高橋信次・矛盾と誤断の軌跡

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86名無しさん@1周年
「新復活」1                      

非常に美しい自然の、緑に包まれた環境の中で、東北の研修会が
行われることを、心からお祝い申し上げます。
今日の演題は、「新復活」。
ちょうど現在、東京地方には、創世記時代の映画が来ております。
しかし、人類は、緑に包まれた、
しかも、神の光に満たされた、地球という環境に、
今から三億六千五百有余年前、
はじめて、ベーター星という星より、
神より与えられた、新しい緑に包まれたこの地球上に、
人類は、最初にしるしたのであります。
その当時、ベーター星は調和され、私達は新しい新天地を求めて、
最も調和された、この地球という環境を選んだのであります。
その当時、最初に、「反重力光子宇宙船」という、
いまでいう「UFO」。
それに乗りまして、最初、地球上の人類は、
神の光によって満たされた天使であるところの「エルランティ」、
この「エルランティ」という方が中心になりまして、
「エルランティ」は、直接神の光を受けているところの
「真のメシア」であります。
そして、「エルランティ」の光の直系として、
皆様、光は七色に分かれます。
七色のプリズムということを想像いたしまして、
まったく同じように、神の光は、ここから、七色の光に分かれます。
この七色の光の方向を決めている方が、
「ミカエル」という方であります。
「ミカ」と言います。「ミカ」といわれる天使です。
神の直系です。神の光の直系です。
87名無しさん@1周年:02/03/23 00:30
「新復活」2

そして、このスリットを通し、「神は光なり」、
その光の、六人の光の線が、このスリットを通して、
霊子線がつながっております。
この中に、それぞれのスリットを通して、七人の天使がおります。
このスリットを通して、七人の天使がおります。
これが「ガブリ」、この方が「ウリエル」、「サリエル」、「パヌエル」、
それから、全部で六人。
この七大天使というのが、実は、新しい新天地を求めて来た時の、
最初の光の大天使達です。
そして、この下に、それぞれ何億何十億という
魂の霊子線があります。
さらにまた、「エルランティ」の光の天使の分霊といたしまして、
「カンターレ」というのがおります。
さらに、「アガシャ」、「モーセ」、一方において、ガブリエル、
ガブリの系統に、マホメットがいます。

そして、第一艇団が、「エルランティ」を中心にして、
「ミカエル」に、「ラファエル」、「ガブリエル」、
「ウリエル」、「サリエル」、
この七大天使が中心にして、現代のエジプト、ナイル渓谷の東部にある
「エルカンタラー」という所に着地いたしました。
その場所が、一番最初の「エデンの園」です。
約六千人のベーター人が、全部、この地球上に降りてまいりました。
それぞれ、七大天使は、「ラファエル」をはじめ、
文芸や芸術、政治経済、あるいは、立法、科学、
あらゆる担当をして、総括的に、ミカエルが
中心になって、エデンの園をつくりあげました。
88名無しさん@1周年:02/03/23 00:31
「新復活」3

そして、その当時は、同じベーター星の人間であっても、
皆さんの肉体と全く変わっておりません。
風土、気候、一切、地球上と変わっておりません。
魂と肉体、今、皆さんの持っている肉体は、あくまでも「物質」であり、
人生航路を渡っていくための「舟」にしか過ぎません。
その船頭さんである「魂」、このものとは、完全に分離する
ことができました。
当時の人々は、「心」と、即ち、「魂」と肉体と完全に分離する
ことができました。
そのために、天上の世界とコンタクトでき、人間の心は調和され、
物にこだわることなく、全てが調和された世界でありました。
そのようなエデンの園に、やがて、第二艇団が、
地上界に移ってまいりました。
その時、「エルランティ」は、天上の世界に帰りました。
これが、天上界、地球上の創世記です。
地球の創世記は、三億六千数百年前に、最初の七大天使が、
この地上界に来、
約六千人の人類が、エデンの園をつくり、
第二艇団が地上界に着地し、生活するようになって、
立法を犯す人々が出てまいりました。
そのために、その責任者であるところの「ミカエル」は、
規律を破るところの民に対して、一部分「エルカンターラ」から
移しまして、
「そなた達は、神の子としての己れ自身を再確認するために、
もう一度、自分の思念と行為、行っていることと、思っていることを
修正していらっしゃい」と、その場所から多くの人々が位置をかえました。
89名無しさん@1周年:02/03/23 00:32
「新復活」4

