い。
これこそ仏法センスの問題だ。
643 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:30:39.58 ID:oHhfH056
だから仏法者はだめなのか。
644 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:33:15.50 ID:e0LgKBGp
>>642 (俺ってセンスいいー)ってアピールしたい訳ね
仏法にセンスも関係ないからw
645 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:33:35.39 ID:264ryuT1
>『師亦唾地』(趙州録397) 閻魔はハッタリ禅で自己陶酔したいだけのアホw
646 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:35:54.01 ID:1BitWgha
647 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 11:38:42.39 ID:264ryuT1
禅の基礎は相手が望まない限り提示をしない。 自己陶酔などもってのほか。以上。
648 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/09(水) 12:05:53.00 ID:hBUVVJPz
>何を根拠にハッタリって気づいた? wwwwwwwwww 根拠もくそもねえよww そいつは、自分を崇めないやつは全て、「はったり、嘘つき」と罵倒して 自己の優位性を保とうとする、自己顕示欲の塊ですwww つまり、あいての見解、境地など全く関係なしww ちょっと、批判的レスつけてみw 途端に、粘着罵倒が始まるからw あ! ちなみに、そいつの通称は、「誰にも相手にされないカスdaio-」 って言うのwww
649 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 12:12:30.49 ID:1BitWgha
ここの大抵の奴は粘着してるじゃん パーピマンだって怪しいもんだよ
650 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 14:08:18.29 ID:7z4a6FhJ
>>609 イエスで洗脳され、釈迦で洗脳され、今度は、差別反対教、原発反対教か。
話にならん。すべて「他人の見解」。「己自身の知性と批判力」は、どこに
おいてきたのか。
先の大戦で、日本は武力によって敗れたのであり、道徳によってではない。
君のように、専ら戦勝国の論理に従う者は、実は「武力の賛美者」である
ことを知れ。
共産主義の実験の失敗とそれによる巨大な犠牲は、既に歴史により立証済み。
マルクス主義は、キリスト教の直系である。マルクスの「富者に対する憎悪
(実は羨望と嫉妬)」は、イエスの思想そのまま。
差別、差別と騒いでいるのは、専ら外部者であって、内部の当事者ではない。
キリスト教に被れた偽善者ガンジーが、最下層賎民を「神の子」と呼ぼうとし
たら、彼等は、「ちゃんと最下層賎民と呼べ」と激怒した。カーストが問題なの
なら、何故インド人は革命を起こさないのか。カーストを廃止するといったら、
反対するのは、むしろ下層カーストの人だろう。安定した職域が奪われるからである。
米国で、60万人もの奴隷が「殺された」のか。殺されるどころか、雇い主の
家庭内では、「人間」としての暖かい心の交流があった。
すべて、狂人イエスの「我のみ良しの思い上がった独善性」「人間差別」「知能
低下による論理矛盾」「創造(あるがままのすべての人間)に対する畏敬の欠如」
「肉体(生命)を忘れた精神性の狂気と冷酷さ」が原因である。イエスのすべての
「教え」は、「己の気に入らない人間に対する憎悪、非難、排除」とセットになって
いることを、聖書から看破せよ。狂人釈迦にも、イエスと同じ要素が存在するのが
問題なのである。
651 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 14:08:43.64 ID:VqcrmUdT
バービーは閻魔説濃厚だなw
652 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/09(水) 15:11:29.55 ID:hBUVVJPz
>バービーは閻魔説濃厚だなw ん? オレ=閻魔 って言うの?ww ん〜〜〜〜〜〜〜〜www すげえな、この識別能力の低さww これは、やはり知能の低さと精神疾患から来てるんだろうなwww
653 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 15:14:59.13 ID:gTOFPVCY
>>650 君はまじで、洗脳されているのだが、自覚がないのだな。
まず、これ
>すべて「他人の見解」。「己自身の知性と批判力」は、どこに
>おいてきたのか。
そのまま君の事ではないか。
次
>米国で、60万人もの奴隷が「殺された」のか。殺されるどころか、雇い主の
>家庭内では、「人間」としての暖かい心の交流があった。
そんな、暖かさがあれば、公民権運動などないし、
人間扱いされていなかった証拠ではないか。
そもそも、暖かければアフリカで奴隷狩りなどする訳がないだろう、馬鹿もの!
そう言った話しは、君の大切なパソコンを可愛がる程度のことであって、出直してこい!
君は完全に洗脳されているんだな、自分都合をまかり通す人達の話しにな。
それは君が、表面的で安易な疑似やさしさ、つまり熟慮することを
本能的に避けるような、自己本位であるから洗脳されるのだ。
次(文字数で続)
654 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 15:21:16.38 ID:gTOFPVCY
>先の大戦で、日本は武力によって敗れたのであり、道徳によってではない。 よくもまあ、話しをすり替えて平気だな。 洗脳されておるから、自動的にトリック反応するように育成されているのだな。 私は敗れた話しなどしていない。 たくさんの人々を犠牲にした戦争は 君が印象誘導し、責任を被せてる日本のキリシタンが起こしたのか。 と言ったのだ。 次 何が共産主義だ。 これもな釈迦やイエスと同じで、マルクスは哲学、文学、芸術にも造詣が深い 非常にユニークな、人の幸せを考えた、君など足元にも及ばない創唱者なのだ。 思い込みと偏見で洗脳されているが、もはや年寄りなのも手伝って その脳の硬化を解く事はできないと私も分かっているが、 ここを読んでいる人が洗脳の連鎖を受けないように私は書いている。 マルクスでもなく、釈迦でもなく、イエスでもなく、 ただただ君がアホ(欲深)だから、平気でそのアホをまだ軸定まらず、 うっかりしている人々に連鎖させる。 君がアホな限りはこの世を闇にする、自覚しなされ。 次(文字数で続)
655 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 15:44:47.16 ID:gTOFPVCY
>すべて、狂人イエスの「我のみ良しの思い上がった独善性」「人間差別」 >「知能 低下による論理矛盾」「創造(あるがままのすべての人間)に対する畏敬の欠如」 >「肉体(生命)を忘れた精神性の狂気と冷酷さ」が原因である。イエスのすべての >「教え」は、「己の気に入らない人間に対する憎悪、非難、排除」とセットになって >いることを、聖書から看破せよ。 >狂人釈迦にも、イエスと同じ要素が存在するのが 問題なのである。 ↓ すべて、狂人である君が「我のみ良しの思い上がった独善性」「人間差別」 「知能 低下による論理矛盾」「創造(あるがままのすべての人間)に対する畏敬の欠如」 「肉体(生命)を忘れた精神性の狂気と冷酷さ」が原因である。 全部君の事ではないか。 君が仏教やキリスト教を反道具(みな気を付けてほしい、仏教やキリスト教を批判している様に見えて 己のキチガイに刃ものに利用しているだけだ)に用いながら、その実は今は居ぬ、多くの人々を 貶め続けているではないか。 腐れ国家神道。 トリックだ。 >「教え」は、「己の気に入らない人間に対する憎悪、非難、排除」とセットになって >いることを、聖書から看破せよ。狂人釈迦にも、イエスと同じ要素が存在するのが >」問題なのである。 全部君の事だ、君が入っている洗脳集団が巧妙に口し、世に流布している事だな(笑) 工作員に成り果て、みっともないのう。 さあ、ここは仏教スレだ、聖書の事をどこで語るか指定しなされ。 徹底的に相手にするから、よければ私のブログでもよいぞ。 どうだ。
656 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/09(水) 16:29:22.04 ID:v6QYcdga
>>570 >もし悟った私に言ったのなら、凡夫の私がイメージするところのあの世、無限、今、ということではないことになります。
いや違いますね。私が説明しましょう。
貴殿がイメージする「あの世」ってのは、つまり未来をイメージしている訳ですね。
ところが未来というのは無いのです。ここのところは分かりますか?
未来というのは、今現在にしかないのです。
ですから貴殿は未来をイメージしているつもりでも、実は未来というのは現時においてしかない。
ということを覚者は悟るのです。
ですから、コーヒー飲んでるのも今ですし、あの世も今なんです。ここは分かりますか?
今であるものは、未来には無いのです。
ですから「あの世」は来ないのです。
禅者は来ないものに憂うことは無いですから。
「あの世」は無い。と言ってるんです。
「あの世」が無いですから、輪廻転生も無い。ってことですね。
輪廻転生があるのは、今ですね。
今に輪廻転生でもなんでもある。だけど縁起ですから寂滅しますがね。
人は寂滅するものでも憂う。これが無明と言われてますね。
657 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 16:40:15.96 ID:eGRmU2RA
>>653 >>654 >>655 私は、このスレだけでも、釈迦の初歩的論理矛盾と勘違いをすべて指摘した。
君は、イエスについてそれをやってみろ。絶対に、たとえ殺されても出来ない
のだろw。それが「洗脳」というものだ。
658 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/09(水) 16:42:54.69 ID:v6QYcdga
>>570 >これはネットで調べても中々出てこないのですが、
> 経典か何かに出典があるのでしょうか・・・・?
これは昔読んだ著書に書かれてました。
わたしは本というのは買ったことがあまりないのですよ。
文庫本なら安いしコンパクトですから買うことがありますが、
殆どは図書館から借りた本です。
図書館は宝の山です。ですから私は何でも乱読しました。
そのために目が少し不自由です。
ボとポの見分けがつきません。
このボかポのコテをつけていた御仁がいたのですが、
これが困るのですよね。私が間違ったので突っ込まれましたよ(笑
机龍之介は目が少々悪い。ってことで了承ください。
659 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 17:20:56.28 ID:SWlvyaYG
> 全部君の事だ、君が入っている洗脳集団が巧妙に口し、世に流布している事だな(笑) > 工作員に成り果て、みっともないのう。 自分の傷が癒えるまで八つ当たりをしているのが隠居だね。 腹をくくったヤクザとも言える。 自分を癒す方法が見つからず釈迦やイエスの貶めによってかろうじて自己を保っている。
660 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 17:24:29.08 ID:SWlvyaYG
>>657 > 私は、このスレだけでも、釈迦の初歩的論理矛盾と勘違いをすべて指摘した。
>
> 君は、イエスについてそれをやってみろ。絶対に、たとえ殺されても出来ない
> のだろw。それが「洗脳」というものだ。
アホかww
貶めを真似ねないと洗脳という論理矛盾以前のゴミ詭弁。
661 :
酒のツマミ :2014/04/09(水) 17:48:45.31 ID:d/Et9lEz
背中から聞こえてきた今日の小保方会見中に、こういう台詞があった。 (自らの未熟、至らなさ、未習熟を踏まえ) 「画像の提示法について、私が【不勉強なまま】で、【自己流で】やってしまったことを反省し・・・」 「私は学生の頃から【いろいろ】な研究室を【渡り歩いて】来て、研究のしかたが【自己流で】走ってきてしまい・・・」 さて、上は理系の(物理的実験やその記述(論文作成)の)話だが、 仏の教えについては、どうだろうね・・。 『自己流』って「アリ」?「なし」?
