ACIM(A Course In Miracles)・奇跡のコース 2
500 :
神も仏も名無しさん :
2009/02/28(土) 20:37:12 ID:b5eWSvS6 >>499 コースに、「聖霊が助けてくれる」という表現は確かにあるよね。
聖霊は自分の中にある神の記憶、分離を信じていない心でもあるから
本当は自分自身なんだけど、普通は自分自身=エゴとしか見れないので
(エゴを信じている)自分より高次の存在が助けてくれるという表現を使って
聖霊の導きを得られるようにしているのではないか。
ただ、聖霊は全体であり、一人一人にある個別のものではないという認識は重要。
「人それぞれに備わっている聖霊が助けてくれる」というような表現は
読み方によってはACIMの主張していることからは外れている。
後、赦しを実践すれば、意図して聖霊に頼まなくても赦しは適用されるので
聖霊は自分とは決して別の存在ではないと分かる。そうじゃないと
ACIMを信じていない人の赦しは効果が無い事になってしまう。
501 :
神も仏も名無しさん :2009/02/28(土) 22:38:55 ID:+V8UrnqB
A Course in Megafools By Michael Mirdad (with an Introduction by Gary Renard)
http://www.garyrenard.com/ResponseNew.htm これすげえよ!
ちょう難解とされる A Course in Miracles (ACIM) の教えをわかりやすく解説した
ゲイリー・レナードの本 Disappearance of the Universe (邦訳『神の使者』)が
アメリカの零細出版社から刊行され、クチコミから徐々に支持を広げ、アメリカを
代表するスピリチュアル系出版社が版権を獲得して再版、その影響力がACIMコミュニティ
のなかで高まるにつれて、それまでACIMをメシのタネにしてきた自称「ACIMの教師」たち
がゲイリーの本を攻撃してきたんだね。この記事は公平な立場からその経緯をまとめてある。
アマゾンのカスタマレビュでも名前があがっていたロバート・ペリーとかね。
(念のため付け加えると、ペリーさんもACIMについて良い記事書いてるんですよ!)
ざっと目を通しただけなんですけど、やっぱりゲイリー・レナードの本て、多くのひとに
ACIMの教えをわかりやすく、エキサイティングなかたちで伝えるってことで画期的だった
んだよ。もちろんワプニクせんせいの本もすごくいいし、ゲイリー自身もワプニクせんせ
いリスペクトだけど、大衆的な人気という点では、やはりゲイリー・レナードの果たした
(というか今もバリバリ)役割ってすごく大きいと思う。
via
http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/82262257/a-course-in-megafools-by-michael-mirdad-with-an
全然凄くない。 こんなのいいからClosing the Circleの感想を書いてくれよ。
>ただ、聖霊は全体であり、一人一人にある個別のものではないという認識は重要。 あー、これは大事なこと聞いたthx 未だ聖霊は一人一人についてる守護者みたく思ってた節があったので。
504 :
神も仏も名無しさん :2009/03/01(日) 09:50:27 ID:S5qPJm8y
>>502 Closing the Circleの感想か!
ここでその話が出てくるとは思わなかったけど、うれしいなあ。
# わかんないひとのために補足。ゲイリー『不死』の230頁に出てくるひとの本。
#
https://www.acimnthomas.com/ 俺はACIMテキストの読解を最優先しているんで Rogier van Vlissingen の本はざっと
目を通しただけで、いまだ精読する段階には至ってないんだが、かなり読み応えあるよ。
Your Immortal Realityで示されたパーサ版トマス福音書とACIMの教えを照合する試み
なんで、やっぱりACIMを通読してから読んだほうがいいかなーと思ってるよ。
だもんで、残念ながら、まともな感想は書けない。かわりに小ネタをひとつ。
ゲイリーの出版された本には書いてないけど、アーテンとパーサは、学者が訳したナグ・
ハマディ版トマス福音書のなかでは、Marvin Meyer のものを奨めているんだね。
これは Yahoo.com の D.U. Group のなかで明らかにされた情報らしい。
じゃ俺も Meyer のトマス買おうかと思ったけど、エレーヌ・ペイゲルスの『禁じられた
福音書』の原書 Beyond Belief の Vintage Books 版ペーパーバックの巻末に Meyer の
トマス福音書が収録されていた。ちょっと得した気分だったな。
505 :
神も仏も名無しさん :2009/03/01(日) 11:43:05 ID:S5qPJm8y
Gary R. Renard, Love Has Forgotten No One : The Answer to Life
http://www.amazon.co.jp/Love-Has-Forgotten-No-One/dp/1401917232/ そういやゲイリー・レナードの三冊目の本がいよいよ今月出るのかと思っていたら、
あれれ?今年9月に延びている??
はじめは昨年秋に出る予定だったのが、なぜか今年の春にまで延期されたんだよね。
民主党びいきのゲイリーさん、全米が熱狂した大統領選の話題をどうしても収めたかった
からなのかなと邪推してたよ。妙な縁なのか過去二冊とも大統領選挙の時期をカバーし
てるからね。
ここにきてまた延期なのか?
Love Has Forgotten No One で予想される注目ネタ
・ついにアーテンの正体が明かされる。どんな女性とどんな出会いがあったのか?
・ゲイリーの離婚話。これまたタフなゆるしのレッスンとなったのか?
・熱狂の2008大統領選挙。民主党びいきのゲイリーさん大喜びにちがいない。
・Rogier の新刊 Closing the Circle の紹介もかねてトマス福音書の新ネタ
『不死』最後の307ページには「愛は誰も忘れていない」って言葉が出てくるんだけど、
おそらくこれはACIMワークブックのレビューVの導入部が元になっているんだと思う。
これは『使者』506ページに引用されてるよ。ちょうど全365引用中の最後なんだよね。
> I have forgotten no one. Help me now to lead you back to where the journey was
> begun, to make another choice with me. (ACIM W-rV.in.7:4-5)
> わたしは誰一人忘れていない。わたしが旅の始まりまであなたを導き、一緒に別の選択> ができるように、あなたはわたしを助けなさい(吉田利子訳)
506 :
神も仏も名無しさん :2009/03/01(日) 14:23:48 ID:S5qPJm8y
>>504-506 レスありがとう。
まだ精読してないのね。そうじゃないかとは思ったんだけど。
自分は聖書の知識がほとんどないのだけど、それだと読むのきつそうかな?
ゲイリーの新刊伸びたんだね。知らなんだ。
注目点としてもうひとつ
・ゲイリーが思い出した2000年前の記憶
508 :
神も仏も名無しさん :2009/03/01(日) 21:50:06 ID:S5qPJm8y
>>508 やっぱり楽せずに自分で調べないと駄目だね。
丁寧にありがとう。
俺も米国人だったころの前世を思い出して 楽して英語文献読みたいです><
512 :
神も仏も名無しさん :2009/03/07(土) 22:24:31 ID:CC3TB4ji
>>511 > つべにACIMのドキュメンタリーが新しくあがってた。
> The Story of A Course In Miracles1-16
>
http://www.youtube.com/watch?v=qKRV-NsmTmo&feature=related ぉぉ。こんな貴重な動画がつべで見れるとは!
しかし16まであるのか。ぜんぶ見るのはたいへんそうだな。
とりあえず Part 1 見たよ。俺はリスニング弱いんで理解できないところも多いんだけど
7分すぎたあたりから、あの有名な
"There must be another way." (ACIM Preface, How It Came: 2nd paragraph, P.vii)
のエピソードがビルの口から語られるあたりは、ちょっと感動した。
513 :
神も仏も名無しさん :2009/03/07(土) 22:42:52 ID:CC3TB4ji
514 :
神も仏も名無しさん :2009/03/07(土) 23:04:03 ID:CC3TB4ji
YouTube - The Story of A Course In Miracles part 2
http://www.youtube.com/watch?v=F9y41s6XE0o&feature=related Part 2 見た。
ヘレンは子どものころから、いわゆる visionary 体質だったみたいだね。
さらにビルとの"There must be another way."のコミットメントを交わした後に
ヘレンは不思議な夢を断続的に見るようになったって話は、ワプニクせんせいの
書いたACIM入門書 A Talk Given on A Course in Miracles でも読んだことある。
5分すぎたあたりからのボートや黒いバインダーの話とかね。
ドキュメンタリーの夢の映像化は見ていてなかなか楽しかった。こんなんだったのか!とw
つべ見た勢いで即書き込みしてるんで、乱文ゆるせ。これもゆるしのレッスンだ(うそ)
515 :
神も仏も名無しさん :2009/03/07(土) 23:38:46 ID:CC3TB4ji
The Story of A Course In Miracles part 3
http://www.youtube.com/watch?v=kzUI7j5dMOs&feature=related Part 3 見た。
ヘレンの夢。洞窟のなかで謎の羊皮紙の巻物をハケーン。
左右それぞれの棒に羊皮紙が巻かれ、まんなかに God Is と書かれている。
(説明ヘタでゴメン。動画見てくれ)音のない「声」が言うには、この巻物の
左をめくれば過去のすべてが読めるし、右をめくれば未来のすべてが読めると。
ヘレンは「そんなの興味ない。わたしはこれがいい」と真ん中の「God Is」を選ぶ。
その「声」は「ありがとう。今回はうまくやりましたね」と応えたとか。そんな話。
この夢のエピソードの後はすっとばしてwいよいよACIMの書き取りにつながる
あの「声」が発する、有名なセリフ?が出てくる。
"This is a course in miracles, please take notes."
ビルが、後にテキストのイントロダクションとなる部分を暗唱するんだけど
Nothing real can be threatened.
Nothing unreal exists.
Herein lies the peace of God.
って言った後に、ニコーッてする笑顔がイイ!
ヘレンは「声」の要請にすっかり動転して、ビルがなだめなだめACIMの書き取りが
始まったんだね。
Part 3 は T-1.I の Principles of Miracles いわゆる奇跡の50原則の話が出てくる
ところで終わっている。もうちょっとがんばって Part 4 も見るかな。
516 :
神も仏も名無しさん :2009/03/08(日) 01:10:14 ID:+imf1gDo
The Story of A Course In Miracles part 4
http://www.youtube.com/watch?v=rplxR3V8iDE&feature=channel テキスト第1章I節 Principles of Miracles いわゆる奇跡の50原則からいくつか朗読され
ていた。出典確かめたんで引用しておくよ。このへんひさしぶりに読むんで懐かしいなあ。
Miracles occur naturally as expressions of love. The real miracle is the love
that inspires them. In this sense everything that comes from love is a miracle.
(T-I.3)
Miracles reawaken the awareness that the spirit, not the body, is the altar of
truth. This is the recognition that leads to the healing power of the miracle.
(T-I.20)
Miracles are natural signs of forgiveness. Through miracles you accept God's
forgiveness by extending it to others. (T-I.21)
A major contribution of miracles is their strength in releasing you from your
false sense of isolation, deprivation and lack. (T-I.42)
A miracle is never lost. It may touch many people you have not even met, and
produce undreamed of changes in situations of which you are not even aware.
(T-I.45)
この後は、ヘレンが書き取り作業のオン/オフを自由に切り替えることができたって証言かな。
彼女の意識は、いわゆるトランス状態, Altered States of Consciousness ではなかった
とかゆう話だと思う。
517 :
神も仏も名無しさん :2009/03/08(日) 01:12:17 ID:+imf1gDo
>>516 > The Story of A Course In Miracles part 4
>
http://www.youtube.com/watch?v=rplxR3V8iDE&feature=channel の続き。さらにテキスト、ワークブック、マニュアルからも朗読されていたyo!
You may believe that you are responsible for what you do, but not for what you
think. The truth is that you are responsible for what you think, because it is
only at this level that you can exercise choice. What you do comes from what
you think. (T-2.VI.2:5-6)
Do not try to look ... これはわからんかった。
You have but two emotions: Love and Fear. ... これもどこの引用かわからん。
What could you want forgiveness cannot give? Do you want peace? Forgiveness
offers it. Do you want happiness, a quiet mind, a certainty of purpose, and
a sense of worth and beauty that transcends the world? Do you want care and
safety, and the warmth of sure protection always? [...]
All this forgiveness offers you. (W-pI.122.1:1-5, 2:1)
Forgive the world, and you will understand that everything that God created
cannot have an end, and nothing He did not create is real. In this one sentence
is our course explained. (M-20.5:7-8)
こんなところだな。今夜はこのへんで。
へぇ〜ゲイリーさん離婚したの? 夫婦でコースの赦しを実践してるのに赦せないことがあったのかな? それともアーテン(女)に一目惚れしちゃったとか・・・
下痢
520 :
神も仏も名無しさん :2009/03/10(火) 21:57:33 ID:8BeN12xx
>>518 ゲイリー・レナードPodcastのエピソード15と20で離婚の話がでてるよ。
でも俺は聞いてなくてw Descriptionだけ読んで、離婚したんだって知った。
まあ正直 Your Immortal Reality 読んだとき、こりゃひょっとすると離婚する
かもなあって思ったけどね。
兄弟と私達の父に感謝します(>_<) みんなありがとう
522 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/12(木) 20:20:10 ID:6VHnbFRH
人間性は 目 にあわわれる 目には 魂の発達段階(人格レベル)が正確に出る 慈愛慈悲の目でない者 断じて 天国に行けないしアセンションできない 神の世界は甘くない また 目 と 人相 これが魂(人格)をあわらす しかし 最高レベルの視点では 人格すらも幻想である
523 :
神も仏も名無しさん :2009/03/18(水) 08:23:37 ID:9LU0neQ4
アキマー会入りずれーよな
524 :
神も仏も名無しさん :2009/03/18(水) 09:14:57 ID:9ojAdM78
525 :
神も仏も名無しさん :2009/03/18(水) 11:39:36 ID:m/VRVFuG
>>524 チラッと読んだだけで、詳しいことは言えないけど
ACIMの「声」と、このサイトのイエスは同一の存在ではないと
思う。神の使者がどうのと言うより、まずACIMで語っている
内容と違い過ぎる。
本当にさらっと読んだだけなんだけど、語っている内容が
まるで引き寄せの法則のエイブラハムみたいな感じであったし、
神との対話の「神」の雰囲気も感じられた。
別にこのサイトで書かれている内容が、いいとか悪いとか
言うつもりはないけど、自分にはACIMと同じ内容は言っていないと
思った。
526 :
神も仏も名無しさん :2009/03/18(水) 17:09:26 ID:9LU0neQ4
神の使者はACIM本だろ
527 :
神も仏も名無しさん :2009/03/18(水) 21:27:40 ID:9ojAdM78
>>525 ありがとうございます。どちらがいい悪いは別として、やっぱり、ACIMと話の次元が
違いますよね。
このサイトに結構助けられて、ACIMに関心もって、神の使者を買ってみたんだけど。。
528 :
神も仏も名無しさん :2009/03/19(木) 04:36:44 ID:6BiEdPm4
>>524 525 のひとが言うとおり、俺もエイブラハムの art of allowing や、ニール『神との対話』
のミックスみたいだなと思った。実際のACIMとは全く関係のない内容だね。
ACIMの目標は、神の平和であって、この世で成功して豊かに暮らすとかではないからね。
リンクから察するに abundance に関心があるってことだと思うので補足しておくよ。
『神の使者』の第13章「真の祈りと豊かさ(True Prayer and Abundance)」という章が
参考になると思う。ACIMの補講(Supplement)のひとつ The Song of Prayer という文章を
引きながら、祈りと豊かさについて解説している。
The Song of Prayer はACIM第三版の巻末に収録されているんけど、それまではずっと
小冊子(パンフレット)の形で別売されていたんだ。俺はACIM第2版で学習してるんで
じつは Song of Prayer は未読なんだけど。
『使者』の原書から The Song of Prayer を引用するよ。『使者』の440頁も見てね。
> The secret of real prayer is to forget the things you think you need. To ask
> for the specific is much the same as to look on sin and then forgive it.
> Also in the same way, in prayer you overlook your specific needs as you see
> them, and let them go into God's Hands.
最初の文は、真の祈りの秘訣は、あなたが必要だと思っている物事を忘れることだって言ってる。次の文がすごく大事!
具体的な何かを乞い願うのは「罪を見つめ、それから、ゆるす」やりかたと全く同じだ
って言ってる。
第三の文では、(ACIMでのゆるしの教えと)同じように、あなた自身の具体的なニーズ
(必要性)を大目に見て、神の手にゆだねることを説いてるね。
正確には「聖霊」に委ねるってことだけど。
「罪を見つめ、それから、ゆるす」のは、自我(ego)のやりかただよね。
それは、幻想であるモノ・コトを real にしてしまう。
ACIMではその逆のやりかたを教えているわけで、ここはすごくユニークだと思ったね。
529 :
神も仏も名無しさん :2009/03/19(木) 04:48:35 ID:6BiEdPm4
取り急ぎフォロー
>>528 > 第三の文では、(ACIMでのゆるしの教えと)同じように、あなた自身の具体的なニーズ>(必要性)を大目に見て、神の手にゆだねることを説いてるね。
overlook を「大目に見る」と訳したけど、ちょっといくなかったかも。
「多く見積もる」という意味ではないです。念のため。
幻想であることを見抜くっていうか、具体的なニーズにまつわる感情をスルーするって
いうか、そんなニュアンスですね。平和な心で見つめなさいって感じかな。
うまく伝わればいいけど。
この世界を否定して完璧に捨て去ったその先に、神の平安があるよね。 我々が本当に恐れているのはエゴではなく、神だしね。
531 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/19(木) 20:10:54 ID:KF/Ip7tH
ここにいる人は 魂が イエス様ーーー と叫んだり イエスの霊を時々は観たりしてるのかな? 俺は イエスを何度が観たけど イエスキリストは わたしの魂の根源 と感じた また 絶対的な何か を 感じた また イエスは 相対性領域にいない とはっきりわかった
532 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/19(木) 20:28:47 ID:KF/Ip7tH
奇跡のコースを 勉強してる人は 自観法 というのを今すぐ検索しよう 100パーセント みなさんの役に立ちますよ
英語読めるのはいいなあ。俺の英語力じゃ、機械翻訳のほうが良い線いってるからなあ。
534 :
神も仏も名無しさん :2009/03/21(土) 20:53:09 ID:lsvdS9p7
ゲイリー・レナード公式サイトにて、アーテン師匠の正体が明かされたです。
本来なら今月発売される予定だった三冊目の本で正体が明かされるはずだったのが、
出版社側の事情で刊行が再延期されたので、ゲイリーがネットで公開に踏み切ったの
かもしれないですね。
-----
Cindy Lora (Arten in this lifetime.) Cindy, 38, is a counseler and
certified hypnotherapist. She’ll have her Masters degree in Psychology
in August.
Cindy is also an accomplished singer, pianist and songwriter.
(via Arten Revealed)
http://www.garyrenard.com/Arten.htm ぅぉぉぉぉ。まじか。
Your Immortal Reality のなかでアーテンが 「こうして話しているいまは、わたしは
女性だ。しかも人目を引く女性だと付け加えておこうか」“I'm a woman right now
as we speak, and I might add that I'm fetching.” と予告していたので、いったい
どんなひとかとwktkしてましたが。いやはや!ゲイリーさんならずともウハウハですがな。
http://www.cindylora.com/ via
http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/88451447/
535 :
↑↑↑ :2009/03/22(日) 20:45:55 ID:w9N41nRn
3冊目の本の題名と値段を教えてください 必ず 買いますので。。。
536 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/22(日) 20:55:31 ID:w9N41nRn
誰か教えてください 神の使者 不死というあなたの現実 に続く3冊目の本の題名と値段を教えてください 必ず 買いますので。。。
そのくらいは調べれば出てくるだろう。 Amazon.comのほうで、Gary R. Renardで検索せよ。
538 :
神も仏も名無しさん :2009/03/23(月) 10:25:48 ID:rJAMMLFO
539 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/23(月) 20:15:25 ID:7RLwNtwC
↑↑↑ そうか ありがとう 来年まで待ちます 神の使者は俺のバイブルだな あれ以上の内容だといいな 不死というあなたの現実 は神の使者には劣るからな。。。
↑ あれ以上とか劣るとか何を求めているの?
>534 なんだか(ノ∀`) アチャーというか、やっちゃった感があるんだけど。 ゲイリー本としては正しい展開なのかもしらんが 披露する側もネタ明かしを求める側も焦点が逸れかけてる気がする。 まぁどうでもいいか。 さぁッ話を聞かせてもらおうかゲイリーッ!
542 :
神も仏も名無しさん :2009/03/24(火) 12:19:30 ID:RHH8+mwB
ネ申の平和よりも色気を選んでしまう自分をゆるすところから始めたいと思いますた!
アーテソタソハアハア
この世は夢ってどういう意味なんですか? 頭の弱い僕にもわかるように説明して下さい。 あと、目覚めるにはどうしたら良いのでしょうか?
君は存在してないって事だよ。 この世の全てを捨て去れば気がつくよ。
>この世の全てを捨て去れば気がつくよ 死の方向へ向かう虚(むな)しき人の言葉 >この世の全てを許容すれば気がつくよ 生の方向へ向かう楽しむ人の言葉
548 :
神も仏も名無しさん :2009/03/25(水) 06:23:19 ID:T+8mxN6w
この世は幻想だよ。 幻想を許容してちゃ抜け出せないでしょ。 夢見ながら目覚めてるなんてあり得ないよね? 幻を捨て去る事が死を象徴するという考えは、恐怖を表しているね。 何に対する恐怖かは、非二元的な姿勢で見つめれば分かるよね?。 二元論者だったら無理だけど。 世界を許容する事が命に繋がるという考えも、ある思考、信念からの逃避を象徴しているね。 これも非二元的立場から見れば自明だよね? 二元論者じゃない限り。 世界は無い。 これがコースの中心的な教えである事は変えられない。 妥協したら真実から離れてしまうからね。
全てを許容できている状態というのは目覚めている状態 全てを捨て去る状態というのは眠りについている状態 何よりも今あなたはその夢幻の世界に居残っている
>>545 この世はRPGとかやってんのとおんなじ。ドラクエやっててはぐれメタルに逃げられた時とかがっかりするでしょ。
それって実生活には影響をもたらさない。でもそういう仮想の世界に何故か一喜一憂しちゃうのと同じように
この世界に生きて一喜一憂してる。そもそもこの世なんてないらしいんだけどw
目覚めるには、「この世が幻想である」事を毎日気付く事が必要。具体的には、
コースのワークブックをひたすらやる事。
551 :
神も仏も名無しさん :2009/03/25(水) 11:49:58 ID:CMZQ4etr
>>549 あなたのような見方もあると思うが、また、理屈の上では本当っぽいんだけど
そういう見方をしている人で、実際に平安を体験している人がいるかい?
この世の全てを肯定し、楽しむのが良いという考えもあるが
実際楽しめているかい?心のどこかで満たされないものを感じたり
していないかい?あなたがそれで楽しめているのなら別にいいとは思うが。
後、
>>548 が言っていることは
「全てを捨て去る」ではなく、「この世の全てを捨て去る」と言うことだから。
この世の全て(夢)を捨て去ったら、全てに気がつく(目覚める)って事。
552 :
551 :2009/03/25(水) 11:55:41 ID:CMZQ4etr
追記: この世の全てを捨て去ると言うのは、心理的な執着を捨て去るって事。 この世は映画みたいなもので、別に楽しんではいけないと言うことではないけど 目覚めたかったら、それが現実だという思い込みは手放さないといけない。
553 :
551 :2009/03/25(水) 12:28:55 ID:CMZQ4etr
自分で書いて気付いたんだけど
>全てを許容できている状態というのは目覚めている状態
>全てを捨て去る状態というのは眠りについている状態
>何よりも今あなたはその夢幻の世界に居残っている
見方によれば、これはACIMの主張と一致している。
全て(神)を許容できている状態というのは目覚めている状態
全て(神)を捨て去る状態というのは眠りについている状態
何よりも今あなたはその夢幻の世界に居残っている
ACIMは、その眠りについている状態から目覚める事を目標としている。
もしかして、
>>549 氏は、こう言いたかったのか?と思ってしまった。
だとしたら、自分が読み間違えたという事になるが・・・。
554 :
545 :2009/03/25(水) 13:28:28 ID:DHelq1KI
レス下さった方々、ありがとうございました。 この世の全てを捨てる勇気はまだないので、 ワークブック頑張ってみようと思います。
555 :
神も仏も名無しさん :2009/03/25(水) 13:58:54 ID:pUwex15u
ちょっと待った!ワークブックを始める前にテキストを読もうよ。 ワークブック導入部の冒頭で、テキスト学習の重要性が明言されているよ。 A theoretical foundation such as the text provides is necessary as a framework to make the exercises in this workbook meaningful. (ACIM W-in.1:1)
>>551 そうだね。
「全て」が何を指しているかにより、意味はぜんぜん違ってくるね。
神のみが現実。神以外の全ては存在していない。
全てである神を投げ捨ててしまっているのがこの世界という幻想だし。
でも、神と幻想ははっきり区別しないとならないのは確か。
たとえ一部であっても、存在しない世界を現実に持ち込む事は出来ない。
序文を見ると、
愛の対極は恐怖だが(神の対極は神以外の全てを指す)
全てを包み込むものに対極はない。(全てである神に対極はあり得ない)
現実であるものは何も脅かされない。
(神と幻想は一切関係がない)
非現実のものは何も存在しない。
(神以外のものは全て幻想)
ここに神の平安がある。
(それが全て)
って感じかなと。
557 :
神も仏も名無しさん :2009/03/25(水) 18:31:33 ID:dPkCRlom
うーん 十字架でイエスは本当に痛みも感じなかったのだろうか? 無痛症の人は痛みを感じないから 転んでも痛くもないから骨は100本ほど一年で折れる ということはざら どういうことなのだろうか?
罪なき心に苦しみはあり得ない と、あるからきっと感じなかったんだろうね。 無痛症の人ってそうなんだ。すごいね。っていうか大変だな。 でもからだは罪悪感の投影の結果だから、本当に間違った考えを 訂正し終わったら不要になるんだろうね。 イエスが十字架に架かったのは、それを通して「からだは無意味だ」と伝える為に 自ら選択した赦しのレッスンじゃなかったっけ?
