天理教から金銭被害を受けた人たちが語る9

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807基本。:2014/01/07(火) 09:46:20.96 ID:Uv+3vpLp
神戸にある愛町部内の天理教愛実町分教会に病気のたすけを求めて、他所の系統の信者さんはかなり集まります。
そんなお一人で愛実町では病が治らなかったと、基本にたすけを求めてきた女性がいます。
基本の信者にならない。
自由である事、自立する事。
これを条件に、理のお話をして、病はすっきり治りました。

お供えもいらない。日参もいらない。ひのきしんもいらない。
それで、理さえ分かれば、病は治ることもある。
その女性、愛実町さんの事はまさに理の親信仰だと批判しています。
808基本。:2014/01/07(火) 11:30:52.41 ID:Uv+3vpLp
その女性、まだ病で困っていると告げる前に飯田に着て一泊された時、
実は私夜寝られないのですと、
そこで宿泊先にカセット藻って行ってあげて、
>>801 >「私はこれを毎日毎日聞いていて、病気治りました」「あなたにも聞かせてあげたいとご招待したのです」とのことでした
この話をして、これ聞いて、と、渡しました。
翌日「あれを聞いていたら熟睡できました、こんな事無かったです」と、の事。
病を助けて欲しいと言う相談は、その後の事でした。
809基本。:2014/01/07(火) 19:55:01.19 ID:Uv+3vpLp
家も土地もお供えしてしまったが、それから父は古書を売り骨董を売り、お供えした。
骨董屋が頻繁に来ては「何かまだ良いものお持ちでしょう」と、。。
家に代々伝わっていた「刀剣」を天理教参考館に寄付してしまって、これで全ておしまいだと、父は晴れ晴れとしていた。
豊田のお山のお墓地に入りたいと言いました。

天理教とはそうやって、出直しの教理があって墓地がある。矛盾で、人を惑わしているのです。
810神も仏も名無しさん:2014/01/08(水) 01:16:17.65 ID:UwAA+gPI
以前、FC2ザ掲示板を紹介して頂いた者です。
基本さんと違って、学が無いので、少しずつ咀嚼しながら、掲示板を読ませて頂いています。
所属する大教会が、近々、構内施設を新しくするそうで、私達の部内には割り当てで1億円をお供えして欲しいとの事です。ついては、各教会で自分の教会では幾らお供えできそうか、目標額を提出するようにとの事で、用紙が配布されました。
前会長である父は、「この旬に、次の世代に活用してもらうために、しっかりお尽くしを勤めさせて頂こう!」と意気込んでいます。
妻は、一般家庭から教会に来てくれたもので、「お尽くしって、借金してまでお金をお供えしなければならないの?」と懐疑的です。
父は「つくし・はこび」の特集の組まれた「陽気」や「みちのとも」などのバックナンバーを妻に読ませて「たんのう」するように、と諭しています。
「つくし・はこび」の教理はどう解釈したら良いのでしょうか?おやさまはお金をお供えする事をどのようにおっしゃっていたのでしょうか?
お時間がありましたら、基本さんのアドバイスをお聞かせ下さい。
あと、、、「教理とひながた」のリンク先は、もう見られないのでしょうか?
811基本。:2014/01/08(水) 02:07:24.72 ID:LlDLtyxg
天理教と言うのは中途半端な気持ちで関わるものではありません。
先ず、天理教の書籍ですが、「陽気」や「道の友」ですが、「つくし運び」の執筆者が末路どうなったか、
そういうところまで確認して読まないと(つまり鵜呑みにしないように読まないと)、大間違いの元です。
その時代その時代に「御守護話」のヒーロー・ヒロインは登場します。
そしてその御守護の後の末路は、殆んど悲劇です。

あれは、陽気や道の友は、そういう詐欺的先導者を記録に残した貴重な書物です。
812基本。:2014/01/08(水) 02:14:06.69 ID:LlDLtyxg
はっきりといいますが、大教会では普請の場合には信者表向きに見せる予算と、実際の工事代金とは別です。
例えば高岡の場合には、業者からのバックと言う形で信者には分からないように、工事代金から大教会家族に裏金が戻る仕組みです。
一部は工事の一部を部内信者関連の業者に回して、「お礼のお供え」と言う形で、回収します。

そういう仕組みで、個人的な小遣いが欲しくなると普請を打ち出します。
一円も出さないのが一番正しい道です。
813基本。:2014/01/08(水) 02:24:02.88 ID:LlDLtyxg
ところが、問題は、洗脳されてしまっているお父さんの問題です。
> 前会長である父は、「この旬に、次の世代に活用してもらうために、しっかりお尽くしを勤めさせて頂こう!」と意気込んでいます。
あなたが説得してお父さんの気持ちが変わるほど甘くないと思います。
先ず「借金までしてお供えする」と言う事についてですが、

「お筆先に、人の物借りたるならば利がいるで、早く返済礼を言うなり」とあります。
このお筆先を、ちゃんとご自身で確認してから、大きく教会内に張り出して下さい。
そして朝晩に大声で読んでください。「なるほど、借金はおやさまお嫌いなんだなあ」と、笑顔で、「この世から借金地獄がなくなるように」と、
神様にお願いして下さい。
814神も仏も名無しさん:2014/01/08(水) 20:14:50.74 ID:99H0Q+va
アドバイスありがとうございました!
教理スレも拝見しました。

問題なのは父の気持ちであると同時に、当スレ>>587以降を通読し、アドバイスを頂いているにも関わらず、変わりきれない僕自身です。

三号ニ八の件、それこそ僕のおふでさき解釈のベースは芹沢先生の「おふでさき通訳」でした。FC2ザ掲示板を拝見して、ひっくり返った気持ちでした。

ケンカになるかもしれませんが、父と少し話してみようと思います。

早速のアドバイス、ありがとうございました。
815神も仏も名無しさん:2014/01/09(木) 12:51:50.15 ID:OZHwaqs9
新年からおやさまに喜んでもらえて良かった