662 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 17:59:56.78 ID:LhwqQoI5
>>656 >ということを覚者は悟るのです。
>今であるものは、未来には無いのです。
「未来」は想像であり、想像は今しているがそれは本当の「来る未来」ではない
「未来と言うイメージ」は未来ではない、覚者はそこを間違わない
つまり、現時点では未来そのものはどこにも無い
そして、イメージした「時(未来)」が実際に到っても、それは以前イメージした「未来」とは別の時
以前イメージした未来は元々無いのでこの時点でも存在しない
今到ってる未来時も直ぐに縁滅して変様する
輪廻転生は目に見えない、見えるのは縁起の断片が見えてるだけ
だから輪廻転生自体は今も未来も過去も無く、三世を貫いて初めて観える
輪廻転生は観るものであって見る事はできない
現在に何でもある訳ではない、あるのは今だけ、未来も過去もイメージでしかなく
イメージは実際ではないし実態でもないし実体もない
それらは現在に在るとは言えない
人は輪廻転生するが、寂滅するのは”人”と言う事実が寂滅するのであり、人自体が消える訳では無い
人が寂滅したら違う名色に転じて行くだけ
覚者は去来考察に迷わない
663 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 18:03:05.60 ID:IL23EeTA
終に女を人身売買して⇒強姦する疑い濃厚 何せ連続殺人から連続強姦まで何でもありの創価員。人身売買ぐらい平気で行うのは疑いない <拡散要請>創価者が裁かれる 判決の際 法廷にこだまする「 池 田 先 生 万 歳 !」破壊的。創価学会員。 この凶悪犯罪者の多数は一体どう説明するのでしょう。暗い影を隠ぺいするために芸能人を取り込んで広告塔とし自分達を美化し 自らを飾り立てる虚飾、と考えるのが妥当でしょう。創価はこの凶悪犯罪者についてはほっかむりして知らんふりして、説明責任も果 たしません。 (ナマポ創価員が多数、何らかの犯罪を行っているのは事実です) まさに無責任。慰謝料、損害賠償は払ったのか? 判決の際 池 田 万 歳 と連呼するは創価の本道本義を十分認識して遂行したといういい証拠であろう。 刑事裁判法廷での極悪犯罪者の主役であるのが創価信者ということのようです。 ●高松和明→創価大学初代学長・高松和男氏の息子、有名大学の教授をしていた学会副支部長・高松和明は、妻子ある身でありながら、 インターネットで知り合った二十代の女性女性との不倫性交を収めた画像や女性のオシッコや下着を売る等の破廉恥事件を起こし、 猥褻(わいせつ)図画販売容疑で逮捕!! ●三宅正信 →(在日)ペッパーランチ集団強盗強姦 人身売買の疑いあり 判決で「前代未聞の衝撃的な凶悪事件。極悪非道」 破壊的、破壊的強姦 創価大学卒。創価学会員。(破壊的カルト信者) ●北山大輔 →ペッパーランチ集団強盗強姦 人身売買の疑いあり 判決で「前代未聞の衝撃的な凶悪事件。極悪非道」 破壊的、破壊的強姦 創価大学卒。創価学会員。(破壊的カルト信者) ●鈴木友吉(創価学会員・元公明党文京区議会議員)=知人女性と不倫。子どもの前で交尾する現場を不倫相手の男性によって撮影される (2001年)。
664 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 18:27:42.31 ID:eGRmU2RA
>>660 >貶めを真似ねないと洗脳という論理矛盾以前のゴミ詭弁。
踏み絵の原理を想起せよ。
2chで幾ら開祖批判しても、殺されることは絶対にないのだから、大丈夫だよ。
さっさと開祖批判をやってみてw。どうしても出来なければ「洗脳」と認定される。
治療は、やはり、残念ながら薬物療法以外にはないようだね
665 :
六支縁起の提案 :2014/04/09(水) 18:37:59.23 ID:PUzpQ8wx
御隠居が相手にしているのは、 ウソと裏切りの下種、在日ポーターという大バカだよ。 スルー推奨w
666 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/09(水) 18:44:12.22 ID:v6QYcdga
>>662 >人は輪廻転生するが、寂滅するのは”人”と言う事実が寂滅するのであり、人自体が消える訳では無い
>人が寂滅したら違う名色に転じて行くだけ
私が書いた「瞬間」というのは、時制の意味が含まない。という意味で書いたのです。
ですから、
「消える訳ではない」とか「転じて行く」とか時制を含んでしまうと、それは瞬間でもなんでもない。妄念です。
瞬間に時制の意味がないゆえに、その瞬間こそが無限である。ということです。
逆にいったら、時制を含んでしまったら、それは無限でもなんでもない。
世俗諦における錯誤のなにものでもない。
つまり想像でしかないのですよ。
私は想像の範疇で書き込みしている訳ではないのですよ。
667 :
六支縁起の提案 :2014/04/09(水) 19:15:58.55 ID:PUzpQ8wx
プロテスタント李承晩の時代、韓国で発生した大虐殺事件 大バカ者、在日ポーターは肝に銘じろw @ 済州島四・三事件 1948/4/3〜1954/9/21 死者6万人 A 麗水・順天事件 1948/10 死者1万人 B 聞慶良民虐殺事件 1949/12 女性子供老人 死者88人 C 【朝鮮戦争】 1950/6〜1953/7 死者400万人〜500万人 D 保導連盟事件 1950/6 死者60万人〜120万人 E 漢江人道橋爆破事件 1950/6 死者4000人 F 国民防衛軍事件 1951/1 死者9万人 G 居昌事件 1951 死者719人
668 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 19:19:58.50 ID:LhwqQoI5
>>666 無限を言う時点で三世を扱っている、故に時制を含んで述べてしまっている
瞬間自体は無限ではない、瞬間はあくまでも瞬間なのである
瞬間自体に三世は無く、無限には三世が包摂される
瞬間に無限は包摂されない、無限に瞬間が包摂されてる故に逆は無い
669 :
六支縁起の提案 :2014/04/09(水) 19:21:35.82 ID:PUzpQ8wx
<朝鮮におけるキリスト教徒迫害> 〜 1800年代前半 1801 清国人宣教師ほか、300名余り処刑 1839 仏人宣教師ほか、200名余り処刑 1846 朝鮮人最初の司祭ほか、20名余り(?)処刑 1866 仏人司祭9名ほか、9000名処刑 ・・・大院君政権下 <日本におけるキリスト教徒迫害> 〜 1600年代前半 1597 26名処刑(26聖人)・・・豊臣 1619 52名処刑(京都)・・・徳川 1622 55名処刑(長崎) 1623 55名処刑(江戸)
670 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 19:33:05.85 ID:TI9Wg1xo
>>665 > ウソと裏切りの下種、在日
なるほど今まで生きてきて裏切ったか裏切られたりしたんだなwww
あと在日かそれ相当のコンプレックスありwww
さらに隠居を支えるゴミ、死亡人数コレクター。
犯罪的な精神異常者だな。
671 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/09(水) 19:33:18.94 ID:ydsmngwR
672 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/09(水) 19:41:13.86 ID:v6QYcdga
>>668 >無限を言う時点で三世を扱っている、故に時制を含んで述べてしまっている
無限とは、三世は一切関係ない。では無限について説明します。
無限とは、人為を捨て、ありのままに任せること。自然はおのずからそうであるように、
それ自身にのっとって、そのようであることであるように、己もそのようであること。
自然と己はひとつであり、そこになんら境界のないことを無限と申す。
では、寝ます。おやすみ。
673 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 19:42:39.60 ID:LhwqQoI5
>「私は学生の頃から【いろいろ】な研究室を【渡り歩いて】来て、研究のしかたが【自己流で】走ってきてしまい・・・」 >『自己流』って「アリ」?「なし」? 釈尊は先達の修行を渡り歩いた末に修法を見直し、チャンポン的自己流で常道した
674 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 19:44:16.82 ID:SWlvyaYG
> >貶めを真似ねないと洗脳という論理矛盾以前のゴミ詭弁。 > 踏み絵の原理を想起せよ。 > 2chで幾ら開祖批判しても、殺されることは絶対にないのだから、大丈夫だよ。 > さっさと開祖批判をやってみてw。どうしても出来なければ「洗脳」と認定される。 > 治療は、やはり、残念ながら薬物療法以外にはないようだね お前がいつ釈迦を批判したんだ? 全て貶めな訳だが。 それって逆釈迦誹謗中傷の『洗脳』じゃね? 釈迦の否定に異常執着してるし。洗脳レベルの執着だよなw 薬物療法知ってるなら試して治療して来いw
675 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 19:51:33.03 ID:TI9Wg1xo
六支縁起の提案だって。 キンモーww 中二病じゃねーの? 縁起を直感して、釈迦や後世の悟った人を上回る開悟した人間なら分かるが。 十二支縁起より六支(いくらか省いた)が正しいんだ? 二十歳未満なら許すけどなww これが大人?中二病の大人。気持ち悪ー
676 :
473 :2014/04/09(水) 19:55:35.78 ID:0XWWEv4R
>>656 過去生からくる記憶に縛られているから、輪廻転生という本来ありもしない夢の中にいる。
覚めればそれが無いことは看過されるかもしれないが、我々はその夢を見ている。
もし、知識や受け売りでそれはないと思っても、、事実はその夢の中にいる。
夢は存在しないということは真実らしい。
また夢を見ているというのは事実のようだ。
覚醒者の教えは事実と真実を織り交ぜて矛盾させ、無心へと導いているのではないでしょうか。
677 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 20:01:03.79 ID:TI9Wg1xo
ID:PUzpQ8wx は自己投影が止まらぬ精神病らしいですww 六支→仏教への裏切り 六支縁起→嘘、下種の創作仏教 すごい、見事過ぎるブーメラン 人間止めて消滅してくれないかな弄観念の宗教未満の奴輩ww
678 :
止論へ :2014/04/09(水) 20:15:08.70 ID:1RCqSGMm
悟達氏が紹介されたプロセス 1)基本形は座禅瞑想である 2)最初の段階は雑念の徹底排除である 3)身心脱落となる 4)身心脱落を長時間持続させる 5)普段の生活上でも、呼吸を意識し雑念を鎮められる様になれる 6)慧解脱となる(思考領域を全開) 7)座禅を解いて思惟しても効果は残る 本スレには禅者が結構多いので、上記の何段階までは自分も体験したとか、 最初から全く違ったとか、コメントを宜しくお願いします。 禅者各位のコメントが集まれば、悟達氏と閻魔氏との言争い輪廻からも解脱できると思料します。
679 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 20:23:38.83 ID:ksjbja1p
680 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 20:30:12.76 ID:YxrfvyZv
座禅とは、座るという「行為」により、生存努力を擬制しているのである。 従って、ひたむきに生きている者には、座禅の必要はない。道元さんも「生活 が修行」とちゃんと言っている。 (無限の)過去・未来を考えているのも、「今ここの生命」。死者には一切 不可能。したがって、今ここが無限となる。過去も未来も、「今ここ」なの である。
681 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/09(水) 20:46:26.25 ID:ydsmngwR
>>650 >>先の大戦で、日本は武力によって敗れたのであり、道徳によってではない。
神風特攻隊は日本人の道徳である「踏み絵」ですよ。
生身の人間である体を張った命がけの「踏み絵」・・・
問題はアメリカ人に「踏み絵」が通用しなかった。
まさに日本の道徳の敗北です。
682 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 20:47:54.15 ID:oHhfH056
座禅は意味無いまで読んだw
683 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 20:58:13.32 ID:oHhfH056
>>623 楽しく読ませて頂きました。
コップを接着させている説明をどなたかしていたのが良いなあと思いました。確かに倒れたコップから溢れる水となる場合は、どうなるかという観点は倫理人道だと思えます。
684 :
六支縁起の提案 :2014/04/09(水) 22:01:23.76 ID:PUzpQ8wx
今日の良レスは、h43PQ1/Z氏の
>>604 などか
悟りの手答えを得たという感動がストレートに伝わってきた。
あなたは、仏教の極意は0(ゼロ)を極めることだと言う。
ここから、あなたが得たのは龍樹の「空」なのではないかと思われる。
後は本当に空なのかを体験し、その正しさを確認すればいい。
685 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 22:13:38.37 ID:gTOFPVCY
踏み絵と言うのは、拷問室での取り調べに等しいのだ。 踏み絵を踏まそうとしたのは、左翼だとかではなく 圧倒的な権力、人の命をどうにでも出来る立場の人が用意したのだよ。 自分達の犯罪を左翼だとかにすり替え、罪を被せ、なんと酷いトリックを使う とことん、汚らしい人たちなのだ。
686 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 22:25:26.99 ID:gTOFPVCY
自分達の犯罪を左翼だとかにすり替え、罪を被せ、なんと酷いトリックを使う とことん、汚らしい人たちなのだ。 ↓ 少し訂正。 自分達のだらしなさを、左翼だとか釈迦だとかイエスだとか、マルクスだとかに すり替えて、どれだけ汚らしいのだ。
687 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 22:34:40.09 ID:ksjbja1p
688 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 22:35:51.67 ID:LhwqQoI5
>>680 無分別の境地に今も此処も無い
「今此処」に固執させてるのは我執
禅はその固執も棄てるのが筋
そして筋は確り守って通すのが仏法者
689 :
神も仏も名無しさん :2014/04/09(水) 22:43:19.60 ID:gTOFPVCY
袴田氏の冤罪事件だが 取調室というのは、何が何でも追い詰める部屋だな。 踏み絵を踏んだ人と袴田氏は似ており、精神(あるいは肉体)に対する拷問は やっていないことまで、その時は認めるほどの暴力を受けるのだよ。 なので、少しの違いではあるが、釈迦やイエスの様に踏み絵を踏まなかった人は、踏んだ人や我々も支える 聖人なんだよ。 私は聖人ではもちろんないが、悟ってもいない。 しかし彼らのその少しの違いがもたらすその偉大さを、 君のようなチンピラが言いがかり、貶め、 なあ、よく恥ずかしくないなあ。
690 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 00:21:33.57 ID:oKke/TfU
>>684 >仏教の極意は0(ゼロ)を極めることだと言う。
>>元々0である事実が仏法なのである
>>悟りも解脱も結局得たのは0の真実である、つまり何も得ていないとなるし失っても居ない事になる
>>涅槃も0である、1や-1は人の概念となる、人が人である限り度し難いのもこの為なのである (
>>604 )
たいていの「自称悟達」がこんな体たらくですわw
『元々0である事実が仏法なので』はありません。
0も1も-1もカウントできる「概念」です。「想い」です。
0(ゼロ)という観念を対象化し、得ています。
0はなにもないのではなく、0という観念があるのです。
心不可得(金剛般若経18、中論25-24)ではありません。
<「想い」からの解脱>(Sn.1072)ではありません。
中道ではありません。
この自称如来は、けっきょく二項相対世俗からは一歩も出ていないから、
「真理悟達」教でしかないのです。その他大勢と同じく、「自称悟った気分」教なのです。
691 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 00:27:02.41 ID:0im9iK1U
>>678 >禅者各位のコメントが集まれば、悟達氏と閻魔氏との言争い輪廻からも解脱できると思料します。
当事者がコメントしてもね。 (?_?)
692 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 00:51:53.15 ID:vMZphGtd
>>690 解脱者は悟達時に無矛盾なるを悟る
そして自分の悟達を疑って疑って疑って疑い抜いて疑い切れない事実を知る
他人の悟達は疑う事は出来ない
君は他人の言う空腹・満腹感の真偽、痛感宣言の真偽
便意の真偽などを如実に疑えるだろうか?
これらは当人しか疑う事は出来ないし晴らすことも出来ない
それを愚かにも君は公言して行っている
経論に悟り方は載っていても悟りそのものは載っていない
悟達は自分自身の問題だからだ
君が信じようと信じまいと疑おうと疑わまいとに因らず
解脱者はみんな智慧によって解脱してるんだよ
君は悟りを求めているから他人の悟達を疑う事に心を奪われてしまうんだよ
693 :
アンドル :2014/04/10(木) 00:55:26.75 ID:KsCJqoy9
1)基本形は座禅瞑想である 同意します。 2)最初の段階は雑念の徹底排除である 雑念が邪魔になる精神状態の人に限る。通常は雑念の排除は必要無いし、 雑念を邪魔にも思わないので気づかないことも多い。 3)身心脱落となる 同意します。 4)身心脱落を長時間持続させる 同意します。 5)普段の生活上でも、呼吸を意識し雑念を鎮められる様になれる 雑念を静める必要はない。雑念が邪魔になるような精神疾患の人だけ当てはまる。 6)慧解脱となる(思考領域を全開) 同意します。 7)座禅を解いて思惟しても効果は残る 同意します。
694 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 00:57:33.65 ID:DNHd87DR
>>688 >「今此処」に固執させてるのは我執
>禅はその固執も棄てるのが筋
「今ここ」は、固執ではなく「あるがまま」。「あるがまま」を棄てようとする
ことこそ「固執」「分別」。そして、今ここを棄てることにも、今ここの生命が
必要。いくら足掻いても、今ここから逃れることは出来ない。
695 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:02:08.53 ID:vMZphGtd
>>693 5番に失礼ながら老婆心を
雑念の効能は「判断力の低下」が最もな効果です
日ごろの生活は判断の連続で、我々は取捨選択の中を生きている訳です
少しでもブレの無い判断が、より少ない失敗に到れる結果を招くと思われます
邪魔になるか為らないかではなく、脳の領域を意図的且つ随意に自己の思考や選択の為に空けさせる
雑念の鎮静にはそう言う効能があり、絶大です
696 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:06:02.99 ID:vMZphGtd
>>694 「あるがまま」を認識するのも分別
無分別にはそれも解らない
697 :
アンドル :2014/04/10(木) 01:17:21.49 ID:KsCJqoy9
>>695 僕の日本語力に問題があるとは思ってませんが、あなたは外国人ですか?
