1 :
名無しさん@3周年:
2 :
名無しさん@3周年:2006/05/13(土) 19:21:13 ID:xHan7BLU
素晴らしい神秘家ですよね。
3 :
名無しさん@3周年:2006/05/13(土) 19:54:57 ID:IQWdqK1P
3クス!
この人はスウェーデンを代表する学者でもある。
5 :
名無しさん@3周年:2006/05/14(日) 10:20:05 ID:W267IUCd
電波か悪魔憑きか。
6 :
名無しさん@3周年:2006/05/14(日) 17:58:21 ID:lGy4gzmB
人が少ないぜ。
7 :
http://ex11.2ch.net05.tripod.com/log/1147446442.html:2006/05/14(日) 20:35:13 ID:OWj+r3SK
なんで聖書とか訳すとき変な古文で訳すの?
8 :
ダイナミックハングドマン ◆kvdtCC39Bs :2006/05/15(月) 23:17:53 ID:OIZ/e1Jg
あげ
9 :
名無しさん@3周年:2006/05/20(土) 14:36:27 ID:isLvRfgA
AGE
10 :
名無しさん@3周年:2006/05/21(日) 11:07:11 ID:EmuyBp/g
面白そうなおっさんなのに人気ないの?
11 :
名無しさん@3周年:2006/05/21(日) 11:17:05 ID:e44zU/HE
丹波哲郎がパクってたのこの人ですよね。ちがったっけ?
12 :
名無しさん@3周年:2006/05/22(月) 18:13:57 ID:9JcBuwo0
>>11 その通ーーーーーーーーーーーーーーーーりっっ!!(本人風に)
13 :
ち ◆GX3Eshj01M :2006/05/25(木) 09:50:44 ID:/akzOIyn
図書館で霊界日記を借りて読んでみようか
それとも先に聖書を読んでみようか。
14 :
名無しさん@3周年:2006/05/25(木) 11:13:05 ID:iB4srcwp
偉大な禅の達人、鈴木大拙もスエーデンボルグを翻訳しているね。
「天界と地獄」、その他何冊かを・・・。
大拙先生の言葉。「彼(スエーデンボルグ)の宗教は善をなすにあり!」
15 :
名無しさん@3周年:2006/05/26(金) 09:09:08 ID:V1Zrz+l1
>>10 どう面白いのか
自分の文章で説明してみろや
逃げるなよ
16 :
名無しさん@3周年:2006/05/26(金) 09:39:46 ID:Q/EvRoiz
「エマニュエル・スウェーデンボギー.....その名は、スウェーデンの小鬼、若しくは、魔女を意味する」
W.Bが彼を批判するように、スウェーデンボルグは機械論的唯物論者でしかない。
えーっ!キリスト教の神秘家じゃないの?
18 :
名無しさん@3周年:2006/05/26(金) 10:24:18 ID:Q/EvRoiz
>>17 スウェーデンボルグの著書の有名なパロディーがあるので、それを読むとよい。
唯物論者と真の神秘家が天使と悪魔に置き換えられているが、痛烈にスウェーデンボルグの理論の矛盾について皮肉っている。
スウェーデンボルグの決定的な過誤がこれによって明らかになるでしょう。
いずれにせよ、キリスト教の範疇に封じ込めてしまってはいけないな。
スウェデンボルグの齎した諸体系は、キリスト教の物指しから、とりあえずは切り離せ!
アメリカに、彼の思想的系譜を引くキリスト教の宗派がある(スウェデンボルギアンとかいう)ことは知っているが、これはあくまでスウェデンボルグの思想を取り入れて立ち上げた一宗派というにとどまる存在。
W.Bって何の略?スウェーデンボルグとパロディで検索してみたんだけど
見つからなくて・・・。
21 :
名無しさん@3周年:2006/05/26(金) 10:56:15 ID:Q/EvRoiz
W.Bはスウェーデンボルグの元信者であったが、後に、彼は無能な唯物論者であるとして批判に転ずる。
そのパロディーは地獄の聖書を礎として著したが、同時代人の理解を得られず、胆石症の為世を去る。
画家としても異端者として知られ、変人と称された。
W・B・イェイツという人なら知ってるけど「W.B」ってイェイツのこと?
なんだ、バビロンの住人のたわごとじゃないか。気にしない、気にしない。
嘘つきは裂いてです!(><)
25 :
21:2006/05/28(日) 10:10:42 ID:TcYCgrWP
スウェーデンボリと言えば、ウィリアム・ブレイクを思い出してほしいんだが。
ブレイクは『天界と地獄』のパロディーの『天国と地獄の結婚』を著し、「天使は唯物論に屈した存在であり、スウェーデンボリはその天使に従い崇拝しているに過ぎない」と皮肉っている。
天使は、キリスト教に嫌われる偶像の象徴としてブレイクは扱っている。
やれやれ、「スウェーデンボルグ」という名前が出てきた途端に
必ず決まって現れるのがス氏(以下このように呼称する)に対するネガティブな反応である
スウェーデンボルグのことを語るスレなどもってのほか!
閑散とした状態にしてさっさと落ちてもらわねばならん
彼に関心を持つ人間が増えては困るから、
ましてや正しく理解する人間が増えるなんぞ我慢ならんことだ!