リンク先も見ましたよ、開運千両・開運万両も基本さんの作詞作曲ですか?
カセットの4曲も機会があれば聞いてみたいです
色々教えていただきありがとうございました
816基本。:2014/01/09(木) 23:07:02.05 ID:MJXUdQ65
>>814
> FC2ザ掲示板を拝見して、ひっくり返った気持ちでした。
このカキコ拝見して、私も「ザおやさま」を読み返した見ました、
そして、2チャンネル投稿においての重大な私のミスを発見しました。
お礼を申し上げて、訂正をします、
天理教の教理・要理の中の私の投稿ですので、そちらで訂正します。
817神も仏も名無しさん:2014/01/09(木) 23:07:55.63 ID:U/1S0/R7
韓国人による日本人混血化計画!?

日本人+チョンコ=?


カルト!?
818基本。:2014/01/10(金) 07:38:40.59 ID:X1zwf0aA
>>815
開運千両海運万両、私の作詞作曲です。
いつかカセットの四曲、CD化したいです。
その時は宜しく、聞いてください。歌ってください。
819基本。:2014/01/10(金) 11:35:03.96 ID:X1zwf0aA
>芹沢先生の「おふでさき通訳」
芹沢茂先生は作家芹沢光治良の実弟だと記憶します。
芹沢光治良は「海外ではフランスを中心としてヨーロッパで評価が高く代表作『巴里に死す』、『人間の運命』や『神の微笑』はノーベル文学賞候補に挙げられた」作家で、「教祖様(角川)」は弟が考証担当したものです。
晩年は「天命庵・伊藤青年・偽教祖」を素材に神のシリーズを執筆しています。「人間の運命」は自伝的小説で、貧のどん底に落ちた親の信仰・天理教の関わりでの苦悩がきちんと描かれています。
http://kunyon.com/shucho/110718.html ここから引用します。
「。「次郎君」は実在の人間ではない。非実在青年だ。だって小説の主人公だからだ。
芹沢光治良(せりざわ・こうじろう)の大河小説『人間の運命』の主人公だ。
宗教と人間、社会主義と人間、愛と人間…に真正面から取り組んだ小説だ。芹沢の自伝的小説だ。
長い小説だ。」
「天理教だけではない。どこの教団も「ただ信心しているだけではダメだ。救われない。行動に移しなさい」と言う。「行動に移す」とは、本部に「献金」することだ。又、1人でも多くの人に教えを広めることだ。人はそのことで救われる。そのはずだ。

しかし、「行動で示し」「他人のために」活動することによって、今まで味わったことのない苦労もする。苦悩を持つ。それも神を知るための苦行なのだろうか。

本部の人は言う。「本部の普請に献金すれば、1粒千倍になって戻って来る。幸福の種をまくようなもので、自分たちも幸せになる」。
そういって会員に無性にお金を出させようとする。
極端な例もある。自分の全財産を処分して献金する。
次郎君のお父さんはそうだった。子供のことなど全く考えない。
でも、「捨てられた」子供たちは大変だ。親類を頼って生き、やっとこさ生きる。
・・・・・・・・
(引用続きます)
820基本。:2014/01/10(金) 11:49:43.31 ID:X1zwf0aA
(引用続きです)
「もっと酷い例もある。自分の娘を売って、その金を献金する。その事実を聞き、次郎君は疑問に思う。
そんな金で普請してもらい、神さまは喜ぶのか」。もし、喜ぶようなら、そんな神さまを真面目に拝む気にはなれない…。
もしかしたら、神は人間が「発明」したのかもしれない。だったら、「素晴らしい発明」のはずだ。どんな人間にも「清らかな心」「聖なる心」がある。あるはずだ。
それを発見して、〈神〉と名付けたのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の愛読書であった「人間の運命」「教祖」などは教団内部では禁書扱いになっていますが、無一文の彼がなぜか文壇のトップに・・
1922年 東京帝国大学経済学部卒業。農商務省に入省。
1925年 農商務省辞任しソルボンヌ大学に入学、金融社会学のシミアン教授 (François Simiand) に学ぶ。フランス滞在中に結核に冒され療養につとめる
(スイス・レザンには、芹沢が療養したとされるサナトリウムがその当時の建物のままで現存しており、名門校レザンアメリカンスクールの校舎として使用されている)
1929年 帰国
1930年 療養中の体験に基づいた作品『ブルジョア』が、「改造」の2回目の懸賞小説に一等当選し文壇に登場した。中央大学講師。
1943年 『巴里に死す』を刊行。
1952年 『巴里に死す』が森有正によってフランス語訳され、1年で10万部のベストセラーとなる。
1963年 自伝的長編『人間の運命』を刊行。
1965年 川端康成のあとを受け、第5代日本ペンクラブ会長となる。
・・・・・・・・・・・・・・
「人間の運命」には、二代目教祖「井出くに」も登場します。
天理教に全財産を供えて、天理教組織下部構成員になった父親は、おたすけの名人と言われ多くの人を助けながら不遇に扱われた。
芹沢光治良と茂は、天理教の財産被害の当事者であって、一人は天理教団組織にて天理大学教授として「おふでさき通訳」を執筆、一人は異端側の位置にいて「神のシリーズ」を執筆でした。
一人は
821基本。:2014/01/10(金) 12:06:23.13 ID:X1zwf0aA
天理教団は文壇でトップに立った芹沢光治良を教団の宣伝に利用した時期もありますが、
組織の被害者でもある彼は、客観的な位置にい続けて、文学者としての精神を貫いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
作品には、二代真柱に隠し子がいるという話題の作品があってりして、教団が禁書扱いするのは無理ないことだ。
私が中高生の頃のインテリは、結構読んでいるので、高校の保健教師などには厳しく突っ込まれたりした。