文章が日本語になってませんよ。意味がわかりません。
外国語を翻訳ソフトで日本語訳した様な文章になってますよ・・・・(-_-)
698 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:20:35.00 ID:DNHd87DR
>>696 分別を要しないのが「あるがまま」。即ち、五感に映じるままである。
だから、半眼を開いて、目前のあるがままを見つめる。これが基本的生存の擬制。
人間は、目を瞑って五感を遮断したら、生存できない。これは、人間のあるがまま
ではない。これにより、生存の擬制としての「修証一等」が初めて成立する。
699 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:32:49.33 ID:DNHd87DR
状況に応じて発生するあらゆる煩悩・雑念を受け入れて、「我を忘れてひたむきに 生きる」。これによって、初めて「無我」が達成される。「煩悩・雑念を去る」 という分別・欲望は、「生存に不必要な煩悩」に過ぎない。
700 :
アンドル :2014/04/10(木) 01:34:30.66 ID:KsCJqoy9
>>698 開眼にこだわりすぎ。
五感の眼識を重要視しすぎ。
701 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:40:05.58 ID:DNHd87DR
>>700 人間、そして他のすべての動物は、「五感を全開して」生存努力している。
それが、すべての生類の「あるがまま」である。「人為的な」五感の遮断は、
あるがままではない。
702 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:42:55.68 ID:vMZphGtd
>>698 それは身体や思考を使って無駄が起こる事を必死に止めているに過ぎません
悟りはそもそもから悟るので悟りなのであり、そこに無駄を抑止する努力は最早必要なくなるのです
無分別の境地には「あるがまま」の感銘もありません、あるがまますら認識できないからです
悟るとは、身体が本来物であり心は邪魔な幻に過ぎないと悟ることに帰結します
我に左右されずに身体を即物的に行使する、身体を即物的に行使するには
心の緊縛の鎖を繋ぎ換え、主従を交代させねば叶いません
心が知恵を緊縛し左右されていたのが悟前の生活なのです
その緊縛を解き放ち一切の迷妄から脱するには智慧を主人とするのです
智慧に思いはそもそもありません、思いは使役に成功した下部の「心の仕事」と為るからです
それが解脱と言う事実となります
703 :
アンドル :2014/04/10(木) 01:51:55.03 ID:KsCJqoy9
>>401 人為的な五感の遮断?意味がわからん。
眼は開閉できる。耳は開閉できないので開きっぱなし。
鼻も開閉できないので開きっぱなし。舌は口の開閉ができる。
身は開閉できない。
よって五感の全開やあるがままとは全く関係ない。
魚みたいに眼をあけて貴方が毎日寝ているなら何の文句もありませんがね。
704 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 01:57:58.41 ID:vMZphGtd
>>703 開閉出来る眼と舌は、閉じていても眼は暗闇や何かの模様らしきものを、舌も無味ではない何かを常に感じています
五感そのものに元々分別はありません、受けっ放しです
705 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 02:38:31.71 ID:DNHd87DR
何らかの物質の実在・非実在の知覚と、知覚された対象が何であるか の判断とを区別しないから、混乱が生じている。物質の実在・非実在 の知覚には、思考の介入を要しない。知覚された対象が何であるかは、 あくまで共同体における合意(の記憶)による。 五感の最後に「意」を加えたことによる誤解だが、この「意」は、五感 からの入力を処理・統合する脳の機能であり、五感の一部と解さなければ ならない。これにより、現代の解剖生理学の知見と完全に一致する。
706 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 02:49:28.53 ID:vMZphGtd
>>705 コップには知覚も判断も区別も混乱も共同体も、認識すらも持ち合わせていません
つまり、コップは既に無分別の境地にあると言えるのです
人体はどうでしょうか?心を除外して考察すればコップと何が違うでしょう
肉だから、骨だから、皮膚だから、そう言うのは分別に過ぎません、心の成果です
どうしても心が色々考え、その意思的なものを主軸にしてしまう、それが人間の性です
故に、人が人である限り度し難いのです
心に縛られた身体の緊縛を解き放つには解脱しかありません
人体は物である事、心は小煩い妄想であると気付くべきだと思います
707 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 03:10:56.93 ID:DNHd87DR
>>706 生物と無生物とは、本質的に異なる。
心は、生物の肉体のみに宿り、状況に応じて肉体(生命)を維持するために発動
される機能。従って、心は肉体と生死を共にする。
生物と無生物とを同一視したら、人を殺しても、殺人罪ではなく、単に器物損壊罪
になり、物を壊しても殺人罪になるという、到底許し難い不合理が生じる。
708 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 03:31:58.99 ID:vMZphGtd
>>707 罪は概念であり、概念は心が決めたものに過ぎません
罪を犯すのも心の成果から行為に及ぶのであり、始めに心ありきなのです
人間は有情の生き物ですが、有情と非情の違いは心の有無に過ぎません
価値は心が決め、その価値の為に心は踊り、心に従って行為に及ぶ、それが人間の性です
あなたは自分が心に緊縛されてる事に未だ気付いていないだけで
自分の身体が単なる生肉と骨であることを忘れているのです
仏道はそれを気付く為の至高の行為なのです
709 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 03:41:11.96 ID:UZjAUdo1
汝ら土人と衣部(イブ)の罪の子孫なり。ゆえに土偏に始まる「堕」の罪あり。 ゆえに汝ら衣部に始まる「衣・表・衫・袁・衫・袁・袈・袖・袋・袒・袢・被・袍・袤・裃(国字)・袿・袴・ 袷・裁・袱・裄(国字)・裂・裔・裘・裙・裝(装6)・補・裏・裹・褂・裾・裳・製・裼・褄・裴・裨・裸・裲 褐(褐8)・褌・褚・複・褊・褓・褒・褞・褥・褪・褫・襁・褶・褻・褸・襌・襖・襟・襠・襞・襦・襪・襤・襦・襪・ 襤・襲・襯・襴・襷」の原罪あり。汝ら折紙(セツの神)の下のセツの裔ゆえにセツの 音に始まる「「刹・拙・節・契・説・癤・齣・切・折・泄・拙・殺・窃・屑・接・ 設・雪・截・褻」」の字の罪と定めあり。 セツの定め、これすなわちセツテイ(設定)なり。設定ゆえに汝らはこの衣部の褻衣の褻を 禊ぐ定めにあり。すべからくセツの世はこの名付けの縲紲を持って話進む説話なり。
710 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 03:50:18.70 ID:vMZphGtd
文語体聖書かなんかのパクリですかね そんなのも心が決めたお話に過ぎません
711 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 04:27:04.84 ID:e+W167NP
>>708 >罪は概念であり、概念は心が決めたものに過ぎません
この文では罪は概念上のものであり、ないとでもいいたけだね。
>罪を犯すのも心の成果から行為に及ぶのであり、始めに心ありきなのです
しかし、罪を犯すとここでは罪があると認めている。
君はその原因が心の成果だというが、罪があると言っている。
したがって、罪はあるということだ。
そしてその原因は心だという主張だね。
心とは日本語では、精神作用の総体の中心を司るところだね。
心を取り除けば、にっちもさっちもいかない、それは人間ではないし
おそらく、そのような生き物は存在しないというよりも存在させてはならないのではないか。
仏教を志す真面目な方は、もちろん自己にも厳しく問いかけているのだろうが、
真面目すぎて架空に行きつき、分裂してしまうのではないかな。
これはね、インドの人の風土センスなんだよ。
しかし、人類共通の納得があるとすれば、翻訳が慎重でなければならない。
直感に優れている者は、言葉を越えるので翻弄されないのだが、
真面目だけの人は、翻訳に縛られたあげく問題にしている精神が分裂してしまうのではないか。
お釈迦様は、誰よりも心豊かであったのではないか。
光に満ちるほどに、中心が太かったのではないか。
712 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 04:43:54.11 ID:vMZphGtd
>>711 >心を取り除けば、にっちもさっちもいかない、それは人間ではないし
人が人である限り度し難い
心に緊縛され心に隷属させられているのが人の本姓です
心の緊縛を離れる事を教えたのが仏である釈尊です
心の緊縛を解き放ち一切の迷妄から脱する事を解脱と言い
それを叶えた人の事を仏と言うのです
713 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 04:44:23.43 ID:e+W167NP
ガウタマ・シッダールターはネパールのお生れだね。 地図を見て頂ければ現在の国境線、国家感覚とは違うかもしれないが、 とにかくインドの最北東に隣接する。 インド人の風土センスという表現に誤解があるといけないので 訂正しておく。 しかし、旅すれば分かるのだが、日本とは自然環境が違う。 そこで心と翻訳されたものを再考してみてもいいのではないか。
714 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 04:50:58.89 ID:vMZphGtd
>>713 心=自我
何の疑い様もありません
少なくともキリスト教などは、信仰と言うものを心の上で行っている
心が悪意を為し、悪意から行為がなされる、そんな心を信仰で抑止しているのがキリスト教です
仏教は心を一端離れろと教えます、自我を一端捨てろと言うのです
それが「仏法は無我にて候」と言う目的です
キリスト教に戦火の火が絶えないのも心で信仰している故です
715 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:02:13.61 ID:e+W167NP
>>714 どうして、仏教を擁護するのにキリスト教を非難するのだね。
君の仏教は、君の離れろという(非難する)精神満載ではなか。
なので、精神分裂だと私は指摘している。
お釈迦様は光に満ちて心豊かだった。
しかしその心豊かというのは、われわれの考える次元ではないから
われわれの考える次元を再考せよとおっしゃっているのだよ、君の次元の心を離れろという事だ。
君もいっているようにね。
>仏教は心を一端離れろと教えます、自我を一端捨てろと言うのです
716 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:07:09.88 ID:vMZphGtd
>>715 心を離れた先に悟りがあり、悟りを語るときには心を使う
心がなければ言葉は発せ無いのですよ、人間ですからね
これら当たり前のことを如実に悟るのも解脱の内容のひとつです
さて、あなたが言う「心豊か」って何ですかね?
何を以って豊かと判ずるのかお考えください
717 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:18:22.54 ID:e+W167NP
>>716 うん、心豊かとは、質のことだよ。
私は言葉の2重性を問題にしてきた。
それは言葉の方に2重性があるのではなく、
包丁は用いる人によって違うという意味だ。
分かり易く言えば人間側の質に2種類あるからだ。
対象(包丁)に原因があるのではなく
それを用いる人によって包丁が人を愛することにも、殺傷にも...だ。
我々が簡単には到達できないほど、
心豊かというのは最も上質に使用されているという意味だよ。
718 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:24:58.25 ID:vMZphGtd
>>717 違います
心が豊かになる為には自由が必要なんです
その自由は心の緊縛を解き放ち迷妄から脱した暁の
智慧による自在を得て初めて心の豊かさ(自由)が得られるのです
719 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:35:10.70 ID:vMZphGtd
一端寝ます ありがとうございました
720 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 05:37:43.01 ID:e+W167NP
>>718 そうだね、自由だ。
その自由は、君の質と関係している。
勘違い、翻弄(ほんろう)されていては自由はないね。
君はね、抑圧は外から来ると思い込んでいるのだよ。
もちろん、社会構造の抑圧は外から来るのだけれど
そこを混同しない事だ。
なので突破し、その社会構造を見抜くのは
自分自身が抑圧のベールのなかに住まない事なのだよ。
抑圧する社会構造を見抜くのも、自分が自由であることは
同時なんだよ。
721 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 06:05:23.93 ID:vMZphGtd
>>720 社会は人々の心と心が話し合って作られたものです
だから矛盾も有り得るし、外的抑圧も有り得るし、それらは容易に免れ得ないのです
社会とは構造から機能から全て心ありきで始まっています
質を決めてるのも心です、それらは全部分別であり
その分別の中を生きてる我々の居場所を世間と言うのです
それに対して、心を一端離れて知る境地を出世間と言うのです
能ある仏弟子は皆この出世間を目指し解脱を果たすのです
私と張り合ってあなたの方が賢いと思われたい様ですが、無駄です
私は無学ですし張り合う価値など元からありません
あなたは自身の身の振り方を考えるべきだと思います
解脱は自己の問題なのですから
722 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/10(木) 07:26:19.27 ID:bwgzkJnM
>>676 >過去生からくる記憶に縛られているから、輪廻転生という本来ありもしない夢の中にいる。
@先ず人間が誕生して生得的に得ているものは、生存への本能。例えば母乳への欲求など。
A言語獲得による分別概念。
B言語による自我の芽生え。→自他の区別。
C言語において思考する。→思考の高次が思想。
Dつまり輪廻転生とかの思想は、言語獲得においてしか発生しようもない。
Eゆえに、輪廻転生観念が生得的にある。とは言い難い。
(つづく)
723 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/10(木) 07:27:54.71 ID:bwgzkJnM
(つづき) > 覚醒者の教えは事実と真実を織り交ぜて矛盾させ、無心へと導いているのではないでしょうか。 覚醒者は、瞬間瞬間を生(なま)で生きている。これはどういうことかを説明すると、 @ある人物が悪意で覚醒者に行為を働く。 A同一人物がその後に善意で行為を働くとする。 こういった場合、覚醒者は@とAを思料分別なく一切平等で受け入れる。 これを無限に生きる。とでも申しましょうか。そういう生き方です。 まあ簡単に言いますと、覚醒者には悪意も善意もないのですよ。 ですからそれが「大愚」であったり「狂気」であったりしますが、 それはあくまでも世俗諦の話でして、覚醒者においては、そこに全くの矛盾もない。 ってこってす。 かしこ。
724 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 09:25:37.33 ID:e+W167NP
>>721 >私と張り合ってあなたの方が賢いと思われたい様ですが、無駄です
>私は無学ですし張り合う価値など元からありません
>あなたは自身の身の振り方を考えるべきだと思います
>解脱は自己の問題なのですから
解脱はもちろん自分の問題なのだけれど、
君は社会に生きているから、ここにも書き込んでいるんだよ。
大丈夫か、分裂するなよ。
それと張り合うというのは実力が同等程度でなければ成り立たない。
良きライバルなどと世間では言うので、それはそれでよかろうと思うのだが、
私に関してはまったくそのような雑な話しは生まれてこの方、
実として生きたことがない(興味を持った事がない)
>あなたは自身の身の振り方を考えるべきだと思います
君も自分の事を言っているのだね。
分裂せず、言葉を表面だけで盗まず、だよ君。
>>720 >
>>718 > そうだね、自由だ。
> その自由は、君の質と関係している。
> 勘違い、翻弄(ほんろう)されていては自由はないね。
個人の質があれだと教えが理解できないと思う。例えば禅とかなら暴力とかと誤解するし、
原典の理路整然とした内容でも、テーゼを誤解する。質のない善悪ない知はないだろうと思う。
現に対論相手も、心からの自由と言いながら、難癖をつけながらでしか話せない。
貧乏ゆすりや痙攣みたいなのがいちいち会話の中にあるのに自由とか言う、滑稽だね。
自分が妙な張り合い意識や、殺(や)られる事を恐れて(笑)、言葉の奸計を設けるとか平均以下の自由度だよ。
> なので突破し、その社会構造を見抜くのは
> 自分自身が抑圧のベールのなかに住まない事なのだよ。
生来の環境に抑圧があって育ったならば、社会構造云々しても意味ないし、順序を間違っている。
自分が抑圧的であってはそういう事を云々できない。
726 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 10:05:04.62 ID:LDGLLo7z
仏教が心の質を度外視していたら大乗などハナからない。
727 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 10:24:03.95 ID:oKke/TfU
>>692 ⇒『この自称如来は、けっきょく二項相対世俗からは一歩も出ていないから、
「真理悟達」教でしかないのです。その他大勢と同じく、「自称悟った気分」教なのです。』(
>>692 )
>君は悟りを求めているから他人の悟達を疑う事に心を奪われてしまうんだよ
だから、あんたは身勝手なペンキ屋だというのだw
勝手に『悟りを求めている』と他人に色を塗り、その色で「他人の悟達を疑う事に心を奪われてしまう」とでっち上げ非難する。
勝手に『悟達した』と自分に色を塗り、その色で他人の意見を傲慢に全面拒否、否定する。
<悟り ⇔ 迷妄>の一辺に固執したままだ。
悟りは思念の領域を超えているから(相応部6-1)、悟りそのものは(自分自身でも)測れるものではない。
悟りは悟りではない。これを悟りと名づけているにすぎない。
お分かりにはならないでしょうがw
・『さとりは念を滅却するを云ふ。念を以て身をなす。さとれば、いきなから身なし。』(至道無難)
・・・・念の滅却した様相に対象化する「悟り」はありえない。
このニュアンスを直覚できるセンスはあるのだろうか?