さてそれとなく悪し様に中傷して悪いイメージを彼等に植えつけよう
そうしてスウェーデンボルグのことなど頭から離れるようにしむけよう・・・
そうやって豚どもが、善と真理から、すなわち神から人間を引き離そうと
そこはかとなく必死になっているさまは、滑稽以外の何ものでもなく、私にとってはどーでもいいことだが、
ものぐさな私でも以下のことだけは述べておかなくてはなるまい
きんも〜☆
誰かがス氏のことを正しいと言ったからかれの書いてあることが正しいのではない、
誰かがス氏のことを間違っていると言ったから、かれの書いてあることが間違っているのではない
誰かが今どき太陽が地球のまわりを回っているだと言ったらその通りになるだろうか?
誰かがス氏の著作を徹底的に批判したとする
正しいのはス氏か? それともス氏を批判した者か?
正しいのはス氏でもなければ批判者でもない
真実のみが正しいのであって、引いては神のみが正しい
ス氏が真実をありのままに書いたのであれば、
全宇宙がそれは間違っていると叫ぼうと無意味である
逆もまた然り
ではス氏は真実を書いたのか、それともウソや妄想を書いたのか?
それは彼の著作を読んで判断するしかないが、読んでも正しく判断できるとは限らない
なぜなら真理を憎む人間は真理が述べられれば真理を憎みそれを否定する
だからス氏の著作が真理であれば、仮にそれが真理であると分かってもそれを憎み、
著作を否定するだろう
一つだけ間違いないのは、導かれる者は主によって導かれるであろう、ということ
その時認識は自ずから主から与えられるだろう
>30
ほっとていてくれ
どうせ最初からキモいよw
間違えた
「ほっとていてくれ」ではなく、
「ほっといてくれ」、だなw
そしてブレイクに関して言っておくが、ブレイクは「天界と地獄の結婚」において
『彼(ス氏)は宗教的な天使たちとは対話したが、宗教を憎む悪魔たちとは対話していない。
彼の思い上がった考え方では、それができなかったからである。』
また、『いつも思うことだが、天使たちは自惚れていて、自分たちだけが賢いと言いふらす。』(※1)
などど書いているが、明らかな事実誤認である。
そもそも彼が悪魔や地獄のことを知らないのであれば、どうして「天界と地獄」という本が書けるのか?
地獄のことを知らなければ地獄のことは書けない
「・・・なぜなら誰一人善くないものをもまた知らなくては善いものを知らないのであり、
真でないものを知らなくては真のものを知らないからである・・・(天界の秘義5356より)
ブレイクは、ス氏は何も分かっていないのだと思い込みたいらしい
霊界日記は柳瀬訳で全九巻だが、天界よりもむしろ地獄の見聞に関する記事の方が多い
巻にもよるが、痛ましいまでの地獄の描写が続く、なぜならば、当時のヨーロッパでは
キリストを憎み、退ける人間の方が圧倒的に多かったからだ
(地獄について書くことについては、ス氏自身はきっとウンザリしてたであろうが
彼は趣味でこういうことを書いたのではなく、主の誡命で啓示されたことをそのまま書いたのだ)
ブレイクがス氏のどの著作を読み、どの程度理解していたのか、
あるいは内心で憎んで拒絶したのか、ワザとス氏を誹謗してるフリをして泥をかぶっているのか、
単にス氏に嫉妬してるだけなのか、本当に何も分かっていないで誤解してるだけか、
定かではないが、「天界と地獄の結婚」を読むかぎりでは、肝心なことは何にも分かっていないように見える。
ま、どおでもよい。
35 :
名無しさん@3周年:2006/05/28(日) 14:46:13 ID:Sxan5ju3
頭は良かったのかもしれないが
異端は異端。
それだけのこと。
(※1)
人間が死後、善または真理は一つとして自分自身からは発しておらず、
凡ては主から発しており、自分自身から発しているものは凡て悪以外の何ものでもないことを
心から承認しない中は天界に入れられることはできないほどにも非常に重要なことである。
(天界の秘義5758より)
あぼーん
>35
確かに彼は諸科百般に通じた大科学者であったが、
頭がいいとかそーいう問題じゃないんだよ・・・
>>13 角川から霊界日記の抄訳が文庫本で出てる
現在一番手軽に読めるス氏の本といえるだろう
ISBN 4-04-277601-9
さて、消えるわ
皆さんごきげんよう
>>38 抄訳すぎだよね・・・文庫本一冊って・・・
>40
まあそう言いなさんな
なかなか勘どころを捉えて抜粋してある
ス氏へのきっかけとしては好適だ
もちろん「天界と地獄」やその他の著作を
読んでもらっても全然OKだが
42 :
名無しさん@3周年:2006/05/30(火) 09:20:26 ID:32AXoVDb
日本で刊行されてる「天界と地獄」等もまた抄訳なのだった。
ほう、それは本当か
静思社、アルカナ出版ともに?
うーむ、やはり閑スレになっとるなw
こんなことなら、変にもったいつけて予防線を張ったりしない方がよかったか・・・
まあどうせほっといたって人稲なのは同じだっただろうけど
このスレもこのまま放置しておけば静かに消えてゆくことになるのか
せっかくス氏のスレができても、ス氏に興味がある人は少ない
ましてや主要な著作をある程度読んだ人はもっと少ない
もちろん1で紹介してあるように、少数だが勇者は存在する(私ごときなど足元にも及ばぬ)
でもやっぱ少ないよなぁ・・・読んでてネットしてない人もいるんだろうけど
ま、読んだって税金免除されるってワケでもなければ、
空中浮揚ができるようになるワケでもない(あーくだらねぇw)
とはいえ、(自慢するつもりはサラサラないが)ある程度読んだ人間としては、
著作の内容をこのまま自分だけが多少知って理解するだけで終わらせるには、
あまりに、あまりにそれは惜しいことであると言わざるを得ない
(いやね、喫驚喫驚また喫驚の連続ですよ、ホントw)
とは言っても、では何を(この2chで)書くのか?
