804 :
◆JQKtSizP2k :2006/09/11(月) 17:34:46 ID:Y1mfYblg
>>797 >それはないな。w
自らの意志を持ち、天地を創造して支配しているわけだから。
観音様は、そのときの必要によって、さまざまな形に変化するとされる。
まして全能の神なら、路傍の石に変化することは可能だろね。
自らの意思を持たず、天地創造しなかったことにしたり、天地の支配を止めたりするのも自由だろ。
「そんなことはしない」と信じることは可能だが、神は全能だから人の信仰を超えたことをしないとも限らないんだよなあ。
>>790 >誰の目にもその存在が明らかなものしか、その存在を認めないというのは極めて蒙昧な態度でもある。
存在の証明ができないものについて、「ある」「ない」、どちらの意見も理性的では無いね。
存在の証明ができないものについては、「その存在はわからない」としか言いようがないんだよな。
もっとも「あると信じる」「ないと信じる」といいたい人もいるだろうが、それはまあ宗教的ではあっても、理性的ではないだろうね。
>>801 >物は物に過ぎんよ。そんなものに神が宿るなんてのは、単なる妄想。W
そりゃあ、妄想といわれりゃ、返す言葉もないけどね。。。
でも、俺は、人っ子一人いない山の中、荒磯で一人で釣りしてるときとか、なんかいるような気配は感じてしまったりする。
ほこら、ご神木とかは、乱暴にはできないなあ。祟られそうだから。
キリスト教だと、死体は、ものだという感覚あるそうだけど。
CDU氏もやっぱ人は死ねば、ただのものであるという感覚なのかな。
807 :
くしこ:2006/09/11(月) 17:57:54 ID:2XSrt/46
>>801 全てのものは、生きてるからね。。。死んでるものなんて一つとしてないのよ。
命が宿っているから、そのものは存在しているのよ。。。
そこに霊が宿っているという発想を、私らはしているわけじゃないのよ。
808 :
くしこ:2006/09/11(月) 22:15:51 ID:2XSrt/46
>>804 そういう発想は、東方のキリスト教にはあるわ。。。
西方にも薄いながらもあるし。。。
>>807 いや、それだと死体も生きているということになり論理矛盾を来すということは前にもいっただろうが。
そこまで言葉の意味を希薄化させるべきではない。
810 :
くしこ:2006/09/11(月) 22:44:46 ID:2XSrt/46
>>809 死体からは魂は抜けているわ。。。
ただし、その死体はどうなっていくの?
811 :
くしこ:2006/09/11(月) 23:09:08 ID:2XSrt/46
もう一つ、死体ってさ、色々なことを語るのよ。。。
死体の囁きを聞いてみるのもいいかもね。
812 :
名無しさん@3周年:2006/09/11(月) 23:22:07 ID:EhsPA1M4
くしこさんの言う「全てのものは、生きてる」ってのは、
仏教で言う「無常」のような事かな?
>>810 ん?あらゆる物は生きているが、唯一死体だけは生きていないとでも?
ますます意味不明。w
814 :
くしこ:2006/09/12(火) 00:30:03 ID:Z7f3n9dz
>>813 とぼけなさんなw死体って単なるものかい?
816 :
くしこ:2006/09/12(火) 06:15:51 ID:Z7f3n9dz
>>815 死体が単なるものなら、何も語らないわよ。。。
生き様や死に様をね。
817 :
名無しさん@3周年:2006/09/12(火) 10:52:55 ID:hRxxe0ZC
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵。∴∵
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( )ゝ ( )ゝ( )ゝ( )ゝ ムチャシヤガッテ・・・
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三 | 三 | 三 | 三 |
∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪
三三 三三 三三 三三
>>816 だから死体は生きていると?
