【聖書学】学問としてみた一神教【クルアーン】

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1神も仏も名無しさん
ここはユダヤ教、キリスト教、ひいては、イスラムを含めた一神教を、
今のキリスト教会が教える一神教ではなく、あくまで、学問的アプローチ
で、考察するスレです。学問的アプローチで、旧約聖書、新約聖書、クルアーン
などの書物を読み解き、一神教を探っていきましょう。あなたの信じる学説
等から、一神教を語ってください。あらたな発見があるかもしれません。
またそれに異をとなえる、信仰者からの意見も大いに結構です。大いに議論を戦わせ、
それぞれのアプローチから一神教を探って生きましょう。
2神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 00:46:24 ID:x9bjx1mP
キリスト教に対する質問を、学問的な回答を得たい人もどんどん質問してください。
学問的に回答できる人も人は、どんどん答えてあげましょう。学問的アプローチによる
回答で、既存のキリスト教会の教える誤りを指摘するのもOKです。
3神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:15:27 ID:MSCUvErs
>2
それやっちゃうとファンダメンタリストとの泥沼に陥らないかな?

何はともあれミクラーから聖クルアーンまでってのは面白いので、期待しとく
4神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:18:49 ID:nSf20GXO
こういうの、神智学と違うの?
5神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:24:00 ID:+KrjwSz8
聖書とクルアーンの違う部分をとりあげたスレッドが
以前ありましたね。にくちゃんねるでは見かけませんでしたが……
>>4
全然違うと思われます。
6神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:29:29 ID:wTgMeCTJ
>>1
カラスの唄か?乙。
7神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:38:31 ID:+KrjwSz8
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185210915/994
>神が書いたのなら、人間に理解可能な人間の言葉で有るはずがないだろう。
>現代人なら、少しは常識を働かせたらどうかね。

いったいどういう「常識」なんでしょうね。ご隠居がいう「現代人」とは何者なんでしょう。
普通に考えれば、相手に何かを伝えようとして記すなら、相手の言語を用いるのが常識です。
相手の言語が使えるなら、普通にそうするでしょう。彼は違うみたいですが。

さっそく997氏に論破されてますが。
>聖書は確かに神が与えたものであるが、人間に理解できなかったら人間に与えた意味がなかろう。w
>ちっとは頭使おう。

最初から話の噛み合う相手では無いってことです。
8KG:2007/08/03(金) 01:39:23 ID:v3Jjbj9e
歴史学が聖書を取り扱うと、
聖書やキリスト教の、
他の宗教や他の聖典への優越性は綺麗サッパリどこかへ消えてしまうのですが、
そうした成果をもたらす歴史学の手法を、キリスト教徒の方はどう思われるでしょうか?
9神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:48:00 ID:wTgMeCTJ
結論から言ってしまえば、
質問箱においてキリスト教徒の排他性が実証されたということか。
10神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:49:13 ID:+KrjwSz8
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185210915/999
>君達が信じ込んで止まない聖書や神が、信じるに足りるものであるか
>という、キリスト教の根本問題を議論している。

議論用のスレではないのに、議論があまりにも長く続くもんだから
より適切なスレに誘導しているだけです。
しかも議論するに何の支障も無い。
ただし「観客が多いところで暴れたい」という欲求を満たすには不都合がありそうですが。
他人の知識と思索の尻馬に乗るだけしか能の無いご隠居とは違い、
本当の意味で議論を望む方ならば普通にこちらに移動してもらえるものと信じています。
11神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 01:49:32 ID:aZm5I70X
>>8
「歴史学の手法」とやらがわからないのでなんとも。

神(善)の王国とサタン(悪)の王国の戦い。
この世は基本的に悪の支配下にあるからです。

霊的な戦いであるのですよ。常に。
ためしに教会へ歴史学とやらをもってきてみたら。
歴史学なんぞ綺麗さっぱりどこかへ消えてしまうでしょう。

12KG:2007/08/03(金) 02:03:37 ID:v3Jjbj9e
>>11
>「歴史学の手法」とやらがわからないのでなんとも。

以下は、以前のスレッドでの私の回答のコピーです。
問:君のいう「歴史研究」「歴史学」が信用ならないからだよ。逆に聞くがそれが真実だ、とどうして言える?

答:私とて、歴史研究の成果が、絶対的に真実であるとは考えていません。 歴史検証にも限界はあり、そこには、誤りも含まれるでしょう。
「過去を知る」という行為には、少なからぬ誤差はつきまとうものです。
しかし、歴史学の手法が、“人間の認識する限りの”真実に近付こうとしていることに変わりありません。
「なぜ?」「ほんと?」という2つの問いかけを積み重ねていって、過去の事実を探ろうとしているのです。
この懐疑の二本柱なくして、我々は、物事を認識することはできません。 キリスト教徒といえども、そうではないでしょうか?
我々が人間である以上、過去の出来事を知るには、今のところ、歴史学の手法に頼るしかありません。
歴史学は絶対確実な真理ではありませんが、それでも、人間にとって、過去の出来事を探るために、研ぎ澄まされた最善のツールであることに変わりはありません。
もし、その歴史学の手法を否定するならば、他の歴史をも否定しなければなりません。
「歴史は信用ならん」と言う方は、第二次世界大戦の結果にも疑問をもたれれるのですか?
例えば、「ヒトラーは実は生きている」とか…、「アウシュビッツ収容所は無かった」とか…。

>霊的な戦いであるのですよ。常に。
その世界観は、どこで、何から、お知りになったのですか?
13神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 02:03:57 ID:aZm5I70X
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185210915/996
>イエスの磔が、事実としてすでに前提となっていることの根拠がわからないのです。
世界史の権威にでも聞いてみればいいんでは?
私は世界史の教科書で知ったくらいで、後は聖書で知ったので根拠といわれても・・・。
根拠は聖書です、としか・・。w 

>その前提は、一人の男の、水面歩行、宇宙旅行、死からの再生といった、
>我々が普通なら「ありえない」と判断する奇跡物語の中に横たわっているのです。
「普通の人間ならありえない」からこそ神と考えると思うのですが。

>当然のこととして、その男の死も疑われて当然だと思うのです。
死んで蘇ったからね。
葬られた墓はイスラエル旅行で見れるようですよ。ミイラは当然の如くありません。
肉体をもって蘇り肉体をもって天に昇ったからです。
>イエスが実際に何を語ったのか、語らなかったのかといったことについては、
>「イエス・セミナー」の議論を参考になさると良いかもしれません。
ググってチラと見たけど、これってそろそろ反キリストが動き出す前兆かと思った。

14神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 02:34:38 ID:aZm5I70X
>>12
>その世界観は、どこで、何から、お知りになったのですか?
聖書。
Tヨハネ5:19
エペソ6:12
15KG:2007/08/03(金) 05:26:15 ID:v3Jjbj9e
>>14
では、ヨハネからの手紙とエペソ人への手紙の世界観が正しい、あるいは真理である、との確証はどこで得られたのでしょうか?
16神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 11:04:09 ID:kYMqA/L/
聖書に記載されている歴史や時代背景、世界観(これは正しいとかあるのか?)の
何もかもに物的証拠をあげて、それら全てが正確なんだと分かってから信じるんじゃ、
大変長い道のりだろうなぁ。
17神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 11:46:25 ID:2iCeAD8s
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1186070600/26
>だから、アンチは、その聖書が果たして信じるに値するものか、信じた
>ことによる弊害はないか、という根本的な質問をしているのだよ?まさに
>「質問箱」に相応しい。

答えは出てくるくせに噛み付き続け、それを「質問」とほざきます。

聖書は非信者から見れば信じがたい。キリスト教徒もそれを認め
認めたうえで聖書を信じている。KGさんココモスキーさん的な視点からは信用じるに値できない書物でしょう。
追従しているだけのご隠居から見てもその通りでしょう。
このように、質問の答えはとうに出ているのです。

質問と称しての荒らしは「質問箱」に相応しくありません。
18KG:2007/08/03(金) 15:57:58 ID:v3Jjbj9e
>>17
他の方はとっくに回答を得られれているかもしれませんが、
私の問いに対しては、クリスチャンの方々は、誰も答えを出しておりません。

その問いとは、

●「聖書が、歴史的事実を伝えていると主張できる根拠は何か?」
●「歴史研究の成果と、聖書の記述は一致していなければならないのか?」
●「古今東西、無数に存在する書物の中で、なぜ聖書が信用するに値するのか?」
●「聖書の奇跡を信じて、他の書物の中の奇跡を信じられない、その判断基準は何か?」
●「もし、聖書が歴史書でないとするなら、聖書から歴史を読み解くことは可能か?」
●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事を知るのか?」
●「歴史家の学説が信じられないにもかかわらず、他方で、歴史家が再現した後1世紀パレスチナの情況を、福音書に当てはめるクリスチャンがいるのはどうしてか?」
●「聖書の、他の宗教の聖典に対する優越性は、何によって確証されるのか?」
●「歴史学の手法によってその信憑性に疑問が投げ掛けられる書物の内容を、どうして“真理”と呼ぶことができるのか?」
●「以上のような問いを投げ掛けられたとき、それに神経を尖らせるクリスチャンがいるのはどうしてか?」


19KG:2007/08/03(金) 16:03:20 ID:v3Jjbj9e
>>13
>「普通の人間ならありえない」からこそ神と考えると思うのですが。

では、「ありえないこと」はすべて神に帰するのですか?
聖書以外の、オリエントの神話の「ありえないこと」、日本神話の「ありえないこと」。
それらについても、神の業とお考えになられますか?
もし、世界中の「ありえないこと」のどれもが等しく神の業であるのなら、
その中から、聖書をあえて選ぶのはどうしてでしょうか?
20神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 16:25:58 ID:aZm5I70X
>>15
己の実体験。
聖書の知識と祈りによる。
21神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 16:31:33 ID:MSCUvErs
期待しちゃってたけど、何?隔離スレだったのかよorz

>18
並べた質問だけど、キリスト教徒を1枚岩とでも思っているような前提はダメだと思うな。

いわゆる自由主義神学からファンダメンタリストまで幅が広いんだから。
こうして見直すとファンダメンタリストを全キリスト教徒の代表にしちゃってる様に見えるぞ。

タリバーンをイスラム教徒の代表に捉えてるようなもんだ。

最近読んだ本でカトリックの聖書学者(ということは自由主義神学だね)のレイモンド E. ブラウンって人の書いた「聖書についての101の質問と答え」って本を図書館で探して見るといいんじゃないかな?Q20あたりからこの辺の話題が出てて納得いくんじゃないだろうか?

ファンダメンタリストはこの本ダメだろーけど(w。
22サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 16:35:55 ID:bkGNajVe
まぁクルアーンなんて紙屑なんだけどw
23KG:2007/08/03(金) 16:51:03 ID:v3Jjbj9e
>>20

なるほど。
では、その「己の確信」は、他の人々に勧めたり、広めたりするだけの、確実性がおありだとお考えですか。
24KG:2007/08/03(金) 16:54:33 ID:v3Jjbj9e
>>21
別に私は、すべてのクリスチャンがそうだとは申しておりません。
そういった、ファンダメンタル(?)な考え方を持つクリスチャンに、是非、お答えいただきたいのです。

また、聖書を少なからぬ信じる人は、どこからどこまでを信じ、どこからどこまでをデタラメだと判断なさるのでしょうか?
自由主義の方々は、福音書の中のイエスの生涯について、どこまで信頼が置けるとお考えでしょうか?
25KG:2007/08/03(金) 16:56:41 ID:v3Jjbj9e
>>22

クルアーンが紙屑なら、
聖書もまた紙屑だとはお考えになりませんか?

また、クルアーンが宝ならば、
聖書もまた宝にはなりえませんでしょうか?

クルアーンに対する聖書の優越性、
あるいはまた、聖書に対するクルアーンの優越性はどこにありましょう?
26サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 17:14:47 ID:bkGNajVe
>>25
じゃあさ
クルアーンは要約すると何を主張してるわけ?w
27KG:2007/08/03(金) 17:23:53 ID:v3Jjbj9e
>>26
この私はクルアーンの研究者でもなく、イスラームの信奉者でもないので、
クルアーンの優越性については主張できませんし、するつもりもありませんが、
その内容は、やはりなんと言っても、アッラーの絶対性、そしてイスラームの法に従うことの利益の主張ではないでしょうか?

クルアーンについては、その方面の専門の方からの意見を聞いてみたいと思います。
28神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 17:28:51 ID:+FFOpWTd
>>26
自分(一教団)の主観のみで善悪、正誤を決めつけるキリスト教の傲慢を指摘されてるんだと思うよ。
聖書倶楽部みたいなもんだけど、それが組織化して一般社会にも実害を及ぼすから
危険監視対象だ。
キリスト教も破防法適用してほしいよ。
29神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 17:37:57 ID:MSCUvErs
>24

カト方面のファンダメンタリストが丁度相手してくれてるね(w

こういう字面を追いかけるような態度がファンダメンタリストの裏返しではあるよね。創世記は事実だって言ってる連中を論破しようとすると巧い具合に反論されちゃうって聞いた事無い?
結局はそういう人の土俵に立ってるんだからねぇ。

プロテスタントなら田川建三あたり、カトなら上記のブラウンの本なんか図書館に有ると思うから
一通り読むといいんじゃなかろうか?

福音書を例にとれば福音書はイエス(イエズス、イイススどれでもいいぞ)の伝記ではなく、福音書の著者達が伝承されてきた材料を霊感でもってまとめた物だと。故に大幅に矛盾しているけれども、基本線はイエスの福音を伝えるって事に集約されるから無問題ってことで。

数式の様に割り切って考えようってのは新興宗教向け。テルトゥリアヌスのCredo quia absurdumってお言葉をお贈りしましょう(笑)

30KG:2007/08/03(金) 17:49:09 ID:v3Jjbj9e
>>29
上手い具合にはぐらかされることはあっても、反論されたことはありません。
そもそも、彼らは、質問に答えようとしないのです。
なぜ彼らは反論しないのでしょうか?
31神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 17:50:11 ID:+FFOpWTd
>>29
イエス観想文であることは趣味の範囲ですので一向構わないですが、それを持って、
自教のみを真理として他教を不完全であると差別化する傲岸不遜は何とかならない
ものでしょうか?
そんな他者蔑視の姿勢こそが争いを生み続けるのですが。

32サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 17:52:48 ID:bkGNajVe
>>27
あのー
クルアーンくらい目を通してくださいね

要するに旧約を単純に外国人に広げただけで 全く無価値なものです
33神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 17:55:34 ID:+FFOpWTd
またはじまったw

キリスト教=価値あるもの
他教=無価値なもの

ほんと病気だよこいつらw
34KG:2007/08/03(金) 17:57:21 ID:v3Jjbj9e
>>32
『クルアーン』にならば目を通しましたが、何か…。

では、オリエントの神話を広げた旧約、ユダヤ教の文書とギリシア哲学を広げた新約の価値とは何でしょうか?
35サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 17:59:48 ID:bkGNajVe
>>34
あのーw
クルアーンのお話なんですがw

クルアーンが旧約の 救済の契約をたんに外国人に広げただけとお認めになりますね?
では イエス・キリストの福音にもとずく新約とはどこが異なると思われます?
36KG:2007/08/03(金) 18:08:37 ID:v3Jjbj9e
>>35

>クルアーンが旧約の 救済の契約をたんに外国人に広げただけとお認めになりますね?

もちろん認めます。
どこの聖典も、たいていそのようにして成立してきたのではないでしょうか?

>では イエス・キリストの福音にもとずく新約とはどこが異なると思われます?

登場人物と、文化背景が異なると思います。
あとは基本的に、自分たちの神々の優位性を説いている点や、
自分たちの共同体に属することの利点を主張している点では、一致していると思います。
イスラームの文化圏では、ムハンマドは、イエス並に尊敬されているのでしょう。
私はどちらか一方に軍配をあげることはできません。

ところで、勝手なお願いなのですが、
>>18>>34の私の質問に、お答えいただけないでしょうか?
37サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:11:56 ID:bkGNajVe
>>36
> >>35
> >クルアーンが旧約の 救済の契約をたんに外国人に広げただけとお認めになりますね?
> もちろん認めます。

よろしいです

> どこの聖典も、たいていそのようにして成立してきたのではないでしょうか?

いいえ クルアーンは旧約と新約をかなり意識しています
で その結果があれで。。。

> 登場人物と、文化背景が異なると思います。
> あとは基本的に、自分たちの神々の優位性を説いている点や、
> 自分たちの共同体に属することの利点を主張している点では、一致していると思います。

ですから新約とクルアーンの具体的な内容の相違についてはどう思われますか?

> イスラームの文化圏では、ムハンマドは、イエス並に尊敬されているのでしょう。
> 私はどちらか一方に軍配をあげることはできません。

そのようなことはお尋ねしていません
38神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 18:12:15 ID:aZm5I70X
>>23
先代の信仰者達は確実性があると考えるからキリスト教が広まってきた。
私もあると考えてますよ。
自転車も眺めているだけでは走った感じがわからないように
信仰も同じです。
信仰というものは中にはいってみないとわかりません。
外から眺めて疑心暗鬼でいる限り決してわからないものでしょうね。
39KG:2007/08/03(金) 18:16:37 ID:v3Jjbj9e
>>37
クルアーンと新約の具体的な違いとは何か、ですか?

世界観、啓示の内容、登場人物、法規、構成、前提となっている文化…、ありとあらゆる点が違うと思います。

ところで、私の>>34の質問にはお答えいただけないのですか?
40サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:17:14 ID:bkGNajVe
>>39
それを端的に表すと?
41神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 18:19:25 ID:aZm5I70X
クアルーンに釣られて変なのが入り込んで(ry・・・w
ま、KGにいい話相手ができてよかった、ということにしよう。w
42KG:2007/08/03(金) 18:21:50 ID:v3Jjbj9e
>>40

色々な答え方がありましょうが、
文化の違い、宗教の違い、価値観の違い、だと私は思います。
というか、端的に表すことなんてできるのですか?
比較宗教学でも専攻していれば話は別でしょうが…。

ところで、>>34の質問への答えはいただけませんか?
43サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:24:22 ID:bkGNajVe
>>42
同じ一神教の線上で特色を見出すことは出来るでしょ?

ていうか スレタイにあるんだからクルアーンの問題から逃げないでくださいねw
44KG:2007/08/03(金) 18:31:18 ID:v3Jjbj9e
>>43

なるほど、キリスト教におけるイエスのように、人間が神格化されていないということですね。
もしかして、三位一体の問題でしょうか?

私は別に逃げているのではなく、本当に、クルアーンについては触り程度にしか分からないのです。
アラビア語も読めませんし、メッカにお参りに行ったこともありません。
モスクでの礼拝に参加したこともありません。
私の専門はどちらかというと、聖書サイドであり、その視点から、聖書の絶対性について考えてみたいのです。

ところで、>>34の質問は?
45神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 18:32:11 ID:aZm5I70X
クアルーンをスレタイに入れたのはココモスキーをこっちに呼び込むためと思われ。w
KGはクアルーンはわりとどうでもいい、というスタンスと思われ。
KGが知りたいのは>>17について。andクリスチャンのメンタリティだと。
46神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 18:35:31 ID:aZm5I70X
>>17じゃかった。>>18の間違い。
KGが知りたいのは>>18。>サロメ
47サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:36:32 ID:bkGNajVe
>>44
あぁ
それじゃ全然ダメですねw

>>45
なーんだ
つまんないw
48サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:38:11 ID:bkGNajVe
クルアーンのインチキ性が理解できれば新約が告げる福音のすばらしさが際立つ

要するにそういうことなんだけどね
49神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 18:41:07 ID:aZm5I70X
>>48
そういう話なら是非ココモスキーにしてやってください。
彼はムスリムだそうですから。
50サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:42:58 ID:bkGNajVe
>>49
でもいまさら歴史的聖書学じゃなぁw
51KG:2007/08/03(金) 18:43:04 ID:v3Jjbj9e
>>48
それを仰るなら、「新約のインチキ性」はなおざりですか?

聖書の正統性を主張なさる時に、>>18>>34の問いに答える必要はありませんか?
どなたか、>>18>>34の問いにピシャリと答えてください。
52サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:43:41 ID:bkGNajVe
KGってエリアーデは読んでるよね
ぶっとんだところでカスタネダやハーナーも
53サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:46:31 ID:bkGNajVe
>>51
じゃあさ
KG的にエゼキエルの幻視とかどうなのよ?
54KG:2007/08/03(金) 18:47:07 ID:v3Jjbj9e
>>52
随分前に、エリアーデの概説書を読んだことはあります。
ですが、大変恥ずかしながら、彼の著作を直に読んだことはありません。
近いうちに読もうと思っています。

カスタネダやハーナーは知りません。
55KG:2007/08/03(金) 18:49:18 ID:v3Jjbj9e
>>53

エゼキエルの幻視については、
バビロン捕囚から、エルサレムに帰還した後の、神殿権威を中心とする、ユダヤ人の新秩序の青写真だと理解しています。
56サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:49:54 ID:bkGNajVe
>>54
そこらへん押さえないで唯物主義の影響受けた歴史聖書学でキリスト教論じても不毛だよ

相対化さえ出来ないよ
卑小化するだけだ
57サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:50:41 ID:bkGNajVe
>>55
ちゃうよ
あのソースは明らかに変性意識由来だよ
58KG:2007/08/03(金) 18:53:53 ID:v3Jjbj9e
>>56
では、早速学んでみようと思います。
エリアーデでオススメの著作は何になりましょう?

それよりも、>>18>>34の質問に答えていただけませんか?
59サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 18:55:00 ID:bkGNajVe
>>58
カスタネダやマイケル・ハーナーでイイヨw
エリアーデ読むの大変だしw
60KG:2007/08/03(金) 18:57:12 ID:v3Jjbj9e
>>58
彼らもまた、文化人類学者なのですか?

>>18>>34への回答は?
61神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 19:13:48 ID:8ZM5PD78
サロメは、まずイエスの呪縛から離脱しない限り、学問的議論は無理。キリス
ト教徒が、聖書を客観的に論じられる訳がないだろう。
62神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 19:36:14 ID:+FFOpWTd
なんだ・・・結局自己主張だけして都合の悪いものには蓋をするってキリスト教徒の
卑怯を露呈しただけかよw
63神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 19:40:11 ID:+FFOpWTd
学問はあくまで反対資料と比較しながら批判的に行うのが
常識だけど、ヴァチカンに都合のいい答えありきの説明されてもなぁ・・・
ただのオナニーと変わらないw
64KG:2007/08/03(金) 19:49:36 ID:v3Jjbj9e
どなたか、>>18>>34
私の質問に答えてはいただけないでしょうか?
できれば、クリスチャンの方に答えていただきたいのです。
65サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 19:50:03 ID:bkGNajVe
>>61
まともな歴史の知識も無いくせに笑わせるな隠居w
66サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 19:52:47 ID:bkGNajVe
だから前世紀の唯物聖書学使っての煽りはおなか一杯なのよ某やw
67KG:2007/08/03(金) 19:53:08 ID:v3Jjbj9e
>>65
クリスチャンの方々は、「歴史の知識」をどのようにして獲得するのでしょうか?

できれば、>>18>>34の私の問いと合わせて答えていただきたいです。
68神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 19:54:38 ID:+FFOpWTd
前世紀のものなど使わなくてもヴァチカンの基地外は実証済みだろw
69KG:2007/08/03(金) 19:56:48 ID:v3Jjbj9e
>>66
それを唯物聖書学と呼ぼうが呼ぶまいが、何でもいいのですが、
サロメさんが、お答えになりたくないことは分かりました。
サロメさんにとっては、ちょっと難しすぎましたかね…。
困らせて申し訳ありませんでした。

では、お腹いっぱいでない方で、クリスチャンの方、
>>18>>34の質問にお答えください。
>>67についてもお願いします。
70サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 19:59:45 ID:bkGNajVe
>>69
変性意識もご存じない君には宗教って理解できないと思うw
71神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:01:59 ID:+FFOpWTd
>>70
個人の変性意識はまだ構わない。
社会法に反すれば罰せられるからね。
ヴァチカンのように集団変成意識は社会の害悪でしかない。
構造的にはカルト性を持つ危険団体であることは間違いない。

72KG:2007/08/03(金) 20:02:07 ID:v3Jjbj9e
>>70
とりあえず、宗教について理解する前に、
>>18>>34>>67の答えを知りたいのです。
73神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:03:12 ID:aZm5I70X
自分の答えがあらかじめあって、それが出てくるまで誰か答えろとやり続けるんだろうな。<KG
前もこういう人いたような。うさぎ、っていう。w

74神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:04:52 ID:+FFOpWTd
>>73
論理的答えもなくマイコンされきってる無思考無批判カルト信者の思考回路に
興味あるんでしょ。
75神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:05:51 ID:IXZvEc/4
変性意識状態(へんせいいしきじょうたい、オルタード・ステイツ)とは、
人間の意識状態の一種。 日常的な意識状態とも睡眠状態とも別の意識状態
であり、宇宙との一体感、全知全能感、強い至福感などを伴う。
この体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なものである。

その体験は肉体が極限まで追い込まれた状態、深い瞑想、
薬物の使用などによってもたらされる。

古来より、悟りや神の啓示などを体験した宗教家は
変性意識の体験者であると言える。この意識は白昼夢
や幻覚の一種であるとの批判もあるが、
神秘主義者は日常的な意識の方こそ幻覚なのであり、
変性意識状態こそ真実の体験なのであると主張する。

心理学の中では精神病の一種とする見方がある一方、
トランスパーソナル心理学ではこれを人間に
肯定的な効果をもたらすものとして研究する。
76サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:06:13 ID:bkGNajVe
>>72
じゃあ歴史学者あるいは歴史オタクに聞きなさいw
77KG:2007/08/03(金) 20:06:15 ID:v3Jjbj9e
>>73
私がウサギでも何でも構いません。
私の答えと符合しなくても一向に構いません。
正解などないでしょう。

とにかく、自信たっぷりに、
>>18>>34>>67の問いに
バシバシと答えられる方を捜しているのです。
78サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:07:21 ID:bkGNajVe
>>77
だからそれは歴史学者の領域だってw
79神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:08:00 ID:IXZvEc/4
>だから前世紀の唯物聖書学使っての煽りはおなか一杯なのよ某やw

自分が37歳のババアだってこと晒してる・・・・・
80KG:2007/08/03(金) 20:08:24 ID:v3Jjbj9e
>>76
では、歴史オタクのクリスチャンの方、
>>18>>34>>67への回答をお願いします。
それほど難しい質問ではないはずです。
81サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:09:42 ID:bkGNajVe
変態ユッキーみつけたwww

375 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2007/08/03(金) 19:46:23 ID:IXZvEc/4
>>373
そりゃあもう!高校生や大学生なんて性欲の塊ですよ。
スタイルのいい女性を見ただけで勃起ですよw
そんな連中にオナニーするなって言う方が酷でしょ?
だから聖職者が減ってるんですよ。
ちなみに性欲は50歳くらいまではそれなりに強いです。
ですから50歳以下の聖職者には気をつけて下さい。
82神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:10:04 ID:IXZvEc/4
クルアーン(قرآن qur’ān)は、イスラーム教(イスラーム)の聖典。
イスラーム教の開祖であるムハンマドに対して神(アッラーフ)が
下した啓示であり、ムハンマドの死後にまとめられた現在の形は全てで
114章からなる。「朗唱されるもの」を原義とする。(アラビア語では
定冠詞が伴い「アル=クルアーン」と呼ばれる。)

欧米では古くから Coran あるいは Koran と呼ばれており、
日本でも長らくそのカタカナ化した形であるコーランという名前で
呼ばれてきた。しかし近年はアラビア語の原語の発音により近くして
日本語ではクルアーン、英語ではQur'anと表記されることが多く
なってきている。なお、宗教法人日本ムスリム協会は「アル=クルアーン」
に相当する語として「聖クルアーン」と表記することがある。
83サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:10:33 ID:bkGNajVe
>>80
じゃあ板違いだから世界史板にでも池w
84KG:2007/08/03(金) 20:12:21 ID:v3Jjbj9e
>>78

「太陽はどちらの方向から昇ると思いますか?」という問いは、
天文学者でないと答えられないのですか?

とにかく難しい質問ではありません。
85神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:12:54 ID:IXZvEc/4
サロメはカトリックなのにクルアーンなんか読んでるの?
それが当たり前のように言ってるけど普通じゃない・・・
よっぽど暇なんだな。37歳で未婚レズビアンが暇ってことは・・・
86神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:13:32 ID:aZm5I70X
たまに女言葉を使う ID:+FFOpWTd は何者ですか?
受け答えが卑怯者臭プンプンするんですが。
ヴァチカンとキリスト教徒が大嫌いのようですが何故宗教板にいるのかな?
「ソラからの伝言」とかそういう類からの出張者?w
ホラホラ、空見ないと。ソラから伝言きてますよ。wwww
87KG:2007/08/03(金) 20:15:25 ID:v3Jjbj9e
>>80
どうしていつも、>>18>>34>>67の問いかけをすると、
クリスチャンの方は、決まって「板違い」と言うのでしょうか?
板違いでないにもかかわらず…。
88サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:15:39 ID:bkGNajVe
>>84
だからさw
キリスト教の信仰に歴史聖書学で難癖つけるのってありふれてるのw

そのくせ そういう連中に限って神秘の領域には皆目無知なんだよね
アンタみたくw
89サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:16:25 ID:bkGNajVe
>>87

太陽を作ったのは 動かしている存在は誰?
宇宙の始原は誰が起こしたの?
90KG:2007/08/03(金) 20:19:14 ID:v3Jjbj9e
>>88
難癖と受け取られても構いません。
ありふれていてもかまいません。
私はとにかく知りたいのです。

質問に対して、回答でもって、応答してくださる方はおられませんか?
91神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:19:51 ID:aZm5I70X
サロメはなんで ID:IXZvEc/4 のような変態に追い掛け回されてるんだ?w
92神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:20:10 ID:+FFOpWTd
>>86
私がどこにいようが勝手では?w
キリスト教徒ってほんとに下らないw

>>87
困るんでしょうねぇw
ヴァチカンの矛盾や、卑怯、でっち上げが露わにされるのですから。
93サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:21:47 ID:bkGNajVe
>>91
夏だからw
94神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:23:55 ID:aZm5I70X
>>92
ああ、勝手だけどたまに喋りが感に触るので。w
で、何者なん?
無心論者?仏教徒?
95サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:25:47 ID:bkGNajVe
>>94
おなにー中毒の童貞ニートらしいヨw
96神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:26:40 ID:+FFOpWTd
無心論者っていいじゃんw
そゆことにしとこw
97神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:31:52 ID:+FFOpWTd
>>95
少年のケツ掘りまくってる神父やら、穴蔵に籠もってレズ三昧の修道女
よりはオナニーのほうがはるかに健全
98神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:36:30 ID:IXZvEc/4
サロメが教会に通うのもレズの相手探し

レズは禁止なのに・・・・
99神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:39:44 ID:+FFOpWTd
37歳、レズ、相手探しのための教会通いってすごいスペックですね・・・
ある意味ストイック・・・
100神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:41:16 ID:IXZvEc/4
>>61
>サロメは、まずイエスの呪縛から離脱しない限り、学問的議論は無理。キリス
ト教徒が、聖書を客観的に論じられる訳がないだろう。

それが出来るんですよー、生臭坊主っているでしょ?
あれと一緒なんですよ〜哲学遊びに高じてるだけなんで、
クリスチャンではないんですー

101サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:41:58 ID:bkGNajVe
KGは逃亡か。。。
102神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:44:44 ID:+FFOpWTd
>>101
どう見てもお前が逃げ回ってるから一時退席中なんジャンw
何も後ろめたさがなければ誠実に答えればいいのに。
103KG:2007/08/03(金) 20:44:56 ID:v3Jjbj9e

どんな性癖の持ち主の方でも構いません。
とにかくクリスチャン(自称・他称)の方で、
>>18>>34>>67の質問に、
ピシャリピシャリと返答できる方おられませんか?

私は、これまでのクリスチャンの方々のはぐらかしに「お腹いっぱいなのです」。
そういう答え方をしないクリスチャンの方も必ずおられるはずです。
私は、そういった方たちに期待しております。

104神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:46:02 ID:+FFOpWTd
ま、これがキリスト教徒そしてヴァチカンの程度なのでしょう・・・
105サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:47:29 ID:bkGNajVe
>>103
だから歴史学の領域ですから

だれも歴史学に従って信仰してるわけではないので
関心ないんでしょ
106サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:50:14 ID:bkGNajVe
女性の切腹の歴史のほうがきっと面白いよ
107神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:50:16 ID:NKYI12Fy
>>34
>では、オリエントの神話を広げた旧約、ユダヤ教の文書とギリシア哲学を広げた新約の価値とは何でしょうか?

新約のどの文書がギリシャ哲学的なの?
例のロゴスのことかな?