実はそのことでしばらくあれこれ考えていた
そもそも自分に的確に書くだけの力があるのか・・・
それに所詮2chだしねw
されど2ch.........か
もはやここを見る人間はごく僅かだろうが、考えた結果、
書いた内容が受け容れられないにせよ、そしていずれは落ちるにせよ、
その前に一つの事柄に絞って書いておくことにした、
というか、一つの真実について紹介することにする
それは、この板でも常に論争の的となっている事の一つである、
『救われるのはクリスチャンだけか、否か?』である
このテーマ一つにしても、なんとばからしい書き込みの多いことw
ハッキリ言って、このことに関しては、「知ってるか、知っていないか」というレベルの問題だ
決して「理解できるか、できないか」という問題ではない(と思うのだが・・・そうでもない?)
ではさっそく霊界におけるキリスト教圏外(すなわち異邦人)の
人間の死後の運命について、ス氏の著作から、最初にまず、
このスレのタイトルにもなっている「天界と地獄」から、
異邦人について書かれた部分を紹介しよう
〔引用開始〕
○異教徒または天界の教会の外にいる人々○
(「天界と地獄」318より)
教会の外に生まれて、異教徒、または異邦人と呼ばれている者は、
聖言を持っておらず、引いては主を知らず、主がいなくては救いはないため、
かれらは救われることはできないと普通考えられている。
しかしそれでも、かれらもまた救われることは、ただ以下のことのみからでも知ることができよう、
すなわち、主の慈悲は普遍的なものであり、すなわち、各々の者に及んでおり、
彼らも教会内の、比較的少数しかいないものと同じく人間として生まれていて、
彼らが主を知らないのは彼らの責任ではないのである。
何人でも何らかの明るくされた理性から考えるならば、
誰一人地獄のために生まれていないことを認めることができよう。
なぜなら主は愛そのものであられ、その愛は万人を救おうと願っておられるからである。
それゆえ主は凡ての者が宗教を持ち、その宗教によって神的なものを承認して、
内的な生命をもつように定められたのである(以下略)
〔引用終了〕
まあ、そういうことである
要するに「神的なものを承認して、内的な生命を持つ」ことが重要なのであって、
自分の名札にどの宗教の名が書かれてあるかは問題ではない
では「内的な生命を持つ」ということはどういうことであろうか?
あるいは、無宗教な人間はどうなるのであろうか?
そもそも救われるってどういうこと? 別に生活に困っているわけでもないが・・・
今更ながらに思うのだが、一つのことだけに絞って書くといっても、
実際にはあれこれと派生する事柄について説明が必要になってくる
完璧に説明しようとすればキリがない
上記の著述についてはス氏がウソを書いていない限り真実だが、
まだまだこれだけでは救いについて誤解を生みかねない
ではス氏の著作からボコボコと引用しまくればいいかといえば(ホントはそうしたいのだが)、
そんなことをすればもはや無断転載であり、しかも膨大な文書量になってしまう
さて、「天界と地獄」324の記事では更に、生前は偶像崇拝者だった異邦人が
天界に迎え入れられた事例すら紹介されている
と書けば、偶像崇拝OKなの?
ということになってしまうが、その辺の事情については実際に著作を
(できれば「天界と地獄」だけでなく他の著作も)
読んでもらうのが一番いいのだが、なかなかそうもいかないだろうから、
またの機会に、ある程度要約して説明することにしよう
(またの機会がいつなのか、あるいはその機会自体が存在するのか全く未定w)
今回はこれで終わることにする
ではごきげんよう
48 :
名無しさん@3周年:2006/06/06(火) 01:19:50 ID:tA8NKwkV
ごっきげんよ、ぉ〜う!
つまるところ万人救済風味?
>48
神は万人を天界に迎え入れようとしても、
本人が自らを深淵の底へ沈ませ、自らを悪魔にしてしまうのです
神は誰も地獄に落とさない、しかし人間が自らを地獄へ投げこむのです
(外観はいかにも神に叩き落とされるという風に見えたとしても)
糞尿の中で転げ回ることをこの上ない喜びとする連中にとっては、
天界こそがまさに地獄なわけですよw
地獄とはどういう所で、一体どういう人間が堕ちるのか
また機会があれば書くこともあるだろう
>49
ユダの件については、著作の全てを読んだわけでもなく、
厳密に精査したわけではないので断定はできないが、
おそらくどこにも書かれていないかと
もし書かれていれば、誰かが採り上げているでしょう
私よりずっと詳しい人は確実にいますから
(ペテロに関しては霊界日記421参照)
それと私は参加していませんが、そのMLのことは知っています
ス氏の著作を学べる非常に貴重な場といえるでしょう
今後も是非活用されたし
>>50 レスありがとうございます。角川文庫の霊界日記をみてみたのですが、見方がよくわかりません。
ペテロは結局どうなったのですか。
>51
角川の抄訳には載っていないので静思社の霊界日記第1巻から引用します
〔引用開始〕
