無量義宗さとみ会座談会

このエントリーをはてなブックマークに追加
35名無しさん@3周年:03/06/02 22:50
不思議な体験をしました。団地に観音様をお迎えした時、父が常不軽菩薩品を
あげていると、わたしのつい目の前を常不軽菩薩が通り過ぎていかれたように
感じました。その時の感じは今でも忘れる事ができません。暖かいとは、違う
、熱いに近い、ただおそばを通られただけで、自分の中に熱い大きな感動が湧
きおこり、落涙しました。
36名無しさん@3周年:03/06/03 22:52
>>34
元霊友会会員の方ですか?
37名無しさん:03/06/03 22:54
菩薩=諸天善神
信仰の対象ではない。
38名無しさん@3周年:03/06/04 22:53
衆生困厄を被って。無量の苦身を逼めんに。観音妙智の力。能く世間の苦を救
う。神通力を具足し。広く智の方便を修して。十方の諸の国土に。刹として身
を現ぜざることなし。種々の諸の悪趣。地獄鬼畜生。生老病死の苦。以て漸く
悉く滅せしむ。真観。清浄観。広大智慧観。悲観及び慈観あり。常に願い常に
瞻仰すべし。無垢清浄の光あって。慧日諸の闇を破し。能く災の風火を伏して。
普く明かに世間を照らす。悲体の戒雷震のごとく。慈意の妙大雲のごとく。甘
露の法雨をそそぎ。煩悩の焔を滅除す。諍訟して官処を経。軍陣の中に怖畏せ
んに。彼の観音の力を念ぜば。衆の怨悉く退散せん。妙音。観世音。梵音。海
潮音。勝彼世間音あり。是の故に須らく常に念ずべし。念念に疑を生ずること
なかれ。観世音浄聖は。苦悩死厄に於て。能く為に依怙と作れり。一切の功徳
を具して。慈眼をもって衆生を視る。福聚の海無量なり。是の故に頂礼すべし。
39名無しさん@3周年:03/06/04 23:11
>>36
ちゃう
さとみ教信者
40名無しさん@3周年:03/06/04 23:13
>>38
おーい、それ観世音菩薩品第25だろ
まだ無量義経徳行品第一の朗読中なのに、先走りしすぎ・・・・・
41名無しさん@3周年:03/06/05 22:51
>>38
なるほど。菩薩も信仰の対象だって。
42名無しさん@3周年:03/06/06 23:56
私どもは、昭和43年3月10日に結婚しました。子供も授かり、幸せな人生で
したが、長女が中学2年の頃、登校拒否になり、一転して家庭の中が荒れ始めま
した。父親が甘いから娘が学校に行かないのだと妻にいわれ、思わず怒って殴っ
たりしました。
娘は学校の部活でイジメにあい苦しみましたが、高等学校へは行きたいと私ども
に申しておりました。それから3年生の12月までは長く、苦しい辛い日々が続
きました。
妻は自殺まで考えていましたが、時には木曽川まで自転車で行くのにはビックリ
しました。『今一度夫婦で頑張ってやろう。どうしてもダメなら俺も一緒に死の
う』と約束しました。
そんなある日、教会の先生から、「子供を拝んだことがあるか」と尋ねられまし
た。それまで子供を拝んだこともなく、恥ずかしい思いをしました。
親が通った道を子は通るといいます。私も小学生の頃、腎臓の病気で学校を4カ
月くらい休んだことはありますが、形が違うだけで同じことなのだと思います。
毎月1日にお参りをするその経文の一節、「今この多聞天王にすべてをかけて念
ずれば一切諸願ことごとく思いにしたがえ満てたまう」と唱えたときに思わず涙
がこぼれ落ち、『子供はわるくない。皆親の罪で修行するのだ』と悟り、心が晴
れました。
43さとみ:03/06/07 09:21
法友のみなさま、お帰りなさい。
霊友会の方もいっしょに修行しましょう。
体験も語り合いましょう。
さとみ教から、新さとみ教にもさとみ会にも行かなかった人も結構いますね。
教団分裂では信者のみなさまを混乱させて申し訳ありませんでした。
私は売春と万引きをしたのだから、さとみ教から追放されて当然ですね。
新さとみ教ののりか教祖と会ってきました。私の教団追放を取り消してもいい
と言われました。さとみ会の解散と私の教団分裂謝罪を求められました。
さとみ教の教祖だったときに受け取った教祖報酬を新さとみ教に全額返済にな
っていますが、これを免除するということでした。
教祖報酬の返還は重荷になっていますから、ぐっらと来ました。
さとみ教から、新さとみ教にもさとみ会にも行かなかった人は、再統一を期待
されているのですね。
悩んでいます。
44さとみ:03/06/07 09:25
では、勤行から始めましょう。
開経げ。ムジョウジンジン...
無量義経説法品第二。ニジダイショウゴンボサツマカサツ...
妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五。ニジムジンニボサツ...
無量義一法南無妙法蓮華経。
無量義一法南無妙法蓮華経。
無量義一法南無妙法蓮華経。
45さとみ:03/06/07 09:33
無量義経徳行品第一を学びましょう。

