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1名無しさん@3周年
あらゆる意見を聞きたい。「心」とは、何?
2ろりぽっぷ ◆epMrs1963. :2006/02/06(月) 20:27:19 ID:uZqdYQYv
2を取りたい、と思わせるもの。
3名無しさん@3周年:2006/02/06(月) 20:43:15 ID:FdZfexz4
心とは体のこと、
体とは心のこと。

いやわからん
40@:2006/02/06(月) 20:55:56 ID:NlpTQq8z
長年、心について、考えてきました。
でも、あまりに漠然としていて、個人だけでは、測り切る事も、まとめる事もできないと、判断しました。

皆さんの、あらゆる意見をお聞きしたい。ご協力、お願いします。
50@:2006/02/06(月) 22:52:33 ID:NlpTQq8z
宗教では(よりけりでしょうが)、心とはどのように定義されているのでしょう?
それらの幅広い意見を求めて、この板にこのようなスレを立てた、というのもあるのですが・・・。
6疑問:2006/02/06(月) 23:21:00 ID:VGS4nt6c
言葉の定義を集めてどうするのだろうか?
70@:2006/02/06(月) 23:59:05 ID:NlpTQq8z
>>6
心の定義の物差しを、作りたいのです。
それも、シンプルなものではなく、より細かいものを。
8名無しさん@3周年:2006/02/07(火) 00:11:48 ID:cjFTuVHM
人間の持っている様々な感情を総称しているもの
9犬作 ◆LIR.La.YRI :2006/02/07(火) 00:47:28 ID:JzOX88YH
いいスレだ。
goo辞書で調べたら、こう書いてあった。

こころ 【心】
人間の体の中にあって、広く精神活動をつかさどるもとになると考えられるもの。
(1)人間の精神活動を知・情・意に分けた時、知を除いた情・意をつかさどる能力。
喜怒哀楽・快不快・美醜・善悪などを判断し、その人の人格を決定すると考えられるもの。
10名無しさん@3周年:2006/02/07(火) 20:03:52 ID:jDu13M1h
age
11犬作 ◆LIR.La.YRI :2006/02/08(水) 01:00:58 ID:6Cs/KrXN
難しいな。
120@:2006/02/09(木) 20:52:26 ID:CWl6+NsZ
まずは、ここに書き込んでくださった皆様に、感謝。

私は、まだまだ、心について問いたいと、思います。
どうか、ご協力を、お願いします。
130@:2006/02/09(木) 23:32:50 ID:CWl6+NsZ
今、気づきましたが、このスレのタイトル、目立ちませんね(笑)

それだけの性ではないのでしょうが、失敗でした。
14名無しさん@3周年:2006/02/09(木) 23:40:25 ID:H0Omhgsf
仏教では、すべては五つの構成要素(五蘊ゴウン)から成り立っているとされます。
それは、色・受・想・行・識の5つです。
はじめの色は物質(肉体)のことで、
あとの4つが精神的要素です。
物質以外のことが心では?
15名無しさん@3周年:2006/02/09(木) 23:45:45 ID:H0Omhgsf
物質も、心を通さないと認識できません。
極端ななはし、目の前に有ると思ってる物が、
本当に実在するのか、心が創った幻なのか、それさえわかりません。
私が感じていることは、すべて心です。
16名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 00:37:16 ID:44jsKRVo
u-n?
17名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 08:25:16 ID:O2jH5E+q
受は、五感からの刺激のキャッチ。
想は、その刺激からイメージをつくる。
行は、イメージに対してどうしたい等、意志作用。
識は、認識主体であり、蓄積された知識。
18南無大師遍照金剛:2006/02/10(金) 16:58:48 ID:US5I068F
(゜_゜)ほぅほぅ
19南無大師遍照金剛:2006/02/10(金) 21:13:51 ID:US5I068F
心に飼われるか心を飼い慣らすか。心ってんざましょ(゜_゜)
20名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 21:54:23 ID:j+EnZQiH
>>15
一切は「識(つまりは心)」の働きのみで、
その対象として捉えられる事物自体は本来、存在しない。(一切空)
我々は、迷いのゆえに「それらが実在する」と思い込んでしまう。

また、我々は「識」の働きを「これが自分だ」と思いこんで
>>14のいう五蘊の働きによって、「我」という概念に執着してしまうが、
これも迷いのためと言われる。
本来は「諸法無我」である、と

・・・かいうのが唯識説・・・だった希ガス
21名無しさん@3周年:2006/02/11(土) 00:10:19 ID:c/YrC5hE
無我(わたしはない)であり、非我(わたしではない)ですね。
心も体もわたしのものではないし、わたしでもない。
心臓は僕の意志に従わずに勝手に動いている。
心臓は僕を生かしているけれども、僕の所有物でもないし、心臓が僕でもない。
識は、色(肉体)からのさまざまな刺激の入力(受)に反応して、
いろんなイメージ(想)や意欲(行)を出力し、
それによって僕は生かされている。
しかし、僕は識をコントロールしきれない。識は僕よりも刺激にしたがっている。
識は僕を生かしているけれど、僕の所有物でもないし、識が僕でもない。
22名無しさん@3周年:2006/02/11(土) 02:19:07 ID:oWl+mkgC
「私の心(識)」というのがあるのではなく、
心(識)の働きに、「これが自分だ」と思ってしまう。
これに執着するのは、マナ識の働きである。
悟りに暗きがゆえの迷妄に過ぎない。
こうした迷いの認識が、アラヤ識において薫習され、更なる迷いの行いを生み出す。