・念仏はりけん(離見)なり。身の業去るによし。
★かならず仏になると思ふべからず。仏にはならぬが仏なり。
身の業のつきはてぬれは何もなし
“かりに”仏といふはかりなり (至道無難)
・・・・さすがに、わが師である無難禅師は微妙なニュアンスを示唆されている。
もう一人の師である趙州禅師にも劣らぬ。
★還滅娑婆で仏道の本懐である『こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)』(相応部35-23)をはかればよいのである。
<第二矢を受けず、二念を継がず>である。
観念過剰の(神秘)妄想はブッダの本懐に非ず。
728 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 10:35:22.18 ID:HQie+bO0
>>727 >悟りは思念の領域を超えているから(相応部6-1)、悟りそのものは(自分自身でも)測れるものではない。
相応部6-1勧請
「今、私が悟り得た法は、甚だ深遠である。思いのままに見る者が、在りのまま見ようか。否、三毒に犯された者に、真理は認められない。」
「私が悟り得た法を、他に説き明かすまい。いたずらに、他に明かして、何の利があろう。他も憑かれてしまい、又、私も疲かれてしまう。」
自覚できなければ悟りじゃないでしょう。
お釈迦様はちゃんと自覚されていた様ですよ?
>>600 は、まっとうな分析かと思う。
が、だからこそ大乗は専門店でなく総合商社として、
何でも揃う門戸の広さを持つし、そここそが、大乗(大きな、優れた乗り物)の価値だし
仏教の一つの到達点とも言えるわけで。
勿論それを、単なる現状肯定や見境無きナンデモアリにしてしまってもいけないのだけれど・・。
730 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 10:47:21.59 ID:HQie+bO0
>>727 >還滅娑婆で仏道の本懐である『こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)』(相応部35-23)
相応部35-23一切
かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祗陀)林なるアナータビンディカ(給孤独)の園にましました。
その時、世尊は「比丘たちよ」と呼ばせたまい、彼ら比丘たちは、「大徳よ」と答えた。そこで、世尊は、つぎのようの説いて仰せられた。
「比丘たちよ、なにをか一切となすのであろうか。それは、眼と色(物体)とである。耳と声とである。鼻と香とである。舌と味とである。
身と触(感触)とである。意と法(観念)とである。比丘たちよ、これを名づけて一切というのである。
比丘たちよ、もし人ありて、< わたしは、この一切を捨てて、他の一切を説こう>と、そのように言うものがあったならば、
それは、ただ言葉があるのみであって、他の人の問いに遇えば、よく説明できないばかりか、さらに困難に陥るだろう。
何故であろうか。比丘たちよ、それは、ありもしないものを語っているからである」
何か君経典色々読み違えてるよね。
731 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:00:45.99 ID:oKke/TfU
>>728 >>728 ・相応部6-1勧請
『わたしがいま証得したこの法は、はなはだ深くして見がたく語りがたく、
微妙にして★思念の領域を超え★、深妙にして賢者のみよく知るべきものである。』
(増谷文雄 阿含経典による仏教の根本聖典 p29)
・『比丘たちよ、深遠で、見難く、了知し難く、寂静で、勝れており、★思考と思惟の領域を超え★、
微妙で、賢者によってのみ感受される、これら(小・中・大の戒律)とは別の、諸々の法がある。
それは、如来が自らよく知り、目のあたりに見て説くものであり、
それによって人々は、如来をあるがままに正しく、称賛して語ることができるのである。』
(梵網経より)
なぜ意図的に★思念の領域を超え★、、★思考と思惟の領域を超え★を隠蔽する?
732 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:05:54.11 ID:oKke/TfU
>>730 >何か君経典色々読み違えてるよね。
『意と法(観念)』=『こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)』(相応部35-23)
還滅現実での様相を言っている。
みなさん、わたしは「一切」について話そうと思います。よく聞いて下さい。
「一切」とは、みなさん、いったい何でしょうか。それは、
1.眼と眼に見えるもの、
2.耳と耳に聞こえるもの、
3.鼻と鼻ににおうもの、
4.舌と舌に味わわれるもの、
5.身体と身体に接触されるもの、
6.心と心の作用(いわゆる覚者が世間で還滅して暮らす境地<無分別の分別=ニルヴァーナ>も入る)
のことです。これが「一切」と呼ばれるものです。
誰かがこの「一切」を否定し、これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、
それは結局、言葉だけに終わらざるを得ないでしょう。
さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、病に倒れてしまうかも知れません。
何故でしょうか。何故なら、彼の主張が彼の知識領域を越えているからです。(サンユッタニカーヤ:相応部 35-23)
733 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:08:58.75 ID:HQie+bO0
>>731 >★思念の領域を超え★
隠蔽はしてないな。
こちらの訳にその単語が無いだけだ。
流れから見るに★思念の領域を超え★は他人に説明しても理解出来ないって意味でしょ。
>賢者によってのみ感受される
って言ってるんだから言ってる本人には自覚できてる。
自覚が無いならどうして語れようか?
734 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:12:55.68 ID:HQie+bO0
>>732 >いわゆる覚者が世間で還滅して暮らす境地<無分別の分別=ニルヴァーナ>も入る
心と心の作用が涅槃に当たるとは斬新な解釈だねw
現世涅槃論は確か62の見解に引っかかる邪見の一つの筈だよ。
735 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:14:38.49 ID:oKke/TfU
>>733 ・<悟り ⇔ 迷妄>の一辺に固執したままだ。
悟りは思念の領域を超えているから(相応部6-1)、悟りそのものは(自分自身でも)測れるものではない。
悟りは悟りではない。これを悟りと名づけているにすぎない。
お分かりにはならないでしょうが。
・・・・・念の滅却した様相に対象化する「悟り」はありえない。
このニュアンスを直覚できるセンスはあるのだろうか?
・★還滅娑婆で仏道の本懐である『こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)』(相応部35-23)をはかればよいのである。
<第二矢を受けず、二念を継がず>である。
観念過剰の(神秘)妄想はブッダの本懐に非ず。
還滅を実体化して『有る』という「想い」がナンセンス(仏法のセンスがない)だ。⇒心不可得(金剛般若経18)
736 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:30:30.04 ID:oKke/TfU
>>734 >現世涅槃論は確か62の見解に引っかかる邪見の一つの筈だよ。
梵網経の坊主にとってわねw
スッタニパータにおける現法涅槃
<現生的なる法>
・『師が答えた、
メッタグーよ。伝承によるのではなくて、いま眼のあたり体得 されるこの理法を、わたしはそなたに解いて明かすであろう。その理法を知って、よく気 をつけて行い、世間の執著を乗り越えよ。』Sn.1053)
・『師は言われた、
ドータカよ、伝承によるのではではない、まのあたり体得される この安らぎを、そなたに説き明かすであろう。それを知ってよく気をつけて 行い、世の中 の執著を乗り越えよ。』(Sn.1066)
・『師は答えた、
わが筏はすでに組まれて、よくつくられていたが、激流を克服 して、すでに渡りおわり、彼岸に到着している。もはや筏の必要はない。
神よ、 もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」 (Sn..21)
その他多数。相応部35-70ウパヴァーナ参照。
なぜ現法涅槃のスッタニパータでは63で、梵網経では62なのか?以前に宿題としておいた。
スッタニパータでは異説とされ、梵網経で異説としなかった残りの一つとは何か?
ずばり言えば、梵網経での一部常住論に他ならない。
『比丘たちよ、長大な時間が過ぎたのち、いつかあるとき、この世界は消滅する。
世界が消滅するとき、生ける者たちは、多くは、光音天に生まれる。
かれらはそこに★意によって生じたものであり★、善悦を食べ物とし、みずから輝き、空中を飛行し、美しく飾って住み、長大な時間にとどまっている。』 (『梵網経』一部常住論の1より)
しかしこの態度はスッタニパータで来世に対して抱く願いは、執着であるとして排されていることと矛盾する。
オカルト思想が仏教を蝕み始めているのである。
737 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:33:24.45 ID:HQie+bO0
>>735 >悟りそのものは(自分自身でも)測れるものではない。
と言いつつ↓
>『わたしがいま証得したこの法は、はなはだ深くして見がたく語りがたく
>>731 自分で引用してて自分に都合よく解釈しちゃダメだと思う。
>わたしがいま証得したこの法は
誰が?証得って自覚したんじゃないの?
君こそ他人をどうこう言えない気がする読解力だと察するよ。
>心不可得
「心、うべからず、心、あるべからず」
得るも得ないも有るも有らざるもないのが捉え様の無い心、という意味ですよ。
お分かりにはならないでしょうが。
738 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:36:58.89 ID:oKke/TfU
まあ、釈迦に説法だったかなww 酔いどれフーテン菩薩を探しに行きます。 落ちます 閻魔
739 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:39:00.22 ID:oKke/TfU
>>737 仏は矛盾なきを、矛盾のうちに語る←これも矛盾です。
ニュアンスを汲み取れる仏法センスの問題です。
740 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 11:46:04.49 ID:HQie+bO0
>>736 >メッタグーよ。伝承によるのではなくて、
>ドータカよ。伝承によるのではない、
ここで言ってる「伝承」は外道の伝承の事、梵網経は内道である仏教経典。
>わが筏はすでに組まれて、よくつくられていたが、激流を克服 して、すでに渡りおわり、彼岸に到着している。もはや筏の必要はない。
釈尊が解脱した事実を吐露しているのであり、現世が涅槃だとは言っていない。
既に渡り終わり彼岸に到着している、筏はもう不要と言っている。
経典が筏なら釈尊は何に乗って彼岸へ渡ったのか?
ここを疑団しない君に未来は無さ気。
>★意によって生じたものであり★
意とは心の異名。
仏法出世間の見解は心の持ち込みは固くお断りです。
741 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 12:43:21.96 ID:zMim82sG
現に証せられるもの、(眼に映ずるとは縁起して映ずると観ぜよ) 時を隔てずして果報あるもの、(眼に映ずるとは縁起した果報であると観ぜよ) 来り見よというべきもの、(眼は対象を縁起して映じ捉えてると観ぜよ) よく涅槃に導くもの、(眼そのものに意思や心・思念は無い非情であると観ぜよ) 知者がそれぞれに自ら知るべきものである。(それらを知者はよく心得、自ら解脱に到れりと知れ) これらが現生的なる法(相応部35-70ウパヴァーナ)の意味(趣意)するところとなる。
742 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 13:21:49.52 ID:0gIhuW9w
心=意+六識
743 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 13:37:11.44 ID:zMim82sG
六識=眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・”意識”
744 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 13:40:50.42 ID:JbQcV9dx
>>656 机さん
>ですから、コーヒー飲んでるのも今ですし、あの世も今なんです。ここは分かりますか?
一つお聞きしたいのですが、机さんのおっしゃる「今」とは、禅的にいう「今」ということでしょうか?
その瞬間の「今」。 禅的に言えば、「即今」ということですよね。
こういう意味でしょうか?
それとも、「今〜をしている」、という、時間的な幅を持ったものでしょうか?
たとえば、「今バスケットボールをしている」という時は、バスケットボールをしている時間的流れを、
全体的に見て言っています。
机さんのおっしゃる「今」とは、このどちらでしょうか・・・?
>>658 竪琴の弦の張り具合ということになりますと、「ほどよい」とか、「ちょうどいい中間」とかいう意味になると思います。
「両極が無くなる」ということになりますと、そのような意味にはならないと思います。
机さんのおっしゃる「中道」とは、このうちのどちらでしょうか?
両方とも混ざっているいような気がするのですけど・・・。
745 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 14:55:24.71 ID:jUUqzGHV
彼がいない時は此れも居ない。
746 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 14:57:06.91 ID:lYiHVC3R
>>743 >六識=眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・”意識”
最後の「意(識)」の意味の誤解については、
>>705 を参照のこと。つまり、ここでの
「意(識)」は、先行する五感からの入力を受容・統合・処理する脳の機能として、
五識(五感)の一部をなす。思考や感情は含まない。対象物質(何でもよい)の実在・
非実在の判断機能のみ。六識で知覚された対象物資が「何で」あるかは、専ら共同体に
おける合意(の脳内記憶)による。
この誤解が、仏教解釈におけるさまざまな混乱の原因となっている。
この仏教の六識の発見は、生存に不可欠な現実の「成立要件」として、他の宗教には
見られない極めて偉大な発見だと思う。現代の解剖生理学と全く同じ。仏教が、徹頭徹尾、
「現実的・実証的な宗教」と評価される所以である。
747 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 15:08:56.23 ID:lYiHVC3R
>>744 >机さんのおっしゃる「中道」とは、このうちのどちらでしょうか?
横レスだが、中論が「中道」を「空」と解釈したのは、竜樹の驚くべき頭脳の冴えを
証明している。中論の「空」とは「関係性」という抽象観念だから、「両端」「限界」
などないのである。つまり、「場所的位置」には親しまない。
748 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/10(木) 15:25:37.23 ID:bwgzkJnM
>>744 >机さんのおっしゃる「今」とは、このどちらでしょうか・・・?
時間的な幅とか、時間的流れとか、それらを付与(時制を)しない属性のない「今」ですね。
>机さんのおっしゃる「中道」とは、このうちのどちらでしょうか?
つまりバランスの良い状態のことですよね。どちらにも偏らず。ってことですね。
生はとてつもなく広大であります。自らに逆を抱えていて、それは否定されない、逆はそのうちに包含されてる。
光があり闇があり、音があり静けさがあり、神もいれば悪魔もいる。
全てトータルに存在しているのです。
そして逆のものどうしが助けあい、バランスを保つ。
これが中道です。
749 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 15:27:29.17 ID:oKke/TfU
>>740 >釈尊が解脱した事実を吐露しているのであり、現世が涅槃だとは言っていない。
<色即是空>
「想い」からの解脱(Sn.1072)によって、★対象化不能・表現不能の★縁起の直接現実を般若智直覚すること(縁起の現観)。
<空即是色>
その★還滅娑婆で仏道の本懐である『こころ(無我)とこころの作用(慶安寂静)』(相応部35-23)をはかればよいのである。
<第二矢を受けず、二念を継がず>である。
『世間(生死の様相)には、涅槃(ニルヴァーナ)といかなる区別も存在しない。
涅槃(ニルヴァーナ)には世間(生死の様相)といかなる区別も存在しない』(龍樹 中論25-19)
社会の迷惑とならない山中とかで白骨化するのは勝手ですが、精神病院のナマポ如来は社会の迷惑です。
>経典が筏なら釈尊は何に乗って彼岸へ渡ったのか?
般若智(無分別智)。
思念・思考・思惟(二項相対の当時のヴェーダ経典類や諸雑多な宗教的既成観念を含む)によってではない。
彼岸とは当然比喩的表現だ。
>仏法出世間の見解は心の持ち込みは固くお断りです。
梵網経を書いた学僧に文句を言えよw
750 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 15:47:33.89 ID:lYiHVC3R
>>749 閻魔さんが「直接現実・間接現実」の二項対立さえ言わなければ、いい男
なのだがw。
人類の発生時には、人類にとってすべては「直接現実」だった。しかし「共生
の必要上」、直接現実を言語によって分節せざると得なくなっただけの話。
従って、少なくとも現代人が「直接現実」を語るんは、もはや無意味。
751 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/10(木) 15:52:22.73 ID:bwgzkJnM
>>744 >両方とも混ざっているいような気がするのですけど・・・。
ええ、世の中にはいろんな人間がいて、世の中で役立つ人間もいれば、役立たずの人間もいる。
菩薩というのは、世の中では一見役立たずなんですよ。
でも役立たずの菩薩が何故に役立つのか?