現実に女工哀史の時代に、機織職工に前金で身売りされて、全財産をお供えした女性を知っています。
そして、そうまでして尽くした教会には、弁護士の会長が頭に着て、教会から追い出されました。

こう言う記録は全部消されてしまうものですが、おやさまは、芹沢さんには、世間の評価というもので、記録の語り部の地位を保護しているわけです。

人間の運命、角川版教祖、縁があったら呼んでみたらどうでしょうか。
822神も仏も名無しさん:2014/01/12(日) 05:51:07.51 ID:BuboTqvY
とどの詰まり、中山みきさんの誠の弟子は、中山みきの狂信者、真柱の狂信者は、基本殿たった一人しか
いないわけで、国々所々の教会にある三殿、または自宅にある神実を拝まされていた我々は
欺瞞に満ちた山沢・諸井・深谷・愛町関根の偽天理教に長年騙されてたわけだ。
嗚呼、辞めてすっきりした。元の寺の檀家に戻り、氏神を拝すことにして良かった。
基本殿、気づかせてくれて、本当に有難うね。
基本殿以外の者は、天理教しなくて良い。よくわかった。有難うね、基本さん。さようなら。
823基本。:2014/01/12(日) 08:52:23.67 ID:3AjBBTV4
基本は、みき姉の可愛い弟子ですが、狂信の徒です。
>山沢・諸井・深谷・愛町関根の偽天理教
↑皆人間です。
人間と言うはあざのうて、と理に知らされてあります。
どなたも基本も「ひと時の誠」「一瞬の真心」においては、おやさまの弟子であり、親神様の信者であり、
それが、「道具」という使命に立ち切らなければ、「偽天理教」にいつでも変節するわけです。

特に、おやさまはどこに習いに行ってもならないと、「つとめ」鳴り物について言われています。
それは、高山の唐人に習いに言ったら、道具として使えなくなるからです。
誰にも習わない。
ただおやさまだけに教えて頂くと言う、厚い信仰心においては、その実行においては、とても難しい壁があります。
人間は「あざない」のです。
それは欲高慢が混じるからです。
日本に生まれた世界宗教天理教です、諸井の天理神学、深谷の天理教学。
だからなんだというのでしょう。
私を信じたらどんな病もたすかるよ。
だからなんだと言うのでしょう。

大社高山のプロパガンダに似せた、彼らの語り口は、おやさまに学んでいない人知の愚です。
それに引っかかるというのは、同じ欲が高慢があるからです。
高級な宗教でありたい、奇跡的能力者にすがりたいでは、あざなさにおいて、深谷なみです。
824基本。:2014/01/12(日) 09:07:04.94 ID:3AjBBTV4
諸井神学を継承し発展させた深谷忠政さんは、晩年は海外で大勢の現地のひとにおさずけを取り次いで、
その場でご守護を頂くと言う映像を、残しています。
それでおさづけの名人だと言われています。
基本の師は懲戒免職されて、甲賀系統近愛さんに拾って頂いて伊那里という分教会。
その近愛さんでこんな講話がありました。
▽おさづけを取り次ぐときにいちばん大切な心構え
 このように、おさづけは決して自分一人でやっているのではないんです。教祖の親心をいただいて取り次がせて貰っている。だからこそこの手のひらのぬくもりが相手に伝わっていくのではないか。
 一昨年に出直された御本部の深谷忠政先生はお救けで大変有名でしたが、ある方から、「おさづけを取り次ぐときにいちばん大切な心構えは何ですか」と訊かれたとき、即座に、
 「それはなあ、高慢の心を捨て去ることだ。その高慢の心というのは、〈私みたいな信仰の鈍い者がおさづけを取り次いでも神様は働いては下さらんだろう〉という心がいちばん高慢なのだ」と答えられたそうです。
 ともしますと、私たちは謙虚な気持で「私みたいな者が…」と言ったり思ったりすることがあるかもしれませんが、実はそれがいちばん高慢なんだと深谷忠政先生は仰言るんです。なぜなら、
どのよふなたすけするのもしんちつの
 をやがいるからみなひきうける 七号一〇一
 と御筆先で仰言っておられるのに、「おさづけしても何も変わらん」と決めつけてしまうのですから、これほど高慢なことはない――そう深谷先生は話されたそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・
深谷忠政さんは、お授けで大変有名になったのは、海外で撮影された奇跡の現場の映像の効果でした。
825基本。:2014/01/12(日) 09:17:24.81 ID:3AjBBTV4
さて、さずけとは何でしょう。おやさまの教えではさづけとは何でしょう。
それは路銀、道の路銀です。

では深谷忠政さんの海外でのおさずけはなんだったのでしょう。
パフォーマンスです。

ご守護はあった、たすかったでは無いか。と言う反論は理を知らぬ者のたわごとです。
先ず「道はあったのか」です。道があって、通るに路銀です。
おさづけは効くよという、
どのよふなたすけするのもしんちつの
 をやがいるからみなひきうける 七号一〇一
この親の親切を良いことにして、谷底を競り上げる道の、道の路銀としてではなく、
プロパガンダにおやの力を利用したわけですから、
お気の毒な深谷さんです。
826基本。:2014/01/12(日) 09:32:37.69 ID:3AjBBTV4
そういう「霊救」話に踊らされると「愛町教」にも「深谷教」にもなる。
「どのよふなたすけするのもしんちつの
 をやがいるからみなひきうける 七号一〇一」
ところが、関根が深谷が引き受けるに摩り替わってしまう。
周辺が、親族が身内が、欲高慢の道具にする。
http://members.e-omi.ne.jp/kin-ai/hitosuji1.html
 「成人が鈍ければ鈍いなりにおさづけを取り次がせていただいて、それからまた成人の道を歩んでいったらいい。
心が未熟ならば未熟なりに、今おさづけを取り次がせていただいて、
そしてこれからまた成人の道を歩ませていただいたらいいではないですか」と仰言って下さったそうであります。
このもっともらしい深谷さんの解説こそ、イカサマです。