言葉遊びもほどほどにな。w
>>803 >大概の宗教は、人間の欲求に応えるもので、人間中心的なもんじゃないのかな。
神道もその一つだと認めると?だったら別に構わないのだが。
一部に神道はそういう人間中心の宗教ではないとほざく人もいるものだから・・・w
>>804 >まして全能の神なら、路傍の石に変化することは可能だろね。
可能かもしれないがやらないと思うよ。旧約聖書でもあれだけ偶像は私ではないと何度も繰り返しているんだからね。
神は人間を裏切ったり、断りもなく前言を翻すようなことはしないからね。
>>805 >存在の証明ができないものについては、「その存在はわからない」としか言いようがないんだよな。
いや「存在するorしないと看做す」というレベルがあるよ。
存在することを直接的に確証する証拠はないが状況から見てほぼ間違いないという場合や、「存在しない」と仮定した場合には論理的に明白な不具合を来たすという場合には、存在すると看做すということは能力に限界のある人間はしばしば行うこと。
存在の確実な証明なんて難しい場合が極めて多いからね。
>もっとも「あると信じる」「ないと信じる」といいたい人もいるだろうが、それはまあ宗教的ではあっても、理性的ではないだろうね。
神や仏などの超越者の存在を認めるというのが宗教の本質だから、それがない限りただ単に何かを信じていたとしても、宗教的だとは普通言わない。
>>806 >なんかいるような気配は感じてしまったりする。
>祟られそう
そういうのを世間では「気のせい」というんじゃなかろうか。
>CDU氏もやっぱ人は死ねば、ただのものであるという感覚なのかな。
ものだろうよ。でもだからといって粗末に扱っても構わないというものでもないけどね。
>>763 >不寛容で神様を信仰することを否定して 数え切れないほどの教会堂を破壊して、数えきれない程の信徒をしに追いやった
そうすると、同様の苛烈なキリシタン迫害を行ったジャップやジャップ文化は徹底的に批判するべきで、賞賛するべきではないと?
ますます同志じゃないですか。
>>763 というか、あなたは
>日本の牧師や教会は聖書の教えに反する考えを教えたり、イエス様の戒めてられる行動を 堂々とする事が多い(
>>760)
といっていたのだから、それに関する例示をあげて下さいとお願いしているのだが。
「敵を愛せ」という教えはあっても、「敵を批判しろ」とか「敵を賞賛するな」なんて教えは存在しないわけだから、それだと例示にはなっていない。
823 :
名無しさん@3周年:2006/09/12(火) 12:41:28 ID:uKo/u0gs
死体がモノという理屈は分かるがただのモノでしかないとは寂しいなあ。
とりあえずは墓は作ってあげようというぐらいの感覚か…?CDUさん、ちょっと
人間の心というものを軽視してると感じるが…。それともこれがキリスト教の
価値観なのか?
>>823 「ただのモノ」という言葉のニュアンスの問題だと思うが、敢えてドライな言い方をすれば単なる有機物の塊だということになるだろう。
もちろんそうであっても、それに対して特別な感情を抱くということは否定できないが。
825 :
◆JQKtSizP2k :2006/09/12(火) 17:34:33 ID:INV8/Qh3
>>820 >そういうのを世間では「気のせい」というんじゃなかろうか。
そういう「気のせい」が、なぜ生じたのかが興味深いじゃないかね。
>>820 >ものだろうよ。でもだからといって粗末に扱っても構わないというものでもないけどね。
CDU氏の考え方からすると、臓器移植は躊躇無く、賛成しそうではある。
おれは、何か死んでからでも、切られると、痛いような気がするけどね。
>>819 >神道はそういう人間中心の宗教ではないとほざく人もいるものだから・・・w
神道が人間中心だとしても、
神道の場合、人間は自然の中の一部になっちゃうかもね。
すると、神道は、人間中心であると同時に、人間中心ではなく自然中心であることになる。
また人間の欲求が、自然崇敬だとすると、そういう人間の欲求をかなえる宗教は、人間中心と同時に、自然中心でもあるかもね。
よく分からんけど。
>>819 >可能かもしれないがやらないと思うよ。
>神は人間を裏切ったり、断りもなく前言を翻すようなことはしないからね。
なるほど。CDU氏の神の理想像はわかった。こういう信仰があれば、艱難辛苦に出くわしても耐えられるんだろね。
>>819 >存在することを直接的に確証する証拠はないが状況から見てほぼ間違いないという場合
>「存在しない」と仮定した場合には論理的に明白な不具合を来たすという場合
↑
こういう場合は、多分、信者限定の場合だろうと思う。
宗教の信者さんって、なんで自分たちの信じる理屈が、部外者にも普遍的に通用すると信じちゃうんだろう。
>>819 >神や仏などの超越者の存在を認めるというのが宗教の本質
宗教の本質って、やっぱ人間の願望、欲望、欲求、煩悩とかだと思うよ。
今現在が苦しいと、死後の安楽を求めたくなる。
今現在が苦しいと、神がじきじきにか、それとも使者を遣わすかして救ってくれると期待したくなる。
多分、そういうのが宗教の本質、発生とかなんじゃないのかな?