お釈迦さまがおられた霊鷲山での説法会に、たくさんの大比丘や菩薩さま、
天上界に住まれる神々、空の上や海のそこに住む鬼神、おおぜいの僧や尼僧
、在家の男女の修行者、転輪聖王、諸国の国王、王子、国王・王子の家来、
中産階級の男女、地主・大商人、あらゆる人々が聴聞のために集まっていま
した。説法会に集まった人々は、お釈迦さまのみ足に額をつけて礼拝し、最
大の尊敬と帰依を表して、百回千回とお釈迦さまのまわりを回り、花をまい
て、ご供養してから、一方に退いて坐わりました。
説法会に集まった菩薩さまは、文殊師利法王子、大威徳蔵法王子、無憂蔵法
王子、大弁蔵法王子、弥勒菩薩、導首菩薩、薬王菩薩、薬上菩薩、華幢菩薩
、華光幢菩薩、陀羅尼自在王菩薩、観世音菩薩、大勢至菩薩、常精進菩薩、
法印首菩薩、宝積菩薩、宝杖菩薩、越三界菩薩、ビ摩バツ羅菩薩、香象菩薩
、大香象菩薩、師子吼王菩薩、師子遊戯世菩薩、師子奮迅菩薩、師子精進菩
薩、勇鋭力菩薩、師子威猛伏菩薩、荘厳菩薩、大荘厳菩薩など8万人おられ
ました。
46さとみ:03/06/07 09:48
菩薩には2つの姿があります。
1つは、仏の智慧・仏の悟りを得ようと修行する人の姿です。
もう1つは、法身の菩薩で、仏さまの徳を象徴した菩薩の姿です。
法身の菩薩は、信仰の対象になります。
無量義経の登場する菩薩は、法身の菩薩です。
その中で、実在が確認された菩薩は弥勒菩薩さまです。
弥勒菩薩さまは、大臣の家に生まれ、バラモンの学者の家で育てられ、育
ててくれた学者の勧めで、出家します。生まれながらに仏となる相を持っ
ていました。お釈迦さまは、早くから弥勒菩薩の素質を見抜いておられま
した。56億七千万年後に出現して、この世を救う未来仏になりました。
観世音菩薩と薬王菩薩は、法華経の流通分に登場しますね。
47さとみ:03/06/07 10:04
無量義経徳行品第一

是の諸の菩薩、皆是れ法身の大士ならざることなし。戒、定、慧、
解脱、解脱知見の成就せる所なり。其の心禅寂にして、常に三昧
に在って、恬安憺怕に無為無欲なり。。テン倒乱想、復入ること
を得ず。静寂清澄に志玄虚漠なり。之を守って動ぜざること億百
千劫、無量の法門悉く現在前せり。大智慧を得て諸法に通達し、
性相の真実を暁了し分別するに、有無、長短、明現顕白なり。又
善能く諸の根性欲を知り、陀羅尼、無礙弁才を以って、諸仏の転
法輪、随順して能く転ず。微H先ず堕ちて以って欲塵を淹し、涅
槃の門を開き解脱の風を扇いで、世の悩熱を除き法の清涼を致す。
(聖教文庫 法華経並開結 P.66-67)
大士とは、大きい志を持った人という意味です。
戒とは、戒律の略で、仏法を行うものの守るべきいましめです。
定とは、心が落ち着いている状態です。
慧とは、智慧のことです。
48名無しさん@3周年:03/06/08 17:21
全国の霊友会青年部を対象に山梨県身延にある七面山へ登山修行に行きます。
一歩一歩、山道を歩く中でいつもの自分自身を振り返り、新しい自分を発見す
るのです。日常とは違う環境にあえて自分を置いてみることで、更に自分の考
え方やこれからの目標を冷静に見つめ直し、決意を固めます。
七面山山頂には、世界平和を祈念した宝塔があり、ここに参拝するのも目標の
ひとつです。
http://www.reiyukai-youth.com/seienbu/katudo5.html
49名無しさん@3周年:03/06/08 17:27
>>37
陀羅尼品ですね。
爾の時に薬王菩薩、仏に白して言さく、
世尊、我今当に説法者に陀羅尼呪を与えて、以って之を守護すべし。

