>109
もしよかったら、あなたがキリスト教に信じたきっかけと、やめたきっかけをおしえてください。
×さん。貴方よりは年上です。もしかしたら、10歳以上(謎)。
傍観者さん。「反抗期の終わっていないガキ」はあたっているかも知れません。
しかし、
>>109の書きこみは同じ穴の狢的行為ですよね。
そんな風に思ったんなら、永遠にここに書きこまないことです。っていうか、
ここを覗いた時点で、引っかかるものがあったわけでしょ。
クリスチャンなら、世間ときっぱり縁を切って
なんてこともできたでしょうが(ホントか?)、
逆に世間人な私は世間を見てしまうと、
色々世間体とか考えてしまって・・・。
それと、キリスト教の世界観の中で生きているという印象がどこから出たのか、
不思議です。キリスト教の世界観はおかしいぞと言ってるのは、
そういうことになってしまうんでしょうか?
>>110さん。
何度もかいてあるんで、あんまりかきたくありませんが、
父に反抗するつもりはありません。
あの人は、めちゃくちゃですから、
ここで訳のわからない、キリスト庇護をしてる人より
性質が悪いですからね(笑)。
確かに絶対少数ですが、そのことで「外」から何かがあったとは
記憶にありません。おかげさまで。
>みんなに笑われても
>躍起になって反論する事もなかったですが
>自分の信仰をしっかり貫き通しました。
クリスチャンならそうするのが本当でしょうが、
でも、そのようなフリは私にでもできますよ。っていうかやってます。
彼の本当のところを貴方はどれだけ知っていたのですか?
傍観者さんの
「キリスト教を信じたきっかけと、やめたきっかけ」を
予測してみましょう。
信じたきっかけは、自分の弱さを何かに転化したかったから。
止めたのは、転化できなかったから。
どうでしょう? 傍観者さん。
115 :
ふと。。。:01/11/04 03:19
>>113 >>躍起になって反論する事もなかったですが
>>自分の信仰をしっかり貫き通しました。
>クリスチャンならそうするのが本当でしょうが、
>でも、そのようなフリは私にでもできますよ。っていうかやってます。
実際、信仰がないのに、体裁のために信心深そうな振りをする。
それでいて、本当に信じている人に無理難題を吹きかけて
困ったらそれを楽しんでいる。
自分の聖書の知識を誇る。
イエスの戦われた対象ってこんな人だったような。。。
116 :
ふと。。。:01/11/04 03:22
思いました。。。オナンさんの文章の淋しさから
オナンさんがキリスト教を非難する理由は
キリスト教には自分の弱さを
転化出来なかったからではないでしょうか?
>父に反抗するつもりはありません。
>あの人は、めちゃくちゃですから、
どういうふうにめちゃくちゃなの?
興味あるなぁ。
>でも、そのようなフリは私にでもできますよ。
>っていうかやってます。
っていうことは礼拝に行って、賛美歌も歌ってるの?よくやるね。
どうしてそこまでするのかなぁ???
それに、どうして良い歳してお父さんの面子を保たなきゃ行けないの?
そんなのお父さんの問題じゃん。
その辺に罪悪感を感じてしまうことが???なのよねぇ…
妙に強くお父さんに反抗している所を否定する所とか、
相手にしてないと言いつつ、父さんの面子を一生懸命保ったりとか、
ナンかすごく不自然だよ。自分で気が付いているのかな…
オナンさん今週も教会って
大きな口をあけて賛美歌を歌いましたか?
