「従容録」第一則
「従容録(しょうようろく)」は「碧巌録(へきがんろく)」とともに、禅門の二大禅録です。
この両禅書は、それぞれ中国曹洞禅の法系と、臨済禅の法系において成立したことから、「従容録」は曹洞宗で重視され、「碧巌録」はおもに臨済宗で尊ばれています。
「従容録」の成り立ちは、万松行秀禅師が天童覚和尚《天童山・宏智正覚(わんししょうがく)》禅師の頌古百則を、従容庵において示衆・著語・評唱を加えたものが、この「従容録」です。
この両禅書は、それぞれ先人の頌古という禅文学を禅的に解釈したものですが、著作形式は類似しているものの禅風には違いがあります。
すなわち、臨済宗では参禅に公案を用いる、いわゆる看話禅(かんなぜん)の路をたどり、曹洞宗では黙照禅(もくしょうぜん)とも称される宏智正覚禅師の只管打坐の禅風を伝えるものとして「従容録」が重んぜられます。
宏智正覚禅師が頌古百則を選するにあたり、この本則を第一則とされたことは「従容録」の性格を知る上で重要な意味を持つのです。
すなわち、釈尊の法とは何かということと、釈尊の正法を継承するものであるということを示すものだからです。
「碧巌録」ではこの世尊陞座は九十二則にあげられています。
しかし、宏智正覚禅師は「法」とはいかなることかを釈尊から学ばしめるために第一則と第四則(世尊指地)の公案を示されました。