シスプリ教の集い

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616名無しさん@3周年
「鈴凛ちゃーん!」
 少しだけ舌足らずの元気な声。その声に押されるようにしてラボの扉が開く。
「四葉と遊びに行きマショウ!!」
 一陣の風。可愛い暴風。外の若葉の匂いを連れて、私の妹が駆け込んで来る。ツナギ姿の私は、振り返り、額の汗を拭いながら苦笑する。
「ゴメン、ちょっとだけ待っててくれる? もう少ししたら一段落つきそうだから」
「おっととと……」
 勢い余って大袈裟なくらいの急ブレーキ。悪戯っぽい顔で敬礼をする。短く結んだ髪の房が生き物みたいに踊る。
「了解デス!!」
 可愛らしく敬礼して、妹は普段私がベッド代わりにしているソファーにちょこん、と腰を落ち着ける。……落ち着いたのは腰だけでアーガイルのニーソックスに包まれた細い足は、ぶらぶらと宙を踊っているんだけど。
 苦笑いしながら私は作業に戻る。……これでも最近は随分大人しくなった、と思う。
 遠い英国から来た騒々しい黒船。可愛らしい侵略者。
 今まで会えなかった時間を埋めるように、纏わりついて、甘えたがって。こっちの都合はどこ吹く風、作業中でもお構いなし。
 気の長い私も……(誰、そこで笑っているのは!?)流石に我慢できなくなって、一度……一度だけ、声を荒げて叱ってしまった事がある。
617名無しさん@3周年:04/06/05 16:15 ID:puSeplcd
 叱られた妹は最初理解できない顔で……硬直した。その顔に……さっきまでころころと目まぐるしく変わっていた表情が消失している事に気がついて、私は動揺する以上に……恐怖した。
(あれ……? 私言いすぎた? でも、だって……四葉ちゃんが……なにこれ? まるで私のほうが……悪者みたいじゃない? ねえ、いつもみたいに笑ってよ? 笑って誤魔化してゴメンナサイって言って5分後にはその言葉を忘れて騒ぎ立ててよ? ねえ!)
 四葉ちゃんの大きな目に、漸く変化の兆しが見える。世界で一番透明な雫。みるみる大きく膨らんで、柔らかそうな白い頬を滑る。
「ゴメンナサイ!!」
 物凄い勢いで体にぶつかってくる小さな塊。華奢な体のどこから沸いてくるのか分からないぐらいに大きな嗚咽。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!! 鈴凛ちゃん、四葉、四葉を……キライにならないで……四葉を……また……一人にしないで……!!」
 服を通して胸の辺りに熱い液体が染み込んでくるのが分かった。でも、不思議とそれは不快な感覚じゃなくて……私は、そっと四葉ちゃんの……妹の頭を撫でた。
「ゴメンね……」
 自分の口から自然と言葉が零れる。自分でもビックリするぐらい、優しい口調。こんな口調もできたんだ、って頭の片隅に追いやられた冷静な自分が驚いている。
 きっと私はそのとき、何もかも理解したんだと思う。四葉ちゃんの事を、べたべたくっついてくる行動の裏にあった寂しさを。一人ぼっちから抜け出そうと必死だったその気持ちを。
 生まれて初めて私は“姉”になった。
 本等の意味で、私に妹ができたんだ、ってわかったの。
 だから私は可愛い妹が泣き疲れて眠るまで、ずっと胸に抱いて背中を撫でてあげたんだ……。
618名無しさん@3周年:04/06/05 16:15 ID:puSeplcd

 エヘヘへ……それにしても今日は随分と大人しくしているわね、感心感心……これなら思ったより早く終わらせて遊んであげられるかも? そんな事を思って作業台に向かう私の背中に小さな呟きが聞こえてくる。
「クフフゥ♥ ……鈴凛ちゃんの匂いがしマス……♥」
 思わずガン、と頭を作業台にぶつけそうになるのをぐっと堪えて、振りかえった私の目に、ブランケットを鼻にあてがいながらうっとりしている四葉ちゃんの姿が飛びこんできた。
「……チェキ♥」
 四葉ちゃんは私の視線に気がつくと、照れたように笑いながら虫眼鏡を突き出してそう言った。
「……チェキ」
 苦笑しながら私はスパナを軽く掲げて見せる。
 勝手に熱くなった頬の理由を思考の隅に追いやり、私は今度こそ作業に没頭する。
 作業を放り出して妹に構いたくなってしまう自分の心を誤魔化しながら。
 もしそうなってしまったら……完全に……私は溺れてしまうから。
619名無しさん@3周年:04/06/05 16:16 ID:puSeplcd

「よし、できたっと! お待たせ、四葉ちゃん!」
 作業時間の自己新記録をたたき出した私は勢い良く振り返る。
「あれ……」
 集中から解けて、聴力を取り戻した私の耳に聞こえてくる安らかな呼吸音。
 まるで子猫みたいに。
 私のブランケットにくるまって。
「もう……一緒に遊ぶんじゃなかったの……?」
 今日何度目かの苦笑い。
 妹の隣に腰掛けて柔らかなほっぺたを突付く。
 むずがる様に少しだけ顔を顰め、小さな声で寝言を漏らす。
「ううん……鈴凛ちゃん……」
「ふふ、はい、なあに?」
 優しく頭を撫でて、私は夢の中の妹に応える。 
「ダイスキ……デス……♥」
 ぴくり、と体が奮える。
 柔らかな髪に絡めたままの指先の感覚だけが妙にはっきりしていた。
 今なら、照れずに言える。
 なんとなくそう確信した。
 妹の隣に身を横たえ、そっと体を抱く。
「私も……大好きだよ……」
 微かな呟き。
 横になった途端に、私にも睡魔が襲ってくる。
 重い瞼が落ちる瞬間、眠ったままの妹の口元が安心したような笑みを浮かべるのを……私は確かに見た。