☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート30

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725宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
仏教スレにて詳しくはやりません。

 “秘教的理解”とは、背後にある本当の目的なり意味を知る智慧のことです。大切どころか、
不死を得ることが最終的な目標だからですよ。不死とはいっても肉体の維持そのものが主眼
ではなく、意識の不死性のことであり、その意識そのものに目覚めるということ。
(キリスト教においてもというか・・・)イエスの教えそのものが本来、不死を示すことにある。

 「復活」(再生)と「昇天」を示すことがイエスの物語の主眼です。イエスの示したかったもの
は、当然、この「復活」及び「昇天」なのでしたが、しかし残念ながら、キリスト教はイエスの御
心に反して感情的な反応で以って十字架へと心を奪われました。

 確かに、愚かなユダヤ人がイエスを理解できなかったことに磔刑の原因がありますが、イエ
スはこれをそのままに利用することにしたのです。その気ならば、いつでも逃れることができた
イエスがそれをせずに、弟子ユダへ自分(イエス)の居場所を伝えてくるよう命じたのも磔刑に
架かる計画を遂行すべく、そのゴーサインを出したものだからです。
726宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk :2012/04/03(火) 00:52:57.44 ID:Q6SfI+9M
>>707
>>725のつづき
 イエスの絶大な力を信じるユダは、イエスが意図も容易く逃げてくれるものと楽観的でしたか
ら。しかし結果は、なんとそのまま拷問の末に処刑されてしまったので、あまりの結末に驚いて
しまい、自分のしたことの重荷に耐えかねて自殺してしまったのです。
 このユダが勇気在る貴重な大役を引き受けた名誉在る弟子という見方ができるです。
(しかし、キリスト教というのは無知なので、ユダをただの裏切り者として忌み嫌いますが・・・)

 この場合の仏教との類似性でいえば、実にゴータマを死に追いやった信者チュンダの食事の
意味にもこれは当て嵌ります。ゴータマはチュンダを責めることを禁じて、彼が最も重要な役割
を果たした者であり、その食事が素晴らしい供養であったと彼を称賛しているのと同様です。

 これは完成者というものは自分で死を決めるからであって、自分の死とその経緯を事前にす
べて知っているどころか、このような死へ経緯へと運ぶのは完成者自身による意思決定による
ものです。
 従って、完成者には事故死というものはないということ。

---余談---これでお・わ・り