>>549 > 何よりも今あなたはその夢幻の世界に居残っている
その批判はは当たっていないね。
すべてを捨て去るっていうのは一括選択して削除するというのではなくてプロセスだから。
ACIMで求められるのは、分離を前提とするエゴの思考にひとつひとつ気づいて聖霊の光へと手放していくこと。
そのプロセスの終着点が目覚めということだから。
560 :
545 :2009/03/25(水) 19:40:54 ID:DHelq1KI
>>555 ありがとうございます。
まずテキスト読みますね。
>>557 ミリン・ダヨって人は、ナイフぶっさしても痛み無かったっぽい
そういう状態になってたんじゃね?
>>555 ,560
M-29.1:5に
「場合によっては、ある生徒はこの手引き書(マニュアル)を先に読むほうが役に立つかもしれない。
他の生徒は、学習書(ワークブック)から始めたほうがいいかもしれない。
さらに、他のよりもっと抽象的な内容の本文(テキスト)から始める必要がある者もいるだろう。 (田中訳より。括弧内引用者)」
とあるよ。
ワークブックなんて一回しかできないわけじゃないんだし、気楽に始めてもいいものだと思うけどね。
「神と幻想は一切関係がない」ってことは、人間は神以外のものを生み出したってことになるよね 人間すげえ
ふと思ったんだけど、スピリチュアル関係の本って、 視覚障害者向けの図書(点字や音声)になってるのかな? 江原氏の本はなってるみたいだが、 コースや神の使者は、点字になるのだろうか。 次世代に聖書になるなら、次世代にはなってるんだろうけど。
565 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 09:22:02 ID:x2l+EWM0
>>564 > 視覚障害者向けの図書(点字や音声)
ACIM原書の音声版なら、FIPがCDセットを販売しているよ。
使者の原書の抜粋もオーディオブックが出ている。
俺はiTunes Storeで買ったけど、アマゾンでCDセットを買うのもよし。
566 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 10:54:47 ID:MZaFOUel
>>563 幻想なんだから生み出したもクソもないだろw
幻想なんだからそれは創造されていないってことだろうよ。 馬鹿?w
>>557 痛みは感じても苦しみは感じなかったというのはあるだろう。
苦しみは心が抵抗しているときにだけ生じる。
視覚障害者で思い出したので質問なんだけど、 「人間の経験は自分の意識による光学的な錯覚だ」というアインシュタインの言葉は ゲイリーのお気に入りらしく何度も耳にするのだけど、「意識による錯覚」はわかるが「光学的」の意味がいまいちわからない。 単純に視覚的という意味だとはとても思えないし。 脳や神経の電気信号とかそういうのも物理学的に言えば光と等価とかそういうこと?いや適当だけど。
569 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 17:25:03 ID:MFSIO/dy
>>566 この世が幻想(Illusion)だと言っている教えは沢山あるけど、その中でも
大きく分けて2通りの考え方があるように思える。
@この世は幻想だけど、創造されたもので、価値がある。
Aこの世は幻想だから、創造されていないし、価値も無い。
Aが純粋な非二元論であるコースの考え方で、この考え方をする教えは、とても少ない。
殆どが@で、理屈の上では非二元論の姿勢を取っていても、幻想に何からの意義を
持たせようとする。
「Illusion」という言葉は、「幻想」という意味もあるけど
「錯覚」という意味もあるので、「この世は錯覚」という
見方をすれば、それが無意味という事が良く分かるんじゃないか。
実際田中訳では「錯覚」と訳されている。
570 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 18:23:43 ID:+gU0pDAi
>>558 > 罪なき心に苦しみはあり得ない
テキスト第五章のことばだね。
The guiltless mind cannot suffer. (ACIM T-5.V.5:1)
> イエスが十字架に架かったのは、それを通して「からだは無意味だ」と伝える為に
> 自ら選択した赦しのレッスンじゃなかったっけ?
磔刑について述べられているテキスト第六章の初めのほうに書いてあるよ。
I elected, for your sake and mine, to demonstrate that the most outrageous
assault, as judged by the ego, does not matter. (ACIM T-6.I.9:1)
俺は決めた。藻前らのため。そして俺のため。自我(ego)の目からすれば、
もっとも残忍な攻撃ですら、まったくどうってことないことを見せてやると。
571 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 18:41:46 ID:+gU0pDAi
磔刑の意味についてはワプニクせんせいの解説が参考になるかと。
A Course in Miracles と他のスピリチュアルな教えとの違いを考えてみるテスト
http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/47171958/a-course-in-miracles http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/47195725/a-course-in-miracles 4. ACIMのイエスは、罪を贖う犠牲の業(わざ)として十字架のうえで苦しみ、死ぬ
ために、神が遣わしたという教えを否定する。むしろ真実においては、何ひとつイエ
スに降りかかることなどなかったと証(あか)し、罪(分離)は神の愛にいかなる
結果も与えなかった、したがって、罪(分離)はない、と教えている。かたや聖書の
イエスは、世界の罪を一身に引き受け、人類に救済をもたらす業(わざ)として、
苦しみ悶え、そして死ぬ。かくして、罪と死は、真実(リアル)として打ち立てられ
る。さらに言えば、この事態は明らかに、聖書の神がアダムの罪に動かされ、神の
愛する息子を犠牲にしてまでも、この世界の罪に反応せずにはいられない神である
ことを表している。
-----
第4項は特に重要なので解説をくわえたい。ここでは因果の逆転が行われているから
だ。罪(分離)が、苦しみや死をもたらしたとすれば、罪が原因で、苦しみや死は
結果だ。イエスの業が示したのは、苦しみや死はリアルではないということ。
(結果である)苦しみや死が、幻想だとすれば、(原因である)罪もまた幻想だ。
したがって、罪(分離)はない。これが A Course in Miracles のイエスのメッセ
ージである。
目覚めて一つところに還っても また錯覚と称される幻が現れるだけじゃないの? それともこの目覚めは過去現在未来あらゆる時空、 因果時平の彼方を含む終わりの中の終わりってことなのかな。 始まりと終わりが前提にあるところを観るに、 やっぱりキリスト教圏から出た思想なんだよなぁ。
573 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 23:04:57 ID:+gU0pDAi
>>572 ACIMテキスト第27章で、この世の幻想に共通する循環形式を鋭く指摘している。
いわゆるウロボロスの蛇だね。自分の尾を食らう蛇の喩え。
It is a joke to think that time can come to circumvent eternity,
which means there is no time.
A timelessness in which is time made real;
a part of God that can attack itself;
a separate brother as an enemy;
a mind within a body
all are forms of circularity whose ending starts at its beginning,
ending at its cause.
(ACIM T-27.VIII.6:5, 7:1) 改行は俺が適宜加えた。
これらの形式(幻想、ジョーク、ネタと言ってもいい)を完膚無きまで解体するのが
ACIMの眼目であって
>>572 のいうような「始まりと終わりが前提にあるところを観るに、
やっぱりキリスト教圏から出た思想なんだよなぁ」という感想は、早合点だろうと。
ACIMは、伝統的なキリスト教の言葉遣いを踏襲しているから、その形式だけを見て、
内容のラディカルさを理解せずに、たいしたことないとスルーする人は多いだろうね。
574 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 23:10:10 ID:MFSIO/dy
>>572 「神の使者」によれば、目覚めたとしたら、時間と空間の外に出るらしいね。
ただ、自分としては目覚めたその後にどうなるかは、実際に目覚めた時に
知ればいいやという考え。あの本がこう言っていたから、こうに違いないと
信憑性を論じても仕方が無い。
だからとりあえず、完全に自己責任で赦しを実践していこうと思う。
赦しによって、前よりずっと平安という幸せを体験出来ると
分かってきているから、止める理由も無い。
575 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 23:18:21 ID:+gU0pDAi
A Course in Miracles と他のスピリチュアルな教えとの違いを考えてみるテスト
http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/47171958/a-course-in-miracles http://harunoriyukamu.tumblr.com/post/47195725/a-course-in-miracles まず、他の霊的な教えも、A Course in Miracles も同様に、終局的には、われわれ
人間の本源である神のもとに還るという目標を共有していることを確認しておこう。
もちろんそれぞれの神学や修練の体系には違いがあるのだが、ACIMの学習者から見る
と、他の霊的な教えとACIMの間には、とても無視できない決定的な差異があり、その
違いこそがACIMの教えを極めてラディカルかつユニークなものとしていることが歴然
としている。そのひとつが、この世界=宇宙の成り立ちの根本に関わることだ。
「この世界は幻である」との教えはACIMの専売特許ではない。それは古代インドの
教えでもあり、仏教もこの教えを引き継いでいる。プラトンの洞窟説も、この世界が
影絵のようなものであるという点で、教えのトーンは似ている。では「神はこの世界
を作っていない」という教えはどうだろう? むしろ「この宇宙は神への攻撃として
作られた」のだとしたら? ACIMのワークブックから引用しよう:
W-pII.3.2 What is the World?
> The world was made as an attack on God. It symbolises fear. And what is fear
> except love' absence? Thus the world was meant to be a place where God could
> enter not, and where His Son could be apart from Him.
>
> この世界は、神への攻撃として作られた。それは恐怖の徴(しるし)なのだ。そして
> 恐怖とは、愛の欠如をおいて他にあるだろうか。かくして、この世界は、神を締め
> 出すための場として設けられ、神の息子は、彼から離れおおせた。
この驚天動地のACIMの教えは、たとえば「神は、自らを経験的に理解するために、この
宇宙を創造した」とする、ニューエイジの代表的な教えと全く相容れないことは明らか
だ。
> この世界は、神への攻撃として作られた。それは恐怖の徴(しるし)なのだ。 > この世界は、神を締め出すための場として設けられ、神の息子は、彼から離れおおせた。 ああ、やっぱり神の使者だけでなくACIMも除外だわ。 その人間は誰がつくったのか。 神なのに無能感、暗さを感じるわ。
577 :
神も仏も名無しさん :2009/03/26(木) 23:56:28 ID:+gU0pDAi
>>576 > その人間は誰がつくったのか。
人間も、世界も、分裂した心(split mind)が投影している像だよ。
心が引き裂かれる原因となる罪悪感、恐怖が癒されれば、消えてしまう影でしかない。
ACIMは心の暗い側面に光を当てるので、「暗さを感じる」という感想も無理ないなと思うけどw
>573 目覚めのことをどうこう云っても言葉を弄ぶだけに終わりそうだけど、 ACIMでいう見出し見出されることと、 単なる霊的すごろくを上がることとの違いをもっと説明してほしいな。 循環を否定するなら、それは始まりも終わりも無い状態から生じた(ように見えry) 幻の決定的な終わりと云えませんか? ラディカルさの矛先が神様に向いてないのが気になるんですよ、どうしても。 >574 幸か不幸か、赦すことには事欠かない世の中ですよね。
前提は一度も分離は起こってないという事なんだが。。。 無いんだから終わるんじゃなく、ただ消えるだけだよね。 どうしても有ることにしたがるものなんだなぁ。まぁ、そりゃそうか。
580 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 00:15:17 ID:9ulHxTxF
>>578 できれば力になりたいんだけど、何を問われているのか理解できなかったorz
>>579 > 前提は一度も分離は起こってないという事なんだが。。。
> 無いんだから終わるんじゃなく、ただ消えるだけだよね。
> どうしても有ることにしたがるものなんだなぁ。まぁ、そりゃそうか。
そうなんだよなあ。
ACIMの前提は、神からの分離(罪)は起こってない。ただの夢にすぎないってこと。
でも、世界はあるように見えるし、俺も、あんたも、いるように見えるし、
ところで神は、いるの? いるように見えないけど!w
>579 もともと無いものを”消える”とは云わない気もしますが… 分離が起きてないという大前提のもとで こう、いろいろ繰り広げられている(本当は何も起きてないという後置きはあれど) 状態はじゃあ一体何なの、と。 逆にその大前提のもとで幻の存在が保障されているようにすら思えます。 >580 わかりにくい質問をしてしまってごめんなさい。 無い、無い、無いとみなしていくうちに 否定の矛先が神様にも突きつけられそうなものですが 決してそうはならないんですよね。そこがキリスト教的かな〜、なんて。 私、最も不必要なものは魂(子)と頼んでも無いのにそれを創った神様としか思えないんです…
神しかいないのさ。だから我々の方がいないんだよ。 常に「在るのは神のみ」という視点から見ればシンプルでしょw 受け入れられるかどうかは別として。 真実は相対的なものじゃないからね。
584 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 00:54:50 ID:9ulHxTxF
>>582 > 無い、無い、無いとみなしていくうちに
> 否定の矛先が神様にも突きつけられそうなものですが
> 決してそうはならないんですよね。そこがキリスト教的かな〜、なんて。
> 私、最も不必要なものは魂(子)と頼んでも無いのにそれを創った神様としか思えない
> んです…
なるほど。少しだけ見えてきました。
つまり
>>582 さんは神に文句を言いたいわけだ。
ゆるしたくないわけですねw 神の権威なぞ認めたくないと。
これってACIMでいう Authority Problem の一例かなと思いました。
テキスト第三章VII節 Judgment and the Authority Problem から一部引用します。
Peace is a natural heritage of spirit. Everyone is free to refuse to accept
his inheritance, but he is not free to establish what his inheritance is.
The problem everyone must decide is the fundamental question of authorship.
All fear comes ultimately, and sometimes by way of very devious routes, from
the denial of Authorship. The offense is never to God, but only to those who
deny Him. To deny His Authorship is to deny yourself the reason for your
peace, so that you see yourself only in segments. This strange perception
*is* the authority problem. (ACIM T-3.VII.10; *で囲った文字は原文では斜体)
585 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 01:32:20 ID:9ulHxTxF
>>581 > ACIMの序文の一節What It Saysの訳です。
> ACIMの思考システムの要約になっていて入門者にもおすすめです。
>
http://walkingacim.blog39.fc2.com/blog-entry-1.html ざっと目を通したよ。
訳者の原文への理解は十分だと思うけど、表現がいまひとつこなれてない印象。
いや、偉そうに書いてるけど、翻訳ってほんと大変なんですよ。まじで乙!
ひとつだけコメント。
> 心だけが真につながることが出来、神がつながった者は誰も離すことは出来ない
join をつながると訳してますね。
じつは、後半は、マタイ福音書19:6のサンプリングなんですよ。
「神が結び合わせたものを、誰も引き離すことはできない」ってニュアンスかな。
What therefore God hath joined together, let not man put asunder. (Matt 19:6b, KJV)
Whom God has joined as one, the ego cannot put asunder. (ACIM T-17.III.7:3)
>584 別に栄光とか永遠とか要らないし そっちと一体になりたい人が邁進するのは全然構わないから こっちはこっちでそのまま寂滅したいな〜ってのが正直な感想です。 虚無から一元論へ退化してるようにも見えて、 そこらへんはいかにもキリスト教圏から出た教えっぽいなぁ〜と感じたんです。 世界は無い、宇宙も無い、魂も無い、あーじつに素晴らしい。 ただ神在り、え、そこは認めちゃうの?みたいな。 かぶれている人は別として、次世代だろうが何だろうが、 人類がおしなべて一つのバイブルに傾倒する光景はあまり愉快な想像ではありません。 ここでいう神が、消え去るべき最後の幻と思った人はいないんでしょうか? でもまぁ、神様が居るなら居るで文句は言うかもw それともみんないつかモンスターエンジンのコントみたいになっちゃうんですかねぇ…
587 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 01:48:49 ID:9ulHxTxF
join の話が出たついでに、もうちょっと補足しておこうか。 ACIMでは、分離を意味する separate/separation のカウンターパートとして 結合を意味する join/joining という言葉がよく使われます。重要な語です。 原書で読むひとは心に留めておいて損はありません。 We cannot be separated. Whom God has joined cannot be separated, and God has joined all His Sons with Himself. Can you be separated from your life and your being? (ACIM T-8.VI.9.3-5) こんな風に並置されるとよくわかると思います。言うまでもありませんが、 これはかたちのレベルではなく、霊(spirit)、心(mind)のレベルでの話です。
588 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 01:59:56 ID:9ulHxTxF
>>586 こっちはこっちでそのまま寂滅したいな〜ってのが正直な感想です。
ああ、それもいいですね。中論とか正法眼蔵とか読むのがいいですよ。
ACIMの表現はあくまでもキリスト教のフレームワークに留まっています。
だからキリスト教の臭いに嫌悪感を抱くなら、遠ざかるのがいいですよ。
教程(course)そのものに文句を言っても始まらないんです。
ないものねだりをしても、あなたのメリットにはなりません。
> 人類がおしなべて一つのバイブルに傾倒する光景はあまり愉快な想像ではありません
安心してください。それは、未来永劫ありえない光景ですから。
真に問うべきは、あなたの平和は、どうしてそんな想像で乱されるのか?ってことでしょうね。
恐怖と憎悪を象徴してるのかな。あるいは、聖霊と見るなら愛を求める声という事か。 コースが一般受けしないのもうなずける。やっぱり正しさより幸福だな。 ただ活用して先にいこうと改めて決意できたよ。
590 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 02:42:20 ID:9ulHxTxF
秘密の罪と、隠された憎悪 (secret sins and hidden hates; ACIM T-31.VIII.9:2) ってやつだね。 神とかキリストとかいろいろ言うけど、結局ひとつの神話、ひとつの方便だからね。 ゴールを指し示す言葉に、神という言葉を使ってもいいし、絶対的な善のイデアとか 大日如来、あるいは、名付けられないタオ(道)と呼んでもいいさ。 結局みんな、ひとつの喩え、方便だからね。 大事なことは、自分の感情に耳を澄ませて、いま平和かどうかってことだよ。 認めたくない憎悪、失望、攻撃心、いろんな否定的な情念を、意識下に押しやって、 外界に投影しているのかもしれない。 ACIM学習者のつとめは、つねに、ゆるすこと。愛を選ぶこと。 今日はどれだけそれができただろうか?
>>590 ほんと、赦しにつきるよ。うまくいかない時も、「罪なき心に苦しみはあり得ない」って
思い出す度に頑張ろっ!て思えちゃうんだよなぁ。
592 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 03:06:50 ID:yYUtrMGD
寂滅志望の
>>586 さんはインテリだな。なにげない言葉使いで育ちの良さがわかる。
まあ自意識過剰の病もそれなりだろうから、平和もなかなか遠いだろうなと勝手に想像w
>>586 神というのは存在の力そのものだと言う感じのことを言っている本を見かけたことがある。
それはACIM関連本ではなかった。
もし存在の力、言い換えれば「在る」そのものを神と称しているなら、
在る以上、神は在るし、無くなりもしない。
無くなるとしたら、、神が消えることで俺らもすでに消えてる。
アーテン・パーサが言うには、時間は無いらしいからね。
594 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 12:40:58 ID:dqL13ide
>>586 全てを否定しているのに神だけがあるって?何で神だけあるの?
神だって幻想じゃないのと言う考えも出てくるのは別に不思議じゃない。
ただ、我々の考えている、勝手にイメージを作っている神は確かに
否定されるべき幻想だと思うよ。と言うかそんな勝手なイメージは
そもそも存在しない。
ACIMでは本当に在るものに「神」と言う名前を付けているが
その言葉に他の宗教やスピリチュアルな教えと同一の意味を
持たせると、かえってACIMのメッセージ゙を見逃してしまうんじゃないか。
595 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 15:02:35 ID:Wx3+jsFQ
真実に反して神を幻想にしたがるのはエゴ。なんとかして神の座を奪おうとしているエゴの計画。 神を否認した結果、この世界という狂気の幻想を生んだ。神から逃げ切る為につくった隠れ場所。 そこでなら神になれる。独立したアイデンティティを持てる。ここでなら、 憎悪を外に投影していれば思い出す必要もない。 悪いのは神。外側にある何か。あるいは自分。どっちでもいい。 観察者の部分である心から反応を引き出せれば、その対象などどうでもいい。正にエゴは狂気だね。
神は俺たち一人一人の心の中にいるという壮大なオチが待っているかもしれない
>>596 オチじゃなくて、そういうことなんでしょ。
598 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 22:55:03 ID:yz1GP0wM
いや、神から離れて夢を見てるんだろ? 「俺」や「俺たち」という神から分離したと思える感覚は、 エゴの見せる夢だから。
599 :
神も仏も名無しさん :2009/03/27(金) 23:14:33 ID:9ulHxTxF
600 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/28(土) 14:32:28 ID:fQKi+p9Y
>>572 :神も仏も名無しさん:2009/03/26(木) 21:27:36 ID:DsIQ8+5b
目覚めて一つところに還っても
また錯覚と称される幻が現れるだけじゃないの?
それともこの目覚めは過去現在未来あらゆる時空、
因果時平の彼方を含む終わりの中の終わりってことなのかな。
↑
それは大丈夫 マスターになればそれ以下にはならない
マスターは自己の循環を完了してるから
俺の研究からしても大丈夫 その心配はない
それに 不死というあなたの現実 にも
神に帰ればもう二度と 夢 幻想 分離 は 観ないと書いてある
安心してね
601 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/28(土) 14:34:09 ID:fQKi+p9Y
しかし なぜ 神はキリストを創造して俺らの魂を創造したのか? 神が霊魂を創造すれば その霊魂はミスを犯すことを 計算できないはずがない 神が俺の魂を創造しなければ俺は苦しまずにすんだのに! この発想は 責任転嫁かなあ?
602 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/28(土) 14:43:09 ID:fQKi+p9Y
>>567 痛みは苦しみとは違うが
やはり極度の痛みは苦しみになる
痛みで泣き叫ぶのは苦しみだよ
おそらくイエスは痛みは感じたが
その痛みは おそらく あまり痛くない感覚だと思う
つまり
痛みは感じるが 肉体はわたしではない ので
わたし以外のどこかで痛みが起こってる という感じではないのかな?
たとえば
俺は 寒い雨の日に ホームレスにお金をあげた
その時 俺のオーラが変化して
冷たい雨が 暖かい雨に感じた
つまり 心は痛みの痛覚をコントロールできる ということだ
イエスは無痛症とは違う感覚で
痛みを感じなかったのではないだろうか?
このことACIMに書いてないのかなあ?
603 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/28(土) 14:45:13 ID:fQKi+p9Y
>>600 >>601 >>602 に関して ACIMが述べてる部分が
あれば教えてください
もちろん自分でも調べますが。。。
今のところ見当たりません。。。
604 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/28(土) 18:26:51 ID:fQKi+p9Y
>>584 権威問題について話が出ていたので、少し関連する事を。
ACIMでは、自分が自分自身を創造したのではないとはっきり言っているよね。
そして「自己イメージ」が「神の子」ではないと明確にしているよね。
神が創られたのが「神の子」であると。
「御父よ、自分で自分のすがたをかってに想像しておいて、それを神の子だと呼んでいます。
しかし創造されたものは今までのままですね、あなたの創造なさったものは不変なのですから。」
(ワークブックL-283)
自分の想念によって、またこの世界での経験によって変化するのは自己イメージであり
不変である神の子とは何の関係も無いという事であれば、この世界で何を経験するか
なんて事は、本質的に重要ではないという事にになる。
606 :
神も仏も名無しさん :2009/03/29(日) 14:14:57 ID:GLYiG1u+
>>605 Authority Problem 再びですね。
authority は author (創作者)の派生語で authority には本源、典拠、権威などの
含意があるので、ACIMでいう Authorty Problem は、まさに創作者/権威の問題。
> ACIMでは、自分が自分自身を創造したのではないとはっきり言っているよね。
> そして「自己イメージ」が「神の子」ではないと明確にしているよね。
> 神が創られたのが「神の子」であると。
A concept of the self is made by you. It bears no likeness to yourself at all.
It is an idol, made to take the place of your reality as Son of God. (ACIM T-31.V.2:1-3)
Salvation can be seen as nothing more than the escape from concepts.(ACIM T-31.V.14:3)
テキスト最終節では、マタイ16:18bをサンプリングして「あなたが作った諸々の像は、
神が創造された真のあなたに打ち勝つことはできない」というメッセージが示されます。
The images you make cannot prevail against what God Himself would have you be. (ACIM T-31.VIII.4:1)
> 「御父よ、自分で自分のすがたをかってに想像しておいて、それを神の子だと呼んでいます。
> しかし創造されたものは今までのままですね、あなたの創造なさったものは不変なので
> すから。」(ワークブックL-283)
Father, I made an image of myself, and it is this I call the Son of God.
Yet is creation as it always was, for Your creation is unchangeable.
Let me not worship idols. (ACIM W-pII.283.1:1-3)
"I made an image of myself" を「自分で自分のすがたをかってに想像して」と訳して
ますが、厳密に言うと想像ではないですね。自分の像を作ったってことです。そして
それはけっきょく偶像(idol)なんだと。
ACIMの用語法で、神(God)や霊(spirit)は create し、自我(ego)は make します。
607 :
605 :2009/03/29(日) 15:18:02 ID:sVheBVHq
>>606 ありがとうございます。とても参考になりました。
ワプニク氏のセミナーに参加した人のレポによると、 日本語訳は来年刊行予定らしい。 あくまで予定みたいだけど、思ってたよりは早そうで良かった。 待ちきれなくて原書買ったけど案の定全然読めてないからw
>>608 マジすか!俺の生きているうちに出そうで嬉しい!
聖霊様、北朝鮮のミサイルが落ちてきませんように!
戦争になりませんように!
>>609 落ちるとしたら、2冊目のときに核テロと並んで予告されてるんじゃないかな。
北もミサイル落とすなんて言うヘマはしないと思うよ。
落としたら宣戦布告以外の何ものでもないから。
領海内にミサイルの一部が落ちても赦す日本は異常と言われているがねw
611 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:19:23 ID:myxPHWn8
>>600 >>601 >>602 に関して ACIMが述べてる部分が
あれば教えてください
誰かわたしの質問に答えてくれませんか?