○以前よりも多くの者が、天界へ入れられるためにペテロを探し求めている○
421 ペテロが天界から投げ落とされたことが明白にわたしに示された。
その時以来わたしは今日までもかれについて何ごとも聞いていないが、
今は前よりもさらに多くの者がペテロのもとに来て、ペテロを崇め、
自分たちを天界に入れてくれるように求めていると、今日話された。・・・(以下略)
〔引用終了〕
ペテロはなかなか見つからない場所へと投げ落とされたのでしょう
他界して間もないキリスト教徒の霊たちが、聖書の言葉を文字通り鵜呑みにして、
天界の鍵を持っているとされるペテロに頼めば天界に入れると思い、
ペテロを捜すが見つからない・・・
ペテロだろうと誰であろうと、誰かを自分の好みで天界に入れたやったり、
あるいは意地悪して天界に入れてやらなかったりできる権能など、
当然のことならがそんなものは誰一人持っていません。
(角川抄訳P150、パドアのアントニウスを参照)
使徒列伝では、死んだユダの代わりに適当な人物にくじを引かせて新たに
ユダの後任としましたが、霊界でも、誰かが本来の役目を果たせなくなった場合、
代理の霊が本人の役を務める、というより「本人に成り代わって本人になる」
ことは決して特別なことではありません
ペテロが投げ落とされたのは一時的なのか(天使でも一時的に天界から投げ落とされることがある)
それとも最終決定なのか、よく分かりませんが、多分ペテロの役割を果たす霊は
(たとえ元祖のオリジナルでなくとも)いるのではないでしょうか
>>53 ありがとうございます。やはり、権力、一番上を望むことはダメなんですね。
勉強になりました。抄訳はいまいちですね。
子羊さん、イマイチでしたかw 私はあの本好きですけどね
いささか私見を述べてみますと、霊界日記を始め、
ス氏の著作では歴史上実在した人物、あるいは聖書の登場人物等の
霊界での実態が紹介されており、誰でもそれは確かに興味深いものではありますが、
意外な人物の信じがたい末路が記されている場合も多く、
(もちろん全員がそうではありませんが)ちょっとショッキングではあります。
その代表例がパウロでしょう。パウロが実はとんでもないごろつきであったというのは
やはりス氏がウソを書いていない限り霊的事実ではありますが、
自分以外の──それが有名人であれ、見知らぬ町のAさんであれ──
他人の霊界での実態は、そのこと自体はどこまでも他人事にすぎません。
単なるのぞき趣味でそれを知りたいだけなら、
単なる事実を記憶に貯めるだけになってしまいます。
(といってもやっぱり気になるのが人情ですがw)
ス氏を読んでいる人で、パウロの実態を知っている場合、
どうしてもパウロの事跡を軽んじる傾向があると思います
しかしパウロの地上での功績は偉大であるのは議論の余地のないことであり、
また彼の書いたものも(彼の末路はどうであれ)それはそれで立派なものあり、
間違ったことは書かれていません。
(「信仰によって義とされる」に関してはさんざん悪用されたが)
しかしならが結局彼の業は、すなわち彼があれほどに熱心だったのは、
彼の膨れあがった自己愛の産物であったからには、結局誰であれ、
どんな偉大な仕事も、それがどれだけ称賛されるべきものであっても、
彼の自己愛からそれを行っているのなら、かれ自身の永遠の生命には何の寄与もしない(※1)
パウロはそれが充分に分かっていたのです!(コリント書簡第一13章)
しかし分かっていても、つまり理解しただけでは意味をなさなかったのです!
そのことを我々は深く省察すべき、かと
というか、いやでも考えさせられざるを得ないでしょう
そういう意味では、パウロの件に限らず、他人の事例も他人事ではない、
ということになります
ああ俺はイエスを裏切ったユダのようでなくてよかった・・・
などと考えているのなら、ひょっとしたら(当然私も含めてですが)その人は
悪魔の罠にハマっているのかもしれません
(※1)単なる人間が神性を己に帰することは当然間違いですが、
例えば権力や富を追求すること自体が悪とは言い切れません!
当人がどのような目的でそれを追い求めているかが重要です
(さーて、いつになったら47の続きをやるんだかw)
57 :
名無しさん@3周年:2006/06/17(土) 13:30:16 ID:4mreADSy
>56
>権力や富を追求すること自体が悪とは言い切れません!
実際問題として、権力や富を追求している人々の大部分が悪でしょう。
権力や富が「善をなす手段」だと言いたいのでしょうが、権力や富がなくても
善はなせます。もともと、権力や富を与えられていない状態が、すでに神様
の御意志なので、その与えられた範囲で善をなすよう努力すればよいはず
です。
それなのに、敢えて権力や富を得ようとすること自体が、すでに「悪」の
元である自己愛にどっぶり片足を突っ込んでいます。
58 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 18:50:37 ID:FXHD63n6
スヴェーデンボルグの世界では…
十字架の贖いや復活は、どんな意味があるの?