その人々が、後、エデンの園との連絡を絶ち、
やがて、天上界との連絡を絶ち、ついに、天上の世界に帰ることなく、
地獄の世界を作り出してしまいました。
当時は、地獄は存在していなかったのです。
それが、「アダムとエバ」の、後、物語に変わってしまったのです。
そのために、創世記の映画とはちょっと違いますけれども、
私は、この肉体をもって、天上の世界に行って、
現実にその姿を見て来たのです。
皆さん自身は、なぜ三億数千年前のことが分かるんだろう?と
疑問を持つでしょう。
疑問など持つ必要はないのです。
皆さんの心の中には、「過去、現在、未来は一点なり。」
皆さんの肉体を支配しているところの、潜在されている
「90%の意識」の中には、長い長い転生輪廻におけるところの
一切の記録を持っております。
そのために、「過去、現在、未来は一点なり。」
皆さんの心の中に、今、存在しているのです。
皆さんの現在は、過去、現在を集約した現在そのものの姿なのです。
ただ、肉体を持ってしまったために、自分が分からないだけなのです。
その心を正し、真の神の子としての道を己自身が生活に
生かしていったならば、その実体を知ることができます。
それだけに、最も粗悪な、光の集中固体化したところの、
地球上の肉体を持ってしまうと、人間は皆盲目になり、
それがために、「物がすべてだ」、「地位がすべてだ」、
情欲にかられ、神の子としての本性を失ってしまったのです。
90名無しさん@1周年:02/03/23 00:33
「新復活」5

しかし、皆さんの心の中には、偉大なるところの「智慧」が、
誰しもが存在し、持っているのです。
それが、生まれて現在までの間に、思ったり行なったりする、
正しい基準を失ってしまったために、心をスモッグにおおわれ、
神の光を自からして遮り、
ただ分からなくなっているだけなのです。
それゆえに、我々の物理学上におけるところの、
「時間」と「空間」は不確定です。
しかもまた、心の面におけるところの時間は、
過去、現在、未来は、現在をして、「一点」であるというのです。
皆さんの心の中には、そのようにはっきりした偉大なる智慧が
存在しております。
それを調べあげて行く結果において、三億数千年前のエデンの園は、
すでに、人類がこの地上界へ出て来て、第二梯団移住の時に、
エデンの園は、一部分の物質欲に駆られた人々によって、
道を間違えてしまったのです。
91名無しさん@1周年:02/03/23 00:36
「新復活」6

そして、「エルランティ」をはじめとして、やがて、
七大天使は、この地上界を後にします。
そして、多くの遺産をこの地上界に残し、
後の世の人々が、その偉大なる残した、地上界の遺産を、
どのようにして活用するかを、
私達は、天上の世界において、暖かく見守ってまいりました。
しかし、物に溺れ、肉に溺れ、情欲に溺れた、
一部分のエデンの園から離れた人達を救済するために、
天上の世界より、「ルシフェル」という天使を出しました。
ところが、たとえ天使なりといえども、
地上の不安定な肉体を持ってしまうと、
手足をもがれたと同じごとく、
生まれた環境や教育や思想や習慣を通す中に己の本性を忘れ、
ついに、「ルシフェル」は、「サタン」という名前に、
その環境に生まれている間に、彼は自分の地位と名誉の虜になり、
ついに、天上の世界と交信を絶ち、この地上界を去る時、
天上の世界に帰ることなく、地獄の世界へ還ってしまったのです。
その「サタン」は、現代は地獄の帝王になっております。
これが最初の地獄界の実態です。
92名無しさん@1周年:02/03/23 00:38
「新復活」7

