ゲイリー
ぼくたちに結局は悪夢に変わるようなこんな夢を見させておくなんて、神はあんまり
愛情深くない、と言う人たちもなかにはいるよね。それについては、どうなんだろう?
アーテン
そういうことを言う人たちが、次には逆に神がこの世界を創ったなんて言いだすんだから
おかしい! 神が愛情深くないだなんて。きみの質問に答えるなら、
神がきみたちにこんな悪夢を見させているのではない。夢を見させるとすれば、
「彼」はそもそも分離という考え方を認めなければならない。だが「神」はそんなことは
していない、と前にも言っただろう。「彼」が認めていないからこそ、
依然としてきみたちが目覚めるべき完璧な「一体−−−ひとつであること」が
存在するんだよ。
ゲイリー
だけど、神は「一体−−−ひとつであること」のなかでは「彼自身」を経験できない、
「彼」が「彼自身」を経験するにはこの世界を創ってそこに住むしかない、
と考えている人たちもいる。そしてたとえば 「 神 と の 対 話 」 シリーズのように、
そう言っている著者や教師に耳を傾ける人もたくさんいるんだよ。
パーサ
そういう人たちはもっと深く見つめれば、神を狂気だとみなしているとわかるでしょう。
あなたは天国で神とともにあるのに似た神秘体験をしたわね、そうでしょう?
ゲイリー
そう、したよ。
パーサ
この世に比べて天国はどんなだった?
ゲイリー
比較にならないさ。天国ではぼくらが神なんだから。
パーサ
でもそれは目覚めのような体験だった、そうじゃない?
ゲイリー
そう、確かにそうだった! この世のどんなものよりすばらしい体験だったよ。
パーサ
それなら、わかるでしょ。神が「彼自身」を評価し楽しむために
二元性を経験しようとしてこの世界を創ったという考え方は、セックスを経験して
楽しむためには腹を一発殴らなければならない、というのと同じようなものだわ。
そんなはずはないじゃないの。苦痛は自分が神から自分自身を引き離した
と考える罪悪感の結果です。現実の楽しさを経験するために苦痛を経験する
必要はないのよ。でも現実に戻るためには、痛みと苦しみを赦して
捨てなければなりません。Jはそのことについては「コース」のなかで
これ以上ないほどはっきりと語っているし、あなたが耳を傾けるべきは
彼の言葉なのよ。
Jの言葉
「エゴから、生命や無辜と対立し、さらに神ご自身の意志と対立する罪や
罪悪感や死が生じる。そのような対立物が存在するところとして、
狂気に献身して天国の平和に反対する常軌を逸した病んだ心以外の場が
あるだろうか? 確かなことがひとつある。罪も死も創り出さなかった神が、
あなたがたを罪や死に縛りつけるはずがない。彼は罪もその結果も知らない。
葬列の埋葬布に覆われた遺体は、創造主を称えて行進するのではない。
創造主のご意志は彼らが生きることだ。
彼らはそのご意志に従っているのではなく、反している。」
>950を踏んでしまったな…
わたしはホストに規制がかかって、スレ立て出来ないので、
誰か頼みます。
ゲイリー
すごいや。それなら彼は身を隠すのをやめて、ほんとうはどう感じているかを
言ってくれるべきだよな。すると片方には神が「彼自身」を経験するために
対極を作り出したという人たちがいて、こっちではJが、すべてを包み込むものに
対極はない、狂気の者だけが対極が存在し得るか存在するはずだと考えるだろう
と言う。こう考えていいのかな?