識の働きが「私」を、「我」を生み出す。生み出してしまう。
本来、一切合一・不可分・不可称なる「空」を分断し、分別し、差別させる。
「我々」は本来、どこにもいない。どこかにあるのでもない。
「識」を「私」がコントロールするのではない。
ただ、「識」が「私」を規定し、惑う。
「私」とは、決して常住しない。諸法無我。諸行無常。
「我思うゆえに我あり」ではない。「惑うゆえに我あり」。

心の惑いを見極め、自然(じねん)の法に往かされんことを!
23南無大師遍照金剛:2006/02/11(土) 02:47:21 ID:R1cyoXa0
(-_-;
24南無大師遍照金剛:2006/02/11(土) 02:54:43 ID:R1cyoXa0
般若心経ですか…(-_-;
25武庫川女子大学総長 ◆myPniVOfR6 :2006/02/11(土) 10:17:12 ID:ckHnNyqk
마음.
260@:2006/02/11(土) 23:25:31 ID:SNMTX49e
心についての書き込み、ありがとうございます。

・・・やはり、心とは、難しい。
それゆえ、このスレに書き込まれる、心についての定義を目にし、
疑問を抱く人も、居る事と、思います。
そんな方には、その疑問を解消する為に、質問をしてもらえると、幸いです。
そして、そんな質問に、お応えしてくださる方が居てもらえると、幸いです。
そんなやり取りが、「心」についての理解に、繋がってくれれば、幸いです。

自分はもとより、「心」に興味を持つ方々や、「心」の定義を求める方の、参考になってくれればと、思うから。
どうか、みなさん、ご協力を、お願いします。
27南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 11:02:13 ID:6uPJS4gY
(゜_゜)ホォホォ
28名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 21:51:31 ID:cgzWckCW
心不可得 心はこれだ!と捕まえることはできない 常に心が動いた瞬間と心が動いた瞬間を意識するあいだには必ず時間が存在する 我々は心そのものをつかまえられない
29名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 00:40:30 ID:v1ZV26bN
泡のように、次から次へ沸いては消えてゆき、
とどまることはありませんから。
30武庫川女子大学総長 ◆myPniVOfR6 :2006/02/13(月) 01:27:13 ID:t1WNszok
>>1
コロコロ変わるから「心」ちゅうんや。
せやから心定めが第一やで。w
31南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 15:33:09 ID:bI2Bs+bb
ホォホォ(゜_゜)ナルヘソナルヘソ
32名無しさん@3周年:2006/02/15(水) 03:17:33 ID:QhN3lDMO
>>15に同意。
330@:2006/02/15(水) 20:08:36 ID:Z8pTpri1
なるほど、「心“そのもの”を捕捉する事は不可能」 ですか。
言われるまでは、考えもしなかった発想ですが、言われてみれば・・・・・ですね。

>>30
なるほど(笑)


新たに、ここに書き込みをしてくださったみなさん、ありがとうございます。
34南無大師遍照金剛:2006/02/16(木) 20:44:25 ID:Dj/PUpTs
( ̄ω ̄)管理人サンヘお手紙。肉体と心は同じもの?又は、別々?
350@:2006/02/17(金) 20:14:05 ID:zX54aoxv
管理人サン?

私の事、ではないですよね。
36名無しさん@3周年:2006/02/18(土) 08:09:00 ID:POiGypfN
>人間の体の中にあって、広く精神活動をつかさどるもとになると考えられるもの。

誰も体の中のどこに存在しているのか、それすらわかっていない。
37南無大師遍照金剛:2006/02/18(土) 15:58:30 ID:dV4L0+Ur
この板立てた人だぁれ(≧▽≦)お名前ってかコテハンいのぉ?
38名無しさん@3周年:2006/02/18(土) 23:33:26 ID:RkcxDr2M
板って心と宗教板?
それともスレ主のこと?
39南無大師遍照金剛:2006/02/18(土) 23:44:29 ID:dV4L0+Ur
(゜_゜)ここのシュウチョウさん
40名無しさん@3周年:2006/02/20(月) 00:13:14 ID:vDR4hqT8
心と肉体は同じであり かつ同じではない いわば不一不二.その二元思考を超越してください さて その方法やいかに?
41南無大師遍照金剛:2006/02/20(月) 00:19:45 ID:p7dV+H3f
(゜_゜)体と心を切り離せばいいんでしょ?
42南無大師遍照金剛:2006/02/20(月) 00:37:11 ID:p7dV+H3f
(゜_゜)死ねば心なくなって体残るよ?
43名無しさん@3周年:2006/02/21(火) 12:38:19 ID:5G2bHCFX
人間は外界を認識するとき自分に都合の良いように判断する しかし その認識をそのまま存在するものと思う それが誤りの始まりである 心の働きは意識ができない位微細 意識の底には潜在意識がある それが人間を操る 潜在意識は人間の誕生より古い
44名無しさん@3周年:2006/02/21(火) 12:41:55 ID:5G2bHCFX
唯識修行者達がたかだか1900年前に気ずいていたことは驚嘆すべきです 因みにフロイトの[夢の解釈]の出版はたかだか105年前だから 心理学と仏教では厚みが違う
450@:2006/02/21(火) 20:11:24 ID:nfFmAm1M
>>40
同じであり、同じではない

