聖書が唯一の信仰基準なんて誰が決めた?

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5654ではないが
>>55
今教会が伝えている、聖典としての聖書よりも前の時代にも、聖書はあった。
七十人訳聖書といって、旧約聖書と旧約外典のギリシャ語訳がそれ。
これは、ディアスポラといって、当時地中海各地に離散してすんでいたユダヤ人のために、
ヘブライ語聖書から翻訳されたもの。
初代のクリスチャン達は、ユダヤ教からそれを受け継いだ。
その他、現在の新約聖書に収められている文書のほとんどが、用いられていた。
ただ、「聖典」として結集されていなかっただけ。
その他、原ニケア信条、ニケア・コンスタンチノポリス信条、カルケドン信条といった、
キリスト教信仰の基本といわれているものがあった。

つまり、使徒達が伝えた信仰を表明する信条、それらに合致するように、
新約聖書に所蔵されている文書が、少しずつ編纂されていった。
そして、4世紀末のカルタゴ公会議において、聖書が聖典化された。

つまり、使徒達が伝えた信仰を堅持し、継承するために、信条が生まれ、
その信仰が聖書を生み出し(福音書、使徒書の収集と聖典化)た。
それ以降の教会、クリスチャン達は、そう言うわけで、聖書を唯一の信仰の基準とするわけ。