神の使者 には
実際的でなくてはなりません
日常生活で人に親切でないといけません と書いてありますよ
基本的な人間としてのまともな心を持ってないと
いくら奇跡のコースを勉強しても
悟りは断じて開けませんよ みなさん
後 命かけて断言しますが
目が冷たい人はいくら奇跡のコースを勉強しても悟りは開けません
と預言しておきます 100パーセント当たります
暖かい目=暖かい心 でない人は まともな心でないから
いくら奇跡のコースを勉強しても無駄です
輪廻の最終段階まで進化した慈愛の魂でなければ
奇跡のコースを勉強しても日常生活に生かせませんよ
未発達な魂は何をやっても無駄
日常生活で人に不親切なあなたがたは悟りを開けません
命かけても悟りを開けません 100パーセント預言しておきます
612 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:23:50 ID:myxPHWn8
↑↑↑ 人間として基本的なことができないやつは 悟りを開けません 日常生活で家族や他人に対して自然に愛の行動をできるようでないと 悟りを開けません わたしの質問を無視する心の冷たいあなたがたは 悟りは開けません 命かけて悟りを開けません わたしを無視するのは自由ですが 日常生活で人に親切にするという基本ができない者は あまりも魂が未発達だから奇跡のコースを勉強しても無駄 人間としてまとも心になるまで普通のレベルに達するまで 引き続き 輪廻転生頑張ってくださいね 日常生活で人に不親切なあなたがたは悟りを開けません 命かけても悟りを開けません 100パーセント預言しておきます
「自分は体じゃない、自由だ」って皆どう捉えてる? 特に、「自由」ってなんなのか。体じゃないとしたら、 幽霊みたいにフワフワしてるのをどうしてもイメージしちゃうけど フワフワする場所=物理的宇宙 を必要にしてるみたいで あかんのじゃないかな〜と思うが。
614 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:45:38 ID:myxPHWn8
↑↑↑ あと 俺の人間観察力は日本一だから 俺の言うことに外れはないよ ハッタリじゃないから 俺は他人を無視するという無礼なことは断じてしない 平気で無礼なことをする人間は 人間として基本的なことができてないから悟りは開けない 悟りは日常生活で基本を習得してる人のみ開ける 冷たい心の持ち主は悟りを開けない 恋人の浮気は許せんと叫ぶ男女も当然悟りは開けない 金に困ってる人を助けるというような基本的なことができないやつも 悟りを開けない 神の使者に 準備ができてない人は奇跡のコースを勉強しても無駄 と書いてある 準備とは 基本的な人間としてまともな心を持つまでに進化した魂のこと まあ ある視点では進化は幻想だがしかし魂の進化段階はある
615 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:48:14 ID:myxPHWn8
613 :神も仏も名無しさん:2009/03/30(月) 09:42:17 ID:c2TZsiy2 「自分は体じゃない、自由だ」って皆どう捉えてる? 特に、「自由」ってなんなのか。 ↑ たとえば あなたが万引きをした時 もう一人の自分が観てる という表現を理解できるだろうか? このもう一人の自分が良心であり真我であり自由である 理解できただろうか? 自観法 で 検索してみてね あなたの役に立つから
616 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:50:33 ID:myxPHWn8
>>612 あまりも魂が未発達だから
↓
あまりにも魂が未発達だから
617 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 09:59:12 ID:myxPHWn8
>>615 あと もしあなたが自観法という瞑想をするなら
少し顎を引いて背骨だけは真っ直ぐにしてね
背骨を真っ直ぐにするということに関しては
あらゆる瞑想の本に書いてあるからね
では 頑張ってくださいね
618 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 10:12:08 ID:myxPHWn8
ここのみなさまへ
自観法というのは奇跡のコースに役に立つと思うで
利用してもいいかもしれないと思うよ
後→
http://now.ohah.net/pari/dic/ もね
自観法という瞑想をするなら
少し顎を引いて背骨だけは真っ直ぐにしてね
背骨を真っ直ぐにするということに関しては
あらゆる瞑想の本に書いてあるからね
では みなさん 頑張ってくださいね
619 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/30(月) 10:13:24 ID:myxPHWn8
奇跡のコース イエスの言霊 もしあなたが、助けをもとめる訴えをあるがままに知覚する気になれないとすれば、それは自分から助けを与えたり、受け取ったりする気持ちになれないからである。 助けをもとめる呼びかけに気づくことができないとは、助けを拒否するということ。 あなたは自分には助けなど必要ないといい続けるつもりなのだろうか。きょうだいの哀訴を認めず拒否するのなら、そうした気持を持ち続けることになる、そうした訴えに答えることによってのみ、 自分も助けを得ることができるのだから。そのきょうだいに手助けを拒むなら、あなたは自分にたいする神の御答えに気づかないでいることになる。 聖霊は動機づけを解釈するのに、あなたの助けを必要とはしないが、あなたには聖霊の助けが必要である。
>>613 「自分は身体ではない、自分は自由である」と言うのは
自分は身体だと思っていたというイメージを解き放つ
目的があるんじゃないか。
自分のイメージを、身体とは別の幽霊みたいなふわふわしたものに変えるという
訳ではなくて、自分が身体という誤った信念を手放す事で、聖霊が自分のイメージを
再解釈してくれるというか。
分かっていると思うけど、とにかくワークブックやる時は、聖霊と共に行うと言う姿勢が大事。
621 :
620 :2009/03/30(月) 12:36:44 ID:M0Ea6t+9
あ、「自分は身体ではない、自分は自由である」って ワークブックの第一部の最後の方で、何回も繰り返す言葉という事でOK? 手元にACIMが無いから、具体的な場所まで書けないけど。
622 :
613 :2009/03/30(月) 16:13:01 ID:c2TZsiy2
ふむふむ。そだな、これはワークの202から220までしばらく続く表題。 「i am not a body.i am free」と言われて、freeに相当する状態が どうしても想像できなくてさ、、体はないという前提を踏まえているつもりでいても 最初の文でbodyが引き合いに出されたから、非bodyの「モノ」をどうしても探してたみたい。 ・・・今んトコ「ジユーダ」と、呪文みたいに言うのが吉なんかこれは;どうしても自分の 「自由」像を求めちゃうから。 聖霊に対しての自分の立ち位置というか引き際がちょっとワカンネ
>>622 今、L199読んでみたけど、「free」に相当するのは
心の事じゃないかな。しかも聖霊に仕える心。
2節の冒頭に書かれていた。
The mind that serves the Holy Spirit is unlimited forever, in all ways,
beyond the laws of time and space, unbound by any preconceptions,
and with strength and power to do whatever it is asked.
(聖霊に仕える心はすべての点において永遠になんの制限も受けることなく、
時間や空間の法則を越え、どんな先入観にも捕らわれず、どのようなことを
頼まれようとも、それをやってのける能力と力がある。 ―田中訳)
これと、最後の言葉が一致するね。
I am not a body. I am free. I hear the Voice that God has given me,
and it is only this my mind obeys.
(自分はからだではない。自分は自由である。神が与えて下さっている御声に
耳を傾け、この御声にのみ自分の心はしたがう。 ー田中訳)
624 :
神も仏も名無しだべ :2009/03/30(月) 20:59:25 ID:pej36phH
>>609-610 某国のミサイルだが人工衛星な。
東北(とーほぐ)地方さ住んでるおらなどgkbrだぞ。
頼むがら頭(あだま)の上でミサイル炸裂しねでけろーw
つうのは、まあ、冗談だげどよ!
まあでも、あれだぞ。聖霊たんに具体的な願い事すんのは
「罪を見つめ、それから、ゆるす」やりがだたど全く同じだ
って
>>528 で言ってるぞ。
「罪んどご見で、それがら、ゆるす」のは、自我(えご)のやりがだだからな。
それは、幻想であるモノ・コトをリアルにしてしまうべ。
心(こごろ)が原因(cause)で、この世界は結果(effect)だべ。
聖霊たんが働ぐのはあぐまでも原因のレベル。
結果(effect)の世界で動き回るなんて、ありえねべ。
だがら、聖霊たんにはな
「この状況を、別な目で見れるように、インスパイア〜してけろ」
って頼むどいいぞ。
別な目ってのは、自我(えご)でねくて、聖霊たんの見方できるようにってごどな。
625 :
超スーパー女教師河合希 :2009/03/31(火) 09:15:32 ID:hvPB4Ifx
北が日本全土が射程距離内の核ミサイル持ってるってニュース 聞いちゃったよ……。 戦争なるにせよ、コースをマスターするまで待ってくれねえかなあ。
>>626 コースを実践する立場からすれば、見方によっては、自分がでっち上げた
北に対する誤った思いを手放すチャンスでもあるんじゃない?
そう見るのが簡単だとは言わないけど、あそこのリーダーも
兄弟であり、救い主なんだし。
そうだね。北に罪が見えるなら、その考えは我々の心を離れてないはずだし、 それを本当だとする事で今までずっとエゴを温存してきた訳だし。 とはいえ、強烈な現実性を感じているから赦すには忍耐強い努力が必要だよね。 知覚した結果を赦していくためには、やっぱり聖霊の助けは不可欠だね。
赦す前にタマを蹴り上げる必要に迫られる事もある。
630 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/01(水) 09:33:55 ID:zYfrnrM3
↑↑↑ 神の使者にはレイプされそうになったら 反撃していいと書いてあります よって 緊急の時に ミサイル迎撃するのは正しいです コースは心のレベルでの実践で 緊急の時は 正当防衛は仕方ない と神の使者に書いてあります なお 戦争にはなりません 戦争になる前にアメリカが北を潰します 北の戦力は弱いのでもし戦争になっても 日本人は10万人も死なないと思います
頭の中の善悪の争いから開放されるまでは 二元性世界からは解放されませんよ
632 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/01(水) 14:04:39 ID:zYfrnrM3
↑ 緊急の時は戦ってよい それは神の使者にも書いてある パーサもレイプされそうになったら赦しを実践してる 場合ではない きんたまを蹴り上げろを述べてます ちなみに 北が もしも ミサイルに核を積んだ場合 アメリカが 先制攻撃で北のすべての核施設と軍事施設を壊滅 させるので 安心してください ただのミサイルなら死ぬのは多くても3000人程度
633 :
神も仏も名無しさん :2009/04/01(水) 18:14:03 ID:64/zrKLR
大天国、またかよ・・・
634 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/01(水) 18:26:46 ID:zYfrnrM3
↑ 俺の述べることはきわめて常識的である 賢い者なら俺の述べることに賛成する 妻がレイプされそうになってる時には 赦しを実践してる場合ではない その時は レイプ魔と死闘を繰り広げなければならない 同様に 北や中国が責めてきた時は 赦しを実践してる場合ではない その時は 死闘をすべきである しなければ 人間としての義務を果たしてない 愛する国を愛する村を愛する家族を守るために戦うのは当然である この場合 戦うのは 家族を養うために働く父 と 同じことである 正義の戦争は働くことと同様である 俺と同じような思考ができない者は悟りを開けない 悟りは常識に反しない 日本あっての俺ら 公あっての個 ならば 俺らは日本のために戦わねばならない
635 :
神も仏も名無しさん :2009/04/02(木) 12:20:12 ID:57ioZZB8
愚かにも独善と裁きをふりかざすかに見える某国ならびに某ヤシも、 ほんとうはしなかったことをゆるし、平和のうちに聖霊たんに委ねますた!
636 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/02(木) 19:38:37 ID:EUxmEHhH
↑ しかし 北朝鮮が責めてきた時 あなたは日本のために命を捨てるべきだ なぜなら 俺らは日本 つまり 公によって生かされている その恩を感じるならば 今度は俺らが公のために死ぬべきである 愛してくる親の恩に鈍感であってはならない 同様に われわれを生かしてくれる日本に感謝を示し われわれは日本のためには死ななければならない 自分以外のもののために死ぬのは 最高に赦しの実践 だと俺は確信する 神よ 俺が死ぬ時は痛みと恐怖が少ないようお願いします
637 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/02(木) 19:39:41 ID:EUxmEHhH
↑ つまり 北朝鮮が責めてきた時 俺らは朝鮮人を抹殺しないといけない そうしないと 友や恋人やレイプ奴隷にされてしまう それは防がねばならない
638 :
神も仏も名無しさん :2009/04/03(金) 18:02:56 ID:xaibXITQ
>>637 相変わらずの馬鹿丸出しですね、大天国君は
>>638 あなたの見ている大天国君はあなた自身のことなのだから、
あなた自身が相変わらずの馬鹿ということなんですね。
>>639 それ難しいよね。
自分の見ている物は自分の中にあるものを映し出しているらしいけど、
どう考えても俺はこんなことやらんぞってことをしている人がいるわけで。
>>640 そういう人達がいるように見えるのは、自分の中にある事を否認した
罪悪感を外部に投影させ、自分は潔白だと証明しようとするのが目的だから。
外部の人に嫌悪感を感じた時、「俺はあんな事しない」って言う
言葉が思いついたとしたら、自分自身とその人は別であると
言っているようなもので、それが分離は現実だという信念を
強める事になる。
だから、コースを実践するのだったら、どんな人間も赦しの対象なんだよ。
それが分離という信念を解消する事になるから。
まあ、やっぱり自分のことが全然分かってないってことの証明になるよね。 おれは殺人者とかニュースとかで見たら「まあ形が違えどおれもああいう罪に思う事してるわな」 と思って自分(エゴ)との共通点を見出してたつもりだが… 「〜は馬鹿」っていうレスをここで見る限り、まだまだ自分を分かってないんだなw 煽りじゃないからね。こういうコメができるのはこのスレぐらいしかないし。
643 :
神も仏も名無しさん :2009/04/03(金) 21:45:27 ID:v1UrOPcv
すばらしいなあ。
>>641 のひとに拍手!
> そういう人達がいるように見えるのは、自分の中にある事を否認した
> 罪悪感を外部に投影させ、自分は潔白だと証明しようとするのが目的だから。
> 外部の人に嫌悪感を感じた時、「俺はあんな事しない」って言う
> 言葉が思いついたとしたら、自分自身とその人は別であると
> 言っているようなもので、それが分離は現実だという信念を
> 強める事になる。
ここんところ愛国風味の煽りが目立つんで、俺も便乗しとくとさw
ACIM学習者が目を見張るべきなのは、麻生の言う「とてつもない日本」じゃなくて、
まさにこの「とてつもない投影」なんだよ。テキスト第22章にこんな文章がある:
> Behold the great projection, but look on it with the decision that it must
> be healed, and not with fear. (ACIM T-22.II.10:1)
> このとてつもない投影を見よ。だが、それはすべからく癒されるべしとの決意を
> もって見つめること。恐怖を抱いてはならない。(俺訳)
# ACIMを持っている人は、テキスト第22章II節9-10パラグラフを読み返すといいよ。
# 長くなるから引用しないけど、どのへんが「とてつもない」かよくわかるはず。
Jが、そして
>>641 が言うように、つねに分離=罪という信念を癒す決意をもって
ゆるしてゆるしてゆるしまくるのがACIM学習者のつとめ。さらに言うならば、恐怖も
嫌悪感も抱いてはならない。なぜなら、それはまさに分離=罪の信念をリアルにして
いるってことだから。
このトリックが見えてくると
>>635 が言うように、兄弟が「ほんとうはしなかった
ことをゆるし」て、平和のうちに聖霊にゆだねることができるようになるんだね。
>>643 > さらに言うならば、恐怖も嫌悪感も抱いてはならない。
「抱くな」と言っても無理だろ。「抱いたら気づいて手放すべし」て感じかと。
645 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 06:20:34 ID:bDw6EYmK
>>644 > 「抱くな」と言っても無理だろ。「抱いたら気づいて手放すべし」て感じかと。
まったくそのとおりだね!補足してもらって助かったよ。
じっさい俺もこのスレ見ながらゲンナリすることはしょっちゅうだしね。
そのたびに「ああ、いまここで罪を見ているわけだな」と自覚するわけだ。
「罪を見て、それから、ゆるす」自我(ego)版のゆるしに陥ることなく
「罪などないと見抜いて、兄弟がしなかったことをゆるす」聖霊版のゆるしを選ぶと。
ゆるすのがとても難しいと感じるとき、つまり自我(ego)の抵抗が強ければ、
聖霊に「この状況を別な目で見れるようにインスパイア〜してください」と祈ってるよ。
自我(ego)版のゆるしの「ゆるす」は論理的思考で捉えられるけど、 聖霊版のゆるしの「ゆるす」は言葉の概念から逸脱しているね。 言葉の概念から逸脱しているものは聖霊に丸投げするのが、 実は一番合理的なのかなと思ったりしてる。
「兄弟がしなかったことをゆるす」場合 兄弟がしなかったことに起因して、苦しんでいる自分も幻想なわけで 「兄弟がしなかったことに対して、苦しんでない自分をゆるす視点」 に気づいてからちょっと楽になった。
>>646 聖霊に丸投げ、いいねー。
自分も「神の使者」「不死というあなたの現実」を読んだけの時は
聖霊に丸投げする事はいけないと思っていた時期があった。
まず自分で赦してから、という制限を付けていた。
ただ、コースを読んでいくと、自分に求められているのは、隠している罪(間違い)を
隠したままにせず、聖霊に見せる事だったと気づいて、間違いに気づいた後はは丸投げしてもいい
と言うことが分かった。むしろそれ以上を自分がやるとなると、エゴ版の赦しになりかねない。
「神の使者」にも、赦しに対しての自分の役割は
(1)原因を明らかにする
(2)その原因を手放す
と書いてあるのにね。
「神の使者」はコースを読んでから読み返してみて、初めて
意味が分かって来る事が多いから、未だに読み続けている。
649 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 13:26:05 ID:bDw6EYmK
>>646 > 自我(ego)版のゆるしの「ゆるす」は論理的思考で捉えられるけど、
> 聖霊版のゆるしの「ゆるす」は言葉の概念から逸脱しているね。
まったくだよなあ。でもまさにそこがACIMのゴイスなとこだよな。
> Salvation is a paradox indeed! [...] It asks you but that you forgive all
> things that no one ever did; to overlook what is not there, and not to
> look upon the unreal as reality. (ACIM T-30.IV.7:1,3)
> じつに救済とはひとつの逆説である! [...] 救済はあなたに、誰もしなかったことを
> すべてゆるしなさいと求め、そこにないものを見過ごしなさいと求め、非現実のもの
> を現実として見てはならないと求めている。(俺訳)
650 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 14:09:42 ID:bDw6EYmK
>>648 > コースを読んでいくと、自分に求められているのは、隠している罪(間違い)を
> 隠したままにせず、聖霊に見せる事だったと気づいて、間違いに気づいた後は
> 丸投げしてもいい と言うことが分かった。むしろそれ以上を自分がやるとなると、
> エゴ版の赦しになりかねない。
そうそう。ぜんぶ自分でやる必要はないし、そんなことそもそも不可能なんだよ。
だから、自我(ego)が見せる、罪・罪悪感・恐怖の絵図を手放す気持ちになれたら
あとのことはすべて聖霊に委ねればいい。
ACIMではこれを、ささやかな意志 little willingness という言葉で呼んでいるね。
テキスト第18章IV節 The Little Willingness というセクションにはこんな文章もある:
> Trust not your good intentions. They are not enough. (ACIM T-18.IV.2:1-2)
> あなたの善なる意図を信用してはならない。それだけでは不十分なのだ。
> You are still convinced that your understanding is a powerful contribution
> to the truth, and makes it what it is. Yet we have emphasized that you need
> understand nothing. (ACIM T-18.IV.7:5-6)
> あなたはいまだに、自分が理解すれば真実へ大きな貢献ができると思い込んでいるし、
> じっさいそのような体験を作り上げている。しかしわたしたちは、あなたの理解は
> まったく必要ないと強調しつづけている。(俺訳)
ここまで言われたら、ずいぶん気が楽になるんじゃないかな。
651 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 14:21:54 ID:bDw6EYmK
>>648 > 「神の使者」にも、赦しに対しての自分の役割は
> (1)原因を明らかにする
> (2)その原因を手放す
> と書いてあるのにね。
そうそう。じつはこれ、ワークブック第23課を下敷きにしているんだ。
この三段階のゆるし three steps of forgiveness という形に整理して教え始めたのは
もちろん我らがワプニクせんせいなんだけどね。
> This change requires, first, that the cause be identified and then let go,
> so that it can be replaced. The first two steps in this process require
> your cooperation. The final one does not. Your images have already been
> replaced. (ACIM W-pI.23.5:2-5) 翻訳はめどいので略w
これを整理すると下のようになる:
1) that the cause should be identified,
2) then let go, and
3) be replaced.
テキスト第5章VII節 The Dicision for God にも似たようなことが書いてあるよ:
> Your part is merely to return your thinking to the point at which the error
> was made, and give it over to the Atonement in peace. (ACIM T-6.VII.6:5)
652 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/04(土) 16:00:51 ID:OrHQ3Rm9
>>638 急の時は赦しを実践してる場合ではない
あなたの妻がレイプされそうになったら
あなたはレイプ魔と死闘を繰り広げないといけない
それは 神の使者 にも書いてある
北朝鮮と戦争になれば赦しを実践してる場合ではない
日本を守るために 同胞を守るために戦わないといけない
人間として基本的なことができなものはいくら赦しを実践しても
悟りは得られない
赦しで悟りを得られる人は
そこそこ魂が進化してないと無理
日常生活で人に親切でありまともな思考を持つものしか悟りは得られない
神の使者に 準備ができた人が赦しを実践すると書いてある
この準備とは 魂がそこそこ進化していて
日常生活で自然に人に親切でありまともな思考を持ち
慈悲慈愛の目を持つ人間になる ということ
目が冷たい人は悟りを得られない
目には魂の発達段階が正確に出る
未発達な魂は悟りを得られない
653 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/04(土) 16:05:02 ID:OrHQ3Rm9
断言するが
>>600 >>601 >>602 のわたしの質問を無視する人は悟りを得られない
わたしの質問を無視するのは自由だが
日常生活で人に不親切な者は悟りを得られないと神の使者にも書いてある
実際的でなくてはいけないと書いてある
わたしの質問を無視するここの人たちは悟りを得られない
俺の言うことは1000パーセント当たる
人間として基本的なことができなものが悟りがどうのことの言うのは
筋が違う
ここにいる人たちは
神の使者を理解してないから
俺のように イエスを霊視できないし悟りを得られない
日常生活で人に親切にできない つまり
実際的でない人は悟りを得られない それは神の使者に書いてある
ここにいる人たちは
俺より 赦しを実践してると心の中で思ってるが
ここにいる人は 俺のようにイエスも天使も観ることができない
なぜなら ここにいる人たちは俺より心が汚いからである
俺は 威張ってるわけではない事実である
もしも ここの人たちが俺より心が綺麗なら
俺のようにイエスや天使たとを観ることができるはずだからである
654 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/04(土) 16:09:20 ID:OrHQ3Rm9
↑ 不快に感じた方がいたらすいません ただ 俺は事実を書いただけである ここの人たちは イエスも天使も観ることができないので 俺よりも心が汚いが しかし ここの人たちの真の正体は キリスト である ここの人たちの人格レベルは俺より低いが 最高レベルの視点では 人格も幻想である みなさん 神の使者を理解しましょうね 実際的でない人は 赦しを実践しても無駄です 赦しと愛あふれた日常生活この両輪が大切です 実際的でなくてはなりません 日常生活で人に親切であり愛の心で人に接することができない人は 赦し以前の段階のなので悟りを得れません 神の使者には 準備ができた人 と書いてあります この準備は 日常生活で 愛の実践ができる人のことを刺します
655 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/04(土) 16:20:23 ID:OrHQ3Rm9
>>638 愛する妻のため死ぬのは最高の愛の表現である
同様に
愛する日本のために死ぬのは最高の愛の表現である
中国や北朝鮮が攻めて来た時
外国に逃げる者は卑怯者である
自分以外の者のために
自分を超えた公 日本や国家や国のために
命を捨てるのは 最高の愛の表現である
http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf ↑
の動画を観て 感動しない者はまともな心を持ってない
よって その者は悟りを開けない
俺の言うことは正しい
俺の言うことは事実
俺より頭のいい人間はまず存在しない
そして 俺は頭がいいが 俺はうぬぼれでそう言ってるのではない
本当に 俺は頭のいい天才である そしてそれは事実である
656 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 17:22:07 ID:bDw6EYmK
> 超スーパー女教師河合希
>>600 あえてひとつ選ぶとすればテキスト第17章II節かな。
> From the forgiven world the Son of God is lifted easily into his home.
> And there he knows that he has always rested there in peace. Even
> salvation will become a dream, and vanish from his mind. For salvation
> is the end of dreams, and with the closing of the dream will have no
> meaning. Who, awake in Heaven, could dream that there could ever be
> need of salvation? (ACIM T-17.II.7)
夢から醒めれば、自分に救済が必要だったかもなんてことすら夢にも思わなくなるって。
詳しい翻訳は『使者』457頁を嫁。
657 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 17:52:53 ID:bDw6EYmK
>>601 > 神が俺の魂を創造しなければ俺は苦しまずにすんだのに!
ここでは「俺の魂」と「苦しみ」について、二つに分けて考えよう。
まず、君が「俺の魂」と思っているのは、分裂した心(split mind)のかけらなんだって
ことをよくよく理解する必要がある。そして、これは神の創造とは全く関係ない。
正確には、分裂したかに見える心(seeming split mind)と書くべきかな。
詳しくは『使者』194頁2-7行目と、ガイシツだが
>>606 を読むこと。
次に「苦しみ」だ。君は『使者』でよく引用される「罪なき心に苦しみはあり得ない」
という言葉を覚えているだろう?これは
>>570 でガイシツだが、原文はテキスト第5章
> The guiltless mind cannot suffer. (ACIM T-5.V.5:1)
より正確には、罪悪感(guilt)のない心は決して苦しまないってことだ。
さらにテキスト第27章にはこんな言葉もある。『使者』でも引用されてたはずだ。
ここではあえてわかりやすく訳した。
> Of one thing you were sure: Of all the many causes you perceived as bringing
> pain and suffering to you, your guilt was not among them. (ACIM T-27.VII.7:4)
> あなたについてひとつ確かなことがある。あなたに痛みと苦しみをもたらす原因を、
> あなた自身いろいろ考えるだろうが、その原因にあなたの罪悪感は全く含まれていない。
つまり、ACIMの教えによれば、もし君がいま何かしら苦しみや痛みを感じているなら、
それはまさに罪悪感(guilt)がなせる業(わざ)だってことを認めなくてはならない。
君がうすうす気がついているとおり、責任転嫁なんだよ。
では、その罪悪感を解消し、自分自身の責任を取り戻すにはどうすればいいのか?