その思考を超越する方法を求める為にも、まず、心と肉体が同じであるという根拠と、同じではないという
根拠を、ここに、挙げていただくと、ありがたいのですが。
46名無しさん@3周年:2006/02/21(火) 21:29:01 ID:5G2bHCFX
死ねば心もなくなってしまうように思うけどそれは三次元の我々から観た考えだろう
47南無大師遍照金剛:2006/02/21(火) 21:33:50 ID:WOKKh0qw
心と体切り離すにはどうするからだから(≧▽≦)
48南無大師遍照金剛:2006/02/21(火) 21:34:44 ID:WOKKh0qw
心と体は別々なる(*´∇`*)
49名無しさん@3周年:2006/02/21(火) 23:35:35 ID:amkXzhtA
>>47

心の存在もわからずにどうやって切り離すのよ
心なんて言葉だけで実態も無いのに。
50南無大師遍照金剛:2006/02/21(火) 23:50:47 ID:WOKKh0qw
>49お願いあるんすけど(>人<)
51名無しさん@3周年:2006/02/22(水) 00:32:57 ID:M93V95Eq
>>50
辞書に載ってるのはわかるが、頭にあるのか、心臓の近くにあるのか
それすらもわかっていない、>50の人わかるかな?
520@:2006/02/22(水) 19:09:28 ID:QUYzC9T9
>>51
では、あらん限りの可能性を、提示すればよいのでしょうね。

例えば、脳と、心臓付近の、臓器等を取り除けば・・・・・など、のように。

それらの中に、真実があると、良いですね。 もっとも、今の我々には、見極められぬ、事なのでしょうが。
53名無しさん@3周年:2006/02/23(木) 01:04:15 ID:Xk4dkh3y
肉体を「我」と観ずるのもまた心の為すこと。
心なくして体なし。
54名無しさん@3周年:2006/02/23(木) 02:00:24 ID:ngAc4yH8
49さんへ 心は言葉だけで実体はないですか? 存在証明は出来なくとも あなた自身に向かって誰かが[あなたの心は言葉だけのもの]だから物として扱います といわれたらどう思われますか? 又 そのように考えているのはあなたの体ですか それとも[心]ですか?
55姫路っ子:2006/02/23(木) 03:47:44 ID:ovFPbS+V
みんな難しいしい事考えるんやねー。哲学?
56名無しさん@3周年:2006/02/23(木) 08:38:44 ID:fg6xKu8F
昔、毎日家の草花におはようとか、ただ今とか、声を掛けていたら
植物に変化があったと聞いたことがある、真偽はわからないが
もし本当の事なら植物にも心があることになる。
57名無しさん@3周年:2006/02/24(金) 09:27:24 ID:EK5Coofm
心は空間を占領する物質ではないから [ここにある]と断定できない 心は体を超えて拡散する 例えば瞑想中に我々は自由に地球を離れ宇宙空間を訪ねることができる この能力は何を意味しているのだろうか
580@:2006/02/24(金) 18:09:05 ID:+Wl7w4nK
奇形児等に、体を共有して生まれる人が、存在しますよね。
例えば、ベトちゃんと、ドクちゃん。
彼らは、体は共有していたが、心は固有だった と、判断しても、差し支えないのでしょうか?

だとするなら
59名無しさん@3周年:2006/02/25(土) 12:42:13 ID:Rxw0rYpA
53↑その通りです 一切は我々の心を通りしられる 我々が認識しないものは存在しない 一切不離識 誰も見ていない月は存在するのだろうか?
60名無しさん@3周年:2006/02/25(土) 14:32:51 ID:t18WEJ6n
化学的に見たところ、心は脳が断固として意識する存在。脳には前頭葉・側頭葉・頭頂葉・後頭葉と大脳辺縁皮質等があり物凄いスピードでコンタクトした結果が心だ思いました。ロマンチックでなくてすみません。説明長くなるのでこの辺で(^-^;)
61名無しさん@3周年:2006/02/25(土) 14:43:22 ID:t18WEJ6n
ちなみに植物に声をかけたり音楽を聞かす等は空気の振動や波長で水分が通る管を刺激するという説がありますが、あながちそうとは言えない人知を越えた面もあります。
620@:2006/02/25(土) 21:50:17 ID:MxqNSYXK
やはり、情報が、足りませんね。

頭が繋がった子供という奇形児の存在は、確認しましたが(詳細は、不明。生きているのか、亡くなられたのか。心は一つだったのか、二つだったのか・・・)、
頭が一つで、体が二つという存在は、確認できませんでした。もしそれらの情報を、知る事ができたなら、心が何処に有るのかについての、大きなヒントに、なるのですけどね。


>>60
このスレは、浪漫を求める為のみに立てた訳ではないので、全然、問題ないですよ。書き込み、ありがとうございます。

他の皆様も、書き込んでいただき、本当に、感謝します。
私は、まだまだ、心の定義・または心についての情報を、求めています。
ご協力のほどを、お願いいたします。
63名無しさん@3周年:2006/02/25(土) 22:20:04 ID:BPnf0NEJ
64名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 10:11:45 ID:dEOIhG67
1↑ そのように考える[心とは何?]ことに まさに心の本質があると思われる
65名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 10:13:53 ID:88BoI6Kg
↑興味深いですね
詳細キボン
66名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 10:56:58 ID:HE6zgF70
脳派の働きが停止した時心も無くなる