もしヨハネ福音書はギリシャ的ではなくもろユダヤ教的な文書だと思うよ。
キリスト教の文書ではなく、ユダヤ教の異端の文書だと言っている研究者もいる。
108神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:51:32 ID:+FFOpWTd
>>105
歴史学での整合性も満たさずになぜ盲信できるのですか?
鰯の頭を拝んでるようなものなのでしょうが、
それは老人ホームに行けば沢山見られる光景なので不問としましょう。

問題はその盲信をなぜ「唯一普遍の真理」などと妄言できるかですよ。
その根拠はなんですか?
109KG:2007/08/03(金) 20:52:31 ID:v3Jjbj9e
>>105
どんな領域を専攻していても構いません。
何に従って信仰していても構いません。
というか、>>18>>34>>67は、
答えられないほど難しい質問ではないはずです。

とにかく、サロメさんにとって難しいということは分かりました。
110サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:53:12 ID:bkGNajVe
kg切腹の話しようよ!
111神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:53:12 ID:+FFOpWTd
>>107
ロゴスは後代に書き足したものですか?
112神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:54:00 ID:NKYI12Fy
あと、エヴァンジェリカル側の主張は 或福音派信徒が出てこないと
まとまった主張が出来る奴はいないと思うよ。

それには、結構程度の高い書きこみをしないと出てこないと思うよ。
っていうか、最近はさっぱり釣れないね。
113サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 20:55:18 ID:bkGNajVe
>>112
だから前世紀の歴史聖書学じゃ無理です
114神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:58:17 ID:+FFOpWTd
ユダヤ的なのはむしろマルコでしょう。
最初期に書かれたものだけあって、ユダヤ圏を意識した書物です。
むしろ4福音書でヨハネが最も違和感ある所謂ギリシャ的書物だと
思いますよ。系譜といった伝達情報よりも異邦人向けのスピリチュアル
な書記が多いように感じられますね。
115神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 20:59:38 ID:NKYI12Fy
>>111
アレキサンドリヤの教父(名前忘れた)がヨハネ福音書のロゴスを
プラトンの「ロゴス」と同じとして解釈をしたんだね。

なぜかというと、フロンがトーラをプラトン的に解釈しているんだけど
そのなかに「ロゴス」論が出てくるらしい。これに影響されたと言われている。

事実 フィロンはユダヤ教には相手にされず キリスト教側でその文書が読み次がれている
116KG:2007/08/03(金) 20:59:47 ID:v3Jjbj9e
>>110
教えてください。
日本史において、切腹と言う習慣があったことは、
どのような調査方法によって知ることができますでしょうか?
最古の切腹の習慣にアプローチするために、
サロメさんだったら、どのように調べますか?
117サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:02:13 ID:bkGNajVe
>>116
今昔物語に袴垂れって奴が出てくるやン

女の切腹は足利義政の乳母 今参局だよ
118KG:2007/08/03(金) 21:03:24 ID:v3Jjbj9e
>>115
詳しくは知りませんが、
それはウァレンティヌスではないでしょうか?
119サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:04:17 ID:bkGNajVe
初期の切腹は腹を割いて腸を引きずり出す
そのあと 刀の切っ先咥えて倒れたりウマからおちる

でも失敗すると一晩中苦しんで死んだらしい
120神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:05:58 ID:+FFOpWTd
アウグスティヌスだしプラトンのイデアでしょ。
121サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:08:13 ID:bkGNajVe
あとよくやったのが 切腹のあと自分で顔面を削る

刀をおでこから水平に 刃を下に向けて一気に削る

主君の身代わりになったときとか 根性でやったらしい
122神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:09:16 ID:+FFOpWTd
そもそも、ロゴスなんてヴァチカンにしてみたらけしからんものだったんですよ。
だって、普遍の真理はカトリックの専売特許ですからね。
神の真性がどの人間魂にも内在するなんて、営業妨害の恐れになるもんは
とんでもないわけですが、近代民主化の波に抗しきれずトマスアキィナスが
方便で使ったんでしょ。
もともと、聖書は普通の労働者じゃ読んじゃいけないものだったわけで
いくらでも改竄・編纂は可能なわけで。
123サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:13:47 ID:bkGNajVe
時空を無視する奴は切腹したほうがいいなwwww


神  道  信  者  かもw
124神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:15:13 ID:+FFOpWTd
最も時空を無視してるのはバチカンはじめキリスト教徒だけど。
自分たちの都合のいい時系列しか採用してないでしょ。
だからカルトだって言ってるんだけどね。
125サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:16:44 ID:bkGNajVe
トマス・アクィナスが近代民主化に抵抗wwwwwwwww


労働者が聖書読めないwwwwwwwwwwwwwwwww


さっすが

神  道  信  者
126神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:19:16 ID:+FFOpWTd
近代がひっかかったか。
失礼。
中世だが、ルネッサンス幕開けだから、民主化の潮流の中ではあったよ。
127サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:21:12 ID:bkGNajVe
ルネッサンスが民主化???????????

ルネサンスっていつ????

それで民主化?????????

すっげぇ

神  道  信  者
128神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:23:20 ID:+FFOpWTd
やれやれ・・・
ルネッサンスは人文主義復興だから中世のカトリック支配からの脱却。
確実に専制政治からの脱却に向かうターニングポイントではあったよ。


129サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:23:21 ID:bkGNajVe
がんばって検索しろ

中学生 もとい

神  道  信  者
130サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:24:24 ID:bkGNajVe
古典の復活が民主化。。。。。。脱力だぞ

神  道  信  者
      〜〜〜〜
131神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:24:55 ID:+FFOpWTd
>>129
それでKGさんの質問及び私の質問には答えてくれないのでしょうか?
132サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:26:10 ID:bkGNajVe
>>131
夏休みの宿題かたずけろ

神  道  信  者
      〜〜〜〜
133神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:27:17 ID:+FFOpWTd
>>132
結局答えられないかw
134サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:28:00 ID:bkGNajVe
しっかし。。。。

さすが戦争負けるはずだわ

神道ッでwwwww
135神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:34:16 ID:aZm5I70X
ID:+FFOpWTd は男性のふりした下品な女性だと思う。
136神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:35:26 ID:+FFOpWTd
>>134
間違った事は素直に謝るけど、キミは答えずに逃げる卑怯だけが際だつよw
137神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:38:53 ID:+FFOpWTd
>>135
37歳レズカトリックのおばさんより上品でしょw
138サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:39:07 ID:bkGNajVe
いやぁw

間違うってレベルじゃないw背伸びはよせw

神  道  信  者
      〜〜〜〜
139神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:41:36 ID:aZm5I70X
神道で満足できなくてキリスト教に?
140神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:44:33 ID:+FFOpWTd
>>138
こうなると哀れだね〜
レズ相手は見付かったの?

>>139
なにが?w
キリスト教はカルトだってw
141サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 21:51:20 ID:bkGNajVe
>>135
むちゃくちゃ頭が悪い女だなw
142KG:2007/08/03(金) 21:51:52 ID:v3Jjbj9e
クリスチャンの方で、以下の質問に答えていただける方はいらっしゃいませんか?


●「聖書が、歴史的事実を伝えていると主張できる根拠は何か?」
●「歴史研究の成果と、聖書の記述は一致していなければならないか?」
●「古今東西、無数に存在する書物の中で、なぜ聖書が信用するに値するのか?」
●「聖書の奇跡を信じて、他の書物の中の奇跡を信じられない、その判断基準は何か?」
●「もし、聖書が歴史書でないとするなら、聖書から歴史を読み解くことは可能か?」
●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事(日本史など)を知るのか?」
●「歴史家の学説が信じられないにもかかわらず、他方で、歴史家が再現した後1世紀パレスチナの情況を、福音書に当てはめるクリスチャンがいるのはどうしてか?」
●「聖書の、他の宗教の聖典に対する優越性は、何によって確証されるのか?」
●「歴史学の手法によってその信憑性に疑問が投げ掛けられる書物の内容を、どうして“真理”と呼ぶことができるのか?」
●「以上のような問いを投げ掛けられたとき、それに神経を尖らせたり、はぐらかすクリスチャンがいるのはどうしてか?」
143神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 21:57:20 ID:+FFOpWTd
>>141
相当BUSUなの?
普通街歩いてるだけで声かけられるけど。
キリスト教の神様って残酷ね・・・
144サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 22:03:39 ID:bkGNajVe
中学で神道に凝ったお嬢ちゃんかw


神仏の信心って怖いから注意しろヨw
145神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:04:03 ID:IXZvEc/4
>>143
だからレズなんじゃない?
146サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 22:05:57 ID:bkGNajVe
気に食わないと信者を殺す神やら仏

粗末にされると火病起こして 子孫にまで祟る神仏

願いの成就の代償に7代分の運を奪ったり 本人の胆を食う神仏もいるらしいからねw
147神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:06:17 ID:+FFOpWTd
>>145
はぁ〜
日常の満たされないストレスをここで吐きだしてるのか・・・
性格鬼婆でそれが顔にも出てる悪循環なんでしょきっと。
148神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:07:24 ID:+FFOpWTd
>>146
そりゃヤハウェじゃねーかよwww
149神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:08:37 ID:aZm5I70X
サロメはモームスの誰某に似てるらしい。
それが本当なら可愛いと思う。w
レズというのも年齢もガセだろ。
男好きにきまっとる。
あまりに可愛いのでレズとでも言っておかないとここのバカ男が五月蝿いからと
私は想像してます。

>>143
お前マジでキモイな。本当は男だろ?
ただ根性がネチッとしてるん間違われる。w
150神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:09:28 ID:IXZvEc/4
>>142
新約聖書に記述されてることはほぼ真実であり現実。
Q資料、ユダの福音書などもある。
歴史学によって原始キリスト教で削除された文献を合わせて行けばいい。
旧約は怪しい。かなりたくさんの手を加えられた小説っぽい。
151KG:2007/08/03(金) 22:10:06 ID:v3Jjbj9e
PC・携帯画面の前の、
ストレスが溜まっているクリスチャンの皆々様、
>>142の問いへの答えを、ズバズバと書き込むことによって、
そのストレスを解消してしまってください。
152神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:10:58 ID:IXZvEc/4
>>149=ヒソカw
153KG:2007/08/03(金) 22:12:19 ID:v3Jjbj9e
>>150
クリスチャンの方々は、Q資料を基にしたイエス像の再現に同意されるのですか?
154神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:13:06 ID:+FFOpWTd
ほんとうクリスチャンって下らない・・・
とりあえず真っ当に質問答えろよ。
サロメがモー娘でもレズでもなんでもいいから。
155神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:16:13 ID:IXZvEc/4
>>153
だってマタイとかルカはQ資料からの転載じゃなかったっけ?
ん?ルカじゃなくてマルコか?
ユダの福音書ではマグダラのマリアが宣教師として頑張ってる。
もっと原始キリスト教時代に破棄された文献が出てくればいいのだが。
156神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:18:02 ID:IXZvEc/4
>>153
おっしゃる通り同意ですよ。わたしはカトリックです。
初期キリスト教を真摯に求め続けなければならないと思ってる。
157神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:22:05 ID:+FFOpWTd
Q資料って架空資料か・・・
ま、可能性は否定できないよね。
158KG:2007/08/03(金) 22:22:58 ID:v3Jjbj9e
私は別のスレッドに以下のような意見を書き込んだことがあります。
これについてはどう思われますか?

>聖書にはキチンと 弟子から弟子への信仰の継続方法が書かれていて…。

仰られる通り、まさしく「弟子から弟子の継続」こそが
教会の権威の正統性を保証するものであり、
その「キチンとした継続」を主張するために、新約聖書は書かれました。
新約聖書を読めば、初期のキリスト教徒たちが、
使徒の伝承を“作り出す”ために、
様々な文書を“つぎはぎ”したことが分かります。

そして、新約の偽典などを読めば、
それら使徒たちの権威とその伝承にそっぽを向いた書物が、
正典から締め出されたことを、容易に知ることができます。

新約聖書の価値とはまさに、そうした
初期キリスト教徒の自らへの権威付けの過程を
跡付けることができるという点において、
歴史的な価値を持っているのです。
それはキリスト教徒のための、キリスト教徒の手による、
創作された歴史なのです。
159神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:24:42 ID:yLvRDXqo
処罰の七天使とか、天使の本や神話辞典には出てくるけど、
どの伝承、どの書物に由来するかはっきりしない天使が
どのようにして生まれてきたか興味があります。

クルアーンに名の無い(中公文庫で出てる「ハディース」
(ただし文庫化前のデカい三分冊のやつ)の索引にも
無かったような)アズラーイールとイスラーフィールの両天使の起源も気になるところです。
160神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:24:45 ID:+FFOpWTd
イエス語録なる参考資料はあったかもしれない。
ただ、それがどのように用いられたかが問題になるね。
もちろんヴァチカンに都合の良い改竄・・・
161KG:2007/08/03(金) 22:30:28 ID:v3Jjbj9e
>>157

架空と言えるほど不確かではないですよ。
あえて、もう解説するまでもないことですが、
あれは、福音書の研究者達が、
各書を見比べていく中で「発見」した資料です。
この資料の復元が正確であったことは、
後のトマス福音書の発見によって裏付けられました。

Qの存在は仮説に過ぎないだろ?と言う人に対しては、
福音書がQを基にしていないという説も仮説ではないか?と
言い返すことができます。
結局の所、その勝敗を分けるのは、批判的な学問研究です。
162神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:35:55 ID:yLvRDXqo
アズラーイールと名の似た「エズラエル」という天使が
ペテロの黙示録やヨベル書に登場するそうなので、
後で調べてみることにします。
163神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:39:00 ID:+FFOpWTd
なる。
Q資料から様々な福音書が執筆され、その中から都合の良い書物を
選び出されたものが4福音書となれば全て整合しますね。
その際、破棄さえた団体がグノーシスであり、クムラン宗団だとしたら。
164神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:40:19 ID:IXZvEc/4
>>158
KG

初期キリスト教はローマ帝国に完全に支配されてたし、
ギリシャ哲学も相当入り込んでる。
また各福音書もバラバラだ。
パウロの弟子、ペテロの弟子、ヨハネ、が師匠から聞いたまま書いてる。
師匠によって変わるのさ。
だから、現在のキリスト教は「愛・主の復活」を信じるのみなのさ。
その点からして聖書主義はバカげてる。
165神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:40:45 ID:MSCUvErs
Qを巧い事使ってってのはカトリックがカトリックとして成立する前の話だろ(w

166サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/03(金) 22:40:54 ID:bkGNajVe
>>148
ちゃうってw

よく調べてみやがれw
167KG:2007/08/03(金) 22:46:44 ID:v3Jjbj9e
>>159
ハディースになければ、
クルアーンの注釈書、
『解明集成』や『クルアーン解釈』や『真珠』などはどうでしょう?
あとは、イスラム辞典で検索するしかないですかね。
168神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:47:53 ID:yLvRDXqo
>>163
クムランについてはよく知りませんが、グノーシスはありえないです。
岩波の「ナグ・ハマディ文書」に収録されてるのを図書館で読みましたが、
その経典は聖書やキリスト教のネタを取り込んだだけのオリジナル作品です。
169神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:51:01 ID:+FFOpWTd
>>165
あれれ・・・オタクら普遍でないの?
福音書選択だって使徒継承一環でしょ・・・

ま、カトリックがただの政治集団だと自覚しながら唯一普遍を唱えてるなら
賢いペテン師だけど・・・

>>166
旧約読んだことねーの?

ヨシュア 11:6 主はヨシュアに言われた。「彼らを恐れてはならない。
わたしは明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる。
あなたは彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払え。」

出エジプト 20:5 あなたはそれらに向かってひれ伏したり、
それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。
わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、
四代までも問うが、

申命記 5:9 あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりし
てはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。
わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが

170神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:52:09 ID:yLvRDXqo
>>167
じつは以前、ムスリムコテの人から回答をもらったのですが、
「スンナ」に名前が出てくるそうです。

中央公論社版のコーランの解説で「後世のイスラム教徒のあいだには
アズラーイールやイスラーフィールが知られている」という内容の一文がありました。
どの時点で、どのようにして成立したのか……。
171神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:52:54 ID:+FFOpWTd
>>168
だからどっちが取り入れたのかってのは別の話でしょ・・・
172神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:58:08 ID:+FFOpWTd
民数記 32:15 もし、あなたたちが主に背くならば、主はまたもや、
この民を荒れ野に置き去りになさり、あなたたちがこの民全体を滅ぼ
すことになるであろう。

申命記 2:34 我々は町を一つ残らず占領し、町全体、男も女も子供も滅ぼし
尽くして一人も残さず、
申命記 3:6 我々はヘシュボンの王シホンにしたように、彼らを滅ぼし尽くし、
町全体、男も女も子供も滅ぼし尽くしたが、
申命記 4:3 あなたたちは、主がバアル・ペオルでなさったことをその目で
見たではないか。あなたの神、主はペオルのバアルに従った者をすべて
あなたの間から滅ぼされたが、
申命記 4:26 わたしは今日、あなたたちに対して天と地を呼び出して証言さ
せる。あなたたちは、ヨルダン川を渡って得るその土地から離されて速やか
に滅び去り、そこに長く住むことは決してできない。必ず滅ぼされる。

申命記 7:2 あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、
彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、
彼らを憐れんではならない。

申命記 7:16 あなたの神、主があなたに渡される諸国の民をことごとく
滅ぼし、彼らに憐れみをかけてはならない。彼らの神に仕えてはならない。
それはあなたを捕らえる罠となる。

173神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:59:24 ID:yLvRDXqo
>>171
ヤハウェをこきおろしたりする文書が先に出て、
そこから「正統」側が取り込んだとお考えですか?
たしかグノーシスものは正典ものより成立が遅かったです。ユダの福音書とか。

イエスがヤハウェを軽んじていたら、というか否定してたら、
ユダヤ人に初期からクリスチャン出るなんてないでしょう。

また、そういう人物を預言者、神の子としてキャラを作り変える気にはならないでしょう。
174KG:2007/08/03(金) 23:08:13 ID:v3Jjbj9e
>>173
ただ、Qを資料としてイエスの発言の傾向を復元し、
その発言を、考古学調査によって明らかにされた当時のガリラヤ地方に当てはめると、
彼が“熱心な”ユダヤ教徒であったということは言えなくなります。
イエスに、預言者や神の子、殉教者というキャラが充てられた過程は結構複雑です。
175神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 23:08:52 ID:+FFOpWTd
>>173
どちらが先かはわかりませんが、複数の偽典、外典、その他歴史に出なかった
福音書が存在し、それらは相互補完の関係にあったことは事実です。
新約聖書中最も書記に執筆されたものがパウロの手紙であることからも
後代の教会によって都合良く編集されたと考えるのが自然でしょうね。
なぜ、イエスを祭り上げる必要があったのか?というと、今の新興宗教の
教祖だって野心に燃えて立身出世を目指すわけですから。
それと同じですよ。
176KG:2007/08/03(金) 23:21:24 ID:v3Jjbj9e

>>175
パウロの書簡が最初期のキリスト教文書であるという事実は見落とせません。
これを念頭に置いて、かなり雑に流れをかいつまむと、
パウロが傾倒した、[殉教者としてのイエス像]に、
[奇跡を行う者としてのイエス像]が組み合わされてマルコ福音書が成立し、
それに[Q]がドッキングされて、[マタイ福音書]が出来上がったと思われます。
もちろん、それまでにQ自身も、独自に発展しております。
この流れでならば、パウロの書簡の中に、イエスの格言が一つも書かれていないことの説明がつきます。
おそらくパウロはQを知らなかったのでしょう。
177神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 23:38:51 ID:+FFOpWTd
パウロが実働部隊としてキリスト集団の布教を行う中でも
中央エルサレム教会とは連携を密にし、組織体系を整えていったのでしょうね。
シンボルとなる教典を作らないことには組織としての基盤も弱いから
教典成立を目指して中央の執行部ではQ資料を編纂していったということですかね。
確かにイエス処刑後から福音書執筆まで何十年もの空白の時間を設けたのは
不自然すぎます。
ある程度の台本Qを下に沢山の福音書を書かせたというのが実態でしょうか。

それを4世紀カルタゴ公会議時に聖典化させるエネルギーと知略は大したものですね。
もともと、歴史の影に暗躍した実行部隊が存在し、政治的にキリスト教団を
組織化していったのでしょう。

そこまでのエネルギーをかけたのですから、既成権益に対する異常なまでの
執着と排他性も納得できますね。。。

それにまんまと乗せられているMC信者どもの精神構造に興味が行くのも
わかる気がしますw
178神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 23:42:00 ID:+FFOpWTd
カトリックの闇で歴史の表舞台に表されたものはほんの
一部に過ぎないのかもしれない・・・

ヒステリックにカトリックが唯一普遍の真理を謳うのはもはや余裕の無さか
よほど切羽詰まってるのかもな。
179神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 08:58:53 ID:oUfcRMm9
>>178
>ヒステリックにカトリックが唯一普遍の真理を謳うのはもはや余裕の無さか
>よほど切羽詰まってるのかもな。・・・・・・・・  \^o^/


賢人さん(KG氏、ID:+FFOpWTd 氏・・・)達、


o(*'▽'*)/☆゜'・:*☆ありがと☆



180サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 09:08:14 ID:2aertMH+
なんだよ結局陰謀論かヨwwwww
181神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 09:52:58 ID:ZpOITumw
すぐに文書化されなかった。というのは、それだけでは怪しいということにはなりません。
仏陀の教えもそうでしたし、ホメロスの詩もパピルスが入手しやすくなっても
すぐそれに書き残そうという動きがあったわけではありませんでした。

早く成立したクルアーンは戦いで、内容を覚えている人達が多く亡くなったことが
危機感を感じさせ、編纂される要因になりました。
文書で無くてもそれを語ることはできるわけで、すぐに文書化されるには、
上のクルアーンの例のような文書化を要請するような事情が無いといけません。
182神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 10:40:50 ID:rP4xrEa6
単純な論理構成なのですが・・・
>>すぐに文書化されなかった。というのは、それだけでは怪しいということにはなりません。

すぐに文書化されなかった。というのは、それだけでは正しいということにはなりません。

ということですよ。。。
別に歴史的不確実性に対して今の体制を全否定しているわけではありません。
その不確実性について、キリスト教徒は真摯に向き合っているのか?
っということがメインテーマではないでしょうか?

その不確実性の中で尚唯一普遍の真理を謳う根拠はどこにあるのか?
というヴァチカンの精神構造こそ焦点にもなってるのです。

我々は全否定こそしないが、あなた方は全肯定しているわけですから。
『現実に向き合う誠実さ』が問われているのでしょう。
183神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 11:31:13 ID:rx2XkZdp
KGがここでズラ〜と並べてるのが「歴史学の手法」なの?
それが歴史的検証?
184KG:2007/08/04(土) 11:50:13 ID:2rHubqYr
>>183
こんなのはまだまだ、ズラーと並べているうちに入りませんが、
ここでかいつまんで述べている新約の成立過程は、
文字資料(Qや福音書や他の文書)から離れることなしに、
復元された成立過程であり、その意味で「歴史学の手法」と言えると思います。
少なくとも、これまでの教会が採用してきた手法よりは、はるかにマシです。

不審に思われましたか?


185KG:2007/08/04(土) 11:58:05 ID:2rHubqYr
>>183
ところで、
貴殿はクリスチャンでらっしゃいますか?

であれば、もしよければ、
>>142の私の質問に
答えてはいただけませんでしょうか?
186神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 11:58:44 ID:pGMfEd4C
怪しいということにはならない、
というのは「何十年もの空白の時間があったことは、
それ自体何ら不自然なことではない」ということです。
187神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:04:55 ID:pGMfEd4C
>>142に答えるようなサイトがありました。

下世話なQ&A
http://homepage2.nifty.com/room30th/gesewa/b_true_or_false.html

もう一つあったと思うので探してみます。
188神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:08:24 ID:K4f62ISi
怪しいも何も、ヘブライスト連中(あるいはケファ以下直弟子連中)には本人から直接教わったのだ!という事をよりどころにわざわざ文書なんざ書く必要すらなかった。

ヘレニストにはこれはうざったい話で、彼らが老齢で死んでったりボケてったあたりから徐々に文書を残す。

パウロ書簡はそれとは別だけどもね。
189神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:14:33 ID:rx2XkZdp
>>184
ほほぅ、これが歴史学の手法なんですか。
本物かどうかも分からない資料をあっちこちからひっぱってきて
自分の予想予測でそれらを並べ替え、→こういうことだと思う。→ハイ結論→聖書は神話、書き換え作り話
ってそれじゃぁ納得いかないなぁ。
そんなものが歴史学、っていうんですか?
つまり偽者の誰かが作り上げた文書をさも本物であるかのように扱って結論を出すって可笑しいですよ。w
それが学者のすることだったら笑う。

全ての動かぬ証拠を出してくれたら考えてもいいですけど。<聖書は捏造されたもの

しかもリアルで資料見て集めて研究してるならともかく、KGのはネット検索のバーチャルでしょう?
まして信用なりませんわ。
190KG:2007/08/04(土) 12:18:19 ID:2rHubqYr
>>181>>182>>186
歴史研究においては、
すべての現象に対して「なぜ?」という
問いが投げ掛けられますから、
文書化されなかった空白の期間を怪しむのは、
まっとうなことだと思います。
同時に、なぜ文書化される必要があったか
についても怪しまねばなりません。

では、なぜ「イエスの語録」は文書化されたのでしょう?
誰が、何のために、Qを作成したのでしょう?
191神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:19:42 ID:Wf1xklE5
>>186
怪しいか否かではなく、福音書が聖典化されていく過程において
セクトに都合の良いものを抽出し、それ以外、つまり都合の悪いものは
排除していった過程があったことは事実です。
その間に大本の台本があり、それを下に教義体系が生成されていった。
それ故に初期福音書には多数編纂されなければならない「組織にとっての
不完全さ」を抱えていたために遺棄され、その後まとめられた福音書が
選ばれた。
っと考える方が自然だと言ってるのです。

あなたは怪しくないの一点張りですが、何がどう怪しくないのか具体的に
説明していただけないでしょうか?
別に福音書の編纂過程が存在すること自体全く自然であり、怪しくなどないのです。

怪しいのはその編纂過程を認めずに、十全はあたかも初めから完成されていた
書物として取り扱われていることであり、カトリックが何ゆえ普遍の真理なのか?
ということです。

192神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:21:54 ID:Wf1xklE5
他の価値を認めない排他性はローマ圏で新興キリスト教団が偶発的か知略に
よってかは知りませんが、政権を獲得したという事実、そしてその権益保持のために
自教に沿わない価値観(ミトラ、グノーシス・・・)は排斥していった性格は
全く理解できるのです。

しかし、現今において、科学の発達と共にカトリックも客観視され、主観に
よらず科学的にその実態が解明されてきた。
真理はとてもカトリックには存在せず(もちろん部分的にはあるのでしょう)
東洋はもちろん他の宗教も同様に神に対する崇敬があり、真理を共有している
と考えられるのです。

しかし、それでいて尚十全な真理は普遍にカトリックにのみ存在するという
主張ができるのか?
その非社会性に陥っている精神構造を確認したい。また、この現象を信者は
どのように捕らえてるのか?そして向き合う誠実があるのか?
が問われているのです。
193KG:2007/08/04(土) 12:24:06 ID:2rHubqYr
>>189
>本物かどうかも分からない資料を…。

ここでいう資料とは、一次資料のことですか?
それとも、キリスト教の歴史について書かれた文献のことですか?

私は、誰が書いたものであろうと、それが、
学問の研究の手法に乗っ取って書かれているものであれば、
それを受け入れることにします。

>しかもリアルで資料見て集めて研究してるならともかく、KGのはネット検索のバーチャルでしょう?

私はそうだったのですか。
知りませんでした。
194神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:24:13 ID:Wf1xklE5
>>189
あなたにとって聖書とは何ですか?
195神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:28:22 ID:rx2XkZdp
>>193
とりあえずQ資料とか。

バーチャルじゃないんだ?
じゃリアルで聖書の研究してる人?
196神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:30:24 ID:pGMfEd4C
>>191
四行目から下には同意しません。「組織にとっての
不完全さ」を抱えていたらダメなら、イエスの最後の言葉が違う部分などは
とうに全面廃棄されて一通りしかの残っていないはずです。

>あなたは怪しくないの一点張りですが、

私が一点張りしてるのは「文書化までのブランクをもって陰謀の根拠とするのは飛躍」
という点のみです。例もあげてそれが別に特別なことではない、と説明しました。
197神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 12:34:12 ID:pGMfEd4C
台本があるなら、最初からそれを正典とすればよく、また
わざわざそれを母体に数を増やしまくる理由も必要もありません。

統一されてない、別々の集団で作られたからこそ、
内容の食い違う部分のある福音書が生まれたのだと思います。
198KG:2007/08/04(土) 12:47:46 ID:2rHubqYr
>>197
当然の指摘であり、
鋭い指摘だと思います。
199神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 13:11:34 ID:rx2XkZdp
書いた人が違うんだから同じ出来事を書くにしても詳細が違って当たり前じゃ?
逆に違わなかったとしたらそちらのほうが改竄して作ってると思うわけだが。
集団で作ったのではなく、マタイ、ルカ、マルコ、ヨハネ個人が書いたものです。
内容の食い違いといってもたいした問題ではない。
イエス・キリストの福音と奇跡、神の御心を伝えてればいいわけだから。
それを内容が違うじゃないかといって重箱の隅をつっつくのは愚かなこと。
200KG:2007/08/04(土) 13:28:08 ID:2rHubqYr
>>195

Qの“発見”は、最古の福音書はどれか?という疑問の解明に端を発しました。
そのために、四つの福音書を見比べて、共通項を探るという手法が取られました。
まず、四つの福音書のうち、ヨハネがふるい落とされます。ヨハネは、明らかに三福音書と内容が異なるからです。

さて、残りの3書(共観福音書)を互いにつき合わせてみると、マタイとルカが、マルコを共通項としていることが分かりました。そのマルコ的な要素とは、奇跡物語、宣言物語、受難物語です。
マタイとルカ双方から、そのマルコ的な要素を取り除くと、マタイとルカは、“仲違い”するのです。こうして今や定説となった、マルコ福音書最古説が確立します。

しかし、新たな疑問が持ち上がります。「マルコ的要素を排除したマタイとルカを比較したときの、両者の共通項は?」
それが「イエスの格言集・語録」(のちのQ)です。
マタイとルカ双方からマルコを排除して、それでも残った共通項がQなのです。
しかも、その共通項は、マタイとルカでは逐語的に一致しているのです。
さらに細かい点を指摘すると、マタイとルカが互いにマルコの引用の順番を変えていても、「イエス語録」の引用の順番だけは変わらないのです。

ここまでで、共観福音書に、Qとマルコ資料が使用されているという説の信憑性が高まりました。
少なくとも、Qとマルコが使用されていないとする説よりも、はるかに合理性があります。
しかし、それでもまだ、Qの存在に疑問を差し挟む者がおりました(なぜ?)。
そんなへそ曲がりにぐうの音も言わせなくしたのが、トマス福音書の発見です。
これをQと比較してみると、トマス語録の1/3が、Qと並行していました。
しかもそれは、Qの最古層(Qそれ自身にも幾つかの発展段階がある)と60%も一致していたのです。

以上のようなQの研究史から、Qの信憑性が伺われると思われます。少なくとも、教会が提示する福音書の発展史よりはるかに説得力があります。





201KG:2007/08/04(土) 13:39:54 ID:2rHubqYr
>>187
ありがとうございます。
参考になりました。

しかし、それでも聖書を信じることの意味は…。
202神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 13:51:42 ID:dTtY44dK
>>196
組織としての不完全さは当たり前ですよ。ダメなどとは一度として言っていません。
不完全でありながら、十全に普遍の真理はカトリックにのみあると主張する根拠を
教えて欲しいだけです。
なぜ、他には十全な真理が存在せず、カトリックにのみあるのでしょう?
それを聖伝や聖書に論拠を置くならその資料の完全性を証明しなければなりません。
できないで尚、真理の保持者を名乗るなら、妄想癖のある病人ですが
そのことに対する自覚があるのか、どのような認識を持たれているのかを
説明頂きたいのですが。
203サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:02:03 ID:LYY89P3S
>>202
資料の完全性ってナニ?w
204サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:04:04 ID:LYY89P3S
いつからカトリックが聖書逐次霊感説になったのですか?w
205神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:12:37 ID:dTtY44dK
>>197
それは違いますね。
台本も恐らく幾多の会議によって変更を重ねていったと考えるのが普通です。
その時間推移の中でも福音書は多数執筆されていった。
ですから、4福音書は書かれた時期はばらばらです。
それはマルコ福音書からヨハネまで何十年スパンが見られるようにその前後にも
多くの福音書が執筆され、多数あるものから選出されたと考えられるのが
自然ではないでしょうか?

つまり、福音書はあくまで教会の時代や教義の変遷を受けながら編纂されたQ
を下に時代背景を受けながら執筆されその後取捨選択されていったという事実と
ともに既に教会ではそのような意図をもった台本Qを用意していたのでしょう。

事実オリゲネスは、現在偽典、外典と呼ばれてる書物も教会の書として
取り上げています。そこにナグハマティ文書があったとしてもなんら矛盾は
ありませんし、むしろ妥当性を持っています。
206サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:13:56 ID:LYY89P3S
>>205
推測かよw
207神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:14:02 ID:dTtY44dK
>>203
カトリックが十全に普遍の真理であるということの妥当性を証明する論拠
と置き換えても結構です。
208KG:2007/08/04(土) 14:15:29 ID:2rHubqYr
キリスト教徒の方たちには(ムスリムにも)、
自分たちの宗教・宗派が、
世界の諸宗教・諸宗派の一つに過ぎない
という自覚はあるのでしょうか?

学問研究の成果は、
キリスト教の超越性を除き去るのですが、
それでも、キリスト教が他の宗教よりも優れていると
他者に対して主張できる根拠は何でしょうか?
209サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:15:55 ID:LYY89P3S
>>207
それは歴史学とは無関係ですよw
210神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:16:55 ID:dTtY44dK
>>206
相変わらずですね。
質問にも答えられず野次馬しかできないのでしょうか?

それともこの不誠実がキリスト教の答えなのでしょうか?
211サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:17:00 ID:LYY89P3S
>>208
イスラムに関して無知なアナタが信仰と無関係な唯物歴史学をかざして喚いても
まるで無意味ですよw
212サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:17:56 ID:LYY89P3S
>>210
陰謀論じゃなぁw

なにが影の勢力だよwwww
213神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:18:50 ID:dTtY44dK
>>209
客観認識である歴史学を反故にして自己主張しても妄想でしかないですよ?
214神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:20:07 ID:dTtY44dK
まぁ、最後には罵倒しかできないのがカトリックの実態なのでしょう。
カルト性だけが際だつ結果となってしまうんですね・・・
215サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:20:38 ID:LYY89P3S
>>213
客観とはなんですか?