119 :
名無しさん@1周年:01/11/05 06:09
オナンさん、神という絶対者(形而上学的概念)抜きにしての生きる意味、
死ぬ意味とは? この存在理由証明は、数多の哲学者でさえいまだ回答を
出し得ぬ大命題ですよ。個人的にはドストエフスキーの「宣告」を読まれ
ることをお勧めします。あなたが存在している=創造者は存在している、
自殺・突然死・愛・献身・良心・罪・法…これらを考えさせられることでしょう。
120 :
通りがかり:01/11/05 12:57
>>114,116
一口に「自分の弱さ」と言っても、いろいろあると思うけどね。
1)現実世界で力を振るうことができないので、社会的敗者という意味の「弱さ」、
2)現実世界では力を振るうことができるが、良心の咎めを感じて心の平安が得られない、
あるいは死後地獄へ落ちたらどうしようか、と心配する意味の「弱さ」、
3)現実世界で義を立てようとしたが、結果的には「悪果」を得るばかり、生きる目標
を失ったという意味の「弱さ」(神も仏もあるものか、と罵倒したものの、その後の沈黙
に耐え切れない)
本当の意味で宗教に直結するのは3)だけだと思うよ。1)のはニーチェのルサンチマン、
2)のは、生命保険ならぬ、死後保険で、どちらも強欲が形を変えたものにすぎない。
121 :
名無しさん@1周年:01/11/05 22:15
ニーチェやローマの暴君などはスタヴローギンのような究極の闘いをキリストに挑み、
勝つか負けるか、生か死か、発狂か自殺か、等の意味でも最後まで無神論者だった。
こういった人々はことごとく救いの手を最期まで拒否し、廃人のような状態で死に、
神に勝利し得なかった。が、彼らは無宗教という宗教の信者や無関心の人間ではなく、
無神論者だったのである。彼らからみればオナン氏などは「ちんカス・マスかき野郎」
に過ぎないのかもしれない。
122 :
名無しさん@1周年:01/11/05 22:21
>>121 ぶっちゃけ、今の時代死にものぐるいで挑むほど神という概念に
価値はない。神が死んだままなのはもやは自明のことだから。
123 :
名無しさん@1周年:01/11/05 22:33
最近の世界情勢みるにつけ逆に神という概念に価値があるような気もする。米国では
聖書が記録的な売り上げらしいし、「ヤべツの祈り」という信仰書は700万部も売
れているそうだよ。
124 :
名無しさん@1周年:01/11/05 22:59
>>123 聖書買って戦争に賛成するわけか。なるほどクリスチャン。
125 :
名無しさん@1周年:01/11/05 23:03
米英人は、自分たちが正しくないと知っているから、今やけに聖書を求めているのかも・・
126 :
名無しさん@1周年:01/11/05 23:07
>>119 神がいなければ生きる意味がない、という考えの根底にあるのは
虚無主義そのもの。
127 :
名無しさん@1周年:01/11/05 23:11
>>125 いや、自分たちを正当化するために聖書を求めているんだろう。
129 :
名無しさん@1周年:01/11/05 23:17
>>128 あなたはヨブ記をどう解釈したのか教えてくれ。
>128はエログロ動画・・・
おいおい、そんなにオナン師をいじめるなって。
実生活では人目を恐れ必死でクリスチャンの振りをしている彼が
やっと、自分の本心を明かせる場『2チャンネル』を
見つけて喜んでいるのだから。
言わせてやって、適当に相手にしてやろうぜ。
クリスチャンにも無神論者にも嫌われる
どっちつかずの偽善者、またの名を二重人格者のオナン。
大体論法が変だもんねぇ。
クリスチャンがAといえば、無神論者の立場からBと言い
クリスチャンがたまにBといえば、正統的クリスチャンの意見を借りて
「なんだよクリスチャンはAという意見じゃなかったのか?」と罵る。
両者の意見を使い分けるカメレオン男。
教会に言っては信仰者に化け。ネットでは無神論者気取り。
自分は、いつも第三者の立場から両者を眺めて薄ら笑いを浮かべている。
やっぱりこいつはオナニー野郎ですね。
人格中傷はやめませう。
キリスト教の議論をしませう。
いかに?
もうこねーよ!