心のない脳死状態では安楽死は認めざるを得ないのでしょう。
670@:2006/02/26(日) 17:24:17 ID:KgT416C/
>>63
多少、興味を抱きましたが、人が大杉な様で、見ることが、できませんでした。
でも、ありがとうございます。


>>64
本質? 疑問を持つ事が、心の本質だ と、言う意味でしょうか?
それとも、考える事自体が。


鶏は、首を刎ねて数十秒間、胴だけの状態で歩き回る事があるそうです。
その場合、動き回る事のできた体には、心が無かった と、いう事になるのでしょうか。
68名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 20:11:21 ID:hgMySX+h
脳=心。これ常識
69名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 20:21:27 ID:09YzI4qA
脳が心であるならば、拷問されても脳が脳であるように
拷問されても心が心である事になる。
脳は心では無い。
70名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 20:32:58 ID:hgMySX+h
いやいや、脳こそ心。
71名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 21:38:57 ID:09YzI4qA
脳は心の末端に過ぎない。
72S:2006/02/26(日) 22:13:10 ID:pJUyVmzW
まじめなスレなのでまじめに、ということで。

マインドを辞書検索すると心・精神。
もしマインド=心=精神だったら
おかしいですね。
精神力で乗り切ることはありますが、心で乗り切るとは
言いません。心は感情的な在る(BEING)ような感じかな。
ともかく状態を定義するのはアバウトですね。

「あなたの心の道を通ってわたしのところへきなさい。精神では、決して
私は見つからない。
本当に神を知るためには、精神から脱する必要がある。」
・・「神との対話」129頁
これからすると精神と心は違う(重なる部分もあるかもしれないが)
ようだ。
精神も心も自我の要素なのか。
精神は「論理的レベル」、「直感的レベル」、「感情的レベル」のどれか
、又はすべてで選択できる。・・43頁

「心は神ではない。心は神の延長であり、神を拡大したものであり、
美化したものであるが、それは源ではない。
源は意思の中にある・・あるいはハートの中にある」
・ ・ピーブルズ
3つの意識のなかで、顕在(時)、潜在意識(空間)が生み出すという感覚。
感覚は選択できるし思考が加わり感情となる。
感情は魂の言葉であり、そのフィーリングが創造を引き付ける。
物質次元は幻想だとはいっても聖なる計画のビジョンをもつという。
心、マインドなどの感覚で木を見ることでその木は実在性をもつ
だろう。進化する形体物質性を実在たらしめ、観察するためのツール
となる。無限の視点をもつことで多次元的可能性も生まれる。
73名無しさん@3周年:2006/02/26(日) 23:28:52 ID:c2PIM4Pb
阿頼耶識縁起
74名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 00:06:43 ID:v081S0af
心とは何?についての人類が納得できる解答は今のところない でも遺伝子解析がその答えを出すような直感はある 我々は結局のところ遺伝子が生き延びるための道具にすぎない 問題は その場合でも 心とは何という問いは残るかも知れない
75名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 00:47:18 ID:DPPDxhd2
心は脳の発育過程に得る善意です。精神力とは体力ですよ。体力が衰えれば精神力も衰えますから。死ねば人は自然に回帰するだけ。地球から見れば単なる生物連鎖の一部でしかありません。神とは地球環境の中の連鎖エネルギーなだけ。
76名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 12:56:07 ID:v081S0af
65さんへ 人間の認識と宇宙創造のあり方はとても似ている 宇宙の目的は自己創造で自己を認識しているといえる [かくあれ]と意思することが即ち創造となる 人間の場合でも彼自身が経験する環境はどこまでも[彼自身が認識する環境である]ということ
77名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 15:33:12 ID:v081S0af
65の続き 宇宙の創造は意思すると同時に創造が完成される 人間の場合は時間 物資と物理的エネルギー 心的エネルギーが必要となる しかし自己の思い描いた通りに成される時は 神の創造を小さな次元で行っている
78名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 16:28:30 ID:DPPDxhd2
奇違いめ
79名無しさん@3周年:2006/02/27(月) 18:52:44 ID:v081S0af
↑SYEMPLE!MARAMING SALAMAT PO.
80名無しさん@3周年:2006/02/28(火) 00:42:53 ID:wvmNWR6r
73さん 宇宙が何故存在するかは不問に伏すにしても宇宙と我々が現実にいかなる対応をしているかについては阿頼耶識縁起は納得のいく説明をしている かの喩加行者達こそ驚異の思想の開発者である アサンガ バスバンドゥー そしてマイトレーヤ …
81 ◆.HAGE.kYys :2006/02/28(火) 00:58:54 ID:JDCxyGab
黙れハゲ
82名無しさん@3周年:2006/02/28(火) 12:36:56 ID:wvmNWR6r
AKO 髪イパーイ!
83名無しさん@3周年:2006/02/28(火) 12:41:58 ID:CDLFqLpA
それも黙れハゲ
840@:2006/03/01(水) 19:06:25 ID:UaXZmV0u
>>72
まずは、このスレに書き込みをしていただき、ありがとうございます。