いわゆる変性意識やそれに付随する超常現象に対して
客観が成り立つとおおもいですか?
216サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:21:34 ID:LYY89P3S
>>214
はいはいぼうやw

>もともと、歴史の影に暗躍した実行部隊が存在し、政治的にキリスト教団を
>組織化していったのでしょう。

漫画の読みすぎだよwww
217神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:23:41 ID:dTtY44dK
>>215
なるほど。
カトリックが普遍の真理と主張してるのは変成意識だったのですね。
それで全て解決します。
つまりは「 妄 想 」ってことですねw

218神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:25:31 ID:pGMfEd4C
>>205
>事実オリゲネスは、現在偽典、外典と呼ばれてる書物も教会の書として
>取り上げています。そこにナグハマティ文書があったとしてもなんら矛盾は
>ありませんし、むしろ妥当性を持っています。

少なくとも偽典や外典は、ヤハウェへの信仰に立った内容のものです。
ヤハウェに反抗する内容のもとといっしょくたにすることに妥当性は無いです。
219サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:27:05 ID:LYY89P3S
>>217
変性意識が妄想?

日常の意識から異なる意識に変わることなど
誰にでもある現象ですが?

アナタは意識の選別が出来ないのですね?
220神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:28:25 ID:pGMfEd4C
>>208
まず初めに信仰があるからこそ、異教他派とは別次元の
真理の教えと見る。その「証拠」もまず信仰ありきで主張されるでしょう。
たとえばイスラム教だと、コーランがアラビア語文学・詩として優れている、とか
その広まり方の速さを「根拠」としてあげるのではないでしょうか。
221神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:28:50 ID:rx2XkZdp
>>208
だからその"学問研究の成果"っていうのがはなはだ胡散臭い。w
ここでずらずら並べてるのが学問研究なんですか?w
くだらなすぎます。
信憑性のない資料を基に推測&予想&思い込みに過ぎない。
それを偉そうに歴史の手法とか言って愚かにもほどがある。

>キリスト教が他の宗教よりも優れていると
>他者に対して主張できる根拠は何でしょうか?
「罪の贖い」ですね。
人間の罪を取り去ってくれる「宗教」が他にありますか?
これがわからないのはあなたが己の罪深さを知らないからです。
自分を深く知らないからですよ。
他の宗教になくてキリスト教だけにあるものがこの罪の贖いだと
もしかしてわからなかったんですか?
宗教学研究者のあなたが?

いかに自分が盲目であるか知るべきです。
222神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:30:21 ID:dTtY44dK
>>219
個人的主観を集団的真理にしてしまえる根拠は?

>>220
真理が複数あるなら、真理など主張しないほうが健全では?
223サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:30:42 ID:LYY89P3S
>>220
ですから クルアーンと新約の違いはどこにあるのですか?

同一線上にある信仰の次元でお答えくださ

>>221
もうひつ
神が人となるほどの愛 という側面もあります
224サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:32:04 ID:LYY89P3S
>>222
あのー
意識のパラダイムというものは集団の意識によって成り立つのですよ

アナタは天皇の権威についてどう思われますか?
225神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:32:25 ID:rx2XkZdp
>>200
まず、Qの資料とやらをホンマに見つけてから物言えな。w

まだ見つかっていない資料、なんつー物をもとに話進めてるなんて本物のバカですか?w
226サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:34:09 ID:LYY89P3S
>>222
アナタにとって戦前の日本もカルトですか?

私たちの父祖も この日本 天皇と中心とした世界のあり方を真理としていた
それは日本民族の意識の枠組みだったのですが?
227KG:2007/08/04(土) 14:37:22 ID:2rHubqYr
>>221
>>200のQの研究の成果によって浮かび上がってきた初期キリスト教の発展史と、
教会が使徒の伝承をそのまま鵜呑みにして提示するキリスト教発展史とでは、
どちらに妥当性があるとお考えですか?
下らないと批判なさる際には、具体的に、どこがどのように下らないのかを指摘してください。

罪という概念を作り上げて、
それから罪を取り去ってやるという教理は、
お節介にも程があります。
不安と恐怖を煽り立ててから、安心を高い値で売るつけるおつもりですか?

228神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:37:29 ID:dTtY44dK
>>221
学問が下らないのならキリスト教も同じく下らないですよ。
一方的主観は意味がないでしょう。
学問は学究による客観であり、あくまで批判的です。
あなた方の初めに答えありきの茶番とは違いますよ。

>>224
やはり真理を謳っていながら多くの信者は真理は相対であると考えてるのでしょうか?
もしくは別次元説?
別次元なら創造主が多次元をそれぞれに創造した?
229神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:39:36 ID:pGMfEd4C
>>222
真理は複数という考えは無理です。
キリスト教では「イエスは十字架にかかった」
イスラム教では「イエスは十字架にかかっておらず天にひきあげられた」
両立させるのは無理です。
230サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:40:54 ID:LYY89P3S
>>228
ここの意識を束ねる真理が存在するのですよ

戦前までの日本人はそれが天皇であると誤解していました

真の神は三位一体の神
真の現人神は人となられたイエス・キリストなのです
231神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:40:59 ID:dTtY44dK
>>226
他社会との共存、自教のみの優越を唱えるならそれはカルト性を持つと言って
差し支えないでしょう。
日本とカトリックを同列では語れませんよ。

論点を組み替えないでくださいね?
232神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:41:40 ID:rx2XkZdp
>>228
>学問は学究による客観であり、あくまで批判的です。
その批判がくだらない、信憑性がないことといってるんだが?
脳みそ腐ってるな。

中学生の言うことは違うわ。w
カトリック、バチカンフォビアの癖に何を偉そうに。w
233神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:43:33 ID:dTtY44dK
>>229
両立は無理です。
ですから、自己主張されるならば、真理の占拠など不可能なはずなのですが
それに固執するカトリックの論拠と他社会への認識をどのように考えているのか
が知りたいです。
234サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:43:37 ID:LYY89P3S
>>231
あいかわらず文章めちゃくちゃw
   ↓
>他社会との共存、自教のみの優越を唱えるならそれはカルト性を持つと言って
>差し支えないでしょう。

まぁいいけどw

戦前の日本も 枠組みはひとつの信仰の世界ですよ
ただそこには真の神 神の愛が不在だっただけです

アナタは戦前までの日本をカルト扱いするブサヨですか?
235神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:44:30 ID:dTtY44dK
>>234
日本は唯一普遍の真理を謳っていましたか?
236KG:2007/08/04(土) 14:44:56 ID:2rHubqYr
>>225
>>220を読まれましたか?

もしQの研究の手法を疑うのならば、
他の分野の歴史探求で用いられる手法も疑われますか?
カエサルやアレクサンドロス大王、ナポレオンの活動は、
まさにそうした資料・文献批判によって再現されてきたのですよ。
Qだけが、何か奇抜な手法によって取り出されたわけではないのです。
ということは、>>225さんは、世界史、日本史そのものを疑っておられるのでしょうか?
237神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:46:17 ID:dTtY44dK
>>232
ではカトリックが真理である論拠をどうぞ。
238サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:47:21 ID:LYY89P3S
>>235
。。。。あのー
戦前の歴史 調べなさい

神州不滅 万世一系ETC
239神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:48:09 ID:rx2XkZdp
>>227
何度も言ってますが君が読み取れないだけ。

>罪という概念を作り上げて、
>それから罪を取り去ってやるという教理は、
>お節介にも程があります。
>不安と恐怖を煽り立ててから、安心を高い値で売るつけるおつもりですか?

罪がわからないのは神を知らないからです。
そういう人間に何が聖書の客観的な批判でしょうか?
無神論者に客観的な批判など無理ですわ。

神に対して己の罪がわからないというのは動物と同じ。
神から見たらあなたは獣と一緒ということです。
240神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:50:28 ID:pGMfEd4C
>>233
「自分達が真理を占拠している」と主張するだけなら、できるでしょう。
その上で、他の「自分達が真理を占拠している」と主張しているグループと
お互いの言い分を理解したうえで共存することはできます。
他社会への認識もそんなところでしょう。「自分達とは違う教えを
真理だと張している人達」。
241KG:2007/08/04(土) 14:50:57 ID:2rHubqYr
>>239
神と人類の関係、人類と罪の関係…。
そうした情報を提供してくれているのは、誰、何なのでしょうか?
242サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:51:59 ID:LYY89P3S
>>241
神です
243神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:52:26 ID:dTtY44dK
>>238
あくまで日本史観では?
世界における普遍の真理の独占とは意味が違うでしょう。
カトリックとは同列に語れないですよ。
相対真理ならば論理不整合でありながらまだ道義的良心は見られますが。
244KG:2007/08/04(土) 14:53:57 ID:2rHubqYr
>>242
サロメさんは、それをいつどこで知りましたか?
245サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:55:13 ID:LYY89P3S
>>243
天壌無窮ってごぞんじですか?w

あのですね このような信仰のパラダイムこそが人類の意識の原初的なものですよ
唯物的発想など ここ数十年来のものに過ぎませんよ?
246神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 14:56:00 ID:dTtY44dK
>>240
共存はしても共栄はできないですね。
真理の独占は必然的に排他性を持つからです。
その結果が終わりなき差別と戦争です。
247サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:56:59 ID:LYY89P3S
>>244
私が神秘的な道を歩みだして以降です

これは不立文字 粘華微笑の世界ですからアナタも理性を止めて体感されますように
248KG:2007/08/04(土) 14:57:35 ID:2rHubqYr
>>245
>あのですね このような信仰のパラダイムこそが人類の意識の原初的なものですよ
唯物的発想など ここ数十年来のものに過ぎませんよ?

その情報はどこで、どのような仕方で獲得されたのですか?
文献資料ではないのですね?
やはり神ですか?
249サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 14:59:03 ID:LYY89P3S
>>248
あの。。。アナタ 文献批判とか全部ひとつに還元なさるおつもりですか?
250KG:2007/08/04(土) 14:59:44 ID:2rHubqYr
>>247
同じことを、他の宗派の者も主張することでしょう。

サロメさんにとって、聖書は関係ないのですね?
であれば、デニーズのメニューも聖典になりうるのでは?
251サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:02:06 ID:LYY89P3S
>>250
だから互いに切磋琢磨し 対話を重ね 真理を見出すのです

もちろん イエス・キリストの福音以外に救いはありませんが
252KG:2007/08/04(土) 15:03:22 ID:2rHubqYr
>>249
質問に対する答えになっておりません。
では、繰り返します。

「サロメさんの仰る信仰のパラダイムが、人類史の原初にまで遡り、
唯物的発想がここ数十年のものであるということを、
サロメさんは、どのような方法で、何を通してお知りになりましたか?」
253神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:05:23 ID:dTtY44dK
>>245
それは同意ですね。
様々な創造の原風景のパラダイムより神話や宗教が起こりました。
真理は断片してそれぞれに内包しており、決して十全に独占できる
ものではないですよ。
そして神が世界を創造したに拘わらず、一地方にのみ真理が偏在するという
矛盾は政治的意図しか感じられないのです。

それについてどのように整合させる論理を持ってるのか?
現実と直視しているのか?を知りたいのです。
254神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:05:26 ID:pGMfEd4C
>>246
共栄できていると思いますが、異なる宗教どうしの交易で
お互いを富ませ、他宗教の信者どうしが友情を育んできました。
エジプトでコプト教徒とムスリムが仲良くしているのを
本で読んだのを覚えてます。少なくとも私はこれを共栄と呼びます。
255サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:05:28 ID:LYY89P3S
>>252
は?w
この世の知識にアクセスするのと この世の外にある智慧にアクセスするのは
全く異なることですよw
256KG:2007/08/04(土) 15:05:32 ID:2rHubqYr
>>251
切磋琢磨の途上にありながら、
どうして、
イエス・キリスト以外の福音以外に救いはないと断言できるのですか?
257神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:06:41 ID:qS84GRDt
横からで申し訳ないけどサロメさんは学問には向いていない。
証拠、理論のない学問などありえない。
女の敵は女などと言うけど、
宗教関係者にとってあなたは敵である
258サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:07:21 ID:LYY89P3S
>>253
ちがいます
真理も凝縮し すべてを内在させるることが出来ます
東洋の霊性はそう主張します

私たちは それがイエス・キリスト以外にありえないと信じています
259KG:2007/08/04(土) 15:07:50 ID:2rHubqYr
>>255
回答するつもりがないのに、
>>252に返信なさるのはどうしてですか?
260サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:08:06 ID:LYY89P3S
>>257
学問は信仰の奴隷です

奴隷は奴隷小屋に引っ込んでなさいw
261神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:08:28 ID:dTtY44dK
>>254
それは交易便宜上のものでは?
何か不都合があれば強権的になるのが歴史的事実でしょう。
262サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:09:19 ID:LYY89P3S
>>259
回答しておりますがw

歴史的聖書学だけかじって そもそも霊性の道を顧みないアナタの頭が
偏頗なだけですw
263神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:09:58 ID:dTtY44dK
>>260
それを妄想と呼ぶのですが・・・
妄想は反社会的でもあります。
カルトに繋がる危険志向です。
キリスト教は邪教ですね。
264KG:2007/08/04(土) 15:11:06 ID:2rHubqYr
>>258
>私たちは それがイエス・キリスト以外にありえないと信じています。

「私たちは…信じています」
それ以上でも、それ以下でもないのです。
265神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:11:19 ID:qS84GRDt
信仰の奴隷の意味が分からないので、あなたの考える意味を教えてください
266サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:11:23 ID:LYY89P3S
>>263
アナタが霊的に盲目なだけです

現代人の一部は伝統的な霊性に関する知恵を失ったがゆえに容易にカルトに陥るのです
267サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:12:37 ID:LYY89P3S
>>264
アナタが卑小な大脳のごく一部を加熱させて 分析 するよりも広範囲な理解ですよ
信じる ということは

目を開いてください
268KG:2007/08/04(土) 15:14:45 ID:2rHubqYr
>>267
ということは、サロメさんは“肥大した大脳”をお持ちなわけですか?
269神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:14:49 ID:efudtNHl
>>260
イエスの精神的奴隷と成り果てているサロメには、客観的な学問など語る
ことは不可能。顔を洗って、イエスの垢を洗い落とし、清浄になってらか
出直しなさい。
270神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:14:59 ID:pGMfEd4C
>>261
それは「真理の独占」の問題ですか?
同じ真理(宗教・宗派)同士でも
不都合があれば強権的になるのが歴史的事実でしょう。

便宜上の何が問題なのでしょうか。真理の独占が最初から問題なら
最初から便宜なんて問題にもされないでしょう。
271神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:15:00 ID:dTtY44dK
>>266
あなたもそのカルトと同じに見えますが?
皆、自己主張の言いっぱなしですよ。
せめて真理の独占などという排他性と独善は捨てなさいという
当たり前の共生志向を述べています。
272神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:17:23 ID:dTtY44dK
>>270
多角的要因もあるでしょう。しかし、そこに真理の独占が引き起こした
社会悪も含まれるでしょう。
むしろ、真理の独占に固執しなければならない理由があるのですか?
273サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:18:13 ID:LYY89P3S
>>271
真理の探究には妥協は不要です
インドなどを見なさい

アナタにとって 東洋の霊性はすべてカルトなんですねw
274神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:19:37 ID:pGMfEd4C
>>271
違う信仰信条を持っていてはダメで、
それらを捨て去らなければできない「共生」が本物の共生とは思えません。
その上での「共生」とは、薄めて一つに混ぜ合わせただけの状態でしかないです。
275神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:20:49 ID:qS84GRDt
サロメさん
265に答えてください
276サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:21:43 ID:LYY89P3S
>>275
横槍は後回しですよw
277神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:25:51 ID:qS84GRDt
真剣に質問をしている人間にそんな返事しかできない人間が神に救われるのですか?
278KG:2007/08/04(土) 15:26:13 ID:2rHubqYr
もう少しまともな会話ができるクリスチャンはおられませんか?
問答が成り立たないと、どうにもこうにも議論が進まないのです。

ここが、「支離滅裂発言コンテスト」の場であったなら、
サロメさんが、晴れてチャンピオンの座に輝くのでしょうに…。
質問にまともに答えずに、
ただただ逃げ回って、
妄言を撒き散らしているだけでは…。
279サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:30:15 ID:LYY89P3S
ていうか

宗教学のイロハ 身につけたほうがいいですね

歴史的聖書学だけじゃぁwww
280神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:30:17 ID:dTtY44dK
>>273
真理の探究は大いに結構です。科学はそもそも真理の探究です。
しかし、真理の探究とそれを高々と掲げてしまうのは意味合いが
全く違います。
科学が未だに真理の前に煩悶し、常に前進を試みているにも拘わらず
カトリックは勝手に勝利宣言し独占してしまう傲慢な姿勢では何を言われても説得力は
ありません。
何か政治的意図があるからと考えるのが妥当でしょう。
その商品を独占しておかなければカトリックは潰れてしまうのでしょうね。
281神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:31:44 ID:qS84GRDt
>>278
同意です。
人に説明できないということは分かっていないと言うことと同義です。
サロメさんのいう真理とは言葉遊びかなんかなんでしょう
282サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:32:31 ID:LYY89P3S
>>280
だから この私たちが知性や理性で分析できる世界とは違う世界が この意識を超えたところに
広がっているのですよ

アナタのように その世界へ この世の意識で接するから間違いが起きるのです
283サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:33:44 ID:LYY89P3S
>>281
では いま水を飲んで 既成の形容詞を一切使わずに独自の表現で
味覚を私に伝えて御覧なさい
284KG:2007/08/04(土) 15:34:56 ID:2rHubqYr
>>282
サロメさんにとっての真理があるのは分かりました。
サロメさんにとっての別の世界もあるのでしょう。
私はそれを尊重します。
バカらしいとけなしたりはしません。
今後も、サロメさんにとっての真理の探究に邁進してください。
ご検討をお祈りします。
285サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:36:36 ID:LYY89P3S
>>284
あら
だったらアナタもこの板から逃げ出しなさいよw
286KG:2007/08/04(土) 15:38:04 ID:2rHubqYr
>>284訂正です
「ご検討」ではなく、
「ご健闘」です。

サロメさんのような方は、
ご自身の世界観を“検討”なさる必要はありませんよ。
287神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:38:23 ID:pGMfEd4C
wikipediaを見ますと、古代教会の著者達はQ資料の存在に言及してないでそうです。
288神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:38:53 ID:dTtY44dK
>>282
真理を一地方で一集団の人間が勝手に独占することの危険性を指摘してるのが
何か間違っていますか?
もし、間違いならば真理を独占できることを論証してくださいと頼んでいますが。

論拠なく真理を掲げる方が明らかに間違っているのでは?
私はカルトと呼んで差し支えないと思っています。
289神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:40:59 ID:pGMfEd4C
これはQ資料が、少なくとも教会で重要な役割を持っていたわけではないという
ことを表しています。「正統」教会が用意したものではなく、在野の記録でしょう。
290サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:41:36 ID:LYY89P3S
>>288
真理の独占?

公教会はキリストの身体として働いてるだけですよ?
291神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:43:19 ID:pGMfEd4C
「すぐに消えたのでは」という考えもwikipediaには載っていますが、
文書のかたちなのではなく、Q資料とは「文書化される前の伝承」なのかも。
292神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:43:20 ID:dTtY44dK
サロメさんが真理を謳い勝手に変成意識に飛んでるのは構わないのです。
反社会行動を取れば直ぐに法で裁かれますから。
それがカトリックのように組織的になるからこそ危険性も増大するのですね。
そしてそれを助長させる宗教があるからこそ社会では警笛を鳴らし
続けなければいけないでしょう。
293神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:44:39 ID:dTtY44dK
>>290
公教会は真理ではないのですか?
公教会は何によって規定されていますか?
294サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:46:22 ID:LYY89P3S
>>292
あのー
ずいぶんご心配のようですが

社会自身が暴走したらどうするんでスカイ?
295サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:46:54 ID:LYY89P3S
>>293
規定って?w
296KG:2007/08/04(土) 15:48:48 ID:2rHubqYr
>>287>>289
マルコやマタイの福音書それ自体も、
正統教会の伝統の外に置くこともできるかもしれません。
正統教会にとってしてみれば、
自分たちの権威を保証してくれる文書であれば大歓迎であったわけで、
もしQが失われずに、イエスの語録として広く知られていたとしても、
それをハネつけたのではないでしょうか?

正統教会の正典の取捨選択の基準は、
こうしたQの消失によってもある程度説明つくかもしれません。
297神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:51:39 ID:qS84GRDt
>>283
既成の形容詞を使うななんて言った覚えはないですが…

生物である以上何か一つの感覚は持っているとします
味覚はそのうちの一つです。味覚はそれを感じる器官でさらに種類が分かれ甘み、塩からさ、苦みなどがあります。
甘みを感じさせる物質には人間が生きて行くために直接的に必要なものが多いため
幸福感を他の味覚と比べて多く得ることが一般的にできます長くなるので塩味、苦みは省略します。
真水には味は無く、基本的には触覚だけです
一般的に水にはある程度他の物質が入っているため多少の味覚を感じます

これでいかがでしょうか?
298神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 15:53:02 ID:dTtY44dK
>>294
社会の心配よりご自身の心配をしてください。
299サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 15:54:36 ID:LYY89P3S
>>297
さっぱりどんな味だかわかりませんw
>>298
宗教の心配よりアナタ自身の心配をしましょうw
300神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 16:06:44 ID:qS84GRDt
あなたが出した例は体験できなければ本当に理解はできないことです
しかし言葉は他の言葉で代用することが可能です
キリスト含め神と言われた者は多くの様々なの言葉で回りが真理にたどり着けるように助けたのです。
それが聖書です

サロメという人間は以降スルーで
301神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 16:13:04 ID:5OVviG9x
まだいるのか、サロメってww
大昔にもこの板で色々といっていたけど。
それとも二世?
302KG:2007/08/04(土) 16:25:15 ID:2rHubqYr
ところで、福音書の中から、イエスの処刑の原因を、明確に提示できる方はおられますか?
別に、Qとか資料批判の視点からでなく、福音書そのままの筋に沿ってで構わないので。
もちろん、それなりに論理的な仕方でですが…。

あまりにぶっ飛んだ意識世界から語りかけるのはお控えください。
当方は、まったく相手にすることができませんので。
303KG:2007/08/04(土) 16:52:19 ID:2rHubqYr
新約の正典性を論じられる際には、以下の基礎知識を参考になさってください。
誤りがあれば、訂正をお願い致します。

後2〜4世紀の間に、何人かの司教たちによって、教会用の文書の選定が行われました。
この「正典リスト」の歴史は、最初にリストを作成したマルキオンに始まり(140年ごろ)、
その後にエイレナイオス、テルトゥリアヌス、オリゲネスと続き、
エウセビオスとアタナシウス(最初に27書をリストにした)でもって締め括られます(367年)。

当然のことながら、司教たちによって、リストに入れられる書は違ってきます。
四福音書はかなり初期からリストに入れられてきましたが、
それでも、マルキオンは『ルカ』の1書だけ(しかも短縮してある)
を採用しています。それは彼の正典の選考基準が独特だったからです
(だが、それが間違っていたといえるだろうか?)。
その他の司教たちの選考基準はおおよそ、
@使徒が書いたっぽい、A古いかも、B皆が読んでいる、C内容が良い、
という項目で一致しています(明記はされていない)。

ただ、それら3項目が厳密に検討されたかどうかは怪しく、
『啓示』、『ヘブライ』などは、明らかに@Aの項目に該当しないにもかかわらず、現在の27書に組み込まれています。
3世紀のクレメンスもリストを作りましたが、彼は『ヘブライ』に?マークを付けております。
またエウセビオスも、『啓示』と『ヘブライ』については「偽典臭くね?」としています。
304KG:2007/08/04(土) 16:58:47 ID:2rHubqYr
教会で使用する文書が集められ出したのは、後2世紀の中頃です。
そしてその収集活動は、後4世紀に終了します。後4世紀に27書が固まったからです。
しかしそれまでの期間、27書を正典とすために、どこかで公式な会議が開かれたことはありませんでした。

では、どうして、教会が使用する文書の収集活動が、「2世紀に始まり、4世紀に終わった」と言えるのか?
それは、その期間に、何人かの司教たちが独自に「これぞ」と判断した文書のリスト(一覧表)を作っていて、
それを自分たちの著作に載せているからです。それをトレースしていけば、正典の過程が分かります。
もちろん、そのリストに含まれる書は、まちまちです。
そして最初に27書をリストに載せたのが、アタナシウスという人で、
後396年に現在の「27書」をリストアップし、「足しても、引いてもダメ」と定めます。

そして、このリストに従った写本(マニュスクリプト)が作られることによって、
閉じられた正典としての「27書」の現代への旅が始まることになります。
305暇人:2007/08/04(土) 17:03:52 ID:GNPk8B+7
>>303

マルキオンは父も司祭の二代目正統派教父。
マルキオンの頃は、地域ごとに この福音書を大事にするという傾向が
あったみたいですね
んでマルキオンに地域はルカ書を重視したのと同時に
マルキオンは ばりばりの熱烈なパウロ派司祭だった。

マルキオンが考えたのは、「唯一正統な福音書+パウロの手紙」という構成の
『聖書』。
だからマルキオンは、『ルカ』を選んだだけではなく、
『ルカ』からユダヤ教的要素を削り取り、マルキオン風・純粋ルカ書を作った。
(※ルカをパウロの弟子とマルキオンは考えたようだ)

正統派は、マルキオンを大きくは2点により、異端と排斥した。
「福音書を自分勝手に改訂する行為」
「地域教会ごとに数種類の福音書が用いられているのにルカ一書」を選んだこと

そこでマルキオンに対抗して
「福音書+手紙」という形式は踏襲したものの
比較的古い四福音書を改訂せずに同時採用したのですね。
306暇人:2007/08/04(土) 17:16:44 ID:GNPk8B+7
マルキオンのした仕事の質はともかく
やろうとしたことは現代の学者がQ資料なりイエスの言葉を確定しようと
した作業に似ているかもですね。

しかしそれは、各教会が信仰的に使用している古い四つの福音書を
否定する行為だったので 正統派諸教会から マルキオンは排斥された。
そして 最大公約数であった四福音書が選定された。

まったく違う四福音書が正典に選定されたことは
文献学的にはラッキーだったかもしれないし
信仰的にも 豊かなことであった
307神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 17:21:12 ID:+U9oKAk1
>>142>>185氏への答えと思われますが

>>[638]passerby 07/08/04 09:20 V/BYA6MSLD

>●「聖書が、歴史的事実を伝えていると主張できる根拠は何か?」
そんなもんはない。
例えば、出エジプト記がほんとうだとしたら、
どうしてエジプト関係の考古学からその遺跡らしきものが皆無なのかということ

●「歴史研究の成果と、聖書の記述は一致していなければならないか?」
信仰は何かしらの奇跡あるいは不思議現象で味付けされている
歴史的事実の不思議現象をとうして検証できるか、まあ無理にきまってる

●「古今東西、無数に存在する書物の中で、なぜ聖書が信用するに値するのか?」
それは、プロパガンダや宣教による
ただの繰り返しでそういうものだと思わされただけ
ヒットラーの手法と同じだ
CMもそうだろ

●「聖書の奇跡を信じて、他の書物の中の奇跡を信じられない、その判断基準は何か?」
基本的に自己優越の深層心理が働いているからだよ。他にあるかな

●「もし、聖書が歴史書でないとするなら、聖書から歴史を読み解くことは可能か?」
他の歴史資料と同じくほとんど懐疑的に扱うだけだよ

308KG:2007/08/04(土) 17:22:57 ID:2rHubqYr
>>305
よくご存知でいらっしゃる。

マルキオンは確かにルカをスリム化してしまいましたが、
見方を変えれば、クリスチャン初の資料批判家だったのかもしれません(笑)。

たしか、マルキオンを非難した筆頭は、エイレナイオスでしたっけ?
異端側のマルキオンに触発されて、正統教会も正典リスト作成を迫られる羽目になったのではないか、という見方もあり、
マルキオンの正典リストからは学べることが多そうです。
309307の続き:2007/08/04(土) 17:25:17 ID:+U9oKAk1

●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事(日本史など)を知るのか?」
そんなもんないよ。ただ神様助けてくださいって言ってるだけなんだから、そんなこと考えてもいねえーよ

●「歴史家の学説が信じられないにもかかわらず、他方で、歴史家が再現した後1世紀パレスチナの情況を、福音書に当てはめるクリスチャンがいるのはどうしてか?」
彼らの論理というのは、信仰を認める、宣教するためなら都合よくなんでも、神の御心として使う習性になっているからだよ

●「聖書の、他の宗教の聖典に対する優越性は、何によって確証されるのか?」
そんなもん、思い込みいがいにあるかよ
確証されてるのならとっくに全ての宗教はキリスト教になってる

●「歴史学の手法によってその信憑性に疑問が投げ掛けられる書物の内容を、どうして“真理”と呼ぶことができるのか?」
信じ込んでいるからだよ。他にあるかよ。聞くだけムダじゃねえーの

●「以上のような問いを投げ掛けられたとき、それに神経を尖らせたり、はぐらかすクリスチャンがいるのはどうしてか?」
それは、誰でも都合が悪いとそうなるんじゃないの。心情としてはみんなそんなもんだよ。
信じ込んでるんだから、そしてそこに精神的かどうかわかんないが、まあ心理的悦楽というか
気持ちがおちつくとか、慰められたとかいう感覚がうれしいんだろ
まあ、彼らを責めても意味ないよ

るりこちゃんは、るりこちゃんの世界を極めたらいいんじゃない。
彼らと論争すること自体、人生のムダ使いだよ
わかるかなあ。。。

310KG:2007/08/04(土) 17:30:55 ID:2rHubqYr
>>307>>309
わざわざ、ありがとうございます。
初めての全問回答に感激しております。

しかし、この方、クリスチャンではないのでしょう?
クリスチャンだとしたら、かなりのつわものだと思うのですが…。
311サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 17:33:24 ID:LYY89P3S
しっかし
残念ながらw

暇人はKGのような唯物論者じゃないンだよwww
312神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 17:39:37 ID:iH/tjZN+
しっかし、
自問自答の悪寒www
313サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 17:40:41 ID:LYY89P3S
●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、
  クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事(日本史など)を知るのか?」

この世に知識と もうひとつの世界 この世を包含する神の国の叡智とはアクセスする
方法が別なんです だからこの世の学問は学問で それでいい
聖書は神の国の叡智を記録したものです

●「歴史家の学説が信じられないにもかかわらず、他方で、歴史家が再現した
後1世紀パレスチナの情況を、福音書に当てはめるクリスチャンがいるのはどうしてか?」

ですから具体的なこの世的な歴史を知るには歴史家の作業を利用するだけ

●「聖書の、他の宗教の聖典に対する優越性は、何によって確証されるのか?」

神の国の叡智によって判断します 

●「歴史学の手法によってその信憑性に疑問が投げ掛けられる書物の内容を、
どうして“真理”と呼ぶことができるのか?」

この世の歴史学では神の叡智は測れません

●「以上のような問いを投げ掛けられたとき、それに神経を尖らせたり、
はぐらかすクリスチャンがいるのはどうしてか?」

あなたが神の国の叡智にアクセスできないからそう見えるんです
メソッドがこの世的なお勉強とは違いますから

考えるな 感じろ です
314神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 17:50:01 ID:rx2XkZdp
しっかし本当にキログラムがいう「歴史学の手法」というもので今日の日本史が出来上がってるのであれば
全く日本史なんてものは信用できないということがわかった。w

ほんといい加減なんですね。(藁

315サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 17:51:53 ID:LYY89P3S
>>314
なんかさーw

禅宗の歴史を研究すれば大悟できる
浄土宗の歴史を解明すれば成仏できる

なんて主張と同じですよねw
316KG:2007/08/04(土) 17:54:40 ID:2rHubqYr
>>314
それでは、信用できる手法をご自身で開発なさり、
日本史関連の学会に論文を寄稿なさり、
日本史の定説を覆していただけませんか?
期待しております。

もしそれができなければ、軽軽しく、
家康が徳川幕府初代将軍だったなどと口走ってはなりません。
317サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 17:55:31 ID:LYY89P3S
>>316
禅宗の歴史を研究すれば大悟できる
浄土宗の歴史を解明すれば成仏できる
聖書の成立を調べればキリスト教の全貌がわかる

wwwwwwwwwwwwwww
318サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 17:57:00 ID:LYY89P3S
あのですね
カトリック的にいえば

生涯 聖書なんか読まなくても 救われるんですよw

その人が真摯に神を求めればw

`g理解できます?w
319神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 17:58:02 ID:rx2XkZdp
>>315
キャハハハハ。www
まさにその理論ですわ。
320サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 18:04:11 ID:LYY89P3S
>>319
世俗的現実と信仰的現実
自分の中で共存させないとね
321神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:10:18 ID:cP1Dy5M7
>>313
キャハハハハ。www

等質患者さんは、こちらの専門病院へドゾー

君と同類がいて話が合うでしょ、きっと(笑

322神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:12:03 ID:cP1Dy5M7
>>247
>私が神秘的な道を歩みだして以降です
>これは不立文字 粘華微笑の世界ですからアナタも理性を止めて体感されますように

そんな世界を体感してるなら、もう少しマトモなレスできるでしょw(笑
月でうさぎさんがお餅ついてると信じてた昔の人達と同じ・・・・
サロメ氏は、オウム信徒と同じことを言うのでやはりカルトでしょw
323サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 18:16:47 ID:LYY89P3S
>>322
へぇ
東洋の霊性の道をカルト扱いですかw
324神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:19:59 ID:rx2XkZdp
>>316
じゃなくってさ、それでいうと君のキリストに関する歴史検証が甘いんじゃないヶ?
文部省推薦の世界史の教科書でイエス・キリストの磔は習ったけどな〜。
あれは嘘だったと仰るんですかぁ?
実際に墓もありますし。
ま、イエス・キリストは神なのか違うのか、というのは宗教の範囲であって。
信じるか信じないかは個人の自由。<憲法で謳われている宗教の自由