即ち呪を説いて曰さく、
安爾(一)、曼爾(二)、摩禰(三)、摩摩禰(四)、旨隷(五)、遮梨第(六)
、?刀i羊鳴音七)、?履(罔雉反)多?(八)、羶(輪干反)帝(九)、目帝(一〇)
、目多履(一一)、娑履(一二)、阿?娑履(一三)、桑履(一四)、裟履(一五)
、叉裔(一六)、阿叉裔(一七)、阿耆膩(一八)、羶帝(一九)、?履(二〇)
、陀羅尼(二一)、阿盧伽婆娑(蘇奈反)簸庶?叉膩(二二)、禰?剃(二三)、
阿便?(都餓反)邏禰履剃(二四)、阿亶?波隷輸地(途売反二五)、欧究隷(二六)
、牟究隷(二七)、阿羅隷(二八)、波羅隷(二九)、首迦差(初几反三〇)、
阿三磨三履(三一)、仏駄?吉利?帝(三二)、達磨波利差(猜離反)帝(三三)
、僧伽涅瞿沙禰(三四)、婆舎婆舎輸地(三五)、曼?羅(三六)、曼?羅叉夜多
(三七)、郵楼?(三八)、郵楼??舎略(盧遮反三九)、悪叉邏(四〇)、悪叉冶
多冶(四一)、阿婆盧(四二)、阿摩若(荏蔗反)那多夜(四三)。
世尊、是の陀羅尼神呪は、六十二億恒河沙等の諸仏の所説なり。若し此の法師を侵毀すること有らん者は、則ち為れ、是の諸仏を侵毀し已れるなり。
50名無しさん@3周年:03/06/08 19:21
>>49
まだまだ(面倒くさいのでひらがなで書く)
ざれ まかざれ うつき もつき あれ あらはて ねれて ねれたはて いちに いちに しちに ねりちに ねりちはち
あり なり となり あなろ なび くなび あきゃね きゃね くり けんだり せんだり まとうぎ じょうくり ぷろしゃに あっち
いでび いでびん いでび あでび いでび でび でび でび でび でび ろけ ろけ ろけ ろけ たけ たけ たけ とけ とけ
(以上26)
あたんだい たんだはだい たんだはて たんだくしゃれ たんだしゅだれ しゅだれ しゅだらはち ほつだはせんね
さるばだらに あばたに さるばばしゃ あばたに しゅあばたに そうぎゃは びしゃに そうぎゃね きゃだに あそうぎ
そうぎゃは ぎゃだい てれあだそうぎゃとりや あらて はらて さるばそうぎゃ 三まじきゃらんだい さるだばるま 
しゅはりせって さるばさった るたけうしゃりゃ あとぎゃだい しんなびきりだいて
(以上28)

