゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚
「心にしみる原始仏典」 (1)
http://homepage1.nifty.com/manikana/canon/mahavagga.html MANIKANA=HOMEPAGE-マニカナ・ホームページ 管理人 石飛道子
http://homepage1.nifty.com/manikana/index.html)
『アングッタラ・ニカーヤ』V.67(PTS Text,Vol.1,pp.197-8)
三の集まり 大なる章 67
1.比丘たちよ。つぎのような三つが、討論に関することがらである。三つとは何か。
比丘たちよ。過去の時については、「過去の時に、このようであった」と語らねばならない。
あるいは、比丘たちよ、未来の時については、「未来の時に、このようであろう」と語らね
ばならない。あるいは、今現在に関しては、「今現在このようである」と語らねばならない。
2.討論を通じて、(相手の)人がともに語るにふさわしいのかそうではないのかを知らねば
ならない。比丘たちよ。もしある人が質問されて、断定的に解答すべき問いに、断定的に
解答せず、分けて答えるべき問いに、分けて解答せず、反問して答えるべき問いに、反問
して解答せず、捨て置くべき問いを捨て置かないならば、このような人は、比丘たちよ、と
もに語るにふさわしくないのである。
またもし、比丘たちよ、もしある人が質問されて、断定的に解答すべき問いに、断定的に
解答し、分けて答えるべき問いに、分けて解答し、反問して答えるべき問いに、反問して
解答し、捨て置くべき問いを捨て置くならば、このような人は、比丘たちよ、ともに語るにふ
さわしいのである。