‡プロテスタント‡

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455ルター支持
ルターはそもそも、ある意味で、人には善い行為などできないと思っている。
信じる立場に立ったルター自身にさえできないと思っている。
どんなに善いことをやっても、その人間的側面は罪から免れてない。神が
その人を通して働いたという側面では、善いことといえるとはいえ、だ。

だが、神の愛についていえば、
「罪人は美しいが故に愛されるのではなく、愛されるが故に美しい。」
自らの罪を常に認識すること、そして、そのような自分をなお神が愛していると看做すこと、がルターの核心にある。
「罪を犯したら、神から愛されなくなる」という思い方が、そもそも人間の罪の根本にあるものなのだ。これを脱する方向を示唆するレトリックとして、
「大胆に罪を犯せ」等の発言がある。

だからといって、何をしてもいい、ということを言っているわけではないこと
は、『キリスト者の自由』の第二テーゼから明らかだ。