こうして、多くの天使達は、天上の世界から、この地上界の動きを観察し、
神の子に戻すために、多くの光の天使たちを、この地上界に送りました。
やく、「エルランティ」自身は、後「アガシャー」という方を、
光の分霊です。この方を送ります。
さらにまた、「カンターレー」という方を送ります。
後の「ゴーダマ・ブッタ」です。
「ゴーダマ・ブッタ」。
天上界では「カンターレー」と言っています。
お釈迦様とは言ってません。
ゴーダマ・ブッタ。
アガシャーは、イマニエル、イエス・キリスト。
モーセはモーセです。
さらにまた、イエスが、ゴーダマ・ブッタが生まれるときには、
ガブリエルという方は、主として伝達の係をし、通信関係の責任者です。
ゴーダマ・ブッタがインドに生まれるときには、
ガブリエルのグループの方がゴーダマの生まれることを、
ゴーダマの両親に通信を送ります。
「アシタバ」という仙人です。
あるいはまた、「アガシャー」である「イマネール」に対しては、
また、「ガブリエル」は、ミカエルの命令によって、
受胎の告知に出ていきます。
モーセが生まれて、当時の王に、その命令によって、
多くの人々が殺されます。
彼は、葦船に流されていく途中、七大天使は、
サタンより守るために、彼が拾われるまで、彼の成長を楽しみます。
それぞれ、こうして「メシヤ」というのを送り出したのです。
これは、すべて、神の心である「法」を説くために、
出てきているのです。
93名無しさん@1周年:02/03/23 00:40
「新復活」8

特に、モーゼの時代というのは、サタンの跳梁が厳しく、世は混乱し、
人間は、本当に、底辺の人々は自由にはなりません。
人を殺すなんてことはヘッチャラです。
そのために、モーゼというメシヤを出して、社会の人心を、
正しい法によって導かなくてはならない。
その時に、「エルランティ」は、「ヤーヴェ」という名前で、
彼を指導します。
「ヤハヴェ」という名前で、モーゼを指導します。
それが「十戒」です。
汝をイスラエルのカナンの地に導きしは我、ヤハヴェなり。
汝、偶像を祭って祈ることなかれ。汝の主はヤハヴェなり。
汝、近隣を愛せ。近隣のために偽りの証をすることなかれ。
これが「十戒」です。
それは丁度、シナイ半島の岩壁に、「ヤハヴェ」が現証として、
その当時、現証として現わしたのが、
「セラビム」というのがおります。
「セラビム」という諸天善神です。
現代もおります。
この「セラビム」や他の天使たちに命令し、あるいは、
その目的を果すために、それぞれの指令を、天上の世界から、
命令を出します。
聖書の中には「エロヒム」と書いてあります。
この「エロヒム」という者は「エルヒム」というのです。
これは、聖書の間違いです。
「エルヒム」、この「エルヒム」と名乗るのは、
七大天使がほとんど名乗るのです。
それは、エルランティの命令による使徒的な立場に立って、
「エルヒム」として名乗ってそれぞれの指令を出します。   
94名無しさん@1周年:02/03/23 00:42
「新復活」9

しかし、今から三千百五十年前、「ヤハベェ」の真実の教えは、
いつのまにか、サタンの喰いものになり、
「汝、偶像を祭って祈ることなかれ」といえども、
余りにも、霊的な、奇跡的な現象が一杯現われるために、
モーゼは、その偉大性をたたえて、ついに、お祭りをしてしまったのです。
そして、ヤギの生き血、あるいはまた、羊の生き血をあげるようになって
しまいました。
それは、サタンの命によって、彼は、動かされてしまったのです。
「ヤハヴェ」はそのようなことは一つも言いません。
あくまでも、「十戒」というものを中心にして、人間の生きる
最低の道を説いていったのです。
混乱した世相、主を名乗りながらして、サタンに利用されて
しまったのです。
95名無しさん@1周年:02/03/23 00:44
「新復活」10

そのために、すでに、「モーゼ」が亡くなられて二百年にして、
間違った思想は、どんどん出てしまいました。
そのために、天上の世界より、「ミカエル」であるところの、
ミカエルの分身を地上界へ送りました。
「エリヤ」です。
今から、二千八百七十三年前、「エリヤ」を、この地上界である、
イスラエルの北部に、農夫の子として肉体を持たせ、
彼の心を揺さぶり、
ヤハヴェは、つぎつぎと指令を出して、
当時のイスラエルの間違った神々、
これを、世の中から抹消する命令を出します。
アハブという王は、最も悪辣で、皆さんが知っている「アスラー」
という奴、アシュラー、争いばっかりやる神様、地獄霊です。
この悪霊を祭らしたり、いろいろな偶像を祭らせる。
仔羊を生け贄するならまだいいが、自分の子供まで生け贄させるような
間違った教えをするようになります。
こういう教えに対して、エリヤは疑問を持ち、「ヤハヴェ」の教えとは
全く違う。
十戒とは全く違う。
そして、彼は、ついに立ち上がり、その王と対決するようになります。
しかし、当時は、約四百数十人もの予言者たちが、エリヤの前に
立ちはだかっております。
そのために、ヤハヴェは、「今から三年間、もう雨は降らせん。
イスラエルの地に雨は降らせん、それを王に言ってこい」
と言うところが、
王様にしてみれば、「お前は国賊だ、イスラエルの国賊だ」
と言って、追放をくらいます。
それでも、彼の心を揺さぶって、ヤーヴェは次々と指令を出していきます。
96名無しさん@1周年:02/03/23 00:45
「新復活」11

