阿含宗という宗教124

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469klingo〜n
@教祖に根拠は要らない
>272 :名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 12:54:22 ID:1BdkWbO0
>「わたくしは自らの修行体験に基づいて、霊魂は心の最深部にあると確信しております。」
>>271の想定問答で、信者さんたちに気が付いてほしいのは、
>桐山さんの霊魂についての説明は、中身が何もなく、
>上記のたった一行こそが桐山さんの主張と根拠である点です。
>「私は・・と思う」という感想文にすぎない。
↑ ↑ ↑ ↑ ↑
他に根拠が無く、ゲイカの修行体験に基づいているからこそ価値があるのです。
もし、他に根拠が存在するのなら、
それは既に他の誰かの手によって追求・確認できた内容であることになる。
ということは、ゲイカでなくてもよかったということになるのです。
ゲイカこそはいまだかつて、他のいかなる科学者も宗教家も思想家も成し得なかった、
霊魂という人類最大の謎を、自らの修行の末に心の最深部にあることを見つけられた方だ。
それこそが最高霊覚者である所以なのである。
わかりますかな?
ゲイカがこれがその根拠です、などと言われて科学的証拠などを持ち出されたら、
その証拠の作者こそ、最も賞賛に値される人物ということになり、
人類最高の恩人であるとして人類史上のMVPを受賞してしまうのです。
かつてスウェデンボルグが科学者時代に、霊魂の所在を求めて解剖学に没頭した。
もし、この時、彼が霊魂の発見に成功していたら、
紛れも無く人類最高の天才・偉人として後世に名を残したでしょう。
だが、解剖学でつき止める事を断念し、キリスト教神学へと向かっていった。
(それでも彼が偉大な業績を残したことには変わらないが)
ペンフィールドだって同じことです。
もし彼がこれこそが霊魂であるというデータを発見していたらどうなるか?、
それを考えれば、科学的データなどの根拠は無くて結構、いや無い方がいいのです。