パーサ
そうよ。
------------------------------------------------------------------------------
「不死というあなたの現実」の中ではこうして名指しで「神との対話」を否定しているんだよな。
ところが一部の神対信者は、「神との対話」は「神の使者」と共存できると言い、それを認めろと
何度も何度も言い寄って来る。まるで、あなたのことは嫌いだから諦めてくれ、と言われているのに、
しつこくしつこく追いかけてくるストーカーのようだw
>>955 進むべき「道が違う」ということが理解されていないなw
肝心の愛が介在していないよ、どちらも…orz
>>956 誰が理解していないのかが重要。
ゲイリーのみでなくパーサまでもが理解していない。
「神の使者」であるパーサがこんな基本的なことを理解していないとしたら、
パーサ自身が偽物か、もしくは創作物。
ちなみにさっきの引用
>>952-955は
ID:hX9CiO+lが以前書いたものだと思われる
>>957 ACIMを読んでいない神対信者の方が圧倒的多数だから、
ACIMerは、迷惑がるだろうなw
「道」の途上で、重荷が増えるだけだから…
それを赦せないACIMerも存在するがねw
>>957 >ゲイリーのみでなくパーサまでもが理解していない。
同意。
だが、たくさんある道の中の2つでしかない。
パーサは、自分の道を説明するために、あえて方便を使ったと推測。
>>959 自分の道を説明するために他の道の神を狂気とまで言っても構わないということかw
それを「神の使者」たるパーサはあえてしたと...w
それで納得できるならそれでいいよw
ぶっちゃけいうと、私は
「アーテンもパーサもワプニクとゲイリーの創作物で、
本を売るための話題作りに神との対話を否定してみた」
と思ってるw
私は、ACIMerにとって、あいまいさが許されない箇所だから、
あえて方便を使わざるを得なかったと思うわけだ。
うぶ毛の生えた初心者ACIMerは誤解しやすいからだ…
これはACIM側の都合だ。
>>960 >自分の道を説明するために他の道の神を狂気とまで言っても構わないということかw
神ではなく、神対信者を狂気と言っている。言い回しだよw
>>953 そのJの言葉を見ると罪も死も創り出さなかった神の対極としてエゴを設定しているようだが
「狂気の者だけが対極が存在し得るか存在するはずだと考えるだろう」
965 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 10:19:55.49 ID:c4ul9sOd
>>946 >なぜ神対だけは名指しで批判してるんだろうね
あれだけ売れて有名なモノを否定すれば、それより権威・正しさがあるんだと
主張できるからでしょう。
シークレットが売れたら、ザ・シークレットを超えて とか出てくるように。
あるいは、神との対話1巻目に「奇跡のコースは私が書かせた」とあるから、
自らの権威を横取りされたと思ってる。それだけは許せないわけだ。
このようにして、エゴは自らを正当化しようとするわけさw
この必死さを見よw
まさに、しあわせではなく、正しさのために闘っている。
そして彼らの今の人生はどうなのか。
彼らは相変わらず負け組人生を歩んでおり、少しもしあわせではない。
神使と神対は決して並立し得ない。
エゴという錯覚を取り除く正統な道と、
潜在意識によるエゴ生き残りのための戯言が共存し得る、
というのは、まさにエゴによる言い訳w
そのような愚か者は、ACIMだろうと他の正統な道だろうと、
エゴの生き残りのためにそれらを利用するだけだろう。
ACIMは道のひとつでしかないが、
神対のようなニューエイジは他の道の中には入らない。
それらは道ではない。戯言だ。
戯言に出来ることはそれに感化された人たちの人生を停滞させ、
わかったつもりにさせて、本当の道から遠ざけること。
ここで必死になって神対を守ろうとしている連中は、
まさにそのようにして人生を無駄にしているということ。
神使を否定するなら、他の正統な道も否定することになる。
ニューエイジというエゴの生き残りのための戯言(反キリスト)に感化された程度の愚民たちが、
正統な道を否定しようとしていることの滑稽さよw
神との対話の第二巻以降はニールによる創作でありでっちあげだ、
それらはチャネリングでさえない、という情報が書き込まれた時、