これは実は、このあいだ、エリヤが、私に、原稿用紙で約百五十ページ近く、
当時の模様を、全部語り、現象を見せてやりました。
その現象の一端として、5月の、ちょうど、7、8日頃、
東京には大きな雷が落ちました。
それは、その時の百分の一だそうです。
今後は、そういうことはどんどん起こります。
そして、アハブをやっつけてしまった訳です。
そういうように、「ヤーヴェ」は大きな現象を与えました。
多くの予言者達が輩出して、間違った教えを再び元に戻そうと
したけれども、どうにもならなくなって、
今から約二千年前に、再び、「アガシャー」であるところの
「インマニエル」をこの地上界に送りました。
その時は、「ヤハヴェ」とはいいません。
「エホバ」と言って名乗ったのです。
「エホバ」。
神ではありません。神の命を受けた最高責任者です。
そして、イエスに人間の愛を説き、間違ったユダヤ教を修正するために、
この地上界へ送り出したのです。
ヤーヴェは、「六日間働いて一日を、聖日となし、
自分の一週間の間違った過去を振り返り、心を修正し、
二度と同じ間違いを犯さない」という聖日を設けたにもかかわらず、
後の司祭者達は、「その七日目の一日は、仕事はしてはいかん。
人と会ってもいかん、動物に食糧をやってもいかん」
というようになってしまいました。
このように、ユダヤ教は大きく歪みを作り出してしまったのです。
そのものを修正するために出したのが、後の「インマニエル」、
「イエス・キリスト」です。
しかし、彼もやがてサタンの餌食になって十字架に架かってしまいました。
97名無しさん@1周年 :02/03/23 00:47
荒らしてるのはウソつきまくってKKスレにげだした
よいこという女

http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1015801344/
98名無しさん@1周年:02/03/23 00:47
「新復活」12

さらにまた、変えられてしまったために、
「ミカエル」の分身であるところの天使、魂の兄弟を、
この地上界へ送ります。
この方が「マーチン・ルッテル」です。
さらに、フランスからは、「ガブリエル」であるところの
「カルビン」を出して、宗教改革に出したのです。

一方において、仏教の方は、「ゴーダマ・ブッダ」が悟りを開き、
道を説く過程において、この「ミカエル」の説いた、
その過去世である、今から三千五百年前の、
あのギリシャにおいて説いた「アポロ」の教え、
「アポロ」、この「アポロ」の教えは、やがて東の国、
インドに伝わってゆくであろう。
そのインドに伝わってゆくその神理を、やがてメシアである
ゴーダマ・ブッダという方が生まれて、それを悟り、
道を説くであろう。
このようにして、東の方には「カンターレ」を出したのです。
これが後の仏教ですね。
ところが、いつの間にか仏教も化石化して、お経をあげれば救われるよう
になってしまったのです。
「南無阿弥陀仏」
「南無妙法蓮華経」
それで救われた人は、一人もいないのです。
99名無しさん@1周年:02/03/23 00:51
「新復活」13

「南無阿弥陀仏」というのも、ゴーダマ・ブッダが、かつて、
ラジャグリハという町の郊外のベルベーナにおる時に、
ビンビサラーと言われる王様がおります。
その奥さんが幽閉されます。
コッサラーと言われるイダケダという婦人です。
アジャスターという倅に幽閉され、
子供自身が、何んとか仏教を知って欲しいと思ったけれども、
ゴーダマ・ブッダの従兄弟であるところの、
同じ王子で、王子として出家された方がおります。
デーダバと言います。
その方にそそのかされて、お母さんと父さんを幽閉し、
お父さんは死んでしまいます。
お母さん自身は、最後の望みとして、
「仏陀から何か一つ話を聞きたい。
私は何もいらないから、仏陀から真の話を聞きたい。
お母さんの一生のお願いだから」と言って、
牢獄に入りながら、お母さんの願いだけをいれて
仏陀の話を聞かせたのです。
それが「阿弥陀経」と言うのです。
100名無しさん@1周年:02/03/23 00:52
「新復活」14