51名無しさん@3周年:03/06/09 22:16
私は大学受験の頃から、よくラジオを聴くようになりもう十年程経ち
ました。それからというものラジオが好きで今でもテレビを見るより
ラジオの方を好んで聴いております。 今回は、私が聴いておりまし
た深夜番組で大変心に残りました話を皆様に紹介したいと思います。
それは、白血病にかかってしまったある女性の話です。彼女は、十七
歳の時、少し貧血気味になり、病院に行ったそうです。
 その時、医者からは「ただの風邪である」と言われたそうですが、
医者は「少し入院した方がいい」としきりに勧め、親からも「少し入院
しなさい」といわれたそうです。
しかし、彼女は何かおかしいと感じ、ある日お姉さんの日記を見て
しまいました。そこで初めて自分が白血病にかかっていることを知
るのです。
彼女は悩んだ末にこの深夜番組に相談してきたのであります。それ
から何回かこの番組に電話で出演しておりましたが、残念な事に、
彼女は発病から一年後の十八歳の時に亡くなりました。
5251:03/06/09 22:17
その話の中で自分ので死期が近いことを知った彼女は、「もし自分が
死んだら、このテープを番組に送って欲しい」と、死ぬ三日前に自分
でテープにメッセージを録音して、親に託したそうです。彼女は、
放送では滅多に苦しいとか悲しいとか言わず、いつも明るく振る舞
っていました。
しかし、テープの中で彼女は「死にたくない」と初めて自分の本心
を切に訴えておりました。また 「今、自分の勝手で自殺する人が
います。その命を私にください。御願いします。」
それを聴いたとき、私は涙が止まらなく、やるせなさと、今まで自
分が深く考えた事のなかった命とは、こんなに大切なものなのかと
考え込んでしまいました。
また、彼女の親から送られてきた、彼女の日記にはこのように書か
れております。
5351:03/06/09 22:18
「私は老いていきたい。老いるという人生を歩んで行きたい。」
ほとんどの人は、歳をとるということをいやがります。これがまだ
十代や二十代の人ならば、そのように思わないかもしれません。
五十代や六十代の人にすれば、体力も衰え、身体も動かなくなるし
、足腰も痛い。だから歳をとることをあまり喜びとは捉えられない
と思います。しかし、彼女は歳をとりたくてもとれないのです。
そういう事から考えますと歳をとるという事は、裏を返せばそれだ
け生きて来れたという喜びと捉えることができるのではないでしょ
うか。
世の中、このように生きたくても生きられない人が沢山おります。
その中で私達がいま折角生きていられるのに、その命をただダラダ
ラと無駄に使ったのでは、そういう人達に何と言われるでしょうか。
5451:03/06/09 22:18
世間を見回してみますと、罪もない多くの人達が命を落としてしま
ったアメリカのイラク侵略、自分の思い通りにいかないと簡単に命
を絶つ人、又命の大切さを考えず人の命を簡単に奪ってしまう人な
ど悲しい事件が絶えません。
私達は今、信仰者として正法に巡り会いました。それに恥じない人
生を送りたいものであります。
そして、いつ死が訪れても慌てることなく、満足して死に望めるだ
けの充実した人生を送っていくことが大切であります。
55名無しさん@3周年:03/06/09 23:56
>>51さん
いや・・・・内容は結構良いとおもうんだが。。。。
このスレと何の関係が?(汁

それと>>54で述べてる正法って何?さとみ会?
56名無しさん@3周年:03/06/10 14:25
病的な妄想:5
ネタ性:4
主義主張:1
57名無しさん@3周年:03/06/10 23:30
弥勒菩薩についてはレグルス文庫の「唯識思想入門」に若干出てます。
58名無しさん@3周年:03/06/10 23:49
無量義経を読むのは浄土信仰ですか?
59名無しさん@3周年:03/06/11 09:43
>>58
浄土三部経に「無量寿経」ってありますね。紛らわしいから間違えやすい
けどここで朗読されてるのは無量義経。
かつて妙法蓮華経の開経、ということにされていた経典。

現在の宗教学においては、AD5Cに中国で創作されたいわゆる偽経だろ
う、という事になって、既に仏典として認められていない代物です。
60名無しさん@3周年:03/06/11 22:25
>>58
浄土信仰は、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の3つの経典が中心です。
無量寿経は、阿弥陀仏の前生としての法蔵菩薩がたてた四十八願を説き
、無量寿仏(阿弥陀仏)と安楽(極楽)世界のすがたを詳しく描写し、念仏
を中心とした種々な実践法によって浄土への往生を説き明かしています。
観無量寿経は、阿弥陀仏と極楽世界を観想する十三観と、極楽往生の9
種のあり方(九品(くほん)往生)を三観の形で説いたもので、あわせて□
十六観の観法によって浄土への往生を高揚しています。
阿弥陀経は、阿弥陀仏と極楽世界のすがたを簡潔に描写し、念仏による
浄土往生を説き、六方世界の諸仏がこれを讃歎することをあげて信を勧
めています。
多くの人に感動を与えているのは、王舎城の悲劇を扱っている観無量寿
経でしょう。観無量寿経は、法華経を説いていたお釈迦さまが、中断し
て説いた教えです。
61名無しさん@3周年:03/06/11 22:31
>>58
法然上人の浄土宗以前にも浄土信仰がありました。
天台念仏、真言念仏といったものです。
法華経信仰と浄土信仰を統合した天台念仏の系統に融通念仏宗があります。
この宗派は日本十三宗の一つ。天治年間、良忍が開いた浄土教の一派。華
厳経・法華経を正依(直接のよりどころ)、無量寿経・観無量寿経・阿弥
陀経を傍依(間接の副次的なよりどころ)とし、弥陀の直授による教えに
基づいて、念仏はすべてのものにとけあうとする考えに立ち、口称の念仏
で浄土に生まれると説くもの。総本山は大阪市平野区平野上町の大念仏寺。
融通宗あるいは大念仏宗ともいいます。
62名無しさん@3周年:03/06/11 22:33
>>59
仏教学としてそうかもしれません。
しかし、信仰としては生きています。霊友会系は、勤行のとき、無量義
経も読んでいます。
63名無しさん@3周年:03/06/11 22:56
>>60
>観無量寿経は、法華経を説いていたお釈迦さまが、中断し て説いた教えです。
ぉぃぉぃ・・・・
64名無しさん@3周年:03/06/12 22:33
>>63
むかし釈尊、霊鷲山にましまして、一乗法華の妙典を説かれしとき、提婆・阿
闍世の逆害をおこし、釈迦、韋提をして安養をねがはしめたまひしによりて、
かたじけなくも霊山法華の会座を没して王宮に降臨して、韋提希夫人のために
浄土の教をひろめましまししによりて、弥陀の本願このときにあたりてさかん
なり。このゆゑに法華と念仏と同時の教といへることは、このいはれなり。こ
れすなはち末代の五逆・女人に安養の往生をねがはしめんがための方便に、釈
迦、韋提・調達(提婆達多)・闍世の五逆をつくりて、かかる機なれども、不
思議の本願に帰すれば、かならず安養の往生をとぐるものなりとしらせたまへ
りとしるべし。
『御文章』(蓮如上人著)四帖 3