福音書が違う団体によってそれぞれ書かれたとか、もともとあったものが抜かれてるとか
はっきりってそんなのもはどうでもいいわけです。(もちろんそんなことはありえませんが)
それによってイエス・キリストは神の御子であり人類の罪を背負って十字架に磔になったという
その大筋が変わるとは思えないからね。
旧約の予言が成就してる新約との繋がりは覆されません。
今ある「聖書」の完璧さを誠実に学んでみたらいかがですか?
325神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:24:52 ID:ir9tPgZ8
一旦、宗教に嵌まれば、自分の宗教の「客観的」理解は、絶対に不可能
になる。それが、宗教に嵌まるということの意味である。

現代においては、宗教、特にキリスト教とは、専ら精神医学の対象に
他ならない。イエスの精神病の集団的一大感染現象に過ぎないから
である。サロメを観察しても明らかなように、彼らは、現実と社会常識
から完全に逸脱した「狂乱状態」にある。
326サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 18:26:54 ID:LYY89P3S
>>325
あんたの精神がモヤシのように脆弱なだけだってw
327神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:28:06 ID:rx2XkZdp
↓ヤレヤレ... これじゃ未開の人間と変わりない。未だにアマゾンの奥地で人食いしてるのと何も変わらんってことですわ。
      知識人のふりしてるだけで。ww  
241 :KG:2007/08/04(土) 14:50:57 ID:2rHubqYr
>>239
神と人類の関係、人類と罪の関係…。
そうした情報を提供してくれているのは、誰、何なのでしょうか?
328神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:32:31 ID:rx2XkZdp
出たよ。ご隠居。
自分の分からない世界を全て精神の崩壊と見る。
それって確かに精神が既弱だからだろうな。
強くなって立ち向かえ。みたいな。w
329神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:35:13 ID:ir9tPgZ8
>>326
脆弱かも知らんが、君のように狂ってはいないよw。
330サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 18:36:26 ID:LYY89P3S
>>329
あwwww

隠居の一行れすだぁwwwwww

ていうか隠居は戦前の日本もカルト扱いの売国非国民だからなw
331KG:2007/08/04(土) 18:39:04 ID:2rHubqYr
>>324
世界史の教科書記載のイエスの生涯は史実ではないと考えております。
変性意識やらなにやらでもって解明したのなら史実かもしれませんが、
歴史学のルールに乗っ取ってキリスト教の発展を検証した場合、
イエスの磔があったということよりも、「なかった」ということのほうに妥当性があります。

そして、イエスの墓は今のところ見つかっておりません。
旧約の予言の成就と仰いますが、それは新約の記者達が成就したと見せかけたするのが
するのが学問の世界では通常です。
また旧約の記述そのものも、批判的研究に耐えうるものではありません。
我々は単純に、他の文献と聖書を同列に並べて研究しているだけです。
特別邪険にしているわけではありません。

私は信仰の自由を認めております。
キリストを信じようが、ヤハウェを信じようが、アッラーを信じようが、
スバゲッティ・モンスターを信じようがそれは個人の自由です。

332サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 18:44:34 ID:LYY89P3S
>>331
●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、
  クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事(日本史など)を知るのか?」

この世に知識と もうひとつの世界 この世を包含する神の国の叡智とはアクセスする
方法が別なんです だからこの世の学問は学問で それでいい
聖書は神の国の叡智を記録したものです
333神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:46:29 ID:n5q5vuvT
>>331
新約聖書の文書以外から、イエスの生涯は再現できないるの?
出来ないでしょ。

>イエスの磔があったということよりも、「なかった」ということのほうに妥当性があります。
これは 確りた根拠があるの?
334神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:52:30 ID:n5q5vuvT
まあ 「イエスを葬った墓が空だった」と言う事実を
歴史批評で否定している聖書学者はいないと思うよ。

たしかにクロッサンはその著書で否定してるけど
それは、ペテロ福音書が受難物語の元ネタだっていう
有る意味で「トンデモ系」だと言うのが定説だとおもよ。
335神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:53:31 ID:rx2XkZdp
キログラムさん、↓これを君の「歴史的手法」で検証したらどうなるんですか?www
http://jp.video.msn.com/v/ja-jp/v.htm?f=msnhomequad
336KG:2007/08/04(土) 18:58:51 ID:2rHubqYr
新約以外からは今のところ再現できません。
これは歴史検証にとっては致命的です。
比較する他の資料がなく、しかもある特定の集団のプロパガンダとして使用されているためです。
そうした時には、歴史家は、かなりの慎重さで持って、その資料にあたります。
決して一つの資料を鵜呑みにすることはありません。
しかもその資料には、あるひとりの男の、海面歩行、死者からの甦り、宇宙旅行といった、
われわれが通常であるならばあり得ないとする話がてんこもりです。歴史学者は、通常の判断に従います。
こうして新約の諸文書を比較検討し、その中で各書がどのように成立したかを、
文の様式、言語、構成から割り出し、それを当時の考古学的資料や、たの文書をつき合わせます。
こうして歴史の一断面が明らかにされます。
その中から生まれたのがQ資料であり、それをもとに更なる歴史考証を続けます。

イエスの磔刑に関しては、Q資料のイエス像や、当時のガリラヤとエルサレムの関係、
福音書内のイエス裁判の記述など不整合を検討した結果、磔刑を指示する証拠が一つもなく、
証拠ゼロのままでは、むしろなかったとするほうが自然であるため、ないと考えられます。
処刑された証拠がない男のことを、処刑されたと決め付けるのは、歴史学のルールに反します。

337神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 18:59:55 ID:rx2XkZdp
>>335
おっと、貼り付けうまくいかなかった。

プレイマーク > の下の 【MSN ビデオ検索→】 に

「キリストの墓」と入れてください。
338サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 19:00:39 ID:LYY89P3S
>>336
じゃあ天皇家の系図もいんちきで 日本の象徴じゃないんですね?
339KG:2007/08/04(土) 19:02:15 ID:2rHubqYr
>>334
でも、クロッサンはたしか、イエスの処刑がありだと支持しているはずですが。
340神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:04:40 ID:dTtY44dK
>>332
はいはいw
カテキズムカテキズムw

341神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:05:27 ID:K4f62ISi
>260
それはカルトの指向だな。
カトの学者のちゃんとした人たちの業績を無視してもかまわないが、全カトがそういう物だってのは
偽カトのキミにいわれたかないぞ(w

つか本当に受洗したのか?
342神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:07:32 ID:dTtY44dK
>>338
象徴であって神じゃないでしょw
意味じくも的を射ているよ。
イエスも象徴であって神ではないから。

所詮政治やなんですよ。カトリックは。
MCされてる君等は一体・・・
343神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:11:28 ID:rx2XkZdp
>>331>>336
「歴史学のルール」 とはなんといい加減なものぞ。。w

証拠がなければないとする、んですかぁ。

でもそれって普段生活していて当たり前のことですか?
証拠がなくても実際にありました、ということはいくらでもありますよね。

でもそうなんですか。勉強になった。
まさに神は聖書だけを証拠と残されて、愚かに見えることを信じる者だけをお救いになることにしたんですね。
ハハァ。聖書の御言葉は成就してますやん。

344KG:2007/08/04(土) 19:17:36 ID:2rHubqYr
>>343
もちろん、イエス磔刑の証拠があれば、歴史家はただちに磔刑説を支持します。
しかし、今のところ、それは一つもない。
証拠が一つもない上に、ローマ政府がエルサレムで、ガリラヤの男を処刑する…。
これは常識的に考えて、ありえないことなのです。
一つの資料に、非常識なことが書いてあれば、歴史家はそれを否定しなければなりません。

「疑わしきは、記載せず」が原則です。
イエスだから、神の言葉だから…というえこひいきはしません。
ですから、上のような歴史学のルールを変えたいのならば、
ぜひ、各分野の史学会に殴り込みをかけ、歴史学の根底を覆してください。
期待しております。
345神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:25:54 ID:rx2XkZdp
>>344
いや、別に・・・。歴史学のルールを変えたいなどと思っておりませんのでね。
そんなことしなくてもキリストの磔を信じる人間は世界にゴマンとおりますから。
ただ、証拠がなければないとする、という頭の構造を持ってる人を可哀そうに思うだけですね・・。
それは「永遠のいのち」にかかわる問題ですから。
346神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:33:05 ID:rx2XkZdp
この意味わかりますか?

Tコリント3:18-20
だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、
知者になるためには愚かになりなさい。
なぜなら、この世の知恵は、神の御前では愚かだからです。こう書いてあります。
「神は知者どもを彼らの悪賢さの中で捕らえる。」
また、次のようにも書いてあります。「主は、知者の論議を無益だと知っておられる。」
347KG:2007/08/04(土) 19:33:25 ID:2rHubqYr
>>345
少なくとも、
証拠が乏しいものを“真理”と触れ回るほど、
歴史の研究者は自信過剰ではありません。謙虚です。
その意味では、歴史家は可哀相かもしれません。

あと、イエスの磔刑に関しては、「証拠がないからない」としているのではなく、
「証拠がない上に、通常の判断に従えばありえそうにない」から「ない」としているのです。
「証拠がない上に、ありえそう」であれば、もしかしたら、支持するかもしれません。
348神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:37:17 ID:rx2XkZdp
>>347
でも、それじゃ世界史の教科書にイエス・キリストが載ってるのはなぜですか?
確か・・・磔で死んだ、まで載ってた記憶が・・。
349KG:2007/08/04(土) 19:48:06 ID:2rHubqYr
>>348
まず、一つに、未だに福音書研究、キリスト教史研究の分野において、
「イエスは磔刑で死んだ」ということを“信じたい”、キリスト教擁護者の研究者が幅を利かせているからです。
おぞましいことに、新約の研究はこれまで、それらの研究者のせいで、純粋な学問ではなく、キリスト教を取り囲む防護柵の役割に奉仕してきました。
その悪しき伝統(学問の世界から見れば)を未だに引きずっている部分があるのです。
日本でもそうでしょう。新約研究者はだいたいクリスチャンですから…。

もう一つは、キリスト教史を塗り替える論争的な教科書を作りたくない、採用したくない、という意識があると思います。
伝統的なキリスト教の歴史を塗り替えることによって、不利益を被る人が多いため、そのままにしておくのが得策だと考えているのでしょう。
歴史の教科書が史実を伝えているというのは大間違いです。
問題は、教科書に載っているか否かではなく、その節に妥当性があるかどうかです。
私など、「イスラエル人がモーセに率いられてエジプトを脱出した」という解説も、直ちに削除すべきであろうと考えています。
350神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:49:48 ID:rx2XkZdp
ほう。w
351KG:2007/08/04(土) 19:51:24 ID:2rHubqYr
>>349
加えて、Qを基にして復元されたイエス像は、比較的新しく、
検定教科書に記載されるまでには、時間がかかるという理由もあるでしょう。
20年後には、「イエスの生涯については何も分からない」という一文が載せられるでしょう。
352神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:53:16 ID:rx2XkZdp
ほう。その暗闇の世界の後にキリスト再臨ですね。w
353暇人:2007/08/04(土) 19:55:15 ID:GNPk8B+7
KG君の見解は 自由だけども

ちなみに 
イエスの十字架刑を否定している史学者がいるならば、
日本人の史学の学者名を一人でよいから教えて下さいな
354神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 19:55:44 ID:8meels9a
>>345

さすがに、口から出るのは布教ばかり〜〜(笑

★ ご隠居氏が既にキリスト教の本質は論破されている。☆

これからは、彼のロジックの正しさが証明される筈♪
355KG:2007/08/04(土) 19:55:55 ID:2rHubqYr
>>352
変性意識とやらに従えばそうなのではないでしょうか?
ただ、事実を追求することを目指す歴史の分野は、それにはタッチしません。
あとはドウゾご自由に、です。
スパゲティ・モンスターも再臨するのではないでしょうか?
356暇人:2007/08/04(土) 19:56:41 ID:GNPk8B+7
>復元されたイエス像

アメリカのイエス・セミナーですか

メンバー一人ひとりが それぞれの立場で推理ゲームされてますね
統一されたイエス像はないですね
357暇人:2007/08/04(土) 20:01:34 ID:GNPk8B+7
「史的イエスについて 客観的なことはわからない」とブルトマンが結論し、

それを踏まえつつも批判的継承して 研究されているのが
「史的イエス研究」ですよん

「イエスの生涯については何も分からない」は20年後のゴールではなくて
100年前の出発点です♪
358KG:2007/08/04(土) 20:02:04 ID:2rHubqYr
>>356
>統一されたイエス像はないですね。

イエスセミナーもあてになりません。
研究者は、それぞれが思う「イエスに語って“もらいたい”台詞」に一票を投じていますから。
「イエスだから」という意識に動かされてしまっている以上、期待は持てません。
359サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 20:06:43 ID:LYY89P3S
>>342
だから有史以来戦争に負けるまで天皇は神だったんですよw
360神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:07:01 ID:n5q5vuvT
>>349
>「イエスは磔刑で死んだ」ということを“信じたい”、キリスト教擁護者の研究者が幅を利かせているからです。

パウロ書簡を否定できる歴史的根拠は?
361暇人:2007/08/04(土) 20:07:02 ID:GNPk8B+7
気が向かれれば

「イエスという経験」大貫隆 岩波書店
「イエス研究-古代から現代まで」 大貫隆・佐藤研編 日本基督教団出版局

などもチェックされてください
362KG:2007/08/04(土) 20:07:45 ID:2rHubqYr
>>357
ただ、ブルトマンも、伝統的なイエス像に捕らわれていませんでしたか?
その呪縛によって、彼はQを理解していたと思われますが。
363サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 20:09:18 ID:LYY89P3S
>>361
真宗のわかりやすい入門本教えれ
できれば神父向きの奴
364神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:09:51 ID:n5q5vuvT
>>362
「Q」ってもの、歴史的根拠はないわけだよね。
解りかな 「Q」ってのは 伝承史てきな仮説でしょ。
365暇人:2007/08/04(土) 20:10:05 ID:GNPk8B+7
>>349

新約聖書学者の 田川建三さんの書籍読まれたことありますか

「書物としての新約聖書」などを読みますと349が たわごと 事実を踏まえてない
とわかるでしょう
366KG:2007/08/04(土) 20:15:33 ID:2rHubqYr
>>364
Qが歴史的根拠がない?
それが取り出された方法は、れっきとした批判的手法です。
今のところ、私は、これに変わる有効な研究の成果を知りません。
福音書がそれ自体で誕生したという説も仮説ではありませんか?
367KG:2007/08/04(土) 20:16:42 ID:2rHubqYr
>>
368暇人:2007/08/04(土) 20:17:01 ID:GNPk8B+7
>>362

ブルトマンは「史的イエスの学問的研究」と「信仰上のイエス」を
学問的に分離したのですよ。

ブルトマンは信仰者ですから、信仰的には
「復活したイエスが今なお聖霊を通して自分と世界に向かって語り続けている」
という確信を持っていました。
同時に学問的には
「歴史上の人物としてのイエスの伝記を再構築するのは原理的に不可能だ」と
結論したのです。

『史的イエス史研究』は、このブルトマンを批判的に継承して
「史的イエスの再構築」を目指している学問ですよ。
369神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:19:42 ID:n5q5vuvT
「Q」っていわれている文書が無かったという積極的な
根拠はないわけだよね。

「トマス福音書」がある事ことから とうじ「Q」のような語録福音書が
当時有ったとしても不思議ではないでしょうね。

しかし、その語録福音書「Q」も「トマス福音書と同様に
人為的な加工が施された、ものでしょうね。
370暇人:2007/08/04(土) 20:21:38 ID:GNPk8B+7
>>366

364の論旨は「Q」も厳密には仮説であり、客観的な証拠から実証されたの
ではない ですよ。

「Q原文」がどこかの洞窟から発見されたとか、碑文に刻まれていたとかが
あってはじめて「Q」が実証されたことになのですね

そして あなたの言われるように 作業仮説ではあるが現在最も有力な仮説
なので 現代では単なる仮説ではないですね 最有力説です
371神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:22:44 ID:n5q5vuvT
>>366
だから、「Q」は、福音書を元にしているんだろ?

つまり 信性イエス語録ではないよね。
福音書の成立を説明する為の仮説だよね。
伝承史的な仮説なんだね。
372KG:2007/08/04(土) 20:26:03 ID:2rHubqYr
>>369
その通りです。
Qにもいくつかの発展段階があるでしょう。
373神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:29:24 ID:n5q5vuvT
>Qにもいくつかの発展段階があるでしょう。

雑なんだよね。「Q」の発達史は再現不可能でしょう。

つまり「Q」の元になった「原Q」なんか言い出したらそれはトンデモなんだよ。
374神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:32:16 ID:rx2XkZdp
みんな、ご飯食ってたのか?嫌に静かだったが。w
メニューは?
KGは食べました?

>>349>>351
それは「信じたくない」という主観のkg自身の自論でしかないわけで。

今現在、世界の歴史の中にイエス・キリストの生涯は載ってるので
世界の人々はそれを信じますよ。

世界的に見て君の見解は単なる反キリストに過ぎない。

>>355
いえ、変性意識ではなく、聖書にあるからです。
唯一の?キリスト降誕、磔、復活の証拠である聖書に書いてあります。
375KG:2007/08/04(土) 20:42:09 ID:2rHubqYr
>>368
ブルトマンの功績は、多少は知っております。
それは偉業として讃えられているのも知っております。
彼が消し去った、史的イエス像が、後に研究の対象となり、
今に至っているのも承知しております。

ところで、
彼はQを、キリスト教神学の中に置いてしまったというのは本当でしょうか?
376サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 20:44:11 ID:LYY89P3S
>>374
だから聖書の内容を理解するには聖霊の導き
もうひとつの世界からの恵みが必要です

それは日常とはまた違う意識ですよ
377KG:2007/08/04(土) 20:53:18 ID:2rHubqYr
>つまり「Q」の元になった「原Q」なんか言い出したらそれはトンデモなんだよ。

私はQの研究者でないので、分からないことに関しては断言しませんが、
仰られるとおり、Qの基となった別の本の再現は難しいと思われます。
しかし、その再現手法に妥当性があれば、それは受け入れるに値するでしょう。

ただしQそれ自体の中に、幾つかの層を認めることは可能であるといわれています。
それは、文法やニュアンス、表現技法などで分類できるでしょう。
それにはギリシア語やギリシア文学の専門知識が求められるはずです。

とにかく、Qの存在は、福音書をそれ自体を原本とする説よりもはるかに確実性があり、
そのQとガリラヤの情況を照らして再現されるイエス像は、福音書が描くイエス像よりも、
はるかに現実的です。
そして、そうして得られた、イエス像と初期イエス運動は、
福音書のイエス像と初期イエス運動の画像よりも妥当性があります。

イエスの磔刑と復活を信じるのは自由ですが、歴史学でそれは通用しません。
わたしがここで論じているのは、学問の衣をまとった歴史ではなく、純粋な歴史です。
それは、他の分野の歴史の学者に提示できる仕方で再現された歴史であるべきです。
378KG:2007/08/04(土) 20:58:20 ID:2rHubqYr
Qの存在を否定される方は、
まさか、
モーセ五書を構成する
J、E、P、Dの存在をも否定されるのでしょうか?
JEPDの研究手法とQの研究手法は似ているのですよ。

ということは、
それらの方々は、ある文字資料が発見されたら、
それを批判的に読むことなしに鵜呑みにするのでしょうか?
段階的に資料が発展したことは想定されないのでしょうか?
379神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 20:58:43 ID:n5q5vuvT
>>377
>イエスの磔刑と復活を信じるのは自由ですが、歴史学でそれは通用しません。

参考文献は?
クロッサンはオレが確認している
それに対する 反論「ユダヤ人イエス 教文館」も確認している。
その他はあるの?
380神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:03:04 ID:n5q5vuvT
>>378
>J、E、P、Dの存在をも否定されるのでしょうか?

「創世記注解T 月本昭男」 日本キリスト教団宣教委員会
創世記 月本昭男  岩波書店

それは、はぼ崩れつつある。 
381KG:2007/08/04(土) 21:06:17 ID:2rHubqYr
>>380
では、創世記は、単一の資料によって書かれたと?
382神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:09:18 ID:n5q5vuvT
>>378
G・タイゼン 新約聖書 教文館
C レヴィン 旧約聖書 教文館

両者は2000円だし 手に入りやすい。
読むと良い。

キログラム先生の説は チョット古典的だね。
383神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:12:49 ID:n5q5vuvT
>>381 岩波聖書ぐらいは 読んでよ。
合本が出たから 分冊版は古本屋にあるからさ。
384神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:14:28 ID:rx2XkZdp
>>376
それは十分にわかります。
聖霊なしには何一つ理解することはできません。
ただキログラムには「聖霊」を理解するには難易度が高いかと思いw
それを認識する前の段階の聖書に書いてある、と申したまでです。
まぁ聖霊を下さるのは神ですから彼が悪いわけではないでしょうが。
385KG:2007/08/04(土) 21:19:03 ID:2rHubqYr
>>383
岩波版を呼んだかどうかを尋ねているのではありません。
どの文献を読んだかを問題にしているのではありません。

問題は、創世記のような、一つの文書が単一の資料をもとに書かれたと見なすかどうかです。
386神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:20:04 ID:rnYbhTOS
>>374
>いえ、変性意識ではなく、聖書にあるからです。
>唯一の?キリスト降誕、磔、復活の証拠である聖書に書いてあります。

そこまで確信的に言われると、神・イエス・・・・見せて!
と言いたくナルゥ・・あははは・・・
387KG:2007/08/04(土) 21:21:54 ID:2rHubqYr
>>384
ご指摘の通り、聖霊でも下らない限り、私は福音書を鵜呑みにできません。
388神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:23:11 ID:n5q5vuvT
>>385
創世記の成立過程は 一つの資料化からなったわけでも
単純にJ、E、P、Dの資料を ミックスしたものでもありません
ということです。

そのことが 上記の文献に記述されています。
389KG:2007/08/04(土) 21:24:28 ID:2rHubqYr
>>388

では、福音書は?
390暇人:2007/08/04(土) 21:24:58 ID:GNPk8B+7
>>380

新しい、古いではなく
月本さんの立場が単に 資料説ではなく
「古代イスラエル文化史」説に立っているだけで、
学問的に 資料説が古典になったわけではない。
391神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:26:16 ID:n5q5vuvT
中途半端な聖書学の乱用は 現代聖書学を否定する逐語霊感説を補強するもだと
言うことを知っていただきたい。
392KG:2007/08/04(土) 21:29:07 ID:2rHubqYr
>>391
では、中途半端でない聖書学とは?
393KG:2007/08/04(土) 21:34:08 ID:2rHubqYr
>>391
これまでのところ、逐語霊感説がどのように補強されてきましたか?

創世記が複数の資料によって成り立っていながら、
福音書が単一資料であることする、両者の区別の根拠は?
394神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:34:19 ID:n5q5vuvT
>>390
そうね 木幡先生は 資料仮説にで翻訳しているしね。
W.H.シュミットの本なんかも 資料仮説だからね。

だた キログラム先生の説は 全体的な印象で判断して失礼だけど古典的だよね。

ところで W.H.シュミット先生の木幡先生の翻訳した本が良かったので
別のシュミット先生の本買ったら 読みにくい日本語になっているね。

それで 何処のバカが翻訳したのかと思ったら あの東京神学大の教授だった
から 納得した。
395神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:35:44 ID:rx2XkZdp
>>386>>387

求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。叩きなさい。そうすれば開かれます。
だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者は開かれます。
あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
また、子が魚を下さいと言うときに、だれが蛇を与えるでしょう。
してみると、あなたがたは、悪い者であっても、自分の子どもには良い者を与えることを知っているのです。
とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。
それで、なに事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。‐マタイ7:7−11

396神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:38:33 ID:n5q5vuvT
>>393
>福音書が単一資料であることする、両者の区別の根拠は?

上記のG.タイセンの本は 入手しやすいく 聖書学系の本では
破格の値段だから 読んでチョ。
397神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:39:43 ID:ir9tPgZ8
>>384
聖霊ってどんな動物?詳しく説明してくれ。出来ればイラストでw。
どこの動物園に行けば見られる?これまで見た人間が、唯の一人でも
いる?イエスは見たのか?

学問の場に「空想上の動物」など持ち込まないでくれ。
398KG:2007/08/04(土) 21:41:43 ID:2rHubqYr
>>396
ここでは説明できないのですか?
399神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:42:05 ID:n5q5vuvT
>>396
タイセンは 福音書単一資料説を唱えているわけでは有りませんよ。
誤解しないでね。
400神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:43:09 ID:n5q5vuvT
>>398
それは 基本文献なんだとおもうよ
田川建三の本もだけど。
401暇人:2007/08/04(土) 21:45:18 ID:GNPk8B+7
>>394
>古典的だよね

「情報ソースが一般向」であることから
1.きちんとした学問的訓練を受けてない独学の頑張り屋さん
2.周りに良い指導者がいないので情報が偏っている
というところなのかも

私がわからんのは 「復活は史実とは云えない」と否定するならわかるが
「十字架」を否定する彼の動機はなんだろうか。

せめて「十字架があったかどうかわからん」という立場ならば理解できるが
「わからん」ではなくて「ない」と断言されるのが 彼の立場からは論理的に説明できない
と私は思う

そこの矛盾に 彼の書き込みの動機があるのではないかと
402神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:47:02 ID:rx2XkZdp
【聖霊について】
つ 
してみると、あなたがたは悪い者ではあっても、自分の子供には良い物を与えることを
知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を
下さらないことがありましょう。ルカ11:13

まことに、あなたがたに告げます。人はその犯すどんな罪も赦していただけます。また、神をけがすことを
言っても、それはみな赦していただけます。
しかし、聖霊をけがすものは誰でも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。マルコ3:28-29

403KG:2007/08/04(土) 21:47:03 ID:2rHubqYr
>>400
田川氏の本は読みました。
タイセンは何大学で教えていますか?
404神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:48:21 ID:rnYbhTOS
>>395
命令調でうざいなぁー、ははは・・・
405暇人:2007/08/04(土) 21:48:32 ID:GNPk8B+7
>>397

パウロは 目からボロッと「ウロコみたいなもの」が落ちたそうだ。

そして 生き方が劇的に変わった。

キリスト教弾圧者から、キリスト教世界伝道への新生。
406神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:49:44 ID:n5q5vuvT
>>403
1980年以降は ハイデルベルク大学らしい。
407神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:50:45 ID:rnYbhTOS
>>402
うざい!!押し付けるな!!
408KG:2007/08/04(土) 21:52:20 ID:2rHubqYr
>>401
文献上にイエス磔刑の証拠を見出せず、
ローマがガリラヤの一介の男を処刑する可能性を考えたとき、
それは「わからない」ではなく、「ない」といわざるを得ません。

ちなみに私の専門は旧約本文でも新約本文でもありません。
皆さんのように、五書伝承や福音書に関して特別な訓練を受けたことはありません。
その上での、批判と意見です。
409神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:54:18 ID:rx2XkZdp
>>401の暇人の日本語っておかしくね?w
そう思うのは私だけ?
410KG:2007/08/04(土) 21:55:01 ID:2rHubqYr
>>406
ありがとうございます。
411神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:56:03 ID:rx2XkZdp
>>407
誰も押し付けてないけど・・・。w
412神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 21:59:49 ID:rnYbhTOS
>>411
どうでもいいけど、文章が押し付けてるのも洗脳されて分からない?
413神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:01:42 ID:ir9tPgZ8
>>405
パウロの回心は、キリスト教弾圧の罪悪感とイエスの処刑のショックに
よる、急性精神障害の発症。ルターの回心も、落雷による精神障害の
発症である。

日本の新興宗教の開祖を見てみるがよい。すべてが精神病者。天理教の
中山みき、大本の出口なお、璽光尊、踊る宗教。みなそうである。
何故だか女性が多い。女性はそれだけ暗示にかかりやすいのだろう。
414神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:04:03 ID:rnYbhTOS
>>102 :神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 23:20:23 ID:PBIX0Ee1

>現代の鬱病は聖書的に見て罪と何か関係ありますか

>理由の無い罪悪感や内省感は、鬱病の典型的症状です。聖書の「罪」の概念
は、鬱病の症状を表しています。また、躁うつ病と言われるように、欝状態は、
多くの場合、躁状態に転化します、両極性障害と呼ばれます。聖書の持つ高揚感、
多幸感、誇大妄想、信者の異常な熱意などが、躁病の症状です。また、躁状態
やうつ状態は、統合失調症に伴うこともあります。

従って、聖書は、これらのすべての「精神病理」を表していると言えます。
415KG:2007/08/04(土) 22:10:00 ID:2rHubqYr
>>413
それが、定式化されたフィクションである可能性は考えられますか?
例えば、ルターが、パウロの回心物語を採用したとか…。
416神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:11:01 ID:rx2XkZdp
>>414
こんばんわ。ご隠居。

>>412
私が言った意味は私は押し付けてません、という意味ですよ。w
聖書の節なので私が書いた文章ではありません。
嫌なら読まなければいいだけです。
命令調の文章は私のせいではありませんので。w 
417神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:14:09 ID:ir9tPgZ8
>>415
ご質問の意味がいまひとつ不明だが、ルターが落雷のショックにより
精神錯乱に陥ったのは、よく知られた事実。
418神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:14:35 ID:rx2XkZdp
ちゃうわ。>413がご隠居。
同レベルが>414か。w
隠居のレスを引用しはじめたら終わり。ご愁傷様です。。
419KG:2007/08/04(土) 22:19:24 ID:2rHubqYr
>>417
私は、パウロの回心物語すら、実際にあったことがどうか疑わしいと感じています。
もしそれが、古代世界において神託や使命を授かる人物のしるしなのだとしたら、
パウロ物語もそうした伝統を踏襲した可能性も考えられます。
ルターの逸話もそれに倣い、
それによって権威を発揮しようとしたとは考えられないでしょうか?
マホメットなんかどうなのでしょう?
420暇人:2007/08/04(土) 22:21:50 ID:GNPk8B+7
パウロの回心物語はルカ書(使徒行伝)の創作の可能性は大いにありますが

パウロの回心は史実でありましょうや。
421KG:2007/08/04(土) 22:24:30 ID:2rHubqYr
>>420
誤解を招く表現ですいませんでした。
「目から鱗物語」です。
422神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:24:59 ID:rnYbhTOS
>>414は、ご隠居氏ではありません。

>嫌なら読まなければいいだけです。
レスがあれば読むでしょw
何故、のせるのですか?アンカー振ってまでも・・・押し付けでスョン

聖書の引用しか出来ないのもご同様。終わり。(笑

ご愁傷様です。。

423神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:28:20 ID:ir9tPgZ8
イエスを幼児から「直接に」よく知る郷里の人々や家族は、イエスを
基地外扱いしていたことは、聖書にちゃんと書いてある。「聖書のすべて」
を信じるクリスチャンが、この箇所だけは「信じない」のは奇異では
ないか。

聖書に書かれたイエスのすべての言動からも、彼の精神病の症状は明らかに
読み取れる。「私は神の子。神の座の右に座る。アブラハムより前からいた」
などというのは、精神病の症状としての誇大妄想以外の何物でもない。

現在でも、精神病院には、「イエス・キリスト」が必ず何人かはいる。
精神医学では、これを「宗教妄想」と呼ぶ。

精神病は、内因性のものだけでなく、周囲の影響によっても生じる。これを
「感応精神病」「二人組精神病」と呼ぶ。

キリスト教とは、結論的には、イエスの精神病の集団的一大感染に他なら
ない。

キリスト教研究は、歴史学より、むしろ精神医学の対象。

イエスが統合失調症患者であることは、精神医学者の常識であると、
和田秀樹が言ってたそうだ。
424KG:2007/08/04(土) 22:29:20 ID:2rHubqYr
「以前は強烈な迫害者であったが、今は、熱心な信奉者である」。
という類のエピソードにも、私は胡散臭さを感じます。
それは宣伝効果絶大だからです。
425KG:2007/08/04(土) 22:33:01 ID:2rHubqYr
>>423
なるほど、“あえて”聖書をそっくりそのまま信じて、
その上で、聖書の狂気を暴露しようという手法ですね?
426サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 22:34:35 ID:LYY89P3S
>>423
戦前自称天皇がたくさんいたぞw

天皇制もキチガイの産物か?www
427神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:37:02 ID:ir9tPgZ8
>>426
だから「自称天皇」は、皆、基地外扱いされているではないか。
428神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:43:05 ID:rx2XkZdp
>>422
発言は自由だから掲示板なわけです。
嫌なら反応しなければいいだけのことです。
誰であってもそんなレスはつけるな!などということは不可能なのはご存知ですよね?w
聖書の引用に反応するのはそれだけ何か思いがあるからですよ。w
な〜んも思ってなかったら平気なわけで。
429サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 22:44:10 ID:LYY89P3S
>>427
天皇制自体は?w
430神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:46:31 ID:rnYbhTOS
>>428
アンカーが振ってあったから反応したダケョン〜
431神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:49:14 ID:rx2XkZdp
以下の聖句から引用しております。見たくない人は見ないでください。

Uテモテ4:1-4
神の御前で、また、生きてる人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、
その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。

みことばを宣べ伝えなさい。時がよくても悪くてもしっかりやりなさい。寛容をつくし、
絶えず教えながら責め、戒め、また勧めなさい。

というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、
気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、
真理から目をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。
432神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:51:12 ID:ir9tPgZ8
>>429
少なくとも、昭和天皇には、精神病の要素はなかったな。あまりまとも
過ぎた(民主的過ぎた)のが、却って悪かった。大正天皇はおかしかったがw。

今度は、雅子様がw。
433神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:52:07 ID:rnYbhTOS

真理は、万人に説明しなくても分かります。

オチ。おやすみ★〜

434サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 22:53:16 ID:LYY89P3S
>>432
天皇制はキリスト教と同じキチガイの源なんですか?w
435神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 22:57:51 ID:rnYbhTOS
>>434
屁理屈!減らず口!!
スルーで逃げるが勝ち!!