答えは、ゆるしだよ。
さいきんの
>>640-651 で集中的にACIM独特のゆるしについて論じられているから
参考になるはずだ。もちろん『使者』を読み返すのも、ものすごく役に立つよ。
君はそれでも抵抗するかもしれないし、今度こそは心を開くかもしれない。
君がどう振る舞うように見えても、このスレの住人のつとめは、ゆるすことだ。
658 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 17:58:11 ID:bDw6EYmK
>>602 > イエスは無痛症とは違う感覚で
> 痛みを感じなかったのではないだろうか?
ACIMには、磔刑でJの身体が受け取った感覚について具体的な記述はないはずだよ。
だってACIMは「身体や知覚は、現実(リアル)でない」って教えてるんだよ。
>>570 で磔刑について述べられているテキスト第六章が引用されている。
> I elected, for your sake and mine, to demonstrate that the most outrageous
> assault, as judged by the ego, does not matter. (ACIM T-6.I.9:1)
> 俺は決めた。藻前らのため。そして俺のため。自我(ego)の目からすれば、
> もっとも残忍な攻撃ですら、まったくどうってことないことを見せてやると。
これで十分じゃないかな。
鞭打たれても、釘を刺されても "It did not matter."
つまり、まったくどうってことなかったんだよ。
以上、まがりなりにも三つの質問に答えた。
君の知識欲、好奇心は少しばかり満たされただろう。
この知識をもとに、君がますますゆるしに励むとすれば、このスレ住人にとって、
これほどうれしいことはないと思うよ。
最近、町を歩いてて思ったけど、普通に歩いてるだけでもいろんな物が目に入って来て、 こりゃ楽しい、抜け出せないはずだって思った。 旅行なんかしたらより一層この世にしがみついちゃうな。 引きこもりを続けよう。
661 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 19:02:10 ID:llT0QA6t
とりいそぎ自己フォロー
>>657 > Of one thing you were sure: Of all the many causes you perceived as bringing
> pain and suffering to you, your guilt was not among them. (ACIM T-27.VII.7:4)
> あなたについてひとつ確かなことがある。あなたに痛みと苦しみをもたらす原因を、
> あなた自身いろいろ考えるだろうが、その原因にあなたの罪悪感は全く含まれていない。
カキコしてから気がついたけど、この文章の時制は過去形だね。
かつては、痛みや苦しみの原因として罪悪感なんて夢にも考えられなかった(過去形)
のは確かだけど、今はちがう。だってACIMでしつこく繰り返して教えられているから。
それでも無視する学習者は少なくないけどww
わかりやすく改訳すれば、こんな感じかな。
> あなたの過去についてひとつ確かなことがある。あなたに痛みと苦しみをもたらす
> 原因をあなた自身いろいろ考えただろうが、その原因にあなたの罪悪感は全く含まれ
> ていなかった。
662 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 21:39:56 ID:llT0QA6t
さらに自己フォロー
>>661 > Of one thing you were sure: Of all the many causes you perceived as bringing
> pain and suffering to you, your guilt was not among them. (ACIM T-27.VII.7:4)
> あなたの過去についてひとつ確かなことがある。あなたに痛みと苦しみをもたらす
> 原因をあなた自身いろいろ考えただろうが、その原因にあなたの罪悪感は全く含まれ
> ていなかった。(俺訳)
パラパラめくって探したら『使者』282頁で引用されていた。
アーテン&パーサの解説も嫁。
>>661 要するに、
苦悩の原因は無意識の罪悪感にあるとは全く気付いてないよ。
って事ですよね?
664 :
神も仏も名無しさん :2009/04/04(土) 23:33:05 ID:llT0QA6t
>>663 > 要するに、
> 苦悩の原因は無意識の罪悪感にあるとは全く気付いてないよ。
> って事ですよね?
はい。それでOKです。
苦悩の原因が、じつは無意識の罪悪感にあるとは、おそらくACIMを読むまでは誰も気が
つけないんじゃないかと。
もちろんACIMに触発された、ジェラルド・ジャンポルスキーや、チャック・スペザーノ
などの本を読むと、それなりに罪悪感や、ゆるしについて教えているんだけどね。
この点に関して、マリアン・ウィリアムソンはちょっと微妙なセンだね。
ニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話』では、不安と罪悪感が人類の最大の敵と
教えていたように覚えているけど、ACIMの徹底したゆるしとはちょっと路線が違うし。
だから邦訳が出ている著者では、忠実にACIMに則した教えを伝えているのはゲイリー・
レナードが初めてなんだと思うよ。
無意識の罪悪感 unconscious guilt という言葉は、ゲイリーがよく使う言葉だけど、
意外にも俺はACIMを読んでいて unconscious guilt という言葉を見た覚えがない。
ふつうに guilt としか書かれてないんだよね。
まあ、無意識の罪悪感 unconscious guilt って説明するほうがわかりやすいから、
それはそれでぜんぜんかまなわないんだけどね。
そういやワプニクせんせいの本でも unconscious guilt って見た覚えないなあ。
unconscious とか unconsciousness とかは何度か使うの見た覚えあるけど。
666 :
神も仏も名無しさん :2009/04/05(日) 01:04:46 ID:fVv3/YYw
コースでは聖霊を全面的に信頼する必要はない ただ、わずかだけでも信頼して欲しいという言葉があるね。 そう考えると、「兄弟がしたと思っている事は、本当は起こっていない」 「罪は無い」「世界は無い」なんて従来の感覚では信じられない事を、 自分でしっかりと理解してから赦すのではなく、全てを知っているという聖霊を とりあえず信頼して、委ねてみようという感じでいいような気もしてくるね。 そうすると、赦す事が100倍楽になる。
今回、日本は遺憾の意を表明したが、 もっと赦せば、人工衛星打ち上げ成功おめでとうと言えるようになるはず。
669 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/05(日) 16:40:01 ID:TywNLoc4
わたしの質問に答えてくださった方ありがとうございます わたしは今悟りを開いた女性とメールのやりとりをしてますが その方が言うには たとえば 暴力をふるわれたら その者が後に暴力を受ける(因果の法則)ということがわかるので 悲しい かわいそう と感じるそうです これは至福とは違いますね 自分と他人はひとつ ならば イエスは自分に暴力をふるった者が後に不幸を味わうと いうことがわかり心を痛めたのではないか?と思ってます
670 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/05(日) 16:44:10 ID:TywNLoc4
わたしはある詐欺師と会いました その時 その詐欺師の魂は あなたを騙してすまない もう人を騙したくない と叫んでました もちろん 本人は魂の声が聞こえませんが わたしは騙されても腹が立たず 心を痛めました その本人は魂のレベルでは良心の呵責を感じていたからです どうも悟りはただの至福の境地というわけでもないような気がします
671 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/05(日) 16:45:13 ID:TywNLoc4
672 :
神も仏も名無しさん :2009/04/07(火) 03:48:22 ID:fTo5/wyy
みんな瞑想してる? 俺は簡単な瞑想(マントラ唱えるTM瞑想)をよく調べずやってるが、 雑念でまくりで、寝るついでにやってるからいつも寝てる。 瞑想は特別やる必要はないみたいだけど、やったらやったで利点があるんだよね?
673 :
神も仏も名無しさん :2009/04/07(火) 10:11:32 ID:n7i5W289
>>672 瞑想でも呼吸法でも滝行でもラジオ体操でも、やればやったで利点はあるだろう。
でもそれらは、継続的なゆるしの代替にはならない。
それを念頭に、瞑想でもボディワークでも、やりたければやればいいと思う。
身体の状態によってワークブックのレッスンが沁み込んできやすい時とそうでない時 がおれあるんだけど、 例えば運動後とか、よく寝れてるとき、逆にすごく疲れてる時にレッスンを唱えると すっと理解できる事があるんだが、そういう状態の時じゃなくて平常な状態で レッスンやった方がいいのかな。 そういう時は抵抗ていうかエゴが現れないから「赦し」が起こされてる気がしない; ・・・つーかそもそもそれは理解できている気がしているだけなのか??
675 :
神も仏も名無しさん :2009/04/07(火) 23:27:06 ID:y9qd9r2A
>>669 > イエスは自分に暴力をふるった者が後に不幸を味わうと
> いうことがわかり心を痛めたのではないか?と思ってます
>>670 > わたしは騙されても腹が立たず 心を痛めました
> その本人は魂のレベルでは良心の呵責を感じていたからです
意外に思うかもしれないが、ACIMの教えでは、他者の苦しみに結びつくかたちでの共感は、
自我(ego)のやりかたなんだよ。すなわち他者を弱い立場にとどめおくことで、他者を
攻撃しているも同然とまで言っているね。
そして、真の共感とは、聖霊をつうじて強さと結びつくことなんだって教えている。
だから、Jが心を痛めたという想像は、自我(ego)流の解釈だと言わざるを得ない。
詳しくはテキスト第16章I節 True Empathy を嫁。きっと役に立つはずだ。
676 :
神も仏も名無しさん :2009/04/08(水) 00:22:44 ID:JaU1l010
>>672 > 瞑想は特別やる必要はないみたいだけど、やったらやったで利点があるんだよね?
ACIMの目標は24/7/365のゆるしをつうじて神の平和に至ることだ。
日々の指針を仰ぐ教師として、自我(ego)ではなく、つねに聖霊を選びとること。
瞑想はそれを助ける手段となりうるが、瞑想そのものが目的と化しては意味がない。
ワプニク夫妻のFAQでは、マニュアル第16問とテキスト第18章VII節が引用されている。
39) What is the role of meditation in practicing A Course in Miracles?
http://www.miraclestudies.net/Question39.html > Routines as such are dangerous, because they easily become gods in their own
> right, threatening the very goals for which they were set up. (ACIM M-16.2:5)
> このようなルーチン(決まり切った手順)は危険である。なぜなら、このような習慣
> が偶像となるのはたやすく、肝心な目的の達成を危うくするものだから。(俺訳)
> Nor is a lifetime of contemplation and long periods of meditation aimed at
> detachment from the body necessary. All such attempts will ultimately
> succeed because of their purpose, Yet the means are tedious and very time
> consuming, for all of them look to the future for release from a state of
> present unworthiness and inadequacy.
> Your way will be different, not in purpose but in means. (ACIM T-I8.VII.4:9-11; 5:1)
> 身体への執着から解放されようとして、人生の多大な時間を沈思黙考に費やす必要も
> なければ、時間をかけて瞑想にふける必要もない。そのような企てはすべて最終的に
> は達成されるだろう。しかし、それらの手段(沈思黙考や瞑想)は退屈であり、たい
> へんな時間の浪費である。それというのも、これらの方法はすべて、現在には価値が
> 無く、力も不足しているという状態から、解放をめざし未来を見つめるものだから。
> あなたの道は違うものになる。目的は同じだが、手段は異なるだろう。(俺訳)
つまりACIMの手法は従来の霊性の道とはかなり違うyo! 時間の節約になるyo!ってこと。
安部公房の密会の扉に「弱者への愛には、いつも殺意がこめられている」
って言葉があって、それが心の隅に引っかかってたんだけど、
読んだ当時は「左翼かぶれのひねくれものの戯言じゃねーか」なんて思ってたけど
>>675 を見て霧が晴れたようだよ
いつの間にか弱者へは共感しなきゃいけないという社会通念が刷り込まれていた
のかもしれないね。安部ちゃんごめんねw
>>676 それじゃあ特別に瞑想する必要はないのか。
レクチャー本を買うところだった。
>それらの手段(沈思黙考や瞑想)は退屈であり、たいへんな時間の浪費である。
これに似たことは、いろんなスピリチュアル本を見るたびに思っていた。
悟りをえるために、こんな複雑な手続きや祈りが必要なのか?って。
>>678 プンジャジ「覚醒の炎」、ニサルガダッタ・マハラジ「私は在る」あたりには
「瞑想はしてもよいけど回り道だよ」っていう旨の事が書いてある。
ACIMははなから「エゴの思考で何考えても無理だから委ねなさい。
頼むから何もしないでおくんなさいまし。」って事だと思う。
ただ、質ってのがあってその人の道にあった技法ってのが当面は役に立つのでは。
ACIMもグノーシス系かよと思ってとっつきにくかったけど、
読んでるうちに(ろくに読んでないけど)ゆるぎないものを感じられた。
ただ、混乱を避けたいなら道は一本に絞ったほうが賢明だと思う。
瞑想に興味があって、だけど面倒くさそうっていう場合はマハラジをおすすめします。
沈思黙考系だけど技法に対しては否定的。
680 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/08(水) 16:31:29 ID:XMwWa3Kl
>>675 うーん
たとえば あなたのことを好きな人がいる場合
その人があなたに好きを言わなくても テレパシーで
あいつが俺のことが好きだな とわからない?
それと同じで
たとえば
俺を殴ってるくるやつがいた場合
テレパシーで 俺は人を殴らずにおれないほど満たされてない
という感情が伝達されるんだよ
別に 苦しみに共感してるわけではない
以心伝心というやつだよ
681 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/08(水) 16:32:19 ID:XMwWa3Kl
↑↑↑ ただし 神の使者 に書いてある レイプされた人にそれは幻想だと述べてはいけない 苦しみのただ中にいる人に説教をしてはいけない ただ 共に いればよい と書いてある はっきり断言しておくが 上から目線で人に話す人は悟りを得られない 神の使者には人の体験を尊重して人に親切でないといけない と書いてある つまり 実際的でなくてはならん 日常生活で 愛ある行動がとれないようでは話にならんということ
682 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/08(水) 16:33:49 ID:XMwWa3Kl
>>675 奇跡のコースに
神は悟りを得てない人を観て
涙を流していると書いてある
イエスも同じ
たとえば
あなたの息子が 悪の道に走れば
あなたは心を痛めるだろう
これは エゴ ではない
愛だ
683 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/08(水) 16:53:10 ID:XMwWa3Kl
みなさんは 怒りを感じた時 心をどのように操作しますか? 詳しく教えてくれると嬉しいです わたしは特殊な方法ですが まず 憎くて嫌いな人を思い出したら まず その人の幸福を祈ります その人の中心から 輝く白い光 がどんどん光を増すイメージをします そうすると 彼は肉体でも人格でもないとわかる時があります そして次に 怒りの感情を 真我でただ観察します ちなみに 瞑想する時は 少し顎を引いて背骨だけは真っ直ぐにしてくださいね これはさまざまね瞑想の本に書いてあるので。。。
684 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/08(水) 16:54:27 ID:XMwWa3Kl
↑ 真我=良心=在る=本当の自分
685 :
神も仏も名無しさん :2009/04/08(水) 22:59:41 ID:HxFGaJUO
>>680-682 君の言いたいことはとてもよくわかる。
ここでは細かいことについて議論するつもりはない。
俺から指摘しておきたいことが二つある。
ひとつめ。君はACIMでいう自我(ego)という言葉を、ものすごく狭く捉えている。
じつは君に限らず、多くの日本人学習者(日本語しかできない学習者)にとって
「エゴ」という言葉がACIM学習の大きな足かせになっているということを指摘しな
くてならない。
君は『使者』のなかで、アーテンかパーサが「この世界で悟っているのは20人くら
いだ」みたいなことを言ってたのを覚えているかい? これを言い換えれば、それ
以外の全員、何十億もの人間は、ACIMでいう自我(ego)の住人なんだよ。そのなかに
はもちろん、君のようにとても心の優しいひとや、自らが育った郷土と国を大事に
思うひと、高潔で教養にあふれるひとびとがたくさんいるだろう。でも、そういった
ひとたちですら、ACIMの理論的枠組みのなかでは自我(ego)の住人なんだよ。
ここは大事なところなので強調したい。
もともと ego は、ラテン語で「わたし」を意味する言葉(だったと思う)。
わかりやすく言えば、この世で生きる主体としての「わたし」や「俺」がリアルだと
感じている人間は全員、ACIMでいう自我(ego)の住人なんだよ。もちろん俺もそうだし
このスレッドの住人は全員そうだと言ってもかまわない。君だってそうなんだよ。
これは決して性格の善し悪しや、大人としての成熟度や、良心の問題ではないんだ。
686 :
神も仏も名無しさん :2009/04/08(水) 23:01:50 ID:HxFGaJUO
>>685 の続き
従来のACIM関連本の邦訳で the ego を安易にカタカナで「エゴ」と訳されたばかりに、
エゴ=ジコチュー、わがまま、自分勝手、冷酷非情、公共心に欠けるというイメージで
誤解されることになってしまった。アマゾンの『使者』カスタマーズレビューや、この
スレでも「エゴ」という言葉に強い嫌悪感を示すひとがいるしね。
だから、俺がわざわざ「意外に思うかもしれないが」という前置きをして
>>675 で
書いた「自我(ego)のやりかた」「自我(ego)流の解釈」という表現は、君が道徳的に
劣っているとか、精神的に未熟だとか、良心がないとか、スピリチュアルでないとか、
そういうことを言ってるのではないんだよ。ここを間違わないで欲しい。
ACIMを真摯に学習すれば、これまで慣れ親しんできた自我(ego)の世界とはまったく
ちがった経験が開かれてくるだろうってことは、君も『使者』の読者ならわかるだ
ろう?
>>675 で書いた共感の話も、そのひとつの例なんだと考えて欲しい。
687 :
神も仏も名無しさん :2009/04/08(水) 23:03:42 ID:HxFGaJUO
>>686 の続き
ふたつめ。繰り返すが、テキスト第16章I節 True Empathy を嫁。←この言い方が、
君の言う「上から目線」だと感じられたとしても、俺が悟りを開けない人物だと
君の目に映ったとしても、そんなことはどうでもいいんだ。
ACIMを読んで正しく理解すれば、きっと役に立つ。
俺はそのための、ささやかな助力ができればいいと思っている。
たとえ君が無視してもそれはそれでかまわない。他のスレ住人が活用するだろう。
2chやってると煽り耐性が付いて、煽りに対してはスルーを決め込むけど、 それときちんと対峙すると、結構むかつくなw 反論せずに、こちらに非がある部分は認めて、受け流すけどさ。
人生は壮大なスルー検定かもしれないと最近思ったり思わなかったりw
「自分はエゴだ」って太鼓判押されると逆に気持ちは良いな。 スルーは不安から逃げる事で、煽りに対抗するのと変わんないと最近思う。 どっちにしろエゴだし、無意識にスルーする自分に気付かない方が厄介だったりしてね;
>>690 他人の苦しみに無慈悲に反応しないことと、幻想を無いものとする(赦す)の境が難しい。
>>691 考えは源を離れない。と、思い出すようにしてみてはどうだろう。
そこに他人の苦しみが見えるなら、その苦しみは自分の中から投影されているはずだ。
これは「自分ではない」と認識するために自分で作り上げているのだ。
と気付ければ、相手に問題の原因はないと感じる事ができる。
その源は外側に実在している訳じゃなく、まだ自分の中にある。
でも分離は起こってないのだから、間違った考えを信じているに過ぎない。
そこで聖霊に訂正して貰おうとはっきり意図して、信頼して全て渡してしまえばいいと思う。
あとは訓練だね。
続けるのみだと思う。
俺らは世界が夢だと認めて、あとは聖霊に任せればいいんだよな?
例えば、自分の目の前に 病人とかホームレスの人がいて 彼らは自分の罪悪感の投影として そういう状況を見せられてしまってると、しますよね・・ その困っている人々に親切に接するのは、 修行としての意味は認めるけど回り道で、 上の方のレスで書かれてた「瞑想は回り道」って 解釈と同じなんでしょうか。
サイババも、この世は幻想と言っていたと思いますが、 彼の場合は直接幻想を解く技法はコースの様に述べて 無かったと思います。既存宗教的な欲望の節制とか、 ボランティア、奉仕を褒めていたかと・・ コースの思想は荘子なんかも似ている処があります。 キリスト以前にも、何らかの理由でコース的な 思想に辿り着いた人が居たんでしょうかね・・
>>694 病人やホームレスが自身の罪を投影していると見るよりも、それを目にしている自分が
彼等を作り上げ、自分の中にある分離や罪悪感を赦す機会と認識する事が大切じゃないかな。
心の中でそれを赦せば、適切だと思う行動をしたからといって、
まわり道してる事にはならないと思うよ。
攻撃的な思考も、親切な気持ちも、
全ては自分自身に対して行ってる事になるんだから。
大事なのはどんな行動をとるかじゃなく、心の姿勢だから。
あと、聖霊に尋ねてみる事も大切だよね。
自分達の罪悪感が「現実」には何も影響を及ぼしていないと言う 考えは、本当に救いとなった。たとえ外に投影したとしても、それは 夢の世界での話で、現実には何も起こっていない。 だからそれは現実に起こった罪とは言わず間違った考えであり、 隠そうとせず聖霊に修正してくださいと渡せば、いとも簡単に修正してくれる。 自分では修正出来るかどうかなんてわからないけど、やってくれる聖霊を信頼する。
698 :
697 :2009/04/09(木) 11:29:50 ID:WvLbu/aM
そして、自分が「現実」を創ったり、変えたりできると言う発想自体が 自我(エゴ)の考え方だと言うことに、コースによって気付く事が出来た。 夢の世界で創造者を気取っても、どんな賢い思考パターンを最大限に 駆使したとしても、神が創造した「現実」は変えられない。夢の世界で空想しているだけ。 そう考えると、もう空想なんかやめて、現実に戻りたいと思ってきた。
699 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/09(木) 15:25:08 ID:MpIwEhA2
>>685 >>686 >>687 丁寧なお返事ありがとう
上から目線の話は2種類あり傲慢の場合とそうでない場合があり
あなたは後者のようだ
また
たとえば ゴキブリは気持ち悪い と感じるのは
自分の心が気持ち悪い からだ と俺は思ってるのだが
心の中の闇が消滅すれば
ゴキブリはなんと美しい ゴキブリが愛おしい
と思うようになれると思ってるがこの解釈は正しいよね?
まあ
別にゴキブリの1,2匹ぐらいはどうでもいいが
うじゃうじゃたくさんいるのを観るとさすがに気持ちよくない
と感じてしまうわ
700 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/10(金) 14:14:55 ID:ouQeKDxT
ゴキブリが気持ち悪いと感じるということは 自分の心が気持ち悪いと言ってるのと同じこと 心の内部が外部に反映する
>>699 >>たとえば ゴキブリは気持ち悪い と感じるのは
>>自分の心が気持ち悪い からだ と俺は思ってるのだが
>>心の中の闇が消滅すれば
>>ゴキブリはなんと美しい ゴキブリが愛おしい
>>と思うようになれると思ってるがこの解釈は正しいよね?
そうなの?
ゴキブリ自体が消滅するのでは。
消滅というのは物理的な意味ではなく、心の中の罪悪感の投影が消えるという意味で。
心の中の投影が消えたとしても、相変わらずゴキブリは世の中に存在するが、
もう全く気にならないというか、いるのを見ても気持ち悪いとかなんとも思わないようになるのでは。
ゴキブリを美しいとかゴキブリが愛おしいとか思うようになる
必要は全くないと思うのだが。
どうでしょうか?
物(幻想)をスピリチュアルにするなって奴かな?
ゲイリーの奥さんが一瞬美しい光の柱に見えたのは現実(魂)の顕現だろうし
自分は
>>701 と同じ考えだけどどうだろね
そういや大分人の美醜と年齢が気にならなくなったな
どんな肉体もただの幻想だと思うと超絶美人にもイケメンにも
昔だったら一目見ただけでイラっとする外見の人にも
感情を左右されなくなってきたわ。
良くも悪くもどーせ幻想だし、と思って終わる。
ただの無感動じゃなきゃいいけどこれもどうなんだろう。
703 :
神も仏も名無しさん :2009/04/11(土) 09:26:33 ID:PhDqArCe
>>699-702 空(そら)を眺めるようなもんだろうと想像する。
空に罪悪感を投影するひとは、ほとんどいないと思うが、
たいていのひとは、特に思い入れもなく眺めるし、
ときには、あーきれいだなーと感じいることもあるだろう。
コースでは、赦しを完了させると、幻想が消滅する前に、少しの間 知覚が正された世界(real world)を見る事になると説明されている。 そこまで到達すれば、何を見ても罪悪感の投影はないから、ゴキブリを見ても その奥にあるものを愛おしく感じられると言うことだろう。 そもそもゴキブリを見る必要すらないかもしれないが。 私もそこまで到達していないから、憶測が入っているが、コース的に言えば そうなるんだと思う。
705 :
神も仏も名無しさん :2009/04/11(土) 13:09:32 ID:XsBLZv1J
>>704 そうだね。ACIMで言う real world は、ほかにも
forgiven world
happy dream
vision (of Christ)
など、いろんな言い方がされている。
706 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/11(土) 13:27:15 ID:gx66zJ1T
人間の正体はキリスト(無、良心、真我)だというのはわかる しかし ゴキブリや動物の正体もキリストなのか? たとえば 動物虐待の動画を観た時はどう反応すればいい?
赦しなさい
708 :
神も仏も名無しさん :2009/04/11(土) 15:17:03 ID:PZZVJ4OH
>>702 兄弟の身体に対する無関心については、私も気になった所だけど
コースT28章4節では、このような記述がある。
「あなたは夢を見ている人を夢から引き離し、
その人とは一つになっても、夢そのものは
手放すことだ」
「兄弟のことを心として思うがいい」
「あなたの心とその人の心とは、兄弟の間柄で結ばれている」
※いくつか手元にメモしておいた文で、ACIMが手元に無いので
完全に原文通りである自信がないけど、このような内容の記述があった。
要するに、兄弟の身体(夢)は分かち合ったり、関心を持つ必要はないけど、兄弟の心に関しては
無関心にはならないで、一つに結ばれていると言う考えをした方がいいんじゃない?
711 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/11(土) 19:22:10 ID:gx66zJ1T
身体も人格も人相も目もフェロモンもオーラも雰囲気もすべて 神のものではない とイエスは見破ったが イエスはマダグラのマリアの裸見て 勃起して セックスしまくったんだよね? マダグラのマリア以外の裸には勃起しなかったとすれば イエスは マリアの 人相 目 人格 雰囲気 フェロモン などに反応したのではないのか? すべての人が 無 キリスト 良心 真我 であり 身体でも人相でも人格でも雰囲気でもないなら なぜ イエスはマリアのどこに反応してちんちんをたてたのか?
