田中智学と言えば横浜問答
これは明治15年、彼が冨士大石寺側と法論し完敗したもの
その後行方をくらましてから、専ら大石寺の教義を研究したのであった
確かに彼は代表著作『日蓮聖人の教義』等で「国立戒檀」っていう言葉を使ってる
しかし例えば日蓮正宗第65世日淳上人はこれを
「田中智学氏の『日蓮聖人の教義』なる著書は、日蓮正宗の教義を盗んで書いたものであることは明白である」(日淳上人全集)
と指摘されているし創価学会も
「田中智学は国立戒檀の建立が、宗祖日蓮大聖人窮局の御本懐であらせられることまでは知ることができたものの…」(大白蓮華昭和32年9月号)
つまり実際に「国立戒檀」っていう言葉を使ってたかどうかは別として、御書はもちろん歴代上人御指南の「本門戒檀」とは、それまでことごとく「国立戒檀」と全く同じ意味だった(御書にない云々っていうのは幼稚な屁理屈)ことが分かるだろう
これでもまだ国立戒檀は田中智学の邪説と言うか!?お望みとあらば手持ちの資料全部ココに書き込むが?
あと国家諌暁にしても、前例云々じゃなくて今は出家がやらないから在家がやる
それだけのこと
それが悪いっていうならこのスレに張り付いてないで今からでも宗務院に早瀬管長による国家諌暁を進言すべきではないか