135 :
nanashi:01/11/10 00:34
結局オナンなんてたいしたことなかったね。口ばっか。
人が恐くて教会ではクリスチャンに振りはするは、
2ちゃんでたたかれれば、すぐにへこむは。。。
何かをとことん追求することのない、二流人生だね。
>135
134はオナンじゃなくて、ナオンですよ?
137 :
名無しさん@1周年:01/11/10 00:54
ほんとだ
>>132 無神論者でもありクリスチャンでもあり、いいんじゃないのそれ。
神が存在するかどうか、神を信じるかどうかじゃなくて、要するに「神=絶対
的に信じるに足るなにか」って、人間が定義したんだろ。
絶対的に信じられる何か、っていう観念を自分で作って自分で拝んでる訳だろ。
だから同じキリスト教ったって、信者の数だけ神があるんだよ。
身勝手な神の解釈で自分のことだけ祈っている奴もいるし。
あと God bless Americaとかさ、靖国神社かっつーの。
他の奴らが信じてる神が、欺瞞だらけに見えたり、陳腐に見えたりする人間も
いるだろーよ。
それに聖書だって矛盾があって別に当然なんじゃねーの?書いたいろんな人間
の神の概念が入り交じってるんだから。
でも信じたい奴は自分の神を、信じるに値する矛盾のない解釈で見たいんだよ。
矛盾あると思いながら信じるなんてそんなの無理だろ。
信仰に足るように、きちんと磨き上げたいんだ。そういう作業をやってでも信
じたいんだよ。
結局キリスト教ってのは、イエスという男の信じた神がどんな神だったかって
ことだろ? 俺はそこが知りたいよ。
ふと。。。さんの
>>115に対する答。
自分の聖書の知識を誇ってるつもりはありませんし、
イエスの戦われた相手がそんな相手だったかどうかはともかく、
他は当たってます。
あたっていますが、本当に信じてるとはどうゆう状態でしょうか?
盲信もそれに当たるんでしょうか?
困っているところを楽しみたいところですが、
困っている人は二度と私の相手をしてくれないので、
本当に困っているのかどうかわからないし、だから楽しめません。
ふと。。。さんの
>>116に対する答。
淋しさですか? そのものいい。あなたはクリスチャンですね。
説得できないとみると、突き放し、見下すわけです。
自分の弱さを転化できなかったのではなく、転化したくなかったのです。
弱さはあって当然です。弱さを肯定することにやぶさかにはなりません。
むしろ強者の理論が大嫌いです。
???さんの
>>117に対する答。
一言で言えば、夢と現実の区別がつかない人。
例えば、映画を見た次の日の礼拝の説教は笑えます。信者の方々もよくついていけると感心
例>「世界的大スパイで、天皇やアメリカ大統領も手を出せなかった」
「超売れっ子歌手だった」
「私は、どんな病気も治せる」
「宇宙の広さは250万光年」
などなど。ほんの一例。しかも軽め。
???さんの
>>117に対する答。続き。
ほんと、よくやります。自分で自分をほめてあげたい(笑)。
良い年だから、親父の面子を保たせる必要があるんです。
それに間借りしてるからってのもありますが(泣笑)。
不自然ついでに言うと、こんな思考の持ち主でありながら、
「牧師になろうか?」と思ったことがあります。
もちろん、楽できるかもと打算したからですが。
神学校を出ないと誰も相手にしてくれないと知って断念しました。
金銭的理由で。
???さんの
>>118に対する答。
行くもなにも、家が教会ですから・・・・。
で、後ろの方で口パクです。どうせ声出しても聞こえないし。
>>119さんへの答。
>>126さんが代弁しちゃってるので、割愛。っとはいきません。
私も言いたい。
神を信じた場合の生きる意味とは何でしょうか?
ただ神を信じる。それだけです。
それは、多様性を拒否した一方的な発想だとは思いませんか?