この「阿弥陀経」と言うのは、「西方浄土」
インドから西方といいますと、現代のイスラエルからエジプト方面。
この「アガシャー」の過去世の中には、転生の過程を通して、
「アミー」と言われる方もおります。
その「アミー」という名前は、最初は「アモン」と言った
ファラオです。魂の系列です。
そのアモンが、エジプトに行って「アーメン」に変わり、
ソロモンに行って「アミー」に変わり、
それから、ギリシャに渡って「アミ」という名前に変わって、
インドに行って「陀仏」が入って「アミダブツ(阿弥陀仏)」に
なったのです。
そして、その西方浄土に「アミー」と言われる偉大なる指導者が
おって、そこに浄土があるんだよ。
あなたは今、自分の子供に幽閉されているけれども、
自分の子供を恨んではいけません。
あなたは、厳しい環境の中にあっても、子供の罪を許してあげなさい。
やがて、あなたはこの地上界を去らなければならない。
その時に、あなたは阿弥陀の浄土に帰ることが出来るのです、
と言う「阿弥陀経」を説法したのです。
101名無しさん@1周年:02/03/23 00:54
「新復活」15

これが阿弥陀経。
ところが、日本へ来たら「南無阿弥陀仏」、拝めば救われる。
馬鹿げた話です。
これは、インドの言葉だから通用するんです。
「南無阿弥陀仏」というのは、これはインドの言葉が中国に渡り、
日本へ来たから、丁度うまくいっているんです。
これを直訳したら「阿弥陀様の法に帰依する」ということです。
「ナモ・アミ・ダボ」っていうんです。
「阿弥陀という悟られた方に帰依する」
それを、仏壇やお墓やお寺に行って「ナムアミダブ・ナムアミダブ…」
そりゃ、語呂はいいやね、確かに。
ところが、日本語に直訳したら「阿弥陀様に帰依します。
阿弥陀様に帰依します。」って何百回言ってもやらないんだね。
そしたら、阿弥陀様は、皆さん何んて言いますか。
「お前、帰依すんならやってくれよ」って言いますよ。
そのように、仏教も化石化したんです。
102梅仙人:02/03/23 00:54
 上記の「新復活」は、信次の晩年のもっともおわりごろの「講演テープ」を文字
に起こしたものだね。たしか、このテープか、前後の講演テープに「ある霊に昭和
天皇になるように命じた」としゃべっているのがあるはずだ。残念ながらそのテープ
のタイトルを忘れた。
103名無しさん@1周年:02/03/23 00:56
「新復活」16

最近は、又はやりでね「南無妙法蓮華経」
法蓮華経というのは、いつの間にか、「南無」をつけたら
もっと良いんじゃないかと、日蓮さん、考えちゃって。
そしたら、一千万人近くの人間が、「南無妙法蓮華経」を、
まあ、2時間も3時間もやっていますね。
あれも、馬鹿げた話ですよ。
あれで、救われた人はいないんです。
「南無妙法蓮華経」というものも、本来、ゴーダマ・シッタルタ、
釈迦牟尼仏がインドの地において、ガンガーの流れを通し、
無学文盲の人々に対して、方便として説いたものです。
「諸々の衆生よ、比丘、比丘尼たちよ、あの汚いドブ沼の中でも、
美しい蓮の花が咲くであろう。
ときに、そなたたち、比丘、比丘尼たちよ。
サロモン、サマナーたちよ。
そなたたちの体を見てみなさい。
目が疲れれば、目糞が出て来るだろう。汗、大小便。
あのドブ沼より汚いそなたたちの肉体である。
しかれども、そなたたちの心が、宇宙の真理を知って生活をしたならば、
あの蓮の花と同じように、調和された境地に、
安らぎを得ることができるのだ」と説いたのが法華経なのです。
それを分からないで、「法華経に帰依します。法華経に帰依します。」
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、」
最近は、もっと速くやればいいと、「ナミョホレンゲキョ、ナミョホレンゲキョ」
馬鹿げた話です。気違いです。
いわんや「汝、偶像を祭って祈ることなかれ」です。
人間の印刷物を、いくら拝んだところで、救われる道はないのです。
我々は、旧来の陋習を破らなければいけません。
もし、神が必要ならば、皆さんが、この地上界に生まれて来た時に、
持たしてよこしました。
曼陀羅をみんなブラ下げてよこしました。
男性のブラ下げて来ているのは、違うじゃないですか。
このように、仏教ですら、分からなくなってしまったのです。
104梅仙人:02/03/23 00:57
>101
「ナモ・アミ・ダボ」ではない。私が聞いたテープでは、「ナーモ・アーミ・ダボティン」
といってたぞ。
105名無しさん@1周年:02/03/23 00:57
「新復活」17

