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>>437 >喉が渇いた人には水に、夏の暑さに苦しむ人には氷に、冬の乾燥に苦しむ人には水蒸気になる。
>仏法と、宝珠さんのいうところの「変色」はこのようなものだと思うよ。
それだったら何もいうことはありません。
けれども、もしも本当は、「アートマンはない」などといったことがないにも関らず、勝手にそんなも
のは存在しないことにしてしまったり、仏教の境地が梵我一如と同じであって、単に別のアプローチ
でこれを示しているに過ぎないというのに、勝手にこれらは異なるものであり、梵我一如は外道の
低き境地だというレッテル貼りしているのだとしたら、それは大きな違いでしょう?
>たぶん、仏典に書いてあることを迷信だと感じるような常識的な世界観の方が迷信だって意味で、
>縁起とか業とか輪廻とか一切皆苦とか、迷信にも見えような出来事が説かれてるんだと思う。
そういう視点の人は何人かここにも来ているようですが、私は違いますから。
私がいっているのは、無意味で本来は説く筈のない事柄を説いたことにしていたり、真実の事柄だ
と勘違いしていることをいっています。そんな唯物主義的な現在視点からではありませんから・・・。
“仏の三十二相”のようなクダラナイことを信じたり説くのは辞めなさいよ、といっているのです。
5.手足指縵網相(手足の指の間に水かきのようなものがある)、22.四十歯相(歯が四十本ある)と
いった事柄について。指の間に水かきがある筈がないし、そんなことに何の意味や価値があります?
歯が39本だろうと41本だろうと、或いは、総入れ歯になっていようとどうでもいいことです。