59 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 19:16:45 ID:PYSe4BCt
>>57 権力がないとでかい集団は動かせないよ。国と会社とか。
富がなければ橋をかけることができないよ。小銭では大きな事業はできない。
小銭を元手に小さい事業から初めて銭を増やさなければね。
わ;あ;あ;あ;あ;あ
・・・・・・・ageちゃったのかw
>58
そりゃもうとてつもない意味が・・・
でも今はそんな話は無理
私は57のように考えるのは間違っていることを説明しなければならない
なぜなら天国に入るためには金持ちや権力者になってはいけないと
思っている人が結構たくさんいるようなので
で、準備して久しぶりにこのスレ探したら・・・
ありゃま探さんでもすぐ見つかったやんけw
ま、いいだろう
以下にかなりの量を著作から引用するが、
多くの人に知っておいてもらいたい内容である
〔天界と地獄357、358、360、361、362より引用開始〕
○天界の富んだ者と貧しい者○
357 ・・・私は天使たちと再三話し合い、また交わることにより、
富んだ者も貧しい者と同じく容易に天界に入り、人間は豊かに生活しているために
天界から閉め出されることはなく、また貧しいために天界に迎えられもしないことを
確実に知ることができたのである。そこには富んだ者も貧しい者もおり、
富んだ者の多くは貧しい者よりもさらに大きな栄光と幸福とを得ているのである。
358 前以て以下のことを述べておかなくてはならない、すなわち、
人間は機会が与えられるかぎり、ずるく立ちまわって、他を欺きさえしなければ、
富を得て、それを貯えてもよいのであり、また美味しいものを、ただその上に己が生命をおかないかぎり、
食べても、飲んでもよく、己が境遇に従って壮麗な所に住んでもよく、
己が流儀なりに他と交わっても良く、娯楽の場所へ再三でかけてもよく、
世の出来事について話してもよく、献身者のように悲しい、沈んだ顔つきをし、
頭を垂れて歩く必要もなく、楽しく、陽気にしていてもよいのであり、
またその財産を、情愛から動かされないかぎり、貧しい者に与える必要もないのである。(以下略)
360 私は幾人かの者とその死後話をしたが、彼らは世に生きている間、
世を放棄して、ほとんど孤独の生活にふけったが、それは世の事に思いわずらわされないで、
敬虔な瞑想に充分ふけるためであり、そのことによって自分たちは天界の道へ入るのだと信じていたのである。
しかしこうした者は他生では憂鬱な気質を持っていて、自分のようでない者をさげすみ、
自分は他の者の幸福以上の幸福に値していると信じているため、
その幸福を得ないといって激しく怒り、他をかえりみず、天界と連結する手段となる
仁慈の業にも面をそむけている。彼らは他の者以上に天界にあこがれるが、
天使たちの間に迎えられると、不安をもちこみ、そのため天使たちの幸福は乱される。
そのため、彼らは遠ざけられるが、遠ざけられると、荒地に行き、そこで世に送ったような生活を送る。(以下略)
361 天界における富んだ者の運命は豊かさにおいて他の凡ての者にもまさる底のものであって、
その中には宮殿に住んでいる者もあり、その宮殿の中では凡ゆる物は金銀で輝いている。
彼らは生活の用のために凡ゆる物を豊富に持ってはいるものの、
己が心をそうした物におかないで、用においている。
用を彼らは明らかに、また光の中に見るように見ているが、
金銀は用に比較すればあいまいに、蔭の中で見るようにしか見ていない。
その理由は、彼らは世では用を愛し、金銀はただ手段、
器具としてしか愛さなかったということである。
用そのものは天界ではこのように輝いており・・・(中略)
・・・それゆえ世における彼らの用のいかんに、、天界における彼らの豊かさは応じ、
また彼らの歓喜と幸福とが応じている。善い用は自分自身と自分のもの〔自分の家族〕に
生活の必要なものを供えることであり、また自分の国と隣人のために豊かな富を
ねがうことであって、富んだ者はその国と隣人とを多くの方法で貧しい人間よりも
さらに益することができるのである。(以下略)
362 しかし神的なもの〔神〕を信じないで、
天界と教会とにぞくしているものを心から斥けた金持ちの運命はその反対であって、
彼らは汚物、悲惨、欠乏の満ち満ちた地獄にいる。(中略)
・・・その用は彼らがその好むままに生活して、快楽にふけり、
邪悪をさらにほしいままにしようとする願いであるか、彼らの軽べつしている者を
見下そうとする願いであるか、その何れかである。(以下略)
〔以上、天界と地獄357、358、360、361、362より引用終了〕
>57
>権力や富がなくても善はなせます
権力や富を駆使して善を為す方がもっと大きな善(用)を為すことができます
一人の人間が一人に対して親切にするのはそれはそれで善いことだが
一人の王が国家に対し、国民全体に対し善政を敷くことの方が遙かに大きな善である
(その逆だと大きな悪だが・・・)
もちろん実際問題としては大半が自己愛や所有欲が目的だろうが、
全員がそうとは言い切れない(ルイ14世の例など)
>権力や富を与えられていない状態が、すでに神様の御意志なので・・・
神の摂理は確かに秘かに働くが、あくまでも人間は自分の自由意志によって
(むろん選択肢が限定されているとしても)自ら人生の選択をしなければならない、
それがいわば神の意志であって、また自ら選択したものが自らの運命となるわけで、
そしてその(選択の)責任は神ではなく人間の側にある
なぜなら人間には自由が与えられているのだから
古代や中世の厳格な身分や家柄の区分があった時代ならともかく、
現在では貧しく不遇な生まれから国家の要人になったり一代で財産を築いたり、
学問や研究で大きな名声を得たりする人もいる
もし例えば権力を目指すこと自体が悪ならば、政治家は全員悪人ということになってしまうだろう
あるいは貧しい家に生まれたらその人は一生ずっと貧しいままでなければならないのだろうか?
親が科学者でないと科学者になってはいけないのだろうか?
