【ロンドン=小沢一郎】相手選手の道着の色の白旗が3本そろった瞬間、杉本美香選手(27)は
ぼうぜんと天を仰いだ。両者一歩も引かず、延長戦の旗判定までもつれ込んだロンドン五輪柔道
女子78キロ超級の決勝。スタンドで見守った両親は、けがに耐え銀メダルを獲得した娘をたたえた。
「けがを乗り越えてよくがんばった。力を出し切ったと思う。言うことは何もない」。
父の啓次さん(56)は感無量の表情で、戦い抜いた娘をほめた。
膝の靱帯や半月板の手術など、けがに悩まされてきた。靱帯は今も切れたままで、膝の回りを
筋肉で固めた状態という。
高校3年の秋、韓国・済州島で行われた世界大会では、試合中に左足首を骨折した。監督から
「将来、五輪で日本を背負うんだぞ。まさか骨折程度で欠場とか言わないだろうな」と叱咤(しった)され、
泣きながら試合に出続けた。
そんな経緯から啓次さんは「親も娘もけがには慣れっこ」と強がるが、実は約5年前から夫婦で毎月、
勝運の寺と呼ばれる勝尾寺(大阪府箕面市)を訪れている。「とにかくけががありませんように」と祈り続けてきた。
この日、日本の男子選手が早々に敗退し、今大会の日本柔道の“大トリ”を務める形で決勝戦に
臨んだ杉本選手。キューバ選手相手に足技や投げ技を繰り出すが、ポイントにつながらない。
息詰まる展開に何度も「ニッポン」コール。延長終了間際には会場一体となる手拍子も飛び出した。
本戦と延長の計8分間の戦いの終了を告げるブザーが鳴ると、母、維久子さん(56)は祈るように
両手を合わせた。
旗判定で敗戦が決まると、杉本選手は汗だくの顔にぼうぜんとした表情を浮かべた。維久子さんは
隣で見守った啓次さんとともに、力いっぱい両手を振った。「本当に諦めずに頑張ってきたのが報われた。
しばらくゆっくりしてほしい」。両親は涙を浮かべ、娘をねぎらった。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG03060_T00C12A8CR8000/?dg=1