ワールドメイトで大開運しました、素晴らしい。

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42名無しさん@3周年
「みずら通信」No42.1993.11.30
「コスモメイトセクハラ裁判・損賠五百万で和解」
コスモメイトセクハラ事件は、今年十一月十七日和解に至りました。三月十七日に提訴してから、丁度、八ヶ月目のことです。
二人の原告は各々、損害賠償請求額五百万円と名誉回復のため、三大全国版朝刊に謝罪広告文を掲載することを求めたのです。
和解内容は損害賠償としてコスモメイト教祖側が各々に五百万円、謝罪文の代わりに上乗せとして五十万円を支払うことでした。
この事件は、コスモメイトという新興宗教団体の教祖、深見青山が除霊を語って複数の女性職員にセクシャルハラスメントを行ったことです。
Aさん(二十八才)は信者から社員(スタッフとよばれる)とし採用され、秘書室に所属し、國際関係秘書業務及び深見教祖の秘書の仕事をさせられました。
コスモメイトでは通常の会社と異なり、教祖から言いつけられれば、秘書は教祖の身のまわりの世話から、マッサージまで行わなくてはならず、時間帯も時間もまちまちでした。
昨年十月、午後十一時三十分頃、教祖は『頭がいたい、頭がいたい』と云い出し、Aさんに、足のマッサージを命じたのです。
更に『頭が重い。これはAさんの想念の重さだ。君たち、ちょっと席を外してくれ』と外の秘書を追い出し、
Aさんにマッサージを続けさせながら『どうしてコスモメイトに入ったのか。失恋が原因か』と根堀り葉堀りたずね、『男性から受けた傷は男性によってしか癒されない』などとわけのわからないことを云いながら
『さあ、僕がなぐさめてあげよう』とAさんの抵抗をおしのけて、胸や背中をさわり、自分の勃起した陰茎を押しつけたのです。
Aさんが、『お付きがきます』と必死で抵抗して、やっと教祖は身体を離したのです。
43名無しさん@3周年:03/07/19 19:20
Bさん(三一才)も信者として奉仕活動を行った後、社員として採用され、総務部に所属しました。
昨年二月「神業」と呼ばれる宗教活動に参加している最中、みせしめ的に深見教祖は二百名の社員の目の前で連続二十回も殴ったのです。
Bさんは突然の出来事に衝撃と強い精神的ストレスで、体調を崩していったのです。
Bさんは退社するかどうか一人の上司に相 談したところ、教祖と話すよう命じられ、七月、コスモメイトの管理しているマンションで待機していました。
深見教祖はBさんに『体調が悪いのは更年期障害だ。週二回男と関係をもった方がいい』と幹部の陰妻になることを勧めながら、
とうとつに『抱擁してあげようか』というとBさんをソファに押し倒してキスしてきた。更に力づくでブラジャーに手をかけ、Bさんの乳首に血がにじむ程かみつき、下腹部にもさわろうとしたのです。
あまりの痛さにBさんが膝で教祖を蹴って抵抗 しましたが、 教祖は出血に気が付いてBさんから離れたのです。
その後、深見教祖は全国から信者幹部が集まった席で『Bさんは経験が豊富だ』『僕のお手つきというウワサがあるが、僕が手なんか出すものか』とBさんを誹謗中傷し、Bさんの名誉を著しく貶めたのです。
44名無しさん@3周年:03/07/19 19:20
「教祖側が120%の非を認めるこの成果を全国へ」
本文:今年(1993)5月28日の第1回公判にはコスモメイト側は欠席でした。
第2回公判の7月16日にやっと代理人の弁護士2名が出席し、答弁書が出され、9月13日の第3回公判では裁判官から和解が提案されたのです。
深見教祖の女性達へのセクハラ問題を契機に批判を始めた社員が次々に解雇され、コスモユニオン「めざめ」を結成して闘いました。
この闘いが8月に和解したことと、2人の原告がコスモメイト信仰から脱却し、次のステップを踏み出す程に回復しつつある、
という実状から、判決までがんばるよりは納得のゆく和解なら応じるという方向で、和解に臨みました。
教祖側の弁護士の態度は「お金で解決するならいくらでも・・・」というみえみえの様子でしたが、セクハラの損害賠償額が従来の判例ではとても低かったので、この機に額を引き上げて役立とう、ということで、前述の和解で妥協したのです。
判決には至らなかったものの、損害賠償という視点では、被告コスモメイト教祖が120%非を認めて償いを示した、ということでは大きな成果でした。
被害者Aさん、Bさん2人は終始冷静で裁判に向い、弁護団も脱線の会話で話しがはずみながらも、しっかりポイントをおさえ、成果をあげました。
この結果が今、裁判中の仲間やセクハラで苦しむ女性達を 勇気づけることができれば、と願います。
(”みずら”93・11月号)の裁判速報より。