1 :
神も仏も名無しさん:
瞋恚の火は功徳の林を焼くという。
怒りの感情を制するのは難しい。
だが、仏教でも三毒の一つとして戒められている「怒り」を、
制する努力もせず、仏教知識を述べ合っても、意味がないじゃないか。
怒りを制するには「忍耐」が必要だという。
これは単なる「心がけ」では挫折してしまうきつい修行だ。
2 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:04:10 ID:FnzOP3nZ
「切れてないよ?俺切れさせたらたいしたもんですよ」
↑切れてます。
3 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:06:44 ID:FnzOP3nZ
深呼吸や、相手の立場になる瞑想、その他精神を穏やかにする、
先人たちの有用な言葉を、ここに書いていこうぢゃないか。
4 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:07:35 ID:FnzOP3nZ
入菩提行論
「今のこの程度の苦しみさえ耐えられないというのに、
地獄の苦の因になる
怒りをどうして捨て去ることができないのか」
5 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:10:44 ID:2nEB8Ek8
にんにく
6 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:14:04 ID:FnzOP3nZ
小船が河を横切っているときに
別の誰も乗っていない船が
ぶつかりそうになる
苛立ちやすい人でも、これにかんしゃくを起こすことはない
ところが近づいてきた船に、人が乗っていると
船をぶつけるな!と怒鳴るだろう
さらにぶつけられた時など、悪口雑言が口からでることは必至である
前者の場合には怒りがなく、後者の場合には怒りがあった
人が乗っているか、乗っていないかが、分別の有無を分けた
人間というのもこれと同じで
ただ虚として人生を過ごすならば、誰がその人を害しうるだろうか
(「荘子」)
7 :
神も仏も名無しさん:2007/06/23(土) 23:18:00 ID:FnzOP3nZ
「たとえば、私たちを罵った人は、前日、まったく同じように、誰か他の人から罵られたのかもしれないし、
あるいは小さい頃、アルコール中毒の父親にいじめられていたのかもしれません。
このような相手の側の原因を見つめ理解してあげるのも、自分の怒りから解放される道でもあります。
だからといって、ひどくいじわるなことをする人に、注意してはいけないというのではありません。」
ティク・ナット・ハン「微笑みを生きる」
8 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 07:55:30 ID:P4xwEOMa
このスレは絶対のびない。
9 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 08:11:34 ID:Mwj1LW/6
菩薩は瞋恚を勇猛心に転換します
10 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 09:00:26 ID:22SPy9c0
菩薩ミチは糞を御馳走と偽って食わせます。
素人相手に行論なんて持ち出すな。
罪人を量産する気か?
治療できないのに病人を集めるのはやめろ
いつか、とんずらでは済まなくなるぞ
11 :
草レーサー:2007/06/24(日) 09:31:33 ID:IQWjePQw
瞋恚というのは、本人を支配し、盲目的に対象にぶつかる感情。
一方、不当なものに対する怒りは、盲目的感情に支配されない。
レーサーが、心をドライヴィングすること、勝つことに全力集中
させる技を学ぶように、仏教を学ぶなら仏教が第一義とする目標
に全力集中しなきゃならないのは当然のことだろう。
天怒りて 悪を絶つ
↑↑↑↑↑
これを観ても、全ての怒りが悪とは言えない、
13 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 19:51:57 ID:P4xwEOMa
全ての怒りが悪とはいえない。
「他者が不当な扱いを受けていることへの怒りが触媒となって、協力な利他行をなす可能性もある
〜〜〜〜
しかし法王に言わせれば、hatredには何の長所もない。
〜〜〜〜
人は悪意を抱かなくても、相手に怒ることができる。
こうした怒りならば、たとえ生じても完全なhatred(憎悪)
にまで成長することはない」
キーは慈悲、それも敵にまで思いをはせるような。
14 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 19:54:10 ID:e9YvlW5o
怒りって言うのは、脳味噌が足りないことを意味します。
マンガでも、血脈がプチって膨れるでしょう。
南無妙法蓮華経
^_^
15 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 20:07:38 ID:e9YvlW5o
怒りが、無くなると、何も、できなくなる。
これは、ほんとう。
南無妙法蓮華経
^_^
>>14 つまりアレか?
明王は悪だと言うのだな?
お不動さん等を否定するなら密教も否定するのだな?
17 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 20:18:17 ID:e9YvlW5o
誰がそんなことを、言った。
南無妙法蓮華経
^_^
18 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 20:34:45 ID:P4xwEOMa
>怒りが、無くなると、何も、できなくなる。
ちょっとわからない。
利他行も、慈悲も、?
19 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 20:39:23 ID:e9YvlW5o
怒る世界があるから、
哀れな人に慈悲が起こるんだろう。
南無妙法蓮華経
^_^
20 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 20:40:23 ID:e9YvlW5o
違う・・・・?そうでしょ?
^_^
21 :
南無妙法蓮華経:2007/06/24(日) 20:44:51 ID:e9YvlW5o
あ・
おれは、sinu
22 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 23:32:42 ID:P4xwEOMa
>怒る世界があるから、
>哀れな人に慈悲が起こるんだろう。
どうかな。
他者を哀れに思うことは、その状況への怒りを伴うとも限らない。
世界に対しても怒りを感じていないが、辛い状況の人は助けたい、って状況もあると思う。
日蓮は弱者へのいたわりと社会への怒りは、おなじ思想の両側面のようだが、
それはそれで大いにありだと思う。
後者が強すぎるとやや不寛容性があらわれそうだが。
23 :
神も仏も名無しさん:2007/06/24(日) 23:39:37 ID:P4xwEOMa
社会や世界に存在する不正義への怒り、憤りは大事だと思う。
だが、それでも、その公的な憤りが個人的な憎しみに移行するのに、
人間は気づきにくいから、
生まれた「怒り」を最小限に抑え、慈悲を持ちつつ冷静さを保つことはやはり大事だろう。
ティク・ナット・ハン
「平和運動には、怒りや挫折、誤解がつきものです。平和運動に
身を呈している人は、抗議文を書くのはうまいけれど、
ラブレターを書くのはへたみたいです。国会議員や大統領に手紙を
書く時には、すぐにゴミ箱に投げ捨てられるような手紙ではなく、
最後まで読んで見たくなるようなものを書くように努力しなくてはなりません。
大統領も私たちと同じ人間なのです。」
なかなか人間と思いたくないような為政者もいるが、、、、。
24 :
神も仏も名無しさん:2007/06/29(金) 15:42:25 ID:m7OZjKT0
不動明王も閻魔大王も慈悲の怒りだもんな。
>>1 「煩悩即菩提」とも言うがのう。
瞋恚とて、れっきとした煩悩のひとつではないか。
26 :
神も仏も名無しさん:2007/06/30(土) 07:29:40 ID:zhK25lZe
怒る人は多分、怒ったら人が怖がると思ってるんですよ。
全然怖くないし、唇がぷるぷる震えるのを見て笑いそうになるのをこらえるのが苦しいだけです。
怒る人はどこでも有名人。
27 :
神も仏も名無しさん:2007/06/30(土) 08:04:29 ID:kejkl8YX
>>26 あはは。
声だけ大きくして怒鳴っても言ってる内容は同じことのくりかえし
…みたいなおっちゃんもいるよね。
デカい声で言ったら説得力もデカくなると思ってるんだろうか?
28 :
神も仏も名無しさん:2007/06/30(土) 08:43:26 ID:zhK25lZe
小さい声で怒るほうが怖いね
>>25 > 「煩悩即菩提」とも言うがのう。
密教ではね。
法華とか浄土とかには無い概念だから、1には理解出来んと思うぜ?
30 :
1:2007/06/30(土) 21:22:49 ID:Jlr7CY+g
一応、「ダライラマ怒りを癒す」という本を読んでこのスレ立ててみました。
しかしいいことが書いてある。
「いかなる忍耐の行をする時にも人はその行そのもに注意を向けなければならない」
意識的努力が必要、、、、。
31 :
神も仏も名無しさん:2007/07/01(日) 13:02:41 ID:Or7pQRIR
A・スマナサーラの「怒らないこと」という本を読んでこのスレにきました。
これもいいことが書いてありますよ。
32 :
神も仏も名無しさん:2007/07/01(日) 21:03:14 ID:PZrcfeMu
上座部の教えは明解でいいですね。
「おのれの愛しいことを知るものは他のものを害してはならぬ」
「まことに、この世において、怨みに報いるのに怨みをもってすれば、ついに怨みのやむことはない。
堪え忍ぶことによって怨みはやむ。これは永遠の真理である。」
33 :
神も仏も名無しさん:2007/07/01(日) 21:13:36 ID:PZrcfeMu
この間、ルワンダの虐殺の本を読んだのですが、
「どんな理屈をつけても絶対に許せないようなことを赦すことがゆるし」
というセリフがあり、印象的だった。
正当性にこだわっていては、絶対に赦しは実現できない。
だが、一方、赦しは、心に傷を負った他人に強要することはできない事柄であるともいえそう。
自分自身も、人間だから怒りは当然ある。
赦せないと思う事柄もたくさんある。
利他的な感覚からの怒りは、むしろ肯定的だが、それが私的な憎悪と変容することに
人間は無自覚的だ。
怒りがわいたら、常に自分の中にある怒りを自覚(サティ)し、
慈悲の光を当てなければならないと思われる。
それでこそ怒りという泥沼から、蓮の花が咲くと思う。
スマナサーラ氏の本を読んだら、カルマの事が書かれてあった。
ダライ・ラマの本を読んでも、同様だった。
もちろん、どちらも深く読んだわけではないから、文字通りの意味に
単純に解釈することは間違っているかもしれない。
しかし、たとえば、2ちゃんで煽られたり、違う意見に出会ったとしても、
それに対して100%自分の意見が正しいと思っていたとしても、
たとえ、他者弁護のためであっても、
攻撃的な口調でレスを返すくらいなら、黙っているか、せめて相手に対する慈悲を
必須のものとして伴った穏健な反論という姿勢をとるべきではないか。
と、反省させられることしきりだ、、。
>>34 んー、
どうでしょう?
世界に不用な働きは無く、人と分かりあう事は難しいとしたら、
怒りは全て悪と決めつける事も考えもんじゃないかな?
人の在り様は、そんな綺麗事じゃないと思うぞ♪
36 :
神も仏も名無しさん:2007/07/01(日) 22:31:57 ID:PZrcfeMu
いや、怒りを悪とは思っていません。
視点や立ち位置でも違うと思うし、、、。
全体的な視野では怒り含む全てのものは善悪の分別の対象外でしょうが、
人間各自の立ち居地で言えば、やはり手綱をくるべき物ではないでしょうかとは思います。
異物としてではなく、自己成長の種子として。
怒りのポジティブな面を、大雑把に分けると
1、不動明王などの憤怒相は、利他的な慈悲の一側面の象徴
これはまあ、付け加えることもないでしょう。
2、自己の怒りの感情を知らなければ、他者の怒りやその背景にある苦しみを理解することができない。
3、他者の怒りを洞察することにより、自分や他者の背景を知ることができる。気づきの師とすることができる。
4、怒りによって害されることも不用な出来事ではなく苦しみを知ることができる。
だから、自己の怒りも異物視するのではなく、むしろ自覚的になるということが「楽」への道でしょう。
ただ、それに飲まれて抑制を失えば、「三毒」となると思います。
まあ、「毒も不用ではない」といえばそれまででしょうが。
また、くわしくは理屈はわかりませんが、
おのれの悪というか、矮小さの自覚が、ある種の宗教では改心の契機となると思う。
このスレでは、怒りというものが自然のものであり、それそのものが悪という本性をもっているわけではないとか、
人間にとって異物であるわけではないということを前提のうえで、
「それとどのように付き合うか」という意味合いで立てました。
37 :
神も仏も名無しさん:2007/07/01(日) 22:34:55 ID:PZrcfeMu
ちなみに、ティク・ナット・ハンは、
「怒りに対して怒りを抱くと、二重に怒りを抱くことになる」
といっています。
「怒りは排除するものではなく、妹のように、全力で面倒をみるべきもの」と。
ゴミがなければ床を磨くこともない。
怒りがなければ心を磨くこともない。
怒りは菩提心の土壌となるものだと私は思います。
38 :
神も仏も名無しさん:2007/07/02(月) 11:40:07 ID:1HewxLEr
人間は一瞬ごとに死んで
神様から新しく生命を頂いている。
怒っているのは、昔の自分をふたたび製造していることになる。
病気が治らないのもやはり自分が作り続けているのだろう。
39 :
神も仏も名無しさん:2007/07/02(月) 12:52:21 ID:hFHvEeO3
スマナサーラの「怒らないこと」という本、読みました。これは結構面白かったです。
>>39 「怒ったら、まずそれに気づくこと」とか書いてありましたね。
「怒っていて、それに気づいていない」状態がいかに多いか思い起こされた。
さっき、某板でメンヘルの人を煽っている人物を、思いきり感情的に罵倒してしまった。
「これは利他的な怒り」と気取る気もない。
気分が非情に悪い。
慈悲の光を当てることはむずかしい。
しかし、ここで冷静になれなければ、流されてるだけって気がする。
うまく感情をなだめなければ。
42 :
神も仏も名無しさん:2007/07/05(木) 18:27:20 ID:S8EhsSuv
落ち着け。俺。
「息を吸って 自分が怒っていると気づく。
息を吐いて 怒りは不快なものと気づく。
息を吸って 私は静か
息を吐いて 私は自分の怒りの面倒を見る」
43 :
神も仏も名無しさん:2007/07/05(木) 23:38:29 ID:S8EhsSuv
相手の怒りも、さまざまな縁によって生ずるもの。
ならば、なぜ自分は、それに対して怒るのか。
カルマを積むだけなのに。
怒りを考えることも怒りにつながる
意識することでその対象に生命を与えるから
抵抗すればするほどその幻影は強くなる
そしてあなたが怒るのは自我が強いから
言葉で繕っても本当は怒りを正当化しているから
45 :
神も仏も名無しさん:2007/07/06(金) 12:46:22 ID:QR7fbtcS
俺はいままで何人くらい殺してきたんだろうなぁ、、、、。
間接的に。
怒ること、馬鹿ということ、愚か者ということ
相手を否定することは殺すこと
47 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 09:28:19 ID:KAfWboz0
自分の対応次第で、世界が変わる。
48 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 09:29:47 ID:KAfWboz0
他人が貶されているのを見ても寛容になれる。
自分が貶されることに対して寛容になるのはむずかしい。
これは理に合わないことではないか。
49 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 09:34:58 ID:siiZvtle
怒れば怒るほど、怒り癖がつく。
憎めば憎むほど、憎み癖がつく。
慈しめば慈しむほど、慈しみ癖がつく。
許せば許すほど、許し癖がつく。
おお、いいこというね。
「危害に危害をもって報いれば
彼らを護ることも出来ず
私の行いも堕落し
その結果、苦をしのぶ忍耐の心も萎えてしまうだろう」
「仏像・仏塔・正法が誹謗され、破壊されたとしても、
私が怒るのは理に合わぬこと
諸仏などが傷つけられることなどないのだから」
「導師や親族など
親しいものに危害を加えたものに対しても
前述のように、諸縁から生じたものとみなして
怒りを避けるべきである」
行為を認めるのではなく、相手の煩悩もさまざまな縁から生まれたものとして観じる。
すでに日記スレと化している件について
53 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 13:41:56 ID:a/E31vfK
まーいいんでない。
他板でも、トレーニングやチャレンジ系にはよくあるよ。
54 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 14:16:40 ID:mcI4SoeE
怒りが悪なわけありません。
悪い輩に対しては徹底的に怒り反撃することが善です。
いじめを許すのは駄目です。
いじめに対してはこぶしで戦いましょう。
社保庁を許すのは悪になります。
社保庁を怒りましょう。
55 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 14:18:31 ID:mcI4SoeE
しかしなんでもかんでも怒り散らしているのは
感心できませんし血圧にも悪いので自重すべきです。
怒りは適度に発散するのがコツです。
56 :
神も仏も名無しさん:2007/07/07(土) 19:51:31 ID:XDobPzV6
反撃が善のわけないじゃないか。どちらかが止めなければ行き着く所は殺しあいじゃないか。
57 :
神も仏も名無しさん:2007/07/10(火) 22:19:02 ID:mp8/L0g7
怒りにもいい怒りと悪い怒りと2種類あるんではないだろうか。
それは自分の小さなプライドを傷つけられた為の怒りと
社会悪に対する怒りとでは天と地の差があると思う。
一方は利己的な自分中心のものであり一方は他者にに対する思いやりの心からくる
慈愛の心から発する怒り。
58 :
神も仏も名無しさん:2007/07/10(火) 22:20:14 ID:mp8/L0g7
怒りが生じた時そのどちらかを判別する必要があると思う。
59 :
神も仏も名無しさん:2007/07/10(火) 22:23:52 ID:mp8/L0g7
そしていい怒りでもそれを制御し昇華させる必要があると思う。
60 :
神も仏も名無しさん:2007/07/10(火) 22:45:53 ID:T+vwq+5/
禿げ同です。
政治家・役人に対してはもっと怒るべきだろ
62 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 21:40:20 ID:2LzkR2mp
怒った人に対して怒り返す人は、悪をなすことになるのである。
怒った人々に対して
怒らないならば、勝ちがたき戦にも勝つことになるであろう。
怒らないことによって怒りに打ち勝て。
善いことによって悪いことに打ち勝て。
わかち合うことによって物惜しみに打ち勝て。
真実によって虚言に打ち勝て。
63 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 21:42:23 ID:2LzkR2mp
言葉で過ちを犯さないように、まもりり落ち着けよ。
言葉について、慎んでおれ。
言葉による悪いおこないを捨てて、言葉によって善行をおこなえ
怨みは怨みによっては決して静まらないであろう。
怨みの状態は、怨みのないことによって静まるであろう。
怨みにつれて次々と現れることは、
ためにならぬということが認められる。
それゆえにことわりを知る人は、
怨みを作らない。
64 :
人:2007/07/14(土) 21:50:38 ID:J57khTXs
が「仕事」をする。
その際に全く不要な感情は「いかり」ですが、
どうやら、われわれクロマニヨン人の脳幹や古い脳に
「爬虫類の時の攻撃性」がいまだに残ってるのです。
全くやっかいでして…
「能率が下がる」「ミスが多くなる」「人間関係が悪化」する。
などなど「いかり」の感情は良いところが一つもないと思ってます。
難儀なことです。
65 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 21:51:42 ID:kqUQyIlr
66 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 21:54:23 ID:kqUQyIlr
気づいたらカッとなる性格をどうにかしたい。
どういう心がけや修行をすれば変えられますか?
67 :
人:2007/07/14(土) 22:03:36 ID:J57khTXs
「仕事に没頭」して「仕事と自分が一つな境地」へ自身を導く。
その基本が「整理、整頓、清掃、清潔、躾け」です。
さらに「なぜなのか」を何度も問う。
「ムダ(仕事にまったく不要)」と「むだ(付加価値のない行為)」をなくす。
「カイゼン生活」「ムリとムダとムラのない行為」
などなどは
「爬虫類な感情(生産性ゼロ)」とは無縁です。
よって「カイゼン」を調べてみてくだい。
68 :
63:2007/07/14(土) 22:12:55 ID:2LzkR2mp
>>65 岩波から出てる「ブッダの真理の言葉 感興の言葉」
からの引用です。「ダライ・ラマ怒りを癒す」という本も参考になります。
>>67 サティ、と似てますね。
たしかに妄想が怒りを膨らます以上、「目の前のこと」に没頭することが
心を綺麗にしそうな、、。
69 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 22:16:02 ID:38JsXG8m
堪忍袋が破れたら、又 縫って 破れたら 又 縫え・・って
そして、怒りが抑えられたら それだけで大物になれるって
怒る事の多いでき事がやたらと多い人は、神様が鍛えようとして下さっている
人らしい。大物にして成長させてやろうとしている人らしい。
怒りが抑えられて 我と執着が取れたら 随分と魂が上がるって・・
>>66 怒らないようにする、それだけです
「怒っている自分は理解力も客観力も合理性もない、最低で無知な人間だ」
と心から受け止めているならば、怒れなくなります。
もし怒りが生まれたら「あ、これは怒りだ、怒りの感情だ」とすぐ自分を観察してください。
そうすると怒りは生まれたその瞬間で消えてしまうはずです。
-Aスマナサーラ「怒らないこと」からの抜粋ですた
71 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 22:39:33 ID:kqUQyIlr
非常に為になりました。
ありがとう。
72 :
神も仏も名無しさん:2007/07/14(土) 22:47:23 ID:y4TB9vQ2
「人はあらかじめ善悪の判断の中にあるのではなく、心の本体は無善無悪。
その混沌からほとばしるものこそが真の善である。」王陽明
要するに、私欲や雑念とは関係なく怒りの感情が興るのなら、それは正当な怒りなのだと思う。
優しさも心から発するものであるならば、怒りもまた心から発する。
「人を容易に許せないときには、いつもこう考えてみよう。
全ての人間が無情であることは、結局我々自身にとって得なことかどうか、と」
「誰かが怒るとする。それに対して君は親切を持って挑戦するがよい。」
岩波文庫
「怒りについて 他一編」セネカ著
>>69 ダライ・ラマは、自分を怒らせる人を「忍耐行の教師」とみなすようにと。
シャーンテディーヴァ
「それゆえ、手に入れようという努力もしないのに、
自宅に宝が湧き出たように
敵を自分の菩提行の見方として好むべきである」
同じ思想ですね。
>>72 「人は悪意を抱かなくても、相手に怒ることができる。こうした怒りならば、たとえ生じても
完全なhatred(憎悪)にまで成長することはない」
こうした怒りならポジティブなのでしょうね。
「怒ってしまった自分を嫌悪する」ということがあるんですが、
>>72氏のいっているように、怒りもまた心から発するものであり、
「無始の過去より存在している」自然現象でもあるのでしょう。
煩悩のすす払いである忍耐行は、
「即座のさとり(頓悟)」ではなく、「徐々なるさとり(漸悟)」
に部類されるようです。
それゆえ、「心の内なる訓練は、時間のかかるプロセス」であり、
「即座に結果が出ることを期待すること自体、忍耐ができていないしるし」
「時には(怒りに)負けることも覚悟」が必要だそうです。
一生かかるつもりでやります。
77 :
神も仏も名無しさん:2007/07/17(火) 09:30:01 ID:muQgza1b
怒りたけった人は、善いことでも悪いことだと言い立てるが、後に怒りが収まったときには、火に触れたように苦しむ
他人が怒ったのを知って、それについて自ら静かにしているならば、自分をも他人をも大きな危険から守ることになる。
私達は自分の言葉には責任を持たねばならない。感情は何かの結果ではなく、
何かの原因なのである。しかるに、自分の感情には責任を感じる必要がある。
感情のままにすべきではなくコントロールするのが当たり前であり、正しい
生き方である。今ある現状は過去の意識が結果として表れているということである。
結局のところ、私達の意識が未来を決めているのである。
だから同一人物の日記やめろって
自分がそのとき感じ入った言葉が相手にも共感されると思うな
自分で気に入った言葉貼り付けたいならブログでも作って勝手にやってくれ
80 :
神も仏も名無しさん:2007/07/20(金) 21:58:50 ID:QKUDbJl1
見たくなけりゃみなけりゃいいんじゃね?切れる理由にもなってないぞ、それ。
見たくなけりゃ見なけりゃいいって神業じゃね?