神対信者は、内容こそが大切なのであり、創作かそうでないかはどちらでもいい、と語っていたw
ところがその同じ神対信者が、神使はワプニクとレナードによる創作に違いない、
そうだそうだ!と必死になっているのは実に興味深いw
おやおや、内容こそが重要じゃなかったのかな?w
その内容も、読んでもいないのだから具体的に批判することもできないんだろうしねぇw
エゴにとって心地のいい神対や他のニューエイジ本の戯言に逃避し人生を無駄にしてしまうか、
それとも、敢えてエゴにとって不都合な正統な道を歩む勇気を持てるのか。
あなたは幸せと正しさと、どちらが重要なのか、まさにそこが問われている。
ダメになっていく人間は、まさにその分岐点において、自らを幸せから遠ざける。
俺様は理解している、という滑稽さ。
神との対話という吉田利子が邦訳した日本語訳を読んだだけだというのに、
俺様は神との対話を理解している!と断言できてしまう愚かしさw
不思議なことに、彼らは同じニューエイジ本同士の整合性のなさには
ちゃっかり目をつぶってしまうようだw
正統な道においては、それぞれの段階における方便ということはあっても、
お互いに矛盾するとうことはない。
しかし、ニューエイジ本はエゴによる生き残り、妄想による現実逃避が目的であるから、
相互に相容れない主張が展開されており、信者たちも現実逃避が本当の目的である以上、
それらの矛盾はどうでもいいことなんだろう。
彼らは道を求めているのではなく、道から逃げ続けること(反キリスト、阿修羅)が目的なんだからねw
さてと、神使か不死現には、神との対話だけではなく、たとえば、
パワーかフォースかの著者についても批判されている。
ACIMをニューエイジのために利用しようとしている輩についてもね。
神対の神がACIMを書かせた、というアホな主張をしている、
未だに金銭トラブルの絶えないニール・ドナルド・ウォルシュもその一人だろうがねw
読んでいないから神対信者はそのことも知らないとw
自分たちにとっての聖書(神対)を批判されたことが悔しくて、
宗教戦争をはじめてしまった神対信者。
宗教は消えて無くなる、ということが神対のどこかに書かれていなかったかな?w
その部分だけは神対は正しいことを言ってるねw
愛なら今何をするか、の正反対をやっている神対信者たちよ、
お前たちがまさに滅びるべき宗教そのことをやっているわけさw
パワーかフォースかの著者については個人的には評価している。
筋反射テストはまったく参考にはならない、という点ではアーテンやパーサの言っている通りだが、
コンテンツではなくコンテクストで判断せよ、というホーキンスの主張は、
まさに神対のようなニューエイジ本に簡単に騙され感化されてしまう、
馬鹿どもが真っ先に学ばなければならないことではあるw
愚かなるニューエイジャー諸君、ナチュラルスピリット社から出ている、
ホーキンスの三巻目を繰り返し繰り返し熟読せよ。
神対のような屑本よりは、お前たちの人生にとってはるかに役に立つぞw
>>966-970 おお、エゴ満開だな。花は散って、もう新緑の季節になってなきゃおかしいのに。
変わらないエゴの万年華か。
>>970 神使(ACIM)の「ゆるし」をどう思いますか?
(どう実践されてますか?)
もしよければ教えてください。
>>971 それはお前がエゴ満開だからだよw わかるかな?w
>>972 俺はACIMは正統な道のひとつだとは言っているがACIMerではない。
ACIMは正統な道、神対はただの妄想。そう言い続けているだけ。
それが神対に現実逃避している負け組君たちにはグサリと突き刺さるらしい。
まあそれが目的でもあるんだがw
>>972 ACIMは、伝統的な分類の仕方ではバクティ(帰依の道)に属する。
聖霊にすべてを委ねる、明け渡す、という道。
したがって、赦しを実践するのはエゴではなく聖霊であり、
エゴにできることは、ただ目撃者で在り続けること。
脳内のお花畑はいつも満開でよく手入れが行き届いてますね
ACIMスレでもたびたび指摘していることだが、
ACIMに関心を持つ人すべてがこの道を辿っていけるわけではない。
招かれる者は多いが、召される者は少ない。
グレゴール・メーレの『現代人のためのヨーガ・スートラ』の分類に従えば、
ACIMをやり遂げることができるのは、エーカーグラ・チッタ、
つまり、一点集中できる心の状態に達している人だけだろう。