65名無しさん@3周年:03/06/13 07:30
>>64
あのですね・・・・
信仰なら別に良いんですよ。
あなたが信じるのは勝手です。
”歴史的事実”として言うのはどうかと思います。

>>60
>観無量寿経は、法華経を説いていたお釈迦さまが、中断し て説いた教えです。
これは信仰として言ってるだけですよね?
それなら私は”こんなとこで布教すんなよ”以外には何も言いませんが。
66名無しさん@3周年:03/06/13 14:35
>>62
その、ね・・・
>しかし、信仰としては生きています。
これは問題ない。偽経だろうがなんだろうが、読んだ人が信仰心を掻き立てられる
に相応しい内容ならなんだって構わない。それこそイワシの頭拝んだって構わん
と思うよ。

>霊友会系は、勤行のとき、無量義経も読んでいます。
これも事実だな。もっと正確に言うと”十功徳品第三”の”第一の功徳”の部分をあげ
てるわけだが。

問題なのは、宗教学界では「無量義経は既に偽経として仏典とも認められてない」
という事を、この手の日蓮宗系列及び霊友会系列(霊友会は日蓮宗系とは思って
ないのでこういう書き方をした)が、会員さんに明確にしない事だと思うね。

このスレにしてもね、いいと思うんだよ。無量義経の朗読会をする、ってさ。
一緒に勉強していきましょう、ってその姿勢も評価するよ。法華経開いた事もない
くせに選挙の時と、年に何度か発作的に起こる大折伏運動の時だけは一人前に
(そのくせ徒党を組んで)吠える創○学会よりずっと良いと思うよ。
思うけどね、やっぱ最初に一言ことわるべきじゃない?
「無量義経は既に仏典としては扱われてはいません。でも私はこの経典が好き
なのでこれを朗読し、学んでいきたいと思います」ってさ。