だったらコテつけてくれ
つか
>>1から断定的だよなスレ主って・・・
擁護してるのは信者か?
話し合いが成立しなけりゃスレじゃなくてただの日記帳だろ?
それこそチラシの裏にry
まーたこの流れが続くようなら消えるわ。
不用意に他者の言葉引用してるだけの盗人レス見ても腹立つだけなんで。
82 :
神も仏も名無しさん:2007/07/21(土) 10:56:55 ID:csB5Bi1/
何に切れてるのかわからん・・・
80しかスレ進んでないのに信者も何もないだろ。考え過ぎじゃないの。
83 :
神も仏も名無しさん:2007/07/21(土) 11:10:17 ID:csB5Bi1/
仏教なんてほとんど言葉の引用と学びの歴史だと思うが・・・。
えー、1ですが。
なんか日記みたいになってしまってすみません。
先人の言葉で自分がいいなと思ったのを、
書き込み少ないんで景気づけとアゲを兼ねて書き込んでたんですが、
確かに他人に共感してもらえるとは限らないですよね。
逆に他の人が書き込みづらかったかも。
というわけで、書き込みは控えます(ネタもきれてた)。
すみませんでしたm(__)m
あら?私は好感があったので時々見にきていました。乱入したい時もあったけど、このまま続けて欲しかったから読み流してたのに。
86 :
神も仏も名無しさん:2007/07/26(木) 18:32:33 ID:eP0ouq5m
怒りってより、イラっとくる時の処理がむずかしい
イラッとくることあるねー
88 :
神も仏も名無しさん:2007/08/03(金) 22:57:09 ID:UpQvcSom
ピース!
うん、ムッカァーッて爆発する時あるね
後で後悔するんだけど、自己嫌悪
90 :
神も仏も名無しさん:2007/08/05(日) 00:12:58 ID:wUC1MR69
怒ってる時は、不悪口戒もなにもかも、「ちょっと横に置いといて」って感じだね。
92 :
神も仏も名無しさん:2007/08/07(火) 08:05:32 ID:z+hIkQ1a
ムカッとくるのは仕方がない。
ただ、それをもちつづけないのが大事なんだと思う。ムカっと来たからやり返す、じゃなくて、ムカっときたけど、ま、いいか。みたいな。
93 :
神も仏も名無しさん:2007/08/09(木) 18:28:43 ID:emw5JAmO
最近ムカッとくるとそのまま怒鳴りまで持ってっちゃう
それでいて卒論のテーマは禅学
我ながら馬鹿過ぎて笑っちゃうよ
94 :
神も仏も名無しさん:2007/08/09(木) 21:31:14 ID:wq1vjwby
笑える自分がいるならオッケーでは、、、。
怒っても、ひきずらないならカラッとしたもんです。
自分もムカつくことは多いです。でも自分を責めることはないとおもい、
数回深呼吸してます。信号待ちとか利用して。
禅学卒論頑張ってください。
95 :
神も仏も名無しさん:2007/08/11(土) 23:27:52 ID:+0iMKot8
怒った奴は負け犬で動物ですw
怒りの扱い方は人それぞれだと思うけど、
「怒り」それ自体は赤ん坊から大人までずっと変わらない気がする
怒っちゃいけないと思うと余計腹立ってくる
怒っていいさーと思うと治まりが良くなる
怒る前に相手の立場を思いやると、怒りが収まる。
だけど、怒ってるときほど、相手の立場を思いやろうとかいう意識が飛ぶことはない。
99 :
神も仏も名無しさん:2007/08/16(木) 08:51:21 ID:7NjP0031
怒りとの付き合いは子育てと同じだ!毎日が闘いだ。
とおもうようにしてます。
100 :
神も仏も名無しさん:2007/08/16(木) 09:01:21 ID:bAQs/jg2
不動明王怒ってるで
101 :
バンナ:2007/08/16(木) 09:55:50 ID:nOpuFudZ
何だかバカな事を言っていますね。WWWWW東洋の童貞カルトを信じてはいけません唯一清い真の宗教エホバ神にすがりましょう!貴方達みたいなゴミですけど救ってくれます!エホバ最高。昔からあります。古代からあります。てすてすてす
102 :
神も仏も名無しさん:2007/08/26(日) 01:45:53 ID:5W/gvEms
怒りと悲しみはイコールかな?
103 :
神も仏も名無しさん:2007/08/26(日) 01:55:12 ID:pMU2yzWL
恐さと怒りと悲しみは近いよね。
安心感があれば、どれも沸いてこないだろうし。
104 :
神も仏も名無しさん:2007/08/26(日) 01:56:18 ID:pMU2yzWL
逆にいえば、怒ったり悲しんだりしたら、客観的に、ああ、いま余裕がないんだ、と自覚するといいかも知れない
情けは人の為ならず、って言うじゃない。
てことは怒りは自分に戻って来るのかな…、形を変えてサ。
近頃そんなのを実感し始めた。
怒っても、怒った自分と、その相手を慈悲の目で見れば、自分が成長する機会になる、、。
107 :
神も仏も名無しさん:2007/08/30(木) 08:23:35 ID:g7gKwmlX
>>105 私も似たようなことを思う。自分に返ってきたり、悪い結果がでたり。怒らず冷静な対処ができるようになりたいと思う一方で、
怒りって欲(我欲・煩悩)が満たされないから起こるのだとも思う。
正当性を振りかざした怒りもしかり。正当なことなら怒る必要がない。こうあって欲しいという願望を通そうとする我欲に基づいていると思う。
諸行無情はどんな気持ちで過ごすのがいいのだろう?
余談だけどダンマのためだろうか?
108 :
神も仏も名無しさん:2007/08/30(木) 22:07:30 ID:bLecuOE6
>正当性を振りかざした怒りもしかり。正当なことなら怒る必要がない。こうあって欲しいという願望を通そうとする我欲に基づいていると思う。
勉強になるなぁ、、、。
109 :
神も仏も名無しさん:2007/09/01(土) 20:17:48 ID:b+b2Vb8z
無暗に発散するのではなく、それを越えられたら人間として成長できると思う。
110 :
神も仏も名無しさん:2007/09/02(日) 10:25:44 ID:/eTr+u9l
抑圧と手放しの違いがよくわからない
111 :
神も仏も名無しさん:2007/09/03(月) 22:15:03 ID:YO9PuKqS
いままで、ネットで多くの人とぶつかってきた。
なぜ、相手を、弱さを持った人間と見ることができなかったのか。
一見ただの煽りに見えた人も、
暮らしに落ち込んで、悲しんでいた人かもしれない。
人間に不信感を抱いた、苦しんでいた人かもしれない。
普段は人一倍やさしいだけに、イライラして書き込んだ人かもしれない。
なぜその人たちを、くだらない正当性にこだわって裁こうなどとしたのか。
相手のこともよく知らず、汚い言葉をぶつけた自分には、
もうめったなことで怒る権利はない。
112 :
神も仏も名無しさん:2007/09/03(月) 22:16:36 ID:YO9PuKqS
無防備に痛みを受け入れよう、、、、仕方がないことだ。
113 :
神も仏も名無しさん:2007/09/09(日) 00:03:29 ID:iL3CTn+n
決めた。宣言
今から、「腹を立てないことと、謙虚な姿勢を保つ」で生きていきます。
以上
114 :
神も仏も名無しさん:2007/09/15(土) 21:35:56 ID:mbzZVcO5
応援age
115 :
神も仏も名無しさん:2007/09/20(木) 09:25:36 ID:YR4F5Y7N
だいたいのことは理由が分かると怒りがなくなる。ふざけたことを
するやつがいても、なぜそうするのかが分かればだいたいの場合
怒る必要性がなくなる。
>>115 理由が解って尚、怒るべき事もあるぜ?
山口母子殺害事件なんかの犯人には怒るべきだろう?
無差別の慈愛は神の視点でしか有り得んと思うぜ?
117 :
神も仏も名無しさん:2007/09/20(木) 12:42:59 ID:YR4F5Y7N
>>116 あなたは犯人のことをどれだけ知っているのか?スポンサーの言い
なりで何でも歪めて伝えるマスコミが伝えた情報と最初から悪く
疑って都合の悪いことは何も言わない警察発表以上のことを知って
いるのか?
>>117 君はアレか?(笑
其処まで判ってて、その先を推測しようとはしないのだな?(笑
そんな思考停止な奴に、誰が何を教えてくれるんだ?(笑
119 :
神も仏も名無しさん:2007/09/26(水) 12:41:43 ID:036o+Gu4
>>118 ?
お前、もしや日本語わからないのか?
120 :
神も仏も名無しさん:2007/09/26(水) 12:50:43 ID:QCK3/t+m
三回カツ上げされてるのに四回目でキレなかったら、
そいつ永遠に調子のるよ
>>1 たしかに故・景山民夫さんなどは、それが全くできておりませんでした。
彼の講談社における醜態には眼を覆いたくなるものがありましたね。
122 :
神も仏も名無しさん:2007/09/26(水) 19:58:31 ID:036o+Gu4
>>120 怒る必要はない。いや、なるべくなら怒らない方が良い。怒ると
的が外れる。落ち着いてターゲットをスコープで狙い、引き金を
引くべきだ。
123 :
神も仏も名無しさん:2007/10/02(火) 18:10:45 ID:xq0aQBar
124 :
神も仏も名無しさん:2007/10/02(火) 19:22:06 ID:MsuKu6es
125 :
神も仏も名無しさん:2007/10/10(水) 00:25:05 ID:0GuvWnLG
怒りを制するには、自己の非を認めることじゃないかな?
怒りは悲しみにつながり
憎しみからは何も生まれない
それを癒すのは「愛」(慈愛)のみ
他を赦すことにより己も自由になる
127 :
神も仏も名無しさん:2007/10/13(土) 21:00:03 ID:gTOPWrmn
怒りを制するには、、、そうだな、
相手に期待しないことだな。
自分の価値観なんかを押し付けるから軋轢が起きる。
猿には猿の世界観があるんだよ。
(これは猿を馬鹿にしているわけでは決してない。全く違う価値観で
生きている者がいるということの比喩で。実際、他者を理解できる
なんて俺は不可能なんじゃないかと考えているが。)
偉そうに世界(他者含む)を変えようなどと思わないことだ。
自然現象を変えようとはしないだろう。
雨が降って、せっかくのデートが台無しになっても、空や雲に(本気で)
怒る奴はいない。
以上、自戒をこめて。
このスレでもキレてる奴発見。
129 :
神も仏も名無しさん:2007/10/20(土) 15:25:40 ID:c6fdfSvE
>>127 期待しないこと、というの理想を高く持たないことと同じだな。
人と争わないようにすることも大切だろうな。
131 :
神も仏も名無しさん:2007/10/27(土) 22:15:24 ID:Z49WEvZv
そうだな。受け入れるのは大切だ。
しかしそう考えると大半の宗教は駄目だな。だって他の宗教受け入れないんだもの。
違う宗教どころかちょっと宗派が違うだけで駄目って事もあるし。教祖の言ってる事の
真逆をするのが正しいことで、そうしないと地獄へ落ちると信じて疑わない。右の頬を
叩かれたら100万倍の力で殴り返す。
132 :
神も仏も名無しさん:2007/10/28(日) 00:33:43 ID:zweaGP5Z
受け入れるってのは、別に他人と同化しろ、っていうんじゃなくて、違ったまま多様性を認めるってことだ。
性根の腐った豚どもは八つ裂きにして地獄に落としてやる。
確かに俺が気に食わないと、むやみやたらに怒りちらしてるような
バカだったら、悟ることなんてなかったわな。
我慢に我慢を重ねた挙げ句に破滅してナンボだ、貴様ら。
落合、貴様、三連敗したらどうなるか分かってんだろうな?
137 :
南無大師遍照金剛:2007/10/28(日) 09:22:08 ID:X0SbGe0x
雪印乳業の怨みをはらしてやる。
あ、あと拓銀とね。アメ公は皆殺しにしてやる(エッヘッヘ
140 :
神も仏も名無しさん:2007/10/28(日) 22:59:05 ID:+6gscMzz
141 :
神も仏も名無しさん:2007/10/29(月) 21:40:23 ID:/un20a+J
142 :
N:2007/11/04(日) 17:42:34 ID:qfLt9HI6
怒りを制するのも怒りだったりして、
そういうのは、ただのプンプン♪
っていうんだよ。
さとうたまお、さんに聞いてきなさい
143 :
神も仏も名無しさん:2007/11/04(日) 18:02:07 ID:6fxKXLCO
冷笑は怒りによく似ている
>>1 「忍辱の鎧」もしっかりと身に付けておかないといけないんだけど、
「ストレッサーの嵐」を上手く回避する術も心得ないと悟れないようで。
145 :
神も仏も名無しさん:2007/11/04(日) 18:17:23 ID:SQa+Vm7Y
ゴルゴ13の話が出たが凡人がゴルゴの上っ面を真似たところでゴルゴにはなれないわけで(成りたくないが)
仏教徒ならゴルゴと言う現象が成立するその本質について思いを巡らせるべきではないか
146 :
神も仏も名無しさん:2007/11/05(月) 12:55:01 ID:sVHMgOi+
仏教徒なら、な。
147 :
南無大師遍照金剛:2007/11/05(月) 14:34:41 ID:yBtWXK6z
怒りの元をかわす事も大切(°∀°)
148 :
神も仏も名無しさん:2007/11/06(火) 08:34:49 ID:18FCg3oE
>>142 こだわりを捨てようというこだわり。
欲を捨てようという欲。
そして怒りを制しようとする怒り。
全然止まりませんな。w
単純に言えることは
「怒り」は低いレベルの感情だと。
動物がグワーッてすぐなる所から見るとそうだな、と思う。
受けても発しても嬉しくない → 幸せから遠くなる。
150 :
神も仏も名無しさん:2007/11/07(水) 16:12:46 ID:WVe2f4yP
>>149 自然に備わっている身を守るための機能と言えるのではないか?
>>150 スレタイから言って
人間の感情を論じるならば、て意味なのだ。
だって怒りはコントロールできるはずだものね。
152 :
神も仏も名無しさん:2007/11/08(木) 17:33:10 ID:x+TOgvMD
>>151 コントロールか。一番良いのはコントロールの必要のない状態、
つまり怒りが元から起きない状態だとは思うけどな。起きた後に
コントロールっていっても暴れ馬を停めるのと大差なくてそう簡単
には行かないんじゃない? 封じ込める事が出来たとしてもそれは
怒りがなくなったわけじゃないからストレス溜まって他の所が
おかしくなりそうだしなあ。
いや、たとえば、小さい時はすぐ泣いたり怒ったりするでしょ。
少し大人になれば理性でコントロールできるようになる。
その許容範囲が問題。 ん〜…、つまりできるできないは別として
怒りが出すエネルギーがその人にとってストレス解消になるか、
辛うじて回避して、満足できる感情が保てるか、だな。難しいけどね。
仏教は、コントロールするために行うものでしょう。
155 :
神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 17:22:14 ID:vvI3SxAK
>>150 怒りが身を守るための機能?
たしかにそうもいえるけど、、、
うーん、もうひとつピンとこないな。(自然には備わっているが。)
149でだいたい合ってると思うけどね。
怒りは恐怖心が形を変えたもの。
防衛機能のなかでは最もレベルの低いもので、実用的とはいいがたい。
156 :
リン:2007/11/11(日) 18:44:30 ID:y19umRzS
@さんは 宗教信仰者ですか? 確かに 人間 誰しも 腹も立てたく無い、怒りたくも無い。忍耐 忍辱行 そうかも知れません。自分は 瀬戸内寂聴さんが大好きで 全ての本も読みつくした人間で 仏教や宗教 寺 お経等々 大好きです。心の支え 癒し 人生のバイブル 道しるべです。
157 :
リン:2007/11/11(日) 18:49:50 ID:y19umRzS
Aしかし 忍耐 忍辱にも限度があるのではないか?と多々感じる毎日です! それは 創価学会員 創価学会組織員逹の 不当な 理不尽な 非常識な言動 行動 思想 人間性 人格等々。日本中 世界中 創価学会員逹 創価学会組織に対して 不快感 嫌悪感 を抱き 被害を受けている被害者が
158 :
リン:2007/11/11(日) 18:53:11 ID:y19umRzS
Bかなり多く増加傾向で 迷惑 不愉快な思いをしてます。 創価学会員逹は組織的に 仲間でつるみ 全ての悪事 悪徳行為 犯罪 迷惑行為 不愉快な行為 等々 正当化して 創価学会員逹組織員以外は 全て敵視 敵対心で 攻撃や誹謗中傷やいじめ等々してますよね?
159 :
リン:2007/11/11(日) 19:06:35 ID:y19umRzS
C他宗教団体・他宗教者・他宗教信仰者、信者や信徒 神社仏閣 寺 教会等々に参拝 散策 法事や法要参座者 座禅会 説法会参座者 等々を 全て 邪教扱いで 敵視 敵対心で ターゲットにして 組織的に創価学会員逹仲間で いじめや集団ストーカー等々してますよね!
160 :
リン:2007/11/11(日) 19:16:25 ID:y19umRzS
D入会経験も無い者 脱会者 無関係な 理由も関わりも無い 一般人を 勝手 一方的にターゲットにして 様々 ありとあらゆる 多種多様な 嫌がらせ 監視 尾行 等々の集団ストーカー スパイ工作活動 いじめ等々して
161 :
リン:2007/11/11(日) 19:19:05 ID:y19umRzS
E不愉快な 迷惑行為 犯罪 不当な理不尽な スパイ工作活動 集団ストーカー等々のいじめをしてますよね! 日本中 世界中に被害者がかなり多く増加傾向で 創価学会員逹組織員に対して 不快感 嫌悪感を抱いている 被害者がかなり多く増加傾向。大きな社会問題になっています!
162 :
リン:2007/11/11(日) 19:25:59 ID:y19umRzS
Fそんな 不当 理不尽に 一般人に対して 犯罪 迷惑行為 不愉快な スパイ工作活動 集団ストーカー等々 いじめ等々 行う 創価学会員逹 創価学会組織員に対して それでも 忍耐 忍辱行と 感じますか? おっしゃいますか? 怒りも腹も立つのも 当然の感情ではありませんか?
163 :
神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 08:23:46 ID:PI1jk3wV
>>155 確かに実用的とは思えないが、己の生命を守るための基本機能として
組み込まれていることは確かなように思える。だからこそ扱いが難しい。
正義の怒りならば有ったほうがいい。
さりながら、それをコントロールしながら表現できるしたたかさも欲しい。
怒りを超えるしたたかさが。
165 :
神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 19:04:51 ID:PI1jk3wV
うーん。正義ねえ・・・。
166 :
リン:2007/11/12(月) 19:26:08 ID:pRIV7+B0
怒りを超える したたかさ とは どのようなものですか? 心をどのように修め 不当な理不尽な(創価学会員逹組織員)言動 行動等々に対して どのように対処・説得等々する事 手立て と お考えですか? 怒りを超えるしたたかさとは どのような事とお考えですか?
167 :
リン:2007/11/12(月) 19:30:37 ID:pRIV7+B0
レス違いかも知れませんが 創価学会員逹組織員だけは 表沙汰にされない 内密 秘密裏で優遇されている 公明党=創価学会員・創価学会組織員だけの 在日だけの 特に創価学会員 創価学会組織員優遇制度の在日特権 不当支給の生活保護支給が
168 :
リン:2007/11/12(月) 19:34:52 ID:pRIV7+B0
在日の人逹 特に 在日朝鮮人 在日韓国人が多い創価学会員 創価学会組織員逹の為の 在日特権での沢山の優遇 支給 減免 免除等々の在日特権制度 そして 公明党を通し 推薦 許可 話しを通すだけで 公明党の名前を出して 無条件に支給される
169 :
リン:2007/11/12(月) 19:38:33 ID:pRIV7+B0
公明党を通し 創価学会員 創価学会組織員だけの 無条件に支給される 不当な生活保護制度。表沙汰にはされず内密 秘密裏で優遇 支給されている制度があるから 働かなくても充分生活できる仕組みがあるから 歪んだ自意識過剰 慢心 見下げる 傲慢さ
170 :
リン:2007/11/12(月) 19:42:11 ID:pRIV7+B0
反省 懺悔も出来ない 自意識過剰 慢心 傲慢さ 犯罪 不愉快 迷惑行為 集団ストーカー スパイ工作活動 いじめ等々を正当化して 創価学会員以外の一般人を全て敵視 敵にして
171 :
リン:2007/11/12(月) 19:45:34 ID:pRIV7+B0
何の理由 関わりも無い 一般人を全て敵視 敵にして 不当 理不尽な 嫌がらせ 監視 干渉 尾行 個人情報調査、漏洩 報連相 仄めかし等々 ありとあらゆる 多種多様 様々な 犯罪 不愉快 迷惑行為
172 :
リン:2007/11/12(月) 19:50:43 ID:pRIV7+B0
集団ストーカー いじめ スパイ工作活動等々行い 日本中 世界中 ネットワーク 連絡網で繋ぎ 一般人の全ての言動 行動を報連相。 日本中 世界中に 創価学会員逹 創価学会組織員の被害者がかなり多く 増加中で 大きな社会問題になっている!
