□■ЯЯ親鸞仏教(浄土真宗)質問箱RR■□

このエントリーをはてなブックマークに追加
195元々ぼら夫
>>194
いくら渡海サンが、当時、座禅して念仏するのが常識だったと何度おっしゃっても、
証拠がなければ、仮説にもならない。渡海サンは平安末期〜鎌倉時代にかけて生まれた人?
私は、昭和生まれ。そうゆう私たちが仮説を建てるためには、当時の史料によって、
客観的にみていかなければならない。そうゆう基礎が必要だということ。私の未だ
見てない史料が、渡海サンから提出されるかも〜、とワクワクしてたんですが、
ちょっぴり残念でした。時代小説書くためにも、膨大な史料と取材が不可欠。
それを怠れば、空想小説と言われても仕方ない。
196元々ぼら夫:2005/10/31(月) 22:44:47 ID:Vy/7/zVE
>>渡海サン
もう、この件については終了だそうなので(もちっとじっくりやりたいトコですがw)、
あくまで仮説ではありますが、私なりの結論をカキコしまつ。【お釈迦さまが、父王に対し
「座禅して念仏すべし」と言われた】文を宗祖が引かれた意図について。
まず、教行信証は、引用の流れが重要と渡海サンもおっしゃるように、この文句は、
すぐ後に続く同じく法照師の引文ともあわせて解釈すべきでありましょう。
すなわち、仏本行経に依るとする偈文がそれです。ここでは、
持戒・座禅と念仏成仏を明らかに対比されています。字数足りん〜つづく〜