米バンド「チェイス」の成り行きが壮絶すぎる件
1971年にデビューし、デビュー曲の「黒い炎(Get It On)」の大ヒットにより
、シカゴ、ブラッド・スウェット&ティアーズに続くブラス・ロックの旗手と
して名を上げた。前述の2つのグループに比べるとジャズ色が強いのが特徴。
特異なのはブラス・セクションがトランペットのみの4人編成という点。
このためブラスの音は従来のバンドよりも鋭く、また相当な技術を要する
トランペットの高音での演奏がその鋭さに磨きをかけた。
ファーストアルバム「CHASE」が、1971年の全米年間ヒットチャート1位を
獲得するという快挙を成し遂げるものの、セカンドアルバム「ENNEA」の
収録中、家族との時間を大切にしたいなどの理由でメンバーが次々と離脱。
セカンドアルバム発表後、結成2年を待たずしてバンドは解散する。
しかし、解散後2年を経てリーダーのビル・チェイスは、
1974年に再度グループを結成し3枚目のアルバム「PURE MUSIC」を発表、
精力的にライヴ活動を開始する。ところが1974年の8月9日、
ツアー中の飛行機が墜落し、ビル及び新加入のメンバー3名の計4名が死亡。
バンドは消滅した。
なお、この事故の際にバスで移動し(理由は不明)難を逃れた
ジム・ピートリック(3枚目からヴォーカルとして参加)が、
このアルバムでベースを担当していたデニス・ジョンソンを誘って結成した
グループがサバイバー(生存者)である(ちなみに、
デニスはファーストアルバム「Survivor」発表後に脱退している為、
映画『ロッキー』のテーマ「アイ・オブ・ザ・タイガー」が
ヒットした時期には在籍していない)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B9_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)