968 :ジークフリート ◆N4I.IRYioU :2007/08/23(木) 01:06:01 ID:TER08inW
>>235通りすがり さん
〇
@貪 足ることの無い欲望
A瞋 かっと来る怒り
B癡 愚かなこと
C慢 慢心、傲慢
D疑 猜疑心
E悪見 悪しき見解
これらの煩悩は全て、自分を「肉体人間」としてしか見ることが出来ないが故に
出てくる煩悩であると思います。要するに「肉体」を持つが故に出てくる「執着」であります。
故に、この「執着を絶つこと」=6大煩悩を滅する事だと思います。では如何にすれば肉体的執着を滅する事が出来るのでしょうか?
それは「諸行無常」「諸法無我」を知ることだと思います。それが出来て初めて、「涅槃寂静」の境地を体験できます。
979 :ジークフリート ◆N4I.IRYioU :2007/08/23(木) 01:37:56 ID:TER08inW
>>968 通りすがりさんの言っている「悟っていそうなジーク」と言うのは勿論、皮肉でしょうが
私は私なりに「体験」があって、上記のように思っています。六大煩悩、それぞれについての対応は?
との事ですが、それぞれは別物ではなくリンクしていると思います。故に、一つ一つの対処の仕方と言うのは
意味が無いと思います。
@諸行無常=この世は移ろい行く。この世は仮の世界である。執着するな。
A諸法無我=滅びる肉体は「真我」では無い。「霊・心」こそ全ての元である。
「肉体」が真なる「我」で無ければ、「煩悩」もまた「我」では無い。
「肉体」を「我」と思っているが故に、迷っているに過ぎない。
B涅槃寂静=しかし、この「仮の世」に生かされている「真我」は存在せしめられている。
そして、この仮の世は「魂修行の場」として与えられている。それは、神の深い深い「愛」である。
それを知ったとき、「感謝・幸福感」が胸の奥から湧き出てくる。法雨と共に感動する。感謝する。
「もう何も要らない」「全て与えられていた」事を知る。
そう、成ると少々の「煩悩」は滅せれます。しかし、肉体を持って生きている以上、「食欲・睡眠欲・性欲」などは
無くならないし、次々に出てきますので、上記のことを知って「コントロール」することだと思います。
髪の毛は伸びます。それは悪では有りません。床屋さんに行って、整えれば良いのです・・・・・・・
と、私は思います。