173 :
リン:2007/11/12(月) 19:57:49 ID:pRIV7+B0
在日の人逹 特に 公明党 創価学会員逹 創価学会組織員限定・優遇の 支給 減免 免除等々の在日特権制度+創価学会員 創価学会組織員限定の無条件の不当な生活保護支給制度! →創価学会員逹 組織員逹の 反省懺悔も出来ない 慢心 傲慢さ
174 :
リン:2007/11/12(月) 20:03:55 ID:pRIV7+B0
自意識過剰 悪事 悪徳行為の正当化と歪んだ大勝利と 歪んだ思想 人間性 人格等々 が 加速 増加する 原因の一つ。 受けたくても 支給されず 苦しみ 悲しみ やるせない心 むなしく 苦労する 生活困窮者も沢山いる。 おにぎりが食べたい と餓死した人もいる。
175 :
リン:2007/11/12(月) 20:14:30 ID:pRIV7+B0
不当な 不公平 何故に 在日だけ? 何故に 公明党 特に 創価学会員逹 だけに 優遇 支給 減免 免除等々の 在日特権+ 生活保護支給! 何故に? 創価学会員逹 組織員逹だけに?→傲慢さ 自意識過剰 慢心の 歪んだ 創価学会員逹の人間性 人格の増加 加速。増上慢の固まり。
176 :
神も仏も名無しさん:2007/11/13(火) 08:19:35 ID:ZGoxi9DS
>>166-
>>175 必要以上のその手の話題は、スレ違いなので、そちらで議論して下さい。
177 :
神も仏も名無しさん:2007/11/13(火) 09:06:23 ID:8Z51xFf/
178 :
VOID:2007/11/14(水) 21:11:24 ID:rs+p8Jxr
怒りは「思考の具現化の一部」である。
怒りを抑制したところで、悟ることはできない。
感情の奥に何があるか。
思考の奥に何があるか。
それを見なければならない。
179 :
神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 22:59:51 ID:s8MO7dwQ
>>175 怒ってる内に、だんだん学会員に似てきたよ?
これが、怒りのマイナス点じゃないかな。
180 :
神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 23:06:06 ID:87d0iTU7
>>178 たしかに。怒りを押し込めるのは意味がない。怒ったままだし。
>>166 >怒りを超える したたかさ とは どのようなものですか?
「怒りの感情の向かう方向を逸らすことによって自分の魂を傷つけないようにする工夫」と言い換えてもいいし、
「怒りをセーブしながら遠まわしに自己表現する技能」だとも言い表すことができるかと思います。
たとえば川柳のような。
怒りは昇華して別のエネルギーに変換してしまうとよい。
183 :
リン:2007/11/15(木) 07:44:13 ID:1pRhmPTn
>>181さん 成る程! 冷静に 遠回しに 悟らせる 言葉 も 一つの解決方法かな? しかし 腹を割り 素直に 正直に認めない 人格の 嘘八百の創価学会員逹だから 無駄な努力に終わる! 神様仏様に 創価学会員逹の改心を願う事も悟りかもな! 悟りって なんやろう?
川口喜三郎さんの喜念カードを差し上げます。
〜アセンションへの扉〜地球が癒される〜
以前は1万円で販売されていた!?そうですが、 現在は非売品です。
川口喜三郎さんは、 個人の病気その他の問題を解決するだけでなく、
戦争、地震、水害、干ばつ、寒波、台風、 地球温暖化、様々な人的・物的もしくは
自然災害から 『地球』を守る事を目的として全国で講演活動をされています。
http://www.eonet.ne.jp/~hk0810/kiraku/present.htm ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<<捏造されたデマのジュセリーノ予言情報の見分け方>>
「ジュセリーノ予言」といっても全体で9万件以上あって、99%は未公開です。
一般公開されているのは1%にもみたず、 そのうちネットで流れてる
情報の大半は嘘の予言も珍しくありません。 下記は嘘のジュセリーノ予言の
見抜き方ですので、これにそって 予言を照らし合わせると本物を見極める
目を養うことができます。 お試しあれ。
●特別な?塩やお札を高額で販売し、災難が防げると安心させる。
●予言の原文が無い。 ソースが無い。 サイト管理者が匿名である。
●第三者がこういってました口調で書かれている。
●アセンション、フォトンベルトなど関係ないカルト用語が含まれている。
●人工地震という言葉をよく口にする。
●マクモなんとかってデブのインチキ予言と関連づけしたがる。
●予言をネタに関係ないセミナーへの引き込みがある。
●災害がくるから、海外へ分散投資せよと、投資先を紹介される。
●お金を預けると、毎月高利回りの配当があるといわれる。
●円天と手法が良く似ている。
>>156 1ですが、私見を。
怒りというのは、突き詰めれば「自分は正しい、相手は悪だ」
という考えが基調になっているのではないでしょうか。
人間はさまざまな価値観を持っており、どうしても相容れない他者の行為や思想が
ある。だから、自然な感情、当然な感情とも言えるでしょう。
ですが、これが度が過ぎれば、仏教の空性や縁の思想から照らしてみても、やはり危険なのでは。
なぜなら、「(正しいと思っている)我というのは幻想だ」というのが仏教思想だし、
全てが縁から成り立っている以上、憎むべき「100パーの悪人」もいない。
ただ因と縁から生じた「現象」があるだけ。
相手も自分も煩悩に翻弄されている衆生の一人として見ることが、自分の「悟り」のためにも大事ではないでしょうか。
ただいっぽうで、明らかに好ましくない行為と言うものはあるもので
(あなたが書いたS学会の行為)、それについては、全体幸福主義的な立場から、
あくまで「慈悲」をもって対処する。
批判したり正したりすることが必要な時も当然あるでしょうが、それも、
憎しみではなく慈悲の精神の比重を多くとるのが、多くの伝統宗教の基本精神ではないでしょうか。
「まことに、この世において、怨みに報いるのに怨みをもってすれば、ついに怨みのやむことはない」
というのが、釈迦の言葉ですから、、。
また、話は変わりますが、
大乗仏教における明王部の怒りの形相はなんだ、あれは怒ってるじゃないか、という意見がありますが、
あれは、怒りを向けた相手に対して憎しみではなく、煩悩にとらわれた相手を救おうという
「慈悲の成分100%」の「必死」の形相なのでは。
外面では怒っていても、内面は慈悲に満ちている父親の表情。
これを、われわれが他者に対して怒り憎む感情と同一視することは出来ないのでは。
不動明王の降魔の剣は、「煩悩(怒り、貪り、愚痴の三毒)」を断ち切り、衆生を救い出すためのもの。
だから、われわれが日々の生活において他者に抱く悪感情とは、全く別種のものだと思いますが、どうでしょう、、、。
まあ、創○の人だって、彼らに言わせれば「我々は慈悲の精神から折伏してるんだ」
ということになるでしょうが、
聖○新聞とか見ると、「地獄に落ちろ」とか書いてあるから、
あまり慈悲は感じません、、、。
怒りをもって他人を正す、という行為は、自分が独善に陥りがちになる。
慈悲を持っているつもりでもいつしか憎しみにとって変わられる
ミイラ取りがミイラになる可能性がある行為であり、不動明王のような完全な象徴的存在であるならばともかく、
私たちのような衆生はあくまで怒りとは距離をおいた方がいいのでは、と思います。
188 :
神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 08:41:34 ID:phye8t+H
抜くと危ない伝家の宝刀ですな。
189 :
神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 20:45:35 ID:DswBbub4
碇谷長介
ブーメラン効果からいくと発したものは戻って来る。
当人間だけでなく、負のエネルギーとしてこの世に存在する事になる。
怒りから憎しみになるとより危険じゃない?
だからお釈迦様は
>「まことに、この世において、怨みに報いるのに怨みをもってすれば、
>ついに怨みのやむことはない」(
>>185)
to 諭されたのだと思うyo
191 :
神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 22:19:12 ID:DswBbub4
>>190 いや、別にそんなブーメランだのエネルギーだのが全くなくても危険だと思うが。
194 :
神も仏も名無しさん:2007/11/24(土) 18:55:40 ID:ZgoCdA6h
怒りを持ったままだと冷静さが失われ判断力が低下し真実がほとんど見えなくなる。
正に無明。
怒ってみせることはたまには必要かもしれないが
「怒り」に捉われると自分を正当化するばかり。
落ち着いた後その愚かさや惨めさだけが残って後悔ばかりだよ。
俺って
>>194 と同じこと言ってると思う。
196 :
神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 10:25:00 ID:WVH4vxOh
怒りの背景には必ず恐怖がある
197 :
神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 14:03:30 ID:Qmm1/vij
>>196 そうだね。あるね。恐怖というか不安というか。
198 :
神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 22:19:55 ID:SgKQf/SF
怒りの背景に、こうであるべきだ
というのもあるね
199 :
神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 14:46:06 ID:raJLd2AT
あー。こだわりね。あるね。
200 :
(^ω^):2007/11/28(水) 23:20:04 ID:oU37zraF
(^ω^)200だをぉ〜ん♪
201 :
神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 23:54:35 ID:MpL5MFG2
後期密教はグヒヤサマージャに始まりカーラチャクラに極まる。
いずれも本尊はアクショーブヤを本地とするイダムだ。
大日如来に代わって諸仏の中尊の位置についたアクショーブヤは不瞋恚の義を体現する仏である。
202 :
神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 17:25:17 ID:9QKxQMZv
シラネーヨ
203 :
神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 10:50:12 ID:TP9zPBbk
余裕が無い時はイライラする、、、、。
逆にいえば、イライラしている人は余裕が無い人なんだから、
慈悲の目で見る視点も必要かな、、、。
この世の中で悪人と呼ばれる人たちも、さまざまな「縁」によって
「悪人」という現象になった。
「縁」や「空性」を悟る為にも、自分に害をなす相手を実体のある悪人として
憎むのではなく、さまざまな縁によってたまたま悪をなす存在となった
憐れむべき存在としてみる視点も必要なはず。
なかなかできないけどね、、、。
どうしても自分に危害を加えられたら、かっとなる。
204 :
神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 10:52:11 ID:TP9zPBbk
つまり、空性の理解を深めれば、怒りや憎しみはおのずと不合理な感情であることに気づく。
世の中は無常。実体のある「悪人」はいない。
とか、理屈じゃ思うんだけどね、、。
205 :
神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 10:55:53 ID:TP9zPBbk
「悪人」は、我執によって悪をなす。
だから、その「悪人」に対して憎しみを感じるということは、同じ我執レベルで
怒るということ。
だが、平然と受け流すのではなく、怒るなら明王のように慈悲の観点から怒りたい。
世の中の苦しみに対する悲しみ。これを放っておけないという怒り。
これが明王の怒りだと
勝手に解釈している。
207 :
神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:39:43 ID:PSIA6WOZ
>>203 危害を加えられないように防衛することは必要だと思いますよ。
まあでも、台風のようなものと考えて良いと思います。つまり、
人間には想像することすら難しいあらゆる因果の絡み合いによって
発生し、実体はなく、そして最後には跡形もなく消えます。
実は固定的な物体が台風なのではなくて、物体を動かすエネルギーに
付けられた名前が台風です。空気や水がエネルギーによって特定の
動きをさせられているだけで、台風の中の空気も外の空気も自分の
吸ってる目の前の空気も全て同じ空気です。よって台風の中にある
空気を失わせる事が出来たとしても全く意味がありません。
208 :
聖なる者(主イエス様):2007/12/05(水) 18:45:56 ID:19aiSAkO
悪人は居るだろ。(笑
>>208 自殺したら何にもならん。 すべてがご破算。
211 :
聖なる者(主イエス様):2007/12/05(水) 19:22:39 ID:19aiSAkO
『私は、本当は、生の中で一体何を求めているのだろうか?』
それに対する答えがもしも出た場合は、私には次の問いが出てくる。
『なぜ、私はそれを求めるのか?。
それを求める事が、なぜ必要なのか?』
そして、ここで、私は逆の方向から考える。
『もしも、私がそれを求めなかったら、どうなるだろうか?』
その答えは、『つまらなくなり、生きてゆく気がしない』
・・・・・・・・・
では、結局のところ、私を含むすべての生き物の活動とは、
「空腹という不幸」が生まれる事をまずその根底のルールにしており、
それを回避しようとして、生き物はつき動かされてゆく。
人が幸福を追求するその動機も、たったひとつしかない。
それは「なんらかの不幸や不足を感じている」という事だ。
そうでなければ、幸福など求める理由がないからだ。
しかし、では、そもそもなぜ我々は不幸を感じるのか?。
それは、ずっとじっとしたままで動かないと、空腹による苦を感じたり、
心理的に落ち着かない状態に定期的になるように「何者かに設計された」からだ。
すなわち、宇宙の万物を動かし続けるために、生物たちが不幸と幸福を延々と繰り返し、
ぐるぐると『常に動き続けるような設計』を誰かがしたのだ。
では、なぜ、我々生物はそのような設計をされたのか?。
それは、もしも宇宙がその「動き」を止めたら、万物が消失するからである。
ならば、問うが、そもそも、この宇宙とは、なくてはいけないものなのか?
答え・・・「最初から存在などしなくても、誰も困らない」。
212 :
聖なる者(主イエス様):2007/12/05(水) 20:17:44 ID:19aiSAkO
これは、たとえば、ひとつの企業が、「本当に我が社は社会に必要なのか」という、
その根底の存在意義を問うことも全くせず、ただ単なる惰性と、倒産しないために、
必死に生き延びようとするのと全く同じ動機である。
宇宙もまた、明確な理由や目的によって存在しているのではなく、
ただ、自分が消えまいとして生き延びようとしているだけである。
そして、そのための「使い捨て燃料」が我々・・・すなわち全生物である。
宇宙は生まれた時から絶対の虚無という闇を敵視し、
自分が無に消え去る事を恐怖している。
それ故に、全生物は、常に飢えて苦しみ悶え、幸福を求めてはウロウロと動き続け、
その結果として、宇宙の存続に貢献する燃料・肥料・活動を生み出す役目を背負って、
永久に生き続ける事になっている。
すなわち、我々は「幸福になるため」に生きているのではなく、
ただ「生き続けるため」だけに、『幸福という名の自殺防止薬』を探させられているにすぎないのだ。
こんな宇宙には、私は2度と存在したくない・・・・。
http://www.mumyouan.com/e/eo-i.html ↑
悟り(絶対幸福)を手に入れてから自殺した人のホームページ
自分の周りはすべて役者だというのに気付いて生きるのが楽になった。
自分を怒らせる人、傷つける人。
様々なタイプと関わらないと成長しない。
ああ、ありがたや、ありがたや
214 :
神も仏も名無しさん:2007/12/14(金) 18:16:20 ID:x7v5vL39
怒りって何なんだろう。
最終的には血圧の上昇などによるこの体への違和感と人に対する嫌悪感という
思考のリンクによって感じるのだろうけど、なぜそれを不快なものと感じてい
ることが出来るのだろう。
不安・幸福・肉体的苦痛・快楽、どれにでもいえることだけど私にとってはこ
の世で一番不思議に思えることだ。
215 :
神も仏も名無しさん:2008/01/23(水) 21:22:51 ID:8yexLOTq
age
216 :
神も仏も名無しさん:2008/01/31(木) 02:14:24 ID:MIkPk9Wm
>>214 元々は自分の命を守るための原始的なものだったんだろう。というのは
動物も怒るからね。で、動物がどういう時に怒るのかというと、縄張りに
入り込んだ場合だ。縄張りというのは自分の領域だ。拡張された自分の
体の一部と感じている領域だ。その領域は要するに自分の家の敷地の
ようなもので、動物の場合はそこで餌を捕って生活している。だから
その領域が踏み荒されたり奪われたりすると餌が捕れなくなるので命に
かかわる。それで怒って威嚇して追い出そうとする。この性質が人間に
そのまま受け継がれている。(但し物理的な領域だけでなく思想にまで
拡張された形で。物理的なものは人間の場合はとても範囲が広くて、
国土だ。国土が他国に侵略されると怒って追い出そうとする)。
つまり、怒りというのは「自分」と思い込んでいる領域が侵略された
と感じた時に起こるということだ。悟った人に怒りが起こらないのは
この「自分」が幻想で、本当は存在しないものだと分かっているから
だろう。逆に、怒りっぽい人というのが居るが、そういう人は「自分」
が拡張され過ぎている人ではないかと思える。本当は「自分」ではない
ものが傷つけられているのに「自分」が傷つけられたのと同等に感じる
ということだ (たとえば特定の芸能人をけなすと怒るとか、特定の
コンピュータのOSをけなすと怒るとか、特定の宗教やその教祖を
けなすと怒るとか、そういうのはそこまで「自分」が拡張されている
ということだろう)。だがそれが幻想であることは特に修行をしなくても
誰にでも明らかだろう。物理的に切り離されていて明らかに「自分」
ではないからだ。そこには精神的な継りしかない。
217 :
神も仏も名無しさん:2008/01/31(木) 17:02:05 ID:AtNfmOi+
>>216 すごく勉強になったよ。
論理的で読みやすかった。有難う。
218 :
214:2008/01/31(木) 18:16:44 ID:kta9Zn/A
>>216 答えを求めたわけじゃなかったけど。
不思議といったのは怒りが起きる原因じゃないんだ。
怒りという感覚に対する不愉快さそのもののこと。
もしこれに答えがあるとしても多分自分で感じるしかないん
じゃないかと思う。
でも答えてくれたありがとう。
>216
俺も参考になった、ありがとう。
俺も!ありがとう!
怒りって男の暴力と思っていたが、
意外に女のエゴも絡んでいるんだな。
222 :
神も仏も名無しさん:2008/02/08(金) 15:59:21 ID:9o8+lSRM
>>221 性別の違いは表現の違いぐらいしかないんじゃないかな。どちらに
しても自分(というか自分と認識するもの)に被害が及んだという
認識になれば怒りには繋がると思います。
で、この性質を利用すると自分は何処までを自分と認識しているの
かを確認することが出来ます。一番分かりやすいのが自分の体ですが、
その他、自分の所有物、あるいは所有物と信じているもの、自分の
命を保たせる源と信じているものなどが傷つけられると怒りに繋がる
と思います。(たとえば買って来た弁当(これは所有物であり命を
保たせる源)が他人に食われてしまうと怒る。但し金持ちで弁当
なら幾らでもすぐに手に入る場合は怒りは小さいか全く起こらない)。
223 :
brown:2008/02/09(土) 17:23:45 ID:ZzHNEGZw
怒りを制することは難しい
苛立ちを制することはより難しい
満ち足りている者に怒りや苛立ちはないが,
満ち足りていることは難しい
問題を抱え,忙しく,責任ある者が
苛立ちを免れることは極めて難しい
小人が怒らないで居ることは容易いが,
大人が苛立たないで居ることは難しい
彼には,なすべきことと,なすべきことについての
責任感があるからである
なぜ,怒りや苛立ちが生じるのか?
それは,無力感によって生じるのである
彼には,なすべきことをなすことができない,
苛立ちがあるからである
224 :
神も仏も名無しさん:2008/02/09(土) 18:56:08 ID:gl6JWPKM
こうでなければならない、という思い込みやこだわりが強ければ強いほど
怒りは起き易いかも知れませんね。しなやかさや柔軟性というのは大切
だと思います。
225 :
神も仏も名無しさん:2008/02/09(土) 19:06:00 ID:DNvIkW4T
怒りの原因がどうであろうと、結局怒りそのものは体への反応。
怒りを感じたときにすぐにそれを客観的に据えて見みれれば、
それ以上怒りを大きくすることなく沈静化できる。
私はいつもそうしています。
奴隷商人に怒るのもいけませんか?
派遣会社の社長を殴りたい気分になったのですが
227 :
神も仏も名無しさん:2008/02/10(日) 17:40:12 ID:LJg/3umV
>>226 怒ることそのものは良いも悪いもないと思いますよ。ただ多くの場合、怒ると問題解決
からは遠ざかると思います。というのは怒っている最中は頭がまともに働かず、判断力が
低下したり視野が狭くなったりするからです。おそらく怒りにパワーを使ってしまって他の
ことに回せる力が足りなくなるためだと思いますが、実際に怒ってばかりで全然働かない
人とか、居ませんか? それは知らず知らずの内にそういう状態にハマってしまった人だと
思います。全然働かない(但しこの場合の働きは一般に言う他人のための労働だけでは
なく、自分自身のためにも働かないということ)ので問題は解決することがなく、怒らなけ
ればならない状態が続いてしまうという、正に地獄に落ちたかのような状態です。
パワハラなんかでいじめられても、怒らないでいられるテクニックとかある?
いつも身を切られるもんで、なんとかしたいです。
229 :
神も仏も名無しさん:2008/02/19(火) 02:39:18 ID:NU3jPfvJ
>>228 嫌なことを避けないようにする、という方法があります。一見矛盾する方法ですけどね。
嫌なこと避けたいことに頭から突っ込むんです。
さて、ここは宗教板なので宗教っぽい概念を使って説明しましょう。あなたに嫌なことを
する存在というのは何が狙いかというと、あなたが嫌な思いをさせることが狙いです。
まあ、悪魔のようなものだと思ってください。実際にはそういう生き物が居るわけじゃ
ないんですが、そんな働きをする何かが居ると想定してください(想定すると考える時に
楽なんです)。
で、その悪魔ですが、人が嫌がることをして、人が嫌がれば嫌がるほど喜びます。w
悪魔ですからね。人の嫌な思いがエネルギーで、それを食って大きくなります。
そしてもっともっと嫌がることをします。とても楽しそうに。w
こういう存在と戦って勝つ必要があるわけですが、ではどうしたら良いのかというと、
何があっても嫌がらなければ良いんです。但し、悪魔は精神的な存在ですから、
表向き嫌でないふりをするというのは効果がありません。表向きは嫌なふりを
してても構わないから内面では嫌がらないことが必要です。というか、表向きは
どうでも良いんです。心の中で嫌がりさえしなければ悪魔は何れ消えます。
エネルギーを取れなくなるからです。
実際にはこの悪魔というのはあなたの心の中の一部です。一部の動きがそうなって
いると思ってください。地球の天候と同じです。高気圧あり低気圧あり、そしてたまに
一部が台風になって荒らしまくったりするんです。そういったエネルギーの流れの
一部なので、放っておいても何れ必ず消えます。ただ効率よく消したいなら余計な
エネルギーを与えないようにする必要があるということです。
230 :
神も仏も名無しさん:2008/02/19(火) 02:40:53 ID:NU3jPfvJ
訂正
> あなたが嫌な思いをさせることが狙いです。
↓
> あなたに嫌な思いをさせることが狙いです。
>>212 >宇宙もまた、明確な理由や目的によって存在しているのではなく、
>ただ、自分が消えまいとして生き延びようとしているだけである。
>そして、そのための「使い捨て燃料」が我々・・・すなわち全生物である。
>幸福を求めてはウロウロと動き続け、
>その結果として、宇宙の存続に貢献する燃料・肥料・活動を生み出す役目を背負って、
>永久に生き続ける事になっている。
>すなわち、我々は「幸福になるため」に生きているのではなく、
>ただ「生き続けるため」だけに、『幸福という名の自殺防止薬』を探させられているにすぎないのだ。
何という不毛な思想。
でも自分も一度は同じ考えをめぐらせたことがあったのだ。
しかし、もしそうなら幸福についてくるあの温かい安心感はどこから来るのか。
そう思った時、宇宙は我々人間の測り知れない叡智か何かによって動かされているに
違いない、と思った。人間の理屈で宇宙の存在意義が解明できる訳がないよ。
この次元空間に生きているのは事実だし、悲しいことや怒ること本当に多いけど
嬉しいことや満たされることもあるじゃない。それを感じることを探す方がうんといいよ。
212が示してるホームページを見てみたけどね。
何だろう。あの冷たさ。虚無感。無力感。
一言で言うならプラスの「愛」が全く感じられない。
この世に生まれたのが闇を知るだけの為?みたいな説だ。
感情はどうなってんだ、と言いたくなった。
あれはマイナスの「愛」とでもゆうんだろうか。
三次元空間の現象と感情の片面しか見てないよな、片面だけだ。
果たしてそれでいいかどうか、ダ。
俺はまっぴらだ。
両方経験できる世界に生まれたんだから両方知る方が、所謂「幸せ」だね。
片面だけ極めたんでは足りないよ。
233 :
神も仏も名無しさん:2008/03/08(土) 19:45:17 ID:tLKlY7dt
brown所長お元気ですか?