ここで、あなたのレスに対して、いくつかの疑問を覚えたので、質問をさせてください。
この質問に応えてくだされば、幸いです。

>精神は「論理的レベル」、「直感的レベル」、「感情的レベル」のどれか
>、又はすべてで選択できる。・・43頁

と、ありますが、あなたのいう「選択」とは、どのような意味で、使われているのでしょうか。

>感情は魂の言葉

と、ありますが、そもそも、あなたの言う「魂」とは、何なのでしょうか。

心と魂が密接な関係であるのなら、魂についても、調べなくてはならないのでしょうね。
85名無しさん@3周年:2006/03/01(水) 22:38:40 ID:KQZbf8Ff
脳=心でも
心が傷つくと胸が痛いのなんでだろう?
86南無大師遍照金剛:2006/03/01(水) 22:48:51 ID:H4C+M50I
ヽ(´∇`)ノ脳=心じゃないとおもうけど、自律神経が心臓に影響及ぼすから…
87アートマソ。:2006/03/02(木) 01:36:58 ID:6bqeTOSF
気と心はどう違うんだい?
気持ちって言うじゃない。
88名無しさん@3周年:2006/03/02(木) 14:38:02 ID:6Q7QAbjp
心は胸、気は二の腕にある。
89名無しさん@3周年:2006/03/02(木) 17:55:41 ID:vzuvCTMM
>>87
あおいぞ、そこの人!
900@:2006/03/02(木) 18:48:39 ID:TBlDFEJi
>>85
そこが、不思議なところですよね。
科学的には、どういった見方が、なされているのでしょう。
910@:2006/03/02(木) 20:26:08 ID:TBlDFEJi
この存在、果たして、心は一つだったのか、二つだったのか。
http://upload.fam.cx/cgi-bin/img-box/3vw60302202038.jpg

ところで、心とは、どうやって測れば、よいのでしょうね?
92S:2006/03/02(木) 22:55:40 ID:5icjq7e2
>>84
>精神は「論理的レベル」、「直感的レベル」、「感情的レベル」
>のどれか 、又はすべてで選択できる。・・43頁
>と、ありますが、あなたのいう「選択」とは、どのような意味で、
>使われているのでしょうか。
私が言っているのではない。意味まで考えてないです。
疑問はどこにあるのでしょうか。
もし、「どう思いますか」だったら考えましょう。

>感情は魂の言葉
>と、ありますが、そもそも、あなたの言う「魂」とは、
>何なのでしょうか。
>心と魂が密接な関係であるのなら、魂についても、
>調べなくてはならないのでしょうね。

心と魂の関係については基準がないと度合いは言いにくいですね。
まあ、魂は宇宙の真実を表したものであり心は幻想、誤解、制限
の部分、つまり無明を含む思い、想念、良心など、
人間の立場からつけられた感情的状態に便宜上の定義をつけたと
いう感じですかね。
心については釈迦の12縁起や釈迦でない唯識に詳しく書いて
あると思います。
私はエゴを含む心の分析は袋小路に陥りやすい、と思いましたので
ここらの研究についてはある程度のところでやめてます。
心理学の一部もそうです。
魂に関しては地上体験としてはほとんどの人が垣間見るという
状態だと思います。感動とかピュアな意思などは知識がなくともよい。
魂や霊に関しては本来知識はいりませんが、必要なくてもそれを知る
手段として、一旦顕在意識にのぼらせるために本とか読んだりします。
そこで感動などがあればいったんイメージの段階で悟りが起きるでしょう。
いつかは悟りに繋がると思います。
93S:2006/03/02(木) 23:04:06 ID:5icjq7e2
この数百年で人間は知だけで生きていけるという確信をもちました。
つまり、頭です。これらの影響で心の状態と社会意識(集合的
サバイバル意識)が近い状態になっています。
そして思いは実現するというマーフィや各種の自己啓発が流行
しました。成功哲学です。
しかし、やはり問題は残ります。バブルははじけ、地球環境は
破壊され、富は集中します。マーフィー関連で精神病院に行った
人もたくさんいます。関連本の著者でさえ地獄を見て
反省本を出版したのですから。
その先として心の状態が進化すれば霊的アイデンティティに
なると思います。言われるところの三位一体の完成。エンティティ、
アセンド。
心、精神など自我に関するものは原初の頃人間が霊意識が強く
身体が未発達の為、諸雑務や身体の危険を回避するために
身体の福操縦士として自我を創ったと言われます。
その自我の運転士が心とか精神とかでしょう。
正操縦士である霊には大事な仕事があります。
先も言ったが自我が集合意識をつくり歴史社会をつくっていく
いく内の基準(集合意識、社会意識)が霊的(魂)なものを
離れて知(頭)に偏重すると矛盾が起きてくるわけです。
で、いま光だの何だのと言われてますが要は霊的バランスを
とり始めたことだと思います。
三位とかピュアエネルギーとか言われます。
94S:2006/03/02(木) 23:10:42 ID:5icjq7e2
もう、ひとつ。
魂も霊と同じに使ったり、微妙に違って使ったりします。
人間が本を書くのですからしかたないところです。
よく源が自分をさらによく知るため、つまり経験と言う手法を
とって実感するために無数の分身(分霊、光)に意識を持たせて
宇宙に放ったとあります。
この時、人間という光に関しては、魂という完全で進化しない意識
と形体すなわち進化する身体を創ったという。
魂は超意識であり身体意識は顕在、潜在意識に関するものである。
さらに顕在意識は時間に関係し、潜在意識は空間に関連する。
この二つの意識は時空に関連し感覚を生み出す。
これに思考など加わって感情となる。これは相対宇宙における
創造の源の一つであろう。
本来物事に生じる感覚は中立であるのであるが、制限された相対意識
ではいびつな感情が生まれやすい。思考や感性はよく支配されたり、
制限されるからである。つまり心はうつろいやすく創造もうつろった
ものとなる。
魂は神であり、個のレベルでは意識である。他の2つの意識が
心を創る。しかし心は人間の意識状態で魂から離れたり、繋がる
ことが出来る。