「成人が鈍いなり」の人のおさずけというものなんて、そもそもない。
当然対象となる「成人した人」のお授けと言うものも、無い。

それを、あたかも成人した人のお授けと未熟な人のお授けと言う、相違があるかのように、
さらりと説いていて、
「僕より君は未熟だが、君なりにがんばりたまえ」と、そういうイメージをさりげに植え付けている。

人間完成の道 これを説く諸井の神学深谷の教学。

唐人であるかれらは、時にはおやさまの弟子なのだが、うかつに飲むと、泥が混じっている。
827基本。:2014/01/12(日) 09:40:25.01 ID:3AjBBTV4
「届かんものは阿呆と言う、阿呆が神の望みとおっしゃるで」
みき姉さんは、人間完成よりも「阿呆」を望まれている。
懲戒免職された「泉田藤吉」さん。針の芯の「増井おりん」さん。
おふたりにみき姉さんはそう言われた。

「届かんけれども楽しんで心つくするを道の大という」

その道の路銀が「さづけ」という基本を見えなくさせる、深谷教理は高慢な唐人の学説にすぎない。
828基本。:2014/01/12(日) 09:59:08.96 ID:3AjBBTV4
>>822
> 基本殿以外の者は、天理教しなくて良い。よくわかった。
しなくて良いではなく、
「全財産天理教に捨てられますか」ですね。
「天理教に捨てるというのは、教団組織に出すと言う事ではなく、散財」

一つに始まります。
二つに、たっぷりと信心です。
三つで、。。。
「三に散財心を定め」られますか、・・・

ここで分岐があります。
「三つ身につく」、「三に散財」
全てを神に捧げたと言う事は、天理教では「家業し散財」する事。

これが分からないと天理教は出来ません。
829822:2014/01/13(月) 03:15:06.59 ID:WCEFr7nZ
私は基本殿のように「全財産天理教に捨てられ」ません。  

それでも親神様=おやさまだと私も思ってます。  

私も掃除の対象なんでしょうね。「身上手入れ喰らうぞ!・神の返しがくるぞ!」とかね。  
人間明日死ねかもしれませんし、明日ガンの宣告受けるかもしれないし、不慮の事故に遭って不具者にもなるわけですし。 
明日 会社を首になるかもしれません。子供が突然死んだりとか。  
でも辞して本当に良かった。 
830基本。:2014/01/13(月) 08:13:51.58 ID:Mjjzkiv3
誰だって「全財産を捨てる」事はしないし出来ない。
「芹沢ご兄弟」のお父上でも、全財産を捨てると言う気持ちで捨てたわけではなく、
当時の一粒千倍に返って来るという教団幹部に騙されてしたわけでもなく、
新たな普請という気持ちで、古い家を(大きな網元の)地位も立場も皆捨てたわけですから、
それは「散財」に過ぎなかったわけです。

「私も掃除の対象なんでしょうね」
いいえ、だって大社高山ではないでしょう。
神の働きの掃除の対象は「大社高山」とその周辺です。
831神も仏も名無しさん:2014/01/13(月) 09:54:14.48 ID:WCEFr7nZ
基本殿、私は普通のと言いますか、愛町(大森町時代の豊松さんは敬服します)・
深谷忠政系に苛められたしがないサラリーマンです。

あのですね・・・・
非常に腹立たしいブログを見つけましたので、晒してやります。 
http://blogs.yahoo.co.jp/tenriisetakashi/49839703.html 
この手のブログ反吐が出ますね。コメントをよく見てください。 
このブログ主、東京時代からの豊松の信徒じゃないくせに、知らないのによく言いますよ。
こんな高山(本人は気付いて無いだろうけど)が居るからやる気無くすんですよ。
832822・831:2014/01/13(月) 10:49:41.44 ID:WCEFr7nZ
基本殿、正確に申し上げると、うちの愚息とともに、深谷忠政の長女とその娘達に邪険・疎んじられましたね。
天理教の「皇族??」には一般信徒の痛みなんか、口だけで何にも分かっちゃいないですよ。
我々は「理の奴隷」ではありません。諸井・深谷・関根を蔓延らせるために、それと会長の姉弟妹そのとりまきの為、亡くなった「自称豊松つぁん直伝の親会長??」の為にお道を
信仰するのは、もうまっぴらです。
833822・831:2014/01/13(月) 10:59:26.46 ID:WCEFr7nZ
だったらもう辞めりゃいいじゃん。と他所の人は言う。と言いますかもう辞してますから。
でもね、そうは簡単にいかない。上述に対する人物子息も含め、私と愚息の恨みは天台真言修験の行者を雇ってでも
今生で恨み晴らします。例えブーメランになっても、今すぐ死んでも、晴らさずにはいられないのです。
それぐらい、私と愚息の恨みは凄まじいのです。覚悟は出来てますよ当然に。
834基本。:2014/01/13(月) 11:00:52.04 ID:Mjjzkiv3
ブログ拝見しました。引用しますね。
http://blogs.yahoo.co.jp/tenriisetakashi/folder/1729871.html
私達は教祖の道を継ぐ弟子です。弟子は教祖のなさった事を真似たら良いのです
「教祖の雛型」は「判るべきもの」ではなく、「踏むべきもの」です。
私は教祖雛型を踏まして頂こうと、日夜努力しました。
道を聞いたら道を往け。
道とは教祖雛型。
道の者は絶対に道を通れ。
方針を誤ったら何事もうまくいかない。
人間は少し結構になると、自分勝手に走るからそれが怖い。
by関根豊松

原典がちゃんと読めない関根さんが体験談的に教理を説いているわけです。
おやさまは、「布教していない」→これ関根さん真似してませんね。
おやさまは、「高山政治権力と闘った」→これ関根さん真似していませんね。
おやさまの教えは、「世界の普請にある」→これ全然関根さん分かってない。