というのも、現代人の大部分は、落ち着きのない心、惑わされた心の状態であり、
そのような人たちに、常に聖霊に心を向かわせ続けることは不可能だからだ。
従って、ACIMの道を完遂させたければ、その前にやらなければならないことがある。
自分はACIMerだ、と自認している人たちの中には、神対信者と同様、
ただ観念としての字面を追い、観念をいじくりまわしているだけで、
人生を無駄に過ごしてしまう人も多い(大多数)だろう。
それでも正統な道に縁しているだけマシというものだ。
神対のように、富士山の山頂ではなく、樹海へと導くウソの道を歩いいくよりは。
>>975 自分のことがよくわかっているじゃないかw
978 :
972:2011/05/15(日) 12:21:49.47 ID:3p21wf93
@止滅した心 ヴェーダーンタ
A一点集中の心 ウパニシャット
B散漫な心 ヨーガ・スートラ
C惑わされた心 タントラ
D落ち着きのない心
ACIMはA以上のレベル、つまり、ウパニシャッド、師とともに座る、という意味だが、
覚醒した師とのサットサンガによって真我実現へと至れるレベルの人にしか役立たない。
Dは一般の人たち、ニューエイジャーはCのレベルにあり、彼らにはタントラという、
ある種の技法(方便)によって導いていく以外、救いあげることは出来ない。
Bのレベルにある者は、伝統的な修行者と言えるだろう。
Cのレベルにあるニューエイジャーは、まずは身体技法でも取り入れてみなさい。
本ばかり読んでいないで、ロルフィングを受けたり小周天の練習などすること。
そのうちある種の気づきに至るだろう。
自分が今どのレベルにいるのか、正直になって自己観察してみることだ。
ウパニシャットとか、ヴェーダンタとか、どうでもいいよねw>all
981 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:42:33.18 ID:c4ul9sOd
お、サマーディさんいるのか?
982 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:47:19.25 ID:c4ul9sOd
>>980 上の理解に達してないと分からん。
タントラにいるとして、タントラにいる人が自分はタントラだと分かるんかいな?と。
>>981 本物のサマディはとうの昔にいなくなったw
歴史上何度も繰り返されてきたように、無知蒙昧な神対信者によって石もて追われてしまったわけさw
>>983 サマディ?
ああ、「私の居ないスレを引き寄せてごらんwww」と絶叫しながら逃走した人か
あっさりと引き寄せ成功
985 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:02:45.52 ID:c4ul9sOd
>>983 あらまぁ、サマーディさんのお陰で、インド哲学系(なのかな?書店にあるレベルの本だけど)と思われる本を
読んでみたりしたのに。
(もしかしてサマーディさんではなく、貴方の影響かもしれないけどw)
全体的に、深遠すぎて分からんのだな〜。
貴方もそのようなんだけど、究極の理解以外受け付けないってのもしんどくないか?
>>979 うーん、自分はAかなあ
BCDを併せ持ったのがお前という事ははっきり分かるのだが
>>986 そう思えてしまうのがC惑わされた心。
典型的なニューエイジャーだなw
>>984 お前はサマディにコテンパンにやられてたよなw
それで恨み骨髄、今に至るとw
私のいないスレをスレをひきよせてごらん、と言ったのは俺だよw
お前はサマディにコテンパンにやられたことから錯乱状態になり、
誰彼構わずサマディ呼ばわりし始め、俺に対してもサマディ認定していたわけさw
まさにC惑わされた心(失笑)
今やっていることはBのレベル(クリヤヨガ)だが、
すでにAの領域には達しているだろう。
クリヤの行法は今後も継続していく。
そしてAのウパニシャッド(師とともに座る)の師は肉体を持った師でもよいが、
俺の場合はその限りではない。その対象が誰であるかはここで言う必要はない。
991 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:44:00.63 ID:c4ul9sOd
俺はAだ。オマエはCだ って、互いに言い合ってるんだな。
まさに、こんな感じか?