結論、一概にこれと言えないのが心。

ざっと思いつくまま書きました。心に関連する部分があれば
拾い上げてください。
950@:2006/03/04(土) 11:17:13 ID:NbiyC17/
皆様、ここに書き込みをしてくださり、ありがとうございます。
お陰様で、私の知らなかった・考えにも及ばなかった心についての定義・概念を、多く知る事ができました。
このスレを、立てて良かったです。
私は、まだまだ、心についての幅広い定義・概念を求めています。今後とも、よろしくお願いします。
960@:2006/03/04(土) 11:30:05 ID:NbiyC17/
>>92
>疑問はどこにあるのでしょうか。

『あなたのいう「選択」とは、どのような意味で、使われているのでしょうか。』
というのが、私の疑問でした。

>もし、「どう思いますか」だったら考えましょう。

表現が、分かり難かったですね、すみません。
あなたの仰るとおり、そのような意味での、質問です。よろしければ、お応え願います。

>魂や霊に関しては本来知識はいりませんが、必要なくてもそれを知る
>手段として、一旦顕在意識にのぼらせるために本とか読んだりします。
>そこで感動などがあればいったんイメージの段階で悟りが起きるでしょう。
>いつかは悟りに繋がると思います。

なるほど、ありがとうございます。
感動を覚えるものであれば、何であっても、良いのでしょうか?
97名無しさん@3周年:2006/03/04(土) 11:32:08 ID:85RLQ/Vd
>>9
>>知・情・意に分けた時、知を除いた情・意をつかさどる能力。
>>喜怒哀楽・快不快・美醜・善悪などを判断し

これらが情と意の領域となっている
けど、何に対して喜怒哀楽・快不快・美醜・善悪を抱くかは
まわりと自分に対する「解釈」つまり「知の働き」に依存しているよね。
980@:2006/03/04(土) 11:54:27 ID:NbiyC17/
>>93
>自我が集合意識をつくり歴史社会をつくっていく
>いく内の基準(集合意識、社会意識)が霊的(魂)なものを
>離れて知(頭)に偏重すると矛盾が起きてくるわけです。

なるほど。何となくですが、解りました。

>>94
>魂は神であり、個のレベルでは意識である。他の2つの意識が
>心を創る。しかし心は人間の意識状態で魂から離れたり、繋がる
>ことが出来る。

>結論、一概にこれと言えないのが心。

そのようですね。しかし、少なくとも、この文章内で述べている心に関しての在り方は、
解りました。ありがとうございました、Sさん。
99S:2006/03/05(日) 15:50:41 ID:OsvZksCy
>あなたのいう「選択」とは、どのような意味で、使われているのでしょうか。

0@さんは心に関する本の執筆でもされようとしているのですか。
心に関する本は癒し系、学問または哲学系等あるようですが、どんなに
偉大であっても難解な書は敬遠されると思います。
やさしくて文学的な癒し系が良いと思いますね。
また心理学は文字通り心と理学の組合せですが、結論がでないから
継続性がでて商売が成り立っていると思われます。

