吉祥寺キリスト集会の現実を語ろう Part6

このエントリーをはてなブックマークに追加
764道しるべ
>ベックさんは聖書に精通しておられますから〜
ベック氏は聖書を理解されていないから、自分で集会を開いて、今日のような問題が起きているんだよ。
>聖書にはこう書いてあります。
結論から述べると、「からだは1つであるか肢体は多く、〜」とは、カトリック教会に限っての話だから
吉祥寺キリスト集会は、カトリック教会外だからキリストのからだではないということだよ。

なぜならば、新約聖書に記述してある事柄は、神と契約したカトリック教会について説明しているにもかかわらず、
神と契約していない他のすべての教会までもが、勝手に都合よく解釈して、新約聖書の記述を自分の教会にも当てはめているからだ。
これが海外とは異なる日本のキリスト教の現状だが、それは明らかな誤り(間違え)であるから、
神と契約していない他の教会に所属する信者にとっては、知った時点で身につまされた深刻な問題となるわけだよ。

いずれにしろ、神はキリストによってカトリック教会共同体と契約をしたのであって、他の教会と締結したわけではない
それを意味するのは、キリストはペトロの上にたてたご自分のカトリック教会のかしらとして、カトリック教会共同体を霊的に養われても
人間が創始した集会(教会)のかしらではないから、それらに属する人々を養われるようなことはなさらないということだ。
それを書き記した箇所は、カトリック教会の書物(新約聖書)の中の第四福音書であって、その著者はヨハネであり、
カトリック教会がキリストのからだであることを、カトリック教会のコリント人に語っているのがパウロだよ。
そういうことで、吉祥寺キリスト教会は人間(ベック氏)が創始した集会(教会)であるから、「キリストのからだ」として該当しないことは確かだね。