【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】4
(私自身も記述(の仕方)にこだわる方だがw)、記述(の仕方)にこだわる方々に問いたい。
《なぜ、キサーゴータミーに対し、「輪廻及び前世の業」が説かれなかったのか?》と。
《「輪廻及び前世の業」が仏教の“最大にして最重要の”教説なれば、なぜ、その時に説かれなかったのか?》
《これ以上にない、絶好のタイミングではなかったか?(三カッサパに火の譬えを示したように・・・)》
(※赤沼辞典には多くの諸伝が示されているので、或いは、その中にはそのような教示もあるかもしれない・・。
が、長老尼偈に残される告白をみても、
彼女の胸を打った(≒目を覚まさせた)言葉は「輪廻及び宿命通」ではなかったように思われる・・。
唯一、「(そなたは)・・・・・・幾千度か転生せり(南伝)」
「・・・・・・幾千(の苦しみの)生涯にわたって、そなたは涙を流した(岩波文)」とあるのみ。
※(この一偈だけで十分だろうか・・・? 凡夫の生の前提(脱すべきもの)ではあっても、
中心の教説(その方法)ではないようにも見える。
また、今ある「子を失った苦」も「幾千かの生涯で受ける多くの苦のうちの一つ」にすぎない、
という意味しかないようにも見える。))
※参: Khi^Nakuli^ne kapaNe, anubhu^taM te dukhaM aparima^NaM ,
Assu^ ca te pavattaM , bahu^ni ca ja^tisahassa^ni.
ま、年の暮れの戯言です・・。 スルー推奨w