決してそのように考えてはならない
もちろん大半の人と同じようにひっそりつつましく平凡に暮らすのもそれはそれで当然OK
生前経済的に貧しかろうが豊かであろうが、王だろうが大統領だろうが小市民だろうが
天界に入る者は入り、地獄に堕ちる者は墜ちる
だが間違いないのは、生前に権力者であったり富豪であったりした者が
地獄ではなく天界に入る場合、彼は他に抜きんでた存在であり、
おそらく地上で生きた頃と同じように天界の一社会でふさわしい地位に就き、幸福に暮らす(※1)
なぜならば、著作から引用したように、
その人は富や権力を使って貧しい者にはできない公共の大きな善を為そうとしたからである(※2)
まあそういう人は稀でしょうけど
(※1)
別に富や権力を志向せよと言ってるのではありません、本人の自由
なんつーても一番お気楽なのはペーペーですからなw
(※2)
(神から、すなわち主から、あるいは宗教的な動機から
善を為そうとすることを愛する情愛から善を為そうとしたがゆえに、ということ、
パウロの善はいかにも外見はそれらしく見えるが、残念ながらそうではなかった)
貧しい者でも、ホリエモンみたいなのは論外だが、
公正かつ誠実熱心に仕事をした結果富んだり顕職に就いたりする者を心の中で妬んだり、
自分のように清貧の生活をしない者を内心で軽蔑したりすれば、
彼の清貧はむしろ彼にとって呪いとなってしまうだろう
もう一度最後に述べておくが、人は正当な手段で富や権力を求め、
また豊かな生活をしても全然OKである、そのこと自体はその人の救いを妨げない
もしその人が宗教的仁慈から公共の善のためにそれらを求めるのなら誠に偉大である(ごく少数だろうが)
なぜなら権力や富を使った善は極めて大きな善であるから(悪用するのはやめましょう)
すなわち、権力も富も、あるいは清貧も、人によっては祝福となり、また呪いにもなる
金持ちの悪人もいるし貧乏な悪人もいる、逆もまた然り
ちなみに
小生も平凡でささやかな人生で充分ですハイいやアンタはエラいよ立派だよ派なわけだが・・・w
66 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 19:58:29 ID:FXHD63n6
>>60 そうですかぁ・・・・・ んん....残念。。
んじゃ もうちょっと落ち着いたら おながいします。m(_ _)m
>66
いや、おそらくこれ以上はこの件では書かないから
十字架や復活などについて説明することを試みてもよいですけど、
しかし、考えてみると私では到底力不足かも
58のような素朴な疑問は実はきちんと解答することが難しい
とりわけ主の十字架の真義、
こ、こ、これはいわば最高奥義であって、
私如きではまだまだ・・・・(弱)
ところでお宅は聖書を知らない人ですか?
それとも私など足元にも及ばぬ勇者だがそうでないフリをしてるとか?
ともかく、24時間このスレに常駐してるわけではないのでw
それなりにまとまった説明ができたとしても早くて週末ぐらいかな(多分無理)
ではまた
(よ、47の続きは・・・・・・・w)
68 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 21:02:28 ID:9IJdUprM
>63
「大きい善」などありませんよ。その人の境涯に応じた善ならあるが。
天国は、人体のように、階層が違う霊達がそれぞれの職務を果たす。
『手』に配置された霊が、「自分はもっと大きい善をなしたいから、『頭』に
行きたい」と言ったなら、たちまち天国から排除されてしまうでしょう。
富める者や権力を持つ者も、天国へ行くことができるのは真実だが、その数で
言えば「暁天の星」のごとしです。また、神から許されていないにも関わらず、
身の程知らずの富や権力を求めることこそ、地獄愛以外の何ものでもない。
そんなこともわからんとは...ry)
69 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 22:57:38 ID:oYyWDeBT
ところで、スウェーデンボルグ信者は、
水星人や火星人や金星人についての彼の奇妙な記述への見解を聞きたい。
「霊的事実」です、なんていうカルトの妄想にしか見えない発言はしないでよ。
私から見ると、そこら辺の変わり者の新興宗教教祖と同レベルの
外れ予言以外の何物でもないように思うのだが、あんた達はどう捉えてるの?
70 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 23:01:45 ID:RZ1PG+Wj
>水星人や火星人や金星人
まるで六星占術だぜ。
71 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 23:35:12 ID:FXHD63n6
>>67 勇者だなんて とんでもないっす^^;
聖書は多少は知ってますが。スヴェーデンボルグについては
初心者でして。「天界と地獄」を読み始めたとこなんですが、
キリストの十字架や復活についての記述が見当たらないので…
その辺は、天界に於いては、どう評価というか解釈されてる
のか知りたいとおもいまして。
地上で知らされている解釈とは、また違うのでしょうか?
どうぞ。宜しくおねがい申し上げます。 m(__)m
72 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 23:49:06 ID:oYyWDeBT
スウェーデンボルグ信者ではないが
>また、神から許されていないにも関わらず、
そんなことどうして判るの?
>身の程知らずの富や権力を求めることこそ、
身の程知らずとはどういう意味?
社会的に出世しようと努力するのは、常に善ではないか。
一部の共産国家であるように、民衆を虐殺して、とか
同僚を誣告して刑務所に送って、というなら問題だが、
普通の形態の努力なら、良いではないか。
73 :
名無しさん@3周年:2006/06/19(月) 23:59:49 ID:oYyWDeBT
>>67 キリスト教の基本中の基本でしょ。
キリスト教であるなら、
他のものが説明できなくても、こういうところは
簡潔に整理できなくてはいけない。
これほどもったいぶってごまかしたりするところからみて、
要するにスウェーデンボルグは、自身の著書の中で
こうしたところの説明にあまり重きを置いていないんだね。
だから、支持者の人たちもよくは理解してはおらず、
すぐには説明ができないわけだね。
スウェーデンボルグが
キリスト教の中でよく異端と言われてしまうのは、
こうしたところに理由がある。
74 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 00:03:03 ID:ljXOjjvD
>>71 こうしたスレに集う信奉者の変なレスから推し量って
スウェーデンボルグは、おそらく幸福の科学レベルの
「変わり者の教え」に過ぎません。
信じるだけ、時間の無駄ですよ。
75 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 00:19:36 ID:ljXOjjvD
ちなみに私はカトリックね。
76 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 00:23:41 ID:ljXOjjvD
>ところでお宅は聖書を知らない人ですか?