夢のない話なんだけどね。
宗教は、為政者が民衆を支配する道具という考えよりかは、なんぼか穏やかでしょ。
>>829 おいおい、それは宗教限定の話じゃなくて、ごく普遍的に一般的事実にも当てはまることだ。
例えば、子供が泥んこになって家に帰って来たら、
全く証明などなされていなくても、
親は子供が外で泥んこ遊びをしてきたんだろうなとみなすわけだろうが。
もちろんそれが間違いである場合もありえないわけではないが、
大体は当たっているよね。
こういう誰でも少し考えればわかることがわかっていないから、
ジャップはダメだといわれるんよ。
>>830 それは、宗教の本質じゃなくて、宗教に入信するに至る動機だろ。w
しかもいくつかある動機のうちの一つに過ぎん。
いくつかあるということは、やはり本質ではないんということ。
>>825 気のせいは気のせいだよ。
人間の五感なんて結構いい加減なもの。
そんなものに全幅の信頼を置いちゃいけないと思うよ。
>>831 >例えば、子供が泥んこになって家に帰って来たら、
全く証明などなされていなくても、
親は子供が外で泥んこ遊びをしてきたんだろうなとみなすわけだろうが。
宗教信じる人って、たとえ話が好きな人が多いように思えるけど、
部外者から観ると、たとえ話って、大抵、ゴマカシっぽいんだけどね。
まあ、いいたいことは分かるが、上のたとえが、神が存在するとみなす、という思考を正当化するものとは思えんよ。
>こういう誰でも少し考えればわかることがわかっていないから、
「神を信じる」という結論がインプットされてる頭であれば、すぐ分かるんだろうと思う。
が、部外者は、それとは違う思考回路だからなあ。
>ジャップはダメだといわれるんよ。
無神論とか、反キリストとか、西洋発じゃないんかな。おれはニーチェは読まないが、
日本人の無心論者、反キリスト者とか、ニーチェかぶれの率が高いような気はする。
>>833 いや、別に神が存在することを認めたくなければ認めなくてもよいが、
人間の一般的な物事の認識過程としてこのような経過わ辿ることは否定できないだろうよ。
835 :
◆JQKtSizP2k :2006/09/12(火) 19:52:43 ID:INV8/Qh3
>>831 >しかもいくつかある動機のうちの一つに過ぎん。
いやいや人間の行動パターンなんて、欲望以外に何にもないんでないの?
836 :
◆JQKtSizP2k :2006/09/12(火) 20:08:57 ID:INV8/Qh3
>>832 >気のせいは気のせいだよ。
CDU氏は、なんでこう思考を止めちゃうのかな。CDU氏は、哲学する知性はあるはずなんだから、もちょっと考えを進めてみればよいのに。
閑話休題。
気のせいが何で生じるか考えてみると、まあ、無難なところでは、
俺は神道の風土文化伝統に育ったために、そういうことが心の内に染み込んでるのだろうね。
だから、大自然に接すると、漠然と、第六感で、ヌシみたいな存在を感じるわけだ。
しかしなぜそういう文化伝統が生じたかはわからん。
ただアニミズム、シャーマニズムとか、世界各地で生じてる。というか生じていたんだよな。
はっきり言って、キリスト教より普遍的な宗教だった。
また現代のキリスト教徒の間でも、「トトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」とかが受け入れられているのを見ると、
一神教でコチコチのキリスト教徒でも、宮崎アニメを面白いと感じてるわけだ。
アニミズムは案外、今でも普遍性を保ってるようにも思えてくる。
もし神が愛であるならば、一時代、一部族だけにメッセージを送るだけでなく、
全人類に平等に啓示を与えるだろう。
とすると、ほぼ全人類は、アニミズムを経験してるわけだから、アニミズムが神の意思かもね。
>>835 そうすると、人間の行うありとあらゆる行為が全部宗教だと?