そしたら、ひょっとしたら法友の人達だって見直してくれるかもしんないよ?
余計な世話だと思うけどね。
67名無しさん@3周年:03/06/13 23:42
霊友会の会員が毎日の行として読経している『青経巻』と呼ばれる短い
経巻があります。 これは法華経の重要部分を抜粋したもので、法華経
の神髄とも言えるものです。この中で法華経の開経の無量義経も読経
しています。読経しているのは以下の部分です。
無量義経十功徳品第三
仏の言わく。善男子。第一に。是の経は。能く菩薩の未だ発心せざる者
をして。菩提心を発さ令め。慈仁無き者には。慈心を起さしめ。殺戮を
好む者には。大悲の心を起さしめ。嫉妬を生ずる者には。随喜の心を起
さしめ。愛著有る者には。能捨の心を起さしめ。諸の慳貪の者には。布
施の心を起さしめ。きょう慢多き者には。持戒の心を起さしめ。瞋恚盛
んなる者には。忍辱の心を起さしめ。懈怠を生ずる者には。精進の心を
起さしめ。諸の散乱の者には。禅定の心を起さしめ。愚癡多き者には。
智慧の心を起さしめ。未だ彼を度すること能わざる者には。彼を度する
心を起さしめ。十悪を行ずる者には。十善の心を起さしめ。有為を楽う
者には。無為の心を志さしめ。退心有る者には。不退の心を作さしめ。
有漏を為す者には。無漏の心を起さしめ。煩悩多き者には。除滅の心を
起さしむ。善男子。是れを是の経の。第一の功徳。不思議の力と名く。
68名無しさん@3周年:03/06/13 23:51
Dr.KUBOの法華経セミナー 第二回
「ひとを信頼できる自分に〜人間独りでは生きられない〜」
<サガースVOL.2・1997.6/11号掲載>
人間は独りでは生きられません。仕事、遊び、生活、セックス、いろ
いろな面 で自分以外の人と関わって、生きています。その中で、他の
人に相談したい、聞いてもらいたい、また、わかってもらいたいとい
った、心のコミュニケーションは、お互い生きていく精神力を充たす
上で重要なことです。これは、当然のこととはいえ、今、自分の人生
で私が深く実感していることです。
ところで、人間は悪意でひとに対することもあるし、無責任だったり
もします。あざむかれたり、きずつけられたりもします。まして、神
戸の小学生のいたましい事件などにふれると、人間不信が無意識のう
ちに増していく心配があります。コンピューターの方が、うっとおし
くないということです。
しかし、こういう傾向が進んでいる今日だからこそ、フェイス・トウ
・フェイスのコミュニケーションをつくっていくことが、とても大事
だと思うのです。そして、コミュニケーションとは"わかり合う"こと
であり、会話することではないのです。
法華経というお経は、最初にこのコミュニケーションの成り立つ条件
を、はっきり打ち出しています。二つの条件が不可欠だと言うのです。
 第一は「ひとを信じられる心の力(信力)」です。自分の日頃の関
心、心の状態、生き方が、コミュニケートしようとする相手に心を向
け、心を開いてぶつかれるかどうかの必要条件だということです。自
分にその心がないとコミュニケーションは成り立たないというのです。
 第二は、「ひとを受け入れる心の姿勢(信)」です。コミュニケー
トする相手を信頼する姿勢でのぞんでいるかどうかが充分条件となる
ということです。
どちらも、整理して書くと、当然、あたり前のことと思われると思い
ます。しかし、私の、あなたの現実を思い返してみる必要があると思
います。
http://www.reiyukai-youth.com/sagers/index.html
69名無しさん@3周年:03/06/14 15:31
法友のみなさま、お帰りなさい。
霊友会の方もその他の方もいっしょに修行しましょう。
体験も語り合いましょう。
新さとみ教との再統一は、会員のみなさまの意見を慎重にお聞きしてから決めたい
と思っています。会員のみなさまに動揺を与えたことをお詫びいたします。
51さんのおっしゃっておられる通り、生きたくても生きられない人の想いを受け止
めて、人生を有意義なものにするために努力していきましょう。
無量義経が宗教学で低い評価を受けていることに驚きました。
しかし、私たちはこの信仰を貫いていきましょう。
久保先生の『法華経 1 そもそものはじまり(序品)』を購入しました。
久保先生の訳は興味深いものです。
「無量義」が「大いなる説示」
「教菩薩法仏所御念」が「広大な教えであり、菩薩を訓え養う教えであり、すべて
の仏が把み掌中にしてこられた教え」
でした。
70名無しさん@3周年:03/06/14 15:34
では、勤行から始めましょう。
開経げ。ムジョウジンジン...
無量義経説法品第二。ニジダイショウゴンボサツマカサツ...
妙法蓮華経如来寿量品第十六。ニジブツゴウ...
無量義一法南無妙法蓮華経。
無量義一法南無妙法蓮華経。
無量義一法南無妙法蓮華経。
7169-70 さとみ:03/06/14 15:47
無量義経徳行品第一を学びましょう。

