おぞましい事件が芸術の世界を震撼させた。1月17日夜、ロシアの国立ボリショイ・バレエ団の芸術監督セルゲイ・フィーリン(42)は、
公演を終えてモスクワ市内の自宅に帰る途中だった。駐車場に車を止めてアパートに向かって歩く彼に、覆面の男が缶を手に近づいてきた。
フィーリンは男に気付かなかったようだ。しかし、アパートの中庭にある監視カメラが恐怖の瞬間を捉えていた。
男は缶の中の液体をフィーリンの顔に掛けた。倒れたフィーリンは雪で目を洗おうともがく。缶の中身は硫酸で、頭部と顔に重傷のやけどを負った。
一命は取り留めたが、顔の傷を修復する整形手術は何カ月もかかる見込みで、失明の恐れもある。舞台の監督が視力を失うことはあまりに破滅的だ。
内部の人間の犯行か?
事件の背景をめぐり噂が乱れ飛ぶなか、ボリショイ・バレエ団の声明が疑惑に輪を掛けた。広報担当者がイズベスチヤ紙に、内部の人間が関与している疑いがあると語ったのだ。
芸術的な嫉妬が絡んでいると思われる事件だが、実は「バレエ団をつぶしたい」人物がいるという。
事件の1カ月ほど前から、フィーリンは脅迫電話を受けていて、母親は警察に保護を求めるよう勧めたといわれている。だが友人たちによれば、彼はおじけづくタイプではない。
ボリショイ・バレエ団はこれまでも度々、陰謀と不正の舞台になってきた。所属するダンサーは、幹部のセクハラや極度の心理的重圧を訴えてきた。
殺すという脅迫や不気味な匿名電話にまつわる話も少なくない。
「(フィーリン襲撃は)十分に計画された犯罪に違いない」と、元プリマのアナスタシア・ボロチコワは語る。03年に「体重が増え過ぎた」として
ボリショイを解雇されたボロチコワは訴訟を起こしたが、すぐに報復が始まった。
「ボリショイから脅迫され、名誉を汚された。訴えを取り下げなければ私のパートナーだったダンサーたちを殺すと、ナイフを持った男たちに脅されたこともある」
わいせつ画像ばらまきも
11年3月には、芸術副監督を務めていたゲンナジー・ヤーニンのわいせつ画像がネット上にばらまかれた。
金目当ての恐喝に屈しなかった腹いせともいわれたが、騒動に困惑した団員たちがヤーニンの解任を要求。
真偽が確認されないまま、辞任に追い込まれた。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/02/post-2837.php