838 :
くしこ:2006/09/12(火) 21:27:30 ID:MpyEjCWN
>>818 言葉遊びではなく、実際にそうよ。。。
だから、死体は多くの世界で畏れや恐れを抱く対象とされてきたわね。。。
839 :
くしこ:2006/09/12(火) 21:31:53 ID:MpyEjCWN
死後に新天地を求めたり、死を恐れない宗教というのは、
かなり後発なのよ。。。実はね。
840 :
くしこ:2006/09/12(火) 21:40:05 ID:MpyEjCWN
>>836 キリスト教指導者は、ケルト系を除けば中止させろと言ってるけどね。。。
ケルトのキリスト教は、両者がうまく融合してるから。
>>826 >おれは、何か死んでからでも、切られると、痛いような気がするけどね。
恐らく痛くはないだろうね。生きているときでも、少し麻酔液を注射されただけでも痛みを感じなくなるぐらいだから。
>>827 >神道は、人間中心であると同時に、人間中心ではなく自然中心であることになる。
いや、太陽が人間に恩恵をもたらしてくれるものだから感謝し崇拝するわけだろ。人間中心じゃん。
人間中心じゃないというなら、シリウスとかデネブなんて星にも太陽と同様に感謝しないとな。w
>人間の欲求が、自然崇敬だとすると、
また根拠のない唐突な仮定だな。w
そういう欲求が人々に生じるのは比較的温暖で穏やかな気候の国においてだけのことであって、あまり普遍的だとはいえないだろうね。
>>836 「それでも哲学の積もりかよw」なんていう野暮な突っ込みは置いといて。
>俺は神道の風土文化伝統に育った
やっぱりそうか。w なんでアンチクリって神道だらけなんだ?w 神道ってよっぽど狭量な宗教なんだね。
>もし神が愛であるならば、一時代、一部族だけにメッセージを送るだけでなく、全人類に平等に啓示を与えるだろう。
>とすると、ほぼ全人類は、アニミズムを経験してるわけだから、アニミズムが神の意思かもね。
でも神は少なくとも当初は特定の民族を選定してその民族だけに啓示を与えたのだから、やはりアニミズムは神の意志じゃないんだよ。w
神の愛の現れ方を人間の側が規定することも出来ないしね。
トトロとかは確かに面白いと私も思うし、最近はアンパンマンと日本の神話との関係を論じた本も出版されているね。書店で少し立ち読みしただけだが結構面白そうだった。
しかしながら、封建時代の話と同様確かにエンタテイメントとしての価値はあるかもしれないが、トトロなんてのは現実には存在しないわけで、やはり真理からは遠いんだろうなとは思う次第である。
>>838 いや、リビングデッドやゾンビが跳梁跋扈するオカルトwの世界は別として、死体が生きているなんてのは言葉遊びだよ。
844 :
くしこ:2006/09/13(水) 02:49:56 ID:m4P2tLB3
845 :
名無しさん@3周年:2006/09/13(水) 06:08:14 ID:JpcigNJU
>死体が生きているなんてのは言葉遊びだよ。
ハリツケになった後うろつきまわったイエスは?w
>>841 >生きているときでも、少し麻酔液を注射されただけでも痛みを感じなくなるぐらいだから。
歯科で麻酔しても、ごちゃごちゃいじられてる感覚は残ってるけどなあ。麻酔が切れてジンジン痛みが始まることもある。
死者に計器をつけても、針は触れないとは思うが、それは計器が反応しないということはいえても、死者が痛みを感じてないとは言えないと思うんだ。
死者が痛みを感じてるかどうかは、外部からは計測不能じゃないのかね。
>>842 >それでも哲学の積もりかよw
哲学するってのは、「ホントのこと知りたい」ってことだから、幼児でもできるよ。
>神は少なくとも当初は特定の民族を選定してその民族だけに啓示を与えた
こういう風に思考が止まるよりかは、幼児であっても、「それは本当かな? ていうか神って何?」とか考えるなら、哲学してるといえる。
神は少なくとも当初は特定の民族を選定してその民族だけに啓示を与えた
>>842 >トトロとかは確かに面白いと私も思う
本来のCDU氏の立場からすると、「トトロは人類を迷わせる」と危機感持たなくちゃならないんだけどね。
CDU氏であっても、面白いと感じてしまうわけだ。なんで面白いと感じるんだろう。
>トトロなんてのは現実には存在しないわけで、やはり真理からは遠いんだろうなとは思う次第である。
子供とか、大人であっても、トトロとかの実在を信じちゃう人って、結構いるからねえ。