選択に関しては
これは>>94さんの意見が参考になると思います。
ただ、知も無分別の知性と頭脳による分別があると思います。
前の私のレスは魂的見地から書いたので一気に書けました。
今度は視点を変えなければなりません。
そこでまず、一切の知識を外して心を実感することにしてみました。
開眼している時(日常生活)では私の場合は左胸の少し下という
感触です。それから夜睡眠時の目が閉じた状態ではどうかと言うと。
頭附近に感じました。
心関連のサイトをひとつ調べて見ました。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kineharu-kendou/23618924/
この人も心を胸附近に感じるといってます。
ここで胸下付近から頭へ、という心の感覚でバシャール(だったか?)
の言葉が浮びました。「現実に近くなる四次元の世界はあなたがたの
日常生活より夢の世界により近い」。
実際、頭は胸より天に近いです。
それから、次にチャクラが浮びました。(こころとチャクラとは一概には?)
左胸下はハートチャクラ(魂)の下でなんとかというチャクラが
ありました。これは想念、日常的エネルギーなどに確か関連していた
と思います。ストレスも溜まったりします。
心の状態と似ているのです。
100S:2006/03/05(日) 15:59:02 ID:OsvZksCy
さて、次はいよいよ心と思考との関係です。
心を観察してみると一見思考は働いて無いように見えました。
しかし、釈然としません。思考はなくても感覚的判断、分別はしているのです。
感覚的判断は思考の一種でしょうか。
ちょっとその前に、いわゆる「悟りを開く」という言葉があります。
極端に言えば「悟り」にも2種類あると思います。
一つは前にも述べた魂。神対で言われるところの「地球は学校では
ない、思い出せば良い」と言われるものです。
もう一つは進化する形態・・肉体、人格をもつ人間です。
これも成長し、進化してついには「魂」にもなれるとも言われます。
そして、この菩薩的な進化はある意味では魂を凌駕するほどかも
しれません。新しい多次元、無限の視点を切り開くのですから。
この肉体、精神を伴なった悟りにはやはり努力、時間、忍耐が
必要です。経験によって進化します。これに関わるのが心の
問題だと思います。経験は時間を要します。
つまり、「悟り」には時間がかかるのです。心を解明するにも
時間がかかります。
次に、浮んだのがハトホルの「感覚は肉体に体験される感覚的刺激で
あり、感情は感覚に思考が合わさったもの」という定義です。
多分、心は感情と関連する。すれば思考と関わりがある。
心に関しては体験していかないとわからない面がある。
感覚的判断とはたぶん心身安定した状態の時の高い知性ではないか。
つまり感情も心も心地良い。
しかし、環境や人間関係は過酷な場合もある。その時の思考は
わざわざ体験したくないが、推測では思考は混乱したり、ハイテンション
になったり、落ち込んだり、とにかくバランスを欠くでしょう。
不安な心になります。
其の時は多分心と思考がはっきり関連しているのを実感できるのではないか。
ずっと、前のレスで心は身体とか頭にあるとかあったようですが、
表現性の違いだけである意味本当でしょう。
時空ができたとき引力も発生して心エネルギーも下に引っ張られるのですから。
101S:2006/03/05(日) 16:04:11 ID:OsvZksCy
ラムサ「真・聖なる予言」に「知るということ」(16)があります。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~moritetu/
「想念はあらゆる細胞にいきわたり、細胞を通して体験される想念の結果、
あるフィーリング、感触、感情を作り出す。
そして、そのフィーリングは魂におくられ、そこで記録される。」
想念の波動が頭の水分比重に影響を与え、その波長を脳下垂体、松果体
のホルモンバランスに変換して、各細胞に伝える。
その感情的フィーリングは魂に記憶され、いつしか宇宙へ送り出され
創造を引き寄せる。
この光と細胞物質、フィーリングの働きが心とも関係あるようだ。
しかし、幾世代が作り上げた集合意識が社会意識という意識枠を
つくり、人は貴重な波動の想念を受けても変性自我のフィルター
の影響を受けることになる。
昔の人は知恵がありました。
心に関する言葉はたくさんありまあす。紹介した1番目のサイト
に数多くあります。そこからヒントを探すのはおもしろいし、
案外効率的かもしれません。
102名無しさん@3周年:2006/03/07(火) 23:32:38 ID:N2vavKgg
般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色
受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中無色
無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法  
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明盡
乃至無老死 亦無老死盡 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩垂 依般若波羅蜜多故
心無圭礙 無圭礙故 無有恐怖 遠離
顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅 三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒
能除一切苦 真實不虚 
故説般若波羅蜜多咒 即説咒曰
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経

103S:2006/03/10(金) 00:05:17 ID:rnFK5EBv
申し訳ありません。
>>99
>これは>>94さんの意見が参考になると思います。
>>94>>97の間違いでした。
しかし、微妙な表現もあるようです。
脳の背後に心あり。心は創造的、主体的であり言葉をこえてシンボル
をデザインして、拡大する。
シンボルの背後の力は意志である。
意思がなければ心は適切に機能できない。
意思はハートまたは魂によって呼び起こされる。
ハートがなければ魂はありえない。
ハート、魂にはフィーリングがあり、表現したいという欲求がある。
ハートが閉じられて、心のみで活動すると、社会でどんな成功を成し遂げても
短期間のものとなり、不充分、不快なものとなる。
104S:2006/03/14(火) 00:02:17 ID:lMSmVCXE
>>85にも心にも関連するものとして。 「ハトホルの書」より
心に痛みを感じた時の反応として、悲しみ、嘆きは、まず胸部で感じ、それから顔面で体験します。顔や目からエネルギーが損なわれると泣きたくなるが、それはエネルギーの開放に繋がるからである。
しかし、実際の悲しみの感情パターンはたいてい胸肺部のあたりにある。

喜びや深い思いやりはハートチャクラで感受される。エクスタシーの感覚は細胞レベルの出来事で身体全体に浸透する。
エクスタシーや至福の状態になると、「カー」(プラーナ)は非常に速く振動を始める。
そして脳や中枢神経系、とりわけ神経伝達物質を刺激するよう倍音が開放される。そのことが細胞を刺激してエクスタシーや至福の感覚へといたらしめる。
やがてこれは満腔の感覚となり、身体中のすべての細胞を通して発散される。

反対の表皮に近い末端域に流れる怒りの感覚。
怒りはしばしば表皮から四肢へ移動し、何かをたたいたり蹴飛ばしたりしたい衝動につながる場合もある。

不安や恐怖といった感覚も表皮のすぐ下にある。この怖れのエネルギーは、頭のてっぺんからつまさきまで体全体を包んでいる。
まさに恐怖の淵に飲み込まれてしまうといった具合になる。
そうなると、明晰な頭脳などのプロセスを押しつぶしてしまうのです。
105S:2006/03/20(月) 23:57:12 ID:XW4eh+YF
私も心については少し考えた時がありました。いろいろ解らない事がたくさん
あります。知識がついた大天使の質問が難しくなったように。メールのやりとり
を何十回もしたが彼の満足いく答えは出せなくなりました。

心について、「神対」では「新しき啓示」に一番書いてあったと記憶してます。
(神対シリーズで唯一持ってない本です)
「明日の神」を読み始めてますが、そこにはこう書いてあります。
「身体と心はつながりあい、からみあっている。べつべつのものではないからね
 。あなたの脳は身体の一部だ。あなたの心は脳ではないが、しかし脳を使って
 心を開くことはできる。」