そんな大森町時代からの関根さんを敬服しない事です。

.
835基本。:2014/01/13(月) 11:20:59.39 ID:Mjjzkiv3
出鼻の濁りというのです。
「難病請負人」なる人物や程度のおたすけなら山のようにあって、それを武器に信者獲得したり集金したり。
水屋敷の飯田岩次郎さんも大勢が助かっています。針が別所の助造さんも霊救できたから謀反に走ったのです。

「さずけは道の路銀」。
金使って海外まで行って、「さずけは散財」してます。
こういう出鼻のにごり、困ったら海外にと言う悪因縁は山名系や船場の悪因縁。
おかきさげ 頂いたでしょうに。
「家業第一」と、読んだはずなのに、
教えを無視して「教祖雛型の道」なんて、もう素人も騙せない時代です。

そうそう こんな記事もありましたね。
「「おさづけ」取次いでいただいて、「おさづけ」を取次いでいるのを見て、
「おさづけ」というものが、欲しいと思ったら、天理教を信仰して、「おさづけ」を頂きたいと思うものなんでしょう。
1日に1回は「おさづけ」取り次がないと、「おさづけ」が腐るぞ!!って愛町の初代がおっしゃったのはそういうことなんでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・
まったくでたらめなお方ばかりです。
家業が第一で、家業をする事のしない天理教は、皆掃除になります。

おさずけは道の路銀。
その道は、大社高山を取り払い、学問ではなく、存命のおやさまの教えで、
おふでさきの悟りと証拠ためしで、世界を谷底競り上げることです。
836基本。:2014/01/13(月) 11:30:57.75 ID:Mjjzkiv3
天理教産業の営業の為に、広告の為に、海外と言う後進国に行って、
その地域では「呪術」は医学なのですから、先進国日本から来た「高度な呪術」として、
住民は病持ちの方は、日常のように、拝んでもらうのです。
拝んでもらう人にもサービス精神があるから、「良くなった」と、
援助にも来て欲しいから、媚びるのです。盛り上げてくれるのです。

日本にいて大勢難病人がいて、それは無視して後進国を選んで、拒否されないで、
おさづけの効能を説く訳ですが、そんなの医者と薬を持っていった方が確実に「御守護」あります。
治ります。
「医者の手余り助けるが道の台」と、おやさまは言われています。
医療施設も無いような国での彼らの手法は、キリスト教国家の行った植民地教育の手法に似ていて、
悪です。
837822・831:2014/01/13(月) 11:35:40.23 ID:WCEFr7nZ
基本殿
真言・修験の行者「天理の悪党ですか・・・弘法大師の名に懸けて徹底的にお受け致します」
天台行者「人を恨むのはお止めなさい。お釈迦様がそう仰っている。天理なんか放っておきなさい」
俺は、俺とせがれは深谷分家系、諸井系、関根系、アイツ等を赦すことはできない。死んでもな。
838基本。:2014/01/13(月) 11:37:54.37 ID:Mjjzkiv3
おさずけビデオで深谷忠政さんの効能のありように感心された教会長さんが、
基本に相談事持ってこられたので、深谷忠政先生に伺ったらと、勧めて上げました。
その会長さんは相談事持って深谷先生宅を訪れたとの事でした。
そしたら、どうだったか、
「あれ、ぼけてるよ。なに話しても質問しても、まともな反応無いんだよね」
「あのビデオなんだったんだろう、もうがっかりした」との事でした。
839基本。:2014/01/13(月) 11:43:01.28 ID:Mjjzkiv3
>>837
騙されたあなたが悪いのです。
高岡の大教会では部内に病人が出ると「しめた」と、「金になる」と。
騙されておいて恨むのではなく、
騙されたら、倍返しに騙し返せる実力を身につけることです。

自分の中に病気を助けてもらえるかというような期待を捨てて、誠真実を磨き上げて、
「不時を願う」のはおやさまに叱られます。
「無事を願う」のです。
倍かえしを願うのです。
840822・831:2014/01/13(月) 11:53:26.94 ID:WCEFr7nZ
そうですね。
倍に返せる実力磨き、「不時」ではなく「無事を願い」ます。

ちょっと元旦から深谷の長女と娘らそれと教会のボンクラどもに、息子ともども思いっきり邪険にされて興奮しすぎたわけ。

一般信徒からの「倍返し」ね。これほど天理の皇族もどきにとって、恐ろしいものはないだろよ。
841神も仏も名無しさん:2014/01/13(月) 13:38:02.33 ID:WCEFr7nZ
人を助ける心なんかさらさら無く、月次祭に偉そうに紋服来てお勤め。
教堂の入口には、お供え受付係。お供え持っていかなきゃ、月次祭にお参りできねえのかよ。
お供え持っていかなきゃ神殿に入れねえのか。呆れたことに、札束見せびらかす馬鹿信者も大勢居るしよ。
なにが命の御礼だ。馬鹿言ってんじゃねえよ。
専従者も、教会信仰、理の親信仰に、酔っている偽天理教徒よ。
お前らのせいで、私とせがれの人生、身体、精神、家計をぶち壊しやがって。
そろそろ正気に戻れよな。恨みの念は恐ろしいぞ。
842基本。:2014/01/13(月) 15:49:24.96 ID:Mjjzkiv3
中山みきいわく、「子が悪いのや無い、おやの教えが届かんのや」と。
深谷さんの長女さんにしても、他の人にしてもおやの教えが届いていないのです。
つまり、「みき姉さんの不始末」です。
中間に入った「自称取次ぎの人たち」「理の親を賛美する人たち」が、教えを歪めて説いている。
肝心の忠政さんだって、実は>>838 >「あれ、ぼけてるよ。なに話しても質問しても、まともな反応無いんだよね」
程度なんですからね。
これからは、研究しつつも、基本教理をどなたにも伝えます。
おふでさきの理の責めを取り次いで、おやの働きを伝えます。
正しい教えを知らないでいては無事ではすまないでしょうから、そういう理の親信仰の貴族の奥の院までも、
おやの教えが届くように、明日日からは、先ず家業第一に基本はつとめます。