このことに少し触れてみようかと思います。
映画のフーテンの寅次郎は、遊び人で役立たずのキャラをしてますが、
どうして寅さんが人気があるかというと、勤勉な日本人は遊び人に潜在的願望があるのですよ。
それは非日常を、寅さんによって間接体験しているのです。
つまり寅さんは、人々の心を癒しているんですね。
菩薩も役立たずかと思いきや?どうして、随分役立っているんですよ。
私もいろいろな菩薩から学んでますが、それは時代を超え、ある意味人々を救っているのですね。
菩薩とフーテンの寅さんは、ちょっと似てますねw
752 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 16:00:29.09 ID:lYiHVC3R
>>750 の訂正
×分節せざると
○分節せざるを
×語るんは
○語るのは
なお、直接現実を、言語によって「共生の必要以上に」分節しまくるのが、
まさに宗教。生活者が、生存努力において向かい合っているのは、ある意味
直接現実。生存こそ、直接現実の普遍・究極だからである。
753 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 17:01:44.81 ID:CqWkQ3qa
今日7時のニュース中一瞬流れた小保方会見の台詞から 「記述方法につきましては、当時の 【私にすれば】【充分トレースが出来る】ものだったんですけれども、 【第三者がトレースするには】書き方が【不十分だった】ということに関しては、 本当に私の反省するところで・・・・・」 さて、お釈迦さんのお悟りは、果たしてトレース可能だったのかな・・(´・ω・`) また、 トレースを可能とする情報は伝承しているだろうかね・・。 お悟りがトレース可能とするなら、後代の者にトレース力(読解力・洞察力及びやる気根気)が無いだけ、か・・。 或いはまた、伝承の仕方(≒記述の仕方)が拙くてトレース困難なだけ、か・・。 或いは、菩提樹下の段階から、既に そもそも、トレース不可能なものだったりしてね・・。 宗教(及び宗教的体験)と科学(実験)とは違うというのは、この際捨象して・・。
引き続き別アングルで小保方発言から 「私自身は200回くらい成功しています」 「はい、インディペンデントで成功した方も・・」 「いや、公のことですので個人名は・・・」 「STAP細胞はあります!」 超常現象支持派の各種発言と被るのは気のせいかしらん・・・ ( ̄_ ̄)
>>754 若干加筆
今日7時のニュース中一瞬流れた小保方会見の台詞から。
(実験ノートの正当性及び有効性と、実験の再現性に関して)
「記述方法につきましては、当時の ・・・・・・・・以下略
757 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 20:40:00.59 ID:J3ha3kBM
>>690 縁起の空をどう直感するかは個人差がある。
たとえば、苦楽・善悪などの相関関係にある二項から、
弁証法の正反合、太極図の陰陽から、
1、0、−1という数字の並びから、などなどである。
数字の並びは、善・空・悪を1、0、−1に喩えている。
空が0なのは、空は無であり、縁起には実体が無いという主張でもある。
0や無の、それ自体としての概念は成立しない。
758 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 20:42:53.53 ID:e+W167NP
>>725 仕方がないといえど、困ったもんだと思いますよ。
というのは、君が述べた事を
>>718 は、読んでいないと思うのだよ。
まったくキチガイなのだよ。
ほんとお手あげだ。
しかし何を思ってか知らないが、彼らは(彼女らは)仏教の話しをしているわけだよね。
基本が全くできていないのだけれど、彼女(彼)は平気だ。
仏教以前、宗教以前なのだが、病院は無料でないし、おまけに治る見込みがない。
なので無料であるここの仏教スレに通うこのような人が集まるのも致し方ないのかと思う反面、
釈迦やイエスも笑顔で、しかし苦労の上に苦労したことだろうと、、、、。
一言で言うと、彼女(彼)は、あつかましい、傲慢なんだよ。
自分は賢くないなどと言いながら、ありがとう、と言いながら
実のところまったく誠実さに欠け、嘘つきだ。
何も分からないのなら、それなりの真っ直ぐがあってしかるべきだが
精神分裂をおこしている者は、口先巧妙だが、どこまでも明朗な軸はみあたらない。
であるのに、いつまでも言葉を盗んでは、大きな顔をするのだ。
もし、素直であれば何か人と話しが始まった時も、自分欲だけで話しをすり替えたりしないのだよ。
君は、よく見抜き=よき人柄だな。
なんつーかね・・・ 哲学的思弁に矮小化したと、部派仏教は批判されるわけだが、 大乗もまた、高度に観念的な思考遊戯に陥った面もあるわけで、 現実からの乖離という点では部派の比ではない気もするわな・・w 特に、ここ最近のスレの流れを見てるとw 大乗(というか竜樹の系譜)こそが、観念的遊戯に堕していないか? とね・・。
760 :
○○○ :2014/04/10(木) 20:58:19.07 ID:0im9iK1U
>>678 :止論へ
>本スレには禅者が結構多いので、上記の何段階までは自分も体験したとか、
最初から全く違ったとか、コメントを宜しくお願いします。
少なくとも
>>693 :アンドル氏は悟達氏に大筋「異論なし」とのことですので、禅定で再現できるということのようです。
(閻魔氏はそのような体験はないので無記でしょう。)
引き続き、他の禅者のコメントもお待ちしております。
761 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 21:07:28.18 ID:J3ha3kBM
このスレには、縁起の空を直感・洞察した人を何人か見受ける。 この人たちの解脱・成道はすぐ目の前にある。 縁起の空は、六支縁起・順観で見れば「無明」の直前の「識」である。 六支縁起は@色A受B想C行D識E無明であり、縁起の空は「識」における 苦楽・善悪を相対化する道具の役割を果たす。 現実の体験で生じた苦楽「識」を、順観で四諦八正道に基づいて考えれば、 自分自身の「無明」に気がつく時がじきにやって来る。 順観で無明を突破できれば、その瞬間、神との出会い(甘露体験)が生じる。 甘露体験をすれば、今度は逆観でじきに霊魂体験を経て成道する。
762 :
○○○ :2014/04/10(木) 21:22:58.07 ID:0im9iK1U
>>761 >順観で無明を突破できれば、その瞬間、神との出会い(甘露体験)が生じる。
>甘露体験をすれば、今度は逆観でじきに霊魂体験を経て成道する。
異教でも禅定以外の行にて『直接現実』で霊魂体験を経て、『間接現実』で神への信を深めております。
自称仏法者が「禅定以外にある筈がない」と断定するのも理解しがたいことです。
763 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 21:30:15.51 ID:J3ha3kBM
十牛図で言えば、 六支縁起の順観で無明を突破できれば第四の「得牛」 逆観で滅尽定(想受滅)、霊魂体験を経て成道すれば、 第八「人牛倶忘」、第九「返元還源」 しかし、そこから悟後の修行があり、第五の「牧牛」に戻る。 ちなみに牛とは本能的な欲望、牛のような盲目的な食欲と性欲をいう。 簡単には、第十の「入てん垂手」にはなれない。
764 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 21:30:21.81 ID:f2fQGl81
>>746 意識は一種の作業テーブルだよ
五識の認定を思う部分も意識だし、記憶を呼び出し思うのも意識
思考結果を思うのも意識、他の何処で”意識”するって言いたいのか
詭弁は止めたまえ
意識は心にとっての”カーソル”であり”クリックボタン”でもある
”意”と付いて個人的思考の指し挟まらない部の事を言いたいなら
それは純粋?な意根位だろ、五根から入った情報を意根が纏めた瞬間だけな
そこでひとたび”これは映像”と判別された時点で眼識として意識される
>>749 般若の智慧とは要するに脳内で何がどうなって般若智となるのか、直接現実を強弁する君はそれに気付いてない
”知る事なんかできる筈無い”は創価並みの思考停止なのであり、そんなのは凡そ仏法ではない
>世間(生死の様相)には、涅槃(ニルヴァーナ)といかなる区別も存在しない。
>涅槃(ニルヴァーナ)には世間(生死の様相)といかなる区別も存在しない
「区別」が存在しない、「区別」だ
「区別」が存在しないとはつまり君のお得意のやつの事だよ=二項対立が存在しない
しかしこの世界がそのまま涅槃って訳ではない、我々はそのままでは涅槃が見えてても涅槃ではない
さあ、いよいよ閻魔くんも核心に迫ってきたなw
我々がこのままこの世界を涅槃としたら邪見(現世涅槃論)に落ちる
それは解脱して初めて意味が解る
765 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 21:34:54.21 ID:f2fQGl81
閻魔、多分そろそろ来るかもね 私の助言で来ることに血を吐かなきゃ良いと願ってるよ
766 :
○○○ :2014/04/10(木) 21:41:04.29 ID:0im9iK1U
>>763 >しかし、そこから悟後の修行があり、第五の「牧牛」に戻る。
非常に具体的ですね。
ということは、悟達氏、アンドル氏と同様に六支縁起氏も体験者だということですか。
(または師から伺ったのでしょうか。)
自己申告とはいえ、本スレ住人では3番目の実体験者ということになります。
♪禅と掛けて宝くじと解く、その心はやってみないと当たらない♪
宝くじも富くじも当選者のことが口コミで広がり、世界中に拡がった禅もまた同様だと思料しております。
767 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 21:45:14.66 ID:f2fQGl81
閻魔くん、反論とか考えて書く前にこの咒(しゅ)を100遍くらい暗誦してみ 「この世界は本来無力なら暗闇であり、この世界は本来無心なら全て非情である、人はその事に気付いて居ない」
768 :
○○○ :2014/04/10(木) 21:48:13.65 ID:0im9iK1U
>>765 Aさんは「私は宝くじを先月買って一万円当たった」と言いました。
Bさんは「俺はこれまで最高百万円当たった」と言いました。
Cさんは「親戚も百万円当たった」と言いました。
Dさんは「俺は一度も当たったことはないぞ」と怒鳴りました。
セブン氏を見習って譬え話ですが、何の譬えか、A〜Dさんが誰かは内緒です。
769 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 21:51:08.13 ID:J3ha3kBM
六支縁起の順観(種があれば花が咲く) @色→A受→B想→C行→D識→E無明・・・神との出会い、甘露体験 六支縁起の逆観(種かなければ花は咲かない) @色→A受→B想→C行→D識→E無明・・・霊魂体験を経て成道
770 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 22:00:35.30 ID:f2fQGl81
>>768 禅だろうが仏教だろうが行わなきゃ確かに起こらない
しかし、得る・失うが必ず伴う宝くじとは本質的に別のものだと苦言を呈しておく
仏法は悟達しても何も得ないし何も失わない
宝くじでどうしても例えたければ大当たりに相当するのがこれ
771 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 22:12:24.29 ID:J3ha3kBM
意識こそは我(アートマン)の正体だよ。 それは、自分が自分であるという自己意識の根源になっている。 意識の時間的な流れが蓄積(記憶)されて「自我」ができあがる。 意識と記憶が関係することで想念(雑念)が生まれる。 その人なりの体系で体験が脳ミソに刻まれていくのは、 その人なりの愛情に記憶が基づいているから。 その人の愛情が変化すれば、その人の性格も行動も変化する。 自分を愛するのと、神を愛するのとでは180度違う。
772 :
○○○ :2014/04/10(木) 22:18:45.41 ID:0im9iK1U
>>769 :六支縁起
>@色→A受→B想→C行→D識→E無明・・・神との出会い、甘露体験
>@色→A受→B想→C行→D識→E無明・・・霊魂体験を経て成道
達磨大師の説かれた「見性成仏」と「神との出会い」、「霊魂体験」とは
どのような位置付け、相関関係でしょうか。
貴殿の私見で結構ですのでコメント願います。
773 :
○○○ :2014/04/10(木) 22:22:03.25 ID:0im9iK1U
>>770 >宝くじでどうしても例えたければ大当たりに相当するのがこれ
大当たりの「生涯安寧」と認識しておりますよ。
774 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 22:36:19.71 ID:J3ha3kBM
中論25.10に「ニルヴァーナは有に非ず、無に非ず」とある。 しかしこれは竜樹がカン違いしている。 有と無とを相関関係の縁起と見るのは誤りである。 無とは何もないことであり、有とは何かがあることをいう。 有と無とを縁起させることは成立しない。不可能。 四句の有、無、有かつ無、非有非無において、 有かつ無は有、非有かつ非無は結局、無を意味している。 有と無は縁起していないのに、縁起を適用するから混乱する。 そこにあるのは有だけだ。縁起ではない。
775 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 22:41:58.43 ID:J3ha3kBM
>>774 の訂正
有かつ無は有 → ○ 有かつ無は矛盾
776 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 22:46:22.50 ID:o/5lwHEy
>>694 >いくら足掻いても、今ここから逃れることは出来ない。
まさに「今ここ」に執着してるレスですね。
777 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 22:56:14.50 ID:J3ha3kBM
>>772 自分の場合は、宗教団体と無関係、宗教本もまったく読まずに、
フロイトと唯物弁証法だけで宗教体験をすませた。
ダルマとか言われても、ダルマのことをよく知らないのですよ。
申し訳ないが、ダルマのコメントをする立場にない。
778 :
○○○ :2014/04/10(木) 23:07:04.21 ID:0im9iK1U
>>774 >有と無とを相関関係の縁起と見るのは誤りである。
>無とは何もないことであり、有とは何かがあることをいう。
>有と無とを縁起させることは成立しない。不可能。
「空」を「相依性」とも言います。
長があれば短があり、重があれば軽があり、有があれば無がある、というふうに、
矛盾でも誤りでもないでしょう。
ただし、これは言語論理世界で成立し(机上空論)、貴殿のご指摘の通り現実世界
では成立するとは言えないのでしょう。
龍樹は帰謬法にて有部を否定しただけですので「何も主張はない」とご本人もおっしゃってます。
と8年前に私は考察した次第です。
ただし、釈尊の四悉壇のように龍樹も四悉壇を活用していると想定すると鵜呑みにはできないでしょう。
779 :
○○○ :2014/04/10(木) 23:11:07.22 ID:0im9iK1U
>>778 >ただし、これは言語論理世界で成立し(机上空論)、貴殿のご指摘の通り現実世界
>では成立するとは言えないのでしょう。
特に禅定にて言語を滅そうとしている人が言語論理世界(四句分別、他)を重視するのは自己矛盾(言行不一致)かと考えます。
780 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:11:15.62 ID:CqWkQ3qa
781 :
六支縁起 :2014/04/10(木) 23:22:08.86 ID:J3ha3kBM
善悪とか苦楽とか好き嫌いとか長短とか重い軽いとかは相依性ですね。 これらは全部、有に対する評価基準、判断基準ですよ。 ところが、評価対象、判断対象がなければ、相依性自体が成立しない。 縁起に四悉曇など無関係だと思いますね。 相手に応じて話をするのは、方便などと言わなくても、 だれもが日常的にやっていることです。しかしその話のベースには、 その人の一貫する立場がなくてはならない。 方便だからと言って、真逆のことを言ったら詐欺師ではないですか。
782 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:25:37.84 ID:f2fQGl81
>>774 有を離れて無は有り得ず、無を離れて有は有り得ない
無に縁起して有になり、有に縁起して無になる
有無に対する縁起は別の有無が縁起するので
縁起自体も縁起して成り立っている
非有非無は空という性質を説明してるのであり
有無に対しては有っても無くても双方は存在と言う意味で空となる
有無が空である理由は、有は固定ではなく縁起で無に為り得て
無も固定ではなく縁起で有に為り得るため、有無は固定した実体を持たない(有無は有無のままあり続ける事が出来ない)
故に有無は空であるとなる
783 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:31:13.64 ID:f2fQGl81
>>774 もう一つ、
>涅槃(ニルヴァーナ)は非有非無
ぶっちゃけ涅槃では有無の分別も無い、一切の戯論が滅した目出度き境地故に
784 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:35:23.30 ID:JbQcV9dx
>>747 >中論の「空」とは「関係性」という抽象観念だから、「両端」「限界」
>などないのである。つまり、「場所的位置」には親しまない。
空に両端は無い、場所的位置は無い、というのは分かりますが、
関係性ゆえに、両端は無い、場所的位置は無い、ということは、
どういうことでしょうか?