それだから、色々な意見に耳を傾ける余裕がなくなり、
否定するものを否定し、削除したいと願うようになる。
自分がしなくても、神がしてくれると思うようになるんです。
「復習するは我にあり」ってのは愛のある言葉には聞こえませんが。
通りがかりさん。あなたの示した弱さの定義は、ほんの一部だと思います。
弱さとは本来、人が外から感じるものと、中から感じるもの。
人を見たときにその人に感じるものなど始めの出だしだけで、3つの要素があって、
その中にさらに細分化された定義があると思います。
もちろん最小定義を言うことはできるでしょが。
>>121さんへの答。
中世や近代のヨーロッパで、キリスト教批判をして、
安泰に生活ができる土壌があったと思いますか?
どうも、クリスチャンの方々は、重要なところを無視して、
自分に都合のよい語句のみを乱用なさる癖がある。
さらにあの人達は、キリスト教にろくな目に会わせられなかった
腹いせを書きたてたり言いたてたりしたにすぎんでしょう。
私と一緒にしないでください。失礼な(笑)。
それと、ここに書きこみしてる人間は
みんな「マスかき野郎」です。勿論、私も含めて。
>>122さん。違います。死んでるんじゃなく、始めかいないんです。
いないものは死にません(笑)。
なな〜しさん。
おや、ありが十匹!
そんなにいじめないでください。いやマジで(笑)。
「実生活では人目を恐れ」ってのはあなたのも言えることですよね。
実名じゃないし、アドレスもない。
「やっと本心を」ってのはあたってます。
佐倉哲のホムぺは高尚過ぎて、それにレスポンスが悪すぎだから。
結局さん。
嫌われてるかどうかアンケートを取りたいですね。面白そう。
二重人格ってのは聞き捨てなりませんが、聞き捨てます。
なぜならば、ここで私が知りたいのは、神様のある無しではなく、
私を凹ませるクリスチャンがいるかどうかですから(超高飛車)。
「カメレオン男」仮面ライダーアマゾン(古!)のことか?
使い分ける理由はわかってます?
「お前等矛盾してんだよ」とさらしものにしたいからです。
無神論者きどりではなく、無神論者そのものです。
うすら笑いは浮かべることもありますが、
反クリスチャンで、正当な意見の方には、浮かべません。
勿論、クリスチャンでも正当な意見なら、浮かべません。
「オナニー野郎」オナンですから(笑)。
×さん。かばってくれるのは、ありがたいですが、
いいんですよ。これを見た「クリスチャンになろうかな」って
思った人が、やっぱ止めたっと思えば、それは、誰のせいでもない、
人格中傷をしている方々なのですから。
(満足な返答もできない方々含む)
nanashiさん。
残念でした。
旅の者さん。
だから、私はクリスチャンじゃないって。
「イエスの信じた神」って言い方はキリスト教にとってはチンプンカンプンな
言い方ですね。だって、クリスチャンから見れば、
キリストも神なんだから。三位一体の。
>>152 いいんだよ。俺はノンクリだし,イエスは人間なんだから。
キリスト教にアンビバレントな感情を持ってるだけかと思ったら,
本当にクリスチャンじゃないみたいなので,お門違いでした。どーも失礼。
旅の者さん。
そこなんです。クリスチャンとノンクリスチャンの違いというか、
意見の会い入れない部分は。
クリスチャンはノンクリスチャンに話すとき、キリストの存在をその相手も
知っているぐらいの話し方をしてしまいます。
そして、ノンクリスチャンはクリスチャンの
大まかな部分まで勘違いしている。
話しが合うはずがないのです。
やっぱ、主人公が書きこみしないと、消えそうやね。
信者さんにすれば、ありがたいことか。横槍がはいらないから。
でも、もともとの目的だった質問にはまだ正確に答えてもらえてないので、
ここに再び掲載。
1・キリスト者が十字架を掲げるのは、偶像崇拝にあたらないんですか?