それに、CDU氏は、「真理からは遠い」トトロについて、「面白い」と感じるそうだけど、これってよくわからんね。
普通、人って「真理でないもの」には「面白い」じゃなくて、「不快」を感じそうではある。
トトロが面白いってのは、CDU氏の中に、多分、ああいう生活、世界観とかに真実を感じ、心惹かれるものがあるんだろうと思うよ。
849 :
◆JQKtSizP2k :2006/09/13(水) 07:21:51 ID:8ZQ45qNt
>>841 >比較的温暖で穏やかな気候の国においてだけのこと
ヨブ記とか、自然現象の凄さを畏れ、その自然現象を起こす神を信じてる。
自然現象に神を感じるか、自然現象の背後に神を感じるかの差異はあっても、
自然現象に何かを感じてるのは共通でしょ。
>太陽が人間に恩恵をもたらしてくれるものだから感謝し崇拝するわけだろ。
太陽は暖かさと同時に、日照りもあるからね。雨は恵みでもあり、洪水でもある。
自然現象は恩恵だけでなく、悲劇ももたらす。
だから人は、自然に、感謝と畏れを抱くんだろうね。
850 :
他板で見付けたコピペだけど:2006/09/13(水) 08:15:33 ID:CBbuTKd7
神道とは全てに魂が宿る←これ実は神社本庁が広めた比較的に新しい定義なんだよね。
神道関係は、神社本庁から取材するので神社本庁の定義が現代にマッチ(と言うか、神道はそれで良いとの思い込み)して「そうか」と広まった。
コピペだけど。寧ろ神道家の間では本居宣長辺りまでそうした思想は否定されていた様に思
いますが。記紀でも「天穂日命がもの言う草木を平らげている。」(天により草木の魂を支配)
寧ろ、教義以前の民間信仰と天台本覚思想の影響でしょう。
付喪神の信仰の初見は12世紀ですが、活発化するのは16世紀から。
中国にもそうした信仰があり、その影響を受けたという説があります。
中世に配布された経典の一つ「神道由来記」など排他的な神道も神道だろ
神道は集積体なんだから無視して神道を定義してもね。
>>846 >死者が痛みを感じてるかどうかは、外部からは計測不能じゃないのかね。
生きている者なら感じないような痛みを死者は感じるとでも?訳が分からん。
歯科で麻酔をしても痛みを感じるのは、ごくごく少量の局所麻酔だからだろ。十分麻酔が効いていない場合もあるし。
>>847 >幼児でもできるよ。
幼児でも出来る程度のことをあたかも崇高なことでもあるかのようにやれやれと騒いでいたのか・・・
>こういう風に思考が止まるよりかは
少なくともキリスト教における神・聖書における神について考えるならば、聖書の記述を無視することはできん罠。
>>848 >本来のCDU氏の立場からすると、「トトロは人類を迷わせる」と危機感持たなくちゃならないんだけどね。
何でだよ?勝手に決め付けるな。w
誰もトトロが本当に存在するなんて信じちゃいないだろうが。
>普通、人って「真理でないもの」には「面白い」じゃなくて、「不快」を感じそうではある。
確かにエンタテイメントとしてはトトロもロード・オブ・ザ・リングもネヴァー・エンディング・ストーリーも面白いよね。
でもそのことに特別な意義を見出そうとするのは神道信者のかなり恣意的な思い込み。
>>849 >自然現象に何かを感じてるのは共通でしょ。
そりゃ人間は自然の中で生きているわけだから自然現象には何かを感じざるを得ないのだが、その捉え方は全く異なるといってもいい。
穏やかな自然条件のもとではその自然そのものに感謝し和むという信仰が生じ易いが、
苛烈な自然条件の地域においては、自然そのものではなく自然から自分たちを守ってくれる「自然の支配者たる神」の存在を見出すようになるという傾向が生じる。
>自然現象は恩恵だけでなく、悲劇ももたらす。
そう。いずれにしても人間中心。
>>851 >生きている者なら感じないような痛みを死者は感じるとでも?訳が分からん。
手術で、切断されてないはずの箇所を痛がる事例があるからね。訳が分からん。
心霊番組では、死者を呼び出すと、「苦しい苦しい」「寒い寒い」とか言ってるよ。訳が分からん。どうせやらせか、錯覚だろうけど。
>幼児でも出来る程度のことをあたかも崇高なことでもあるかのようにやれやれと騒いでいたのか・・・
俺は、幼児の発する素朴な疑問って、結構、感動するけどね。
幼児の「なんで○○なの?」という問いには、時折、無知の知を強烈に自覚させられるよ。