>>706 虐待に見えるのも自分の心の投影なんだろうな。
実際は虐待なんて行われていないってことだと思う。
713 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/11(土) 19:32:22 ID:gx66zJ1T
↑ ↑ ↑ イエスにとってはマリアもゴキブリも同じキリストのはずだが。。。
714 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/11(土) 19:35:14 ID:gx66zJ1T
>>712 しかしあるレベルでは虐待に反応しないといけない
俺は 子供を虐待してる親がいたら叱り飛ばすし
原付やバイクを盗んで乗り回してる悪ガキがきたら叱り飛ばす
反撃してきたら殴り倒す これは仕方がないと思ってる
これは 正しい行動だと自分で確信してる
悪事をみてみぬふりをしてはいけない
と 俺の魂は叫ぶ
715 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/11(土) 19:40:08 ID:gx66zJ1T
↑ ただし 未成年のタバコや酒ごときではいちいち口出さない 万引きしたのを見つければ注意するが 店員や警察には通報しない ただし何十万円もするものを万引きしようとしてる馬鹿がいれば その場で殴り倒す 10円 100円 程度の万引きなら口でそっと注意するだけ これは容認できる これ以上は容認できない こういう自分の中でも基準を大事にすることは とても大事だと思う もし 子供ができても 万引き30回ぐらいまでなら許すことにしてるが 何十万円や何百万円のものを万引きした場合 鼻や歯を折るぐらいの鉄拳制裁はするつもり
716 :
神も仏も名無しさん :2009/04/11(土) 21:13:08 ID:aXWUYKQF
>>710 テキスト第28章4節 The Greater Joining ですね。
メモの内容に近い原文を探してみたよ。
> あなたは夢を見ている人を夢から引き離し、その人とは一つになっても、夢そのもの
> は手放すことだ
Thus you separate the dreamer from the dream, and join in one,
but let the other go. (ACIM T-28.IV.2:5)
> 兄弟のことを心として思うがいい
Think, rather, of him as a mind in which illusions still persist,
but as a mind which brother is to you. (ACIM T-28.IV.3:3)
> あなたの心とその人の心とは、兄弟の間柄で結ばれている
Your mind and his are joined in brotherhood. (ACIM T-28.IV.3:6)
> 要するに、兄弟の身体(夢)は分かち合ったり、関心を持つ必要はないけど、
> 兄弟の心に関しては無関心にはならないで、一つに結ばれていると言う考え
> をした方がいいんじゃない?
そうだね。わたしときょうだいの心は、聖霊をつうじて結ばれているという教えを
同じく第28章4節のなかで確認しておこう。
The Holy Spirit is in both your minds, and He is One because there is
no gap that separates His Oneness from Itself. The gap between your
bodies matters not, for what is joined in Him is always one.
(ACIM T-28.IV.7:1-2)
きょうだいの心のうちを、自我(ego)の枠内であれこれ想像するのも悪くないのだが、
いざという大事には、心を鎮めて聖霊にたずねてみる姿勢が欠かせないだろうね。
717 :
神も仏も名無しさん :2009/04/11(土) 21:50:33 ID:aXWUYKQF
>>706 > 人間の正体はキリスト(無、良心、真我)だというのはわかる
> しかし ゴキブリや動物の正体もキリストなのか?
動物界、植物界、鉱物界、生物・非生物を問わず、俺たちが知覚する森羅万象は、
ACIMで言うキリストあるいは神の子(Son of God)が、神(源)から分離したという
夢のなかで投影している幻像なんだよ。
天地万象とはひとえにキリストあるいは神の子の聖なる像が粉々に砕け散った破片、
すなわち分離・分裂を繰り返した果ての、ひとかけらひとかけらにも喩えられる。
>>716 で言及したテキスト第28章4節 The Greater Joining のなかで、まさにこれを
述べている箇所がある:
The forms the broken pieces [of God's holy Son] seem to take mean nothing.
For the whole is in each one. And every aspect of the Son of God is just
the same as every other part (ACIM T-28.IV.9:5-7)
# ワプニク夫妻のFAQ
http://www.miraclestudies.net/Question20.html も参照せよ
>>713 イエスにとってはマリアもゴキブリも同じキリストのはずだが。。。
同じキリストというよりは、マリアもゴキブリも同じく分離のシンボルということ。
ここではひとつの例として、食肉としての牛や豚を考えよう。
人間は、牛や豚の体の各部位に、食べる部分と食べずに捨てる部分の区別をするが、
どの部位であっても全体としての牛や豚を構成する部分という意味では、どれもみな
「同じ」と言えるだろう。しかし、じっさいに食べるときには「どれも同じ」という
わけにはいかないだろう。
>>702 を見て、なんで大分県民限定なのかと一瞬疑問に思った。
719 :
710 :2009/04/11(土) 23:27:57 ID:BVP+oOCA
>>716 兄弟の心と自我の結び付きではなく、聖霊を通じて
結ばれているという考えはとても重要なのに説明が無かったので
このままでは、
>>675 のような自我による共感という形になりかねなかった。
フォロー&教えてくれてありがとう。
>>717 > the whole is in each one
なんだからすべてのものはキリストでいいんじゃないの?
721 :
神も仏も名無しさん :2009/04/12(日) 07:16:52 ID:sHkZkoop
>>720 > the whole is in each one
> なんだからすべてのものはキリストでいいんじゃないの?
そういう言い方をしてもいいんですが、補足しておきます。
ちなみにこの文章は、「どの部分にも全体が宿る」という
ホログラフ理論みたいな記述になってますね。
引用元のテキスト第28章4節、第8-9パラグラフでは
broken picture of the Son of God という喩えが
使われています。
picture すなわち像ですね。本体ではありません。
しかし、ホログラフのように、その像の断片にも全体が
宿っているよと書いてあるわけです。
722 :
神も仏も名無しさん :2009/04/12(日) 08:07:30 ID:Alh4Idxv
>>719 > このままでは、
>>675 のような自我による共感という形になりかねなかった。
はい。俺の懸念もまさにそこにありました。
意図を汲み取ってもらえて嬉しい限りです。
>>720-721 「全てのものはキリストである」という言葉でも二通りあって
(1)一つ一つの個であり全てはキリストである、という考え方
ではなく
(2)一つ一つの個はなく全てはキリストである、という考え方
の違いじゃないかな。
ゴキブリとマリアという分離のシンボルがあるけど、それらは全て同じキリストである、ではなく
ゴキブリとマリアという分離のシンボルは無く、それらは全て同じキリストである、という考え。
個であり全体であるという思想と
個はなく全体のみがあるという思想(ACIM)の違い。
>>717 の
>The forms the broken pieces [of God's holy Son] seem to take mean nothing.
>For the whole is in each one. And every aspect of the Son of God is just
>the same as every other part (ACIM T-28.IV.9:5-7)
(神の神聖な子の)壊れたかけらがどんな形になっているように見えても、それには何の意味も無い。
一つ一つのうちに全体が含まれているのであるから。そして神の子のどの側面も
全ての他の部分とも全く同じである。
拙い役で申し訳ない。
>>723 あーなるほど、その違いは大きいね。
凄いすっきりした、ありがとう。
725 :
神も仏も名無しさん :2009/04/12(日) 13:48:31 ID:4evhtLJI
>>723 ぉぉぉ。言葉足らずを補ってくれてありがとう。
なるほど、違いがわかりやすいです。
原文貼るのはカンタンなんだけど、訳文はめんどくてつい省いてしまいがち。
助かりました。
いいスレだねw
726 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/12(日) 15:52:28 ID:DVGW7Q9J
なるほど ゴキブリもキリストか。。。 俺の理解では キリスト=良心=愛=真我=無 と理解してるが 昆虫に 愛や良心=キリストを観るのは難しいが まずはゴキブリを観て その観た時に 出てくる感情を 不快な感情でも ただその感情を 真我(本当の自分)で無目的に観察して 何も起こってないと認識する ように努力しようと思う ちなみに みなさん 瞑想する時は 背骨を真っ直ぐにして少し顎を引いてくださいね このことは多くの瞑想の本に書かれてますよ
727 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/12(日) 16:10:08 ID:DVGW7Q9J
ここにいる人は悟りを得て愛になるが その後も 仕事をする 宇宙連合の一員として働く マスター 守護霊 になる 地球神や日本の神々や天照大神の部下として働く 龍神 となる など なぜ 働くのか? わたしの大嫌いな本 神との対話に あなたがたは邪悪な宇宙人から守られていると書かれている 邪悪な宇宙人は10分でも隙があれば地球を壊滅もしくは奴隷にできる しかし 宇宙連合がそうはさせない このことが霊的進化を遂げれば理解できる その時 ああ俺らのことを超真剣に 宇宙連合たちは守ってくれたんだ ありがたい 感謝!となる そして愛の感情が爆発して 今度は 俺らも地球もしくは地球のようなレベルの低い星をなんとか 助けよう 守ろう 俺らが助けられ守られたように。。。となる これは 親の愛情を感じて 自分も子供には愛情を与えようと決意するのと同じようなものだ
728 :
神も仏も名無しさん :2009/04/12(日) 17:13:51 ID:Tthm91nt
うわああああ ゆるしに励もうっとw
私は知っている!って主張するのって、俺もたまにやるから気をつけないといかん。
730 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/12(日) 22:20:50 ID:DVGW7Q9J
ところでみなさんは 神との対話の神を どのように感じてますか? 詳しく教えてくれると嬉しいです わたしはあの神があまり好きではありません 強引にこの幻想エゴ狂気ゲームを美化しようとしてる方向に 持って行こうとする誘導尋問を感じます
ゴキブリがキリスト、マリアがキリスト、あなたがキリストなら 神との対話の神にも、幻想を超えてキリストを見ることができるはずです。 って、言いつつも 去年は、自分の怒りやエゴの感情の責任を 神との対話の神(&ニール氏)に押し付けていた自分がいました。 怒りが正当化できると思ってたんですが、、 やっぱり怒りよりも安らぎがほしくて そしたら わざわざ嫌う必要もなかったんだと分かりました。 神対の神も、それを嫌ってた自分も 同じように夢でしかなくて、あるのは安らぎだけ。 どこか忘れたけどテキストに 「エゴは、何を言おうと、何をしようと、間違っている。 だが、あなたのきょうだいは、神の子だから正しい。」 みたいな内容が書かれてて、ほんと、何言ってても関係ないんだな〜 と思いました。
732 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/12(日) 22:55:24 ID:DVGW7Q9J
↑ 俺も神との対話の神が憎くて嫌いだったのですが これではエゴを解体できないと思い 神との対話の神が幸福になれるように イメージしながら祈りました 神との対話の本を思い浮かべてその本から 白光がどんどん増して大白光になるように祈ってます 憎くて嫌いな人間の幸福を祈るにはたやすいが 神との対話の神が幸福に なるように祈ることについては最近気がついた 人間でなくても何かを憎んでいたらエゴを解体できないのです
>人間でなくても何かを憎んでいたらエゴを解体できないのです そうですよね。 憎んでたら、自分も幸福じゃなかったですし。 レッスンに 「神の愛によって、私はゆるす」みたいなのがありましたが 「自分でイメージしなくても すでに(本当の)神の愛によって愛も幸福も与えられている] って気づくと、さらにやりやすくなりました。
世界が幻想だって思いながら生きてると、楽しいことも楽しめなくなるんじゃない? 死ねばすべて終わりと同じように、無気力になっちゃう気がするんだが。
734さん 世界が幻想だって思いながら生きると無気力になるかもしれませんが 世界が幻想でしかなかったって気づくのは、解放ですよ。 外に何かを求めなくてもいいし、自分は夢のなかの「身体」ではない、 と気づいたときにあるのは、苦しみや怖れからの解放で それは、とても深い喜びですよ。
さっき雨の中汗だくで走ってきて、かなり苛ついたんだが、 帰ってきて一息ついたら、これって単なる記録(レコード)の再生じゃね?って感じがあった。 そう思うと、苛つきは確かに存在するんだけど、なんか自分から遠のいたというか、離れたところにあるという感じがした。 この世を幻想と見るっていうのは、こういうことなのか?
737 :
↑↑↑ :2009/04/15(水) 00:15:07 ID:Mc/3va40
これって単なる記録(レコード)の再生じゃね? とはどういう意味ですか?詳しく教えてください
>>737 そのまま、記録を見ている感じとしか言いようがない。
いくつかたとえ話を考えたが、説明しにくい。
一瞬だけ、身体と心(観察者としての俺)が分離して、
心が身体という殻を通して物事を見ている感じになったと言えなくもないような・・・
もしかしたら、単なる現実逃避だったのかもしれない。
食・性・物のそれぞれの欲とうまく付き合っていく方法って書いてありますか? 自分の場合、食は簡単にコントロールできるんですが、残り2つが駄目です。
>>736 離れたところに感情があるってのはなんとなく分かるような気がする。
映画見てて感情移入しすぎてる感じににてる?
741 :
神も仏も名無しさん :2009/04/16(木) 23:41:32 ID:cf7R2Bb6
>>739 > 食・性・物のそれぞれの欲とうまく付き合っていく方法って書いてありますか?
それぞれ個別のテーマとしては書いてないと思うw
君の状況がよくわからんので、ここではちょっと一般論になってしまうんだけど、
神の平和を代償に、さまざまな情欲に惹かれ耽りたいと感じる自我(ego)の心の働きを、
いっさいの非難や罪悪感なしに聖霊とともに見つめ、ゆるすところから始めるしかない。
無理にガマンする必要はないよ。欲に溺れて生活が破綻するほどではなければね。
情欲をコントロールするという考えよりも、ゆるしをつうじて無意識の罪悪感を癒して
いくところから始めるのが、正しい道筋だと思う。
And if you find resistance strong and dedication weak, you are not ready.
*Do not fight yourself.* (ACIM T-30.I.1:6-7; *で囲った箇所は原文では斜体)
心の抵抗が強く、打ち込む気になれないならば、それは機が熟していないということ。
自分自身と闘ってはならない。
>>740 感情移入しすぎの状態から、我に返って、
さらにこの映画が自分にとってどうでもいい話だった(つまり単なる映像と化す)
ということを思い出したときのような感じに似ていたような・・・
743 :
神も仏も名無しさん :2009/04/17(金) 13:58:06 ID:hQCFzXQD
>>739 基本的に、
>>741 に同意。
更に付け加えるなら、あなたがコース学習者なら、自分(自我=エゴ)で欲をコントロール
出来るようになる必要はない。
そもそもコースを学習していく上で「自分(自我=エゴ)には絶対にコントロール出来ない」と悟る必要がある。
そのときになって初めて、本当に聖霊にコントロールを明け渡す事が出来るようになる。
食欲、物欲、性欲も、聖霊のコントロール下に置かれると、あなたを苦しめる事はなくなるし
罪悪感を覚える事もなくなるだろう。
745 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/17(金) 19:40:00 ID:OI/apXEG
情欲に溺れると 自分は身体であるという錯覚度合いが増す 気をつけよ と 偉そうに過去セックスで失敗を犯した俺が言います。。。 セックスはエネルギーであり エネルギーは変化するので本物ではない 意識もエネルギーも本物ではない 霊だけが真我だけが神だけが実在である
746 :
神も仏も名無しさん :2009/04/17(金) 20:02:54 ID:3FNf3muT
さいきんの河合さん、なんだか感じいいね。 ゆるしに励んでいるのかな。 祝福しますよ。
だって、祝福された神の子だもんw>なんだか感じいい
748 :
神も仏も名無しさん :2009/04/18(土) 05:57:20 ID:w9jVvyr5
前から気になってたんですけどペンネームよく変わりますね河合さん
コースと使者を知って赦しだしてから 待ってましたとばかりに過去の嫌な事がバンバンぶり返したり発覚しまくってる。 最悪10年前や6年前の事まで… 今なら赦せるって事なんだろうけど正直かなりキツい 聖霊に託しても託してもその後から後からトラブルが沸いて来て休む暇がないよう…疲れたよう…
>>749 私もそうだったよ。神使者読んで感銘を受けて、第7章にある真の赦しのプロセスを実践しようと
し始めてた時から、封印していた嫌な事がどんどん出て来て、いくら赦しても出て来て
疲れてきた事があった。始めてから6ヶ月位は殆どそんな感じだった。
それでも、コースのワークブックと併せてテキストを毎日しっかり読み続けたら
結果的に言えば、神使者とコース、どちらも読み間違いをしていたことに気づいた。
自分の文章の読解力が悪かったというよりも、学習者の最初の頃は、どうしてもある程度
エゴのフィルターを通して見てしまい、コースのメッセージを゙を歪めてしまうんだなあ。
それで、自分の間違いを修正してくださいと聖霊に頼みまくる毎日になった。
2〜3ヶ月続けたら、ようやく赦しを実践する時に、従来とは違う感覚になってきて
本当に開放感が感じられるようになってきたよ。
使者とコースの読み間違いは、自分個人の体験談と言うよりも、多くの人にとって関係のある話じゃないかな。
マジで、学習始めた段階の人間が「自分は神使者やコースを理解している」なんて思ったりしていたら、
かえって学習が遅くなってしまうよ。
751 :
神も仏も名無しさん :2009/04/18(土) 10:32:39 ID:gsplH1CI
>>749 なかなかたいへんそうですね。
そんなときにはよく寝るのが一番ですよ。
聖霊の働きかけで、罪悪感の薄皮が一枚いちまい剥がれ落ちて、
いつしか心が晴れやかに軽くなっているのを感じるようになりますよ。
752 :
神も仏も名無しさん :2009/04/18(土) 10:50:29 ID:0jJhaRCK
>>750 > 使者とコースの読み間違いは、自分個人の体験談と言うよりも、多くの人にとって関係のある話じゃないかな。
> マジで、学習始めた段階の人間が「自分は神使者やコースを理解している」なんて思ったりしていたら、
> かえって学習が遅くなってしまうよ。
禿同!言いたいことはすごくよくわかる。
俺は本格的なACIM読解を始めるまえに、ワプニクせんせいが
書いた入門者向けの本を何冊か読んでものすごく助かった。
余計な回り道をせずに済んで、すごい時間の節約になった
と思ってる。
ワプニクせんせいの本は今もいろいろ買って読んでいるよ。
日本の学習者には、もっともっとワプニクせんせいの教えの
すばらしさに気がついて欲しいなー。
FACIM.orgのサイトでいろんな文章も読めるしね。
>>752 ケン・ワプニク博士の本って、どうやって購入しているの?
アマゾンで検索してみても、うまく引っかからなかった。
前に、日本語でワプニク博士のメッセージを解説しているサイト見かけて
「光を探すことはありません。それよりも、闇(エゴ)を探しましょう。」
「つまり、光を"見"出す方法(the way you "look" for the light)とは、
あなたが光をブロックするためにしていたことを全て見つけ出すことなのです。
あなたがそれらのブロックを、ジャッジメントなしに見ることができたなら
ブロックは剥がれ落ち、常にそこにあった光が現れるでしょう。」
というメッセージ読んで、スゲーと思った。
最初の頃に読んだら、意味がよく分からなかったと思うけど
今読んでみるとまさしくその通りだと思う。
赦しについての、自分の役目と聖霊との役目を混同してしまっていた
自分には特に重要なことに感じられる。
そういう読み間違いもJの予測のうちなんじゃないかと思うんだ。 仏教には方便というのがあって(「嘘も方便」の方便)、全く未熟な段階の人には 「良いことをしていれば死後に極楽浄土に行けますよ」と方便を言うんだ。 その人がある程度の段階にくると、極楽浄土(仏)とは死後の世界なんかじゃなく 執着のない心のことで、地獄(鬼)とは執着する心のことだと気付く。 そうなったらもうその人には方便は必要ない。 だから自分が昔コースの意味を読み間違いしてたから駄目だったとか、 あいつはコースの意味を間違えてるから学習が遅れてるとか、 気にすることもないんじゃないかな。
755 :
750 :2009/04/18(土) 13:27:34 ID:/nnudxnZ
>>754 >だから自分が昔コースの意味を読み間違いしてたから駄目だったとか、
>あいつはコースの意味を間違えてるから学習が遅れてるとか、
>気にすることもないんじゃないかな。
全くその通りです。
ちなみに自分が間違えていた事に気付くのは
自分が駄目だと言う意味では決してありません。
むしろ、修正のプロセスの一つとして、早め(?)に気付けて良かったと思う。
自分の体験をわざわざ書いたのは、他の学習者に役立てればと思って書いた次第です。
永遠のうちでは何の問題なくとも、時間のうちでは苦しんでいる状態から抜け出すのは
重要だと思ったからです。
756 :
神も仏も名無しさん :2009/04/18(土) 14:01:35 ID:OLU78HMe
先日、風呂場がアリの巣になりかけてました。 ここ10年の中でTOP10にはいるほど嫌なことでした。
758 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/19(日) 16:49:42 ID:g7Je/iKt
憎い嫌いな相手の幸福を祈る これは赦しと同じだと思う 憎い嫌いな人間のハートから 丸い白光(魂)が輝きを増して 憎い嫌いな人間が楽園を見出せますようにとイメージしながら祈る こうすると憎しみがどんどん減る そしてついに 憎い嫌いな相手の正体は 人格でも身体でもない 丸い白光 こそが彼の正体だとわかる時もある
>>758 そうでしょうか?
それでは憎い嫌いという感情が存在しているまま
自分のその感情を押し殺そうとしているだけではないでしょうか?
最近流行の環境に気をつかうとかいうのも エゴのゲームなのだろうかとふと最近気になった。 逆らわないで便乗してるけど、奥底には罪悪感があるな、これは。
>>741 >>743 >>744 コントロールの必要がないというのは驚きです。
最近は、どちらが聖霊の台本かを考えながら動くようにしているのですが、
これもコントロールの一種になるのでしょうか?
762 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/20(月) 20:00:12 ID:wq0sXOPq
>>759 押し殺してると感じた場合は
わたしは相手と喧嘩する
怒りを表現する たとえ暴力を使うことになっても
しかし 喧嘩までしないでいいかな?と感じたら
その者の幸福をイメージしながら祈る
すると 抑圧ではなくて
憎しみ怒りを浄化できる
しかし どうしてもなかなか憎しみが消えない時は
そいつと激しい殴り合いをする
すると憎しみは消える
763 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/20(月) 20:02:54 ID:wq0sXOPq
↑ そして喧嘩した後 そいつの幸福を祈る ただし ここはひいてはいけない とか ここは きちっと喧嘩すべきだ と感じたら 戦うことにしている この見極めは自分の感覚で決めている この感情はきちんと相手に伝えるべきか? 怒りを表現すべきか?それとも怒りを浄化すべき(祈る)か? は 己の心に聞いて判断する
>>761 >最近は、どちらが聖霊の台本かを考えながら動くようにしているのですが、
>これもコントロールの一種になるのでしょうか?
この文章だけだと、具体的にどういう行動を取っているのかはっきり分からないため
抽象的な答えになってしまうけど、エゴの台本ではなく、聖霊の台本を選ぼうとしているのは
素晴らしいと思う。
ただ、もしかするとあなたが、聖霊の台本が何かという事を自分で判断できると思っているとしたら、
聖霊の台本を自分の台本で代用させている可能性がある。
テキスト第9章4節に
「奇跡は単に、あなたが聖霊の救いの計画が何なのか自分には
よく分らないと認めたうえで、そうした計画に従おうとする、
あなたの気持ちの現れにすぎない。
聖霊の仕事はあなたの役目ではない、このことを受け入れない限り、
自分の役目が何なのかということを学ぶこともできない。」(田中訳)
もしあなたがACIM本体を持っているなら、テキスト18章4節「ささやかなる意欲」と
教師用マニュアル10「どうすれば判断する事を放棄できるか」を読むと
いいかもしれない。この二つはあなたの質問の役に立つと思う。
(教師用マニュアル9「神の教師たちの生活環境に変化が要求されるだろうか」も
出来れば読んだ方がいいかもしれない)
>>764 直感です。どうすることが聖霊の台本かを瞬間で考えて、パッと思い浮かんだほうを採用します。
>聖霊の台本を自分の台本で代用させている可能性がある。
これはあり得ます。倫理的に良いという方を採用しているだけかもしれません。
ACIM本体は持っていないので、ネットで見られるものと、ACIMを翻訳しているサイトを照らし合わせて見てみます。
どうもありがとうございました。
>>765 ちょっと修正
聖霊の台本は何か?と自分に問いかけて、パッと思い浮かんだものを採用します。
767 :
神も仏も名無しさん :2009/04/20(月) 21:39:19 ID:4VHeZbJI
ちょっと誤解があるようなので首を突っ込みます。
ACIMの教えのなかに、聖霊の台本、エゴの台本、というものはありません。
台本は既に決まっていて、それに関して俺らに選択の余地はないんです。
俺らが選べるのは、その台本の上映(つまり日々の体験ってやつ)をどの教師とともに
見るか。すなわち自我(ego)とともに見るか、聖霊あるいはJとともに見るか、なんです。
The power of decision is your one remaining freedom as a prisoner of
this world. You can decide to see it right. (ACIM T-12.VII.9:1-2)
決断(選択)の力こそ、この世界の囚人であるあなたにとって、いまだひとつ
残された自由である。あなたはこの世界の正しい見方を選びとることができる。
# テキスト第18章IV節 The Little Willingness の一部を
>>650 で引用した。参考まで。
768 :
764 :2009/04/20(月) 22:05:56 ID:wWQIcqVu
>>767 なるほど。自分は聖霊の台本というものを、聖霊の救いの計画とごっちゃにしていたかな。
聖霊の台本という言葉は、確かにACIMには出てこないと思ったので、
「神の使者」を調べてみると、
「アーテン:聖霊の台本はきみの人生の、どこにいるように見えても、すべての人々を
赦すという事。それによって時間は消えるんだよ。」(P412)
と書いてあった。
これって、聖霊の救いの計画の事を言っているような気がするなあ。
769 :
神も仏も名無しさん :2009/04/20(月) 22:35:33 ID:4VHeZbJI
770 :
764 :2009/04/20(月) 22:35:50 ID:wWQIcqVu
追記: 聖霊の台本について「神の使者」にもっと詳しい説明があったので引用します。 「パーサ:いまのところ、時間にはあなたの知らない未来があるように見えるけれど、すでに 完成しているんだ、ってことだけ覚えておけばいいわ。あなたにはエゴの台本を変えることはできない。 できるのは聖霊の解釈に切り替えることだけ、それが「彼」の台本なのよ。」(P406) 調べた自分自身が、勉強になりました。ありがとうw
771 :
神も仏も名無しさん :2009/04/20(月) 22:48:05 ID:4VHeZbJI
>>770 お、追記サンクス。なるほどね。
ちなみに
>>768 の「聖霊の台本という言葉は、確かにACIMには出てこないと思った」
という推察も正しいです。
ACIMのなかで script という言葉は、テキスト第30章VII節、ワークブック第158課、
そして第169課に出てきますが、聖霊/エゴの台本に相当する用例はありません。
時間論のコンテクストで決定的なのが The script is written. (ACIM W-pI.158.4:3)
という記述ですね。「台本は既に書かれている」そうですが、今夜はもう寝ます。
772 :
神も仏も名無しさん :2009/04/20(月) 23:24:19 ID:Lj/Ho/vC
>>771 自己フォロー
よく読むとワークブック第169課の第9パラグラフに、
救済の台本 salvation's script ってある。
まさに聖霊が書いた台本ってことだな。
もちろんひとつの喩えだけど。
773 :
神も仏も名無しさん :2009/04/20(月) 23:41:21 ID:UnytEg0T
>>771 さらに自己フォロー
テキスト第30章VII節は、自我(ego)の台本という言葉は
ないが、実質的に自我の台本の悲惨さが延々と書かれてw
最後に We have one Interpreter.