ホームページは未だあるんでしょうか?
PCが壊れたどりつけません、教えていただけませんか?
パワハラされるなら
おんあろりきゃそわか
まず神様仏様に心を癒やしてもらう
天照皇大神宮
縁をどんどん清めてもらう
少なくとも頻度が減ってくれるといいね
235 :
神も仏も名無しさん:2008/03/17(月) 22:30:34 ID:2IFVXZ35
怒りってあくまで二次的な感情じゃないのかな?
わたしは悲しいとき、悲しみの昇華の為に怒るような気がする。
悲しみを一人で抱えきれないとき、誰かが慰めてくれたら、
思いきり泣くことができたら、怒りなんて消えてしまう。
わたしは女なので、怒りの衝動が生来少ないのかもしれないけど。
他人の怒りには不条理を感じることがままある。
他人の悲しみや、喜びは自分のことのように染みるのに。
236 :
神も仏も名無しさん:2008/03/18(火) 02:07:04 ID:eorozp0U
魂のレベルが上がるほど感情の波が揺れなくなります。
動物に近いほど感情に振り回され、自分の行動のコントロールができません。
怒りを鎮めるのは最初の1歩です。最後ではありません。
ただしものすごく大事なことには、釈迦もキリストも怒っています。
ぜんぜん怒らない、なにしても怒らないのは悟りと違うとおもいます。
車の運転でイライライライラするのはだめだよ
性格的な怒りがだめなのであーる
238 :
神も仏も名無しさん:2008/03/18(火) 02:59:36 ID:mCWyTvcE
何に依存しているかによって怒りの度合いが変わるような気がするんだけど、
どうだろうか? 怒りっぽい人に依存していると同じように怒りっぽくなる。なんで
かというと、同じことで怒っていることが依存している相手に知られれば気に
入って貰えてもっと依存出来るようになるからだ。(怒りだけでなく、好みや
価値観が同一になると言った方が良いかな。怒りはそれのうちの一つだ)。
とするとそういった依存関係がなくなれば好みや価値観も変化して、同じ
怒るにしてもその強さや内容が変わるのではないか?
239 :
神も仏も名無しさん:2008/03/20(木) 00:39:39 ID:CUs2UXVy
240 :
神も仏も名無しさん:2008/03/20(木) 18:27:54 ID:3fKZ6PSf
>>229 私は、228さんじゃないので、横レスになりますが。
いい話をありがとう。
前半の部分は、怒りと向き合う姿勢がとれて、凄く役立ちそうだよ。
でも、自分の怒りと格闘はしたくない。
>心の中で嫌がりさえしなければ悪魔は何れ消えます。
>エネルギーを取れなくなるからです。
でも、心は毒を食らったようにのたうち回り、あえぎ苦しむ。
どうやったら、この毒のような気分をやりすごせるのだろう?
>実際にはこの悪魔というのはあなたの心の中の一部です。
>一部の動きがそうなっていると思ってください。
>そういったエネルギーの流れの一部なので、放っておいても何れ必ず消えます。
いずれ消えるというのは、そうでしょうね。
でも、怒りの当事者になっているときは、怒っていながら、怒りに気づかずに荒れた
行動してるんですよね。
放っておくしかないのでしょうか?
241 :
神も仏も名無しさん:2008/03/20(木) 23:09:58 ID:Hs5swXDb
>>240 苦しみから逃れようとしなければ良いのではないでしょうか。
>>240 その苦しみも自分で決めたプログラムだと思えば
もっと良いのではないでしょうか。
243 :
神も仏も名無しさん:2008/03/21(金) 19:47:49 ID:Meya+J1A
>>235 >怒りってあくまで二次的な感情じゃないのかな?
>わたしは悲しいとき、悲しみの昇華の為に怒るような気がする。
私は、それ40才過ぎてから気づいたおじさんです。
気づいたといっても、やはり女性から教えてもらったのですけどね。
他の男の人は?って顔してて、意味が解らなかったみたい。
仰るように、いきなり怒りの感情が湧くのではなく、そのまえに悲しみがありますね。
つまり、こういう具合に変化する
↓
普通の気分 → 悲しい(萎縮的気分) → 怒り(攻撃的気分)
しかし、実際は、いきなり怒りが起こったように感じる。
その間の「悲しい(萎縮的気分)」は、ほんの一瞬。
仏教では刹那の間というのかな?
>他人の怒りには不条理を感じることがままある。
>他人の悲しみや、喜びは自分のことのように染みるのに。
怒るような人は、見たくもないということでしょうか?
私事ですが、カミさんや娘は、私が怒ってしまうとまず2日は、無視されます。
悲しい気持ちのときに、なんとかしなくてはならないのでしょうね?
♪分かっちゃいるけど、止められねぇ♪
♪アコリャ♪
♪スーイスーイスーダララッタ♪
♪スラスラスイスイスイ〜♪
♪〜θ(^0^ )
245 :
神も仏も名無しさん:2008/03/22(土) 04:45:14 ID:NttU5A08
人間だもの
まぁ単純にムダに疲れるからなあんまり怒らん方が経済的
献金・財務・お布施・お供えをしないからって怒るこたぁないだろうにね、各宗教の幹部さん。
だって、たかが宗教のためにお金(それも法外な金額)を出すなんて、もったいないからしたくないんだもん。
また、教祖や先生、あるいは自民党や公明党、もしくは天皇あたりをけなしたぐらいで怒ってるようでは悟りは永久に開けることはおまへんで。
248 :
神も仏も名無しさん:2008/03/23(日) 14:55:05 ID:4QiKhI/H
>>235,
>>243からの引用になるが
>>怒りってあくまで二次的な感情じゃないのかな?
>>わたしは悲しいとき、悲しみの昇華の為に怒るような気がする。
>つまり、こういう具合に変化する
↓
> 普通の気分 → 悲しい(萎縮的気分) → 怒り(攻撃的気分)
『怒り』の前の『悲しみ』のときにどうにかするってのも難しいね。
なにせ、「刹那の間」に怒っちゃうわけだから。
じゃ、悲しみにならないように、いつも平静な気分でいられるように
心がけるとか。あるいは、しかたなく悲しくなったときには、怒る前に
「今悲しんでいる」って気持ちに気づくとか、そういう過程に気づけば
いいのかな?
249 :
神も仏も名無しさん:2008/03/23(日) 16:45:00 ID:AHHhG1zj
怒りは不信感が強くなってくると起こりやすくなると思う。
あらゆる物事を悪く解釈する率が高まるから。
悪く解釈するというのは自分を脅かすものであるという解釈ね。
それで、防衛本能のスイッチが ON になって攻撃を始める。これが怒り。
怒り
なまじ、いろいろな知識・教養を持っていると
かえって怒りやすくなったりしない?
「こいつ何言ってんの?」みたいに、他人が
無知を無知と思わずに平気で自慢してたり、
自分に向かってその無知を吐いてきたり・・・
相手にしたくないけど、その無知が見えてしまう
だけに相手を批判し返すことによって、正したく
なるとか・・・
252 :
神も仏も名無しさん:2008/03/28(金) 02:22:32 ID:y/whEfAR
>>251 それは知識はなければいけないものだという考えや価値観を
持つ人が実際に知識を持った場合に限られるのではないか?
253 :
神も仏も名無しさん:2008/03/28(金) 22:43:14 ID:cf8uZ3WK
今まで嫉妬に狂って、怒りどころか、殺意さえ抱いていたんだが、
ついさっき、急に気が変わって、嫉妬心がなくなった。
嫉妬に狂っていたときは、気分が悪くて辛かったんだが。
何が幸いして、嫉妬を忘れることができたのか、よく解らない。
とにかく苦しみ、何とかしたいとあれこれ勉強もしたし、嫉妬からは何も生まれないと
何度も言い聞かせたり、感情コントロールのための内観みたいなものとか、自立訓練
みたいなものとか、いろいろやっても、ますます、イラ立ちは募るばかりだった。
(片思いの)女性ばかりでなく、その女性が好きな相手にまでムカつき、もう自分でも手
がつけられないほどの怒りと嫉妬だった。
ストーカーとか、そういう行為はぜんぜんしてなくて、ごく普通に仕事の上でで接してい
たんだけど・・・やはり、辛かった。
嫉妬狂いから、突然に解放されたのは、相手への恋心が冷めたこと。
その娘は素晴らしいいと、そのまま感じていながら、気持ちが惹かれることはなくなり、
他の事が考えられるようになった。
もっとほかの素晴らしいことに気が向くようになった。
いままでの嫉妬狂いは何だったんだろう?
なぜ、突然に忘れることができたのだろう?
自分の感じでは、自分の努力で忘れることができたというより、体の自然な働きのよう
な感じがした。「もうこれ以上、嫉妬に狂うと精神が壊れる」と、脳が判断して、サーモ
スタットがスイッチを切るように、プッツンと何かが切れて終わってしまったようだ。
いままで名無しで書き込んできたものですが、皆さんには「ありがとう」といいたい。
また、なぜ、急に私の怒りが収まって、他の事をやる気になったのか、何が功を奏したのか?
判然としないのだが、ご意見をいただければ、うれしいのですが・・。
感情は心の海に起こる波のようなものだから、相手にしないことが一番、と本に書いてあった。
波は、良いも悪いもない自然現象だから、相手にしないことで去るし、また起こることもある。
宗教的に言えば、「縁」によって生じるものだから、また「縁」によって、
消えた感情もふたたび起こるかもしれない。
特に、自分に余裕がないとき、不安なときは、怒りの感情が起こりやすい。
乗り越え、許したつもりの数年前のことで腹が立ったりする。
そういう時は、感情はやがてまた去っていく
無常のものであると思って、取り合わないことにより、
急速に力を失っていく。
と思う。
>>253 心が楽になるような外的な状況の変化はなかったのですか?
内面に気づかないうちに怒りが消える条件がそろったのかもしれない。
私見ですが、いずれにせよ、感情の生じるのも失せるのも、
偶発的な「縁」によるものだと思うので、過大視することもないのかもしれない。
また、「縁(不安や恐怖など)」がそろえば、同じ感情が湧きあがるかもしれないし。
でも、感情が、永遠普遍のものではなく、縁によって生滅するもの、
無常な、寄る辺ないものだと思ったら、執着しないですみそうですね。
金や、社会的ステータスと同じように。
俺も、怒りは、毎日でてきますが、それに執着しないように心掛けています。
出てきても、消えても、両方執着しないように、中道にも執着しないように、
と心掛けてます。
祓いても 祓いても なお掛かりくる 群雲は
見送りゆかば 消え去りなむ
要は飽きたのね。
258 :
253:2008/03/29(土) 09:19:24 ID:uALyEOA0
>>255,
>>255 レスありがとうございます。
昨夜は突然、心が楽になっていました。
その後、一晩寝た後も、すっきりしています。
まだ少し引っかかる思いはあるけど、未練や思慕ではなくて、
嫉妬の期間が長かったことによる残滓のようなものがありますが、
今から、始めたいことに、自然に気持ちが向かっていくのを感じられるので
自分でもうれしい。
>心が楽になるような外的な状況の変化は?
特になかったです。
昨日、昼間は、来年度からの仕事の打ち合わせをその人としていたんですけどね。
雑談の中で相変わらず、彼女は好きな男性のことを話題にするわけですよ。
「もう、ホントに殺すぞ!!」と何度も心でつぶやいていたのに。
その後、職場を離れ、夜一人で食事していると、なぜかおいしくたくさん食べた。
「あー終わったなぁ」って感じがしてきたんですよ。
もう嫉妬して2年になるなーなんて思いながら、嫉妬疲れか何か解りませんがね。
259 :
253:2008/03/29(土) 09:29:29 ID:uALyEOA0
>でも、感情が、永遠普遍のものではなく、縁によって生滅するもの、
>無常な、寄る辺ないものだと思ったら、執着しないですみそうですね。
その人のことが好きになったのも縁だし、親しく話せる間になったのも、
そのついでに、その人の内面(ある男性が好きだという旨)を聞かされたのも、
また彼女の性格から、その気持ちは変わらないということも確信したのも。
でも、一緒に仕事しなきゃならないし・・・
まっ、感情も永遠ではないですね。
でも、自分の感情は意志でコントロールできないつらさはあります。
執着しないようにって、思っても執着しちゃうし・・。
とにかくありがとうございました。
真摯に考えてくださって。
今回の苦難を整理して今後に備えたいとも思っています。
260 :
253:2008/03/29(土) 09:35:18 ID:uALyEOA0
>>256 いい歌ですね。
いまはそれを口にできそう。
気分いいです。
>>257 >要は飽きたのね。
↑
笑ってしまいました。
確かに、そういう面も感じます。
彼女とは、これからも距離的には近いところにいるので、微妙な付き合いになりますが。
もう目の前にいても、ほかの女性と同じような心境で付き合えると思います。
そして、彼女の欠点も客観的に見えてきたので、嫌悪感を抱かないように注意しなければ。
とても貴重な経験って感じですね。
今後、有効に活かす事ができるような気がする。
ただ、ゴエンカさんのヴィパッサナー瞑想の本に書いてあったけど、
感情は不変のものではないから、「嫌な感情が消えた状態」にこだわることもないようです。
(こだわってないと思いますが)これもまたいづれ変化する無常なもの、と。
嫌な感情も、いい感情も、ただの波、やがて過ぎ去るとおもえば、
もし再び嫌な感情が湧いてきても(今回の件とは別に)慌てることはないとのこと。
先回りして自分の考えを言ってすみません。
(当てはまらない点も多かったと思います)
でも、感情の流れについて、勉強になりました。
262 :
253:2008/03/30(日) 09:14:24 ID:N9j9dxbB
>>261 >とても貴重な経験って感じですね。
>今後、有効に活かす事ができるような気がする。
ありがとう。
私にとっては貴重でした。
今回の私の嫉妬感は、私は何も失うこともなく終わりました。
横恋慕を押して、彼女に思いのたけを打ち明けても、ダメだと感じて
いたので、悶々と2年が過ぎました。
こんな無駄な時間すごさず、打ち明けるという行動に出ればいいじゃ
ないかと思われるかもしれませんが、焦りから行なうことはたいてい
ダメだし、仕事上も同じフロアで、同じ部門ですしね。
>感情は不変のものではないから、「嫌な感情が消えた状態」にこだわることもないようです。
>(こだわってないと思いますが)これもまたいづれ変化する無常なもの、と。
そうですね。感情は、変わるものですよね。
私は長いこと、何かの感情を抑えようとして、抵抗して格闘して、返って長引かせたような。
>もし再び嫌な感情が湧いてきても(今回の件とは別に)慌てることはないとのこと。
う〜ん。これからのことにかんしては、少し不安だなぁ。
嫌な感情に対して『ただの波、やがて過ぎ去ると思い』そういう感じがもてるかどうか?
(続く)↓
263 :
神も仏も名無しさん:2008/03/30(日) 09:29:46 ID:N9j9dxbB
さて、嫉妬という感情の虜から少し自由になれて、つくづく思うことは・・
私はヴィパッサナーは、2chのスレッドとHPを覗いただけで、あまり詳しく名ありません。
興味ああったのですけどね。
以前には、感情にとらわれずいきていきたいという気持ちから、内観とか、フォーカシングとか
アバターとか、ヨーガとか、瞑想とか、いろんなワークに参加してきましたが、これといった
方法は得ることができませんでした。
そのほか、心理的な自己分析すると自分は少し身勝手で、人間としては未熟な部分もあるこ
とも解っています。
こうした勉強は、嫉妬に陥る前に済ませていました。それなのに・・・
>でも、感情の流れについて、勉強になりました。
こちらこそ、話を聞いてくださってありがとうございました。
こうやって、聞いてくれる人に対して書き書きしていると、いろんな意味でまとまり感もでてきて、
うれしかったです。
怒りとは違うが、以前上野の駅の地下に入りすぎたとき、
頭上にビルがあるんだ、と思ったら、ものすごい恐怖に襲われた。
で、とっさに思ったのが「あわてたらだめだ、このベンチ(腰掛けていた)に
座ったまま、絶対に動かない」と思った。
しばらくしたら、恐怖がスーッと消えていった。
そのときは森田療法をやっていたから、感情を消そうと「はからい」をすると、
よけい感情が拡大する。「感情の相手をしない」ことで、感情が去っていく」
という概念を教えられていたので、偶然ながら「ああ、これのことか」と思った。
だけど、怒りや不満、悲しみの場合は、日常的なものだけにむずかしいね。
森田療法の本を読むと、それもできるんだが。
へー。頭上にビルか。そんなこと考えたこともなかったなあ。w
まあ確かにあるにはあるが、ぶっとい柱を何本も地中深くまで
打ち込んで作ってあって、地下の部分は地上部分の建物の
一部だから全く問題ないよ。周りの土を掘り下げて出入り口
作ってそこを新たな一階にするなんてことも出来るわけだし。w
(逆にビルの回りに土を盛って一階を地下一階にすることもできる)。
ま、こんなこたどうでも良い話だな。
266 :
神も仏も名無しさん:2008/03/30(日) 16:17:09 ID:BeH1KXS5
ま、しかし、感情が自分なのではないということだな。
感情は自分の中で発生する波のようなものだ。
ただし、うっかりすると感情が自分を乗っ取ってあたかも感情が
自分そのものであるかのように錯覚してしまうことがある。
こういうのを避けて通り過ぎるのを待った方が良いということだろう。
感情だけでなく思考でも同じだけどね。通常の状態で雑念で溢れて
いるわけだが、これも放っておくと消える。否定したりして相手にすると
それが拡大する。Hなことを考えちゃいけないいけないと押し込めようと
すると気づいた時にはものすごくHな人になっていると。w
(にもかかわらず自分では押し込めたつもりになっているので自分の
本当の状態を把握できなくなる。人に対して「マナーが悪い」と言って
怒り出すような人は何故かマナーが悪いのは多分このためだw)。
267 :
brown:2008/03/30(日) 16:41:38 ID:n0GWA3rc
268 :
brown:2008/03/30(日) 16:48:24 ID:n0GWA3rc
怒りや苛立ちを制するコツは,他人を尊重することにある。
個人が,個として本当に存在すると知れば,
他人を尊重することができる。
この理解を徹底していくと,全ての怒りと苛立ちは
数刹那のうちに氷解する。
この理解のコツは,具体的に考察することである。
どのような怒りであれ,その源を見ることである。
その源には,自己が要求するのとは異なる,
他の個がそこにある。
その要求原理は,全く自己に依存しない。
全ての物事の他律性を理解すれば,
完全な合理性のもとに,怒りという煩悩は,
目覚めた日常の世界で,普通に,根元から断ち切られる。
269 :
brown:2008/03/30(日) 16:56:39 ID:n0GWA3rc
そのとき,社会的責任感ある大人にとって,
十分にそれと調和した安静がある。
彼にとって,怒りや苛立ちの源は,およそ無限というくらいに,
数多く存在し,それは取り除くことのできない障害として
続いていくが,もはやそれは取り除く必要すらなくなってしまう。
感情の動揺の根が断ち切られたので,心に定着せず,
それは浮動して揺らめくが,それはむしろ,
なすべき責務を遂行する,向上心,精進,闘争心,気力
として活用される。
270 :
神も仏も名無しさん:2008/03/31(月) 12:05:19 ID:H4sxAvck
>>268 他人を尊重すると共に、自分を尊重することも大切だ。
怒りはいけない!
に囚われていますね。
ただ、怒らなければいいだけ。
ノ
('д`)
( (ゝ
<ω\
272 :
神も仏も名無しさん:2008/03/31(月) 15:29:14 ID:H4sxAvck
>>271 もちろんその通り。
しかし私はまだまだ己を知らぬので怒りが起きてしまうのです。
怒りが起こってカッときたらスイッチをパチッとOFFに。
あとは無理して口笛でも吹くこった。
274 :
brown:2008/03/31(月) 22:30:27 ID:C0FN5EDz
>>270 そのとおりです。
自己を尊重する者は,他者を尊重する。
他者を尊重する者は,自己を尊重する。
彼らは,全てを尊重し,怒りといらだちは悉く消滅する。
理解が平和をもたらしたからである。
275 :
神も仏も名無しさん:2008/03/31(月) 23:45:05 ID:QCi27PK0
brown所長ありがとうございます。
276 :
神も仏も名無しさん:2008/04/01(火) 11:57:12 ID:UY6jKeTh
怒りの原因を見極めることが、怒りを制する一歩だと思います。
怒る必要はそもそもなく、怒りは不毛な破壊衝動ですから。
怒りの他に選択肢は必ずあります。
原因を簡潔に見極めて、よりよい結果を導き出すことを目的とすべき。
自分にも対象にも有意義な結果は、決して怒りではないはず。
277 :
神も仏も名無しさん:2008/04/03(木) 23:48:26 ID:7xvHFaMj
手放すって難しい。
自分の嫌なものだけを手放すことはできない。
何かに執着し、こだわるから嫌な感情も湧く。
嫌な感情だけを放したいけどこだわりはなかなか放せない。
278 :
神も仏も名無しさん:2008/04/04(金) 00:12:02 ID:hqlDcUlf
>>277 瞑想でもやってみれば? 但し、すぐに効果の出るものではないので
焦らないこと。雑念はいくら起こっても良い。起こるに任せてただ
放っておく。
279 :
神も仏も名無しさん:2008/04/04(金) 00:21:41 ID:VYwov5eO
自己管理というとネガティブに響くかもしれない。
けれども逆に、自分という領域は果てしなく自由であり、
すべて意識的に選択できると考えると
こんなに素晴らしいことはないと気付く。
醜い自分を滅することで、何かつらいことがあるだろうか?