あははは・・・ヽ(^。^)ノ
436神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:01:16 ID:ir9tPgZ8
>>429
日本の天皇は、みな人間だから、中にはおかしいのもいる。しかし、イエス
ほどの狂人がいなかったのは幸いだった。

皇室制度自体は、世界に誇る優れた文化だと思う。詳しくは、他所で。

最近の代々の皇室が、生物学、動物学をやり、経験論のイギリスに留学
するのは、よい傾向。動物としての人間と現実とから離れないためだ。
437サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 23:05:24 ID:LYY89P3S
>>436
じゃあなんで自称天皇のキチガイが輩出するんですか?
438神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:06:52 ID:DIjhHiAv
>>433
だったら高等数学・量子力学を教えてちょ
説明しなくても分 か っ て る ん だ ろw
439神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:09:52 ID:DIjhHiAv
>>436
武烈天皇なめんな。
440神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:12:49 ID:ir9tPgZ8
これからの精神医学や宗教学は、クリスチャン(例えばサロメ)や他の
カルト信者に抗精神病薬を十分な期間連続服用させ、「神」や「聖霊」
が消滅するか否かの実験を是非やるべきだと思う。それでも消滅しな
けれは「本物」だw。
441神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:20:06 ID:rx2XkZdp
絶好調だな。ご隠居。
端から見たらお前が一番精神病に見えるわけだが?w
442サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/04(土) 23:24:15 ID:LYY89P3S
>>439
冷泉天皇もw
443神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:26:19 ID:ir9tPgZ8
妄想患者に、いくら事実を突きつけても、絶対に認めようとはしない。すでに
妄想状態にあるクリスチャンを、事実で説得し、脱洗脳するのは、無理では
なかろうか。もはや薬物療法以外には、方法がないように思われる。
444神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:31:16 ID:rx2XkZdp
あーぁ。
隠居が来たらみんないなくなっちゃったよ。
`も逃げたよ。お前のせいだ。隠居。もう来るな。


             / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      ∧_∧   < 妄想ネタ以外で勝負しろや
     ( ´_ゝ`)   \________
    /     \
   / /\   / ̄\
 _| ̄ ̄ \ /  ヽ \_
 \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \__)
 ||\          \
 ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
 ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ||
 ||  ||       ||

445神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:34:01 ID:5OVviG9x
ここで少し言っておきたいことがある。

初代教会の時代、テサロニケに教会があり、そこの信徒たちが
初めて「クリスチャン」と呼ばれるようになった。
「クリスチャンとは」キリストを信じる者という意味ではなく、
キリストと似た者という意味だ。
どれでもいいから福音書一巻通読した上で、その人が
「キリストと似た者」であるかを見分けていただきたい。
人間は不完全だが、意識の中で意志を一旦は再確認して発信できる
この様な書き込みにおいて、あまりにもキリストらしくない
人が居るなら、そこにキリストを見ないで欲しい。
クリスチャンだと、その人を認識する必要はどこにもない。
たとえ自らがそう名乗っていてもだ。
446KG:2007/08/05(日) 00:02:05 ID:2rHubqYr
>>445
せめて、言葉と振る舞いと寛容さとによって、
キリストの教えの優越性を、
申し立てようとするクリスチャンはいないのでしょうか?
暴言や侮辱の言葉を一切口にしていないものに対してすら、
嘲笑と恫喝で応じるとは何事でしょう?

映画『ミュンヘン』で、登場人物の一人のユダヤ人が、
復讐殺人を決行するために旅立つ同胞のユダヤ人たちを引きとめるために、
「俺たちは、高潔な民族ではなかったのか?」と放った言葉が思い出されます。


447神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 00:04:55 ID:QTaJn9Eg
KGさんに質問したい初心者です。

何故全能の神は天使や人を創造って徒党を組み、
己を賛美させたのですか?

聖書読んでも解説書読んでも疑問だったので、
ご教授いただければ幸いです。
448神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 00:13:12 ID:rH5CaPF/
>>446

>申し立てようとするクリスチャンはいないのでしょうか?

ここで議論するクリスチャンの中にはいませんね、おそらく。
449KG:2007/08/05(日) 00:36:54 ID:Ltf8Lwzj
>>447
う〜ん、どうなんでしょう。神学は私の一番不得意な分野でして…。

聖書を読む限り、私の印象では、天使にはそれほど賛美は要求されていないと思います。
天使は崇拝者というより、神の使いッパシリのようにも見えます。
また人間にも、「俺様を賛美しやがれ」という命令はそれほど強調されていないような気がします。
もっとも、崇拝は強要されているでしょうが…。
とはいえ、創世記のエデンの園では、人間は神に祈りも賛美も崇拝も捧げていません。
もしこれが、聖書の神の本来の意図する対人関係であったなら、神は人間に賛美を求めていなかったことになります。

ですから聖書における賛美の意義は、強要ではなく、自発性にあるのではないでしょうか?
「天使も人間も、思わず褒め称えてしまうほど素晴らしい神様、それがヤハウェである!」
ということを聖書は言いたいのかもしれません。
ところが、後代のユダヤの伝承などでは、天使は神を賛美するために造られたことになります。

ぼんやりした解答でスイマセン。
あらためて考え直してみます。
でも、こういう話題は、クリスチャンの方が得意だと思いますよ。
450神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 00:39:55 ID:w6AfP4qn
禿同意。
451神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 00:43:58 ID:w6AfP4qn
>450は>448と>445に対してでした。

>>449
正解ですね。あってると思います。
聖書をそこまで理解していながらイエス・キリストを受け入れない心情はナンダロ。
452神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 01:02:33 ID:rH5CaPF/
>もっとも、崇拝は強要されているでしょうが…。

ちなみにこういう言葉で宗教えんがちょな人は反応してしまうと思うので
一応付け加えさせていただきますが、聖書の神は知っているのです。
人間が何かを崇拝せずには生きられない事を。
それはまぁ、冨であったり、他の神であったり、自分だったり、知識だったり、
異性だったりするわけですが。それらのものを崇拝して生きれば、人が
グダグダになるということも知っていたのです。
だから、真の神であるご自身を崇拝する事を強く私達に語ったのですよ。

聖書によればね。
453447:2007/08/05(日) 01:23:55 ID:QTaJn9Eg
>>449
KGさん、解答ありがとうございます。
以前質問箱スレで違う質問をしたときに、
教徒の方々に口汚く罵倒されましてね。
KGさんやココモスキーさんなどに伺ってみたかったのです。

KGさんの解答を受けてもうひとつ伺いたいのは、
聖書的に見て、何故神という存在に、
天使や人を作って徒党を組ませなければならなかったのか?
という点なのです。
道を誤ることのないようにと神への崇拝があるとしたなら、
その根本にある徒党主義発祥の起源みたいな創造神話の必要性に疑問を感じます。
神学も含め、歴史学的にこういう視点はいかがなものでしょうか?

素人質問で恐縮ですが、
よろしければKGさんを始め、みなさんのご意見を伺えれば幸いです。

454KG:2007/08/05(日) 01:43:24 ID:Ltf8Lwzj
>>453
聖書が、天使や人間といった徒党を擁する神を設定せねばならなかった理由でしょうか?

なかなか斬新な視点だと思います。
創世記のそうした世界構造が、メソポタミアの神話からの借用だったとしても、
それを借用するだけの事情があったはずだとお考えなのでしょうか。

かなり深いテーマなので、即答はできませんが、
私は、当時の人々が見た権威の象徴が関係していると思います。
例えば、神に理想の統治者の姿が重ね合わされたとしましょう。
そうした際に、神は、人間の王と同じ役割を果たさねばなりません。
つまり、強力な軍を束ね、優秀な臣下を司り、賛美を一身に集めねばなりません。
それ以外の描写の仕方によって、神の統治者としての優越性を表現することはできません。
何の助手も必要としない唯一万能型の神もありだったかもしれませんが、
それでは神の威厳が保たれず、民衆も、そういう神を求めていなかったのでしょう。
神の優越性は、比較対象とするものがあって初めて際立ちます。
部下が優秀であればあるほど、上司の株も上がるものです。
徒党とは、神の引き立て役として配置されたのではないでしょうか?

ですから、神の徒党の具体的な役割を見るには、
時代ごとに変化する神の機能に注目するといいかもしれません。
神に求められる役割によって、徒党の役割も変わるはずですから。
455神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 01:46:57 ID:w6AfP4qn
>>453
天使も人も神があらゆる愛と叡智をもって造られた、というのはOK?
それがわかれば神がわざわざ徒党を組ませて無理やり賛美させた、
という発想にはならないと思うわけだが。

それとあきらかに歴史学の分野じゃないことはわかりませんか?w

加えて過去にどういう質問をして罵倒されたのか知りたいわけだが。w
質問スレを見てると普通の質問で罵倒されることはありえない。
456神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 01:50:24 ID:w6AfP4qn
>>453
KGは無神論者ってことも知ってて聞いてるんだよね?wwwww

>454の理解は>453には無理ぽ。
457447:2007/08/05(日) 03:08:55 ID:QTaJn9Eg
>>454
重ねてのご返答、ありがとうございます。
無学な自分にとっては大変勉強になり、参考になります。

>創世記のそうした世界構造が、メソポタミアの神話からの借用だったとしても、
それを借用するだけの事情があったはずだとお考えなのでしょうか。

そうです。
オリジナルではなく他神話を取り入れてまで構築しなければならなかったのは何故か?
文化的影響もあるでしょうが、
その根源たる事情に興味がありますね。
聖書編纂の意図とは別の、「何故、神の創設神話が必要だったか?」という事情が。

>>455-456
言葉が足らず申し訳ありませんでした。
神が徒党を組んで無理やり賛美させたと言いたかったのではありません。
神学的に見れば、神が何故天使や人を必要としたのか?という単純疑問ですし、
歴史学的に見れば、KGさんの解釈どおり、
聖書が、天使や人間といった徒党を擁する神を設定せねばならなかったか?
という疑問です。
神が天使や人を愛しておられるのは、聖書を読んで感じているつもりです。
人の自発的な神への従順こそ尊ばれることと理解しています。
しかし、私は有神論でも無神論でもないニュートラルな無宗教論者に過ぎません。
あなたの仰るように私は無知無学な人間ですので、
このように疑問を質問させていただき、勉強させて頂いています。
すれ違いでしたらお詫び申し上げます。




458神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 03:34:26 ID:eR3n2HNd
そもそも天皇制とカトリックを並列にするならば
天皇博仁は人間宣言を行い絶対性について自ら否定したが
カトリックは尚強健に自己にのみ絶対真理を内包することを主張している
ことを鑑みなければいけないでしょう。

そもそも、天皇制とカルト宗教を較べること自体が不遜というものです。
これだからキリスト教徒は図々しい・・・
459サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 08:20:31 ID:kUy1xHtk
>>458
あほらしw
天皇人間宣言は外圧に負けたせいでしょうがw
おかげで日本の文化の枠組みは崩壊し 今の有様ww

キリスト教と天皇制 枠組みは同じなんだよw
460暇人:2007/08/05(日) 08:36:13 ID:4+B+yHLl
>「以前は強烈な迫害者であったが、今は、熱心な信奉者である」。
>という類のエピソードにも、私は胡散臭さを感じます。
>それは宣伝効果絶大だからです。

これは後世の誰かがでっちあげたのではなく
パウロ自身がガラテア書で言っていますので
KGさんの直感が正解であった場合、パウロの宣伝ということになります。

パウロのここでの論旨は
「ユダヤ主義キリスト者たちのガラテア教会への「割礼押し付け」を批判し
律法の実行に拠らない信仰による救い」の宣伝にあったわけですので、
パウロは、
「自分も昔、現在割礼をあなたたちに強く強要するユダヤ主義キリスト者たち
以上に強く、ユダヤ父祖たちの律法を遵守していた。」
その律法遵守の立場からキリスト者を迫害するほど熱心だったと、
割礼派以上に律法遵守主義だったことを強調するために、オーバーに
迫害をいれたとかという可能性がないとは云えないですね。

しかしながらその推測は 広く支持されないでしょう。
論旨からすれば、
「私は父祖以来の割礼を含めた律法を遵守してきた。パリサイ派の教師
だった」とかそういうことを強調するだけで充分であるし、
「迫害者が熱心な信仰者になった」と宣伝するために「迫害」という語が
出たわけではありませんので
461暇人:2007/08/05(日) 09:00:54 ID:4+B+yHLl
>>445

テサロニケ? それの根拠は何?

通常は使徒11:26を根拠にアンティオケだよん
それと「χριστανος」は、
「χριστος」(キリスト)+ラテン語語尾「ianus」として、
語尾最後の「us」を「os」と代えたものだが
ラテン語語尾「ianus」は、「〜につく者」「〜に従う者」という意味だね。
462神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:27:02 ID:8BnjjLz3
>>459
キリスト教が外圧にによってその神を棄てると思うのかね。皆殺しにされても、
その「架空の神」にしがみ付くだろう。

日本人は、終戦によって、殆ど一夜にしてその妄想から覚めた。今時、天皇を
神と思う日本人は、恐らく一人もいないだろう。日本人の賢明さと知的水準の
高さを示すものである。キリスト教とは違って、精神そのものを深く犯されては
いなかったからである。

なお「天皇制」という言葉は、サヨクが作った用語。使わないほうがよい。
463サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:32:00 ID:kUy1xHtk
>>462
あのね
日本建国w以来の天皇制は 要するに古代からの信仰の枠組みの典型に過ぎないんだよ隠居w
それが明治維新に国家神道の採用により根っこを断ち切られ急速に衰弱
人間宣言はそのとどめに過ぎないのw

まともに歴史勉強しろよ隠居w
464神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:35:25 ID:8BnjjLz3
先の大戦も、キリスト教国による世界宣教(侵略)の一環であったと解する。
日本は、彼らによって戦争を「やらされた」のである。中国にてこずったのも、
クリスチャンの宗美齢がアメリカの援助を取り付けたからである。
465サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:35:39 ID:kUy1xHtk
いいか隠居

神道は土に生えてる信仰

キリスト教は地球は愚か宇宙も包含する絶対の真理の信仰なんだよw

だから根絶やしには出来ません
466神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:42:14 ID:eR3n2HNd
>>459
必死で天皇を楯にカトリック擁護してるようだけどさ

天皇は死後救われますか?

467神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:44:30 ID:eR3n2HNd
>>465
はいはいw
その根拠を論証してねw

初めからずーと言ってきてるのに天皇をスケープゴートに逃げ回ってるだけだな。
468神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:45:44 ID:8BnjjLz3
>>465
神道は、共同体としての人間と、その生存を支える自然とから離れる
ことはない。

キリスト教は、そのいずれからも遊離しまくった単なる狂気。

明治維新は、日本には珍しい「暴力革命」だったが、これは平田篤胤
あたりがキリスト教に影響された結果である。すべての組織的暴力の
陰には、常にイエスの思想がある。
469神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:47:45 ID:eR3n2HNd
>>468
そうそう。

他者の価値観を認め共存できるか否か。

これが要点でしょw

天皇とカルト宗教を同列にするなっつのw
中国製の自動車とトヨタを同列に同じ自動車だと言ってるようなもんw
470神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:48:13 ID:8BnjjLz3
>>465
神道は、共同体としての人間と、その生存を支える自然とから離れる
ことはない。

キリスト教は、そのいずれからも遊離しまくった単なる狂気。

明治維新は、日本には珍しい「暴力革命」だったが、これは平田篤胤
あたりがキリスト教に影響された結果である。すべての組織的暴力の
陰には、常にイエスの思想がある。
471サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:48:47 ID:kUy1xHtk
>>466
望みの洗礼でw

>>468
宇宙は自然の一部でッせw

>>464
つましく稲作と船の交易で生きればいいものを
舞い上がって欲出したからよ
472サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:49:27 ID:kUy1xHtk
>>469
あらぁw

神道は共存じゃなく同化でしょうがwwww
473神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:49:58 ID:eR3n2HNd
>>471
>>望みの洗礼でw

意味不明なんだけど?
妄想ダミー洗礼で受けたことにするってこと?
はっきりいいなよ。

天皇は死後救われますか?
474サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:51:00 ID:kUy1xHtk
>>473
望みの洗礼も知らんでキリスト教に喧嘩売ってるンかい。。。ナツダネェw
475暇人:2007/08/05(日) 09:51:16 ID:4+B+yHLl
ネットウヨウヨさんたちは ウヨウヨスレでウヨウヨしてくらはい。
476KG:2007/08/05(日) 09:52:00 ID:Ltf8Lwzj
>>460
私がまず胡散臭いと思うのは、広く一般にパウロに帰せられている「迫害者サウロ」のキャラクターです。

『使徒』に関して言えば、それは完全なプロパガンダ文書であり、そこでのパウロ像はまったくあてになりません。
彼が、キリスト教徒最初の殉教者ステファノの処刑執行人であり(?)、
初期の使徒たちが経験した教会の不遇の時代のヒール役という設定は、フィクションの匂いがプンプンします。
歴史家は、この手の設定を鵜呑みにすることに用心しなければなりません。

次に、疑惑の目が向けられるのは、パウロ自身の証言ですが、
『フィリピ』(3:6)は彼の真正の著作だそうですが、そこで彼は、自分のことを「熱心さの点では、教会の迫害者であった」と紹介しています。
そしてご指摘の通り、『ガラテア』(1:13)でも自らのことを、「徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていた」と語っています。
まず、これらのパウロの自己紹介に、使徒行伝のフィクションを当てはめる必要はありません。
彼は、教会撲滅のために、何をしたのでしょう?教会員の私刑でしょうか?
我々は、パウロが行なった、教会への迫害の内容を知らないと言っても差支えないと思います。

また、彼の迫害者としての自己紹介は、己のユダヤ主義への傾向ぶりを強調するためには、もっこいです。
それはフィリピの表現から読み取れるように、「熱心さ」を具体的に修飾するからです。
彼は、確かにかつては、熱心なユダヤ教徒ではありましたでしょうが、その程度については控えめに評価したいと思っています。
かつてのユダヤ教への熱心さは、教会内に残存していた、ユダヤ的な傾向を持つ信者の反論を封じ込める働きをしたからです。
「皆も知っていると思うが、俺は昔は相当ワルだった」という類の武勇伝は、通常、話半分と思って聞くものです。
現代では、元ヤクザだか犯罪者だかの神父や牧師が多数おりますが、あれもどこまで真に受けていいのやら…。
したがって、パウロも自己宣伝をした可能性は十分あると思います。





しかし、ここに使徒行伝で描かれているような迫害者としてのパウロを当てはめることに疑問があります。



477神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:52:45 ID:eR3n2HNd
>>472
それは平田篤胤影響の国家神道だし、もはや死滅した理論だよ。
もともと、神道は他の価値との共存がその性格だ。

未だに唯一普遍の真理を謳うカトリックは現代社会においてはカルト指定に
十分値するだろ。カトリックのような排他性は一切ない。
478サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:54:40 ID:kUy1xHtk
>>475
おまいは靖国参拝するのか答えろw
>>473
昭和帝はいちおうキリスト教理解してた見たいだし望みの洗礼だろw

武烈や御醍醐は仏教でも地獄雪だなw

>>477
ちゃう
共存じゃなくて同化
国家神道は同化から自立を目指して アンナ奇形になっただけ
479KG:2007/08/05(日) 09:55:39 ID:Ltf8Lwzj
>>476訂正です。
●4段落目の「もっこい」は「もってこい」です。
●文書の最後の2行は、3段落目に挿入します。
480サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:55:58 ID:kUy1xHtk
>>477
あのーw

維新以前 伊勢神宮や加茂神社やら 坊主が立ち入ったらフルボッコ
女禁制もあっちこっちw
部落民は。。。wwwww
481神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:56:02 ID:eR3n2HNd
>>474
だあからはっきり言ってみなってw

なんでそこ濁すかなぁw

天皇が救われるならそれは天皇が神でないことを意味する。
同時に天皇が死滅するならそれもまた天皇は神でないことを意味する。

キミが天皇を楯に組織を擁護しようとも、天皇への真に崇敬は存在せず
単に二枚舌のスケープゴートのために利用してるだけ。

キリスト教は邪教です。って結論しか出てこないよ?
482サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:57:07 ID:kUy1xHtk
>>481
天皇の現人神の意味
そもそも日本の神の概念理解してる?

それと
望みの洗礼 調べろw
483神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:57:48 ID:eR3n2HNd
>>478
理解してたら望みの洗礼なんだw
じゃ、ムスリムでも理解してたら救われてるんだな?
484神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 09:59:18 ID:eR3n2HNd
>>482
なんでカトリックの三流都合理論を調べなきゃしけなんいだよw
キリスト教の救いなんてそもそも必要ないだろw
485カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2007/08/05(日) 09:59:39 ID:F/HdEUgW
KGよ、君の言うように、イエスの十字架はなかった。
当時のキリスト教徒達のでっちあげだとしたら、当時の文献などから
そのような記述があってしかるべきなのだが、そのような資料は一切無いわけだ。
とくに当時のキリスト教を迫害する急先鋒であった、ユダヤ教の一大メジャーだったファリサイ派
は、イエスを十字架に架けた当事者とされた人達でもあり、キリスト教を潰したかった
彼らから当然のごとく、イエスの十字架なんてなかったのに、お前らなに言ってんの?てな具合で
キリスト教は荒唐無稽のただのでっち上げで片付けられて、文書にもそういった記録が残されてしかるべきだ。
いやそれ以前に、イエスの十字架はただのでっちあげだとしたら、ファリサイ派の人々がやっきになって
潰しにかかる以前に、イエスの十字架がただのでっちあげだとしたら、キリスト教今のような発展
などすることもなく、早々に消えていたことだろう。なぜならイエスの時代に生きた
当時の人々にとって、イエスの十字架の事件がでっち上げだとしたら、それを証明するのはたやす
かったろうし、なによりイエスを直接十字架に架けたファリサイ派の人々が黙っていな買ったことでしょう。
だがキリスト教は、消えてなくなるどころか、後にローマ帝国の国教になるまで発展している。
486サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 09:59:53 ID:kUy1xHtk
>>483
だから意味わかってるかい?

日本の神道についても?
487カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2007/08/05(日) 10:00:44 ID:F/HdEUgW
このローマも当初は、キリスト教を迫害する側だったものであり、イエスの十字架がでっち上げなら、
イエスの十字架の判決を下したとされる、ピラトもいることだし、記録からもそんな事実はないと、
早々にキリスト教もとより、イエスそのものを否定するのはたやすく、以上の考察からも、後にローマの国教に
なるまでキリスト教が発展するということはありえない話です。もしイエスの十字架がでっちあげなら、
ローマからの歴史書からもそのような内容にふれた文献があってもおかしくないし、それ以前に、
キリスト教などは話題にも触れず、消えて無くなっていた事だろう。だが事実は違う。キリスト教は、彼らの
話題にもならないものであるばかりか、その後、ローマ帝国の国教になるまで発展した。
これは、ピラトがイエスを十字架を架けた事実がなければ、ありえない話である。
なにせ彼らからすれば、イエスの十字架がでっち上げならば、記録などの点からも一目瞭然であり、
イエスなどという男は、はなから信じるに値するものではないからである。だが事実は、後にローマの国教になるまで
発展した。後のキリスト教の発展という歴史的事実が、イエスの十字架が史実であったという、何よりの証拠ではないか。
以上の点から、KG氏のイエスの十字架はでっち上げという説は、根拠に乏しく、単に自分の願望を強く反映させた
だけの、合理的な判断にいちぢるしく欠けた、学問としてみればまったくの落第点なのではないだろうか。
いずれにせよ君の、イエスの十字架は、キリスト教徒達のでっち上げという説は、多くの人には支持されないどころか、
どちらかというと、トンデモ説に近いものだと、認識されるだろう。
488神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:01:55 ID:eR3n2HNd
>>486
濁すよなぁ・・・w

「カトリックが唯一普遍の真理であることを論証してください。」

と聞いてるのになんであちこち話題をそらしていくんだろw
489サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:02:48 ID:kUy1xHtk
あのね
神でさえ仏法によって救われたと考えたのが維新以前の日本人
それが日本の信仰のエッセンス
つまり日本人は表面的な神の権威ではなく超越的な真理を求めていた

だから仏教のさらに先の まことの真理であるキリスト教を受け入れたのです
490サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:03:45 ID:kUy1xHtk
>>488
まずカトリック=普遍の意味理解していない君は宗教学の単位取り直せw
491神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:05:00 ID:eR3n2HNd
>>489
確かに地上に見られる神話や宗教には真理は偏在してるのだろうね。
それをカトリックが独占できる根拠が知りたい。

普通に考えてキリスト教もまた偏在した真理の一部でしかないのだが
どうも、カトリックにのみ真理があると言われると、その根拠が知りたいのが
普通の感覚だよね?
492神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:06:17 ID:eR3n2HNd
>>490
そのくらいは知ってるよ。
象徴とでも言いたいわけ?じゃ、組織としては真理を内包してないと?

カトリックという組織と実態は異なると言いたいのかな?
493サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:09:12 ID:kUy1xHtk
>>491
だから カトリックが公教会のことであるなら それは地上における
神様の肉体ですよ
そして地上の羊を集め世話する役割です
真理は主なる神様であり 教会に属する人間は当然 過ちを犯します
公教会のかしらである神様こそが不可謬であり 人間はそうではない

公教会が述べ伝える神様が不変の真理であられるということ まず理解してね

諸宗教は完全に神様に乙返していないのでドレもこれも不完全で 救いにいたることは出来ません
494サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:10:51 ID:kUy1xHtk
>>492
神様の恩寵の下にある組織です 構成員が恩寵を拒み離れることはありえます
例え 形式的に組織に所属していてもね

しかし圧倒的多数は常に組織と共に神様とつながっている
それが公教会です
495サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:11:58 ID:kUy1xHtk
さて
そろそろ出かけないとw
496神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:12:21 ID:eR3n2HNd
>>公教会が述べ伝える神様が不変の真理であられるということ まず理解してね
>>諸宗教は完全に神様に乙返していないのでドレもこれも不完全で 救いにいたることは出来ません

だから、なんでカトリックが普遍の真理なの?w

答えありきの言いっぱなしだから洗脳されたカルト信者にしか見えないっつのw
497サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:13:34 ID:kUy1xHtk
>>496
まずキリスト教の知識 身につけようヨw

あんたの信じる宗教は?
498神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:15:13 ID:eR3n2HNd
価値を認め合い真理を独占しようともせず互いに尊重しあいましょう。

って主張が常識的だが、真理の独占によって問題が起こる。
なぜ真理を独占しなければいけないのか?

それが飯の種だからでしょ?w

まったく恥かしい宗教だ・・・
499神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:16:16 ID:eR3n2HNd
>>497
結局答えられないで、答えありきの理論に持っていこうとするw

常に逃げだね。

真理を説明できずに真理を語るなよw
500サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:16:23 ID:kUy1xHtk
>>498
独占じゃなく圧倒的優越です

だから君が信じる宗教は?
わかったほうが議論しやすいです
501サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:16:58 ID:kUy1xHtk
>>499
不立文字 捻華微笑
502神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:17:24 ID:eR3n2HNd
>>500
意味不明。
ってことはカトリックは完全な真理は有さないってこと?

オレは無宗教だよ。
503暇人:2007/08/05(日) 10:18:34 ID:4+B+yHLl
使徒では 「殉教者ステファノの処刑執行人」と書かれてませんよ。
「ステファノの処刑に賛成した」とありますね。
「使徒文脈からするとパウロは処刑を見物していた」のではないでしょうか。

さてのこのステファノの処刑をパウロが見物していたという使徒の記述を
多くの聖書学者が創作だと考えています。

フィリピもパウロの真正書簡ですね。
厳密に言うとフィリピは後代の編集が入っており
三つの手紙が一つにされたと推定されています。
3:2から第二番目の手紙ということになります。

3:2冒頭から パウロの論敵を「あの犬たち」と激しく罵倒しています。
『律法主義の観点から見ても私は、あの犬たち以上に律法を守っていたのだ」の
例証の一つして「教会を迫害するほど熱心だった」と自己紹介しているわけですね

自己宣伝と見て、批判的に検証するのはよろしいと思いますが
パウロ自身が「迫害した」と云っている点をもう少し慎重に検討すべきだと思います

迫害の中味ですがガラテア書で
「かつては自分が荒らしまわった信仰」とありますので
推定されるのは、現在パウロが批判している
割礼派と同種の律法遵守の思考に基づいた迫害をしていたのではないでしょうか

504サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2007/08/05(日) 10:19:52 ID:kUy1xHtk
>>502
どの宗教も自然恩寵の下にあるんだよ

わかる?
505神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 10:21:31 ID:Ychblmo9
真理を説明できる、と思う人なんて、
嫌いな宗教の対抗馬として
他宗教を持ち上げる人以外にいるのか?
506KG:2007/08/05(日) 10:24:21 ID:Ltf8Lwzj
>>487
私は、「イエス・キリストの磔刑」という理解は、初期の多様なキリスト教会すべてが共有していたとは考えておりません。
それは、現在の正典以外の他のキリスト教文書や、初期キリスト教美術から伺われます。
したがって、「磔刑」は、おそらく3,4世紀以前においては、多様なキリスト教団を束ねる共通の神学ではなかったのでしょう。
また、ローマ政府が、死刑執行の記録をいちいち保存していたとも考えられないので、処刑神話が独り歩きする余地は十分あったと思います。
そもそも、せいぜい格言を触れ回っていたイエスなる男が、ローマ政府に処刑されねばならない根拠が見当たりません。
彼は、ユダヤ教改革者だったのですか?自称メシアだったのですか?エルサレムの権威に反抗したのですか?
彼は一体、脅威となるどんなことをしたのでしょうか?