とブチあげるのだが、
この大文字の通訳(解釈)者が聖霊ってことだね。
>>771 すごいね!
テキストもワークブックも網羅してるの!?
何年ぐらい読めばその域に達するんだろう。
775 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/21(火) 13:24:38 ID:SLeOlu/c
このスレにいる者はレベルが高い レイプが好きなやつはこのスレにいない レイプが好きなやつが赦しを実行しても 無駄に終わる なぜなら そんなレベルの低い魂は 赦しを実行しようとしてもできないから
776 :
神も仏も名無しさん :2009/04/21(火) 18:26:05 ID:FuAU5rCC
777 :
774 :2009/04/21(火) 18:52:52 ID:xrRPRWtN
>>776 なるほどねー。でも英語がさっぱりな自分にとってはやっぱりすごいな。
電子版の日本語訳出てないかなー。
当座は田中氏訳でがんばろ。
もしパラレルワールドがあるなら、ACIMが最初に日本語で出ている世界もあるはず。 そしてゲイリーは日本語を赦すレッスンをしているはず。
その発想はなかったなw
作ると造ると創るの違いに戸惑うゲイリー
>>778 自己レスです。
調べてみるとGoogleはLesson 100-119がインデックスされてない。
一方Yahooは5章が抜けてるね。
784 :
神も仏も名無しさん :2009/04/22(水) 18:07:25 ID:/qYWF4y1
>>778 クエリ "script" に関しては問題ありませんね。
キャッシュで開けばハイライト表示できるし、けっこう使えるもんですね。
ただ、今回のように数件程度のヒットならいいですが、ヒット数の多いクエリに関しては、
ウェブ検索より、やはりローカル検索が圧倒的に便利だと思いました。
>>782 >>783 インデクス調査乙!……意外と抜けがあるもんですねえ。
msnが意外と手堅い仕事をしているので、ちょっと見直しましたw
>>784 どうもです。
インデックスを調べるのを思いつかなかったので、
ベストなものを持ってる人に調べてもらおうと思ったの。
ずうずうしくてごめん。
個人的には抜けさえなければ一応実用に足るかなと。
コースは読んだり読まなかったりしてるけど、 憎悪と喜びがハイパー化される事ってある? 異性みて物凄く反応したり、ちょっとの嫌な事で 殺意がわいたり・・・ 環境に過剰反応するようになったみたいでしんどい。 でも赦してるけど。
日常は感情を殺したように生活してるけど、夢の中では激怒することはあるな。
個人としてはどっちもない。 ただ、今、まだ天国にいる実感が持てないままなのに 二元の良いことにもサッパリ興味がもてなくなったから 生きてても全っ然楽しくない。 コースが危険ではないと解ってるけど 多分学習過程の反動というか谷間的なとこにおるな〜とは思う。
ちょっと話は違うけど、「個がある」という信念に手を出そうとすると 激しい抵抗を感じることがあった。 分離していないと言う信念を、自分で持とうとすると、反動的に 「ほら、嫌な気分になるだろう?分離は本当だろう?」というような 出来事が出て来て、それを赦すという繰り返しが多かった。 コースの、神からの分離は起こっていないという大前提が、真の赦しには 必要不可欠だと思うけど、分離していると思っている自分(自我)が (そうでなければここにいるという経験をしていない) 全面的に分離をしていないと思おうとするのは、不可能じゃないかと思った。 だから、聖霊を信じて委ねるというのが必要なんだと。 分離しているかどうかなんて、自分には分からないけど 聖霊には分かっているから、信じて委ねる。 赦しの時に抵抗を感じても、心を無理に変えようとせず、 「自分には分からないけど、聖霊を信じる」という気持ちで、 聖霊に委ねることにしたら、だいぶ楽になった。
やつを信じる前に言っておくッ! おれは今やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが…… ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ (.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! |i i| }! }} //| |l、{ j} /,,ィ//| 『おれは奴の前で\(^o^)/オワタと i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ 思ったらいつのまにか赦されていた』 |リ u' } ,ノ _,!V,ハ | /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが /' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった… ,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉 |/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった… // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \ 催眠術だとか超スピードだとか / // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ } _/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ もっとミラクルなものの片鱗を味わったぜ…
人間は全員聖霊というスタンド持ちってことかw
792 :
超スーパー女教師河合希 :2009/04/24(金) 18:42:13 ID:QLASTfIk
目に映る他人というものが、全部自分が見ようとした、分離という夢の中の存在だとしたら 現実は、誰も分離していないのだから、彼らは個として何もしていないな〜、だから罪があるわけないな〜 また、あらゆるレベル差も無く、誰もが完璧な一体であり、完全に悟っているんだな〜。 他人をそういう目で見られるようになったら、何か嬉しくなった。 そして、彼らに罪をなすりつけようとした自分の隠れた思いも、 何も起こっていないから罪があるわけないな〜。
仰るとおりだな〜
>>786 亀レスですが、ちょうどテキスト第2章で
それについて言及があったので、載せます。
Spiritual vision looks within and recognises immediately
that the altar has been defiled and needs to be repaired and protected.
Perfectly aware of the right defence it passes over all others, looking past error to truth.
Because of the strength of its vision, it brings the mind into its service.
This re-establishes the power of the mind and makes it increasingly unable to tolerate delay,
realising that it only adds unnecessary pain. As a result, the mind becomes increasingly sensitive to
what it would once have regarded as very minor intrusions of discomfort.(T-2.V.4:3-7)
聖霊のビジョンは内側を見て直ちに、祭壇が汚されたままであること、
そして修理と保護がされなければならない事を認識する。
正しい防御を完全に知っているので、それは他の全てを無視する。
そして、間違いを通り越して真実を見る。
聖霊のビジョンは力強いので、心をそれに奉仕する気にさせる。
こうすることが心の力を回復させ、贖罪を遅らせることを大目に見ることをますます不可能にする。
そして、贖罪の延期が、ただ不必要な苦痛を加えるだけだという事にはっきりと気づく。
結果として、心はかつて非常に目立たない不快さの侵入だと見なしていた物事にますます敏感になる。
(個人訳で直訳なので、意味が伝わり辛い所があったらすみません)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ACIMを勉強していくと、心が贖罪のために働くようになるので、それを妨げるような不快さに敏感になったり
(これは快楽にも当てはまる)するという事かな。
ただ、これは心のレベルでの事で、二元性での出来事一切を贖罪を妨げるものとして見るという訳では
ないって事を書いておいた方がいいかもしれない。
そうしてしまうと学びの機会すら否定してしまうから、とにかく二元性の一切については、聖霊の計画に
従うって事が大事なんじゃないかな。これが良い、悪いって判断を自分でせずに。
796 :
795 :2009/04/26(日) 11:14:53 ID:sPPwWCt4
自己レス: 誤訳があったので、訂正します。 Spiritual vision =「霊的な」ビジョンで 「聖霊の」ビジョンと膨らまして書いてしまいました。 意味的には通じるかもしれないけど、ここでは 単に「Spiritual vision(霊的なビジョン)」と書かれています。
797 :
795 :2009/04/26(日) 13:28:30 ID:sPPwWCt4
更に追記: 聖霊のビジョンについて書かれている箇所を見つけたので引用します。 You look still with the body's eyes, and they can see but thorns. Yet you have asked for and received another sight. Those who accept the Holy Spirit's purpose as their own share also His vision. And what enables Him to see His purpose shine forth from every altar now is yours as well as His. (T-20.U.5:1-4) あなたは未だに肉体の目で見ており、いばらしか目に入らない。 しかし、あなたは別の見方するように求めた事があり、それを受け入れた。 聖霊の目的を自分の目的として受け入れる人は、聖霊のビジョンをも分かち合うことになる。 そして聖霊に、(聖霊の)目的をどの祭壇からも輝いているのを見えるようにするもの(ビジョン)は、 今や聖霊のものであると同様にあなたのものである。
>>795 >贖罪の延期が、ただ不必要な苦痛を加えるだけだという事にはっきりと気づく。
あー このへんは自覚してるなー。
本当に手を変え品を変え何かから避けてますね。
それが苦しみの元なんだけど、
結果的に消極的な選択として聖霊頼みをしてるけど、随分楽になりました。
本当にひたすら丸投げ。
自分で判断しないって重要だと思う。
環境に抵抗しないというか。
禅的に言えば起こることは起こる、ただそれだけ。
聖霊に○投げのコツがちょっとつかめた気がする 実は自分でどれだけこの現実は実際起こってないと考えても イマイチ心の底からそれを信じきる事ができなくて、 始めた当初ノリノリで赦しまくってた頃と違って 最近は罪悪感もまったく消えなくなって、 さらに、赦しても幻想の中では過去の記録とかが すぐ目の前から消えて見えるわけじゃなくて 本当に自分の過去があったみたいに事実っぽくそこにあり続けるしなあ〜 …っていう諦めというか赦しの壁?みたいのにぶち当たってたんだけど、 無理にこの現実は起こってないと信じ込むんじゃなくて、 この現実が起こってないことを私に受け入れられるようにしてください、とか 幻想が幻想であるように心のレベルで処理してください みたいにアプローチをしたら 本当に深層部分に効いたみたいに急に楽になった。 まだこれも正確な解釈じゃなくて もっと正確で深い赦しを学ぶんだろけどとりあえず少し進めた感じ。 ぶっちゃけこの部分で半年近く停滞してたんだよね
>>799 おめでとう!
そもそも自分が幻想を信じる事で作り上げ、また作り上げたものを
信じるのだから、そんな自分に「これは現実ではない」と100%信じきるのは
とてつもなく難しいと思う。
しかし自分の内なる聖霊は、それが現実ではないことを知っているから、
ぶっちゃけ任せきったほうがいい。それを自分の力不足だとは思わず
本当の救いだと信じる事で、ますます赦しを加速できると思う。
>>801 これわかりやすくていいね。
このスレに当てはめれば身体的感覚への執着を手放す
事を受け入れさせて下さいって祈ればいいのかもね。
>>801 うん。聖霊に別の見方をお願いする思考プロセスに役立つ考え方だね。
これ見てカバラの理念に興味が湧いて調べてみたら、
残念な理念だった。
参考程度に留めるべきだね。
神の使者を再読してて気づいたんだが、 P322で、パーサが自分の最後の生を語るとき、「それがあなたの未来のいつだったかは言わない」と言っている。 これって、すでにここで、パーサ=ゲイリーであることを示唆しているんじゃないか? 読み方によっては、単純に、パーサの最後の生がいつから始まるかは言わない、という見方もできるけど。
>>804 ?。その通りだと思うけど。違う解釈をしてたってことかな。
>>804 "although I won't say exactly when in your future it was"
「あなたたちから見れば未来。わたしにとっては過去。いつだったかは言わない」
と受け取らせるのがパーサの意図だろうね。
パーサにはまだ知らせるつもりはないんだと思うよ。
ゲイリーはこの時点でその時代に生きていることさえ想像していないかもしれない。
後から振り返って「そういえば」って感じじゃないの。
あぁ示唆って読者にってことかな? 英語人的に your future がゲイリー個人の未来に結びつくのかどうか。
808 :
神も仏も名無しさん :2009/05/07(木) 14:08:31 ID:Sg2LPXOz
神の使者では神は人間に語りかけることはない と書いてあります よって みなさんは神との対話の神は何者だと思いますか? また みなさんは神との対話を読んでどんな感想を持ちましたか? 詳しく聞かせてくれると嬉しいです
世界がループするように ここでの話題もまた ループするでござる
>>808 ありゃたんなるニールの閃きだと思う。
それを神との対話と呼んでいるだけかと。
「神の使者」でパーサが クリスチャン・サイエンスの創始者について言及する箇所があるね。 悪質な幻象我の騙りでもゲイリーの想像でもどっちでもいいんだけど、 「迷える霊との対話(758頁 \2800)」に登場するエディ女史(霊)のへこみっぷりを読むと なんかいろいろ複雑な気分になる。
神との対話はすんなり入ってきて「これはなんて素晴らしい本なんだ!」 って思ったけど神の使者は読んだその日から2日ぐらい眩暈がした。 コースはしんどすぎてほんのちょっとずつしか読めない。 愛に不平不満や抵抗なんてないだろうから自我の抵抗かもしれんね。 それにしてもエゴの解体ってきっついねー
813 :
神も仏も名無しさん :2009/05/09(土) 12:45:45 ID:xRyhNNWC
>>812 Welcome!
ここは、自我の解体ってきついねー、しんどいねー、と愚痴ぐち言いながらも、
ゆるしまくり、自我の解体に粘着するひとびとが集い励ましあうスレですw
>>804 なぜ示唆していることにつながるのか、よくわからん。
結果を知ったあとだからつながって考えてしまっているのでは?
この時点では(まだパーサ=ゲイリーだと知らない時点)パーサになり得るのは誰の場合でも可能だと思う。
それにあなたの未来という箇所がゲイリー個人の未来ではなく、この次元の未来と一般的な意味で言っていると思うが。
そもそも後世に残るかもしれない文書に、いつ頃に私が生まれましたなんてわざわざ言わないわよ程度じゃないの?
815 :
神も仏も名無しさん :2009/05/09(土) 13:35:41 ID:4CVQw53n
キリスト教のこと全然知らないから「贖罪」とか「償い」とか聞いて 何かにごめんなさいする事だと思ってたけど 単純に at one ment でひとつになる事って捉えていいのかな
817 :
神も仏も名無しさん :2009/05/09(土) 15:31:14 ID:HYi66a0s
>>816 > 単純に at one ment でひとつになる事って捉えていいのかな
Atonement を at one ment とするニューエイジ流の解釈は、ACIMでは通用しません。
ACIMでは、既存のキリスト教用語を、まったく異なる意味で使う例が多々あり、ここで
問題にされている Atonement もそのひとつです。
この語の解釈としては、修正 correction あるいは解体/解除 undoing として理解すれ
ばよいと思います。
ケン・ワプニクせんせいの解説を引用しておきます。
http://www.miraclestudies.net/50P_25.html Please do not read the word [Atonement] as "at-one-ment." That is a common
New Age word, and many people come to A Course in Miracles and read it that way.
First, it is not what the Course means; and second, it takes away from one of
the Course's purposes, that of using Christian language and terminology in a
different way. If you change the word to "at-one-ment," you are going to lose
that meaning.
The word "Atonement" is basically a synonym for the word "correction," and is
the Course's term for the overall plan that came into existence with the Holy
Spirit to undo the error of believing we are separate.
http://www.facim.org/~facim/acim/glossary.htm#atonement Atonement:
the Holy Spirit's plan of correction to undo the ego and heal the belief in
separation; came into being after the separation, and will be completed when
every separated Son has fulfilled his part in the Atonement by total forgiveness;
its principle is that the separation never occurred.
>>816 「償い」「贖罪」については、コース内でも色々使われているけど、
簡単に言えば、「神からの分離が一度も起こらなかった」という認識のこと。
すなわちエゴ(自我)の解体を促す、コースでいう「赦し」のこと。
間違っても、罪を償うと言う意味ではないし
エゴ(自我)と一つになることでもありません。
せっかくワプニク先生を紹介してくれて感謝してるんだけど 英語読めないんだ。だから教えて欲しいんだけど、 コースがいう「贖罪」は神使者でいうところの 「エゴの解体」と捉えているんだけど間違ってる? あと贖罪と償いって全然意味違うのかな。 知ってる人いたら教えて欲しいな。
>>818 なるほど。赦しの事か。すっきりできた。
ありがとうございます。
821 :
816 :2009/05/09(土) 18:23:25 ID:Vi+n9Q2R
ありがとう、いろいろスッキリした。
>>818 >あと贖罪と償いって全然意味違うのかな。
どちらも英語の「Atonement」という言葉です。
神の使者の吉田利子訳では、この言葉は「償い」と訳されていますが
贖罪という意味もあり、コースの田中訳では「贖罪」となっております。
>>814 >>815 ごめんなさい赦してください。
もう二度と物事を深く考えたりしません。
政治家の言葉もそのまま鵜呑みにします。
>>824 神使や不死現には、
いろんなヒントがちりばめられてるみたいで、
何度読んでも面白いと思う。
ゲイリーが二十歳の時に「シッダルタ」を読んで以来、
霊的な答えを捜し求めてきたこととか、
なぜブッダにはもう少しするべきことがあって、
もう一度戻ってきたのかとか、
なぜJは仏教の素養もあり、
すでに悟っていて若くしてこの世を去る選択をしたのかとか…etc
吉田さんと同じく、
「この先の著書でマスターたちとブッダの関係が明らかになるのかもしれない」
なんてブッダファンとして妄想しています。。
ゲイリーのシリーズも楽しみだが、赦しを実践する度に ちんぷんかんぷんだった難解なコースが、 理解しやすくなっていくのがとても楽しい。 ACIMの邦訳も楽しみだが、個人的には吉田さんや 田中さんの様な厳格さを感じる口調がいいな。
神使者の冒頭でパーサはアーテンのことを兄って言ってるけど 不資源でのアーテンはパーサのことを自分の妻のイメージって言ってる これはどういうこと?私なんか読み違えたかな? まあ魂にとっちゃ誰もが基本兄弟で、 その時々によって妻だったり夫だったり敵同士だったりとコロコロ変わるから どうでもいいのかもしれんが。
パーテン
>>827 そこは訳が変だよ。先を読んで血縁じゃないことはわかってるんだから
「こちらは我らが兄弟アーテン」くらいにしとけばいいのに。
「兄」だと同じ神の子だとか、仲間内とかって感覚は出ないもんね。
>>829 了解した。やっぱそんな感じだよね
最期の生での二人は晩年に出会ったとあるから
血縁じゃないのは確かだろうし。
831 :
神も仏も名無しさん :2009/05/11(月) 09:12:32 ID:OAUT8Xw3
アーサ
そういえば、ゲイリーの講演は6月か。 東京と京都の夏を赦すことになるなw
どうでもいいことかもしれないけど 夏を赦す、というより 自分が作り出した夏に対するイメージを赦すという方が 適切かもしれない。
834 :
神も仏も名無しさん :2009/05/12(火) 12:27:45 ID:7CT4al8c
現世美女版アーテンも同伴するなら生で見てみたいでつ。
記憶力悪くて訓練が困難です。 唱える言葉すぐ忘れてしまいます。 一応メモしているんですが、目を閉じて言う言葉は 閉じたとたんに忘れてしまいます。 どうすれば良いでしょうか?
836 :
神も仏も名無しさん :2009/05/12(火) 20:21:42 ID:w2GWfPAU
>>835 なかなか苦労されてるようですね。
どうしても忘れてしまうなら、薄目を開けてでも字を見て唱えるしかないでしょう。
大事なのは唱える言葉そのものではなく、言葉の力を借りながら心を導くことだと思います。
837 :
836 :2009/05/12(火) 20:39:31 ID:DwdXts9N
>>835 もし差し支えなければ、ワークブックのレッスンのどこまで進んだのか、
特に苦心したレッスンはどれか、など聞かせてもらえますか?
ワークブック経験済みの先輩がたから、いいアドバイスが聞けるかもですよ。
>>835 同じ同じw
唱える言葉を暗記したつもりが
いざ瞑想しようとするとあれ?なんだっけ?ってなる
一日に何度も思い浮かべる奴なんか前日のと混ざったりねw
しようがないから私は携帯のメモに保存して
こまめに見るようにしてる。
要は瞑想の概念を心に染み込ませるのが目的だから
チラ見しながらの瞑想でもあまり問題ないと思うので。
それか、どうしても目を瞑って集中してやりたいなら
携帯のICレコーダーに自分で音読を吹き込んで
それを聞きながらやるといいかと。
自分の声で誘導瞑想の手順を録音しての瞑想ってのは
けっこういろんなとこでオススメテクニックとしてあるからいいかもよ
親にすごいむかついて胸ぐらつかんだら布団のシーツだった
840 :
初心者だけど :2009/05/13(水) 17:42:47 ID:Di7O777B
Workbook-192: I have a function God would have me fill. Workbook-65: My only function is the one God gave me. たとえば上の例のように、ほとんど同じ意味の言葉が、微妙に形を変えて 何度も繰り返しでてきますよね。 お経みたいに、あまり厳密性にとらわれる必要はないのでは? また65番の解説文中にも、↓のような「正確さより気持ちが大事」(?意訳) みたいなことが書いてあるし。 You need not use these exact words, but try to get the sense of being willing to have your illusions of purpose be replaced by truth.
841 :
835 :2009/05/13(水) 19:57:58 ID:+CbPrpiY
>>836 薄目でやってみます。
あと、言葉を唱えさえすればいいと思っていたので、
気をつけようと思います。
>>837 田中百合子訳を見てやっています。
今日第46課に入りました。
目を閉じて唱えるレッスンはどれも苦労しています。
>>838 自分だけじゃないんですね。
もしかしたらエゴが邪魔しているのかもしれませんね。
レコーダーを使うのは良さそうですが、
人に聞かれたらどうしよう、というのが心配です。
842 :
835 :2009/05/13(水) 20:04:14 ID:+CbPrpiY
>>840 意味を良く考えてそれを使うように心がけようと思います。
頭悪いからそういうのもちょっと苦手ですが。
843 :
神も仏も名無しさん :2009/05/15(金) 04:53:36 ID:f+piSHuy
844 :
神も仏も名無しさん :2009/05/15(金) 06:50:48 ID:YjwZElHT
日本でもコースのワークブックの音読CDでないかな
>>845 そうだね、いいね、そういうのあったら。
あと、ワプニク先生の邦訳が読みたいなあ。
847 :
神も仏も名無しさん :2009/05/15(金) 14:28:57 ID:f+piSHuy
>>844 ありがとうございます m(_ _)m
原文という事は、チャネリングしたキリストが言ったワーク
なんでしょうか?
また、日本語訳があるサイトがあれば教えてください。
848 :
神も仏も名無しさん :2009/05/15(金) 15:05:18 ID:GwluyOOi
>>844 > 原文という事は、チャネリングしたキリストが言ったワークなんでしょうか?
質問の意図がいまいちわからんです。
>>847 本に載ってるのと一緒だよん
そして本に載ってるのはキリスト(と思われる存在)が
チャネリングで伝えてきたワークそのまま…の、はず。
日本語訳は
>>2 か、検索するといくつか出てくるよ。
850 :
神も仏も名無しさん :2009/05/16(土) 00:38:22 ID:TJgjGJOM
神との対話や、バシャール、エイブラハムの本を 読みました。 ACIMは、これらと違った特徴がありましたら 教えていただけないでしょうか m(_ _)m
>>850 一般的なスピは、神聖な砂場で自由に何でも創造出来ると教える。
コースは、砂場などない。それは創造じゃなく想像だ。
砂の城はもういいから、さっさと現実の城に戻れ、王子。
と教える。
昔は自分で望んで人間を体験してるのに なんで自分で望んでこの体験を止められないのかがすごく疑問だった。 この世界を、ルールがわからなくて止めたいのに止められなくて 画面の中でひたすらウロウロして、 死んでもまた一から強制スタートする体験型涙目オンラインRPGだとしたら 一般的スピ→「ようこそ地球へ!存分に遊んで行ってくれ。君は地上のどの国にも行けるし どんなキャラにもなれるすばらしいゲームだよ!! どんどんレベルを上げていけばそのうち人間を卒業して、 宇宙人や天使や肉体の無い聖霊やマスターになったり… なんと!神にもジョブチェンジできるよ!!」 って言いながら街の入り口でずっと足踏みしてる人 コース→ゲーム機本体の電源を落とす方法が書いてあるオンラインヘルプマニュアル この位違うかもしれんwまあ冗談だけど。
853 :
神も仏も名無しさん :2009/05/17(日) 11:47:49 ID:sxGkYlPi
>>852 うけたw
ゲーム機本体の電源切る前に、体験型お笑いオンラインRPGにモード切り替えする方法も書いてるyo!
854 :
神も仏も名無しさん :2009/05/17(日) 11:52:42 ID:sxGkYlPi
聖霊たんのオンラインヘルプを読めば、どんな状況でも笑いのツボが見えてくるとな。
ACIMを勉強中で、質問です。 Q.1 このスレや相違点スレ、神対スレを見て、みなさんのゲイリー・レナードさんへの熱狂と 神対への過剰反応に驚きました。これって、やはり吉田利子さん翻訳の影響力なんですか? Q.2 アメリカでは、ゲイリー・レナードさん以前にもACIM関係のベストセラーがいくつかありましたね。 マリアン・ウィリアムソンさんやジェラルド・ジャンボルスキーさんなどは、みなさんどう捉えているんですか? Q.3 数あるケネス・ワプニックさんの本の中で、個人的におすすめの本はございますか? よろしくお願いします。
>>855 ACIMを勉強中なんですね。
ではまず、いままで勉強してきた内容について具体的に教えてください。
Urtextなら公開されてるけど、Textの原文って公開されているの?