それから、なぜ、「空が中道」、ということになるでしょうか?
龍樹の中道と、お釈迦様の中道は、違うということでしょうか?
785 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:38:23.50 ID:f2fQGl81
>>781 経文に書かれている所謂方便は、その経を読む人に対して方便されているのであり
その場面で方便された事実を読む側用の方便として書かれている、と観れる
それと、一目見て荒唐無稽に見える方便などは、編纂時に神秘主義者の思惑から
不可思議な表現にされている可能性も否めない、大方筋が通れば良しとすればいい
仏法は経が全てではなく一部でしかない事に留意
>>762 >禅定以外の行にて
異教では「禅定」と称されないだけで、(そういう名称で呼ばれないだけで)、
やっていること(行われていること・生じている事象現象)、その内実は禅定と同質なのじゃないのかね?
その意味で言えば、当然のことながら 『>禅定以外にある筈がない』 ということになるわなw
787 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:42:40.15 ID:f2fQGl81
>>784 >なぜ、「空が中道」、ということになるでしょうか?
有に偏らず、無に偏らない
そう考えた時、第三の思考や選択や案はどう観るか?
有と無が混合した折衝案だろうか?そんな稚拙を展開しても何も解決しないのが仏法
真ん中の道ではなく、斬新な第三の道、それが中道であり中観の意味するところ
788 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:47:05.45 ID:JbQcV9dx
>>748 机さん
禅的な「今」ということになりますと、ストーリーでは無いということになります。
「今バスケットボールをしている」とか、「今コーヒーを飲んでいる」という、
時間的な幅を持たせた、ストーリーではないということですね。
つまり、コーヒーカップを手にした瞬間、即今であり、コーヒーを飲み込む瞬間、即今
ということになります。
そう考えますと、「あの世をイメージするのが、今(即今)である」というのは、ちょっとおかしい気がします。
イメージというのはストーリーと同じで、時間的幅が無ければ、描けないものだと思うのです。
もしも禅的な言い方をするならば、あの世をイメージする時に、あの世の花を思い浮かべたとすると、
その花のイメージが即今ということになります。
そこにあの世の川や、森や、あの世の住人など、時間的幅を持たせたイメージを追加すると、
「あの世」というストーリーは出来上がりますが、それはもう即今では無いような気がします。
つまり、イメージも、ストーリーも、即今においては出来ない、ということになると思うのです。
机さんは、「あの世をイメージして下さい、それが今です」、というようなことをおっしゃいました。
そしてその今とは、禅的な意味での今だとおっしゃいました。
あの世のイメージと、即今と、どのように結びつくのでしょうか・・・。
789 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:51:51.05 ID:f2fQGl81
>>762 >自称仏法者が「禅定以外にある筈がない」と断定するのも理解しがたいことです。
例えば君がテーブルに水の入ったコップを用意したとする
眼をつぶってコップに手をかざし「お湯になれ、霊動でお湯に変われ」と念じ続けたとする
君はお湯に変わると信じているからその念を強く持ってブレずに手から何か出てるイメージで
ずっとコップに手をかざせばいい
ちゃんと効果は一様に出る筈だから
三昧としてね
790 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:54:51.94 ID:f2fQGl81
三昧は禅定が定まってきた時に高まる コップの水がコップの水のままなのは縁起に照らして矛盾しない 三昧とコップの水と手をかざす事とに因果関係は直接無く、縁起してないので 水のままなのが道理の通りで矛盾しない
791 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:55:50.42 ID:CqWkQ3qa
佐村河内の時もそうだが、今回の小保方発言、 凄く本質的な所を突いているんだけどねぇ・・。 ここ数スレ十スレ、激烈な勢いでスレ進んでるが、 特に最近のレスの数々を俯瞰してみれば、 彼女の姿勢、成功発言と、最近特に増えてる「俺はわかってるぜ(≒悟ってるぜ)」発言と、 相似形として観察できるしw 「お釈迦さんの悟り」の「検証法」及び「検証可能性」と「再現性」って、 仏教、仏法、仏道の本質だと思うんだけどねぇ・・。
793 :
神も仏も名無しさん :2014/04/10(木) 23:57:55.69 ID:JbQcV9dx
>>751 机さん
>それは非日常を、寅さんによって間接体験しているのです。
>つまり寅さんは、人々の心を癒しているんですね。
そういう意味では、お笑い芸人も、ある意味菩薩と言えるでしょうね。
ただ、抜苦という意味では、一時的なような気もします。
しかし一時的にしろ、「人の苦を抜く」ということは、老人に席を譲るとか、人に親切にするとか、
そういうのと同じ意義があると思います。
で、本当の抜苦とは、やはり分別の苦しみの世界から、人々を離脱させることだと思います。
よく、「物施よりも法施のほうが重い」 と言いますが、一時的な与楽は、どちらかというと物施にあたるものだと思います。
人に楽しみを与える、人に席を譲る、親切にする、というのは、物施と同義だと思います。
で、真の菩薩とは、法施によって、根本の苦を抜く人のことだと思いますが、
いかがでしょうか?
しかし、広い意味では、自分を犠牲にして他を利することを、菩薩行と言いますね。
机さんは、菩薩の定義をどのようなものだと思いますか?
794 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:04:16.18 ID:SN7jlw01
>>792 検証方法は「修証一如」でこれしかないでしょう
アマゾンや価格や楽天のレビューだと思って自己で試してみる以外
その実態を知る事が出来ないのが仏法でしょ
795 :
○○○ :2014/04/11(金) 00:08:13.87 ID:ok4l1ZKU
>>781 >その人の一貫する立場がなくてはならない。
>方便だからと言って、真逆のことを言ったら詐欺師ではないですか。
>>785 >経文に書かれている所謂方便は、その経を読む人に対して方便されているのであり
>その場面で方便された事実を読む側用の方便として書かれている、と観れる
大乗はよく分かりませんが、原始仏典では読者というよりも、対告衆によって使い分けられているようです。
それから真逆の仏説もあります。
最近、本スレでも話題になりましたが、修行完成者の前世想起について、
「サンユッタ・ニカーヤ」の「スシーマ」では前世想起などしないと説かれ、
「ディーガ・ニカーヤ」の「沙門果経」、「自歓喜経」では前世想起すると説かれ、真逆です。
(対告衆)
「スシーマ」法を盗もうとした遊行者のスシーマ
「沙門果経」父王殺しの阿闍世王
「自歓喜経」舎利弗
796 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:10:26.96 ID:Iutsid3v
>>787 >真ん中の道ではなく、斬新な第三の道、それが中道であり中観の意味するところ
となると、お釈迦さまの言う「中道」と、龍樹の言う「中道」は、
違うってことですかね・・・?
いや、机さんの言う弦の張りの話、確かにあるんですよね・・・
見つけました。
弦の張りをほどよくする話
紙説法 ビヨン ザ リバー/心の調律
http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/culture/20120827000109 苦行しすぎてもダメ、堕落しすぎてもダメ、ほどよい修行が一番いいってことですよね。
これは一見、苦行と堕落の折衷案のように見えますが、
これがお釈迦様の中道の見解だとすると、龍樹のそれとは違うということになります。
龍樹の中道とお釈迦様の中道は、ちがうということでしょうか・・・?
>真ん中の道ではなく、斬新な第三の道、それが中道であり中観の意味するところ
斬新な第三の道とは、具体的にはどのように表現出来るでしょうか?
なぜそれが空につながるのか・・・
うまい説明はありますでしょうか?
797 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:12:15.75 ID:SN7jlw01
>>795 >「ディーガ・ニカーヤ」の「沙門果経」、「自歓喜経」では前世想起すると説かれ、真逆です。
21世紀版の対真光用見解としては「手をかざして解らないなら仏法でも無理」です
>「サンユッタ・ニカーヤ」の「スシーマ」では前世想起などしないと説かれ、
21世紀版の対真光用見解としては「外道を肥やす為の通力など仏法は持ち合わせて居ない」です
798 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:15:04.41 ID:AmJRNz5S
> その人の愛情が変化すれば、その人の性格も行動も変化する。 > 自分を愛するのと、神を愛するのとでは180度違う。 いや同じ。個における発現はそもそも個に端を発する訳ではない。お前が自己愛だからだよ。 > 中論25.10に「ニルヴァーナは有に非ず、無に非ず」とある。 > しかしこれは竜樹がカン違いしている。 アホかww 有無の戯論を終結させる為に、龍樹は理の限りを尽くしたんじゃないのか。 縁起が誤解されたり、曲解されなけりゃ龍樹は始めから何も言わない。老婆心だ。 『ほらほらあなた方の言う有無二項では際はこうなりますよ。』と。言い尽くされたら黙るしかないわな。 > 自分の場合は、宗教団体と無関係、宗教本もまったく読まずに、 > フロイトと唯物弁証法だけで宗教体験をすませた。 www ハッタリをかますな。笑いが止まらんわwww
799 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:16:46.21 ID:SN7jlw01
>>796 空(くう)を理屈で捉えるのは可能です、頑張れば理解出来ましょう
中道や中観は理屈で説明するのは難しいと私は考えます
現にあなたはイメージできてない
つまり、手っ取り早く言えば仏道修行しないと如実に知る事は出来ないって事です
>>794 で、
追証しているかの如く語る人たちも、実は其々
好き勝手な体験をして好き勝手な方角の景色を見ていて、
誰一人として追体験し得ていないかもしれないよねw
それこそお釈迦さん的にも、
>>754 「>【私にすれば】【充分トレースが出来る】ものだったんですけれども、
>【第三者がトレースするには 難し過ぎたかもwww」
だったりしてな。
801 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:23:43.44 ID:SN7jlw01
>>800 >好き勝手な体験をして好き勝手な方角の景色を見ていて、
君がそう思おうと思うまいと、信じようと疑おうと、我々は智慧によって解脱を果たしたのです(byスシーマ経)
解脱や悟りは個人の問題なのであり、他人がどうこう言えるものでは無い
満腹感や空腹感、便意などを訴えて君がその真偽を疑ってどこに意味があるだろうか?
802 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:28:49.05 ID:SN7jlw01
例えば禅宗に良くきく「印可」 これも門中のモチベーション維持には大いに貢献するだろうが 門外にそれが必要とは必ずしも言えない 腹が減った証拠・証明を師匠に吟味して貰い、確かに空腹であると師匠に印可してもらう必要も無いのである 悟りは、一切の疑念が晴れた暁を言うのであり、 謎が解けた事を一々他人に許諾頂かなければならん謂れ等本来何処にもないのだ
>>801 個人の問題なのに、貴方は、
ここ数日数人の相手に、
それは違う(≒貴方は到っていない)、
と異議申し立てをしてらっしゃいますよね?
貴方が >そう思おうと思うまいと、信じようと疑おうと、
彼らは >智慧によって解脱を果たした
のかもしれませんよ?w
804 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:33:40.01 ID:SN7jlw01
>>803 知者は矛盾の無い道理を知り得ているから「違うよ」と言える
悟れば解る、一切矛盾がない道理を知るという事がどんな事かが
805 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:42:48.67 ID:SN7jlw01
>>803 弁解する気は無いが、私は他人の解脱を非難して居ない
解脱や悟りを匂わす人の言葉に矛盾が有るから「違う」と指摘している
私はみんな解脱できると思ってるし、このスレ全員だけでもして頂きたいと思っている
>>804 だからw
実は、貴方がとんでもない方向を向いている可能性もある
ということです。
お釈迦さんから一番遠いかもしれませんよ?
ということです。
807 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:45:07.20 ID:8kNJRiGZ
>>762 >異教でも禅定以外『直接現実』で霊魂体験を経て、『間接現実』で神への信を深めております。
じゃあテメエの場合、金粉がタライ一杯空中から落ちてきたから心霊や神を信じるようになるってことか?(笑)
信じる前になんで医者とかいかねーの?wwwアタマん中にコオロギでも棲んでるかもしれねえぞ?wwww
まずそーいうことから疑えよバアカwwww
808 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 00:48:00.32 ID:/Et4d97d
覚者どころではない、「自分が神だ」と言い張ってる者たちが、病院には あふれてるわけだww 彼らも、きっと言うだろうなw 「私は、体験したので自分が神だとわかった。貴方も私と同じ体験を して神だとわかれば、私の言ってることが理解できます。」・・・・ いやだねww 彼と同じ体験をして病院に閉じ込められるのはwwww
809 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:48:30.36 ID:SN7jlw01
>>806 その疑念は経典を散々ひっくり返して自分でやってる
悟達時に一番信じなかったのが自分なのであり、死に物狂いで
解った事にに対して矛盾を探しまくった、それをしなければ矛盾になるからだ
現実とは意外にも冷徹で残酷なんだよ、自分の想定していたものなど全否定される
それが悟りなのであり、それを受け入れられた時に解脱完了となる
残りの人生はオマケの様な物で楽しい限りだよ
810 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 00:54:28.17 ID:8kNJRiGZ
>>762 それから「霊魂体験を経て」とか人の言葉浚ってんじゃねえよw
心霊写真の判定やったりイタコみてーなことやってる
低能バカ宗教なんだから心霊現象っていえよwwww
811 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:02:09.71 ID:SN7jlw01
信心するものの矛盾を諭すのは議論スレだから吝かではないと思う しかし、信心する者に対して信心自体をバカにする言動は如何なものかと思われる その人の自己同一性に関わる重要案件故に、その信心を馬鹿にするのはその人自身を全否定する事になる その受け皿を担ってやれる懐を持ち合わせて居ない人はするべきではないと思う 信心を馬鹿にするのは、無宗教者の信念信条を馬鹿にするのと同等 身口意の三業を制し三毒を封じる為にも慎むべきだと思う
「私自身は、200回以上体験しました」
「インディペンデントに(私とは無関係に)体験した方もいらっしゃいます」
「個人情報なので、お名前は伏せさせていただきます」
「○○な現象はあります!」
>>811 仏法でないものを仏法だと詐称する行為を許容しろとでも言うか?w
ノシ
813 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:09:40.55 ID:SN7jlw01
>>812 真光は真光だ、仏法とは確かに違うと思われる
では本当に仏法では無いと言い切れるんだろうか?
