仏教 議論スレッド 46

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674宝珠愚者@(規制代行)
>>645
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神智学徒で禅の研究をしていたアメリカ人女性と結婚し、
自身もインド・チェンナイにある神智学協会の支部にて神智学徒となったのが
世界的な禅研究者として知られる鈴木大拙です。

大拙はブラヴァツキー著『沈黙の声』を絶賛して、夫人のことをこう評していたといわれる。
 『チベット仏教についての知識は、その当時の大衆や西洋の学者が入手できる情報よりも豊富
であり、彼女はまた秘密仏教の修行についてもよく知っていた。この知識は鈴木大拙博士によっ
ても裏付けられた。彼は述べている。「次の世紀に禅を西洋にもたらした人物であり、疑いもなく、
ブラヴァツキー夫人はある意味で大乗の教えのより深いところに参入していた。」』
(『ヘレナ・ブラヴァツキーに当てられる新しい光---コニー・ハーグレイブによる書評』より)

正直、神智学の教えは殆どそのまま大乗に瓜二つであって、特に密教との親和性は非常に高い。
天台密教の一寺院であった鞍馬寺なんかは神智学を教義に取り込んで独立し、
現在は鞍馬弘教総本山となっている。
675宝珠愚者@(規制代行) :2012/10/05(金) 17:13:40.85 ID:klS/5JQn
私がいってるのは、
本来はなかったものをデタラメに神格化を図ったり、
いいもしない勝手な創作教義を打ち立てて、それをゴータマの教えと誤解するようなことをするなということ。。

神智学の説く「アルハット」は、
完成者に至る五段階あるイニシエーションの、その一歩手前の“四段階イニシエート”であることを指す。
仏教的には“阿那含”の方がより境地的には近いでしょう。
阿那含が“一来”といわれているように、もう一度だけ最終イニシエーションに至るべく地上に転生してきます。

誤解や偏見が酷いのでいっておきます。
因みに、神智学は仏教ではありませんが、ブラヴァツキー夫人とオルコット大佐の初代会長の両名は共に、
1880年に南伝仏教スリランカのWijananda 僧院にて正式に“受戒”しているブッディストです。
更に、オルコット大佐はスリランカ仏教の復興にその後の生涯をすべて捧げたスリランカの英雄(銅像あり)です。
http://homepage1.nifty.com/boddo/ajia/photo/olcott_1.jpg
混迷を極めて迷走する近代日本の仏教会が再生のアドバイスを求めた先が神智学協会でした。
“アショーカ王の生まれ変わり”とも評され、“19世紀の大菩薩”として歓迎されたオルコットは
正式な招待を受け明治22年に来日しました。