私の「磔刑デッチアゲ説」が多くの人に受け入れられるものではないことは知っております。
しかし、それを支持するための十分な証拠がなく、
むしろ、当時のガリラヤとエルサレムの事情を鑑みて、それはありえそうにもないのに、
単に、「後代の人々がそれを信じたから」という理由だけでそれを「あった」とは言えません。
言いたくても言えません。

私個人としては、イエスなる男が、処刑されたところで何の不都合もありません。
殺されたことを支持できる根拠があれば、よろこんで、イエスの磔刑を支持します。



507KG:2007/08/05(日) 10:41:00 ID:Ltf8Lwzj
>>503
>使徒では 「殉教者ステファノの処刑執行人」と書かれてませんよ。
>「ステファノの処刑に賛成した」とありますね。
>「使徒文脈からするとパウロは処刑を見物していた」のではないでしょうか。

あのう…、それらを知った上で、私は書いているのです。
使徒行伝が、ステファノをいかなる設定に置いているかを読み取ったまでで、
字句そのものは問題にしておりません。お分かりになりますでしょう?
私は、パウロの迫害者としてのキャラクターを劇的に見せるために、
使徒行伝の筆者は、ステファノの処刑にパウロを立ち合わせていると考えているのです。

わたしは、パウロがキリスト教の会衆になんらなかの撲滅工作を働きかけたであろうことは認めています。
しかし、それは控えめに読み取るべきであり、
「パウロの回心」に「華麗なる転向」「劇的な改宗」を無批判に当てはめることに疑問を投げ掛けているのです。

この一連の議論の流れで強調したかったのは、
使徒行伝の「目から鱗」でしか説明できないような、パウロの強烈な転向は、疑われてしかるべきということです。
そこまでの外因を必要とせずとも、パウロは改宗できたのではないか?ということに結び付けるために、
私は、パウロの回心を控えめに読み取ったのです。

後の細かいパウロ書簡の議論には、私は立ち入るつもりはありません。

508カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2007/08/05(日) 10:50:19 ID:F/HdEUgW
>>506
前から疑問に思っているのだが、君は聖書を、きちんと読んだことがあるのか?
彼はエルサレムに行き、当時のユダヤ教の一大メジャーだったファリサイ派の指導者達に
けんかを売ったんだよ。当時は現代とは比較にならないほど、宗教の影響力は、世俗の一般社会に
浸透していた。聖書のイエスの言行録を見てみろ、あそこまで言われ、それまで大衆から
尊敬されていたファリサイ派の高級司祭達は、見事に
大衆の前で面子をを潰されたわけだ。彼らがイエスに対して殺意を抱くのは当然の理であったろう。
今より比較にならないほど、宗教の影響力の強かった当時は、自分達の信じる神を差し置いて、
自分は神だと宣言するのは、十分死罪にあたる罪として認識されていただろう。
当時ピラトにとって、彼らにとっておかしな宗教を信じる、この辺境の地のユダヤ人たちは、非常に扱い
にくかったというのは容易に想像できる。またこの地に暴動でもおきれば、彼の政治生命にも関わる問題で、
彼の任期中に、厄介な問題は、できるだけ避けたかったのだろう。
そこで、当時のユダヤ人たちに非常に影響力のあった、ファリサイ派の人が自ら神を名乗るイエスを死刑に
してくいれと自分達の元に連れてきた。これを拒むと、暴動もおきかねかねず、喩え暴動をおさえこんでも
後々この地を治めるのに、厄介な問題を抱え、容易ではなくなるのは想像に難くない。
この地の統治をうまく治めなければ、後々自分の出世にも響く。彼がイエスを十字架に架けたのは、非常に合理的な
政治的判断があったんだろう。イエスが十字架に架けられる合理的理由は見出せないどころか、
当時のファリサイ派は、イエスに面子を潰され、自ら神を名乗れば、十分に自分達の信じる神を侮辱したものと取れ、
彼らがイエスを殺害しようとした動機と、自らか意味を名乗るイエスを死罪にする根拠も、十二分にあるものであり、
ピラトも、イエスを十字架に架けた動機も、彼の政治的判断から十分に、合理的に説明できるものである。
君の説は、まず自分の願望を元に出発している。これはいけないな。学問とは全て、合理的な思考、判断で学説を
立てないと、全く価値のないトンデモ説にすぎないである。このような思考回路の持ち主は、
何の根拠もなく、ただ、教会の教える教義を盲信している信者達と同じ穴の狢だよ。
509暇人:2007/08/05(日) 10:51:46 ID:4+B+yHLl
ガラテア1:13
οτι καθ υπερβολην εδιωκον την εκκλησιαν του θεου
και επορθουν αυτην

οτι すなわち
καθ υπερβολην 過度に 極度に はなはだしく
εδιωκον 未完・一・単 追及する 迫害する
την εκκλησιαν του θεο 神の教会を
και and
επορθουν 未完・一・単 荒らす 破壊する 根絶する
αυτην それを

事実関係はともかく パウロの文章によると ただ迫害したのではなく
「最高度に激しく迫害し、破壊した」とありますね

「καθ υπερβολην」という強調は 
パウロ流のオーバーな表現なのか 具体的な事実があったのかどうか。

文面どおり受け取ると、使徒の迫害とリンクして矛盾しないわけですね
ただ使徒は、パウロの手紙を知った上で文脈に沿った肉付けをした可能性が
大いにありますね
510KG:2007/08/05(日) 10:52:48 ID:Ltf8Lwzj
これほどの書き込みが積み重ねられてきたので、
もうそろそろ、聖書やキリスト教の、
他の宗教や他の聖典に対する優位性の判定基準を、
ピシャリと提示できる人が出てきてもおかしくないと思うのですが、
それは未だ達成されず…。
少なくとも>>446の基準でないのだけは確かなようです。
511暇人:2007/08/05(日) 10:59:57 ID:4+B+yHLl
>>507

知っていたならば、あなたは「処刑執行人」などと書かれませんよ。

一般的な聖書学情報では、
使徒は、パウロがステファノの処刑を見物していたと読んだ上で
史実ではないと推定しています。

>使徒行伝の「目から鱗」でしか説明できないような、
>パウロの強烈な転向は、疑われてしかるべきということです

疑問を持たれるのは自由ですね
ただ具体性がない疑問を提示されても 説得力がないかもですね

私は あなたに 
1.テキストをより丹念に読まれること
2.紹介された聖書学情報を丹念に検証すること
をお勧めします
512KG:2007/08/05(日) 11:02:22 ID:Ltf8Lwzj
>>509
あのう…、ですから、私は、書簡の字句を問題にしているのではないのです。
その書簡が、そういう表現を使っていることは認めます。
「パウロがそう書いた」、それはそれで良いのではないでしょうか。
パウロがそう書いたから、それをベースに使徒の伝承ができた。
それも結構なことです。ありえますでしょう。

私が問題にしているのは、そうではなくて、
そうした「ドラマチックな転向」の信憑性です。
何度も言いますが、「昔は俺もワルだった」は話半分で訊くべきです。
何度も言いますが、私はパウロが反会衆活動に熱心であったであろうことは認めています。

ギリシア語の議論は、必要と判断すれば私も立ち入りますので、その時は宜しくお願いします。
しかし、今の議論の流れにギリシア語本文は関係ないと思うので、立ち入りません。
513暇人:2007/08/05(日) 11:12:18 ID:4+B+yHLl
>>512

印象はあなたのご自由にされてください。

ただそれですと「(議)論」ではなく 具体性の無い「感想」ですねぇ
514KG:2007/08/05(日) 11:17:32 ID:Ltf8Lwzj
>>511

私は、ステファノ物語の史実性を問題にしておりません。そんなものは端から疑っております。
ステファノ物語を使徒行伝が紹介することによって、それが史実であろうとなかろうと、
それによって、初期キリスト会衆の迫害の印象が強烈になるのは間違いありません。
使徒行伝が、そのようにして、最初の殉教者を読者に紹介しているのは間違いありません。
それを読む者は、ステファノが最初の殉教者であったと思い込まされるのです。

さて、そこに、迫害者としてのパウロを登場させれば、話はさらにドラマチックになります。
読者は、あのパウロがその場にいたことを知らされ、仰天するのです。
彼はリンチのメンバーの一人であり、執行人の一人といって差支えない者です。
問題は、彼がステファノに石をぶつけたかどうかではありません。
最初の殉教者として描かれている人物の、処刑現場に居合わせ、それに関わったということです。
これにより、パウロの回心のお膳立てが揃います。
「そのパウロがどうしてキリスト教徒になり、今度は迫害される側に?」
読者は興味深深になって、物語を読み進めます。

こうした諸々のドラマ性に目をやるとき、我々は、新約のプロパガンダ性に気付きます。
その画像をもとに、パウロの改宗前のイメージを作り上げることは、適切ではないと思うのです。
パウロ自身も、強烈な迫害者であることを告白していますが、
その告白もどこまでに当てになるか知れたものではありません。

あと、私は、議論に関係のない、自分の専門分野の知識を披露する競争に参加するつもりはありません。
せっかくですが、もしそれをしたければ、私ではなく他の方を相手になさってください。


515暇人:2007/08/05(日) 11:26:48 ID:4+B+yHLl
>>514
>彼はリンチのメンバーの一人であり、
>執行人の一人といって差支えない者です。

いえ差し支えがあります。
あなたは「リンチメンバー」と主張され
私は「見物人」と主張しています。

見解が分かれていますので お互いの解釈の根拠を提出しあい、
どちらの解釈がより合理的か、あるいは別のもっとよりよい解釈が可能かどうか
議論する必要がありますね

勿論、合理的な根拠を示さず、一方的な主張を展開される方も大勢
おられるわけですから あなたのご自由にされるとよろしい
516暇人:2007/08/05(日) 11:32:03 ID:4+B+yHLl
感情的になって 誤解されておらるようですが

情報の多寡が問題なのではなく
問われるのは『解釈の質』です。

情報は互いに自分の目で確認しあえばよいだけの話です
有用な情報は取り入れ、無用なものは採用しない、
灰色の情報は程度に応じて処理をする。
517神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 11:33:27 ID:2WVzXgCF
暇人の方がムキになっているようです。
518KG:2007/08/05(日) 11:42:09 ID:Ltf8Lwzj
>>515
私は、パウロの回心のお膳立てとしての、ステファノのリンチに注目したまでです。
そのためには彼が、ステファノの処刑の「支持者」であり、その場に居合わせたという設定を眺めるだけで十分です。
後の細かい描写は、この視点には関係ないと思っています。
「彼が石を投げつけず、服を預かっただけ」ということが書かれていることくらいは知っております。
その設定について、様々な意見が出るであろうことも予想されます。
しかし何度も言いますが、問題は、この出来事が後の回心にどう接続しているかです。

ステファノ物語の中の細かな設定は、又別の議題です。
今は大まかな話をしております。
それくらいはお分かりになりますでしょう?
私は、議題に関係のないことは、後回しにする主義であります。
また、単に、自分の知識を誇示し、相手の知識不足を印象づけるための、脱線した議論に私は関わりません。
それについては他の方となさってください。
519暇人:2007/08/05(日) 11:48:10 ID:4+B+yHLl
>ステファノの処刑の「支持者」であり、
>その場に居合わせたという設定を眺めるだけで十分です

これが私の主張ですね

あなたが当面の論点をここに絞りたいのであれば、
パウロを「処刑人」とした解釈を「支持者」と修正すればよろしい
520KG:2007/08/05(日) 11:54:34 ID:Ltf8Lwzj
>>519
では「処刑人」を修正しましょう。
まあ、ご自身の「見物人」という設定には修正の余地はないのでしょうが…。

それはさておき、ではその用語の差異と、パウロ劇的転向との関わりについては?
その関連性を論じていただけませんか?

こまかい表現に突っかかることはいくらでもできます。
しかしそれよりも大まかな議論の流れに注目するのが、大人というものです。
少なくとも、私はそう考えます。

521暇人:2007/08/05(日) 12:10:21 ID:4+B+yHLl
>>520

処刑人だと堂々と巡りですね
あなたは 基本的に議論向きではないですね

当方は合理的な納得があれば 「見物人」を直ちに捨てますよ
聖書学者は一般的にそう解釈していると知っているにすぎませんからね。

用語の差異とは、どの用語のことでしょうか?

現在の論点を私の側から整理しますと
「パウロ劇的転向」は宣伝目的の創作ではないかという推論が為されている
わけですね。
この是非を巡って 色んな角度から検討材料を提示しているというのが
私の現在の関心です。
522KG:2007/08/05(日) 12:25:15 ID:Ltf8Lwzj
>>521
はい、少なくとも、あなたとの議論には向いていません。
523神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 12:44:50 ID:/pA29TRu
>>522 そのさ 聖書学は、宗教の正典としての聖書を否定する為の学問ではないんだね。

聖書学を応用して宗教の正典としての聖書を否定するのなら
もっとキリスト教を知らなければならないんだね。

例えば ハイデルベルク信仰問答を 聖書を根拠に
一つ一つ否定して行く と言うのが効果的なんだね。

聖書の史実性を否定されても キリスト教は困らないんだね。
524神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 12:48:13 ID:dIalSx1e
>>522

KGさん、クリスチャンに「なぜ、そう信じるのか?」や「歴史的事実の根拠は?」という問は無意味だと思うよ。
なぜならば、「神はいる。聖書は神の言葉。」ということを絶対の真理として信じている、その前提がなければ
彼らは発狂してしまう。人格崩壊、つまり生命に関わる重大前提なんだよ。

それはさて置き、「イエスの磔刑は捏造だ、事実というならその根拠を示せ。」というなら、
「イエスは磔刑によって死んだのではない。」という根拠も示さないといけない。
仮に、磔刑が事実であっても、当時の十字架が木製であったであろうことは容易に想像できるので、
実物(もしくは、その木片)が現存していることはありえない。
また、あなたが「イエスは磔刑で死んだのではない。」と主張したとしても、その根拠は、
「イエス磔刑の根拠がないから」というだけじゃないのかね。

つまりだ、結局は、両者とも2000年も前のことを確かめようとすると、誰かが書いた(発見された)資料を
参考にするしかないわけで、誰かが書いたものなどその書き手の主観でしか過ぎない。
もし、「イエスは磔刑で死んだのではない。」という資料が発見されたとしても、それも怪しいってことだよ。
そこまで疑えば、「イエス」の実在自体がフィクションという可能性だってある。

ちなみに聞かせてもらいたいんだが、KGさんはイエスの最期はどうだったと思っているんだろうか?
そして、その根拠は?
525神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 12:51:33 ID:/pA29TRu
カトリック教会のカテキズムは無理だね。
カトリックは聖書と聖伝だからね。

ねらい目は 聖書だけと言ってるプロテスタントだね。

当時の聖書学で 製作したハイデルベルク信仰問答
現代の聖書学の成果を否定する牧師がいるからね。

常識的には その聖書学の成果を知っていても 説教で
話さなければ良いんだよ。

そいつらが みことばで改革されつづける教会 自称してるんだからね。
526KG:2007/08/05(日) 13:24:12 ID:Ltf8Lwzj
私が、イエスの磔刑を支持するより、支持できないことの理由は以下の通りです。

@最初期のイエスグループは、イエスの死を知らなかったか、無関心であった。
A後80年頃成立のマルコに至るまで、イエスの磔刑を示す資料がない。
Bイエスに関する最古の資料であるQで、イエスの磔刑が前提とされていない。
Cパウロの書簡中、福音書より過去に遡る断片で、磔刑が言及されていない。
D殉教の概念は、ギリシア・ユダヤ文学双方において、使い古された概念であった。
EQによって再現されるイエスのような男を、ローマ政府が殺す理由が見当たらない。
Fイエスが、ローマ政府によって脅威となる人物であったことを示す外部資料がない。
G「後の人がイエスの磔刑を信じたから」というのは磔刑の史実性を示す根拠にはならない。
H後4世紀に至るまでのキリスト教図像の中に、イエス磔刑が描かれていない。

上のような事実を知った結果として、私は、イエス磔刑を支持するより、支持しない立場を選んでいます。
通説が示す根拠と、上の根拠とを天秤にかけた結果、私は、ないとするほうが妥当であると考えました。
私が新約学者であったなら、それでもなお、磔刑が史実であったとは結論しません。
またもし私がクリスチャンであったなら、福音書を元に、磔刑を史実であると言い張り、
史実であるがゆえに磔刑のイエスに信仰を持つことは命へ至る道だ、などと主張はできません。
それがわたしの通常の判断です。
そして、あり得そうにないことは、なしとするのするのが歴史学の原則です。
少なくとも、ありえそうにないことを、ありとはしません。



527神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 13:35:00 ID:w6AfP4qn
聖書にはイエスがローマ政府に脅威であったとも
ローマ政府がキリストを殺した、とも書いてないんですが。。。

本当に聖書読んでます?

もしかして話にならない系・・・じゃないか、と。
528神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 13:37:02 ID:w6AfP4qn
だからFの資料なんてあるわけないですわな。
529KG:2007/08/05(日) 13:40:05 ID:Ltf8Lwzj
>>527
失礼しました。
私はてっきり、ローマ総督ピラトの権限によって処刑されたと読んだので。
ということは、サンヘドリンは死刑執行の権限をもっていたのでしょうか?
では、大祭司らがピラトに働きかけた理由は何になるのでしょうか?
ご教授お願いします。
530KG:2007/08/05(日) 13:42:04 ID:Ltf8Lwzj
>>528
だからこそです。
531神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 13:43:19 ID:/pA29TRu
>>526 ピリピ 2章8節
>キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです.

これを否定できる?
532KG:2007/08/05(日) 14:00:26 ID:Ltf8Lwzj
>>531
たしかにそれは、コリント下15:3−5などの、
初期のキリスト教の定式的な賛美歌であったと言われています。
それは私が挙げたCの部類に容れられるでしょう。
しかし、多くの研究者達によって、
その「十字架」という語句が、パウロによる加筆だと聞いております。
元来それは、「死に至るまで」であったと考えられます。
よって、私はそれを否定します。
533KG:2007/08/05(日) 14:10:19 ID:Ltf8Lwzj
>>524
私は、イエスの最後については想像するしかありません。
磔刑だったかも知れず、石打だったかも知れず、事故死だったかも知れず、暗殺だったかも知れず、
老衰だったかも知れず、病死だったかも知れず、行方不明だったかもしれません。

イエスの生涯については何も分かりはしません。
妻子がいたかもしれません。
とにかく明確なことは何もいえません。


534神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:10:28 ID:w6AfP4qn
>>529
確かに死刑執行の権限があるピラトの元で磔にされましたが
ローマ政府が脅威に思って殺したわけではないですよ?
えぇーーー マジですか?
535神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:16:40 ID:dIalSx1e
>>526

>私が新約学者であったなら、それでもなお、磔刑が史実であったとは結論しません。
>またもし私がクリスチャンであったなら、福音書を元に、磔刑を史実であると言い張り、
>史実であるがゆえに磔刑のイエスに信仰を持つことは命へ至る道だ、などと主張はできません。

これについては、同意する。
しかし、イエスは処刑されたという事実はどうなる?もし、これまでも根拠なしとしてしまうと、キリスト教そのものの根幹が揺らいでしまうと思うが。

>@最初期のイエスグループは、イエスの死を知らなかったか、無関心であった。

何故、リーダーの死を知らない、無関心でいられたのか?
536神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:16:51 ID:w6AfP4qn
>>529
>大祭司らがピラトに働きかけた理由は何になるのでしょうか?
>ご教授お願いします。
聖書嫁。
怠け者ではイカン。
537KG:2007/08/05(日) 14:21:35 ID:Ltf8Lwzj
>>534
>確かに死刑執行の権限があるピラトの元で磔にされましたが…。
それを指して、私が、「ローマによる処刑」と言ったとは思えなかったのですか?
読解力のない方とやり取りを続けるつもりはないので、茶化すのは程々にしてください。

>ローマ政府が脅威に思って殺したわけではないですよ?
では、大祭司は、どんな文句を並べ立ててピラトに処刑執行を迫ったのですか?
イエスを殺さなければならない緊急の理由があったから、ピラトは執行したのではないのですか?
ヨハネ11:48は、一人の指導者による民衆の暴動をローマが鎮圧することを前提とした台詞ではないのでしょうか?
大祭司たちはそれを知っていたという設定になっているではありませんか?

では、お聞きしますが、ローマが執行した根拠は何なのでしょうか?
どうかご教授ください。
538暇人:2007/08/05(日) 14:29:09 ID:4+B+yHLl
パウロの加筆だとしても パウロは50年代には1コリを書いているので
A後80年頃成立のマルコに至るまで、イエスの磔刑を示す資料がない。
は、見当違いだといわざる得ない。

新約聖書文書で最古はマルコではなく、パウロであるという基本を
もしかしてしらないのではないか。

それとマルコは、エルサレム教会の破壊直前の70年代というのが通説である
539KG:2007/08/05(日) 14:29:38 ID:Ltf8Lwzj
>>535
>もし、これまでも根拠なしとしてしまうと、キリスト教そのものの根幹が揺らいでしまうと思うが。

私は、クリスチャンではないので、根幹が揺らいでも構いません。
また、根幹が揺らぐことを怖れて、歴史的懐疑の行進を止めるわけにはいきません。
もっとも、このスレで学んだことによると、クリスチャンには、「変性意識」とやらが備わっているようなので、ビクともしないとは思いますが。

>何故、リーダーの死を知らない、無関心でいられたのか?

わたしは他の根拠と照らして判断するに、単に知らなかったか、
そうでなければ、それが事実と異なると判断して、足蹴にしたのだと思います。
540KG:2007/08/05(日) 14:35:24 ID:Ltf8Lwzj
>>538
私は“磔刑”を示す根拠について言っております。

あと、パウロ書簡が、福音書に先立つことぐらいは知っております。
自分だけが基礎知識を知っているかのように振舞うのはおやめください。
せめて、「あいつは基本を知らないぞ」という印象を与える文章は控えてください。
それは、真摯な話し合いの妨げるものであり、学問の訓練を受けた者の態度ではないからです。


541神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:35:52 ID:dIalSx1e
>>539
>私は、クリスチャンではないので、根幹が揺らいでも構いません。

私もクリスチャンではないので、別に構いません。w
まあ、クリスチャンに何をどう示そうと、「聖書は神の言葉です。聖書にはこう書いてあるから事実なのです。」
との一点張りでしょう。w
542暇人:2007/08/05(日) 14:37:52 ID:4+B+yHLl
共観福音書もヨハネ書もパウロもすべて「十字架」を語っているわけだが、
「十字架」を語らない「Q資料」とは
最近 一般向けに出版されているトマス福音書などから
「イエス語録」という意味であろうか

なんとも罪作りな話である
543神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:38:09 ID:/pA29TRu
>>540
>その「十字架」という語句が、パウロによる加筆だと聞いております。

では イエスの磔刑は パウロの捏造だということ?
544暇人:2007/08/05(日) 14:40:51 ID:4+B+yHLl
A後80年頃成立のマルコに至るまで、イエスの磔刑を示す資料がない。

あなたは後だしで知っていると云われるが
50年代のパウロが十字架を宣教している以上
しらないのかと疑問を提示されても仕方ないですね
545KG:2007/08/05(日) 14:41:15 ID:Ltf8Lwzj
>>540
パウロが言及するイエスの刑死と、
マルコが提出するイエスの刑死とでは、
明らかにニュアンスが異なります。
マルコでの磔刑を、
安易に、パウロの書簡に重ねることは控えねばなりません。
546神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:42:51 ID:/pA29TRu
だからさ ルカ文書の著者は マルコ福音書 マタイ福音書 とルカ独自資料で
ルカ福音書を 記述したって説のあるわけよね。
これだと「Q」は 必要無いわけよ。

「Q」は 仮説なんだよね その仮説で「イエスの非磔刑死」なる
仮説を主張されてもね。
547KG:2007/08/05(日) 14:47:38 ID:Ltf8Lwzj
>>542
十字架を語るQ資料を私は知りません。
稀に、Q(ルカ14:26)の「十字架を背負って…」を、
福音書のイエスの刑死と結びつけ、
手を叩いて喜ぶ者がおりますが、
それは、当時、ありふれていた苦難の象徴にすぎず、
彼の生涯における刑死を証言するものとはなりえません。
548暇人:2007/08/05(日) 14:50:10 ID:4+B+yHLl
>>545
>A後80年頃成立のマルコに至るまで、イエスの磔刑を示す資料がない。

パウロの十字架とマルコの十字架のニュアンスの差異とかではなく
あなたの論点は、「イエスの磔刑を示す資料がない」です。

パウロは「世間的には敗北であり愚かである十字架を宣教していた」と
云っております。
少なくともパウロは
「イエスの死を知っていたし、十字架を宣教してました」ね。
549KG:2007/08/05(日) 14:51:17 ID:Ltf8Lwzj
>>546
では、そのような方は、
Qの存在を否定し、
福音書のイエス像を追い続けられればよろしいかと思います。
私は、Qの説を、仮説以上のもとして受け留めています。
550神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 14:52:13 ID:/pA29TRu
十字架死と贖罪論の結びつきの議論は色々あるわけよ。

ただそれは イエスは磔刑死していない ってのとは違うわけよ。
551KG:2007/08/05(日) 14:57:55 ID:Ltf8Lwzj
>>548
確かに、パウロはキリストの十字架を宣教しております。
それだけを見るならば、Cは言葉足らずでありました。お詫びします。

しかし、私はパウロの十字架宣教(ケリュグマ)と、
マルコのイエス受難としての磔刑とを区別しております。
パウロのケリュグマは、イエスの生涯や歴史とは無縁のものと思われ、
それゆえに、マルコの磔刑とは切り離しました。
ケリュグマは、イエスの死の歴史の中に置くことはできないと思います。
552神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:01:44 ID:o7n5QNSy
>>34
>ギリシア哲学を広げた新約

新約聖書のどこにギリシア哲学との類似が見られるのですか?
553神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:03:44 ID:o7n5QNSy
>パウロのケリュグマは、イエスの生涯や歴史とは無縁のものと思われ、

無縁だと考える根拠はなんですか?
554KG:2007/08/05(日) 15:05:13 ID:Ltf8Lwzj
>>550
私は、何が何でも、磔刑死を否定したいのではありません。
単に、イエスの病死説と磔刑説を比べた時に、
病死説のほうがまだありえそうなのです。
であるならば、私はイエスの磔刑説を支持できません。
磔刑説をそこまで支持できるのならば、
私は、イエスがガリラヤ湖で溺れて死んだとしても構わないと思います。
どうせ歴史など、わからないことだらけなのですから。
ただ、ありえそうにないことは、ないとしなければなりません。
でないと、何でもありになってしまいます。
義経がモンゴルに渡ったとか…。
555神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:06:55 ID:o7n5QNSy
学問を標榜しながら、根拠もあげず独断で語っているだけでは
少しも学問的ではないではないですか?
556神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:08:23 ID:2WVzXgCF
>>554
はさすがに酷過ぎる。
557KG:2007/08/05(日) 15:08:46 ID:Ltf8Lwzj
>>555
これでも根拠を挙げようと必死なのです。
力及ばずで申し訳ありません。
558神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:09:27 ID:o7n5QNSy
>>557
では学者ぶるのはおやめなさい。
あなたは自分の信仰を語っているにすぎません。
559KG:2007/08/05(日) 15:11:07 ID:Ltf8Lwzj
>>558
では、無視してください。
560暇人:2007/08/05(日) 15:12:08 ID:4+B+yHLl
だいたい わかってきた

バートン・マックとかが
初期栗は「復活」「受難物語」に関心が無かったと
語録資料を根拠にした解釈をされていたが
その辺を鵜呑みにされているということですね

クロッペンボルグや
アドルフ・フォン・ハルナックが「イエスの語録」
561神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:12:59 ID:o7n5QNSy
>>559
ではあなたも、クリスチャンたちを無視したらどうですか?
562暇人:2007/08/05(日) 15:13:17 ID:4+B+yHLl
クロッペンボルグや
アドルフ・フォン・ハルナックが「イエスの語録」 ←上記は送信ミス

無視されてください
563神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:17:27 ID:w6AfP4qn
>>537
ヨハネ11:48の節は当時既に起こったことではなく、イエスをほうって
おくとそうなるとユダヤ人が予想した事じゃないですか?
つまりイエスが磔にされた段階ではローマにとって脅威ではなかった、のだと思います。
イエスは政治的な力は持ってなかった。持ってなかったというのではなくて神の国を説いて
回ったのであって、現世での国の指導者になろうとはしなかった。

ピラトが磔刑を執行した理由は”ユダヤ人を恐れた”から。
イエスの影響力や力をローマ政府が恐れたから磔を執行したとは聖書には書いてない。
逆にピラトはイエスを釈放しようとした、とありますが。。
私はご自分を神の御子としたからイエスをユダヤ人が殺した、と聖書から読んでるのですが
違うのですかね?歴史学的に言うと?

聞かれたので書き込んだけど裏かかれるのかなぁまた。w
564神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:33:24 ID:w6AfP4qn
>>537

だから>>526のEFはなくて当然では?
政治的に反乱を起こした指導者ならローマ政府による資料もあるだろうが
政治的にはなんの力も見せず、ただ自らを神の子としたからユダヤ人に殺
された男の生涯を誰が正式に記録しますかね?
暇人じゃないけど、当時のユダヤ教じゃない人々にとってはあわれな気が
狂ってる男が自らを神の子としたので気の狂ってるユダヤ人集団に殺された、
というような認識じゃないですかね?

だからナポレオンやヒトラーなど資料が残された人物とイエス・キリストを同列
に考えること自体おかしい、と私は思います。
565KG:2007/08/05(日) 15:37:27 ID:Ltf8Lwzj
>>553

まず、パウロが接触したキリスト教団の教えの痕跡を、パウロの書簡の中から切り離します。
パウロが独自の神学を、それらの教団の教えと融合させる前の教えは、
パウロの書簡の中それ自体から、取り出すことができるはずです。
それを取り出すのは、ギリシア語の専門家です。私はその詳しい手法を知りません。
彼らは、パウロの独自表現の中から、それとは異なる表現構造をもった文章を抜き出します。
そうして浮かび上がった、異なる文章が、ローマ3:24−26やコリ下15:3−5、フィリピ2:6−11だったりします。
これは大変貴重な資料です。

それらをずらりと並べて見比べてみると、キリストの死と復活や、食事の作法が読み取れます。
これらが、パウロが接触していたキリスト教団の様子です。
確かにそこでは、イエスの死が言及されていますが、そこには十字架はでてきません。
パウロは、十字架の教えには接触していなかったと思われます。
そこでは、ギリシア・ユダヤ的な殉教者像がキリストに与えられていただけであり、
この定式が、そこではイエスに着せられていました。つまり、教師の弟子達のための死です。
彼らは、イエスが“苦難の死”を経験したとか、奇跡とか、ローマとユダヤ人による謀殺話には無関心でした。
こうしたイエスの生涯への無関心は、Qの風景と一致します。もちろんパウロはQとは関係ありません。
キリストの死と復活に十字架の要素を加えたのは、パウロだと言われています。

その後に、マルコが登場します。
マルコの使命は、上のケリュグマに物語性を持たせ、それに原因を与えることでした。
ここに来て、現代の我々が思い描く、イエスの生涯が完成します。
乱暴に言ってしまえば、イエスの死から、イエスの磔刑が作られたのです。
パウロが接触したキリスト教は、イエスの生涯を知らなくとも、死と復活の神学を創作できたと思われます。




566神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:39:38 ID:w6AfP4qn
>>565
あなたは論点を摩り替えてる。
567神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:42:04 ID:/pA29TRu
贖罪信仰と十字架刑との 結びつきの議論を
史実としての十字架刑の有無と 読み違えているんだね。
568KG:2007/08/05(日) 15:45:00 ID:Ltf8Lwzj
>>567

私はただ、史実としての磔刑の有無に関心があります。
イエスが処刑されたという根拠はどこにあるのか?
福音書をどこまで信頼すべきなのか?
パウロの書簡をどこまで信頼すべきなのか?
イエス磔刑があったとするには、何を読めばよいのか…。
単純な疑問です。
569神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:48:11 ID:/pA29TRu
「十字架 その歴史的研究」 マルティン・ヘンケル ヨルダン社

と言う本によると 十字架刑で死んだものを 神聖視する習慣は
無いようだよ。

そのような 文化的環境で 十字架刑で死んだものを
「主」とする信仰が生まれてきたことを 考えると

イエスの十字架刑死は 事実だったと言わざるを得ないよ。
570KG:2007/08/05(日) 15:51:09 ID:Ltf8Lwzj
>>569
ということは、イエスは磔刑によって死んだと断言できるわけですか?
571暇人:2007/08/05(日) 15:52:41 ID:4+B+yHLl
>>568

逆に疑問に感じるのは 十字架が創作だとしたら
なんのために「イエスが十字架刑」したと初期教会が宣伝したのか
謎なのだが。。。

何のメリットがあって 十字架物語を創作する必要があったのか
572神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 15:54:35 ID:/pA29TRu
>>570 断言できから みんなは アンタがそれを否定する その根拠を聞いているんだよ
573KG:2007/08/05(日) 15:58:38 ID:Ltf8Lwzj
>>572
断言できるという回答が得られれば満足です。
ありがとうございます。
574神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:03:27 ID:lbi5QN22
>>571
>何のメリットがあって 十字架物語を創作する必要があったのか

十字架は、象徴になりやすいからだよ。
構造が簡単。棒切れ2本あれば充分だからね。
575暇人:2007/08/05(日) 16:11:24 ID:4+B+yHLl
>>574

んでは 説得力ないね ギリシア語原文は「十字架」ではなくて「杭」。

訳語が慣習的に「十字架」となっているだけ。

しかも この「杭」は 「横木」のことか「縦木」のことかすら
明確になっていない。
また、刑具の形は イエス時代は「T字型」だったとも言われている
576KG:2007/08/05(日) 16:12:49 ID:Ltf8Lwzj
>>571
しばしば、屈辱的な死は、高貴な死に転換されます。
Qの中でも、「十字架を背負って…」という表現が見られることから、
十字架は、当時の人々にとって、勇気や抵抗、苦難の象徴だったとも考えられます。
ソクラテスが、老衰で死んでは物語になりません。
同じように、イエスも老衰で死んでは物語になりません。
「生まれは華麗に、最後は壮絶に…」が英雄のお決まりパターンです。
577KG:2007/08/05(日) 16:17:36 ID:Ltf8Lwzj
>>575
私も、どうせ死刑ならば一本木であったろうと思っています。
罪人ごときに、ご丁寧にも、木を二本組み立ててやる義理はありません。
仰られるとおり、ギリシア語のスタウロスには、二本木の意味はありませんし。
しかし、これでは絵になりませんから、後に二本組みになったのかもしれません。
もっとも、二本組みの処刑方法もあったでしょうが…。
578神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:19:40 ID:w6AfP4qn
>>576
十字架刑は極刑であって当時最も忌み嫌われる処刑の仕方であったと聞いております。
親戚やら家族にそのような死に方をした者があったらもうそれこそ外を歩けないというくらいなものであった。
とすれば
>Qの中でも、「十字架を背負って…」という表現が見られることから、
>十字架は、当時の人々にとって、勇気や抵抗、苦難の象徴だったとも考えられます。
これはイエスの十字架刑以来の価値観でしょう。
つまり聖書から出てるものです。
579神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:24:32 ID:w6AfP4qn
>>576
少し考えれば分かることのような気がするんですが。
十字架刑が殺人や強盗を犯した人間がかかる極刑だとすれば
そんな大犯罪人の刑が、どうして勇気や抵抗の象徴になるんですか?
580神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:28:13 ID:/pA29TRu
>>576
ユダヤ戦争時に ローマは見せしめの為に ユダヤ人を十字架刑に処しました。
数百人きぼだったといわれています。

しかし 当時のユダヤ教文献(ラビ文献)では それを殉教扱いはしていません。
581KG:2007/08/05(日) 16:32:51 ID:Ltf8Lwzj
>>579
処刑は反乱兵に対しても行なわれたので、そういう解釈もありかなと思います。
とはいえ、十字架にたいする当時の人々のイメージについては、
私はたいした資料に目を通していないので、断言することは控えます。
とにかく、ドラマチックな効果をもたらすことは間違いないでしょう。
畳の上で死ぬよりは、お話になります。
すでに殉教の概念は定着していたわけですし。
582KG:2007/08/05(日) 16:37:40 ID:Ltf8Lwzj
>>580
ギリシア哲学の諸派では、十字架を背負うことは、ストイックさの象徴であったということを聞いたことがあります。
583KG:2007/08/05(日) 16:47:18 ID:Ltf8Lwzj
十字架が、現代のように、御輿の上に担ぎ上げられるようになったのは
コンスタンティヌスの幻視以降だと言われています。
その時から、十字架の図像がわんさか出てきます。
それまでは、十字架の図像はキリスト教の象徴ではありませんでした。
おそらくクリスチャン自身は十字架そのものに関心がなかったのでしょう。
ですから、十字架の発展は、キリスト教が公認宗教となる過程と合わせてみるべきだと思います。
正典の編さんとも関係がありそうです。

584神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:47:28 ID:eR3n2HNd
>>579
現にキリスト教ではお涙頂戴ものの物語風にアレンジされてるじゃんw
585神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:54:46 ID:eR3n2HNd
結局政治の道具なんですってw
それを妙に善人ぶったり他との差別化を計るために、異形に変形していっただけでしょ。
それは皇帝ネロの圧制等に耐えるためにどうしても教義精微は必要だったし
理論化が急務とされていった。
その過程で多くの福音書(60を超えるとも)が執筆され、福音書執筆過程で
教会のコンセンサスを得るためのQが存在していたとしても全く矛盾はない。
現実、多くの聖書学者はQの存在に対して肯定的だよ。