自己実現は、思いの外容易く得ることができる。
他人を怒り、憎み、妬み、貶めても、自分を苦しめるのみ。
自分の皮膚を境界として表裏一体、自分の主観が世界を作っています。
すなわち世界のすべては自分そのものであるということ。
世界は鏡です。
醜い世界を見るのは醜い己です。
プラグマティックにいえばそうだけど、幼少期からひどい目にあって
心的外傷を負った人なんかもいるから、他者には慈悲の視点が必要。
281 :
神も仏も名無しさん:2008/04/04(金) 03:16:28 ID:mcpyG+op
醜いかどうかを決めているのは自分ということも忘れずに。
醜いか美しいか、そんな基準は心の中にしかないのです。
>>1 > 怒りを制するには「忍耐」が必要だという。
> これは単なる「心がけ」では挫折してしまうきつい修行だ。
忍耐は怒りを溜め込み圧縮する、その圧縮から爆発が起こる。だから忍耐は怒りに対して
無効であるどころか、さらに怒りによって起こる弊害を大きくさせてしまう。
283 :
神も仏も名無しさん:2008/04/04(金) 07:40:57 ID:VYwov5eO
醜いではなく、負の結果をもたらす感情と言い替えてはどうか。
生産性のない感情。
破壊や傷付けることを目的とし、生むものは更なる悪意のみ。
負の連鎖を断ち切る者こそ悟りの境地と言える。
幸せや楽を目指すなら必要がない感情。
合理的に生きるだけで己も世も救われる。
あとは自分を操るのみ。
284 :
神も仏も名無しさん:2008/04/04(金) 08:42:14 ID:hqlDcUlf
うっかりやってしまいそうになることは、怒りによって怒りを封じ
込めようとしてしまうことだ。怒りの感情は確かに負の結果に繋がり
易くこれは毒のようなものだ。しかしだからと言ってこれを嫌って
封じ込めようとすることは毒を増し加える事にしかならない。
毒を以て毒を制する事は可能だが制した後に残るものは以前よりも
強い毒だ。暴力によって暴力をなくす事は可能だが最後に残るのは
最も暴力的な支配者だろう。街の不良をヤクザを使って一掃する
事に意味があるだろうか? ライオンに虎を追い払わせて何か意味が
あるだろうか? 安易な上辺だけの解決は問題をより一層深刻化させる。
嫌韓、嫌中派みてるとそうおもうね。「嫌」は「怒」とも言い換えられる。
286 :
神も仏も名無しさん:2008/04/07(月) 10:15:12 ID:mQzRToiQ
不信感が強まると起こることの多くが自分を脅かすもののように
感じられるようになるので怒りが起こり易くなる。
道で知らない人同士が話しながら歩いていて笑ったりした時に、
不信感により自分の事を見て笑ったなどという妄想が起これば
それは怒りに繋がる。
287 :
brown:2008/04/07(月) 22:33:14 ID:gTk8RBEu
怒りに根拠がなく効果がないって?
そんなことはありません。
怒りというのは,「自分の中に生じるやっかいな感情」に過ぎないのではなく,
本来,他人に向けたある種の意思の表示です。
つまり,怒りを見せることによって他人を操ろうという企みです。
この企みは,よく社会を観察していると,実際に効果的です。
だから使われるのです。
だから,あなたも使うように習慣付けられているのです。
実は,この幼稚な企みは,感情的にならないで理知的に問題を解決
することができない場合に発生します。
つまり,その問題に対応することが本人の能力や精神的余裕を
超えているのです。
つまり,無力感の表出なわけです。
288 :
神も仏も名無しさん:2008/04/07(月) 23:09:51 ID:jWhKArfF
怒りを制する方法
怒りが己にとって苦であると自覚し
怒り以外の選択肢を模索し、選ぶこと
それは忍耐でなく、苦でもない
ただ安らかな選択だからである
ダメダメいうから反発するんじゃん。
さあ怒りなさい。さあさあ。
さあ怒って。思う存分怒ってください。さあ、さあ。
290 :
brown:2008/04/07(月) 23:23:15 ID:gTk8RBEu
実は,この無力感の表出である怒りは,「何事かをなすための無力感」,
「何者か私を阻む対象に対する怒り」とは言い切れないんですね。
というのは,対象に対する怒りを悉く消し去っても,まだ残っているん
ですね。
それは何かしらの精神的エネルギーなんですね。
それはむらむらっとくるわけです。何かをしでかそうとする潜在力ですね。
対象があれば,それに対する怒りの感情として表出しますね。
でも対象がないと,行き場がなくて,陸に上がった魚のように暴れ出しますね。
それを耐えるのは結構な苦痛ですね。
まあ愛欲のエネルギーに比べればたいしたことありませんが。
怒りが口実をみつけて顕在化しようとするんでしょうか。
292 :
神も仏も名無しさん:2008/04/07(月) 23:46:52 ID:jWhKArfF
何かが満ちたりていないから苛立つのに無自覚なのか。
女性ならホルモンバランスとか。
月の引力とか。
バイオリズムというものもあるのかもしれません。
自分を思いのままに操ることすらままならない。
本来自分というものは何かに左右されているのですね。
いわゆる煩悩というものに。
己とそれを切りはなすことが、やはり第一歩でしょうか。
子供の頃、友達と野球をやったことが何度かある。
巨人の星で育ったからね。
凝り性な自分はバットの振り方も自分なりに練習したり、
工夫したりしたのだけれど、実際には予想もしない驚く
ことが起きた。それは・・・
自分が苦手なコースにボールを投げてくるヤツがいたのだ。
思った。
「てめえ、この野郎!オレは外角低めが好きだし、練習していたのだから
外角低めに投げろよ。でなきゃ、オレのいいところが全然発揮できない
じゃないか。」
これは子供ながらに、実に率直で真剣な頭の中でのつぶやきだった。
しかも日本人がメジャーでプレーするようになってしばらくする頃まで
抱き続けていた思いだったのだから我ながら凄い。
イチローや松井は自分が練習していないコースや球種、苦手なそれらを
投げられてなぜ怒らないのか不思議だった。ホントだよ。
そんな他人事の場面を客観的に眺めながら、世の中はままならないのだ
なあと思うようになり、最初からままならない状況でやっていれば
なんてことがないのが世の中なんだと知ったのさ。
294 :
神も仏も名無しさん:2008/04/08(火) 01:23:24 ID:8Qri0Kox
他人と自分の境界が曖昧だね。
自由の範囲は自分のみ。
しかし自分の主観を操ることで世界を思いのままに変えられる。
同じ世界、怒るも許すも楽しむのも自由。あるのは同じ世界。
見る目がちがうだけで価値は変わる。
楽しくすばらしい世界がいいか、傷付けあう世界がいいか
選ぶのは自分、いつも今までもずっとそうだ。
妥協は怠惰であり、最大の愚。
模索し、選び、掴みとる者こそが賢者。
295 :
brown:2008/04/08(火) 02:01:28 ID:BcGLNRqa
>>292 うん。何かが満ち足りていないんですね。
満ち足りているはずの何かが足りてないんですね。
何なのでしょうね。
そう何か,足りているべきものが足りてないんですね。
それが対象のない精神的エネルギーを生み出していますね。
296 :
神も仏も名無しさん:2008/04/08(火) 14:09:46 ID:Ks70v9+p
>>293 敵味方別れて点を争うんだからお互いに相手の弱点を突くのは当然
のこと、という発想は君にはないのか?
297 :
神も仏も名無しさん:2008/04/08(火) 14:23:59 ID:Ks70v9+p
>>295 足りないような気がするだけでは?
たとえば、誰かに罵られたとしましょう。すると自分の尊厳が損な
われた、つまり不足したと感じて怒るかも知れませんが、しかし、
実際には何もなくなってはいません。他人があなたについて何を
どう思おうがあなたは何も変わらないんです。誰かが馬鹿と言った
からといって馬鹿になるわけではない。逆に誰かが素晴らしい人だ
と言ったとしてもそれによって素晴らしくなるわでもない。
何も変わらないんですよ。変わると信じて他人の評価に振り回され
るのであればその後変わるかも知れませんけどね。でもその場合は
自分で自分を変えているだけです。やめようとすればいつでもやめ
られる。他人の言葉は最初から関係ありません。
298 :
brown:2008/04/08(火) 21:37:34 ID:BcGLNRqa
>>297 本心からそうならばそれでいいでしょうね。
しかしそれは本心ではありませんね。
自分自身の心をどこまでも観察していくと,
結局はどこまでも不足感は否定できないですね。
心を明晰にすればするほど,それは一層明らかになって
しまいますね。
より一層問題は深刻になりますね。
どこかで自分自身をごまかしてしまうと,安易な着地点に
終わってしまいますね。
299 :
神も仏も名無しさん:2008/04/08(火) 22:34:27 ID:8Qri0Kox
不足感は主観ひとつで解消することも可能です。
悟りの境地を目指すなら足るを知ること。
対外的な不足感は大方傲慢な卑しい期待からきています。
過剰な貪りはいつまでも満たされません。
謙虚さをもって感謝すれば、身ひとつでも満足できる。
反対に、己自身の不足を知ることは向上に繋がる尊いものです。
境界を侵さない期待は希望そのものです。
怒りになどなりえません。
ブッダの言葉を深く紐解くと根本から視点が変わりました。
怒りをプラスの力に昇華する知恵が詰まっています。
不足感がひとくくりに傲慢で卑しいって見方も、個人の主観って気がする。
愛情不足や虐待、戦乱など人間性の欠ける環境下で育ったことによる不足感などもありうる。
そういう人は、理屈で感謝をしなければと思っても、精神的栄養失調だから
他者の慈悲も必要。
1つの病だよ。
渇愛の一側面に破壊欲があるそうなので仕様なんじゃないの?
302 :
神も仏も名無しさん:2008/04/08(火) 23:36:50 ID:8Qri0Kox
慈しみには感謝と誠意を。
不条理には悲しみと誠意を。
怒りの原因に同情の余地はあれど、怒りはやはり破壊です。
そもそも虐待、戦争の源がそれです。
破壊に至らない、選択肢を模索する。
慈しみを与えることは無論大切ですが、
現実に与えられない者は、渇望することで裏切られ、
期待しないことで己を守るのです。
悲しいことですけどね。
怒り恨むより慈しみを与えることこそ源を滅すると思いますね。
303 :
神も仏も名無しさん:2008/04/09(水) 00:52:39 ID:3e7TTj8w
怒りを制する必要など、無い。
そのこころは
怒りは人間の素直で当然の感情だから。
それにフタをし否定をするということは、自己を否定しているのと同じ。
306 :
神も仏も名無しさん:2008/04/09(水) 01:34:46 ID:Oh12Wo8g
ここのスレタイは悟りへの道だからね。
悟り云々抜きにしても本能のままがよいとは思わないけど。
宗教家は自分に厳しいね。
自分に寛容にならなきゃ、他人にも寛容になれないよ。
308 :
神も仏も名無しさん:2008/04/09(水) 02:21:39 ID:pO0GiWrK
>>305 ああ、だから、怒りが起きてからどうこうするというのではなくて、
怒りそのものが起きない状態が最良の状態だと思う。
だいたいの怒りは思い違いや決め付けから起きていると思う。
だからその辺が減れば怒る必要性が減る筈。
309 :
神も仏も名無しさん:2008/04/09(水) 02:48:53 ID:Oh12Wo8g
そうだね。
怒りが起こる状態はどこか屈折してるかも。
同じ状況でも怒る人もいれば怒らない人もいるし。
同じ人同じ状況でも、精神状態によって怒ったり怒らなかったり。
悟った人はいい状態で安定しているのかな。
嫌な感情が起こらなければ苦しみはなくなるし。
310 :
神も仏も名無しさん:2008/04/09(水) 14:03:16 ID:1xYPH64+
認識が歪んでいると怒ることは多くなるかも知れない。誰も悪口を
言っていないのに言っていると認識するならば怒りに繋がるだろう。
認識は信じている内容によって歪められる。人間は悪であると信じる
者が世の中を見たならば、その通りに悪くしか見えないだろう。
その他の事に全く注目出来なくなるからだ。また、無関係な事象を
悪い事が起きる前兆または起きた後であるなどと解釈するためだ。
結果、このように信じる者は不安や怒りに支配されてしまう。
311 :
神も仏も名無しさん:2008/04/10(木) 22:08:45 ID:xxP0MZfM
昔から罪を憎んで人を憎まずというけど、これはいい言葉だね。
悪い人いい人とか、レッテル貼ってしまいがちだけど
人は皆あらゆる可能性をもっている。
他人も、自分自身もそう。
固定観念にとらわれると可能性を狭める。
性格なんて悪い癖・いい習慣程度のもの。
そう思ったら苦手意識もなくなったし許せることが増えた。
怒りをなくすことって、不可能じゃないよ絶対に。
苦手だった人も愛せるようになりたい。
312 :
神も仏も名無しさん:2008/04/10(木) 23:04:02 ID:RWritHKh
一見良い人や悪い人というものが居るように見えるかも知れませんが、
実際にはそのように固定的ではありません。それまでの体験や現在の
状況によって人はいくらでも変わります。人間は透明なコップの
ようなものです。綺麗な水を入れればコップも綺麗に見えます。
泥水を入れればコップは汚く見えます。しかし実際にはコップは
最初から変化していません。現在中に入っているものが違うだけです。
次の日には全然違う状態になっているかも知れません。いや、明日と
言わず次の瞬間に変わっているかも知れません。にもかかわらず、
この人はこんな人だと勝手に思い込む事は大変危険なことです。
悪い事をした人は何ら特別な人ではありません。良いことをした
人も何ら特別な人ではありません。もしそれまでの過去やその時の
状況が同じだったなら誰でも同じ事をしたでしょう。私でもあなた
でも同じ事をしたでしょう。特別な人なんて何処にも居ないんですよ。
居るように見えるだけです。
民族差別なんかそれそのものだね。
なんせ何百万何千万って単位で人間を悪ってくくるんだから。
314 :
神も仏も名無しさん:2008/04/12(土) 07:18:07 ID:Fk7CVnUN
はぁ。悟りを開くと救われるんですかね。座禅って万能ですかね。般若心経って口癖にすべきですかね。俺はもう終わりですかね。やっぱ住む場所無いですかね。今後数十年安住できませんかね。俺は暗殺されますかね。俺は笑われますかね。努力って一瞬でアボーンしますよね。
道が無ぇ。オワタ。
どした?人でも殺したかい?
行き詰まったんだな、心配すんな死ぬまで終わりゃしねぇよ。
ホームレスだって立派に生きてる。そっから社会復帰する人も居るぞ。
梯子を外されたら次は梯子を頼らない生き方すれば良いよ。
だいたい何かを信じてたって梯子外されるもんなの。
磐石じゃないものを磐石だと信じて頼る訳だから。
努力が報われると信じてなきゃ人間努力しないだろうけど
努力が必ずしも報われる訳じゃないのはあなたが経験した通りだ。
特に他人からの評価みたいなもんを求める努力はその傾向がある。
自分の為に努力して自分の努力を評価しなされ。
結果は自分のあずかり知らぬ所、まずはそのまま受け取りなされ。
結果を受けてどうするかはその時に改めて考えなされ。
316 :
神も仏も名無しさん:2008/04/12(土) 08:02:18 ID:Fk7CVnUN
サンクス。
おいら変なもんと戦っちまって外堀埋められたみたいなんよ。
愚直、バカと言ってしまえばそれまでなんだけど。
性格だからね。
はまっちまった。
悪いことはしてねぇよ。俺は白黒ハッキリ、責任は取るタイプなんだけどね。
相手にそれを求めてもいけないね。
何も言わない陰湿なワナって人生にはあるもんだね。
人の作為に不信感いっぱいだよ。
素直に努力するのにまた努力がいる。
戦うなら人生と戦いたいもんだからね。
でも、難しいよね。
結局、知らんとこで他人に外された梯子がどれだけあるのか確認しなくちゃいけない。
外された梯子に登ろうとしても不可能だからね。
キツイよ。
何も見えん。
哀れだね。
結果がついてくるのはどの道か?
難問として捉えないとアボーン。
笑えばいいよね。
人は人を気楽に批評する。
梯子外した事さえ気づかずに。
いや、まぁ気楽じゃないよね。
捉われたら終わりみたいだ。
仏教的に言えば、信じもせず疑いもせずありのままを見よ。
見たものを良いとも悪いとも分別せずただ観察せよ。
他人も自分も出来事も。
人生行き詰まった時がだいたいチャンスです。色んな意味で。
まずは深呼吸でもして、熱いお茶でも飲んで落ち着きなよ。
318 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 08:37:54 ID:xTxNd8op
不甲斐ない自分に対しての腹立ちは収まらんよ。
他人に対して直接怒ることはないが おろかな他人に制裁を加えることのできない
不甲斐ない自分には永遠に怒りを感じるね
地位政治力腕力若さ経済力司法力集団力 そういったものすべて身につけて
自分の思い通りに世の中を動かさないと収まらないね たぶん。
319 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 08:44:33 ID:xTxNd8op
>>312 人間には天与の素質というのものがある 同じ状況同じ境遇でも
人によって選択はそれこそ千差万別無限にある。
悪人は悪人。善人は善人。超えがたいランクの壁は厳然と存在する。
俺も最上等の資質の人間とは言えないためにいろんなところでうまくいかず苦しんでいるが
最上等の人間ならば易々と地位知力権力経済力を手にしているだろう
まったく疑いないことであり 己の天与の不甲斐なさにいつも涙する。
自分が無いのに何故自分に腹が立つ?
面白い人だなぁ。
321 :
神も仏も名無しさん:2008/04/12(土) 08:56:15 ID:Fk7CVnUN
ありのままに見るのは座禅するより難しいけどやってみるよ
慣れてきたところだし、心を落ち着けてみる
雑多な声に惑わされず・・・
至難
至難であると感じるのも分別ですよ。
至難と思えば至難である理由を探し至難であると証明されるでしょう。
瞑想のやり方はあちこちに詳しく書いてあるんでゆっくりじっくり取り組んでくださいまし。
323 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 09:14:59 ID:xTxNd8op
世の中には絶対善である自分と其の他の悪人がいるだけ。これが宇宙の真実。
なぜならば俺以外の人間はいてもいなくてもよいが
自分自身は絶対に失ったり損なったりされてはならないものだから。
それこそが正義だからだ 絶対善だからだ。
自分自身がないなどというのは寝言だろう
しいていえば ある程度思い通りになる自分とならない自分がいるだけ
世の中はそれだけで構成されている。 ならない自分を完全になくして
すべてを思い通りにすることが人生の目的であり勉強である。
努力はその手段である。
324 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 09:20:45 ID:xTxNd8op
世の中で何が悲しいって 自分自身が損なわれ害され失われることだ
これ以外に悲しいことなどない
己を害するものは悪であって即死刑が妥当 これが絶対善であり
それをできぬ己の不甲斐なさにいつでも涙する 己はいたらないと。
世界は単純である。
これはもう一度起きた方が良さそうだな。悪い夢を見ているようだぞ。
もう一度起きたら目覚めたとおっしゃいな。
ついでに問おう。自分とは何?
327 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 09:25:28 ID:xTxNd8op
よって世の中から悪をなくすことに生涯をかけることになるのである
それは教育者や指導者になることであり
政治力権力経済力を手にすることであり人生はそれに終始することになる
手にしたころには人生は終わるのである尽きるのである なんとむなしいことか
若くしてすべてを手に入れねば 人生は意味がないではないか。
だからいつでもあせっている 一刻も早くすべてを手に入れるために。
328 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 09:34:24 ID:xTxNd8op
自分とは目に入るものすべてのことである。感じられるものすべてのことである。
そしていま生きている肉体を根本とするものである。
無茶苦茶だw
・自分が絶対善で他人は悪
・世の中から悪をなくす
つまり。。自分以外の人間全滅ww
了解了解、あなたの様な人はその内嫌でも楽になるよ。
331 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 09:45:00 ID:xTxNd8op
きみらはそうおもってないの?
>>329なんかはどう思ってるんだ。
自分なんかないから 体は不自由でいらないから今すぐ首吊って片付けてしまおうと思ってる?
チベットがもし自分自身ならいますぐ中国に戦争しかけて完全に滅びるまで攻撃だ。
しかしチベットも中国も自分ではないゆえ どうでもいいのでほったらかしにする。
そうじゃないのか?
