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神も仏も名無しさん:
釈尊曰く、所為に為さざる事を以って、徳と為す。とある。
徳を為すぞ と思って 徳をする事は、何にもならない。意味が無いんだ。
誰に言われたか知らないが、徳を積めと言われて、徳を積むのは無意味。
釈尊に、ある善人が、「私は、こんな良い事をしました。他にも多くの良い事をしました
私の徳は、どれほど積まれたでしょう?」と聞いた。
釈尊曰く「無徳」
つまりな、良い行いを、良い行いと意識せずに、行なえって事だ。
それの、より深い意味は(修行僧向け)、頭の中全部を 善にしろ
全てが善意識になれば、「比較する」悪しき意識が無い
それは、比べる対象が無いから、善が善を意識しなくなる。
簡単に言えば、メチャクチャ明るい部屋で、懐中電灯つけてもわかりにくいだろ。
それと同じで、善が頭の中で光輝けば、究極、善を意識しなくなる。
在家信者には、それは無理だから、いい事したな〜って思い上がらずに
いい事しましょって事さ。