今、教会で語られているイエス物語が成立しないと教会が困るから
躍起になってるだけだろw
普遍の真理を有するなんて特定アジア並みのファビョりかただけどw
586神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 16:58:48 ID:eR3n2HNd
もっとも、オレはイエスが十字架であっても病死であっても構わない。
カラスさんがイエスは象徴だと言ってたがむしろその方がわかりやすい。
それが現実だ、そしてカトリックは普遍の真理だと言い切るからじゃあ、
根拠提示の上論証してよ、っと言ってもできないから、単に他宗教と
歩調を合わせられない幼児性自己愛集団なんだと。お前らカルトだねw
ってなるわけだが。

Qに噛み付く前にキミらの普遍の真理を説明シナよw
真理など説明できないと逃げるなら真理を標榜するなw
587暇人:2007/08/05(日) 17:04:59 ID:4+B+yHLl
>>585

Qを否定していたバチカンも 第二バチカン以後 容認転じたよん。

>>586

誰が Q資料に噛み付いているのだね。

Q資料からの解釈に疑義を呈しているのだよ
588神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:10:48 ID:eR3n2HNd
>>587
>>546とかそうじゃないの?
仮説は話にならないみたいな。
並行に議論の場に乗せてる人もいるみたいだけどね。
589神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:11:24 ID:BUsei8Zz
イエスが病気だったら・・・創価じゃん
590神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:12:15 ID:wQ1qt6Vr
いつの世も同じ。宗教は政治に利用される。
一神教はその典型。教祖が絶対。
自我の不安定さを、教祖に投影する。
組織化された宗教(教団)は、そういう人の集まり。
591神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:15:19 ID:eR3n2HNd
>>590
でも、一神教文化圏に育った人間は自ずとその文化をアイデンティティとするわけですから
一神教を目の敵にするわけではないのですよね。
要は他の文化と共存できるかが問題になると思います。
カトリックのように唯一普遍の真理を標榜するような宗教は危険指数高いと
思いますね。
過去から全く反省ないのか、謝罪もパフォーマンスかと。
普遍の真理って売り物がないと根幹が崩されてしまうのでしょうが、そんな態度で
平和とか耳障りの良いこと言われても説得力無しですw
592神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:22:29 ID:wQ1qt6Vr
>>591
>要は他の文化と共存できるかが問題になると思います。

一神教は、「共存」などはなから思ってないよ。
常にあるのは、「支配」だけ。基準は「善悪」。
2極思考は、わざわざ区別を作り出して、相手を飲み込むことしか
考えない。

「謝罪」などしない。強者が弱者に頭を下げたら「威厳、求心力」が
なくなってしまうから。
593神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:25:25 ID:/XuzVYTM
>>142>>185氏への答えと思われますが

>>787 ::2007/08/04(土) 20:23:20 ID:3XD9UDq2
1、●「聖書が、歴史的事実を伝えていると主張できる根拠は何か?」<思っていない>
2、●「歴史研究の成果と、聖書の記述は一致していなければならないか?」<思わない>
3、 ●「古今東西、無数に存在する書物の中で、なぜ聖書が信用するに値するのか?」<仏陀ソクラテス孔子と違ってイエスを語れる教会にインフラ的価値があるからー寺子屋があればいいのにね>
4、●「聖書の奇跡を信じて、他の書物の中の奇跡を信じられない、その判断基準は何か?」<奇跡のあったなかったじゃなくそのメッセージを賛同できるかですね、仏陀の奇跡も信じます>
5、●「もし、聖書が歴史書でないとするなら、聖書から歴史を読み解くことは可能か?」<当時の価値観前提で当時の世界観を読み解くことというスタンスで可能な1視点>
6、 ●「もし、クリスチャンが学問としての歴史学の検証の手法に疑問を抱くのなら、クリスチャンはいかなる手法で、他の過去の出来事(日本史など)を知るのか?」<アイデンティティー否定につながるスタンスへの拒絶反応栗ちゃんはいますね>
7、●「歴史家の学説が信じられないにもかかわらず、他方で、歴史家が再現した後1世紀パレスチナの情況を、福音書に当てはめるクリスチャンがいるのはどうしてか?」<実生活に関わらない領域は自己保全したいのが人間でそういう該当栗ちゃんはいますね>
8、●「聖書の、他の宗教の聖典に対する優越性は、何によって確証されるのか?」<主観なだけでしょ>

9、●「歴史学の手法によってその信憑性に疑問が投げ掛けられる書物の内容を、どうして“真理”と呼ぶことができるのか?」<根源メッセージを真理と主観してるだけかと>
10、●「以上のような問いを投げ掛けられたとき、それに神経を尖らせたり、はぐらかすクリスチャンがいるのはどうしてか?」<あふぉ栗個だから>
594神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:27:06 ID:/pA29TRu
>>581
ガラテヤ 3章13節
> キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。
>なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである。」と書いてあるからです。

この 「木」っていうのが 十字架のことらしいよ。
これは 申命記の21章23節が 根拠になっているようだけどね。

本来は 罪人を処刑してその死体木に吊るしたらしいけどね。
ラビたちによる解釈で 十字架刑に適用されたのでしょうね。
595神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:28:27 ID:/pA29TRu
>>594
本来は 罪人を処刑してその死体木に吊るしたらしいけどね。



本来は 罪人を処刑してその死体を木に吊るしたらしいけどね。

に修正
596593の続き:2007/08/05(日) 17:29:21 ID:/XuzVYTM
>>786 :神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 17:57:09 ID:Sm03Zvkb

>あなたの質問に解答を出すには、このスレでは無理がある。
1、解答者である我々は、神学者でもなく、歴史家でもなく、司祭でもない単なる信者であるから、
あなたの満足がいく答えを出す事ができない。
2、紙面が足りない。

しかし、新約聖書ドン・ボスコ社発行(昭和38年版)、フェディリコ・バルバロ訳を入手して、
聖福音書緒言に書かれていることがらをつぶさに読まれるとその解答がでるだろう。

旧約聖書に関しては、唯一の神が人類を救うためにイスラエルの民を選び、その系図の中からキリストを遣わす約束、
すなわち、直接人類の歴史に介入したことなどが書かれている事柄など、イスラム教とキリスト教は同じ旧約聖書の神を信じているから
実際に聖書に出てくる国々を歩いて確かめてみることを勧める。(一見は百聞にしかずだよ!)
又、古い本だが 亡山本七平氏は博学であったから、日本人は知らなすぎる「聖書の常識」 山本七平著 講談社は参考になると思う。
それに加えてフランシスコ会聖書研究所発行の旧約聖書、創世記の注釈をしっかり読破することを勧める。
そうすれば、少なからず満足のいく解答を得れるだろね。
がんばれ、ガンバレ、頑張れ、健闘を祈る。

あなたの行動、理解力、知識、知恵すべてを動員して結論を出すべきで、答えを他人に求めるべきものではないから、
自分で信じることができないならば、それでいいのではないか。
(他人が信じていても矯正することでもなく、強制することではないのだから)


597593の続き:2007/08/05(日) 17:34:54 ID:/XuzVYTM
>>788 :神も仏も名無しさん:2007/08/04(土) 23:27:55 ID:5OVviG9x

>歴史に凄くこだわるんだなぁー・・・凄い。頭がいいんだね。
でも確かに、一般のクリスチャンはそこまで聖書の歴史的な側面には
通じていません。
歴史的信憑性を全て獲得し得たから聖書を、神を信じるのではないのです。

クリスチャンの興味は皆さんと同じく今現在および未来にあります。
それらよりも過去を重んじる人ももしかしたらいるかもしれませんが、
今、聖書が真実なのか、ということがクリスチャンにとっては重要なのです。
実際この板ではあらゆる聖句が引用されていますが、かなり限られた、
しかも同じ箇所ばかりが引用されているように思えます。
聖書を読んで、それが今現在、そうです、歴史的にではなく(遡るのは物理的にも時間的にも
とても手間のかかる事ですしね)今現在、真実を記しているかどうかです。

598KG:2007/08/05(日) 17:38:21 ID:Ltf8Lwzj
>>586
>もっとも、オレはイエスが十字架であっても病死であっても構わない。

正解!とは申しませんが(正解がないので)、
個人的には、その答え方が好きです。
スカッとします。
599神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:39:22 ID:U/o0p84Q
要するに、十字架(杭)は、同時の陰惨な拷問処刑道具。そんなものを
「崇拝」するクリスチャンの心理が、「変質者」「サイコパス」のそれ
であることは、間違いない。
600神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:44:26 ID:/pA29TRu
>>599
そうなんだね。
そうやって死んでいったイエスが 復活 したからね。

そこが 逆説 なんだね。
立派な殉教死した人が 復活の初穂になったわけではないんだね

もっとも凄惨な形で死んだ者が 復活の初穂になったことが
パウロに衝撃を与えたんだろうね。
601神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 17:51:15 ID:QqEqUWLJ
立派?(悲惨でもいいが)に死んだ人ぼど美化(英雄視)されるんだよ。
そうしないと、生き残った者が自分を支えられないからだ。
602KG:2007/08/05(日) 18:00:51 ID:Ltf8Lwzj
>>600

それに対しては、
「最も凄惨な形で死んだ者が、復活の初穂になったことが逆説である」という印象を与えるために、
十字架信仰は創作されたのでは?という反論が生じてしまうと思います。
また、教祖の死に関しては、いかにして反対者が残忍な仕打ちをしたかも、脚色されます。
それにより、不本意な死、悪人どもとの対決、理解されなかった悲劇の主人公の像が印象づけられ、
そうした設定に人々はコロリと魅了されます。
ですから、「悲惨な死であるからこそ事実である」という論法には警戒しなければなりません。
もし私がどこかの教祖で、自分自身の伝記を自由に書けるとしたら、やはり、「抵抗勢力による謀殺」でそれを締め括ると思います。

「逆であるからこそ、真である」という不可解な論法に、人は弱いのです。
「あんな金持ちで、不自由したことがない人が、こんな貧乏人を、だからこそ…」
「あれほどのワルが、こんなに真面目に、だからこそ…」などなど、
その手の論法の例を挙げたらきりがないでしょう。
少なくとも、私のような懐疑主義者は、その類の話には、繭に唾を塗りたくります。
603神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 18:02:07 ID:U/o0p84Q
>>600
クリスチャンって、完全に死んだ人間が生き返ったなどとマジで信じて
いるのかね。現代の医学では、そんなことは「嘘」であることが証明
されているのだが。科学の発達によって、どれほど多数の「過去の誤り」
が訂正されたかを考えてみて欲しい。そんなことを子供に対して言えるか。
理科教育を破壊するものではないか。
604神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 18:04:14 ID:U/o0p84Q
>>600
完全に死んだ人間が生き返る可能性が万が一にもあるのなら、死者の
火葬も埋葬も一切禁止しなければならないことになるぞ。
605神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 18:17:16 ID:/pA29TRu
>>604
そうなんだな
人間の復活を否定する態度は 理解できるんだね。


それと アンチ全体が誤解してるけど
キリスト教は イエスの復活から始まったのだね
だから イエス・キリストは 教祖でな無いと思うよ。

ユダヤ教の延長なんだから 教祖がいる宗教ではないよ。
606神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 19:23:21 ID:tW3S1m3m
>>605
神が教祖だよ。
いや、人間が教祖を作り上げたの。
こんな最強の永遠不滅の教祖はいまい。
607神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 19:26:36 ID:w6AfP4qn
`のご人格が素晴らしい人たちを呼んでるみたいですね。このスレ。w
ワラワラと蛆がたかってるよう。
608神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 20:32:46 ID:U/o0p84Q
当時のローマでは、屈辱的な十字架刑に処せられた罪人は多数いた。十字架を
作るたみに木を伐採したので、木がなくなったとも言われている。

その中には、無実の人間もいたはず。イエスは「父なる神の冒涜罪」という
重大な罪状があるから、特に同情に値しない。

イエスと共に処刑された二人の罪人のうちの一人は、潔く自分の罪を認め、
自分も死んでゆくのにも拘わらず、傍らのイエスのことを思いやった。これに
反し、イエスは神を恨み、神に救いを求めている。どちらが神に近いかは、
自明である。

クリスチャンは、イエスと同時に処刑された他の人間に対しては、何の関心も
同情の感情も生じない。ここにキリスト教の病理の始まりがあるように思える。
609KG:2007/08/05(日) 20:46:32 ID:Ltf8Lwzj
仮にイエスなる男が、人類救済を標榜して進んで命を捧げたとしましょう。
それで、我々が、彼を特別視し、彼に帰依しなければならない根拠は何でしょう?
他の人のために命を捨てた者ならば五万といるわけで、見方によっては、
第二次大戦中にナチスの独裁政権に逆らったために路上に吊るし上げにされたレジスタンスらも、
見上げた奴らだと評価できるでしょう。彼らも、受難を経験し、屈辱の死を迎えました。

それら歴史上の無数の殉教者を押しのけて、イエスだけをスターダムにのし上がらせる根拠は何でしょう?
イエスの死の、一体どこが感動的で、どこが特別なのでしょうか?
610神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 20:47:10 ID:xrGDCtkn
>>596
山本七平は博学じゃないでしょう。
浅見定雄「にせ日本人とユダヤ人」で
英語やユダヤ人、聖書への無知が明らかにされてたし。
611神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 21:10:27 ID:/pA29TRu
>>609
>仮にイエスなる男が、人類救済を標榜して進んで命を捧げたとしましょう。

4福音書にイエス生贄論は 無いのが常識だね。
および 真正パルロ書簡でも パウロは イエス生贄論は知っていたが
積極的に生贄論は展開していない。


だから イエスが人類の罪を購う為いにに死んだ という
主張が聖書に有るのかが と言う問題意識であれば
面白い議論が出来るんだけどね。
612神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 21:22:09 ID:/pA29TRu
イエス生贄論は レビ記の規定が根拠なんだよね。
つまり 律法の枠内の話しなんだね。
律法の管理下にいるのは、ユダヤ人なんだね。

つまり イエス生贄論だと異邦人には救いが広がらないんだね。
異邦人は 律法の管理化にはないからね。

そこで パウロは十字架の逆説 つまり 呪われた者が救われる
っていうことに 衝撃を受けたんだね。

そして ユダヤ人と異邦人を同列に扱う為に 人類の共通の祖
アダムの罪による原罪論を 展開してるんだね。
613神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 21:27:31 ID:/pA29TRu
だから ガラテヤやローマ書等を記述したパウロは 宗教的天才ですよ。

それと 当時のユダヤ教ファりサイ派の教育水準の高さは
驚嘆すべきものがありますよ。

当時のユダヤ教ファリサイ派の天才を育んだのは教育は
侮れませんね。
614神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 22:04:59 ID:w6AfP4qn
>>608
>これに 反し、イエスは神を恨み、神に救いを求めている。どちらが神に近いかは、
>自明である。 〜略〜
>ここにキリスト教の病理の始まりがあるように思える。
いや、この解釈が君の病理の始まりだよ。w
よっぽど根性が捻じ曲がってるんだねぇ。
615KG:2007/08/05(日) 22:11:40 ID:Ltf8Lwzj
仮にイエスが磔刑上で死んだとして(私はそれを疑いますが)、
イエスの死に何か特別の意味があるとでも言うのでしょうか?
彼の死に意味を与えることはできましょう。
意味を与えれば、デニーズのメニューですら、聖典です。
箔はいくらでもつけられます。
問題は、イエスの死“それ自体”の意味です。
彼の死が、他の人の死より、何か優れているのでしょうか?
私だけでしょうが、イエスの特異性がサッパリ分からないのです。
616神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 22:29:38 ID:w6AfP4qn
>>615
神の前での己の罪がわかれば答えがでるかもしれません。
その前に神の存在を認めなければなりませんが。
そしてそれらは歴史書ではなく神の言葉である聖書を読まなければわかりません。

ま、`には無理かな。
617神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:09:36 ID:8N8Ww3UM
>>616
>ま、`には無理かな。

いささかでも知性と批判六のある人間にとっては、その君の言葉は了解不能。

知性と批判力は、創造主がすべての人間に与えた、最も大切な資質。クリスチャン
だけには、それが与えられなかったのか。

「己の罪」「神の存在」を、まず現実上の根拠に基づいて証明してくれ。

聖書が歴史書でなければ、それは事実に反する「虚偽の書」だということだね。
「虚偽の書」をいくら読んでも、「虚偽」しか分からんぞ。

君は「人間」に過ぎないのに、どうして「神の言葉」が分かるのか、具体的に
教えてくれ。君は、神になった「つもり」なのか?

618神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:46:59 ID:o7n5QNSy
>問題は、イエスの死“それ自体”の意味です。
>彼の死が、他の人の死より、何か優れているのでしょうか?

死を恐れながら、よわよわしく、
普通の人間と同じように、死んでいったところに
意味があると思いますよ。
619神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:51:08 ID:o7n5QNSy
ソクラテスが毒杯をあおった勇気や神々しさは、
イエスの死には見られませんね。

脂汗をぼとぼと流しながら、
神を呪いながら死んでいったのです。

あなたや、わたしがやがて死んでいくのと同じように
一人の人が死んだことに意味があると思います。
620KG:2007/08/05(日) 23:51:46 ID:Ltf8Lwzj
>>618
いやいや、それでは、一般人の死と何の差もないではありませんか?
「イエスが死んでくださった」という「くださった」の発想が理解できないのです。
621神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:52:23 ID:o7n5QNSy
>>620
何の差もないところに意味があります。
622神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:52:48 ID:w6AfP4qn
>>617
うわぁ、はい、すみませんでした。
無理かな、と言ったのは発奮させるため。w
おーしそれなら聖書よんだるわーとなって欲しいな、と思いまして。
私は聖書は歴史書でもあると思ってますが、`が否定してるので言ったまでです。

>君は「人間」に過ぎないのに、どうして「神の言葉」が分かるのか、具体的に
>教えてくれ。君は、神になった「つもり」なのか?
逆にどうして神の言葉である聖書がわからないのか伺いたい。
どうして私が信じるようになったのかもわかりません。
秘密は「聖霊」にあるのでしょう。
それと神になったつもりではなく、私は神の子です。
理由はヨハネを参照されたし。

っていうかあなたご隠居っぽい。喋りが。

623神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:55:47 ID:o7n5QNSy
>>620
死んで「くださった」なんて、わたしは書いていませんが。
そもそも「くださった」なんて敬語表現はギリシア語にも
欧米語にもありませんね。
624神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 23:59:17 ID:o7n5QNSy
>>620
あなたの死は、様態としては「一般人の死」と何か異るところはないかも
しませんが、あなた自身にとっては、大きな意味をもつ出来事ですよね。
それと同じことなのではないでしょうか。

イエスの死が、一般人の死と同じものだとして、だから「意味がない」
ということにはならないと思います。逆に大きな意味をもってくるものだと
思いますね。
625KG:2007/08/06(月) 00:00:03 ID:Ltf8Lwzj
>>623
いや、あなたの発言にけちつけているのではないのです。
ギリシア語も問題にしておりません。
私が突っかかっているのは、クリスチャンが一般に言う、
「イエスは私たちのために死なれた」という発想です。
それは彼の無駄死、犬死に意味を付していることではありませんか?
626神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:00:47 ID:o7n5QNSy
問題は、死という出来事を、「一般」的な問題として理解するのか、
自分の問題として理解するのかという違いだと思います。

この視座の違いによって、一人の人の死に対する理解や態度も変ってくるのでは
ないでしょうか。
627神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:01:04 ID:w6AfP4qn
KGは現代っ子だね。
コインを入れればガチャ−ンと缶ジュースが出てきてお茶が飲める。
お湯を沸かして茶器を暖めて葉を入れて温度たしかめながらお茶を作るという手間いらずで飲める。
そういう感覚でここで知りたい知りたいって駄々こねてるみたいで甘い。
クリスチャンになった人たちはみんな苦しみを通ってなってるし。
缶ジュース買う感覚でキリストを知りたいって、そりゃあなた違うんじゃないですか、と。
真理探究を人に頼るなよ、と言いたい。

歯食いしばって聖書読め。
100回読め。そうすればわかる。
628神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:03:22 ID:o7n5QNSy
>>625
人の死に「無駄死に」なんてものはあるでしょうか。
あなたを生んだあなたのお母さんは、いつか死ぬのでしょうが、
わたしにとっては「一般人の死」にすぎないその出来事も
あなたにとっては大きな意味を持たないでしょうか?
あなたのお母さんが弱々しく一般人として死んだからといって
その死は「犬死」ですか?
629KG:2007/08/06(月) 00:05:03 ID:8/pZa3vm
>>627
ムスリムだって、無神論者だって、苦しんでいるのではないでしょうか?
苦しみとは、「キリストを知った」と思える者の占有物なのでしょうか?

ちなみに、缶ジュースの例えは、まったく意味が分かりません。
すいません。
聖書なら読んでおりますのでご心配なく。
630神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:05:25 ID:KMn8IhtA
>>625
あなたは、あなたのお母さんの死に大きな意味を感じるでしょう。
それは、わたしたち他人にとっては「一般人の無意味な死」に
あなた自身が個人的な意味を与えていることになりませんか?
631神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:06:32 ID:bHAtboUq
>>623

>秘密は「聖霊」にあるのでしょう。
>それと神になったつもりではなく、私は神の子です。

その「聖霊」とやらが、また分からん。写真に撮ってここでUPしてくれ。

君が神の子なら、他のすべての人間も神の子。イエスもその無数の神の子
のうちの一人に過ぎない、ということだな。それなら、万人に了解可能。
632神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:07:23 ID:KMn8IhtA
ですから、問題は、その死の主体と、あなたがどのような関係を
きりむすんでいるかという問題なのだと思いますよ。
633神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:12:04 ID:bHAtboUq
>>636
イエスは、あなたの父でも母でもない。あたののご両親はちゃんといる
はず。ご両親に対して失礼だよ。
634神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:13:30 ID:KMn8IhtA
>>633
あなたの友人や恋人の死に対しては、
「意味」を感じないのですか?
「一般人の犬死」と感じるのでしょうか?
635KG:2007/08/06(月) 00:14:27 ID:8/pZa3vm
>>628
「彼女は死んだ」。それ以上でも以下でもありません。
死に高貴さはありません。
後で意味を付さなければ、死者は塵に帰るだけです。
私はそれを悲しみますが、それは彼女が私の母であったからです。
確かに、それは、私との関係において意味があるかもしれません。
感情的に…。

しかしイエスなる男は、私とは関係がありません。
彼は数千年前のガリラヤの男に過ぎず、彼とは面識がありません。
その生涯(しかもフィクションの嫌疑あり)は、
歴史的にグラグラガッタガタの古文書に辛うじて収められているだけです。
彼の発言もどこからどこまでが本当か知れたものではありません。
そんな、一般人の死に何の意味があるのでしょう?
我が家の犬のポチの死に優った点があるのでしょうか?
勝手に想像を膨らまして、古代人の死の感傷に浸るのは大変結構なことです。
しかし、それはそれ以上の意味を持ちません。
映画タイタニックを観て、勝手に感情移入して、ボロボロ泣くのと変わりません。


636神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:18:53 ID:KMn8IhtA
>>635
あなたのお母さんの死が、高貴か否かを聞いているのでは
ありません。お母さんの死は、あなたの人生にとって
「意味」を持たないかと聞いています。
あなたはまだ経験されていないからわからないでしょうが、
あなたの感情だけでなく、知性も、意志も、あなたの全人格を
ゆさぶる出来事になるはずだと思いますよ。
637神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:19:58 ID:TQI1Vzkb
以前イエスの時代のT字型の貼り付けの時は、
手首に杭を打ったと聞いたことがあるのです。
手の平ではすぐに裂けてしまい固定できないためらしいのですが、
これが本当だとすると奇跡話の手の平に聖痕なんていうのも怪しく思えます。
実際はどうだったのでしょう?
この部分を取ってみても、史実としての貼り付けの検証になると思います。
638神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:24:54 ID:bHAtboUq
>>636
それは、母親と子供とが、生物的な血のつながりがあり、母親が子供を
生まれたときから、慈しみ育ててくれたから。

イエスとは、そのような関係は皆無。大昔の「赤の他人」。
639KG:2007/08/06(月) 00:25:42 ID:8/pZa3vm
>>636
肉親・友人の死ならば経験しています。
それを否定された上で、私に語りかけるのはやめてください。

また、私の肉親の死と、史的にあやふやな人物の死は、全く関連性がありません。
フランダースの犬を観て泣くのと、私の肉親・友人の死にむせび泣くのとでは、意味が異なります。
どうして、パトラッシュの最期に、母親の死と同じほどの悲しみを捧げねばならないのでしょうか?
イエスの死にそこまで入れ込めるのはどうしてでしょう?
彼は、我々に何かを与えたのですか?
640神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:26:46 ID:KMn8IhtA
>>639
あなたが、あなたのお母さんの死から、インパクトを受け取るのと同じように、
イエスという人物の死から、個人的なインパクトを受けてきた人々が2000年来
絶えないということです。

「あなたはなぜ、あなたの母親の死からインパクトを受け取るのか」と問うことが
無意味なように、イエスの死からインパクトを受けた人々に「あなたはなぜ
イエスの死からインパクトを受け取るのか」と問うことは無意味な行為であると
思われます。
641神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:30:36 ID:KMn8IhtA
>>638
あなたは、友人や恋人の死からインパクトをうけないのですか?
友人や恋人は血縁関係にはありませんよね?
642神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:32:34 ID:bV4DvEHm
>>637
手に杭を打ち込んだのは本当だが、それでは体重を支え切れないので十字架には腰かけがついていた
死因は槍で刺されたことによる失血死というのが最近の有力説だよ
643KG:2007/08/06(月) 00:32:50 ID:8/pZa3vm
>>637
杭でも、十字架でも、常識的に考えれば、通常は手首で固定でしょうね。
でないと手の平は裂けると思います。
ただ、手の平に釘を打ち込んで、なおかつ手首を紐で括りつければ、手の平でも可能でしょう。
また、足の固定具合によると思います。
他に、杭(十字架)の立つ角度とか。垂直よりやや背中側に傾けて立てれば、手首への負担も減るでしょう。
処刑方法については、何だか分からないというのが実情です。
ただ、ローマ兵のことですから、かなり効率よくやったと思いますよ。
たまに、テレビ番組で再現したりしていますが。
644神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:32:50 ID:ond2sKWk
>>631
>その「聖霊」とやらが、また分からん。写真に撮ってここでUPしてくれ。
体験しないと分からないですね。もちろん霊ですから目に見えません。
ただ、御言葉に聖霊が働くので心を開いて聖書を読んでみたらいいと思います。
そうすればわかるようになると思います。

>君が神の子なら、他のすべての人間も神の子。イエスもその無数の神の子
>のうちの一人に過ぎない、ということだな。それなら、万人に了解可能。
×。それでは落第です。

ヨハネ1:9-12
 すべての人を照らすまことの光が世に来ようとしていた。
この方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもと
される特権をお与えになった。

↑ここ。
645神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:35:33 ID:bHAtboUq
>>641
友人や恋人は、彼・彼女らが「生きている間に」交流、即ち助けたり、
助けられたりする関係があったから。

2000年前に死んだイエスとは、そのような関係は「皆無」。
646神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:36:45 ID:KMn8IhtA
>>645
人と人の関係はパーソナルなものですから、
あなたが、●●さんとの間に関係がないからといって、
わたしが、●●さんとの間に関係をもつことにたいし、
問い詰めたり、糾弾したりすることはできないと思いますよ。
647神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:40:56 ID:KMn8IhtA
わたしは、イエスの死も、自分との個人的な関係のうちに捉えていますが、
釈尊の生や死も、わたしにとって、特別な意味をもつものです。
バッハやベートーヴェンの生や死に対しても、大きな意味を感じています。
過去に生まれ生きた、すべての人間の生や死は、わたしにとって無関係なものだと
は考えませんね。なにがしかの意味を、わたしたちの存在に対し及ぼしていると
思います。
648KG:2007/08/06(月) 00:41:59 ID:8/pZa3vm
>>640
誰に死にインパクトを受けようとそれは勝手です。
しかし、フィクションの嫌疑がかけられる物語に、勝手にインパクトを受けているというのは事実です。
その事実は甘んじて受けねばならないはずです。
パトラッシュの死とイエスの死に大差はないのです。
結局は受けての問題なのでしょう?
箔付けの問題なのでしょう?
それならばデニーズのメニューにだって涙がちょちょぎれます。
したがって、そんなイエスの死に関わる教えに、安易に「真理」などという言葉は当てはまりません。
私は、私の母の死を、誰かに対して高貴な死として物語ることはしません。
他人に話す意味は全くありません。


649神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:42:40 ID:KMn8IhtA
>>645
現存する人間同士でしか、意味や関係を共有できず、
過去の人々の生や死が、現代のわたしたちに意味や関係を持たないならば、
歴史学の意味は、ありませんよね。
650神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:43:57 ID:KMn8IhtA
>>678
なぜ、個人的な問題を、一般化して扱おうとするのですか?
イエスの死が、あなたにとって意味をもたないのは、あなたの勝手です。
しかし、イエスの死が、わたしにとって意味をもつことをどうして
糾弾するのですか?余計なお世話です。
651神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:46:27 ID:KMn8IhtA
>>648
>結局は受けての問題なのでしょう?
>箔付けの問題なのでしょう?

あなたのお母さんの死の意味は、あなたという受け手だけの問題でしょうか?
ちがいます。あなたとお母さんの「間」に存在するものです。
652KG:2007/08/06(月) 00:51:11 ID:8/pZa3vm
>>649
「フィクションに人々が踊らされ、涙している」という事実は、歴史学の対象であり、
その原因・作用を突き止めるのも、歴史学の仕事です。
しかし、涙することが良いことなのか悪いことなのかの評価は下しません。
それは個人の自由です。泣く者の涙腺に栓をすることはありません。
しかし、『タイタニックのどこが泣けるのか?』と感想を聞くことがあるように、
『イエスの死のどこが凄いのか?』と尋ねることはあります。
なぜなら、彼らが、イエスの死を他者に広め伝えようとしているからです。

聖書は、その物語に涙する者たちの占有物ではありません。
すべての者に開かれております。
我々がそれをフィクションと切り捨て、イエスの死を無駄死にと評価することもあるでしょう。
653神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:55:29 ID:KMn8IhtA
>>652
>フィクションに人々が踊らされ、涙している」という事実は、歴史学の対象であり、
>その原因・作用を突き止めるのも、歴史学の仕事です。

>我々がそれをフィクションと切り捨て、イエスの死を無駄死にと評価することもあるでしょう。

フィクションでない歴史など存在するのですか?
654神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:57:56 ID:xoMTDw9q
>>644
洗脳・MC
655KG:2007/08/06(月) 00:57:57 ID:8/pZa3vm
>>651
いいえ、母の死は、私にとってしか意味をなしません。
母がボケボケになって息を引き取ったならば、私との離別は、彼女にとって何の意味も持ちません。
それは仕方のないことです。
母の死を箔付けするのは、この私です。

個人的な問題は、個人的な問題でしかありません。
イエスの死に涙しようが、パトラッシュの死に涙しようが、それは自由です。
その自由を否定しているつもりはありません。
我々は、それが史実であるかどうか、
一人の男のただの死が人々によってどのように箔付けされていったかに関心があります。
656神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 00:58:25 ID:KMn8IhtA
人間の全歴史がフィクションでないなどと考えておられるなら、
あなたの知識や理解は皮相であると申し上げる他ありませんね。
657神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:00:59 ID:KMn8IhtA
>いいえ、母の死は、私にとってしか意味をなしません。
>母がボケボケになって息を引き取ったならば、私との離別は、彼女にとって何の意味も持ちません。
>それは仕方のないことです。
>母の死を箔付けするのは、この私です。

ボケボケにならずに亡くなったらどうなのですか?
そもそも「意味」って言葉をどのような意味を
使っていらっしゃるのですか。
658神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:02:44 ID:KMn8IhtA
>>657
そもそも、なぜ、あなたは、あなたのお母さんではないのに、
お母さんの死が、お母さんにとって意味を持たないなどと
断定することができるのですか?
659神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:03:54 ID:KMn8IhtA
もしかして、ボケボケのボケ老人は、死ぬ意味も、生きる意味も
ないなどと考えているわけではないでしょうね?
660KG:2007/08/06(月) 01:05:25 ID:8/pZa3vm
>>653
かなりの部分がフィクションである可能性があります。
その中から、歴史学のルールに乗っ取った事実(限りなく事実に近い事実)を引き出すのが歴史です。
もちろん、絶対確実な真実があるなどとうそぶきません。
最も妥当性のあり、もっともそれらしいものに、「歴史的事実」のハンコを押します。
その際、福音書のイエス像は、限りなくありえそうにない部類に容れられます。
それはフィクションというゴミ箱にぶち込んでしまって構わないものであり、
決して、アレクサンドロス大王の東方遠征と同列に置くほどの価値はありません。
それに人々が涙し、ある者はそれを「真理」だなどと自信たっぷりに広めているのですから、興味と検証の対象になります。
661神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:10:06 ID:KMn8IhtA
>>660
「歴史的事実」ってなんのことですか?
「歴史的事実」なんて素朴に信じている歴史学者が
いるのですか?あなたの「歴史観」はまるで小中学生の
レベルですね?
662KG:2007/08/06(月) 01:11:07 ID:8/pZa3vm
>>659
ボケボケ老人に意味が悟れたら、それがイエスの死の価値とどう関わるのですか?

イエスが人類を意識して死んでいったとでも?
後の世代を、彼が案じて死んでいったとでも?
そんなことどうしてわかるのですか?