不自由でもないし首を吊る理由もないな。
もし吊るのであれば吊るようにして吊るんでないの。
吊らぬのであれば吊らぬようにして吊らぬのでないの。
334 :
目覚めた人:2008/04/12(土) 10:08:56 ID:xTxNd8op
すくなくとも俺が述べたようなこういうあたりまえのことを
あたりまえに抑えておく程度の智慧と勇気を持たなくては
悟っているとはいえない。
ふんふん、面白いよ。とっても。
>>332 例えば、各国で、特に欧米諸国では人権をたてに
抗議行動が盛んだが、これは欧米諸国自身が
人権抑圧の歴史があることを物語っているということで
あって、人権による抗議行動はチベット問題でも中国でもなく
自分自身の中にある何かにスパークしているということが
わからないとダメだ。
宗教の別に関わらず、他人の問題に口出しするものは
決まって自分自身の頭のハエを追おうとしない。
日本でも国民を管理監督することしかしらない役人が
自らを全然コントロールできていないのも、世の中がおかしくなると
その原因は自分ではなく国民にあり、国民を縛り上げねばと思う
役人特有のチープな伝統芸能が意識から消えないのさね。
という具合に卑近な例を持ち出せば、他人の問題に首を突っ込むことが
いかに間違いであるかとわかりそうなもの。
残念なことだが、現実にはそうはならず、逆の現象が正義の衣を身にまとい
美化されて暴れてしまうのだね。それこそが三次元の現象世界なのだけど。
337 :
brown:2008/04/12(土) 22:50:43 ID:TS3kXJYE
「目覚めた人」の言ってることは,誇張しているから無茶苦茶なんだけど,
実に真実を付いてるんだな。
自我とはそういうものだし,世の中とはそういうものだし,
世の中への自我の態度は延長すれば結局そういうことになってしまう。
それを真摯に見つめないと,瞑想とか悟りとか,単に精神機能の中に
逃げ込んでいるだけになってしまうでしょうね。
更に悪いのは,瞑想で逃避するならまだその安らぎや癒しもあるが,
ヘンテコリンな教義を妄信しても,欺瞞だということにも気づかないでしょうね。
338 :
神も仏も名無しさん:2008/04/12(土) 23:37:16 ID:MiGamvl3
ああ。自我の目指すものはいつも世界征服。ダースベーダーだな。
339 :
神も仏も名無しさん:2008/04/13(日) 07:41:24 ID:/sNrezGz
340 :
神も仏も名無しさん:2008/04/13(日) 16:21:48 ID:ATXhSvy1
勝つことにこだわると目的を見失う。
憎むべき対象が害悪そのものより加害者に転嫁される。
加害者に勝ち制裁報復することで憎むべき害悪は消滅するか?
むしろ己自身も憎むべき害悪に侵されてはいまいか?
そもそもの原点を見失い本末転倒になりかねない。
なぜ加害者が害悪に手を染めたか。
根深い怒りの連鎖かもしれない。
しかし快楽に基づいた犯罪もある。
思想なく恨みなく他人を犠牲にし自己の欲求を満たす。
真に恐ろしいのは知性のない罪である。
これをさとす術を私は知らない。
それはただ悲しく虚しい、自然災害に似ている。
告白するが、若いころ何度も渋谷駅前で機銃掃射したらどれだけスカッとするか、
などと妄想してみたものだ。
自分のことがわからない、
世間のこともわからない、
何もかもうまくまわらない、
すべては敵だと。
さいわい実現にいたることなくこんな立派な人間になったw。
342 :
神も仏も名無しさん:2008/04/14(月) 15:16:23 ID:zSIw11KN
>>341 あなたがやらなかったお陰で俺もまだ生きているよ。w
命の恩人ってことかw
344 :
神も仏も名無しさん:2008/04/23(水) 13:38:57 ID:+lGwbvMV
保守age
345 :
神も仏も名無しさん:2008/04/30(水) 18:41:22 ID:z6DpHye1
今日腹立つことあったけど、スルー検定だと思ってやりすごした
華麗にスルーできたら満足感バツグン
これはなかなかいい
スルー検定いいね。
時速100キロ以上でダンプが向かってきたら
誰だって反射的に避けるのが普通だからね。
それがわかっていながら、
「ぼくちんはしにましぇん」とか言って、両手を広げて
真正面に立ったら、そりゃもう・・・
347 :
神も仏も名無しさん:2008/05/02(金) 11:39:09 ID:VfiiCv95
ハエがまとわりついてくる
殺すか、追い払ってやりすごすか、そのままにしておくか
と、いうかんじかな
348 :
神も仏も名無しさん:2008/05/03(土) 16:57:31 ID:pyLG1/fb
怒ってはいけないと自分に怒りを向けていたら、結局怒っている事になるのではないでしょうか。
やっぱり怒ってもよいのじゃないでしょうか。観察できていれば。
自分を怒らないでください。
失敗もしますが次にうまくやればいいんです。
うまくできたことを褒めてあげてください。感謝してあげてください。
>>349 いや怒ったら、怒った自分に淡々と気が付くだけでいいんじゃないかと思っただけですが、考え方はいろいろですね。
351 :
神も仏も名無しさん:2008/05/04(日) 05:24:32 ID:JsDmxeWn
>>348 そうそう。怒りを封じ込めようとするのも怒りだね。それではどうにもならない。
というか、封じ込めることに成功しちゃったら危険だ。圧力鍋の圧力が上がる
ようなもんだ。へたすりゃ病気になるだろう。
なので怒りを封じ込める事ではなくて、静めることが大切だ。怒ったとしても
怒りの感情に振り回されない程度には怒りが静まってないと危ない。感情に
人格を乗っ取られると冷静な判断が出来なくなって自分の行動がおかしくなる。
で、根本的に怒りを静める方法は、観察して、更に怒りの発生源を発見すること
だと思う。発生源は何らかの欲の筈だ。たとえば尊敬されたいという欲を持って
いて尊敬されなかった場合は怒りに繋がる。2ちゃんねるに慣れてない人とかが
よく書き込みに怒ったりしているが、ああいうのも尊敬されたいとか尊厳を守って
欲しいという欲に対する反応だ。但し、この欲が悪いというわけではない。あらゆる
欲の根源は生存本能だからだ。生きようとしているだけだ。だから悪くはないの
だが、問題は、その生きたいという根源から派生した欲を満たす必要性がある
のかという所にある。実際のところ掲示板でボロクソに言われたところで死ぬ
ことはない。稼ぎが減るということもない。地位が脅かされることもない。言いたい
奴には言いたいことを言わせておいても何も変わらない。だから少なくとも掲示板
でボロクソに言われたとしても本当は怒る必要はない。他の事についても同じ。
自分の写った写真が人に踏まれたとしても自分が踏まれているわけではない。
自分は何一つ傷つかない。自分は何も変わらない。こうやって怒りが起こるたびに
観察して確認していくと怒る必要のあることは減り続けるだろう。究極の所まで
行けば、何が起こっても何も失われないということが分かるんだろうと思う
(悟った人はそこまで確認して体感出来た人なのだろうと思う。だから怒るも怒ら
ないも自在になって、ほとんどの場合怒らない状態になるんだろう)。
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/occult/1209009089/l50 【毎日】感謝するスレ12【ありがとう】
1 :本当にあった怖い名無し:2008/04/24(木) 12:51:29 ID:Vf0iqlQy0
12スレ目です。
毎日、「ありがとう」を言って感謝を忘れないあなた。
そう言えば、以前より、ちょっと幸せになっていませんか?
「ありがとう」は不思議な言葉。相手に1回言えば、笑顔が2つ。
「ありがとう」をカキコするとき、小声でも「ありがとう」とささやいて
みましょう。きっと言霊となって、あなたに帰ってきますよ。
※無意味改行さんも大歓迎。あなたのお陰でここまで来ました。
とても感謝しています。「ありがとう」
自分が何かの思いを持っていると、日常生活では
そうでない(思いとは裏腹の)出来事が頻発する。
例えば、きれいなものに度の過ぎた愛着があるとする。
美的感覚や物事の完成度の高さに惹かれる性質は
恋人や結婚相手の容姿にもきれいさを求めるだろう。
そして、めでたく結婚したとする。
が、その相手は容姿の美しさとは逆に、片づけの苦手な人であり、
とにかく部屋を散らかす。
整理整頓などそもそも頭の中に概念として存在しないかのように、
部屋をグチャグチャにしても平気な人であった・・・。
この場合、きれいであることに執着のあるあなたは、相手の容姿に
きれいさを求めて一緒になったのに、家の中を散らかされることに
ガマンがならないという事態に直面する。
別の例を挙げよう。
会社でいつも完璧さを求めているあなたは、他人の仕事のだらしなさが
気に入らないと思う。あるいは、ちょいと街に出て小さな商店で買い物を
したときに、そこの店員の接客態度や商品の陳列、あるいはたまたま
釣り銭を間違えられた、レジの順番を抜かされただけで、もうガマンが
ならなくなる。
心中、怒り心頭のあなたがつぶやくのは「所詮、商人・・・」ってやつだ。
こんな事例は無限に出てくる。
なぜなら、あなたが完璧だとか、きれいだとか、よく整理されていること
がmustであるという思いを抱いているがゆえに、そうでないものばかりが
あなたの前に現象として提示されるからである。
怒りの根にあるのは、結婚した相手でもなく、商店の店員でもない。
あなたはあなたの思いに対して怒っているのである。
354 :
神も仏も名無しさん:2008/05/10(土) 02:35:11 ID:AVoQJEe4
>>353 そうそう。その通りだと思う。
問題は、なぜそういう思いを持ってしまったかだな。
その辺が分かれば開放されるかも知れないね。
認知療法スレで人気が高いのは、アルバート・エリスの
「 怒りをコントロールできる人、できない人 」って本。俺は読んだことないけど、
けっこう評価高いから試してみようかな。アマゾンの評価は低いけど。
っていうか、訳に不満ってだけで評価は馬鹿高いね>アマゾン
「人の心を悩ますものは、出来事そのものではなく、その人の出来事に対する判断である」
読んだら感想かくわ
怒りにはマインドフルネス認知療法の方が効くな。
会社の役員がね、ハッパをかけてくる。「世界一の会社にする」って。
それで従業員に世界一になれと責めてくるんんだよね。
でもね、世界一ってなあに?と思う。世界一の定義を示せよって。
も一つおまけに、世界一というからには、役員も世界一でなきゃダメでしょ?
でもさ、世界一になったら、今の役員も会社にいられないよね。
そう心の中で思って「なに幼稚なこと言ってんじゃねえよ」って怒っちまう。
あ〜あ、こんな(幼稚なこと)ことで怒る自分は世界一にはなれないな。
でも、幼稚なこと言われれば、その幼稚さに腹が立つ。
なんで幼稚なことしか考えられない&安易に幼稚なことが口をついて出てくる
役員がだよ、役員やってんの?と思うと、その幼稚さにガッカリして腹が立つ。
世界一、、、、ものすごい抽象的な目標だな
安値世界一への挑戦 コジマ とかあるし
いいんじゃない?適当に調子合わせてれば・・・
んじゃ、まず、なにを世界一にするのか決めましょうってとこからスタートだな。
362 :
神も仏も名無しさん:2008/05/11(日) 03:38:13 ID:bzoM/tzk
>>358 世界一仕事をしているふりがうまい社員になると良いかも知れません。w
「株式会社 世界一」 でOK
>>360 コジマさんって、世界中の安値調査してんの?
でないと安値世界一へ挑戦もへったくれもないからね。
てなことはさて置いて、人間ってさ、いつも
妄想の妖怪と戦っているよね。
妄想と戦って勝てるヤツはいないんだけど、
それでも自分でこしらえた妄想と戦っては
怒り、敗北しては焦り、・・・
妄想やめればいいのに・・・
最近、強く思うことがある。
それは、人と長くつきあっていると、どうしてもその人間の
影響を受けてしまうのが人間なんだと。
北朝鮮に拉致された日本人が帰国を果たしたとき、
飛行機から降りてくる映像に北朝鮮顔を見たし、
外人と結婚すると、いや、夫婦でいるとどこかしら顔まで似てくる。
もちろん、安達祐実さんご夫妻のように、前世から縁があったん
じゃないかと思うような似方もあるけど・・・
金儲けが下手な人を見ていると、金が儲からないようなことばかり
やっていたり、考えていたりする。例えば、世のため人のためが
その人の生き方や考え方の柱だったり、偏屈なまでに正義・潔癖
を頑固に抱いていると、どうしても金は離れていく。
それも、金が入らないような要領の悪いことをしているがゆえに、
正義・潔癖・世のため人のためという方へ逃げ込んでいるとも
言えるんだが・・・
で、何が言いたいかというと、そうだとすると怒りも同じであって、
怒りを逃がす方法は自ら考えて実践しなきゃいかんのだけど、
その方法の中に、普段から絶対に怒らないような穏やかな人たち
を探して、そういう人たちの縁の中に自分で橋を架けていくという
のも実践方法と言えるんじゃないかということ。
いずれ、怒らない人たちの影響を知らず知らずに受けて、気がついたら
自分も怒りというものを感じることが少なくなっているんじゃないか?
366 :
神も仏も名無しさん:2008/05/21(水) 11:03:47 ID:mdA2gJX2
怒りage
ここのところ、ムッとすることが何度かあった。
瞬間怒り系の自分は、怒りを誘発する行為を許すことはできない
性癖なんだが、さすがに我が身に得がないことをイヤと言うほど
知らされてきたので、ちまたの本を読むようになった。
それで、何が起こっても、それは自分が怒らないかどうかを試す
ために起こっているのだと思い直してみた。
「ほら、来た来た」「怒らないよ、こんなことでは・・・」と、とりあえず
怒らずにいようと努めた。
面白いことに、怒らずにいたら、その後になってムッとする出来事
がきれいに解消してしまうような現象が起こり、事態は雲散霧消
してしまった。
2度、3度とあったので、不思議なこともあるもんだなあと思って
書いてみた。
368 :
神も仏も名無しさん:2008/05/21(水) 23:19:04 ID:9msJAODb
>>367 あー。そういうことはありますね。元々物事は海の波のように打ち寄せて来る
だけで、必ず消えてなくなるので最初から戦う必要は全くないのではないか、
という感じもします。あと、やはり抵抗すると長引く感じがしますねえ。
369 :
神も仏も名無しさん:2008/05/23(金) 22:50:12 ID:zDnXCvAf
ドラゴンへの道
370 :
神も仏も名無しさん:2008/05/23(金) 22:51:45 ID:zDnXCvAf
ドラゴン怒りの鉄拳
371 :
神も仏も名無しさん:2008/05/26(月) 20:10:24 ID:E2gHwyBV
碇君・・・
372 :
神も仏も名無しさん:2008/05/29(木) 09:33:37 ID:4YFI/+jr
怒りは不安や不信感が強いと起こりやすくなりますね。
373 :
神も仏も名無しさん:2008/05/30(金) 23:28:35 ID:J6rvtxAK
会社の飲み会に行ってきた。
飲んでストレス発散どころか、逆に莫大なストレスをためて帰ってきた。
俺の言うことがしょーもないから、そっけない返事しかしない先輩。
いいとこ見せようとお酌をしまくる同期。
俺のすることなすこと全否定してくる小賢しい先輩。
話を振ってきて、俺の返しが率直過ぎることにあきれる上司。
別に気を使って料理をさらに盛ってやってるわけでないのに、気を使うなと
変に気遣ってくる先輩。
俺の言動を普段から小バカにして、最近じゃ話すらしていない同期。
エロトークで盛り上がる中、一人入って行けない自分。
そんな俺を取り残して盛り上がる連中。
こんなカスども、そして自分自身に腹が立ってしょうがない。
飲み会なんて二度と行きたくねぇ。
それどころか、他人となんて関わりたくない。
そーゆーこともあるよ。
みな自分のこと考えるのにせいいっぱい。
あなたのことなんてだれも考えてない。あなたが他人のこと考えてないように。
どこにでもころがってる話。
もっと気楽に考えたほうがいいよ
376 :
神も仏も名無しさん:2008/05/30(金) 23:36:18 ID:J6rvtxAK
世の中には、そういう思考回路を持たない人間がいる。
そういう思考回路って?
378 :
神も仏も名無しさん:2008/05/30(金) 23:45:15 ID:J6rvtxAK
考え方じゃない。
気の持ちようでもない。
脳の構造が違う人間が世の中にはいる。
そういう奴には、常識が通用しない。
ゆえに、世間からはみ出す。
脳の構造?
見たことないけどそんなにみんな変わらないんじゃないの?
自分は特別で「そういう奴」は脳の構造が違う?
自分には常識があって「そういう奴」には無い?
自分ははみ出してなくて「そういう奴」ははみ出してる?
そういう自分が何か違ったもんだと思ってるところからおかしくなりだすんじゃないのかな
380 :
神も仏も名無しさん:2008/05/30(金) 23:57:34 ID:J6rvtxAK
君は視野がせまいな
アスペルガー症候群で検索したまえ
381 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:01:03 ID:bto7oTOQ
考え方で解決するなら、巷を賑わす理不尽な犯罪なんて存在しないのだよ
おかしい奴は数%の確率で存在する
精神論や宗教など何の意味も持たない
>>380 自分だけ特別だと思ったらこれからもいやな目にあうよ。
これだけは確か。
383 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:09:25 ID:bto7oTOQ
上から目線で物を言うな
384 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:13:49 ID:bto7oTOQ
お前らバカだ全く理解していない
上から言ってるつもりは無いけどあなたの経験が特別なことに見えない。
386 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:16:14 ID:bto7oTOQ
アスペルガー症候群で検索したのか?
違うならその特殊性を話してみて。
幾千、幾万と繰り返されてきた先輩同僚との飲み屋での出来事とどうちがうの
>>386 おれのことを言いたいの?
あなたと一緒に飲んだ奴が皆そうだと言いたいの?
389 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:18:57 ID:bto7oTOQ
検索しろっていってるだろ
お前みたいなアホには付き合いきれん
オナニーして寝る
したした。で?
391 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:21:08 ID:bto7oTOQ
皆様申し訳ございません
うちの息子が何やらおかしなこと書き込んで、皆様の気分を害したみたいで・・・
きっちりしかっておきます(息子26歳)
元気でね
393 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:24:52 ID:bto7oTOQ
あばよ
394 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 00:25:13 ID:bto7oTOQ
いい夢みろよ
ありがとww
396 :
神も仏も名無しさん:2008/05/31(土) 05:49:36 ID:O+SR9Lq9
>>391 おまえそれを書き込むためにその前の書き込みをしたのか・・・。
中々やるな。w
>>380 おれもあなたのレスみてアスペっぽいなと思ったよ。
俺もアスペ気味だからわからなくも無い。
また、完全な自閉症の子の付き添いをするバイトもしたことあるけど、
その子はやっぱり、時間になって親御さんが迎えにこないとパニック。
「もうすぐ来るから」っていったって、理屈じゃ通用しないんだよね。
「脳の構造は大差無い」って簡単にいう人いるけど、自閉症にしろアスペにしろ、
LDにしろADHDにしろ、「器質的な個人差」はあるよ。
トム・クルーズはLD持ちで、文章を判読できないから、録音を繰り返しきいて
セリフを覚えてる、って話。簡単に「脳の構造に差が無い」っていうのは、
トム・クルーズに「ちゃんと脚本を読んで覚えろ」って言うようなもんじゃないかな。
他人の個人差もみとめなきゃ。
一方で、トムでも大俳優になれるんだし、アスペだって工夫と根気で、
「怒りのコントロール」に精通することはできると思う。
自覚あるんだしね。
お互い気長にいこう。
黒澤明も、大脳の血管がふつうじゃ考えられないくらい
曲がってて、それで癇癪もちなんじゃないかと医者に言われたそう。
治せるけど、これも自分の一部だっていって、治さなかったらしい。
別に、「怒りっぽくていい」と言ってるんじゃなくて、それぞれの
気質や個性を認めた上で、それに合わせた怒りの対処法があるんじゃないかな。
周りの人は大変だねw
他人を変えることはできないからな。
仏教的には誰もが多かれ少なかれ障害者。慈悲の眼で見るのが必要。
怒りっぽい他人を責める前に、まず自分を観ろってこった。
401 :
神も仏も名無しさん:2008/06/01(日) 12:53:30 ID:rMphHAK3
怒りっぽい他人に怒ってしまったら、自分が怒りっぽくなってしまうね。w
402 :
神も仏も名無しさん:2008/06/01(日) 13:19:00 ID:U/ranEVA
自分が変われば、相手も変わっていくことは多い
403 :
神も仏も名無しさん:2008/06/01(日) 13:26:17 ID:rMphHAK3
>>402 それはあるね。非常に不思議な感じはするが、なぜか変わる。
特に怒っている人や喧嘩している相手の幸せを願ったりすると
激変することがある。人そのものが変わらなかったとしても状況が
変わってほとんど自分と会わないで済むようになってしまうとかね。
何でそうなるのかは謎だ。
>>403 鈴木秀子さんの本に、自分がいやだ、気に食わないと思う人がいても、
その人の事を心から離して悪く思わないようにすると、自然にその人が離れていきます、
と書いてあった。
405 :
神も仏も名無しさん:2008/06/01(日) 16:53:34 ID:U/ranEVA
>>403、
>>404 人間として同じ波長→波長が合わなくなる→離れていく、ということになるわけですね。
406 :
神も仏も名無しさん:2008/06/02(月) 22:54:47 ID:0SHpGBVB
なぜか、人に対して怒りを覚える。不安、緊張、そして自分を責める。
なんか、迷路に迷いこんだように繰り返してる。
どうやったら出れるのか?
人間ってこんなもんですか?
407 :
神も仏も名無しさん:2008/06/03(火) 01:03:09 ID:O4SiYhBr
>>406 自分で自分を責めているから人のことも責めたくなってしまうのではないか?
自他共に責めなければいいのではないか?
408 :
神も仏も名無しさん:2008/06/03(火) 01:21:58 ID:/BKyQVcO
許すと諦めるは似ているね。
近頃は怒りがわかないよ。
できることは促すことだけ、あとはご自分で、という感じ。
でも憎しみはない。
相手が救われることを祈ってる。
言葉がまっすぐ届かないときは、為す術がない。
本当に悲しいことだ
「許してください」は謝罪だけど
「諦めてください」っていったらどつかれそうw
いちかばちか「抱き締めてください」と言ってみるのもいい。
人生楽もあれば苦もあるのがふつうだ。
でも涙のあとには虹も出る。歩いてゆくんだよしっかりと。
自分の道をふみしめて。
412 :
神も仏も名無しさん:2008/06/03(火) 17:45:00 ID:+cDcFpdM
この紋所が目に入らぬか
413 :
神も仏も名無しさん:2008/06/03(火) 21:13:46 ID:4tyK13ed
このスレタイ、正解。
貪瞋痴とは、よくいったもんだ。
なかなか気づけないんだよね、自分がこの三つの塊だってこと。
ヴィパッサナーやってみないと気づけない。
好きは貪り。
嫌いは怒り。
そういう感覚で生きていて苦しんでる存在が、痴(無知、無明)そのもの。
不満の流れ。全ては無常。
バカだから分からない。
勝手に理想(妄想)つくって、違うと怒る。
理想に執着する。絶えず変わり続けているから、理想なんて1秒として存在しない。
理想がないといって怒る。
変わってしまったといって怒る。
究極の怒りは、結局自分が老いて死ぬってこと。
事故で死ぬ。病気で死ぬ。人殺し、戦争で死ぬ・・・。
究極の期待はずれですよね、死ぬって。
お気に入りの、理想の「感覚」ずっと味わっていたいのにねえ。
ttp://gotami.txt-nifty.com/journal/2007/12/post_3341.html#search_word
414 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 00:12:16 ID:JCziPD8U
ありがとう!