>それとも私など足元にも及ばぬ勇者だがそうでないフリをしてるとか?
議論からは外れるが、自分の無知を隠すために
こうした虚勢・・・
みっともないね。
スウェーデンボルグの信奉者は、取り立てて傲慢な場合が多いね。
聖書には、実から木を判断せよ、と言うが。
77 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 00:45:39 ID:lydqh+Pz
「小さなヨハネ」なんてまさにそうだな。
78 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 04:08:15 ID:ljXOjjvD
カトリックの教理などを使えば、問題なく説明できるが、
十字架や復活の意義について、スウェーデンボルグでは
説明は無理ではないかな。
彼の本は何冊かは読んだが、私の読んだ本の中には、
そうしたことについて、特段説明は殆どなかったぞ。
もしかしたら、どこかに僅かにあるかもしれないが、
仮にあるとしてもカトリックや、
主要なプロテスタント(ルーテル教会や長老派や福音派や
各国国教会系)の教理とはかけ離れた、新奇でオカルト的なものに
なっていると予測する。
79 :
67:2006/06/20(火) 19:04:31 ID:Q4Ujvh1r
>>71 >「天界と地獄」を読み始めたとこなんですが、
おお、それは素晴らしい!
ただし、「天界と地獄」はス氏の著作の中では最もよく知られているのですが、
はっきり言っちゃえば、この本は基本的に霊界での事実を単に述べているだけであって、
もちろんそれでも凄いことですが、キリスト教の教義の説明がこの本の本旨ではない。
ス氏の著作で最初に読むのにはいいんですが・・・
> 地上で知らされている解釈とは、また違うのでしょうか?
上手く説明するのは難しいが、従来の教えとは全然違います
と言ってよいでしょう。それゆえ、私は慎重になっているのです
まあ焦らず行きましょうw
真のキリスト教とはいかなるものか、
それを知るためには是非ともス氏の著作の中でも
集大成的な存在である「真のキリスト教」を
将来もし余裕があれば読んでいただきたい
80 :
67:2006/06/20(火) 19:07:01 ID:Q4Ujvh1r
ただ、天界と地獄の最初の部分、
すなわち、1、2、3をもう一度熟読しておいていただきたい
そして3に書かれてあるような(自称?)キリスト教徒が、
現代でも依然として多いと思われることに注意しておいていただきたい
3に書かれてあるような連中を信用しない方がよろしい
要するに、キリスト教において、すなわち聖書の神とはいったい誰のことなのか?
その宗教において、その宗教が何を信奉し、崇めるのか、その存在はその宗教にとって
最も重要であり、最初に正確に知っておくべき事柄です
だが現今のキリスト教ではおそらく正確に知られていないのです(トホホ)
そのことは黙示録に予言されているんですけどね
つまり天界と地獄の1、2に書かれてあることすらキリスト教界では
ほとんど知られていないのです
3の内容に関連して、主の神的人間性を取り扱った
78から86、とりわけ83以降もぜひ参考にされたし
ではまた
つけ加えておきますが、
天界と地獄の1では、多少聖言についての解説がありますが、
聖書、すなわち主の聖言がなぜ存在し、それはどのような役割を果たしているのか
そのことに関しては、303から310までを読んでください
ついでに311もねw
>>55 抄訳もよく読んでいないんですが、積読状態でして。
興味本位のところは削除してある、と書いてあったのですが、そういう週刊誌的なところが実は一番興味があったりしますよね、人間ですから。
めずらしく、レスすごいですね。
>>58 私もよく読んでいないが、贖いについては、新教会用語集によれば、当時のプロテスタント「刑罰代償的」、カトリック「賠償的」、新教会「主の人間性の完全神化」となっています。
私がス氏に注目したきっかけは、主が十字架にかけられている=我々の罪は贖われた=クリスチャンは天国行き決定、という論法がどうにもこうにも納得いかなかったから、ということがあります。
復活、再臨は、聖書みことばの中に、主は現れている、霊的な目で見える、というようなことだったような。
金と権力については、善のためといいつつどっちも求めてはダメでしょう。
手段としてならどうか、とも思うが、手段といいつつ、目的になりそうな、サタンの試みのようなものを感じる。
もともと持っていた、富と権力を不正なマンモンとして、全て処分するならいいとも思いますが。
いずれにしても、そのポイントに拘った時点で試みに落ちているような。
>>69 最初、私も何だか変だよなとも思いましたが、霊体のこと、なので、地球人の幽霊がいるのであれば、宇宙人の幽霊を否定することもできないのかな、くらいに思っています。
それが本当かどうかは、この宇宙の全ての時においてに宇宙人が存在していたか、どうかを証明できない以上、わからない、というしかないのではないかと。
そこのところは、ス氏の本質的なところではなく、あまり拘るポイントではないと思っています。
>>75 >>76 私もカトリックは、カールラーナーとか好きですが、どんな派でも欠点はありますよね。
私の場合はカトリックの権威主義的なところがダメだった。確かにス派は傲慢な人が多いかもね。
>>78 十字架については、たしか、形を重視するということが、偶像崇拝のようなものにつながるということで、たしか重視していなかったような。隣人愛、善、悪を避ける、とかそういう実践的なものに重点が置かれています。
84 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 22:05:27 ID:ezOV37rh
たとえば、個人が土地を占有するというのは罪だと思わないか?
