神々の世界

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15阿礼
マリアさんにも、お久し振りです(笑)

ここ数年、夏が近づくと、
しみじみとした物思いにとらわれる日々が多いんです。
不安定になるわけではないけれど、不安定になるのかもしれない(苦笑)
越し方行く末を、しみじみと思い直し、見つめ直し。
何が得られるわけでもないんですけど。

そんなわけで、独り言めいたことを、うだうだ言い出すことが、
ままあるかも知れません。
<つまり、またしても書き込みが増える・・・・のか?(苦笑)
しばらく、私のうだうだした物思いに、
お付き合い下さってた兄様には、[振られちゃった]し(涙。。。)

マリアさん,また夏が巡り来る。
2年前の夏。そうして、13年前の夏。
16阿礼:03/06/27 01:11
2年前の夏。
好むと好まざるとに拘わらず、私の[生]は、一つの分水嶺を越えた。
それが、偶然の産物なのか必然の結果なのか、私にはわからない。
私の希求するところではなかったけれど。
ただの一度も、私は求めたことも、考えたこともない事態だったけれど。
人は、それを神の御意思だと言うのかもしれない。

だけど、私には、今だにわからない。
多分、私の納得する答えなど、示されようはずもないだろうし。
示されうる如何なる解説にも、私は納得しないだろうと思う。
ただ・・・・夏が巡り来る度に。
あの日あの時あの瞬間の、あの衝撃とショックだけを。
繰り返し繰り返し反芻し。
出ようのない答えを考えあぐね、[意味]を問い
誰に尋ねるともなく、[何故]と問うのだろうと。

人は、神に [何故] を問うてはならないのだろう。
何故なら、人の器量・度量を以って、推し量りうるものでもなく。
その[意思]その[必然]を、
今ここにいる[人]が、許容できるものとも限らないから。
全てを統べるは神。
なれど、我ら人は、ただ、此岸の岸を彷徨うのみ。

17阿礼:03/06/27 01:13
だから私も、神に[何故]は問わない。
と同時に、有難くも、勿体無く、恭しく、平身低頭して、
[それ]を神の御意思の発露と、考えることもしない。

如何なる教義・教団・書物によっても、
[それ]に関して、貴女を納得させうる解説など、存在しませんよ。
ある神職のこの弁は、説明しようのないあの事態を、
ある種、正確に言い表しているのだろうと思う。

[何故]と問うてるわけではない。
と同時に、[それ]を神の御意思の発露とも、考えない。
さしたる意味など、ないのかもしれない。
それとも、人は、起こりうる全ての事態に。
それを、己の[生]のうちに、組み入れ、消化し、抱えて生きていくために。
理由を求め、意味を与えなければ、生きていけない生き物なのか。
それとも、そうした人の営み(意味付け)が、人の歴史を作っていくのか。

マリアさん、また夏が来る。
思いは、いつも、2年前のあの日あの時あの瞬間に、戻る。
私は、まだ2年前のあの日々に、とらわれたままなのかもしれない。

つらつらと考えていたら。
暗〜い気持ちになってきた(苦笑)