ほんとに、子が悪いのではない。
みき姉さんの言うとおりです。
843基本。:2014/01/13(月) 15:53:11.34 ID:Mjjzkiv3
つまり、教え知ってる人がちゃんと理に突っ張らないから、悪いのです。
正しく天理が伝わるとき神の返しは、現れます。
844神も仏も名無しさん:2014/01/13(月) 16:50:07.62 ID:WCEFr7nZ
基本殿、「本日も」お付き合いくださり誠に有難う御座いました。
845基本。:2014/01/13(月) 23:51:21.44 ID:Mjjzkiv3
私は、844さんに感謝しています。
私がもっと真剣にもっと積極的でなくてはならないと、思います。
「どのような事がありても 恨みなよ」と、おやさまの教えです。
「わが身恨み」と教えられています。
深谷系であれ、天理教産業さんであれ、道を知らないだけの事です。
この世をどう普請したら良いかを知らないだけの事です。
少なくとも、いささかの心得がある基本が、その道をきちんと示してあげていないと言う事が、それが悪いのです。
ちょっと、油断していたと言うか、怠けていたと言うか。
神の経綸、縦糸の本筋を現在通って示せるのは私であるのに、そこを座して立ち上がっていないでいる、私が悪いのです。

さんげさんげさんげ、でした。
846神も仏も名無しさん:2014/01/14(火) 08:40:06.91 ID:Erm+3Kxt
紹介して頂いた「教祖様(角川書店)」、購入しました。
いやはや便利な世の中になったものです。50年以上前の古書を5分で探せて2日で届くとは。

「人間の運命」は、図書館で探すか、文庫本を探そうかと思います。

基本さん、もっと語って下さい。教えて下さい。
本来・本当のおやさまのお言葉・ひながたを求めたい後輩は沢山います。
847基本。:2014/01/15(水) 00:42:50.97 ID:YrZ6YUT5
おやさまの逸話遍は、ちゃんと読まないと大きな間違いになります。
山名の諸井国三郎さんの逸話もそうしたひとつです。
i-ikioi天理2に、投稿がしてありました。引用します。

5
基本 2010/05/10(月) 03:53:29 ID:YGuUj8bx
おやさまの神名は、「天理王命」である。
旗まで作らせて、「天輪王講社」と、お上への「フラフ」の『フラク』。
それなのに、肝心のおやさまのご命日のおつとめ二十六日には間に合うように、到着していない。

おやさまが扉開かれた日、明治二十年の陰暦正月二十六日。
諸井は、おつとめに参加できなかった。
それは、当然である。
誰でも分かることだが、神名を取り違えるということは、神様への失礼である。
自分の名前と違う名前をわざわざ旗にして、帰参だと、それは、参られる側の神様には、じつに疲れる出来事である。

しかも諸井国三郎は、この時「神楽面」を勝手に自主制作していて、それを山名で使用したいと、願いでている。
おやさまは、許さなかったが、「かみはゆるす」とのお言葉を、「神は許す」と解釈して、勝手に、「天輪王講社」で、神楽を面を付けて、勤めたと、自画自賛している。

理は正直で、その三年目、子供を亡くした。
【ぢば一つに】逸話篇187
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
848基本。:2014/01/15(水) 01:10:09.15 ID:YrZ6YUT5
山名にて教会本部を「公許」受けましょうという手紙を出した諸井国三郎。

いつまで、天理教団は、かれの「ブラフ」・うそを、御旗として、幹部はおやさまをしんどいと言わせるつもりか。

つとめ短いどころでは無い。
神名が違う。
その返しの実例は、諸井国三郎、梅谷四郎兵衛、子供にて出直しを、見ているが、それすらもちゃんと見ないで、美化する「唐人」に、掃除の旬が来る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明治十九年二月六日(陰暦正月三日)お屋敷へ帰らせて頂いていた梅谷四郎兵衞のもとへ、家から、かねて身上中の二女みちゑがなくなったという報せが届いた。教祖にお目通りした時、話のついでに、その事を申し上げると、教祖は、
「それは結構やなあ。」
と、仰せられた。
 梅谷は、教祖が、何かお聞き違いなされたのだろうと思ったので、更に、もう一度、「子供をなくしましたので。」と、申し上げると、教祖は、ただ一言、
「大きい方でのうて、よかったなあ。」
と、仰せられた。
849基本。:2014/01/15(水) 01:14:36.36 ID:YrZ6YUT5
引用を続けます。http://i-ikioi.com/th/psy/1273405833/
【ぢば一つに】逸話篇187
 明治十九年六月、諸井国三郎は、四女秀が三才で出直した時、余り悲しかったので、おぢばへ帰って、「何か違いの点があるかも知れませんから、知らして頂きたい。」とお願いしたところ、教祖は、
「さあさあ小児のところ、三才も一生、一生三才の心。ぢば一つに心を寄せよ。ぢば一つに心を寄せれば、四方へ根が張る。四方へ根が張れば、一方流れても三方残る。二方流れても二方残る。太い芽が出るで。」
と、お言葉を下された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山名にて教会本部を「公許」受けましょうという手紙を出した諸井国三郎。

いつまで、天理教団は、かれの「ブラフ」・うそを、御旗として、幹部はおやさまをしんどいと言わせるつもりか。

つとめ短いどころでは無い。
神名が違う。
その返しの実例は、諸井国三郎、梅谷四郎兵衛、子供にて出直しを、見ているが、それすらもちゃんと見ないで、美化する「唐人」に、掃除の旬が来る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、天理王命の神名を変造した二人には「死」の返しがあった。
それは子供であったが、親の身代わりであったと、そういう風に、史実に照らして読まないといけないのです。