こうして太陽霊団というのは、光の直系として、
「エル・ランティ」を中心に、
「エル・ランティ」は、その時代その時代によって、
ある時は「ヤハヴェ」を名乗り、
ある時は「エホバ」を名乗り、
ある時はまた「梵天」を名乗り、
また、さらにマホメットの時には「アラー」を名乗りました。
人類は、皆兄弟であり、同じ太陽の下に生活しているのです。
宗教は一つなのです。
ガンガーの流れも、ヨルダン川の流れも、いまだかつて、
方向は変えていないのです。
時代の新旧によって、道は変わらないのです。
今、私たちは、「マホメット」や「モーセ」や「イエス」や
「ゴーダマ」の説いたものを、一つにするために、
私達は肉体を持っているのです。
皆様は、その選ばれた民なのです。
そして、自らの心を開いた時に、あらゆる国々の転生を体験し、
その心の中に、その神理が、皆記録されているのです。
それを甦らせた時に、今、私の言っていることが
分かるようになるのです。
106名無しさん@1周年:02/03/23 00:58
「新復活」18

神は己の心の中にあり、己の嘘のつけない善我なる心こそ
「神」なのです。
神は形づくった中にあるのではないのです。
皆さんの心の中にあるのです。
次元の違った世界なのです。
そこから皆さんは、今、肉体を持って、今、生きているのです。
その肉体を持ってしまうと、私達は、目や、耳や、口や、
心の中に思ういろいろな想念、こういうようなものによって、
本当のものが見られなくなってしまったのです。
皆さんは、「真の自分の姿」を見ることは出来ないのです。
ただ、肉の姿しか皆さんは鏡で見ることは出来ないのです。
しかし、皆さんは、誰しもが「本当の自分」があるのです。
「本当の自分」を見るように、私は教えているのです。
それは「心」です。
「魂」です。
皆さんの今、思っている「思う根源」です。
それは「不変なもの」なのです。
皆さんの肉体は、今、自分のものだと思っておっても、
それはただの「錯覚」なのです。
いつの日か朽ち果て、我々はこの地球上の塵に変わってしまうのです。
肉体を支配している皆さんの「魂」は、永遠なのです。
ただ、それを形づくられて、私達は生きていくに最低必要なものとして、
五官が与えられているだけなのです。
しかし、「真の五官」は、皆さんの心の中にあるのです。
心の眼です。心の耳です。そしてまた、心のすべての機能は、
皆さんは、すべて所有しているのです。
それを自分が開発した時に、真に永遠の自分自身を知ることが
できるのです。
107名無しさん@1周年:02/03/23 01:01
「新復活」19

私達は、今、この地上界がすべてだと思っておってはいけません。
皆さんの、この人生の五十年や百年は、幻の如く、線香花火のような、
ほんの「一瞬」にしか過ぎないのです。
そして、我々の眼前に現われるところの物質や諸現象は「幻」です。
永遠のものではないのです。
朽ち果ててゆくのです。
形を変えていくのです。
しかし、皆様の心の中に体験された偉大なる智慧は、不変です。
この地上界を去る時に、何一つ、皆様は持って帰ることは
できないのです。
また、生まれて来た時に、何一つ持って来た人は、
誰もいないのです。
我々は、こうして五官に惑わされ、物質的光景の中で、
物に溺れ、苦悩を自らして作り出しているのです。
その盲目の中から、人間というものの価値観を知っていくのです。
手探りの中から。
そして、自らして心の安らぎを得、正しい普遍的な神理を、
己の心と行ないの物差しとして生活をしていった時に、
真の己を知ることができるのです。
これが「悟り」です。
「悟り」というのは、「己自身の心を知ること」です。
己の心を知った時に初めて、「人生の目的と使命」を知ることができるのです。
それは他力ではありません。自力です。
神は、すべての物を皆さんのために用意し、与えてあるのです。
太陽をはじめとして、生活できる一切の動物、植物、鉱物すべて、
神は皆様に与えてあるのです。
それを取らないだけなのです。取り方が分からないだけなのです。
何を欲するというのでしょうか。物質や経済は無常なものです。
108名無しさん@1周年:02/03/23 01:02
「新復活」20