このようにお聞きしております。
お釈迦さまがおられた霊鷲山での説法会に、たくさんの大比丘や菩薩さま、
天上界に住まれる神々、空の上や海のそこに住む鬼神、おおぜいの僧や尼僧
、在家の男女の修行者、転輪聖王、諸国の国王、王子、国王・王子の家来、
中産階級の男女、地主・大商人、あらゆる人々が聴聞のために集まっていま
した。説法会に集まった人々は、お釈迦さまのみ足に額をつけて礼拝し、最
大の尊敬と帰依を表して、お釈迦さまのまわりを回り、花をまいて、ご供養
してから、一方に退いて坐わりました。
説法会に集まった菩薩さまは、法華経に登場される文殊菩薩、弥勒菩薩など
8万人おられました。これらの菩薩さまは、真理と一体になった法身の菩薩
さまです。仏の戒めをまもり、心が落ち着いておられ、智慧が深く、迷いや
苦しみから離れた解脱の境地にあり、自らが解脱しているという自覚をもた
れておりました。
72さとみ:03/06/14 15:56
無量義経徳行品第一

其の心禅寂にして、常に三昧に在って、恬安憺怕に無為無欲なり。
テン倒乱想、復入ることを得ず。静寂清澄に志玄虚漠なり。之を守
って動ぜざること億百千劫、無量の法門悉く現在前せり。大智慧を
得て諸法に通達し、性相の真実を暁了し分別するに、有無、長短、
明現顕白なり。又善能く諸の根性欲を知り、陀羅尼、無礙弁才を以
って、諸仏の転法輪、随順して能く転ず。微H先ず堕ちて以って欲
塵を淹し、涅槃の門を開き解脱の風を扇いで、世の悩熱を除き法の
清涼を致す。次に甚深の十二因縁を降らして、用って無明、老、病
、死等の猛盛熾然なる苦聚の日光に灑ぎ、爾して乃ち洪に無上の大
乗を注いで、衆生の諸有の善根を潤漬し、善の種子を布いて功徳の
田に遍じ、普く一切をして菩提の萌を発さしむ。智慧の日月方便の
時節、大乗の事業を扶蔬増長して、衆をして疾く阿耨多羅三貎三菩
提を成じ、常住の快楽微妙真実に、無量の大悲、苦の衆生を救わし
む。

(聖教文庫 法華経並開結 P.66-68)
73さとみ:03/06/14 16:01
禅寂とは、心が静かに落ち着いていて、周囲の変化に影響されない状態
ですね。
三味とは、サンスクリット語のサマーディのことで、心が1つの境地に
集中して、動かない状態ですね。
74名無しさん@3周年:03/06/15 10:32
『無量義経十功徳品第三』は、経典の持つ十種類の不思議な功徳を順番に説
いた品ですが、その中でも特に重要なのが、青経巻に抜粋されている、浄心
不思議力と呼ばれる第一の功徳の部分です。
仏法の実践による最大の功徳とは、心が磨かれるということです。ましてや
青経巻は、先祖供養と共に、自らの心を開発することを目的とした経巻です
から、この部分は大切です。
なお、十悪というのは、次の十種類の悪い行いのことです。
 殺生(せっしょう)・・・人を殺したり傷つけたりすること。無意味に生
き物の生命を奪うこと。
 偸盗(ちゅうとう)・・・盗み。
 邪淫(じゃいん)・・・道ならぬ男女の関係。
 妄語(もうご)・・・嘘をつくこと。
 綺語(きご)・・・上手なことを言って、口先でごまかすこと。
 両舌(りょうぜつ)・・・二枚舌を使うこと。
 悪口(あっく)・・・他人の悪口。
 貪欲(とんよく)・・・むやみに物を欲しがること。
 瞋恚(しんに)・・・むやみに怒るくせ。
 愚痴(ぐち)・・・人間らしい智恵に欠ける言動。
  