心にもいろいろある。悪心、無心、不安、感激・・。
魂から、ハートからくる心であれば良いが、エゴ心に関しては注意を要する。
バーソロミュー他にもあるように「エゴをいくら分析しても解決は得られない」
という言葉もあります。光となるには光に向かわねばならない。
そういう訳で、いかに神が発明したとされる心理学もその限界性が問われる
訳です。

最後に>>102 で般若心経が紹介されました。なかなか意味深なタイミングと
思ってました。空と心それに物質宇宙の真理が書かれていると思われます。
106S:2006/03/25(土) 23:25:50 ID:T69h0LzZ
もう、あまり難しく言わないからみんな戻ってくれ。
俺も分からないのよ。
ぱぁーっと、行きましょう。ぱぁーっとね。
ア、ソレ、ソレ! 
107S:2006/03/26(日) 22:17:09 ID:ju2NzYBo
心は脳を支配するが、ハートがうまく機能してないと心も不完全になる。
だから、愛がないと脳も退化するのよん。
釈迦は深い智慧をあらわすというが、愛に統制された頭脳があるからだ。
愛、それは自然性だ。
一方、愛がない心は不完全な思考を生み脳を病む。
メンタル体はうまく機能せず対人関係、コミュニケーションも調和を欠く。
つまり、今はやりのメンタルに関する病気は霊性に深い関係がある。
犯罪、トラブルを生む。
メンタル掲示板に行ったことがありますか?
巨大な掲示板にアドバイスするため参加してましたよ。
参加年齢層は中学生から30代位までの女性が多い。
DV,暴力、リスカ、レイプ、自殺願望、いじめ、職場不適合等あると
あらゆる不幸がそこにあります。
私が話してた中学生も自殺した。
そこでもいろんな荒しや復讐代理人業のスレが入る。
その場は精神を病んでいる純粋な心の持主がお互いかばいあっている
が、ひとつだけ豹変して団結して徹底的に排除行動を起こす時がある。
それは宗教のマルチポストだ。
宗教だけは徹底的に攻撃する。スレ入れるのはキリスト教がほとんど
だが。不思議だよ。霊的なものでないとメンタル体の修復は難しいと
思うのにその断片である宗教は徹底的に排除する。
霊性を排除して、いつ見ても同じ悲劇を繰り返すスレ、レスばかり。
この偏見の解決はやはり肉体的人格、自我と魂のクリアーな理解が
必要になるだろう。バントエイドと言われる宗教を超えるものだ。
「この人格自己という継続する意識があるからこそ、魂である私たちは
 新しい転生ごとに一から始める必要はありません。必要に応じて前の
 転生からの選択した記憶や能力を組み入れることができるのです」
魂、霊だけでも肉体、自我だけでもだめだ。
天と地のエネルギーの調和を内面にもたらす。
これ、釈迦などが悟りを開く因なり。
108名無しさん@3周年:2006/03/26(日) 22:37:28 ID:vOROri9K
布教に熱心なのは微妙なところが多いですからねぇ。
まぁ格式の整った行法は必要ですが。
109S:2006/03/26(日) 23:16:22 ID:ju2NzYBo
愛、霊性から分離した頭脳集団が作る別のシステムがあるよ。
エリート集団、リーダーと言われる人。
別のスレで検察、政党批判をやったが、いわるゆ政治、官僚システムの
頭脳集団。肉体的頭脳の超エリート集団。
評価するのは社会、学校とそれを支持する家庭内。
点数良ければ両親も学校も社会も喜ぶ。
しかし、社会的ポジションを得れば社会がずっこける。
地球、いや地上では頭が良くても宇宙的に見れば知性は低い評価だろう。
つまり、役に立たない知性、回りを幸福にしない知能だということ。
宗教組織でも政治組織でも官僚組織でもトップにいくほどボケやすくなる。
組織というのは下部は心も人格もある人が支えているが、上にいくほど
ザルと一緒だ。金と権力にだけ目がくらめばただの低脳にすぎない。
低脳になると詐欺師と一緒で、自分で価値を創造することが出来なくなる。
すると、やはり金と権力にしがみつくしかない。
この悪循環で悪貨は良貨を駆逐して行く。
組織は上から腐る。
金と権力で忙しいだろうが、心、良心を持つ時間を設けなさい。
自分の時間を見つけなさい。何かが変わるだろう。
冷徹な頭脳という知性でなく愛の知性を持て。
地に富を蓄えなくて天にも蓄えよ。
皆が栄える知性を得るだろう。狭い意識がつくる狭い潜在意識の
領域から抜け出て意識の拡大が生まれるだろう。
庶民は御上を批判したくなる。我の狭い了見を許したまえ。


110名無しさん@3周年:2006/03/26(日) 23:31:59 ID:vOROri9K
あまり霊性の向上していない時分の意見ですね
111名無しさん@3周年:2006/03/26(日) 23:49:05 ID:sQxR5Wnw
身体や環境やその時の様々な状況によって変わるのが「心」。「心」の奥深くにあって動揺しないもの、それが「精神」とと言われる物だと思う。
「肉体」を様々な変化から守る為に対応するのが「心」。そして「肉体」と「心」「精神」の源となっているのが「霊」だ。
112名無しさん@3周年
長文でしかも分かりずらい書き込みをしている香具師に真心が見つからない。