そういう読み方は二代真柱さまが教えて下さっています。
850基本。:2014/01/15(水) 01:19:09.71 ID:YrZ6YUT5
同じく引用です。
基本 2010/05/09(日) 21:37:03 ID:uMMvTlFY
逸話篇139
(フラフをたてて)を、改めて吟読させて頂く。
『 明治十七年一月二十一日(陰暦 前年十二月二十四日)諸井国三郎は、第三回目のおぢば帰りを志し、同行十名と共に出発し、二十二日に豊橋へ着いた。
舟の出るのが夕方であったので、町中を歩いていると、一軒の提灯屋が目についた。
そこで、思い付いて、大幅の天竺木綿を四尺程買い求め、提灯屋に頼んで旗を作らせた。
 その旗は、白地の中央に日の丸を描き、その中に、天輪王講社、と大きく墨書し、その左下に小さく遠江真明組と書いたものであった。
一行は、この旗を先頭に立てて、伊勢湾を渡り、泊まりを重ねて、二十六日、丹波市の扇屋庄兵衛方に一泊した。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
フラグ (Flag)
英語で旗のこと。旗の意味では「フラッグ」と表記することが多い。
・・・・・・・・・
つまり、旗ならば「フラグ」あるいは「フラッグ」と呼ぶべくである。
おやさまは「フラフを立てて」と言われている。
「フラク」ではない、「フラフ」。

この違いは、何なのであろう。濁点を付けると、「フラク」なら「フラグ」。
旗である。
「フラフ」なら、「フラグ」である。

つまり、おやさまは、心の濁りとはみなされていなくて、「フラフ」。
ブラフ - Wikipediaブラフ. bluff. はったり、威嚇、こけおどしのこと。

まさに、「だるいだるい」。
「てんりんおう講社」というはったり。
「フラフが来る」とは、そういう意味だったと、基本的には理解する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26日にはのんびりとして、公認を得たゆとりの諸井国三郎さん。
参拝を官憲は止めていない。癒着を悟れば、子供の死は当然とわかる。
851基本。:2014/01/15(水) 01:32:44.23 ID:YrZ6YUT5
http://desktop2ch.tv/psy/1277001717/
刻限御話
明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後八時
何でや。天理王命の旗をあちらこちらに立て、何と変わるもの。
一人も寄せ付けなんだ日もあった。
又黒衣を着せた日もあった。
実が誠か、誠が実か。
見えねば分かるまい。
そこで得心が行たやろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
稿本教祖伝には、このように記されています。
 明治十四年春以来、かんろだいの石普請は順調に進み、秋の初めには二段迄出来た。
・・・しかし、その直後思いがけない事が起った。
石工七次郎が突然居なくなったのである。測らずも、石普請はこゝに頓挫した。
 一見、偶然のように見えるこの出来事も、人々の心の成人につれ、又、つとめ人衆の寄り集まるにつれて、かんろだいは据えられる、と、第九号に諭されているお言葉と思い合わせると、

護摩の煙に燻って、澄み切るには未だ早い実情であったと言えよう。

それを思えば、この思いがけないふしも、実は、余りにも成人の鈍い子供心に対して、早く成人せよ、との、親心ゆえの激しいお急込みであった。
 明治十四年五月には大和国倉橋村の山田伊八郎が、九月には京都の深谷源次郎が、信仰し始めた。
 この頃には、講の数は、二十有余を数えるようになった。
即ち、大和国の天元、誠心、積善、心実、心勇、河内国の天徳、栄続、真恵、誠神、敬神、神楽、天神(後に守誠)、平真、大阪の真心、天恵、真明、明心、堺の真実、朝日、神世、京都の明誠等である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
稿本教祖伝は、六年間の事情を、こう伝えています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
22日に豊橋で、舟で伊勢湾をめぐり、泊まりを重ねてというのんびりしたお地場帰り。
「天輪王の旗」。
おやさまは「だるいだるい」。
 これで読み取れないほど、教団教理の洗脳に汚染されている現状ですから、心して教理を学びたいものです。
852神も仏も名無しさん:2014/01/15(水) 20:15:47.48 ID:B+/WCRK6
山名といえば、某部内が詰所から道路へ飛降自殺をされた。
書物にも列記と書かれている事実である。
多くの人が呆れている悪名高い「天理ブラック山名組」だ。

部内を自殺に追い込んだにも関らず、部内教会長の集まりで「罵った。」
前代未聞の天理ブラック山名組である。
ヤクザでも、部下が自殺をしたら罵ることはない。

おまけに、政府も自治体も「素人には『絶対厳禁』している放射能除染」の恰好を通常作業着で
行った天理ブッラク山名組である。放射能の『ほ』の字も知らないで、国家が禁止している
放射能除染の蟻程度の恐ろしいことをした、天理ブラック山名組である。

旧ソ連でも除染は諦めた。
853基本。:2014/01/16(木) 04:01:00.74 ID:e/QsDK0l
>>846
> 基本さん、もっと語って下さい。教えて下さい。
> 本来・本当のおやさまのお言葉・ひながたを求めたい後輩は沢山います。
お応えしたいと思いまして、新スレを立てました。
「天理教 基本教理 天理教教典」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1389806893/l50

