ここがおかしいよ天理教 2

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522ボチボチ ◆oD.zxla8R2
修養科の同期に白内障を患ったお婆ちゃんがいました。

俺が靭帯を伸ばして入院していた時、同じ階にそのお婆ちゃんの孫が入院していたんです。
それが縁となり、回り回って母が「息子が修養科に入るから。」
とお婆ちゃんに修養科を薦め、同期に入学することとなりました。

蛇足かも知れませんが、後に俺の同室のおっちゃんも夫婦でおさづけを拝戴することとなりました。
縁とは後々に手繰り寄せられた糸のように、その瞬間は解らなくとも、繋がっていくようです。
その縁も偶然と一まとめにしているだけかも知れません。

成り行きとしまして、そのお婆ちゃんを通じまして、お世話取りの勉強らしきものをさせていただく機会を与えていただきました。
成り行きとしまして、お婆ちゃんの車椅子係として、早朝からの本部参拝、神殿掃除もたっぷりさせていただけました。
そして、毎日のようにお婆ちゃんにおさづけをさせていただけました。

神様は俺が怠けないよう、段取りをつけてくれてたのかな?
そのお陰で沢山のことを学べました。

当初の予定通り4月に入学してましたら…。
理の流れを俺なりに考えさせていただくこととなったことは確かです。
523ボチボチ ◆oD.zxla8R2 :2009/05/08(金) 22:52:40 ID:m3d1RhSo
修養科はいろんな人がいました。
「教理を学ぶ。」ために来た人も勿論いるわけですが、何か事情があり、それを解決するための手がかりとして入って来られた方も多くいました。

組掛2番の人は元連合赤軍の人でした。
浅間山に行く予定だったのが、のっぴきならぬ用事が出来て、参加出来なかったんだ。と、言ってました。
最もこの話はクラス内での感話で初めて聞いて、ビックリしたんです。
当初は太めでノソノソと動き、なんやら、ジャイアンの体格でのび太の性格みたいに見えてましたから…。
人間、聞いてみたいと解らないもんだと思いました。

充実感溢れる修養科が終わり、2ヶ月隊、検定講習を終え、家に半年ぶりに帰りますと、弟が荒れてました。
進路希望を聞いてみますと、
「中学を卒業したら家を出てバイクを買うんや。」
と俺の中学の時と似たようなことを言っています。

「高校出てからでも遅ないんやないか?」
と言う説得が通じたのか、天理の二部を受験する気になってくれました。

今日はここまで。