聖書にはいかなるモノも作ってはならないとあるんですが。
聖書によれば、十字架って一人一人が自分の中に罪の意識として
持っているべきもので、クビにかけてクリスチャン自慢したり、
ましてや悪霊退散に使うグッズではないように思うんですが。
2・聖書によれば、聖書には一言一句「足すことも引くこともならず」
とあるんですが、翻訳の都合で、足したり引いたりせざる負えないと
思うんですが、そうなるとその聖書は、本物ではない、異端本ってことに
なると思うんですが・・・。どうでしょう?
それとも、それは異端にならないと聖書のどこかに書いてありますか?
3・聖書には神は、間違うこともないし、後悔もしないしとあるのに、
「人間を創造したことを悔いた」とあるのはいかがなもんでしょうか?
4・神様って全能ですよね、
じゃあ、自分より全能な存在って作れるんですかね?
ありゃ?
ホントに誰も書きこんでない・・・。
だいたいこのスレの存在自体変なんだけどねぇ。と独り言・・・。
オナンはまだ観ているのかな?
かなりまともな回答が着てもへ理屈だもんな。
でまだ観ているなら回答したい気がするね。
ちょっとした挑戦かな。
見てますよ。
まともな意見ってのと反論するかしないかってのは別ものだと思われ。
しかも屁理屈ときましたか。
似たようなことを言われる方がいくらかいましたが、具体的に
どのあたりが屁理屈なのかを示してくれた方は未だにいません。
どうか教えてください。
納得できれば、あらためます。
例えばね質問の一ね。
36で(あ〜久々に登場!?)が答えているでしょ?
付け足すことは殆ど無いと思うね。
偶像礼拝とは重罪なのよ。聖書で一番はっきり出てくるのは金の子牛の場面だね。
(地上の被造物を創造主と崇める行為)が偶像礼拝なわけ。
であんたは
1、 シンボルマークとしている時点で、
かなりメンタルな部分があると見受けられ、
よって、信仰の具象化とはならないのか?
さらに、例えば、今、踏み絵として、出されたとき
踏みつけられるクリスチャンはそんなには
多くないはず。これは、信仰のよりどころゆえと
思われ。
と返答で終り。これは立派な(すり替え)でしょ?(信仰のよりどころ)
と(信仰の対象)とは全然ちがうだろ。何でもゴッチャにするのはタリバン
思想でないの?
踏絵が出来なきゃ偶像礼拝なの?しかもあんたは踏絵を現代に当てはめようとしているしね。
時代背景が違うわな。家族の写真が踏めなかったらその写真を偶像礼拝しているのか?
それと同じような議論に思えるね。
せっかくさあんたのためにまじめに返答している人が何人も居るのにあん
たはのらりくらりと不真面目な言いがかりでごまかしているし。それで居て
「まじめに答えてくれる人が居ない」と一人で嘆いている。
バカバカしくなって誰も相手にしなくなったのよ。
ってなわけで、まじめに答えてありがとうございます。
キリストの意思は被造物とはならないですが、でも肉体はどうでしょう。
借り物と言ってるぐらいだから被造物ですよね。
それと、十字架はもともと、当時の処刑道具なんだから被造物だよね。
聖書も、紙や革で出来ているのだから被造物だとおもうわけです。
で、信仰の拠り所=信仰の対象とはストレートには行かないことも納得できます。
が全然違うってのは納得できません。「似て非なるもの」でもないでしょう。
むしろ限りなく近い存在であり、「それなくして、これなし」だとは思いませんか?
拠り所なくして信仰を持てる人がいるとは思えず、
さらに、「自分は拠り所なくして信仰している。」というのは、
聖書を見たことがない、とか説教や信仰の話しを聞いたことがないのに
信仰できてるっていうわけの分からない話しになると思うのですが?
踏絵の質問は私の失敗です。
被造物に対して何の重いもなければ、踏むことは簡単です。
が、それが信仰の有る無しの判断に使われるとなれば話しが違うことに、
後になって気付きました。あの質問は思量を欠いていたと思います。