859 :
855 :2009/05/18(月) 23:04:08 ID:VJVqbgAu
>856 「具体的に」の意図がわかりませんが、ACIMの始め30ページぐらいまでを読み、思うところがあり、 まず周辺情報をできるだけ集めることにしました。 それなりの覚悟を持って当たりたいということです。 その過程でレナード、ウィリアムソン、ジャンボルスキーの本は持ってます。 ただどの著者も片寄りのある可能性を消し切れないのでワプニク先生や他の教師たちの本も取り寄せる予定です。 それと国内の実践者の姿を感覚的に掴みたい気持ちもあり質問しました。 これでもかと質問の補足になったでしょうか?
860 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 02:13:18 ID:huSEo8Hf
ACIMを読む人って、何が目的で読むのですか? 量が多すぎて、気軽に読む本では無いと思いますので。
>>859 856氏ではないが、ゲイリーへの熱狂を感じたとか、神対との比較が気になったとか
どの副読本が信頼できるとか、あなたの言うとおり全部事周情報で、ACIMの本筋とは
関係がない。
英語を読めるのだったらACIMの本体をただひたすら学んで行ったらどうだろう。
そのうち、どの副読本が信用できるか、なんてことはどうでもよくなると思うよ。
神の使者およびその他の副読本を使うか使わないかは、学習者本人が決める事で
このスレで神使者の話がされているのも、神使者がACIM学習の役に立つと思っている人が
多いからそうなっているのだろう。ウィリアムソン、ジャンポルスキー両氏の本については
このスレでは話はないけど、ACIM学習に役立てている人もいるかもしれないよ。
862 :
861 :2009/05/19(火) 09:36:00 ID:E79BKo4s
それと、役に立てればと思って書くけど、ACIMの最初の方は 神の使者で書いてある内容はそれほど出てこない。 個人的に神の使者で語っている内容は、ACIMのテキストの 後半部分(16章以降)に多いと思った。 だから、ACIMの最初だけ読んで色々判断するよりも とりあえずテキストを全部読んだ方がいいのではないかと。
>>860 学びたい事を学んで活用したいからかな。
気軽かどうか、量が多いか少ないかは、学習する意欲とは関係ないかな。
>>860 ACMを読む目的・・・愛の自覚を妨げている障害を取り除くため。
神使者的に言えば、エゴの解体といってもいい。
865 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 12:10:16 ID:E1uqFZ41
>あなたの言うとおり全部事周情報で、ACIMの本筋とは関係がない。 ありがとうございます。ストレートに書きます。 855Q1のスレいくつかを読み進めてACIM実践者らしき方々の書き込みを見て 「なんだこりゃ?自分はこうはなりたくない」と思いました。 「どんな解釈をすればこういう行動に出れるのか?こういう人の方が割合が多いのか? 様々な解釈の仕方があることを知った上で、自分の解釈を選択しなくては 自分もこの人たちのように独善的に鼻高々になってしまうかもしれない」と。 >とりあえずテキストを全部読んだ方がいいのではないかと。 これはご自身の経験でおっしゃって下さってるのですか?どんな経緯だったでしょうか? テキストを全部読むことはもう決めてあるんです。質問の仕方がよくなかったですね。 副読本をいくつか読み終え、これからテキストを読むのを再開します。 しかし最もニュートラルと考えられている副読本の解釈の仕方も知っておきたい、と思うようになりました。 読むのは速い方なので、いくつかと併読するのは全く苦になりません。 (他の本をくさしてるのではなく、片寄りの可能性を否定できなかったし、 たった一人で解釈する場合も、片寄る可能性を感じた、ということです) ワプニク先生の本の書評はもちろん、英語でありますけど、 国内の人でワプニク先生の本を読んだ方の生の感想が知りたいのです。 どなたか、ワプニク先生の本を読んだことのある方、タイトルと書評を下されば、 たいへんありがたいです。
>>865 >855Q1のスレいくつかを読み進めてACIM実践者らしき方々の書き込みを見て
>「なんだこりゃ?自分はこうはなりたくない」と思いました。
あれはアンチ神対の人が神使を利用しているだけだと思いますよ。
神対側の人たちもアンチ神対の人たちをすべて神使派と決めつけてしまうところがあります。
>ワプニク先生の本の書評はもちろん、英語でありますけど、
>国内の人でワプニク先生の本を読んだ方の生の感想が知りたいのです。
私としてはあなた様のような真面目な方の感想をこそ知りたいところです。
まずご自身がお読みになって、その感想をここに書かれてはいかがでしょうか。
翻訳本の場合、きちんと原著に従った翻訳がなされているかどうかも気になるところ。
869 :
861 :2009/05/19(火) 17:02:41 ID:E79BKo4s
>>865 色々と書いて下さったおかげで、あなたの仰りたいことが分かってきました。
テキストと副読本を併読されるのは私もやりましたので、全く問題ないと思います。
頑張って下さい。
>>865 ワプニク博士も偏ってるところあるみたいよ。
おおざっぱにコースの歴史を見ると
ヘレン・シャックマンの速記ノートがオリジナル。
それをヘレンとビル・セットフォードが編集したタイプ原稿のUrtext。
公開用にさらヘレンとビルがコースのテキスト部分だけさらに短くしたのがHLC(Hugh Lynn Cayce Version)。
それを見たワプニクさんがこれはまだ編集の余地があるといって作ったのが青い表紙のFIP版。
どの版にも人間的なミスが紛れ込んでいるけど、
ワプニクはテキストいじりすぎ。
間違っていない文章を良くしようとして意味不明の文になってたりする。
でもゲイリーはそのテキストが最高だって言うんだよね。なんで彼はちょっと信用できない。
いじりすぎの例。
ttp://bkshanti.blogspot.com/2009/05/acim3.html ttp://bkshanti.blogspot.com/2009/05/acim-4.html Urtextまでは良かったのにFIPで単純な編集ミス(ミスタイプ)が生じている例。
ttp://bkshanti.blogspot.com/2009/05/acim-workbook-p1l5443.html コースを世界に広めた功績は素晴らしいんだけどね。
海外でHLCの評判がいいので、FIPの邦訳の田中百合子訳を手に入れて
FIPに省略されているところだけHLCの原文読めば英語で全部読まなくていいやと
両者を対照していたら、頭の部分はほとんどHLCのモザイク状態。
段落の前後関係が入れ替わっているところさえあるし、
もとの一つの文が形を変えて前後二回でてくるところもある。
ほとんど作文のところがあり、そのとき疑問を感じたんだよね。
神の言葉に平気でこんなに手を入れることが出来るなんて変。
でもワプニクの"Absence from Felicity"は貴重。
ヘレンとビルの編集観の違いとかよく分かるし。
イエスはビルに編集の仕事を任せたけど、ヘレンには編集にはタッチしないように指示した。
ビルは明確な誤りでなければ何も変えようとしなかったが、ヘレンは何もかも変えようとした。
でもその結果いつも文のつながりに矛盾が生じ、もとに戻さざるを得なくなったとか証言されている。
872 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 21:10:06 ID:LhZvCVJZ
873 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 21:15:40 ID:LhZvCVJZ
>>870 ここでUrtextやHLCの問題に深入りするのは避けたいんで、ごくごく簡単に。
俺は、この問題については Richard Smoley の "A Comparison of Miracles" * という
20ページくらいの論文をざっと読んだだけで、各ヴァージョン間の詳細な検討は省いて、
_このスレに役に立つ範囲で_彼の結論を思い切って要約すると:
入門者は初めにFIPの本で学習するのがいい。テキストからマニュアルまで通読して、
ワークブック365課の実習も、一度か二度終えた経験と理解を積んだ学習者であれば、
FIP版とUrtextやHLCとの比較検討をするのは、大いに役に立つだろう。
……ということなので、俺はまずFIPの本でしっかり学習しています。
* Richard Smoley "A Comparison of Miracles":
D. Patrick Miller, Understanding A Course in Miracles, Celestial Arts, 2008
巻末 Appendix II として収録
874 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 21:16:47 ID:LhZvCVJZ
875 :
865 :2009/05/19(火) 21:52:52 ID:E1uqFZ41
うぉすげえ。…みなさん丁寧な回答ありがとうございます。ちょっと感動しました。ここは他と随分違いますね。
>>866 さん
>あれはアンチ神対の人が神使を利用しているだけだと思いますよ。
そういうところがよくわからんのです(笑)。
マリアンウィリアムソンやキューブラーロス、ジャンポルスキーなどACIMに近い人と、
ウォルシュ氏は共同でいろいろ活動してるし、逆にACIMの教師同士でも意見の対立はあるみたいですが、
そういう情報、"神使派"に知らせた方がいいのか迷うところです。(やめときます)
>私としてはあなた様のような真面目な方の感想をこそ知りたいところです。
了解です。読んだらご報告します。
>>861 さん
>テキストと副読本を併読されるのは私もやりましたので、全く問題ないと思います。
どうも丁寧にありがとうございます。おかげ様で再度、決意できました。
>>870 さん
そこらへんの情報も集めてるんですがどうもこんがらがるんですよね。Urtextもそのうち読むことになりそうです。
"Absence from Felicity"はやはり必読っぽいですね。500pageあるからどうしようか迷ってました(笑)。
>>871 Paul Ferrini、何度か名前を見かけました。候補に入れときます。ありがとうございます。
>>872 すっげえ参考になります! 2冊目と3冊目を買うことに決めました。あと、時間の概念について詳説した本があるようなのでそれも買おうか、迷いますね。
876 :
神も仏も名無しさん :2009/05/19(火) 22:10:09 ID:LhZvCVJZ
877 :
865 :2009/05/19(火) 23:14:16 ID:E1uqFZ41
>>876 さん
>じつは第1章だけネットでも読めます
いまざっくり読みました。やはり面白いですね!
いわゆるニューメタフィジクスの時間論と、ACIMのそれを対比して時間論を進めてるようですね。
「すべては同時に起こった」は今ではよく知られた概念ですが、
「もっと言うと実は何も起こってない」がACIM独自の概念ということになる訳か。…
最後にセス・マテリアルを例に解説してるあたり、ワプニクせんせいが
僕のような頭でっかちのニューエイジャーや量子論者を数限りなく相手にしてきたことをほのめかしています。
ただやはりテキストを読んでないとこれがワプニクさんの解釈なのか、上手いたとえなのか判別着かないので、
後で読むことにしました。ありがとうございます。
ずいぶん前からある人物に腹を立て続けていたせいで、 その人を見ると条件反射のようにむかつく。 そのあとすぐに、世界は無いと唱えてはいるが、この条件反射は赦しによって変わっていくんだろうか?
>>878 それは私にもある体験だった。
解決策としては色々あると思うが、一例として、
(1)条件反射的に怒りを感じた時、それは「自分が怒りを感じている」と思っていたが、
実は怒りを感じていたのは「自分の中のエゴ」であり、「自分自身ではない」と気付くこと。
怒りを感じて動揺したり、その怒りを正当化しようとするエゴを第3者的に見るような感覚。
(2)そしてそのエゴを隠そうとせず、かといって自分と同一化しようともせず、ただ聖霊に明け渡してみたらどうだろう。
聖霊は修正してくれると思うよ。
実は自分自身をひどく憎んでいて、その嫌悪があまりにも激しく、 直視するのが耐え難かったからその相手を作り上げ、 自分の外に見る事で回避している。 と思い出した上で「世界はない」と唱えて見てはどうでしょう。 それが今の条件反射を溶かす赦しになっていくと思います。 怒り駆られる衝動は聖霊に渡すつもりで、 なるべく穏やかに見つめる習慣をつくる努力をしてみては。 自分一人でやろうとせず、聖霊と共に 見つめる気持ちで臨んでみてはどうでしょうか。
エゴは自分自身の一部で赦すことによって質を変えたり昇華させたりするのだと思ってた エゴが自分自身じゃないとするとエゴは単独で存在するものなのかな
エゴは自分自身が作り出した信念であり、それを信じる事で存在を保っているように見えるが その実存在しないもの。だから信じるのを止める事で消える。 自分自身は自分で作り出した信念(概念)ではない。神によって創造されたもので、実在するもの。 コースで言われている権威問題と そして自己概念と真の自己との区別がここにあると思うよ。
さいきん、田中氏の和訳を手に入れたばかりの初心者です。
ここのスレッドの紳士的な対応をみて、ACIMってやはり良いんだと感動しています。
怒り狂うというのではないのですが、
退屈だったり、ちょっとしたイライラのとき、どのように対応すればいいのでしょうか?
これも分離の罪悪感のせいと思うのですか?それとも聖霊に助けを求める?
あまりうまくゆかず、同じ気持ちのままです。
>>875 さん
ずいぶん昔、ジャンボルスキーを読んで助けられました。
現実と、どううまく付き合って生きられるかについて書かれているからです。
神対も同じく助けられました。生きる意味が書かれていたからです。
でも、疑問が残りました。
この世は神の遊びだとしても、私は遊んでいたくないと思いました。
ここで進化してやっと生きるのが楽になっても、また宇宙がなくなって、
また1からやり始める、その繰り返しに納得いかなかったからです。
そのあと、神使を読みました。
衝撃でした。意味があると思っていたものに意味がなかったので、無気力になりました。
ただ、今までの疑問に答えている唯一のものでした。
ジャンポルスキーやマリアンがACIMの教えを使っているといっても、
この世界を良くしようとしている意味で、神対となんら変わりません。
ただ、だからそれが悪いのではなく、
「意味がないこの世界」という思想に耐えられない人が多いと思うので、
そういう人には必要なのでしょう。この世界を楽しく生きられるに越したことはないのですから。
ただ、それはACIMの本質とは違うことは確かです。
赦すと状況が変わる場合もあるが、変わらない場合もあるんだよね? 赦すとすごい解放されて一旦楽になるんだけど、やっぱその状況みるとぶり返してきてまた赦す、の繰り返しだよ今。 アーテンとパーサ曰わく状況が変わらないように見えても玉ねぎの皮むきのように赦すたびに一枚剥がれていってるんだろうけど…なんかウンザリしてきた
>>884 あーなんかわかる。
私は他人のした事に対しては比較的すぐに赦せるんだけど
自分の失敗についてはほんっとうに赦すのがドヘタだ。
昔から自責の念が異常なまでに強いんだけどコース始めてから
さらに顕著になった。
自分のこととなると聖霊に引き渡すのもうまくいかない。
不死現の自分用の文句も何度も何度も繰り返したけどサッパリ効かない。
なんかいいコツないすかね。
886 :
神も仏も名無しさん :2009/05/21(木) 23:54:06 ID:gyXHQ92n
深刻に考えるから、ゆるせない。 ゆるせないことはしばらく脇において、まずは笑うことを思い出そう。 いつかは世界のすべてを笑い飛ばせるようになる。 なんでもいいから、毎日、笑えるネタを探そう。 自分のこと、他人のこと、流行の話題、なんでもネタにしてみよう。 そして、まわりのひとを笑わせてみよう。自分もいっしょに笑おう。
>>885 聖霊に聞いたら返してくれたよ。
赦す(癒やす)のは状況でもなく出来事でもなく感情でもなく過去未来でもない。愛を防衛している心だ
あなたがたが見るものはなにであれ間違っているし、出来事が違ってもすべてはひとつの罪悪感や恐れ怒り。
しかし恐れは聖霊には預けられない。なぜなら恐れは存在しないからである。あなたは存在しないものを見ているから動揺している
体(自分、きょうだい)に罪をきせたのは自分だと素直に認め、聖霊に勘違いを訂正してもらいなさい。
>>886 なんか計画という名のエゴの防衛策っていうACIMの一章思い出した。
笑うって決めてるってことは防衛策なのかも
恐れこそ精霊に委ねて手放すべきものじゃないの
890 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 00:53:59 ID:jMn4Fmz8
>>888 > 計画という名のエゴの防衛策っていうACIMの一章思い出した。
そんな章どこにあったっけか?
892 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 01:18:25 ID:VfaLPjT8
>>887 > 恐れは聖霊には預けられない。なぜなら恐れは存在しないからである。
>>889 > 恐れこそ精霊に委ねて手放すべきものじゃないの
結論から言うと、887さんの理解が正しい。残念ながら889さんは誤解している。
The correction of fear *is* your responsibility. (ACIM T-2.VI.4:1; 原文の斜体は*で囲った)
とあるから、恐れの修正は各自の責任ってことになるね。
引用元のテキスト第二章VI節を読むと参考になると思う。
893 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 01:25:18 ID:+jrr9swQ
135ってワークブックのレッスンのことか。 原書めくったけど、それらしいタイトルはその前後に無かったなあ。
894 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 01:31:26 ID:OfRv8ezz
ああ、レッスン135の本文にplanとか出てくるんだね。おもしろいなこれ。
>>893 タイトル忘れたけど本文見れば分かると思います。
計画は防衛策とバッサリ切り捨てられて解放感感じましたw
896 :
893 :2009/05/22(金) 01:49:43 ID:sJ1iCDaD
>>895 御指摘ありがとう。わずかな時間差でしたねw
俺はワークブック始めたばかりなんで、このレッスンは数ヶ月先だなー。
ざっと目を通したけど、おもしろいおもしろい。
じっくり読む楽しみは数ヶ月後のためにとっておくことにしますw
897 :
885 :2009/05/22(金) 01:54:58 ID:YB+Fy1p6
みんないろんな意見ありがとね、参考にするよ
>>892 >結論から言うと、887さんの理解が正しい。残念ながら889さんは誤解している。
>The correction of fear *is* your responsibility. (ACIM T-2.VI.4:1; 原文の斜体は*で囲った)
>とあるから、恐れの修正は各自の責任ってことになるね。
>引用元のテキスト第二章VI節を読むと参考になると思う。
この引用箇所の前後含めて見てみたけど、 聖霊(この箇所ではJ)は恐れ(結果のレベル)を
修正するのではなく、その原因のレベルを修正すると書いてあった。
だから聖霊(J)に委ねるのは恐れの原因の方なんだよね。
それが
>>887 氏が言っていることだと思う。
これは、コース学習者の唯一の責任「自分自身のために贖罪を受け入れる」という事を
別の言葉で言ったことだと思う。
決して自分で恐れと取っ組み合いをして何とかしろって事ではない。
自分で作り出した恐れの原因である間違い・勘違いに対して、自分の責任で聖霊による
贖罪(修正)を受入れないといけないって事だと思う。
>>892 氏も別にそのような意味で引用されたのではないと思うが、
上記の引用箇所だけ見ると気になったもので。
>>888 >なんか計画という名のエゴの防衛策っていうACIMの一章思い出した。
>笑うって決めてるってことは防衛策なのかも
なんとなく分かる。私も学習初めの頃、「この場合はこの赦しのパターンを当てはめる」
とか形で決めてしまっていたことがあった。赦しの計画を立てているのは聖霊なのに
勝手に「聖霊ならこうするはず、こう思うはずだ」と決めつけていて、自分は赦しを
実践しているはずなんだけど、うまくいかない状態。
それが赦しの形自体に価値を見出そうとするエゴの防衛策であることに気付いた時、
テキスト30章1節の「何であれ自分ひとりで決めない」ということの意味が分かってきた。
900 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 13:10:08 ID:mU/dWc88
笑ってゆるしてって和田アキ子の歌にあったなw
ウィリアム窃盗幇助
902 :
神も仏も名無しさん :2009/05/22(金) 16:50:05 ID:a4rOI5UY
歪みねえなww
>>879 >>880 しばらくは、怒りを感じる→我に返るっていうことの繰り返しだと思うけど、なんとかやってみる。
考えてみれば条件反射の怒りって、怒りという経験の積み重ねだから、
赦しの経験を積み重ねれば、条件反射的に赦せるようになるんだろうね。
904 :
884 :2009/05/23(土) 10:56:42 ID:s7TZ5I3I
ウンザリ度MAX!
905 :
神も仏も名無しさん :2009/05/23(土) 11:16:45 ID:/jivSIJB
>>904 しんどそうですねー。
言うまでもなく、ゆるしの継続がいちばんの根本治療なんだけど、
ときには俗っぽい気晴らしに我を忘れるのもアリじゃないすかねー。
散財や健康を害さない程度でねw
906 :
神も仏も名無しさん :2009/05/23(土) 11:26:07 ID:/jivSIJB
ACIMでは薬を飲むのは罪ではないと教えてるわけだから、 痛み止めの薬を飲みのと同じ考えで、俗っぽい気晴らしに うつつをぬかすのも、まったく罪にはならんですよ。 罪悪感を覚える必要なし。 薬も気晴らしも一時しのぎには違いないけど、使わないより いっとき使って少しでもラクになれば、また新たな気持ちで、 ゆるしに取り組めるですよ。
907 :
神も仏も名無しさん :2009/05/23(土) 11:37:54 ID:/jivSIJB
Helen Schucmanのことをヘレン・“シュチュクマン”と訳している人がいるがいかがなものかw
909 :
神も仏も名無しさん :2009/05/23(土) 13:09:28 ID:wDeCTto+
ヘレン市中引き回し
気をとりなおして
>>908 シュチュクマンもシチュクマンもいかがなものかと。
Helen Schucman は
実際の発音に近いヘレン・シャクマンでいいと思う。
シャックマンと書くひともいるけど。
そういや、ワプニクをワプニックと書くひともいるな。
Love Does Not Condemn: The World, the Flesh, and the Devil According to Platonism, Christianity, Gnosticism, and A Course in Miraclesを買った。 が、これ特別に他の教えとの比較に興味があるのでなければ選ぶ必要のない本だな。 ACIMについて書かれた部分はThe Message of A Course in Miraclesに 同じ章立てでまとめ直されているからそっちの方が一般向けだと思う。 俺が買ったのは「ACIMを勉強しながら他所の教えについても知れたらおいしいかな」 と思ったからだけど、それなりに専門用語も出てきてあんまり気軽に読めるものでもない。 そして何より、予想に反して、読んでて他の教えに興味が持てないんだよな。 失敗したわ。
911 :
神も仏も名無しさん :2009/05/24(日) 15:14:35 ID:ca403Ozs
>>910 アマゾンにレビュー載せたうえで、マーケットプレイスに出品ですよw
怒っている時に許そうとするとかえって腹が立つ。 正直に怒った方があとで許す気になるんだがなぁ。
怒ると赦すをセットで捉えてると そう考えるんだろうな。
懸賞が当たったり、欲しかった物を安く買ったりすると、何故か罪悪感が出てくることに気がついた。 そういえば、昔から、褒められると罪悪感が出てくるのも思い出した。
誉められると罪悪感すごいわかる
怒りを欲しがっているエゴ、罪悪感を欲しがっているエゴ、不幸な物語を 欲しがっているエゴ、形は無数にあれ、こういった「負の感情を欲しがっている」 自分の中にあるエゴに気がつくと、それと同一化する事を意識的に拒否する事が出来 聖霊による修正(赦し)に持っていきやすくなる。
¨正しい¨¨正しくない¨に簡単に引っかかる。つーか無意識に引っかかってる 人として、みたいな
何かキリスト教徒じゃないからか罪という言葉がしっくりこない。 もともと罪なんてないと思っている。 ただ悪を責めたいと言う気持ちはある。
ドSですね。 他人を責めることは自分を責めることになるから、テクニカルなドMですね。
聖霊の声を聞くコツってありますか? 何が心に浮かんでも全部自分のただの思いつきな気がするし、 本や映画などで良いメッセージを見てもただの偶然だと思ってしまいます。
>>919 俺も抵抗ある
だから片足つっこんでアドヴァイタ ヴェーダーンタ系も読んでる
言ってる事はコースと違わないんだよね
923 :
神も仏も名無しさん :2009/05/26(火) 12:10:21 ID:d1kztECg
プロジェクトX〜投影者たち〜
924 :
神も仏も名無しさん :2009/05/26(火) 12:27:30 ID:0R25/CTB
>>919 俺もはじめ抵抗あった。
でもワプニクせんせいの本読んで、罪(sin)と分離(separation)は実質的に
同義語で、ほとんど交換可能だと知った。
それから、ACIMを読んでて、罪と言う言葉がでてきたら、それを分離と読み直すと、
すっげーよく理解できるようになった。
925 :
神も仏も名無しさん :2009/05/26(火) 20:01:31 ID:ZTI3ymX4
主人格を乗っ取ってしまう別人格のようなものかね、エゴって。 多重人格障害の原因としては幼少期の虐待などが多いと聞くが、 防ぎようも逃れようも無い恐怖から、主人格を守るために作り出す別人格に、 やがて乗っ取られてしまうんだとか。むかしTVでみたんだけど、 多重人格のグループ治療の一環として、一人が高い台の上へのぼっていき、 仲間たちが大きな布?を張って待ち構えるところへ向かって飛び降りる、てのがあった。 自分では安全だと思っている(信じている)不安定な台の上から、 意を決して仲間たちの手に身を預けることで、他人への不信を克服するとか言って。 エゴの世界を放棄するのは、安全な場所はそこよりほかに無い、と信じてる限り、むずい。 そこを意を決して、精霊に身を預けるのは、、これはそうとうな一大決心だなぁ。。
>>925 エゴ(自我)は別人格と言うよりも、自分で作った自己概念で、今はそれに取り憑かれている状態と
言った方がいいかもしれない。だから、人は自分で何を見て、何を聞いて、何を感じるか選択している
と思っていても、実態は自我に無意識のレベルで何を見るか、聞くか、感じるかを指図されている状態。
しかしそのことに気づくことこそ、そこから逃れる第一歩なんだよね。
>エゴの世界を放棄するのは、安全な場所はそこよりほかに無い、と信じてる限り、むずい。
>そこを意を決して、精霊に身を預けるのは、、これはそうとうな一大決心だなぁ。。
ACIMでも、その辺りは書かれている。
だから、聖霊の教科課程を学ぶようにと学習者を促している。
Now must the Holy Spirit find a way to help you see this concept of the self must be undone,
if any peace of mind is to be given you. (T-31.X.8.3)
今こそ聖霊は、あなたに少しでも心の平安が与えられるためには、こうした自己についての概念は
取り消されなければならないとあなたに分かるようにさせる方法を見つけなければならない。
Nor can it be unlearned except by lessons aimed to teach that you are something else. (T-31.X.8.4)
しかし、それには、あなたが自己概念ではない他の何かである事を教えることを目的とする教え以外にはできない。
For otherwise, you would be asked to make exchange of what you now believe for total loss of self,
and greater terror would arise in you.(T-31.X.8.5)
さもなければ、あなたは今のところ自分だと信じてるすたがと、自己のすべてを失うことを引き換えにすることを
頼まれているようで、あなたのなかで凄まじい恐怖が起こるだろうから。
(自己訳なので怪しい所あるかも)
自己概念が自分だと思っている限り、それを放棄するのには無意識の恐怖と抵抗がものすごいと思うけど
引用箇所のすぐ先には、聖霊の教えは、やさしいものから順序よく整理されていると書かれている。
そのためにACIMの長いテキストと、ワークブックがあるんだよね。
ACIMとセドナを併用してるけど バイト首になりそうだし隣はあいかわらず深夜にガタガタやってるし 「やっぱりお前はダメだ。何一つ思い通りにできないじゃないか・・やっぱり私といるしかないんだよ」ってエゴが囁いてる気がする
セドナってなに?