風呂敷としての面積を言えば、仏法の方が圧倒的に広い
その中に真光が居るって感じだと私は思う
仏法の風呂敷の中は全ての善悪が展開されてるので、真光が正しいと言い出したときに矛盾を指摘すればいいと思う
正しくないものを正しいと言い張るのは道理に反する故に於いてね
814 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:10:34.95 ID:8kNJRiGZ
>>811 うるせーよwwしったかコイてんじゃねえよサルww
信心って言ってる段階でてめえは「無い」を疑ってんだよバカw
>>813 だからこその、(風呂敷の際としての)三法印だろw
おやすみ ノシ
816 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:12:37.23 ID:SN7jlw01
817 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:13:31.77 ID:8kNJRiGZ
>>813 仏教の中に真光だあ?
おまえはバカかwwwwww
818 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:18:41.88 ID:SN7jlw01
>>817 一切の信仰は「人の心が生み出した」
仏法は人が悟ったこの世界の道理の事
道理を離れて仏法は存在しない
人に心があるのもこの世界の道理、道理の上で心も成り立ち
その心が信仰という概念も生み出し、その一つが真光となる
仏法は道理の異名
否定論は数多起これども、仏法の極みに於いては真光も無力になる
だから、否定のための論争は水掛け論にしかならない
819 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:19:36.27 ID:/Et4d97d
もういい加減にわかろうやww 「他者に対して、何事かを語るのに、自己の体験を根拠にすることの 愚かさ」 をww どんなに素晴らしい体験をしようが、それは所詮、「個人の体験に過ぎないの」 ・・・・それに勝手に普遍性を付加して、自己の見解の根拠にすることが いかに下らないことか? 個人の体験は、その個人だけのものw 検証不可の事象なのw そんな基本的なことさえ理解できずに、覚者をきどったり、自己の境地を語ったり するのは、それこそがまさに、「ダメダメの証左」でしょ?w 自分で自分はアホですと宣言してるの同じw (もし仮に真の覚者がいたとしたら)、こんなところで「名無し」で、 ああだ、こうだ とご高説述べたりするか?www こんな文字のやり取りのみ可能な掲示板で、そんなことをする理由は? 衆生を悟りに導くためか? こんな掲示板で、んなんことできるの?ww ただの、「俺様自慢」でしょうが?ww
820 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/11(金) 01:23:32.48 ID:TJDopMB/
悟った俺様に何か質問ある? おやすみ。南無妙法蓮華経
821 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:24:25.33 ID:8kNJRiGZ
>>818 仏教の本来は信心じゃねえよバカwww
道理を強引に信に結び付けてるだけじゃねえかwww
信心は詐病の一種だ、この意味わかるか?www
822 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:24:39.82 ID:SN7jlw01
>>819 21世紀の仏教解脱啓蒙活動
信仰心や向上心の欠片すらも捨て去った君には理解しがたいだろう
閻魔くん
823 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:27:52.66 ID:SN7jlw01
>>821 道理は信心じゃないですよ?
心が信念を持ちそれに準じて行動するのは道理の一つでしょう
って事は仏法も信心じゃないのは当たり前です
早とちりで読み間違えてるのは寧ろ君ですよ
824 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:34:50.84 ID:/Et4d97d
>>822 ん? 閻魔? コテ見えないの?ww
>21世紀の仏教解脱啓蒙活動
だったら、きちんとリアルの個人情報あかして、
「私は、悟ったものです。この掲示板の私の書き込みを見て、私と
話をしたいと思われた方はどうぞいらしてください。」 とやってみろやw
そこまで、気合を入れて衆生救済を望んでいるのか?ww
所詮は名無しで「こんな掲示板に自己の境地を書き込んで、『俺って
すごいでしょ?』 をやってるだけだろうが?」ww
真に衆生救済を望む菩薩様なら、個人情報を明かすリスクなど関係ないでしょ?ww
825 :
アンドル :2014/04/11(金) 01:38:27.51 ID:+2bbrPnj
いまのところ、 きちんとリアルの個人情報あかして、 「私は、悟ったものです。この掲示板の私の書き込みを見て、私と 話をしたいと思われた方はどうぞいらしてください。」として書いていたのは せったん老師しか見たことない。。。
826 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:40:07.35 ID:/Et4d97d
>>825 wwwwwwww
そうだよw だから、俺は(その内容はともかくとしてw)
その一点だけは認めてるww
827 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:41:10.44 ID:SN7jlw01
828 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:42:48.08 ID:/Et4d97d
>>827 逃げ出すんなら、はなから絡んでくるんじゃねえwww
829 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:43:39.78 ID:rrkiur8p
>きちんとリアルの個人情報あかして そばとかピザとか水とか寿司とか色んなのが一気に送りつけられる訳だな。 おー怖い怖いwwww
830 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:46:03.68 ID:/Et4d97d
>>829 wwwwwww
覚者さんなら、そんなの屁とも思わんだろ?ww
831 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 01:49:48.45 ID:rrkiur8p
悪意の根本を知ってる筈だから 法を説いても自ら危険は招かない筈 猫は可愛いけど野良猫は凶暴だから
832 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 01:55:38.05 ID:/Et4d97d
>>831 自分が危険にさらされる可能性は増すだろうが、真に苦しんでいる
者が自分を頼ってきて、それを助けることができる可能性も増すw
真の菩薩さまなら、どっちを選択すると思う?
自己の安全優先か?
それとも、衆生救済を優先させるか?ww
833 :
アンドル :2014/04/11(金) 02:07:40.87 ID:+2bbrPnj
私なら安全優先ですな・・・。 日本というこの国は嘘をつくことで成立している。 自己を晒して、ボコボコにされてきた人も 見てきたし、自己を晒すことが商売で、 没落していく人々も見てきた。。。。 私も自分のことを晒したらどうなった? 周りの者達は一斉に去っていったよ?! 手に平をかえしたかのように・・・・。。。。。 私は気が狂って精神がおかしくなった・・・。 私の関係者が自殺した。。。。。 私は衆生救済などどうでもいい。。。。 とっととこの世が滅びてくれるように祈っている・・・。
834 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 02:14:22.23 ID:/Et4d97d
>>833 >私なら安全優先ですな・・・。
wwwwwwwww
俺だってそうだよww 我が身が一番かわいい凡夫だわなwww
それが当たり前ww
だが、いやしくも「覚者宣言」するなら、それじゃあいかんでしょ? っていうのww
自己の危険など顧みず、一人でも多くの衆生を救わなければw
それには、こんな掲示板で、なんちゃらかんちゃら 言ってるだけじゃあ、
埒が明かんでしょ?
リアルで会って、真剣に取り組まなければw
それだけの覚悟はあるのかい? って言うわけさww
アンドルさん 貴方には仏教は必要ない 我々住民とは真逆の生き方です 南無阿弥陀仏
836 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 02:22:06.95 ID:tZWYwZ9C
>>834 >それだけの覚悟はあるのかい? って言うわけさww
そういう挑発でニコ生などでは犯罪まで発生させている
ネットは基本的にメンヘラが健常なふりして大声で正論打ってるのが多い
相手が健常な常人だと思ってるのは健常者と無知のものだけ
頭のおかしい奴は決まって「面頭向かって会って言え、逃げるなよ」と言う
大抵それは頭のおかしい連中がバカだから論破された時に起こる
その手は普通食わないでしょう
837 :
アンドル :2014/04/11(金) 02:28:34.31 ID:+2bbrPnj
>>835 そうですか?私は仏教の選民になれなかったようです。
そういうやりかたならば、
私も貴方にはキリスト教は必要無い。
私たちとは真逆の生き方です。アーメン。
というしかありませんな。。。。。。
昨今の中央アフリカ共和国の地獄絵巻をnewsでご存じですか・??
キリスト教徒とイスラム教徒の問答無用の殺し合いですよ???
少しは勉強したらどうかね?
必要無くとも介入しますよ?
あなたが私に介入されては困る事情があるのかね?
南無大師遍照金剛
838 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 02:32:16.80 ID:/Et4d97d
>>836 www
一般人なら、そうでしょw
誰が好き好んで、個人情報明かして我が身を危険にさらすかね?w
あほでしょ? んなことするのはw
でも「菩薩さま」なら話は違うわなw
はなから自己の身の安全など問題外でしょ?
それよりも、苦しんでる者をリアルで救うほうを優先させるのでは?
衆生をリアルで救済することより、自己の身の安全を優先させる
「なんちゃって菩薩さま」なら、こんなとこで「覚者宣言」などせずに
100年ロムってろ とwww
839 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 02:35:38.62 ID:tZWYwZ9C
>>838 >覚者宣言
悔しくて羨ましくて仕方ないのは解らないでもない
しかし2ちゃんはお前の私物じゃないよな
誰が何書こうと公序良俗に反しない限り基本自由だ
覚者宣言の文字列がタブーに見えるのは
お 前 の 勝 手 な 趣 向 に 過 ぎ な い w
840 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 02:43:59.49 ID:F0FOBS08
クイズの答えが何年経っても解けないからと 解けた奴を煽って荒らすのがパープーマンの本性だったんだなw
841 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 02:44:42.71 ID:/Et4d97d
>>839 wwwwwwwwwwwww
>悔しくて羨ましくて仕方ないのは解らないでもない
ごめんww おそらく、この宗教板で、俺ほど「覚者」に価値を感じてない
者はいないと思うぞwww
俺にとっては、「覚者」も「酔っぱらって道端で寝てるおっさん」も
まったく等価www
だから、「うらやましい」などと思ったことなど一度もねえわwww
オマエみたいに「覚者さんが一般人とちがって、うらやましくなるような
対象」じゃねえのwww
>覚者宣言の文字列がタブーに見えるのは・・・・
別にタブーなんて言ってねえぞw
「なんちゃって覚者」さんを気取って、お師匠さんごっこやりたいなら
どうぞww
だが、連投は少し控えてねww
最近は、スレ立てるのも難しいんで、お前の「見てみてぼくちゃんすごいでしょ?」
書き込みでスレ消費させられると皆が、迷惑するからwww
842 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 02:47:29.72 ID:/Et4d97d
>>840 wwwwwwww
>クイズの答えが何年経っても解けないからと
>解けた奴を煽って荒らすのがパープーマンの本性だったんだなw
そもそも、「解こう」としてねえよwww
それから、「煽って荒らす」・・・・・これはちと違うなww
「勘違いバカ」をおちょくって遊んでるのwww
843 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 02:47:58.58 ID:Unt39ndi
>>841 >「覚者」も「酔っぱらって道端で寝てるおっさん」もまったく等価
異論は無い
しかし捨て置けないお前に問題がある
そして最近ここを建ててるのは専ら自分なんだがね
844 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 02:53:30.95 ID:/RAWp9kD
>「勘違いバカ」をおちょくって遊んでるのwww 罵倒しておちょくるのはバカの所業 まともに論で詰め経で詰めねば唯のバカに過ぎない 以上で止論に出来なきゃやっぱりお前はただのバカ
>クイズの答えが何年経っても解けないからと 失礼ながら2500年前から解く人いましたか
846 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 02:59:03.64 ID:/Et4d97d
>>844 wwww バカだよww
こんな掲示板で、アホおちょくって遊んでるんだから、バカに決まってんじゃんww
>まともに論で詰め経で詰めねば唯のバカに過ぎない
は〜〜〜〜??
「自己の境地を語るバカ」に論で詰めろと?w
そもそも、論理的整合性で自己の見解の正当性を担保できないバカが、
体験やら自己の到達した境地とやらで、自己の見解の正当性を主張するんだろうが?w
イティヴッタカおすすめ。 小部の仏典だよ。
848 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 03:07:05.14 ID:Lk1aS6Gw
>>846 じゃお前のバカも証明出来ないな
本当にバカなのか?
バカを騙ってるだけだろwww
849 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 03:13:02.42 ID:/Et4d97d
>>848 wwwwwwwwww
ごめんw 何言ってるか? さっぱりですww
これでバカの証明になった?www
850 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 03:25:53.32 ID:Unt39ndi
それはアホの宣言に過ぎない
851 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 03:29:40.34 ID:/Et4d97d
>>850 すんませ〜〜〜〜ん、バカなので、「アホとバカの違いがわかりませ〜〜ん」ww
852 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 03:40:46.13 ID:Unt39ndi
自分でバカだと宣言しておいて、違いが解らないと抜かす 何を根拠に自分をバカだと言ったのか、詐称してるんじゃ無いかとさえ言える 確証もないのに自分をバカだと言い切れる根拠を示せ と言いたいw
853 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 03:45:58.56 ID:/Et4d97d
>>852 は〜〜〜〜〜〜〜〜〜????
>自分でバカだと宣言しておいて、違いが解らないと抜かす
自分がバカだと言ったのは、「こんなところでアホおちょくって遊んでる」
からww
違いが判らないといったのは、「バカという語彙とアホという語彙は、多くの
場合、同趣旨に用いられるから」www
何が言いたいの?w さっぱりなんですけどww
854 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 03:56:20.73 ID:n9THVaUZ
855 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 04:06:06.64 ID:/Et4d97d
さてと、落ちる前に 一言ww 今日のやり取りで、面白かったのは →「自称覚者さんは、自分が他者からうらやましがられたり、羨望の 対象となってると思い込んでるところかなww」 それだけ、「覚者」というものを「大したもの」、「すごいもの」 という認識でいるわけだw つまり、自分=すごい ってわけだww なんていうか、そういう風に「覚者=うらやましがられる対象となような すごいもの」・・・・・みたいな認識をもつこと自体、悟ってねえんじゃねえの?ww 本物の覚者さん、おせ〜〜てwww
856 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 04:18:07.89 ID:Unt39ndi
>>853 アホやバカも知らないで安易に自分をバカ宣言したお前が悪い
バカを宣言できるのはバカは何かが解っていなければ宣言できない筈
お前はそれを知ってるつもりだったからバカ宣言したんだろう?
それなのにお前は安易にバカ宣言をし「バカとアホの区別ができない」と抜かしてる訳だ
お前はバカとは何かを知らないでバカを詐称しているに過ぎない
勝手に敢えてアホと断定した誰かをおちょくってバカに見せようと必死になっている
詐称でないなら自分がバカであると言う証明を立てなければバカとは言えない
強いて言うなら、個人情報を提示してみるとか顔写真を提示してみるとか
凡そバカとはこんな人かと思わせる人が行う所業を一通りやって見せてから
初めてお前はバカだと言えると考えられる
>>855 羨望感覚を持つ自体おかしいのであり
図星を突かれたものは大抵パーピマンの反応を見せて心象操作に走る
バカと覚者は同次元なんだよ、羨む羨まないの是非は関係無い
たかがクイズの答えが解ったかどうかの話なのにwww
大 京 名 東 古 阪 都 屋 京 ア ア タ バ ワ ホ ホ ケ カ
858 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 04:55:45.54 ID:wlLdbFKB
>>856 うん、君が何を指摘しようとしているのかは、少しは私も分かるのだが
それはね、稚拙でなにも凌駕できないのだよ。
例えばね、君がクラシックの音楽を聴いているとする。
君はいいねーって感動してCDレコードを買って、
わずかな君の一息入れる時間にコーヒーを飲みながら・・・
はたしてそれは愚かな行為であるか
その音楽は、音色は 言霊は
なんなんだ、なにものであるかを、人はいまだに証明できない。
そうであるのに、つまり己の頭脳の限界をもってして
傲慢にも科学的に証明されていないというのだよ。
859 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 05:10:34.83 ID:wlLdbFKB
マルクスを真っ直ぐに私は評価している。 これはほんとうに例え話であるから、分かり難いならば、小説あつかいでよいのだが、 私はマルクス は神と交流したと直感している。 君たちが物質の欲に溺れている、それは皮肉にもマルクスとまったく異にする。 君らは心を問題にするのだけれど、 欲深く、動物以下の物質主義者だ。 マルクスはおまいらのような物質主義者ではない。
860 :
○○○ :2014/04/11(金) 05:28:52.82 ID:ok4l1ZKU
>>807 >>異教でも禅定以外『直接現実』で霊魂体験を経て、『間接現実』で神への信を深めております。
>じゃあテメエの場合、金粉がタライ一杯空中から落ちてきたから心霊や神を信じるようになるってことか?(笑)
その体験は、知人の家で洗面器一杯分をひっくり返した位の金粉を見たという話です。
その場に私を含めて3名おりましたので、どうして病院に行く必要がありましょうか?
