【】『幸福の科学』統合スレッドPART118【】

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33SGY
【幸福の科学・ヤング・ブッタVol.22より】
−人生の先輩インタビュー−
『失敗は新しい自分に出会い、成功をつかむチャンスだ!』

Inteviewer 岩田(仮名)(東洋大学 経営学部1年)
 今回は、証券会社の営業で大きな実績を上げられ、現在、本店の営業課長として活躍されている橘さんに、お話を伺いました。

鈴木 一郎(仮名)
 1966年神奈川県生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、大手証券会社に入社。現在、東京本店の営業課長を勤める。

「最年少で営業課長に抜擢」
岩田−鈴木さんは、現在どんなお仕事をされているのですか?
鈴木−現在、私は証券会社で営業担当の管理職として仕事をしています。
   証券会社の営業は、株式やファンドなどの金融商品を、個人や企業のお客様にお勧めします。資産を有効に活用することで、社会の繁栄に役立てるやりがいのある仕事です。
34SGY:2005/10/07(金) 15:05:28 ID:y2kuS4SV
    入社後、ずっと営業の仕事をしてきましたが、仏法真理と、周りの方々のおかげ     
 で、何度か全国トップの成績を取ることもできました。仕事への姿勢とその成果を認めていただき、当時最年少で、
 東京本店の営業課長に抜擢されました。
岩田−それはすごいですね。新人のころから、営業成績はいい方だったんですか?
鈴木−そんなことはありませんよ。新人社員時代は、同じ支店にいる5人の新人のうち、目標をクリアできるようにな
   ったのが、一番遅かったくらいですから。
    実は、よい成績を上げられるようになる前は、営業に回っても失敗が続くような苦しい時期がありました。でも
   、それを単なる失敗にしないで、教訓を学んできたおかげで、営業マンとして成長できたのです。
「発展を妨げていた上司への反発心」
岩田−失敗から教訓を学ぶには、どのような心構えが必要ですか?
鈴木−一番大事なことは、「自己責任の原則」に基づいて考えることです。確かに、環境の変化や人間関係で失敗すること
   もあります。だからといって、「それは自分のせいではない」と思ったら、そこから教訓をつかんで成長することは
   できませんね。
   私が、長崎の支店から、京都の支店に転勤した時のことです。長崎では、毎月の目標以上の成績を出していたので
   すが、京都の支店に転勤してからは、月の目標の30〜40%くらいしか達成できませんでした。これはショック
   でした。長崎の時以上に頑張って、毎日、朝7時から夜の10時ごろまで、必死に仕事をしていたからです。
35SGY:2005/10/07(金) 15:06:48 ID:y2kuS4SV
 この失敗に対して私は、「前の担当者も成果が出なかった地域だからしょうがない」「3カ月くらい経てば、成績も上向いてくるだろう」と安易に考えていました。原因が自分にあることを、認めたくなかったんですね。
    ところが3カ月以上経っても、一向に成績は上がりません。上司が机を叩いて、「お前、やる気あるのか!」と厳しい叱責を浴びせます。私はすっかり自信を失ってしまいました。
    そのように精神的に追い詰められて初めて、私は、失敗続きの原因を真剣に考えるようになりました。
    すると、心の奥底で「転勤してきたばかりなのに無理言うな。そんなに言うなら、お前がやってみろ!」など、上司への反発心が渦巻いていることに気づきました。上司から与えられる目標を素直に受け入れられないようでは、成果があがるはずはありません。
    私は、上司への反発心を日々リセットするために、当時ベストセラーとなっていた『幸福の革命』を、朝晩の通勤電車の中で読みました。
    「人によく使われる人が、人をよく使えるようになる」
    「上からも下からも愛される人を目指せ」
    暗記するくらい繰り返し読み込むと、仕事中でも書籍の一節が心に浮かび、不平不満が出ても、すぐに「こういう思いはいけない」と反省が入るようになりました。
    上司への反発心が消えていくと、月の目標に対して「すぐに達成するのは無理だ」というマイナスの気持ちも消えていきました。代わりに「絶対に達成するぞ」という積極的な気持ちで仕事に取り組めるようになりました。
    すると、それまで一時間ごとに「成果はでたのか」と怒鳴っていた上司が、「最近、頑張っているじゃないか」と穏やかに声をかけてくれるようになったのです。
    転勤10ヵ月後には、安定して月の目標を達成できるようになりました。