930 :
925 :2009/05/27(水) 00:11:26 ID:tqNSVljn
>>926 おお、ずばりのご回答&丁寧な解説ありがとう。
>放棄するのには無意識の恐怖と抵抗がものすごい
やっぱそうなんですね。ものすごいんだ。。
>>927 すっごい分かる。
エゴは努力しろ〜上を目指せ〜とせっつきながら、
隙を見計らって自分はダメな人間だと
世間と自分に証明させたがってるように感じる。
セドナはエゴや心についての解釈は二元的だけど、
徹底的な解放という考えがあまりコースとぶつからない気がして
割と無理なくコースと併用できる… ような気がする。
俺はダメな時は徹底的にダメって言う 「あー俺はダメだ、全然ダメだ。諦めた。」ってな具合に。 でもこれは苦しみが極限まできてしょうがなくやったんだけどw すると不思議な事に笑いがこみ上げてきて落ち着いてくる。 実はダメという言葉を発する事に対する恐怖心あって、その恐怖心 って実はエゴのものなんじゃないかなと思える。
問題よりも、問題に対するリアクションの方に より強く影響されるということでしょうね。
934 :
神も仏も名無しさん :2009/05/30(土) 09:49:34 ID:YbUoAA4b
セドナってなんか覚えあるなーと思ってけど、わかった。アリゾナ州の地名だ。
ロバート・ペリー率いるACIM団体 Circle of Atonement の本拠地。
ワプニク流のACIM解釈とは一線を画すグループだね。
http://www.circleofa.org/
どんなACIM解釈なの?
936 :
神も仏も名無しさん :2009/05/30(土) 15:02:31 ID:Yyu+oy4z
赦すって言葉についてだけど、人や動物の行いに対しては使えるけど、 物の崩壊や自然災害、身体の不調について使うのは何か変じゃない? 赦すの意味はわかるけど、もっとわかりやすく言い換えられないだろうか?
許容する
>>936 >>物の崩壊や自然災害、身体の不調について使うのは何か変じゃない?
別に変ではないと思う。
崩壊や災害、不調も永遠であるものとは真逆の象徴だから。
>>937 家の床が抜ける・みかんが腐る・鼻血が止まらないのを許容する
まあ合ってるかな。許容してていいのかって思うけど。
>>938 意味は通じるけど、何か言葉としておかしい気がするんだよ。
>>939 言葉自体はシンボルのシンボルだから、どう使われるかが重要なんだけど
許容するって言葉は、仏教的な意味で(幻想とした上であるがままに受け入れるとして)
使われなければ、ACIMの赦しとはちょっと違うような気がする。
941 :
940 :2009/05/30(土) 16:13:51 ID:cCEcEoYI
少し補足: >仏教的な意味で(幻想とした上であるがままに受け入れるとして) ↓ >仏教的な意味で(自分で作り上げた幻想とした上であるがままに受け入れるとして) 「幻想を自分で作り上げた」という感覚がないと(幻想は人類の無意識が作り出したとかだと) 聖霊による修正が出来ないから、ACIMとは違ってしまう。
942 :
神も仏も名無しさん :2009/05/30(土) 22:15:23 ID:HSPq8MHR
>>935 かんたんに言うと、ワプニク流の解釈は、神以外は全てメタファーとする立場。
対するペリーは、明らかなメタファー以外は、書かれた言葉通りに解釈するというもの。
その解釈こそが、本来のJの意図を汲むものだとペリーらは確信している。
おそらくそれゆえペリー率いるCircle of Atonementの教師たちは、
読めば明らかにワプニク流の解釈を採っているゲイリー・レナードの本に、なにかと難癖を
つけたかったのだろうと思う。
ゲイリーの書いた体験が真実なら、Jの代理人である二人のマスター達がワプニク流の
解釈にお墨付きを与えることになる。
ペリーらにとっては、アーテンとパーサと称するマスター達の出現などゲイリーの作り話に決まってる。
ゼッタイ認めてなるもんかって思ったんじゃないかなー。
943 :
神も仏も名無しさん :2009/05/30(土) 22:28:57 ID:jNwSS7Ii
>>939 ACIMは、通常の言葉の用法から大きく逸れた言葉づかいをよくするよね。
know, vision, reason, Atonenent, create, extend, etc.
「ゆるし」についても、これと同じだと思う。そーゆーもんだと思って学習するしかない。
この不死というあなたの現実のamazonレビューってどうなの 『神の使者』出版以降の著者の動向がわかり興味深いが、著者の主張については検証が必要だ。 たとえばACIMの版権を巡る裁判の過程で判明した初期バージョンのACIM(たとえばHLC[Hugh Lynn Cayce Version])の重要性の否定など。 ケン・ワプニクとヘレン・シャックマンが編集した1975年版の編集過程でヘレンはイエスのアドバイスを受けてケンと共同しているのだから、これが決定版だというが、それでは編集者の誤解に基づくとしか考えられないミスをイエスが見逃したことになる。 最初に与えられた編集上のイエスの指示ではヘレンに対する個人的なメッセージなどを削除することと明らかなミスタイプのみ修正が許可されていたはずだが、HLCと読み合わせてみて確認してほしい。 ACIMの版権が裁判で無効にされた件についても著者は裁判官の良識を疑うようなコメントを述べているが、ACIMからの引用が多すぎるとクレームをつけて出版を許可しないなどというのははたしてACIMの精神にかなうものだろうか? 私はこの判決にもイエスの意志が現れたものとみている。 著者の主張を理解する上で必要な基礎知識としてケン・ワプニクのACIM解釈がヘレンの生前と死後しばらくたってからで180度変わってしまったことを知っておく必要がある。 私の見るところではゲイリー・R・レナード(アセンディッド・マスター?)は変節したあとのケンの解釈に強い影響を受けているが、それがACIMの本来のメッセージだとは思えないのだが…
946 :
神も仏も名無しさん :2009/05/30(土) 23:36:56 ID:5GaYP7av
>>944 このレビュアーは、使者のレビューでペリーが書いた記事をネタに、アーテンと
パーサの実在に疑義を挟んだひとと同一人だね。
ペリーらに近い立場、あるいは非ワプニク派とでもいいますかね。
私見では、不死でHLC版の重要性が否定されたと解釈するのは、的外れだと思う。
不死でゲイリーが言及しているリチャード・スモーリーの論文を読めばいいと思う。
実は既に
>>873 でちらっと書いた。
ACIM初版の版権が裁判で無効にされたのは、ジュディ・スカッチが公式出版前に
私的なコピー版を知人友人に配りまくった事実が判明したのが大きく影響している。
じつは使者にもそのことが書いてあるんだよ。
> ジュディ・スカッチ、彼女は「コース」を新しい考え方をする友人知人へと広めた。(134頁)
って書いてあるけど、実態はコピーを配りまくったってこと。ここで新しい考え方って
訳されてるのはニューソート運動のことね。
と書いて投稿しようと思ったら
>>945 に情報が。あーやっぱりペリーに近しい立場のひとって推測は当たってたのね。
自分も学習初めの頃は、ACIMの正しい解釈に神経使っていた時があった。 しかし 「自分ではいくら外から情報を集めて客観的な検証をしようとしても、またどんなに知識を増やしても 正しい解釈はできない。自分は何も分かっていない。唯一の正しい解釈が出来るのは聖霊だけ」 と気付いたら、幻想の中の誰が言っている事が正しいのかにこだわるよりも 正しい解釈を聖霊に教えてもらう方を選ぶようになった。 ヘレンやワプニクという自分が投影した存在を聖霊の代わりとして考えるのは (彼らの言葉を絶対的なものとして捉えるのは)自分はしようとは思わない。 ※彼らの、そして他のACIM教師の解釈をどうでもいいものとして捉えている訳ではないよ。 聖霊に解釈を求めた後に、彼らの言葉を読むことによって気付いたことがたくさんあるから。
完璧な平安のテストを通るまでは何かを理解したと思ってはならない (T-14.XI.12:4) わかりました、ジーザス!
ジーザスたんはなんでもお見通しな感じだなw
>>939 そもそも赦す対象のとらえ方が違うと思う。
赦すのは自分自身だからね。
あらゆる事象についてそれを投影している自分自身を
赦すということだと思う。
その事象について赦すということではないと思う。
>>950 事象に問題を感じる
↓
原因たる自分の心に目を向ける
↓
聖霊に助けを求める
↓
事象に対する感覚が変わる
向き合うのは自分の心っていうのはそうなんだけど、
このプロセス全部で「事象を赦す」と言って問題はないと思うよ。
ACIMでそういうふうに使われているわけだし。
>>951 サンクス。なるほど。
私の最後の文は言いすぎでしたね。
どっちにしろ赦しが全てですね。
>>948 引用部分の前後を読んでみたら、参考になったので、引用する。(自分訳)
Those who remember always that they know nothing,
and who have become willing to learn everything, will learn it.
But whenever they trust themselves, they will not learn.
They have destroyed their motivation for learning by thinking they already know.
Think not you understand anything until you pass the test of perfect peace,
for peace and understanding go together and never can be found alone. (T-14.XI.12.1-4)
自分は何一つ分かっていない事を常に覚えていて、あらゆる事を習う気になった者は、習えるだろう。
しかし、自分自身の力を信頼しようとする者は、習う事はできないだろう。
既に分かっていると思い込むことで、習うための意欲を殺いでしまっている。
自分が完璧な平安であるかどうか試して、それに合格するまで、あなたは何かを理解しているとは思わないことだ。
平安と理解とは一緒に生じるものであり、決して単独で見出すことはできないのだから。
Whenever you think you know, peace will depart from you,
because you have abandoned the Teacher of peace.
Whenever you fully realise that you know not, peace will return,
for you will have invited Him to do so by abandoning the ego on behalf of Him.
Call not upon the ego for anything; it is only this that you need do.
The Holy Spirit will, of Himself, fill every mind that so makes room for Him.(T-14.XI.13.3-6)
自分は分かっていると思ったりする時はいつでも、平安があなたから離れることになるが、
それはあなたが平安を教えてくれる教師(聖霊)を見捨てたからだ。
あなたが分かっていない事を完全に認めることで、平安が戻ってくる。
聖霊のためにエゴ(自我)を見捨てることで、あなたは彼に戻ってきてほしいと招待したのだから。
エゴ(自我)には何一つ頼まないこと、あなたが為すべきことはこれだけだ。
聖霊は、彼のために空きスペースを用意するあらゆる心を、彼自身で満たすだろう。
乙。いい訳ですね。 最後の「空きスペース」の行だけ、和訳だけだとわかりにくいですね。 英語が読めればピンと来るのですが。
956 :
神も仏も名無しさん :2009/06/02(火) 06:04:10 ID:mW/14G6w
>>955 日本語はある程度読めるのですが
何が言いたいのか、よくわかりません。
957 :
953 :2009/06/02(火) 07:17:48 ID:ZtU/eYpj
>>954 「空きスペース〜」の部分は、心の中に聖霊が入る隙間を作るって感じで、
ニュアンス的には、聖霊に心を開くっていうような感じだと思います。
それで、すぐ前の「エゴを見捨てることで、聖霊に戻ってきてほしいと招いている」と繋がります。
「聖霊は、彼のために心を開くあらゆる心を、彼自身で満たすだろう。」
この流れなら言える。 実は以前翻訳がなかなか出ない事で、訳に関わってる人達は赦しをちゃんと理解してるのかな、赦しはもっと自分ですべきじゃないかな? みたくここにレスしたんだけど、コースを全部読んでもいないくせに自分の方が正しく理解してると思い込んで、 訳に関わってる人達の苦労を全く省みてない発言だったと今は激しく反省してる そのレスはちゃんと別の人がフォローしてくれてすぐ自分の間違いにきづけたけど、 きっと解釈の論争をしたい気持ちが自分の中にあったんだろうなあ。 訳者さんたちに高速でお詫びしたい…orz= これも赦しのレッスンのと思ってるけど、ちょっとアメリカでの解釈の相違の話で思いだしたので書かせてもらった、スマソ
959 :
神も仏も名無しさん :2009/06/02(火) 09:25:37 ID:OlKyeNqb
960 :
超スーパー女教師河合希 :2009/06/02(火) 10:16:35 ID:yaPkWsIw
北朝鮮の核実験を許せというアホなことは言うやつここにはいないよな? もしも許したら いつか核を落とされて東京が壊滅するかもしれん また北に経済援助しろなどと言わないよな 100億円経済支援をしてもその金はすべて独裁中枢の人のみ のところに行き渡り 飢えで苦しむ人民のところに行き渡らん 赦しは常識に反してはいけない 北が核を落としました 赦しましょう ではなくて 二度と核を落とさせないようにする 息子がレイプしました 赦しましょう ではなくて 毅然と厳しく叱らないといけない 常識に反した赦しは地獄への道
961 :
神も仏も名無しさん :2009/06/02(火) 12:34:34 ID:Y8UPu+pU
ほんとタフだよねえ。ある意味感心するけど。 倦まず弛まず、ゆるしつづけるしかないんだね。 ああ、Jが笑ってるよ。もちろん妄想。
>>955 執着だけだと意味が狭すぎるのではないでしょうか。
いやなものだと嫌悪しますよね。
これは自分の役に立つ、これはいらない。
でも役に立つとか立たないとか自分が勝手に意味づけしてるだけで本当に
それが役に立つもの、立たないものとして実在しているのではないですね。
他にもいろいろあると思いますが、
無意識的に自分を中心にした意味づけをしてます。
それに気づかないと心理学で言う投影プロジェクションを
行ってしまいます。自分の思っているものが外に存在していると。
わかりやすいのはイソップ物語の酸っぱいブドウの狐の話とか。
負け惜しみで酸っぱいブドウといっている内はましですが、
本当に酸っぱいブドウだと思っていたりします。
そこをあぶり出すために、自分が勝手に、自己中心的な
意味づけをしている事実を意識にのぼらせようということでしょう。
たとえば、気になる人を本当に素晴らしい人だと思ってみたり。
昨日ある人に理不尽な言いがかりをされた。
あの人には会いたくない。つい避けてしまう。
勝手に自分の記憶に基づいて存在しない過去に力を与え恐れる。
でも彼は昨日奥さんとけんかしたばかりで虫の居所が悪かっただけで
今日謝ろうと思っているかもしれない、またそうでないかもしれない。
それは分からないけど、自分が自分の視点で絶えず勝手な思いを
抱いているのは間違いないですね。
私の場合街を歩きながら、あれ!きれいな人だな、十人並みだ、
これはひどい、などとやっています。
自己中心的な意味づけに気づかないとこんなことになるので まずそれに気づきましょうというとこでしょう。 *pro・jec・tion /prəʤékʃn|prə-/ 〔初16c;project + -tion〕 【名】 3【U】〔心理〕 投射 《自分の中にある情動や態度が自分に受け入れ難い時, それを他者のものとして責任を転嫁すること》, 客観化 《他人も自分の感情や性質などと同じものを持つと 決めてかかる傾向;子供によくみられる》. 4【U】〔精神分析〕 投射 《自分が他人に敵意を持っている時, 逆に相手が自分に敵意を 抱いていると思い込むなど, 自分の感情・性質を無意識のうちに 他人に移しかえる心の働き;防衛機制の1つ》. (ジーニアス大英和辞典より)
965 :
神も仏も名無しさん :2009/06/02(火) 20:19:24 ID:nvoMqTMX
プロジェクトX〜投影者たち〜
エクステンド○〜拡張者たち〜
>>961 >>962 教師用マニュアルから引用します。あなた方の役に立てればいいけど。
Perhaps it will be helpful to remember that no one can be angry at a fact.
It is always an interpretation that gives rise to negative emotions,
regardless of their seeming justification by what appears as facts.
Regardless, too, of the intensity of the anger that is aroused. (M-17.W.1-3)
誰一人として、事実そのものに対して腹を立てることはあり得ない、という事を覚えておけば恐らく役に立つだろう。
常に事実に対してどう解釈するかによって、否定的な感情を抱くことになる、
たとえ事実のように見えている事によって、否定的な感情を正当化するように見えていてもだ。
また、とても激しい怒りを生じたとしても関係ない。
否定的な感情は、事実そのものではなく、事実に対する自分の解釈が問題というのは、
何度繰り返しても良い位とても重要だと思う。
私は「(今まで正当だと思っていた)その解釈が正しいのか?」という疑問を持った時に
「私はその出来事が何のためにあるのか分かっていない。よって正しい解釈など出来ない。」と
気付いたことで、ようやく自分の解釈を手放し、聖霊に解釈してもらう事が出来るようになった。
(何のためにあるのか分からない、というのは出来事に対して聖霊が与えた目的が分からないということでもある)
聖霊が心の深い所を修正してくれているのか、やればやるほど腹が立たなくなってきている。
968 :
965 :2009/06/02(火) 22:03:39 ID:WQzv0XBh
969 :
884 :2009/06/03(水) 00:21:02 ID:Yftb8TbN
みなさんイジメを受けていたらどう思いますか?赦しても状況が変わらなかったらつらくないですか?平安でいられますか?
>>969 ケガしてるなら精神世界よりも、まず警察。
>>969 赦しを特定の状況を変える為の道具として捉えてるなら
期待通りにはいかないし辛いだろうね。
だから平安もないだろうね。
求めよ、されど見いだせまい。というエゴの罠。
何か北朝鮮が一発くらい日本にミサイルぶちこみそうな展開になってるよ……。 誰かACIMの力で北朝鮮止めてくれんかね。
>>969 イジメを受けていたらどう思うか?という質問よりも
自分がイジメを受けていると思っていたら?という質問だったら
答えは、それを恐れるようになるだろう。
これは単なる言葉の使い方のことを言っているのではなく
その状況自体をあなたがどう思っているのかというのが本当の問題だということ。
ACIMの赦しは、そこを修正するんだよね。
厳しく聞こえるかもしれないが、あなたがその状況を赦して、結果状況が変わるか
変わらないかは実は問題ではないんだ。
そんなことを言っても、実際怪我させられている、お金をせびられているという
状況だとしたら、誰だって苦しいし、イジメを受けている以外に解釈できないと思われるかもしれない。
もしそうだとしたら、重要なのはあなたが状況をどう見るかだから、赦した後に
行動のレベルで警察に頼むというのもあるかもしれない。また、状況は変わらなくても
否定的な思いが浮かばなくなって、状況についてなんとも思わなくなるかもしれない。
状況について色々思うところがあっても、とりあえず自分のすべての思いを脇において
聖霊に頼んでみたらどうだろう。「この状況を別の見方で見られるようにさせて下さい」と。
自分の見方を手放す用意が出来ていれば、必ず聖霊は応えてくれるよ。
あなたに聖霊の祝福がありますように。
下らない事考えついた。 ICBM 奇跡の(弾道)コース
Interconscious ballistic miracle 発射!
976 :
神も仏も名無しさん :2009/06/03(水) 19:59:42 ID:+JkDGuz4
見つめろよジコ
ある人に100万ぐらい貸してとりっぱぐれたと思って 頭来たけど赦しまくってたら仲裁してくれる人が現れた。 借用書は破り捨てたから証拠がない。 お金返ってこなくていいから正直もう逢いたくないと思ってたけど、 相手も仕事が順調みたいだからダダこねないで聖霊に委ねてみるよ。 みんなも気が向いたら俺と相手を祝福してくれ。 いつになるかわからないけど結果は追って報告するね。
完全に執着してるような気が。。。 ホントに赦し手放ししてる人ならわざわざこんなところに書かんでしょ。 自分の本心から目を逸らしているとすれば、それは赦しとは違う。 自分が手放したお金はいつか別のかたちで自分に返ってくるだろう ぐらいの気持ちでいたほうがいいんじゃないかな。
981 :
神も仏も名無しさん :2009/06/04(木) 08:38:52 ID:d40qiRvc
わかっちゃいるけどしんどいね でも赦すでござる
とりあえず次スレテンプレ案。
Helen Schucmanの読み方と、刊行時期が不明なんで
よしなに訂正しておくれ。
それから今
>>2 の個人サイトの案内を勝手にいじらせてもらったけど余計だったかも。
個人サイトですし、紹介不要なら削除してください。
ACIM(A Course In Miracles)・奇跡のコース 3
次世代には、聖書に代わると言われているACIMは
NYのコロンビア大学医学部の助教授だったヘレン・シャックマン博士が、
7年間に渡りイエス・キリストからのメッセージを
チャネリングし続けた末に出版された本です。
現在では18の言語に翻訳されています。待望の日本語訳は2009年以降刊行予定
ACIMは本編とワークブック、教師用マニュアルの3つから成り、
実践を通じて真理の悟りにたどり着く事を目標としています。
過去スレ、関連リンクは
>>2 以降
985 :
神も仏も名無しさん :2009/06/04(木) 12:34:06 ID:2Qaf/lSB
翻訳は18。英語入れて19。 「〜の言語に翻訳」と言って原語を含むかどうかが問題だね。 俺なら含まずに使うけど、実際にどう使われているかは知らない。 「19の言語で出版」ならあいまいさはなくなる。
聖霊を招聘する前に、まず場所をあけなくちゃいけないんだぁね・・。 自分というPCときたら、アプリが常時5,6個動いてるもんで、 メモリがいつもいっぱいで、CPUファンがワンワンいってる。 これじゃだめだ。メモリ解放〜〜〜〜〜! さっ、これで聖霊様をインスコして、要らんショートカットやらソフトやら ばっさり掃除してもらって、最後には、OSをアンインスコ・・・ という妄想。
988 :
初心者ですが :2009/06/05(金) 03:05:46 ID:PNz2DpPx
プラトン著の「ソクラテスの弁明」によると、ソクラテスは
‘ダイモンの声’とやらに従ってアテネ市民を惑わして、ギリシアの
神々を冒涜した罪、というよくわからない嫌疑で死刑を求刑されたとか。
でも僕が思ったのは、このダイモン(デーモン=悪魔)って実は
人々の無知(幻想)を暴く良心、つまり聖霊の声なんじゃないかと。
ソクラテスは赦しを実践せずに、糾弾しちゃったのが敗因かも
>>987 なんとなく Linux の各種デーモン・プロセス?とか、Windowsなら
スレッド監視サービス群?とかタスクマネジャっぽいものを連想しました
990 :
神も仏も名無しさん :2009/06/05(金) 07:10:26 ID:KjeN5aha
>>986 >翻訳は18。英語入れて19。
ああそうか!俺早とちりしたな。wikipediaでの説明:
"Since it first became available for sale in 1976, over 1.5 million copies
have been sold worldwide in nineteen different languages."
を見て書いたんだけど different languages てのは原語(英語)も含むわけだな。
てんぷら頭の「次世代には、聖書に代わると言われているACIM」て記述なんだけど
根拠が薄いと思うし、ぶっちゃけ誰が言ってんの?って感じだし、削ったらどうだろう。
その代わりに、wikipediaの記述を拝借するのがいいかなと思った。
[ACIM] describes a purely non-dualistic approach to spirituality.
「純粋に非二元論的な霊性(スピリチュアリティ)の教えのひとつ」ってニュアンス。
初版の出版年は、1975年とする解釈と、1976年とする解釈があるんだよね。
FIPの説明を読むと
http://www.acim.org/AboutFIP/history.html The first edition of A Course in Miracles, published by the Foundation for
Inner Peace in the late summer of 1975, was actually a reduced-size,
soft cover offset production of the manuscript, about 300 copies in all.
The demand for the Course became so great, however, that a standard three
volume hard cover edition of 5,000 copies was published in June 1976.
1975年にはソフトカバーが300部、1976年にハードカバーで5000部が刊行されたと。
実際に一般の人が買えるようになったのは1976年以降てわけ。だからwikipediaには
[ACIM] first became available for sale in 1976 と説明されているんだね。
991 :
神も仏も名無しさん :2009/06/05(金) 07:17:45 ID:KjeN5aha
> Foundation for Inner Peace(ACIM版権元、内なる平和財団HP。英語) 細かいことだけど版権=著作権(copyright)はワプニク夫妻のFACIMが管理してるんだよ。 ACIMマニュアル版権元じゃなくて、ACIM版元と書けば問題ないかと。
992 :
991 :2009/06/05(金) 07:57:16 ID:owRkenoP
>ACIMマニュアル版権元じゃなくて、ACIM版元と書けば問題ないかと。 マニュアルいらねw ATOKの余計なお世に気がつかずにポストしちまった。 連投スマソ。
スレ立てだめでした。 どなたかお願いします。
おつ!ありがとう
>次世代には、聖書に代わると言われているACIM パーテンが言ってなかったっけ?
997 :
P :2009/06/05(金) 20:11:40 ID:rPhchRR1
>>996 これだけは覚えておいて、
わたしたちの言葉を信じていたとしても
そんなものなかったかのように振舞うのがあなたたちの世界ではクールなの。
奇跡
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コース
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