禅定にて3人が同じような光を見たのに、どうして眼科に行く必要がありましょうか?
とセブン氏を真似て譬えてみます。
尚、最初の霊魂体験は、手かざしを受け始めてから1週間目にドーンと来ましたよ。
やや太り気味の運動音痴の青年が畳の上で数十回(正坐したまま)連続ジャンプしたのです。
(そりゃもー、驚天動地でしたね。)
とスレ違いなので短くコメントします。
861 :
○○○ :2014/04/11(金) 05:36:34.58 ID:ok4l1ZKU
>>809 >それが悟りなのであり、それを受け入れられた時に解脱完了となる
>残りの人生はオマケの様な物で楽しい限りだよ
なんか、300000000円の宝くじに当たった人の台詞ですね。
禅定の一等賞品「生涯安寧」みたいです。
862 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 05:41:28.95 ID:EXIwiA3N
863 :
○ :2014/04/11(金) 05:44:07.57 ID:ok4l1ZKU
>>856 >羨望感覚を持つ自体おかしいのであり
>図星を突かれたものは大抵パーピマンの反応を見せて心象操作に走る
>バカと覚者は同次元なんだよ、羨む羨まないの是非は関係無い
三〇〇〇〇〇〇〇〇円の宝くじが当たった人に、近所の兄ちゃんや姉ちゃんが
「うそだろうー、ホンマなら札束見せてみろよ。」と羨望野次してるだけ。
ただベンツからおりて、ローレックスを見ながら、笑えば良いだけでしょう。
864 :
○○ :2014/04/11(金) 06:05:15.32 ID:ok4l1ZKU
>>822 >21世紀の仏教解脱啓蒙活動
個人情報を明かせと自称『悪魔』が騒いでいるようですね。
自称『地獄の親分』のダチなので彼の代理だと観じられます。
三〇〇〇〇〇〇〇〇円の宝くじ当選者の個人情報を明かせ、困っている人達に寄付しろと、譬えです。
「21世紀の禅定解脱啓蒙活動」であればリスクの高い個人情報を明かす必要はないでしょう。
その代わりに下記の情報をアップすれば善いだけです。
・禅定の具体的なプロセスと各段階での体験談(←悟達氏のアプローチ)
・宗派と自身がこれまでに坐ったお寺の所在地(○○県○○市)
と智慧の完成者でなくとも考察できます。
865 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 06:08:42.89 ID:EXIwiA3N
>個人情報を明かせと自称『悪魔』が 在家、お前も悪魔だ、共にねつ造して、もっともらしき事を述べたまうw
866 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 07:51:17.28 ID:FLA/Ha6g
>>864 >・宗派と自身がこれまでに坐ったお寺の所在地(○○県○○市)
奇しくも大徳釈迦牟尼世尊が成道したまでと同じです
ただ、木の下でもインドでもネパールでもありません
867 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 09:05:56.54 ID:/Et4d97d
>>856 wwwwww
何やら、勝手に「バカ」という語彙に特殊な意味を投射してねえ?ww
たとえば、禅でいう「大愚」みたいなww
んで、「バカ」は、何やらわからんが「いいもの」、 「アホ」は「だめなもの」
みたいな分類してんじゃねえの?www
俺はごく通常の用法にに従って、それらの語彙を使用してるのw
だから、「深夜にアホをおちょくって遊ぶ」というような不毛な行為をしている
自分を「バカ」といったわけw
勝手に意味を付加して、それを証明しろ?www
まさに、「アホ」ですか?www
868 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 09:07:58.43 ID:/Et4d97d
んで、何だ?w またいつものように「基地外在家」が、横からチャチャ入れか?www お前は、いいから、「まず自分の頭に手かざして、普通の人になってから 絡んできなさい」wwwww
869 :
パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/04/11(金) 09:19:39.47 ID:/Et4d97d
>>856 >羨望感覚を持つ自体おかしいのであり
>図星を突かれたものは大抵パーピマンの反応を見せて心象操作に走る
だから、誰も「羨望感覚」などもってねえって言ってるでしょ?www
言い出したのはお前だよww
大丈夫?w お前が勝手に「俺がうらやましがってる」なんて、ピントのずれた
憶測するから、「んなこた、ねえよ」って言っただけw
オマエ、もう自分で何言ったのか? 話の流れがどうだったのか?
わかってねえだろ?www
もう一度、ちゃんと読み直してきなwww
870 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 09:29:47.10 ID:6jwSM9xq
皆さん、楽しそうでよかったですねえw いい遊びをしてくんなまし。 昨日の、行方不明だった酔いどれフーテン菩薩が変相されていました。 合掌
871 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/11(金) 09:45:15.91 ID:3GmW/nj+
>>788 >そこにあの世の川や、森や、あの世の住人など、時間的幅を持たせたイメージを追加すると、
即今というのは、「あの世」→「川」→「森」→「住人」というふうに、目まぐるしく生滅を繰り返す、その”在りよう”のことですね。
ですから即今は何か?って言ったら、その瞬間の縁起でしかない。
それが「縁起の現観」ですよね。
理屈じゃなくて、現にある”在りよう”のことです。
ですから、今の”在りよう”があの世ならば、現にあるのは「あの世」なんじゃないですか?
つまり「あの世」ってのは、現にある縁起でしかない。これが禅でいう即今ですね。
生は広大ですから、それは過去であったり未来であったりするのですが、
実は過去と未来の接点である「今」というのは捉えにくいのであります。
覚者というのは、ここを見事に捉えた者なんですね。
この今が、即ち無限である。と私は書いたのです。→これが本来の「即今即所」です。
この覚者における「今」というのは、日常というベクトルにおける切断されたその刹那のことなんですが、
ここのところが理解し難いですけど、
仏法センスで行間を読み取る他ないですね。
つまり、日常という既成概念が邪魔しているわけですから、日常というベクトルの一瞬の空白(非日常)と考えてください。
872 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/11(金) 10:00:05.57 ID:3GmW/nj+
>>793 > 机さんは、菩薩の定義をどのようなものだと思いますか?
菩薩というのは、ひと言でいったら自由人なんじゃないですか?
私はそういう自由人に憧れているのも、禅に傾倒した理由かもしれませんね。
憧れている、といっても、それを現実社会に適合するのは智慧がいりますがね。
>で、真の菩薩とは、法施によって、根本の苦を抜く人のことだと思いますが、
菩薩は自他分別を離れてますから、何かを抜くとか、何かを抜かないとか、そういうことは無頓着なんじゃないでしょうか?
抜くもよし、抜かぬもよし、何もしなくてもよし、の境地かとおもわれ。
まあ、こういう菩薩ですと世間で生きていくなは困難ですから、
菩薩もそれなりに世間に馴れ合って生きていかねばならんでしょうね。
まあつまり、
自由人であっても、まったくの自由ってのはないのですよ。社会に生きて行くためにはね、
しかし、そういう菩薩の生き方に接することにおいて、市井の人は救われるんじゃないですか?
つまり「菩薩の生き方」に学ぶのです。
873 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 12:47:04.13 ID:h0GK77B9
宗教は「集狂」。
中村元氏が「龍樹」の中で書いておられるではないか。 解脱や束縛があると思うのが束縛で解脱や束縛がないと思うのが解脱である〜と。 解脱、悟り〜言い方は色々ですが全て同じものです。 だから、そのようなモノを志向する事自体が方向違いなのです。スタート地点で方向違いをしていれば、 進んでも進んでもあらぬ方向に進むだけで益無し。
875 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 13:12:44.81 ID:h0GK77B9
876 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/11(金) 13:13:32.32 ID:3GmW/nj+
>>793 >しかし、広い意味では、自分を犠牲にして他を利することを、菩薩行と言いますね。
そうですか。私は個人的には「菩薩行」という言い方は好きではないのですよ。
どちらかというと「菩薩道」ですかね。
しかし本当はこういう言い方もしたくないんですけど。
しかしですね、菩薩が「菩薩道」を実践してるのか?ってたら、それは全くその自覚がないのが菩薩なんじゃないでしょうか?
菩薩ってのは何処にでもいるのですよ。
貴殿が「この人は菩薩なんじゃないか?」って、思った方が菩薩なのですよ。
つまりですね、菩薩ってのは「その存在自体が市井の人を教化するような人」をいうのですよ。
それで話が最初の論題の・・・・
>自分を犠牲にして他を利すること
ということなんですが、菩薩は「自分を犠牲にして」という自覚は無いかとおもいます。ですけど、
例えば、風俗のオネエチャンがやってきて、
「この子供はアナタの子ですから育ててください」とか言ってきたら、
「ハイ、じゃあ種の分別はつかんけど、分部を離れて育てます」ってのが本物の菩薩ですね。
これは自分を犠牲にしている訳ではなく、無限に生きている菩薩の姿なのです。
このように理解したら良いんじゃないですか?
877 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/04/11(金) 14:20:53.92 ID:3GmW/nj+
>>788 >そしてその今とは、禅的な意味での今だとおっしゃいました。
この論題に少々触れてみたいとおもいます。
人はいろいろと考えます。
だけど大事なのは、「考える」というのは答えを求めている訳じゃないのです。
答えを求めているように自分では自覚しているかもしれませんけど。
考えてるその瞬間が「今」です。
実は覚者は、その瞬間を垣間見るのです。
で、瞬間瞬間に答えはないのです。つまり永遠に答えはないのです。
答えがないことを知る。
これが覚者です。
878 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 14:57:05.22 ID:ONwmqm7D
どうしようもない俗物だな
879 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 15:05:45.18 ID:wlLdbFKB
>>860 >その体験は、知人の家で洗面器一杯分をひっくり返した位の金粉を見たという話です。
>その場に私を含めて3名おりましたので、どうして病院に行く必要がありましょうか?
>禅定にて3人が同じような光を見たのに、どうして眼科に行く必要がありましょうか?
>とセブン氏を真似て譬えてみます。
>尚、最初の霊魂体験は、手かざしを受け始めてから1週間目にドーンと来ましたよ。
>やや太り気味の運動音痴の青年が畳の上で数十回(正坐したまま)連続ジャンプしたのです。
>(そりゃもー、驚天動地でしたね。)
>とスレ違いなので短くコメントします。
そのような現象を目の当たりにした、というのは嘘でない。
このような事を見たことが無い人達が非難するレベルでの妄想や嘘でない。
しかし・・・・
私は崇教真光の君に他の方が批判しているのではない事で
辞めてほしいと考えているのだが、君も又引き返せないほど
人生や生活を固めてしまっている・・・
真光でも幹部ぐらいの位置にいるよね。
なのでやはり、もはや君の為でなく、ここを読んでいるいくらかでも
やわらか頭な方へ、なのですが
字数上、続とします。
880 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 15:33:47.35 ID:wlLdbFKB
毒入りのリンゴと滋養がある素直なリンゴの見かけは一緒だ。 不思議な現象が起こったり、ある病気が手かざしで治ったりとそういうことは ある。 工夫してのキャンペーンで商品を売り出すというのはよくあることで、 子供がおまけがほしくて、お菓子や本を買うのと似て、 楽しみの範囲で問題はない。 むしろその余分に文化を感じるぐらいだ。 おまけはとても可愛かったり、それなりの情熱をそそいで制作されていたりで 夢がつまっていたりするよね。 そうではなく詐欺商法では、おれおれ詐欺ではないが、導入で釣ったあと、その後夢どころか、 大きな負担をかけ 悪くすれば、人生まるごと狂うほどのをするね。 言葉の2重性とほぼおなじなのだが、見かけは一緒中身が違う。 続
881 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 15:45:09.14 ID:wlLdbFKB
出口王仁三郎聖師と岡田茂吉の違いは、〇さん分かるかな。 そう言う話しまで繋がっているのだが、それは置いておくとして、 目に見える事でも、そのような詐欺があって 極端なものいいをすれば、国ごと詐欺、詐欺国家に成り果てている地域もあるやもしれぬ。 ならだ、ならだ、その法則が霊的なことに限って当てはまらないと 考える方がおかしいだろ。 霊的な事柄であろうがなかろうが、詐欺はあるのだよ。
頑張って生きてる人の中に(みんな頑張ってると思うけどね) 菩薩を感じれる人は 菩薩かもしれんですね 糞みたいな菩薩がおってもいいんじゃないかと
883 :
禅と掛けて :2014/04/11(金) 22:09:00.63 ID:ok4l1ZKU
「禅と掛けて年賀状と解く。その心は、百に二つは当たるそう。」 (解説) 本スレに書き込みする常連は数十人とします。 ROM者は10倍いるとして数百人とします。 その内、坐禅の経験者は二百人とします。 今回、悟達氏の体験談に賛同した人が3名おりました。 200人中の4名、100人中の2名が「得牛」以上を体験したとの自己申告です。 年賀状も100枚買えば2枚は末等(年賀切手)が当たります。 (老爺心) 禅定者の2%が体験した場合、その体験談を仲間に話したとします。 残りの98%は「おめでとう。」の代わりに、妄想だ、基地外だと批判しないですか。 または羨望と嫉妬から自称体験者を仲間はずれにしないでしょうか。 前回の「禅と掛けて宝くじと解く。その心は、やってみなけりゃ当たらない。」 からバージョンアップした掛け言葉です。 景品は年賀切手ならぬ「生涯安寧」だそうで、大変お得です。
884 :
神も仏も名無しさん :2014/04/11(金) 22:12:22.47 ID:8kNJRiGZ
>>860 出たよ出たwwwてめえの本性がよ(笑)(笑)(笑)
洗面器一杯の金粉現象と空中浮遊なwwwwwww
おまえはやっぱアタマがおかしいんだよwwwwww
まさに阿呆としか言いようがない主張ですね。 何人中何人が自己申告して「悟った」〜で、ああ悟っておめでとう〜w 悟りなどないにも関わらず、自己申告で悟ったと言うのは皮肉にも悟っていない事を自白しているww
886 :
コレ悟りかよ!?w :2014/04/11(金) 22:16:34.90 ID:TJDopMB/
コレ悟りかよ!?という質問コテには悟りではないし悟りなど無いといしか言いようが無い。