>>11 >世界的にも珍しい、悪人正機説を生み、
>思想的にはハイデガーに影響し、
>日本を代表する思想なんだけど、
>「他力本願になるな」 とか言われてしまう。(笑
それは『一般人』と『宗教関係者』で『他力本願』の意味が違ってるから。
一般で言う『他力本願』ってのは『自分の手の及ばない所だけ誰かに頼る逃避の手段』(苦笑)
対して、宗教で言う意味は『自らを完全に投げ出し我を放棄して【絶対の他力】に身を任せる』という事。
これは誤解されてる事も多いが、言ってみれば
『自分の思い通りに決して成らない【自然】という【絶対の他】に逆らわず、どんな結果が起きても受け入れる』
という事に限りなく近い。
つまり【絶対の他力】というのは『自分の想いも知恵も及ばないもの』だ。
だから【他力】が『どんな結果を及ぼすか』は知りようが無い。
極端な話【他力】に身を任せた結果として『死』すら有り得る。
そんな状況であっても、一切何も言わずに無為自然に流れるままに受け入れる。
完全に一切の【我】を捨て去る。
例えば、樹は台風によって倒されても誰にも文句を言わない。
樹それ自身は『死ぬ』が、その状況に対し文句は言わない。
『死』は『死』でそのままだ。
これが、本来の宗教で言う【他力本願】の意味だ。
だから『自称浄土系仏教信者』の多くのやってる
『普段は【我】を前面に出し社会や教団を生き、苦しい事のみ【他力本願】と言う』
のは全然【他力本願】じゃない。