自分も誰も責めたくないのは、あるんだけど
いざ人前に出ると、自分のコントロールが難しいですね。
それだけ、自分が大きい{じこちゅう}のかもしれません。
みんなにとって自分は、プラスアルファ的な存在になろうと思います。
いないより、居たほういいみたいな!
415 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 03:04:04 ID:iqRjiZgZ
「一隅を照らす」といいますからね。そういう人は宝です。
でも、仮にそうなれなくても、みんないい。
416 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 14:10:51 ID:J0T4R5+W
>>414 何もコントロールしようとしない方が良いんじゃないかな。自分も他人も。
というのはコントロールするというのは自由を許さないということだから。
それと、自分の自由を許さなければ他人の自由も許せるようにはならないでしょう。
そうなるとやがて自分だけでなく他人にも苦しみを与えてしまうでしょう。
またコントロールしようにも普通は中々うまく行かないから怒りや無力感も
起き易くなる。
417 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 19:17:24 ID:JCziPD8U
なるほど!コントロールしようとするのが、責める原因を作ることになるんですね。
自分も他人も、思いどうりには、ならないことを悟るべきなんですね!
418 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 22:18:24 ID:UED8JdTn
コントロールは必要ですよ。
「他の命を害さない」っていうコントロール。
自分が幸せになりたかったら、他の命もそうなんだって知ること。
偽善者になってはいけません。
「他の命を害さない」って言うのが最大のポイント。
世俗的レベルでも、犯罪を犯せば罰がありますよね?
命あるものとして、世俗的レベルの「他の命を害さない」が分からないと駄目です。
お釈迦様のおっしゃる「命は平等」は、とても奥深いですよ。
仏教で殺生を禁じている意味は、物凄く奥深いですよ。
分けわかんなくても、戒律を守るものが守られる。
お釈迦様の慈悲ですよ。
そのうち自分のバカに気づけるから面白い。
守るべきことは守る。知ったかぶりはしない。
とても大事なことですよ。
419 :
神も仏も名無しさん:2008/06/04(水) 23:35:24 ID:JCziPD8U
人の命を奪おうなんて思ったことは、ありません。
命は、平等だと僕も思います。
420 :
神も仏も名無しさん:2008/06/05(木) 12:29:57 ID:TI7495cC
>>418 他の命を害したいという気持ちの起きる人には必要かも知れませんね。
>>418 命だけでなく、すべてのことにいえると思う。
馬鹿にされたらつらい、職を失えばつらい、家族を失えばつらいetc
422 :
神も仏も名無しさん:2008/06/05(木) 19:39:04 ID:sLMzQlqO
自分の中に「私はこうであれば幸せだ」という理想がある。
それと違えば全て不幸。苦しむ。
自分のつくった理想は、全てとある感覚を味わいたいため。
仏教では、物体が「感覚」を持ったら生命だと言い切ります。
物体によらない、「感覚」のみの生命もあるといっています。
「感覚」への執着がなくなったら「涅槃」です。
感覚への「執着」が全ての苦しみの原因だと言ってます。
瞬間瞬間に絶えず変化して永遠不滅の固定した理想など存在しえない「無常」を説いています。
物理学でも電子の存在形態は確率でしか言い表せないということにたどりついています。
絶えず変化し続けているんです。だから、命あるものは死ぬんです。
理想、妄想に執着して、「どうして私の思ったとおりにならないんだ}といって、
いつも怒っている、悲しんでいる、投やりになってしまうのが「無明」です。
固定した実態なんてないのに、必死でつかもうとする、つかんだ瞬間、そのつかんだものは変化していく。
全ては「無常」だからです。
車とか運転するとほんとにいかに怒りが残ってるかよくわかって
かなしいよ
424 :
神も仏も名無しさん:2008/06/09(月) 19:02:25 ID:qbGT71l7
怒り、緊張を抑える方法ってありますか?
425 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 00:02:03 ID:AjTYaF8u
怒りが起こってから抑えるのは体に悪そうだな。
それよりも怒りの原因を見つけて対処した方が良いのではないか?
そうすれば怒らなくて済む。
「あ、怒ってるな」と思うだけでいい。
自分を責めない、また、怒りの対象を頭が冷めるまで一時横に置いておく。
ティク・ナット・ハン「微笑みの瞑想」にそんなふうに書いてあった。
実際役に立ちます。
427 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:05:24 ID:AjTYaF8u
なるほどなるほど。それよさそうだな。
428 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:08:16 ID:26U72hUt
秋葉原の事件はたまたま自分がそれを引き起こす境遇じゃなかった、ってだけのことだと思う。
あの犯人はおれなんだ。
いや、やらないけどさw
429 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:30:24 ID:AjTYaF8u
まあねえ、誰でも彼と同じ境遇で同じ思想を持っていれば同じことをやるかも
知れない。しかし同じ境遇ってのは厳密にはあり得ないからなあ。同じ場所に
住んでいたって同じ空間を二人の人間が占有することは不可能だし見えて
いるものも違うしな。似たようなことをするやつは居るかも知れない、というか、
過去に通り魔は何人も居た。
あの犯人はあなたなんですよ
431 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:32:50 ID:AjTYaF8u
そうですか。orz
あらら、みんなですから
433 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:34:31 ID:AjTYaF8u
OПZ
げんきだして
435 :
神も仏も名無しさん:2008/06/10(火) 01:57:40 ID:AjTYaF8u
ハ_ハ
('(゚∀゚∩
ヽ 〈
ヽヽ_)
俺ももしかしたら、2ちゃんで争った相手が、イライラして人殺してるかもなぁ。
相手見えないわけだし・・・と思うことがある・・。
まあ、そこまで言ったら切りが無いかもしれないけど、
人が怒るのもさまざまな人にはわからない「縁」の集積なんだよね。
残忍な人は、それだけ病が深い。
「真理=穏やかな慈悲の状態」だとしたら、それから遠く離れてる分、苦しんでいる人という見方もできなくはない。
自分で自覚してなくても。
かつていやな上司がいて、今でも思い浮かぶとむかむかするんだけど、
そのつど、「あ、俺いま怒ってたな」と自分に気づいて、「相手も、自分の気づかない縁と業の力で怒らされてるんだ」と
思い直して、「いまここ」に意識を戻すようにしてます。
それの繰り返し。
自分の場合、「ダライ・ラマ 怒りを癒す」という本は、本当に参考になりました。
これとスマナサーラ長老の「怒らないこと」ティク・ナット・ハンの「微笑みの瞑想」が
すべて補完しあってる感じ。
「ダライ〜」智慧、「微笑み〜」慈悲、「怒らないこと」実践って感じで。
相変わらず、怒りは海に立つ波のように、自然に、あたりまえに、ときどき心に浮かぶんだけど、
それに飲まれないようにするだけで、心から離れていく。失敗もよくあるけれど・・・。
だから、怒りがわいても、絶対に自己嫌悪しない。
「あ、また自然現象だ、傘差そう」って感じで対処してます・・・。
秋葉原のやつには怒りを感じる。
やるんならしっかり経団連に突撃しろ
そんな中途半端やろうだから一人前の男じゃないんだ。と
439 :
神も仏も名無しさん:2008/06/11(水) 22:53:48 ID:E823XQqx
ヴィパッサナーは実に奥深い。
「気づき」
俗世間でもそうだが、「気づいてる人」には叶わない。
「気づいていない人」は、いつも遠回り。
パズルや、クイズをなぜ人が面白がるかといえば、「気づき」のレベルを楽しんでんだよ。
ま、俗世間レベルだが。
いかにささいなことに怒ってばかりいるか気づかせてもらってる。
はじめの頃なんて、自分が怒ってることにすら気づけなかった。
気に入れば執着し、気に入らなければ怒る。
ほんと、たったこれだこのことしかしてなかったのが「私」
全て自分の勝手な理想、期待。
どんなことに対してもくだらない自分勝手な理想や期待を妄想してた。
バカだから事実に基づいて考えるということを一切しない。
データに基づいて考えるということをしない。
どんどん訳の分からない妄想世界にはまって苦しむ。
「わがまま」
なんて奥の深い言葉なんでしょ。
いい気にならずに、精進、精進。
「平安と忍耐」「慈悲と智慧」
これでも政治家と官僚に怒ってはいけないと言うのか?
441 :
神も仏も名無しさん:2008/06/13(金) 15:53:59 ID:gxPBWs8F
>>440 怒ってはいけないという事はない。怒りはそれまでの自分の心の
有り様によって起こる結果だ。結果なのだから怒りが起きてから
変更することは出来ない。そのまま怒れ。しかし怒ってもあまり
意味がないことは忘れるな。一番良いのは怒りそのものが最初から
起きない状態だ。そうなるように心を研くのが良い。水道の蛇口を
開いたまま水が出ると文句を言っても意味がない。蛇口を閉めて
元から水が出ないようにするのが一番良い。原因に対処しなければ
いつまでも同じことは起こる。対処すれば止まる。それだけのことだ。
良いとか悪いとかいうこととは違う。ただそういう原因があれば
そういう結果が出るというだけのことだ。結果を責めても意味はない。
442 :
神も仏も名無しさん:2008/06/15(日) 12:18:13 ID:gaK9v4jC
怒りそのものが最初から起きない状態を得る方法は?
太古からの身を守る本能である怒りを起きなくすることはできるの?
443 :
南無大師遍照金剛:2008/06/15(日) 12:40:21 ID:kvKRwm+s
怒りや性欲のエネルギーを他のエネルギーに還元する方法の一つに
瞑想が有ります
怒りや性欲を消すのではなく他のエネルギーに還元して有益なエネルギーに変える
簡単に言えば
ムーラダーラチャクラと
スワディシュターナチャクラと
マニプーラチャクラをセットで調整するとイイ(・∀・)
444 :
神も仏も名無しさん:2008/06/15(日) 13:54:52 ID:PGUAXyho
>>443 怒りや性欲を消すのではなく他のエネルギーに還元して
有益なエネルギーに変える
ハゲドウ!
数百万だましとられても
446 :
南無大師遍照金剛:2008/06/15(日) 17:59:04 ID:kvKRwm+s
>>445 意味わからん( ̄▽ ̄)
おサルにも分かるように詳しく
447 :
神も仏も名無しさん:2008/06/18(水) 18:00:20 ID:hJkBw9Vn
>>445 もしその数百万が楽々稼いだものであり、失ったとしても数分で
楽々とまた新たに稼げるという場合、おそらくあなたには全く怒りが
起きない。というか、失ったことに最初から気付かないかも知れない。
つまり、たとえ幾らのお金であったとしても楽々手に入れたものなら
執着はなくなるということだ。だからそういう状態を目指すのが良い。
448 :
神も仏も名無しさん:2008/06/23(月) 12:53:42 ID:qyh34cww
人から馬鹿と言われても、言っている人が違うと怒りの度合いが違う。
これはつまり、自分の持っている尺度に基づいて他人を勝手にランク
付けして見ている証拠だろう。その物差しを捨てて勝手なランク付けを
やめるなら、何があっても怒りは起きないかも知れない。
449 :
南無大師遍照金剛:2008/06/24(火) 00:09:29 ID:oHSXqgjG
軽蔑してるやつから見下された時に
怒りというエネルギーが出る
この怒りのエネルギーを怒りとして相手に放出するのか?
若しくは
この怒りのエネルギーを全く別のエネルギーに還元して使うのか?
例えば軽蔑してるやつを見返す努力というエネルギーに還元するのか
450 :
神も仏も名無しさん:2008/06/24(火) 02:34:20 ID:vudvXkJT
>>449 そのエネルギーは元々自分が勝手に人を軽蔑していたことが原因で起きている。
もし軽蔑していなければ起きなかった筈の無駄なエネルギーだ。自分が軽蔑する
ことを何としてもやめたくないのであれば、再度軽蔑することを可能にするために
努力すれば良い。しかしそれに切りがないことは考えるまでもない。それは永遠に
続く戦争のようなものだ。永遠に続く苦の輪廻だ。人を軽蔑することをやめるまで
抜け出せない地獄だ。
451 :
神も仏も名無しさん:2008/06/24(火) 12:07:20 ID:35EwtjxK
軽蔑する心自体が怒りを秘めている
なんらかの憤りが、個人の印象に投影されている
罪を憎んで人を憎まず
何があっても、他人の幸福を思うこと
存在するのは無知な間違いであり、ゆるぎない悪人ではない
452 :
南無大師遍照金剛:2008/06/24(火) 13:39:10 ID:oHSXqgjG
軽蔑したり憎む心は大切だよ
軽蔑や憎しみという感情が抜けてる人間は
どういう行為が軽蔑されるか
どういう行為が憎まれるかという判断が出来なくなるから
軽蔑されたり憎まれたりする行為を無邪気にに犯す
罪深いのは
許されざる行為だと知ってやるより
許されると思い敢えてやる行為
何故なら
悪いと思い犯すなら後悔や懺悔の念から2度と過ちを犯さないかも
悪いという意識のないものは幾ら法を説いても理解できず繰り返す
軽蔑や憎しみという感情が軽蔑や憎しみを表現したり行動するということではない
453 :
神も仏も名無しさん:2008/06/24(火) 13:49:03 ID:LVXI1nKY
仏教の場合は、悪い因を生むから悪い行為はつつしむとか、与楽抜苦の思想から、
他者に苦を与える行為を諌める、というのはあっても、他者を軽蔑するのはないんじゃないの。
「悪い行為」自体、煩悩からくるもので、それに振り回される人間は慈悲の対象。
不動明王の怒りの表現は、憎しみからじゃなくて、加害者含む煩悩に振り回される人を助けたいという
慈悲の表情でしょ。
454 :
神も仏も名無しさん:2008/06/24(火) 13:55:02 ID:LVXI1nKY
「軽蔑してるやつを見返す努力」これ自体一歩間違えば怒りだと思う。
復讐心でしょ。
455 :
南無大師遍照金剛:2008/06/24(火) 14:16:46 ID:oHSXqgjG
>>454 怒りの感情と
怒りの感情に従った怒りの行為とは別物ですけどね
感情と行為とは別物です
瞑想では
サードアイ、アージュニャ、眉間の部分に客観的に自己を見つめるもう一人の自分があります
感情や主観に左右されている自分自身を第三者的に客観的に観察しているもう一人の自分
怒りの感情に支配されてる自分自身を見て
何故怒りに支配されているのか?
その怒りから逃げる方法や克服するにはどうするべきか
客観的に判断し感情に支配された行動をとらない為の自分がいます
そもそも怒りの感情否定して客観的に判断する自分をねむらせちゃってる人が多いけどね
,.=-''' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄` -、
/ \
./ .\
{ }
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.l, .( ,. - ' .、 ,. - , .} |
l > ,=ニ\ ゛ | ''゛_,=ヘ、 r' {_
/~''i //_\_..`7| l、{''″/__`>ヽ |r`i
l .{`|./ ヽ二・ニゝチ、 ! .ゝrニ・二r } ! i l
{ {(l { ノ | | ヽ :: }| ソ/
ヽヽ|.{ / | | \ i.|//
\|.i / ,,.. | l._,, . \ i !/ ホモもアリだ。
乂i / - (__,)-゛ ' {丿
.l .!、. ,. !., ., / |
人 \ .!''''" ̄~ ̄`''! / 人
./ | .\ ,\ '-"" ゛-' / / | .ヽ
ノ .{ \ .ヽ,., .: ,イ / } ヽ
-'″ l `' 、`.───″ .} ヽ
458 :
神も仏も名無しさん:2008/06/28(土) 00:00:53 ID:Y2E34tEj
肝心なのは、怒った自分に気づき、それを認めること。
そういう存在だから、輪廻の結果として、今の自分がいるってこと。
今回、覚えて欲しいのポイントは「われ思う、ゆえに、我は正しい」という人間の生きかたと、前回に言った
「全知全能者気取り」。ただ覚えるだけで十分です。自分を改良しようと、余り頑張らないでください。
碌な改良にならないのです。逆効果で、ひどくなります。理解しようとしないで、突然、悟ろうとするのです。
あり得ないのですけど。
http://www.geocities.jp/dhammini131/howa43.html
459 :
神も仏も名無しさん:2008/06/28(土) 04:10:26 ID:qD4PP8Ge
おこってもいいじゃない
みつを
怒りの感情がわくのは構わない
怒りの感情になりきってしまうのがまずい
そのときの自分は本当の自分じゃない
461 :
南無大師遍照金剛:2008/06/30(月) 01:59:44 ID:V5Gxhdkl
ルートチャクラ
ムラーダーラチャクラ
骨盤の底にあるチャクラ
骨盤の底から根がのび地中に根付き自分自身をしっかりと安定させるチャクラ
怒りや恐怖といった自分自身を支配しようとする物に流されないように
しっかりとした自己を確立するためのチャクラ
スバディシュターナチャクラ
骨盤、下腹部に煮えたぎった溶岩をイメージ
オレンジ色の夕焼けをイメージ
下腹部にエネルギーをイメージし濃縮させると骨盤は更に重く重心が取れてくる
このスバディシュターナチャクラに力を入れすぎると使いきれないエネルギーが暴走を始める
このエネルギーは
過大な性欲
怒り妬み憎しみ
負のエネルギーの元にもにもなる
還元しないと暴走し例えば貪りのエネルギーになると浅腹やホリエモンそしてニシムラファンドのように自滅します
このエネルギーを有益なエネルギーへと還元しましょう
464 :
神も仏も名無しさん:2008/07/02(水) 22:40:41 ID:QvsTqCwH
怒りのベクトルを有益なエネルギーのベクトルに変える具体的な方法を教えてください
465 :
神も仏も名無しさん:2008/07/02(水) 23:52:42 ID:XgMAEWlT
>>464 根が怒りならベクトルを変えようが何をしようがそれは怒りだと
思いますよ。たまたま社会に有益なことに繋がった場合は「昇華した」
なんていうあたかも良いことになったかのように他人からは言われる
かも知れませんが、怒りは怒りなので必ず何処かを破壊していると
思います。外に向かわなければ自分で自分の何かを破壊しているで
しょう。たとえば無理に働いて体を壊すとかね。こういうのも体を
壊す直前までは他人からすれば都合の良い存在なので喜ばれるかも
知れませんが、本人は最悪の事態になるわけで、あまり良いこと
とは思えません。
466 :
南無大師遍照金剛:2008/07/04(金) 19:27:29 ID:/zDKYBBu
467 :
464:2008/07/04(金) 22:00:39 ID:S3cgQDgG
>>465 やはり怒りのエネルギーを他のよい方向に向けるのは無理ですよね
>>466 自問自答はよくするんですが
例えば理不尽なこと(強盗や強姦など)をされたとしたら
自分は全く悪くないので自問自答すればするほど
ますます怒りがこみ上げてくるのではないでしょうか?
468 :
神も仏も名無しさん:2008/07/05(土) 00:54:07 ID:l1fRWGGF
>>467 理不尽な目に遭えば怒って当然です。どんどん怒りましょう。ただ、今後
似たような理不尽な目に遭わないようにする方法はないかと考えてみる
ことや、被害に遭ったとしても最小限に留めるにはどうしたら良いかなど
について考えてみることは有益ですから、それも合わせてやるようにした
方が良いでしょう。そうすれば理不尽な目に遭うことが減って怒る必要の
あることが減ります。
たとえば非常に簡単で分かりやすい例ですが、鍵を掛けずに出掛けて
泥棒に入られたのなら今後は必ず鍵を掛けて出掛けることです。鍵を
開けっ放しで家に居るときに強盗に入られたのなら、今後は家に居る
ときも鍵を掛けることです。こんな簡単なことだけで後で怒る必要が殆ど
消えてなくなり更に犯罪を犯したくなった者を思いとどまらせ犯罪者を
減らすことに繋がり社会に貢献できるのです。
しかし鍵を掛けない方が悪いという考えを持ってはいけません。失敗は
誰にでもあります。自分が失敗した時に自分で自分の首を絞めてしまう
ような考え方は綺麗サッパリ全部捨てた方が良いでしょう。そうすれば
うっかり失敗をしてしまった人のことも許せるような心の広い人になれる
でしょう。まずは自分の過去の失敗を全て自分で許してしまうことです。
やりたくてやったことではないしなってしまったんだから後から責めても
意味はありません。失敗に対して必要なのは怒りではなく今後は失敗
しないように勤めたり工夫したりすることだけです。物が上から下に
落ちて困るというのなら、落ちないように支えを作れば良いだけです。
落ちると訴えて怒っても意味はありませんしそれでは何も変わりません。
469 :
神も仏も名無しさん:2008/07/05(土) 10:29:41 ID:OKBidiwU
意図せずに他の生命を傷つける事がないように、免疫を破壊しましょう!
470 :
神も仏も名無しさん:2008/07/06(日) 07:15:01 ID:yWAeCbBJ
>>469 そうすると他の生物が意図せずどんどん殺しに来て死にます。
AIDS なんかそうですね。あれは免疫不全だから。
不殺生っていうのは、人間の場合は極力殺さないように勤めるという所までしか出来ません。
自分も殺してはいけないということですから、自分を犠牲にして他を生かすのは駄目です。
しかし生き延びるには何か食わねばならないので何かを殺すことになり、しかもそれは
どうやっても避けられません。よって不殺生が善であり他は悪とするならば、この世のものは
例外なく全て悪という結論にしかなりません。善人などどこにも居ないのです。
>>1 某宗教団体に所属していた景山民夫氏などは怒りにまかせて講談社に抗議行動を300名ほどの信者とともに行なったことは消すに消せない大汚点。
472 :
波止場の哲人エリックホッファ:2008/07/06(日) 19:08:01 ID:8z6A3Lay
霊法会・霊友会系のお経の行法巻の中にも
「悪舌は、功徳を断つ」とまで言われていますが、耐え忍ぶこと。
「忍」の一字のみに炎を燃やすのでは。
473 :
神も仏も名無しさん:2008/07/06(日) 20:35:18 ID:8Q23uy01
愛の対極は憎しみではなく無関心だといいますね。
私はやっと怒りという執着を捨てても、無関心にしかなれない。
幸せを祈れるようになって、ようやく悟りの境地なのだろうか。
無関心は冷徹な悪意のようで、どうも心が晴れない。
悪意を拭い去ることは本当に難しい。
気を抜けばすぐに悪意に侵される自分がふがいない。
474 :
神も仏も名無しさん:2008/07/06(日) 20:43:10 ID:3CPMf5cX
怒りは不信感によって起こり易くなり、信頼感によって起こり辛くなる。
但し、他人に対する不信感や信頼感ではない。自分に対する不信感や信頼感だ。
他人は全く関係ない。しかし関係しているように見えてしまうから他人に
ばかり注目して怒りを発することになってしまい真の解決が遠退くのだ。
自分で自分を信用しない者。自分で自分の失敗を恐れて何もしない者。
ありのままの自分を自分で愛さない者。自分で自分を貶める者。そういった
者の内で怒りが渦巻く。それは最も信用し愛さねばならないものを最も
信用せず愛しもしなかったことによる罰のようなものだ。もちろんそう
いった者は他の者からも嫌われる。自分が自分にしているように他人からも
嫌われる。
475 :
神も仏も名無しさん:2008/07/06(日) 20:48:43 ID:IfigcuBS
467の下から3行読んだらホント腹たってきた(467に対してね)。
神様、私に忍耐をお与えください。
476 :
467:2008/07/06(日) 22:10:27 ID:h+hfVlkG
>>475 よく分からないんですが
何故私があなたに腹を立てられなければならないのですか?