発 者 同 . 。_ ____ 争
生 同 .じ . /´ | (ゝ___) い
.し 士 .レ .__/'r-┴<ゝi,,ノ ro、 は、
.な で .ベ ∠ゝ (ゝ.//` ./`| }⌒j
.い し .ル } ⌒ /`ヽ、_∠l,ノ ・ヽ´
.! ! か の / ´..:.} >、、___, .r、 ソ、`\
/ ..:.:.} / |∨ ` ̄
/ ..:.:./ | 丶
/ _、 ..:.:.:.{ .{.:.:. \
{ ..:Y .ゝ、 {.:.:.:.:. ヽ
|、 ..:/ 丿 .:〉 >.- ⌒ . ヽ
/ {. ..:./ ソ ..:./ .( ..:.:.:` ..:}
./..:.:}.:.:./ ヘ、 ..:./ .\ ..:.:r_,ノ、.:.:}
./..:.:/|.:/ {.:./ X.:.:}.} X X
/..:.:/ .}.:| }:/ .Y丶ヽ Y.:Y
. __/.:/ { } 《.〈、 _,,__>.:》丶 Y.:\
/.:.:.:.:.::/ !.:.:ゝ ゝ.:. ̄ヾ ´:.:.:.:.:.:.:.:.:ヾゝ \.: ̄>
もしACIMの実践において招かれるだけではなく召されよう(@)と思うなら、
それを始める前に先生を見つける必要がある。
その先生とともに座ること、つまりあるレベルまで引き上げてもらわなくてはならない。
卵の殻はそれ自身を割ることはできないから(A)。
そしてその先生を通しての恩寵を受け取ることができるようになるためには
相応の準備が必要となる(Bのレベル)。
瞑想の実践により真の静寂にくつろぐことを知ること。
内側に「それ」をすでに見つけていること。
さて、瞑想できるようになるためには、まず身体をつくらなくてはならない(Cのレベルの人)。
エネルギーを感じられるようになること。
エネルギーがスムーズに流れるような身体にすること。
993 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:59:01.83 ID:c4ul9sOd
究極の理解に到達してる人じゃなかったのか。
意外だったな。自信満々だから。
師の指導を受けてたら、
ほかの人のことはほっておきなさい。貴方はまず自分のことに専念しなさい って
言うんじゃないのか?たぶん。違う?
>>993 究極の理解に達しているなら、それこそこんなところにはいないだろうw
しかし、本物のサマディほどではないが一瞥の体験はある。
だから観念の世界だけで神や悟りを語っている人たちの白々しさが手に取るようにわかる。
サマディの体験談は本当に参考になったんだがな。
馬鹿な奴らがサマディに恐れおののいて排除してしまったために、
もはやコンタクトすることさえ出来なくなってしまった。
>>995 反論できなくなるとオウムを持ちだして茶化すとw
哀れというしかないなw
ところでお前は敬愛するニール・ドナルド・ウォルシュに着実に近づいているな。
もう少しでお前も浮浪者の仲間入りだw
アドヴァイタ行者・ヨーガ行者・神対信者を乗せた船が難破して三人は無人島に流れ着いた。
食料の入った缶詰があったが、肝心の缶きりがない。
ヨーガ行者が言った。
「缶切りが必要だ。まず缶切りをつくることにしよう。適切な材料がないか探してこよう。」
アドヴァイタ行者はこう言った。
「おいおい、本当は缶なんてないんだぜ。我々が無人島に流れ着いたのもだたの悪夢に過ぎない。」
ヨーガ行者が言った。
「わかってるさ、でも今はそうするしかあるまい? だから缶切りをつくるのさw」
アドヴァイタ行者。
「OK、そうしよう。島を探索に出かけることにしよう。」
その間、神対信者はずっとこう叫び続けていました。
「缶はすでに開いているのです。缶はすでに開いています! さあ、食べましょう! 缶はすでに開いているのです!」
頭がおかしくなってしまった神対信者を置き去りにして、
アドヴァイタ行者とヨーガ行者は島の探索に出かけて行ってしまいました。
〜おしまい〜
『偽善者は素晴らしい約束をする、約束を守る気がないからである。
それには費用も掛からず、想像力以外の何の苦労も要らない。』
フランス革命の省察 エドマンド・バーク著より
999 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 14:22:14.31 ID:AZku0mmY
梅
1000 :
神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 14:23:06.46 ID:AZku0mmY
オシマイ
1001 :
1001:
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