しかし、現代のように高度化した社会生活の中において、
真の人間の幸せを得ようとするならば、まず、最も大事なことは、
「健全なる精神」、「心」です。
その次に「肉体」です。
その次に、生きるための「経済」です。
経済は衣・食・住です。
この五つの大調和があって、初めてユートピアが出来るのです。
それが、真の道です。
ところが、いつか人間は、その道を外し、エゴに変わり、
すべて皆兄弟だという道を外して、エゴの方に走り、自己保存に走って
しまったのです。
 皆さんは、同じ太陽の下で、すべてが皆平等なのです。
今、皆様から、自分の地位と名誉と財産を差っ引いたものを想像して下さい。
何が残りますか? 
それが今の皆さん「自分自身」なのです。
地位や名誉や財産は、永遠のものではありません
真の皆さんは、それを差っ引っいたものです。
この世を去るときの真の姿なのです。
109名無しさん@1周年:02/03/23 01:04
「新復活」21

こうして私達は、過日、天上の世界におきまして、会議をやりました。
私の隣りには、「インマネール」、「イエス・キリスト」が
おりまして、司会をやり、
その隣りには、「ゴーダマ・ブッタ」、「カンターレ」がおります。
その隣りには、「ガブリエル」、「サリエル」、「ウリエル」、
こちら側には「モーセ」。
さらに又、光の天使約十人ばかり。
そして、地球上の状況を、次々と報告して来ます。
心を失い、権力の座について、人間の自由を剥奪しているところの
ソビエトは、モスクワを中心として食糧危機は、彼等が自覚するまで
続きます。
北朝鮮もまた同じです。
中華人民共和国の北部も同じです。
アフリカの西部海岸も同じです。
一方において、中南米のパラグアイも同じです。
サタンの跳梁を許しているのです。
そのような心の人達の曇りは、神の光を遮り、自からして、
天変地異を造り出しているのです。
更に、イタリーの北部からベイルートにかけても同じです。
宗教の、同じ「ヤハヴェ」の教えであるその神理を曲解して、
それぞれの道を歩んでおります。
また、同じ現象が起って参ります。
日本は、食糧危機は、心ある人が出て来ているためにありません。
こうして、天変地変は、次々と起ってまいります。
それは、気候異変は、天上の世界の、神の光の届かない所に
起るのだということを、知って欲しいのです。
やがて、北朝鮮は破産をします。
日本は、戦後わずか30年間で、世界のトップに成ったというのも、
それだけの偉大なる魂達だからなのです。
一つ間違えたらまた、逆の方向へ進んでいきます。
それは危険なことです。
皆さん自身の進むべき道は、「真の道」、
普遍的な己自身の心に嘘のつけない善我なる心を真として
生活を知ったとき、道は開かれていくのです。
それが神理です。
110名無しさん@1周年:02/03/23 01:05
「新復活」22

今後、大きな現象が起ってまいります。
間違った宗教家達は、私によってつぶされていきます。
どのような宗教家であろうとも、間違った宗教家達は、
私達の霊的な力によって現象化されていきます。
信じようと、信じざるにかかわらず、それは事実です。
後5年です。皆さん、見ておって下さい。
「地震」も「雷」も、自由自在です。
それだけに、今、私達は、その受け入れ体制を
しておかなければなりません。
日本ばかりではありません。
やがて、私は中近東へ行きます。
そして、真の道を、彼等は知るでしょう。
それは、地球の「最終ユートピア」のために、
私達は、今肉体を持っているのです。
そのために、自分の生活の場は、自分の生活として。
今度の光の天使は、全部事業をやりながら出てきております。
宗教でなど飯は喰いません。それが本当です。
神は一銭の、人間から金などいらないのです。
太陽はただです。
神の心です。
これが神理です。
私は実業家として、後4年、5年の後においては、
その面においても、世界でも知らん人がなくなるでしょう。
当然なことです。
それが道です。
イエスの時代や、あるいはゴーダマの時代ならばそれで
良かったのです。
現代の時代は、それではだめなのです。
111名無しさん@1周年:02/03/23 01:07
「新復活」23