二代真柱さまは中山正善、天理教教典を世に出しました。
1949年(昭和24年)4月1日、天理大学開学。10月26日、『天理教教典』公刊。

明治22年、1889年神はおさしづにて、「復元の予言」をしています。
「一二三一二三」の切りを入れると言うお言葉です。
123123、で6、60年の予言です。

当時の天理教団はもうおやさまの教えを曲げる方向に進み始めていた。
それに対する、おやさまのお言葉は、天理教団60年の応法の道を、きちんと予言しています。
以下におさしづ原文を引用します。
http://www.geocities.jp/washimisu82/meiji22.htm
854基本。:2014/01/16(木) 04:04:12.94 ID:e/QsDK0l
http://www.geocities.jp/washimisu82/meiji22.htm
明治二十二年十一月二日(陰暦十月十日)午後九時
本席身上障り願
さあ/\/\一寸知らし置くで/\。さあ/\どういう事を知らし置く/\。すっきり道理上を知らし置く。
さあ/\道理上々々々、これから道理上、暫く道理上通らんならん。難しい。よう聞き分け置かんならん。
これまでというものは、細い道を通して来てあるで。細い道を連れて通りた。
どうもならんから、世界一つの理によって、一寸世界往還道を付け掛けたで。
そこで皆々心許す。往還道通すと、どんと油断してどうもならん。
長い間、道理上の道を通れとは言わん。何年々々の切りを切りて置こう。

さあ/\一二三々々々の切りを切りて置こう。一二三の印を打って置く。
一二三の印の間、世界の道理上で通る。道理上ばかりで通す。
ようこれを聞いて置かねばならんで。

さあ/\多くの人が出て来る。一時どうもならんと言うて出て来る。
諭す処、暫く世界の道理上の理で通らにゃならん。
一二三の印を打ったら、神一条の道、人間の道理上を以て世界という。
人間から世界の道理上を通らんならんようにするから、どうでもこうでも、道理上の道を通らんならんように成る。
皆心で拵えてあるのや。
さあ今の道、世界の往還道やで。そこで何でも彼でも、どうもならんと言うたら、道理上の道からどんな理が発しるやら分からん。
油断しては踏み被ぶるで/\。
そこで世界の道理上から、道理上の道を拵えるから、道理上を通らんならん。
どうでも心で拵えてあるのやと思えば、どうも仕様が無い。
そこでどうもならんから、一二三と印打つ。
だん/\難しいなる。早く知らそうと思えども、昼はさわ/\して騒がして諭する事が出けん。どうもならん。
そこで刻限で知らす。どうでもこうでも、言わにゃならん、聞かにゃならん、聞かさにゃならん。三つ理を。そこでちいとこれだけの事を、知らし置くという
855基本。:2014/01/17(金) 09:20:55.68 ID:48ofzDRM
「そこで世界の道理上から、道理上の道を拵えるから、道理上を通らんならん。」
このことの意味は、「教会の祭儀、神事」「教会の普請」「有力信者の遇し方」などで、
明治22年にはおさしづ伺いにおいて、願い事を見ますと、みなの願いはそういうところにあったと、分かってしまいます。

>>854
> そこで刻限で知らす。どうでもこうでも、言わにゃならん、聞かにゃならん、聞かさにゃならん。三つ理を。
この予言がありまして、お知らせくださったのは、基本的にはこの刻限です。

明治二十二年十一月七日 午後十時四十分
刻限御話

 この刻限にこうあります。

三年やそこらの事は、三日の日の事思えば直きや。
三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。
たったそれだけの事が分からん。
そこで皆んな一つ/\の理を寄せてくれるよう。
僅か三年の間の事を、長う取るからどんな理も出る。
たった三日の間や。三年の道通れば、不自由しようにも、難儀しようにもしられやせん。
たった三日の間や。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
基本は二代真柱さまの講話で、教えて頂いたのはこの刻限の内容でした。

「ひながたの道が通れんような事ではどうもならん。」

天理教の幹部たちが「貧乏せい」「落ち込め落ち込め」に背いた事情が発生した明治22年から60年間。
まさに最悪の天理教となって、
それでは「復元」がなされたと、形のうえでは復元されたと言いますが、実は幹部たちは「世間の道理上」の道ばかりを通りたがって、
信者獲得と集金組織化、宗教ビジネスの常識で信者を騙し、まさに
現在のていたらくになったということです。
856基本。
[三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。 ] このお言葉。
これは例えば布教研修所で3年間は貧乏生活の布教で後は不自由無しと言う事なら、天理教徒なら嫌がる理由は無いわけです。

しかし、問題の本質は深刻です。
 [三年と言えば長いように思う。一度定めた心は生涯という。]
 これは三年の道であとは永遠とも読み取れてしまいます。
 [三年と言えば長いように思う。一度定めた心は生涯という。]
つまり、三年修行しました。後は贅沢三昧です、ではなくて、その賓に落ちきる心を生涯ずっとと、
こういうお言葉があるわけです。三年=永遠という内容です。
 すると、山籠もりをして修行したが、今日からは道楽三昧とはいかないわけで、
貧乏ついでにもっと貧乏したらと、そういうことにも、感じ取れるわけです。
 そこで全財産をもう二度と手放すもんかと言う、人間らしい心が出てきます。
 大教会、上級教会の周辺の理の親たちの陥っている心の地獄です。

明治二十二年十一月九日(陰暦十月十七日)午後十時半
刻限御話
さあ/\だん/\話掛ける。どういう事を話掛けるなら、一寸難しいように思うやろう。余儀無き外一つの理は諭さん。
何かよく聞いてくれ。
いつ/\まで、これより代々長く/\続く理を諭そ/\。
さあ/\遠く/\という。遠く理というは、これいつ/\の事情に思うて、皆分からん、分からんから待ち兼ねる。
遠く事情という、世界大きい一つ事情、今の一時は皆めん/\一つ/\の心である。
めん/\心の理を治めよう。遠く事情世界と言う。
成らん事情を無理に通れ。
長く事情やない。さあ/\まあ一寸今という今、もうこれ譬え一つの理を諭して、
もうこれ三年々々という理を諭し掛けたら、どういう事であろう。
三年の理を待ち兼ねる/\。
一寸一日二日三日つい経つものや。
三年と言えば長いように思う。一度定めた心は生涯という。