私は例え話として書いただけなんですけれども・・・
例え話を別のものにしろということですか?
一度湧いてきた怒りは消えるのだろうか?
薄れても 残って 蓄積されていくのではないか?
だ、か、ら、 うまく処理するべきだろう。例えば
初歩的→袋に言いたい放題喚く。袋をパンッと破裂させる。(~ー~)
枕叩きをする。口に出して雲散霧消させる。
何でもいい。物に当たろう(壊さない程度)。
間違っても人に当たるべきでない*(´ー`)*
落ち着いてきたら 有意義なことにエネルギーを向けよう (^ー^)
きっと 優しくなれるよ☆
セドナメソッドなんかどうだ?
あるいは瞑想で怒りを観察するか。
479 :
聖:2008/08/03(日) 07:09:32 ID:FZHCzaex
無駄に飯を食らってるから怒りの勘定が起きる。それだけのこと。
480 :
神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 08:38:23 ID:PAlYAWyP
つまり、飯の量を減らすべきであると?w
感情は抑圧しないで手放すのが良い
抑圧してると反動がくるよ
482 :
神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 00:20:35 ID:7bsxTt7e
怒りは何かに対する執着やこだわりが強いと起きやすくなるね。
執着やこだわりというのは物事が「こうなっているべきだ」とか「こうなってはならない」
という想いだけど、実際に思い描いた通りの理想の状態になることは滅多にないから。
もちろん、滅多にないからこそ欲してしまうのかも知れないけど、しかしこれはやはり
苦を産む元になる。
483 :
神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 00:38:05 ID:7bsxTt7e
宗教関係でこだわりというと、たとえば自分の信奉する宗教の教えに固執したりする
というのがありそうだ。たとえば聖書には「隣人を愛せ」なんて書いてあるが、目の前には
隣人愛の足りない普通の人が沢山居るわけで、これは理想と掛け離れた状態だ。
ここで理想通りになっていないからと言って怒ってしまったところで、特に何も変わらない。
まあ、無茶苦茶怒って人を鞭打って無理矢理従わせれば実現するわけだが、
それはそれなりに大幅にその教えに反したことになるのが普通だろう。
少なくともその行為には全く愛がないし思い切り人を裁いている。
(敵だと思っているのならば「敵を愛せ」にも反する)。
484 :
神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 00:47:53 ID:7bsxTt7e
あと、執着心は恐怖や不安の元にもなるね。持っているものがなくなって
しまうかも知れないという恐怖ね。というか怒りという激しい感情によって
かき消されて分かり辛くなっているだけで、怒りが起きている時は恐怖や
不安などもワンセットで全部抱えた状態になっているような感じがする。
不安や恐怖に対する防衛反応が怒り、ということかな。
485 :
南無大師遍照金剛:2008/08/13(水) 17:32:41 ID:PM1hMhSL
ソフトやメンタル面ばかりを云々いうけど
心や精神作用に影響を及ぼすハードやフィズィカル面も考えないと
脳みそや肉体的に疲労が貯まってたり寝不足だったりするとねぇ
心や精神に及ぼす影響も尋常ぢゃないよね
486 :
南無大師遍照金剛:2008/08/13(水) 18:08:41 ID:PM1hMhSL
呼吸をするときは腹式呼吸だぁ
って拘ってる方もいらっしゃる
歌を唄ったり楽器演奏の時は腹式呼吸だ
でも声をだす
楽器を吹くは
どっちも空気を吐く時だ
空気を吸う時は胸式呼吸なんだよね
空気を吸う時は腹式呼吸より胸式呼吸の方が空気が入るから
腹式呼吸で息を吐く時に腹圧をかけないと肺に入った空気を全て出し切れない
ヨガではムルバンドーというテクニックを使う
瞑想の時に空気を最大限に肺に吸い
最大限に肺から吐くのが脳みそが一番良い状態だと思う
488 :
神も仏も名無しさん:2008/08/14(木) 00:01:13 ID:BM1OGi7v
ん? 俺は昔から普通の時は腹式でしか呼吸してないぞ? (特に何のこだわりもなく子供の時から)
昔聞いた話では、男は腹式が多くて女は胸式が多いらしいな。
オギノ式
490 :
神も仏も名無しさん:2008/08/14(木) 10:19:53 ID:fcHiTvC0
ヒッヒッフー と呼吸すると良いらしいな
呼吸って無意識にしてる
自律神経にも関係してくる
呼吸を意識すると
交感副交感にも影響してくる
腹呼吸とは横隔膜を上下させ肺を押したり引っ張ったりして
肺に空気を入れたりする
無意識呼吸=腹式呼吸ではない
意識する腹式呼吸と無意識でする腹式呼吸は動かす神経が違ってくる
神経が違うと緊張も変わってくる
吐くときは腹式呼吸で吐かないと肩に力が入る→胸や肩で吐くと筋肉の緊張が起きる
吸う時に腹式呼吸だと肺の下側だけしか膨らまない
空気は肺にしか入らない
肺に最大限に空気を入れる為には胸と腹の筋肉を使う
肺と胸の筋肉で肺の上と横を引っ張り
お腹の緊張を解放して横隔膜を下に下げ肺の下を引っ張る
そして吐く時は胸や肩の緊張を解き
胸肩の重さで肺を押し潰し
腹の力で横隔膜を上に押し上げ肺を押し上げる
胸肩の重みと横隔膜に挟まれた肺は空気を吐き出す
仏教の禅は座ってれば良いらしい
しかし
ヨガの瞑想は
座り+呼吸をより最大限に酸素を取り込み
酸素を身体中に脳みそに行き渡らせる工夫をする
そして脳みそをクリアーに免疫力をアップさせる
健康になることが目的におかれる
実は漕洞宗だったりする (`▽´)
地味に大悲心ダラニが好き
ブッチョウソンショウ
イッサイニョライシンヒミツゼンシンホウキョウインダラニ
アミダニョライコンポンダラニも詠む
495 :
神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 22:04:36 ID:J4YGN1Zl
近所の部屋から笑い声が聞こえてくる。
ダウンタウンの番組の時間帯は大体聞こえてくる。
腹から笑っているように聞こえる。
不思議に思うおれがおかしいのかな。
497 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 11:48:58 ID:yP2eAhV9
いくら怒りや憎しみを抑えてもきりがないケースもある
498 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 11:52:07 ID:yP2eAhV9
お釈迦様がおっしゃるには救いようがないものもあるそうな
説法が通じない相手
俺の親父はじめ俺の親父系の家系がそう
人を憎み恨み陥れ
自分自身程素敵な人間はないという
本当に救いようがない
善の心を捨てない限り怒りは消えないとおもう。
500 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 11:54:26 ID:yP2eAhV9
お前が悪いから
お前が邪魔をするから
と全部他人のせい
何故他人がその様な態度を取るのか?考えない
俺程素敵な人間はいない
だから全部お前が悪い
居るんだね
こんな素敵な人間
俺の親父に俺の祖母
501 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 12:00:30 ID:yP2eAhV9
お釈迦様が仰るには
悪いと思ってやる人を改心させることは出来る
しかし
悪いと思わず敢えてやる者は改心させられない
と
何故か?
そもそも悪いと思ってやるなら説法をも通じ悪いことは駄目ですよと諭すことも出来る
でも
悪いと思わず気づかない者はどのような手段を払い講じようが気づかない
正に俺の親父の家系
502 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 12:03:17 ID:yP2eAhV9
ごめんなさい
親父
飽きたから
あんた無理だべ
どうにもならねーわ
息子恨んでくれや
503 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 12:32:59 ID:yP2eAhV9
俺の祖母
俺が小さい頃から天理教の神様使って生き霊送ってくる
俺も自分自身で頭が変だなと
俺も知恵着けて何か知らんが自衛して跳ねのけてたら
跳ね退けたものの殆どは祖母に帰らず
親父直撃
頭と心の弱い親父あボーン
一番の被害者は親父だろうね
親父があボーンした時に真言宗のお坊さんに頼んで降霊させたら祖母の生き霊が降りてきた
504 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 12:38:42 ID:yP2eAhV9
降霊させた霊曰く
お前が全部悪い
と
親父が機嫌悪くなる時の口癖(笑)
真言宗の坊さん曰く
祖母の怒り憎しみが親父に取りついて現してる現象だと
だから
俺も我慢したさ
しつこく繰り返される
お前が全部悪い
という言葉
でも飽きた
自分
>>1だけど。
いまさらながらタイトルのつけ方がまずかったとおもうんだ。
「制する」だと、ともすれば、怒りを敵対視することになる。
家族のように、「付き合う」しかないんだよね。結局。だって怒りも自分自身なんだから。
無論、野放図に発散するものでもない。
無自覚に爆発させるものではない。
取り付かれて振り回されるべきものでもない。
「怒り」なしで生きられたらどんなにいいだろう?
でも、実際に湧き出るからね。
「怒り」付きの人生を、うまく共存できたら、それは自分を向上させる「教師」になるかもね。
>>504 こんなスレ立てておいて、言うのもなんだけど、
「怒り」なんて、それ自体は、自然な感情だと思うんだよね。
自然現象であるとしたら、自分を責めることは、いっさい無いし、「我慢」の対象でもないと思う。
不用なものなら、人間に備わってないでしょう。
ただ、それに飲み込まれれば、自分を失ってしまうし、まわりにもよくない。
「あ、怒りだ」と自覚して、それでもう勝利だとおもうんですよ。
人それぞれの「課題」だと思うんだよね。「この怒り」は、自分にとってどんな意味があるんだろう?
それは頭では答えがでない。身体に聴いて見なければわからない。
まず、自分の「怒り」を許してみようよ。
できれば、相手と切り離して。でないと、自分が苦しいからね。
自分では全然出来てないけどね。
507 :
1:2008/09/11(木) 13:32:28 ID:zlNYE4QV
仏教でで大事なのは「慈悲=受容」だという。
ならば、自分自身の「怒り」に対しても、「慈悲」「非暴力」でいかないと。
「怒り」に対して「出て行け!」「消えろ!」というのは、「暴力的」だ。
そんな対応されたら、「怒り」も悲しいだろう。
かといって、「怒り」に取り付かれて同一化するのもまずい。
相手をするのでもなく、いっしょに遊ぶのでもなく、
やがて去っていくお客として、心の庭を貸してやろう。
「またきなよ、勝手に遊んでいけ」と、客観視することができたら、自分の成長につながるんじゃないかな。
難しいけどね。
508 :
南無大師遍照金剛:2008/09/11(木) 19:40:38 ID:yP2eAhV9
戦争の時代
戦争の無い国に生まれて良かった
509 :
神も仏も名無しさん:2008/09/12(金) 04:25:20 ID:JMMQwPNX
「自分は人からバカにされている」という思い込みは怒りを起こり易くさせる。
問題は馬鹿にされている事実そのものよりも、それを自分がどれくらい気しているかだな。
そもそも馬鹿にされていると思うのは、自分ならこういうとき人を馬鹿にするだろうということがわかってるからだよな。
俺自身、いつも胸にきざんでることがある。「嫌悪」 には、「同族嫌悪」以外無いということだ。
あらゆる嫌悪は、己の中の同族によって引き起こされる。
511 :
神も仏も名無しさん:2008/09/12(金) 15:55:56 ID:JMMQwPNX
「自分のものだ」と思っているものが多ければ多いほど、怒りは起こり易い。
人間は自分が何も持たずに素っ裸でこの世に産まれてきたことをすぐに忘れる。
512 :
神も仏も名無しさん:2008/09/13(土) 04:09:39 ID:NbfyIx25
>>510 そう。同族だ。同じ価値観を持っているから馬鹿にしたりされたりということが実現可能になる。
たとえば東南アジアには首長族というのが実際に居て選ばれた女性は首を長くするための
金属の輪を首に付けるが(実際には首が伸びているわけではなく肩が下がっているらしいが)、
それは首の長短に意味があるからであり、長い方が特別だからだ。つまり、それによる価値
尺度を彼らは持っている。だから首が長い者が首の短い者を馬鹿にするということも可能に
なるだろう。しかし、彼らが日本にやってきて首が短いということで日本人女性全員を見下して
馬鹿にしたとして、我々は何も感じないだろう。むしろ彼らの姿は奇異なものと受け取られ、
彼らを笑う者も居るかも知れない。価値観が全く違うからだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E9%95%B7%E6%97%8F
嫌韓と嫌日、親韓と親日でわけたほうがいいわけか。
514 :
613:2008/09/13(土) 16:14:04 ID:PjVsR8iz
>>505>>506>>507 この前、たまたまここがagaってたので見れて、初レスなんだけど、
とっても良いと思うよ。
それでこそ自在だと、思ったりする。
そこまで考えが至れれば、後は好きに起こったり、喜んだりしても良いと個人的に思う。
515 :
神も仏も名無しさん:2008/09/13(土) 17:21:28 ID:WAaMIT+m
理屈はよく分からないが経験上言えることは、怒ったら勝てないということだ。
怒りは勝利を困難なものにしたり失わせたりする。たとえ勝ってもそのために
払われた犠牲の方が大きくなりすぎて喜べなくなる。博打で10万突っ込んで最後に
1万勝つみたいな感じだ。おそらく頭に血がのぼって冷静な判断力が失われ間違いに
気付かないことが増えるからだろう。特に博打は分かりやすい。日頃は昼飯代を
ケチって安いもん食ってるようなやつでも博打の時は平気で何万も出す。ものの
価値が分からなくなっている。よくよく考えてみれば異常なことだし狂っている
と言えるだろう。
516 :
神も仏も名無しさん:2008/09/13(土) 18:19:18 ID:WAaMIT+m
>>507 怒りは肯定も否定もせずただ観察を続けるしかないかもね。否定すりゃ余計に
大きくなるし肯定すりゃつけあがる。触れないように注意しながら観察続ける
しかないような気がする。生えてきた強烈な毒を持つ毒キノコみたいなものだ。
毒がとても強いので触れない。触れば散々苦しんだ挙げ句死ぬ。そんな毒キノコが
庭に生えてきたのと同じだ。そういう場合は一定の距離を保ち監視しつつ触れ
ないようにして、栄養を与えないようにして根絶やしになるか変質して毒性が
なくなるのを待つしかない。
517 :
507:2008/09/13(土) 19:07:28 ID:n3yq9tnZ
>>514 はじめまして、自在になれればいいんですが、振り回されることしきりです。
以前チベットのマンダラで、修行者がゾウ(感情)に振り回され、やがて飼いならし、自分の
パートナーとする、というものをみました。でも、ゾウを殺すことはしないんですね。
>>516 完全に同感です。
それが人の自然な生き方でしょうね。
庭を観察するように、心とつきあいたいですね。
アリンナ・ワイスマン「やさしいヴィパッサナー入門」より(P52〜53)
「ある人物にまつわる話が頭から離れず、それに関連して嫌悪感が出てきた場合には、
その話の筋を追うのをやめて、意識を身体に戻すことが助けになります。
心の中で"彼らが私にした仕打ち"を何度も繰り返す代わりに、胸のあたりにあるこわばり、
のどの焼けるような感覚、アゴのあたりの緊張が何であるのかを調べていくのです」
「嫌悪感を、その原因だと感じられるものから引き離して、無自覚に反応してしまうのではなく、
注意深く吟味して見ることは出来ないでしょうか?嫌悪とは実際にどんな体験なのでしょう?
身体的にはどのように感じるのでしょう?
開かれた感じですか?それともこわばるような感じですか?」
「私たちは、自分の手持ちの話については裏も表も知り尽くしています。
それについて再び考えてみても何の学びにもなりませんし、幸せにもつながりません」
「中立的な対象(呼吸・体)についての意識に戻ることによって自覚が強まり、
そして自覚こそが困難な情況を解決する為の助けとなるのです。」
↑怒りの対処として、身体に意識をむけるというのは、フォーカシング、プロセス指向心理学などとも共通するようです。
相変わらず、怒りについて、いろいろ本を読んで対処法を勉強中です。
ちょっと抜書きして書いてみます。長文なのでうざければスルーしてください
どれもよく似た内容です。
ご参考になれば・・・
「痛みと身体の心理学」(新潮選書)より
「自分が怒っている場合、体に気持ちを向けるとよいと思います。
すると怒りが対象化され、分化されていきます。」
「怒りや攻撃性は単に悪者扱いされ抑圧されるべきではありません。」
「その一方、怒りの盲目的な開放は短絡的すぎます。
それでは他者を傷つけ、自らを崩壊させるだけの結果に終わってしまうでしょう。
どうしたらよいでしょうか。」
「抑圧、排出された怒りは水で薄められ一見解消されたように思えても、
実際には消失することはありません。それは消えうせることなく、比喩的にいうと、
ある種の生命力のようなものを携えた浮遊霊や邪気のようなものとして、フィールド
に生きつづけます。排除、無視され「悪霊」となった怒りは、自らを表現するために憑依する
獲物、相手を狙っていることでしょう。」
「抑圧するのでも衝動的に解放するのでもなく、関わる、関与する、付き合う、対話する
という姿勢を大切にしましょう。そのためには抑制(抑圧ではなく)が必要です」
↑この本には、怒りと付き合うためのワークものってました。
「怒りに頭をたれる」ことで、対象化し、距離をとることもできる、とか。
ちなみに、チベット密教で、憤怒仏に供物を捧げるのも、そうした「怒りの対象化」としての儀礼であるとのことでした。
ティク・ナット・ハン「仏の教え ビーイング・ピース」より
「怒りを戦いの相手とすべきよそ者とは、わたしは考えないでしょう。
また、外科手術によって除去すべき、不適当なものとは、考えないでしょう。」
「(自分と怒りは)非対立であり、しかも二つではないのです」
「思いやり、愛、やさしさ、非暴力をもって、私は自らの怒りに対処しなければなりません」
「ちょうど弟か妹の世話をするように、愛と思いやりをもって、怒りの世話をしなければなりません」
「怒りを絶滅させることは、自らを絶滅させることです。そのように怒りに対処することは、
自らを戦場に変え、みずからをぶんだんして、一方をブッダの味方にし、一方を悪魔の味方にすることになります。このように各線苦闘することは、自らに暴力をふるうことです。」
「怒りを感じたとき、はっきりとしたこころをもって、私は怒っている。と自らにいい聞かせるべきです。
ティク・ナット・ハン「微笑みを生きる」より
「腹が立ったらすっかり自分を忘れてしまい、自分を起こらせた相手の粗雑さや
不正直さ、残酷さや正悪さといった悪い面ばかり考えたくなります。
相手が嘘つきで嫌な人間だというのは、本当かもしれないし、
ただ自分がそう思っているだけかもしれないけれど、問題の根っこは腹を立てている
心のほうですから、私たちはまず自分にもどって、自分の内側を調べて見なければなりません」
「息を吸って 怒りがここにあると気づく
息を吐いて 怒りは私だと気づく
息を吸って 怒りは不快なものだと気づく
息を吐いて 怒りは通り過ぎてゆくものだと気づく
息を吸って 私は静か
息を吐いて 私はこの怒りを毅然として迎える」
「気づきは怒りに気づいても、抑圧したり追い出したりしないで、ただ見つめているだけです。
これがいちばん大切なことです。気づきは裁判官ではなくて、妹をいたわり慰めてくれる
おねえさんのような存在です。」
以上ですが、自分の怒りに「しっかり気づく(対象化)」「排除しない(受容)」「怒らせた相手を追わない」
をポイントとして、最近は心掛けています。
1さん、大変参考になった。ありがとう
523 :
たいら:2008/09/14(日) 10:38:36 ID:yrQR7yqt
祈る。人類の希望のために祈る。わたしたちはすべて一体だ。わたしたちはすべて一丸となって真新しい夜明けを迎える。その暁に、豊穣と自由が与えられる。父よ、大地に幸いあれ。
>>516さんのレスを参考にして、
心を庭のように観ることにしました。
怒りのときは「あ、キノコが生えた」、喜びの時は「あ、花が咲いた」と。
キノコはいずれしなびていく。
花もいずれ枯れていく。
諸行無常で、悲しむことも喜ぶことも無い。
これも、仏教的なものの見方かな?と思います。
多くの植物(感情)を受け入れることができる、できるだけ大きな庭(心)を持ちたいと思います。
そして自分は、その庭の鑑賞者となりたいと思います。
世の中って嫌な奴ばっかしだと思ってたけど最近すこし減ってきたような気がする。
多少冥想とかの効果出てきたかな
526 :
神も仏も名無しさん:2008/09/19(金) 01:21:14 ID:9PhzRYZ4
自分が変わると世界が変わったように見えるもんだ。
変わるというか、眼鏡のくもりが取れた感じか。
527 :
神も仏も名無しさん:2008/09/29(月) 00:20:20 ID:1w+EsEXY
ヴィパッサナーはじめたら、すこしづつすこしづつコントロール出きるようになった気がする・・・。
イライラしてる母親も可哀相。
自信がなくて防衛的にふるまってしまう父親も可哀相。
という視点が出てきた。
いままでは自分は被害者だと思って腹が立ってたけど・・・。
いまでも腹は立つけど・・・。
528 :
神も仏も名無しさん:2008/09/29(月) 19:55:38 ID:dp8Ua/oR
ヴィパッサナーを苦なくできるっていいなぁ。
しばらく続けてたけど、すぐに眠くなってたりしてた。
オレはホ・オポノポノ。
やっと苦なく続けられるものが見つかった。
529 :
神も仏も名無しさん:
ホ・オポノポノいいよねえ。
あれはマントラみたいでもあるな。