教祖や、その取り巻きが優雅な生活をするために、
宗教があるのではないのです。
真の宗教とは、宇宙の、人間として生きる道を教えているのです。
そして、人間に生きる喜びを与える道なのです。
これが神理なのです。
神は人間の造ったものを欲しません。
大事なのは、美しい一人の人間の心が欲しいのです。
道は、やがて開かれていきます。
我々の前途は、光明に満たされます。
そして、その人達は救われていきます。
やがて、地上界の人々の、一人一人の心が調和されてきた時に、
我々の肉体先祖は、その姿を見て、
「俺達の時代とは違う。なぜ俺達は、この厳しい環境にいるのだ。」
難しいお経ではなく、
皆さん自身の日常生活一つ一つの想念と行為の光が、
やがて、地獄の世界を救っていくのです。
「最終ユートピア」は、地獄のなくなる時です。
サタンは、私が、今、一生懸命に「新復活」という本を書いております。
モーゼの十戒をはじめとして、間違った宗教を修正しているために、
やっきになって、私のために攻撃をしてきます。
しかし、たとえ「ルシフェル」、「サタン」なりといえども、
私のかつての弟子です。
彼は、やがて私の軍門に下るでしょう。
知らないから地獄に落ちているのです。
彼等も救われるでしょう。
私は命がけです。
112名無しさん@1周年:02/03/23 01:08
「新復活」24

それは、皆さん一人一人が、自覚された時に、
皆さんの周辺の肉体を持っているところの先祖達も
救われていくのです。
坊主の難しいお経によって、救われるのではないのです。
お経の意味がわかって生活しているような人なら、
天上界へ行きます。
ゴーダマ・ブッタは、決して死んだ人間を成仏させるために
坊主をつくったのではないのです。
生きている人間をどのように導き、人間の心を指導するために、
この地上界へ出てきたのです。
地獄に落ちるというのは、人のせいではなく、
自分の思念と行為の間違いそのものが、
自分の行動によって地獄に落ちたのです。
天上の世界がピラミッドのように高くあれば、
逆に又、地獄の世界は逆ピラミッドとして存在しているのです。
この地球は、その中間的環境にあるのです。
そのために、皆さん自身が、善を思えば、善の行為をすれば、
天上の世界へ、悪の行為をすれば地獄の世界へ、
彼等はいつでも待っております。
113名無しさん@1周年:02/03/23 01:09
「新復活」25

それだけに、正しい心、正しい法、この道を己自身のものとして、
生活をしなかったならば、人間は救われないのです。
しかし、皆さんの心の中には、誰しもが、神の子としての
「真の愛の心」を持っているのです。
なぜならば、すべて皆さんは、天上の世界から約束されて、
この地上界へ出て来たのです。
還るときに、「あれもしよう。」「これもしよう。」ではなく、
今の一秒一秒、一日一生の己自身の完成が、
皆さんをより大きい、広い豊かなものにしていくのです。
今、厳しい経済的環境にあろうとも、悲観することはないのです。
今、その厳しい環境の中で、今、皆さんは、自らの魂を、
学習するために、今その体験をしているのです。
たとえ、経済的に恵まれていようとも、
その環境に安住するものではないのです。
恵まれているならば、それを大事にし、気の毒な人達に、
真の愛の行為を、無所得のままにしてやることなのです。
これが道なのです。
114名無しさん@1周年:02/03/23 01:10
「新復活」26

皆様は、皆兄弟なのです。
生まれの環境が違おうとも、神の子として、
すべて太陽の下に兄弟なのです。
他人ではないのです。
「袖すり合うも他生の縁」といいます。
まことにその通りです。
皆さんが、目覚め、自からを自覚した時に、
皆様は神の子としての道を、
己自身がして実行していくのです。
今、私がしゃべっているこの言葉は、皆さんの心の中にすべて
記録されていきます。
そして、この地上界を去ったときに、
真実であるかないかを、皆さんは、自らして分かるのです。
その時に救われるのです。
生きている中に、自らを作ることです。
道は永遠に続きます。
今、この世限りではありません。
やがて、我々はあの世に還ります。
そして、また、いつの日か地上界か、
あるいはまた、他の天体に出てくるのです。
皆さんは自らに目覚めなさい!
自らの「心」を開きなさい!
小さな自分を捨てなさい!
偉大なる「神の光」に目覚めなさい!
それは「愛」です!
それ以外にないということです。
この研修会を通し、自分の心を裸にして、
神の「己自身の本性」に目覚めて下さい。
永い時間どうも有り難うございました。