そこに農作物を植えれば、世界中で餓死する人々のための食料を生産すること
ができるのに、柵を立てて遊ばせているとすれば、それは立派な罪だと思う。
もし、金が欲しければ、占有している土地を売れば得ることができる。
土地も富も権力も、持つことによって責任が発生する。
持たざる者には、最初から責任はない。
虐げる者は、それをやめることができるのにやめないから責任を負わされる。
虐げられる者は、自分からはやめさせることができず、責任を持たない。
その意味で、貧しいもの、社会的に虐げられる者は神から祝福されている。
85 :
○つ門する弟 ◆i6C56gAdII :2006/06/20(火) 22:24:12 ID:7z3fmEns
やっぱ聖書は事前に読んどいたほうが良い?
86 :
名無しさん@3周年:2006/06/20(火) 22:45:25 ID:iCNP5OOJ
>>79-81 67さま ありがとうございます!
今。やっと地獄界に入ったところです^^;
一般のキリスト教とはまた違う味わいですね。
>集大成的な存在である「真のキリスト教」
こんど挑戦したいと思います。(^^)
いろいろご教示賜りありがとうございます。
>>84 真理ですね。私も宗教やるまえ、ぼんやりと縄文時代の人たちに憧れていた事があった。
その時代のほうが現代より、より幸せなはずだと。そのころは全体のために個人があり、個人のために全体があったはずだと。
ス氏著作のなかで、最古代教会の人たちが、もっとも上位の天的天使である、と記載を見たとき、やはりなあ、と思った。
稲作が始まり、所有が始まり、これ以上ないほど堕落したとき、神は見かねて、イエスさまとなり、降臨したのだと思う。
89 :
○つ門する弟 ◆i6C56gAdII :2006/06/20(火) 23:17:22 ID:qW3dryz5
>>88 図書館に霊界日記が9巻まであるので
それを借りて読む前に聖書読んでおいたほうが良い?
90 :
○つ門する弟 ◆i6C56gAdII :2006/06/20(火) 23:43:19 ID:hxk/Ipi0
ところで
>水星人や火星人や金星人
ってどんな生き物?
92 :
○つ門する弟 ◆i6C56gAdII :2006/06/21(水) 01:30:17 ID:keOGJ2be
93 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 17:35:19 ID:5pLeiRZa
例えば月人とか火星人とか、スウェーデンボルグは他の太陽系の惑星にも、
人類が存在し、生息している、と書いているが、
これについては、支持者たちは、どう評価しているの?
彼の記述が本当に正しいのなら、このような致命的な矛盾的記載はありえないはず。
やはり、スウェーデンボルグは、幸福の科学の大川隆法やGLAの高橋なんとかのように
よく判らない変な教えを説いた一人程度の存在ではないの?
変な教えは、この世に沢山ある。
彼は、その中の一人程度としか見えないけど。
94 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 17:47:59 ID:MpUqipUW
>>93 >例えば月人とか火星人とか、
霊的な存在としてでなく、マジで肉体を持つ生物として書かれてるの?
95 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 18:20:15 ID:5pLeiRZa
96 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 18:28:22 ID:5pLeiRZa
以下引用
原著を持ってくるのが大変だから、ある人のコメントから引用します。
「彼がこの著作を書いている時代に於いて、「月には希薄ながらも大気がある」と
言及していたり、土星の環が板状ではなく太陽光を反射するモノの集合体である事も記している他、
太陽系の当時天文分野で確認されていた惑星、水星〜土星(土星よりも更に隔たった宙域にある地球に就いても記しているが・・)に
生息している他の人類の容姿と宗教観と生活に就いて少ないながらも書き記している。
その中で興味を惹かれる記述が、発音される言葉によらない会話方法である。
主に火星と木星の人類が行っているコミュニケーションであるらしいのだが、
彼らは発音される言葉によらない会話を持っていると説明されている。
現代で言う所のテレパシーの存在・概念を当時スエ氏はこの著作で書き記している。
なぜそれが発音されない言葉であるかに就いても仔細に亘り説明しいるが、
それは外耳を通らない言葉であると記している。
それは鼻からエウスタキオ管を通して内耳に響く、流れだと説明している。 」
97 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 18:32:36 ID:5pLeiRZa
これは、物理的な存在として、
諸惑星に人類が存在している、とスウェーデンボルグが言及していたことに他ならない。
しかし、スウェーデンボルグの信奉者たちは、
他の点は盛んに吹聴するのに、このような箇所になると
どういうわけか不思議にも沈黙してしまう。
検証不可能な神秘的な記述については、信じて吹聴するが、
検証可能な致命的な矛盾点については、意図的に沈黙し、無視をする。
これでは、彼らは他のオカルト思想の信奉者たちと全く変わるところがない。
98 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 18:44:29 ID:5pLeiRZa
言うまでもなく、月には大気など全くありません。
それとも、数百年の間に事情が変わったとでも言うのでしょうか?
こうしたところについては、スウェーデンボルグの支持者たちも
新教会や他の影響下の組織も、なぜか沈黙していますね。
証明可能な矛盾点が多数あるのです。
ならば、惑星以外の、例えば天界とか、他の箇所に関しても
嘘や間違い、事実矛盾が多数存在する、と想像しなくてはいけません。
こうした手続きは、何万とある宗教や神秘思想の真贋を図るうえでの
もっとも合理的でスタンダードな方法です。
>98
月にはナトリウムの希薄大気があるらしいよ
100 :
名無しさん@3周年:2006/06/21(水) 19:00:12 ID:5pLeiRZa
>>98 月の大気密度は、地球近辺の宇宙空間の大気密度と殆ど変わりません。
だから、教科書にさえ、月には大気はない、と書かれています。
このようなものをわざわざ伝える為に、「月に大気がある」と言ったのでしょうか?