>202 206 つづき。
ユダヤの日常の祈り「主の祈り」があるのは、確かこのルカ・マタイの2福音書である。
しかし、
ルカはギリシア人なので、ユダヤ人の儀式に参加できないので、
神の「呼称」は知らないはずであり、
マタイ(別名レビ)はユダヤ人だが、売国奴でローマへの取税人であるため儀式に参加できずに、
神の「呼称」を知らない可能性は高い。
また、ギリシア人でも取税人であるユダヤ人も、
ユダヤ人一般の外での祈りは、通り掛かりでも耳に出来るから記事には出来る。
>202 206・207 つづき。
グノーシス・キリスト教の写本(断片)の多くによって、
神の呼称が想像で書かれるなどで、或いは有るかもしれないが、
普通の新約聖書の写本は、聖書辞典レベルで理解する分には、
シナイ・バチカン・ベザエやビザンチン写本ぐらいと、タイプが限られており、
異読といわれるものがあれど、神の呼称に関する特記事項は、寡聞にして聞かない。
略解や注解や注釈とか一通り良く読んでないから一概には決め付けられないが。
呼称がギリシア語で書かれている写本があるというのは、月面着陸や歩行が、
NASAのヤラセや合成撮影だ。というレベルの信憑度に思える。
甲骨文字?や金石文?のレプリカとかマガイモノや、
偽羊皮紙や偽造羊皮紙巻物などに海賊版も有るような感じで、
中東専門の骨董屋でないと分からないと思う。