75名無しさん@3周年:03/06/15 18:39
さとみ会長は法華経行者の救世観音をめざす?
76名無しさん@3周年 :03/06/16 22:51
私たちは凡夫である。凡夫の凡夫たるゆえんは自分勝手であるということだろ
う。自分が絶対正しいと思い込みがちであるから、自分のいうことが相手に伝
わらないと、自分はこんなに完璧に説明しているのに何でわからないんだとい
ら立つ。つまり何でも相手のせいにしてしまうのだ。
もし悪口を言われたりケンカをふっかけられると、すべて相手に非があるとし
て、自分は被害者を気取る。これが実に悪い癖である。ゆえに仏様は末法は闘
諍堅固(とうじょうけんご)の時代は、人が集まるともめごとや争いが必ずと
いっていいほどついてまわると説かれているのである。
先日も私の周りで悪口雑言を言われ訴えようと思ってるという人がいたが、聞
いてみると誰かが放った噂が伝わっていくうちにだんだん大きくなったことと
、当事者同士にあまり会話がなく、意志の疎通を欠いていたことから起こった
ことで、結局は鞘をおさめ治まったのだが、全く人騒がせといよりほかはない。
古くは喧嘩両成敗などといってケンカや争いがあると、その理非に関わらず双
方とも罰せられた時代もあったが、争いなどは大抵の場合双方にそれぞれ問題
があって起こるものであろう。
ところが人間は誰しも害を与えられたりケンカをふっかけられたりすると、自
分は被害者である、絶対に正しいんだから相手が悪い、加害者だとして怒りを
ぶつけ、それがエスカレートすると仕返ししてやろう、裁判で訴えようという
行動になる。また最近では本当に些細なことであっても殺人事件にまで発展し
てしまうことも多々ある。
仏教では全ての事象は因果の道理によって起こるのだと説く。良いことであれ
悪いことであれ、他から与えられるのではなく自分自身が因縁によって招くの
だと。それを自業自得とも言い、法華経には「還って本人に著きなん」とある。
全ては因縁、自分の蒔いた種なのだ。
だから、どんなに害や嫌なことが自分にふりかかろうとも、自分は何も悪くな
い、ではなく、自分にも悪いところがあったのではないか?と省みる心を持た
なければ争いごとの真の解決はありえないと思う。
77名無しさん@3周年:03/06/17 23:09
さとみ会は正しい宗教ですね。
78名無しさん@3周年:03/06/18 03:03
質問させてください。
「青教巻」を作った人、法華経の主要部分を抜き出してまとめた人はだれですか?
79名無しさん@3周年:03/06/18 08:51
>>78
西田無学。
8079:03/06/18 08:53
あぁ正確な答えじゃないな。
西田無学師が流布された頃は無量義経と普賢菩薩行法経の抜粋だけで
法華経の抜粋は抜き書きされてなかったわ(明治四十五年)。

勤行經典に法華経の抜粋を加えたのは霊友会になってからかな?
81名無しさん@3周年:03/06/18 22:46
>>78
久保角太郎先生です。
久保角太郎先生は、先祖供養を中心に説いておられた西田無学先生の教えを
学ばれました。
西田無学先生の教団は昭和50年代の初めに消滅したようです。
西田無学先生の墓が日蓮宗寺院にあります。
日蓮宗の信徒団体に合流したようです。
82名無しさん@3周年:03/06/18 22:47
雨ニモマケズ、風ニモマケズ……、どこかで聞いたような言葉でしょう。
知っている人も多いと思います。宮沢賢治の詩の冒頭です。これが、実
は法華経の世界なのです。 宮沢賢治という人は、法華経の呼びかける
''人間のあり方'' に、深く共感した人です。文学作品には疎い私ですが
、賢治の作品に平等観、人間への期待、生命あるものへの愛情、夢……、
いろいろな大事なこと、現代人が忘れたり、放ってある大切なことを、
心に呼びさまされる人は多いと思います。それが法華経の世界です。な
お言えば、結構、誤解されて来ている法華経というお経の本当の世界な
のです。このコーナーでは、そんな法華経の世界を、原典にふれること
で、みなさんといっしょに、感じていけたらと思っています。
http://www.reiyukai-youth.com/sagers/index.html
8378:03/06/18 23:12
>>81
教団って言えるほどの教団は西田は作ってないだろ?
単なる同信の集まりとしての存在でしか無かった筈>仏所護念会
だから西田が死んだ後はほそぼそとしか存在してなかったんでないの?
あと、久保角太郎は西田無学の教えを学んだ、って書いてるけど
実際にはこの二人は面識無いね。
在家先祖供養の方式だけ学んできて霊友会起こしたんだよね、久保は。
西田の功績を横取りしたっていう意地悪な見方も成り立つわな。
まぁわしはそこまで思わんけどね。
霊友会に西田無学関連の資料がきっちり残ってる所を見ると、
ちゃんと尊敬”は”してたんだろう。

>>82
日蓮宗の話をすると、宮沢賢治の話したがる奴多いね。
彼が終生籍をおいてたのは国柱会だよ。
国柱会ってのは日本を国粋主義・軍閥化へ導く思想的母体となった教団だよ。
日本を滅ぼした団体と言い換えてもいいね。
宮沢がそこで国粋的な活動をしてたわけじゃないけど、霊友会の話を
してるこのスレで宮沢を引っ張り出すのはなんかおかしくないか?
西田無学は田中智学(国柱会の創始者)の事、嫌いぬいてたらしいしね。
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