663神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:12:05 ID:u7J0O/Kj
挑発はやめましょう。みなさん。
664神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:12:07 ID:KMn8IhtA
>>662
ぼけ老人には、生きる意味も、死ぬ意味もないとかんがえているのですか?
665KG:2007/08/06(月) 01:16:34 ID:8/pZa3vm
>>661
「なぜか」「ほんとうか」という懐疑の行進を限りなく続け、
傍証固めを最大限に行なった結果として浮かび上がるのが、
歴史的事実です。
不可知論に達することもできますが、それでは過去の出来事は何一つ知れないので、
ある一定のラインで、つまり傍証固めができる限界で懐疑の行進をやめます。
ここで浮かび上がった事実を「歴史的事実」と呼びます。
それが小学生レベルだと評価されても構いません。
それに不信を抱くのならば、歴史学にそっぽを向かれるのがよろしいかと思います。
666神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:20:40 ID:KMn8IhtA
歴史学という学問は、そもそも、「自由と自然」という近代的な
二元論の枠組のなかで成立してきた学問ですが、カントの認識論に
よれば、理論的認識というのは、対象をそのまま認識しているわけではなく
人間の悟性の中で主観的に構成されたものにすぎない。もの自体は知りえない
というのが近代のテーゼです。「事実」などという自然科学ですら
安易に扱われてはない概念をそのまま人文学の領域に持ち込んでいるから、
あなたの歴史学理解は、小学生レベルだと指摘しているのですよ。
667神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:20:54 ID:ond2sKWk
>>654
×洗脳
〇信仰

御言葉の通りに行えば必ず結果が伴い、それによって聖書は本当だ、神は確かにおられる
ことがわかるのです。
御言葉(聖書の言葉)を行わない限りそれは思想になり、他の宗教や哲学と同じになってしまいます。
思想には何の力もなく、サタン(無神論者には物理の法則かな)に対抗する手段はありません。
なんだ神はいないのか、聖書なんて嘘っぱちだ、となるのです。
信じて行うこと。それが信仰です。
668神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:24:03 ID:KMn8IhtA
それに、歴史学の対象である人間の行動自体がフィクショナルなものだという
ことに気付いておられない。自然や社会という所与の条件(仮にこれを「事実」と
読んでおきましょうか)にたいし、主体的、可能的、創造的にレスポンスした軌跡が
が歴史なわけですから、そもそも「歴史的事実」などというものは存在しない。
人間の軌跡とは、つねに、「事実と可能性」の混合物なのです。
そのような対象を、それまた主体的、創造的に、再構成して記述したものが
どうしてフィクショナルでないこと避けられましょうか。
669:2007/08/06(月) 01:24:45 ID:OVrodttv
>>643 手には負担かかなないでしょ、坐っていたんだから
670神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:29:29 ID:KMn8IhtA
あなたは、まず歴史学とは何かという根本のところから学び直した方がいいですよ。
とりあえずアナール学派の歴史観あたりから勉強されてはどうですか?
671KG:2007/08/06(月) 01:31:15 ID:8/pZa3vm
>>666
歴史的事実が絶対的な事実ではないことはすでに明記しております。
カントやヘーゲルの歴史哲学の講釈も大変結構ですが、
それは今の議論の流れとは関係ありません。

私は>>665で挙げた、ごく一般的な史学の分野で用いられている手法を前提にしております。
そしてそれを信頼しております。
それは、歴史の他の分野でも用いられている手法です。
そしてそれをイエスやキリスト教の歴史に当てはめているだけです。
もしそれを疑われるのであれば、
日本史、西洋史を全部ひっくるめてフィクションとお呼びになったらよろしいでしょう。
どうぞ、別の仕方で、過去の出来事を再現なさってください。
672神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:35:25 ID:ond2sKWk
>>662
そんなこと聖書に書いてあるし。

つ 父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。
                                     ルカ23:34

十字架刑はその刑のあまりの苦しさに磔にかかった人は発狂すると言われていた。
その究極に苦しい中にも自分を磔にした人間を赦してくれという祈りをした。

これは人間にはできないことです。
このような行いをする人間がキリスト以前にあったのでしょうか?


673神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:35:56 ID:KMn8IhtA
>>671
>歴史的事実が絶対的な事実ではないことはすでに明記しております。
「事実」とはなんですか?
正確に定義願います。
674:2007/08/06(月) 01:37:14 ID:OVrodttv
ファンタジーでも妄想でも伝説でも
体系化されて組織化されて運営されたら歴史だわな

伝承された事象が事実かフィクションかじゃなくて
事象が伝えるメッセージを受け入れた後世の動きが歴史的事実なんだわな
675KG:2007/08/06(月) 01:37:23 ID:8/pZa3vm
>>669
その可能性もあるでしょう。
私が言いたいのは、単に、色々な可能性があるということです。
676神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:41:01 ID:KMn8IhtA
人間が言語によって記述したものは、「事実それ自体」ではなく、
フィクションです。
一次資料に基づくにせよ、二次資料に基づくにせよ、過去の人々の
証言によって構成されるものですから、何重の意味においても、
歴史学とはフィクショナルであることを避けることはできません。
677神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:43:56 ID:AR66tIfC
>>672
>そんなこと聖書に書いてあるし。

その聖書が信じるに足りる書物であるか、即ち、「事実」を記載した書物で
あるかの議論をしているのだよ。

その議論の中で、聖書を「真実の書」として持ち出すこと自体が落第。それを
「循環論法」という。
678神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:44:39 ID:ond2sKWk
>>672に付け加えると、イエスには何の罪も認められなかった。
  無実の罪です。
  無実なのに多くの人にあざけられ、ののしられついには十字架に。
  それまで親しくしていた弟子にも見捨てられて。
  その中で出てきた言葉です。
 
  KGにとっては当たり前?俺だってそうするわ、ってなもんかな。
 
679神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:44:41 ID:KMn8IhtA
>>665
>ここで浮かび上がった事実を「歴史的事実」と呼びます。
これは、トートロジーであって、事実をなんら定義づけるものではありません。
「事実は事実だ」と言っているに過ぎない。
680神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:46:22 ID:KMn8IhtA
>677

>その聖書が信じるに足りる書物であるか、即ち、「事実」を記載した書物で
>あるかの議論をしているのだよ。

>その議論の中で、聖書を「真実の書」として持ち出すこと自体が落第。それを
>「循環論法」という。

ですから「事実」とは何のことか正確に定義願います。
681神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:48:19 ID:AR66tIfC
>>678
また、聖書を持ち出すw。

イエスの罪状が「神の冒涜罪」であったことは、聖書学者の常識。ユダヤ教
社会では、最大の罪である。
682神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:52:17 ID:ond2sKWk
>>677
いや、KGの>>609の質問や、クリスチャンのメンタリティを知りたいというのを
受けてあえて喋ってます。
KGの真剣に知りたいという心が伝わってきますし私も伝えたいと思いますもので。
受け入れる入れないは別としてどこかに残ってくれればいいなと思いましてです。

それに信じるに足りる書物であるかどうかは歴史から見て検討するのは不可能。
それはこれまでのスレの流れでわからんの?
君はまだその次点にいるという点で落第。
683KG:2007/08/06(月) 01:54:11 ID:8/pZa3vm
>>676
あのう、そんなことをここに書き込んで何になるのです?
たまに、あなたみたいに、議論の流れを断ち切って、突如根本に立ち返る人がいますが、
それが、このイエスの死の議論とどう関係があるのです?
歴史は、懐疑の妥協の産物であることは誰しもが認めていることですよ。

日本史も西洋史も東洋史も、皆、そうやって再現されているのです。
ですから、もし、あなたのように、
『一次資料に遡っても所詮フィクションなのだから、歴史などウソッパチ』という考えをもたれる人は、
歴史学にそっぽを向いてしまったらよろしいのではないでしょうか?
そういう考えもありだと思いますよ。
そうすればイエスの死も、特別な意味を持ち始めるでしょう。
そしてそれを「真理」と胸を張って主張したらいいのです。
私はそれに口を挟んだりしません。
どうぞ頑張ってください。

私はというと、これからも、一次資料に価値を見出し続けます。
というか、そんなことはここで論じる問題ではないのですけれどね…。
684神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 01:56:58 ID:AR66tIfC
>>ですから「事実」とは何のことか正確に定義願います。

人間ばかりでなく、すべての動物は、その誕生の瞬間から、事実とは
何かの判断が出来るぞ。さもなければ、生存が不可能だからだ。

赤ん坊は、生まれた瞬間から、母親のオッパイにしゃぶりつく。オッパイ
が事実かどうかなど迷うことは一切ない。

685KG:2007/08/06(月) 01:57:31 ID:8/pZa3vm
「過去にどんな出来事があったか」
それを知ろうとするのが歴史の仕事です。
アレクサンドロス大王が本当に東方遠征をしたのか?
その過去の出来事を、なんとかして知ろうとするのが歴史。
686神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:01:03 ID:KMn8IhtA
>>683
そもそも、はじめからフィクションであるものに対し、
「事実ではない」などとごねても無意味だと申し上げて
いるのですよ。
歴史学において「事実」など存在しないのですから。
687神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:02:00 ID:KMn8IhtA
>>683
仮にタイムマシンのような装置が存在するとして、あなたが
2000年前のイスラエルにでかけていくとしましょう。
そこであなたはさまざまな出来事を目撃するとする。それを
あなたが文書にまとめたとして、その文書は「事実」でしょうか。
あなたの視点や思想に基づいて構成され記述された
「フィクション」にすぎない。
同じタイムマシンにのって他の人が、2000年前のイスラエルにいって
同じ出来事を目撃し、記述しても、あなたの記述と全く同じになることは
あり得ない。同じものをみても、人によって見え方や見える部分は違うし、
受け止め方も変わる。記述の仕方も異るでしょう。

一次資料に書かれているからといって、「事実」であるというわけではないのですよ。
688神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:02:34 ID:ond2sKWk
>>681
神を冒涜などしていない。
イエスは神の御子なのは本当だったからだ。
つまり無実の罪。
689神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:03:54 ID:KMn8IhtA
>>684
事実とは、生存のために何も考えず
無条件にむしゃぶりつくものと言う意味ですか?
690KG:2007/08/06(月) 02:04:28 ID:8/pZa3vm
>>686
以下を繰り返します。
ですから、もし、あなたのように、
『一次資料に遡っても所詮フィクションなのだから、歴史などウソッパチ』という考えをもたれる人は、
歴史学にそっぽを向いてしまったらよろしいのではないでしょうか?

どうぞご自由に。
691神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:06:55 ID:LC1Y5bue
>>690
歴史学がフィクションであるから、歴史学から目を背けるという
ことにはならないと思いますよ。むしろ逆です。
フィクションは人間にとって大きな意味をもつものですからね。
692神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:08:19 ID:LC1Y5bue
>>690
あなたも、聖書が「フィクション」であるからこそ、
聖書に引かれ、熱心に学んでおられるのですよね?
それとも、聖書が「事実」だから、聖書を熱心に
学んでおられるのですか?
693神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:11:25 ID:LC1Y5bue
>>684の定義にあるように、
事実とは、生存のために無条件にむしゃぶりつくものという意味であるならば、
あらゆる信仰の対象は「事実」であることになりますね?
信仰者は信仰する対象に、無条件でむしゃぶりつきますからね。
694神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:14:11 ID:ond2sKWk
>>609のレジスタンスもクリスチャンだったと思うよ。ドイツだしね。
「他人の為に命を捨てる、これより大きな愛は誰ももっていない。」という教えは聖書から。
つまりキリストがその道を開いた。
キリスト以前にはなかったものでしょう。(資料探してみれば?)
アレKGって歴史学やってるんですよね?
ドイツのレジスタンスとキリストを並べるなんて
年代がめちゃくちゃですね。
695神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:16:09 ID:RrBvT0QV
聖書が真実でなかったらなぜ真実必要があるのか。
殉教者なんて愚かの極みではないか!?・・・そう思っていた頃が私にも
ありました。
自分の人生にとって益となるならば、よくできたフィクションなら
今は喜んで乗りたい。

乗れないKGはかわいそうに思う。
696神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:17:24 ID:RrBvT0QV
>>695
1行目タイプミス、「なぜ信じる必要があるのか」
697神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:19:45 ID:ond2sKWk
ID:LC1Y5bue は天才。
698KG:2007/08/06(月) 02:20:23 ID:8/pZa3vm
それにしても、議論の流れの途上でいきなり、根本問題に立ち返る人がいるのはどうしてでしょう?
他の場所でもこの手の人に悩まされたことがあります。
それならば、話し合いの最初の段階でそれを論じるなり、それに問題提起したい意志を表示すればいいですのに…。
この段になって、歴史的事実は?だの、事実は?だのと問われても…。

明らかに、「事実とは?」という議題は、これまでの話し合いの流れとは関係がありません。
これでは、イエスの死の特異性を何とかして守りたいための、はぐらかし作戦だと受け取らざるをえません。
どうせここから先も、言葉の意味論を深めていくのでしょう?
それならば私はここらでおいとまします。

後はどうぞ他の方々で、その議論を深めていってください。



699神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:23:30 ID:ond2sKWk
子供?
700:2007/08/06(月) 02:24:19 ID:vs8S1uF+
事実を研究することは好きならやればいいけど
聖書事実派も聖書非事実派も方向が180度違うだけで、事実真理教徒だあね
あとは、目からうろこ←人間にはウロコないよ  千年帝国←大日本帝国のイメージなど
書いたことを現在感覚やそのまんまイメージで否定するのが後をたたないのも<なんだかなあ>とおも
701神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:24:58 ID:LC1Y5bue
>>698
>それにしても、議論の流れの途上でいきなり、根本問題に立ち返る
>人がいるのはどうしてでしょう?

イエス・キリストの出来事は事実か否か、イエス・キリストの史的事実に
意味があるのか、ないのかというあなたの
問題提起は、根本問題に立ち返る問いではないのですか?
根本問題を問うなというなら、あなた自身がのスレから立去ればよいのでは
ないですか?
自分が問うておきながら、人には問うなというのは、どうかと思いますが。
702KG:2007/08/06(月) 02:26:10 ID:8/pZa3vm
>>694
>つまりキリストがその道を開いた。

「誰々〜のために死ぬ」という殉教者のイメージ、高貴な死のイメージは、ヘレニズム時代のギリシア哲学・文学や、ユダヤ文学にも見られます。
私は、イエスの死は、それをベースにしていると考えています。
そのイメージは、キリスト教のイエスが専売特許なのでも元祖でもありません。
それ以前に道は開かれております。
ちょうど、レジスタンスの観念が、キリスト教の観念をベースとしたように…。
703神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:29:11 ID:LC1Y5bue
>>702
>「誰々〜のために死ぬ」という殉教者のイメージ、高貴な死のイメージは、
>ヘレニズム時代のギリシア哲学・文学や、ユダヤ文学にも見られます。

具体的には、どの文書ですか?
文書名を挙げてください。
704KG:2007/08/06(月) 02:32:39 ID:8/pZa3vm
>>701
私は、一次資料に遡る歴史の再現の手法を支持し、
それによって明らかにされた過去の出来事を、
実際にあった出来事に近いと判断します。
問題は、福音書のイエスのその判断規準に適うどうかです。
それを“最初から”議題としています。
話し合いの流れを断ち切ってそれを突如持ち出したのではありません。
事実とは何かという議論には関心がありません。
ですから、事実とは何かという議論からは身を引きます。
705神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:34:56 ID:LC1Y5bue
>>704
一次資料に書かれてあることが、実際の出来事に近いと考える
根拠はなんなのですか?
706KG:2007/08/06(月) 02:37:16 ID:8/pZa3vm
>>703
外典・偽典の『マカベア記2,4』、『ソロモンの知恵』、ソクラテスなどの哲学者らのイメージなどです。
707KG:2007/08/06(月) 02:40:14 ID:8/pZa3vm
>>705
それが「出来事」に一番、地理的・時間的に近いからです。
708神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:41:31 ID:LC1Y5bue
>>706
ソクラテスについて記述されているブラトンの諸文書は
ヘレニズム時代のものではありませんが。

それに、新約聖書がユダヤの署文書を参照しているのは
言うまでもない当然のことです。
709:2007/08/06(月) 02:42:32 ID:MThxQrLA
旧約十ギリシャ哲学十ミトラ教十イエス十使徒たち新約十ローマ帝国国教化=キリスト教

旧約十ムハンマド十アラビア語集団十ギリシャ哲学十キリスト教矛盾点改定=イスラム教

プラトン家ミトラ教国<アフガンの地>→ミトラ=ミロク菩薩→アジアにミロク拡散
710神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:42:35 ID:LC1Y5bue
>>707
地理的、時間的に近いからといって、その記述の通りに出来事が
起きたという証拠にはなりません。
一次資料を読んでわかることは、「一次資料にはそう書かれている」
という事実だけです。
711KG:2007/08/06(月) 02:45:51 ID:8/pZa3vm
>>708
あのですね、言葉の揚げ足鳥はおやめください。
それを言うなら、ブラトンではなく、プラトンですよ。
署文書ではなく、諸文書ですよ。
それに、ヘレニズム時代の諸学派の著作も含まれるでしょう。

ここでの問題は、イエス以前に、殉教者のイメージが存在したか?です。
話の流れを汲み取られてますか?
712神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:45:56 ID:LC1Y5bue
>>706
ソクラテスが殉教者として描かれているというのは、
具体的にプラトンのどの文書のどの記述をさして
言っているのですか?
また新訳記者たちが、プラトンの文書を参照していたと
考える根拠はなんですか?
713神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:49:27 ID:esbjvrOw
>>711
だって、一次資料を精緻に検証するという「歴史学的手法」で事実を
明らかにしようというのが、あなたの提言ですよね?
プラトンをヘレニズム時代に入れるのが、一次資料の精緻な検証に
当たりますか?ずいぶんいい加減な「歴史学」ですね?_
ほんとうに歴史を勉強されているのですか?
714神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:50:46 ID:esbjvrOw
なんか、自分の都合わるい点を指摘されると、揚げ足取りだの、
議論をさえぎるだのとおっしゃるが、こんなことでは精緻な
学問的検証は不可能ですね?
もしかして事実を追求するよりも、
あなたの独断を展開したいだけなのでは?
715KG:2007/08/06(月) 02:53:51 ID:8/pZa3vm
>>713
私は、外典・偽典を指して、ヘレニズム時代と申したのです。
ソクラテスがヘレニズム時代だなどとは微塵も思っていませんよ。
たまたまギリシア時代という語を落としたくらいで…。
私がそう勘違いしていたと思われましたか?
716神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:54:48 ID:esbjvrOw
プラトンが、ソクラテスの死を、「だれかの身代わりとして死ぬ」という
キリスト教的殉教や贖罪的意味で、描いていたという事実は、わたしの
知る限り存在しませんが、プラトンのどの文書のどの記述において、
ソクラテスはそのように描かれているのですか?
717神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:55:27 ID:dI1DgZwg
ミトラ教って、キリスト教のモデルどころか
仏教、イスラム教、いや、全ての古代宗教のモデルにもなっているんですね。
とくにスーフィなどは、ミトラの影響がかなり反映されているとか。
キリスト教とミトラ教の関係はもうおなかいっぱいなのですが、
このイスラム教と、ミトラの関係をよく知っている人、両者の関係を教えてくれませんか?
どうも、イスラムの終末思想は、まんま、ミトラだか、ミトラを起源とする
ゾロアスター教の終末思想の、パクリのようです
参考HP
http://www.chitobe.com/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=87116
http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_and_Sufism.html
718神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:57:35 ID:GOck5O30
>>716
あなたは、
>「誰々〜のために死ぬ」という殉教者のイメージ、高貴な死のイメージは、
>ヘレニズム時代のギリシア哲学・文学や、ユダヤ文学にも見られます。

と書かれていますよ。
ずいぶんおそまつな言い訳ですね。
みっともない。
ユダヤ文学についてはわかりましたから、キリスト教的殉教について
描かれている「ヘレニズム時代のギリシア哲学・文学」の文書名をあげてください。
719神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 02:58:10 ID:GOck5O30
>>715でしたね。
720KG:2007/08/06(月) 03:00:53 ID:8/pZa3vm
>>712
『ソクラテスの弁明』などでしょう。
それ以外にも、哲学者の伝記が挙げられると思います。
初期キリスト教の者たちが、それらを知っていたことは、
彼らの文書(パウロ書簡から再現される)が、それらの伝記の定式を踏まえていたことから分かるのだそうです。
以上のことから、イエスの殉教者のイメージの基礎となったものが想定されます。

これ以上の細かい議論には私は立ち入りません。
その専門家ではないからです。私は彼らの意見を受け入れるのみです。
721神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:02:59 ID:GOck5O30
>>720
一次資料がどうたらこうたら言われるなら、もっと正確に文書名を
書いていただけませんか?哲学者の伝記などと言われてもどの文書の
ことを指しているのか、わかりません。

プラトンの描く、ソクラテスの死は、「誰かの身代わりとして死ぬ」
という、イエスの贖罪死のイメージとは異るものですよ。
722神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:04:44 ID:GOck5O30
>その専門家ではないからです。私は彼らの意見を受け入れるのみです。

一次資料に基づいて検証するというのが、あなたの提言ではありませんでしたか?
「彼らの意見」って誰の意見ですか?
「彼らの意見」は、検証もせずに信じ込むわけですか?
723神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:06:34 ID:GOck5O30
>これ以上の細かい議論には私は立ち入りません。
>その専門家ではないからです。私は彼らの意見を受け入れるのみです。

もうそろそろ黙った方がよさそうですよ。
シロウトなら、シロウトらしく、歴史学がどうの一次資料がどうのと
分かった口をきかないで、しおらしくなさっていたら
どうですかね?
724KG:2007/08/06(月) 03:09:12 ID:8/pZa3vm
>>722
専門家の意見は信頼します。
なぜなら、彼らも、歴史学の手法に乗っ取って再現しているからです。

ではこちらが訊きますが、
722さんはいかなる方法で、過去の出来事をお知りになりますか?
ご自身のお考えをお示しください。
725神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:13:50 ID:q+8i2g93
>>724
歴史学者の中で、イエスの刑死は歴史的事実でないなどということが
定説になっているのですか?
わたしの知る限りそうではありませんが、どうして一部の「専門家」の
言説のみを取捨選択して信じるのでしょうか?
726KG:2007/08/06(月) 03:20:22 ID:8/pZa3vm
>>イエスの贖罪死のイメージとは異るものですよ。

ええ、贖罪死のイメージはまた別ものでしょうから。
ソクラテスの死は、自分の祖国、都市、法律“のために”死ぬという、
ギリシアの古典的な高貴な死のイメージを受け継いでいると私は学びました。
それについては、デイビッド・シーリーの「高貴な死」をお読みになればよろしいかと思います。
そこには、パウロが採用した殉教者のイメージが跡付けられているそうです。
727神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:24:43 ID:ut5fSyWI
>あらゆる信仰の対象は「事実」であることになりますね?
>信仰者は信仰する対象に、無条件でむしゃぶりつきますからね>>693

全くの理解力不足。架空の神に祈って生存が出来ますか?霞を食って生きられ
ますか。極限の飢餓状態において、人間は神よりも一切れのパンを選びますよ。
神を選べは、間違いなく餓死するからです。

人間の本質は、極限状態において現れます。

生存本能を中核とする動物の一種。これが「すべての人間」に共通する、唯一の
普遍の事実です。「神概念」などは、ゴマンとある宗教ごとに異なります。
従って、神は本質でも普遍でもありません。

728神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:27:21 ID:q+8i2g93
ディビッド・シーリーの『高貴な死』なる著作は、検索しても
でてこないのですが、どの出版社から何年に出版されたものですか?
原書名もあげてもらえると助かります。

くりかえしますが、パウロの描く、イエス像と、
ブラトンの描くソクラテスの像は異るものですし、
類似点があるからといって、パウロがブラトンの記述をなぞったという
根拠にはならないと思いますが。そもそもパウロは、ブラトンの著作に
どこでふれたのでしょうか?
ブラトンは、ソクラテスとを徹底した懐疑主義者として描いています。
パウロは、イエスを懐疑主義者として描いていますか?
729神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:29:39 ID:q+8i2g93
そもそもあなたは、一篇でもいい、ブラトンの著作を読んだことが
ありますか。読んだら、パウロの著作と、ブラトンの著作の決定的
違いぐらいわかるはずですが。文学的構成の点でも両者は
まったく異っています。
730KG:2007/08/06(月) 03:33:29 ID:8/pZa3vm
>>725
私が知りうる限りの説において、それが妥当だと思われたからです。
もちろん、それがひっくり返る可能性もあります。
ということで、>>723さんが最もありえそうだと思う説は何ですか?
ぜひ教えてください。
こちらも質問をたくさんいたしますから。
私はもう十分答えたと思います。
731神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:33:37 ID:q+8i2g93
>>727
>人間の本質は、極限状態において現れます。

人間のおかれ得る極限状態とは、生物的、身体的な極限だけではありません。
人間の極限状態を、身体的なものにだけ限定してかんがえるのは、あなたの
想像力の欠如としかいいようがありません。
人間の極限状態の基本的文献としては、フランクルの著作がありますが、
彼は、アウシュビッツという極限状態で、人が命をなくしたのは、
希望を破壊されるという実存的極限に置かれた直後であったことを
報告しています。読んでいらっしゃらないなら、一度ごらんになるといい。
732神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:36:23 ID:q+8i2g93
>>730
>私が知りうる限りの説において、それが妥当だと思われたからです。

これでは、一次資料を検証していることにはならないし、
学問的姿勢とも言えませんよね。
個人的信仰や独断の域をでていないじゃないですか?

ブラトンの著作と、パウロの著作は、実際に読んでみればわかるように
まったく異る構成と内容をもつものです。パウロがプラトンをなぞったなどと
主張する根拠はなんなのですか?一次資料に基づいて、説を展開していただきたい
ものですね。
733神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:37:33 ID:ut5fSyWI
>>728
当時のギリシャ文化の中心地だったガリラヤの首都セフォレスは、
ナザレから歩いて一時間半程度のところにあります。イエスも度々
出かけたものと推測されます。従って、イエスがギリシャ文化の
影響を受けていないことなど考えられません。「イエス犬儒派説」
もあります。新しいもの好きのイエスが、軽薄にも、ギリシャ思想
に飛びついたのでしょう。

ヘブライ思想とギリシャ思想とが化合して、キリスト教という「化け物
宗教」が生まれたものと理解します。
734KG:2007/08/06(月) 03:39:10 ID:8/pZa3vm
>>728
David seely “The Noble Death" 1990 JSOT Press.

ところで貴殿の最もありえそうだと思うキリスト教発展史とは?
ぜひお答えください。
参考にしたいと思います。
735神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 03:48:45 ID:0fqTAJ+C
>>733
セフォリスは、BC4年に反ローマの拠点としてローマによって
破壊されていますが、イエスの人間形成期にギリシア文化の
中心地にまで発展していたというソースはどこにありますか?
736神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 04:00:36 ID:ut5fSyWI
キリスト教の持つ種々の問題点は、ヘブライ思想よりもむしろギリシャ思想
が原因だと思っている。ギリシャ思想は、仕事は奴隷に任せた暇人たちが、だ
らしなく寝そべって飲み食いしながら、抽象論を語り合ったことから生まれた
ものです。ソクラテスもプラトンも、精神異常の宗教者でした。

ソクラテスは、ギリシャ中の有名な将軍、政治家、詩人に、それぞれ「勇気とは、
正義とは、美とは」何かと聞いて、彼らがその実例を挙げるだけで、定義でき
なかったから、彼らを無知だと決め付けているが、これはソクラテスの誤り。
これらの概念は、あくまで特定の行動や事物の属性であり、具体例を離れて
「抽象的」には存在し得ないものだからです。
737神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 04:04:54 ID:0fqTAJ+C
どうやら、このスレでは独断的な意見のぶつけ合いだけで、
学問的な議論は成立しないということですね?
738神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 04:43:06 ID:Cb44CWNf
>>737
独創性がなければ、学問の進歩はない。単なる「お勉強」に過ぎない。
739神も仏も名無しさん:2007/08/06(月) 04:47:34 ID:Cb44CWNf
聖書自体が「一次資料」には成りえないことは明らか。宣教目的の
為の多数の捏造や、書写・翻訳に際しての無数の誤りに満ちている
からである。これは、最新の聖書学の成果が示すところ。
740KG:2007/08/06(月) 04:53:36 ID:8/pZa3vm
>>735
まずは、セフォリスの考古学的資料を調べることです。
セフォリスの発掘に関する本も出ていますよ。邦訳はないと思いますが。
それを読むと、その町が、いかに当時最先端のギリシア都市だったかが分かります。
そして、ガリラヤ地方のギリシア諸都市の考古学の資料も検討してもいいでしょう。
加えて、セレウコス朝、ハスモン朝の政策を調べれば、
ガリラヤ地方がいかにヘレナイズドされていたかが分かると思います。

>>737
ぜひ、貴殿の再現する、イエス時代のパレスチナ像を教えてください。
741KG:2007/08/06(月) 05:10:43 ID:8/pZa3vm
>>739
>>739
>捏造、書写・翻訳に際しての無数の誤り…

それらが明らかになったその時点で、
聖書の信憑性は棚上げされてしまうのです。
もちろん、それ以上の細かい議論を続けることはできますが、
だからといって、聖書の信憑性が取り戻せるわけではありません。
聖書は、最初の一歩で、もう躓いてしまっているのです。

本来ならば、奇跡物語が載っている時点で、福音書は即ゴミ箱行きなはずなのです。
聖書でなければ、その古文書のことを、人々は笑い飛ばすでしょう。
通常の判断に従えば、福音書のイエスには疑問符が打たれます。
それを特別にしたいと思わない限り、それは特別にはなりえません。
聖書それ自体が、特別な本ではないのです。
742暇人:2007/08/06(月) 05:47:21 ID:fzMvz1zc
A Cynic-Stoic Understanding of Jesus' Death in Q
In examining Q 14:27,
we must begin by taking into account not only the different Matthean and Lukan versions,
but also the version in Gospel of Thomas 55, as well as Mark 8:34.
While the Matthean and Lukan versions of this saying convey the same basic meaning,
it is nevertheless true that some differences of vocabulary exist.
In Matthew, Jesus says that whoever fails to take up his cross and follow
"is not worthy of me" (ouk estin mou axios).
In Luke, Jesus says that such a person "cannot be my disciple" (ou dunatai einai mou mathetes).
If Thomas represents an independent tradition here,
then it can suggest a reason for this difference.
/ll/ In Thomas, as in Matthew and Luke,
the cross-saying of Q 14:27 follows a family-saying (Matt 10:37, Luke 14:26).
Gos. Thom. 55 would suggest that Matthew has assimilated the family-saying to the cross-saying,
using "worthy" for both, while Luke has assimilated the cross-saying to the family-saying,
using "disciple" for both. Gos. Thom. 101 supports the suspicion that the family-saying used "disciple."
743暇人:2007/08/06(月) 05:51:13 ID:fzMvz1zc
As for Mark 8:34, Q 14:27 shows certain signs of assimilation to it.
/12/ Instead of bearing the cross "as I do" (Gos. Thom. 55),
the subject of Q 14:27 is to follow or come "after me" (opiso mou).
Matthew 10:38 also contains the Markan akoloutheo.
The possibility that a late edition of Q picked up some influences from Mark 8:34 must therefore be reckoned with.
Yet it is clear that a Q version of this saying did exist.
The grammatical structure using "whoever does not"
(Matt: hos ou; Luke: hostis ou; Gos. Thom.: peta an) was certainly a part of the Q version.
This structure is quite different from Mark's "If any would . . . " (ei tis thelei . . . ).
Kloppenborg reconstructs and translates the Matthean and Lukan versions of Q 14:27 as follows:

http://www.ntgateway.com/synoptic-l/JDEATH.HTM

David Seeleyの、「JESUS' DEATH IN Q」がネット検索で見つかるね
これがネタかね?
・・・・・・
ちなみにソクラテスの一次資料はないので
プラトンの創作上の人物ではないかという説も出たことがありますな
だけども我々はプラトンの著作や他の同時代人の著作が描くソクラテスから
ソクラテス像を再構築して史上の人物として受け入れてますね
744暇人:2007/08/06(月) 06:26:35 ID:fzMvz1zc
KG君 お勧めのDavid Seeleyは、「Q資料におけるイエスの死」論稿において

The second feature is that stauros is mentioned.
第二の特徴は「stauros(杭→十字架)」について言及されているということです。
The term could hardly be cited without calling to mind Jesus' death.
語録はイエスの死を注目することなく、ほとんど引用されませんでした。

However uninterested members of the Q community (or communities) may have been in Jesus' death,
it is difficult to believe that they were unaware he had suffered crucifixion.
しかしながらQコミニティ(あるいはQコミニティたち)のメンバーらは、
イエスの死にどんなに無関心であったとしても
彼らがイエスが磔で苦しんだことを知らなかったと信じることは難しいです

・・・・・
とあるので、David Seeleyの、「JESUS' DEATH IN Q」がネタではないな
745暇人:2007/08/06(月) 06:34:31 ID:fzMvz1zc
And whoever does not take
his cross and follow after
me is not worthy of me.

Whoever does not bear
his own cross and come after
me is not able to be my
disciple./13/

・・・・・
Qには、イエスの言葉として上記が収録されているそうだが、
「自分の十字架を背負って歩かない人は私の弟子ではない」と
イエスに語らすのは、
Qメンバーが 史上のイエスの十字架を知った後に書いているからだと
推定するのが合理的だと私は思うけどな。
746暇人
KG君は 先行する学者の研究を尊重されると云われる

KG君 お勧めのDavid Seeleyは、「Q資料におけるイエスの死」論稿によれば
Qメンバーは、十字架を知っていたと推定される立場のようだ。

さてKG君が参照している「Q資料」から十字架はなかったと否定している
学者名とその論文は何なのであろうか。

KG君が何か語るよりも そっちを紹介して頂いて 直接当たるほうが
話が早いのではないかと思うが いかがでろあうか